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2009年3月

【覚え書】〔今週の本棚〕松原隆一郎評「致命的な思いあがり ハイエク全集II-1」、『毎日新聞』2009年3月29日(日)付。

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オーストリア生まれの経済学者……思想家といっても過言ではありませんが……フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク(Friedrich August von Hayek,1899-1992)の著作は、第二次世界大戦の終盤に刊行された『隷属への道(The Road to Serfdom)』(東京創元社,1992年)しか読んだことがありません。

同著では、社会主義、共産主義、ファシズム、ナチズムが同根の「集産主義」であると批判し、その筆致に魅了されたものです。

古典的自由主義の問題にはまったく関心がありませんが、ハイエクの理性主義批判(constructivist rationalism)には多大な関心がありますので、ぼちぼちこのへんも繙いていかなければなと思うわけですが、なかなか時間と金がありません。

ですから……忘れないための【覚え書】ということで。

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松原隆一郎評 致命的な思いあがり ハイエク全集II-1
F・A・フォン・ハイエク著(春秋社、3990円)
経済・法・社会を論じた知識人の遺作

 巨大な業績を残した知識人は、どのような遺作を書くのか? 自由主義を終生唱えたハイエクの最後の著作となった本書を読み、頭から離れなかったのは、そのことだ。
 ハイエクのライバルであるケインズは論壇でも活躍した人であり、最後のメッセージが何であるのかは判断が難しいが、『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)よりも後に口頭発表され、46年に没した後に公刊された『若き日の信条』(49年)が仮にそれに当たるとすれば、違いは歴然としている。
 本書は歴史や文明といった「長期」を論じている。一方、ケインズは「長期的にはわれわれはみんな死んでしまう」という持論か、人生の一瞬の出来事を記している。若き日に同性愛者であったという理由からロレンスに殴られた事件を、回想するのである。ハイエクが本書でもケインズを繰り返しなじっているが、それは、持論ゆえに短期的に社会を論じようとする姿勢、そしてロレンスが正しいと認めながらもなお「不道徳漢」であることをやめなかったからである。
 本書は88年から刊行がはじまった英語版ハイエク全集の第1巻として初めて出版されたもので、日本語版は全集の第II期全10巻のやはり第1巻としてこのたび初訳された。全集編集者であるバートリーIII世の手が入っているという噂のある作品である。
 彼は初期にはオーストリア学派の後継者として資本理論を講じたが、1920年代から十数年間、社会主義者たちと計画経済の理論的可能性について激論を交わした結果、社会主義が論理的に不可能だという信念こそ変わらなかったものの、その論拠として新古典派経済学を使うと逆に可能性を示してしまうことに気づき、法・社会思想の膨大な領域を彷徨するようになる。そこから、模倣によって拡がり合理的には支持しがたい慣習や伝統・道徳に従う市場社会こそが文明の根幹だとの信念に達するのである。こうした考え方はオートポイエーシス、自己組織化などといった最新の理論に受け継がれているが、唱え始めた頃は孤軍奮闘の観があったという。
 そしてその立場から、社会主義だけでなく、その根本概念である「合理主義的設計主義」やそれを構成する合理主義・経験主義・実証主義・功利主義を論駁するようになる。本書でも、前半は理性と本能の間にある慣習的なルールや自由主義を支える所得・正義の観念、交易によって文明が発達したという史観などを述べ、後半でマルクス主義的な(ハーバーマス、フーコーも含む)疎外論やケインジアンによるマクロ経済学が批判されている。
 ところでハイエクは新自由主義のリーダーとされ、そこからの連想でフリードマンの師であるとか構造改革の祖であるとかいった理解があるが、まったくの誤解である。客観的なデータから日本経済が非効率的であると診断し、市場慣行を破壊するような規制緩和を政府が命じるといった製作は、ハイエク的には合理主義的設計主義以外の何ものでもない。彼の目には、財政支出の乗数効果なと(ママ)を狙うケインジアンも同罪に映ったはずだ。
 しかし『若き日の信条』で、客観的に道徳を論じた自説の誤りを認めたケインズその人は、人々の将来に対する「主観的」な確信を楽観に向けるべく政治的弁論を闘わせたのだと思おう。そして人生の過ちを振り返ってみせたケインズの遺稿集の方が、壮麗な本書よりも魅力的にみえてしまうのは、私が不道徳であるからなのだろうか。(渡辺幹雄訳)
     --【今週の本棚】松原隆一郎評「致命的な思いあがり ハイエク全集II-1」、『毎日新聞』2009年3月29日(日)付。

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「うっ、ポッ~ん!! げふっ、げふ、ぽよよろ、ロ~ン!」

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ポワリエ あなたは他者の顔との関係は、はじめから倫理的なものであるとおっしゃっておられますが、なにゆえそうなのでしょうか?

レヴィナス 倫理、それはあなたにとって異邦人であり、あなたに関係ない他者が、あなたの利害にかかわる秩序にもあなたの感情にかかわる秩序にも属さない他者が、それにもかかわらずなお、あなたに関係する場合の身の処し方をいうのです。他者の他者性があなたにかかわるのです。それは対象が知によって聖人されるような認識の秩序(それは諸存在者との関係の唯一の様態とみなされていますが)とは別の秩序に属する関係です。純粋な認識の一対象に還元されることなしに、私たちは一個の自我にとって存在しうるでしょうか? 倫理的関係のうちに置かれたとき、他の人間は他のものにとどまります。そこにおいては、他者とあなたを倫理的に結びつけるのは、まさしく他人の違和感であり、こう言ってよければその「異邦人性」(étrangereté)なのです。これは平凡なことです。けれどもこの平凡さに驚愕しなくてはなりません。超越という観念が立ち上がってくるのは、おそらくここにおいてであるからです。
    --エマニュエル.レヴィナス・フランソワ.ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性 --レヴィナスは語る--』(国文社、1991年)。

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ひさしぶりに“取るに足らない”“反省するには及ばない”日常生活の“平凡”なひとときに、他者の顔から発せられる「異邦人性」(étrangereté)に驚愕してしまったある日の宇治家参去です。

その驚愕を稚拙な擬態語で紹介するならば・・・

「うっ、ポッ~ん」

・・・という感じです。

さて……
仕事場がどうしてもGMSになりますから、新商品なんかが発売されますと、その試食販売員さんとか販売促進員さんがメーカーから店舗に派遣されてきます。

いらっしゃる販売員さんたちは、そうした人材を確保する派遣会社からの人財さんたちで、応援販売が終了すると、日報のようなものに、サインと本日の評価などの記入をもとめられます。

本日は、麒麟麦酒のキャンペーンの応援販売員さんが来ており、終了後、

「すいませんが、印鑑頂けませんか」

……とのことで、バックヤードの台車のうえで、店舗担当者という箇所に印鑑を押し、

「お疲れ様でした!」

……って書類を渡そうとすると……

「ヒョットシテ、宇治家参去先生デハアリマセンカ?」

「へ?」

「先生……ああ、ワタシ、何かの先生でしたっけ?」

「短大で、哲学教わっていました!」

「うっ、ポッ~ん!! げふっ、げふ、ぽよよろ、ロ~ン!」

「どっかで見たことある人だよなって思っていたんですヨ」

「マジッすか」

「書類に名前もらったら、やっぱり……っていうかんじで声かけました」

「現役生ですか?」

「卒業しました!」

「いつ?」

「今年です」

「……っつうことは、先週だよね」

「はい」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます。で、先生、ここでも仕事しているんですか。Mgrって大変ですよね」

「学問で喰っていけなくてねェ~。マア、世を忍ぶ仮の姿という訳デスヨ」

……という一コマです。

先だっても細君&息子殿に職場でおちょくられたばかりですが、マア家からも近所ですから近所の方とお目にかかることはあるので、それはそれでなんともない……こともない……わけです。

しかし、しかしです。
「短大にせよ、大学の通信教育部にせよ、自分が教えた人間に、こんな場所でお目にかかることはあるまい」……などとタカをくくっていると、自分がアリエナイと思っていたことがアリエタ事態として現出することに当惑するとともに、平凡な日常生活こそまさに恐るべし……などと冷や汗がここちよい?ひとときです。

平凡さ、そして他者の顔とは実におそるべしです。
前にも書いたかもしれませんが、今般の金融恐慌を「百年に一度」だとメディアや事情通なるひとびとは喧騒しておりますが、それはまさにそうなのでしょうが、そもそも人間の生活においては、昨日と同じ一日などハナから存在するわけではなく、一日一日がまさに「百年に一度」であって、そのことを自覚していない、すなわちその実は「見過ごしてしまっている」だけにすぎないのかもしれません。

うっかりと忘れそうになったその事実を目の前に突きつけられた思いで一杯です。

で、そのお嬢さん、一昨年の前期の授業を履修していたようで……ありがとうございます。
顔を覚えていなくてごめんなさい!
でもお陰様で覚えてしまいました!

で……
彼女は九州の出身だそうですが、この4月から東京で社会人を始めるとのこと。
運送最大手の事務で採用されたとのことですが、がんばってほしいものです。

今回は、「社会人になるまえに、できるだけ稼いでおきたいのでバイトで来ました!毎日忙しいですヨ」とのことだそうです。

いや、それでも、しかし、しかし、しかし……くどいのを!……しかしです。

こんなところで会うはずがないと思っていた全ったき他者と直面し、倫理・顔・有責性の重要性とはこんなフトしたところから発していくもんなんだな……と我ながら驚くばかりです。

レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の言葉は学生時代から何度も読んでおります。

しかしなかなか、それが「手足のように」自分自身の思想となることはなかなかなかったのも実情です。

ストレートに学問だけでやっていくようになっていれば……これはそれで好意的解釈というヤツですが……、結局は言葉としては流通させても「手足のように」自分自身の財産として語ることはできなかったのかもしれません。

そのうち(おそらく!)仙人……もとい……専任なんかになったときもレヴィナスの思想を扱い・語るのでしょうが、ストレートに専任にならず(これはこれで忸怩たる部分で家族に迷惑かけていてゴメンナサイですが)、横道でモタモタしているのが現状ですが、そうした書物の言葉が横道でモタモタしているときに、何かリアルなものとして血肉化しているようなので、それはそれで貴重な体験をこの「百年に一度」の「今」ありがたくもつませていただいているのであれば、それはそれで幸福な一瞬なのかもしれません。

しかし、まあ~なんですねエ(できれば「探偵ナイトスクープ」の桂小枝風に)、世の中とはほんとうに面白いものです。

よく、世間とかこの社会はつまらないというひとが多々散見されますが、「丁寧」に生きていると、なかなか「すてたものではありません」。

そのように平凡さに素で敏感になることで、「他者とあなたを倫理的に結びつけるのは、まさしく他人の違和感」が恐怖の対象ではなく、自分自身の課題としての対象に転移するのかもしれません。「他の人間は他のものにとどまります」から還元なんかできないんですよね。しかしともすれば、自分流に還元して他者を操作してしまうのが日常生活を深く省みないあり方なのかもしれません、だから恐怖するのでしょう。

まさに……

「これは平凡なことです。けれどもこの平凡さに驚愕しなくてはなりません」。

顔を見たことがある、
顔を知っている、
顔を見た……

「これは平凡なことです。けれどもこの平凡さに驚愕しなくてはなりません」。

しかしながら、Tさん、がんばってください!
草葉の陰から応援しております。

今日は地酒ブームの火付け役のひとつ、美少年酒造(株)の珍しい(東京ではという意味ですが)パック酒『宵美人』でも飲んで寝ます。

くぅぅ~味が濃い!!

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「人間は自分のことはわからない……」ものなんだ。だから、他人(ひと)が言ってくれたことはやっぱり素直に聞かないとね

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 つま楊枝

 ぼくらの若い頃は、大人の人たちが方々へ連れてってはいろいろ教えてくれかたからね。今はあまりそういうことがないんじゃないの。それだけ世の中に余裕がないんだね。
 銀座の裏のほうにSという昼間からぶっ通しでやっている鮨屋があるんです。ぼくは映画の試写を観て、家へ早く帰らなきゃならないから、そういうときによく行くんだが--古い店なんですよ、ぼくが株屋の頃から行ってたんだけど、そこのおじいさんがこの間亡くなったんだけどね、まあ八十ぐらいだったけど、威勢のいい頃から行っていたの。
 それでこっちは生意気盛りだからね、くわえ楊枝して外へ出ようとして、怒られたことがある。まあ怒られたというよりも、
 「若いうちにそんな恰好しちゃいけませんよ。くわえ楊枝は、見っともないから、およしなさい」
 と、注意された。
 昔は大人が厳しいからね。だけど、その厳しさはやっぱりひとつの愛情でしょう。ぼくのことを憎ければ、そんなことは言わないんですよ。あいつはばかだとか、あいつは勝手にやっていればいいんだということだけど、ぼくのことを憎いと思わないから注意するわけなんだね。
 人間というのは自分のことがわからないんだよ、あんまり。そのかわり他人(ひと)のことはわかるんですよ、第三者の眼から見ているから。だから、
 「君、こうしたらいいんじゃないか……」
 とか、
 「君、あれはよくないぜ……」
 とか、言うだろう。
 それは傍(はた)から見るとわかるんだよ。
 だけどそのときに、
 「何だ、お前にそんなことを言う資格があるか、お前だってこうじゃないか……」
 と言ったらおしまいなんだよ。だから、言ってくれたときは、
 (なるほど、そうかもしれない……)
 というふうに思わないとね。ぼくなんかもなかなか出来ないことだけどね。
 お前だって何だ、そんなことを言う資格があるのかって言われたら、ぼくなんかも書いたり、しゃべっていてこれが本になるようなことはとても言えないわけですよ。だけどぼくは、自分のこと以外のことはわりあいよく目に見えるから言うわけだからね。
 食べもの屋のおやじが、たとえ若いとは言ってもこちらが客でしょう、その客に対して何か偉そうに注してけしからんと、腹を立てる人が多いかもしれない。だけど、何度も言うように、、
 「人間は自分のことはわからない……」
 ものなんだ。だから、他人(ひと)が言ってくれたことはやっぱり素直に聞かないとね。
    --池波正太郎「つま楊枝」、『男の作法』新潮文庫、昭和五十九年。

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 〝「人間は自分のことはわからない……」
  ものなんだ。だから、他人(ひと)が言ってくれたことはやっぱり素直に聞かないとね〟……このことは重々承知なのです。そしてそのことを宇治家参去としては自分自身に対して他人(ひと)が言ってくれるのはありがたいのですが、それを自分でやるのはそれ以上に難しく勇気がいるのでは……などと思う早春の深夜です。

市井の職場で、高齢なのですがきちんとした老婦人のお客様から店内に犬を連れてあるいているお客様がいらっしゃるので注意した方がよろしいのでは?と声をかけられましたので、自分自身としては〝Sという昼間からぶっ通しでやっている鮨屋〟さんのおじいさんほど、人情にあふれタフな人物ではなくナイーヴなチキン野郎ですから頭をかかえながら、現場?へ急行することに!

売り場を見渡すと、二十代でしょうか……シャネルのサングラスをかけた若いおにいちゃんとおねえちゃんの組み合わせで、おにいちゃんがお犬様をかかえ、商品を選んでおりました。

当然、食品を扱う売り場ですので、盲導犬など介助犬を除き入店をおことわりしているわけですので、声をかけますと、

「あんだぁぁ、てめえ!! この犬が汚ねえっつうのかぁぁぁ」

「いえいえ、そちらのお犬様の汚い・綺麗ではなく、こちらは食品を扱う〝公共空間〟になりますので、介助犬などを除き入店をお断りしております。大変申し訳御座いませんが、買い物はお連れの方でしていただき、お犬様といっしょに店外でお待ち頂けませんか」
「ああん! どこにそんなこと書いてあんだぁぁぁ!!」

「どうぞ」

……ということで、おにいちゃんとお犬様を案内し、正面入り口の自動ドア横に〝大きく〟表示されている掲示物とマーキングを確認し、

「申し訳御座いませんが、お連れ様がお買い物が終わりになるまで、今暫く店外でお待ち下さいませ」

……これで、終わるかと思ったのですが、

「コラっ、お前エ、火つけんぞ、ボケッ!!」

……などとおっしゃいますので、

「火をつけますと、お客様の方がご不利益を被るかと存じます。大変申し訳御座いませんが他のお客様をお待たせしておりますので、応対をクローズさせていただきます。本日もご来店いただきましてありがとうございます」

……棒読みで店内にすっとんで帰りました。

久し振りに、いわゆる〝心臓ばくばく〟というやつで、鼻血でもでるのではなかろうか……と思う一瞬ですが、さらりとクローズでき、ともあれ、なによりでした。

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 昔は大人が厳しいからね。だけど、その厳しさはやっぱりひとつの愛情でしょう。ぼくのことを憎ければ、そんなことは言わないんですよ。あいつはばかだとか、あいつは勝手にやっていればいいんだということだけど、ぼくのことを憎いと思わないから注意するわけなんだね。
    --池波正太郎、前掲書。

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〝Sという昼間からぶっ通しでやっている鮨屋〟さんのおじいさんであれば、「あいつはばかだとか、あいつは勝手にやっていればいいんだ」と選べるかもしれませんが、自分の場合は、選ぶことも出来ず、そのまた前提条件としての時代意識がまったくことなりますので、同列に論じることも出来ないわけですが、「いったい、何なんだろう」とただ茫然自失するばかりです。

しかし……

「怖かった」

なんというか、チャックを開けっ放しがカッコイイというのが時代思潮とすれば辟易とするばかりですが、自分自身もそうした同じ命が冥服するものであるとすれば、通俗的ないい方で実に恐縮ですが、それを他山の石としていかなければその「怖かった」経験はたんなる日常の一コマで終わってしまい、自分自身の財産にはならないのだろうと思うばかりです。

「人間は自分のことはわからない……」ものなんだ。
だから、他人(ひと)が言ってくれたことはやっぱり素直に聞かないとね。

なんですが、それことを指摘するのには、それをうけいれるよりも勇気が必要かも知れません。

その意味では、〝無理矢理〟にでも勇気を〝奮い立たせてくれる〟?今の環境は、学を深める上ではありがたいのでしょうか……ねぇ?

とわいえ、実に「怖かった」・・・。

……ので、〝充全〟に、そのサングラスの奧にきらりと光る他者の〝まなざし〟に無限責任@レヴィナスを果たすことができなかったことは忸怩たる部分なのですが……。

久し振りに「怖かった」

で……。

帰宅すると、大学より非常勤の「任用通知書」が教材と一緒に届いておりました。
哲学を教えている短大の方からは、一月ぐらいにそれに該当する書類が届いていたのですが、となりの大学のほうからは、新年度も続行で「任用通知」以降の書類はがんがん来ていたものですが、やはりそれが来ないと一万の不安があるもので、ようやく年度末になって到着しましたのでひと安堵です。

切られない?ように新年度もさらなる充実をめざしてがんばらないとマズイよな……ということで、よいのくちから心臓がばくばくいいすぎたものですから、ちと軽く飲んで寝ます。

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人は仲介者(仲買人、執事、デパート)なしで済ませば済ますほど、正義を為すいっそう多くの手段を持つのである

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正義 JUSTICE
正義とは理性的部分が貪欲な部分、強欲な、貪婪な、そして暴利をむさぼる部分を封じる力である。それは君のものであり、ぼくのものである諸問題を、仲裁者のように、あるいは仲裁者によって解決するよう導く。
貪欲な部分はきわめて狡猾で、最初、判断を誤らせるものだから、反対の術策あるいは慎重な対応策を取ることによってはじめて正義が保たれる。主要な術策は契約である。それは貪婪さがまだ明確な対象をもっていない時、作成された契約である。ある人が二人の相続人の間に次のような分割契約を考え出した。「君を分割をして、ぼくが選ぶか、あるいはぼくが分割して君が選ぶか」。このことは他の術策でもあり得ることを示唆している。あらゆる契約を外にして、正義の原則は平等ということである。すなわちあらゆる交換、分割、あるいは支払いにおいて、ぼくは自分の知っているすべての知識を用いて相手の立場に立たねばならないこと、そしてその取り決めが、はたして相手の気に入るはずのものであるかどうか決めなければならない。
正義の基盤であるこの他者に対する大いなる配慮は、同胞はつねに目的として考えられるべきであって、決して手段として考えられてはならない(カント)、ということに帰着する。たとえば、給与。それでもって人間らしく暮らしていけるかどうか吟味しなければならない。信心深い女中。はたして彼女に、礼拝に出席する時間、福音書を読む時間、などがあるかどうか考えなければならない。家政婦の子どもたちのこと、などを考えなければならない。これらの例からわかるように、人は仲介者(仲買人、執事、デパート)なしで済ませば済ますほど、正義を為すいっそう多くの手段を持つのである。
    --アラン(神谷幹夫訳)『アラン 定義集』岩波文庫、2004年。

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金曜日に息子殿が細君の実家より東京にもどるとのことで、細君が東京駅へ迎えにいったのですが、なかなか帰ってきません。

細君の御母堂が息子殿を引率して東京駅にて受け渡しという手順になるのですが、帰宅予定時間をまわっても帰ってこないので、このまま待っていても仕事に遅れてしまいますので、そそくさと職場へ向かいましたが、痛恨なのは、帰ってこないことによって=今晩の夕食を買い求める金子をもらっていなかったことであります。じりじりと待っていたので、銀行によることもできず、「水か!!」と思い重い足取りで、職場へ向かい、出勤するとレジへ投入され、「サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ!」(ハナ肇とクレージーキャッツ『どんと節』)というのは高度経済成長の時代にあってはありうるもんですが、このご時世にはありえないもんだよなとしばしオシゴト、オシゴト……。

レジを打っていると自分の携帯電話がなっていたのですが、「ハイ、もしもし」とやるわけにもいかず、チト落ちついてからバックヤードで見ようと思っていたのですが、落ちついてから見ることも忘れていると、再度入電、電話に出ると細君で、

「家の鍵を持って出るのを忘れたので、貸して欲しい」

……とのことで、

「どこにいるの?」

……と訊くと、

「もう、店にきている」

……とのことだそうです。

現在の市井の職場、業種としてはいわゆるGMSということになりますが、「通勤時間がモッタイナイ!」との判断で、自宅からもよりの店舗で仕事をしておりますが、この判断が良かったのか悪かったのかとなると忸怩たる部分はあるものですが、通勤に1時間もかけて、(研究するための)時間が喪失するよりも近い方がベストだろうという意味では正しい選択だったわけですが、自宅から近いということは、自己自身に縁するひとびとのいやおうのない交流が想定されるわけで、家族の容赦の無い〝いやがらせ〟?には悩むばかりです。

それで……、

それとなく、店内で細君及び息子殿を発見し、家の鍵を渡し、サア、意趣返しだぞと、「今晩の餌代をくださりまし」とのことで、当座の金子を調達し、ラッキー!と思ったのも束の間、さっそくレジが混雑したようで、「応援要請」の緊急連絡が入電で、そのままレジへ。

で……。

5分ぐらい打っていると、細君及び息子殿が自分のレジに並んでいるではありませんか!

