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2009年5月

「自己へ反省すると同じ程度に他者へ反省し、他者へ反省すると同じ程度に自己へ反省するもの」としての根拠

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 根拠(理由)は同一と区別との統一、区別および同一の成果の真理、自己へ反省すると同じ程度に他者へ反省し、他者へ反省すると同じ程度に自己へ反省するものである。それは総体性として定立された本質である。
 すべてのものはその十分な根拠を持っているというのが、根拠の原理である。これはすなわち、次のことを意味する。或るものの真の本質は、或るものを自己同一なものとして規定することによっても、異なったものとして規定することによっても、これをつかむことができない。或るものは、他のもののうちに自己の存在を持っているが、この他のものは、或るものの自己同一性をますものとして、或るものの本質であるようなものである。そしてこの場合、この他者もまた同じく、単に自己のうちへ反省するものではなく、他者のうちへ反省する。根拠とは、自己のうちにある本質であり、そしてこのような本質は、本質的に根拠である。そして根拠は、それが或るものの根拠、すなわち或る他のものの根拠である限りにおいてのみ、根拠である。
    --ヘーゲル(松村一人訳)『小論理学(下)』岩波文庫、1978年。

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「呑むこと」に理由は必要なのでしょうか。
宇治家参去が「呑む」根源的根拠は、「好き」だから呑むわけです。
もちろん、頭に来て呑むこともありますし、嬉しくて呑むこともありますが、もっとも根源的な根拠は「好き」だから呑んでいるのだと思います。

だから、「呑み過ぎて」辛くなっても、そこから「学ぶこと」ができないのはそのあたりにその根拠があるのかも知れない--そう思う昨今です。

体質的に、そして味覚的に酒を呑むことが全くNGな細君からしてみると、「好き」だから「呑む」ということは根拠になっていない……ということだそうですが、「好き」だから「呑む」というのも立派な根拠なのだとは思う訳なのですが、なかなかその差異を尊重しあえることができません。

こうした言説の対立、すなわち、人間はどのように差異を憎しみ合う状況から、讃え合う「間柄」へ転換することがどのようにすれば可能になるのか。

日々模索というところですが、考えようによっては、言説の対立とは、ひょっとすると良い学習材料なのかもしれません。対立意見に耳を傾ければ、見えなかった本質が浮き彫りにされ、 問題の核心をつかむことができるからです。

そのままそうした状況を放置せず、違いを違いと認め合う、そしてそのことを尊重し讃え合うという生きる流儀を細君との言論戦のなかで学ぶ必要だけはあるなと思う次第です。
「根拠(理由)は同一と区別との統一、区別および同一の成果の真理、自己へ反省すると同じ程度に他者へ反省し、他者へ反省すると同じ程度に自己へ反省するものである」とヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)が言っているとおりですから、「好きだから」という自己へ反省されただけの根拠ではなく、同じ程度に他者へ反省された根拠へと、転換して参りたいものです。

根拠を丁寧に探究することで、同じ酒を呑んでも、味が変わるかも知れません。

さて--。
5月頭に、市井の職場での健康診断があったのですが、その診断報告書が到着!

例の如く、肝機能は数値がすべて80オーヴァー。
ただ半年前よりは若干数値が良くはなっているのですが、いずれにしても定期的には、休肝日を拵えた方が良さそうですが、これは後日の検討ということにしておきましょう。

で……。
月末に新発売されたプレミアム・ビール「アサヒ・ザ・マスター」(アサヒビール)を試しておりますが、触れ込みどおり、ドイツの伝統的なピルスビールの雰囲気をよく再現しております。味わい深くコクと香りのあるビールで、これからのうっとおしい季節の不快感に爽快な息吹を送ってくれそうです。

ただ、宇治家参去としても、もうちっと、苦味があってもよかろう……と思うところです。

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それでもなお、「またそのように考えることを欲しない」

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 人類は全体として愛され得るような存在であるのか、それとも我々が不快の念をもって考察せねばならないような対象であるのか、我々は確かに人間が有りとある善を具えていることを(人間嫌いにならないために)希望はするものの、しかし実際には彼に善を期待してはならないような、或いはむしろ彼から眼をそむけざるを得ないような代物であるのか。この問いに対する答えは、もう一つの設問に対して与えられる答えにかかっている、すなわち--人類は常にいっそう大いなる善に向かって進んでいき、過去および現在の悪を本来における善によって解消するであろうという期待に副い得る根拠となるような素質が、人間の本性に備わっているのか、という問いである。もしこの問いが肯定されれば、我々は少なくとも絶えず善に接近してやまない人類を愛することができるからである。だがそうでないとすると、我々は人類を憎悪し或いは軽蔑せざるを得ないだろう。たとえ普遍的人類愛(かかる愛なら、我々が深く心を傾ける愛ではなくて、せいぜい好意の愛にすぎないだろう)などという巧言をもって如上の見解に反対しようとも、ひっきょうはこれが真実なのである。ついに善に遷ることのない悪--とりわけ人間の神聖な権利を故意に、また互に侵害し合うところの悪は、たとえ我々が心のうちに愛を絞りだそうとして最大の努力を払うにせよ、やはりこれを憎まざるをえないのである。なおここで憎むとは、必ずしも人間に害悪を加える意味ではなくて、できるだけ人間とかかわりをもたないということである。
    --カント(篠田英雄訳)「理論と実践」、『啓蒙とは何か 他四篇』岩波文庫、1974年。

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57通のレポートをなんとか乗り切り、すこしゆっくり出来るか!……でわなく、おちついて仕事ができるのを!と思っている矢先、返却と同時に30通程度が送付されてき、昨年の倍の量!……と凌駕され、レポートと向かい合う宇治家参去です。

今回、久し振りに「励まされるレポート」に遭遇です。

趣意ですが……。

「倫理学を通じ、時代や人種、国境といった差異を讃え合う発想を学べることが、とても嬉しい。身近なことに着目し、心の対話をすることによって、善き“自覚”を選択し、人間として成長すること、そしてささやかながらもそのことで社会に貢献できる力を備えることを自分自身の課題としたい」

なんかすごい学問ぢゃのおお!
……我ながらびっくりしてのぞけった次第です。

結論から先に言えば、大学で講じられる倫理学には極端な言い方ですが、人間はこうあるべきだとか、人間関係はこうあるべきだということは全く示されておりません。倫理とはもと『礼記』に由来する言葉で、「人間のあり方」「人間関係のあり方」を意味する漢字です。しかしながら、大学で講じられる倫理学には、「そのあり方」は「これがいいよっ!」っていう方向性はまったく示されませんし、教材のどこにも記されておりません。

それと同じように、後者のあり方に注目するならば、生きている一人の人間と、その生きている人間の社会との関わりが大きな問題としてクローズアップされるます。そのなかで、過去の個人としての人間観、そしてその共同存在としての共同体観が種々検討されますが、その問題に関しても、踏み込んだ言い方をするならば、「社会をよくするためにはこうした方がいいよ」っていう式な「ファイナル・アンサー」はどこにも出てきませんし、宇治家参去自身が教鞭を執る際にも、「示して」見せたりもしません。

ここにある意味ではディレンマとか、教師としての無力さとか、学問の限界を感じるわけですが、現実にはその「ファイナル・アンサー」を組み立てるのは、宇治家参去を含めた、その学問と関わるひとりひとりの問題になりますので、そこを向き合うひとりひとりが発見、自覚してくれたときほど、嬉しいことは存在しません。

だからこそ、大上段から何かを示して見せたり、完全無欠の模範解答を紹介したりしても、全く意味が無く、ひとりひとりの人間が生きているそれぞれの現場で悩み格闘し、考え抜くことによってつかみ抜くという労作業こそがもっとも大切なのでしょう。

ひとりでなやみ格闘し考え抜いたコンテンツを、他者と摺り合わせていくというチャンネルが同時に必要なのですが、そこでもまた「打たれてしまう」のが現実です。

ときには倒れることもあり、思索から遠ざかることもあることも承知です。しかし長い目でみれば、その行為そのものから降りない限り、ひとはなにかをつかむこともできるものです。

大切なのは他者との連関のなかで、自分自身が徹底して作業を遂行しながらも他者ときりはなされず営みをつづけ、なにかをつかむことだと思います。往々にしてそこでつかみ取られたコンテンツとは、模範解答にかかれているものと同じ事が多いかも知れません。しかし、最初からそれをつかむのではなく、自分自身が組み立てていく……そこに醍醐味と本物の輝きがあるのだろうと思います。

その問いを学ぶ〔=訪(とぶら)う@和辻哲郎〕のが学問の世界であり、きっかけを示すだけで本分は達成されております。

しかし、そのあとの、知られざるひとりひとりの道のりが、こうした形でちょっとした報告というかたちで紹介されると、無情の喜びとして「堪えられない」と感じてしまう単純な宇治家参去です。また自分自身頑張ろう!と決意できるので不思議なものです。

日本を代表する倫理学者・和辻哲郎()もどこかでいっておりましたが、他者(学生)を必要とせず自存できる教師という存在など存在できるわけもなく、同様に他者(教師)を必要とせず自存できる学生という存在など存在できるわけもない……趣意ですが、そのことをはなはだ実感する次第です。

その相互連関のなかで、お互いが成長できるのが、まさに……使い古された言い方で恐縮ですが、中世のヨーロッパ社会において大学が誕生した際の理念論に耳を傾けるなら……「世界市民育成の場」としての“開かれた”“学びの場”としての大学の存在価値になってくるのだろうと思います。

さて冒頭では、カント(Immanuel Kant,1724-1804)の独白をちょいと引用してみました。ご承知の通りカントは苦労人で、1770年、46歳のときにケーニヒスベルク大学から哲学から教授としての招聘されるまで、今で言うところの「非正規雇用」というやつで家庭教師とか私講師なんかでしのいでい、結構辛酸を舐めております。しかしなんらそこに痛痒をいだくわけでもなく、その歩みを止めなかった人物です。

だからこそなのでしょうか。
強烈な人間不信論、人間極悪論が出てこようとも、そして人間がまさに「人間」以下の“野獣”として疾走する現実に直面しようとも(実際にカントの生きた時代は戦争と革命の連続です)、それでもなお「人間の善性」を決して諦めなかったことで知られております。

またそれゆえになのでしょう、様々なものを見てきたけれども、人間の世界にはそれだけでもない部分がそれ以上に豊富に存在する……そこを薫育していくしかないんだよな……というシニシズムとは対極にある現実主義がちらほらと散見され驚くことがよくあります。

カントの哲学は「定言命法」(「あなたの意志の格率が常に同時に普遍的な立法の原理として妥当しうるように行為せよ」、『実践理性批判』)に見られるように、その「普遍的」な「形」「形式」にこだわることが顕著です。このことにより後の論者はカントは内容を欠いた形式主義者に他ならないとの批判がなされますが、実際のところ、そう単純な形式主義でもないのだろうと思います。

カントにおいて「形式」とは人間を「薫育」しゆかんとする「形式」です。そしてその形式を定位するにあたって、かならず「生きた人間」を思い浮かべならば模索されております。

有名な話ですが、カントはルソー()によって傲慢な思い上がりを粉砕されたわけですが、それ以前もまたそれ以後も、カントは父母、友人の思い出を語ることときの温かさが有名であり、生きている人間との交流についてもそれはそれは実に丁寧であったと伝記記者が報告するとおりです。

……いわば現実と理念の不断の対話を遂行するなかでひとつの形として定式化されたわけで、両目で形と現実を直視する中で、その倫理思想、そして哲学大系が打ち立てられたことは否定のしようがない事実だろうと思います。

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 ……有徳の人が世間におけるあまたの不快事や悪への数々の誘惑と闘いながらも、かかるものに毅然として立ち向う姿を見るのが神性にふさわしい光景であるとするならば、人類が時代から時代へと特を目指して向上の歩みを進めはするものの、やがてまた以前の悪徳と悲惨との仲へ深く落ち込んで元の木阿弥に戻る有様を見るのは、私としては、神性にふさわしからぬとまで言うつもりはないが、しかし極く普通の、しかし善意の人間にすらこの上もなくふさわしからぬ光景であると言いたい。束の間にせよこのような悲劇を観るのは、恐らく心を傷ましめると同時に教訓にもなるだろう、しかしかかる悲劇には、いつかは幕が下りねばならない、このような舞台が長く続くと、悲劇はけっきょく道化劇に化するからである。たとえ役者達は--彼等は道化師なのだから--かかる劇を飽かずに続けるにしても、しかし観客はいつまでもお仕舞にならないこの芝居が千篇一律であることを、当然のことながら、看取することができれば、一幕か二幕でもう沢山だということになる。そして最後に現われる刑罰は、もしこれが芝居であれば、確かに不快な感情はめでたい大団円によって償うことができるだろう。しかし無数の悪徳(たとえそのあいだにいくらか徳がはさまるにせよ)が、現実の世界において層一層と堆積されるのは、いつかはしたたかに罰せられるためでしかないとしたら、それは--少なくとも我々の考えに従えば、--聡明な世界創造者にして世界支配者たるものの道徳性に反すると言わねばならない。
 そこで私は、次の二事を想定して差支えないと思う、--第一に、人類は文化に関して絶えず進歩しつつある、そしてこの進歩はまた至善が人類に指示した目的でもある、それだから人類の存在に対する道徳的目的に関しても、いっそう大なる善に向かって進歩をとげつつある、ということである。また第二には、このような進歩の過程は、なるほど時に中断されはするが、しかし決して断絶しないであろう、ということである。
    --カント、前掲書。

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現実には、「善なんて野暮なことをお説くになさんな」などと嘲笑されるのがいまの社会です。そして「人間なんて糞だ」と罵られることなんて百も承知ですし、そのことは痛いほど理解もしております。

しかし、「糞だ」としても何も変わらない。
「野暮」と言われても何も変わらない。
そして評論家風に例えば「(何かの犯人に対して)彼の心には闇があったのです」などと得意そうにいわれても何も変わりません。

そうした批判や実情を承知でもなお、善への選択は人間として必要不可欠なのだろうと思います。

そして、善なるものを早急に形而上からの訓戒として「固定化」したものとして受け止めないようにする必要も一方では存在するのでしょう。これ形而上的訓戒の「固定化」こそ一方的なイデオロギーであり、必ず不幸を招来してしまうわけですから。

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空間と時間とは、感性的直観の形式にすぎない、それだからまた現象としての物の存在を成立せしめる条件にほかならない、――また我々の悟性概念に対応する直観が与えられ得ないとすれば、我々はいかなる悟性概念ももち得ないし、従ってまた物を認識するに必要な要素を一つももたないことになる……、(中略)つまり我々が認識し得るのは、物自体としての対象ではなくて、感性的直観の対象としての物――換言すれば、現象としての物だけである。
    --カント(篠田英雄訳)『純粋理性批判 上』岩波文庫、1961年。

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カントが言うとおり、人間には認識不可能な善の当体とは「物自体(Ding an sich)」なのかもしれません。だからこそ扱う当人たちがそれを勝手に決め込むことなく、徹底的に自己の問題として取り扱いつつも、他者と相互吟味していくそうした矜持を忘れてはならないのでしょう。

「人類が時代から時代へと特を目指して向上の歩みを進めはするものの、やがてまた以前の悪徳と悲惨との仲へ深く落ち込んで元の木阿弥に戻る有様を見るのは、私としては、神性にふさわしからぬとまで言うつもりはないが、しかし極く普通の、しかし善意の人間にすらこの上もなくふさわしからぬ光景」なんかどこにも「転がっています」。

そこにどのように向かい合っていくのか。
そのことは瞬間瞬間の生命に対して試されているように思われます。

道化になることは簡単です。
しかしその道化に「飽きること」は難事です。

とやかくいわれようが、そこを選択するしかないよな……などと思う宇治家参去です。

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(人間の……引用者註)意志は、なるほど現象においては自然法則に必然的に従うものとして、その限りにおいては自由でないと考えられるが、しかしまた他方では、物自体に属するものとして、自然法則に従うものではないから従ってまた自由であると考えられるのである。
    --カント、前掲『純粋理性批判』。

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無関心であったり、シニシズムや評論家をきどったりするあり方というのは、ひょっとする自己自身に従うことのできない「不自由」であり、その対極にあるのがカントの示して見せた人間の真の自由としての責任なのだろうと思います。

……って、かなり話がずれ込みました。

いつものことですがねえ。

ともあれ、成長を期することをしたためて下さった学生さんにはエールを送りたいものですが、送るだけでなく自己自身もたゆまず人間と関わっていくほかないなと再確認させてくださり、「ありがとうございます」を言うのが先でしょうね。

「ありがとうございました」!

……ってことで、1992年に発売されたビール「焙煎生ビール」(SAPPORO)が復刻されていたので、チトやってから寝ます。これが旨いんですヨ!
これがビール中毒になった原因の一端です。10数年ぶりの再会でござんす。

……って、まだ蛇足ですが、最初に引用したカントの「理論と実践」の末尾がまた美しいので最後にチト引用して、飲用します。

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……人間の本性には、権利と義務とに対する尊敬の念が今なお生きている。私は、人間の本性が悪のなかにすっかり沈没して、道徳的・実践的な理性が、失敗に終わった幾多の試みののちについに悪を克服して人間の本性を愛すべきものとし顕示する時期が到来しない、と考えることはできないし、またそのように考えることを欲しないのである。それだから世界市民的見地においても、理性根拠にもとづいて理論に当てはまることはまた実践にも通用する、という主張には変わりがないのである。
    --カント、前掲「理論と実践」。

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人間とは「そんなもんなんだよな」などと言うことは簡単ですし、そこに打ちのめされるのが現実で宇治家参去なども一日たりとも壁パンチを繰り出さなぬ日なし!といことは承知ですが、それでもなお、「またそのように考えることを欲しない」わけであります。

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愛は惜しみなく奪うものだ。愛せられるものは奪われているが不思議なことには何物も奪われてはいない。然し愛するものは必ず奪っている

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 愛は自己への獲得である。愛は惜しみなく奪うものだ。愛せられるものは奪われているが不思議なことには何物も奪われてはいない。然し愛するものは必ず奪っている。ダンテが少年の時ビヤトリスを見て、世の常ならぬ愛を経験した。その後彼れは長くビヤトリスを見ることがなかった。而してただ一度あった。それはフロレンスの街上に於てだった。ビヤトリスは一人の女伴れと共に紅い花をもっていた。而してダンテの挨拶に対してしとやかな会釈を返してくれた。その後ビヤトリスは他に嫁いだ。ダンテはその婚姻の席に列って激情のあまり卒倒した。ダンテはその時以後彼れの心の奥の愛人を見ることがなかった。而してビヤトリスは凡ての美しいものの運命に似合わしく、若くしてこの世を去った。文献によればビヤトリスは切なるダンテの熱愛に触れることなくして世を終ったらしい。ダンテの愛はビヤトリスと相互的に通い合わなかった。(愛は相互的にのみ成立つとのみ考える人はここに注意してほしい)。ダンテだけが、秘めた心の中に彼女を愛した。而かも彼は空しかったか。ダンテはいかにビヤトリスから奪ったことぞ。彼は一生の間ビヤトリスを浪費してなお余る程この愛人から奪っていたではないか。彼れの生活は淋しかった。骯髒(こんそう)であった。しかしながら強く愛しtたことのない人々の淋しさと比べて見たならばそれは何んという相違だろう。ダンテはその愛の獲得の飽満さを自分一人では抱えきれずに、「新生」として「聖曲」として心外に吐き出した。私達はダンテのこの飽満からの余剰にいかに多くの価値をおくことぞ。
    --有島武郎「惜しみなく愛は奪う」、『惜しみなく愛は奪う --有島武郎評論集--』新潮文庫、平成十二年。

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市井の職場で、パソコンを使って私的な仕事をする際、公用のパソコンを使いたくないので、私物のパソコンで仕事をしておりますが、昨年導入した日立のCPUがPentiumII233という骨董的なマシンにWindows2000をぶちこんで使っていたマシン……それでも、MS-OfficeもネットもぎりぎりOKでつかっておりましたので、それなりにもっさりはしておりましたが重宝していたマシンですが……がとうとう、成仏なされてしまいました。

ソフト的なトラブルというよりもハード的なトラブルのようにて、HDDを換装するとか種々対処は想定できるのですけども、その方がかえってコスト的に高く、マア、購入も2000円で買った骨董マシンですから、踏ん切りはつくのですが、会社のロッカーに置きっぱなしする新しいPCが必要だわな……その出費に悩む宇治家参去です。

宇治家参去の場合、かなり「律儀」といいますか「杓子定規」といいますか、パブリックとプライベートをかなり俊敏に区別してしまう性質です。

おそらく前世紀的にきびしい躾をされていた三つ子の魂なのでしょう。
セキュリティの問題がどうだとか、ファイルのウィルス感染がどうだ、とかいう当座的な問題以上に、どうも会社のPCなんかで私的な要件を済ませるのが……それが許容されたあり方であったとしても……なにか抵抗を感じるところがあります。

大学では共用PCですがアカウントで管理されているので、それなりに利用しますが、市井の職場ではやはり自己PCをロッカーに寝かせて、休憩中に学問の仕事をしたり気分転換をしたりと利用しております。

windows2000以上であればウィルコムとかe-mobileの接続ができますので、それをひとつの規準にして利用していたわけですが、10年以上まえに発売された、やはり2000円の骨董マシンです。

よく1年間もってくれたものです。

ありがとうございました。

ご成仏、心より深く哀悼の意を表します。

ただ……そのPCの成仏は、そのマシンの負荷以上の活躍から、深く哀悼の意を評せざるを得ませんが、同時に後継機も必要となるわけで……。

自宅には、今モバイルPCが3台あります。
1台は出張用の新調したSonyのvaio type-P。
1台は、息子殿のYoutube観賞用……それはMottainai使い方なのですが……IBM(現Lenobo)のThinkPadX61。
1台は細君が利用しているAcerのネットブック・AspireOne。

細君利用のPCはほとんど利用していないようで、結局宇治家参去が不在時に宇治家参去がメインPCとして利用しているデスクトップをいじくっているので、それを代換えすることは可能なのですが……、

「何かあったときに、使えないと困る」

……とのことで、代換え拒否!

数日前から、骨董マシンが「ぷすんぷすん」と微妙な音色を奏でておりましたので、その代換えにと伺いましたが、「非常時に困る!」とのことで拒否られてしまいましたので……

「それなら、その代換え分の費用を!」

……と申請したところ、

「今月は実家にもどったりと色々出費があったから、自家撞着?しなさい」

……とのことで、

結局、ネットオークションでライターでも売却してそれに見合う、多分、5000円前後でしょうか……その費用で、1-2年使い潰せるマシンを新調するほかありません。

金のないときにかぎって、必要不可欠な出費が要求されるのは世の常なのでしょうか!

まさに、「愛は惜しみなく奪うものだ。愛せられるものは奪われているが不思議なことには何物も奪われてはいない。然し愛するものは必ず奪っている」ようです。

トホホのホイ!

いつもだと冷酒で締める!わけですが、気分転換にカクテル・パートナー(アサヒ)の「イタリアン シトラスプモーニ」でも呑んで寝ます。

これ以上、「惜しみなく奪われる」と辛いので。

ただ、これ、「甘すぎる」!

世の中は「甘くない」ので、ときには「甘いもの」がちょうどいいのかしら?

