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2009年6月

理性のある動物、人間とは、まことに都合のいいものである

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 理性のある動物、人間とは、まことに都合のいいものである。したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、理窟をつけることもできるのだから。
    --フランクリン(松本慎一・西川正身訳)『フランクリン自伝』岩波文庫、1957年。

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先が思いやられるのですが、今年の夏はあつくなりそうです。
まだ6月……といってももはや本日のみですが、かなりじめじめ、むしむし、としており、ちょゐとメタボリック星人を自他共に任ずる宇治家参去としては、過ごしにくい季節でございます。

6月といえば、ジューン・ブライド(June bride)が有名ですが、ブライダル産業における結婚式の稼働率は、6月まっただ中というよりも、実は春先と晩秋の方が繁忙期だそうで、6月は統計的にはすくないのだとか。

そりゃあそうです。
これだけ蒸し暑いと、せっかくの衣裳も化粧も台無しになってしまいますから……。

……って話がずれ込みました。

宇治家参去が講義をする場合、どんなに暑くても、ネクタイを締め、上着をきて、場合によっては8月の真夏でも三揃えで講義をします。

ことしは6月のあたまに三揃えをきて授業をしましたが、とけてしまいました。
7月、8月は無理そうです。

ですけど、「伝統的な学問」である哲学とか倫理学を講じるにあたっては、スタイルも伝統的なスタイルにこだわらなければならない……というのを金科玉条にしておりますので、ベストは着用できないかもしれませんが、このスタイルを崩したくはないものです。

ちなみに、月曜に短大へ出講すると、だれもネクタイをしめておりませんでした。

半袖のドレスシャツ!に、クールビズ!

ウラヤマシイ!

……くはありませんよ(苦笑)。

我が道を歩み抜く中に、真実の道が開かれてくるわけですから、いかに暑くとも、溶岩がふりそそごうともこのスタイルだけは変更することが不可能なようです。

しかし、夏の掟を最近変更してしまいました。

宇治家参去、日に10杯以上は、本格コーヒー……すなわちインスタント、缶コーヒーを除く……を摂取しております。

むかしから、どんなに暑い日でも「アイス・コーヒー」は退けながら、ガチ熱い「ブラック」にこだわり続けてきました。

よくいうではありませんか!
夏は冷えたお茶よりも、熱々のお茶のほうがかえって暑さがひくと……。
それを謹厳実直な帝国陸軍憲兵大尉の如く励行してきましたが、最近その掟が崩れつつあります。

「アイス・コーヒー」がうまい!

……とゴマカシながら、ホットコーヒーを退けつつ、堪能しております。

うまいし、暑いときには、ホットとアイスを混在させたほうが、すかっとするのではなかろうか……などと理由を付けてしまいました。

それでよしとします!

「伝統的な学問」にこだわるのであれば、コーヒーも伝統的にホットで飲まなければならないのですが、人間とは不思議なモノで、「したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、理窟をつけること」ができますので、ちょいと許して貰おうかと思います。

しかし、本日も蒸し風呂ですね、八王子は。

33度でございました。

がんばって授業では上着をとりませんでしたが……。

……ということでご褒美!

日本酒はホットよりアイスに限ります。
細君が月に一度、人間関係世界の必然的理由によって地酒購入してくれますので、今日は半年ぶりに「純米吟醸酒「出羽燦々誕生記念  (本生)」です。

山形の日本酒はどうしてここまでうまいのでしょうか。
清らかな水、そして瑞々しい米に、作り手の優しさがあるのかも知れません。

……ということで、酒は冷やに限るというのを金科玉条にしておりますので、それを職務に忠実且つ謹厳実直な帝国陸軍憲兵大尉の如く、実行して参ろうかと思います。

おやすみなさい。

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教会の名においてではなく、市民社会の一員としての自分自身の名においてであること

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 第2バチカン公会議はこのことを綱領としてうたっている。「教会はその任務と権限から見て、けっして政治共同体と混同すべきものではなく、いかなる政治体制にも拘束されるものではない。同時に、人間(ペルソナ)の超越性のしるしであり、またその保護者である」。この見地から、キリスト者の市民や政治家として自分の政治的任務を受けとめるのは教会の名においてではなく、市民社会の一員としての自分自身の名においてであることも明々白々である。
 同様に、政府の諸官庁が自らを厳正に所管の領域にのみ限定し、市民たちの信条と宗教活動に干渉しようとするあらゆる誘惑に抵抗することは、人類にとって幸せなことである。自発的に自らの権能の限界を注意深く守り、自分の目的のために教会を利用しようとすることをまったく断念している政治権力が、人びとの救いと福利、およびあらゆる階級・民族・国家・国民の正義と平和における一致のみを心がけている教会との対話に向けて自らを開くならば、それは自由をもたらしすくいに近づかせることであろう。
    --ベルンハルト・ヘーリング(田渕文男訳)『政治倫理と地上の平和』中央出版社、昭和61年。

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カトリシズムの文献を読んでいておもしろいなといつも思わせてくれるのは、神学として扱う対象が、狭義の教義学の分野に限定されていない幅広い沃野をもっていることです。

生命・物質、戦争の問題から、家庭生活、国家生活(政治・国際関係)に至るまで、いうなればどの分野にかんしてもきちんと責任ある指針、文献が用意されていることには驚くばかりです。

政治との関わりで言うならば、カトリック教会はあきらかに歴史的には成功と失敗をあじわっております。

しかし、この200年来の世俗化が進む中で、狭苦しい教会のなかに「後退」してしまうことをいさぎよしとせず、人として動くこと、そしてそうした個人を薫育する教会というスタンツをきちんと示すことが出来たのは宗教の歴史において稀有な出来事ではないだろうか……と思ってしまう宇治家参去です。

さて……そうした書物をひもときつつ、日曜日、実家へ戻る母と義母を中央線までおくると、細君と息子殿と中野で下車し、すこし旧友を廻ってきました。

『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵@池波正太郎の青春が本所界隈だったとすれば、宇治家参去さんの青春は、まさに中野区とともにありました。

先日、大学時代の莫逆の友が語っていたことを思い出しました。
彼は高円寺に長く住んでい、結婚してから杉並区の他所へ転居しましたが、やはり青春は高円寺にあったようで、今でも往時を偲んでときおり、高円寺を丁寧にまわることがるそうな。

そうすることで、感傷を断ち切り、さあがんばろう!と元気が出てくる

……そうしたことを話しておりましたが、宇治家参去の場合も同じだったようで、細君との新婚生活をおくったのもこの地でありました。

今回は息子を連れ(本人は中野ブロードウェイにあるゲームに用事があるようでした)、すこし古巣を散策してきましたが、まさに感傷どころか元気になるとはこのことなのでしょう。

すこし往時を偲びながら、旧知と再会し、再び中野駅へむかいましたが、宇治家参去としては、ラーメン激戦区のこの地でうまいラーメンでも堪能しようと思っておりましたが、息子殿の希望でマクドナルドへ。

ちと、それががっくしです。

さて、いずれにせよ「この見地から、キリスト者の市民や政治家として自分の政治的任務を受けとめるのは教会の名においてではなく、市民社会の一員としての自分自身の名においてであることも明々白々である」というところが大切ですね!

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互恵という精神的理想の上に打ち立てられることをわれわれは望んでいる

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 次の時代の文明は、経済的、政治的競争と利用とにもとづくものではなく、全世界が社会的協同に基盤を置き、能率という経済的理想の上ではなく、互恵という精神的理想の上に打ち立てられることをわれわれは望んでいる。それを実現するときには、女性は自らの真の位置を見出すだろう。
    --タゴール(山口三夫訳)「人格論」、『タゴール著作集』第九巻、第三文明社、1981年。

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土曜日に母が、世田谷の住む友人を訪ねて東京へ赴いてきましたので、道案内ということで、同道してきましたが、実に暑い一日でして……。

30度はゆうに超えていたようで、湿度も高く蒸し暑い一日でございました。

50年ぶりの再会ということで、旧交を温めて頂き何よりです。

宅を辞してから、新宿に用事があり、要件がすべてと済むと13時過ぎ。

ちょうど一番暑い時間帯でしょうか。

近くに……鮨屋しかなかった……?

……ので、握りをいただき、ビールまで頂戴しましたが、この季節は昼ビールが旨いものでして……。

一仕事あとの麦芽は夏の快味であることは間違いありません。
暑ければ暑いほど、そして不快指数が高ければ高いほど、快味であることは間違いありません。

さて……。
いずれにせよ、男性とは腰が重い生き物であるのに対して、女性とは身軽くぱっぱぱっぱと目的に向かって軽やかに進んでいけるのではなかろうか……などと実感します。

ともすれば観念論に堕してしまいがちな存在を横目に、そうした女性が動くという時代は、新しい時代の開幕かもしれません。

……ってこれは、「だからといって」観念論にふけっていてもよろしいという免罪符ではないことも忘れてはならないところだろう……ということですね。

昨日は幼児のように?

21時には沈没してしまった次第です。

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献身をたんに人間や社会ばかりでなく、なんらかの仕方で、世界にあらわれてくる生命一般にむけさせなければならない

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……献身の倫理にあっては、それが狭隘すぎるという点にどこか欠点があるに違いない。原理的にいって社会功利主義は、ただ人間の人間への献身および人間の人間社会への献身のみを問題とするにすぎない。それに対して自己完成の倫理は普遍的なものである。それは人間の世界への態度をも取り扱う。それゆえ献身の倫理が自己完成の倫理に対応しうるためには、後者のように普遍的になり、献身をたんに人間や社会ばかりでなく、なんらかの仕方で、世界にあらわれてくる生命一般にむけさせなければならない。
    --シュヴァイツァー(氷上英広訳)「文化と倫理」、『シュヴァイツァー選集 第7巻』白水社、1962年。

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久し振りの3連休スタートです!
土日に、世田谷、中野の友人とそれぞれアポイントメントがあるので、金曜のみが純粋?な休み……ということになるので、日がな一日、論文への資料の落とし込みとレポート添削をおこなっておりましたが、変な話で恐縮ですが、そればかりやっていると頭がループしてきますので、合間合間に、シュヴァイツァー(Albert Schweitzer,1875-1965)の著作を紐解いておりましたが、これがまたすこぶる染みこんできます。

密林の聖者として知られるシュヴァイツァーですが、その思想の骨格となるのは中年時に到達した「生命への畏敬」という概念になるかと思います。

シュヴァイツァーが現実世界の抱える病巣の根源として見抜いた事態とは何でしょうか。

ひとつ指摘できることは、やはり「存在を肯定できない」というシニシズムではなかったかと思います。
※いうまでもありませんが、ここでいう、いうなれば「存在の否定」とは跳躍への契機を期するための現状認識としての「否定」ではありません。

