« 人生に逆境はない。如何なる境遇に在りても、天に事へ人に仕へる機会は潤澤に恵まれている。 | トップページ | 【覚え書】K.ボールディング「真理こそ、賢明な人間、正直な人間が頼らねばならぬものである」、『二十世紀の意味』 »

一杯やるかい?……一杯やる会?

01_r0011914

-----

 読書といえば普通、図書館や書斎でひとり静かに本と向き合う姿を連想するが、私いや友達は幾人かで相談して決めた同じ本を読むのである。毎月一回、集まって自分達で課した「課題図書」を読んで感想を述べあう。いつまでに何を読むか決めているから、宿題を出された生徒のようになんとかして読もうとする。それだけならいわゆる読書会かというと、読書会のようでもあり、そうでもないところがみそである。わたしはこのユニークな読書会もどきの仲間に支えられて、着実に弱点の補強をすることができたのであった。この一風変わった会は「長く続ける」「楽しく読む」「なんでも広く読む」ことを不文律として、毎月一回缶ビールをちびりちびりやりながら概してとりとめもなく時に少しだけまじめに、本を話題にしておしゃべりする集まりである。一九九〇年一月にスタートして今年で一三年続いたから、継続の点ではいくらか、自分達をほめてあげてもいいだろう。この間に読んだ本の題名を列挙してながめてみるといささか感慨深い。
 これだけ長く持続できたのは、この会が普通の読書会とちがって、「飲み会」と「読み会」を同じ比重でうまく結合したからであった。仕事上の付き合いや親しい仲間同士で居酒屋などで一杯やるのは珍しくない。いわゆる読書会もちまたに少なからずある。だが仕事を終えて居酒屋で一杯やりながら出る話題といえば、ほとんどが職場の不満、ぐち、上司のあらさがし、人事のうわさなどか、野球かサッカーなどのあたりさわりのない話になりがちで、どうもそれでは空しいし、おもしろくもない。一方まじめな読書会というのも結構だが、どこか堅苦しいし、毎月定期的にながく続けるには無理がある。ならば一杯やりながら少しだけまじめに、あらかじめ共通の本を読んできてそれに話題を集中させてみようというのはどうだろうか、というむしのいいアイディアがこの会を生んだ。
 もっとも私達は「読書会」と称するにはあまりにおこがましいことをよく自覚していたから、「読書会」とは言わずにそれを「一杯やる会」と称している。「一杯やる会」といっても、せいぜい缶ビールにスーパーで調達する安あがりのつまみ、腹ごしらえのための麺類やいなり寿司、生野菜と漬物が並ぶ程度で、時に旅行のみやげの各地の名産、高価な地酒とかワインの差し入れがある。これらを口にしながら、第一部、まずは課題図書とは関係ない雑談からはじまる。やはり仕事がらみの話が中心になりがちだが、時事的な話題、趣味の話、家庭内のエピソード、メンバーの誰かが旅行から帰った直後などには、詳細な報告談などが語られる。予定時刻の半分はこんな調子で、やがて誰からともなく「ではそろそろ本題に」となる。
 第二部に入っても、司会者とかレポーターがいるわけでもない。なにかかっこいいことを発表しなくてはならないとなると参加しずらくなるから、発言は義務的ではなく、各自が勝手に意見を述べ合い、作品についてなにか知っていることがあれば、紹介しあう。まとめとか結論は一切ない。多忙で一ページも読まずに参加することも珍しくない。要するに決められた本を読んできて、それを共通の話題にして飲むだけだから、読むことよりも飲むことがお目当てで出席することもある。しかしそれこそが一三年も持続し、一〇〇冊を越す作品を読むことができた秘訣であった。そしてみな「飲むほうがお目当て」と謙遜しながら、たいていは生真面目に読んできた。このような楽しみを用意すると同時に、必ず散会する前に次会に取り上げる作品と日時を決めることにした。それがもうひとつの継続の秘訣である。
    --高柳直正「『飲み友達』から『読み友達』へ」、鶴見俊輔編『本と私』岩波書店、2003年。

