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(一)ただしさ、(二)わかりやすさ、(三)ありがたさ

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 ……ここでふたたび最初にとりあげた翻訳につき考慮される三要素、(一)ただしさ、(二)わかりやすさ、(三)ありがたさ、にかえろう。むろん、聖書の日本語訳のいずれにおいても、これらの要素は不可欠であるが、これを聖書の日本語訳の歴史においてかえりみると、まず、キリシタン、または中国において、深刻な問題であった「カミ」の訳語を始め、「愛」などのキーワードとなる言葉の訳の適切さについては、どうやら激しい議論がなされなかったといってよい。わずかにウェンライトにより、天地の出現をめぐり「成る」か「造る」かの重要な指摘があったにもかかわらず、それは大きな議論をよばなかった。すなわち日本においては、翻訳の「ただしさ」(これの比重はしだいに増大してくるとはいえ)よりも「わかりやすさ」と「ありがたさ」への関心が強い。あったのは語義論ではなく文体論である。あわせて妥協的である。
 それにもかかわらず、日本語訳された聖書は、日本の文化、社会に大きな影響を与えた。「ただしさ」への比較的な無関心の所産である「神」や「愛」が、日本語の「神」とか「愛」の言葉の概念を変える作用をもたらしている。たとえば夏目漱石の作品『行人』(一九一四)で語られている神はもはや従来の日本の神ではない。あるいは有島武郎を「惜みなく愛は奪ふ」(一九一七)でいう愛は、仏教的、日本的愛とは異なり、「惜みなく愛は与へる」意味となっている。その意味にもとづくからこそ、はじめて「惜みなく愛は奪ふ」の論題が成り立つのである。さらに翻訳に強くみられた文体論への傾斜は、日本の文学をはじめ日本文に新しい折衷体を生み出した。日本の近代詩歌はもとより、文学との深い関係はすでに多く論じられている。
 今回は聖書の翻訳の面から見たに過ぎないが、このことは同時に日本のキリスト教の受容全体にもあてはまらないであろうか。キリスト教思想の受容も、同様に感覚的、情緒的、あるいは風俗的な「文体」への傾斜であり、ときには妥協であることである。キリスト教の「ありがたさ」の受容に比し「ただしさ」の受容が、今なお大きな課題となっているかもしれない。
    --鈴木範久「聖書の日本語訳--略史と問題」、鈴木範久監修『聖書と日本人』大明堂、2000年。

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聖典の他言語への翻訳は非常に難しい問題です。
いっそのこと、イスラームの『クルアーン』のように、聖典としての利用における翻訳を忌諱する立場もありなのかもしれませんが、現実の受容に関しては、これもまた困難です。
※もちろん、『クルアーン』の場合も、日本語訳(現在三訳)もありますが、それはあくまでも「信徒」にとっては「補助的な手段」「参考」にすぎず、聖典としてはアラビア語で伝えられたそれをもちいなければなりません。なぜなら『クルアーン』が預言者・ムハンマド(Muhammad,570頃-632)に対してアラビア語で伝えられたという事実が、伝統的に重視されますので、アラビア語で書かれたそれのみが『クルアーン』と見なされるわけです。

さて、最初に戻りますが、聖典の他言語への問題ですが、『クルアーン』における補助的注釈としての翻訳の事情の由来もそれに由来するわけですが、他言語へ翻訳する必要性は、やはり、その宗教が、大雑把に言えば、それが世界宗教への展開するための不可避的な問題なのでしょう。

イスラームでいえば、もともと、アラブ人のアラビア語を話していた地域で布教が始まったわけですので翻訳などという問題は元々なかったわけですが、それが拡大するなかで、最初に直面するのが翻訳の問題でした。最終的には上述したとおり、聖典ではなく「注釈」「補助」「参考」という位置づけですが、アラビア語を母国語としない者にとっては非常な便宜となっているのは言うまでもないでしょう。