人生を、そして生きている世界をどのように肯定していくのか……密林の中でシュヴァイツァーはひとつの感覚に到達するわけですが、それがその根拠としての「生命の意志」という感覚なのでしょう。生きんとする生命の意志へ根拠を置き、シュヴァイツァーは人生と世界はたゆみなく関わりつづけることによって改善可能だ!という根源的な楽観主義に到達するわけですけれども、いつも読みながら、ノー天気な皮相的な楽観主義とは趣を異にする言説の強さに、打ちのめされてしまう長谷川平蔵です。

肯定するとは何でしょうか。
それは自分自身の生命を肯定するだけではありません。他者……それは人間のみならずすべての事物といっても過言ではないでしょう……その生命をも肯定する。
そこにシュヴァイツァーの「生命への畏敬」の輝きが存在しているのではないかと思います。

アフリカでのキリスト教伝道と医療活動を通じての平和活動に献身した生涯ですが、その活動はすべて成功であったわけでないことは承知しております。

最新の研究に寄れば、アフリカ現地での活動のすべてが芳しいものであったわけでないこと評価されておりますが、そのことは十分承知しております。

そして、拭いがたいヨーロッパ中心主義をシュヴァイツァー自身が無自覚的に内包していたことも承知です。ヨーロッパを兄とし、そしてそれ以外をいわば弟とみるものの見方は、まさにオリエンタリズムの好例のひとつであり、決して十全に包容することができないことも十分承知しております。

しかしながら……。

実際に動いた人間、関わった人間にはかなわないことも、活字と対話するなかで実感してしまいます。

安全地帯での論評・評価はどうしてもそこを掬いきれないとでも申せばよろしいのでしょうか……、後日の評価・論評はいうまでもなく歴史認識としては大切です。

しかし一方でそのように論難してしまうことは、本人の息吹・汗・血といったものまで中傷してしまうのも事実であり、必要なのは、「いずれにせよ!」そこから何を学ぶのか……そこに帰着するのでは無かろうかと思います。

シュヴァイツァーは献身は、人間だけでなくあらゆる生命への献身となるとき、それが真に普遍的なものとなると悟りました。
そして同時に、自己完成の倫理も、たんに世界から内面的な自由を獲得するというような一種の諦め的な倫理に留まることなく、世界や事物、そして自分自身に向かって積極的な活動を含むものにそれはなるだろうと論じましたが、このことが大切かもしれません。

献身という言葉は単純です。

しかしそれが自己の問題とダイレクトにリンクさせることは大変です。

献身と自己完成が倫理として結びつくときにこそ、世界は大きく展開するのかもしれません。

なにしろ、献身と自己完成は伝統的な倫理・道徳学のジャンルにおいては稀有な例をのぞき対立するものですから。

……ということで、「アサヒの何チャラマイスターとか言うビール」が実にうまい深夜です。

ちなみの蛇足ですが……しかし実はこれが大切かな?……有名な話ですが、シュヴァイツァーの好物は風月堂のゴーフルだったそうです。

確かに密林の聖者ですが……なんだか人間くさくてよいエピソードです。
久しく口にしませんが、長谷川平蔵も好物のひとつです。

あのさっぱりした板?と板に挟まれたクリームの触感が絶妙です。

私淑する池波正太郎(1923-1990)に言わせれば、

「いいねえ、シュヴァイツァーも。人間らしくてそこが格好いいねえ、なかなかまねのできるものではないよ」

……などと示唆されそうです。

……ということで、金曜日は、細君が全日幼稚園の役員業務のため不在でしたので、

「夕刻に、ピーちゃん(うちの十姉妹)を部屋のなかで放鳥するように」

……とのタスクを承っておりましたので、放鳥しましたが、まあ、彼か彼女だかわかりませんが邪魔をしてくれます。

……しかし「生命への畏敬」は大切ですね!

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イデオロギーは科学の外見を装ってはいるけれども、その概念陳述は道徳の信頼を損なうものだ

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学校と私 千葉県知事 森田健作さん
次世代教育、まずは道徳から

 高校時代にいい先生がいたなあ。僕が通ったのは東京の私立の男子校でね。1年だったか2年だったか、クラスの全員が悪さをして、全員で担任から説教を受けた。その最中に、身長が185センチもある運動部の大きな男が「先公ってのはいい商売だ。言いてえこと言えるんだもんな」と言った。担任は「なにいー?」と叫んで、そいつのところへ飛んできた。身長が20センチぐらい低かったけれど、飛び上がってビンタを食らわした。
 説教の後で「何で抵抗しなかった?」と聞いたら、そいつは「動けなかったんだ」と。その時に思ったよ。教師が心底から教え子のことを思ってぶん殴ったのか、その時の気分で殴ったのか、生徒には分かるもんだって。仲間はあの場で、自分を思ってくれる担任の愛情に打たれて動けなかったんだな。
 体罰の善しあしはあるが、教育というのは「技術」じゃない。全身全霊で生徒にぶつかっていくことですよ。文部政務次官を2度務めましたが、あの時の経験から今もそう思っている。僕が先生でも、恐らくひっぱたくだろうな。その時には尻をたたきます。顔はその人の「看板」だからね。
 有識者の「千葉県の教育を元気する有識者会議」(仮称)を近く設置します。教育で県独自の取り組みを進めたい。日本は無資源国家。「人材」という資源を教育で豊にするしかないんです。まずは、道徳に力を入れます。僕が言う教育というのは、人間が生きていくのに最低限必要なルールですよ。それが今、壊れている。
 牧らは一人で生きているんじゃない。団体で生活し、共通のルールで生きている。先生や親を敬う気持ちを持つ。そういう当たり前のことを、次の世代に残していかなきゃならない。他人を思いやったり、自分が一歩下がるという日本の美徳が失われつつあります。
 有識者会議では学校の枠にとらわれず、家庭教育も検討テーマにします。賢明に生きる親の背中を見て育つとか、今の子供たちにはなかなか望めないですよね。県独自の取り組みで、夢や世界観を以て世界へ羽ばたける人材を育てます。【聞き手・井上英介】

もりた・けんさく 1949年東京都生まれ。71年の主演ドラマ「おれは男だ!」で、一大青春ブームを巻き起こす。国会議員、文部政務次官などを経て今年3月、千葉県知事選で初当選した。

    --「学校と私 千葉県知事 森田健作さん 次世代教育、まずは道徳から」、『毎日新聞』2009年6月13日(土)付。

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道徳教育におおきく手をいれてやろうじゃアないかという希薄と挑戦の気概はわからなくもありませんし、いわば道徳から遠く離れた無法地帯と化してしまった現代社会で生きているとその必要性とか形骸化した現状のあり方をくみてなおしてやろうじゃないかという方向性はわからなくはありません。

むしろ大いに議論していただいてしかるべきでしょう。
そして、カント(Immanuel Kant,1727-1804)が『実践理性批判』(1788)のなかで道徳の真髄を定言命法(「なんじの意志の格率がつねに同時に普遍的立法として妥当するように行為せよ(Handle so, daß die Maxime deines Willens jederzeit zugleich als Prinzip einer allgemeinen Gesetzgebung gelten könne.)」)として形式化し、人間は道徳によって束縛されるのではなく、むしろ自由な存在になるのだと説いた議論を思い起こすと、昨今の道徳教育に関するポリティカルな談義には何か違和感を感じてしまう宇治家参去です。

つまるところ……性とでも申しましょうか、
何に対しても、それが十全なありかたであったとしても、どこかに違和感を感じてしまう宇治家参去のなせる技ですからなんの根拠もヘッタクレもありませんが、この手の議論には、どこか「人間」の「顔」がみえない……いわば「人間」不在の「イデオロギー」ありきというのがどうしても目立ち、その焦臭さに辟易としてしまうものです。

汗くさいあり方とか……
   拳と拳で語るとか……
      鉄拳制裁とか……
       (根拠への探究は禁忌とされる)形而上的命令至上主義の励行……

その効力は十分承知ですし、いわばとってりばやい処方箋としての有効度も承知です。
なにもその効果は否定しません。

が……
しかし……なにか「人間」不在の「イデオロギー」先にあり!という論調に違和感を感じざるをえません。

復古は何ももらたしません。
復旧は何かをもらたすのでしょう。

そのままの提示はロマンティッシュな回顧にすぎず何も生み出しません。
時代と対話するなかで、その方法とか理念を現実化させる取り組みの探究こそが必要なはずなのですが……。

カントは、道徳律を人が自分自身の内面の命令として完遂するところに、全感性界に依存することのない自由な生活を開示するきっかけを見出しました。

イデオロギー先行の議論には、どうしても「他律」のにおいがぷんぷんです。
目指すべき方向性がおなじであったとしても、それを組み立てるやり方はことなってくるはずです。

おまえ現実みろよ!と揶揄されるかもしれません。しかし歴史を振り返ってみるならば「他律」で成功した道徳・倫理は存在しません。

どのように「自律」的なそれをくみたてていくのか、そこに勝負があるはずです。

その意味では、「おまえ現実みろよ」って式な復古論には効果がありません。
そして現実よりも形而上的議論を!……とのみ学に耽るメタレベルの議論にも効果がありません。

その両者が対話してこそ、あたらしい道が開かれるはずなのですが……。

最後にレヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の言葉でも紹介します。

イデオロギー先行の復古論にも、些末な概念対立にこだわりつつづける学究の議論の両者に共通した重大な問題は「人間」不在ということでしょう。

「人間のために」議論をする、その仕組みを組み立てるのであれば、両目を開いて、普遍と特殊個別性のぎらぎらした輝きを失明するまで見続けて組み立てていくしかないはずなのですが……。

……ってことで、麒麟の新しい新ジャンル「コクの時間」に挑戦してみましたが、この手の部類の商品では、不味くはないのですが、やはりどこかに……そもそも本物のビールと比べること自体申し訳ないのですが……「バッタもん」くささがきつすぎます。