-----

うえの引用文にあるとおり、読書会は最高です。

読書会の手ほどきをうけたのは、たぶん、大学一年生の頃だったかなと記憶しております。
先日、都立大学駅周辺にて「泥飲」した仲間たちと、日吉キャンパスのクラブハウスにて、先輩の進行のもと、毎回決めた一冊を読んできては、昼休みとか、放課後に、その内容を議論したのが最初だと思います。

次の年には、自分たちがその外枠をつくって、後輩たちと一緒に読んだわけで、そこでマルセル(Gabriel Marcel,1889-1973)を知り、アイトマートフ(Chinghiz Aitmatov,1928-2008)を読み、プラトン(Plato,B.C.427-347)の「国家論はどうよ」と論じ、宮本輝(1974-)の「河三部作」に出会ったのもこの頃のことだと思います。

哲学者、作家、詩人……ジャンルを問わず、若い雄叫び?で、議論し合ったことが懐かしいものです。宮本輝が大好きな同期の桜からは、長じて、経済学の手ほどきも受けることになり、異文化交流?の醍醐味をあじわったものです。

で……もうひとつ。
先の読書会では飲むことはなかったのですが、読みながら飲み、飲みながら読んだのは、ちょうど、修士課程に在学している頃だったかと思います。
現在所属している研究所の先輩(専門は日本仏教、当時は博士課程在学中)と、月に一度、読書会といいますか、勉強会といいますか、そして飲み会といいます、そういう集いをやっていた思い出があります。

当時、人類学者の先駆者・ジェームズ・ジョージ・フレイザー(Sir James George Frazer,1854-1941)の影響もあってか、呪術と科学の分岐をめぐる信念系と対立と客観精神のかかわりに関心があったので、そのケーススタディとして陰陽道の思想的枠組みを探究しようと、自己に探究をかしておりましたので、陰陽思想の影響を受けた仏教における経典をちまちまと白文で1年ぐらい読んでおりました。

結果としては式神をとばすことはできませんでしたが羅盤だけは仕えるようになったのがイタイ?青春の一コマですが、陰陽道関係の文献が片づくと、サンスクリット語の勉強をしていた学生(専門は初期大乗)も交え、『法華経』をきちんと原典から読もう……ということになり、漢文経典、サンスクリット原典、そして現代西洋語の訳を対照させながら、読んでいた思い出があります。

ちょうど、修士論文で日本で最初の宗教学者・姉崎正治(1873-1949)の宗教学の変遷を追跡していたので、『法華経』研究へと合流した次第です。
東京帝国大学文科大学において最初に宗教学の講座が開設された折り、姉崎がその最初の教官としてその創設に尽力したわけで、後に日本の宗教学研究の発展の基礎を築いたことで知られるのですが、これも学問の師匠・鈴木先生から、「君は姉崎をきちんと踏まえていた方がよい」という、形としては外圧なのでしょうが、それによって、内発的に学が拓いたわけなのですが、そのなかで、姉崎の発想の根幹をさぐるべく、法華経原典への挑戦へと繋がった次第です。

姉崎は、盟友・高山樗牛(1871-1902)に、マア“折伏”されて、日蓮信仰を終(つい)の信仰となし、後に、ハーバード大学へ交換教員として渡米中には、名著『The Buddhist Prophet NICHIREN』(邦訳は『法華経の行者 日蓮』)をハーバード大学出版局より著し、西洋世界に、まとまった形で、鎌倉仏教を紹介した人物です。

かなり思い入れもあったようで、息子には「金吾」と命名しているほどですが、自己の信仰を熱烈にたもちながら、その信仰をいわば、学として論じていくという車輪の両輪をきちんとやった人物でしたから、その根本となる、『法華経』をきちんと読んでおこう……そういうながれで、読書会となったわけなのですが。

で……
もちろん、宇治家参去は、サンスクリットのデーヴァナーガリーは読めませんので、ローマナイズされた文献を読んでもらい、それを漢文で対照させ、異同本との照合、西洋語の訳での解釈なんかを相関させながらやっていましたので、それはそれは果てしのない道のりで、3年かけて、まだ「薬草喩品」ぐらいまでいくかいかないかという遅々たるスピードでしたが、冒頭にある「『飲み友達』から『読み友達』へ」のように、楽しく読み、楽しく飲み、楽しく思索を深めることが出来たのは良い思い出です。