そしてキリスト教の場合、仏教の場合も、イスラームでいう「注釈」「補助」「便宜」というわけではありませんが、その苦労は同じです。

キリスト教の『新約聖書』の場合、もともとは当時のローマ帝国で一般的に流通していたギリシア語方言のひとつ「コイネー」によって書かれたものですが、早い時期からラテン語、シリア語、コプト語に翻訳され、流通していったようです
※「正典」の成立はまた別の問題なので、後日紹介します。

仏教においても、パーリ語なんかで記録された初期仏典が、これも早い時期から、各地の言語に翻訳され、布教に欠かせないメディアとして同じように利用されております。

しかし、布教・そして利用に関して、欠かすことのできないメディアとしての「聖典の翻訳」ですが、これが実に非常に難しい問題です。

たとえば、日本にキリスト教が伝来するのは、「以後・よく・広まる・キリスト教」という語呂合わせで覚えた「1549(天文18)年」、フランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier,1506-1552)の鹿児島上陸をその嚆矢とします。

しかし、キリスト教で説く「カミ(Deus)」の概念をどう翻訳するのか……先人たちは並々ならぬ苦労をしたようです。鹿児島で訳された初期の訳語に「大日」という訳語がありますが、これは、太陽をシンボルとする「大日如来」をヒントに訳された言葉ですから、かなりの混乱があったようです。由来を何も知らないひとびとは、それこそ、「天竺(インド)より更に西から着た新しい仏教の一派」との勘違いが生じたようで、この訳語は早々に放棄されてしまいます。その後紆余曲折を経て、翻訳不可能ということで、ラテン語の言葉Deusをそのまま音写し、「でうす」という言葉がキリシタン時代には、神をあらわす言葉として流通します。

これはキリシタン時代のキリスト教における一コマですが、神を「大日」と訳すように、「聖典」の「他言語」への翻訳は非常に難しいわけですが、どの宗教においても、それが世界宗教であろうとすれば、まさに「避けては通れない」艱難なのでしょう。

さて……。
日本においては、キリシタン禁教後、再び、キリスト教が紹介されるのは幕末~明治維新以後ということになります。解禁後、米英のプロテスタント系宣教師団と日本人協力者を中心に、さまざまな翻訳がおこなわれるわけですが、そこでの問題をまとめたのが最初に引用したまとめの一文です。

まず、大前提として「聖典の翻訳」において必要不可欠の要素とは何かといった場合、最大公約数として指摘できるのが次の三つの部分であることは論を待ちません。すなわち、「(一)ただしさ、(二)わかりやすさ、(三)ありがたさ」がそれであります。そしてこの三つの要素がうまく調和したとき、マア最高の翻訳の誕生ということになるのでしょうが、これがなかなかできず、聖書の日本語においてはどうだったか、振り返ってみるならば、どちらかといえば、「ありがたさ」の受容に比し「ただしさ」の受容があまり省みられなかったといってよいでしょう。これが日本におけるキリスト教の受容そのものの問題と密接にリンクしているわけですけれども、例えば、聖書に記述された「カミ」もそのひとつです。もともと、日本語における「神」の概念は、一神教でとかれる「唯一神」の概念を意味しておりません。いわばアニミズムやシャーマニズムの手垢にまみれたそれで、物の怪から生き霊、悪霊までを意味するひろい概念です。

これがキリシタン、または中国においては、「ただしさ」の観点から喧々諤々の議論が繰り返され、前者においては「でうす」、後者においては「天主」という翻訳が採択されるわけですが、こうした問題に関してはあまり議論されることがなかったということです。
※例えば、「愛」に関しても同じで、仏教的エートスの土壌においては「愛」とはすなわち「愛着」の「愛」であり、解脱を妨げる否定的概念であり、キリスト教の説く「愛」とはもともと似ては似つかぬ概念です。

