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「うっ、ポッ~ん!! げふっ、げふ、ぽよよろ、ロ~ン!」

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ポワリエ あなたは他者の顔との関係は、はじめから倫理的なものであるとおっしゃっておられますが、なにゆえそうなのでしょうか?

レヴィナス 倫理、それはあなたにとって異邦人であり、あなたに関係ない他者が、あなたの利害にかかわる秩序にもあなたの感情にかかわる秩序にも属さない他者が、それにもかかわらずなお、あなたに関係する場合の身の処し方をいうのです。他者の他者性があなたにかかわるのです。それは対象が知によって聖人されるような認識の秩序(それは諸存在者との関係の唯一の様態とみなされていますが)とは別の秩序に属する関係です。純粋な認識の一対象に還元されることなしに、私たちは一個の自我にとって存在しうるでしょうか? 倫理的関係のうちに置かれたとき、他の人間は他のものにとどまります。そこにおいては、他者とあなたを倫理的に結びつけるのは、まさしく他人の違和感であり、こう言ってよければその「異邦人性」(étrangereté)なのです。これは平凡なことです。けれどもこの平凡さに驚愕しなくてはなりません。超越という観念が立ち上がってくるのは、おそらくここにおいてであるからです。
    --エマニュエル.レヴィナス・フランソワ.ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性 --レヴィナスは語る--』(国文社、1991年)。

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ひさしぶりに“取るに足らない”“反省するには及ばない”日常生活の“平凡”なひとときに、他者の顔から発せられる「異邦人性」(étrangereté)に驚愕してしまったある日の宇治家参去です。

その驚愕を稚拙な擬態語で紹介するならば・・・

「うっ、ポッ~ん」

・・・という感じです。

さて……
仕事場がどうしてもGMSになりますから、新商品なんかが発売されますと、その試食販売員さんとか販売促進員さんがメーカーから店舗に派遣されてきます。

いらっしゃる販売員さんたちは、そうした人材を確保する派遣会社からの人財さんたちで、応援販売が終了すると、日報のようなものに、サインと本日の評価などの記入をもとめられます。

本日は、麒麟麦酒のキャンペーンの応援販売員さんが来ており、終了後、

「すいませんが、印鑑頂けませんか」

……とのことで、バックヤードの台車のうえで、店舗担当者という箇所に印鑑を押し、

「お疲れ様でした!」

……って書類を渡そうとすると……

「ヒョットシテ、宇治家参去先生デハアリマセンカ?」

「へ?」

「先生……ああ、ワタシ、何かの先生でしたっけ?」

「短大で、哲学教わっていました!」

「うっ、ポッ~ん!! げふっ、げふ、ぽよよろ、ロ~ン!」

「どっかで見たことある人だよなって思っていたんですヨ」

「マジッすか」

「書類に名前もらったら、やっぱり……っていうかんじで声かけました」

「現役生ですか?」

「卒業しました!」

「いつ?」

「今年です」

「……っつうことは、先週だよね」

「はい」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます。で、先生、ここでも仕事しているんですか。Mgrって大変ですよね」

「学問で喰っていけなくてねェ~。マア、世を忍ぶ仮の姿という訳デスヨ」

……という一コマです。

先だっても細君&息子殿に職場でおちょくられたばかりですが、マア家からも近所ですから近所の方とお目にかかることはあるので、それはそれでなんともない……こともない……わけです。

しかし、しかしです。
「短大にせよ、大学の通信教育部にせよ、自分が教えた人間に、こんな場所でお目にかかることはあるまい」……などとタカをくくっていると、自分がアリエナイと思っていたことがアリエタ事態として現出することに当惑するとともに、平凡な日常生活こそまさに恐るべし……などと冷や汗がここちよい?ひとときです。

平凡さ、そして他者の顔とは実におそるべしです。
前にも書いたかもしれませんが、今般の金融恐慌を「百年に一度」だとメディアや事情通なるひとびとは喧騒しておりますが、それはまさにそうなのでしょうが、そもそも人間の生活においては、昨日と同じ一日などハナから存在するわけではなく、一日一日がまさに「百年に一度」であって、そのことを自覚していない、すなわちその実は「見過ごしてしまっている」だけにすぎないのかもしれません。

うっかりと忘れそうになったその事実を目の前に突きつけられた思いで一杯です。

で、そのお嬢さん、一昨年の前期の授業を履修していたようで……ありがとうございます。
顔を覚えていなくてごめんなさい!
でもお陰様で覚えてしまいました!

で……
彼女は九州の出身だそうですが、この4月から東京で社会人を始めるとのこと。
運送最大手の事務で採用されたとのことですが、がんばってほしいものです。

今回は、「社会人になるまえに、できるだけ稼いでおきたいのでバイトで来ました!毎日忙しいですヨ」とのことだそうです。

いや、それでも、しかし、しかし、しかし……くどいのを!……しかしです。

こんなところで会うはずがないと思っていた全ったき他者と直面し、倫理・顔・有責性の重要性とはこんなフトしたところから発していくもんなんだな……と我ながら驚くばかりです。

レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の言葉は学生時代から何度も読んでおります。

しかしなかなか、それが「手足のように」自分自身の思想となることはなかなかなかったのも実情です。

ストレートに学問だけでやっていくようになっていれば……これはそれで好意的解釈というヤツですが……、結局は言葉としては流通させても「手足のように」自分自身の財産として語ることはできなかったのかもしれません。

そのうち(おそらく!)仙人……もとい……専任なんかになったときもレヴィナスの思想を扱い・語るのでしょうが、ストレートに専任にならず(これはこれで忸怩たる部分で家族に迷惑かけていてゴメンナサイですが)、横道でモタモタしているのが現状ですが、そうした書物の言葉が横道でモタモタしているときに、何かリアルなものとして血肉化しているようなので、それはそれで貴重な体験をこの「百年に一度」の「今」ありがたくもつませていただいているのであれば、それはそれで幸福な一瞬なのかもしれません。

しかし、まあ~なんですねエ(できれば「探偵ナイトスクープ」の桂小枝風に)、世の中とはほんとうに面白いものです。

よく、世間とかこの社会はつまらないというひとが多々散見されますが、「丁寧」に生きていると、なかなか「すてたものではありません」。

そのように平凡さに素で敏感になることで、「他者とあなたを倫理的に結びつけるのは、まさしく他人の違和感」が恐怖の対象ではなく、自分自身の課題としての対象に転移するのかもしれません。「他の人間は他のものにとどまります」から還元なんかできないんですよね。しかしともすれば、自分流に還元して他者を操作してしまうのが日常生活を深く省みないあり方なのかもしれません、だから恐怖するのでしょう。

まさに……

「これは平凡なことです。けれどもこの平凡さに驚愕しなくてはなりません」。

顔を見たことがある、
顔を知っている、
顔を見た……

「これは平凡なことです。けれどもこの平凡さに驚愕しなくてはなりません」。

しかしながら、Tさん、がんばってください!
草葉の陰から応援しております。

今日は地酒ブームの火付け役のひとつ、美少年酒造(株)の珍しい(東京ではという意味ですが)パック酒『宵美人』でも飲んで寝ます。

くぅぅ~味が濃い!!

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