まだSAPPOROの「麦とホップ」の方が、バタ臭くなく、それなりのテイストかな……などとおもう次第です。

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 イデオロギーは科学の外見を装ってはいるけれども、その概念陳述は道徳の信頼を損なうものだ。イデオロギーという疑惑は、道徳にかつて受けたことのない衝撃を与える。イデオロギーという疑惑はおそらく人間の倫理全体の終わりを告知するものであり、いずれにせよ、責務と価値観に関わる理論を崩壊させる。
 道徳規準の普遍性、あるいは価値の位階化さえたシステムに基づく行動の規範の集成として了解されている限り、道徳は、それ自身のうちに、ひとつの条理性を有している。これまで、道徳は固有の明証性を持っており、認識と同じような志向的行為として把握されていた。定言命令としての価値論はロゴスに帰属していたのである。歴史との関わりのなかで道徳は相対化され、社会的経済的構造の変化にともなって推移し変形したとはいえ、それだけでは道徳の条理性は根本的に揺るがなかった。つまり歴史的状況や社会的特殊性は、正しくも、ロゴスの到成のための「主観的」条件と、そこへいたるために必要な遅延を規定するものとして解釈されていたわけである。洞察が完全な叡智を備えて天から下ってきたわけもなく、それが道徳の暗黒時代を経験してきた以上、道徳が移ろいやすいものであるのは怪しむにたりない。歴史的進化とは理性のおのれ自身への顕在化であると理解されている限り、また歴史的進化とは自由な行為あるいは有効な実践的行為がただちに理性の物質化であるような絶対的境地をめざして進む「主体」の漸進的な合理化の過程であると理解されている限り、道徳の相対性の経験をふまえた相対主義はそれほど脅威なものではなかった。しかるにマルクス主義がブルジョワ的ヒューマニズムを批判するときに駆使したせいで、「イデオロギー」という観念はニーチェあるいはフロイトにおいて大きな説得力を獲得することとなった。イデオロギーは合理性の外観をかぶっており、どんな誤った推論よりも言葉巧みで防衛が堅いこと、その偽装の力は巧妙に隠蔽されているために論理の技術だけでは偽装を暴くには不足であること、偽装がおのれの志向に無意識な志向から出発しているために偽装者自身が偽装に欺かれていること、これらがイデオロギーについての新しい考え方であった。
    --エマニュエル・レヴィナス(内田樹訳)「イデオロギーと観念論」、『観念に到来する神について』国文社、1997年。

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くどい蛇足ですが、先日、市井の職場で使っていたCPUがMMX233Mhzという骨董マシンがぶっこわれたので、あらたなに本日、New?マシンを導入しました。

例の如くヤフオクにて送料入れて4000円程度のポンコツマシンですが、CPUが今度はPenIIIの600Mhz、メモリーも512MBのせたマシンですので、Windows2000も頗る快調です。

……とわいえ、発売からすでに10年程度過ぎた……日立のFLORA220FX……まさに骨董マシンですが、これぐらい整備するとまだまだネット・入力には重宝するもので、また仕事に精進できそうです?

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近代の哲学書では「!」というような符号をつけた文章にはあまりであわぬ

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 『論語』などを素人読みしていて、ふと気がつくことがるが、「哉」その他の感嘆詞とでもいうべき言葉が非常に多い。近代の哲学書では「!」というような符号をつけた文章にはあまりであわぬ。『論語』が対話形式だから、とだけでは説明がつかぬものがある。『論語』全体の中に、強いていえば、一種の長大息する孔子の吐息が感ぜられるほどである。
 感嘆詞が発せられる場合は多くある。今ここで問題としているのは、孔子が用いているところのような場合である。すなわち、一つの言葉を発して、それを発しただけではじっとしていられない何か長く息を引く感じ、あるいは息を呑んで感動を抑えずにいられないこころもち、換言すれば、一つには疑問でもあり、畏れでもあり、懺(は)じらいでもある。しかも、他に何か決意にも充ちているものもある複雑をきわめた感情が籠もっているのである。
    --中井正一「感嘆詞のある思想」、長田弘編『中井正一評論集』岩波文庫、1995年。

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京都学派の流れをくみつつ、独自の美学理論を展開した美学者・中井正一(1900-1952
)の評論集を最近紐解いておりますが、なかなか唸らされております。

その美学理論は決して講壇哲学に収まることなく広範な対象に対する実践知として結実し、代表的な作品『委員会の論理』でも、美と対極にあると思ってしまう集団(共同体)とか、委員会においてすらも何らかの美が筋道を立てて通っておらないかぎり、有効に機能しないばかりか内包してしまうと喝破した議論には驚かされたものです。

そもそも日本においての美学は、本家たる西洋思潮と対比してみるとその確立が非常に遅れており、ややもすれば恣意的な衒学趣味的なるものに「美」を見出そうとする傾向が顕著ですが、そうしたなかでの中井正一の美学理論の構築とは、その嚆矢にして霊峰のごとききらめてきをはなっているのではなかろうかと思います。

形而上的な方向性と、形而下的な実践知との関わりで言えば、有名な滝川事件……1933年京都帝国大学で発生した思想弾圧事件……では、言論が反国家的とされ罷免を要求された瀧川幸辰(1891-1962)に対する処分に対する抵抗運動に取り組んでいたり、週刊『土曜日』での自由主義的論説の鼓舞などで、治安維持法違反での検挙……といった中井の歩みをみておりますと、まさに現実に内在した真理探求の営みではなかろうかと思ってしまいます。

それこそがまさに中井の目指した美学の方向性……すなわち、新即物主義(Neue Sachlichkeit)のひとつのあらわれなのかもしれません。

さて……はなしがずれ込みましたが、ひとつたまげたのがうえに引用した「感嘆詞のある思想」です。

はあ、なるほどね、……とはまさにこのことで、『論語』読みを自認する宇治家参去でございますが、『論語』に多用される「感嘆詞」にまで注目がいきとどいておらなかったことに脱帽です。

文章はちょうど、その冒頭の部分ですが、まさに「近代の哲学書では「!」というような符号をつけた文章にはあまりであわぬ」のが実情です。

それが難解をウリものとする哲学書なるもののひとつの特徴なのでしょうが、現実には、「一つの言葉を発して、それを発しただけではじっとしていられない何か長く息を引く感じ、あるいは息を呑んで感動を抑えずにいられないこころもち、換言すれば、一つには疑問でもあり、畏れでもあり、懺(は)じらいでもある。しかも、他に何か決意にも充ちているものもある複雑をきわめた感情が籠もっている」のが生きている世界でありますから、そうした声にならぬ声、活字にならぬ活字の部分を「きれいさっぱり」と象捨してしまうと、豊穣な人間世界を分断してしまうのかも知れません。

ただ、そう思った次第です。

世の中で誠実に生きながら、日々唸り、苦悶し、二日酔いとたたかう宇治家参去も、「うううむ」とか「うぬぅぅ」とうなりながら生きておりますが、そのへんを言語へと転換していきたいものでございます。

ということで?

6月も下旬になると、熱帯と化す東京の荒野においては、すわっているだけでもヘロヘロになってしまいますので、忸怩たる部分ですが、アイスとかその辺に今季初ですが手を伸ばしてしまいました。

いわゆる「九州名物 白熊」(丸永アイス)です。
フルーツと小豆がのった、練乳仕立てのアイスですが、この甘さが五臓六腑にしみわたります。

しかしどうして「九州名物」なのでしょうか……ねえ?

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近頃、街中軍艦マーチが氾濫していますねえ。今朝も上智(大学)に行こうと家をでると、途中の家々のラジオでしょうか海軍マーチがなりひびいている。ところが、いつのまにか歩いているこちらの歩調テンポが軍艦マーチにあってきてしまう

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 その奇妙な平衡状態に支えられた吉満義彦と私の共同作業がある日突然やぶれる。小柄ではあるが眼が明るく大きく、晴れ晴れとした若い例の婦人が、当時としてはすでに貴重品となりかけていた紅茶とケーキを持って現れる。華やかとも感じられる雰囲気で吉満義彦と私との抽象の極ともいえる対話を中断させたままさっと立去る。その紅茶を一口のみかけて吉満義彦が突如として此の世のこと--具体的な体験を語りはじめる。
 「近頃、街中軍艦マーチが氾濫していますねえ。今朝も上智(大学)に行こうと家をでると、途中の家々のラジオでしょうか海軍マーチがなりひびいている。ところが、いつのまにか歩いているこちらの歩調テンポが軍艦マーチにあってきてしまう。半足はずしてもすぐあってくる。立ちどまるほかない。立ちどまって『スンマ・テオロジカ』(神学大全)を包みからだしてひらいて数行読むと心がおちつく。それで歩き出すと海軍マーチが聞こえてくる。私の歩調がそれにあってスタスタとどこかに向かって早足で突進してゆくような感じになる。逆むきに歩いてみても同じことで、いつのまにか自分の歩調が行進曲とかさなりあってしまう。どうもこうなると立ちどまって耳をふさいで、行進曲が終わるまで『スンマ・テオロジカ』を読みつづけるほかない環境ですね」
 あっけらかんとでもいっていいような表情で、当時としては驚天動地ともいえる言辞を突然ごく自然にいいだした吉満義彦に対して、私は散文的に
 「日本の新聞を読むことをやめました。毎日読んでいると理性が働かなくなり、何か別なものが動き出すようです。半年に一度、朝日の縮刷版を大学の図書館でまとめて読むくらいが丁度よさそうです。まとめて読むと前後が全く矛盾していて大騒ぎの虚偽の中からも真実がよみとれます」
 眼の大きな美しいともいえる若い婦人、紅茶とケーキ、明るい午後の日差し、決して豊かではなかった吉満義彦の私生活では、豪華版ともいえる取り合わせのなかで、私達はこのように貴、妙な調子できわめて現実的政治的な問答をはじめてしまったのであった。
 軍艦マーチといえば、第二次大戦中にしばしば--ほとんど毎日といってよい程ラジオを通じて演奏されたものである。所謂海軍の大戦果--不合理な虚偽の戦果が国民の感性をくすぐり理性を麻痺させながら、ふんだんにばらまかれたわけである。記憶が定かではないが、ハワイのパール・ハーバー奇襲の大戦果も、それにひきつづく、マレー沖海戦、英戦艦プリンス・オブ・ウェールズ号とレパルズ号の撃沈の報道も軍艦マーチのリズムにのせて私達にとどけられていたはずである。反ミリタリズムのリベラリストとして知られていた当時の一高校長阿倍能成、--彼はまた夏目漱石のサロンの生き残りの人材でもあったわけであるが、彼が只一度、日本軍部の実力に対して経緯を表したことがある。日米開戦、特にパール・ハーバー攻撃に対しては苦虫をかみつぶしたように不機嫌に沈黙を守っていた阿倍能成が、マレー沖海戦の戦果報道をきいて、
 「……今度は不意打ちではない。どうも日本の軍部は私が考えていたより強いのかもしれない」
 と、嬉しいのか嬉しくないのか、外側からはわからぬ茫然とした表情で彼の実感を述べたことがある。酔えば鉄道唱歌を高唱し、たぶん軍艦マーチも感性的には好きであったはずの明治の日本人阿倍能成はしかしながらしたたかな理性、温かい人間性の持主であり、その故に社会主義者、一部のキリスト教信者をのぞけば、一番日本ミリタリズムからほど遠い存在であった。その彼もおそらく耳に快い軍艦マーチのリズムにのった不意打ちではないマレー沖海戦の戦果の報道に内心実は明治の血をわかせていたのかもしれない。
 記憶というものは不思議なもので、吉満義彦とのはじめての現実的・政治的対話の内容とその際の環境--貧しかった吉満義彦としては豪華版ともいえる環境--若い婦人、紅茶の香り、明るい日差し--をはっきり覚えていながら、それが昭和何年のことであったか私は思いおこすことができない。阿倍能成を驚かしたマレー沖海戦の大勝利の頃のような早い時期であるはずはない。一九四二年(昭和十七年)夏には、吉満義彦はいまだ西谷啓治、諸井三郎、鈴木成高、菊池正士、下村寅太郎、小林秀雄、亀井勝一郎、林房雄、三好達治、都村秀夫、中村光夫、河上徹太郎らと知的協力会議をもち、近代の超克などというテーマで、何とか日本の現実と密着し、体制内にいて日本の進路を変えようと模索していた。おそらくその模索の最中か、その模索を通じて、次第に日本の病根は軍部にあるのみならず、日本の良識的知識人といわれるひとびとも頼むにたらないという事実に吉満義彦が気づいてからのことであったろう。私自身はあのときすでに東京帝国大学の理学部の学生であったはずであり、それも記憶している会話の内容から推察すると、たぶん仁科芳雄の研究グループで原子核を専攻する以前のことであったろう。いずれにしても一九四二年(昭和十七年)夏より前ではなく、一九四三年(昭和十八年)夏より遅いはずはないなどと過ぎ去った時間の一点を見定め難く想いめぐらしている次第である。
    --垣花秀武「解説--詩人哲学者、吉満義彦とその時代」、吉満義彦帰天50周年記念出版の会編『永遠の詩人哲学者 吉満義彦』ドン・ボスコ社、1997年。

