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旨いもの・酒巡礼記:東京・国分寺編 「串焼きだいにんぐ 白金」

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酒を唎くには
 さて上に述べてきたような日本の酒のいろいろな性格を、それではどうして鑑定するか。それにはよき環境と、よき「さかな」とで、ただ酒を飲んで見ればよろしいわけであるが、その道のくろうとが鑑定するやり方、すなわち「唎酒(ききしゅ)」には一定の方法がある。
 酒を唎くには、先に述べたような「唎猪口」を使う。この場合に、色を見るには、猪口に満量に近い方がよく、香りをきくには、六、七分目入れるのがよい。先ず猪口の中の酒を空気とともに口に吸い込み、口をとじて鼻の孔から静かに息をはき出す。前のように猪口の上からかいだ香りを「はな」というのに対して、このようにして鼻から出てくる時の香りを「ふくみばな」ともいい、これで香りの欠点がわかる場合が多い。これはおそらく味をつかさどる味蕾(みらい)が咽頭や口蓋の先の部分にあるから、酒がガス状になって、香りのほかに味も感ずることになるためであろう。
 酒を口に入れる量は、人によって異なり、一グラムくらいで十分だという人もあるが、ふつうは二、三グラム程度、盃で三分の一くらいがよい。そしてたくさんの酒を唎く場合には、毎回の量をなるべく一定にしておかないと、量によって味感がかわることがある。口中の酒は、なるべく口内一面、ことにに舌の全面に拡がるようにする。舌端では甘味、舌の中間部の周縁では酸味、根もとでは苦味というように、味蕾が分化していて味覚を感じ分ける場所が異なる。味を見たあとも、しばらくは酒を口中に止めておいて、味の調和などデリケートな性格を考える。
    --坂口謹一郎『日本の酒』岩波文庫、2007年。

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本当は今晩にでも纏めて、アップしようかとおもっていたのですが、チトこれから手打ちうどんを造らねばならないので、先に探訪記として残しておきます。

昨日、夕方まで水族館に縛られていたのですが、当然その要件がすむと、宇治家参去の場合、一寸、一ぺえやらねえと「一日が終わり」ません。

ですから、自宅へ帰るにまえに、以前一度寄ったことがある「串焼だいにんぐ 白金」を訪れました。

国分寺の北口とは、いわば、焼き鳥戦争とでもいえばいいのでしょうか、この「白金」のほか、「世界の山ちゃん」「六文銭」が100メートル四方に軒を連ねた状態で、マア、これは一種の切磋琢磨であろう状態ですので、どの店も手が抜けない、気が抜けない、という状況で、同じ店舗であったとしても、他の地域より手が入っているのではないだろうか……と思うことがあります。

さて、本当は、未見の「世界の山ちゃん」へ行きたかったのですが、息子殿もいるしということで、上品な大人向けの「白金」へ出発です。

以前の記事は、以下のURL
http://thomas-aquinas.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/-----.html

この店、二度目で、いつも夕刻の早い時間のほぼ平日ですので、今回も貸し切り状態で、楽しませていただきました。

いつも思うのですが、清く掃き込められた店内の清潔感と、よく仕込まれた店員さんのきびきびした所作がたのもしく、今回もまずは串モノをセレクトです。

豚串は、豚はつ、シロを塩で。
鶏串は、もも、せせり、ぼんぢりをそれぞれ塩とタレで。
野菜串は、もりあわせで注文。

JAZZを聞きながら……ちょうどそのときは、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan,1924-1990)の美しいヴィブラートの掛かった、Lullaby of Birdland が流れておりましたが……待っていると、ご登場です。

地鶏はどこの地鶏でも旨いのですが、なかの旨みをジュワっと閉じ込めるように、表面がカリっと香ばしくやけておりながらも、筋目の焦げ具合ぐらいがほんのとりと残るか、のこらないかという微妙な具合がちょうどよいのですが、それを焼くのはなかなか困難です。

しかし、ここで出してくれる串は、どれもその期待を裏切りませんので、今回はびっくりさせられてしまいました。

塩でのセレクトが多めでしたが、今回は疲れていたからなのでしょうか、タレの串の方が染みわたるという状況で、まどろっこしい甘さもなく、コクがありすぎて辛すぎるというわでもない具合が、口中に喜ばしくひろがっていくという響きを堪能させていただきました。

そうこうするうちに、季節モノの「鰹のたたき」が登場です。
いわゆる「ホワイトボード」に書かれたメニューですが、やはり旬のモノを旬に味わうというのが定石ですが、こちらも期待以上の一品で、おろし生姜とニンニクが、脂ののった鰹の身をひきしめるというやつで、箸すすむことこのうえない……という状況です。

ビールを二杯ほど頂き、そのあと、日本酒を頂きましたが、日本酒のセレクトが少し少な目なのが、たまにきずなのですが、それでも、酔鯨(本醸造・高知県)、一の蔵(本醸造・宮城県)、三谷藤夫(山廃吟醸・京都府)を頂戴し、それぞれの味覚で肴と戦わせていただきました。

日中、AQUA DINING TROPICS で頂いたランチのパンがこれまた旨かったもので、おかわりなんぞをしたもので、少し腹にはなんとなくたまっていませんでしたので、宇治家参去としてはこれにて終了という状況ですが、なかなか素敵なひとときでした。

ちょうどその日は、醸造学の大家・坂口博士(1897-1994)の『日本の酒』を読んでおりましたので、肴と向かい合いつつ、「唎酒」です。それぞれ一口目は、「口中の酒は、なるべく口内一面、ことにに舌の全面に拡がるようにする。舌端では甘味、舌の中間部の周縁では酸味、根もとでは苦味というように、味蕾が分化していて味覚を感じ分ける場所が異なる。味を見たあとも、しばらくは酒を口中に止めておいて、味の調和などデリケートな性格を考える」にやってみましたが、実にこれが唎きました。

酒の味わいを堪能するにはこれが一番です。
しかし、いつもより味に対する理解が深まりますので、二口目からのピッチがあがることこのうえなく(これはワタシだけの場合でしょうかしら?)、二合で辞めようと思っていたにも拘わらず、三合ほど頂戴した次第です。

「先ず猪口の中の酒を空気とともに口に吸い込み、口をとじて鼻の孔から静かに息をはき出す」のも「唎きます」というよりも「効きます」。

未見の方は是非挑戦されることをおすすめします。

さて、このお店、夕方早くから営業しております。16時スタートですので、その時間帯がお薦めです。清げな店内で、おちついて、本物の味覚を堪能することができますので、ご近所にお立ち寄りの際は、是非。

「串焼だいにんぐ 白金」
国分寺本町3-4-3 茶金ビル3F
042-325-4517
http://r.gnavi.co.jp/p421200/

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お串様ご一行と、2口目以降は鯨飲してしまった「酔鯨」さんです。

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息子殿は定番のポテトフライです。ただ量が多く、日本サイズでいうとマックのMサイズふたつぶんという分量です。

この鰹もなんともいえませんでした。
いや~あ、生きているってことは素晴らしい。

最後は熱い日本茶で〆です。
熱い日本茶は0円です。

日本の酒 (岩波文庫) Book 日本の酒 (岩波文庫)

著者:坂口 謹一郎
販売元:岩波書店
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