「おまえらなあ!」

などと思いつつ、営業応対にて対応しますが、息子殿にはその意味が理解できず、「パパ、どうして今日オシゴトなの?」と訊いてきますが、返答もできず、「ママに訊いてくれ」と促し、次のお客様と応対です。

息子殿にしてみれば、(ワタクシとしては見せたくない現場なのですが)オシゴトしている厳父が新鮮だったのでしょう。それ以上、突っ込まず満足の様子で帰宅してくれました。

本当に「お前らなア、弄くってくれるなよ」と思うわけですが、アラン(Emile-Auguste Chartier,1868-1951)のいうような「仲介者」もどこにもいませんので、自分でその事実を処理しながら、次の歩みを踏みだすほかありません。

まさに「たとえば、給与。それでもって人間らしく暮らしていけるかどうか吟味しなければならない。信心深い女中。はたして彼女に、礼拝に出席する時間、福音書を読む時間、などがあるかどうか考えなければならない」分けなのですが、そういう気の利く〝執事〟は我が家にはどこを探しても存在しませんので、結局自分が気の利く〝執事〟になりおおせることで、正義とは何かを考えるしかないのでしょう。

生活という教科書は、本当に〝アリガタイ〟ものでございます。

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人間にとって、外的な障碍が求める努力のほかに規律の源泉はない

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 しかしながら、自分は自由たるべく生をうけたと人間が感じることを、世界のなにものも妨げることはできない。断じて、なにがあろうと、人間は隷従をうけいれられない。懲罰によって奪いさられた過去の至福にせよ、神秘的な摂理との一種の盟約によって到来すべき未来の至福にせよ、人間は限定/限界なき自由を夢想することをやめはしなかった。マルクスが想像した共産主義はこの夢想の最新型である。すべての夢想とおなじく、この夢想もやはり実現されずに終わった。たとえそれが慰めになりえたとしても、阿片としての慰めにすぎない。自由を夢想するのをやめて、自由を構想する決意をすべき時期がきている。
 完全な自由を明瞭に思いえがく努力をすべきである。ただし、それに到達する望みをもってではなく、現在の状況よりも些かでも不完全ではない自由に到達するという望みをもって、より善き状況は完全な状況との対比でのみ構想しうる。めざすものは理想(イデアル)をおいてほかにない。理想は夢想とおなじく実現不可能であるが、夢想とちがって現実との関連がある。限定/限界としての理想があれば、現実的もしくは実現可能な諸状況を、さまざまな価値の序列にそって並びかえることができる。
 われわれが恒常的に重圧をこうむる必然の消滅のみをもってしても、完全なる自由を構想することはできない。人間が生きていくかぎり、つまり人間がこの無情な宇宙の微々たる断片でありつづけるかぎり、必然の重圧は一瞬たりともゆるむまい。最小限の労苦で最大限の見返りを享受するなどという状態は、たんなる虚構としてでなければ、われわれの生きる世界に場をみいだしえない。たしかに、自然は人間の欲求にたいして、風土やおそらくは時代によっては寛大なことも厳格なこともある。しかし時と場を問わず、自然を決定的に寛大にする奇蹟敵な発明を期待するのは、かつて千年紀の当日によせられた希望とおなじく、およそ合理的とはいえない。そんなものは仔細に検討すれば、虚構であることを惜しむ価値すらないとわかる。人間の弱さを考慮するならば、労働の観念すら喪失したような人生が、さまざまな情念やおそらくは狂気にすらさらされるだろうことは、充分に理解できる。
 規律なしに自己の制御はない。そして人間にとって、外的な障碍が求める努力のほかに規律の源泉はない。有閑階級の連中がみずからに障碍を与え、学問や芸術や遊戯に精をだすこともあろう。しかしたんなる気まぐれが生みだす努力は、人間にとって気まぐれそのものを制御する手段とはならない。自己にうち克つ機会を与えてくれるのは、ぶつかって乗りこえねばならぬ障碍である。学問や芸術やスポーツのようにこのうえなく自由とみえる活動でさえ、労働に固有の精確さ、厳密さ、細心さを模倣し、ときには凌駕しさえするのでなければ、なんの価値もない。農夫や鍛冶師や水夫が、みごとに両義的な表現が示すごとく、「しかるべき立派に」かつ「必要に迫られてやむなく」働くとき、かれらが意識もせずに呈示してくれる手本なしには、自由と見える活動も純然たる恣意へと堕するだろう。
    --シモーヌ・ヴェイユ(冨原眞弓訳)『自由と社会的抑圧』岩波文庫、2005年。

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思索と行動の思想家とは誰かといえば、やはりシモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil,1909-1943)の他にはおるまい……などとその難渋な文章と立ち向かうある日の宇治家参去です。

冒頭に引用したのはヴェイユの初期の著作からの一節ですが、近代社会の構造的な不正と暴力、そしてその抑圧の構造の原因とは何かを論じた和文で100頁たらずの小著ですが、そこで紡ぎ出されている言葉は軽く看過することができず、何度読んでも新鮮で読むたびにその理解が新しくなるのが不思議です。

ヴェイユはリセの教員となる傍ら、工場や農場での労働の現場で仕事をし、そのなかで思索を深め、政治活動に身を投じる中では、1936年のスペイン内戦では、人民戦線派義勇兵に志願した人物で、「労働する人間」にこだわっています。しかしながら、トロツキー(Lev Davidovich Bronstein,1879-1940)親子と深い親交があったにもかかわらず、マルクス主義(全体主義)に対する違和感も強烈に表明しており、そのへんをどのように理解すればよいのだろうか……そう悩んでいたとき?紹介されたのがこの一冊です。

余談になりますが、活字文化の衰退が危惧されるなかで、こうした「まとまな」本が文庫本で出版されるあたりに、かすかな光明をみる思いです。

さて……
人々は現実の、マア「どうしようもない」状況をなんとか脱却しようとして、理念とか理想とかを「仰ぎ見る」ことがしばしばあります。

ヴェイユはそうしたイデアルなものを仰ぎ見つつも、「どうしようもない」状況が諦めさせてしまう実態も熟知しております。

不幸とはまさに理不尽に人の世界に食い込んできます。

ヴェイユは工場労働の経験の中で、通俗的な表現ですが、「奴隷」へと堕ちたたくさんの人間を見ておりますし、ヴェイユ自身そのことをいやというほど経験しておりおます。理念へ向けて上昇しようとするのも人間ですが、それと同時に、「奴隷」へと引き下げられてしまうただ中にいるのも人間です。

その、そのどうしようもなくひっぱられる力のなかで、何が不幸なのかすら理解できない地平にまで引きずられてしまうことも多々あります。そのなかで人格まで存在の地平から退場を命じられてしまうわけですが、それでもなお、なんとかその「重力」@ヴェイユ『重力と恩寵』から脱していこうとするのも人間であります。

それでもなおヴェイユはイデアルなものを「諦め」ません。
そこに彼女の魅力と難解さを実感するわけです。
その意味で、ヴェイユ自身がイデアルなものを手放さない見本としての歩みを生き抜いた生涯であった……そう思わざるを得ません。自分自身が傷つきながらも、そして病みながらも、隣人へと向かい合おうとしつづけたヴェイユのそこ力には、実は諦めも不平も不満も何もありません。

ただ、大切なのは注意力かもしれません。

小さな声なき声に耳を傾ける、すなわち、存在していないものへの気遣いといっていいでしょう。

そんなことに裂く時間はねえ。

言うのはたやすいしですし、ヴェイユの真似もできません。

しかし、大切なことは、注意、気遣いであり、それは何かといえば、思想的には自らの思考を決して停止させない努力と忍耐なのでしょう。

ほんのすこしだけ、自分自身に気を遣い、そして目の前の人間に気を遣うだけで、大きく状況とは変化するものです。

不思議なもので、レジを打っていても……マア、今日もまたまたアリエナイ状況で、さすがに4時間を超えると足がしびれてくるのには参りましたが……ひとつ、今日は「丁寧にやってみよう」と久し振りだったので、そうした向かい合い方で注意しながらやってみると、1回1回のレジ打ちが、これもマア作業なわけですが、新鮮な人間と人間との向かい合いになることに驚きです。

脱線しました。

ヴェイユによれば、この世界とはひたすら下落へと向かう重力に支配されているのが実情です。その恣意性のなかで、ひとは迷い、過ちを犯していくのでしょう。

ヴェイユが一番注意したのは恣意性です。

その意味で、理念的なるものはどうしても必要不可欠かもしれません。

「人間とは何か」という議論において、理念的なるものが先行してしまうと、どうしても生きている人間を分断しているのも承知です。しかしどこかで現実を相対化させ、次のステップへと歩みを進めさせる理念的なるものはどうしても必要かも知れません。分断による血のにおいをかぎつつも、その血のにおいをかぐことによって、現実の生きている人間の存在を自覚し、その連帯のなかで、より善へとむかっていくしかないのか……というのが宇治家参去の実感です。

夢想は慰めにすぎないのでしょう。ここには現実を変革する本物の力を秘めてはおりません。

そして……

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理想は夢想とおなじく実現不可能であるが、夢想とちがって現実との関連がある。限定/限界としての理想があれば、現実的もしくは実現可能な諸状況を、さまざまな価値の序列にそって並びかえることができる。
    --ヴェイユ、前掲書。

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理想は夢想とちがって、現実の関連があるからこそ、現実の限界を乗り越える本物の力を秘めているのかも知れません。

さて……。
仕事が済んでから帰っても本日は食事がないということで、更級そばを買ってかえり、今からざる蕎麦で一杯です。

SAPPOROの出した新商品「冷製SAPPORO」が出ていたので、試しに!とのことにて、ざる蕎麦とのセッションです。

この時間から食べると、間違いなくメタボへ直行なのですが、その意味ではまだまだそうしたところへの予防を夢想にしか思っていない、れいの如くヘタレな宇治家参去です。この分では脱却通し!というのが実情ですが、またこれはこれで考えましょう(苦笑)。

とわいえ……「冷製SAPPORO」。
いわゆるその他の雑酒に分類されるアレですが、そのジャンルでいくと同社の「麦とホップ」のほうがウマイような……。

来月21日は、「道産素材」が同社よりリリースされますが、こちらに期待したほうがよいかもしれません。

ということで……。

末尾のヴェイユの言葉を今一度味わってみたいものです。

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 規律なしに自己の制御はない。そして人間にとって、外的な障碍が求める努力のほかに規律の源泉はない。有閑階級の連中がみずからに障碍を与え、学問や芸術や遊戯に精をだすこともあろう。しかしたんなる気まぐれが生みだす努力は、人間にとって気まぐれそのものを制御する手段とはならない。自己にうち克つ機会を与えてくれるのは、ぶつかって乗りこえねばならぬ障碍である。学問や芸術やスポーツのようにこのうえなく自由とみえる活動でさえ、労働に固有の精確さ、厳密さ、細心さを模倣し、ときには凌駕しさえするのでなければ、なんの価値もない。農夫や鍛冶師や水夫が、みごとに両義的な表現が示すごとく、「しかるべき立派に」かつ「必要に迫られてやむなく」働くとき、かれらが意識もせずに呈示してくれる手本なしには、自由と見える活動も純然たる恣意へと堕するだろう。
    --ヴェイユ、前掲書。

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僕は人生に退屈したけど、歓喜地に到る

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大工の弟子

僕は都会に行き
家を建てる術を学ぼう
僕は大工の弟子となり
大きな晴れた空に向かって
人畜の怒れるやうな屋根を造らう。
僕等は白蟻の卵のやうに
巨大の建築の柱の下で
うじうじとして仕事をしてゐる。
甍(いらか)が翼を張りひろげて
夏の烈日の空にかがやくとき
僕等は繁華の街上にうじやうじやして
つまらぬ女どもが出してくれる
珈琲店(カフエ)の茶など飲んでる始末だ。
僕は人生に退屈したから
大工の弟子になつて勉強しよう。
    --萩原朔太郎「大工の弟子」、三好達治選『萩原朔太郎詩集』岩波書店、1981年。

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市井の仕事が休みの日の場合、本来は本業の仕事に手をいれるべきなのですが、ちと萩原朔太郎(1886-1942)の詩集でもさやさやとめくりながら、日がなまったりとしていようと思っていた矢先、細君の自動車の免許が更新とのことで、手続き終了後、街で待ち合わせてして買い物につきあえ、とのことで早朝からたたき起こされて気分のすぐれぬ昨日です。

3月にしては寒い一日で、雨もちらほら。
時間をかけて買い物後、帰宅するともう夕刻にて、

「まったく〝人生に退屈したから〟どこか連れて行ってくれ!」

……などと懇願すると、あっさりOKのようで、これだから人間の人生は退屈と冒険の中間にあるのかもしれません。

……ということで、子供が幸い帰省して不在なので、子供を連れていけない?ところへということで、ハードな大人向け、大人の隠れ家的な焼き鳥専門店へ二人で向かい、ひさしぶりに本物の焼き鳥を味わってきました。

ぼんじり、ねぎま、ささみ、もも、せせり等々をたれと塩で堪能です。

おじゃましたのは近所にある「かんきち(歓喜地)」という小さな焼鳥屋で、カウンターと3テーブル程度の座敷程度というほんとうに小さな焼鳥屋さんなのですが、これが出てくるものが本物ばかりで、小さな子供さんが食べることのできるようなものはないことはないのですが、これはやはり大人同士で、喰いつ喰われつ、酒を呑みながら味わうというのが乙な雰囲気です。

2回目ですが、焼き鳥よりも楽しみにしていたのが、「自家製鳥ハム」。

おそらく薫製はしてないのでしょうが、塩漬け熟成させ、味わいが凝縮されているにもかかわらずさっぱりとした鳥の肉は、大山の地鶏で、薄肌色のハムに新鮮な葱と胡瓜をのせて、これもおそらく自家製なのでしょう、芥子マヨを少しつけて食べると、不思議なものですが、たちまちに幸福になってしまうという始末で……。

「なにか面白い酒はありませんか?」

ということで、登場したのが「淡麗辛口 東の麓 十五代」(山形)。

「十四代とは〝全く関係ありませんが〟おなじ山形の酒で、かなりイケますよ」

……とのことで、一献。

これが「切れ味抜群」なのですが、「味わい」が糸をひくというツワモノで、知られざる銘酒に驚くばかりです。

天然川海老の素揚げも、塩が効いていてこれまた旨かった!

「人生に退屈」しようとすると無理矢理「退屈にさせられない」環境があるのは身の福運かな?などと思いつつ、これから仕事が六連チャン。ひさしぶりに疲れそうです。

しかし、名前がいいですねえ~「歓喜地」。
「かんぎじ」と読めば、菩薩の修行の位のひとつだそうで、「仏法を信じ、一切衆生を救済しようとの立願を起こし、ついには自らも仏になるという希望を持ち歓んで修行する」ことだそうです。

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人間の驚くべき勲章であると同時に恐ろしい危険

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 言葉は最も純粋な形式での伝達〔分かちもち〕である。言葉は自然からいわば絞り出された苦痛の声でも叫びの声でもない。言葉は自由な一致に基づいている。規約によって<<kata syntheken>>とアリストテレスは言っている。そのとき彼の念頭にあったのは、何らかの仕方で決定される現実的な一致ではない。そしてまた、ある現代哲学者が言ったように、<言葉は意味を賦与する作用によって言葉になる>ということが考えられていたのでもない。言葉に関しては何ものも設立され、賦与されることはなく、われわれはすでに常に一致してしまっているのである。ただその一致によってのみ言葉は言葉になり、言葉は言語の使用において常に新しい実行のなかで確認されるのである。われわれは誰もが、子どもの最初の言葉〔単語〕、決して存在しない言葉を讃える両親のすばらしく感動的な幻想のことを知っている。最初の言葉など存在しえないのだ。存在することはただ<話すことが-できる>ということ、ただ言葉「というもの」であるにすぎないのである。子どもがよく回らない舌で最初に行う模倣の試みは、我と汝との間の交換--眼差しの行う沈黙の交換を越える交換--を開始するという現実的な歩みにはまだなっていない。
 言葉がはじめていわば共同性を言葉へと高める。そして実際そうなのであって、ある目的への正しい手段は単に適切なものだというだけではなくて、理解して使われるように作られている道具と同じように、適切なものとして選び抜かれたあるものなのである。そしてその限りで言葉は、正しい手段と同じように、共同の世界に属するものであり、そして、目的それ自体の世界はなおのこと、万人にとって共通に適切で有用なものとして、すなわち、ギリシア人たちが言ったように、万人に有用なもの<<koine sympheron>>として規定されるのである。良いことを有用なものという意味で示すことと、良いことを正あるいは不正という意味で示すことは、明らかに統一的な事態である。素朴なこと、「そしてまた正と不正」とはアリストテレスのテキストにおいては、有用なものという意味での良いものに自明なこととして結びつけられている。動物たちと違って人間が、家や町の中で自己の設備と家具調度を自分で作るように、人間を整え方向づけてきたものは、たしかに自然である。しかし、人間がそのようにして作ったものは自然ではないし、話も言葉も自然ではない。それらは規約に基づいて存在するものなのである。
 われわれが今まさに学んでいるアリストテレスは、広く知れわたっておりかつこの真理を表現している第二の言葉〔エートス〕を発見した。言語が共同に妥当するというこの領域に属しており、そしてその限りで、言葉が習慣(ノモス)<<syntheke規約>>であるというばかりでない。--むしろ人間の社会的生の全体がそのような妥当性に貫かれているのである。もっともこの妥当性は必ずしも法則ではないが、しかしおそらくは慣習のなかに見出される秩序なのである。アリストテレスはこのことを表現するために、倫理学(Ethik)という言葉の語源となった、エートスという言葉を見つけ出したのである。「エートス」とはさしあたって第二の自然となった慣習以上のことを意味してはいけない。それゆえわれわれは動物たちの生活習慣について語ることもあるが、これに対して、われわれがエートスについてそして倫理学の諸々の可能性について語るときには、われわれは単に「固定された諸習慣」以上のことを考えているのである。われわれはそのとき、自分自身について釈明することができ、自分自身について責任をもつことのできるような身の持し方と態度のことを考えているのである。人間は選択するものであるということ、しかも自分の全生涯をいわば「企てる〔先取りする〕」ほどに選択するものであるということは人間の驚くべき勲章であると同時に恐ろしい危険でもある。
 <<Proairesis(あらかじめ選び出すこと)>>がそれに対するギリシア語の表現である。人は自分の生活を「送る」、しかも人は結局、良い生活、最も正しく、最も相応しい生活を自己の選択に基づいて実現できるように送るのである。それにもかかわらず、人間が秩序づけたり形態でありする行為が常にすでに嵌め込まれてしまっている自然の地平というものが存在し続けている。両親に対して初めて愛情を向けるということがあったとしても、よく舌の回らない子どもにとっては最初の言葉というものは存在しないのと同じように、人間の文化生成にとっては最初の一歩というものは存在しないのである。すなわち、われわれの個人的生活と社会的生活の全体の抽象的な投企というものは存在しないのである。
 プラトンのユートピア国家のなかに、決して争いではなく、満足させられない欲求というものの存在しないような牧歌的な自給共同社会の描写がある。すべてのものが驚くほど汚れのない状態で集まっており、ほどよい規律を保って協力し合っている。ところでプラトンと彼の描くソクラテスはそれを豚国家と呼んでいる。この「豚国家」という表現は言葉の完全な意味での下品さとお粗末な快適さということを必ずしも連想させるものではなく、教養の欠如、教育<<paideia>>の欠如を意味している。プラトンがこの牧歌的な国家を豚国家と蔑称するとき彼の言わんとしていることは、そのような国家が、支配権を行使し奉仕を尊敬するということのうちに成立する人間の本来の課題に未だまったく着手していないということである。人間の課題と政治の課題は、人々が権力をもちはするが自分の権力をよりいっそう益そうと濫用することのないようにすることのうちに成立する。<<paideia>>によってでなければ、すなわち教育によってしか人間のなかに根づいている攻撃の衝動は克服されない、というのがプラトン哲学の偉大な教えである。われわれはこのことがプラトンからフロイトに至るあらゆる政治学の課題だということを知っているし、それがわれわれのうちにあるこの攻撃の衝動を克服してキリスト教の愛の掟を現実化することができるかもしれないという、プラトンからフロイトに至るあらゆる思想家の希望だということも知っている。
    --ハンス=ゲオルグ・ガダマー(本間謙二・須田朗訳)「文化と言葉」、『理性を讃えて』(法政大学出版局、1993年)。

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息子殿が春休みになりましたので、細君の御母堂様が東京まで迎えに来てくださり、卒業式のあった土曜日に帰省されました。宇治家参去にはいまだ実感できませんが、マアお孫様というのは、対象を孫と認識する主体にとっては「かわいい」存在なのでしょう。

こちらは朝から馬乗りにされることもない平凡な一日を送れることが束の間の休息です。

さて、そんな息子殿から朝夕電話がかかってきますが、応対するのはほとんど細君であり、わたくしではありませんが、ひさしぶりに声を聞いたところ、……うちの息子殿はその父親と同じく言葉を選択することに慎重・熟慮するタイプのようで……、ひとつひとつの言葉をえらびながら、帰省先でのエピソードを話してくれました。

エピソードといっても、犬の散歩に行った、アニマル・カイザーのゲームで○○のカードが出た、etc……。

ただ全般としては、対象を表現しきれない部分が多々あり、こちらが助け綱をなげるわけですが、それによって文意がはっきりし、お互いに共通了解にいたれるもんだよなアなどと実感する次第です。

その意味では、言葉とは「何らかの仕方で決定される現実的な一致ではない」し、「<言葉は意味を賦与する作用によって言葉になる>」わけでもないのでしょう。

伝達の過程で「記号」と「対象」を〔分かちもち〕することによってリアルな実感をともなってくるのかもしれません。

だから言葉とはアリストテレスが諭したように、孤絶した独白(独白にしても自己という対象が存在するわけですが)ではなく、エートスとかノモスと豊かな関係を持っている人間世界のキーワードなのだろうと思うところです。

ただしかしエートスと聞けば「固定化した」〝しきたり〟とか〝ルール〟を夢想しがちでありますが、それはたしかにそうであるのですが、どうやらそうでもないようです。

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「エートス」とはさしあたって第二の自然となった慣習以上のことを意味してはいけない。それゆえわれわれは動物たちの生活習慣について語ることもあるが、これに対して、われわれがエートスについてそして倫理学の諸々の可能性について語るときには、われわれは単に「固定された諸習慣」以上のことを考えているのである。われわれはそのとき、自分自身について釈明することができ、自分自身について責任をもつことのできるような身の持し方と態度のことを考えているのである。人間は選択するものであるということ、しかも自分の全生涯をいわば「企てる〔先取りする〕」ほどに選択するものであるということは人間の驚くべき勲章であると同時に恐ろしい危険でもある。
    --ガダマー、前掲書。

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確かにエートス、すなわち「習慣」とは「固定化した」〝しきたり〟とか〝ルール〟なのですが、それでけでなく、「『企てる〔先取りする〕』ほどに選択するものであるということは人間の驚くべき勲章であると同時に恐ろしい危険な営みです。

しかしそのことによって人間は、たわいもない省みることすらない永遠に続くだろう日常生活という習慣を維持しつつ、そのなかで彩り豊かな挑戦と感動を味わうことが出来るのでしょう。エートスがエートス自身を脱構築していくべき「企て」こそ人間のひとつの特質なのかも知れません。

電話でのやり取りを終話したあと、細君に、「どんな内容で電話してきているの?」と確認すると、「いつも同じ内容よ!」と返されましたが、額面通りにはたしかに「同じ内容」なのでしょう。

しかし、その言葉を耳にしていると、どうやら同じなようではなく、端から見れば「同じ事を無限反復している日常の報告」なのですが、彼自身にとっては「毎日が無限の展開」のようで、そのことを細君に確認すると、「そう思う」とのことのようで……。

昨年の秋からよく聞く言葉のひとつに「百年に一度」というフレーズがあります。
たしかに昨今の経済危機を評するフレーズとしては最適なのでしょう。

しかし、人間の一瞬一瞬すらが実は「百年に一度」の代換不可能な時間であり、ひとはひょとするとそのことを自覚していないだけではなかろうか……。

息子殿とそういうやりとりをするなかで切に実感する宇治家参去でした。

……ということで、

「この酒はいつ飲んでこの味なんだよな」

……ということで、「すっきりしすぎていて味が微妙」と自己評価していて「ウマイ」のは「ウマイ」のですが、あまり常用していない酒を今日はセレクト。

白瀧酒造(株)の「上善如水」がそれです。

ただしかし、舌の上で転がすように味わうと、すっきりとはしているのですが、鮮烈な味わいが実はあり、そのことを見過ごしていた自分自身を発見です。

これなら毎日飲んでいてもまさに「百年に一度です」。

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死ぬまで初学者のようです

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 ユダヤ人から見棄てられ、キリスト教徒から見離されたマホメットは、今度は自分の方から積極的にいわばイスラエル宗教の二台先輩ともいうべき両者にぴしゃりと絶縁状を叩きつけたのだった。自分たちの外部には誰一人頼りになる者はない、しかしその代わり自分たちは天下に誰はばかるところもない卓立無依の境地を拓いた、この自由無碍の感慨を籠めてマホメットは新しいキプラを決定した。礼拝時の祈禱の方向を決めるといえばつまらない事のように聞こえようが、実はその意義は非常に大きいのだ。それによってはじめて、本当の意味においてイスラームという一つの新しい宗教が誕生したのであるから。同時にイスラームは思想的、神学的にも深まってきた。
 イスラエル的人格一神教の正統を継ぎながら、しかもユダヤ教でもなくキリスト教でもない宗教、それらの堕落した歴史的宗教よりもっともっと本質的で、もっと純イスラエル的な宗教でそれはあらねばならなかった。歴史を超えた宗教、「永遠の宗教」(ad-din-al-qaiyim)の本当に直接の体現でなければならなかった。マホメットはそういう永劫不変の宗教の象徴としてアブラハムを見出した。イスラームは一つの新しい宗教なのではなく、むしろ本質的に旧い宗教なのである。イスラームは「アブラハムの宗教」の復活にほかならない。この意味で旧い宗教の信者を「ハニーフ」(hanif)と呼ぶ。ユダヤ教の信者でもキリスト教の信者でもない「永遠の宗教」の信者だ。アブラハムは史上最初のハニーフであり、従って彼こそ最初の「イスラーム教徒」である。
 「汝、ハニーフとなりて顔を揚げ、この宗教に向え。これ人間を創造し給えると同じ働きにて神の創造し給いしものなり。神の創造には時空転変あることなし。さればこそ永遠の宗教なるに、それを知る人は極めて稀なり」(コーラン第三〇章二〇節)。永遠の神はその永遠性にふさわしい永遠の宗教を創造してアブラハムに託した。歴代の預言者は相継いでそれを伝えて来た。しかしながら、すべて永遠的なるものは歴史の地盤上においてのみはじめて受肉して現実となると同時に、歴史的現実となることによって人間的なものに汚染し、次第に歪曲されて行く宿命をもつ。アブラハムの宗教もまたこの鉄則の例外ではあり得なかった。今やマホメットは歴史の流れの中で堕落し原型を失った永遠の宗教を再びアブラハムの昔に、純粋無垢な宗教としての本来の姿にそれを返そうとするのである。しかしながら、彼自身のイスラームも、また一つの歴史的現実として、やがて千転万変の運命の波間に放浪して行くであろうことを、果して彼は考えなかったのであろうか。
    --井筒俊彦『マホメット』講談社学術文庫、1989年。

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専門としては、ユダヤ=キリスト教の教義学が実は専門になってきますので、古典ラテン語とかヘブライ語に関しては初級文法はすませ中級以上はマスターしている自負もありますので、写本とかマイクロフィルムの原典でなければ、煙草で休憩しながら辞書をひきひきなんとか解読することは可能です。古典ラテン語に関してはそれでも上級だろう~と自負している部分もあるので、ローマの古典作家に関しては難なく?読むことは可能ですが、著しく乖離した中世ラテン語きびしく、それがマア目下の課題となっております。

ただ、専門が広い意味での「神学」とはいえ、神学と隣接する哲学とか宗教学にも「深く」首を突っ込んでいますので、現代西洋語(英・独・仏)の文献は、それよりもまだマシなレベルで、「読む」「書く」ことだけは可能です(ただ「語学」として教えることは不可能です)。

そのため、本来、キャリアアップのために真剣にチャレンジしなければならない中世ラテン語とか、ヘブライの上級、それと関連するギリシャ語(対応できるのは現代ギリシャだけで、古典ギリシャはNGですが)とかをブラッシュアップすべきなのですが、「幅広く」という意味ではアラビア語もなんとか読めたほうがいいよな~と最近とみに実感しております。

流通言語とか文化としてはヘブライズムとイスラームは火に油の関係ですが……これは最も政治的な影響関係が大だと思うわけですが……それでもなお「啓典の宗教」として根は同一だと考えると、イスラームに関しても言語レベルできちんと押さえておかないとマズイよなという思いがあり、それなりにユダヤ=キリスト教関係の文献が現代ローマナイズされたものを読めればそれでいいじゃんということで、それを徹底的に深めず、あらたなイスラーム、アラビア語に関してもぼちぼち挑戦してもよいのじゃないのかな~などと思う昨今です。

細君からなどすれば、そんなわけのわからぬ言語に挑戦するより、フランス語なりドイツ語なりの「一般教養」の「外国語」で「飯を食っていける」ように「科目」として「定式化」するレベルに上げたほうが良いといわれるわけですが、一研究人としては、それでは自分のナニが深まるような気もせず、忸怩たる部分です。

特に本朝においてはイスラーム学とキリスト教学の乖離が著しく、できるひとはできるのですが、できないひとは(自分も含めて)できないわけで、個別の歴史的制度的宗教を本当に「神の眼」?で見るならば、まったくことなる他者を理解するための仕込も必要だろう……そのように思う昨今です。

博論と個別研究が終われば、ちとアラビア語に挑戦してみようかなと思う昨今です。

とか……いうまえに、花粉症酷く、細君が「べにふうき茶」なるものを買ってきてくれましたが、効くかどうかわかりませんが、「濃厚」なわりにはまったく「苦み」がありませんでした。

とりあえず生涯チャレンジャーの歩みは辞めたくないものです。

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私たちはこの美しい惑星上の人間存在を、決して消滅するがままに放置することはできないのです