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ちょいちょい忙しくまともに考察とか省察といったたぐいの内省ができず反省ひとしき……ということで恐縮なのですが、恐縮ついで?ということで、なんとなく印象批判でお茶を濁しておきます。

ちょうど月曜日、大学へ出勤する前、車中で読むため本を物色していたところ、本棚に積み重ねた本の後ろ側から、ずうぅぅっと探し続けていた文献と邂逅することができ、その本を読んでおりました。引用はそこからの一節です。

昨年年末に上程した近代カトリシズムをめぐる論文の作成過程で必要な文献でしたが、図書館にも所蔵がなく、当然絶版のよしにて、古本をさがしても4倍以上の値段がついており、その資料に眼を通すことを断念して、昨年の論文をその(1)として……拙論「吉満義彦の人間主義論 --近代批判とその神学的根拠(1)」、『東洋哲学研究所紀要』(第24号、2008年)……まとめあげてしまい、確認することができなかった点をふくめ、本年度以降その(2)としてまとめる予定にしているものですが、思いがけず出会えたことに感謝です。

その(2)執筆時にまたその文献が散逸しないよう、今度は適正にわかりやすいところに保存するほかありません。

ちなみに?今回は、その文献以上にその(1)で扱ったカトリック思想家・吉満義彦(1904-1945)に大きく影響を与えたフランスのネオ・トミスト・ジャック.マリタン(Jacques Maritain,1882-1973)の論説などを丁寧に読み始めておりますがが、この分では、3ヶ月や半年で校了できる内容ではない!と“思い切り”、紀要論文には別のネタでエントリし、その(2)は未来への宿題とした次第です。

とわいえ、その(1)執筆時に必要不可欠だった今回の文献にこんなところで邂逅できるとはめっけものです。

マリタンのフランス語文献はちまちまと読んでおりますが、その文字を立体化させる迫力を内包させているようで……。

ちなみのちなみでいうならば、吉満義彦およびジャック・マリタンの基礎となるトマス・アクィナス(Thomas Aquinas,1225-1274)も、それ以上なちまちまちまちまちまちまスピ~ドで読んでおりますが発見することが、まさに一行が百行の思いで修行として読んでおります……ので、大成するには時間がかかりそうです。

さて……この小著! すなわち、吉満義彦帰天50周年記念出版の会編『永遠の詩人哲学者 吉満義彦』(ドン・ボスコ社、1997年)ですが、全体として250頁たらずの小著で何度も読んだことがある文献ですので、往復の電車と仕事の休憩時間に再度通読できましたが、奥が深すぎ、思索の渦にはまりかけてしまった次第です。

近代日本のキリスト教宣教の歴史を振り返ってみますと……これまで日記で何度も言及している通り……それは、プロテスタントがメインストリームであったことは疑いようのない事実です。そしてその影響は現在でも多大にうけていることは否定できません。

近代以降の日本のキリスト教を語る場合、やはりどうしてもその基準はプロテスタンティズムであり、そこに「正統」を意識する節がつよく、歴史観に関しても同様で、(そしてそれはその対極にあるカトリシズムの負荷になるわけですが)ルネサンス-宗教改革をルミナスと見るならば、暗黒時代=カトリシズムという構造がどうしても払拭できず、そしてそれに輪をかけるように、近代日本のキリスト教思想家で著名な人物がほとんどプロテスタンティズムばかりであったことが後押ししてしまい、どうしても、キリスト教といえば近代以降の日本においては、ピューリタン的な「プロテスタンティズム」に限定されてしまうわけで……そこにいささかの違和感を感じてしまいます。

たしかにカトリシズムの歴史は、戦国時代のキリシタンとしてはじまります。
その歩みは主として迫害・殉教の歴史として語られ、1873年(明治6)のキリスト教解禁以降も目立ったプロテスタンティズムとの交流・対話を認めることはできません。

しかしひとつにはそうした人材がカトリシズムに存在しなかったというのもひとつの事実です。

そしてそうしたなかで、ぼつぼつと出始めて来た先駆者がハンセン病患者の福祉などに尽力した岩下壮一神父(1889-1940)なのでしょう。

そして岩下神父の人格的薫陶をうけつつ、超越と内在、現在と歴史を的確に論じ、相手がカトリックであろうとなかろうと、あらゆる人材と縦横無尽に対話できた人物が、さきに指摘した吉満義彦ではなかろうかと思います。

出会いは、修士課程の時代にであったかと思います。

ふとしたきっかけで、吉満義彦を顕照する集いとかミサに呼ばれるようになり、そしてちょうど修士論文で扱っていた近代日本の宗教学の祖の姉崎正治(1873-1949)が「余はプロテスタンティズムよりもカトリシズムを好む」という言葉に注目していた経緯もあり、勉強会やミサに参加し、著作を読み直すなかで、目をあらたにしたものです。

今回は紀要論文では、その対極に位置する明治プロテスタンティズムを代表する植村正久(1858-1925)を扱う予定ですが、この時期にこうした文献に邂逅できたことはほんとうになによりで、予定稿の植村論文にも影響を?与えてしまいそうです。

さて、吉満義彦関連の集いで、謦咳に接したのが先に引用する垣花秀武(1920-)先生の「解説」です。ご本人の記憶には、もはや宇治家参去のそれはないとは思いますが、数度勉強会に参加させていただくなかで垣花先生の師・吉満義彦に対する思いとかエピソードを伺うたびに……ちなみに余談ですが、その忘年会とかの参加のおかげで苦手な刺身・鮨の克服をできたこが今は一番の財産でしょうか!……、感嘆したものです。

とくに注目したいのはやはりなんといっても自分自身が昨年末まとめ上げた論文でもそうですが、吉満義彦自身が、日本を内在的に変革していこうとして超越の視座なんだと思います。

吉満義彦は、文学界同人の斡旋で、欧米主義を打倒する超越の視座を提示するための、知的協力会議に1942年(昭和17)に参加するのですが、どうもその文章を読んでおりますと、ほかの翼賛論者と視座がまったく違うわけでして……。

それを裏付けるレポートに10数年ぶりにであった次第です。

「違和感」ってすんごく大切だと思います。

なぜなら「歩調がそれにあってスタスタとどこかに向かって早足で突進してゆくような感じになる。逆むきに歩いてみても同じことで、いつのまにか自分の歩調が行進曲とかさなりあってしまう」のが現実世界の騒音ですから。

だからこそ立ち止まって、立ち位置を確認する契機というのは誰にとっても必要かもしれません。

思えば、ユダヤ人の女性哲学者・ハンナ・アーレント(Hannah Arendt,1906-1975)は、ホロコーストにおけるユダヤ人大量虐殺者の指揮官・アドルフ・アイヒマン(Karl Adolf Eichmann,1906-1962)の戦犯裁判の傍聴の際、次のような言葉を述べております。

すなわち

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(アイヒマン……引用者註)愚かではなかった。完全な無思想性――これは愚かさとは決して同じではない――、それが彼があの時代の最大の犯罪者の一人になる素因だったのだ。このことが<陳腐>であり、それのみか滑稽であるとしても、またいかに努力してみてもアイヒマンから悪魔的な底の知れなさを引出すことは不可能だとしても、これは決してありふれたことではない。
    --A.アーレント(大久保和郎訳)『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』みすず書房、1969年。

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私淑するレヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)は古代ギリシア思想を繙きながら哲学者はつねに「目覚めておれ!」と警句しました。

地の言葉で恐縮です。

なにかのみこんでしまう「軍艦マーチ」は世の中には溢れております。

そこに知らないうちに牽引されない自己自身を創り出していきたいものです。

……って東京では今期初?の33度です。

Asahiのスーパードライのうまい季節です。

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これだけはほんとうだよ!

01_r0014788 6月23日。

息子殿が6歳になった……ようです。

前年紹介したとおり、ちょうど、織田信長と同じ誕生日ですが、現代史でいうと沖縄戦の終結日でもあります。

前年と同様……

すこぶる間抜でお調子者の健気な?お父さんは、君になにも教えることはないし、あげるものもありません。
金欠の無一文の裸の行者?だからゆるしてくださいまし。
※昨年は詩だけで「がくぅぅ」ってリアクションされてますから本年は食玩付きだ!

