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お前のすじの悪いのはわかっている……っていう辺りにギクッ!

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 坪井道場はかまえもささやかな、あまり目立たぬ存在だが、知る人ぞ知る、であった。
 当主の坪井主水は、当年五十三歳。剣術もすぐれているが金にも名誉にも縁がなく、江戸の剣術界で「売り出そう」などというところは全く見られず、下男一人をいたきりで、早朝には先生みずから道場の床をふき清めるという……そのことを剣友・岸井左馬之助からきいた長谷川平蔵が、
 「そういう人物でなくてはならぬ」
 と、あまり乗気でない息子を入門させたのである。
 入門の折には、少年の辰蔵をつれて長谷川平蔵みずから、桐の箱に白扇五本を入れ、束脩(そくしゅう)をととのえ、羽織・袴に身を正して、
 「よろしく、御願いつかまる」
 と、あいさつに出たものだ。
 のちのちまで、このときの平蔵の礼儀正しい態(さま)に坪井主水が感心をして、
 「あのような御立派な父上をもたれたからには、もそっと上達をせねばなるまい」
 と、口ぐぜのように辰蔵をいましめるのだが、どうもこの弟子、すじがよくない。
 「お前のすじの悪いのはわかっている。なれど、坪井先生に日々接することのみにても、お前のためになることだ」
 と、平蔵もつねづね息子にいいきかせている。
    --池波正太郎「霧の七郎」、『鬼平犯科帳 (四)』文春文庫、2000年。

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朝起きると、まず顔をあらい口をすすぎ、それから「サントリー天然水<南アルプス>」を頂き、それから濃いめのコーヒーを頂きながら一服することで、しらふの人間にもどる宇治家参去です。

一昨日も何時に寝たのか記憶が定かではないのですが、それなりにしこたま飲んで寝たのですが、月曜は昼から授業がありますので、それなりにはやく起きて、起床時の恒例行事をこなしていると電話が一本。

マア、細君関係だよな……と思って換気扇の下で煙草を吸っていると、

なにやら応対がすさまじく丁寧のようで、

これも、マア、細君関係で「偉い人からだよな」……って思っていると。

ワタクシ宛のようにて……

「鈴木先生からだよっ!」

一気にOSが立ち上がるとでもいえばいいのでしょうか。
※ワタクシはmacユーザーではありませんので、windowsで例えるならば、OS起動中の画面が、めちゃくちゃはやく終了し、どのアプリケーションを使用してもOKになる段階にまで一気に到着した!という状況です。

目の前にいるわけではないのですが、襟が正されてしまうとでもいえばいいのでしょうか。

……学問の師匠からの電話でした!

師匠とは実にありがたいものです!

ちなみに蛇足ながら付け加えるならば、学問の師匠・鈴木範久先生は……、

「あまり目立たぬ存在だが、知る人ぞ知る、であった」というわけでは全くなく、「すべてのその専門分野の人間が知る」存在であり、かつ、「売り出そう」というひとでもなく、本当に熱心に探究に止まない大先生にて、いまや世界中から(これホンマです!)求めてこられる大先生です。

よくそこに師事できたよなっていう自負?とともに責任もかんずるわけですが……。

ちょうど研究・取材調査の旅から帰宅されたばかりのようでしたが、ナイーヴでシャイなチキン野郎であるワタクシ自身、いわば『鬼平犯科帳』の主人公の・長谷川平蔵の愚息・長谷川辰蔵のようなものですから、そのご連絡に驚くばかりか感涙の至りです。

その旅で得た知見とヒントの最速のご連絡で御座いました。

ちょうど、ワタクシの博士論文と交差する部分での研究・調査であったようで、自分自身としても、ひとつ解消し切れていない問題を抱えていたところにダイレクト・ヒットになってしまうヒントでしたので、最敬礼で電話を受けとりながら、メモをした次第です。