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 未来については私の頭のなかに、二つのイメージが浮かんできます。一つは、来世紀のある時期、といってもかなり早い時期に、この宇宙から知能の高い生命が姿を消してしまう可能性です。というのも宇宙には、他に生命が存在するという証拠はなく、この地球以外の場所に新しく、生命が誕生するという保証もないからです。核戦争によってどんあに厳しい核の冬がやってこようと、地上の生命が終わるということはないでしょう。というのも深海の海底火山の噴気孔のまわりには、まったく太陽エネルギーに依存しない微生物も住んでいるからである。恐竜を絶滅させた破局はたぶん、極端な核の冬のシナリオにたいへんよく似ています。しかしこの破局も当時、生存していた種の半分を滅ぼしたにすぎないのです。生命はなお続くでしょう。しかし、たぶん私たちをぬきにしてです。
 第二のイメージは、こんご数百万年後のある日に、地上に何らかの別の文明が現れて、信じがたいような生活を展開し、考古学者たちがツタンカーメンの墓を調べるように、私たち自身のはかない文明の遺跡を発見するかもしれないという可能性です。この未来イメージも、最初のものよりちょっとばかり気休めになるだけです。
 核戦争が気候におよぼす影響が、かりに小さいことが示されたとしても、核戦争の直接の影響はあまりにも大きいので、人間はどうしてもこの滅亡の淵から引き返さなければなりません。核の冬は核戦争の災害を何倍にも拡大するとともに、人々に対して直ちに立ち上がることを求めています。私たちはこの美しい惑星上の人間存在を、決して消滅するがままに放置することはできないのです。
    --M.ロワン=ロビンソン(高榎尭訳)『核の冬』岩波書店、1985年。

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きわめて印象批判になるわけですが、それでも承知でかくならば、生活をしておりますと、やはり宇治家参去という生き物はどこまでいっても昭和の人間の自覚がどこかにあるなという実感があります。

意識しているところもあれば、意識していないところもあるのですが、そのひとつが核兵器の存在という問題です。

スタンリー・キューブリックの名作『博士の異常な愛情』を見るまでもなく、自分がうまれた昭和の後半という時代は、実は核戦争の恐怖というのがひとつのリアリティとして確固として自分自身のなかに刻まれております。

ベルリンの壁が崩壊し、バタバタっと共産主義体制が崩壊していったとき、ちょうど高校3年から大学1年にかけての多感?な時期を過ごしておりましたが、到来した社会は、血みどろの内戦と暴力が散発するという状況で、予断を許さないという意味では、ベルリンの壁崩壊前後でなんら自体は変わっておりません。

しかし、若い学生さんたちと話をしていると、生まれたときには、すでにベルリンの壁はなく、ソビエト連邦ではなく「ロシア」であり、東西ドイツではなく「統一ドイツ」という時代認識であり、その感覚に驚くことがあります。

崩壊前のまさに最大の問題は、上述したとおり核戦争の恐怖をリアルにみせた核兵器をいかに削減していくのかというのがそれであったと思いますが、崩壊後の焦眉の問題は、内戦・テロといった問題群に、核兵器から取って代わられたように思われます。

もちろん、どちらが先か重要かといった二者択一の問題ではありません。
ただ、現今のショッキングな映像の陰で「解決済み」と思われがちな核兵器の問題……このことは看過してはならないのでしょう。それが昭和の感覚といわれればそれまでですが、崩壊前後で、核兵器の問題は以前として解決しておらず、なんらかの漸進的な取り組みは、内戦やテロの問題と同様に、否、それ以上に真剣に向き合っていかなければならない問題なのでしょう。

その感覚のずれ……たしかに時代感覚のずれはこうした地球的問題群に対する現象に限定されるわけではありませんし、世代間の問題として現実の生活空間のところではいたるところに現出してくる話題です。

しかし、それがなにか「解決済み」「優先順位の問題」として意図的にミスリードされているようであれば、自分自身で現状を確認しながら、問題と向き合っていく必要があるのでしょう。

ちとふるい本ですが、全面核戦争後の地球の状況を警告したのがうえに引用した『核の冬』です。高校1年のときに、何かの課題でよまされた覚えがありますが、その描き出された未来予想図に戦慄を覚えたものです。

あらゆる問題に関して「私たちはこの美しい惑星上の人間存在を、決して消滅するがままに放置することはできないのです」という深い決意と出発を抱きつつ、現象世界と格闘しなければと思う宇治家参去です。

さて。
よくあることなのですが、鯨飲すると2回に1度ぐらいの高い格率で風邪をひいたり、著しい体調不良になってしまうのですが、今回も例にもれずそのようにて……今回は風邪の模様。飛散する花粉がそのアクセルを踏み続けてしまうという悪循環ですが、これはやはり「罰が当たった」ということなのでしょうか。

「罰をうける」のは自分一人で充分なのですが、核の冬によって人類全体が「罰をうける」のは承服いたしかねると思うのは、宇治家参去ひとりではあるまいと思うところで……。

なぜなら、この「ろくでもない」世界は、「すばらしき」世界だからです。

http://www.youtube.com/watch?v=W-7fzrIJRjM&feature=PlayList&p=B0790740CE7EBAE7&index=4

今晩は飲まずにさっくりと寝ます。

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我々の生命は即今即絶対現在的である

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 私は私の生命論において、我々の生命の世界というのは、絶対現在の自己限定として、自己自身の中に自己を表現し、時間的空間的に作られたものから作るものへと何処までも自己自身を形成し行くところに成立といった。我々の生命は絶対現在の自己限定として成立するのである。空間面的自己限定に即して何処までも生物的であるが、逆に何処までも時間面的自己限定的に、表現的自己形成的に、意識的である、精神的である。その極限において、絶対現在そのものの自己限定として、いつも生命のアルファ即オメガ的に、我々の生命は即今即絶対現在的であるのである。
    --西田幾多郎「場所的論理と宗教的世界観」、上田閑照編『西田幾多郎哲学論集III 自覚について他四編』岩波文庫、1989年。

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どういうときに生命の溌剌たる輝きをみることができるのかと考えた場合、ひとつはそれが卒業式のときなんかに出てくるのではなかろうか……そのことを深く実感する宇治家参去です。

昨日は勤務校の卒業式に参加させていただき、卒業される皆様の生命の輝きに圧倒されましたが、まさに卒業するとは「それでなにかがようやく終わった」というよりも「これからまた何かが始まる・何を始める」ひとつの出発と決意の誓いの儀式かも知れません。

自分自身が卒業するわけではございませんが、儀式に参加するなかでまたひとつ自分自身の出発と決意の一日になったように思います。

終了後、謝恩会に参加後、なつかしい仲間たちと海外から集われ我々の生命は即今即絶対現在的であるのである卒業する方たちのお祝いをさせていただきましたが、じつにありがとうございました。

ご参加された方々、夜遅くまで実にありがとう御座いました。

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私を呼び求める声に対して「私はここにいます」(me voici)と答えること

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 おのれの存在する権利について責任を引き受けると言っても、それはなにか匿名的な法とか、なんらかの司法的実体といった抽象物に準拠してのことではない。そうではなくて、他者に対する恐れゆえに責任を引き受けるのである。私が「世界内部に」あること、あるいは私が「陽の当たるところに席を占めている」こと、私が自分の家にいること。それはすでにして私によって弾圧され、飢餓に追いやられた他の人間の所有に帰すべき場所を纂奪したことではないのだろうか。志向的にも意識的にもまったく潔白であるにもかかわらず、なお私が実存していることが原因でもたらされるかもしれない暴力や殺害のすべてについて私は恐れを抱く。この恐れは私の「自己意識」の背後を通って、心の安らかさ、すなわち繰り返しひたすら存在に固執することへと肉迫する。この恐れは他者の顔から私のもとに到来する。隣人の顔の極限的な直截性、それは現象の造形的な形式を引き裂く。死にさらされてあることの、無防備な直截性。あらゆる言語、あらゆる身振りに先立つ、絶対的孤独の奥底から私へと差し向けられるひとつの訴求。差し向けられた要求あるいは意味された命令、私の現前と私の有責性の審問。
 他の人間の死に対す恐れと有責性。他者の死に対するこの有責性の最終的な意味とは、逃れ得ぬものを前にしたときの有責性である。最初の最後において、他の人間をひとりで死に直面させてはならないという責務である。死に直面したとき--私を求める顔の直截性そのものが、無防備にあらわになり、死との直面をあますところなく示すとき、ぎりぎりの最後に「他の人間をひとりで死に直面させないこと」。それは、他者が死に直面しているとき、私にはどうすることもできないこの対面のときに、私を呼び求める声に対して「私はここにいます」(me voici)と答えることに他ならない。おそらくここに社会性の秘密がある。それはなんの見返りもなんの功利性も期待できないぎりぎりの場面で、なお隣人を愛することである。いかなる現世的欲望を持つことなく隣人を愛することである。
 他者に対する恐れ、隣人の死に対する恐れ、それは私の恐れではあるが、いかなる意味でも私のための(pour moi)恐れではない。その点で、この恐れは『存在と時間』が情状性について行ったみごとな現象学的分析とは、はっきり別のものである。
    --エマニュエル・レヴィナス(内田樹訳)「心の疚しさと冷厳なるもの」、『観念に到来する神について』国文社、1997年。

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市井の仕事がマア準夜勤ですし、学問の仕事で家を空けることが多いので、ふつうのお父さんよりも実は子供との接点が少ないのは事実なのですが、それでもときどき子供の様子を観察しておりますと、驚きとか発見があります。

一緒に何かを別にしなくてもよい……それは一緒に遊ばなくてもよいという意味ではありませんが……とまではいいませんが、一緒に何かをしなくても、動物的な意味合いでの縄張りのような空間を共有することが彼にとってはどうやら大切のようです。

一番嫌なのが、そうした空間から誰かが離脱することのようで、それならば、一緒に怪獣ごっこだとかアニマル・カイザーごっこだとかを我慢してでも、私が仕事部屋で仕事をしていて、本人は居間でひとりで遊んでいる方が気分的には楽なようで、空間を共有するということは実は人間の世界において大切なあり方なのかも知れません。

哲学とか思想、はたまた法学とか経済学的見地まで、はば広く、いわば学問的なものの見方で、それを表現するならば、それは「人間の社会性」といってよいでしょうが、社会性と聞いてしまいますと、それは「何を共同してやること」という意味での「共同性」に注目しがちですが、人間の社会性を能動的な共同性のみに限定してしまうのは不幸かも知れません。それは何も能動的な共同性を否定しようとか一段低い価値体系に組み込もうとかそういう発想ではありません。

ただ、それだけではないだけであって、まさに共同というように、何かを為す前に「共に在る」という原初の事実を丁寧に見出す必要があるのでは……、子供の様子をみているとフト考えてしまいます。

これは倫理学、道徳〔学、道徳〝学〟として〝学〟を強調するのはカント(Immanuel Kant,1724-1804)ぐらいですが〕に関してもひょっとすると同じかも知れません。

両者とも人間の共同存在としてあり方に関する学問であり、前者がどちらかといえば、その命題を検討する立場とすれば、後者はどちらかといえばその命題を薫育する立場の嫌いがありますが、そうした性質の違いがあっても尚、共通しているのは、うえでみたような「何かを為す」という部分に注目しがちな発想ではないかと思います。

倫理学は道徳のように「~すべし」「~すること勿れ」と訓戒を垂れることはありません。しかしそれでも「~すべし」だとか「~すること勿れ」の妥当性を問う立場であるとすれば、そうした感性と深くリンクしているフシがあり、カントの定言命法を引くまでもなく、近代の倫理学ではそうした傾向が顕著ですから、あまり人気がない……教えていてなんですがといったところです。

カントは大好きでカントが悪いということでは決してありませんし、それはカントではなくカント主義者の問題なのだろうとみています。ちなみにそうしたあり方を全否定し、ケセラ・セラと囀り機能主義でかたづけてしまおうとする現代倫理学にもマア違和感があるわけですが〔ローティ(Richard Rorty ,1931-2007)は別ですが〕、いずれにしましても、そうした知見に耳を傾けながら、人間を見ていかないと、ものの見方そのものが生きてゐる人間そのものを矮小化させてしまうのかもしれません。

そうした声にならぬ声、表現にならない空間の匂いと責任……そうした問題を木訥な言葉で紡ぎ出しているのがおそらくレヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の言葉かも知れません。

能動的所作の生き物として人間を見てしまうと「おのれの存在する権利について責任を引き受けると言っても、それはなにか匿名的な法とか、なんらかの司法的実体といった抽象物に準拠して」戦略的に歩き出してしまうのかも知れません。

「私が「世界内部に」あること、あるいは私が「陽の当たるところに席を占めている」こと、私が自分の家にいること」を深く見つめ直すことが大切なのでしょう。

他人に対する在責性とは、人工的に形成された訓戒ではなく、人間という生き物の顔に刻まれた消しがたい刻印なのですが、それは頭で理解するというよりも、人間世界のただ中で、自分自身の感覚、生きている実感として立ち上がってくるものかもしれません。顔に在責性が刻印されているから応答しないさい!と訓戒たれてもだれもそれを内面の掟にはしませんから。

他者の放つ醜くも崇高な存在そのものに戦(おのの)くしかないのかもしれません。そのことにより、ひとは、「差し向けられた要求あるいは意味された命令、私の現前と私の有責性の審問」を自分の原理とすることができるのでしょう。

さて……。
本日はゆっくり休みつつ、自宅にて学問の仕事をしておりましたが、ちと所用があり、昼過ぎに自宅を出かけようとすると、家の前で近所の子供と遊んでいた子供が声をかけてきました。

「パパ、どこへいくの?」
「郵便局へ行ってから、買い物だよ」
「お仕事じゃないから、帰ってくるよね!」
「帰ってくるよ」

彼の言葉に耳を傾けますと、「私を求める顔の直截性そのものが、無防備にあらわになり、死との直面をあますところなく示すとき、ぎりぎりの最後に「他の人間をひとりで死に直面させないこと」。それは、他者が死に直面しているとき、私にはどうすることもできないこの対面のときに、私を呼び求める声に対して「私はここにいます」(me voici)と答えることに他ならない」と思ってしまいますので、「私はここにいます」(me voici)と答えるほかありません。

まさに答えるほかならない……それが在責性の端緒なのでしょう。

……そう言葉をかけると不安が払拭されたようで、友達の輪へ戻っていきました。
自転車で「いってっしゃ~い」という言葉を背にうけつつ、聞こえてくる子供の言葉。

「ぼくのねエ、パパなんだ!」

いつまでそう自慢?してくれるのかわかりませんが、「共に在る」人間としての倫理学を生活のなかで諭してくれるのは実にありがたいものです。

存在することの光明に恐れすら抱くわけですが--

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この恐れは他者の顔から私のもとに到来する。隣人の顔の極限的な直截性、それは現象の造形的な形式を引き裂く。死にさらされてあることの、無防備な直截性。あらゆる言語、あらゆる身振りに先立つ、絶対的孤独の奥底から私へと差し向けられるひとつの訴求。差し向けられた要求あるいは意味された命令、私の現前と私の有責性の審問。
    --レヴィナス、前掲書。

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人間関係とは、あらゆる造形的な形式に先立つものかも知れません。

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【覚え書】遠藤周作「人間の顔」、『ぐうたら社会学』集英社文庫、1979年。

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東京は、まるで初夏のような汗ばむ陽気で、仕事の合間に食べた冷やし中華に日一日と季節が移り変わっていくところを実感する宇治家参去です。

今日も考える時間がないので、考えるヒントをということで、【覚え書】。

必要なことは、ひとの有り様をとやかく言う前に、自分自身の営みと正面から向かい合っていくしかないのかな……仕事をしつつ切れそうになりつつ、きれるとダサイよなということで、遠藤周作(1923-1996)が精神のヒダに染みこんでくる深夜です。

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 人間の顔
 アダムがはじめて神さまの手で作られた時、それは今の人間とはちょっと、ちがっていた。というのは、アダムの眼と目玉とは顔にはなくて両手の上にあったからである。
 したがってアダムは自分の表情のうごきをいつでも見ることができた。彼は天国で一人ぼっちだったから、はなはだ寂しかった。その寂しそうな自分の顔もアダムは両手の眼ではっきり見ることができたのである。
 「私はうかぬ顔をしています」
 とアダムは神さまに言った。
 「寂しいのです。仲間を作って下さい」
 よし、よしと言うわけで、神さまはアダムのために一人の女を……つまりエバをこしらえた。
 アダムは大喜びでエバをつれて毎日、天国の野山を遊びまわった。そのうち彼の心に恋心が育まれてきた。
 そこで彼はある夕暮、大きな木の下でエバに恋をうちあけた。
 「ぼかァ、君が好きです、君の目は花の上においた朝露のよう。君の肌は牛の乳よりももっと白い」
 とか何とか、今の我々とはそう違わんキザあなことばでエバを口説いたのである。だがその時、悲しいかな、手の上の彼の眼は、そんなキザあなことを口に出しておる彼自身のキザあな顔を一つ残らず見るのであった。
 「キャッ、ああ恥ずかし」
 とアダムは思わず叫んだ。
 「背中にジンマシンが起きそうだ」
 うっとりしていたエバはびっくりして起きあがり、
 「いやあね、ムードぶちこわしだわ」
 こうしてアダムの恋は失敗に終わろうとした。それというのも自分のキザあな表情を自分で見てしまったからである。
 「神さま、私はダメです」
 アダムは事情を神にうちあけた。
 「自分で自分の顔が見れるというのは、人間にとって一番つらいことです」
 「そうであったか。ちいとも知らなかった」
 こうして神様はアダムの眼を掌(て)から顔につけかえたのである。ここに眼をおけば自分の顔もアダムはみることができないからである。
 この興味ふかい、象徴的な話は、かのドイツのうんだ文豪ゲーテが創ったものではなくて、わが孤狸庵先生が書いたものであるが、味わえば味わうほど、味のふかい話であるなあ。
 人間なにが幸福といったって、自分の顔を自分でみることができぬくらい幸福なことはない。いかなる醜女(しこめ)もそれゆえに、私もまんざらじゃないとウヌぼれることができるし、そして男は男で女性を口説く時のあのキザあなおのれの顔を見ないですむからである。
    --遠藤周作「人間の顔」、『ぐうたら社会学』集英社文庫、1979年。

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心は依然怠惰なままである

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 わたしは、わたしに即して、ある。
 結局はやはりそこから始めなければならない。
 だがどこにおいてわたしは、希薄な存在であることを甘受しているのか。どこにおいてわたしはなげやりに仕事をし、そして堕落をしたのか。どこにおいてわたしは保持され、ほんものであるのか。だが言うまでもなく、わたしたちはこの存在とか、あの存在とかいえるものでなく、泥のようで、なまぬるく、そして口からはき出されるにふさわしく見える。
 これはあまりにも希薄であって、そのさいほとんどすべてのものが一緒に飛び去ってしまう。よいものですらそうなる。というのは、人間は一様に不決断のままぐったりと正気のないものの中に横たわっており、何ひとつ色に出さないからだ。ただ最後のことだけははっきりしている。つまりわたしたちはお互いにほとんど無縁であって、他人のそばを何の気がかりもなく通りすぎることができるのだ。あるいは、たとえわたしたちが知っていても、たとえ人助けや他人の身になってみる努力が、仕事をすることにより、あるいは気まぐれで、わたしたちに身近なものになったとしても、そこに生ずるのは虚栄による悪しき自己熱中ぐらいのものであって、視線は依然空虚なままである。加うるに周囲の大部分の人びとは、とくに貨幣経済にかかり合いになって以来、きわめてものぐさで、不潔になってしまったため、それほどまでに熱湯で火傷をした人びとやしるしをつけられた人びとのほとんど誰ひとりとして、より困難な内的動きに近づこうとしない。そして束縛を逃れた人びと、より精神的な人びとが、たとえどんなにうまく弁舌、感傷的な体験、倫理的な敏感さを、他の人が行為するとき、他の人が助力をホッするとき、行為の代用としてすえてみせようとも、彼らは生きた魂のまま腐敗してゆく。彼らは、責任は自分にあるのであって他人にではない、そして他の人びとが暗いのは自分が彼らに十分光を送らないからだ、と感ずるにはほど遠いところにいる。そう感じる代りに、彼らは倫理的生を自身から切り離し、それを他の万事を扱うごとく正気なく、だらしなく考察する。そしてその〔倫理的生の〕独特に共通する内的本質は無視され、見捨てられた。わたしたちの内に心配、悔恨、罪、宗教的萌芽の動きを持つことは、犯罪人の水準にまで引き下げられた。そして心は依然怠惰なままである。
    --エルンスト・ブロッホ(好村冨士彦訳)『ユートピアの精神』白水社、1997年。

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やはり、体内におけるアルコールな成分の「分離独立」がうまくいかなったようで、一日中ブルーなけだるさで、仕事の最中に向かい合う活字も頭に定着することがはなはだ困難のようで……しかしながら、そのけだるさを自覚できるからこそ、それと対を為す溌剌とした人間生命そのものの輝きを自覚でいるのかもしれません。

いずれにしましても、孤高のユダヤ人神学者ブロッホ(Ernst Simon Bloch,1885-1977)の言葉に耳を傾けますと、いきているなかで、自分自身の存在に対してそれをすきであれきらいであれ「わたしは、わたしに即して、ある」わけですから「結局はやはりそこから始めなければならない」のでしょう。

学習することがまったくできませんが、そのことだけは体で理解しておりますので、どこかに完成したユウトピアなるものを夢想するよりも、現実と格闘しながら脱構築……とまでもいわなくても……内在即超越で乗り切っていくしかないのだろうと思います。

どこかに夢想してしまうと、そのあげく人間という生き物は現状をシカタガナイと甘受し、「心は依然怠惰なまま」になってしまいますので、そのへんを丁寧に整理しながらひとつひとつの問題と向かい合っていくしかないのでしょう。

さふいえば、昨日一緒に飲んでいた先輩(日本仏教)が……多分ワタシより酔っ払っていたようですが……、

「宇治家さん! 博論が終わってキリスト教関係が一段落したら、発迹顕本して仏教でも研究(や)ってみませんか?……(小さな声で、やっている人が少ないのでタスカリマス)」

……などと突っ込むわけですが、キリスト教そのものの研究もそれでもマア始まったばかりで、論文を書いたり、経典の本文批評をやるような意味での本格的な仏教の研究に進んでいくことは現実には困難ですが、いずれにしまして、そうした異なる分野との積極的な対話というものは必要不可欠だろうと思うところで……。

とりあえず例の如くですが、やはり二日酔いで食品レジを打つのは結構骨の折れる仕事で、普段の三倍つかれましたが、じかんとともに「分離独立」が進んでいくのも自覚しつつ、仕事が済むと、チャンレジしていなかった新製品が並んでいるので、「これは剣豪の如き真剣勝負で挑まないと相手に失礼だろう」ということで、アサヒビール株式会社の「Asahi COOL DRAFT」を買い求め、今やっているところでございます。

ジャンルは発泡酒です。

今の旬は業界的には結局「その他の雑酒」のシェア競争が熱いところで、発泡酒市場はそんなに盛り上がっていないのが現状ですが、それでも発泡酒をそんなに作っていなかったAsahiさんが久し振りに挑戦するということで、頂いてみました。

たしかにスーパードライの切れ味は鮮やかです。
その辛口は、次の一杯を所望する豊かな味わいです。

で……COOL DRAFT!

たしかに切れ味は鮮やかでした。
ただ、味わいの奥深さが……あまり感じられず……これは発泡酒の限界かな……という印象のようにて。
発泡酒売り上げNo1!はKirinの淡麗になりますが、それでも、この爽快感が定着すれば、それでも闘っていける力量はあるのでは……と思うわけですが、やはり全体としては、発泡酒、その他の雑酒では、なかなかどうして「ビール」には勝てないな……というチト淋しさを覚えつつ……。

今日はとっとと寝ます。

最近考察不足でスイマセン!

……っていつも考察不足ですが……、チト忙しいのと体調不良のダブルパンチは答えます。

なにか無駄遣いでもして、心をリフレッシュさせるしかありませんね!!!