だから、ひとつの詩を今年も贈ります。

読めるようになったときに読んでくださいまし。

ゲーテのお母さんは少年ゲーテに次のように言ったようです。

「世界は喜びに満ちあふれている」

……そうな。

世の中は奇々怪々。
そふいえば、あなたの生まれる68年前の1日前に、独ソ戦の戦端が切り開かれたようですね。
独ソ不可侵条約を締結していたにもかかわらずですよ!

まさに世の中奇々怪々ですよ。

独ソ不可侵条約を締結したときですから、対ソ陣営としてドイツと蜜月であり、欧洲での反共陣営の構築・連帯を模索していた本朝の第三五代内閣総理大臣・平沼騏一郎は、「欧州の天地は複雑怪奇」と名言を残して内閣を総辞職しております。

これは世界情勢にかぎられた状況ではないんですよ。
あなたのみじかにも「複雑怪奇」な事象が満ちあふれております。

しかし、それにふりまわされない自己自身を築いて欲しいと思います。

お父さんはなにもあたなには何もしてあげれません。
ですけどヒントをあげますね。

アメリカを代表する作家のひとりがエレナ・ポーター女史(Eleanor Hodgman Port,1868-1920)です。

名作『少女パレアナ』で有名ですが、作中、主人公のパレアナは、次のような遊びに夢中になることで、苦境を挑戦へと転換していきます。

すなわち、「よかった探し」がそれですね!

複雑怪奇なのは承知ですけど、ちょいとばかり「よかった探し」をやってみると、この世界、まんざら捨てたものぢゃあござんせんから……ちょいと楽しんでみてくださいまし!

……ってことで、ひとつの詩を貴方に捧げます。

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    ウィリアム・ワーズワス

私の心は躍る、大空に
  虹かかるのを見たときに。
幼い頃もそうだった、
大人になった今もそうなのだ、
年老いたときでもそうありたい、
   でなければ、生きている意味はない!
子供は大人の父親なのだ。
願わくば、私のこれからの一日一日が、
自然への畏敬の念によって貫かれんことを!

The Rainbow
            William Wordsworth

My heart leaps up when I behold
  A raibow in the sky :
So was it when my life began,
So is it now I am a man,
So be it when I shall grow old
    Or let me die !
The Child is father of the Man :
And I could wish my days to be
Bound eah to each by natural piety.
    --平井正穂編『イギリス名詩選』岩波文庫、1990年。

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ほんとうに、おとうさんのむすこどのとしてうまれてきてくれてありがとう。
いつもうそをつき、いじわるをしてあなたをなやませておりますが、これだけはほんとうだよ!

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「ハア、なるほどね」

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青年 いよいよ人間の話になりましたね?
老人 そうさ。人間即機械--人間もまた非人格的な機関にすぎん。人間が何かってことは、すべてそのつくりと、そしてまた、遺伝性、生息地、交際関係等々、その上に齎(もた)らされる外的力の結果なんだな。つまり、外的諸力によって動かされ、導かれ、そして強制的に左右されるわけだよ--完全にね。みずから創り出すものなんて、なんにもない。考えること一つにしてからだな。
青年 これは驚きました! じゃ、かりにぼくが、あなたのおっしゃってることなんか、すべてナンセンスだと考えるとする、その考えは、いったいどこから来たんです?
老人 いや、それはごく当然の考えだよ--いや、それ以外どうもならん考えだといってもいいかもしれんな--だが、いいかね、君がそう考える、その根拠になった材料そのものもだよ、決して君自身が創り出したもんじゃァない。要するにそれは無数の書物、無数の会話、そしてまた何百年間というかな、祖先たちの心、頭脳から流れ出して、君の心、頭脳に注ぎ込んだ思想、感情の流、それからただ無意識に集めこんだ思想の断片、印象の断片、感情の断片、そういったガラクタ群の集積にしかすぎないんだからな。君個人としちゃ、なんにも創造なんかしてやしない。君のその考えをつくっている材料の、そうだ、目にも見えるぬほどの破片(かけら)ですらが、何一つとして君自身の創造なんかじゃない。いや、それどころか、そうした借りもんの材料をまとめ上げたという、そのわずかな功績するがだな、なんら君自身の手がからじゃァない。それすらもすべて自動機械の作用なんだからね--つまり、徹頭徹尾機械構造の法則にしたがって、君の心という機械がやった作用(はたらき)にしかすぎんのだ。しかも、その機械そのものも、君自身がつくったものじゃないばかりか、それを支配する力すら、君自身はもってないんだよ。
青年 ずいぶん厳しいですね。すると、ぼくとしちゃ、そういった考えしかもてなかった、っておっしゃるんですか?
老人 自発的にはかね? そうさ、その通りだよ。おまけに、その考えだって、実は君がつくったもんじゃない。ただ君の機械がつくってくれただけにすぎん--自動的に、瞬間的にだな。省察だの熟考だのって、そんなものはなんにもない。また必要もないんだ。
青年 じゃ、かりにぼくが熟考したとしたら? どうなります?
老人 じゃ、一つやってみるかね?
青年 (十五分ほど考えて)考えてみました。
老人 つまり、考えを変えようとやってみたのかね? もちろん、一つの実験としてだが。
青年 そうです。
老人 うまくいったかね?
青年 いいえ、同じことです。変えることはできません。
老人 残念だな、それは。だが、いいかね、それがつまり、君の心が機械にしかすぎんてことなんだ。それを支配する力は、君にはない。いや、心って奴、自身を左右する力すらもってないんだな。--ただ外部から動かされてだけ作用(はたら)くんだから。つまり、それが心ってものの構造法則、言葉をかえていえば、一切機械の法則なんだ。
青年 じゃ、この自動機械的思考ってのは、ぼく自身にも変えられないんですか?
老人 そうさ、君自身の力じゃできん。できるのは、ただ外なる力だけなんだ。
青年 外力だけですか?
老人 そう--外力だけだな。
青年 そんな議論は成り立ちませんよ--あんまり馬鹿馬鹿しくて、とうてい成り立たんとでもいうか。
老人 これはまた、どうしてそんな風に思うんだね?
青年 思うだけじゃありませんよ。はっきりわかってます。じゃ、かりにこんな場合はどうなります?--つまり、ぼくがですよ、いまある思考をはじめようと決意する、そしてはっきり現在のこの見解を変えようという目的で、思索なり、読書なり、勉強なり、をするとしますね。もしそれが成功するとしたら、どうなります? これはもう外的衝動力の結果とはいえんでしょう。すべてがぼく自身の作用(はたらき)--つまり、ぼく自身、自発的にこの試みを考え出したんですからね。
老人ところが、それが大まちがい、これっぽっちもそうじゃないんだから。現にそれはわしとのこの話合いから生まれたものにすぎん。わしとの話合いがなければ、そんなことは絶対に起こらなかっただろうからな。人間誰も創造なんてことは絶対にない。思惟も衝動も、すべて外からくるわけさ。
青年 ずいぶんいやな言い方ですね。それにしても、最初の人間ってのは、とにかくなにか創造の思惟をもったはずじゃありません? 誰からも引き出す人間なんていなかったわけですからね。
老人 それがまちがいなんだ。アダムの考えは、みんな外から来たものばかり。たとえば、君は死を恐れてるだろう。だが、それは決して君が発明したもんじゃない--外から、つまり、人の話や、人から教えられて、知ったにすぎん。アダムには死の恐れなんかなかった--これっぽちもなかった。
青年 いえ、ありましたよ。
老人 はじめて創られたときにか?
青年 いいえ。
老人 じゃ、いつだね?
青年 つまり、死の脅威を感じたときですよ。
老人 じゃ、外から来たもんじゃないか。そりゃアダムは偉い男さ。だが、神格化なんぞしちゃいかんな。外から来ない思考をもってるなんてのは、君、神々だけなんだぜ。おそらくアダムはいい頭の持主だったろうな。だが、そんなもの、外からのもので一杯になるまでは、なんの役にも立たなかったはずだな。どんな些細なことだって、頭だけで発明できたはずがない。善悪の区別なんてものも、それこそカケラほども知らなかった。みんな外からの観念として知るよりほかなかったんだよ。彼だって、イヴだって、裸で歩くことがよくないなんて、決して自分で考えついたわけじゃない。あの林檎と一緒に、まったく外からの知識だったんだな。つまり、人間の頭ってものは、なに一つとして新しいものなんか考え出せるもんじゃない、そんな風にできているんだよ。外から獲た材料を利用するだけの話なんで、要するに機械にしかすぎないんだよ。ただ自動機械みたいに運転するだけなんで、意志の力で動いたりするんじゃない。自分で自分を支配する力なんか、もちろんないし、その所有主にだって命令する力はない。
    --マーク・トゥエイン(中野好夫訳)『人間とは何か』岩波文庫、1973年。

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マーク・トゥエイン(Mark Twain,1835-1910)といえば『トム・ソーヤーの冒険』とか『ハックルベリー・フィンの冒険』で有名なように、奇想天外な爽快・大胆な読み物の作家として知られておりますが、爽快・大胆という側面よりもむしろ、その骨格をなす時代に対する批評精神とか諷刺精神のほうがその真骨頂ではないかと思います。

名門旧家の出身ですが、幼い頃に破産し経済的には恵まれず、水先案内人や印刷工をへて作家としてデビューしますが、システムとか概念が硬直化しつつあった世界において、それっを笑い飛ばす痛快な筆致は、ある種の爽快さを醸し出すわけですが、その「笑い飛ばす」批評精神とか諷刺精神には学ぶべきところがあるのだろう……などと再読しながら痛感する宇治家参去です。

晩年は不幸の連続でペシミスティックになっていたようで、そのなかで、書かれたのが上に引用した、没後出版となる『人間とは何か』です。

人間とは反応する機械にほかならない……『人間とは何か』で丹念に描かれる通底するテーマはそこに存在します。

人間とは機械にすぎないと説く老人と、いやそんなはずはないと力説する青年との対話という構成ですが、根拠を持たない熱き?青年の熱意は怜悧な老人の構成力に圧倒されていくという仕立てですが、読んでいるとは、「ハア、なるほどね」……などと唸らされてしまいますので、驚きます。

たしかに、人間は「機械にしかすぎないんだよ」ということかもしれあせん。
ただ「自動機械みたいに運転するだけなんで、意志の力で動いたりするんじゃない。自分で自分を試合する力なんか、もちろんないし、その所有主にだって命令する力はない」ことは生きている上で、自分自身の言動・行動を振り返ってみたり、直面する人間模様の中で至極実感するところで、まさに「ハア、なるほどね」と理解してしまいます。