ともあれ、詳しくは措きますが……って書きはじめましたが、

研究対象である吉野作造(1878-1933)の場合、その超国家主義的視点がどこから出てきたのか、ひとつの謎になっております。

吉野に一番大きな影響を与えたのが海老名弾正(1856-1937)のキリスト教信仰になるわけなのですが、吉野が人生観・信仰観に大なる影響をもろもろ受けているにも拘わらず、両者には大きな開きが存在します。

すなわち、吉野は制度の問題よりも内実を問うなかで国民国家を超脱する視点を保持し続けます。それに対して吉野に影響を与えた海老名は、どこまでも制度としての、そしてその制度に「神話」を加味・補強した「国民国家(民族共同体)」にこだわります。

影響をうけたのにどうして~?

……ってのがひとつのなぞでございます(先行研究含め)。

そこで出てくるのが通俗的なパターンなのですが、近代日本におけるキリスト教受容における世代の感覚間格差っていう収まりどころをえた答えです。

信仰第一世代が強烈なナショナリストであった点と、それ以降の世代の感覚の乖離ですませようという視点です。

たしかに間違いではございません。

禁教が解かれる前後から、携わった第一世代として「キリスト教」=「邪宗門」という偏見の打破を志すなかで、明治維新を単なる「政治維新」とみてとり、その本物の精神の維新としてみる「第二革命」をそれぞれの模索探究したのがその事例です。

そのなかで、国家主義的宗教観も出てくれば、強烈なアンチもでてきます。

そしてその次の世代とは大いなる断絶がでてきます。

それを評して、第一世代を「志士的」キリスト教として、それ以降の世代として区別(というよりも整理かな)することが通例です。

しかし、吉野なんかをよんでいるとそれに収まりきらない射程を秘めているのも実感するばかりで、先行研究の通例で「流す」とマズイよ~な……だけど、どこにその翠点はあるのだろうか……などと悩んでおりましたところでしたので……、

ホンマ、鈴木先生ありがとう御座います。

そのヒントは細かいネタになるので措きますが……一ヶ月くらいはそれに格闘せざるを得ない案件にて……これから国会図書館とか、古巣の立教、聖三木図書館とかに通いそうでございます。

本当に、ありがとうございました。

……そんな、学問ネタを綴りたいわけではないんですが、筆が先走りました。

要は、いろんなパターンとか出会いとか、きっかけにおける外発性とか内発性とか多種多様な存在が存在するのは重々承知なのですが、ウンコのようなちっぽけな自分自身を導いてくれる師匠の存在が、ほんとうにありがたい!ということです。

ともすれば、このご時世、「師」という存在に随従することが、自己自身を滅却する否定的概念と捉えがちな風潮がリアルに存在するわけですが、それに対して「いかがなものよ」ということです。

「師匠」によって、まさに「自己自身」が開花するはずなのに、批判するおめえらーよっ!っていう浪花節的なモラルがふつふつと再現してくるわけですが……。

本当に、ありがとうございました。

そのヒントをもとに……、まずもってして、大切なのは、そのヒントを紡ぎ出すための燃料が、形状予算よりも必要になって来るという生活者の視点です。

何処に出るにも、コピーするにも金がかかるというわけで、ちとわが家の財務大臣との折衝が予想されそうです。

……ということで?

月曜日(短大での講義日)を終えると……こうこれは恒例の報告になるわけですが……JR八王子駅「いちょう庵」での「武蔵野うどん」のレポート!

メニューとしては、

武蔵野ざるうどん(ざる・480円)
肉ねぎうどん(つけ・580円)
きのこうどん(つけ・580円)
肉きのこうどん(つけ・680円)

……ということになりますので、〆として「肉きのこうどん」をセレクトです。キノコだけでは物足りたいな!というのもあって、今回は、葱と肉とキノコの絶妙なハーモニーに悶絶させていただきました。

濃い~味付けの汁ですが、全部飲んでしまった!

ホンマ、いい値段をとっておりますが(立ち食いとしては)、反則技がむしろここちよい宇治家参去です。

……ということで、来週からは「蕎麦」編へ移行しそうです。

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