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なかなか「分離独立」してくれません。

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う~ん。

「分離独立」という言葉を聞けば、それはそれで大事なのでしょうが、流血もあるよなと感じるわけですが、なかなかアルコールが体から「分離独立」してくれないことを見ると、「歴史は繰り返す」と俗に言われますが、その根底には人間は「歴史から何も学んでいない」ということになるのでしょうか。

そのあたりを地でいく宇治家参去です。

ちょうど昨日、研究所の第25回学術大会があり、久し振りに朝から晩までアカデミズムの空気に触れることができ、新鮮な感慨とともに、また自分自身の研究もがんばろうと思った次第です。

基調講演を行って下さったガリソン博士……知性も一流でしたが、ユーモアも一流でした。

研究報告、基調講演、質疑応答……濃~い一日の最後は、大学本部棟13階カフェテリアでのレセプションで、富士を遠望しながら、美酒を廻しつつ、異種格闘技の如く、専門のちがうひとびとと学問談義が行えたことがよい収穫でございました。

評議員(前代表理事)が注いで下さった金色の箱に入った浦霞がこれまた濃厚でしたが、ここではいつもの通りになってしまうとマズイわけでセーブしながら、談義を楽しませていただきました。

終了後、昵懇の先輩ふたり(日本仏教、仏教学)と後輩(インド仏教)と一緒に、「月の宴」にて、2次会へ。

ここでもぶっちゃけトークで、種々学問の談義に花を咲かせていただき、脳みそがいわば満腹という状況で無事に帰宅させていただきました。

ただ、すこし「飲み過ぎた」ようにて体からアルコールが「分離独立」してくれないところが難点です。

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知的自由および多様な才能や興味の発揮を考慮に入れて

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 真の個人主義は、信念の規範としての慣習や伝統の権威の支配のゆるみから生じた産物である。ギリシャ思想の最盛期のような、散発的事例は別として、それはわりに近代的な現象なのである。さまざまの個人の多様性がつねに存在してたことはたしかだが、保守的な慣習が支配している社会は、それらを抑圧するか、でなくても、少なくとも、それらを利用し奨励しはしないのである。しかしながら、いろいろな理由から、その新たな個人主義は、それまで一般に認められてきた信念を修正し変化させる力の発達を意味するものとしてではなく、各個人の心は他のあらゆるものから孤立して完全なものであるという主張として、哲学的解釈を与えられのである。哲学の理論的方向においては、これは認識論の問題を生じた。すなわち、個人と世界との間にはどんな認識上の関係がありうるかという問題が生じたのである。その実践的方面においては、それは、全く個人的な意識が全般の利益すなわち社会の利益のために作用することがどうしてできるかという問題--社会的指導の問題--を生じたのである。これらの問題を処理するために苦心して作り上げられてきた哲学は教育に直接に影響を及び作無かったが、それらの基礎によこたわる仮定は、学習と管理、個性の自由と他人による統制の間に、しばしばつくられた分裂となって現われたのである。自由に関しては、心に留めておくべき大切なことは、自由とは外面的な行動の無拘束状態といよりむしろ精神的態度を指すということ、しかし、この心の性質は、探検や実験や応用などにおける十分な行動の余地なしでは、発達することができないということである。慣習に基礎をおく社会は、慣例に一致する限度までしか、個人的変異を利用しないだろう。画一性が、各階層の内部の主な理想なのである。進歩的な社会は、個人的変異の中にそれ自体の成長の手段を見出すから、それらの変異を大事なものと考える。それゆえ、民主的な社会は、その理念に従って、知的自由および多様な才能や興味の発揮を考慮に入れて教育政策を立てなければならないのである。
    --デューイ(松野安男訳)『民主主義と教育(下)』岩波文庫、1975年。

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出勤前に鉢植えの花桃の木をみると、ようやくいい感じに花びらをふくらませてきました。朝晩はまだまだ寒いのですが、昼のやさしい陽光には春の訪れを感じるばかりで、一瞬すがすがしささえ覚えるわけですけれども、飛沫する花粉に頭を悩ませる宇治家参去です。

明日……といいますか精確にはもう本日(及び明日)ですが、所属する研究所の年度末の学術大会がありますので、早く寝るべきなのでしょうが、なかなか眠くもなく、酒をやりながら予習とばかりにデューイ(John Dewey, 1859-1952)の著作をぱらぱらとめくっております。

太平洋戦争での勝敗を評して「(人工的に創られた)国家神道がデューイのプラグマティズムに破れた」という先哲の言葉があります。

理念的なるものをこの地上の生活になんとか根付かせようとする試みがプラグマティズムであるとすれば、その営みも人工的なそれになるわけですけれども、先の言葉を勘案するならば、同じ人工的な営みであったとしても……否、人間の営み全てが人工的であると評することができますが……どのように着地させるかその手法によっては大きく道筋が異なってくるものだよなと実感するばかりです。

仕事の休憩中にも今日は豚汁だろうということで、汁をすすりつつ、デューイの言葉をひもといていたわけですが、人工の最の最たる教育にデューイが頭を突っ込んでいた所為でしょうか……「役に立つ」という発想は実は大切なのかなと思う次第です。

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自由に関しては、心に留めておくべき大切なことは、自由とは外面的な行動の無拘束状態といよりむしろ精神的態度を指すということ、しかし、この心の性質は、探検や実験や応用などにおける十分な行動の余地なしでは、発達することができないということである。

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何者にも還元不可能な精神性と、還元を第一とする応用主義とはまったくべつのものではなく相互交流が合ってこそ生き生きと輝き出すのでしょう。

ともすれば、市場経済的発想を遙かに見下ろすような審美的観点からながめてみると、有用の美と無用の美を対立させながら、「役に立つ」「有用である」ということは、「役に立たない」「無用である」ということに対して、「一段低い」と考えがちなのですが、実はそうでもなかろうと。

役に立つ美しさもあれば、役に立たない美しさもあるわけで、そんな二者択一は簡単にできないのですが、余裕をもって対象にアプローチしていかない限り、必然的な分断構造を生みだしてしまうのが実情であるとすれば、「有用性第一主義」にも「無用性至上主義」にも辟易とする宇治家参去です。

さて予習でデューイといいましたが、学術大会の壮美は、なんといっても「記念講演」になるわけですが、本年は、John Dewey SocietyのJim Galison博士のデューイのヒューマニズムに関する講演の予定です。

ヒューマニズムという言葉をきくと眉間にぴくりと筋が走るわけですが、思想史を振り返ってみますと、理念先行のヒューマニズムなるものが、ヒューマンを拘泥したのがその実情です。

であるとすれば、理念を着地させようと奮闘したデューイの探究は、そうした思想史上の陥穽をひとつマア超克するモデルになるわけで、どのような話が出てくるのか今から興味津々です。

民主主義の理念を教育によって着地させようと著されたのが『民主主義と教育』になるわけですが、ひとつ念入りに予習しながら、数時間後のひとときを今か今かと待ちわびたいものですが、数時間後であれば、とっとと寝ろや……ということなのですが、あいにく美酒を手に入れてしまいまして……したたかに味わっているところで御座います。

ちょうど、自分が通信教育部で教鞭を執った初手の講義に参加してくださった学生さん……いまでも交流している(飲んでいたり)わけですが……かれが「先生、いつか地酒を贈りますっていっていたのですが、おそくなってすいません」って口上とともに贈って下さった銘酒が今朝届きました。

最初の講義は07年の5月末に福岡でのスクーリングが初めてになるのですが、それはそれはカルチャーショックの連続で(教鞭歴としてはすでに4年あったにもかかわらず!)、マア濃い~2日間をおくらせていただいたわけですが、そのいわば宇治家参去倫理学1期生からの進物で、恐縮になると同時に嬉しくも思い……馬鹿なのでにやけながら飲んでいます。

細君からは「教師が学生からもらってどうする! 教師こそ何か学生におくるべきだろう、ボケっ」って怒鳴られる始末で、それはそれで100%納得するので、なにか考えますが、それを横に置いておいても嬉しいと感ずることに一抹の浅はかさを覚えつつも、やはりうれしいもので、ありがとうございました。

舐めるように飲んでいます。

「地酒原酒 天山 地酒」(天山酒造株式会社/佐賀県)。

「天山」と聞くと中島飛行機が開発した艦上攻撃機の名前を思い出すことに忸怩たる部分はありますが、竹皮で覆われた一升瓶をさやさやとめくり、盃にうつすと、口に含んでいないにも拘わらず、かぐわしい酒香が部屋一面にひろがるようで……。

本当にありがとうございました!

ちなみに、そのときの学生さんもこの4月で4年生。
教育現場での進路を模索しているようで、これまでも苦闘しつつ順調に単位を取得してきており、本年が勝負どころの1年です。自分も頑張りますが、ともに勝利の一年でありたいもんだよな……とおもいつつ、盃が進むのが……嬉しい難点です。

ガリソン博士の講演を熱心に聞かないとマズイので、ぼちぼち、ねましょうか。

しかしマア、あれです。

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画一性が、各階層の内部の主な理想なのである。進歩的な社会は、個人的変異の中にそれ自体の成長の手段を見出すから、それらの変異を大事なものと考える。それゆえ、民主的な社会は、その理念に従って、知的自由および多様な才能や興味の発揮を考慮に入れて教育政策を立てなければならないのである。

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こいつはひょっとすると、画一性のヒューマニズムを乗り越える一日になりそうです。

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「私には悲しむ動機があ十分ある。しかし、悲しむまい」

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 喜びとは、妨げになっていたものが不意になくなり、その結果満たされた意欲のことである。悲しみとは、何事かについて、それが不可能だと分かってもなお止むことのない意欲のことである。そこで理性的な人は言う。「私には悲しむ動機があ十分ある。しかし、悲しむまい」。これら喜びや悲しみなどは、意志の作用である以上、動機づけの法則に従っている。認識の直接の客観であるとともに意欲の直接の客観でもある身体は、必ずと言ってよいほど、こうした喜びや悲しみなどによって影響を受ける。また、喜びや悲しみなどには〔第一に挙げた〕肉体的感情が伴っている。つまり、両者は混ざり合っているのである。
 ところで、われわれは喜びや悲しみなどを支配しようとする。はっきり言えば、抑制しようとする。すなわち、喜びや悲しみを抑制し続けることで最後にはそれらがもはや現れなくなるようにするために、それら喜びや悲しみのそれぞれに対立する願望を意欲にまで高めようとする。そして、誰もが持つこうした要求によって、喜びや悲しみなどは意志の作用であるということがすでに証明されている。
 一方、抑制とは反対のことが起こると、経験的性格はそのことによって生じる激しい願望に完全に規定された格好で現れるため、あたかも、こうした激しい願望に対立する願望はもはや起こりえず、その点で人間はいわば自らの理性の使用を停止しているかのように思える。そうした場合、人間はまるで動物と同じに見える。以上のような激しい願望が、いわゆる情熱である。
    --ショーペンハウアー(鎌田康男ほか訳著)「充足根拠律の四方向に分岐した根について(第一版)」、『ショーペンハウアー哲学の再構築』法政大学出版局、2000年。

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全国区の学生歌……といっても旧制の時代ですが……のひとつにデカンショ節なる都々逸のような歌曲があります。

兵庫県(篠山市)の民謡をもとにアレンジされた歌なのですが、そのデカンショとは何かといいますと、学生の立場からすると、デカルト(René Descartes,1596-1650)、カント(1724-1804)、ショーペンハウアー(1788-1860)といった哲学史上のビッグネームの略称につらなるという説がひとつあります。

真偽のほどは定かではありませんが、旧制高等学校の学生たちにマア、愛読されたのデカルト、カント、ショーペンハウアーであるとすれば、牽強付会とまでいわなくとも、その往時の人気ぶりを偲ぶことは可能でしょう。

哲学史を振り返るならば、デカルト、カントの人気には頷けます。デカルト、カントの哲学は、西洋哲学を学ぶ学徒にとって避けがたい対象であり巨峰であります。しかし最後のデカンショの〝ショ〟の部分のショーペンハウアーに関しては、デカルト、カントに比べると、通俗的な哲学史では、そこまで関与しなくてもいいんでは?などとフト思われる存在として位置づけられているところを踏まえてみるならば、戦前の学生たちの心を掴んだことに不思議な思いを抱いてしまう宇治家参去です。

べつにそれは、省みなくて良い対象、踏まえなくて良い対象という意味では決してありません。しかし、ビッグネームはデカルト、カント以外にたくさんある中で、何故にショーペンハウアーの哲学が人気を博したのか……興味深いところであります。

私見になりますが、ひとつはショーペンハウアー自体が稀有な才能の持ち主であったのに対し、不遇な生涯を送らざるを得なかった煩悶の人であったということなのでしょう。

日清戦争後、日露戦争を経るなかでいわゆる国民国家体制としての日本という枠組みが堅固な楼閣として構成されます。何をなそうにも、自分の外界はすでにできあがっており、レールにそって歩むしかない。そのなかで、若い世代たちは、生き方の問題を徹底的に悩むわけです。

1903年、華厳の滝に入水自殺した旧制一高生の藤村操(1886-1903)の「萬有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く『不可解』。我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る」という時世の言葉に象徴されているように、まさに時代と世界に対して自己自身の意志が煩悶している……煩悶の世代……そこに煩悶の人生を歩んだショーペンハウアーの言葉が共鳴したのかも知れません。
※先んじて書きますが、別にショーペンハウアーは自殺を肯定もしておりませんし、後世の研究では、藤村操の入水自殺の真相は別にあるようです。

ただしかし、できあがった世界とか体制……実はできあがっていないのですけれども……それとどのように自由な意志の存在者としての自己自身を向き合わせていくのかという問題意識を考えるならば、あながち煩悶というのは、古臭い問題でもなく、ひとは皆、生きる中で煩悶しながら、「さあ、どうするべ」と考えているのが実情なのでしょう。

ショーペンハウアーは、主著『意志と表象としての世界』(Die Welt als Wille und Vorstellung 1819)のなかで、世界の本質は生きんとする盲目の意志であるとします。

一見すると超個人的還元主義な独我論に聞こえそうですが、実はそうではありません。
この意志とは実は恣意的な独我的な意志のちからでもなく、同時にそれに向かい合ってくる自分より先にできあがっているとされる世界もその真相は堅牢な楼閣でもない……『意志と表象としての世界』を読んでいるとそんな気がするわけですが……。

自分も世界もできあがった完成品であるわけではありません。

「概念は死んでいるのに対してイデアは生きている」というのはショーペンハウアーの言葉ですが、そうした言葉に耳を傾けると、自由に生きようとする人間が、世界の制約のなかで実は自己自身に目覚め、世界と関わっていく中で、理念的なるものに形をあたえていく……そうした歩みをすべきでは……マアそんなところにショーペンハウアーの哲学の魅力を感じるわけですけれども、そうした力が、ときには自己自身の無力感に悩まされた学生たちに人気を博したのかも知れません。

さて……。
最初に引用したのはショーペンハウアーの博士論文の一部からです。
こういう彼の文章を読んでいるとつくづく実感するのが、人間の清濁あわせた不可思議な言葉にならない感情を表現する最大の名手はショーペンハウアーをおいて他にはいないよな……というところです。これはどうしてもデカルトにもカントにも真似できない部分です。

すべてを意志の問題として論じていくわけですけれども「喜びとは、妨げになっていたものが不意になくなり、その結果満たされた意欲のことである。悲しみとは、何事かについて、それが不可能だと分かってもなお止むことのない意欲のことである」などという言葉はなかなかでてこないわけでして……あらためてショーペンハウアーの鬼才ぶりに驚きつつ、珍しい越後の地酒「吟醸生貯蔵酒 朱鷺」(美の川酒造株式会社/新潟県)を手に入れましたので、黄金カレイの唐揚げで、ちびちびとその余韻を味わいつつ、ぼちぼち寝ようかななどと思うところで御座います。

出荷からまだ半月も経っていないようで、「生」という言葉に弱い宇治家参去ですけれども、ひとくち舐めると、これがマア味わいが口の中で口の内壁を圧倒するように広がる・広がる……。

で……なんでショーペンハウアーの言葉に注目していたのでしょうか?

書いているときは失念しておりましたが、今思い出しました。

24時に仕事が済んでから
「サア、酒でも買って帰るか」と酒を買ってお店を出ると、自分の前で買い物をしてた20代半ばのカップルなのでしょう……店からでるといきなりキスをはじめちゃいまして……。かなりディープなようで……。

よく漫画なんかにあるじゃないですか。
自転車に乗っている主人公が……自分もそのとき自転車に乗っていたわけですが……何かに見とれていると……そのお陰で電信柱にぶつかってしまうネタがあります。

そういうコボちゃんのお父さんのような眼差しで驚きながら、あわやこけそうになりながら、若いカップルの路上キッスに「喜びや悲しみなどには〔第一に挙げた〕肉体的感情が伴っている。つまり、両者は混ざり合っているのである」んだよな……とショーペンハウアーの鋭い眼光が思い浮かばれたわけでして……。

お幸せに……。

マア、驚く自分自身が昭和の人間なんだよなと自覚しつつ、それでもなお、それは当人の問題であるからして……美しい日本人にこだわるオオヤケ優先主義的な「パブリック・スフィアにパーソナル・アフェアーを持ち込むな」という恫喝には賛成できないなという感覚をもっていることも自覚しているので、それはそれで平成の人間でもあるんだよなと思いつつ、言説として「パブリック・スフィアにパーソナル・アフェアーを持ち込むな」というのは恫喝の言説として履行すべきではなく、対話と説得によって履行すべきだよなと考えているという時点でポスト・モダンなんだよなと微笑している宇治家参去です。

オオヤケさんのいう恫喝(すなわち「恥を知れ、恥を。清き美しい日本人は路上でキッスをすべきでない!お前ら非国民で逮捕する!!」)にも、どこでもキッスをすることにはばからない動物化するポストモダニストにも共通するのは、実は品性を欠いた「この無礼者」というところでしょうか。

しかしながら……。
お幸せに。
山下公園@横浜市なんかでその光景を眼差すと別に不快感も不愉快感もありませんが、これが満員電車のなかでやられると不愉快で不快感なんだよなと……。

どうでもいいネタですいません。

「私には悲しむ動機があ十分ある。しかし、悲しむまい」と頑張る宇治家参去でした。

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私は私をここに現わしていると同時に人間を現わしている

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 自然のあらゆる素質の発展を実現するために自然が用いる手段は、社会における自然的素質の敵対関係であり、しかもそれはこの関係が最終的に社会の合法的秩序の原因となる限りでのことである。私がここで理解する敵対関係というのは、人間の非社交的社交性のこと、すなわち人間が社会の中に入ってゆこうとする性癖であるが、同時にこれは社会を絶えず分断する恐れのある一般的抵抗と結びついている性癖のことでもある。明らかに人間の本性にはそうした素質がある。一方で人間には社会を作ろうとする傾向性がある。なぜなら、そうした状態の中にいると、自分がよりいっそう人間としてあること、つまり自分の自然的素質が発展してゆくのを感じるからである。しかしまた他方で、自分は一人でいたい(孤立したい)という人間の性癖も大きい。なぜなら人間は、すべてをまったく思いどおりにしたい非社交的性質を同時に自分のなかに発見し、そのために、他人に対する抵抗の傾向が自分にあると自覚しているのと同様に、他人の自分に対する抵抗がどこにもあると予想するからである。ところがこの抵抗こそは、人間のあらゆる力を呼び覚まし怠惰へと傾く気持ちを乗り越えさせ、たしかに一緒にいるのはいやだが、しかし放っておくこともできない仲間のもとで、功名心や支配欲に駆り立てられ、一つの地位を獲得するまでに人間をし向ける当のものである。このとき、粗野な状態から抜け出て、人間の社会的価値を本質とする文化的状態への本当の第一歩が生じ、またこのとき、あらゆる才能が少しづつ伸ばされ、趣味が形成され、また絶えざる啓蒙によって思惟様式の構築が始まる。
カント(福田喜一郎訳)「世界市民的見地における普遍史の理念」、『カント全集 14』岩波書店、2000年。

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倫理学の最大の眼目は、やはり個と全体、すなわち個人の存在と共同体のあり方にかかわってくるのだと思うわけですが、そうしたところの翠点をさらりと言い表すカント(Immanuel Kant,1724-1804)の言葉が最初に引用したところです。

文字・活字・言葉としては意味は理解できます。

人間には孤立していこうとする性癖(非社交的性質)をもちつつもそれだけではなく、他者とか共同体と関わろうとする性癖(非社交的社交性)をも持ち合わせております。

この緊張関係がうまくいったとき、月並みな表現になりますけれども、その当該の人物も成長することができるし、その当該の人物のかかわる共同体もよりよき共同体にスライドしていくことができるのだろうと思います。

そのことはまさに文字・活字・言葉としては理解できます。

しかし実際にはなかなかその元意といいますか、真意といいますかリアルな現実での形が思い浮かばず、講義でもその言葉を紹介しながらも、果たしてこれでいいのかな……などと悩み多き乙女のごとく焦燥感にさい悩まされ、なにげにリアリティを語ることに卓越したカントにしては、この表現だけで終わっていることに苛立ち、「これは宿題なんだ」とひとり納得していることが2年ほど続いておりました。

現実の世界では、そうした緊張関係はどちらかといえば放棄されている始末です。

「どうでもいいや」「関係ねえや」「ほっといてくれ」「ナニモカワラナイ」……とぼやきながら無気力感を表にだしながら非社交的性質に沈潜していく圧倒的多数のひとびと。
「オホヤケですよ!」「メッシホウコウに真の生き方があるんじゃ」……非社交的性質に沈潜していくあり方を〝恫喝〟し、どちらかといえば、全体から個を強引に牽引していく街宣車のような非社交的社交性〝のみ〟を強要しようとするひとびと。

二元論はもとより大嫌いで肌に合いませんし、両者の言い分もわからなくもないのですけれども、生きている人間としてはどうもそれだけじゃアねえだろう……カントのいうとおり、この両方の性質はひとりの人間のなかに「同時に自分のなかに発見」されるべきものであって、どちらか一方だけで生きていくことは不可能なことはハナからわかっております。

しかし、易きへのおもねり……とまでは言いませんけれども、なにか、どちらか一方に案ずることで、当座の状況を処理するあり方・いい方には当惑するばかりで、じゃあどのようにカントの言う両者のよりよき緊張関係を具体的に立ち上げていけばよいのか悩み続ける宇治家参去です。

さて、不思議なものですが、カントだけ読んでいるとカントを理解できるかといえばそうでもありません。それはカントだけに限られた問題でもなく、あらゆる対象に関係してくる問題なのでしょう。

かつて、文豪ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)は「一つの言語しか知らない者は、どの言語も知らない者だ」という言葉を残しましたが、その言葉を参考にして、初期の宗教学者で、比較宗教学の祖と言われるマックス・ミュラー(Friedrich Max Muller,1823-1900)は次のようにいっております。

すなわち……
「一つの宗教しか知らない者は、いかなる宗教も知らない」。

これをアナロジカルに解釈するならば、まさに「ひとりの哲学者しか読まない者は、いかなる哲学をも知らない」……ま、ひとつこのように言うことも可能でしょう。

ですからカントの文章に関してもその理解が深まるのは思わぬ文献・思想家・現実の事件から対象が照射されてくるという事態はアリエルワケで、あれほど2年弱思い悩んだ疑問がひとつ、本日になりますが、ひとつ氷解するといいますか、活路がみえたといいますか、深い闇の中から一条の光をみつけることができました。

これはまだまだ印象批判の粋を超えることができない発想の煌めきのひとつですが、ちょうど漱石・夏目金之助(1867-1916)の文明論を読んでいると面白い一部分に出会いました。

この文章も何度も読んでおり、その文章に即しては、まさに文字・活字・言葉としては理解していたわけですが、まさにカントと漱石が握手するとも思えず、まさに「どうでもいいや」「関係ねえや」「ほっといてくれ」「ナニモカワラナイ」などと思っていたわけですが、なにかの拍子なのでしょうか、ぐんぐんと引き込まれていくわけで、漱石を読みながらそこにカントを見出した次第です。

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 人間という者は大変大きなものである。私なら私一人がこう立った時に、貴方がたはどう思います。どう思うといった所で漠然たるものでありますが、どう思いますか。偉い人と速水君は思うか知らんが、そんな意味じゃない。私は往来を歩いている一人の人を捉まえてこう観察する。この人は人間の代表者である。こう思います。そうでしょう神様の代表者じゃない、人間の代表者に間違いはない。禽獣の大乗者じゃない、人間の代表者に違いない。従って私が茲処(ここ)にこう立っていると、私はこれでヒューマン・レースをレプレゼントとして立っているのである。私が一人で沢山ある人間を代表していると、それは不可(いか)ん君は猫だと意地悪くいうものがあるかも知れぬ。もし貴方がこういったら、そうしたら、いや猫じゃない、私はヒューマン・レースを代表しているのであると、こう断言するつもりである。異存はないでしょう。それならば、それで宜しい。
 同時にそれだけかというとそうでもない。じゃ何を代表しているかというと、その一人の人間は人間全体を代表していると同時にその人一人を代表している。詰らない話だがそうである。私はこうやって人間全体の代表者として立っていると同時に自分自身を代表して立っている。貴方がたでもなければ彼方でもない、私は一個の夏目漱石というものを代表している。この時私はゼネラルらものじゃない、スペシャルなものである。私は私を代表している、私以外の者は一人も代表しておらない。親も代表しておらなければ、子も代表しておらない、夫子(ふうし)を代表している。否夫子自身である。
 そうすると、人間というものはそういう風に二通りを代表している--というと語弊があるかも知れませんが--二通りになるでしょう。其処(そこ)です、それをいわないと能(よ)く解らない。
 それでこのヒューマン・レースの代表者という方から考えて、人間という者はどんな特色、どんな性質を持っているか。第一私は人間全体を代表するその人間の特色として、第一に模倣ということを挙げたい。人は人の真似をするものである。私も人の真似をしてこれまで大きくなった。

 (中略)

とにかく大変人は模倣を喜ぶものだということ、それは自分の意志からです、圧迫ではないのです。好んで遣る、好んで模倣をするのです。
 同時に世の中には、法律とか、法則とかいうものがあって、これは外圧的に人間というものを一束(ひとたば)にしようとする。貴方がたも一束にされて教育を受けている。十把一(じつぱひと)からげにして教育されている。そうすいないと始末に終えないから、やむをえず外圧的に皆さんを圧迫しているのである。これも一種の約束で、そうしないと教育上に困難であるからである。

 (中略)
 それから、法則というものは社会的にも道徳的にもまた法律的にもあるが、最も劇(はげ)しいのは軍隊である。芸術にでも総(すべ)てそういうような一種の法則というものがあって、それを守らなければならぬように周囲が吾人に責めるのであります。一方ではイミテーション、自分から進んで人の真似をしたがる。一方ではそういう法則があって、外の人から自分を圧迫して人に従わせる。この二つの原因がって、人間というものの特殊の性というものは失われて、平等なものになる傾きがある。その意味で私なら私が、人間全体を代表することが出来る資格を有(も)ち得るのであります。

 私は人間を代表すると同時に私自身をも代表している。その私自身を代表しているという所から出立して考えて見ると、イミテーションという代りにインデペンデントという事が重きを為さなければならぬ。人がするから自分もするのではない。人がそうすれば--他人(ひと)は朝飯に粥を食う俺はパンを食う。他人は蕎麦を食う俺は雑煮を食う、われわれは自分勝手に遣ろう御前は三杯食う俺は五杯食う、というようなそういう事はイミテーションではない。他人が四杯食えば俺は六杯食う。それはイミテーションでないか知らぬが、事によると故意に反対することもある。これは不可(いけ)ない。世の中には奇人というものがありまして、どうも人並の事をしちゃあ面白くないから、何でも人とは反対をしなければ気が済まない。

 (中略)
私のここにインデペンデントというのは、この故意を取り除ける。次には奇人を取り除ける。気が付かないのも勘定の中に這入らない。それじゃあどういうのがインデペンデントであるか。人間は自然天然に独立の傾向を有(も)っている。人間は一方ではイミテーション、一方で独立自尊、というような傾向を有っている。その内で区別してみれば、横着な奴と、横着でない奴と、横着でないけれども分からないから横着をやって、まあ朝八時に起きる所を自然天然の傾向で十時まで寐ている。それはインデペンデントには違いないが、甚だどうも結構でない事かも知れません。それは我儘、横着であるが自然でもある、インデペンデントともなるけれども、これも取り除けということになる。最後に残るには--貴方がたの中で能く誘惑ということを言いましょう。人と歩調を合わして行きたいという誘惑を感じても、如何せんどうも私にはその誘惑に従う訳に行かぬ。丁度跛を兵式体操に引き出したようなもので、如何せんどうも歩調が揃わぬ。それは、
諸君と行動を共にしたいけれども、どうもそう行かないので仕方がない。こういうのをインデペンデントというのです。勿論それは体質上のそういう一種のデマンドじゃない、精神的の--ポジチブな内心のデマンドである。あるいはこれが道徳上に発現して来る場合もありましょう。あるいは芸術上に発現して来る場合もありましょう。

    --夏目漱石「模倣と独立」、三好行雄編『漱石文明論集』岩波文庫、1986年。

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漱石のキーワードを拾っていくならば、

人間の全体と関わってくる部分、= 「レプレゼントとして立っている」人間存在。
人間の個別と関わってくる部分、= 人類としてではなく「その人一人を代表している」ものとしての人間存在の部分。

これが、人間における全体に関わる存在者としての性格であり、他とは違うとする個別の存在者としての性格であり、これがひとりの人間にそなわっております。

そして、それを生活環境でふりかえってみるとどうなるのか、キーワードを拾っていくならば、

人間の全体と関わってくる部分、= 生活の中における「イミテーション」(模倣)。
人間の個別と関わってくる部分、= 生活の「インデペンデント」(独立)。

「模倣」と聞けばそれは「猿まね」という言葉あるとおり否定的な印象がつきまといがちですがそうではないようです。ひとはひとを真似ることで人類になり、そこに喜びを感じること出来るのでしょう。

そして「独立」と聞けば一歩間違うと「奇行的」独立に傾きがちですがそうでもない。それは「精神的の--ポジチブな内心のデマンド」ですから関わりの中から自己自身の存在を積み上げていくしかないということなのでしょう。

そうした応答関係から、ひとは人類になり、そしてそれと同時にかけがえのない独立した人格へと成長していくのだろうと察せられます。

そのへんの訓練を怠りなく、どちらかに傾くことのないよう舵取りしていくことが必要かも知れません。

さて……

帰宅してみると、クレジットカードのポイント交換でセレクトしていたギフトカードが届いておりました。これは細君には内緒なわけで……自分一人で、「精神的の--ポジチブな内心のデマンド」で使う予定で、できればこっそりと受けとりたかったわけですが、仕事で不在時に家人が受けとったようにて、意味深に自室の机の上に置かれておりました。
福澤先生が二人分ぐらいのですが……。

「圧迫ではないのです。好んで遣る」ぐらいの精神で分かち合った方がよいのかしら?

