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卑しい人は後悔することができない

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 後悔なるものがある。後悔は私のうちなる人間性の持続的努力の意識であって、持続的努力が打ち負かされてしまった後にも残り、それが打ち負かされてしまったという不快の感情と結合している。それはわれわれを不安にするが、われわれの高貴なる自然の高価な抵当である。このわれわれの根本衝動の意識から良心もまた生ずるのである。良心の鋭さと敏感さには個人によって強弱の違いがあるが、甚だしきは良心が全く欠けている場合がある。卑しい人は後悔することができない。なぜなら彼のうちなる人間性は下等の衝動に反抗するだけの力さえも持っていないからである。賞と罰とは徳と悪徳との必然的結果であり、しかも新たな徳と悪徳とをもたらすものである。なんとなれば度重なる大勝利によってわれわれの特有の力は拡大強化されるからである。またあらゆる作用性の欠如、或いは度重なる敗北によってこの力はますます弱くなるからである。--ただし罪過と帰責という概念は外的法律に対する意味のほかにはいかなる意味も持っていない。罪を犯し、その犯罪の責任を帰せられる者とは、公共の安全を脅かす彼の衝動の働きを阻止するために、彼に対して社会が人為的な外的な力を発動せざるをえない者のことである。
    --フィヒテ(量義治訳)「人間の使命」、岩崎武雄編『世界の名著 フィヒテ シェリング』中央公論社、1980年。

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人間というのは、「後悔できる」うちがはななのかもしれません。
「後悔できる」のであれば、再起がどのような結果を導くかは問わないとしても、再び、立ち上がる、組み立て直すことができるわけですから。その意味では「後悔することができない」のは、アリストテレス(Aristotélēs,384.BC-322. BC)のいう「神」か「野獣」だけなのかも知れません。

さ、今日も例の如くマアアリエナイ市井の仕事の忙しさぶりなのですが、そのなかで気が休まるのが、一服しているときの宇治家参去です。

しかし、この一服の最中に、携帯している内線電話がなりひびくと、天国から地獄へと、という感じで、自分の中だけですが怒り心頭するわけですが(それも仕事なので致し方ないわけですが)、今日はそういうわけではなく、自分の仕込み不足に、がっくし「後悔」です。

自分はライターの類、ロゴが入ったような限定品を除いて使い捨てのライターを使用しません。使い捨てがマア、まさにMOTTAINAIわけですので、オイルとかガスを自分で充填して使うタイプのライターを使っております。

今日使っていたライターはガスになるのですが、点火しても火がつかない!
しかし、燃料切れではないはず、なぜなら、燃料は昨日寝る前に補充したからです。
何度か試してみるのですが普段と、すこし音が違うようにて……、おそるおそるライターの部位をチェックしてみると、発火させる石が、なくなっていたようで……。

時間的に、喫煙者がだれもいない時間の一服であり、ライターを借りることも出来ず……、100円ライターを買えばいいわけですが、それもなんだかなあ~という感じで、自宅まで強制我慢です。

今から、がつんと吸って寝ようかとう思いますが、石の入れ替えはOKです。

昨日、燃料入れるときにチェックしておけばよかったのですが……まさに「後悔」です。

2-3日おきに使うライターも変えるもので、燃料はその時々チェックしているのですが、今度から「石は大丈夫か?」という感じでチェックするしかないですね。

ドイツ観念論の大家・フィヒテ(1762-1814)は「それはわれわれを不安にするが、われわれの高貴なる自然の高価な抵当である。このわれわれの根本衝動の意識から良心もまた生ずるのである」と言っておりますから、今回の「勉強」は「高貴なる自然の高価な抵当」であると弁え、そこから学ぶことによって「良心もまた生ずるのである」と思いつつ、久し振りにパイプに、こだわりの草を入れ、少しゆっくりと味わってみようかなと思います。

……しかし、夜中に部屋のなかで、パイプをやると、細君から文句いわれるんだよなあ~。
昼間、パイプをやるときは、かならず外で吸うのですが、さすがに夜中は寒いので部屋のなかでやってしまうと文句を言われるので、またそのことも学習せずにやって「後悔」するのも何なので、チト、外へ行って来ます。

ちなみに昨日は節分のようでしたが、恵方巻をやるのも「なんだかなあ~」という天の邪鬼ですから、三色蕎麦をいただきました。

蕎麦道も奧が深いです。。

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