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【覚え書】〔今週の本棚〕松原隆一郎評「致命的な思いあがり ハイエク全集II-1」、『毎日新聞』2009年3月29日(日)付。

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オーストリア生まれの経済学者……思想家といっても過言ではありませんが……フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク(Friedrich August von Hayek,1899-1992)の著作は、第二次世界大戦の終盤に刊行された『隷属への道(The Road to Serfdom)』(東京創元社,1992年)しか読んだことがありません。

同著では、社会主義、共産主義、ファシズム、ナチズムが同根の「集産主義」であると批判し、その筆致に魅了されたものです。

古典的自由主義の問題にはまったく関心がありませんが、ハイエクの理性主義批判(constructivist rationalism)には多大な関心がありますので、ぼちぼちこのへんも繙いていかなければなと思うわけですが、なかなか時間と金がありません。

ですから……忘れないための【覚え書】ということで。

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松原隆一郎評 致命的な思いあがり ハイエク全集II-1
F・A・フォン・ハイエク著(春秋社、3990円)
経済・法・社会を論じた知識人の遺作

 巨大な業績を残した知識人は、どのような遺作を書くのか? 自由主義を終生唱えたハイエクの最後の著作となった本書を読み、頭から離れなかったのは、そのことだ。
 ハイエクのライバルであるケインズは論壇でも活躍した人であり、最後のメッセージが何であるのかは判断が難しいが、『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)よりも後に口頭発表され、46年に没した後に公刊された『若き日の信条』(49年)が仮にそれに当たるとすれば、違いは歴然としている。
 本書は歴史や文明といった「長期」を論じている。一方、ケインズは「長期的にはわれわれはみんな死んでしまう」という持論か、人生の一瞬の出来事を記している。若き日に同性愛者であったという理由からロレンスに殴られた事件を、回想するのである。ハイエクが本書でもケインズを繰り返しなじっているが、それは、持論ゆえに短期的に社会を論じようとする姿勢、そしてロレンスが正しいと認めながらもなお「不道徳漢」であることをやめなかったからである。
 本書は88年から刊行がはじまった英語版ハイエク全集の第1巻として初めて出版されたもので、日本語版は全集の第II期全10巻のやはり第1巻としてこのたび初訳された。全集編集者であるバートリーIII世の手が入っているという噂のある作品である。
 彼は初期にはオーストリア学派の後継者として資本理論を講じたが、1920年代から十数年間、社会主義者たちと計画経済の理論的可能性について激論を交わした結果、社会主義が論理的に不可能だという信念こそ変わらなかったものの、その論拠として新古典派経済学を使うと逆に可能性を示してしまうことに気づき、法・社会思想の膨大な領域を彷徨するようになる。そこから、模倣によって拡がり合理的には支持しがたい慣習や伝統・道徳に従う市場社会こそが文明の根幹だとの信念に達するのである。こうした考え方はオートポイエーシス、自己組織化などといった最新の理論に受け継がれているが、唱え始めた頃は孤軍奮闘の観があったという。
 そしてその立場から、社会主義だけでなく、その根本概念である「合理主義的設計主義」やそれを構成する合理主義・経験主義・実証主義・功利主義を論駁するようになる。本書でも、前半は理性と本能の間にある慣習的なルールや自由主義を支える所得・正義の観念、交易によって文明が発達したという史観などを述べ、後半でマルクス主義的な(ハーバーマス、フーコーも含む)疎外論やケインジアンによるマクロ経済学が批判されている。
 ところでハイエクは新自由主義のリーダーとされ、そこからの連想でフリードマンの師であるとか構造改革の祖であるとかいった理解があるが、まったくの誤解である。客観的なデータから日本経済が非効率的であると診断し、市場慣行を破壊するような規制緩和を政府が命じるといった製作は、ハイエク的には合理主義的設計主義以外の何ものでもない。彼の目には、財政支出の乗数効果なと(ママ)を狙うケインジアンも同罪に映ったはずだ。
 しかし『若き日の信条』で、客観的に道徳を論じた自説の誤りを認めたケインズその人は、人々の将来に対する「主観的」な確信を楽観に向けるべく政治的弁論を闘わせたのだと思おう。そして人生の過ちを振り返ってみせたケインズの遺稿集の方が、壮麗な本書よりも魅力的にみえてしまうのは、私が不道徳であるからなのだろうか。(渡辺幹雄訳)
     --【今週の本棚】松原隆一郎評「致命的な思いあがり ハイエク全集II-1」、『毎日新聞』2009年3月29日(日)付。

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