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我々の生命は即今即絶対現在的である

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 私は私の生命論において、我々の生命の世界というのは、絶対現在の自己限定として、自己自身の中に自己を表現し、時間的空間的に作られたものから作るものへと何処までも自己自身を形成し行くところに成立といった。我々の生命は絶対現在の自己限定として成立するのである。空間面的自己限定に即して何処までも生物的であるが、逆に何処までも時間面的自己限定的に、表現的自己形成的に、意識的である、精神的である。その極限において、絶対現在そのものの自己限定として、いつも生命のアルファ即オメガ的に、我々の生命は即今即絶対現在的であるのである。
    --西田幾多郎「場所的論理と宗教的世界観」、上田閑照編『西田幾多郎哲学論集III 自覚について他四編』岩波文庫、1989年。

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どういうときに生命の溌剌たる輝きをみることができるのかと考えた場合、ひとつはそれが卒業式のときなんかに出てくるのではなかろうか……そのことを深く実感する宇治家参去です。

昨日は勤務校の卒業式に参加させていただき、卒業される皆様の生命の輝きに圧倒されましたが、まさに卒業するとは「それでなにかがようやく終わった」というよりも「これからまた何かが始まる・何を始める」ひとつの出発と決意の誓いの儀式かも知れません。

自分自身が卒業するわけではございませんが、儀式に参加するなかでまたひとつ自分自身の出発と決意の一日になったように思います。

終了後、謝恩会に参加後、なつかしい仲間たちと海外から集われ我々の生命は即今即絶対現在的であるのである卒業する方たちのお祝いをさせていただきましたが、じつにありがとうございました。

ご参加された方々、夜遅くまで実にありがとう御座いました。

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