新しい悩みに頭を抱える宇治家参去です、。

そふいえば、上述した漱石の「模倣と独立」は第一高等学校(旧制)での大正2年に行われた講演ですが、時代状況を反映して末尾で次のように述べております。

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 要するにどっちの方が大切であろうかというと、両方が大切である、どっちも大切である。人間には裏と表がある。私は私をここに現わしていると同時に人間を現わしている。それが人間である。両面を持っていなければ私は人間とはいわれないと思う。唯どっちが今重いかというと、人と一緒になって人の後に喰っ付いて行く人よりも、自分から何かしたい、こういう方が今の日本の状況から言えば大切であろうと思うのです。
    --夏目漱石、前掲書。

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……であるとすれば、黙って使い込むも良しですが、それもなんだかな~とまた悩んでおります。

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訳に立たないものを求めようなどとは、誰一人として同意しないから

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(85a)親切の定義と説明 次に、人々は誰に対し、どのようなことがきっかけで、また自分自身がどのような状態にある時、親切心を持つかという問題であるが、これは親切を定義したなら明らかとなることであろう。
 それでは、それを持っている者が親切心があるとされる所以の親切であるが、それは、困っている人に対し、何らかの見返りとしてでもなければ、手助けする人自身が何かを得るためでもなく、かの者になにか役立つことが目的で手を貸すことである、としておこう。だがその手助けも、必要の程度が非常に大きい者に対してなされる場合、或いは必要としているものが重要で手に入るのが難しいとか、必要としているのが重要かつ困難な時期であるといった場合、或いはまた、手を貸すのが彼一人だけであるとか、彼が最初であるとか、彼の手助けが特に必要とされているという場合には、大きなものとなるであろう。
 だがここで言う必要とは欲求のことである。そして欲求の中でも特に、手に入らない時には苦痛を伴うようなものへの欲求である。そのような欲求としては、例えば死のような欲望がそうであるし、また身体が痛めつけられている時や危険に曝されている時に抱く欲望もそうである。なぜなら、危険に曝されている者や苦痛の中にある人は何かを欲し求めているからである。それゆえ、貧乏な時や国外追放になった時に力になってくれる人々は、たとえそれが僅かな手助けであっても、その必要が深刻なものであるとか、手助けの時期が当を得ているという理由で、親切な振舞いをしたことになるのである。例えば、リュケイオンで筵(むしろ)を与えてくれた人がそうである。それゆえ、当然のことながら、手を貸す際には、相手が必要としているのと全く同じものにおいてそれを行うのが最善であって、もしそれができない時には、それと同程度か、もしくはそれより大きなものにおいて行われなければならない。
     弁論の進め方 さて、いかなる人に対し、いかなることがきっかけで、また、自分がどのような状態にある時に親切を行うことになるか、は明らかになったのであるから、したがって弁論に当たっては、これをもとにして、一方の人々については、そのような苦しみと必要(困窮)の中に現にある、もしくはあったということが、他方の人々については、そのような逼迫した状況にあって、そのような手助けをしてきた、もしくはしているということが、はっきりするようお膳立てすべきであるのは言うまでもない。
 一方、親切に振舞っている人々から看板を取りはずし、彼等を不親切な人間に仕立てることは、どのような議論によって可能かということも、また明らかである。つまり、彼らは自分自身のために手助けをしている、もしくは手助けをしたのだ、ということか(定義によれば、このことは親切ではないとされたのである)、或いは、たまたまそうするめぐり合わせになったのだとか、強制されてそうせざるを得なかったのだとか、彼らは、知ってか知らずかにはともかく、借りを返しただけであって、親切を与えたのではない、などということを明らかにすればよいのである。なぜなら、最後の場合は、知る知らないのいずれにしても、それは事実上の見返りであり、したがって、この点から見ても親切心とは言えないからである。
     親切のカテゴリー また、親切については、すべてのカテゴリーにおいて考察しておく必要がある。というのは、示された好意かどうかは、それは具体的な何(実体)であるかとか、これだけのもの(量)であるかとか、このようなもの(質)であるかとか、何時与えられたか(時)とか、何処で与えられたか(場所)、など理由で決まるからである。
     不親切 もし、必要とされているより小さな手助けも与えようとしなかった、とか、敵に対し、われわれに対するのと全く同じか、またはそれに匹敵する位にか、またはそれより大きい手助けを与えた、というのであれば、それは親切心を欠いていることの徴である。なぜなら、それらの援助がわれわれのためを思ってのものでなかったことは明かであるから。また、役に立たないことを知りながらそれを与えるという場合も、そうである。なぜなら、訳に立たないものを求めようなどとは、誰一人として同意しないから。
    --アリストテレス(戸塚七郎訳)『弁論術』岩波文庫、1992年。

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昨年から通信教育部のレポートを見るようになり、先月ではや1年を迎えましたが、昨年の記憶を振り返るならば、この3月は比較的件数が少ないという印象が色濃くあったのですが、今年は4月にレポート課題の内容が更新されることがりゆうになっているのでしょうか……昨年にくらべると若干件数が多くなっていることに驚きと喜びを感じる宇治家参去です。

人間という生き物は、アリストテレス(Aristotle,BC.384-BC.322)の言うとおり、驚きと喜びがあってこそ、そこから探究がはじまるというものですから、予想外の出来事ですけれども、大量に送付されてきたレポートと向かい合いつつ、そこから何か驚きと喜びを発見したいものでございます。

来週はチト忙しいので頑張って1/5ほど一気に添削すると夕方……。
日中、論文執筆ができなかったので、夕食そして夕食後の子供との怪獣ごっこだかアニマル・カイザーごっこだかで体力消耗後に課題に取りかかろうと思案していたわけですが、見事に頓挫です。

全っき他者からすると……ただしレヴィナスにおいてはすべての存在が全っき他者なわけですがそれはひとまずおいておき日常生活で使用されるレヴェルでの言語運用という意味での……それは、それで「マア、どうでもいいや」って事件であり、お恥ずかしい話で古典落語のネタにもなりませんが、うちの一人息子殿が肴……もとい……魚の骨を喉に詰まらせてしまい、民間療法?をためしてみますが……マアとれずというやつで、病院へいってきました。

すでに19時をすぎておりますので、地域の病院にいくわけにもいかず……。

ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)を気取るまでもなく、この程度で救急車呼ぶ輩はいねえだろう……というのが武家の常識でございますから、地域の救急医療ダイヤルに電話をかけ、担当医が在籍している病院を紹介してもらい、K大学大学病院へ直行です。

門外漢なのでおどろくところですが、案内されたのは、電話で言われたとおり耳鼻咽喉科で、先生に診察していただくと、

「奧まで入っているようなので、鼻からナニをいれて……」

横で聞いている息子殿にもその様子が理解できたのでしょう……久し振りに120%充填した波動砲@「宇宙戦艦 ヤマト」の如く抵抗の豪泣を展開しましたので、

「だいたい2-3日でほとんどとれますから、炎症止めの薬なんかだしますから、様子みますか。それでもダメなら近くの耳鼻科で診察してもらってください」

……とのことにてクローズ。

安心した息子殿は俗に言う「泣き疲れ」たのでしょう……スヤスヤと眠り始めクローズ。

「結局骨はとれず、何だったんだ……?」

とポツリと言葉出てくるわけですけれども、

「難だったんでしょう」

と細君がいう。

ともあれ、こういう気持ちが釈然としないときは、アリストテレスの『弁論術』が一番です。アリストテレスはその主著『形而上学』の描写・発想の進行で見られるように、師匠・プラトン(Plato,BC.427-BC.347)とちがって、どうしようもない感情をきちんと整理して議論の俎上にのせてくれるのが実にウマイ哲学者でございます。

もちろん近現代の哲学者からしてみますと、それでもその議論は、広大でアイマイ過ぎると評価されてしまいますが、その著作に向かい合うと、そのおおらかさは、人間の感情を切り刻んで排除せず、うまく言葉にならない感情を言葉に導いてくれる一抹の優しさを含んでいるんだよなと実感すること度々です。

親と子の間で、親切・不親切ということが議論になるということほど悲しいことはないんだよな~と整理しながら、それを素で同苦しながらやっていくことができるようになるなかで、実は、全っき他者に対しても、素で親切になっていくのかな~などと願いつつ、気が付くと「土佐鶴」に手が伸びていました。

論文一行も進まず。
ただし、子と親の親愛の情は一行ぐらいはすすんだのでしょう。
しかしの一行は万巻の書に代え難い一行なのかもしれません。

それは実は親子の問題に限られた地平だけではないのだろうと思います。
人間は社会的存在としてあらゆる関係性という全体のなかで、自己自身と他者自身を向き合わせながら生きている生き物ですが、その生活の中で、関係性のなかで要求されてくる声なき声に少しだけ耳をかたむけると、レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)なんかのいう他者の責任要求なんかをすこしばかり理解でき、孟子(Mencius,BC.372-BC.289)のいようなかたちで、はっとしてなにか動き出してしまう、チト美しいあり方が現出するかなア……などと思うところでして。

「それでは、それを持っている者が親切心があるとされる所以の親切であるが、それは、困っている人に対し、何らかの見返りとしてでもなければ、手助けする人自身が何かを得るためでもなく、かの者になにか役立つことが目的で手を貸すことである、としておこう」。

くどいようですが、別に親切をしたとも思いませんし、結果論からいうなら病院に連れて行かなくても骨はとれず……ならば病院に連れて行く必要もないと判断して、そのことを実践してそれが不親切かどうかというそれもどうかなと思うわけですけれども、いずれにせよ、大切なのは、生活の中で、目の前で難儀しているその当人に対して、どれだけ眼差しとして歩み寄っていくことが出来るのか……またひとつ試された思いがします。

〝骨折り損のくたびれもうけ〟という言葉は功利主義的経済環境においては蛇蝎のごとく忌み嫌われているあり方なのでしょうが、実はその〝骨折り損のくたびれもうけ〟というのは、なんとなくここちよい疲労感でもあるわけなんですよね。

「労苦と使命の中にのみ 人生の価値は生まれる」という言葉がありますが、難儀をさけてうまく立ち回っていくのか(=それは要領の良いことでもないし、さけるべき難儀も現実には存在する事なんて承知の助ですが)、それとも、そこに人生の意味を見出していくのか……ひとつ考えさせられた宇治家参去です。

ただし……「死して屍拾う者なし」@大江戸捜査網ぢゃなくて……、
前述した民間療法……骨を喉に詰まらせたときに、ご飯をのみこむ……とは俗説でかえって状況を困難にする一か八かのあり方のようでございます、耳鼻科の先生がおっしゃっていました。

やってはいけない。

……のだと。

ちなみに「そういうときどうすればいいのですか、初期行動として」

……と聞くのを忘れてしまったのが、残念なところです。

ホワイトデーのために準備した蘭の花が今を盛りとばかりに華開いております。

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キリスト教布教史におけるひとつの特異点……明治日本の場合

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 世界の宗教社会史とでもいうべきものを検討するならば、われわれは、新しい世界宗教への改宗が、それらの宗教の教義とはほとんどかかわりなく、主として集団的改宗という形態で行われたことを見出すであろう。それは近代市民社会の出現に先立って進行したから、共同体からの個人の解放がみられないままに、共同体ぐるみの改宗という形をとることになったのである。逆にいえば、市民社会とそのなかでの個人とが現われた段階では、すでにその社会はキリスト教社会であったのであり、したがって、キリスト教からの個人の脱出や、キリスト教自体の新しい展開=宗教改革は問題なりえても、キリスト教への個人的改宗はありえなかったのである。

(中略)

 日本におけるキリスト教の歴史を考察する場合には、一般に三つの源流があげられる。植村正久らの横浜バンドと同志社大学の基礎をきずいた熊本バンドと内村鑑三らの札幌バンドである。しかし、これら三つのグループにおいても、キリスト教への改宗は形態的には一見集団的であるが、共同体的規制の働かないところで、一人一人の改宗として行なわれ、新しい同じ信仰をもったものが互に力をあわせるという意味で、グループを形成したのである。(九頁)
    --隅谷三喜男『日本の社会思想-近代化とキリスト教』東京大学出版会、1968年。

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いわれてみるとマアそうかと思うことでありながらも、よくよくその内実を検討してみると見過ごすことの出来ない、新しいあり方の萌芽を見て取ってしまうということがタマにあるわけですが、うえの考察なんかもそのひとつなのかもしれません。

たしかにキリスト教の歴史を振り返ってみますと、一代イベントとなった宗教改革後の混乱を経ての新旧両派の棲み分けは、1555年のアウグスブルクの和議(Augsburger Reichs- und Religionsfrieden)に端を発するわけですが、そこで議論にされたのは、ひとりひとりの個々人の信仰の選択という問題は御座いません。信仰の選択は都市や領主が決定するものとの保証であり、言うなれば、その地域の領主の選択した宗教が地域の住民の宗教であるとする法令であります。このあとヨーロッパでは30年戦争を経て、新しい時代軸へと切り替わっていきますが、以後、領主の選択した宗教が公の宗教であるとする領邦教会制は確固とした構築物として制度化されていくのが歴史の流れです。

もちろん、信教の自由の保証された地域の現在においては、それも過去の遺産と見るムキもありましょうが、上述の経緯や、反宗教改革の流れで始まった新世界へのカトリック布教の歩みを振り返ってみますと、やはり集団改宗ありきという構造がメインストリームであったことを考えると、完全なる個人への還元主義的宗教としてキリスト教を見る見方というのは、レアで歴史的にはなかなかあり得なかった状況なのかもしれません。

いわずもがなですが、隅谷氏が指摘するとおり「それは近代市民社会の出現に先立って進行したから、共同体からの個人の解放がみられないままに、共同体ぐるみの改宗という形をとることになったのである」わけで、「キリスト教からの個人の脱出や、キリスト教自体の新しい展開=宗教改革は問題なりえても、キリスト教への個人的改宗はありえなかった」時代においては、集団改宗ありきで、どこまでも個人の問題が射程として浮かび上がってくることはなかったのは承知でありますが、それでもなお近代社会とはほど遠い、丁髷切ったか切らなかった時代において、その挑戦をうけきったというのは前代未聞の状況なのだろうと思います。

本朝においては、江戸時代に整備される本山-末寺制、戸籍管理に端を発する(と同時にキリシタンのあぶり出し)寺請け制度の伝統のゆえか、宗教とは「共同体ぐるみのあり方」(と同時にその共同体と相容れない存在を二項対立させてゆく村八分的暴力の権化)という側面がつよいわけですが、逆に言えば、そうした土壌があったこそ、明治以降再渡来したキリスト教は、共同体にはいっていくというよりも、個々人の内面の問題・救いの問題として入っていくというのはキリスト教史においてひとつの特筆すべからざる問題だったのだろうと思われます、あまり省みられることはありませんけれども。。

再渡来後、100年以上経過したわけで、教勢が勢いよくふるうわけではありません、まさに宗教文化史・宗教社会史的にその拡大のあり方をみるならば、人類の歴史におけるひとつの挑戦であり、あたらしいあり方の功罪をあざやかに示してくれているのかも知れません。

思うに、宗教とはどこまでいっても「個人への極度の還元主義」と表現した如く、どこまでいってもそれはその当人の問題であるゆえに、まさに個々人の問題なのでしょう。しかしながら、それで終わってしまうと単なるスピリチュアルに終わってしまう。だからこそ制度化され組織化されるなかで、相互啓発・激励・叱咤の共励共同体をどうしても必要とし、そこで共同体の問題になってくるのでしょう。

これはどちらが先というわけではありません。

個々の立場から共同体を刺激し、共同体の立場から個々の立場を刺激する……その共振関係のなかで、個々の信仰者の信仰が育まれ、ともに思い悩むそしてともに喜び合う仲間との成長があるのかもしれません。

明治初期のクリスチャンたちも同じだったのかも知れません。

数々の反撥をうけながら、信仰を選択し、そして同信の仲間たちと相互にそのあり方を検討しながら、歩みを辞めなかったのがその歴史かもしれません。

前述したとおり、全般としてみるならば、アウグスブルグの和議的、習俗共同体優先でその布教が展開したのがキリスト教の歴史でありますが、そうしたあり方とはちがう歩みを示して見せたのが、近代日本のキリスト教の歩みです。

そこには、世界宗教として何が必要で、何が問題なのか……さまざまな宝の山がつまっているように思われて他なりません。

近代日本のキリスト教史とはある意味では、信仰を選択した第1世代の苦悩のドラマの積み重ねかも知れません。それに対して西洋におけるキリスト教史の巨人たちの歩みとは、うまれたままそうだった……という第2世代、第3世代のひとびとがあたえられた構造を内面化してくドラマに相当するのかも知れません。

こまかいところはまったくつめておりませんが、大雑把に見てみるならば、そういう図式で眺めてみることも可能かもしれません。

……などと飲みながら考えておりましたが、ひさしぶりにスーパードライを飲んでみると「辛かった」!。

むかしは、ビールといえばスーパードライという人間で、その世代に属する一員であることを至極実感しておりますが、最近はめっきり手に取ることが少なくなり(嫌いなわけではありません、ダイスキですが)、ひさしぶりに飲んでみますと、旨いのですが、「辛かった」。

のどごしの旨さは昔から分かっていたつもりですが、この「辛さ」がわかるようになると大人になれるということでしょうかねえ。

冷蔵庫にあった「徳島県産の菜の花の芥子和え」の「鼻に抜ける」辛さも〝春の訪れ〟を予感させるようで、辛さと辛さが共鳴しあう深夜でございます。

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……もっとも俺だけじゃないがなあ

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 彼は頭にシャボンをつけて、こちらに顔をむけた。はじめて私の白い痩せた腕や細い腕をみたように、ふしぎそうな眼つきをした。
 「痩せているな、あんたは。その腕じゃ人間を突き刺せないね。兵隊では落第だ。俺なぞ」と言いかけて彼は口を噤んだ。「……もっとも俺だけじゃないがなあ。シナに行った連中は大てい一人や二人は殺ってるよ。俺んとこの近くの洋服屋--知っているだろう、--あそこも南京で大分、あばれたらしいぜ。奴は憲兵だったからな」
 どこかでラジオの流行歌が聞こえてきた。あれは美空ひばりの声である。女湯ではまだ子供が泣いている。
 体をふいて「お先に」と言った。脱衣所の所で一人の男がうしろむきになってシャツをぬいでいた。勝呂医師だった。彼は眼をしばたたきながら私を眺めたがすぐ視線をそらした。先日のことを覚えているのか、覚えていないのかわからない。午後の陽が医師の額にあたって、そこに小さな粒汗が幾つも浮いていた。トマト畠の中を通って帰った。キリギリスがあちらこちらで、かすれた声をあげて鳴いている。それを聞いているのはひどく息苦しかった。
 洋服屋の前を通りかかった時、私は足をとめた。ガソリン・スタンドの主人が言った言葉を思いだしたからである。ショーウインドーは相変わらず埃に白く汚れている。店のなかで男がうつむいてミシンをふんでいた。顴骨(けんこつ)がとび出て眼のくぼんだ男だ。この男が南京で憲兵をしていたのだろうか。しかしよく考えてみると、これもよくある顔なのだ。鳥取部隊の内務班でも私は古参兵や戦友のなかにこの種の農民的な顔をよく見たものである。
 「なにか用かい」
 「いや、あまり暑いので」私は狼狽した。「大変ですね。お仕事ですか」
 「いやあ!」洋服屋は案外人なつこく笑った。「こんな田舎ではあんた、とてもとても……」
 ショーウインドーの人形は例によって空虚ななぞめいた微笑をうかべていた。碧い二つの眼が一店を注目しているように凝視している。
    --遠藤周作『海と毒薬』文藝春秋、1958年。

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日本人とはいったいいかなる人間なのだろうか……宗教と倫理とのかかわりでこの問題を執拗なまでに探究し続けたのが作家・遠藤周作(1923-1996)の創作活動ではなかったか……活字を一つ一つ拾いながらその作品と向かいあうといつもそのことが実感されてしまう宇治家参去です。

そのひとつの起点となるがやはり『海と毒薬』なのでしょう。

あらためてその作品に向かい合いますと、おどろくのはやはり遠藤の筆致です。

遠藤には何かを糾弾しようとか、罪を指摘しようとか、あげつらおうとかという意識が全くないことにあらためておどろく宇治家参去です。

キリスト教的な倫理規範と、そうした倫理的な規範を欠如した日本人の集団心理と現世志向の対峙に過ぎないと断ずる遠藤評(ステレオタイプ論)がありますが、読めば読むほど、そうした遠藤評はどうなのかな?などと至極実感するとこであります。

確かに罪の問題を中心的な対象として遠藤は意識しながら作品を創りあげており、そのなかでステレオタイプの群像たちが次々と登場してきますけれども、おどろくのは、やはりそこに罪を苛弾するという匂いがまったくなくないという事実です。

おそらくそれは、遠藤が自分自身の問題として同苦・受苦しながら「考えている」……否、むしろ「考えている」というよりも「悩んでいる」ものがひとつひとつの活字になってからではないだろうか……素人の門外漢ながらも、そう偲ばれてしまいます。いわば自分とはまったくことなる別の問題ではなく、自分自身の問題として常に対象と関わり合っているということなのでしょう。

思えば、遠藤にとっては、11歳でカトリックの信仰に入りますが、だれよりも一番遠藤自身が日本人であるということを深く自覚しているからなのでしょう。そしてその日本人性から著しく隔たった感情が、自分自身そのものを打ちのめしたヨーロッパの思想としてのカトリシズムなのかもしれません。

神の観念にも、そして罪の概念にも、そして絶対にも対立にも能動にも、およそそうした感情とか観念に無感覚な伝統が深く自分自身に内在することを深く認めながら、信仰との絶望に近い距離の意識が遠藤の出発点になっているのかも知れません。

それが『沈黙』を経て『深い河』へと到る遠藤の思索の軌跡なのだろうと観ずるわけですが……。

あまり電車のなかでナイーヴな小説は読むべきではないかも知れません。

さて……。
昨日は早朝にたたき起こされ、電車に乗って恩賜上野動物園へ子供と細君と行って参りましたが、さすがに平日ですので、遠足出来ている小学生と幼稚園のグループが目立つ程度で、ゆっくりと動物を鑑賞させていただきました。

ちょうど、塾から動物園へいって動物を鑑賞してくるようにという宿題が息子殿へ出ておりましたので、出かけたわけですが、結構つかれたお父さん・宇治家参去です。

で……
その狙いは、動物の真似が精確にできるかどうかということが(動物だけでなく)大切だということのようです。「ウサギの真似をしてください」とふられて「手でウサギの耳をつくり、ぴょんぴょんとウサギ飛び」をするような「ステレオタイプ」的に戯画された真似ではなく、本当に動物はどのように行動しているのか、きちんと見て動けるようにしておこう!ということで、マア「学習」というわけです。

とわいえ、宇治家参去は「学習」に行ったというよりも、「学習」する息子殿の同伴者という身分ですから、おりおりに生ビール×3を飲みながら……というわけでより以上に疲れてしまった次第です。

彼のなかでは「コウモリ」が今、あつい動物のようで、なかなか気軽に見ることのできる動物ではありませんでしたので、「コウモリ」はよく見ているようでした。多摩動物公園ほど広い動物園ではありませんが、その分、近くで見ることが出来るのが上野動物園のよいところからもしれません。ただ、広くないとはいってもそれなりの規模がありますので、ひととおりみてまわると既に昼過ぎとなり、小休止を挟んで、次は、国立科学博物館へ行ってきました。自分としてはルーヴル、ルーヴルと叫んでいたのですが、却下された模様のようで……。

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さて、こちらは「忠犬ハチ公」の剥製があるとかで、『ハチ公』の物語か絵本を読んでいたためなのでしょう……「ハチ」に合いたい!ということで、鑑賞させていただきましたが、この国立科学博物館……要所要所の見学で隅々まで真面目に鑑賞しませんでしたが、科学と歴史に関してはかなり丁寧につくられた博物館で、ゆっくり回ると勉強になるナ!と驚きました。10数年前に一度何かの用事で訪問したことがありましたが、次回はゆっくりと見て回りたいものです。

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……すると、そうこうするうちに陽が傾き始めましたので、帰路につき、仕上げは近所の旬彩ダイニング「ささ花」にて打ち上げ?です。

自分自身としてはこれが当日のメインになるわけで、このダイニング、いつも会計すると結構な額になってしまうのですが、今回も例の如く、考えずに好きなものを頼み、楽しませていただきました。