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【覚え書】鹿島茂「〔引用句辞典 不朽版〕 大学改革」『毎日新聞』2009年5月27日(水)付。

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数年ぐらいまえでしょうか……。
学会の発表後喫煙所にて煙草をすっていると、決して悪いことをしているわけではないですけれども「わたしらもタイガイ日陰者ですなア」という雰囲気で、年配の愛煙家の先生が連れモクしてくださり、しばし談笑。

「先生、何教えているんでしたっけ?」
「専門は神学ですが、いまのところ哲学とか倫理学ですが……」
「人文学は全般的に退潮傾向ですから、大変ですなア」
「そうですねえ」
「本当はそうした人間の土台を形成する学問を大切にすべきなのでしょうが、やれパソコンの使い方だとか、パワーポイントの使い方だとか。ああいうのは別に大学で教える必要とかあるのかあ~などと思うわけですけどねえ。……って、教えている先生に聞かれるとマズイですけどねえ」
「そうですねえ」

たしかにパソコンの使い方とかアプリケーションの使い方の科目が悪いというわけではありません。「読み・書き・そろばん」がかつてのリテラシーであったように、パソコンとかネットワークに関わる実践的知識というものは現代のリテラシーですから。
ただし、人文科学、社会科学、自然科学の基礎理論的な科目から、そうした実践的な科目まで選択肢としては必要なのでしょう。

ただ少子高齢化と社会からの要請・政府の主導のもと、あまり毒にも糞にもならない一群の科目は、改廃されていくというところがすこし淋しいなと感じる宇治家参去です。

ちなみにこれは特定の大学に限られた問題ではありません。


そして、
2,3日まえぐらいでしょうか……。
市井の職場で休憩中に、喫煙室で煙草を吸っていると、内線の携帯電話で店長から呼ばれ、吸いかけの煙草を消して店長のところに向かうと、

「パソコンがネットに繋がらなくなったので、みてくんない? LANケーブルは繋がって居るんだけど」

……と言われて店長のパソコンを見ると、確かに物理的にはLANケーブルはささっているわけですが、ネットワーク関係の該当箇所を確認してみると、接続は断線しているようで、ブラウザを立ち上げても「WEBページ見つかりません。HTTP404」という具合ですので、差し直して、接続環境を診断させ、何度かトライしてみるも、接続できず……。

おっかしいなア~、などともう一度、物理的な配線関係を見てみると、ハブの電源が抜けておりました。

「そりゃ接続できませんゼ、旦那」というわけで状況を説明すると、

「みんないってますよ! パソコンがトラブルと、宇治家参去さんに頼めば直してくれるって、ホント、すげえよな」

「いや~、普通だと思いますが」

……ということで、再度煙草を吸いに戻ると、緊急のレジ応援連絡があり、吸いそこねた次第です。

ただ、こういうことを振り返ってみるならば、ある程度の「社会に出てから直接的に役立つ技術や方法を教えて資格試験に合格させること」に力点をおいた効率的カリキュラムというものも不必要というわけではないのでしょう……ねえ。

ただ宇治家参去の場合は自分で学んだわけですけれども。


そして、そして、
2ヶ月まえぐらいでしょうか……。
教員養成でそれと知られた教育機関の教育理論の年配の先生(専門は何か忘れましたが)と話す機会があったのですが、

「教育学部なんかでもねえ、やっぱり、教員養成ということが第一義になるからねえ、機械的に教員資格がとれ、採用試験に向けたハウツー的な科目がどんどんふえてきたねえ、ここ一〇年ぐらいかなア~」
「そうなんですかあ」
「教育理論とか理念とか哲学というものよりも、いかに合格させるかというところが優先されるわけなんですけどねえ。それがわるいというわけじゃないし、受からせるための科目とか講座はどんどんあっていいと思うんだけどねえ」
「ですが何か?」
「それだけになってしまうと……一抹の不安を感じてしまうんだよねえ。大学は工場ではありませんからねえ」
「そうですねえ」
「その意味では、選択肢としては不要と思われるような古臭い科目も、先端のハウツー的な科目も両方が本来必要であって、その両方の科目がお互いから学ぶことによって、実りゆたかなものが創(で)てくると思うんだけどねえ」
「ただ、実践的な講座への大学改革を進める政府から見ると、「○○学理論」とか「○○学概論」のような理念的な学問は、どうでもいいやって雰囲気なんでしょうかねえ」


そして、そして、そして、現在。
いずれにしましてもコマ数も少なく、まさに「社会に出てから直接的に役立つ技術や方法を教えて資格試験に合格させること」に力点をおいた効率的カリキュラムとマア、まったく対極にある科目を担当させていただき、科目が消滅することもなく講義を続けさせてくれている宇治家参去はまだ幸せなほうかもしれません。

これまでも何度も学問論として言及はしてきましたが、責任のいったんは「象牙の塔」としての大学自体に内在する問題であり、その反省であることは承知しております。

そして「教習所」化でもたらされる恩恵としての「社会に出てから直接的に役立つ技術や方法を教えて資格試験に合格させること」に力点をおいた効率的カリキュラムが必要であることも承知です。ですから長期的なスパンでみるとどちらが偉いか!という議論では全くなく、両方を丁寧にやっていくしかないのでしょう。

そしてそのことより重要なのが、引用文の論者が指摘している次の部分かなと思います。すなわち、

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不思議なことに、かつての学生の心の中に最後まで残るのは、決して「教えられたこと」ではない。「あの先生は偉かった」という「恩師」のイメージである。

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この部分は深く痛感する次第です。
教えてくれたユニークな教員、峻厳な先生、型破りな博士……たちの思い出に事欠くことはありません。そして同時に教えてくれた内容を覚えていない浅はかな宇治家参去ですが、教育とは決して知識の伝授のみにかぎられるわけでなく、人間と人間との交流ですから、「恩師」のイメージが生き生きと残っているだけでも、それは勝ち(価値)なのかなと思ったりもします。

また幸い、最大の学問の恩師である鈴木先生もご壮健で、今なお闊達に、学問指導を人間としておこなってくれる薫陶に頭がさがるもので、知識だけでなく、その人間としての全体から、まさに「あの先生は偉かった」という印象が拭いがたく、否、毎度毎度強まるばかりで……。

その意味では、宇治家参去は大丈夫なのだろうか……などと思うことしばしばです。
徒手空拳のような科目で徒手空拳しつつ、酒を呑んでひっくり返って(小さな声になりますが、「ときどき骨折したり」)いたり……。

まあ、ただそこに、人間・宇治家参去の全体があるわけで、自分としては、その姿から、哲学、倫理学、(そしてできれば宗教学か神学で)「知識」を伝授するだけでなく、何かしらの啓発できるようなイメエジを残していきたいものだよな……などと至極実感しております。

マアそれは「あの先生は偉かった」という表現とは対極にある「あの先生はナイーヴでシャイなチキンボーイ」だったけど、「面白かった」ということだけでもいいのかもしれませんが……。

……ということで、suntoryの担当者から6月2日発売の発泡酒「YUTAKA 豊か<生>」をサンプルとしていただいたのですが、思った以上に「クセ」がなく「さっぱり」としておりました。suntoryはビールでは「プレミアムモルツ」と、新ジャンルの「ジョッキ生」「金麦」で成功を収めておりましたが、発泡酒のカテゴリーは吹かず飛ばずでしたので、「YUTAKA 豊か<生>」が風穴をあけるかどうか注目したいところです。

http://www.suntory.co.jp/beer/yutaka/index.html

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引用句辞典 普及版 大学改革
教員が教習員と化し 消える「恩師」のイメージ

 「京都大学の講義の中では、厨川白村博士の近代英詩人論が、一番役に立った。(中略)
 私は学問的に云えば、厨川博士の方が勉強家で根よく読んでいたような気がする。上田(敏)博士は、研究努力と云うよりも自分の鑑賞趣味で読んだ程度に過ぎない人ではないかと思う。どうも芥川龍之介なんかの方が、上田博士よりも沢山本を読んでいなかったかと思われる。
 だが、厨川博士と上田博士と、どちらが文芸に対して理解があったかと云うと、これは問題なく上田博士の方が上だったと云う気がする。厨川博士は、僕の作品などについても素人でなければ賞(ほ)めないようなものを賞めていた。上田博士が、文芸を談ずるときは、文芸を真に味読するものの歓喜があったように思う。結局この人は学者よりも、学者的なヂレッタントでなかったかと思う」
 (菊池寛「半自叙伝」=岩波文庫『半自叙伝・無名作家の日記他四篇』所収)

大学改革
 大学の「自動車教習所」化が進んでいる。つまり、社会に出てから直接的に役立つ技術や方法を教えて資格試験に合格させることを至上目的にした効率的カリキュラムの改革が政府主導のもとに進行しているのだ。いまや、大学教員に求められるのは教習員的な教育技術であり、学識や見識ではない。これは、ある程度は、仕方のないことだとは思う。大学はあまりに「象牙の塔」でありすぎたからだ。
 しかし、こうした実用シフトへの転換に伴って大学が失うものもまた大きい。なにかといえば、「恩師」という概念である。夏目漱石の時代のような全人格的なアウラとまではいわない。しかし、大学卒業後かなりたってから、「ああ、あの先生は偉かったな」と初めて気づいて懐かしく思い出す「恩師」のイメージというものは失われてほしくないと思うのだが。
 自分の学生時代のことを振り返ればわかるのだが、学生というものは、無知蒙昧なくせに、教師に対する識別力だけはもっている。つまり、これはたんにテクニックしか伝授できない教習員か、教養と学識に裏打ちされた本当の学者かということを瞬時に見分けてしまうのである。教師がいくら空威張りをしても無駄である。学生は、学生であるというその資格において、教師に冷徹な審判を下すことができるのだ。
 ゆえに、私は大学の教壇に立ったことのある文学者については、その教え子の残した思い出というものを重視している。文学者の本質がかなりの確率で把握されているからである。
 しかし、それにしても菊池寛は素晴らしい恩師に恵まれたものである。厨川白村と上田敏とは、なんという豪華版だろうか。
 だが、両者に対する学生・菊池寛の評価は以外に手厳しい。厨川白村は、学者としては一流だが、文学的な感性においては二流であった。いっぽう、上田敏は文学的な感性は鋭かったが、学識は友人の芥川などの方が上で、学者というよりも文学的ディレッタントに過ぎなかった、云々。もっとも、後者に関しては、短編「葬式に行かぬ訳」にあるように、京都大学在学中に上田敏に認められて文壇デビューするという夢が脆くも砕け散った逆恨みの気持ちも働いていた。菊池寛が芥川や久米正雄とともに創刊した『新思潮』を送っても、上田敏からのコメントは一言もなかったからである。
 それにまた、京都大学の英文科には文学を志すような学生は皆無で、中学教員希望者ばかりだったことも菊池寛を失望させた。「とにかく、京都大学三年の間、教室で学んだものは、何もなかった。あったとしても、一月で自分でやれば覚えられる事だと思う」と京大時代を全否定している。
 だが、それにもかかわらず、菊池寛の思いでの中には、教え子に恵まれず、やり甲斐のない授業をしている晩年の上田敏の不遇なイメージだけは確実に残された。そして、「砂を噛むような無味な、不快な三年」が終わって京都を去ろうとしたとき、上田敏の訃報に接するや「S博士に対する感謝や感激の心丈が何時の間にか、胸の内に溢れて居た」のである。
 不思議なことに、かつての学生の心の中に最後まで残るのは、決して「教えられたこと」ではない。「あの先生は偉かった」という「恩師」のイメージである。いま、大学はそれをみごとに抛擲しようとしているのである。
(かしま・しげる=仏文学者)
    --鹿島茂「〔引用句辞典 不朽版〕 大学改革」『毎日新聞』2009年5月27日(水)付。

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旨いもの・酒巡礼記:北海道・札幌市編「海鮮と串焼き 全国の銘酒  札幌 北のさゝや 本店」

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わすれないうちに書いてまとめておこう……ということで、【旨いもの・酒巡礼記】札幌編その①です。

いつも食べ物と呑み物……飲み物ではアリマセンヨ……の話で恐縮ですが、身近なものごとに注目し、人間とは何か、そして人間のいきている共同体としての世界とは何かを探究する倫理学者でありますので、その辺はご容赦くだされませ。

5月の中盤……すなわち5月15日の爽やかな札幌で訪れたのがこの「北のさゝや」でございます。

実は……お店の方には恐縮ですが、この「北のさゝや」本店を探訪する以前に「札幌駅北口店」には一昨年の7月訪問していたこともあり、今回の来道では、別の店に行こうと、ぐるナビで別のお店に目星を定めていたのですが、金曜の夕刻ということもあり……

「2時間待ち……」

……との強烈な宣告を喰らいまして、

「それぢゃア、なじみのところへ……」

……というわけで、一昨年、本物のししゃも……ししゃもって魚なんです!ということを実感させてくれた、“間違いのない”“本物”の“肴”を出してくれた「さゝや」へ行くか……ということで、札幌駅北口の「さゝや」へ向かおうと思ったのですが、家庭的な北口店へは一昨年訪問しておりますので、それと目と鼻の先にある「海鮮と串焼き 全国の銘酒  札幌 北のさゝや 本店」の方へ訪問させていただいた次第です。

地下鉄の札幌駅の駅地下とでもいえばいいのでしょうか……、駅出入り口の地上から入ったB1に店舗があるわけですが、さすがに金曜日ですので、大きな宴会が4、5件入っていたようですが、「怯まず」のれんをくぐり、

「お一人様ですか」
「ほいな!」

……ということで、カウンター席で一息。

先ずは取り急ぎ、サッポロ黒ラベルの中ジョッキでひといき、お通しは、貝柱、きゅうりの和え物に三つ葉をのせたやつですが、貝ばしらが「臭くなく」これだけでも「めっけもの!」というやつで……、一瞬で中ジョッキが「蒸発」してしまいましたものですから、もう1杯お願いすると同時にオーダーです。

北海道で飲むビールは実に最高なんです。
ビールには揚げ物があいますので、まずは追加と同時に、「さきいかのてんぷら」をオーダーしますが、ハーフサイズというのがあったのでそちらにして、ぱらぱらと「おしながき」をめくっていたのですが、ビールといっしょに出てきた「てんぷら」様は、とてもとてもハーフではなく、

「皿からあふれてるやんけ!」

……という状況で、ハーフにして正解で御座いました。

今回の来道では、肉をメインに!と決めておりましたので……といいますか、地魚がよく分からない?トホホ……、その金科玉条で、オーダーです。
刺身も普段やりますから、食べなくはないのですが、ひとつのお魚で1枚程度がちょうどよいので、単品で頼むと多く、盛り合わせでやるとたべきれないので……

先ずは、「道産牛ヒレの串焼き」!

はっきりとまずいいましょう。
北海道はジンギスカンに代表されるように「羊」で有名ですが、実は「豚」が一番旨いのでは……と体験的に察知しております。
ですから、前回の訪問では、豚と鹿のみで、「牛」を注文しておりませんでした。

やっぱ、今回は「牛ぢゃ!」ということで「串焼き」をエントリーしたわけですが、

これもはっきりといいましょう。

「串に刺さった“ステーキー”でした」

串ですから、油がぐつぐつする鉄板を引いてない分、さっぱりとしてい、マスタードをからめ、醤油ベースのタレにつけると、大地に感謝・悶絶というながれで……。

牛串をふうふういいながらやっておりますと、知床鶏のもも、ささみ梅肉の串が運ばれてき、今回は「おしながき」を拝見しつつ、「なんぢゃこりゃ!」という「お名前」を拝見した「ポンポチ」なるものをご同伴で、牛を終えると今度は、鶏とのチキンレースの始まりです。

注文する際、給仕のお姉さんに「このぉ~、“ポンポチ”とは何なんでございましょうか?」と伺ったのですが、そこで間髪入れず、目の前で串を焼き、料理を仕立てるお兄さんがご説明!

「ポンポチとは鶏のしっぽですよ!」

……とのこと!

チャレンジャーですので、オーダーしてみましたが、精確には……恐らく……しっぽの付け根の肉なのだと思いますが、しっぽがよく動いておりますから、これが噛みごたえがあるにもかかわらず柔らかくてジューシー、焼けて固まった表面の皮膜が口のなかでやぶれると、えもいわれぬ肉汁に合掌です。

しっぽ万歳!

その辺で、冷酒をお願いして、(生)ししゃも焼きを頼んで、一服入れていると、カウンター越しのお兄さんと談笑に!

旅先ではこういうやりとりが最高の肴です。

別に何を話す、これを話す、深いナイーヴな話をする!というわけではありませんが、とりもとめもなく、

「北海道は道路がひろいですよねえ」
「ですけど、冬は雪で道路が半分になっちゃうんですよ!」

……などというやりとりが、なんともいえません。

ちなみの極めて蛇足ですが、この青年のお兄さん、なんともさっぱりとした好青年ですが、たのもしいのですが、饒舌でも木訥でもなく、ありがとうございました。
またまたちなみにですが、この「さゝや本店」も本格だよな!と思ったのは、きちんと焼き物と生ものの厨房をわけていることで、そこにひとり頷く宇治家参去です。

で……
「今日はとっときの豚があるんですが1本どうですか?」

……などと振られてしまうと、

そりゃあ貴方!、ことわれませんよネ!

焼き鳥でいうといわゆるタレではなく「塩」の串トンです。
ただし、肉が新鮮で、なにか下ごしらえをしているのでしょうか……なんとなく旨みを引き出すタレに薄く浸して、それをあぶって発散させながら「塩」串にしているようで、さっぱりしているのに、あとに引く……。

もう1本注文させていただきました。

そんなこんなで、出てきた「鵡川産子持ちししゃも」は、スーパーなんかで売っている格安物件で、6-10本の目玉を抜いたよれよれのしなびたそれではなく、「お魚」の「ししゃも」で、これが、マア、柔らかいんですよ。そして、「魚の味」がしてしまうんです。

ほどなく出てきたのは、「じゃがバター」!

キタ----!

……って感じですが、出てきたジャガイモが拳大なんですよ!
付け合わせに、自家製塩辛なんですが、宇治家参去はナイーヴなチキン・ボーイですので、「塩辛」がNGで、塩辛がまったくいけるひとは、それをソースにあつあつの大地の恵みたるじゃがいもをやるんだろうな~などと省察しつつ、

……最初に頼んだ、さきいかのてんぷらがいっこうにへりません。
いかはさめても味があとに響くように旨く、喉が渇くというやつですので、

ですから地酒を注文するわけですが……。

今回は1時間弱で、
生(中)×2
おちゃけ×5合

……ほど頂戴してしまいました。

しかし、それほど呑んぢゃうんですヨ! 「さゝや」に来てしまうと! 頂いたのは以下の通りです。ロディアにメモっておりますので間違いありません。

乾坤一手造り(宮城) 純米吟醸
雅山流 如月(山形) 大吟醸
刈穂    (秋田) 山廃純米
〆張鶴   (新潟) 吟醸
久保田 萬寿(新潟) 純米大吟醸

……なんで5合も1時間でやっちゃうって申しますかと、肴が押し勧めてしまう必然条件はあるわけですけれども、はっきりいうと、酒が安いんです!

財布という絶対条件の間口もゆるくなってしまうというわけで、東京だと本醸造の一の蔵、浦霞あたりが600ー700円あたりで流通しておりますが、ここだと、420円。久保田の千寿が550円で、萬寿が1000円デスヨ! 親分!

久保田の萬寿なんか東京で呑もうと思えば安いところで1500円、平均的には1800ー2000円を取ることを考えると、これはもう「呑まずにはいられない!」

……というわけですが、

会計はこれで7000円程度。

ありがとうございました。

ちなみに、この「北のさゝや」ですが、札幌市にある本店、北口店以外に実は東京にも存在します。「おいしい肴とうまい酒 居酒屋 北のささや 八重洲店」がそれにあたります。

在京で興味のある方は、いっしょにいっぺえやりますか?

■海鮮と串焼き 全国の銘酒  札幌 北のさゝや 本店
〒060-0807 北海道札幌市北区北7条西1 NSSニューステージ札幌ビルB1
011-717-0338
営業時間(ランチ) 11:00~14:00(L.O.13:30) 
    (ディナー)17:00~23:00(L.O.22:00) 
定休日:日曜日、祝日
http://r.gnavi.co.jp/h080900/

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ささいかと牛ヒレの串です。

前者はこれで350円!

牛ヒレは、上等な道産ステーキでした。

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ポンポチ……って不思議な名前でございます。

しかし、コリッっとしているのですが、歯をいれると至極柔らかく、味わい深いんです。

で……豚。

臭くない!

旨みの固まりです。

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そんで最後の……

子持ちししゃも!

……魚でした。


じゃがバター!

こぶし大デスヨ、これ!
塩辛がいけるひとがやるとばやいでしょうねええ。

ともかく、地酒がリーズナブルすぎです。

東京でやると1萬円越えていたと思うのですが……。

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「私欲を離れた義務履行の高貴な感情へと引き上げて」くれるカント

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 カントはそのすべての講義において、几帳面のお手本でありました。私がカントの授業に出席した9年間に、1時間でも休講したとか、あるいはただの15分でも遅刻したというようなことは、私の記憶に残っておりません。
    --ヤハマン(木場深定訳)『カントの生涯』理想社、1978年。

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規則正しい生活をおくったことで知られる哲学者はやはりなんといってもカント(Immanuel Kant,1724-1804)をおいて右に出るものはまずいないといえますが、その対極にあるのがちっぽけな神学徒?倫理学徒?の宇治家参去です。

カントの規則正しさを象徴するエピソードのひとつが夕刻の散歩になりますが、大学での仕事をおえ帰宅後、カントは決まったコースで決まった時間に散歩したそうですが、これがあまりにも時間的に精確だったということで、散歩の通り道ないる家々では、カントの姿を見て時計の狂いを直したといわれるそうですが、宇治家参去の歩く姿で時計をの狂いを直してしまうと、時計そのものが壊れてしまうのではなかろうかとおもう今日この頃です。

ただそれでも、宇治家参去に関しても規則ただしい一日というのがあるわけで、それが大学での講義日ということになります。短大で奉職して早や6年が過ぎましたが、講義日・時限は毎度同じ曜日の同じ次元ということなので、その一日は比較的規則正しい?のではないだろうかと思うわけですが、その講義はたった一コマとはいえ、この6年間、まさに「1時間でも休講したとか、あるいはただの15分でも遅刻したというようなこと」はなかったのですが、先週、所用で休講にしてしまいました。

目指せ!カントということで頑張ってきたのですが、どうしようもない用事でしたので、あえなく休講してしまいました。

その意味でもやはり「私たちの精神と感情とを利己的な幸福主義の桎梏から解放して、純粋な自由意志の高い自覚へ、また理性法則に対する無条件的な服従と、私欲を離れた義務履行の高貴な感情へと引き上げて」(ヤハマン、前掲書)くれるカントは偉大だなと実感せざるをえません。

さて、昨年より半期15回講義が必須となっておりますので、休講した場合はかならず補講をしなければならないので、出講時にその手続きを取ってきましたが、テキトーにその曜日をいれてしまい、今になって後悔です。

水曜日、金曜日が市井の職場の休日になるのですが、今週補講をやるときついなア~などと思ってはいたので今週はスルーして、来週で適当に……と、適当に補講申請をしました。

が!

補講で入れたのが来週の金曜日の大安吉日なのですが、あとになって手帳を確認すると、市井の職場の振替出勤(札幌出張に伴う振り替え)になっていたようで……、汗です。

いわゆるダブルブッキングというやつですね。

大学からは「学生には掲示済みです」との極めて事務的な容赦のないメールが届いておりましたので変更のしようがなく……周知済みになっちゃったので……、本日の市井の仕事の出勤時に、該当曜日の市井の職場の出勤時間の変更をそれとなくすりこませていく他ありません。

手帳をきちんと見て、手続きをすればよかったのですが、適当をテキトーにやった自分自身に号泣です。

適当とは、まさに適切に当たるということで、グッド!という響きなのですが、宇治家参去の場合、その概念を誤解していたようで、テキトーという響きでアバウト!って感じで、われながら、その浅はかさに、号泣です。

ただ、泣いても始まりませんので、とりあえず、飲んで寝るのが常道(じょうどう)かと。

ちなみに「成仏」と書いて「じょうどう」と読むことが可能です。

カントのような謹厳実直な哲学者になりたいなと思う宇治家参去ですが、それとほど遠い現実世界との相剋に引き裂かれた自己!という感じですが、ちなみに散歩の姿で時計を合わされたカントですが、それでも、若い頃は、夜中まで友達と飲み歩くようなこともしていたようですので、謹厳実直はまだまだ先でも大丈夫ということ……にしておきましょう。

とりあえず、短大の哲学の受講生たちには、さきの講義で、札幌土産の「ぷっちょ」をお配りしましたので、それでご容赦を!ということで。

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次号「以降」ですから、次号という「必然」はなく……

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(引用者註……時間が短いと嘆く人に対して)しかし、われわれは短い時間をもっているのではなく、実はその多くは浪費しているのである。人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことをも完成できるほど豊富に与えられている。けれども放蕩(ほうとう)や怠惰のなかに消えてなくなるとか、どんな善いことのためにも使わないならば、結局最後になって否応(いやおう)なしに気付かされることは、今まで消え去っているとは思わなかった人生が最早すでに過ぎ去っていることである。全くその通りである。われわれは短い人生を受けているのではなく、われわれがそれを短くしているのである。われわれは人生に不足しているのではなく濫費しているのである。
    --セネカ (茂手木元蔵訳)『人生の短さについて 他二編』岩波文庫、1980年。

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今から考えると市井の仕事の休憩中に古代ローマの哲人政治家・セネカ(Lucius Annaeus Seneca,B.C.1-65)なんて読んでいなければよかったと思うわけですが、あとになってみるとよかったということにしておこうと踏ん切りをつける宇治家参去です。

夜半からの暴風豪雨の影響で、市井の職場も……すなわちGMS店舗ですが……閑古鳥のため、今日はゆっくりと本が読めるな!と思っていた矢先、細君より不幸のメールが到来です。

よく言われますが……ワタシダケ?……「Amazonは忘れた頃にやってくる」というわけで、だいぶまえに注文を入れていた書物が宇治家参去の出勤後、到着したご様子のようで……。

それが数千円のやつなら何も問題はなかったのですが、フランス語の洋書で、2万円近くするヤツの代金引換の配達のようでして……

「なんで、お金をおいていかなかったのか!」

いわゆるクレーム・メールというやつです。

たしかに配送のお知らせのメールは見ていたのですが、なんとなく酒飲んでスルーしていたようで「なんかくるんだよな」という程度の認識で、詳細を把握しておらず、「不祥事」となった次第です。

明日にでもお返ししますので、お許し下さいまし。

さて、到着したのは、フランスのカトリック思想家でトミズムを代表するジャック・マリタン(Jacques Maritain,1882-1973)の全集の第3巻なのですが、これがべらぼうに高いわけで、立教の図書館には所蔵されていたとは思うのですが、洋書の場合、あれこれと書き込みが多くなるので、なるべく自前で手に入れるようにはしております。

しかし、なんで、ジャック・マリタンの著作なんか頼んでいたんだっけ?