それが悪いというわけではありませんが、やはり、なんとなく飲みに行ってしまうと、仕事の愚癡であったり、社会に対する不平不満であったり……まあ、飲むのは好きなのでそれはそれで楽しい部分もあるのですが、……上の文章でも指摘のある通り「どうもそれでは空しいし、おもしろくもない」のもある一面からすればそれが実情です。

この仏教経典学習会は、およそ5年ほど続けましたが、やはり学び・飲むというのは、「なんとなく飲み会」よりはやはり、話題がきちんときまっており、お互いにそこから何か学ぼう……という目的観がはっきりしていますから、飲んで騒いだで終わらず、いつも「何かを持ち帰るもの」があったと思います。

専門も経歴もちがう面々が、一書に向かい合うものですから、これが実に面白い!

真面目なネタがほとんどですが、様々な側面から一つの対象を浮かび上がらせる作業は実に痛快です。

もちろん、翻訳における意味転換の問題や、風土や時代背景の影響、そして語義的な問題大家の解釈、中国、日本における受容史等々……種々論じるわけですが、それだけではありません。

例えば次のようなネタでも盛り上がるわけで……

仏典に残されている釈尊(像)を映像化してみた場合、誰が演じるのに相応しいのか?
やはり、体をはって、衆生(有情も無情も)を守り抜くその勇士に注目するならば、アーノルド・アロイス・シュワルツェネッガー(Arnold Alois Schwarzenegger、1947-)だろう……とか。

「おまえのサンスクリット語の発音は、ヒンディー訛りだ」……とか。

「宇治家参去さんの宗教観は耶蘇臭い」……だとか。

思えば、わいわいがやがやとやっておりましたが、そこで立体的に学んだコンテンツは、自分自身の思索を深める上で必要不可欠の土台となり、根柢になったのは事実です。読み進めるうちに、仏教関係者だけでなく、さまざまな市井の人々や別の専門家も交えながら、月に一度あつまり、自由闊達に論じたその時間は忘れがたい思い出です。

その当時はみな、独身で比較的わがままの効く気楽な環境でしたから、長ずるにつれ、物理的に時間の接点がつくりにくくなり、自然と立ち消え……精確には休止……となってしまいました。

ですけど……。
またやりたいんですよね。本を読んできて「一杯やる会」を。

たしかに、「読む」という作業は、そのひとの唯一性なきわめて個人的な作業なのですが、それでおわると、ひとりの事業になってしまうのですが、それを摺り合わせていくと、一つの対象を「ああ、こんなふうにも見ることができるんだ」っていう驚きと発見の連続になるのものなんですよね。

その全体性のなかで、一書を一緒に読んで飲む……最高なひとときだと思う訳なのですが……。

またやりたいなあ~。

読みたいなあ~。
飲みたいなあ~。

まじで、「ぴかぁぁぁ~ん」と来るんですよね。
一書に対して一書にやってみる異文化交流(異業種?)交流というものは。

ということで……。
とりあえず、だれとも一書を一緒によむことができないのですが、その日の再現することを祈りつつ、宮城紀行の最終版にゲットした、古川(宮城県大崎市)の地酒「純米吟醸 宮寒梅」〔(名)寒梅酒造〕でも飲んで寝ます。

しかし、名前がいいですね。

「寒梅」

……近所の小学校の門庭脇の梅の古木を見上げると、もう、花びらを解き放しはじめておりました。

02_r0012000 03_r0012001

|

« 人生に逆境はない。如何なる境遇に在りても、天に事へ人に仕へる機会は潤澤に恵まれている。 | トップページ | 【覚え書】K.ボールディング「真理こそ、賢明な人間、正直な人間が頼らねばならぬものである」、『二十世紀の意味』 »

告白・独白・毒吐の日々」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 一杯やるかい?……一杯やる会?:

« 人生に逆境はない。如何なる境遇に在りても、天に事へ人に仕へる機会は潤澤に恵まれている。 | トップページ | 【覚え書】K.ボールディング「真理こそ、賢明な人間、正直な人間が頼らねばならぬものである」、『二十世紀の意味』 »