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【覚え書】「〔テロとの戦いと米国① 第2部 疲弊する兵士〕『再びイラク』苦に25歳自殺」、『毎日新聞』2009年5月21日(木)付。

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どこをもってアメリカのベトナム戦争(フランスとベトナムとのインドシナ戦争は除く)の開始とみるかは微妙な問題ですが、ケネディ大統領(1917-1963)による軍事顧問団の派遣が1961年ですから、そこを起点とみた場合、アメリカ軍が完全撤退する1973年をひとつの終結と捉えますと(サイゴン陥落、南ベトナムの崩壊は1975年)、長く見積もっておよそ12年の長期にわたる戦争だったと理解できます。

また本格的な地上軍の派兵の契機とされるトンキン湾事件(1964年)を受けての、海兵隊のダナン上陸(1965年)をその起点とみるとならば、およそ8年にわたる戦争だったと理解できます。

この8年を長いとみるか、短いとみるかは論者によって別れる部分ですが、8年と勘定するにせよ、12年と勘定するにせよ、ひとついえるのは、アメリカ合衆国の威信は失墜し、国力が疲弊してしまう原因となったことは疑い得ない事実なのでしょう。

さてそれから四半世紀余りをへた現代ですが、宇治家参去自身も気が付いていなかったのですが、2001年の9.11アメリカ同時多発テロ事件をきっかけとした遂行された……そして遂行されている……「対テロ戦争」(War on Terrorism or War on Terror,WOT,2001.10.07-)も実は本年10月で満8年をむかえるということです。

たしかに、9.11を受けて、有志連合が「テロリズムに対する汎地球戦争」としてアフガニスタンに侵攻するには、1ヶ月を待たなかったわけで、引き続きイラクへも派兵が決定し、ブッシュ前大統領(George Walker Bush,1946-)が、2003年5月1日に「戦闘終結宣言」を高らかに宣言しましたけれども、現在も継続中であることは周知の通りです。

まさに両戦争の8年を長いとみるか、短いと見るか早計できませんけれども、ひとつだけいえるのは、いずれの場合にも、兵士自身も被害者であるということは忘れてはいけないのだろうと思います。

ちなみにベトナム戦争と対テロ戦争(ここではアフガニスタンとイラクへの派兵地域への限定)での規模を比較してみると次の通りです。

              従軍総数(万人) 死亡  負傷
ベトナム戦争(1964~1973) 874      58220 153303
対テロ戦争(2001~)    183      4955  34084
※『毎日新聞』(2009年5月21日付より)

ベトナム戦争では、死んでいく兵士たちの映像や壮絶な戦闘シーンが厭戦ムードを醸成させてしまった反省から湾岸戦争では、ハイテク戦争を演出し、「兵士が死なない」戦争をアピールしましたが、現実はそうでもありません。

戦場で倒れても、戦場から生きて還ってからもひとりひとりの兵士たちにとって「戦場」は終わっていないのが実情です。

メディアは戦争を論ずる場合、どちらかといえば、殺される「無辜の市民」と「野蛮に殺していく兵士」たちの構造をセンセーショナルに煽るのがほとんどですが、命じられて赴く人間も、そしてまさに一方的に殺される側も、そして、兵士と向かい合うテロリストたちや武装勢力たちのどこにも「正義」や「勝利」は存在しないのもので、「皆が敗者」となってしまうのがその実でしょう。

生き残っても見えない傷と復讐と恐怖になやむのは、市民だけでなく、当事者すべてということをわすれてはならないのだろうと思います。

怜悧な国際政治学者さんとかベテランの政治屋さんからなどは「青臭い」と言われるのは承知ですが、すべての戦争及び戦闘行為を肯定することはできません。

しかしながら、兵士・(共同体としての)軍隊という人間そのものを否定することは不可能です。戦争否定論者を皮切りに、センセーショナルを血眼になって探し求めるメディア稼業の人々は、兵士=悪という見取り図がお好きなようですが、兵士=悪と「認知」する認識構造自体が、レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)のいう人間のリアルな「顔」「眼差し」を捨象してしまう、ひとつの抽象化・単純化・概念化の暴挙に他なりません。