たしか、ジャック・、マリタンを師匠と仰ぎ、神学研究を続けたカトリック思想家・吉満義彦(1904-1945)の研究の仕込のためだよな……

……などと思い起こすと、ちょうど昨年上程した論文「吉満義彦の人間主義論 --近代批判とその神学的根拠(1)」、『東洋哲学研究所紀要』(第24号、2008年)の続編執筆のために必要不可欠な資料だから注文したような記憶があるのですが……。

……と、そこまで思い出すと、

これまた「やばい」事態を自覚する宇治家参去です。

「三歩あるいて忘れる」よりも「一杯飲んだら永久に忘れてしまう」宇治家参去なんですが、このときばかりは、大切なことを思い出し、研究所の紀要論文のエントリー〆切が今週中だった……という一大事を発見です。

ちょうど締め切り直前の通信教育部の「倫理学」のレポート57通も済ませ、安心モード全開だったのですが、またまた追い込まれモード全開となり、今日か明日にまとめようかと思っております。

本当に七転八倒です。
ひとりバックドロップです。

ただ、どうするべ!

……というのが実情です。

これからフランス語を1400頁読むのも、まさに「時間」がなく、かといって丁寧に系譜の探究をスルーして適当にまとめるのもマズイよな……という事態に悩み多き丈夫(ますらお)というわけですが……。

いずれにしても、1年1本は論文をと決めてここ5-6年はこなしてきたので、なんとかしたいのですが……、悩んでいても始まらないので、その(1)をふり返ってみたところ、その2は「次号以降に収載する」ようなことを書いていたことを発見し、ひとまず安堵です。

次号「以降」ですから、次号という「必然」はなく、次々号でもいいのでは……とひとまず「解釈」し、別の専門誌に載せようかと半分以上完成している論文をエントリーしようかと決断です。

なにぶん、この紀要の論文の〆切が9月末なのですが、11/1が博士論文の提出〆切、その直前の土日が秋期スクーリング、その数週間後が息子殿の入試と、秋は忙しそうなので、今回はこれにて「ゴメンナサイ」という体たらくです……が、なんとか、博論も、授業も、家庭の事も、ひとつひとつは積み重ねて行かねば--というところで、いいところにおちつく配分をすぱっとできたのでは!……といことにしておきます。

とわいえ、吉満論文のその(2)もきちんとやっていきたいので、とりあえず、今日からマリタン全集、毎朝10頁だけは読んでいくようにしておきます。

ホンマ、「時間がない」と倫理学の荒野で慟哭する宇治家参去ですけれども、実のところ、セネカの言うとおりで、「われわれは短い人生を受けているのではなく、われわれがそれを短くしているのである。われわれは人生に不足しているのではなく濫費している」のがその実情なのでしょう。

先週はSAPPOROビールばかり鯨飲しておりましたので、今日は地域的にその対極にある「ORIONビール」(Asahiビール)でも飲んで寝ますです。

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人生の短さについて 他二篇 (岩波文庫) Book 人生の短さについて 他二篇 (岩波文庫)

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「他者に対する配慮が自己への配慮に勝る」からこそ人間か……

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 --倫理とは何なのでしょうか。

 倫理とは「聖潔」を識別することです。説明しましょう。存在というものの根本的な特徴は、個々の存在者のすべてが自分の存在そのものに専念するということです。植物、動物、すべての生き物は自分の実存にしがみついています。それぞれの生き物にとって、それが生存闘争なのです。そして物質とはその本質的な苛酷さのゆえに閉鎖であり衝撃ではないでしょうか。ところが、人間的なもののなかでは、存在論的には不条理な事態が出現する可能性があるのです。つまり、他者に対する配慮が自己への配慮に勝るのです。これこそ、私が「聖潔」と呼ぶものです。他なるもののこの優位を識別できるという点に、私たちの人間性は存しています。私たちの対話で最初に言われたこと、なぜ私があれほど言葉に関心を寄せているかということを、今はあなたも理解できるでしょう。言葉はつねに他者に向けられています。まるで、他者のことをすでに心配しているのでなければ思考することなどできはしない、とでもいうかのようです。すでに最初から、私の思考は語ることのうちにあるのです。思考のもっとも深いところで、「他者のために」が、言い換えれば、善性が、科学よりもより精神的な他者への愛が結節するのです。

 --そのような他者への関心は教えられるものなのでしょうか。

 私の考えでは、他者の「顔」を前にして、それは目覚めるのです。
--エマニュエル・レヴィナス(合田正人・谷口博史訳)「不眠の効用について(ベルトラン・レヴィヨンとの対話)」、『歴史の不測 付論:自由と命令/超越と高さ』法政大学出版局、1997年。

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市井の仕事へ行くまで、一日中レポートを見ていたおかけで、残り14/57通。月曜には返却しないと間に合わないので、思想的格闘戦をやっておりましたが、ようやくその目処がついたと、安心した宇治家参去です。つぎの〆切分もおくられてきているので、はやめに添削しないといけないのですが、ナイーヴな?私の場合、一日十通が限界のようでして、なかなか進みません。

ときおり気分転換!と称して読書を挟みつつ、1通1通見させていただいておりますが、皆様方の薫陶には、本当に最敬礼するばかりです。

が……ベテランの石神先生もやはり「1日10通以上添削するとチト辛いですね」とこぼしておりましたので、同水準は維持しているのだろう……ということにしておきましょう。

さて……。
市井の職場へ出勤すると、マアこれがまたアリエナイ苛酷な状況で、「人間とは何か」をつくづく、実践の教科書として、瞬間瞬間に考えさせてくれるわけですが、接客業とは、まさに「むき出しの人間性」をまざまざと見せつけてくれるものだよな……そう思わざるを得ません。

詳細は措きますが、レジを打っていても胸ぐらを掴まれそうになったり、クレームだかゴネ得だかその境界が結合したような電話もかかってきたり……と、実に「スリリング」な毎日です。

本日は、夜になって雨が降り始めましたので、お客様の出入りもすこし引きましたので、ゆっくりと休憩できるな……などと思っていたところ、

事務所から電話が1本!
「宇治家参去さん、クレームの電話のようなんですが、内容はおっしゃらず……※通常は概略を伺い担当者へ転送なんですが……ただ、“クレームなんです”とのことで、対応していただけませんか?」

この手の概略がまったく不明な電話が一番、恐ろしいのですが……。

借りてきた猫100匹分の生命力を1匹の猫に凝縮させたが如くの、すんばらしく丁寧かつ朗らか?な応対にて対応交替しますと……、

要は、先ほど来店した際のレジ担当者の応対に頭に来たので電話をしてきたとのご様子。

商品をスキャンするスピードが遅いのと接客言葉のトーンが「あれはないだろう!」ということで……、

「このまま、そうした現状を放置しておくと、店の看板に傷がつくだろう。老婆心ながらとはいわないけれども、あなた方のためと思って……」

……とのことだそうで、びくびくもんの破裂しそうな心臓も収まった次第でございます。

……ただ、入電の際、すこし内容に関して声をかけてもらいたかったものでございます。
電話を終える直前には、穏和な?ムードで終話で、よこで様子を伺っていた店長も安堵したご様子で終了です。

ふり返ってみれば、「(コンテンツ不明の)クレームだ!」というひとつの言葉にあわてふためいた……しかしその様子は他者にはわからないように振る舞っておりましたが……自分自身に恥じ入ると同時に、物質的な実態はもたない言葉のもつ摩訶不思議なる拘束力に今更ながら、魅惑された宇治家参去です。

たしかに、レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)のいう通りで「言葉はつねに他者に向けられています。まるで、他者のことをすでに心配しているのでなければ思考することなどできはしない、とでもいうかのようです。すでに最初から、私の思考は語ることのうちにあるのです。思考のもっとも深いところで、「他者のために」が、言い換えれば、善性が、科学よりもより精神的な他者への愛が結節する」言葉が歴然と存在するのでしょう。

恒河沙、那由他の勢いで「言葉」が流通している現在ですけれども、善きにせよ悪しきにせよそこには「言葉」を発している存在者が必ず存在するわけで、その原初の意味を確認させていただいたように思えます。

言葉を発する人がいるからこそ、その言葉を耳にする人も同時に存在します。

そして時によっては、その「言葉」とか、その言葉を発する「人間」を、不思議なことに我知らずと、自分自身よりも優先してしまう局面が存在します。

そこに倫理の原初が存在するのだろうと思うわけですが……。
だからこそ、心がちぎれそうになる弱肉強食の「生存闘争」の血飛沫がとびちるこの世の中ですけれども、自分自身が向かい合い、出会うひとつひとつの局面と丁寧に向かいあっていきたいものでございます。

本論からずれるかもしれませんが、最近またひとつ実感することをひとつ。
現実には「人間とは何か」という問題に関して「人間とは○○だ」と定義してしまうと、必然的にそのカテゴリーに当てはまらない人間なるものを「非人間」と断じてしまう不可避の陥穽が存在します。

その意味で「人間とは何か」という議論において、概念の固定化に関しては緊張感をもってそれを避けていかなければならないなということが必要不可欠です。

固定化とはいいませんが、そして同時に、その探究は不断に探究されつづけなければなりません。そんなもん考える必要はないよ、ケ・セラ・セラさというのは、固定化の裏返しにほかなりません。その両極端を避けつつ、あきらめず対峙し続けることが肝要なのでしょう。

しかしながら、それと同時に、人間を人間としてその内実たらしめる、範型としての「人間的」と称されるコンテンツも不断に吟味・探究され続けなければならないのだろうと思います。

動物との対比で恐縮ですが、人間は動物の一員であるにもかかわらず、動物ではありません。だからこそ古来より人間を人間として称する言葉として「人間的」なる言葉が造られてきたのだろうと思います。しかしその人間の人間らしさを表象する「人間的」なる概念も固定化されたドグマとして陥ることを不断に避け続けなければならず、まさに倫理学的探究とは、「これがファイナル・アンサーだ!」という完全模範解答がないゆえに、苦悶するわけですけれども、マア、この苦悶が、人間を人間にさせるわけで、まさに、その苦悶が心地よいというところでしょうか……。

チト疲れましたが、カント(1724-1804)を少し読んで寝ます。
最後の「白い憎いヤツ」がまだ少し在りましたので……。

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十日ぶりのお米

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 むかしむかし、私が少年のころ、日本橋の三越へ出かけて、折しも十五代目・故市村羽左衛門を見かけ、サインをねだったところ、数日後を約してくれ、その当日、胸をどきどきさせている私の前へ約束どおりにあらわれた天下の名優・羽左(うざ)氏がサイン入りの色紙と出演中の歌舞伎座の切符を贈ってくれたことがある。
 (こんな子供も、いまに大きくなって、歌舞伎ファンになるのだから……)
 という羽左氏のやさしい心を、私はたしかに受けとめた……ように、いまでもおもっている。
 その感動は五十をこえた今も日に日に新しく、有形無形に、いまの私への影響をあたえているのだ。
 さて、そのときの素顔の十五代目・羽左衛門そのものの顔を、私は〔松鮨〕のあるじに見たのだった。
 それから十五年を経た現在では、松鮨の羽左氏も、いささか老けてきてはいるけれど……。
   *
 銀座資生堂の料理長・高石鍈之助は、こういった。
 「料理人は常に眼を肥やす努力をし、絵画も生け花もわからないといけない。それでないと、美しい、清潔な盛りつけができません」
 〔松鮨〕のあるじ・吉川松次郎の美意識がどのようなものであるかは、小さいが、しかし文句なしに完璧な店内へ足を踏み入れただけで、たちまちにわかる。
 ついで、あるじがにぎる鮨や、手早く盛りつけて出す酒の肴を見れば、たちどころにわかる。
 ガラスのケースへ、これ見よがしに魚介を並べたりはせぬ本格の鮨やなのである。
 東京ふうでもなく、大阪ふうでもなく、京都ふうでもない独自の鮨だ。それをにぎるあるじの爪の中までもなめたいほどの美しい鮨だ。あるじの指も詰めも鮨と同化している。あるじの手先が〔鮨〕になってしまっている。
    --池波正太郎「三条木屋町・松鮨」、『散歩のとき何か食べたくなって』新潮文庫、昭和五十六年。

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一週間以上休みが無く、東京へもどると、大学から送付されたレポートの山に驚いたわけですが、休みの金曜日にすこしだけ片づけると、これはもうどうも仕事をする気力が続かず、目星も見えてきましたので、休みだから休もうということで、すこしだけ休ませていただきました。

ちょうど、その日は息子殿の遠足でしたので細君も不在で、「何かつくっておいてくれ」とのことでしたが、つくる気力もなければ、智慧もないというわけですし、家で何かせかせかと造るのも面倒だなということで……夕刻の早い時間、気分転換へと、家族と鮨を食べにいって参りました。

もちろん、池波正太郎(1923-1990)氏が美しく描く「松鮨」の「鮨」には足下にも及びませんが、近所の廻る鮨やさんですが、これがマア比較的丁寧にこしらえるところがありますので、ちと旬の味わいを堪能させていただいた次第です。

いろいろと近況がバタバタしておりましたで、ひとつのリフレッシュにはなりました。

廻る鮨やさんですが、にぎってもらう注文もできますので、季節モノのさより、生しらす、桜えびを頂き、季節を感じさせてくださる大自然の営みにおもわず合掌です。

めずらしいところで、豊後水道の八幡鯛っていうのを塩で味わいました。
天然岩塩を目の前で削ってのせてくれた一品ですが、塩によって鯛の甘さがひきたつわけで、思わず唸ってしまいそうになりました。

お酒はプレミアムモルツの生2杯を流し込んでから、東京の地酒「澤ノ井」の大辛口を3合ほど頂きましたが、きっちりとしまった飲み応えで、まるで鮨とお酒が美しいソナタでも奏でるという具合です。

さて、久し振りに鮨を食べたことで思い出しましたが、思えば、10日近く「米」を食べてはおりませんでした。「米」を飲んではいましたが……。

お陰で日頃より多めに頂きましたが、その満腹感は、苦しくなく、むしろ一種の爽快感すら覚えた初夏の夕刻です。

短い息抜きは半日で終わりましたが、さあ、今日からまた一日一日を丁寧に過ごして参りましょうか!

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生しらす、桜えびは、それぞれ相模湾と駿河湾。
八幡鯛は醤油ではなく塩で頂きましたがこれがまた絶品です。

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【覚え書】「〔テロとの戦いと米国① 第2部 疲弊する兵士〕『再びイラク』苦に25歳自殺」、『毎日新聞』2009年5月21日(木)付。

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どこをもってアメリカのベトナム戦争(フランスとベトナムとのインドシナ戦争は除く)の開始とみるかは微妙な問題ですが、ケネディ大統領(1917-1963)による軍事顧問団の派遣が1961年ですから、そこを起点とみた場合、アメリカ軍が完全撤退する1973年をひとつの終結と捉えますと(サイゴン陥落、南ベトナムの崩壊は1975年)、長く見積もっておよそ12年の長期にわたる戦争だったと理解できます。

また本格的な地上軍の派兵の契機とされるトンキン湾事件(1964年)を受けての、海兵隊のダナン上陸(1965年)をその起点とみるとならば、およそ8年にわたる戦争だったと理解できます。

この8年を長いとみるか、短いとみるかは論者によって別れる部分ですが、8年と勘定するにせよ、12年と勘定するにせよ、ひとついえるのは、アメリカ合衆国の威信は失墜し、国力が疲弊してしまう原因となったことは疑い得ない事実なのでしょう。

さてそれから四半世紀余りをへた現代ですが、宇治家参去自身も気が付いていなかったのですが、2001年の9.11アメリカ同時多発テロ事件をきっかけとした遂行された……そして遂行されている……「対テロ戦争」(War on Terrorism or War on Terror,WOT,2001.10.07-)も実は本年10月で満8年をむかえるということです。

たしかに、9.11を受けて、有志連合が「テロリズムに対する汎地球戦争」としてアフガニスタンに侵攻するには、1ヶ月を待たなかったわけで、引き続きイラクへも派兵が決定し、ブッシュ前大統領(George Walker Bush,1946-)が、2003年5月1日に「戦闘終結宣言」を高らかに宣言しましたけれども、現在も継続中であることは周知の通りです。

まさに両戦争の8年を長いとみるか、短いと見るか早計できませんけれども、ひとつだけいえるのは、いずれの場合にも、兵士自身も被害者であるということは忘れてはいけないのだろうと思います。

ちなみにベトナム戦争と対テロ戦争(ここではアフガニスタンとイラクへの派兵地域への限定)での規模を比較してみると次の通りです。

              従軍総数(万人) 死亡  負傷
ベトナム戦争(1964~1973) 874      58220 153303
対テロ戦争(2001~)    183      4955  34084
※『毎日新聞』(2009年5月21日付より)

ベトナム戦争では、死んでいく兵士たちの映像や壮絶な戦闘シーンが厭戦ムードを醸成させてしまった反省から湾岸戦争では、ハイテク戦争を演出し、「兵士が死なない」戦争をアピールしましたが、現実はそうでもありません。

戦場で倒れても、戦場から生きて還ってからもひとりひとりの兵士たちにとって「戦場」は終わっていないのが実情です。

メディアは戦争を論ずる場合、どちらかといえば、殺される「無辜の市民」と「野蛮に殺していく兵士」たちの構造をセンセーショナルに煽るのがほとんどですが、命じられて赴く人間も、そしてまさに一方的に殺される側も、そして、兵士と向かい合うテロリストたちや武装勢力たちのどこにも「正義」や「勝利」は存在しないのもので、「皆が敗者」となってしまうのがその実でしょう。

生き残っても見えない傷と復讐と恐怖になやむのは、市民だけでなく、当事者すべてということをわすれてはならないのだろうと思います。

怜悧な国際政治学者さんとかベテランの政治屋さんからなどは「青臭い」と言われるのは承知ですが、すべての戦争及び戦闘行為を肯定することはできません。

しかしながら、兵士・(共同体としての)軍隊という人間そのものを否定することは不可能です。戦争否定論者を皮切りに、センセーショナルを血眼になって探し求めるメディア稼業の人々は、兵士=悪という見取り図がお好きなようですが、兵士=悪と「認知」する認識構造自体が、レヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)のいう人間のリアルな「顔」「眼差し」を捨象してしまう、ひとつの抽象化・単純化・概念化の暴挙に他なりません。

人間の「顔」「眼差し」を見ずに人間を議論するということは、結局のところ、実は何も評論していない、午後3時のテレビを独占する、訳知り顔の評論家に他なりません。

繰り返しますが、すべての戦争及び戦闘行為を肯定することはできません。
しかしながら、還元不可能な唯一の名前をもち、全体に収斂することの不可能な個性をもつ人間を、ひとつの概念へと押しこめるような論調には、まさに辟易とするわけで……。「生きてゐる兵隊」を見ない議論、そして「生きてゐる無辜の市民」を見ない議論には、イデオロギーありきの胡散臭さをどうしても感じざるを得ません。

【覚え書】なのに長くなってしまいました。

……ということで、札幌出張依頼仕事が続いていたのですが、ようやく金曜は休みなので、がっつり寝るか、それとも仕事をするか悩んでおりますが……、その前にがっつり飲むことにします。

おやすみなさい。

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〔テロとの戦いと米国① 第2部 疲弊する兵士〕
『再びイラク』苦に25歳自殺」

PTSDの診断残し
「母さん 無理だよ」

 「従軍を命じる」。07年秋、米軍から届いた一通の手紙に、米ワシントン州プルマン市に住む米国陸軍兵ティモシー・ジューンマンさん(当時25歳)は、目を疑った。翌年7月、イラクに再び従軍するよう求められたのだ。
 イラクでの駐留を終え、地元のワシントン州立大学で障害児教育について学び始めたばかりだった。2年間は兵役がない予定だったが、人員不足のため米軍は再従軍を命じたのだ。

 「母さん、またイラクに戻るなんて無理だよ」。もともと除隊を考えていたティモシーさんは、同州トレドに住む高校教諭の母ジャクリーンさん(49)に落ち込んだ様子で電話をかけてきた。「戦場での具体的な話はしませんでしたが、戻るのは本当につらそうでした」と母は振り返る。
 3人兄弟の長男。未婚の母ジャクリーンさんに負担をかけず、軍の奨学金で大学に進学するため02年、陸軍に入り、韓国、イラクで兵役に就いた。再従軍命令に従わなければ奨学金を失う。ティモシーさんは手紙を受け取った後、車で1時間半かかる同州基地での週末の事前訓練に通い始めた。
 だが08年3月、母のもとに突然の悲報が届いた。下宿でティモシー産が首をつって死んでいるのが見つかったという。地元の退役軍人省病院によると、イラクで武装勢力によるIED(即席爆発装置)攻撃を受け、帰還後、外傷性脳損傷(TBI)と心的外傷後ストレス(PTSD)と診断されていた。死の2カ月前にも自殺を図り未遂に終わっていた。自殺直前も診断予約に姿を現さないなど「兆候」を見せていた。
 「なぜ自殺未遂を教えてくれなかったのか」。ジャクリーンさんは病院に抗議したが、「プライバシー保護のため」と反論された。その後報道で、過去4カ月間に同じ病院で治療中の帰還兵6人が自殺していると知った。
 「プライバシーを言い訳にした責任回避だ」。ジャクリーンさんは地元選出の民主党上院議員に手紙を書いた。議員は米連邦議会で病院の対応を批判した。
 病院はその後、自殺の危険性のある帰還兵が診察に現れなかった場合、家族に電話を入れるなど規則を見直した。「息子は病気の症状を抱えながら、進学と再従軍を両立させようと一人で頑張っていた。私は何もしてやれなかった」。母はそう言って、涙でほおをぬらした。
【米ワシントン州で大治朋子、写真も】
× × ×
01年10月に米国が始めた対テロ戦争は、既に8年目。戦闘の長期化で疲弊する米軍の実像を検証する。
    =つづく
    --「〔テロとの戦いと米国① 第2部 疲弊する兵士〕『再びイラク』苦に25歳自殺」、『毎日新聞』2009年5月21日(木)付。

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旨いもの・酒巡礼記:香川県・善通寺市編 「釜あげうどん 長田うどん〔香川の長田in香の香〕」

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祖母は出身が加賀百万石になりますので、告別式の折りは、親類の方々がはるばる当地より訪ねてくださったものですから、実弟が気を利かし、香川県ならではのものをふるまえればとの配慮にて訪れたのが「釜あげうどん 長田うどん」でございます。

告別式のあと、火葬へ移るわけですが、骨揚げまで時間がかかりますので、その時間をちょいと利用して案内していただいたわけですが、宇治家参去も訪れるのが初めてです。

讃岐うどんに縁のないひとにとっては「釜あげうどん」とは何者ぞ!となるわけですが、決して、ワルプルギスの魔女がぐつぐつと似る魔法の釜でもなく、閻魔大王が管理している地獄の釜でもありませんので、目の前にコンロが出され、そこにのせられた釜がぐつぐつしぶきを飛ばすというわけではありません。

単純に考えれば一番宜しいかと思います。

すなわち、うどんを茹でた釜そのままから掬い上げたものを食べるうどんというわけです。どんぶりにそのゆで汁とうどんを一緒にいれ、出汁につけて食べるというヤツです。ですから、まさに「釜」から「あげた」というわけですから「釜あげ」です。

釜あげうどんの妙味は、うどんそのものと出汁で決まります。

そりゃあそうなんです。

天ぷらをのせるわけでもありませんし、単純にゆでたうどんを出汁に浸して食べるわけですから、うどんと出汁で勝負という極めてシンプルな構成ですが、シンプルであるが故に、本物の腕前がためされるというやつです。

さて……
宇治家参去の味覚によると、鰹節メインで隠し味にいりこを偲ばせたダシではないかと思うのですが、あつあつ・もちもちながらも「腰のある」うどんを箸で救い、薬味多めにいれた、きちんとつくられた出汁にこれをつけて口にはこぶと、もうそこは〔極楽〕であった……と川端康成(1899-1972)がのぞけりそうな妙意を表現しそうな味わいで、あつあつの麺が少々あつあつの出汁で引き締められ、喉ごしはスーパードライ?という感じで、あっという間に(これも川端康成ですが)、うどんがなくなってしまう……というわけでございました。

注文したのは〔大〕(=標準の玉×2)でしたが、これなら〔特大〕(=標準の玉×3.5)でもよかったのではないかと思いました。

旨いうどんとか旨い蕎麦であればあるほど、不思議なもので、「あっというまに」胃袋に吸い込まれてしまいます。

きちんと寝かせて打たれたうどんが、丁寧につくられた出汁で「踊る」というのはこのことなのでしょう。

お近くにお立ち寄りの際は是非!
例の本広克行(1965-)の映画『UDON』のワンシーンでも登場したと聞きますが、ブームに左右されない本物の味覚と満足を提供してくれることは間違いありません。

……とわいえ、10人前後の喪服軍団には、お店の方も驚いたのではなかろうかと思うわけですが……。

■「釜あげうどん 長田うどん〔香川の長田in香の香〕」
香川県善通寺市金蔵寺町本村1180
0877-63-5921
定休日:毎週木曜日,第2.4水曜日
http://www.geocities.jp/nagata_in_kanoka/