クリームチーズの炙りサーモンロール
銀だらの西京焼
もち豚と旬野菜のせいろ蒸し
季節の鮮魚と山菜の天ぷら

酒は、エビスではじめ、黒龍の大吟醸をいただき、〆は博多明太子おろしが美味でした。

お父さん稼業も疲れるものですが、この一杯のために生きている宇治家参去です。

ちなみに、ルーブル美術館展に行こうかとも思いましたが、体力的に無理でした。
これはまた後日です。一度に2,3箇所回るほど体力が落ちていることを実感した一日です。

ま、しかしながら「……もっとも俺だけじゃないがなあ」というところでしょうか。

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われわれはつまり、宇宙の貴族というわけですね

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 <神の像>への問いが問題化してきたもう一つの理由は、われわれの世界像の変化である。現代の世界像は、われわれの地球を創造と救済史の中心とみなした古い地球中心的把握に代わって、複数の世界および世界機構を具えた際限なき宇宙の像を立てた。この世界像は、専門学者によってすでに四〇〇年も前に告知されていたが、宇宙飛行の時代に至ってようやくそれは広くひとびとの意識のうちに定着し、また衝撃に近い仕方でわれわれの世界感情と宇宙的意識を変化させたのであった。アポロ八号の宇宙飛行士たちによるあの写真、火山性で褐色で荒涼とした、またあちこちにクレーターの見える月面の情景と、その上方に魅惑的な、青味を帯びて煌めく明るい球体の地球を浮かび上がらせたあの有名な写真は、われわれの宇宙的意識の新時代の始まりである。
 このように地球以外の天体から地球に視線が向けられたということから生ずる注目すべき帰結は、予想されうるであろうものとはまさに逆に、地球の唯一無比性、そして人間の唯一無比性なることの新たな発見ということなのである。クレムは、「おお、この楽園のごとき地球よ!」ととっさに叫んだ。大気もなく、生命もなく、風も香りも水も、植物や動物もなく、いかなる未来の可能性もない一つの死せる天体を目の前にして、はるかに地球は宇宙無いの不思議な特例、まったく稀有にして無比なる諸条件をもつ場所として姿を現わし、しかもこれらの条件のもとで原子運動から有機的生命へ、そして動物的生命へと進む歩みは、一つの楽園そのままの多様性において生じえたのだ。そして今や最後に、人間が、この生命発展の最後の歩み、自覚=存在(意識)への歩みが現われ出る! それはまさに、いわゆる意識をはるかに超える一つの認識の形態への歩みである。と言うのも、この意識はまさに個別的なものを一つの統一へと綜観するという能力が帰属するからである。しかしこれとて、視点の一側面にすぎない。人間の意識のうちでは、われわれの地球上のさまざまな存在領域が一つの全体性へとともに配列されるばかりではない。人間において初めて、宇宙がその自己直観に到るのである。
 大宇宙(マクロコスモス)への観察は、さしあたっては人間を、宇宙内のほんの一つの塵塊上にさらに付着する塵粒と思わせ、人間の価値をまったく見失わせるに到るかのように見えたが、今や次第に人間は、生命の発展がまったく唯一無比なる段階にまで到達した例外的なものとしてますますおおきく現われてくる。天文学が星雲や恒星やその他の新たに発見された宇宙事象のスペクトル分析を通じて、多様にして測り知れない物質の神秘への観察をいよいよ深く進めるにつれ、また天体物理学が物質の構造の神秘への洞察をますます深く開くにつれ、人間の特殊性はそれだけいっそう唯一無比なものとなるのである。
 パスクアル・ヨルダンは--彼にはザンブルスキー教授も言及しておられる--、目下ある著作を執筆中であるが、この書のなかで彼は、地球以外の天体または宇宙空間内に生命の存在を想定しなければならないという、その蓋然性算定に関して従来なされてきたすべての結果に反対して、人間が意識の段階に到達した、また宇宙がそのうちで自己直観に達した宇宙内の唯一の存在であるという、その蓋然性の方がより大であることを証明せんと試みている。それによれば、なるほど地球以外のどこかで、場合によってはまたまったく異なる情況の前提のもとで、何等化の有機的生命が形成されることはありうるかも知れないが、他方、意識への飛躍が生ずるには、幾百万年の発達を経てわれわれの地球上にのみ出現した唯一無比なる諸条件が前提となり、それが繰り返されることはおよそ不可能であるとされる。人間はまず世界の複数性の発見以後、完膚なきまでの自己の価値剥奪を味わったのであったが--そしてそのことがまた十六世紀のカトリック教会にとってこの理論に反対させる動機となったのであったが--、今や突如として再び、唯一無比なるものとして宇宙の中心へと引き寄せられるのである。私はパスクアル・ヨルダンに、「あなたのお考えからすれば、われわれはつまり、宇宙の貴族というわけですね」と言ったが、それに対して彼は、「そうですよ。しかもそれも、いわば別格の貴族なのですよ」と、私に答えた。
 それゆえここには、神学的に見て、新しい宇宙論に関連する神学的人間学のまったく新たな課題が提起されている。すなわちそれは、まず物質の神学的考察に始まって、われわれのまったく新たな世界を神学的に改めて徹底的に思考するという課題である。
    --エルンスト・ベンツ(薗田担訳)「<神の像>としての人間」、エラノス会議編(井筒俊彦ほか日本語版監修)『人間のイメージI』平凡社、1992年。

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市井の職場で仕事をしていると、希にあるのですが、帰宅する前にまとめる「日次報告書」に「特記事項何もなし」と書くしかないよな……という一日があります。

今日もそのような業務内容で、それなりには忙しいわけでしたが、特段のトラブルも事故もなく、いうなれば「つつがなく」作業が進行したという状況で、ふと安堵です。

クレームとかトラブルということはもちろん忌諱したい「つつがなくさせない」情況ですが、それはそれとしながらも、「つつがなく」「ナニモナイ」ということに関しては、昔は「ツマラナイな」などと思うことがありました。

しかしながら、仕事をしながら最近つくづくと実感するのは、「つつがなく」「ナニモナイ」という情況は、実はそれこそ稀有な事例であって、「つつがなく」=「ナニモナイ」のではなく、それは見逃しているだけであって、実はそこに芳醇な意味とか人間世界のオモシロミが実はひっそりと存在するのでは無かろうか……そういうところです。

もちろん、手帳に予定がまったくないことを「なんだかな」とつっぱった若い頃の感覚から、そうした心根を見るならば「つつがなく」「ナニモナイ」ということは、考えるに値いしない対象だろう~と若かりし頃の自分に叱られそうで、今の宇治家参去さんは「枯れたのか?」などと心配されそうです。

しかし、「枯れた」わけでもなく、益々?意気軒昂に生きている?自分としては、つっぱしるなかで見過ごしてきた「つつがなさ」とか「なにもなさ」に対してまでもアンテナを張ることが出来るようになったのかな……などと思うところです。

メーテルリンク(Count Maurice Polydore Marie Bernard Maeterlinck,1862-1949)の『青い鳥』ではありませんが、「つつがなく」「ナニモナイ」情況にもそれを現出させる奮闘があり、ふだんひとびとはそれを省みなく、穏やかな波だけを見て「ツマラネエ」と自閉しているだけであって、実はそこにこそ豊かな意味があるというところでしょうか。
さて……
仕事の最中ですが、メーカーの担当者が来店しましたので、煙草を吸いながらしばし情報交換です。

何が売れているのか。
何が売れていないのか。
作り手はどれを売りたいのか。
……んでもって「つつがなくさせない」事例のこととか。

どうやら伺ってみますと、最近多いのが、「表示されていないからなんとかしろやボケ」という事例のようでございます。

譬えは悪いのですが、例えばカップスープとかカップ春雨……よく売れています。
熱湯を入れてあつあつのをふうふうやると、これがマアうまい……というわけでこの季節よく売れております。

たしかに「熱湯に注意!」とは表示されております。
しかしながら、「かきまぜた熱湯が手に被ることに注意」とは表示がありません。もちろん「ゆっくりとこぼれないようにかきまぜましょう」と書かれてはおります。

すると……、「かき混ぜた時、熱湯が手に被り、水ぶくれができたぞー! をゐ!なんとかしろや」という声も出てくるわけで……。

というような話をしながら、哲学の議論ではありませんが、「書かれてないのが責任といえば責任でしょうが、これまで〝想定〟していたような事例ではなく、〝想定外〟のお申し出があり苦慮するばかりです。ただそこにもいろいろなヒントはあるわけで……」との言葉を頂きながら、ワタクシとしては「普通の人間ならこうだよな~と以心伝心ではありませんが、まずもって自分持っている人間像から対象を措定する。そうしたあり方が実はみなおされているのかもしれませんね!……とわいえ、何でも〝ごねたもん勝ち!〟とか何でも〝訴訟〟という風潮には極めて違和感がありますから、お互いに何が人間かを確認しながら、一元的な概念の強要を求めるのではなく、協同しながら概念を立ち上げていくしかないのかもしれませんよね」などと応答しながら、マアここでも「人間とは何か」を少し考えるきっかけになったということなのでしょう。

確かに、現実に問題のある製造会社やメーカーがあることも一面の事実です。
しかし、全部が全部そういうわけでもなく、真摯に紳士に対応しながら、がんばっている会社にはホントに頑張ってもらいたいです。

本論からずれる……いつもそうですが……訳ですけれども、売り手や作り手の問題ももちろんありますが、そうした他者論とともに「自分という人間は何ものなのか」という深い人間学的議論、自己認識を欠如した日本の消費文化には一抹の未成熟さを感じてしまうのは宇治家参去ひとりではないのでしょう。

「それではお互いにマア、ひとつ頑張りましょう!」
と交歓してから、休憩にはいり、『人間のイメージ』を繙くわけですが、マールブルグ大学で教義学を講じたエルンスト・ベンツ(Ernst Benz,1907-1978)の文章はなかなか含蓄深いものがあるなと一人悦に浸ってしまいました。

宇宙時代を迎えて神学の世界は、その創造論・救済論に関して大いなる挑戦と更新の時期をむかえました。

たしかに大宇宙に夢を馳せてみますと、知性を備えた生命の存在を否定することは不可能です(ただし、ここでも本論からずれることをいうならば、これをおもしろおかしく報道するメディアの責任は重大ですが)。

しかしそれと同様に、その存在が開花するための条件もきわめて希なことをふまえるならば、地球に住む人間である自己自身もまさに稀有な存在であり、まさに「別格の貴族」たることを忘れてはならないのかもしれません。

そしてとなりの部屋で気持ちよく寝息を立てている子息殿も「別格の貴族」なのでしょう。自分一人が「別格の貴族」であるわけではありません。

ここのところを理解しておかなくてはなア~などと思うわけですが、日付が変わった本日、上野動物園ツアーなるものが予定されており、こんなことをグダグダと書いているわけにもいかないのですが、「別格の貴族」様に向かい合いながら「別格の貴族」様とは何か……考察していきたいものですが、ぼちぼち飲んで寝ないと……極めてマズイでございます。

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振鈴の音をきいて、細君が次の間から……あらわれない!

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 凝(じつ)と見まもる佐嶋与力へ微笑を返し、平蔵は銀煙管へ煙草をつめながら、
 「この御役目から解きはなしてくれたなら、どんなにか、のびやかな明け暮れになることか……」
 「……?」
 「なれど……」
 いいさして、深いためいきを吐いた口へ銀煙管をもってゆきながら、
 「なれど、兇悪なやつどもが蔓延(はびこ)る今の世に、この長谷川平蔵と、おぬしたちほどの盗賊改方が他に在(あ)ろうか。在るはずがない」
 慢心ではない。
 これは平蔵の自信であった。
 「わしはな、佐嶋」
 「は……」
 「もはや、すでに、死んだつもりよ」
 「何と、おおせられます?」
 「うふ、ふふ……」
 微かに笑った長谷川平蔵が、煙草盆の灰吹きへ、ゆるやかに煙管を落し、
 「この年齢(とし)になって、あれこれしたいと想うていた楽しみは、すべてあきらめたわ」
 佐嶋は両手をつき、面を伏せた。
 たとえ一瞬でも、戸惑ってしまった自分を恥じた。
 「もっとも、若いころのわしは、他人(ひと)の何倍も男のたのしみを味わってきたことゆえ、いつ死んだとて、おもい残すことの、先ずは無いと申すことよ」
 と、平蔵は傍(かたわら)の置棚(おきだな)から振鈴(ふりすず)を取って鳴らし、
 「いまのわしは、若いころの罪ほろぼしをしているようなものじゃ」
 つぶやくがごとくいった。
 佐嶋が、はっと顔をあげた。
 その長官のつぶやきに、かつてない哀しみのようなものが、ただよっていたからである。
 振鈴の音をきいて、久栄が次の間からあらわれた。
 「今日は冷ゆるな」
 と、平蔵が久栄へ、
 「女房どの。いわずとも、わかっていよう」
 「ただいま、支度を申しつけましてございます」
 「酒の後に、鶏(とり)の出汁(つゆ)で、熱く煮込んだ饂飩(うどん)がほしい」
 「まあ……」
 「どうじゃ、これは、おもいつかなんだであろう」
 久栄は笑いながら、庭に面した障子を開け、
 「ごらんなされませ」
 「おお……」
 朝から曇ってはいたが、白いものが落ちてこようとはおもわなかった。
 「障子はそのままにいたしておくがよい」
 「つもりましょうか?」
 「春の雪じゃ。人の足を困らせるようなまねはすまい」
 綿を千切ったような雪が、はらはらと降りてくる庭をながめつつ、長谷川平蔵がいった。
 「どうして、雪なぞというものが空から落ちてくるのか……ふしぎなことよ」
 庭の梅は、もう散っていた。
    --池波正太郎「春の淡雪」、『鬼平犯科帳 二十一』文春文庫、2001年。

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「どうして、雪なぞというものが空から落ちてくるのか……ふしぎなことよ」と夜空を見上げながらつぶやくことはできませんでしたが、仕事が終わって帰ろうとすると、雨が降り始めておりました。

今日は荷物が多く傘もなし。

「雨かよ!」って思うわけですけれども「どうして、雨なぞというものが空から落ちてくるのか……ふしぎなことよ」と呟くだけで、嫌な雨という事実が、自然を体感するひとときに変貌するのは……「ふしぎなことよ」でございます。

さて、結婚したのが2001年でしたが、マア池波狂というヤツですから、長谷川平蔵を真似て、その当初、振鈴なんかをならしたものですが、まったく反応がなく、鳴らし続けると、「近所迷惑だ」と怒られる始末で、振鈴は封印したままです。

もう十年もすると、ちょうど作中の長谷川平蔵と同年代になるわけですが、そのときには、風流に振鈴に反応してもらいたいナと思うわけで……そうするには確かにその仕込みが大切だよな……というわけで念入りに下準備に励むある日の宇治家参去です。

ちょうど本日、細君のご聖誕というわけで、「あれとあれがほしい」と前々から言っていたので(そのあれとあれが何だったかはすでに失念しているわけですが)、それはワタクシの仕事の都合上、後日ということになるのですが、当日にナニモナイというのもマズイよな……ということで、とりあえず、花の名前はわかりませんが鉢植えを購入し、雨のなか大切に持ち帰り、起きたら驚くように机の上にセッティングです。

これで10年後には、振鈴に反応してくれるように……なってくれるといいのですが、仕込みは上々、あとは祈って行動するのみでございます。

そのときは、多分……学生の博士論文の指導でもしながら……

 振鈴の音をきいて、細君が次の間からあらわれた。
 「今日は冷ゆるな」
 と、宇治家参去が細君へ、
 「女房どの。いわずとも、わかっていよう」
 「ただいま、支度を申しつけましてございます」
 「酒の後に、鶏(とり)の出汁(つゆ)で、熱く煮込んだ饂飩(うどん)がほしい」
 「まあ……」
 「どうじゃ、これは、おもいつかなんだであろう」
 細君は笑いながら、庭に面した障子を開け、
 「ごらんなされませ」

……となるわけなのでしょう、多分。

……と思い描きながら、今日は「よなよなエール」((株)ヤッホーブルーイング/長野県)でも飲みながら、まどろんでいきます。

しかし「よなよな」飲んでいるなア~。

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このような困難な探究の入口で私は立ちどまる

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 私の結論は次の二つである。
 まず認識論的平面では、説明的方法と了解的方法という二つの方法はない、と私は言おう。厳密にいえば、説明のみが方法的である。了解はむしろ、非方法的な契機であって、それは解釈の諸科学においては、説明の方法的契機と一緒に組合わさっているのである。この非方法的契機は、説明に先行し、それと同行し、それを閉じこめ、そうして説明を包含してしまうのである。そのかわり説明は分析的に了解を展開させる。説明と了解の間のこの弁証法的な絆は、結果的に、人間科学と自然科学の間のきわめて複雑で逆説的な関係をもたらす。それは二元論でも、一元論でもない、と私は言おう。たしかに、人間科学の説明的手続きが自然科学のそれと同質である限りは、両科学の連続性は保証されている。だが、了解が独自の構成要素をもたらす限り--テキスト理論における記号了解という形であれ、行動理論における意図と動機の理解という形であれ、歴史理論における物語を追っていく能力という形であれ--科学における二つの知の領域の間には越えがたい不連続性が存するのである。しかし科学の間の連続性と不連続性とは、科学における了解と説明のようなものをつくりあげているのである。
 第二の結論はこうである。認識論的反省は、本論の導入部ですでに示唆したように、議論のおもむくところ、説明と了解の弁証法の存在論的条件について、もっと根本的な反省をするように導くのである。哲学が何よりも「了解する」ことに努めるのは、了解の認識論のただ中で、われわれの存在が、いかなる対象化、主体と対象のいかなる対立にも先行する存在に帰属していることを証言するからである。了解というこうとばがこのような密度をもっているのは、このことばが解釈的諸科学の中で説明の極と弁証法的に対立している非方法的な極を示していると同時に、われわれの存在が、諸々の存在に、そして存在に帰属しているという存在論的な関係の、もはや方法論的ではなく、それこそ真実の指標をなしているからである。了解ということばが、方法論において、われわれが非方法的な極と呼んだ、一契機を意味していると同時に、科学的レヴェルとは別のレヴェルで、われわれが損愛するものの全体に帰属していることを自得することをも意味するというのが、このことばのゆたかな両義性なのである。とはいえ、もし哲学が方法論的分裂をひき起こしたり、維持したりするのを断念した後で、この根源性の新しいレヴェルで了解の純粋領域を再建しようとするなら、われわれはふたたび破滅的な二分法に陥ることになろう。哲学の課題はただ、科学的言述とは別の言述で、われわれの存在と、ある科学が適切な方法的手続きによって対象化するような存在領域との間に存する、根源的帰属関係を説明するだけではないと思われる。哲学はまた、それによってこの帰属関係が科学の対象化を、科学の客観的で客体化する取扱いを要求するような疎隔(distanciation)の動きを、したがって、それによって説明と了解とが本来認識論的な平面で互いに求めあうような動きを説明づけることができなくてはならないのである。このような困難な探究の入口で私は立ちどまる。
    --P.リクール(久米博訳)「説明と了解」、久米博他訳『解釈の革新』白水社、1985年。

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物事の意味を、どのように理解したり、説明したりするすればよいのでしょうか。
この難問と取り組む学が「解釈学(Hermeneutik)」という学問になろうかと思います。

人間はあらゆる対象に関わっていくことが可能です。

しかし往々にして恣意的な解釈(印象批判)の域で留まりがちなのが実情で、そうした領界を突破し、客観的とはいわないまでも、自分と異なる全き他者と「共通」了解を立ち上げるのは非常に難儀です。

特に生活のなかでは、自己自身の実は恣意的な解釈こそ共通了解であると憶見し、それを他者にあてはめていこうとするあり方が非常に優勢で、そこに辟易とするわけですけれども、辟易とするからこそ、お互いが納得できるような共通了解を立ち上げていく説明と了解の方法が必要になってくるのだろうと思われます。

まさにその最前線に位置するのが「解釈学」の目的であり、そこで提示される方法になってくるのだろうと思います。

西洋社会においてはこうした議論・手法を丹念に追求していく伝統が色濃くありますが、それはまさに自分自身と異なる対象を、どのように理解していけばよいのかという挑戦に対する応答がその歴史であったのだろうと思われます。

「解釈学」とはもとギリシア語のερμηνευτική に由来する言葉です。

語源としては、ギリシア神話のなかでの神々の意志なるものを人間に伝える伝令役であったヘルメスの名に端を発するもので、そこから解釈、翻訳、説明、釈義の術という意味で用いられるようになりました。そこから転じて「テクストを理解するための技法の理論」として洗練されていき、旧約聖書、新約聖書といった聖書解釈(学)、法律、古典文献を対象とする法律解釈(学)、古典解釈(学)というものが種々統合され、一般解釈学(allgemeine Hermeneutik)へと統合されていくのがその歩みです。

そのなかで、やはりひときわ丹念に議論されたのが方法としての「説明」と「了解」です。対象に対する「説明」の方法、そしてそれをうけて「了解」する方法、この二者が17世紀以降、技法として洗練されていくわけですけども、じつはこのふたつおなじものの裏と表であり、相互に別々の方法として整理できる概念でもありません。

その両者が有機的に相関的に関係しあったときに、まさに「妥当な」解釈が成立するのだろうかと思います。

そのあたりを突いてくるのが現代フランスの解釈学者P.リクール(Paul Ricoeur,1913-2005)の議論です。ちょうど誕生日が宇治家参去と同じものでして、そのよしみと先輩のすすめで詠むようになりましたが、解釈学の方法論的議論としてはドイツ系の哲学者がこれまで圧倒的優位でその議論を牽引していくフシがあったのですが、そうした優勢な議論に対する冷や水をあびせたのが、リクールの知的営みではなかったのか……などと思う昨今です。

リクールの書物は確かに読みにくいところがあります。
現代哲学の議論というものが往々にして批判のための批判に陥りがちな傾向がつよいのに対して、リクールの議論を丹念に読んでいくとおどろくことに、地に足のついた議論であるんだよな~などとなどと頗る実感する次第であります。

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 まず認識論的平面では、説明的方法と了解的方法という二つの方法はない、と私は言おう。厳密にいえば、説明のみが方法的である。了解はむしろ、非方法的な契機であって、それは解釈の諸科学においては、説明の方法的契機と一緒に組合わさっているのである。

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ということで……。

帰宅すると、自室の机の上に、なにやら贈答物が1つありました。

なかを伺うと、DELFONICSのRollbahn Memo(ポケット付メモ帳)が入っているようですが、もらう所以がなく、だれから贈られたのかもわからず……開けてしまうとマズイよな~などと思うわけで、何か、メモでつけてくれよ~と思うわけですが……。

説明と了解というものは、ひとりの人間のなかで処理しきれない射程をもっているのかもしれません。

マア解釈という作業に関しては最終的にはワタシ一人の作業になってくるわけですけれども、他者のかかわりがないと遂行できない事実に改めて驚くわけで、この場合、対象に関しては対人間との説明と了解がなければ、正しい解釈には至れないというわけですけども、これは対人間だけの問題ではないのかもしれません。

ですから余談になりますが「察しろよ」って言われると当惑する宇治家参去です。

その意味では、解釈するということは、たった一人の人間の作業に還元されてしまう営みではなく、たえず歴史と社会、そして全体のなかでのかかわりのなかで探究される営みでは無かろうか……などと思うので、開封はせず。

とりあえず、「開けたい」気持ちを我慢しながら、KIRIN一番搾りのバッケージが新しくなっておりましたので、それを祝いつつ……泥酔しましょうか。

「このような困難な探究の入口で私は立ちどまる」しかできませんので。

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解釈の革新 Book 解釈の革新

著者:ポール・リクール
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「他人たちのために〔他人たちの代わりに〕われここに」として

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 本書は主体を人質と解し、主体の主体性を、存在の存在することと絶縁した身代わりと解する。この主張をユートピア的理想と断じる非難に対して大胆にも自己をさらす。私たちの主張をユートピア的理想と断じる非難は、現代の人間を諸存在の一つとみなす見解によって唱えられる。しかるに、現代の人間の現代性がわが家にとどまることの不可能性であるのは明白である。ユートピア的理想という表現が非難の言葉であり、ユートピア的理想を免れる思想があるとしての話だが、本書は、人間的に生起したものがその場所に閉じ込められたままであることは決してありえないという点を想起させることによって、非難されるべきものとしてのユートピア的理想に陥ることを免れている。いま述べた点をおこ起こすためには、場所と化すことで、非場所が例外的に歴史の空間に組み込まれるような出来事を引き合いに出すには及ばない。現代世界、それは何よりもまず、選ばれた者たちが民衆を、その慣習、その不幸、その錯覚、更にはその贖いの方式にさえももはや委ねてはおけないような秩序ないし無秩序である。民衆が有する贖いの方式は、それ固有の論理に委ねられると、容赦ない仕方でその反対物に転じてしまう。ここに言う選ばれた者とは、しばしば「知識人」と呼ばれているものたちのことである。民衆は、マナもなき大地の砂漠に寄り集まり、あるいはまた散らばっている。けれども、一人一人の個人は実質的には選民であり、自分の番がくると、あるいは自分の番がくるに先だって、<自我>という概念から、民衆のうちでこの概念が有する外延から脱出し、責任をもって応えることをその使命としている。一人一人の個人は、この私として、言い換えるなら「他人たちのために〔他人たちの代わりに〕われここに」として、みずからの場を、存在の内なるその隠れ家を徹底的に失い、非場所でもあるような遍在性のうちに足を踏みいれるよう呼び求められているのだ。
    --E・レヴィナス(合田正人訳)『存在の彼方へ』講談社学術文庫、1999年。

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「主体的に!」という言葉に嫌悪をいだくようになったのは何時の頃からなのでしょうか……定かに思い出すことが出来ません。

別に「主体的に生きる」というテーゼを採択することに異論はありません。
しかし「主体的に生きる」というものが考える余地のない圧倒的な外発的なものとして与えられてしまうと「なんだよ、お前ェ」とぼやいてしまう宇治家参去です。

たとえは悪いですが、義務教育課程におけるホームルーム(まだあるのかしら)なんかで、議題に対して意見が出てこないどよ~んとした雰囲気の折り、その曇り空を強制的に排除するような人為的間欠泉として、学級委員長が「みんな! 真面目に考えてください!自発的に意見を出してください」と恫喝されて、さらに凹んでいくような居心地のわるさをどこか「主体的」という言葉に感じてしまう部分があります。

自分がそのなにがしかの対象に関して、その暴力性を承知の上「おれは引き受けるぜ、おれの運命を」ということで「主体的」に生きていくことを決断@サルトルすることはやぶさかではありません。

しかし「自発的に意見を出せ」と悩んでいるところにハンマーを下されてしまうと、「ヨクワカラナインデス、ジツワ……」と漫画のようにぽりぽりとアタマを掻いてしまいます。

そしてその逆にポストモダニズムの思想家たちが、「それ見たことか!」と主体性を糾弾するのも辟易とするものでして……、おそらくこうした主体性の構築という部分は、マアなんだかんだ言いながらも契機としてハードパワーが介在してしまっても、孟子(BC.372-BC.289)のいうとおり、いずれにてましても、我知らず……はっと動き出さないと誠実には機能しないのだろうということを説に実感しております。

もちろん戦略的に組み立てていくことは可能ですし、合理的なのでしょう。

しかしながらまさに「今、人乍(にわか)に孺子(こじゅうし・幼児)の将に井(いど)に入(お・墜)ちんとするを見れば、皆怵惕測隠(じゅうてきそくいん)の心有り」(たとえば、ヨチヨチ歩く幼な子が今にも井戸に落ち込みそうなのを見かければ、誰しも思わず知らずハッとしてかけつけて助けようとする)という心には適いません。

こんな美しい行動なんてできなよな……などと思うこと勿れ。

実はひとはしらないうちにやってしまうことが多々あるのではないかと思います。
例えば仕事一つにしてそうなのでしょう。

どうしようもない窮地なんて仕事をしていると、これが実によくあります。その徹底的にのっぴきならぬ状況で、そこに挑んでいくあり方なんか御「まさに思わず知らずハッとして」事をなそうとすることなんだろうと思います。

