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二重の自立性、自然的なものの自律的なそれとを統一している

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 天候はたしかに完全にそれ自身で変化し、私は、その自立的な変化というしかたにおいて、それだけ拘束を受けないかたちで天候に出会うことになる。とはいえ、人間がまったく別種の存在であったなら、人間が天候に「依存する」こともおよそありえなかっただろう。なるほど天候はその自然なありかたにおいて、人間のことばで或る者に語りかけることはできない。だが天候にはそれでも、或る者をじぶんに依存させることが可能であるが、その根拠は「自然」--人間の自然のうちにある。人間が同時に自然的な生物でなかったなら、天候が人間にかかわることはそもそもありえなかったことだろう。人間がじしん自然を有するからこそ、人間は自然的なものをその自立性において経験し、理解することができる。人間はじぶん自身のうちで、二重の自立性、自然的なものの自律的なそれとを統一している。このことが、人間外的な自然が人間に対して威力をもちうることに対して、存在論的な根拠を与える。人間との関係における自然の自立性が人間にかかわることになるのは、したがって、人間が人間以下的なしかたで存在しているからでもなければ、自然が人間を超えるしかたで存在し
ているからでもない。人間もまた自然によって現に存在することをつうじてであり、それが人間的な自然であるとはいえ、人間もそれじしん一箇の自然を有することをつうじてなのである。
    レーヴィット(熊野純彦)『共同存在の現象学』岩波文庫、2008年。

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れいのごとくで、れいのごとくで、サラリーマンの皆様は、「まぢで凄いな!」などと納得しつつ、そういったひとびとを送りだす配偶者のひとびとには「笑顔を忘れないでね!」などというコマーシャル的擬似画像は……実はたいせつなんだよなと実感しつつ、自分の「自然性」に吐き気をおぼえつつ……市井の仕事をしていたわけですが、今日がひとつのマックスで、「これ、ありえないだろう」のうえをいく「ありえないだろう」……でして、久し振り?にエア・パンチを「空き段ボール箱」に拳を送りこむ宇治家参去です。

そんなことはどうでもいいのですが、とりあえず……本日は、自分で決めた飲みのアポがあり、若い衆と一献。

北海道の地酒で、北海道の珍味をほおばるわけですが、そうした「パンチを繰り出したくなる」「現実世界」を「丁寧」にレコンキスタする以外に手はないな!ということでクローズ。

言葉で買えば単純なフレーズですが、そこにしか自己自身の実存はないのが現実です。

寝ます!!!

しかし!!!

(詳細はおきますが)現実世界のこうした“どうしようもない現実”に“憤らなくなり”“そんなもんなんだよなあ~”としたり顔で語るようになってしまうと、自分は終わりなのでしょう……その意味では、ありがたいものです。

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