人間の「顔」「眼差し」を見ずに人間を議論するということは、結局のところ、実は何も評論していない、午後3時のテレビを独占する、訳知り顔の評論家に他なりません。

繰り返しますが、すべての戦争及び戦闘行為を肯定することはできません。
しかしながら、還元不可能な唯一の名前をもち、全体に収斂することの不可能な個性をもつ人間を、ひとつの概念へと押しこめるような論調には、まさに辟易とするわけで……。「生きてゐる兵隊」を見ない議論、そして「生きてゐる無辜の市民」を見ない議論には、イデオロギーありきの胡散臭さをどうしても感じざるを得ません。

【覚え書】なのに長くなってしまいました。

……ということで、札幌出張依頼仕事が続いていたのですが、ようやく金曜は休みなので、がっつり寝るか、それとも仕事をするか悩んでおりますが……、その前にがっつり飲むことにします。

おやすみなさい。

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〔テロとの戦いと米国① 第2部 疲弊する兵士〕
『再びイラク』苦に25歳自殺」

PTSDの診断残し
「母さん 無理だよ」

 「従軍を命じる」。07年秋、米軍から届いた一通の手紙に、米ワシントン州プルマン市に住む米国陸軍兵ティモシー・ジューンマンさん(当時25歳)は、目を疑った。翌年7月、イラクに再び従軍するよう求められたのだ。
 イラクでの駐留を終え、地元のワシントン州立大学で障害児教育について学び始めたばかりだった。2年間は兵役がない予定だったが、人員不足のため米軍は再従軍を命じたのだ。

 「母さん、またイラクに戻るなんて無理だよ」。もともと除隊を考えていたティモシーさんは、同州トレドに住む高校教諭の母ジャクリーンさん(49)に落ち込んだ様子で電話をかけてきた。「戦場での具体的な話はしませんでしたが、戻るのは本当につらそうでした」と母は振り返る。
 3人兄弟の長男。未婚の母ジャクリーンさんに負担をかけず、軍の奨学金で大学に進学するため02年、陸軍に入り、韓国、イラクで兵役に就いた。再従軍命令に従わなければ奨学金を失う。ティモシーさんは手紙を受け取った後、車で1時間半かかる同州基地での週末の事前訓練に通い始めた。
 だが08年3月、母のもとに突然の悲報が届いた。下宿でティモシー産が首をつって死んでいるのが見つかったという。地元の退役軍人省病院によると、イラクで武装勢力によるIED(即席爆発装置)攻撃を受け、帰還後、外傷性脳損傷(TBI)と心的外傷後ストレス(PTSD)と診断されていた。死の2カ月前にも自殺を図り未遂に終わっていた。自殺直前も診断予約に姿を現さないなど「兆候」を見せていた。
 「なぜ自殺未遂を教えてくれなかったのか」。ジャクリーンさんは病院に抗議したが、「プライバシー保護のため」と反論された。その後報道で、過去4カ月間に同じ病院で治療中の帰還兵6人が自殺していると知った。
 「プライバシーを言い訳にした責任回避だ」。ジャクリーンさんは地元選出の民主党上院議員に手紙を書いた。議員は米連邦議会で病院の対応を批判した。
 病院はその後、自殺の危険性のある帰還兵が診察に現れなかった場合、家族に電話を入れるなど規則を見直した。「息子は病気の症状を抱えながら、進学と再従軍を両立させようと一人で頑張っていた。私は何もしてやれなかった」。母はそう言って、涙でほおをぬらした。
【米ワシントン州で大治朋子、写真も】
× × ×
01年10月に米国が始めた対テロ戦争は、既に8年目。戦闘の長期化で疲弊する米軍の実像を検証する。
    =つづく
    --「〔テロとの戦いと米国① 第2部 疲弊する兵士〕『再びイラク』苦に25歳自殺」、『毎日新聞』2009年5月21日(木)付。

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