「他人たちのために」と意識すればするほど「他人たち」から遠ざかってしまう。
そして仕事でも「うまくやってやろう」と計算すればするほど「うまくできない」ことなんて日常茶飯事です。

その現場で悩み立ちすくみながも「負けない」歩みを貫くところに、人間の美しさが煌めくのかも知れません。

私事で恐縮ですが、例の如くアリエナイことが連発する職場ですが、4月支給分より、給与が月額1マンウンゼン円ほどアップすることになりました。本来はとっとと辞めてやるぜと啖呵をきっていたわけで(つなぎの転職という意味ですけども)、雇用契約からすると、いまの職場での昇給はアリエナイとおもっていたわけですけども、目前の難問をストレートに受け続ける中で……実はパンチドランカー状態ですけど……昨日出勤すると、雇用契約の変更申請書を渡され、些少ですがチトアップすることに素直に嬉しい宇治家参去です。

本来的には、もちろん学問一筋がベストですが、博論提出もまだで、社会問題のひとつとなっている高学歴ワーキングプアなのも承知ですが、その状況に安堵することなく、「負けない」人生を歩みたいものです。

「主体的に!」と号令をかけてしまうと、現実的からどんどんかけ離れていってしまう「醜態的に!」になってしまうのかなと感じる日々で、「主体的に!」という言葉、小さな声で自分自身にたいしてすこし呟くぐらいがちょうどいいのでしょう。

テレビから流れてくる「選ばれた者たち」の精緻な議論をきくたびに学級委員長のつるしあげの恫喝を何故か思い出してしまいます。

そのなかで、ちょいと意識的に「「他人たちのために〔他人たちの代わりに〕われここに」として、みずからの場を、存在の内なるその隠れ家を徹底的に失い、非場所でもあるような遍在性のうちに足を踏みいれるよう呼び求められている」声に耳をかたむけるぐらいがちょうどいいのでしょう。

嬉しいことがもうひとつ。
市井の職場のアルバイト君で、正月休みを取らせることが出来なかったT君に遅い正月休みを先週1週間分プレゼントしましたが、お土産に地元(岩手県)の地酒を買ってきてくれました。

はじめてみる酒ですけれども、『純米吟醸 夢灯り』(株式会社あさ開/岩手県)。
日本酒度-1という「やや甘口」ですが、岩手県産のひとめぼれのなせる業でしょうか……おもった以上に染みこむ「甘さ」です。

……と、調子にのってしまうと、足下を掬われてしまうので、意識的に意識せず、意識しないで意識的に人間と世界と向き合っていきたいナと思う宇治家参去でした。

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幸不幸を問題にすること自体が、結局はまったくばかげたことなのだ

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 自分の人生を外からざっと眺めてみると、とくに幸福であるようには見えない。しかし、いろいろと迷いはあったとはいえ、不幸だったとはなおさら言えない。こんなふうに幸不幸を問題にすること自体が、結局はまったくばかげたことなのだ。なぜなら、私の人生のどんな不幸だった日々でさえ、数々の楽しかった日々よりも捨てがたいように思われるからだ。ある人間の生涯において、避けがたい運命を意識して甘受し、良いことも悪いことも充分に味わいつくし、外部からの運命とともに、それよりももっと本質的で、偶然のものでない内面的な運命を努力して築きあげることが重要であるとすれば、私の人生は貧しいものでも悪いものでもなかった。外的な運命は、すべての人びとと同様に私の上を避けがたく神々の定めるままに通り過ぎて行ったけれど、私の内面な運命はなんといっても私自身がつくったもので、その甘さも苦さも、当然、私に与えられたものであるから、それに対する責任は、私ひとりで引き受けようと思っている。
    --ハイネ(フォルカー・ミヒェルス編、岡田朝雄訳)『地獄は克服できる』草思社、2001年。

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「神経衰弱とストレスのデパート」とその内面を評されるヘッセ(Hermann Hesse,1877-1962)の言葉はどことなく、ほんものの優しさと力強さを秘めているようで、その言葉は、まさに池波正太郎(1923-1990)の描く『鬼平犯科帳』を彷彿とさせる人間論の開示ではないかと思う宇治家参去です。

ちょうど動物園行きが雨天順延となってしまいましたので、今日は日がな一日、午前中はレポートの添削、午後から博士論文の手直し……と作業三昧でしたが、作業をやるとこれが「ループする」というやつで、同じ言葉、言い換えた言葉、概念、典拠……さまざまなアイデアが頭の内側で回るメリーゴーランドの馬のようで、内側から狭い頭蓋骨と馬がマア接触するような感覚になります。

しかし、そのメリーゴーランドの馬が駆けめぐるうちに、バターになってしまうとサンボが成仏ということで、一山越えたな!という手応えに変換されるのが不思議なところですが、約10頁分、とりあえず稿了ということで、おそらく、これ以上やっても「今日はダメだな」ということで、明年度の仕込みでもちょいやっておこうと、再度、遠藤周作(1923-1996)の『海と毒薬』、ドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)の『地下室の手記』を交互に読んでおりましたが、細君からは「お前ェ、仕事(=研究)してんのか?」という冷たい視線を背に浴びながらなんとか読了です。

細君からしてみると、本を読んでいる=遊んでいる、という解釈が成立するようで、マア正鵠を得ていなくはない批判であるのも承知ですが、それがそれですべてではいけれども、ひょっとすると池波正太郎が聡明と伝えられる徳川五代将軍・徳川綱吉(1646-1709)を「学問に淫している」と評したが如く、自分自身もひょっとすると「書物に淫している」のではないかと悩むところもあります。

しかしながら、『海と毒薬』、そして『地下室の手記』に加えられた批判……すなわち前者は国体的な復古論者からは「美しい日本(文化)を売った売国奴」、後者はルミナスな啓蒙論者から「ヒューマニズムを説くうえで、人間の闇の部分に光を入れる必要はない」というそれですが……に対して、マア、それはそれで「ちゃんちゃらオカシイや」などと思う心がどこかにあるのも感じますので、まだ「書物に淫している」段階にまでは達していないのだろうと思います。

『沈黙』で徹底的に「和服のキリスト教」を模索した遠藤には、単なる「戦犯容疑者のつるし上げ」という発想は皆無であり、『カラマーゾフの兄弟』で「人間の黒白(こくびゃく)」を描いて見せたドストエフスキーにとってみれば、その黒白があってこそ「生きてゐる人間」なのだろうと思う次第です。

さて本日。
絵本に夢中であった息子殿からも、怪獣ごっこ(乃至は、最近は「アニマル・カイザー」にもはまっているので、アニマル・カイザー・バトルごっこ)のオファーもなく、「今日はうまくスルーできるかな」などと思っていた矢先、息子殿が寝るチョイ前に、「そういえば、今日、パパと遊んでいなかった!」などといやなことを思い出したもので、軽くバトルごっこです。

子供はたのしいのでしょうが、相手はつかれるわけで、そしてナイーヴな小説の記憶が脳裏をかけめぐるわけで、一日がクローズです。

ともあれ、ヘッセのいうとおり、苦楽共にあわせて「外的な運命は、すべての人びとと同様に私の上を避けがたく神々の定めるままに通り過ぎて行ったけれど、私の内面な運命はなんといっても私自身がつくったもので、その甘さも苦さも、当然、私に与えられたものであるから、それに対する責任は、私ひとりで引き受けようと思っている」としていくしかありませんね。

人間という生き物、ともすれば、原因を外的な運命だけにおしつける、ないしは、徹底的に内面化への道におしつける……そういうフシがどこかにありますが、現実にはそのどちらかだけではありません。

その両者と向かい合いながら、そして時には休憩しながら、「我が道」を歩むところに偉大な成果が生まれてくるのだろうと思うわけですが……。

どうやら、細君に云わせると、宇治家参去の場合、どちらかといえば「休憩」の時間が多いようで、それが頭痛の種だとか。

とりあえず、本日は、日本では馴染みの薄いブラウン・ビールに酔いしれながら睡眠への旅路へつこうかと思案する次第です。

Leffe Brown、ベルギーのアビィ・ビールですが、この適度にローストされた麦芽の香ばしさがなんともいえません。

肴はちょうど程良く咲き始めた君子蘭。

美しい春の訪れを告げているようです。

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純粋に道徳的な、心情の友情は、たんなる理想ではない

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 「愛と尊敬のもっとも内的な合一」〔VI469〕は、しかし友情である。友情とは、他者の福祉に与り、それを分かちあうという理想であり、かくしてまたそれじしん一箇の義務である。友情のうちで、接近することの原理と、距離をたもつことの原理が合一される。友情とは、相互の利益を目的とした結合ではない。友情は純粋に道徳的に、すなわち直接に心情そのもののうちで基礎づけられている--友情とはつまり、目的から自由に互いに対して(フュール・アイン・アンダー)存在することなのである。そこでは、だれも他の或るもののために存在するのではなく、両者は直接に互いのために(フュール・アイン・アンダー)存在している。友情は、それが外的に取りまとめるなにものも結合することがない。だからこそしかし友情には、内的な支えが必要となる。友情にそうした支えを与えるものが相互的な尊敬であって、相互的な尊敬により、友情における相互的な愛が制限され、じぶんを-卑俗に-することが防止される。この純粋に道徳的な、心情の友情は、たんなる理想ではない。この「黒い白鳥」〔VI472〕は、じっさいいたるところ、完全なかたちで現実に存在しているのである。
    --レーヴィット(熊野純彦訳)『共同存在の現象学』岩波文庫、2008年。

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来年で幼稚園の年長さんになる一人息子がおりますが、宇治家参去と同じく非常に「人見知り」が激しく、最初はどうなることか……と悩んだものですが、どうやらそれも杞憂のようで、最初はあれほど嫌がった登園ですけれども、1ヶ月もすると馴染みはじめたようで、ホッとしたのが思い出のひとつです。

年中さんになってからも元気に幼稚園に通っているようで、その小さな世界のなかで、共同存在としての人間というあり方を学んでいるのだろうと想像する次第です。

遊ぶことは楽しいのでしょう。
しかし、話を聴いてみると、ひとりで遊ぶよりも、どうやら「ゴガクユウ」と一緒に遊ぶのが痛快のようでございます。

思えば自分自身も、幼年教育からはじまり大学院を満期除隊するまでの期間で何が残ったのかといえば、やはりかけがえのない「友」の存在ではなかろうかと思います。もちろん、そうしたことをオッサンの呟きとして活字としてしまいますと、「オトモダチ」とは、そうした艶やかな思い出だけでなく、時として自分自身の存在を抹殺しようとする暴力としても発動するゼ……などと現代思想家からはののしられそうですが、そんなことは百も承知です。しかし、それでもなおそこに通俗的な表現を用いるならば「美しさ」「ありがたさ」を感じるのも生活世界の実感であり、暴力性を承知してはいるものの「人間世界はそれだけではない」などと思うところです。

ちょうどドイツのユダヤ系哲学者・レーヴィット(Karl Löwith,1897-1973)がカント(Immanuel Kant,1724-1804)『道徳形而上学原論』についてコメンタリーをしているところを読んでいたものですから、頷くところしばしばです。

友情にもマア様々なレベルもありますし、その弊害とか黒い呪われた部分も承知ですが、アリストテレス(Aristotle,384BC-322 BC)も言っているとおり「友愛(フィリア)」の感覚とは人間が人間らしくいきていくうえで必要不可欠な観念なのでしょう。

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両者は直接に互いのために(フュール・アイン・アンダー)存在している。友情は、それが外的に取りまとめるなにものも結合することがない。だからこそしかし友情には、内的な支えが必要となる。友情にそうした支えを与えるものが相互的な尊敬であって、相互的な尊敬により、友情における相互的な愛が制限され、じぶんを-卑俗に-することが防止される。この純粋に道徳的な、心情の友情は、たんなる理想ではない。この「黒い白鳥」〔VI472〕は、じっさいいたるところ、完全なかたちで現実に存在しているのである。
    --レーヴィット、前掲書。

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レーヴィットの表現もなかなか乙なものです。「理想」といえば、現実に存在していない理念として受けとめがちですが、友情の概念に関して言えばそうではなく、「じっさいいたるところ、完全なかたちで現実に存在している」。哲学者の議論といえば、七面倒な議論が多いですが、この一文は、なにか本人がストレートにそう思っている心情をそれとなく織り交ぜたようで、美しさすら感じるもので御座います。

さて、息子殿にとっては、大好きな幼稚園生活ですが、大変恐縮ですが、明日……というより……もう本日ですが、チト私用でお休みしていただかなくてはなりません。

宇治家参去の休日というヤツが、平日しか設定しておらず、もちろん、有給で休日休むことは可能なのですが、チト3月は卒業式とか研究所の学術大会で「休まざるを得ない」要件が多く、平日に家族の人々との要件を入れざるを得ない……というのが実情です。

それでこの金曜日、お受験塾からも春休みに必ず行くようにとの通達が出ておりましたので、東京都恩賜上野動物園を訪問しなくてはならず……大好きな幼稚園はお休みの予定です。

動物の様子をきちんと観察して表現できるようにして起きなさいとのことだそうです。
あれほど、最初は抵抗していた塾通いも、今では元気にいっているようで、マア勉強とはいうもののひとつの息抜きにでもなればと思います。

で……
この日は雨の予定だとかで、細君と息子殿がなつかしいてるてる坊主をつくっておりましたが、どこにつけたのだろうかとやおら眺めてみると鉢植えの植木につけられておりました。

植木につけるなよ……などと突っ込むと、じゃあおめえが外につるせとなるので、そのまま情況を甘受というわけで、なんとか金曜日はもってもらいたいです。

正直なところ大切な休日ですので、ダルイという気持ちもなくはないですが、楽しみにしているようですので、なんとか空模様激しく荒れてもらいたくないものです。

マア、自分としてはとなりの東京国立博物館(表慶館)で、日曜日まで開催されている「慶應義塾創立150年記念 未来をひらく福澤諭吉展」 に出向くのが裏の目的ではありますが、なんとかして、家族を振りきり?一瞬でも見てこようかと思う次第です。

福澤諭吉(1835-1901)の闊達なそして愉快痛快な手紙を活字では読み、親しんでおりますが、その原本が展示されているようですので、興味しんしんです。

……ということで、早起きしなければならないのですが、ヱビス党としては「シルクヱビス」の発売を記念しなければならないだろう……ということで、ヱビス様たちに夜間集合をかけてみました。

サア、どれからいくかな?

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具体的な倫理的問題に満ちている時代であるという現実に出会って苦慮している

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……倫理的体系についての学問的な問いなどは、およそ問題の中でも最も無意味なものであるように思われる。このことは、われわれの時代が倫理的に無関心な時代であるからではなく、かえってその逆に、われわれの時代が、未だかつて西欧の歴史に見られなかったほど、具体的な倫理的問題に満ちている時代であるという現実に出会って苦慮しているからである。既存の生の秩序が確立している時代であれば、(中略)……倫理的なことが、理論的な問題として、世人の関心事となるであろう。
    --D.ボンヘッファー(森野善右衛門訳)『ボンヘッファー選集 4 現代キリスト教倫理』新教出版社、1962年。

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水曜日は休日の所為か、昨日はしたたかに飲んだようで、細君が朝早く起きたときにも飲んでいたようで、それから眠り昼過ぎに起きたわけですが、気分よく寝ているわたしのうえに馬乗りになって起こす必要はないのではないだろうかと思う次第です。

まさに現代は「具体的な倫理的問題に満ちている時代」であることは間違いありません。

嫌な離床状況をしたわけですけれども、早々にアタマを切り替え、ちょいとのこっていたレポートの添削をすませたあと、論文用の史料を精査してから一服、このまま家で引きこもるのもなんだかな……ということで、雨の降りしきる武蔵野の原野をひとめぐり……とはいかず、本屋へ寄ってから、「サア今晩は何か乙な酒でも飲んでやろう」と思案し、地酒屋へいくも「本日定休日」!!!。

いわゆるこれを「がっくし」とか「orz」とかいうアレなのでしょう。

とりあえずコンビニで3/4より発売開始となった限定ヱビスビール「シルクヱビス」を10本買ってから、喫茶店にてディートリッヒ・ボンヘッファー(Dietrich Bonhoeffer,1906-1945)を身読する。

うえに引用したのがボンヘッファーの言葉になりますが、彼はドイツの福音ルーテル派の牧師にして、20世紀を代表するキリスト教神学者の一人であります。有名な史実としては、終始一貫してヒトラー(Adolf Hitler,1889-1945)の政策・思想を批判し続けた人物で、ヒトラー暗殺計画に加担したために、別件逮捕のすえ、ドイツ降伏直前の1945年4月9日、絞首刑で最後を迎えてしまいます。

ちなみに、ベルリン大学で最高成績で学位を取得しておりますが、決してアカデミズム一辺倒の石頭ではありませんし、現実を等閑視する役人的聖職者でもありません。

つねに、生活のただ中で同苦しながら独歩する生涯……それがボンヘッファーの生涯かも知れません。合衆国留学時代には、アフリカ系アメリカ人の差別の問題に直面し、そのなかで同時代人として苦闘するマハトマ・ガンディー(Mohandas Karamchand Gandhi,1868-1948)の言葉も耳を傾けながら、理念を現実の生活空間のなから立ち上げようとした生涯なのかもしれません。

ちょうどうえに引用した文章は、1940年頃のもので、ボンヘッファーがまさに「同時代人」として反ナチ抵抗運動に参加し、ユダヤ人たちへの受苦への深い共感……仏教的に表現するならばこれが「同苦」なのでしょう……を抱きながら活動に挺身する時期にしたためた一節です。

具体的な倫理的問題に直面し苦慮している時代には、たしかに倫理的体系をめぐるアカデミックな議論など、「問題の中でも最も無意味なもの」なのかもしれません。ボンヘッファーがつづった情熱は、死後60年以上を経た今の時点でも、強く共振できる響きが存在します。否、むしろ現代においては、その当時よりも、具体的な倫理的問題(状況倫理)は複雑化し、錯綜しているのが現実です。

こうした状況に対してどのような道があるのでしょうか。

振り返ってみるならば、理念(神学の文脈でいえば教義・教理)から弾呵するというのもひとつの手なのでしょう。そして、対処療法的なワクチン接種のアプローチもありなのでしょう。現状ではそのふたつで、進行するなにがしかを弛緩させようとするアプローチがほんとどです。

別にそれを否定しようとは思いませんし、挑発的なボンヘッファー自体、理念先行型のアプローチも、現実対処型の革命家的アプローチを否定しているわけではありません。

ただ、その両者に挑戦しながら、第3の道を模索しているというのが実情でしょう。

前者が「啓蒙主義的なルミナス」の「野蛮さ」であれるとすれば、後者は、「直截療法的な原始」の「野蛮さ」なのでしょう。

どちらも現実を批判する力とはなり得ても、現実を善処する方向へ傾かないことが多いのが通例です。

その引き裂かれた現実の中で、道を模索したのが彼の生涯なのですが、苦しいことに、その両者からの批判は苛烈であり、足をひっぱったのがその実情だと察せられます。

どこか遠いところから野蛮を指摘することは可能です。

しかし、それ自体がひとつの野蛮にほかならず、ボンヘッファーは自分一人が「野蛮」を引き受けることで、ヒトラー「暗殺」計画に同意したのではないだろうかと思うほどでございます。

それはそれとしておいておくとして……。

いずれにてしも、理論をありがたがるのでもなく、現実しかないぜと嘯くのでもなく、その両者の相関関係からしか、リアルな理論も出てこないし、現実をうち破る本当のちからもでてこないのかなと……実感する宇治家参去です。

……と、書きつつ、今日もはやくからはじめたので飲んでおりますが、「シルクヱビス」はまさに「絹のように、なめらかな口当たり」でございます。

宇治家参去としては、「なめらかな口当たり」よりも「琥珀ヱビス」のような、ちょゐとコクの効いた味わいのほうを所望するわけですが、これはこれで、季節のビールとしてはいいものなのでしょう。

とくにあまり飲まない女性が、「ふぅぅぅぅ」と一缶ぐらいのむのに相応しいビールかも知れません。

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降る音を 肴にしつつ 雪見酒

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 西洋の芸術は<<印象>>を描写に変形する。俳句は決して描写しない。俳句芸術にあっては、事物のいっさいの状態がただちに執拗に決定的に、幻影のあえかな原質に変質させられるのであって、そうである限り反描写なのである。もはや事物が言語に他ならない状態にありながらも、さらに話し言葉になろうとしても、一つの言語からもう一つの言語へ映ってゆこうとして、事物が未来のいわば思い出としてのおのれを、つまりは前の世界にあるものとしてのおのれを、組みたてようとしている、あの文字通り<<支えきれない>>瞬間、そういう瞬間にあるものが、幻影のあえかな原質なのである。というのも、俳句にあって重要なのは本来的な意味での出来事だけではないからである。たとえば、

 わたしは初雪を見た。
 その朝わたしは忘れた
 わたしの顔を洗うことを
 (初雪を見てから顔を洗ひけり  越智越人)

 こうではなくて、--たとえば日本の芸術のなかにたくさんあるような--一服の色紙の一情景となるのを使命とするもの、たとえば次の子規の俳句、

 牛を一頭のせて、
 小舟が川を渡ってゆく
 夕暮れの雨のなかを。
 (牛つんで渡る小舟や夕しぐれ)

 こういう俳句は一種絶対の響きとなる、またはなるより他はないのである。(くだらないものであろうとあるまいと、ともかくいっさいのものを受けいれる禅においてと同じである)、つまり人生の一頁、言葉のうす絹に素早くつまみとってつけた軽い折り目そのものとなるのである。西洋的な表現様式の描写は、その精神的対応物を瞑想のなかにもっている。すなわち、神に帰属する形体の整然とした財産目録、福音書物語の挿話のかずかず(イグナチヨ・デ・ロヨラにあっては、瞑想作業は、そもそも描写的なもの)である。逆に、主体と神のない形而上学にのっとってつくられる俳句が対応するものは、仏教の「無」、禅の「悟り」であって、その無も悟りも、神がその場に啓示することでは決してなく、実態としてではなく、偶発事として事物を把握する働き、冒険(主体に生じる冒険というよりもむしろ事物に生じる冒険)の輝きのなさ(完全に回顧的であり再構成されたものなのだから当然なのだが)に犯された言語のこれまでの外縁を持つ主体をうち破ること、すなわち、<<事物を前にしての覚醒>>にほかならない。
     --ロラン・バルト(宗左近訳)『表徴の帝国』ちくま学芸文庫、1996年。

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写真も西洋起源になりますから、やはりその神髄は<<描写>>なのでしょうか。
たしかに絵画の世界においても、写真と見まがうような写実主義風の作品に向かい合うと圧倒してくるのはその<<描写>>であり<<再現力>>であります。

もちろん、絵画と写真は違いますから、表現される対象の強弱や静動といったアクセントは絵画には存在しますから、まさに「<<印象>>を描写に変形」しているのかもしれません。その意味では写真とは「<<印象>>を切り取る」行為なのかもしれませんが、そうした「<<印象>>を描写に変形」しようとする試みや「<<印象>>を切り取る」試みに対して、あくまでも徹底的に抵抗し続ける存在・事物というものが世の中にも存在するものでございます。

東京では本夕より雪が降り始めました。
日常的な降雪地域ではありませんので、それは社会全体から眺めてみますと“難事”であることは承知しておりますが、日常的に降らないからこそ、マアそれはそれで、雪が降るということに対して正直なところ嬉しく思う宇治家参去ですし、何故かワクワクするものでございます。

さて、
市井の仕事から帰る前に、「積もりそうだったら、除雪剤撒いといてよ」と店長から言われていたので、状況を確認すると確かに「降ってはいる」のですが、「積もる」気配なし……。面倒な仕事はせずにすみましたが、チト淋しく思うわけですが、東京では雪は降っても積もることが少なく、本年2回目の降雪も、夜の一間におわりそうです。

で……、戻ります。
私見になりますが、「<<印象>>を描写に変形」しようとする試みや「<<印象>>を切り取る」試みに対して、あくまでも徹底的に抵抗し続ける存在・事物のひとつが、この「夜に降る雪」ではないかと思います。

自分自身も比較的写真を撮る人間ですが、これがなかなかうまく撮影できないものでして(腕が下手というのはひとまず措く)、吹雪とか、積もった雪であるならば、それなりに「描写に変形」して残すことは可能なのですが、この風流な程度に降り続く雪というものを、一枚の絵、写真として切り残すことが実になかなか難しいものです。

目の前で確かに雪は降り続いております。
そして、音がしているわけです。
で……シャッターを切ってみると、それが自分の見ている風景のとおり切り落とされない。
隔靴掻痒とはこのことを言うのかも知れません。
何度もシャッターを切ってみますが、うまくいきません。

しかし、こうした捉えようとすれば逃げていく対象を捕まえるのには俳句が一番なのかもしれません。

降る音を 肴にしつつ 雪見酒
              宇治家 参去

結局は酒が呑みたいだけなのかもしれませんが、元来、酒飲みは風流にできているのではないだろうかと思う昨今です。

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顔はほとんど存在するとさえ思われていない諸関係の領野を開く

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 存在者との関係は顔への請願であり、すでにして発語であるということ。この関係は地平との関係であるよりもむしろ深さとの、地平にうがたれた穴との関係であるということ。私の隣人は存在者の最たるものであるということ。光り輝く地平線上に存在する、それ自体では無意味なシルエットとして、地平線上に現前することでのみ意味を獲得するものとして、存在者をあくまで捉えつづけようとするのであれば、いま述べたことはいずれもかなり驚くべきことと映るかもしれない。しかるに、顔はこのようなシルエットとは別の仕方で意味する。顔においては、われわれの権能に対する存在者の無限の抵抗が殺意に抗して確証される。顔は殺意に立ち向かう。というのも、顔は完全に剥き出しのものとして自力で意味を有するからであり、このような顔の裸は何らかの形式を備えた形象ではないのだ、顔は開けである、とすら言えない。そう述べるだけで、顔とその周囲を充たすものとが関係づけられてしまうからだ。
 事物は顔をもちうるのだろうか。芸術とは、事物に顔を付与する鋭意ではなかろうか。家の正面、それはわれわれを見つめているのではなかろうか。これまでの考察では、これらの問いに十全に答えることはできない。ただ、芸術においては、リズムの非人称的な動きが魅惑的で魔術的なものと化して、社会性、顔、発語にとってかわるのではないだろうか。
 地平を起点として把持されるような了解と意味に、われわれは顔の「意味すること」(signifiance)を対置する。顔の観念を導入した際、われわれはごく簡略な説明をしたにすぎない。顔はほとんど存在するとさえ思われていない諸関係の領野を開くものなのだが、この説明だけで、顔が了解のなかで果たす役割や顔の諸条件のすべてを少しでもご理解いただけであろうか。われわれが顔の観念についてかいま見たことは、ただし、カントの実践哲学によって示唆されているように思われる。われわれはカントの実践哲学に対して格別の親近感を覚えているのである。
 どの点において、顔のヴィジョンはもはやヴィジョンではなく、聴取と発語であるのか。顔との遭遇、言い換えるなら、道徳認識は、いかにして、意識そのものの開示の条件として記述されうるのか。意識はいかにして殺人の不可能性として確証されるのか。顔の現れ、殺人への誘いとその不可能性の条件はどのようなものなのか。いかにして私は自分自身に対して顔として現れるのか。最後に、他者との関係ないし集団はどの程度、了解には還元不能な無限との関係であるのか。こうしたテーマこそ、存在論の優位に対する初めての異議提起から生まれたものである。いずれにせよ、哲学的探究は自己や実存に関する省察に甘んじてはならない。こうした省察がわれわれに証すのは、個人的実存の物語、孤独な魂の物語でしかない。たとえ自分から逃げるかに見えても、孤独な魂はたえず自分自身に回帰してしまう。権力ならざる関係に対してのみ、人間的なものは姿を現すのである。
    --レヴィナス(合田正人訳)「存在論は根源的か」、合田正人編訳『レヴィナス・コレクション』ちくま学芸文庫、1999年。