で……。重視された「ありがたさ」への関心ですが、実はこの問題も軽視すべからざる問題の一つです。重視が悪いと言うことでは全くなく、重視されてしかるべき問題の一つです。これはどこかの知識人がいっていた談話ですが、例えば、己のモットーなんかを短い言葉で表示する場合、例えば、断然、中国の古典とか、日本の古文から拾ってくる方が、「ありがたく」感じてしまう。それにくらべると、西洋古典の現代語翻訳の文章をそこにもってきてしまうと、内容がどのように良くても「うすっぺらく」聞こえてしまう。こうした問題があるのだろうと思います。

どちらがよいかというわけではりませんが、伝統的な日本文体論においては、はやりどちらかといえば、「文語体」の文章の方が「ありがたさ」を伝えることには一役かったのは事実でしょう。

聖書の「マタイによる福音書」(五・3-10)を例えば、文語体と口語体の代表的翻訳を比べてみると次の通りです。

まずは、1917年に出版されたのが『大正改訳』と呼ばれる翻訳聖書です。
この翻訳はがちがちの文語体というよりも、少し折衷訳なのですが、教会外の人にも多く読まれ、日本におけるキリスト教理解に大きく貢献したことでしられた文献です(「目から鱗」、「狭き門より入れ」といった日本語の成句として定着した言葉もこの翻訳聖書に由来します)。

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『幸福(さいはひ)なるかな、心の貧しき者。天國はその人のものなり。幸福なるかな、悲しむ者。その人は慰められん。幸福なるかな、柔和なる者。その人は地を嗣(つ)がん。幸福なるかな、義に飢ゑ渇く者。その人は飽(あ)くことを得ん。幸福なるかな、憐憫(あはれみ)を得ん。幸福なるかな、平和ならしむる者。その人は神の子と称へられん。幸福なるかな、義のために責められたる者。天国はその人のものなり。』

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次に、1987年に出版された『新共同訳』ですが、これは現在もっとも広く流通している日本語聖書になりますが、同じ箇所を示すと次の通りです。

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 「心の貧しい人々は、幸いである、
   天の国はその人たちのものである。
  悲しむ人々は、幸いである、
   その人たちは慰められる。
  柔和な人々は、幸いである、
   その人たちは地を受け継ぐ。
  義に飢え渇く人々は、幸いである、
   その人たちは満たされる。
  憐れみ深い人々は、幸いである、
   その人たちは憐れみを受ける。
  心の清い人々は、幸いである、
   その人たちは神を見る。
  平和を実現する人々は、幸いである、
   その人たちは神の子と呼ばれる。
  義のために迫害される人々は、幸いである、
   天の国はその人たちにものである。」

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一慨にその善し悪しを云々することは難しいですが、「ありがたさ」という観点すると、やはり『大正改訳』の方がこなれているのでは?などと思ってしまいます(ワタシダケ?)

で……。
「ただしさ」という議論はひとまずおきますが、それにもかかわらず、『大正改訳』で日本語化された言葉「目から鱗」、「狭き門より入れ」が常套句として定着したように、こうした聖書の「翻訳に強くみられた文体論への傾斜は、日本の文学をはじめ日本文に新しい折衷体を生み出した。日本の近代詩歌はもとより、文学との深い関係」を生みだしたのは事実ですから、俗に「人口比1%の信徒数でありながらも、10%以上の影響を与えた」というのは紛れもないそのひとつの偉業になることは間違いないと思います。

さらに踏む込めば、例えば「愛」という言葉にしても、もともと「否定的要素」しかなかったこの言葉に、「積極的な言葉」の概念を与えた・変化をもたらした事実も同様に評価できるのだろうと思います。

とわいえ、「ただしさ」への無関心も問題であるわけで……。それならば原典で読んで、信仰しろっていうファッショな言い方も否定はできませんが、それはそれでねえ……と感じつつ、その難問を前に……散歩の途中に買い求めたオーストラリアワインを呑むある日の宇治家参去です。

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