« お前のすじの悪いのはわかっている……っていう辺りにギクッ! | トップページ | 息絶えた…… »

理論はちと自分で苦労して、人生を知るのがよいのだ

01_img_0151 02_img_0148

-----

……人間にあっては、すべてが矛盾だと、人はよく知っている。ある一人に、彼が思うまま創作に力をそそぎうるようにと、食う心配をなくしてやると、彼は眠ってしまう。勝利の征服者はやがて軟弱化する、気前のよい男に金を持たせると守銭奴になってしまう。人間を幸福にしてやると称する政治上の主義も、ぼくらにとって、はたしてなんの価値があるのだろうか、もしあらかじめぼくらが、その主義がどんな種類の人間を幸福にしようとするのかを知らなかったら。だれが生まれるのか? ぼくらは、食糧さえあれば満足する家畜ではない、またぼくらにとっては一人の貧しいパスカルの出現が、らちもない富豪の出現などよりずっと価値がある。
 何がはたして本質的だか、ぼくらは予知できない。ぼくらは、いずれも味わってきた、まるで思いがけなかったところで、世にあるかぎりの暖かい喜びを。それは、ぼくらに、はげしいノスタルジアを残していった。ために、その喜びを与えた原因が、ぼくらの苦難であった場合、ぼくらは、その苦難までなつかしいものに思うようになる。僚友たちとの再会で、ぼくらは、みな味わってきている、つらい思い出の喜びを。
 ぼくらを、豊富にしてくれる未知の条件があるということ以外、何が、ぼくらにわかっているだろう? 人間の本然は、はたしてどこに宿っているのだろうか?
 本然というものは、立証されるものではない。もしオレンジの木が、この土地で、そして他の土地ではなしに、丈夫な根を張り、多くの実を結ぶとしたら、この土地が、オレンジの本然なのだ。もしこの宗教が、この修練が、この価値の標準が、この活動形態が、そしてそれのみが、人間に、あの充実感を与え、彼の心の中に知られずにた王者を解放するに役立つとしたら、それはこの価値の標準が、この修練が、この活動形態が、人間の本然だからだ。では理論は? 理論はちと自分で苦労して、人生を知るのがよいのだ。
    --サン=テグジュペリ(堀口大學訳)『人間の大地』新潮文庫、平成十年。

-----

マア、一寸変な話かも知れませんが、何かをやるべき時間がとれないときほど、すなわち、ある対象に対して時間がさけないようなとき……たとえばそれが趣味の問題であったり、学問の問題であったり、人間には向かうべき様々な対象が存在するわけですが……それに向かいたいのに、仕事が山積みでなかなか時間がとれないとか、ひとと合うアポイントメントが多くありすぎて、じっくりと読書に時間をついやす時間がとれないとか、……状況はひとによってさまざまあります。

しかし、何かをやりたいのに時間がない!という局面は誰しも日常生活の経験で遭遇しているところなのだろうとおもうところです。
そしてそのなかで、ない時間のなかから無理矢理時間を造りだし、その向かうべき対象と「短時間」であったとしても「強引」に向き合っているのが現実なのでしょう。

ホンマ、時間を誰か下さいまし!

……祈るような思いで、自分自身の時間を創ることの不得手さをなげくと同時に、それを「妨げる」日常のタスクと向かい合っているのが日々の現実なのでしょう。

しかしながら不思議なものです。

サア、物理的に干渉をうけない時間が現実に確保された場合はどうでしょうか。

「ある一人に、彼が思うまま創作に力をそそぎうるようにと、食う心配をなくしてやると、彼は眠ってしまう。勝利の征服者はやがて軟弱化する、気前のよい男に金を持たせると守銭奴になってしまう」ということが往々なのでしょう。

つまるところ、条件ではないのでしょう。
何かを成就すべき条件が問題なのではなく、その対象に向かい合う意志の力が問題にされているのかもしれません。

ちょうど、ひさしぶりの市井の職場の錬金術にならぬ「連勤」中でございます。6日出て1日休み6日出るという久し振りにハードな期間のまっただ中なので、物理的な時間が確保されているわけではありません。にもかかわらず、無理矢理こじ開けた時間とか、市井の職場での休憩中とかに振っている本業?の仕込みがはかどるのが不思議です。

つまるところ人間は条件が満たされても動くわけではないし、条件が揃っていなくても動ける生き物かもしれません。

往々にして、人間という生き物は「条件」にこだわります。
それはそれで至極大切なことです。
しかし、それだけではないんだよ……ということを「こだわる」中で忘れているのかも知れません。

現実には「条件」が揃わなく、対象にアプローチできないという事例も多々存在しますし、そんなことは承知です。しかし、「条件」が揃わなくても、対象に果敢に挑戦していく事例も同じように多々存在します。