しかしながら、その「ハア、なるほどね」というのは、1+1が2になるようにすぱっと「ハア、なるほどね」という感慨でないことも事実です。

その辺のもやもやした部分が払拭できないとでもいうのでしょうか。

専門家からは誹りをうけそうですが、諷刺批評家のトゥエインのことですから、挑戦・挑発的にこの書をしたためたのではなかろうか……などと思ってしまいます。

たしかに人間とは、そして人間限らず、生物とは、機械的なところがあります。
時系列における点と点を観察して推論するならば機械的な側面が皆無ではありません。
しかし、こと人間に関してみてみると、まさに時系列における点と点との間には豊穣な紆余曲折がみられることも確かです。

仏教に限らず、あらゆる高等宗教では、存在者そのもに善も内在すれば悪をも潜在することが説かれますが、そのことと同じかもしれません。どちらの純度百%の人間は存在するわけではなく、その生命に紛動されてしまったとき、機械的に人間は動き出すのがその実情なのでしょう。

このことは人間にかぎらず、自然界においても同じかもしれません。

さふいえば、5月に植えたひまわりのたねがおおきく葉をのばしはじめました。
これから大輪を咲き放つことなのでしょうが……行く末が楽しみです。

しかし不思議なモノです。

ある意味で無機質だった乾燥した種が出発だったのですが、係わり続けることによって生き生きと成長していくわけで、このことは静物にかぎらず、人間に関しても同様かも知れません。

……ってことで?
帰る前に、書く必要もない大クレームが市井の職場であった凹んでいたのですが、ひっぱりすぎると難ですから、数時間後の授業にそなえて、麒麟のハートランドビールでも飲んで寝ます。

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世界を明るくし、それに耐え忍べるようにしているのは、世界とわれわれの絆から--

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 世界を明るくし、それに耐え忍べるようにしているのは、世界とわれわれの絆から--また、より個別的には他者とわれわれを結びつけているものから、われわれが維持している日常的な感覚だ。他者との関係は、たえず持続をわれわれに働きかける。というのは、そうした関係は常に発展を、未来を予想しているからだし--またわれわれも、あたかもわれわれの唯一のつとめは、まさしく他者との関係を維持することであるかのように生きているからだ。だがやがて、それがわれわれの唯一のつとめではないことに気がつきはじめ、またとりわけ、われわれの意志だけがこうした他者を手もとにひきつけているのであって--たとえば、書くこともしゃべることもやめ、たった一人になってみたまえ、他者は周囲から消え去ってしまうだろう--実際多くは相手に背を向けているのであり(悪意からではなく無関心から)、あとの連中にしたところで、いつかは別のものに関心を寄せる可能性を常にもっていることがわかりはじめると、ひとは、われわれが愛とか友情とか呼んでいるものに突然訪れる不慮の出来事や、偶然のいたずらを頭に浮かべる。すると世界は夜に変じ、われわれはまたわれわれで、人間の温かい情愛がせっかくそこから救いあげてくれたのに、またもとの冷たい世界に帰ってしまうのだ。
    --カミュ(高畠正明訳)『反抗の論理 カミュの手帖--2』新潮文庫、昭和五十年。

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さて土曜日は、父親として吐露するのは難ですが、チト辛いなア~という一日でございまして、細君所用で不在のため朝から息子殿と二人生活で、そのまま授業参観へ参加です。
朝早くから動き出すという時点ですでに難なんですが、普段、交流のうすい?息子殿からしてみると、それは嬉しかったようで?、興奮して登園し、そのまま参観です。

しかし、例の如くですが、ネクタイして上着をきているのは宇治家参去ひとりのみで、あとの父兄は、みなラフなスタイルで、梅雨の蒸し暑さが染みる次第でございます。

「平服で結構ですよ」

……などと案内に書かれておりましたが、「平服」とは何ぞや?

……というところから悩みはじめ、長谷川平蔵が日頃家内で着用している日常着は何かと申しますと、家の中だけですが、、禅僧が日々の日常業務(作務)を遂行する際着用している衣類、すなわち「作務衣」を着用しております。

これがすこぶる快調です。

しかし、これがすこぶる評判がわるく、大学の仕事のときは朝から自宅におりませんが、市井の仕事のときなどは、昼過ぎまで家におりますので、「宅急便で~す」とか「郵便で~す」とか「マンションの営業でえ~す」などと来訪者が来ますと、その怪しげな?スタイルですたすた出てきて扉を開きますものですから……

「このおっさん、何者?」

……などとドン引きされてしまう始末です。
幸い、なじみの配達さん関係は、スルーしてくれますが、飛び込み営業の方なんかは、「ピンポンする家を間違えた!」

……そういう表情がありありで、それを実は密かに楽しんでいるのでは無かろうか……などと思わないこともありませんが、平服たる作務衣を着て箒をもって、颯爽と登園するなど「もってのほか!」と細君がウルサイものですから、ここは対他世界(パブリック・スフィア)での活動着ということで、例の如くスーツにネクタイを締めて、登園しましたが、やはりアチかったですし、同志不在にがっくしです。

さて……。

青天でしたので、まずは園庭での園長先生の挨拶からはじまり、ラジオ体操へと式次第が進行するわけですが、マアそこはへそ曲がりな曲学阿世の徒ですから、

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パノプティコンは、いわば実験をおこない、行動を変えさせ、個々人を訓育したり再訓育したりする一種の機会仕掛けとして活用できる。
    --ミシェル・フーコー(田村俶訳)『監獄の誕生--監視と処罰--』新潮社1977年。

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……なんだよなひとり悦に入るわけですが、流れ落ちる汗は瀧の如し。

ミシェル・フーコー(Michel Foucault,1926-1984)は、“知と権力の関係”とか“知に内在する権力の働き”をその探究の主眼においたフランスのポスト構造主義を代表する思想家なのですが、世の中で真理……そこまでいわなくてもいいかもしれませんが……所与の常識的な概念とされるものが、実は、社会に遍在する権力の構造のなかで形成されてきたものであることを鮮やかに描いて見せた人物です。

このフーコーの権力論の登場によって、善悪二元論を背景にする共産主義的前衛理論は学問の世界ではまったく色あせてしまったものですが……ついでにいえば、ポスト・コロニアル批評の旗手・スピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)の指摘によってフーコーの権力論すらその限界が指摘されてしまったわけですが、所与とされる構造のいかがわしさを丹念に追求したその業績には敬意を払わざるをえません。

先に引用したフーコーのこの著作『監獄の誕生』では近代以前の刑罰と、近代以降の刑罰との著しい差異に注目しながら、馴育される人間・そして一定の規範にしたがい自己目的的に再生産されゆく「人間」の実態を喝破したわけですが、その著しい差異とは何でしょうか。

単純化していうならば、近代以前の刑罰とは「みせしめ」です。それに対して以後の刑罰では「(監獄への)収監」・「精神の矯正」がその主眼となってきます。

人間性を尊重した近代合理主義の青果としての近代の歩みを評価するならば、人間は、権力者の威光を誇示するための残虐なみせしめ刑から「解放」されたと見て取ることは可能ですが、自分自身がマイノリティであった……彼自身同性愛者であったわけですが……フーコーはこうした見方に疑問を呈します。

すなわち、監獄に収監された人間は常に権力のまなざしにより監視されるわけで、そこで、特定の価値観に対して「従順な」存在であることは強要されてしまいます……そこにフーコーは、残虐刑以上の暴力性を見て取ったわけです。

うえの文章で出てくるテクニカル・タームとしての「パノプティコン(Panopticon)」(一望監視施設)とは功利主義者ベンサム(Jeremy Bentham,1748-1832)が勘案した刑務所です。一望監視システムという名前のとおり、中心に監視塔がおかれ、周囲に独房がめぐらされた監獄建築になりますが、ここでは、収監された人間がいつ看守に監視されているか確認できないシステムとなってしまい、看守がいるにもいないにもかかわらず全ての時間・すべての方向から監視されてしまう……そうしたシステムです。

実際に看守はいないけれども、その視線にさらされつづける囚人は自分自身で自己自身を特定の価値観に従った人間像へ変貌させていかざるを得ない……ここに近代に特有な精神性をフーコーは見て取ったのでしょう。

この自己が自己を規律するシステム……。
いうまでもありませんがカント(Immanuel Kant,1724-1804)のいう主体とか自律の問題とは対極にあるシステムです。この自己とはまさにsubjectというタームに象徴されておりますが、「主体」を表現すると同時に「支配される」ということを表現するこのことばのように、近代というシステムは、規律を内面化した従順な身体を再生産する原理として稼動しているのでしょう。

監獄に限らず、軍隊、学校、工場、病院……そこで人間は、特定の規則に従った従順な身体に改変させられていってるのでしょうねえ。

……ついでに幼稚園でもその「馴育」システムがこれも効率よく稼動しているんだよなあ~などと思った次第ですが、話がすっとびました。

本来は晩年のフーコーの説く牧人的権力の問題と合わせて議論すべきであり、監視・馴育されることでのアドヴァンテージに言及しないと、管理国家である福祉国家の基礎付けは崩壊してしまうわけでニーチェのいうような「超人」にだれもがなれるわけでもないのでこのままで議論をクローズさせてしまうと、話半分であり、ちょい片手落ちな感があるわけですが、チトずれすぎましたので、もどりましょう。

ちなみに、こういうことを、たとえば、その光景を長めながら細君にボソッとぼやいてしまうものですから、「大層ウザイらしい」です。

さて……。

……ってどこまでいきましでしょうか。

1.幼稚園参観で参った
2.作務衣はドン引きされる
3.近代というシステムのもつ、近代以前より以上の暴力性の問題

……って感じで大学での講義はずれ込むことはないはずですが……、ちと深夜になりつつあり、ぼちぼち落としどころを探らねば……!

……ということで、冒頭のカミュ(Albert Camus,1913-1960)の言葉にでも耳を傾けてみましょうか。

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 世界を明るくし、それに耐え忍べるようにしているのは、世界とわれわれの絆から--また、より個別的には他者とわれわれを結びつけているものから、われわれが維持している日常的な感覚だ。他者との関係は、たえず持続をわれわれに働きかける。というのは、そうした関係は常に発展を、未来を予想しているからだし--またわれわれも、あたかもわれわれの唯一のつとめは、まさしく他者との関係を維持することであるかのように生きているからだ。
    --カミュ、前掲書。

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いやはやたしかにそうです。
ときどき、このどぶ臭い・どろ臭い世界から散逸して実態のない何か理念的なるものへ跳躍してしまいたいという衝動にかられることが多いのですが、なんとか現実のどぶ臭い・どろ臭い人間世界に踏み留められているしまうような絆が何本も体に巻きついており、その跳躍を断念し、霊性に冷静に自分をおちつかせ、なんとかもういちど歩き直そうなどと、歩みをやめないように、そっと背中を押してくれる存在というものは確かにありがたいものです。

ですけど、それをアタマリマエと思って関心を払わなくなってしまうと、たちまち換骨奪胎されてしまい、「すると世界は夜に変じ、われわれはまたわれわれで、人間の温かい情愛がせっかくそこから救いあげてくれたのに、またもとの冷たい世界に帰ってしまう」ので、あまりウザイとかダルイとかは言わない方がいいのかもしれませんネ!