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ご自分の小心さをけっして恐れてはなりませんよ。

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 「だいぶ以前のことですが、それとよく似たことをある医者がわたしに話してくれましてね」と長老が口をはさんだ。「すでに年もいっていて、文句なしに頭のよい人でした。その方が、あなたと同じように率直に話してくださったのです。冗談まじりに、といっても、けっして笑える話ではありませんでしたがね。その人が申すには、わたしは人類愛に燃えているが、自分に呆れることがある。というのも人類一般を好きになればなるほど、個々の人間を、ということはつまり一人一人を個々の人間として愛せなくなるからだ、と。自分は夢のなかで、人類への献身という狂おしい考えにたどりつき、何かの機会に不意に必要が生じれば、じっさいに人々のために十字架にかけられてもいいとまで思うと申すのです。そのくせ、同じ部屋でだれかとともに過ごすことは、たとえ二日でも耐えられない、それは経験でわかる。だれかが自分の近いところにいると、それだけでもその人の個性に自尊心をつうされ、自由を圧迫されてしまう。どんなによい人でも、自分は一昼夜のうちに相手を憎みだしてしまうかもしれない。ある人は食事がのろいから、またある人は鼻かぜをひき、しょっちゅう鼻をかんでばかりいるからといって。
 また、こう申すのですよ。人がわたしに少しでも触れるがはやいか、自分はその人の敵になってしまう。でもそのかわり、個々の人間に対する憎しみが深くなるにつれ、総じて人類に対する愛はいよいよはげしく燃えさかるとね」
 「でも、いったいどうしたらよいのでしょう? そういう場合、どうすればよいのでしょう? だとしたらもう、絶望するほかないでしょうか?」
 「いいえ、そんなことはありません。あなたがそれを嘆いているということだけで十分なのです。できることをなさればよいのです。そうすれば、それだけの報いはあるのです。あなたはもうたくさんのことをなさっている。なにしろ、それぐらい深く真剣に自分のことを知ることができたのですからね! あなたがさっき、あれほど心をこめてわたしに話したことが、もしも自分の誠実さをわたしに褒めてもらうためだけのものだとしたら、実践的な愛という行いの点で、むろん達成できないでしょう。結局のところ、何もかもたんなるあなたの夢で終わり、人生はまぼろしのように過ぎ去ってしまいます。そのうち、来世での生活のことも忘れ、しまいにはなんとなく自分に安住しておしまいになることが目に見えています」
 「返すことばもありません! いま、この瞬間になってわたしはやっと悟りました。感謝されないことに堪えられないとさっき申し上げたとき、わたしはじっさい、あなたがおっしゃったとおり、自分の誠実さを褒めていただくことばかり期待していました。あなたはわたしに、自分がなんであるのか教えてくださいました。わたしをとらえ、わたしにわたしの正体を説明してくださったのです!」
 「本心でそうおっしゃっているのですね? あなたがそれだけ告白なさったのですから、わたしも信じることができます。あなたが真摯な方で、善良な心の持ち主であるということです。たとえ幸せにたどりつけなくても、自分の道はまちがっていないということを、忘れずにいるのですよ。そして、その道からはずれないように努力するのです。大切なのは嘘を避けることです。どんな嘘も、とくに自分自身に対する嘘は。自分が嘘をついていないか観察し、一時間ごと、いや一分ごとに、自分の嘘を見つめるのです。そして相手が他人であれ自分であれ、人を毛嫌いするということは避けなさい。自分のなかで忌まわしいと思えるものは、それに気づくだけでも浄化されるのですから。恐れるということも避けなさい。もっとも、恐怖というのはありとあらゆる嘘の結果にすぎませんがね。
 実践的な愛を成就しようというときに、ご自分の小心さをけっして恐れてはなりませんよ。そのとき、あなたがよくない行いをしても、さして怯えるに足りないことです。あなたに何ひとつ慰めとなる言葉をかけられないのが残念ですが、実践的な愛というのは空想的な愛とくらべて、なにぶんにじつに残酷で恐ろしいものだからですよ。空想的な愛は、すぐに満たされる手軽な成功を求めて、みんなに見てもらいたいと願うものです。そうなると、成功に手間ひまかけないで、舞台みたいに少しでも早くなしとげてみなの注目を浴び、褒められたい一心から、自分の命まで投げ出してしまうことになりかねません。
 それに対して実践的な愛というのは、仕事であり忍耐であって、ある人に言わせれば、これはもう立派な学問といえるものかもしれない。しかし、あらかじめ申しておきますよ。どんな努力にもかかわらず、たんに目標に近づけないばかりか、むしろ目標が自分から遠のいてしまったような気がして、ぞっとする思いで自分を省みるような瞬間さえ、--いや、まさにその瞬間に、もういちど申し上げますよ、あなたはふいに目標に到達し、つねにあなたを愛し、ひそかにあなたを導いてきた神の奇跡的な力を、自分の身にはっきり見てとることができるのです。お許しください、向こうで人が待っておりますもので、これ以上あなたとご一緒できません。ではまた」
 夫人は泣いていた。
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟 1』光文社、2006年。

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少しふり返ります。

札幌から深夜に帰宅しそのまま始発で羽田に向かい、ひさしぶりのANAにて朝一番のフライトで葬儀場へ直行してまいりました。
ANAを利用するのは本当に久し振りでしたので見るモノ新しく、ラウンジでホットコーヒーをいただき、フライトまでの時間を待っておりましたが、どうも小腹がへるので(クロワッサンは頂きましたが)、モーニングセットのあるカフェをさがしに、3Fまでおりると、「カフェ&スモーキングラウンジ」という“まんま”のなまえの愛煙家?にやさしいカフェを発見し、そこで少々頂き、7:40の飛行機で出発です。

ANAで羽田を利用される方にはお薦めです。

高松空港へ到着後、タクシーをすっとばして……8000円かかりました(涙)……葬儀場へ向かい、告別式の1時間前に無事到着です。

実弟がすべてをコーディネイトしてくれ、無事告別式を終えました。

ま、いつもながらありがとうございます。
そして、いつもながら「おめぇ、ホント、大事なとき、役に立たねえな」とのありがたいお言葉を頂戴しつつ、参列です。

実際には実弟が寝る間もなく準備してくれたわけですが、日本の精神風土は残酷です。
宇治家参去が長兄であるため、順列が異なりまして……申し訳ないと思うわけですが、無事開始というわけで……。

読経、焼香……。

「生も歓喜、死も歓喜」とはよくできた言葉です。
法華経の死生観を象徴した言葉であり、その文字っ面だけは理解しておりますたが、今回、その深義の側面のひとつを垣間見たような気がします。

悲しくもなく、
寂しくもなく、
かといってその逆でもなく、
表層的な喜怒哀楽より深い次元の感情の根のような感情の一日でした。

誤解を招くような表現で恐縮ですが、とくに寿量品を読誦しているおり、自分までも霊山会に参列したような不思議な感覚にとらわれたものです。

「衆生所遊楽」

……そのフレーズが頭から離れず、なんとなくリアルに実感できたようで。

で……。

骨揚げを終え、夕刻より初七日の法要を執り行い、実家で一泊後、東京へとんぼ返りで、そのまんま市井の仕事へレッツラ・ゴー!

それを淡々とこなす宇治家参去はまだ若いな!と実感です。

さて……、
それは本論ではなく……。

ヘロヘロになって市井の仕事から帰宅すると、ちょうど札幌で授業を受けて下さった茨城の学生さんからメールが届いておりました。

「先生がオープンに話してくれたため、わたしも元気をもらうことが出来ました。
自分の道をまっすぐに進みたいと思います」

なんと、ありがたいことでしょうか!
「元気をもらった」のはその実、こちらのほうではないかと思います。

さて、ちょうどスクーリング最中に上述の難事がふりかかるなかで、今回は、以前にもまして、ひとつ「人間観」を深めることができたのではないだろうかと思う宇治家参去です。

私見というよりも、生きている実感として……という表現の方が相応しいかも知れませんが、人間本性論に関しては、孟子(B.C.372?-B.C.289)は「性善説」を説き、荀子(B.C.313-B.C.238)は「性悪説」を説いたわけで、その発想は洋の東西を問わず、あちらこちらに散見できる人間観なのですけれども、実情としてはそれは極端なものの見方ではないだろうか……そう実感する宇治家参去です。

前者も後者もタブラ・ラーサ(tabula rasa)といういうわけで、人間は生まれたまま何も書かれていないような板……後者の場合、その板自体、悪なる本性だと捉えて宜しいのでしょうが……であるとする発想ですが、そんなに簡単なものでもないのだろうという実感です。

そうした共時的・通事的な善悪内在論を見事な形で体系として浮かび上がらせたのが、智者大師・智顗(538-597)の一念三千論になるわけですが、一念三千論に限られるわけでもなく、こうした発想も洋の東西を問わず、ひろく散見できるものの見方です。

そして宇治家参去としては、善悪の内在に関しては恐らく、共時的・通事的な両者の内在がその実情であろう……などと思うわけですけれども、そのことは字面では理解しておりますし、倫理学なんかを講じるなかでも、そのことを、「ひとつの人間観、ものの見方ですが」と断りを入れた上で、紹介しております。

性善説の立場を取ろうが、性悪説の立場を取ろうが、その両者に共通している問題は、「人間とは何か」という問いに対して、ある意味では固定化した定義しか提示できないという陥穽が内包されているのだろうと思います。

しかし、現実の人間は、固定化した定義化からすり抜けていく、定義不可能な対象です。

そうした定義から漏れていく・溢れ出してしまう、「人間とは何か」という一様な定義を拒む人間をみてみると、その全体性をうまく察しているのが、こうした全体論(ホーリズム)なのだろうと思うわけですが、繰り返しになりますが、そのこと自体は、文字面・言葉としては理解していてハズなのです。

そうした両者の葛藤・対立を、文字っ面だけで理解してはいたのですが、それを自分自身の体験として理解する・そのことを観察してしまうと、まさに世の中とか人間という世界は、あれか・これかに単純化することはやっぱり不可能なんだなと思うところです。

誤解を招くような表現で、宇治家参去自身の人格を疑われるかも知れませんが、一応記録として残しておきます。

どこかで書いたかも知れませんが、葬儀に対して哀悼の意が出てくると同時に、そこへ向かうためには往復の交通費も必要になりますし、仕事も休まなければならない……そうした雑念が同時に出てくるものです。

それがたとえ肉親であったとしてもそうなのが不思議なものです。

また葬儀に参列するなかでも、哀悼すると同時に、さまざまな対極にある雑念が出てくるわけで……、きちんと正座できているかとかetc。

こうした相反する人間の感情をリアルに内観すると、やはり、人間とは矛盾に満ちたその当体であり、簡単にあれか・これかとは「断言」「断定」することは不可能なのでしょう。

人間論の文脈ではありませんが、ポストコロニアル批評のスピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)のいうダブルバインド(矛盾した心理的拘束による葛藤)もこうした人間世界の実情を表現した言葉であり、理論や概念化によってダブルバインドそのものを回避することは可能であったとしても、そうした単純化・抽象化の方向性では、現実の構造に組み込まれ得ないのでしょう。

やはり人間とは複雑な矛盾に満ちた存在であることを、まず「自覚」することから始めるしかないのだろうと思います。

宇治家参去の場合、どうしても、人間の光の側面よりも、影の側面に注視してしまうわけで、現実の善悪の問題に関して力強い革命家的言説を吐くことができません。

その意味では積極的な公正主義からほど遠いわけですが、だからといって「肯定」しているわけでもありません。

ここでいう「自覚」とは「肯定」ではありません。
「自覚」とはすなわちソクラテス(Sōkratēs,B.C.469?-B.C.399)の言う意味での「汝自身を知れ」ということに他ならないかと思います。

矛盾に満ちた当体であることを理解して初めて、そこからどのように「歩む」のか。
そうした現実的な議論がたちあがるためにはやはり「自覚」が必要なのでしょう。

そして、こうした雑念は歴劫修行によって灰身滅智することは不可能です。
だからこそ、一念を自覚しながら、ときには喜び、怒り、哀しみ、楽しみながら、現実の我が道をもくもくと歩み抜くしかないのだろうと思います。

光も闇も自分自身を離れては存在しませんし、光があれば闇がある。そして闇があれば光がある。光だけの存在など存在しないし、闇だけの存在も存在しないのでしょう。

雑念との対峙から、なにか自分自身の人間理解がひとつふかまったようには思います。

だからこそ努力は無駄ではありません。
ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)は畢生の大著『ファウスト』のなかで「努力する限り迷うもの」と意味深な言葉を残しております。
迷いがないということは努力していないことでしょうし、迷いがあるということはなにかをなそうと努力していることなのでしょう。そしてこの問題に関しても、迷いがまったくない状態とか、迷いしかない状態というのも現実には存在しないのだろうと思います。

だからこそ「どんな努力にもかかわらず、たんに目標に近づけないばかりか、むしろ目標が自分から遠のいてしまったような気がして、ぞっとする思いで自分を省みるような瞬間さえ、--いや、まさにその瞬間に、もういちど申し上げますよ、あなたはふいに目標に到達し、つねにあなたを愛し、ひそかにあなたを導いてきた神の奇跡的な力を、自分の身にはっきり見てとることができる」のでしょう。

これは神信仰に限られた狭くるし教派主義にとらわれた人間理解の言説ではありません。
「自分のなかで忌まわしいと思えるものは、それに気づくだけでも浄化されるのです」から、そのことを実感しつつ、人間を対象化しようとするあらゆる試みと対決していきたいと決意するある日の宇治家参去です。

……と書いていると、フト、小津安二郎(1903-1963)の『東京物語』(1953)か『麦秋』(1951)が見たくなりました。

両者とも、家族における完成と崩壊の悲喜劇をうつくし歌い上げた名作なのですが、前者では、終盤、実母の葬儀に集まった子供たちが、葬儀が済むや否や、めいめい勝手なことを言い始め、実母と一緒に暮らしていた末の娘(香川京子だったかな)が義憤するシーンが描かれておりますが、どちらが正しいなどとは言い切ることはできません。

ただ、そうした人間を遍く照らす夏の太陽が、まぶしいです。

カミュ(Albert Camus,1913-1960)の描く北アフリカの太陽にどこか似た白い陽光です。

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ありがとうございました。

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昨日無事、告別式および初七日を終え、祖母を霊山へおくらせていただきました。

大往生の成仏でした。

これもひとえに皆様方のあたたかい励ましのお陰だと思います。

遅くなりましたが御礼の挨拶とご報告を取り急ぎと思い書かせて頂きました。

宇治家参去

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さらば札幌!

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17時過ぎに試験を終えると、ありがたくも、指導員の方が札幌駅まで送って下さり、空港快速にて新千歳空港へ向かい、翌朝高松へ飛ぶためのチケットを購入し、手荷物をあずけると、ひとり慰労会&反省会です。

どこにいくべ?

……などと悩むこともなく、目の前に「銀座ライオン」がありましたので直行です。

2泊3日ほど札幌市に滞在させていただきましたが、やはりビールが旨いです。
日本酒もいいのですが、そうだとしてもやはりビールが旨いです。

銀座ライオンでは、エビスの生、エビスのハーフ&ハーフ、SAPPORO Classicの生、余市産のケルナーの白をグラスで頂戴し、2日間の疲れを癒させていただきました。

今回の講義を総括すると……

はばかりながらですが、眠っていた学生はひとりもおらず、皆真剣に探究できたということがひとつの収穫です。地方スクーリングだとそもそも眠る行為が存在「できない」のですが、それでもなお、適宜に刺激をあたえる議論、メディアを適性に配置し、教材とうまく連動できたのではないかと思います。

自分で言うのも何ですが、ちょうど今回で13回目、2年目が終了し、3年目の初回になりますが、その積み重ねが、ある意味では「ひとつの形」として「完成」したのではないかと思います。

ただし、「完成」ということは同時に「崩壊」をも内包しておりますので、十年一律になるまえに、今度は自分で一片ぶっ壊して、また作り直していこうかと思っております。

で……。
結局、いつものことですが、ご当地ラーメンを食べるのを結局わすれてしまいました。
千葉県から参加された壮年の方は、「そうならないように、最初に食べるんですよ」といっておりましたので、次回からそうするようにしようかと思います。

「帰るまでには、どこかで行けるよな」……っていう見通しが甘いのかもしれません。

空港でラーメンというのもなあ~と抵抗のありましたが、ライオンのメニューに石焼きジンギスカンがありましたので、ちょいとそれをセレクトです。

半焼けの状態で、あつあつの石焼きザラに盛られたヤツを自分で焼きあげていき、ふうふう食べるわけですが、これが疲れた体に染みこみました。

羊の肉は臭いと俗にいわれますが、北海道で食べると、なぜだが臭いまでがさわやかです。北海道の空気にのみこまれたのかもしれません。

さてフライトの遅れで、自宅へもどると1時前。

今日はこれから、始発で羽田に向かい、始発のフライトです。

無事故で帰還できればと思います。

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札幌の朝

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札幌二日目の朝です。
昨日は快飲快眠にて、実にスッキリとした朝で、これからコーヒー飲んで講義へ行って来ます。

道内ではこれから桜が開花する地域もあるとのこと。
東京へ戻る前にどこかでみたいものです。

前期のスクーリングはこれにて終了です。
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民衆には無言の、忍耐づよい悲しみがある

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 民衆には無言の、忍耐づよい悲しみがある。その悲しみは、心のなかに入り込んだままひっそりと口をつぐんでしまう。しかし他方に、外に破れてでてくる悲しみもある。その悲しみは、ひとたび涙となってほとばしりでると、その時から「泣きくどき」に変わるのだ。これは、ことに女性に多く見られる。だがその悲しみは、無言の悲しみより楽なわけではない。「泣きくどき」で癒されるのは、まさに、さらなる苦しみを受け、胸が張り裂けることによるほかない。このような悲しみは、もはや慰めを望ます、癒されないという思いを糧にしている。「泣きくどき」はひとえに、おのれの傷を絶えず刺激していたいという欲求なのである。
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟 1』光文社、2006年。

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ようやく授業が終了し、宿泊先のホテルへ戻ってきました。

ともあれ1日目無事終了で、自分でいうのもへんですし、「手前味噌」ですが、これまでで一番よく構成することができた講義ではないかと思います。

ナイーヴな自虐ネタも洗練され、倫理学の大切な観点も学生と一緒に考えることができたのではないかと思います。

机と一体化された学生も皆無です。

北海道・札幌では2回目のスクーリングでしたが、さすがに北海道です。
全道から集まってこられるわけですが、やはり宿泊しないと参加できないメンバーも多く、「求めて」きてくださった皆様に感謝です。

ちなみに、今回は千葉から壮年の方がひとり、茨城から青年のかたがおひとりづつ、参加されており、お互いにいい刺激になったかと思います。

皆様はるばるありがとうございました。

明日も全力で講義いたしますので、どうぞよろしくお願いします。

さて……。
あさはやく電話があり、祖母が霊山へと旅だった旨の連絡がありました。
明日が「友引」のため葬儀は月曜とのことです。
誤解を招くような表現で恐縮ですが、ともあれ「友引」でよかったと安堵しました。
スクーリングを終え向かう予定です。

北海道から四国への直行便はなく、すべて羽田での乗り継ぎになるのですが、明日の便では間に合いません。
月曜の朝一のフライトでそのまま葬儀場へ向かうという流れになりそうです。

ん……。
きつい組み立てです。

しかし、不思議なもので、とめどなく涙があふれるわけではありませんが、乾いた悲しみとでも言えばいいのでしょうか、何か空虚な悲しみをじわりじわりと感じております。

今回の札幌への旅は事故もなく順調にすすんでいたわけですので、日常生活など顧みるに値しないと(とまでは思っておりませんが)、いわばタスク消化で、課題をながしていくなかで(それでも課題に対しては真剣に向かい合っているにもかかわらず、すこしその驕りが破壊されたようで……。

ん……。
いろいろときついです。

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現実主義者においては、信仰心は奇跡から生まれるのではなく、奇跡が信仰心から生まれるのだ

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 ひょっとすると読者のなかには、このアリョーシャという若者が、病的で熱しやすい性格をもつ、発育の遅れたあわれな夢想家で、みすぼらしい虚弱な小男だったのではないかと思われる向きがあるかもしれない。しかし当時のアリョーシャは、それとは逆に、すらりとした体つきをし、薔薇色の頬と澄んだまなざしをもつ、はちきれそうに健康な十九歳の青年だった。
 その頃の彼は、たいへんな美男子ともいえるほどだった。中背で均整のとれた体つき、髪は栗色、顔の輪郭はやや面長ながら整ったうりざね形で、その目は左右に広く離れ、濃い灰色に輝き、たいそう思慮深い穏やかな性格の青年のように見えた。もっとも、薔薇色の頬をしているからといって、狂信者や神秘家でない保証はないと言われるかもしれない。しかしわたしには、このアリョーシャが、ほかのだれよりも現実主義者(リアリスト)であったとさえ思える。そう、修道院に入ってから彼はむろん、宗教上の奇跡を百パーセント信じていたが、そもそも現実主義者は奇跡に心をまどわされることはない、というのがわたしの考えである。
 現実主義者が信仰にみちびかれるのは、奇跡によってではない。まことの現実主義者で、かつ何の宗教も信仰していない人間は、どんなときも奇跡を信じずにいられる強さと能力をもっているものである。もしも目の前で、うむを言わさぬ事実として奇跡が起きたなら、現実主義者はそれを認めるより、むしろ自分の感覚に疑いをいだくだろう。かりにその事実を認めるにせよ、それは自然の法則内での事実であり、自分にはその事実がただ未知のものにすぎなかったと考える。
 現実主義者においては、信仰心は奇跡から生まれるのではなく、奇跡が信仰心から生まれるのだ。現実主義者がいったん信仰を抱くと、彼はまさにみずからの現実主義にしたがって、必ずや奇跡を許容せざるを得なくなる。使徒トマスは、自分の目で見るまではキリストの復活など信じないと言明したが、じっさいにイエスの姿を目にすると、「わが主よ、わが神よ!」と言ったという。彼を信じさせたのは、果たして奇跡だったろうか? いや、おそらくそうではない。トマスが復活を信じたのは、ただ信じたいと願ったからにほかならず、あるいは「見るまでは信じない」と口にしたときすでに、心の奥底では復活を確信していたのだろう。
 ひょっとするとアリョーシャは、頭の鈍い発育の遅れた青年だったのだろうとか、中等学校もそつ卒業していないだとか、そんなことを口にする向きもあるかもしれない。中等学校を卒業していないのはたしかに事実だが、頭が鈍いだの愚図だなどというのは、たいへんな間違いである。
 わたしはただ、さっき述べたことを、もういちど繰り返すだけである。すなわちアリョーシャが修道僧の世界に身を投じたのは、その道だけに心が深くときめいたからであり、暗闇をのがれて光明をめざしている青年の魂にとって、それ以外に理想の帰結はないとすぐに思われたからなのだ。さらにいうなら、彼はいまどきの青年らしい部分もあわせもっていた。つまり彼は不正を嫌い、真実が存在することを信じ、またそれを追い求めるような青年であって、ひとたび真実を信じるや、全身全霊を傾けて自分もその真実にかかわり、すぐにでも偉業をなしとげ、しかもその偉業のためにはすべてを、自分の命さえも投げ出さずにはいられないのだ。
 しかし不幸にしてそうした青年たちは、命を犠牲にすることが、おそらくこうした多くの場合におけるどんな犠牲よりも易しい、ということを理解していない。たとえば若さにあふれる人生の五、六年を辛く苦しい学業や学究にささげることが、たとえ自分がえらび、成しとげようと誓った同じ真理や同じ偉業に仕える力を十倍強化するためのものであっても、彼らの多くにとってはしばしばまったく手に負えない犠牲であることがわかっていない。
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟 1』光文社、2006年。

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昨年の4月、熊本へ赴いた際は、羽田に向かう中央線が不通で私鉄へ乗り換え、ぎりぎり浜松町で便変更を行い、ようやくホテルに到着すると予約が入っていない……という異常事態でしたので、出張の際は、いつもどきどきもののチキン野郎な宇治家参去です。

お陰様で、今回の札幌“行”は問題なく到着ということで、ホテルで安堵しているところです。

旅の道中……。
不断の場合、敬遠しているような哲学書……家でいるとちょこちょこ読むけれども通読の難しい文献……を逃れようのない飛行機とか新幹線の中で強制的に読ませるという難行を化しているのですが、今回は、読みたかったけれども我慢してきた一冊を手荷物のなかにぶちこみ、電車・空港のラウンジ・飛行機・電車と読ませて頂きましたが、ひっぱりこまれて、札幌到着時に読了してしまいました。

いわゆるドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)の最晩年の著作『カラマーゾフの兄弟』の「新訳」がそれです。

岩波版、新潮版ともに各社から数訳出ており、宇治家参去自身は、新潮訳に比較的に親しんできたのですが、様々なひとから、今度の新訳はよいぞ!と聞いており本は手に入れていたのですが、読むのが惜しく大切にしていたのですが、ぼちぼち挑戦してみるかということでひもといたわけですが……読みふけってしまう危険な一冊です。

翻訳には様々な問題がありますので、一慨にその善し悪しを評価することは非常に難しいので、なんなら原典で読めよ!という話になるのですが、ロシア語3年やってもものにならなかった自分自身としては、そこまで知的体力も残っていないことを承知しておりますから、原典対象させたうえでどうかときかれると何もいえなくて……という状況ですが、この光文社版、訳者は東京外国語大学の若い学長さんなんですが、正直いって日本語がこなれております。読ませるリズムある文章というところでしょうか。

これから第二巻を買い求めに札幌市街を彷徨してこようかと思います。
朝まで読みそうな自分自身が怖いのですが、家にいると落ち着いて読むというのも難しいわけですので……本を読んでいると“遊んでいる”と思われるフシがありますので……こういう旅先でひとりで書物と向かい合うというのもよいものです。

で……。
本を買うついで?に、明日・明後日の講義のための燃料補給をチトしておこうかと思います。

しかし何を補給すればよいのでしょうか?