その意味では「条件」還元主義とは科学のアプローチを装った憶見なのでは……などと思うばかりで……。

「ぼくらは、食糧さえあれば満足する家畜ではない」わけですから。
「何がはたして本質的だか、ぼくらは予知できない」わけですから。

その意味では、まさに「もしオレンジの木が、この土地で、そして他の土地ではなしに、丈夫な根を張り、多くの実を結ぶとしたら、この土地が、オレンジの本然なのだ」というのが真相なのかもしれません。

しかし不思議なもので、苦闘する中で味わうのが「まるで思いがけなかったところで、世にあるかぎりの暖かい喜び」というわけです。

そのどうしようもない苦闘こそ、意志あるかぎり「その苦難までなつかしいものに思うようになる。僚友たちとの再会で、ぼくらは、みな味わってきている、つらい思い出の喜びを」というわけです。

ようやく今週末〆切のレポートをなんとか返信できました。
3-4月は大学の通信教育部のレポート課題の内容更新により、例年より事案が多いのですが、うれしいのが、自分自身の授業をうけてくれた方からのレポートです。思い出深い昨年の夏期スクーリング(対面授業)での学生さん、秋期スクーリングの学生さんからのレポートも結構あって、まさに「嬉しい悲鳴」です。

地方都市でのスクーリングの場合、「倫理学」というナイーヴで不人気?(でもなかろう!)な科目ですから、受講者数も少人数ですから、スクーリング後、比較的早くレポートが提出されます。しかし、会場が大学での集中講義となると受講者数も多く、提出されるレポート案件がすくなく、心配するのが実情ですが、課題内容の更新、ある意味では刺激になったのでしょう……今月は、授業を受けてくれた方のレポートがおおく、まさに「嬉しい悲鳴」です。

昨夏は、オーストラリアとドイツの御婦人がはるばる海を越え、ワタクシの拙い授業を受講してくださったのですが、オーストラリアの御婦人のレポートは年末に読ませていただき、無事終了し、ドイツの御婦人のレポートはいつか!などと案じていたところです。その矢先、ミュンヘンから届けられた2通を無事うけとり、安堵した次第です。

ドイツの御婦人はこれまた最前列でナイーヴな講義を熱心に聞いてくださったわけですが(思い出すとその後ろのグループが和気藹々とにぎやかでしたネ)、ちょうどワタクシの母親と同世代ぐらいの方のようにて、休憩時間に談笑したり、意見を交換する中で、是非がんばってもらいたいと思った思い出がありましたので、本当に安堵した次第で、卒業目指して頑張って欲しいものです。

ん~……、例の如く、話がすっとんでしまい恐縮です。

結局の所「ぼくらを、豊富にしてくれる未知の条件があるということ以外、何が、ぼくらにわかっているだろう? 人間の本然は、はたしてどこに宿っているのだろうか?
 本然というものは、立証されるものではない」わけです。

だからこそ、今日一日を「充全」に歩むことこそ人間の本然なのだろうと思います。

そこには理論も見本も解説書もマニュアルもありません。

じゃどうすっぺ?

……と訊かれると困るのですが、それはそうですねエ~「理論はちと自分で苦労して、人生を知るのがよいのだ」というところが落ち着きどころのいいところではございませんでしょうか?

……ということで、今日は久し振りにドイツワインで乾杯したくなりましたので、ワインで乾杯です。

グスタフ・アドルフ・シュミット社の「Zeller Schwarze Katz MOSEL Pri Katz」でございます。

やや甘口なのですが、味わいは「豊穣」で、テーブルワインにありがちな「(イヤに)残る甘さ」がなく、「すっきりとした」飲み口が最高です。

……って、多分全部飲んでしまうんだよな~。

生産性が低すぎだ!

……しかし、路傍の草花には「味」があるもんです。

03_r0013445

人間の土地 (新潮文庫) Book 人間の土地 (新潮文庫)

著者:サン=テグジュペリ
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« お前のすじの悪いのはわかっている……っていう辺りにギクッ! | トップページ | 息絶えた…… »

現代批評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/29229575

この記事へのトラックバック一覧です: 理論はちと自分で苦労して、人生を知るのがよいのだ:

» 電報 卒業 [電報 卒業]
電報 卒業の送り方を事例と一緒にお届けします。 [続きを読む]

受信: 2009年4月23日 (木) 14時15分

» レポート 書き方 [レポート 書き方]
レポート 書き方について 大学 レポート 書き方やレポートの書き方見本は? [続きを読む]

受信: 2009年5月16日 (土) 14時01分

« お前のすじの悪いのはわかっている……っていう辺りにギクッ! | トップページ | 息絶えた…… »