息子殿も元気に喜んでおりましたし、おまえ、集団生活大丈夫か!って危惧もしましたが、

参観最後のスチュエーションになって……いつも幼稚園では先生がそうしているようなのですが……、

「紙芝居の読み聞かせ誰かご父兄の方でやってくれません~か?」

……って提案に、息子殿が手をあげてしまい、宇治家参去自身がやるハメになったのには、チト参った次第です。

……ただ息子殿は、嬉しかったようにて……親馬鹿ですいません。

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<われ>はそれ自体では存在しない。根源語<われ-なんじ>の<われ>と、根源語<われ-それ>の<われ>があるだけである

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 世界は人間のとる二つの態度によって二つとなる。
 人間の態度は人間が語る根源語(1)の二重性にもとづいて、二つとなる。根源語とは、単独語ではなく、対応語である。
 根源語の一つは、<われ-なんじ>の対応語である。
 ほかの根源語は、<われ-それ>の対応語である。この場合、<それ>の代わりに<彼>と<彼女>のいずれかに置きかえても、根源語には変化はない。
 したがって人間の<われ>も二つとなる。なぜならば、根源語<われ-なんじ>の<われ>は、根源語<われ-それ>の<われ>とは異なったものだからである。

  *

 根源語は、それをはなれて外にある何かを言い表わすのではなく、根源語が語られることによって、存在の存立がひき起こされる。
 根源語は、存在者によって語られる。<なんじ>が語られるとき、対応語<われ-なんじ>の<われ>がともに語られる。
 <それ>が語られるとき、対応語<われ-それ>の<われ>がともに語られる。
 根源語<われ-なんじ>は、全存在をもってのみ語ることができる。
 根源語<われ-それ>は、けっして全存在をもって語ることができない。

  *

 <われ>はそれ自体では存在しない。根源語<われ-なんじ>の<われ>と、根源語<われ-それ>の<われ>があるだけである。
 人間が<われ>を語るときは、この双方のいずれかの<われ>を考えている。人間が<われ>を語るとき、彼の考える<われ>が、そこに存在する。また人間が<なんじ>あるいは<それ>を語るとき、根源語のいずれかの<われ>がそこに存在する。
 <われ>が存在することと、<われ>が語ることとは同じである。<われ>が語ることと、根源語のいずれかを語ることとは一つである。
 根源語を語るひとは、言葉の中へとはいってゆき、その中に生きるのである。

  *

 人間の生は、目的語をとる他動詞の領域だけで成り立ってはいない。なにかを目的にもつ行為のみから成り立ってはいない。わたしはなにかを知覚する。わたしはなにかを意識する。わたしはなにかを表象する。わたしはなにかを意志する。わたしはなにかを感じる。わたしはなにかを思惟する。すべてこのようなことや、これと似かよったことだけで、人間の生は成り立っているのではない。こういったことや、これと似かよったことは、すべてみな<それ>の世界に根ざしている。
 しかるに、<なんじ>の世界は、別の根源に基礎をおいている。

  *

 <なんじ>を語るひとは、対象といったようなものをもたない。なぜならば、<なにかあるもの>が存在するところには、かならず他の<なにかあるもの>が存在するからである。それぞれの<それ>は、他の<それ>と境を接する。<それ>は、他の<それ>と境を接することによってのみ存在する。しかるに、<なんじ>が語られるところでは、<なにかあるもの>は存在しない。<なんじ>が限界をもたない。
 <なんじ>を語るひとは、<なにかあるもの>をもたない、否、全然なにものをも、もたない。そうではなくて<なんじ>を語るひとは、関係の中に生きるのである(2)。

【訳註】
(1)根源語(Grundwort)。存在は言葉であり、言葉は存在であると考えるヨーロッパ的な思惟は、ヘブライ的・キリスト教的、ギリシャ的言語観、存在論を根底にもつ。ブーバーはすべての基礎にこの根源語を定立している。ただし人間のとる態度としての根源語であることに注目したい。対応語(Wortpaar)。<われ-なんじ>、<われ-それ>というようにかならず対応していて、他の対応は存在しない。単独に<われ>、<それ>、<なんじ>が結びついて根源語をつくっているのではなく、<われ-なんじ>、<われ-それ>の根源語が、これらすべてに先行している。
(2)関係(Beziehung)。本書中には「関係を結ぶ」、「関係の中にはいる」、「関係に生きる」等々の表現が多く見られるように、関係への行為は対話的思惟の基礎語の一つである。

    --マルティン・ブーバー(植田重雄訳)『我と汝・対話』岩波文庫、1979年。

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はやく寝た方がよいのですが、なかなか眠れないので、酒をやりつつ、読書にいそしむ宇治家参去です。

ちょうど土曜日。
息子殿の幼稚園の授業参観があるのですが、例年ですと、細君が息子殿を園におくってくれ、宇治家参去自身は、参観時間のみ参加!というすきま仕事で済むのですが、あいにく細君が明日……というよりも今日ですかね、荒川と足立に住む友人宅へ赴く予定を、ここぞとばかりに入れてくれましたので、息子殿と朝から二人で生活し、幼稚園を連れて行き、参観し、昼食をとらせてから、細君の帰宅をふたりで待つほかありません。

ちょうど、9月末〆切の紀要に掲載する論文の、掲載許可通知をいただいたので、それに手をいれよう!と意気込んでいたところですが……。

……たまには、「父親」稼業にせいをだしてみるのも長く?生き抜く人生における間欠泉としてはいいもんだよ!……などと自得するほかありませんでしょうかねえ。

ただ、息子殿はお母さんっ子ですから、おたがいにぬきさしならぬ勝負の一日?になってしまいそうです。

ともかく大切なのは、息子殿との関係において、オーストリア出身のユダヤ系宗教哲学者・ブーバー(Martin Buber,1878-1965)が語っているように、<われ-それ>の対応関係を排除しつつ、真摯に<われ-なんじ>の対応関係を構築していくしかありませんね。

相手を<それ>と断定してしまいますと、実に不幸な結果しか導かないのですが、日常生活を顧みるに値しないや!おきまりのルーティーンワークでしょ!ってかたちでひらきなおってしまうと、リアルな<なんじ>をのっぺらぼうな<それ>と扱ってしまうことが多いものですから……。

自戒しつつ、辟易とするのではなく、楽しもう!という心意気で数時間後に汗をかこうかとおもいます。

……って写真の方が強烈かしら?
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著者:マルティン・ブーバー
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現代の知識人は、アマチュアたるべきである

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……アマチュアリズムとは、文字通りの意味をいえば、利益とか利害に、もしくは狭量な専門的観点にしばられることなく、憂慮とか愛着によって動機づけられる活動のことである。
 現代の知識人は、アマチュアたるべきである。アマチュアというのは、社会のなかで思考し憂慮する人間のことである。そして、そうであるがゆえに、知識人はこう考える、もっとも専門的かつ専門家むけの活動のただなかにおいても、その活動が国家や権力に抵抗したり、自国の市民のみならず他国の市民との相互関係のありかたにも抵触したりするとき、知識人はモラルの問題を提起する資格をもつのだ、と。さらに、アマチュアとしての知識人の精神は、わたしたちのほとんどが毎日無自覚なままおこなっている専門活動のなかにはいりこみ、それをかえることもできる--もっともいきいきとした、ラディカルなのに。この場合、そうするであろうと期待されていることをなすのではなく、逆に問いかけてゆくのである。人はなぜそれをするのか、誰がそこから恩恵を得るのか、それが個人的な計画と当初のもくろみと、どのように関係するのか、と。
    --エドワード・W・サイード(大橋洋一訳)『知識人とは何か』(平凡社、1995年)。

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こうした世知辛いご時世ですから、市井の職場でも人員整理がすすみ、数名の方が退社あそばされましたが、人員の充足ができません。

ですから、全社的に、専門的な部門別の縦割り行政的な作業を行うという従来の業務スタイルを見なおし、極端な言い方ですが、専門的スキルがなくてもできるような業務は、所属する部門の垣根を超えてチームとして動くような業務スタイルへと転換させていこう!……そういう試みがはじまっております。

たとえば、職場はマアGMSということになりますので、玉子からパソコン、そしてパンツからスーツまで扱う小売業になるのですが、たとえば、たとえば、生鮮商品の陳列なんかに関しては商品の日付の新旧をまもれば、ある程度だれにでもできるわけですので、それはガッ!とチームを組んで補充する……そういう作業スタイルです。

そして、その対極にある、代変不可能な専門的業務というのが、例えばお魚を三枚に下ろしたり、ウロコをとったりするような作業になるわけですが、部門の垣根の超えて、まあ挑戦してみよう!そういう疾風怒濤のなかでもまれているある日の宇治家参去です。

こうした業務改革……すなわち人件費の圧縮……が成功するのかどうかは早計できませんが、業務スタイルとして定着すると、ある程度の経費削減にはつながっていくのでしょうね。

さて……。
最近、そうした横断的作業のひとつとして取り組んでいるのが、青果部門の展開商品の補充です。

一番回転のはやいバナナや瑞々しいレタス、仕事をやめてかぶりつきそうになってしまうトマトなんかを並べてはおりますが、これがまた結構な重労働でございまして……。

作業スケジュールは分単位でタスク化されておりますので……、これをだしたら、ハイ、次はこれ!ってかたちで、売り場への登場を今か今かと待ちわびる野菜さんたちが待っております。

が、メタボな痛風の素浪人ですから、なれない作業にひいいひいいいながらやっておりますが、野菜を運んでいると、「宇治家参去さぁ~ん、4番レジお願いしますぅぅぅ」って店内放送が入ったりして、「さあ、出そうか」と思って売り場へ持ち出したすいかを、またもと着た青果厨房へがらがらがらって戻してきてからレジへ向かったりするわけで……。

ときおり、ふと我にかえって「オレ、今何やってたんだっけ?」などと自問することもまれではありません。

さて……そんなことが書きたい訳ではないのですが、

生鮮野菜の商品に関する業務に従事するようになって……生鮮野菜に関してはアマチュアなんですが……悩むようになったことがひとつ出てきました。

「ワタクシ、専門家ぢゃないんですが!」

……という部分です。

「テネシー・ウイスキーとバーボン・ウイスキーって何が違うの?」

……などと聞かれたときには、

「はい、テネシーとバーボンは材料や蒸留方法に違いは全くありませんが、前者は、蒸留後に燻蒸をして風味をつけるのですが、後者は、蒸留後に燻蒸を行ないません。燻蒸された樽によって風味付けするのがバーボンなんです。そこに“風味”の違いがあるんですよ」

「ほお」

「ですから、違いをためすには、そうですねエ、こちらのジャック・ダニエルズとエライジャ・クレイグの両方をお買い求めになって、実際に違いを確かめた方が確実“カモシレマセン”」

……などと、たいていのご質問にお答えすることができるのですが、こと商品が生鮮野菜になってくると、まさに

「ワタクシ、専門家じゃないんですが!」

……と貝になりたくなってしまうことに多々遭遇します(「貝になりたい」というネタが古いですが)。

「メロンってどういうやつが熟したやつなの?」
「アボガドってどう料理するといいわけ?」
「ねぇねぇ、この胡瓜、群馬県産と茨城県産ってあるし、値段もちがうけど、どう違うの?」

……ん、ん、ん!