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月初になりますと、前月分のクレーム分析が届けられるのですが、それを目に通していると、製品そのものに対する苦情から店舗の業務・販促内容に関するものまで様々な苦情がマアあるわけですけれど、接客苦情に関しては、やはり「顔を見て“ありがとうございました”と言ってくれない」というものが毎月、上位にランクしております。

その現場現場でそれは改善してかなければならない問題ですが、別の側面から見てみますと、これは既存の日本文化・習俗風習に対する善い意味での挑戦ではないかとおもう宇治家参去です。

これまでの伝統的な日本の人間関係観においては、あまり「目と目をつきあわせて」「顔と顔をつきあわせて」向かい合うという態度は、あまり称賛されるべきあり方ではなく、むしろ恥辱をともなう、避けるべき態度として流通していたフシがあります。

「目と目をつきわせて」「顔と顔をつきあわせて」話し合う、論じ合う……という態度は日本ではあまりなじみのないもので、どちらかといえば、欧米のディベート文化の象徴のように思われているところもあるのですが、考えても見れば、たしかに「目はよくものをいう」通り、「目と目をつきあわせて」「顔と顔をつきわせて」話し合う、論じ合うことをしなければ、「ほんとうのこと」がわからないというのもある意味では厳然たる事実なんだよなと思うことがしばしばあります。

緊密な間柄でもそうですが、お互いに向き合って話すところに「実は……」という本音がぽろりと出てきたり、宇治家参去のごとく(少し酒をいれながら)「ぶっちゃけ……」とやることによって、一段深い自己理解・他者理解というのも可能になるものです。

そしてこのことは上記のクレーム分析にも見られるように、緊密な間柄だけに限られた問題ではないのかもしれません。

市井の仕事へ行きますと、売り上げ業績の影響から、アルバイトさんたちの新規採用が基本的に凍結されておりますので、マア、がっつり食品レジをうつわけで……アリエナイときは……レジをうちながら、内線の携帯電話で問い合わせ対応をやるわけですが……そのレジをうつなかでも、お客様の顔を見て、「○○円になります」「ありがとうございました」と実際にやってみますと、いろいろと発見があります。

たとえば、「この御仁、難しそうな人だよな」と初見で判断しても、「レジ袋はご利用ですか」と顔をみて発語すると、「今日はもってきましたよ!」と明るく応対されたり、「このおば様、スピーディーにレジ打たないと激怒るタイプだよな」というオーラ全開の方でも、「大変お待たせいたしました。いらっしゃいませ」と顔をみて、てきぱきと応対すると金銭授受のあと「ありがとうございました、またお越し下さいませ」とお礼を申しあげると、「お世話さま」なんて素敵に言葉を交わしてくれるケースもあります。

逆に言えば、忙しいときなんかに、初見でこのひとは大丈夫だよな……って思って、顔を伏せて「いらっしゃいませ」なんかとやると、別に激怒するわけではありませんが、邪険にお金を投げて、なんとなくプンプンしてそそくさとかえられるお客様も存在します。

もちろん、一概に、顔と顔をかわしながら応対するのが万事ベストだ!というわけではありません。もちろん「なにジロジロ見てんだよ」って式に、伝統的な日本のストロングスタイルのハンマーを受ける場合もあります。

しかしながら、眼差しを交差させなくとも、そのことを意識しながら応対するということは実は大切なことで、このことはそうした対面販売の営業最前線にかぎられた話題ではないのだろうと思います。否、むしろ、人間の生活世界において「意識して応対」すべきあり方なのかも知れません。

ちょうど、仕事へ行く前、ちょい時間があったので、職場近くのドトールで珈琲を飲みながら、私淑するフランスの倫理学者・レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)を読んでいたわけですが、レヴィナスは、根源的倫理の立ち上がりを「顔」の中に見出します。すなわち根源的倫理とは「汝殺す勿れ」という命題ですが、これをどのように構築していくのかという問題ですが、レヴィナスは、他者の顔そのもののなかにその命令が宿っていると申します。

議論としては確かに理解できるわけですが、なんとなくそのことを仕事をしながら、血肉かさせることができたのかな……などと安普請の議論ですがそう思う次第で……。

とわいえ、不思議なものですが、誤解を招くような表現ですが、自分自身についてくるお客様っていうのもポツポツ出来てくるのが不思議なものです。

自分としては「クレームを受けたくない」という消極的発想に「アイ・コンタクト」を意識的に励行する原因がそもそもあるわけですが、マアそれでもスピードもはやい部分もあるので、どんなに長蛇になっても自分のレジに並ぶお客様っていうのが存在します。

これはこれでアリガタイと考えるべきであって、そのお客様という「他者」の「汝殺す勿れ」と無限要求してくる眼差しと向かい合う練習をさせていただいているのかもしれません。

まさに「顔はほとんど存在するとさえ思われていない諸関係の領野を開く」ものなのでしょう。

そういえば、レヴィナスが最後に言及しているカント(Immanuel Kant,1724-1804)も道徳哲学を論ずるなかで、大切なのは「打解け易いこと、愛想のよいこと、慇懃なこと、鄭重にもてなすこと、温和なこと」だと申しておりますが、そういった手法も人間世界を「あらきめず」に生きぬ中では必要なのかも知れません。

しかし、宇治家参去さんのレジに必ず並んでくださる女性陣は、やはりわたしに惚れているのだろうか?

そうなると貴女は間違いなく火傷をすると思います。

で……もとい。
蛇足ですが、カントの文章もついでに。

これまだ蛇足ですが、最近オーストラリアのワインを週に2-3本飲んでおりますが、これもマアなかなかいけますです。

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 道徳的に完全に相互に交際し合い(officium commercii,sociabilitas 交際の義務、交際上手)、孤立する(separatistam agere)ようなことがないのは、自己自身に対する義務であると等しく他人に対する義務でもある。もとより自己自身をば自己の原則の不動の中心点となすのではあるが、併しこの自己を中心とした仲間をば、世界公民的な信条を抱ける一切を包括する仲間の部分を構成せる一つの仲間と見做すこと、世界全体の福祉を目的として促進せしめるのではなくして、ただ、間接にそれに導く手段を、即ち世界に於ける快適、融和、交互の愛と尊敬と(慇懃なことと礼儀正しいこと humanitas sesthetica et decorum)を陶冶し、かくして徳に優美を伴わせるようにする、このようなことを実行することはそれ自体徳の義務である。
 このようなことは実際、徳にまがう美しい仮象を与える補助物乃至は附属物(parega)であるにすぎず、その仮象たるや何人もこれを何と解せねばならぬかを知っているから、たしかに欺くことはしない。それは成程小銭にすぎないのではあるが、併しこの仮象を出来るだけ真理に近づけようとする努力によって、打解け易いこと、愛想のよいこと、慇懃なこと、鄭重にもてなすこと、温和なことに於いて(反対意見を述べるにしても何ら争うことなく)、総じていえば、親切の念を顕わにし、それによって同時に他人を親切ならざるを得ないようにさせる単なる交際の仕方として--このような交際の仕方は徳を少なくとも好ましいものたらしめるが故に確に道徳的心情を牽き起さしめるものである--徳の感情そのものを促進せしめるのである。
 ところがここに問題がある、人は不品行の者とも交際を結んでよいものであるかどうか、と。彼等と会うことを避けることは出来ない、そうでなければ世界外に行くより仕方がなかろう、そして彼等に関するわれわれの判断でさえ権威あるものではない。--併しながらその悪徳が不正事件であり、即ち厳粛な義務の法則を軽蔑する公然たる実例であり、従って、又不名誉を伴っている場合には、たとい国法がそれを罰しないにしても、その時までなし来たった交際は断絶せられ、もしくは出来るだけ避けられるのでなくてはならない。蓋し交際を更に続けてゆくことは、徳からあらゆる名誉を奪い去り、そして徳を、苟も贅沢に飽かしめて食客を買収するに足る程の富あるならば、何人にでも売品に出すことなのであるから。
    --カント(白井成允・小倉貞秀訳)『道徳哲学』岩波文庫、1954年。

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知らないあいだに幸福と和解している

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 人間は考える、それには季節などない。それは人間の誇りそのものである。冬は眠ってしまうのではなくランプをもとし、このランプによって見えない太陽を予測し推し量る。反対に、七月どうしようもなく暑い時、冬の寒さをあれこれ想い、がたがた震えている。知性はどんな観念も見落とさないように気遣いながら観念から観念へと駆けめぐる。それはよく知られているように、すべての数字が1から引き出され、すべての多面体が多面体の考えから引き出されているのと同じだ。それが法則というものだ。なぜなら、正しさはもつことができないから。法則に、断食に、四旬節(カレーム)に、人間の思考は度肝を抜かれる。問題はまさに、魂と肉体とを分けることで、これこそデカルトが欲したことである。痩せたエクリチュール、魂のない代数学。
 ただしデカルトは毎日このような厳しい方法を取れと命じてはいない。逆に、散歩をしたり人と話したりして、しばしば魂と肉体とを結びつけねばならないと言っている。人間は肉体を動かすことによって健康を取り戻し、知らないあいだに幸福と和解している。しかしながら、肉体が動物のように幸福な時もまた、さまざまな想いに囚われることがある、ちょっとした瞬きしただけで、あるいは歩調を変えただけで思想が鳥のように飛び立つこともしばしばある。人はこのような心の突然の動きを精神と読んでいる。そこから詩人たちはあの思索方法を学んだのだ、すなわち肉体の法則にしたがって言葉を放つこと、放ち続けること。そのとき精神は幾分正気にとらわれているが、やはり強靱なものだ。身体の方が先んじたのだ。そこからすぐに、たまたま出会った、たまたま符合した、まったく共通の強靱な思想に驚く。だから詩人は一から十まで状況によっている。
 運命は求めたり変えようとしなくても、うかがうことができる。この世はメタファーを投げかけている。ツバメの飛翔は、いかなる神のお告げなのか。電線に止まったその身体つきはまるで変な音楽〔四分音符〕だ! メタファーを読み解く前に、すべてが解体されている。神々は何の予告もなく現われてすぐに消えて行く。神々はみな、季節の変わり目に現われる。しかし神々はもうそこにはいない、すなわち、そこにはもう「想い」はない。機会は一瞬である。逆風に巻く波がたてがみを上げる。そのたてがみの下には曲がった音。それは海神ポセイドンであり、その車駕であり、その行列なのだ。翌日、主神ゼウスが黄金の雨を降らす。大地のように開いているものは幸いである。秋の靄(もや)が雲の上にさまざまな想いを描くだろう。また薪が火床の中にさまざまな想いを--。ふと見られる人間のしるしの何と多いことか。ペンの走りは風のよう、火の粉のようでなければならない。そこには一つの観念からそのすぐ隣の観念を導出する従来の秩序はなく、もう一つの秩序が生まれている。そこでは肉体が「思想」とともに駆けめぐり、ついには思想に先立ち、思想を看破している。このもう一つの秩序とは「健康」である。なぜなら、哲学には「石」のような哲学もあれば、「幸福」な哲学もあるからだ。これこそ幸福な哲学である。
    一九三五年十月十六日。
    --アラン(神谷幹夫訳)「序に代えて」、『四季をめぐる51のプロポ』岩波文庫、2002年。

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ちょうどヒルティ(Carl Hilty,1833-1909)を昨日読んでいたついでと、アラン(Emile-Auguste Chartier,1868-1951)も読んでおかないとな……ということで名著『幸福論』ではなく、四季と人間の美しさを歌い上げた詩人が書いたと見まがうようなエッセー『四季をめぐる51のプロポ』を繙く宇治家参去です。

この著作は季節の変わり目に、基本的には春なら春と、その季節分をまとめてひもとく一冊ですが、今回は、あまり気にしていなかった「序に代えて」に釘付けです。

だいたい、本を比較的読む人間というのは、序とあとがきをさらっと流して、目次からかいつまんで読む人種が多く、自分自身もそうした一人なのですが、何を想ったのかというわけでもありませんが、やはり冒頭の「春」から始めますと、「マア、序文ももう一度読んでおくかな」などと思い読み直すと発見が多く唸らされる昼前の朝でございます。

昨日痛飲したわりには寝付きがわるく、結局……自分としてはですが……比較的早めに起きましたので、マア、アランの著作でもひもとくかということで目をとおしていたわけです。

実際には、「どんな観念も見落とさないように気遣いながら観念から観念へと駆けめぐる」毎日なのですが、実はそれは大切なのは大切なのですが、それだけでもないんだよ……と諭される感がありまして。

「人間は考える、それには季節などない」

たしかにそうですが、アランがこの序文以降で鮮やかに浮かび上がらせてくれるその美しい文章のとおり、「それでもなお」四季の移ろいと人間は相即的な関係にあるんだよな……ということで、二日酔いをさましながら、「春を感じてやるぜ」(感じてやるぜ……という発想自体が既に人為的なのは承知の助ですが)ということで、早々に昼食をすませ、仕事へ行く前に、「春さがしだ!」ということで、近所の小金井公園へレッツゴーという一日です。

情けない話ですが、私が起床する以前に、細君と息子殿は先に公園を訪問したようにて、決意していくぞといった暁に帰宅され、「梅が満開だよ」ということで早速ひとりですが自転車をこいで探訪です。

休日ですから人出が多く、チト辟易とする部分もなきにしもあらずでございますが、梅の美しさに“癒される”というよりもむしろその春を生きらんとするその生命力の溌剌さに“励まされる”という状況です。

隣のベンチで寝ている猫さんも上機嫌のようにて、そのまま上機嫌で仕事へ行き、マアこれまたアリエナイ状況でしたが、それでも上機嫌で仕事ができるので不思議です。
※ただしそのアリエナイ状況に関しては精緻な分析を加えた上で次善案を提出することは必要不可欠であり、宇治家参去自体が上機嫌であったからスルーしてよいというのとは論点が違うというのは言うを待たないし、それに乗っかかるシステムには問題があるし、そういう人情論はビジネスには不必要です(ガス抜きの赤提灯では本質的な解決にはならないというの論)。

で……。
アランは最後に次の言葉で締めくくっております。
すなわち……

「哲学には「石」のような哲学もあれば、「幸福」な哲学もあるからだ。これこそ幸福な哲学である」

たしかに、対象に対する精緻な議論も確かに必要です。
しかしそれだけでもありません。
その両者の不和ではなく、その両者を一者がたずさえたとき、なにかが動き始めるのかなと、梅を見ながら想う次第で……池波正太郎先生(1923-1990)の次の言葉を思い起こす次第です。

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 人間は、生まれた瞬間から死に向かって生きはじめる。
 そして、生きるために食べなくてはならない。
 なんという矛盾だろう。

 それでいて人間の躰は、たとえ、一椀の味噌汁を味わっただけで生き甲斐をおぼえるようにできている。
 何と、ありがたいことだろう。
     --池波正太郎『日曜日の万年筆』新潮文庫、昭和五十九年。

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仕事が済んで、25時過ぎに自宅へ戻ると、本日のメニューは「ほうとう」のようで、そのウマミが染みわたる深夜で御座います。

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たとえ何事が起ころうとも、それから利益を引き出す力がわたしにはあるのだから

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 からすが鳴いて、不幸を告げ知らせたならば、きみはそれにたいする想像によって、自分を不安にしてはならぬ。むしろよく分別して、早速こう確信するがよい、「わたし自身に対しては何事も告げられていないのだ。ただ、わたしの滅びやすい肉体が、わたしのごくわずかな財産か、あるいはわたしの名誉が、わたしの妻か子に対して告げられているのである。わたしがそれをそうあせらせようと思えば、わたしにとってすべては幸福の予言となるであろう。なぜなら、たとえ何事が起ころうとも、それから利益を引き出す力がわたしにはあるのだから*。」
  * シエナのカテリナも同じように書いている、「勇気ある人には、幸福と不幸とは右手と左手のようなものです。彼はその両方を使うのです。」
    --ヒルティ(草間平作訳)『幸福論 第一部』岩波文庫、1961年。

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仕事のぐちのようになりますが、最近、市井の仕事へ行くと、連日アリエナイことばかりで、デラシネのフーテンを気取る宇治家参去としてもさすがに参るところで、ひさしぶりに「胃が痛い」とはこのことかと実感するわけですけれども、休み明けで出勤しますと、今日は、これまでの奮闘録のさらにうえをいく業務内容で、さすがにカラスは鳴きませんけれども、不幸の手紙とはまさにことことか思いつつ、お仕事です。
※ちなみに「からすが鳴いて、不幸を告げ知らせた」という譬えは、上記にある通り、ひょっとすると西洋伝播のイメエジかもしれませんね、探究はしてはおりませんが。

今日はさすがにこれまでの積み重ねがありましたもので、いろいろと不備・不具合に関する作業レポートおよび改善施策案をまとめて出勤したわけですが、その討議ができる暇もないほど忙しく……、一段落ついたところで内容を討議すべく、店長席へむかうと、帰宅支度のようで、マズイところみられたなっていうオーラ全開でしたので、「もういいや」って感じで、不要書類の始末にみせかけ、シュレッダーへ書類をぶちこみ、「お疲れ様でした」って見送り、そのまま休憩にいくと、うしろでオバチャンたちが、新人の悪口を言い合ってガス抜きしている模様で……。

ハイデッガー(Martin Heidegger,1889-1976)の『「ヒューマニズム」について』を読み、赤線を引っ張って、原典と対照しながら読むわけですが、頭に入らず。その談笑は?本人たちは小さな声で“囀っている”つもりなのでしょうが、知らぬは本人たちだけで、休憩室にひびきわたるほど大音量にて、当然、貴重な研究時間に魔が入る……という状況です。とりあえず、和文の入力はしましたので、途中且つコメンタリーなしですが、以下の通り。

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〔72 分野別の学問的諸学科の成立以前に立ち帰って、エートスの問題を考えねばならない〕
 「倫理学」が「論理学」と「自然学」と一緒に並べられて初めて登場するのは、プラトンの学派においてである。こうした分野別の学問的諸学科が成立するのは、思索を「哲学」へと変貌させ、しかも哲学をエピステーメー(学問)へと変貌させ、果ては学問そのものを学校や学校事業に属する事柄へと変貌させてしまうような時代において、なのである。このように理解された哲学を通り抜けて、学問科学が成立し、思索が過去のものとなってゆくのである。こうした時代よりも前の思索者たちは、なんらの「論理学」をも、またなんらの「倫理学」をも、ましてや「自然学」といったもののことなどを知ってはいない。けれども、それにもかかわらず、彼らの思索は、非論理的でもなければ、非道徳的でもない。「フュシス」〔「自然」〕に至っては、彼らは、あらゆる後代の「自然学」がもはや断じて達成することのできなかったような深さと広さにおいて、これを思索したのであった。ソフォクレスの悲劇作品の数々は、もしもおよそそうした比較を許されるとすれば、その発言の中に、「エーティク」〔「倫理学」〕に関するアリストテレスの講義よりも、もっと原初的に、エートス〔住ミ慣レタ場所・習慣・気質・性格〕という事柄を含蓄させているのである。ヘラクレイトスの一格言は、たった三語から成り立っているにすぎないが、その格言の言い述べていることは、きわめて単純明快であって、したがってその格言のうちからは、エートスの本質が直ちに明らかになるのである。

〔73 ヘラクレイトスの格言と、ヘラクレイトスに関するある出来事の物語〕
 ヘラクレイトスのその格言は、次のようなものである(断片一一九)。すなわち、エートス・アントローポイ・ダイモーン〔エートスハ、人間ニトッテ、ダイモーンデアル〕、と。世間のひとは、一般にこれを次のように翻訳するのが通例である。すなわち、「みずからの固有な性格は、人間にとって、みずからの守護霊である」、と。この翻訳は、現代的なえ方をしているが、ギリシア的な考え方をしていない。実は、エートスとは、居場所、住む場所のいことを意味しているのである。この語は、そのうちに人間が住んでいる開けた圏域のことを名指している。人間の居場所という開けた局面は、人間の本質へとふりかかってきてそのように来着しながら人間の近さのうちにとどまるものを、出現させるのである。人間の居場所は、人間がみずからの本質においてそこへと帰属しているゆえんのものの来着を含み、保持している。そうしたものが、ヘラクレイトスの語によれば、ダイモーン、すなわち、神というものなのである。したがって、あの格言が言い述べているのは、次のことである。すなわち、人間は、みずからが人間であるかぎり、神というものの近くに住む、ということ、これである。ヘラクレイトスのこの格言と一致するある出来事の物語は、次のようになっている。すなわち、ヘーラクレイトス・レゲタイ・プロス・トゥース・クセヌース・エイペイン・トゥース・プーロメヌース・エンテュケイン・アウトーイ・ホイ・エペイデー・プロシオンテス・エイドン・アウトン・テロメノン・プロス・トーイ・イプノーイ・エステーサン・エケレウエ・ガル・アウトゥース・エイシエナイ・タルーンタス・エイナイ・ガル・カイ・エンタウタ・テウース……〔ヘラクレイトスハ、見知ラヌ訪問客タチニ対シテ、次ノヨウニ語ッタト言ワレテイル。ソノ見知ラヌ訪問客タチハ、ヘラクレイトスニ会ッテミタイト思ッタ人タチデアル。近ヅイテミルト、コノ人タチハ、ヘラクレイトスガ、パン焼キカマドノソバデ、体ヲアタタメテイルノヲ見タタメニ、立チスクンデシマッタ。トイウノモ、ヘラクレイトスハ、ソノ人タチニ、勇気ヲ出シテ、モットナカヘ入ッテクルヨウニト、促シタカラデアッタ。トイウノモ、ココニモ神々ハイルノダカラ、ト言ッテ……〕。

  --マルティン・ハイデッガー(渡邊二郎訳)『「ヒューマニズム」について』ちくま学芸文庫、1997年。

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などと入力し、肺腑の奧まで煙草を吸ってから、後半戦に突入しますが、防犯上の理由から休憩エリアのシャッターを閉めなければならないので、ベンチでやすまれていたお客様に「大丈夫ですか?」と声をかけると、「なんだテメエ」と胸ぐらを掴まれるわけで……できることなら殴ってもらえればある意味で後処理が楽なのですが……その御仁、酔っ払って寝ていたようで、フト我に返るとスゴスゴと退散してくださり、無事に業務が完了で……作業日誌に「特記事項無」と記して帰宅の途につく次第です。

確かに、生きている世界というのは、ときおり、「お前人間か?」と誰何したくるのが実情です。しかし、それと同時に不思議なことにぶっちゃけ、だれかのことを悪いおうとか、こいつなんなんだといおうという気力すらおこならないのも現実です。

しかし諦念じゃないんですね。

おそらくへいへんぼんぼんにアカデミズムだけでやっていると「なんなんだ!」と弾嘩したかもしれません。

しかし不思議なことに、胸ぐら掴まれようが、悪口を聞こうが、フェードアウトしていく店長を横目で見ようが、「責めよう」とは思えない自分に、この世の中はしてくださったのかと最近は感じるようになりました。

もちろん、システムの不備とか、構造的暴力に由来する排除の構造に異議申し立てをすることは切実に必要です。

しかし、それを批判するだけではかわらない。

人間の波にもまれるなかで、たえずその人間を人間として取り扱い、そして共に歩み出す方向を模索しない限り本質的には人間共和の世界なんて訪れないのではとこの1-2年切実に痛感する宇治家参去です。

批判は批判として大切です。
しかし、、一〇〇点満点の模範解答的追及という名の錦の御旗を立てるだけではものごとはかわらない。そしてその旗を立てることによって不可避的な人間/非人間というさらなる分断を招いてしまうのが実情なのでしょう。

おれは当事者ではないよって安全弁をもうけるだけでおわっちゃうのはもうたくさんだなと思う毎日です。

人間の人間らしさ……いいかえれば人間の神性(東洋的文脈であれば「仏性」)はどこに存在するのでしょうか……。

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〔ヘラクレイトスハ、見知ラヌ訪問客タチニ対シテ、次ノヨウニ語ッタト言ワレテイル。ソノ見知ラヌ訪問客タチハ、ヘラクレイトスニ会ッテミタイト思ッタ人タチデアル。近ヅイテミルト、コノ人タチハ、ヘラクレイトスガ、パン焼キカマドノソバデ、体ヲアタタメテイルノヲ見タタメニ、立チスクンデシマッタ。トイウノモ、ヘラクレイトスハ、ソノ人タチニ、勇気ヲ出シテ、モットナカヘ入ッテクルヨウニト、促シタカラデアッタ。トイウノモ、ココニモ神々ハイルノダカラ、ト言ッテ……〕
    --ハイデッガー、前掲書。

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ハイデッガーの引用するヘラクレイトスのエピソードは言い得て妙だと思います。

世の中と人間に対して「諦める」のは簡単です。
「諦めて」不備を指摘するのはさらに簡単です。

しかしそうではない道はどこにあるのでしょうか。

「たとえ何事が起ころうとも、それから利益を引き出す力がわたしにはあるのだから」(ヒルティ)その勇気を選択するしかないのでしょう。

ちなみに、アラン(Emile-Auguste Chartier,1868-1951)よりもヒルティ(Carl Hilty,1833-1909)の言葉のほうがしっくりくる宇治家参去ですが、最近つと思うのは、アランにせよヒルティにせよ、言葉が違いますが、同じ対象に対して異なるアプローチで同じことを論じているのかも知れないな--と印象批判的に思う次第です。

さあ、呑んでとっとと寝よ、寝よ。

少々感傷的ですいません。
少々愚痴のようですいません。
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