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「私欲を離れた義務履行の高貴な感情へと引き上げて」くれるカント

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 カントはそのすべての講義において、几帳面のお手本でありました。私がカントの授業に出席した9年間に、1時間でも休講したとか、あるいはただの15分でも遅刻したというようなことは、私の記憶に残っておりません。
    --ヤハマン(木場深定訳)『カントの生涯』理想社、1978年。

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規則正しい生活をおくったことで知られる哲学者はやはりなんといってもカント(Immanuel Kant,1724-1804)をおいて右に出るものはまずいないといえますが、その対極にあるのがちっぽけな神学徒?倫理学徒?の宇治家参去です。

カントの規則正しさを象徴するエピソードのひとつが夕刻の散歩になりますが、大学での仕事をおえ帰宅後、カントは決まったコースで決まった時間に散歩したそうですが、これがあまりにも時間的に精確だったということで、散歩の通り道ないる家々では、カントの姿を見て時計の狂いを直したといわれるそうですが、宇治家参去の歩く姿で時計をの狂いを直してしまうと、時計そのものが壊れてしまうのではなかろうかとおもう今日この頃です。

ただそれでも、宇治家参去に関しても規則ただしい一日というのがあるわけで、それが大学での講義日ということになります。短大で奉職して早や6年が過ぎましたが、講義日・時限は毎度同じ曜日の同じ次元ということなので、その一日は比較的規則正しい?のではないだろうかと思うわけですが、その講義はたった一コマとはいえ、この6年間、まさに「1時間でも休講したとか、あるいはただの15分でも遅刻したというようなこと」はなかったのですが、先週、所用で休講にしてしまいました。

目指せ!カントということで頑張ってきたのですが、どうしようもない用事でしたので、あえなく休講してしまいました。

その意味でもやはり「私たちの精神と感情とを利己的な幸福主義の桎梏から解放して、純粋な自由意志の高い自覚へ、また理性法則に対する無条件的な服従と、私欲を離れた義務履行の高貴な感情へと引き上げて」(ヤハマン、前掲書)くれるカントは偉大だなと実感せざるをえません。

さて、昨年より半期15回講義が必須となっておりますので、休講した場合はかならず補講をしなければならないので、出講時にその手続きを取ってきましたが、テキトーにその曜日をいれてしまい、今になって後悔です。

水曜日、金曜日が市井の職場の休日になるのですが、今週補講をやるときついなア~などと思ってはいたので今週はスルーして、来週で適当に……と、適当に補講申請をしました。

が!

補講で入れたのが来週の金曜日の大安吉日なのですが、あとになって手帳を確認すると、市井の職場の振替出勤(札幌出張に伴う振り替え)になっていたようで……、汗です。

いわゆるダブルブッキングというやつですね。

大学からは「学生には掲示済みです」との極めて事務的な容赦のないメールが届いておりましたので変更のしようがなく……周知済みになっちゃったので……、本日の市井の仕事の出勤時に、該当曜日の市井の職場の出勤時間の変更をそれとなくすりこませていく他ありません。

手帳をきちんと見て、手続きをすればよかったのですが、適当をテキトーにやった自分自身に号泣です。

適当とは、まさに適切に当たるということで、グッド!という響きなのですが、宇治家参去の場合、その概念を誤解していたようで、テキトーという響きでアバウト!って感じで、われながら、その浅はかさに、号泣です。

ただ、泣いても始まりませんので、とりあえず、飲んで寝るのが常道(じょうどう)かと。

ちなみに「成仏」と書いて「じょうどう」と読むことが可能です。

カントのような謹厳実直な哲学者になりたいなと思う宇治家参去ですが、それとほど遠い現実世界との相剋に引き裂かれた自己!という感じですが、ちなみに散歩の姿で時計を合わされたカントですが、それでも、若い頃は、夜中まで友達と飲み歩くようなこともしていたようですので、謹厳実直はまだまだ先でも大丈夫ということ……にしておきましょう。

とりあえず、短大の哲学の受講生たちには、さきの講義で、札幌土産の「ぷっちょ」をお配りしましたので、それでご容赦を!ということで。

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