一昨年も札幌で講義させて頂きましたがその折り、北海道ネイティヴの方に「何が旬ですか?」と伺ったところ「北海道は何でもいつでも旬ですから、旬というものがないんですよ」などと教えて頂いたことがあります。

さて何にするか。

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カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫) Book カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

著者:ドストエフスキー
販売元:光文社
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無限なるものを有限なるものに、神的なる精神を感覚的なる現象に、翻訳する

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……しからばその解釈とは何であるか。元来Hermeneutikの名は、神の名Hermesと根源を同じくするhermeneiaから出ている。ヘルメースは神々と人間との間の仲介であり、神の思想を人間にあらわにする。すなわち無限なるものを有限なるものに、神的なる精神を感覚的なる現象に、翻訳する。だから彼は「分かること」(Scheidung,Besonderung)の原理を意味し、従ってまた「分からせること」(hermeneia,Verständingung)に属する一切のもの、特に言語と文学の発明者とせられる。言語文字は思想に形を与える、すなわち人の内の神的なもの無限なものを有限な形態にもたらす。それによって内なるものが分からせられるのである。これがhermeneiaの本質にほかならぬ。しからばそれはローマ人がelocutioと呼ぶもの、すなわち思想の表現である。理解ではなく「理解し得るようにすること」「分かるようにすること」(Versändlichmachen)である。だからこの語の古い意義は、他人の言葉を分かるようにすること、すなわち「通訳」であった。しかしHermeneutikにおいては、内なるものを外に出すという点が重大なのではなく、外に出すことによって分かるようになるという点が重大なのである。分かるようにするのが表現であるならば、表現は根源的に理解と結びついていなくてはならない。従って我々は表現の中から理解を押し出すことができる。
    --和辻哲郎『人間の学としての倫理学』岩波文庫、2007年。

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解釈には、妥当する理解をどのように導き出していくのかという問題がその根幹にあるわけですが、だからこそ、その解釈者が現実に踏みしめている大地という現実と、それを背後からささえる伝統・歴史の有機的な相関関係が必要になってくるのだろうと思います。

「その解釈で妥当するのか」

なにも、永遠不滅の普遍的なアンサーを導き出すのが解釈学ではありません。それよりも重要なことは、「こう考えざるを得ない」とか「これが一番ふさわしいんだよな」と普遍的なるものへむけて何かを立ち上げていこうとする手法が解釈学の技法だと思います。

その意味では、独断的な語りが許される思想の言語やドグマ的な議論とはかけ離れた局面に位置するものであり、過去をふまえたうえで、徹底的に言語と格闘しながら「言語化が不可能」と思われるものを「翻訳」する媒介者なのだろうと思います。

その意味では、コンテンツを発信するわけではないので、コンテンツを発信する的な営みよりも、一段低位に見られがちですが、その内容を吟味検討しながら、共通了解を目指す地味ですが、その地道な営みには、「発言者」的あり方よりも、何か惹かれてしまう宇治家参去です。

「すなわち無限なるものを有限なるものに、神的なる精神を感覚的なる現象に、翻訳する」……こうした方向性が日本の知的遺産とか精神的伝統においては、すこし貧弱なきらいがあり、あまりかえりみられない側面が強いわけですけれども、それでもなお、「すなわち無限なるものを有限なるものに、神的なる精神を感覚的なる現象に、翻訳する」とは素敵だなと思うわけですが、マア、金に直結しないところがチト淋しい今日このごろです。

さて、今朝より、いよいよ北海道へ旅立ちます。
この季節の札幌は初めてですが、天気概況にて確認すると、滞在中の最高・最低気温は、7℃から21℃という広い幅で、木曜日は、7℃から12℃で推移して模様です。

ちと寒そうですね。

東京の感覚ですから、背抜きのスーツで行こうかと思っておりましたが、念のため合い物もスーツか薄目のスプリング・コートをいれていくか……この選択肢が非常に難しいところです。

荷物にはなるのでしょうが、風邪をひくよりまマシか……と思うのですが、結局羽田にもどってくると、それなりの気温のようだと思うので、いずれにしても寒暖の差が大きそうで……。

さて、なんとかパワーポイントの修正も完了しましたが、1回1回のスクーリング講義がが、「寒暖の差」ではありませんが、いろいろと地域性があったり、対合衆の問題意識の差異があったりして、まさに千差万別の授業?になってしまうわけですが、今回はどのような展開になるのか今から楽しみです。

……とわいえ、「何かを教える」という気概は毛頭ありません。
教師から学生に訓戒を垂れるというわけでもありません。
倫理学という学問に対して、教師と学生が一緒に向かい合いながら、「理解し得るようにすること」「分かるようにすること」(Versändlichmachen)を目指しながら今回も頑張って参りたいと思うところです。

……って、朝も早いので、ぼちぼちいっぺえ飲んで寝ますです。

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人間の学としての倫理学 (岩波文庫) Book 人間の学としての倫理学 (岩波文庫)

著者:和辻 哲郎
販売元:岩波書店
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Trancher la difficlté, trancher la question, trancher court

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 労作したり、読書したりまた研究したりする術においては、勇気が、一種の勇士的精神が重大なる役割を演ずる。それは即ち対象に附纏(つきまと)うところのあらゆる困難を物ともせず、敢然として着手すること、しかしまた、到底他にその困難に打勝つべき途なきこと、あらゆる我らの努力と最も勤勉なる探究とをもってしてなおかつなんら見るべき成績を挙げえざることを洞見するや否や、断然、『結目(むすびめ)』を切断するの勇あることである。Trancher la difficlté, trancher la question, trancher court(困難を切断すること、疑問を切断すること、手短に切断すること)。これはきわめてよき言葉である! それは自らなんの不必要なる困難をも造らざること、それのないところには決してそれを看取せざること、Chercher midi à quqtorze heurs(ありもしない困難を崇めざること)、毫も問題とするに足らざる、もしくはもおうとっくに解決されたる、もしくはわざわざ頭を悩ますの価値なき、もしくは各人がひとり自己の為にのみ、全然個性的に、純粋に個人的に解決すべき、決して他人にかわって答えてやることのできない、もしくは最後に、現世においては人間的理性に対していつまでも幽暗なるもぼとして封じ置かるゝのほかないような一切のいわゆる疑問や、問題をば手短に片附けることである。--
    --ケーベル(久保勉訳)「十二 リヒテンベルヒの観念論観」、久保勉編訳『ケーベル博士随筆集』岩波文庫、1957年。

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この文章はケーベル(Raphael Koebel,1848-1923)が、リヒテンベルヒの観念論観を材料にしながら、労作(作業)としての学問と真理把握の学問を混同してはならないとの随想の途中のところからなのですが、読んでいると、はあ、なるほどと思うところがあります。

たしかに、学問をする--それは研究というスタイルもあれば、興味の探究というスタイルもあれば、学生として作業を積み重ねていくというスタイルも実際にはあり多岐多様にわたるのが現実なのですけれども--それでもなお、そうした対象と向かい合うときの要諦が、さりげなく披瀝されているように思えて他なりません。

すなわち次の部分です。

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労作したり、読書したりまた研究したりする術においては、勇気が、一種の勇士的精神が重大なる役割を演ずる。それは即ち対象に附纏(つきまと)うところのあらゆる困難を物ともせず、敢然として着手すること、しかしまた、到底他にその困難に打勝つべき途なきこと、あらゆる我らの努力と最も勤勉なる探究とをもってしてなおかつなんら見るべき成績を挙げえざることを洞見するや否や、断然、『結目(むすびめ)』を切断するの勇あることである。

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何故学問に「勇気」が必要なのか!
……などと思い、読んでいくと納得してしまった!わけですが、確かに「対象に附纏(つきまと)うところのあらゆる困難を物ともせず、敢然として着手すること」勇気が必要なわけで、それと同時に「到底他にその困難に打勝つべき途なきこと、あらゆる我らの努力と最も勤勉なる探究とをもってしてなおかつなんら見るべき成績を挙げえざることを洞見するや否や、断然、『結目(むすびめ)』を切断する」勇気も必要です。

もっとも宇治家参去の場合、「対象に附纏(つきまと)うところのあらゆる困難」に直面するまえの段階で、「さあ今日も仕事するか」というエンジンがかかるのが遅いことや、息抜きで読み始めた全く対象と関係のない文献に熱がはいったりしますので、対象に向かい合う為の「勇気」が最初に必要なわけですが、それでも「対象」と格闘する際、その対象と執拗に向かい合っていく勇気、抛擲しない勇気は学問には必要なのだろうと思います。

そして、それと同時に、「『結目』を切断する」勇気、これも大事なのでしょう。
得てして、学問を積み重ねれば積み重ねるほど、本質と直接関わりのない瑣事に振り回されて、本質を見失ってしまう局面が多々存在します。もちろんそうした局面に関しても、それを「切断してしまってOK!」というほど単純ではない、一筋縄ではいかない生産性も秘めておりますので、充全にそれを全否定することは出来ませんが、それでもなお、探究の迷路に迷い、そのなかで、研究の目的とか、学問と向かい合う際の初心を捨象してしまうということは現実にもあるわけです。

たしかにカント(Immanuel Kant,1724-1804)の『純粋理性批判』と真剣に向かい合い、「カントの哲学とは何か」をつかみ取ろうとする際、その目的のために、初版の序文と第二版の序文の差異に注目することは必須です。

そしてその作業は、すなわち「目的に向けた下準備」というわけなのですが、それがまた二律背反で、その序文の差異だけでひとつの博士論文が完成してしまうというほどの難行なのですが、それと格闘するなかで、最初に立てた「カントの哲学とは何か」を忘れてしまうということが現実にはあるわけです。

別に「目的に向けた下準備」に問題があるというわけではありません。
それはそれで大切な作業ですからおろそかにすることは不可能です。しかし、そこから何を組み立てていくのか--繰り返しになりますが、作業に没頭するなかで、忘れて背景内のが、研究の目的とか、学問と向かい合う際の初心--というものでしょう。

とかく観念論の研究者は、そうしたディレンマにおちいりやすく、作業をコツコツと積み上げていく中で、

「そういや、オレ何をやろうとしていたんだっけ?」
「カントの哲学とは何かをやろうとおもっていたんだよな?」

……しかしながら、たくさん作業を積み上げ、論文も何本も書いたけれども、肝心の「カントの哲学とは何か」といった訊かれ、「もっと簡単にかつもっと単純に説明することができるか」(ケーベル前掲書)といわれてみると、即答できないことがしばしばです。

その意味では、なにやら、訓戒のようで恐縮ですが、ある意味では目的とか初心を燃えたぎらせ対象と向かい合う「勇気」というものは学問の基礎には必要なのかもしれません。

特に高等教育における学問はなおさらなのだろうと思います。
いわば、義務ではありませんので、やらなくてもいいわけですが、そこをあえて選択したわけですので、それを地道に続けて行くには勇気がやはり必要なのでしょう。

ケーベルは、明治~大正時代の東京帝国大学で教鞭をとった外国人教師ですが、その膝下には、後の教養主義を準備する数多くの俊英たちが集ったとききますし、当時の学生たちに多大な影響をあたえたわけですが、その意味では教師ケーベルの語りとは学生に対するひとつの励ましだったのだろうと思います。

つかれることが多い現代社会の毎日ですが、何か初心にもどれたようなところなのですが、この時点になって大いなる過ちを発見です。

土日に使うパワーポイントに手を入れていたのですが、のこり1/4ほど校了を済ませていなかったことが発覚!

とりあえず、飲み始めちゃったので、明日がんばりましょうか……。
何しろ久し振りに、大好物のBecks(ドイツ)を手に入れましたものですから、キレのあるさっぱりした味覚とホップの香りを堪能させていただきます。

……っていつもギリギリのラインで苦闘する宇治家参去でした。

さふいや、ビールをもとめる途上の自転車道の紫陽花さんが花びらを解き放っておりました。季語では「夏」を意味するようですが、もはや夏なのか?

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【覚え書】「〔今週の本棚〕 中島敦 生誕100年特集 三浦雅士評 日本にはまれな形而上学的小説家」、『毎日新聞』2009年5月3日(日)付。

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市井の仕事をしながら、本日は壁パンチをすることはなかったのですが、義憤の連発というやつですが、「憤り」という違和感の感覚を感じなくなってしまうことは非常に恐ろしいことではないだろうかと感じる宇治家参去です。

いわば人間と世界に対して鈍感になってしまう感性とでもいえばいいのでしょうか--。

久し振りに、痛風で足が痛く、パンチするどころではなかったわけですが、宇治家参去自分一人が、なにかをかぶるのはまったく問題ありません。しかし、責任もないバイトくんたち……しかし、管理側の思惑とは裏腹に、ひとりひとりがそれなりの責任感をもって汗かきながら心臓をばくばくいわせながら仕事に励んでくれているのが実情なのですけど……そうしたひとびとを酷使させてしまうシステムには辟易とするわけで……、説明責任も必要だろうと思うわけですが、それ以外の時間は、課題も積み重なっていて、考える“暇”がないというわけで……恐縮ですが、【覚え書】にてお茶を濁させていただきます。

マア、こうして熱く知(血)をたぎらせていることに、生きている実感を感じるわけですけれども。

さて……。
中島敦(1909-1942)の小説は殆ど読んでおりますが、その創作の可能性に関しては目を見ひらかれたようで、さすが三浦雅士(1946-)と唸ってしまった次第です。

ひとつはニヒリズムの問題ですが、おそらく巷で流通している「ニヒリズム」と称される現象は「シニシズム」に他ならず、徹底的な実存の問題とは全く関わっていないということ。

もうひとつは、サイード(1935-2003)を初めとするポスト・コロニアル批評の文学批判理論から、もういちど、中島敦の作品と向かい合っていかないといけないなと実感する部分です。

忙しいのは承知ですが、取り組まなければならない課題がさらに山積みで、それはそれでありがたいことですね!

月曜日にベトナム語の外国人作家の短編集を貰ったのですが、読めない……。
ベトナム語の勉強もしろよってことですかねえ~。

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中島敦 生誕100年特集
三浦雅士評
日本にはまれな形而上学的小説家

 中島敦は日本人にはまれな形而上学的な小説家である。難解ではまったくないが、鋭く深い。
 その資質は、二十四歳で書き始め、三年ほど温めて、結局、完成を断念した長編小説『北方行』に端的に示されている。
 主な語り手は黒木三造。その精神的な先輩が折毛伝吉で、おそらく近代日本にはまれな純粋ニヒリストである。伝吉をニヒリズムに突き落としたのは小学校の教師であった。
 「そいつが、そう三年の時だったかな。地球の運命ってものについて話したことがあったんだ。しかも何時間も何時間もね。如何にして地球が冷却し人類が絶滅するかを、その男は、--実際憎むべき悪漢だよ--如何にも恐ろしげな表情を以て話すんだ。僕はこわかったね。恐らく蒼くなって聞いていたことだと思う。が、まだそれは--人類がなくなるのや地球がひえるのは我慢が出来たんだ、所が、何と、そのあとでは太陽さえ消えて了うというじゃないか。太陽も冷えて消えて了って、真暗な空間をただぐるぐると誰にも見られずに、黒い冷たい星共が廻っているだけになって了う。それを考えると、僕は堪らなかったね。それじゃ、自分達は何のために生きているんだ。自分は死んでも地球や宇宙はこのままに続くものとしてこそ、安心して人類の一人として死んで行ける。それが、今この教師のいうようでは、自分達の生きていることも、人間てものも、宇宙ってものも何のために自分は生まれてきたんだ。そう思ってね。それから暫く僕は--随分変な児だったに違いないが--神経衰弱みたいになっちまったんだよ。十歳(とお)の少年がだよ。」
 長文の引用をしたのは、ほかでもない、幼い頃に同じ様な疑惑に苛まれたものも少なくないだろうと思われるからだ。少年は人類の滅亡さえ我慢できたのだから、ここで語られているのは死の恐怖ではない。そうではなく、宇宙には意味がないということ、世界は無意味であるということなのである。
 むろん、俗事に忙しい大人たちはこんな疑惑を相手にしない。そこで少年はたんに自分が用地なのだと考えようとする。伝吉の話を聴いた三造にしても、それを、自分たちが「幼稚だとして考えることを恥じている」あまりに形而上学的な問題であるとしている。中島敦もそう考えようとしたのである。だが、疑惑に蓋をすることはできなかった。
 『北方行』の執筆開始は一九三三年、背景になっているのは一九三〇年の北京である。三造が中国人に嫁いだ叔母のもとに旅行し、叔母の家庭や、そこに出入りする国際色豊かな人々と交渉するさまを描く、構想力豊かな堂々たる長編小説だが、現実への疎隔感を抱いた三造、その病がさらに進行しているかに思える伝吉を克明に描き始めるに及んで、挫折した。疑惑を幼稚であるとして退けることができなくなったのだ。
 ここに中島敦の文学の出自がある。『北方行』の中断後、「かめれおん日記」「狼疾記」が書かれ、「わが西遊記」二篇が書かれるが、そこではこのあまりに形而上学的な問題が、さらにいっそう克明なかたちで取り上げられるのである。
 中島敦は一九〇九年五月五日に生まれた。文壇に登場したのは四二年二月、すなわち三十三歳になろうとするときだ。人が虎になる話として有名な「山月記」、文字をじっと見つめていると文字でなくなるという日常的な体験を古代の伝説として描いた「文字禍」の二篇が『文學界』に掲載された。七月に短編集『光と風と夢』が、十一月に同じく短篇集『南島譚』が刊行され、十二月四日、三十三歳で没した。文壇登場のその年に亡くなったのである。
 生前に刊行された『光と風と夢』『南島譚』の二冊に収録された短篇群は、みな、宇宙には意味がないということ、世界は無意味であるということを、直接間接に問題にしている。また、意味の発生の恣意性を問題にしている。
 亡くなった直後、「名人伝」「弟子」「李陵」が矢継ぎ早に雑誌に発表されたため、中島敦が直面していたこの問題以上に、素材とされた中国古典の世界のほうが読者に強い印象を与えることになった。たまたま漢学者の家系に生まれたこともあって、以後、長く中国ものの書き手であるかのように誤解されることにもなったのである。むろん、それもまた中直敦の重要な側面だが、肝心の形而上学の問題が見過ごされてはならない。
 たとえば『光と風と夢』『南島譚』には、中島敦の植民地体験が生かされているが、かつてもいまも、植民地問題を形而上学の問題として捉えた作家は少ない。
 植民地関係の図式は幼年時代の権力関係の図式、意味付与の図式の反復にすぎない、そしてその権力関係の図式は人間の存在様式に根ざしている。簡単にいえば、子どもは植民地人として生まれてくるのである。中島敦はおそらくそう考えていた。少なくとも感じていた。
 中島敦の魅力が明かになるのはこれからだろう。
    --「〔今週の本棚〕 中島敦 生誕100年特集 三浦雅士評 日本にはまれな形而上学的小説家」、『毎日新聞』2009年5月3日(日)付。

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著者:中島 敦
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記号、色、それはひとつの賭け

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つねに名付けること
     ボブロフスキー

つねに名付けること、
木を、飛ぶ鶏を、緑に流れる川の
赤らむ岩を、
森越しに夕闇が降りてくるとき
しろい煙につつまれる魚を。

記号、色、それはひとつの
賭け。ぼくは考えこんでしまう、
ぴったりうまく
けりがつかないかもしれない。

だれが教えてくれるだろう?
ぼくが忘れてしまったことを。石たちの
眠り、飛ぶ鶏たちの
眠り、木々の
眠り、--暗闇に
それらの話し声がするのに--?

ひとりの神がいて
肉体に宿るなら、
そしてぼくを呼ぶことがあるとするなら、
ぼくはさまよい歩きもしよう、
少しのあいだ待ってもみよう。

Immer zu benennen
            J.Bobrowski

Immer zu benennen:
den Baum, den Vogel im Flag,
den rötlichen Fels, wo der Strom
zieht, grün, und den Fisch
im weißen Rauch, wenn es dunkelt
über die Wälder herab.

Zeichen, Farben, es ist
ein Spiel, ich bin bedenklich,
es möchte nichte enden
gerecht.

Und wer lehrt mich,
was ih vergaß: der Steine
Schlaf, den Schlaf
der Vögel im Flug, der Bäume
Schlaf, im Dunkel
geht ihre Rede--?

Wär da ein Gott
und im Fleisch,
und könnte mich rufen, ich würd
warten ein wenig.

    --生野幸吉・檜山哲彦編『ドイツ名詩選』岩波文庫、1993年。

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ちょい、また頭に来ることが社会的にあり、また市井の職場的にもあり、壁パンチをやってしまい、パンチに繰り出した拳に軟膏をぬる宇治家参去です。

エア・パンチか段ボール・パンチにしておけばよかったです。

詳細はおきますが……、

完全な理念とか理論なるものは存在しえません。
まさにスピノザ(Baruch De Spinoza,1632-1677)が言うとおり「永遠の相のもとに」見ることができるのは神しか存在しないのでしょう。
しかし、どこか、理念とか理論が現実を牽引していくという側面に注目する中で、自己自身を神であると認識してしまうと、理念とか理論が現実とかけ離れ一人歩きしてしまいます。

その対極にある理念的な契機を失した現実全肯定主義も同じです。
ずるずるべったりという現状を把握するという自己認識は必要です。
しかし「シカタガナイ」として現状認識を現状容認とはき違えてしまうと墜ちるところまで墜ちてしまうのが人間の日常生活世界です。

必要なのは、現実から理念や理論へ至ろうとする努力であり、理念や理論から現実に内在していこうとする勇気の慈悲だろうと思います。

それをあれかこれかの両極端にわけてしまうところに人間世界の悲劇があるのかもしれません。

自分自身としては「仙人になりたい(専任になりたい)」という願望を大切にしながら、涼しい顔して生きている自覚があり、ジェントルマンな風貌をうりにしておるわけですが、そうした憤りとかパンチを繰り出している自分をあとになって勘案するなら、なんか汗くさい熱血漢のようにも覚え、チト反吐が出そうになるのですが、マア、温かい生き血の流れている人間なんだよなと思う次第です。

「記号、色、それはひとつの / 賭け。ぼくは考えこんでしまう、 / ぴったりうまく / けりがつかないかもしれない」からこそ、賭けには自覚的責任がつきまとうはずなのですが……。

で……。
本日の蕎麦? 側?

大学へ出講する折り、乗り換え列車の都合で、立川で降りたのですが、そこの「奥多摩そば」より「きのこちくわ天そば」を頂いてきました。

奥多摩そばといえば、むか~し、青梅の奥地の茶屋で頂いた記憶があるのですが、無骨な麺ながらも、食べ応えのある蕎麦だよなという思い出があるわけですが、それを駅蕎麦で再現できるはずもないのは承知で一杯ですが、駅蕎麦以上本格蕎麦未満というかんじで、それなりに堪能させていただきました。

つなぎの小麦粉が若干多めなのでしょうが、なんとなく、田舎蕎麦という風情で、山手線関係の駅蕎麦では味わえない駅蕎麦というのが乙なものです。

……などと書いていると、まあ、心に平安は取り戻したということでしょうか。

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ドイツ名詩選 (岩波文庫) Book ドイツ名詩選 (岩波文庫)

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【ご案内】05/16-17:地方スクーリング,E1期北海道(札幌) 『倫理学』

01_img_0477 【ご案内】05/16-17:地方スクーリング,E1期北海道(札幌) 『倫理学』

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 しかし、学問はイメージとはちがいます。「倫理学」は「倫理とはなにか」を根本的に問い直す学問です。おそらく本書を読み進まれるうちに、既成のイメージとは違ったなにかを発見されるのではないでしょうか。倫理という言葉は、もともと「人間のありかた」という意味の言葉です。つまり、この世界のすべての事象を、人間のありかたとしてとらえてみようという観点に立ちます。私たちにもっとも身近な学問としての人間が、それが倫理学だということができます。
 そして大切なことは、この身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということです。それは同時に、私たちの生や生活を充実させていくということにほかなりません。本書の副題が「価値創造の人間学」となっているのは、そうした理由からです。
    --石神豊『倫理学 価値創造の人間学』創価大学通信教育部、平成15年。

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賞罰告知といいますか、定型文といいますか、毎度同じ呼びかけで恐縮ですが、例の如く、アカデミズムの荒野をさまよう宇治家参去で御座います。表題のとおり、今週末より、札幌市で開催される通信教育部の地方スクーリング(対面授業)にて「倫理学」を講じてきます。

受講される学生さん方がいらっしゃいましたら、どうぞ宜しくお願いします。

で……。
例の如く引き続き定型文のような内容ですが……

できれば……といいますか、学生さん方へのお願いです。

できれば……序論だけでも結構です。
必ず読んできて欲しいと思います。

忙しいとは思いますが、目を通さずに、授業に望まれてしまうと、これはきわめて“モッタイナイ”状態です。

マータイ女史(Wangari Muta Maathai,1940-)のラリアットは必須になってしまいます。痛くて1週間ひっぱるよりも、20頁程度は1時間かけて丁寧に読む方が価値的かと。

是非、宜しくどうぞお願いします。

今回は予定者12名と聞いております。
例の如く宇治家ゼミですね。

お互いに気の抜けない過酷な(?)ロードレースです。こちらも万端の準備と仕込みで乗り込んでいきますのでどうぞ、よろしくお願いします。

授業中には寝ることもできない……わけですよ、はい。
顔と名前も覚えてしまいますですよ。

眠ることもできないほど最高のフルコースを提供しますので。

で……。

ここからが重要(?)

ホテルが札幌駅周辺です(精確には北口より徒歩3分)。
近くに安くておいしいところがありましたら皆さん是非教えてください!

なぜって?

