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つっかえつっかえ話し合えばこそ

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 自分が流暢に話せないことを弁解するわけではないが、すらすら外国語が喋れてコミュニケートできるからといって個人と個人の気持ちがすんなりと通じ合うというものでもないと僕は思う。すらすらとコミュニケートできればできるほど絶望感がより深まっていくということだってあるし、つっかえつっかえ話し合えばこそ気持ちが通じ合うということだってある。楽器の演奏にたとえるなら、超絶的なテクニックがあるからといって必ずしもより明確に音楽を表現することができるわけではない、というのと同じだ。もちろんテクニックはないよりある方がいい。だいいち楽譜が読めなければ演奏もできない。でも極端なことを言えば、ばしゃばしゃミスタッチがあっても、途中でつっかえて演奏を中断してしまっても、こころを打つ演奏というのはあるはずだ。僕はそう思う。僕の経験から言うなら、外国人に外国語で自分の気持ちを正確に伝えるコツというのはこういうことである。
 (1)自分が何を言いたいのかということをまず自分がはっきりと把握すること。そしてそのポイントを、なるべく早い機会にまず短い言葉で明確にすること。
 (2)自分がきちんと理解しているシンプルな言葉で語ること。難しい言葉、カッコいい言葉、思わせぶりな言葉は不要である。
 (3)大事な部分はできるだけパラフレーズ(言い換える)こと。ゆっくりと喋ること。できれば簡単な比喩を入れる。
 以上の三点に留意すれば、それほど言葉が流暢じゃなくても、あなたの気持ちは相手に比較的きちんと伝えられるのではないかと思う。しかしこれはそのまま<文章の書き方>にもなっているな。
    --村上春樹「やがて哀しき外国語」、『やがて哀しき外国語』講談社文庫、1997年。

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ときどき村上春樹(1949-)を読みますが、読んでおりますと、実に痛感するのが、村上春樹の作品は小説よりも、エッセーの類のほうが実は面白いのではないだろうか……というところです。もちろん、いうまでもありませんが、このことは小説をはじめとするの諸創作作品の質がわるいということではなく、エッセーの方が話題がダイレクトなために考えている内容が伝わりやすいということでありますが、ときどき読み直すと、「なるほどね」と頷く部分が多々あります。

うえの文章は、村上春樹がプリンストン大学へ客員教員として招聘された滞米経験での思い出の一コマですが、外国語に限らず、音楽の場合もそうですし、文章の場合もそうですが、なかなか気持ちや考えを誰かにコミュニケートするという作業は難問です。しかしコミュニケートなしに生きていくことが現実的に不可能であるとすれば、村上春樹の提示している3つのポイントはほぼほぼ正鵠を得ていると思いますし、物書きのはしくれとしては、留意すべきポイントなのだろうと思います。

さて本日。
昨年9月末〆で提出した紀要掲載のために書いた論文が冊子になって到着しました。わたしくしごとですが、自分の書いたものが「活字」として「形」になるのはうれしいものです。

「吉満義彦の人間主義論 --近代批判とその神学的根拠(1)」、『東洋哲学研究所紀要』(第24号、2008年)。

苦労した割には、コンテンツがないんだよなというのが実感ですが、論文を書くうえでも、3つのポイントは大切になってきます。

「考えている」「思っている」ことはだれにでもできますが、それだけではだめなのでしょう。要は、それを自分以外の誰かが読んでも・聞いても「理解」できる「コミュニケート」できる内容に転換する作業が不可欠なんだよな、というところです。

この労作業を抜いてしまうと、論文だけに限らず、日常生活に関しても、想念の押し付け合いになってしまうのだろうな~と思う昨今です。

で……。
本日、春の七草を頂きましたが……少し泥臭かった。
もうすこし洗うべきではなかったろうかと思うのですが、それをそのままコミュニケートしてしまうと、「じゃあ、おめえが洗えよ」ってなってしまいますので、少し工夫が必要かも知れません。

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やがて哀しき外国語 (講談社文庫) Book やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

著者:村上 春樹
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