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【覚え書】「〔今週の本棚〕 村上陽一郎評 不朽のコスモロジー 宇宙の調和」、『毎日新聞』2009年5月3日(日)付。

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あと1日出勤すればようやく休日です。
ただし、その休日は家族との約束があり、自己自身の休日ではないのがチト寂しいところで、脳を酷使しても、ない智慧が出てくるはずもなく、いつものごとく考えることのできない宇治家参去です。

さて、日曜の各社の新聞には通例「書評欄」が出ておりますが、こういうのも比較的ぱらぱらとめくります。いち早く読んだヤツが紹介されていた場合、こういうアプローチもあるのかとか、そうでない場合も、この本面白そう(乃至はつまらなさそう)!などと判断するひとつの目安にしているのですが、ひさしぶりに「読みたくなってしまった」新刊本と遭遇です。

「ケプラーの法則」で有名なヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler,1571-1630)の新訳書になりますが、ルネサンス末期から近代初頭にかけての、幅広く言うならば哲学を軸にした知識人の言説は非常に面白いところがあり、いつも出るたびに楽しみにしております。いわば、中世末期の感覚とそれに対する違和感、そして近代とも違うのですが、何かほとばしるような知性の閃きをそこにみてとることができ、なかなか刺激になるものです。不思議な譬えですが、錬金術で不老不死の薬といわれるエリクサー(elixir)を探究しながら、同時に、人間の自立と自由を謳いあげるふところのふかさとでもいえばいいのでしょうか……そうしたものを感じる次第で、知的方向性としてあまり近づきたくないなという人物もいなくはないのですが、その「でっかさ」にはいつもたまげさせていただいております。

ケプラーの著作に関しては、Mysterium cosmographicum〔大槻真一郎・岸本良彦共訳『宇宙の神秘』工作舎、1986年)は既に読んでいたので、それにつづく、Harmonice Mundiの訳出をたのしみに待っていたのですが、まあそれならラテン語で読めばいいじゃないかということにもなるのですが、それはそれで骨が折れるので、研究目的でもありませんから、そこは日本語でお許しを……というところです。

で、訳書が出版されたことは知っていたので、ちかいうちに読みたいナなどと思っていたところに、『毎日新聞』で、痛快なその書評が載せられておりましたので、また読書欲が沸いてきてしまった……というわけです。

失敗したな!

……というのが宇治家参去の生活感覚でございます。
定額給付金でネクタイなど買わずに、こっちを買っておけばよかった!

しかし、悔いても交換はできないので、酒飲んで寝ます。

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村上陽一郎 評
不朽のコスモロジー 宇宙の調和
ヨハネス・ケプラー著(工作舎・1万500円)

地球は「ミ・ファ・ソ」 六惑星の壮麗な音楽

 12世紀末ヨーロッパに誕生した大学では、多くの場合学生は、まず七つの「技」を身につけることを求められた。現在英語で「リベラル・アーツ」と呼ばれるものがそれで、大学生が何を専門に選ぶのであれ、知識人としての基礎資格のような意味で学ぶ「一般教養」の前身である。今日日本の大学における一般教養が、十分な形で行われているかは、それは大問題だが、ここでの話題ではない。
 さて、伝統的なリベラル・アーツの七つとは何か。論理学、修辞学、文法からなる「三科」と、天文学、幾何学、算術、音楽からなる「四科」がそれに当たる。だれでも判るように、三科は言葉についての基礎であり、四科は自然に向かう際に求められる基礎である。いや、まて。天文学はもちろん、幾何学も算術も数学の一部だから、それはよいとしても、音楽とは何事だ。
 このもっともな問いに対する、最も適切かつ明確な回答が、ここにある。通常近代天文学の創始者の一人に数えられるケプラーの、重要な三部作の最後を飾る書物である。
 ことを単純化して説明すれば、一本の弦(管でも同じことだが)を張って、音を出させる。それを原音としよう。その状態で、弦の長さを半分に、つまり算術的に言えば一対一に割ると、音の高さは原音に比べてちょうどオクターヴ高くなる。つまり八度の音程がとれる。同じように、二対一に分割した「二」の側では、原音に対して五度の音程が得られる。どちらもきれいなハーモニー(調和、協和)を造る。
 いわゆる「自然倍音」は、正確に言えば、この通りにはならないが、しかし、大切な点は、自然の音のなかに、そのような数的な秩序(調和)が存在している、という考え方である。こうした秩序は、ニュートンのころまでは、疑いも無く、この世の創造者である神の理性を体現する、合理的な秩序である、と考えられた。自然のなかに書き込まれているこうした神の合理性を、人間が読み解いていくのに必要な技こそ、四科だった。
 しかし、四科はそれぞれ別の領域のように見えるが、音楽と算術とは、ケプラーにあっては、すでに見たように二つの入り口から同じことに向かっているに過ぎない。では天文学や幾何学は。ケプラーが生涯の主題としたのは、まさしく、これら「四科」を総合しながら、自然、あるいは宇宙に向かうことだった。そしてこの『宇宙の調和』という書物こそは、そうした試みの頂点に立つ。因みに、そうした点を考えれば、ケプラーは、決して「近代的」天文学者ではなく、彼が生きたルネサンス時代を代表する、最も傑出した自然哲学者だ、と考えるのが妥当ではないか。
 圧巻は、天文学的な数値を基礎にした計算から、六つ(当時発見されていた)の惑星のそれぞれに、固有の音組織を案出する箇所だ。ケプラーは占星術で自らの運命を占う。結果は苛酷なものだった。だからだろうか、地球は「ミ・ファ・ソ」という悲しげに響く小さな音階。これに対して水星や火星は、誇らしげな大きな音階。それらが六声部となって、この宇宙には、耳には聞こえぬ壮麗な音楽が鳴り響いているのである。
 この重要な文献の全貌に触れることのできる今回の訳書は、原著のラテン語からの全訳で、詳細な注釈とともに、訳者のご苦労を多としたい。結果は大部となり、定価も決して廉くはないが、取り上げるに十分な価値あるものと考える。    (岸本良彦訳)
    --「〔今週の本棚〕 村上陽一郎評 不朽のコスモロジー 宇宙の調和」、『毎日新聞』2009年5月3日(日)付。

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宇宙の調和 Book 宇宙の調和

著者:ヨハネス・ケプラー
販売元:工作舎
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