「この身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということです。それは同時に、私たちの生や生活を充実させていくということ」にほかならない学問こそ倫理学だからです。

ちなみに……
身近なものに注目すると面白いものでございます。
サントリーの「天然水」。
東京では、天然水「南アルプス」
熊本では、天然水「阿蘇」
そして四国・中国・関西では、天然水「奥大山」
沖縄では、「阿蘇」だろうな~と思っていると、そうした通念は破壊されてしまいました。

東京と同じく「南アルプスの」天然水でございます。

北海道はどうなのでしょうか?

ついでにE1期の「地方スクーリング(E1期)実施計画」が事務局よりメールにて送られ来ましたが、宿泊先のホテルの備考欄、「○○ホテル……※喫煙部屋」。

担当教員13人いるなかで、喫煙者、おれ1人かよっ!

……ってひとりぼけつっこみをやりながら、とりあえず、カーネーションは買ってきました。

細君がうるさいからでございます。あとでガアガア言われるより先に用意しておくのが大人の倫理学というものです。

ただし、こまかく突っ込むならば、細君は私との倫理的関係性において、「母の日」の対象となる「母」ではなく「細君」に他ならないわけなのですが……。

……ということでSAPPORO黒ラベルでも飲んで寝ますわ。

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それにしても余暇利用とは何と恐ろしい言葉であることか

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 <<paideia>>というギリシア語の表現のなかには何か子供の遊びの軽やかさと無邪気さというものの余韻が残されている。この言葉を一般に適用することができるとするならば、この言葉の本当の「対象」は美しいものである。しかしそれは、何ものかのに役立つということはないのに、推奨されるもの、それゆえ、それが何の役に立つのかと誰一人として問わないようなもののすべてを意味しているのである。この最も広い意味で美しいものに含まれるのは自然と芸術、人倫、慣習、行為と作品、そして伝達されるもの、分かちもたれるがゆえにあらゆる人に帰属するもののすべてを包括しているのである。
 そのうえ、われわれが「文化(Kultur)」という言葉を口にするときにはいつでもそれなりの理由がある。われわれの自己意識に置いてそしてそれを言語的に分節化するときにわれわれはローマ文化によって刻印づけられているのである。われわれが「自然」とか「文化」と言うときには、われわれはラテン語を話している。「文化」という言葉は農耕民族においてはローマ民族と同じように自明なこととして農業<<agri-cultura>>、耕作を意味していた。ところでこの言葉は、ローマ共和国がギリシア人から、すなわちストア的・ギリシア的人文主義から学んだ新しい事柄をつちかう耕地という意味にもなった。まず第一にキケロが<<cultura animi 魂の教育>>、精神的文化(kultur 育成)について語っている。したがって、この言語世界に含まれる農耕的な意味合いは<<cultura>>という新しい概念への翻訳においてもなお貫徹されてきたのである。この概念は種子蒔きから刈り入れまでの期間に行われる育成し手入れする農耕の労働に似せて鋳造されたものである。文化の言葉と本質のうちでわれわれに示されているもの、すなわち人間への形成とは、ただ単に自由な遊びではなくて、精神の種子蒔きと刈り入れの労苦でもあるのだ。
 われわれが上で行った言葉の歴史的な考察によって立ち返ったのは、人間の特徴をその可能性においてもその危険性においても可能な限り明瞭な形で示すようなひとつの起源である。文化という言葉を真面目に受けとれば、文化とは決して余暇利用(レジャー)を意味するものではないということが明らかになる--それにしても余暇利用とは何と恐ろしい言葉であることか。この言葉はすでに、人々が自由な時間を過ごすために十分なほど自由ではないということを示しているからである。文化とは余暇利用をさせるものではなく、人間を互いに襲い掛け合わせ、何かある動物よりもひどいものになることを阻止できるもののことである。今、<<動物よりひどい>>といったのは、動物というのは、人間とは違って、同種のものに対してそれを無に至らしめるまでの闘争、すなわち戦争を知らないからである。
    --ハンス=ゲオルグ・ガダマー(本間謙二・須田朗訳)「文化と言葉」、『理性を讃えて』(法政大学出版局、1993年)。

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<<paideia>>というギリシア語はもともと、子供(〔単数形〕パイス、〔複数形〕パイデス)を教育することを意味するものですが、そこから転じて、広く、教育・文化・教養として理解されている言葉です。

その言葉が誕生した契機に立ち返ると、言葉のもつ迫力とか真相にせまれるもので、現下流通している言葉の薄っぺらさとか権威主義化した言葉のもつ圧倒的な力を、ヨイショとひっくりかえすことができるものなんだよな……などと実感するある日の宇治家参去です。

人間とは恐らく、生まれたままで人間であるわけではないのでしょう。
倫理という言葉は西洋において、エートス(ethos)というギリシア語に由来する言葉で、これはもともと「住みか」とか「習俗・習慣」を意味する言葉でした。

「エートスは第二の自然である」というギリシアの言葉がありますが、まさに、エートスを身につけることによって、第一の自然である身体だけでなく、共同存在としての「人間」そのものを、人間はそれを身につけることによって「人間」になっていくんだよなと思うわけですが、その要となるのが、パイデイアという概念なのでしょう。

そしてパイデイアの神髄とは、アリストテレス(Aristotle,384.BC-322.BC)の解釈を援用しつつガダマー(Hans-Georg Gadamer,1900-2002)が語っているとおりで、最も幅広くそれをみた場合文化の問題となり、そしてそれを形づくる教養とか教育になるわけなのでしょうが、それによって人間が人間となるものであるけれども、「何ものかのに役立つということはないのに、推奨されるもの、それゆえ、それが何の役に立つのかと誰一人として問わないようなもののすべて」という性質をもつものであり、自由な遊びでありながらも「人間への形成とは、ただ単に自由な遊びではなくて、精神の種子蒔きと刈り入れの労苦」が必然的に随伴する人間の営みなのでしょう。

その意味で、その大局にあるのが、「余暇利用(レジャー)」という事態なのでしょう。

文化とか教養は、カタログ的に鑑賞するものでは決してありませんし、何か知的ストックとして抑えておくこととはほど遠いことなのでしょう。

現場としては「子供の遊びの軽やかさと無邪気さというものの余韻が残されている」ように、今生きているその場で培うことができるものですが、その作業は「種子蒔きから刈り入れまでの期間に行われる育成し手入れする農耕の労働」に似たものであり、無邪気に関わるなかで、その労苦の汗を楽しみ、そして、人間になっていくのでしょう。

それを経ないと、次のような事態になってしまうのかもしれません。
すなわち、

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文化とは余暇利用をさせるものではなく、人間を互いに襲い掛け合わせ、何かある動物よりもひどいものになることを阻止できるもののことである。今、<<動物よりひどい>>といったのは、動物というのは、人間とは違って、同種のものに対してそれを無に至らしめるまでの闘争、すなわち戦争を知らないからである。
    --ガダマー、前掲書。

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その意味では、人間は根源的に文化を要請せざるを得ないわけですが、サア、今日は「余暇利用(レジャー)」だ!などと力んでしまうとはそれはもはやpaideiaとかculturではないのかもしれません。

……ということで、食玩の模型を熱心に作る宇治家参去とは、「「子供の遊びの軽やかさと無邪気さというものの余韻」を残しつつも、「精神の種子蒔きと刈り入れの労苦」を惜しまない人物なのかも知れません。

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ものを食べたり、飲んだり、呼吸をしたり、

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 生物体というものがはなはだ不思議にみえるのは、急速に崩壊してもはや自分の力では動けない「平衡」の状態になることを免れているからです。これははなはだ不思議な謎なので、人間がものを考えるようになったばかりの遠い昔から、或る特殊な非物理的な力--というよりむしろ超自然的な力(たとえば生命力、エンテレキー)が生物体の中で動いていると主張されてきましたし、或る一派の人々の間ではいまだにそれが主張されています。
 生きている生物体はどのようにして崩壊するのを免れているのでしょうか? わかりきった答えをするなら、ものを食べたり、飲んだり、呼吸をしたり、(植物の場合には)同化作用をすることによって、と答えられます。学術上の言葉は物質代謝(メタボリズム)といいます。
    --シュレーディンガー(岡小天・鎮目恭夫訳)『生命とは何か 物理的にみた生細胞』岩波文庫、2008年。

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3連休の最後は、友好活動だ!ということで、宇治家参去一家御用達のささ花にて、友と宴席です。

「飲み過ぎないように!」と細君に釘をさされつつ、ここはウコンの力を借りて出発し、セーブ、セーブしながらやりましたが、ここでのむと肴も旨いので酒も進むというわけで、気が付くと六合ほどやっておりました。

ささ一(山梨)
黒龍吟醸(福井)
黒龍大吟醸(福井)
八海山(新潟)
八海山吟醸(新潟)
飛露喜(福島県)

……ここまでやってしまうと、「メニューないやつありませんか」と乗ってしまうので伺ったところ、「龍神ガアリマスヨ」とのことで、お願いし、最後に頂きました。

「尾瀬の雪どけ」で有名な龍神酒造(群馬)の銘酒『龍神』のふくよか味わいで乾杯です。

ちゅうど、市井の職場を辞められた方への、3人ほどのささやかな打ち上げで、セーブ、セーブしながらやる予定でしたが、話が弾むといつものごとくとまりません。

ただし、今回は、酒一合に対して、必ず和らぎ水(いわゆるおひや)を1-2杯はかならずつけてチェイサーとして、ゆっくりとやり、ウコンの力と合わせて、ダメージは少なそうですが、頭が働いていないようで、シュレーディンガー(Erwin Rudolf Josef Alexander Schrödinger,1887-1961)の生命論を読んでも頭の中に入ってきません。

ついでに代謝もうまく機能していない状況です。

休みをほとんどとらない人間がこうした連休などとってしまうと、その使い道がわからず、結局、学問はほとんどしなかったのですが、たまにはそうした休業日があってもいいものかな……と慰める次第で。

さあ、これからダルイですが、仕事です!
日常生活世界へ戻ります。

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「私どもが食物に対して、なみなみならぬ感心をしめさざるを得ないのは当然だろう」ということで手打ちうどんに挑戦記!

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 高松市はアザミちゃんからのお便り。
 「私は他県のお客様がよくいらっしゃる某うどん店で働いているのですが、みなさん様々なうどんの食べ方を披露してくれます。ざるうどんが長くて、立ち上がってまでうどんを持ち上げ、だしをあふれさせるなどはザラで、生醤油うどんを頼んでできたうどんに醤油さし(200mlほど)一杯に入っていた醤油を全部かけて一口食べて呆然としている人もいます。この間はうどんを箸にスパゲティのように巻きつけて食べるおじさんがいて、ひっくり返りそうになりました」
団長「県外客にとって、さぬきうどんの初体験は謎だらけやろうなあ。セルフサービスの店なんか行ったら、注文の仕方からわからんやろ」
S原「食べ方もわからんメニューがありますからね」
団長「動転して、ちくわでだしを吸うやつも出てくる……」
S原「そんなやつ、いませんって!」
 などと偉そうに言っているが、実は我々も知らない食べ方をする讃岐人がいっぱいいるのである。何しろ基本的には「何でもあり」なんだから、セルフの店なんかはそれこそ客の好き勝手で、どんな食べ方をしても誰も怒らない。コロッケをうどんにのせて、だしでボロボロ崩しながら食べる人もいるし、おでんのスジを取って串から抜いてうどんにのせて食べるおっちゃんも見た。ここ数年あちこちで見られる「釜玉」というメニュー(生卵をといてその上から熱々のうどんを入れ、醤油をチャッとかけて混ぜて食べる)も、実は客が勝手に生卵を持ち込んでそうやって食べているのを見た店がメニューにしたのが始まりらしいのである。
    --麺通団「文庫版あとがき」、『恐るべきさぬきうどん 麺地巡礼の巻』新潮社、2001年。

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どのうどんが偉いというわけではありませんが、こうした書物を紐解くと、「讃岐うどん」は恐るべしと思う、東京在住でうどんよりも蕎麦をこよなく愛する讃岐人・宇治家参去です。

昨日は……久し振りの3連休2日目!……細君及び息子殿との約束がありましたので、昼過ぎより、手打ちうどんに挑戦させていただきました。

母親がむか~し、打って食べさせてくれたことは思い出の片隅にあるのですが、自分で打つのはじめてですので、とりあえず、塩加減とか寝かせる時間をネットにて下調べして準備の準備OKです。

午前中は論文のできあがったところの入力および校正を少し済ませ、それから小麦粉とご対面でございます。

今回はだいたい4人前ということで、小麦粉(饂飩用、ホントは東急ハンズなんかですとそれでも地元で業務用で使われるえり抜きの小麦粉があるのですが、今回はスーパーで売っている日清の小麦粉にて代用)を準備して、さあ、格闘です。

小麦粉×340g、水150g+塩16gを計測し、

塩を解いた水にて小麦をまずまぜあわせ、だいたい馴染んできたところで、ビニール袋に密封し、まずは寝かせます。

だいたい1時間ぐらいでしょうか、1次熟成です。

そんでもって、すこし様子を見てから、今回は讃岐うどんにしよう!ということで、うどん踏み踏みにチャレンジです。1次熟成で粉っぽいところが馴染んでなくなってきた小麦粉ボールを、踏んで踏んで、そしてまた巻物のようにまき直し、踏んで踏んで左右に伸ばす……そしてまたまき直し踏んで踏んで……。
通常のうどんですと、この「踏む」作業の変わりに手でこねるわけですが、讃岐うどんのコシの強さは、この踏み踏み作業によって、讃岐うどんに生まれ変わるわけですので、ちと念入りに!

今回は息子殿がヘルプしてくださいました。

……でもって、もち肌のような生地になったところで、再度密封して2次熟成でございます。

これも1時間くらい同様に寝かせ、次はうどん切りの段階です。
打ち粉をうって、生地を巻いて伸ばして、包丁をいれる。

……聞けば簡単な作業ですが、これがなかなか面倒です。
一番難しい作業だったかもしれません。

道具もないので、簡易まな板のうえで麺を伸ばす……ところまではうまくいくのですが、包丁を均一に入れるのが大変困難です。

じぶんがやると、こりゃ、うどんの見てくれとしては「商売で出すことのできない“武蔵野うどん”風だよな」と思いつつ、切り分けていきましたが、それを見ていた細君も興味を示したのか、最後の1枚は自分がやりますとのことにて、包丁手をチェンジ、宇治家参去が切り分けるよりも見事でございました。

チキショー、道具がなかったからなんだ……って小さな声で。

でうどんをゆでること12~3分。

なんか雰囲気が出てきました!

おおっ、うどんではないか!

ということで、ぬめりをとり、再度軽く湯煎して完成です。

先ずは、讃岐うどんの王道・釜玉うどんで一杯。
あたたかいうどんを笊でしゃしゃっと水をきり、そこへ生卵をひとつ。
宇治家参去はこうした場合、白身がいやなので、予め黄身だけにしていた卵をおとし、薬味をのせ、鎌田醤油のだし醤油をちゃちゃっとかけまわし、完成です。

これを箸でからめて、食べると……。

「お店でだされるやつより旨いんでねえの?」

……我ながら驚く次第です。

つよくコシがあるにもかかわらず、つるつると黄身とだし醤油にからんだ麺が胃袋へと充填されていく幸福とはここにあるのでしょうか。

我ながら、「オレってやばくねえ?」ってかんじです。

難点は、宇治家参去の切り分けたうどんが均一ではないため、ときおり「ツルッツルッ」とはいかず、ひっかかるところですが、それでも旨かったです。

次は、ざるうどんで一杯です。
今回、ざるの汁で関西風が準備できなかったので関東風で頂きましたが、これも旨い。
麺の輝きがなんともいえません。

エビスをのみながらやりましたが、これはやみつきになりそうです。

寝かせる時間がありますので、全体としては3時間程度はかかるのですが、作業時間は正味1時間でしょう。こねたり、踏んだりするのは確かに重労働ですけど、その労働の対価に見合う一品ができあがることは間違いありません。

興味のある方は是非!

次は道具をそろえて、再トライです!

しかしなんで、宇治家参去はこうまで食に対して飽くなき探究者となってしまうのでしょうか。

そのことを池波正太郎(1923-1990)は美しい言葉で語っておりますので最後にひとつ。

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 人間は、他の動物と同様に、
 「食べなくては、生きて行けない……」
 ようにできている。
 私どもが食物に対して、なみなみならぬ感心をしめさざるを得ないのは当然だろう。
    --池波正太郎『散歩のとき何か食べたくなって』新潮文庫、昭和五十六年。

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伸ばして、切って、茹でる!

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釜玉の幸せ、

ざるうどんの悦楽、

不揃いなうどんがつやつやしております~!

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冗談でつくった一本饂飩モドキ@鬼平犯科帳は、まさに噛んで喰うというやつです。

次は蕎麦に挑戦だ!

http://www.youtube.com/watch?v=bzEvbrPqY6k&eurl=http%3A%2F%2Fsns%2Esoka%2Duniv%2Enet%2F%3Fm%3Dpc%26a%3Dpage%5Ffh%5Fdiary%26target%5Fc%5Fdiary%5Fid%3D6331&feature=player_embedded

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著者:池波 正太郎
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旨いもの・酒巡礼記:東京・国分寺編 「串焼きだいにんぐ 白金」

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酒を唎くには
 さて上に述べてきたような日本の酒のいろいろな性格を、それではどうして鑑定するか。それにはよき環境と、よき「さかな」とで、ただ酒を飲んで見ればよろしいわけであるが、その道のくろうとが鑑定するやり方、すなわち「唎酒(ききしゅ)」には一定の方法がある。
 酒を唎くには、先に述べたような「唎猪口」を使う。この場合に、色を見るには、猪口に満量に近い方がよく、香りをきくには、六、七分目入れるのがよい。先ず猪口の中の酒を空気とともに口に吸い込み、口をとじて鼻の孔から静かに息をはき出す。前のように猪口の上からかいだ香りを「はな」というのに対して、このようにして鼻から出てくる時の香りを「ふくみばな」ともいい、これで香りの欠点がわかる場合が多い。これはおそらく味をつかさどる味蕾(みらい)が咽頭や口蓋の先の部分にあるから、酒がガス状になって、香りのほかに味も感ずることになるためであろう。
 酒を口に入れる量は、人によって異なり、一グラムくらいで十分だという人もあるが、ふつうは二、三グラム程度、盃で三分の一くらいがよい。そしてたくさんの酒を唎く場合には、毎回の量をなるべく一定にしておかないと、量によって味感がかわることがある。口中の酒は、なるべく口内一面、ことにに舌の全面に拡がるようにする。舌端では甘味、舌の中間部の周縁では酸味、根もとでは苦味というように、味蕾が分化していて味覚を感じ分ける場所が異なる。味を見たあとも、しばらくは酒を口中に止めておいて、味の調和などデリケートな性格を考える。
    --坂口謹一郎『日本の酒』岩波文庫、2007年。

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本当は今晩にでも纏めて、アップしようかとおもっていたのですが、チトこれから手打ちうどんを造らねばならないので、先に探訪記として残しておきます。

昨日、夕方まで水族館に縛られていたのですが、当然その要件がすむと、宇治家参去の場合、一寸、一ぺえやらねえと「一日が終わり」ません。

ですから、自宅へ帰るにまえに、以前一度寄ったことがある「串焼だいにんぐ 白金」を訪れました。

国分寺の北口とは、いわば、焼き鳥戦争とでもいえばいいのでしょうか、この「白金」のほか、「世界の山ちゃん」「六文銭」が100メートル四方に軒を連ねた状態で、マア、これは一種の切磋琢磨であろう状態ですので、どの店も手が抜けない、気が抜けない、という状況で、同じ店舗であったとしても、他の地域より手が入っているのではないだろうか……と思うことがあります。

さて、本当は、未見の「世界の山ちゃん」へ行きたかったのですが、息子殿もいるしということで、上品な大人向けの「白金」へ出発です。

以前の記事は、以下のURL
http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/-----.html

この店、二度目で、いつも夕刻の早い時間のほぼ平日ですので、今回も貸し切り状態で、楽しませていただきました。

いつも思うのですが、清く掃き込められた店内の清潔感と、よく仕込まれた店員さんのきびきびした所作がたのもしく、今回もまずは串モノをセレクトです。

豚串は、豚はつ、シロを塩で。
鶏串は、もも、せせり、ぼんぢりをそれぞれ塩とタレで。
野菜串は、もりあわせで注文。

JAZZを聞きながら……ちょうどそのときは、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan,1924-1990)の美しいヴィブラートの掛かった、Lullaby of Birdland が流れておりましたが……待っていると、ご登場です。

地鶏はどこの地鶏でも旨いのですが、なかの旨みをジュワっと閉じ込めるように、表面がカリっと香ばしくやけておりながらも、筋目の焦げ具合ぐらいがほんのとりと残るか、のこらないかという微妙な具合がちょうどよいのですが、それを焼くのはなかなか困難です。

しかし、ここで出してくれる串は、どれもその期待を裏切りませんので、今回はびっくりさせられてしまいました。

塩でのセレクトが多めでしたが、今回は疲れていたからなのでしょうか、タレの串の方が染みわたるという状況で、まどろっこしい甘さもなく、コクがありすぎて辛すぎるというわでもない具合が、口中に喜ばしくひろがっていくという響きを堪能させていただきました。

そうこうするうちに、季節モノの「鰹のたたき」が登場です。
いわゆる「ホワイトボード」に書かれたメニューですが、やはり旬のモノを旬に味わうというのが定石ですが、こちらも期待以上の一品で、おろし生姜とニンニクが、脂ののった鰹の身をひきしめるというやつで、箸すすむことこのうえない……という状況です。

ビールを二杯ほど頂き、そのあと、日本酒を頂きましたが、日本酒のセレクトが少し少な目なのが、たまにきずなのですが、それでも、酔鯨(本醸造・高知県)、一の蔵(本醸造・宮城県)、三谷藤夫(山廃吟醸・京都府)を頂戴し、それぞれの味覚で肴と戦わせていただきました。

日中、AQUA DINING TROPICS で頂いたランチのパンがこれまた旨かったもので、おかわりなんぞをしたもので、少し腹にはなんとなくたまっていませんでしたので、宇治家参去としてはこれにて終了という状況ですが、なかなか素敵なひとときでした。

ちょうどその日は、醸造学の大家・坂口博士(1897-1994)の『日本の酒』を読んでおりましたので、肴と向かい合いつつ、「唎酒」です。それぞれ一口目は、「口中の酒は、なるべく口内一面、ことにに舌の全面に拡がるようにする。舌端では甘味、舌の中間部の周縁では酸味、根もとでは苦味というように、味蕾が分化していて味覚を感じ分ける場所が異なる。味を見たあとも、しばらくは酒を口中に止めておいて、味の調和などデリケートな性格を考える」にやってみましたが、実にこれが唎きました。

酒の味わいを堪能するにはこれが一番です。
しかし、いつもより味に対する理解が深まりますので、二口目からのピッチがあがることこのうえなく(これはワタシだけの場合でしょうかしら?)、二合で辞めようと思っていたにも拘わらず、三合ほど頂戴した次第です。

「先ず猪口の中の酒を空気とともに口に吸い込み、口をとじて鼻の孔から静かに息をはき出す」のも「唎きます」というよりも「効きます」。

未見の方は是非挑戦されることをおすすめします。

さて、このお店、夕方早くから営業しております。16時スタートですので、その時間帯がお薦めです。清げな店内で、おちついて、本物の味覚を堪能することができますので、ご近所にお立ち寄りの際は、是非。

「串焼だいにんぐ 白金」
国分寺本町3-4-3 茶金ビル3F
042-325-4517
http://r.gnavi.co.jp/p421200/

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お串様ご一行と、2口目以降は鯨飲してしまった「酔鯨」さんです。

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息子殿は定番のポテトフライです。ただ量が多く、日本サイズでいうとマックのMサイズふたつぶんという分量です。

この鰹もなんともいえませんでした。
いや~あ、生きているってことは素晴らしい。

最後は熱い日本茶で〆です。
熱い日本茶は0円です。

日本の酒 (岩波文庫) Book 日本の酒 (岩波文庫)

著者:坂口 謹一郎
販売元:岩波書店
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親子はそれぞれなすべきことをなそうとしている

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 ところでこの親子の存在は、彫刻像のようにただ静的に立っているのではなく、主体的行為的な連関において成り立つのである。従ってそれはまだ現実でないことの実現を目指して動いている。母親がすでにたくましい青年となれるおのが子にとって依然として慈母であることは、かつて幼児の哺育に配慮したその同じ母親らしい配慮をもってこの青年の配偶を探すというごとき行為に現われるであろう。この種の未来への配慮は、日常の衣食住の些事から子の未来の運命のことに至るまで、これも数え切れぬほど雑多である。それに応えて老いたる父母を慰め、安心させようとする子の行為もまたさまざまの道を未来へ切り開いて行く。現前の存在においてはこの主体的連関の未来こそ最も強く関心を刺激するものでなくてはならない。しかるにその未来は、主体的行為的連関の未来であるがゆえに、著しく過去と異なった意義を担っている。過去はすでに開示された事実であるが未来は現前の行為的連関の内にただ方向としてのみ存し、いまだ事実となっていないものである。それが現実化されて事実となるか否かの間に、古来自由意志の問題として論議されたようなさまざまの契機が含まれて
いる。それは事実の領域ではなくして当為の領域である。親子はそれぞれなすべきことをなそうとしている。しかしそのなすべきことは親子の道として一般的に規定された行為の仕方に尽きるのではない。過去はこの親子の連関を特定の姿に刻み出した。従ってなすべきこともまたこの姿に即して限定されなくてはならない。それはこの親子が一定の時に一定の場所においてなすべき一定の行為としてである。未来はこのような個別的に限定された行為的連関の連鎖として現前の存在に方向を与える。
    --和辻哲郎『倫理学 (三)』岩波文庫、2007年。

