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最後のコーヒーハウス

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 一七
 よい自然と悪い自然。--最初人間は自然の中に自らをもちこんで考案した。人間はいたるところに自らと自らの同類を見た。すなわち、彼らの悪いそして気まぐれな意向が、雲や、嵐や、猛獣や、木や、草の間にいわば隠れているのを見た。当時彼らは「悪い自然」を案出した。それから或る時人間が自然から自らを再びとり出して考案する時代、ルソーの時代が来た。人々はお互いにひどくあきあきしたので、人間がその苦悩を伴ってやって来ることのない世界の片隅をぜひとも持ちたいものと思った。「よい自然」が案出されたのである。
    --F.ニーチェ(茅野良男訳)『ニーチェ全集7 曙光』筑摩書房、1993年。
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自然は自然であって、「よい自然」と「悪い自然」なんてハナから存在しないのでしょう。しかし、ひとは対象と向かい合う中で勝手に自己自身の想念でそれを固定化し、それ以外の側面をみないようにしてしまう傾向がつよいのかもしれません。ルソー(Jean-Jacques Rousseau,1712-1778)も現状を批判するうえで、かつての時代によき「人間和楽」の世界を「自然」状態として見て取ったわけですが、現状を批判することは、確かに必要ですけれども、思想的構築物ばかりにひっぱられてしまうと、それはそれで、写真だけを眺めながら対象を論じ、対象のぬくもりや息づかいから何かを学ぶという視点を失ってしまうのかも知れません。

……というわけで、

対象から「何かを学ぶ」という視点は極めて重要であるにもかかわらず、なかなか、人間として「経験」から「学ぶ」ことのできない宇治家参去です。

金曜日飲みに行く前、ちょうど、本年度より修士に復学した後輩と近況を交歓すべく、昔、よく通った「ビア&カフェ BERG」にて邂逅してきました。

むか~し、たとえば、JR荻窪駅の北口には、焼き鳥の立ち飲み屋なんかあったわけで、子供だった自分は、会社帰りのサラリーマンのおっちゃんとかおにいちゃんが「粋」に煙草なんか吸いながら、冷やで一杯やっている様子をみながら、「かっこええ」などと思ったわけですが、こうした「立ち飲み屋」……次々と消滅しているようで、すこし残念な実感があります。

立ち飲み屋とは「長居」のできない、まさに「サラッ」と「サクッ」って飲んで、さあまたがんばるぞ!というモチベーションを安く・短時間に与えてくれる、これはこれでマア、大人の社交場だよな……などと思うわけですが、そうした立ち飲み屋のロンドンパブ風なお店が、「ビア&カフェ BERG」でございます。

実にこのお店にはよく通いました。
何しろ、ビールが旨く、つまみも絶品、しかも、短時間で、いろいろと意見交換をしたり、ちょいと気の利いた待ち合わせには至極便利なものでしたから、よく通ったものです。ちょうど、当時住んでいたのが中野坂上でしたから、JRでも地下鉄でもすぐに帰ることができる!というわけでしたから、紀伊國屋書店なんかで大量にものを買い込んでさあ、帰る前に一服と一献にちょうどいいというわけで……、ひとりでも行きましたし、友と連れだってもいったものです。

で……。
そのあと、飲みの約束があるにもかかわらず、やはり時間的にも短時間の都合しかお互いになく、それじゃア!ということで久し振りに利用させていただきました。

パン×2種、ハム×2種、付合わせの冷野菜ののったプレートの「ジャーマンブランチ」をセレクトし、エーデルピルスでまず乾杯!
この自家製パンと、自家製ハム、なんともいえないのですヨ!
本当に!
ちなみに、「ビア&カフェ」ですから、珈琲の類もうまいし、カレーもなかなか絶品です。

ビールの類、速攻で飲んでしまいますので、エビスの黒をもう1杯注文し、近況交歓に。
たしかに、ロンドンのパブやコーヒーハウスは、発祥としては、飲んでおわりという場所よりも、そこで投資から娯楽、学芸からスポーツまで論じられた「社交場」だったかと聞いたことがありましたが、たった20分の邂逅でしたが、濃ゆい語らいができたのは何よりです。

「長居」するのではなく、「サクッ」と気分転換と知の語らい……忙しい現代人にとってはまさに都会のオアシスではなかろうか……などと思うのは宇治家参去ひとりではあるまいと思う部分です。

http://www.berg.jp/

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