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「連休終わってから幼稚園へ行って、どこにも行っていない」と息子殿に答えさせてしまうのはマズイだろう……ということで、6日からようやく3連休を頂き、巷ではGW最終日となりますので、家族でエプソン品川アクアスタジアムへ行って参りました。

当初は、川越の小江戸探索、ないしは遊園地という選択があったのですが、当日は雨天が予想されておりましたので、屋内施設でということで、サンシャイン国際水族館はどうせ、7月のウルトラマン・フェスティバルでいくので、行ったことのない水族館へということで、品川プリンスホテルに併設されているアクアスタジアムという方向になったのですが、宇治家参去は、一度行ったことがあり、「そこは、家族でいくというよりも、カップルなんかでいくところじゃないだろうか……」とぼやいたのですが、まあ、細君も息子殿も未見ですから、一度行くか!ということで、朝早くから出発し、訪問させていただいた次第です。

で……。
いくと、「そこはカップルなんかでいくところだろう」というわけで、カップルさんたちも多勢でしたが、さすがに連休最終日、家族連れの方が多うございました。ひさしぶりに、大勢の人間たちにもまれたようですこし疲れましたが、これも世のお父さん稼業のひとつということで、昼ビールなどを頂きながら、観覧させていただきました。

最初に「カップル」向けと書きましたが、ここは、魚をみて学ぶ・楽しむという施設よりも、ショーをメインにおいている水族館という意味でそうなので、魚を見て、ああこんな珍しい魚や生き物がいるのか!というのを順路に従って「ふむふむ」と回るというタイプではありません。

ですから、魚を見て学ぶ・楽しむという意味では、しながわ水族館(品川区勝島)やサンシャイン国際水族館の方がよくできております。後者もそれぞれ、イルカ・ショーはありますし、サンシャインでもアシカ・ショーを楽しむことはできます。

しかしこの品川プリンスホテルに併設された施設ではその両者を楽しむことができ、規模も演出も大きめで、ひとつの独立したショーとして楽しめる様になっておりますので、まさにエプソンアクア“スタジアム”なのでしょう。

イルカ・ショーとしては、新・江ノ島水族館のショーにも度肝を抜かれましたが、こちらのショーもなかなかで、新・江ノ島の場合が「ミュージカル」としての「ショー」として完成していると評することができるとすれば、エプソンアクアミュージアムの場合、7-8頭のイルカがざぶんざぶんと暴れまくる?勢いですから、波をかぶりかぶり、絶叫をあげながら「楽しむ」という「迫力」あるショーとして完成しているというのが実感でした。

ちょうど、昼食後、一巡して、アシカ・ショー……これも吉本的コント要素の強いコミカルなショーで驚きましたが……の後、予約していたアシカとの触れあいコーナーにて、アシカさんと握手したり、背中をなでなでさせて頂いた後、イルカ・ショーへとなったのですが、宇治家参去自身は、チト、煙草タイムへと失礼させていただき、家族とは別に一番うしろでイルカ・ショーを楽しませていただきました。

「迫力」あるショーと書きましたが、まさに、プールの一番手前から、1/3ぐらいまでの席は、ポンチョを被らないとびしょぬれになってしまうようで、宇治家参去としては一番うしろで正解であったのかなと思いましたが、合流後の息子殿に伺うと、今度は、一番前で見たいとのことだそうでした。

次回?はそれに応答できるよう、再度、念入りな準備?が必要かもしれません。

久しぶりのお父さん稼業でしたが、その疲れはマア心地よい疲れというところでしょうか。

確かに国家という共同体もできあがった普遍不滅の共同体ではないように、親子という共同体もできあがった普遍不滅の共同体ではないのでしょう。だからこそ、その共同体のあり方を、できあがったもの・関係性として所与のものとして「アタリマエ」と受け止めて応対するのではなく、こうあるほうがよいのか、これはまずいのか、ひとつひとつときどき点検しながら、共同体を構築していかなければならないんだよな……などと1ヶ月に一度ぐらいのお父さん稼業をやりますと、そのことを強く実感します。

まさに日本を代表する倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)が言っているとおり、「この親子の存在は、彫刻像のようにただ静的に立っているのではなく、主体的行為的な連関において成り立つのである。従ってそれはまだ現実でないことの実現を目指して動いている」わけですから、話し合い、相互点検しながら、「親子はそれぞれなすべきことをなそうとしている」といことがスムーズに進行するように取りはからっていきたいものでございます。

しかし、疲れた!

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で、蛇足ですが、昼食は、併設されている「AQUA DINING TROPICS」にてランチを頂いてきました。

「水槽の中を泳ぐ色とりどりの熱帯魚に囲まれて、海中にいるような雰囲気の「アクアダイニング トロピクス」。幻想的な店内で、旬の食材や調理方法にこだわった創作料理と世界のワインを楽しみながらリゾート気分を満喫できます」とのふれこみですが、ここも親子で楽しむ……というよりは彼氏・彼女と行く方がぴったりのダイニングなのですが、当日は、御家族連れが多く、宇治家参去ご一行様も特段違和感なく堪能させていただきました。

辛口のムートン・カデ・ブランがすっきりとして、その優雅な味わいがおすすめです。
ボトルで頂きたいところでしたが、そこはぐっと我慢して、グラスで頂戴した次第です。
■ エプソンアクアスタジアム
http://www.princehotels.co.jp/shinagawa/aquastadium/index.html

■ AQUA DINING TROPICS
http://www.princehotels.co.jp/shinagawa/restaurant/aqua/index.html

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倫理学〈3〉 (岩波文庫) Book 倫理学〈3〉 (岩波文庫)

著者:和辻 哲郎
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幸福の秘訣は、こういうことだ。あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。

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 私は前の段落で、私のいわゆる物に対する友好的な興味についても触れた。こういう言い方は、あるいはこじつけと思われるかも知れない。物に友情を感じることなどできっこない、と言われるかもしれない。にもかかわらず、地質学者が岩石に対し、考古学者が廃墟に対していだく興味には、どこか友情に似通うものがあるのであって、こういう今日意味こそ、私たちの個人や社会に対する態度の一要素でなければならない。物に対して友好的というよりも、むしろ、敵対的な興味を持つこともないわけではない。ある人は、クモが大きらいで、クモのあまりいないところで住みたいばかりに、クモの棲息地に関する事実を集めるかもしれない。この種の興味は、地質学者が岩石から得るのと同じような満足を与えてくれはしないだろう。人間以外の、物に対する興味は、日常的な幸福の要素としては、あるいは仲間の人間に対する友好的な態度ほど価値あるものではないかもしれないが、やはり、きわめて重要である。世界は果てしなく広く、私たち自身の力は微々たるものである。もしも、私たちの幸福のすべてがまったく個人的な環境と結びついているのであれば、どうしても、人生に与えられる以上のものを人生に求めるようになる。そして、あまりに多くを求めることは、得られるものも得られなくなるいちばん確かな方法である。たとえば、トレント公会議や、星の生活史などに本物の興味を持つことで、おのれの心配ごとを忘れられる人は、非人間的な世界への旅から帰ってきたとき、ある種の落着きと平静さが身についていることに気づくだろう。その落着きと平静さによって、彼は、自分の心配ごとを最善の方法で処理することができるし、その間、たとい束のまにせよ、本物の幸福を味わったことになるだろう。
 幸福の秘訣は、こういうことだ。あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。そして、あなたの興味を惹く人や物に対する反応を敵意あるものではなく、できるかぎり友好なものにせよ。
    --ラッセル(安藤貞雄訳)「幸福はそれでも可能か」、『ラッセル幸福論』岩波文庫、1991年。

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終わった!
ようやく怒濤の市井の職場6連勤が無事終了です。

今日はがっつり飲んで、明日は一日中寝て、起きてからまた一杯やろう……ということは夢物語かも知れません。

暦通りの休み中、こちらは仕事であったわけですが、ワタクシが不在のため、家族でどこへ出かけることもなかったら……息子殿には不幸だろう!ということをくどくどと細君より、連日のごとく言われてきた=刷り込まれてきたため、GW最終日の本日、チト朝から出かけてきます。

朝から出かけるということは、当然、深酒ができないといことで、仮に深酒をしてしまうと、睡眠時間がすくないので、極めて体調不良になってしまいますので、今日はかるくひっかけて寝ることにしようかと悩んでおります。

なぜなら、ラッセル卿(Bertrand Arthur William Russell,OM,FRS,1872-1970)がおっしゃるとおり、「いわゆる物に対する友好的な興味」というのは大切なモーメントであります。

いくら辛い現実でありましても、様々なアンティークなアイテムや飛行機の模型をコレクトすることで日夜楽しませていただいているとおりで、そうしたそうした物収集だけでなく、様々な書物と向かい合うことも幸福の一つであり、付け加えて言うならば、大人用の飲用アルコールの類とも「友好的な興味」の、「オレお前」@江田島という間柄を構築しておりますので、まさに「人間以外の、物に対する興味は、日常的な幸福の要素としては、あるいは仲間の人間に対する友好的な態度ほど価値あるものではないかもしれないが、やはり、きわめて重要」なのだと思います。

ただ、今日はいつもより、黄金色の麦からできた大人用の炭酸飲料とか、厳選された米から抽出された、透き通るような大人向けのミネラル・ウォーターの摂取量をひかえないといけない……というのは、やはり忸怩たるものですが、なんとか我慢しようかと思います。

今回は、また例によって水族館探索になりました。
思えば、昨年のGWも新・江ノ島水族館にいっており、今回は別のところですが、わが家?のGWは何故か水族館になることが恒例時となりつつあるようです。

ただ、一応、明日は昼も夜もないにもないので、今から我慢する分、「昼ビール」させていただこうかと思います。

しかし、ラッセルもうまいことをいうものです。

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 幸福の秘訣は、こういうことだ。あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。そして、あなたの興味を惹く人や物に対する反応を敵意あるものではなく、できるかぎり友好なものにせよ。

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たしかに子供は何にでも興味をもつようで、そこから更に興味が出たものを大人以上に徹底的に追求する傾向が顕著なようなに思われます。もちろんそれは、「何」という問いの連呼や「なぜ」という問いの連呼によって、大人の側は辟易としてしまうわけですが、その意味では、大人は無意識のうちに、世界を問い・関わろうとする姿勢を自省しているのではないだろうかと思うことがしばしばあります。

しかし、そうした場合、自分自身から「世界を狭くしている」わけであって、結局は世界に置かれた箱庭の中だけで、世界全体を論じ、ぶつぶつ文句をいってしまうルサンチマンに陥りがちな事例を多分に散見しますので、ま、今回もひとつ、自分自身も水族館譚法において、「興味をできるかぎり幅広く」もち、「できるかぎり有効なもの」にしていこうかと思います。

……だとすれば、昼ビールの量も減らした方がいいのかしら?

そうすると、何か禁酒スパイラルに陥っていくような感じもしなくはないのですが……。

しかし、何故なのだろうか……「缶ビール」よりも「瓶ビール」の方が旨いのは?
そして、何故なのだろうか……「寝前ビール」よりも「昼ビール」の方が旨いのは?

すこし探究心がふくらんできました。ここに一つの幸福があるのでしょう。

こうしたところから探究が始まるわけですが、あまりここで探究してしまうと数時間後がキツイので、今日はすこしだけの探究にしておこうと思います。

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ラッセル幸福論 (岩波文庫) Book ラッセル幸福論 (岩波文庫)

著者:B. ラッセル
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【覚え書】「〔今週の本棚〕 村上陽一郎評 不朽のコスモロジー 宇宙の調和」、『毎日新聞』2009年5月3日(日)付。

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あと1日出勤すればようやく休日です。
ただし、その休日は家族との約束があり、自己自身の休日ではないのがチト寂しいところで、脳を酷使しても、ない智慧が出てくるはずもなく、いつものごとく考えることのできない宇治家参去です。

さて、日曜の各社の新聞には通例「書評欄」が出ておりますが、こういうのも比較的ぱらぱらとめくります。いち早く読んだヤツが紹介されていた場合、こういうアプローチもあるのかとか、そうでない場合も、この本面白そう(乃至はつまらなさそう)!などと判断するひとつの目安にしているのですが、ひさしぶりに「読みたくなってしまった」新刊本と遭遇です。

「ケプラーの法則」で有名なヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler,1571-1630)の新訳書になりますが、ルネサンス末期から近代初頭にかけての、幅広く言うならば哲学を軸にした知識人の言説は非常に面白いところがあり、いつも出るたびに楽しみにしております。いわば、中世末期の感覚とそれに対する違和感、そして近代とも違うのですが、何かほとばしるような知性の閃きをそこにみてとることができ、なかなか刺激になるものです。不思議な譬えですが、錬金術で不老不死の薬といわれるエリクサー(elixir)を探究しながら、同時に、人間の自立と自由を謳いあげるふところのふかさとでもいえばいいのでしょうか……そうしたものを感じる次第で、知的方向性としてあまり近づきたくないなという人物もいなくはないのですが、その「でっかさ」にはいつもたまげさせていただいております。

ケプラーの著作に関しては、Mysterium cosmographicum〔大槻真一郎・岸本良彦共訳『宇宙の神秘』工作舎、1986年)は既に読んでいたので、それにつづく、Harmonice Mundiの訳出をたのしみに待っていたのですが、まあそれならラテン語で読めばいいじゃないかということにもなるのですが、それはそれで骨が折れるので、研究目的でもありませんから、そこは日本語でお許しを……というところです。

で、訳書が出版されたことは知っていたので、ちかいうちに読みたいナなどと思っていたところに、『毎日新聞』で、痛快なその書評が載せられておりましたので、また読書欲が沸いてきてしまった……というわけです。

失敗したな!

……というのが宇治家参去の生活感覚でございます。
定額給付金でネクタイなど買わずに、こっちを買っておけばよかった!

しかし、悔いても交換はできないので、酒飲んで寝ます。

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村上陽一郎 評
不朽のコスモロジー 宇宙の調和
ヨハネス・ケプラー著(工作舎・1万500円)

地球は「ミ・ファ・ソ」 六惑星の壮麗な音楽

 12世紀末ヨーロッパに誕生した大学では、多くの場合学生は、まず七つの「技」を身につけることを求められた。現在英語で「リベラル・アーツ」と呼ばれるものがそれで、大学生が何を専門に選ぶのであれ、知識人としての基礎資格のような意味で学ぶ「一般教養」の前身である。今日日本の大学における一般教養が、十分な形で行われているかは、それは大問題だが、ここでの話題ではない。
 さて、伝統的なリベラル・アーツの七つとは何か。論理学、修辞学、文法からなる「三科」と、天文学、幾何学、算術、音楽からなる「四科」がそれに当たる。だれでも判るように、三科は言葉についての基礎であり、四科は自然に向かう際に求められる基礎である。いや、まて。天文学はもちろん、幾何学も算術も数学の一部だから、それはよいとしても、音楽とは何事だ。
 このもっともな問いに対する、最も適切かつ明確な回答が、ここにある。通常近代天文学の創始者の一人に数えられるケプラーの、重要な三部作の最後を飾る書物である。
 ことを単純化して説明すれば、一本の弦(管でも同じことだが)を張って、音を出させる。それを原音としよう。その状態で、弦の長さを半分に、つまり算術的に言えば一対一に割ると、音の高さは原音に比べてちょうどオクターヴ高くなる。つまり八度の音程がとれる。同じように、二対一に分割した「二」の側では、原音に対して五度の音程が得られる。どちらもきれいなハーモニー(調和、協和)を造る。
 いわゆる「自然倍音」は、正確に言えば、この通りにはならないが、しかし、大切な点は、自然の音のなかに、そのような数的な秩序(調和)が存在している、という考え方である。こうした秩序は、ニュートンのころまでは、疑いも無く、この世の創造者である神の理性を体現する、合理的な秩序である、と考えられた。自然のなかに書き込まれているこうした神の合理性を、人間が読み解いていくのに必要な技こそ、四科だった。
 しかし、四科はそれぞれ別の領域のように見えるが、音楽と算術とは、ケプラーにあっては、すでに見たように二つの入り口から同じことに向かっているに過ぎない。では天文学や幾何学は。ケプラーが生涯の主題としたのは、まさしく、これら「四科」を総合しながら、自然、あるいは宇宙に向かうことだった。そしてこの『宇宙の調和』という書物こそは、そうした試みの頂点に立つ。因みに、そうした点を考えれば、ケプラーは、決して「近代的」天文学者ではなく、彼が生きたルネサンス時代を代表する、最も傑出した自然哲学者だ、と考えるのが妥当ではないか。
 圧巻は、天文学的な数値を基礎にした計算から、六つ(当時発見されていた)の惑星のそれぞれに、固有の音組織を案出する箇所だ。ケプラーは占星術で自らの運命を占う。結果は苛酷なものだった。だからだろうか、地球は「ミ・ファ・ソ」という悲しげに響く小さな音階。これに対して水星や火星は、誇らしげな大きな音階。それらが六声部となって、この宇宙には、耳には聞こえぬ壮麗な音楽が鳴り響いているのである。
 この重要な文献の全貌に触れることのできる今回の訳書は、原著のラテン語からの全訳で、詳細な注釈とともに、訳者のご苦労を多としたい。結果は大部となり、定価も決して廉くはないが、取り上げるに十分な価値あるものと考える。    (岸本良彦訳)
    --「〔今週の本棚〕 村上陽一郎評 不朽のコスモロジー 宇宙の調和」、『毎日新聞』2009年5月3日(日)付。

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宇宙の調和 Book 宇宙の調和

著者:ヨハネス・ケプラー
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なにゆえ人間は、本性的に具わった武具や覆いを持たぬ、裸の姿なのであろうか

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……神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しととされた。神は言われた。
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。
神は御自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。
男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」
    --『創世記』第1章25-27.

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昼前におきると、やはり細君と息子殿は外出のようで、別についてこなくてもよいといわれておりましたのでスルーしたのですが、ウルトラマンネクサス(ジュネッスブルー)との握手&撮影会が朝からあったのでそちらへ母子で赴いたようです。

最近、息子殿のなかでの関わり具合から申しますと、ウルトラマン(シリーズ)よりも明らかにアニマルカイザー(関係)にシフトしたことがありありと伺えるようですが、やはりアニマルカイザーはゲームのなかでの世界のお話になりますので、こうしたウルトラマンの「現物」との握手&撮影会というような邂逅の場なんかがありますと、やはり嬉しいようで前夜も楽しみにしていたようで御座います。

ただし宇治家参去としてもウルトラQ~ウルトラマンレオぐらいまでしかきちんと把握しておらず、ちょいと中をすっとばして最新のウルトラマン・メビウスまでは話がわかるのですが、息子殿はすべての内容を理解しており、すべての怪獣の名前及び特性を暗記しておりますので……それはそれですごいことだなあ~などと思うわけですが……。

「知的リソースの注ぎ具合がマズイんでねえの?」

などと思うのは宇治家参去ひとりではないようで、「その暗記力と集中力を別に注いでほしい」と細君もぼやいている次第です。

握手&撮影会が済んで外食してから二人で家に戻ってきましたが、なにやら手にお土産がありました。

「金魚すくい」もあったとのことで、息子殿の手には、金魚が一匹入ったビニール袋。
そして細君のビニール袋には、熱帯魚のグッピーが4~5匹。

「金魚すくい」で何でグッピーなのか?

「勢い?で買ってきたのか?」

……と訊くと、

「金魚すくいのいけすの中にグッピーとかも泳がされていたから、ゲットした」

……とのことだそうです。

宇治家参去の細君、なかなかどうして金魚すくいの名手のようで、ひとつの網で数匹はゲットするのですが、今回はグッピーを4~5匹手に収め、息子殿は小さな金魚を1匹収めてきましたので、勝率はいいほうでしょう。

で……。

うちにはこぶし大に大きく成長した金魚とハゼだかナマズのような熱帯魚が同居する大きな水槽がひとつ。
そこに入れていたメダカが子供を生みそうなので、別にした水槽がひとつ。

そして今回のグッピーです。

どっちかにいれるのか?

……などと様子を窺っていると、使っていないもうひとつの水槽をひっぱりだし、グッピー軍団用にセットされてしまいました。

ん~。

うちは金魚屋じゃないのですが……。

「生き物なので世話をする責任が伴うのはご存じでしょうか……?」

……などと恐る恐る伺いをたててみると、

「どうせ、宇治家参去がお世話はしないわけなので……」

「イヤ、長期不在ハワタシニナルワケデスノデ……」

「そういう解釈もある、解釈学とかやっているわけなんだから、様々に解釈した方が価値的じゃないのかしら」

……なるほど・・・、ってをゐ!

ともあれ、水槽が3つ。鳥の駕籠が1つ。
今年の夏は大変そうです。

さて……。
ちょうど昨日から古いキリスト教関係の文献を再び紐解き始めたので、トマス・アクィナス(Thomas Aquinas,1225-1274)は酔っぱらいながらも500頁を完読できたので、その勢いで、本日はギリシア時代の教父たちの書物をさやさやとめくっております。

ちょうど今読んでいるのが4世紀のニュッサのグレゴリオス(Gregorius Nyssenus,335-394)の著作です。

この当時の初期キリスト教教父たちは弁証家と称されるわけですが、弁証家とはすなわち「弁解」「証明」の意味で、対・内部(キリスト者)にたいして、対・外部(異教徒)にたいして、その真理を「弁解」「証明」することにひとつの主眼がおかれていたのそう呼ばれております。

ニュッサのグレゴリオスの時代になると、「弁解」「証明」というスタンツが全面的にでるような時代では決してありませんが、それでもそうした伝統のなかで神学を真剣にやったせいでしょうか……大変読みやすいのですが重厚で、考えさせられることが多々あります。

荘厳なカテドラルを思わせるようなトマスの言説の生命力にもひしひしとうなだれてしまうわけですが、正邪をはっきりとさせましょうよと説得してくる初期キリスト教の教父たちの生命力もあなどりがたく、読み返すたびに驚きと発見の連続です。

ちょうど、冒頭に引用した『旧約聖書』冒頭の「創世記」の一節が、動物としては他の動物と同じであるにもかかわらず、著しく本性を別にする人間の人間性と他の動物に対する態度の根拠と評される部分になります。

これに対するニュッサのグレゴリオスのコメンタリー(人間創造論)を読んでいたわけですが……

たしかに「神の似姿」を持った人間には「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」というわけで、そうした人間以外の動物的存在をその人間存在の目的のために「利用」してよいと考えることも不可能ではありません。

事実、西洋においては、人間が人間に対して対他的に存在する事物全てを征服してこようとしたのがその歩みの骨格です。
※蛇足ですが、だからそういうオクシデンタリズム(西洋)とオリエンタリズム(東洋)を固定化した対立構造ととらえ、西洋の環境への支配主義と、東洋の環境への共生主義なんかを対他的にあぶりだして、キリスト教的伝統に基づく西洋の環境に対する支配主義はは巨悪で、タオイズム、アニミズム的な東洋の環境全肯定主義にも違和感が多大にあるわけで思想の対比はある局面でナンセンスしか産まないのだろうと思います。

脱線しました。
で……

しかし、実は原初の言葉に深く耳を傾けるならば、支配・征服という表現であったとしても、そこには、対象と関わる際の厳粛な「責任」とか「賢慮」が不可避的につきまとうわけであり、モッタイナイではありませんが、対象に関わる際にかならず畏敬の念があったのではなかろうかと思ってしまいます。

図らずも漱石・夏目金之助(1867-1916)が「イズムの功過」(三好行雄編『漱石文明論集』岩波文庫、1986年)で言っているとおり「 大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面な男が束にして頭の抽出(ひきだし)へ入れやすいように拵えてくれたものである。一纏めにきちりと片付いている代わりには、出すのが億劫になったり、解(ほど)くのに手数がかかったりするので、いざという場合には間に合わない事が多い。大抵のイズムはこの点において、実生活上の行為を直接に支配するために作られた指南車というよりは、吾人は知識欲を満たすための統一函である。文章ではなくって字引である」との如く、通俗的なイデオロギー対立こそ不毛なものはないでしょう。

結局の所、『聖書』でとかれる「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」とは「無責任に支配せよ」との命令を意図したわけではなく、同時に「かかわることの管理・責任」をふくんだものがその実かも知れません。

支配という言葉にひっぱられすぎると、木も見ないし、森を知覚できないのかもしれません。

よくいわれますが、結局はかかわる当事者の問題だといういい方があります。
たしかにそうです。テクノロジーは人間を生かすことも、殺すことも可能です。だからこそその人間の人間観の問題に執着してしまいます。

例えば原子力エネルギーもそのひとつの象徴なのでしょう。究極破壊兵器として使用することも、究極の?エネルギー源として使用することも可能です。

だからこそ、人間の人間観の問題に収斂していきます。

ではなぜ人間の人間観の問題に収斂していくのでしょうか。

それは何を隠そう、動物としての人間自身が不完全な生き物だからなのでしょう。

そんなことを考えながら、結構酔っ払ってきて、支離滅裂で恐縮です。

……っていつものことですかね。

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第七章
なにゆえ人間は、本性的に具わった武具や覆いを持たぬ、裸の姿なのであろうか。

 ところで、人間の姿が直立しているということは、何を意味しているのであろうか。なぜ生活のための種々の力が、生まれながらにして人間の体に具わっていないのであろうか。人間は本性的な被り物をもっておらず、いわば武具を持たぬ貧相な姿であって、必要なものをすべて欠いた状態で生命へと導き入れられた。よって外見的には、祝福されるどころかむしろ憐れむべき姿である。角のような防具を具えてもいないし、尖った爪にも、蹄にも、牙にも、あるいはなにか本性的に死をもたらす毒を発する刺し針にも装われていない。多くの動物が、敵対するものどもに対し、自らの内に防御のために有しているようなものを、人間は何も持っていないのである。体が毛で覆われているわけでもない。そもそも人間が他の動物を支配する座に定められたのであれば、自らの安全のために他の動物からの助力を必要としないように、本性上自らに固有の武具で身を守らねばならないはずである。
 ところで、獅子や猪、虎、豹といったたぐいのものは、身の安全にとって十分な、本性上に具わった力を有している。また雄牛には角、兎には速さ、鹿には跳躍力と優れた視力が具わっている。そして他のあるものは大きさ、また別のものには鼻、蜂には針というように、総じてすべての動物には、なにか身の安全のために役立つ点が本性的に具わっているのである。あらゆる動物の中でただ人間だけが、速く走るものよりも鈍く、肉多きものよりも小さく、生来の武具に保護されているものよりも捕えられやすい。それゆえ、こう問いかける者もあろう。「どうしてこのような人間が、すべての動物に対する支配権を獲得したのであろうか」と。
 しかしながら、われわれの本性には欠けているように思われることが、他の動物を自らの支配下に置くことの端緒となるということを示すのは、なんら困難なことではないと私には思われる。なぜなら、たとえば人間が次のような力を有していたとしよう。つまり、速さの点で馬をも追い越し、堅固さのゆえに摩滅を知らぬ足を持ち、蹄や鉤爪が生えており、角や針、あるいは鋭い爪を持っていたと仮定しよう。おそらくはまず獣的であろうし、もしそういったものが生まれつき体に具わっていたとすれば。人間にはまったくそぐわないことであろう。また人間は他の動物に対する支配をなおざりにし、配下にある動物との強力をなんら必要としないであろう。このようなわけで、人間に従属する動物それぞれに、われわれの生活にとっての有用性が分け与えられた。こうして、彼ら動物に対する人間の支配が必然的なものとなったのである。
 まず第一に肉体的に鈍重で動作が緩慢であるという点は、馬を活用するために馴らすこととなった。また体が裸であるという点によって、羊の世話が必要不可欠なこととなった。羊は毎年羊毛を産出して、われわれの本性に欠けている点を補ってくれるのである。あるいはわれわれの生活のための物資を他の地域から運ぶ必要は、動物たちを運び手としてその労役に服させることとなった。また人間が家畜と同じように草を食むことができないという点は、牛をわれわれの生に仕えるものとした。つまり牛が自らの労役によって、われわれの生を楽にしてくれるのである。あるいは人間が他の動物と戦う際に、歯と噛みつく力を必要とする時には、犬がその速さとともに、自らの顎をわれわれのために提供してくれる。つまり犬はその鋭い歯の力をもって、いわば人間にとっての生ける短剣となってくれるのである。
 さて人間は、角という防具や尖った爪よりも強力で鋭利なものとして、鉄を考えついた。獣には生まれつき角や爪が具わっているが、鉄はわれわれに常に具わっているというわけではない。機に応じてわれわれの力となってくれるが、それ以外の時にはおいて置くことができる。つまり戦時には皮膚の上にまとうことで、いわば鰐の鱗のように、鉄を武具とすることができる。だがそれ以外にも、鉄には技術によって形を与え、さまざまな用途に用いることができる。すなわち鉄は、戦時には戦争に用いられるものであるが、平時には戦士を心労から解放しておいてくれるのである。
 鳥類の翼もまた、人間の生に奉仕している。なぜなら発明によって、われわれは翼の速さにも欠けてはないからである。つまりまずある鳥はわれわれに慣れ親しんだものとなり、狩人たちと働きを共にする。また他の鳥はその翼をもって、工夫次第でわれわれの用に応じてくれる。さらに技術は、発明により、矢をわれわれにとって鳥の働きをなすものとした。すなわち弓を用いることで、われわれの用途には翼の速度が与えられるのである。またわれわれの足が、長旅には傷つきやすく摩滅しやすいものであるという点は、動物からの援助を必要不可欠なものとした。なぜなら動物を素材として履き物を作り、足に合わせることができるからである。
    --ニュッサのグレゴリオス(秋山学訳)「人間創造論」、上智大学中世思想研究所編『中世思想原典集成2 盛期ギリシア教父』平凡社、1992年。

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“天使に重さがあるのかどうか”

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ちょうど知己とトマス・アクィナス(Thomas Aquinas,1225-1274)の「忘恩論」を話し合う機会があり、ついついうれしくなってしまい、トマス・アクィナスを再読しております。

トマスと聞けば、中世神学、スコラ学。
高等学校的な世界史の記述にひっぱられすぎると、

「中世神学とかスコラ学というのはカビ臭いナンセンスで、不要な議論を積み重ねたアレでしょ?」

「“天使に重さがあるのかどうか”真剣に議論したあれでしょ? なにやってんだ!」

「“哲学は神学の婢”って思い上がるな!」

……など怒られそうですが、そのように早計するのもなんだかなというのが実感です。

たしかに、キリスト教の教義を保管・強化していくために、丁寧に議論を積み重ねていく姿はある種の荘厳・壮大な体系を予期させますが、それと同時に難解なそれは初学者を当惑させてしまいますし、数々の議論は、現実に何の意味があるの?などと思ってしまわなくもないですが、そうやって丁寧に対象に向かい合った先達たちの知的営みを全否定することに対しては宇治家参去はなにか違和感を感じてしまいます。

そうした中世=暗黒時代、そして暗黒時代の講壇哲学という評価に関しても、それと対をなすルミナスのルネサンスの光明、そしてそこに基盤を置く近代的進歩史観の反射が、中世=暗黒と断じているわけであって、そうした億見を乗り越え、ひとつひとつの言葉や息吹、文物に向かい合っていくと決してそうではなく、そこに同じ様な人間の息づかいや喜び、苦悩をみてとることができるというものです。

どちらの時代が偉いのか?などという設問自体が甚だナンセンスであり、中世そのものを「考えるに値しない」とする現代社会の常識こそ問題を大きく孕んでいるのだろうと思う宇治家参去です。

さてトマス・アクィナスに戻ります。
専門でやっている神学は近現代の神学思想史と個人研究になりますが、神学をやろうというきっかけのひとつがやはりトマス・アクィナスの影響が多いかと思います。ちょうど、倫理学徒のころ、演習か何かの教材でトマスの一節(たぶん『神学大全(Summa Theologica)』だと思う)を研鑽したことがあるのですが、「ほぉぉ~おもしれえ!」と感嘆した思い出があります。

人から聞くのと自分で見るのでは大きなちがいというところです。

いずれトマスについても後日、論考を残したいとは思うのですが、なにぶん中世ラテン語が達者ではありませんので、そこに挑戦していくための仕込に時間がかかりそうですが、これはひとつの自分自身の大きな課題としていつもあたためている対象であり問題です。
トマスはいいです、実に。

さて、
デカルト(René Descartes,1596-1650)やカント(Immanuel Kant,1724-1804)のような近代の哲学者に比べれば、いわば遙かな時代の祈念碑であるかのようにトマスを眺め、近づいてその生の声に耳を傾けるひとびとは確かに稀であります。

トマス・アクィナスは中世ヨーロッパに生きた人物であり、まさに洋と時間を隔てた遙かに遠くに、かすかに存在する人物であり、なじみもなく、一種近づきがたいところが現実には存在します。だからトマスは、学問の世界から外に一歩も出たこともなく、近代的言い方をするならば「象牙の塔」から世界を冷徹に眺め、神と人間について思いをめぐらした人物だろう……などと思いがちです。

しかし実際はどうだったのでしょうか。
書斎に引きこもり学問に専心した学者ではありませんでした。
トマスの生きた13世紀とはまさに激動の時代であります。

アラビアからの新しい知識が次々と流入してくる。
修道院の附属学校としてスタートした萌芽期の大学(Universitas)が制度化されてくる。そして都市の形成は貧民の増加を招き、帝国と教会の政治的緊張もくすぶり始めます。
教会が社会を支配した暗黒時代というものの見方は、うらをかえすと、それだけ何もなかった時代と思いがちですが決してそうではありません。平穏無事な世の中では決してなく、どちらかといえば、時代の転換期だったといえましょう。

トマス自身も、教会刷新を目指し、新しい民衆に説教する目的で創設された托鉢修道会に実を投じ、一所に安住することなく、ナポリ、ケルン、パリと放浪しつづけた学者でりました。

またダンテ(Dante Alighieri,1265-1321)が巻き込まれた苦く重い政争体験を思い起こせばリアリティがあるものですが、トマス自身も様々な紛争に翻弄され、命の危機すら死ぬまできえなかったのが現実です。

そうした泥沼のなかで、真摯に現実を生き、そして「言葉」に注目しながら真理探求を丹念にあきらめずに追求したのがその実だろうと思います。

「初(はじ)めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった」とはじまる『ヨハネによる福音書』を繙くまでもなく、キリスト教信仰においても徹底的に「言葉」を重んずる伝統がどっしりと存在します。それを限界まで探究したのがトマスの営みであり、そしてその信念・共同体を破壊せんとする異教徒・分派主義者たちに対して徹底的に「言語による闘争」を果敢にしかけ、のこされたのがその業績だろうと思います。

ですから、トマスの議論は実に丁寧です。

ひとつの命題をめぐり、それが正か偽か、気が遠くなるほど検討し、それがおわると次の命題へ進んでいく……という「気の遠くなる」ような積み重ねを実に丁寧に遂行しております。

ここには、近代人の驕りも不平も愚痴もなく、自分自身で決めた使命の歩みを、なにがあろうとも歩み抜く知の勇者の足跡がみてとれるようで、実に考えさせる側面がおおくございます。

トマスはいいです、実に。

……ということで、トマスの議論の仕方?でもひとつ最後に紹介しておきましょう。

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〔序文〕
 (1)『天体宇宙論』第一巻で哲学者〔アリストテレス〕が言っているように、最初の小さな誤謬も最後には大きなものとなるのであり、また、アヴィセンナがその『形而上学』の冒頭で言っているように、最初に知性によって捉えられるものは存在者と本質とである。それゆえ、この両者について無知であるために〔最後に大きな〕誤謬に陥るということがないように、この両者の難解なところを明らかにしよう。そのためには、本質とか存在者とかいう名称によって何が意味されているのか、また、それ〔本質〕がさまざまなものの内にどのように見出されるのか、さらに、類と種と種差という論理学的諸概念(intentiones logicae)に対してそれ〔本質〕がどのような関係にあるのか、といったことを述べなければならない。
 (2)ところで、より容易な事柄から出発することが学問にはよりふさわしいのであるから、われわれは合成されたものから単純なものの認識を得るべきであり、〔本性上〕より後のものから〔本性上〕より先のものへと遡るべきであろう。それゆえ、存在者の意味から本質の意味へと、話を進めなくてはならない。

第一章
 (1)そこでまず、哲学者が『形而上学』第五巻で言っているように、存在者それ自体は二通りの仕方で語られる、ということを知らなければならない。すなわち、一つの意味では一〇の類〔範疇〕に分けられるもの、もう一つの意味では命題の真理を意味するもの、である。しかるに、この両者には次のような違いがある。すなわち、第二の意味では、すべてのものが、それについて肯定命題が作られうる限りは、たとえそれが実在的には何ものをも措定しないとしても、存在者と言われうるのである。そのような意味では、もろもろの欠如やもろもろの否定も存在者と言われるのであって、実際われわれは、肯定は否定に対立しているとか、盲目は目の内にあるとか言っている。しかし、第一の意味では、実在的になんらかのものを措定しているものだけが存在者と言われるうるのであって、したがって、第一の意味では、盲目とかそのたぐいのものは存在者ではないのである。
 (2)それゆえ、〔明らかに〕本質という名称は、第二の意味で使われている存在者から獲られたのではない。というのは、もろもろの欠如において明らかなように、本質を有していないようななんらかのものが、この〔第二の〕意味で存在者と言われているのだからである。そこで、「本質」は、第一の意味で言われている存在者から取られていることになる。それゆえ、註釈者〔アヴェロエス〕は同じ個所で、第一の意味で言われている存在者こそが事物の本質を意味するものである、と言っている。そして上に述べたように、この意味で語られる存在者は一〇の類〔範疇〕に分けられるのであるから、さまざまな存在者がさまざまな類と種の内に配置されるのはそれらの自然本性によってである以上、「本質」がすべての自然本性に共通な何ものかを意味しうるのは当然であろう。たとえば、人間性は人間の本質であるし、その他のものについても同様である。
    --トマス・アクィナス(須藤和夫訳)「存在者と本質について」、上智大学中世思想研究所編訳・監修『中世思想原典集成14 トマス・アクィナス』平凡社、1993年。

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その金の、そうしたはたらきを、われらは、まだ充分にわきまえておらぬような気がする……

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 「金と申すものは、おもしろいものよ。つぎからつぎへ、さまざまな人びとの手にわたりながら、善悪二様のはたらきをする」
 「ははあ……」
 「その金の、そうしたはたらきを、われらは、まだ充分にわきまえておらぬような気がする……」
 何やら、しみじみと、平蔵がいったものであった。
    --池波正太郎「赤い空」、『鬼平犯科帳 15巻 特別長篇・雲竜剣』文春文庫、2000年。

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お金とは不思議なもので、確かに大切なのですが、だれもその使い方を教えてはくれません。ここでいう「使い方」とは投機的なそれとか、世渡りのハウツー的な対症療法的な「使い方」という意味ではなく、学問の対象としてという意味であり、そこには形而上学的な側面と、形而下学的な側面という両者の意味をともに内在しているという方向性での「使い方」というところです。

お金に関する学問は確かにあるだろう……といわれてしまうと確かに存在します。

広くいえば経済学・経営学が対象とする諸学がそれを担当するわけですが、透徹した哲学にもとづく実用論が説かれているかというそうではなく、学問の言葉でいえば「説明」はしてくれる……そして学ぶという意味ではそれを「了解」するということになるのでしょうが……わけですけれども、まさに「使い方」を教えてくれるわけではありません。

もっとも、「学問」という言葉に集中するならば「使い方」ということ自体、下卑た対処療法的な意味だろうということで、相手にすらされないかもしれませんが、そうしたハウツーに傾くのでもなく、そして、純理論的な部分に沈潜していくだけでもない、まさに深い思索と哲学性に根ざした「使い方」を教えて欲しいなア~などと思う宇治家参去です。

「お金は大事で、大切だよ」

……そう、だれもが教えてくれます。
そしてその裏返しの言説として、

「お金だけが全てではない。お金に振り回されるな」

……ということも、だれもが教えてくれます。

しかしこのふたつのいい方はある意味では大極に存在する決定的ないい方であり、どちらも正論であるがゆえに「頷くほかない」いいかたで、そこからあふれだしてしまう現実が捨去されてしまうのでは……その両者がダメという意味ではなく……それをふまえたうえでの現実的な対応をどうとればいいのか……そのあたりでいつも悩んでしまいます。

たしかにお金は大事で大切です。
そしてそれとおなじぐらい、お金だけがすべてではないし、振り回されたくもないと思います。

だからこそどう使うのか……そこが問題にならざるを得ません。

なにしろ、「お金の使い方」を学んでおりませんから、宇治家参去、至極、お金の使い方が至極不器用でございますから。

別に湯水の如く使うわけでもありませんし、金を使うことではく金を集めることが目的になっているわけでもありません。

まさに、使い方がヘタクソです。

ときどき、お金がはいってくると……

これに使おう!

……などと決意するわけですが、決意のあとの選択で悩み、おもった以上に選択の懊悩に時間をかけてしまうと、最初の予定がなし崩し的に自壊してしまい、気が付くとその「使おう」と思念していた対象をゲットすることもなく、何かなし崩し的に、つまらないものに消費してしまい、

「はぁぁぁぁあ」

……などと深い溜息をついてしまうことがしばしばです。

例えば、譬えはヘンですが、お小遣い3000円貰った子供が、2000円のプラモデルを買おうと思い、AにするのかBにするのか悩むとします。しかし悩んでいる間にも、消費財の購買はあるわけで、まあ、今1000円余裕があるから、チト、アイスでも買うか……、チト、ポテトチップスでも買うか……などと余裕にのっかかりテキトーに過ごしてしまうと、結局お菓子とか必要もなかった漫画の購入がかさなり、気が付くと財布がからっぽでプラモデルをゲットすることができない……そうしたアホなことを未だにやってしまいます。

ただ、これはひょっとすると「お金の使い方」を知らない以前に「意志薄弱」に由来する問題かも知れませんが、どなたかお教え頂ける方がいらっしゃいましたらどうぞよろしくお願いします。

……ということで、先月末、唐突に細君から定額給付金を受けとりました。精確には今の政権から頂いたわけですが、まさに受けとらせていただいたのは細君からということですので、「細君から定額給付金を受けとりました」というのも精確でしょう。

細君としては、宇治家参去宛の支給分を何か一家のために別の目的で使おうと計画していたようですが、あまりに貧に瀕している宇治家参去の窮状をみかねて、今回は素直にわたしてくれました。

ただ、初めからもらう予定はないわナ……細君が使うのだろう……とタカをくくっておりましたので、まさに天から贈り物というわけで、頂いたその日は悩みに悩みました?

最初は、すこしお金を足して、株式会社キングジムのテキスト入力専用モバイルマシン「ポメラ」でも買うか!などと思っていました。

http://www.kingjim.co.jp/news/0810/n-pomera.html

ネットにつなげなくてもいいし、バッテリーの心配もないけれども(電池なので)、ひたすら入力できるマシンということで、常々伺っておりました一品です。

じゃあそれでいこう!

……などと決意はしました。

しかし、今月中旬の札幌行きの航空券を購入したタイミングで、「痛風」なので、普通席は辛いよな……ということで、クラスJへ自腹で変更し、そこで先ず2000円。

そして……、酒切れたよな……ということで、「高清水」4合瓶(秋田酒類製造株式会社・秋田県)を買い求め、そこで先ず1000円。

……ひょっとして、これって負けパターンでは!

……ということで、ポメラは来月に購入を廻し、10000円前後で、なんとかなるものは!などと決意し、amazonなんかで必要文献をみさぐってみると、10000オーヴァーはすぐになるのですが、欲しい物だけ10点いれると100000円越えておりました……で、絞りきれず。

……というわけで、何にするべ!

くだらぬ酒とかつまみとかではなく!

……ということで、さふいや、ネクタイ買ってなかったことを発見、スクーリング前には1本新調するので、ネクタイを買いました。

最新ラインのデザインではありませんが、アニマル柄なら「エルメス(Hermes)」!ということで、ブルーのネクタイを1本、少しお金を付け加えて買ってきました。

エルメスは何本か使っておりますが、材質の都合上、結び方を選ぶネクタイなのですが、やはり他のブランドとくらべるとシルクが上等で、お気に入りのネクタイです。

これをつけて札幌スクーリングへ出かけましょうか!

しかし……。

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 「金と申すものは、おもしろいものよ。つぎからつぎへ、さまざまな人びとの手にわたりながら、善悪二様のはたらきをする」
 「ははあ……」
 「その金の、そうしたはたらきを、われらは、まだ充分にわきまえておらぬような気がする……」
 何やら、しみじみと、平蔵がいったものであった。
    --池波正太郎、前掲書。

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とはうまくいったものです。

しかし、やはり小生、お金の使い方を知らない以上に意志薄弱なのかもしれません。

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地上の一切が真の闇の中に没して完全に無化されてしまう直前のひと時の暗さ

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 真昼時--地上の万物がそれぞれの輪郭線を露出しつつキラビヤかに浮かびあがる光の世界--に、どこからともなく夕闇の翳りがしのび寄ってくる。事物は相互の明確な差別を失い、浮動的・流動的となって、各自本来の固定性を喪失し、互いに滲透し合い混淆し合って次第に原初の渾沌に戻ろうとする。有分節的世界が己れの無分節的次元に回帰しようとする両者の中間に広がる薄暮の空間、存在の深層領域が、人々の好奇心をさそう。地上の一切が真の闇の中に没して完全に無化されてしまう直前のひと時の暗さには、何か言いしれぬ魅惑がある。永遠にグノーシス的なるもの……秘教的なるもの……神秘主義的なるもの……存在の仄暗さへの志向性。
 ただの暗さではけっしてない。この暗さには厚みがある、深みがある。密度の高いこの厚み、この深みは存在そのものの多次元性、多属性に由来する。存在は根源的に現象的なものだ。根源的現象性の見地から見るとき、われわれは普通何の疑念もなしに「現実」にすべてだと信じこんでいるものが、実はリアリティのすべてではなく、それのほんの表層にすぎないことをさとる。存在の表層は可視的形姿にすぎない。すべての現象は「現象以前」から現象して来る。人は自らその「現象以前」に参入して、一切をそこから捉えなおさなければならない。
 要するに、存在には裏側があるということだ。存在の裏側、存在の深層領域。そこにこそ存在の秘儀がある。現象を「現象以前」の根柢にまで執拗に追求してゆくことによって、存在の秘密を垣間見ようとするのだ。それは当然、真昼の出来事ではありえない。存在は、その内に秘めた前現象的、未発の形姿を、ただ「夕暮れ時」の仄暗さの中でのみ、わずかに垣間見せるだけだからである。

 このような存在論的意義を担う「仄暗さ」を、西洋文化は世紀の変り目によく、時代的規模の大きさで経験してきた。世紀の変り目--世紀末。といっても、べつに世紀末だけに特有の現象だというわけではない。ただ、この種の存在感覚は世紀末という語によって分節的に触発されがちな意味カルマ的事態である、ということにすぎないのである。
 また元来、東洋では、こういう意味での「存在の裏側」に対する情熱が、宗教・芸術・哲学のあらゆる分野にわたって、それらの本質構造そのものに深く組みこまれ織りこまれているということが、むしろ普通のあり方である。しかし、主題展開の筋道をあまり錯雑たらしめないために、ここでは、東洋の精神文化に関するこの問題は、ひとまず無視することにしよう。それは第一、例えばエラノス会議創始者の一人カール・グスタフ・ユングが東洋の精神主義的諸伝統にたいして異常な関心を抱いていたことは否定すべからざる事実ではあるけれども、だからといって、西洋文化史上に現われた存在の暗い深層への存在論的・意識論的志向性を、ひたすら東洋の影響として説明し去ることには、またそれなりの大きな危険がある。
    --井筒俊彦「『エラノス叢書』の発刊に関して……監修者のことば」、エラノス会議編(日本語版監修・井筒俊彦、上田閑照、河合隼雄)『時の現象学I』平凡社、1990年。

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「春はあけぼの」と称されますが、晩春は「あけぼの」よりも「夕暮れ」が一番美しいのではないかと思う宇治家参去です。

晩冬の鮮烈な赤もいいのですが、滲み込むような晩春の茜色もなんともいえず、ただその陽光に心が洗われ、自己自身を形作る輪郭が解き放たれ、新しいリアリティでも見せてくれるとでも言えばいいのでしょうか。物事の多面的な側面が解き放たれるのが夕刻なのかもしれません。

宇治家参去の場合、市井の仕事がマア準夜勤となりますので、夕方は頗る脳の調子がよくあります。だからこそ鋭敏な精神と感覚がとぎすまされてしまうのが夕刻かもしれませんが、夕刻とは実によいものです。

かの近代ドイツを代表する哲学者ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)は「ミネルヴァのフクロウは夕闇に飛び立つ」との言葉を残しておりますが、まさに、正午の太陽が照り刺す日中での仕事や勉強や課題を終わらせたそのあとに、自省の時間が訪れ、そして智慧の象徴としてのフクロウが飛び立つのが夕刻というのは単なるゴロ合わせではないのかもしれません。

思えば、正午の太陽は輪郭をくっきりと浮かび上がらせ、対象をじりじりとやく力強さがその特質かも知れません。対象に対してある種の暴力的な概念化をせまるのがその神髄であり、そこで概念化された「わかりやすい」輪郭をもった対象を対象として認知、それのみによって判断しているのが正午の思考かもしれません。

しかし、概念化される対象は、決して「わかりやすい」輪郭をもった対象に「すぎない」わけではありません。そうした「溢れ出す」内実をそれとなく示して見せてくれるのが夕刻の太陽であり、それが茜色の思考かもしれません。

どちらかっていうわけではりません。

ただ光の世界のもたらす「わかりやすい」発想とはともすれば分断構造を生みがちなのですが、それに対すると「夕闇の翳り」とは、“逢魔が時”と称される深い暗闇をひめてはおりますが、それと同時に対象をやさしくつつみこむ、ぼんやりとした温かみがあるのではないだろうか--などと思う昨今です。

ともあれ、私淑する思想史家・哲学者(この哲学者とは哲学・学者ではなく自前で思考できるという意味)井筒俊彦(1914-1993)の文章を読み直すとそう思うこと屢々です。

しかし、井筒で特徴的なのは、学術文献でも「読ませる」名文が多いというところ!

冒頭では、叢書の「監修者のことば」の最初のところを抜き書きしてみましたが、ここまで美しい学術文章にはなかなかめぐりあうことができません。

……というところで、ゆく春を惜しみながら、残り少なくなった限定醸造でいっぺえやって寝ます。

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