高校時代は数学が苦手でした。
微分計数や導関数、リーマン積分……やるのはやりましたが、まったく解析不可能でした。200満点の3点(どうやったら取れるの?)をとって、職員室で追試を受けたこともあります。

しかし「メロンがどうよ」「アボガドがどうよ」「キュウリがどうよ」っていう質問は、その難解さを遙かに凌駕してしまうようで……、数学の方が楽だったかもしれません。

「アマチュアの宇治家参去に、そんなことを聞かないでくれ」

……とは思ってしまいますが、お客様から見れば、青果商材に対する商品知識がつぶらな瞳の幼子と同程度のアマチュアである宇治家参去であろうが、野菜に関する知識においてはアインシュタイン(1879-1955)ですら敵うことのできない専門家たる青果マネジャーであったとしても、おなじ「専門家」として見られてしまうところが、実に辛いところです。

ですから、チト青果商材に関する基礎知識およびかんたんな応用知識程度は身につけた方はよかろうか……などと悩む昨今です。

……ということで、レタスが「春」の「季語」だったことを本日会得しました!

わ~い、ぱちぱち!

……って、

「このレタスと、あのレタス、どちらがおいしいかしら」

……などと洒落た御婦人に質問されたとき、

「そうですねエ、レタスは春の季語ですからねえ~、春にやるのが一番よろしいとは思いますよ」

……などと返してみたいものですが、そんなことは全く出来ない宇治家参去です。

……って飲みながら書いておりますので、何が書きたかったのでしょうか?

そう!

知識人としてのアマチュアと専門家の問題を、ポスト・コロニアル批評の論者として知られるサイード(Edward Wadie Said,1935-2003)の言葉をたよりに考察してみようかと思ったわけですが……すこしだけ書いておきましょうか。

「専門が違いますから」

……この言葉は市井の職場よりも本業でよく耳にする言葉です。

しかし、「専門がちがいますから」って言い方はある意味では謙遜な言い方を代表する表現に他なりませんが、それだけではないのかもしれません。

やんわりと議論のテーブルから降りる恰好な「言い方」なんですね。

「専門がちがいますから」

たしかに専門研究においては「専門がちがう」ということは容喙できない、そして容許を拒む分厚い壁があることも承知ですが、こと「人間の世界」に関する議論においては「専門」も「非専門」もヘッタクレもあったもんじゃない!というのが実情ではないでしょうか。

やんわりと議論からおりて安全地帯へと後退してしまうあり方よりも、「おめえ、青いんだけど、その熱意はわるよ!」などと違う専門同士が胸襟をわって語り合えるあり方のほうがチト素敵だとは思うわけですが……。

……といことで、A Cup of Happiness の大関(株)「ワンカップ 大関」でも飲んで寝ますワ。

ちなみに、いろいろなカップ酒を“ワンカップ”とグルーピングしてしまうことがありますが、「ワンカップ」とは大関(株)の商標登録であり、他社が名乗ることは不可能だそうでございます。

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著者:エドワード・W. サイード
販売元:平凡社
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現実生活への準備としては、ほかのことが必要である。それは人間を認識することである

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<人間>自分の知について熟考することは、すでに或る程度まで、自己自身について熟考することである。けれども、学校で習った知〔学問〕は主として書物の上の知であって、実在からかけはなれており、教育上の図式を実在の厳密な分析ととり違えさせるおそれがある。
 現実生活への準備としては、ほかのことが必要である。それは人間を認識することである。そして、書物のうちで得られた世界についての認識は、直接的で実験的な認識によって補われることが必要だ。
 まず我々自身である人間の、ついで我々の生活の過去も現在も含んでいる人間全体の、経験したことを熟考すれば、書物の中で見出した観察は正気を与えられるだろう。
 人間の認識を深めること、おそらくそこに哲学の本質的な目的がある。
    --P.フルキエ(中村雄二郎・福居純訳)『哲学講義I 認識I』ちくま学芸文庫、1997年。

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学生時代の友人のひとりが、缶コーヒーの缶をコレクションしているという男がいましたが、そのころは「ふ~ん、面白い趣味だな」って思っただけでしたが、今思い起こすと、缶コーヒー自体の改廃も激しく、伝統的なブランドと化した定番アイテムにおいても、その図案やデザインがひっきりなしに変わることを勘案するならば、そのコレクションの保存場所を確保することがまずは大変なのではなかろうか……そのようにあんずるある日の宇治家参去です。

その友人の男ではありませんので宇治家参去の場合、飲んだビールとか日本酒の瓶をコレクトしているわけではありませんので、飲んだあとの缶とか瓶は基本的に資源ゴミへと消えてしまいます。

つい2日前が週に一度の缶・瓶のゴミの収集日でしたから、自宅内の缶・瓶ごみ箱がからっぽになっておりました。

しかしながらキッチンの片隅に、先日飲みほした菊正宗酒造の辛口本醸造「ひやし樽酒」の300ml瓶がそのまま捨てられずに確保されており……、

宇治家参去以上に律儀で杓子定規な細君のことですから「(ゴミに出すことを)忘れた訳ではあるまい」

……などと思いつつ、「なんでゴミに出さずに残しているのだろうか……」などとふと引っかかったのはその時かぎりで、またその日の夜になって別の酒を呑んで寝てしまうと忘れてしまっていたわけですが……。

で……
今朝起きてから小用にたってみると、トイレの窓辺に移動していた「ひやし樽酒」の300ml瓶とご対面でございます。

あぁ、こういうことに使ったのか……!

……などと一人合点してしまった次第です。

できることなら、大関(株)の「ワンカップ」にて、飲酒後の「ワンカップ」が生活世界において再利用・再活用させた図式……A Cup of Happiness……でやってほしかったわけですが、ワンカップの瓶でやってしまうと、大輪の紫陽花では都合がわるいわけで……、やはりここは300ml瓶の出番となったのか……ということで、まさに A Bottle of Happiness ってことでしょうか。

しかし、紫陽花につかえる筈の花瓶がないわけではございません。
そこをふと不審に思い、幼稚園の役員会から帰宅した細君に伺ってみると、

「バランスの不安定な花をトイレに生けるのに、大枚叩いて購入したスワロフスキーの一輪挿しなんかを使えるわけがないでしょう! 酒瓶で十分十分! 貴方も酒瓶見ているだけで“飲んだ気”になれるでしょう。それで十分十分!」

ま、いずれにせよ、蒼い菊正宗の「ひやし樽酒」の瓶の色合いが、うっとうしい梅雨を払うようで、快適なトイレライフをおくることが出来そうです。

しかし……。
何年も細君と暮らしておりますが、ちょいと粋なことをするではないか!などとその人間像を新たなにさせられたわけですが、

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現実生活への準備としては、ほかのことが必要である。それは人間を認識することである。そして、書物のうちで得られた世界についての認識は、直接的で実験的な認識によって補われることが必要だ。

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フランスのリセで使われている「哲学」の教科書に書かれている通りでございます。

書物とはよく向き合いますし、人間ともよく向き合いますが、それはそれぞれ別個のものではなく、「書物のうちで得られた世界についての認識は、直接的で実験的な認識によって補われることが必要」なのでしょうし、(ついでながらにリライトすれば)「現実生活のうちで得られた世界についての認識は、間接的で客観的な読書世界の認識によって補われることが必要」なのかもしれませんね。

で……。

「貴方も酒瓶見ているだけで“飲んだ気”になれるでしょう。それで十分十分!」

……などと戯言をぬかされたものですから、

「いや、しかし、瓶を見ただけでは“飲んだ気”にはなれないし、かえって“飲みたく”なってしまうように酒飲み風流人間の思考と肉体はできているようですが」

……といってしまったのがやぶ蛇のようでした。

「とやかくいう暇が在れば、スワロフスキーの花瓶をいくつわってもセコセコしないですむ経済状況に転換してくれ」とのことで終話です。

がっくし。

……ということで?

この時間になって冷蔵庫を開けてみると、ビールが全くなし!

……ということで?

再度がっくし。

……ということで?

近所のコンビニへ走ると、ひさしぶりにみたこともないヤツと出会えまして……。

今晩はちと、蒼い憎いヤツを楽しみつつ。

ちなみに獲物は、コロナ・エキストラ(Corona beer)。

通常は330mlサイズの瓶で市販されているモデロ社(Grupo Modelo)が製造するメキシコのビールですが、缶のそれと対面するのは初めてです。

いやはや、缶のコロナなどないよな!などと早合点してはいけないかもしれません。

「まず我々自身である人間の、ついで我々の生活の過去も現在も含んでいる人間全体の、経験したことを熟考すれば、書物の中で見出した観察は正気を与えらる」はずですから。

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Book 哲学講義〈1〉―認識〈1〉 (ちくま学芸文庫)

著者:ポール フルキエ
販売元:筑摩書房
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開学一期生からのレポート:人間は小宇宙ではなく、大宇宙-巨大宇宙である

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 人間は小宇宙ではなく、大宇宙-巨大宇宙である。なぜなら、他の一切の自然においては必然的に不完全であり、断片的であり、単に原始的であり、独立していない一切のものが、人間においては、少なくとも理念及び可能性からすれば、完成しており、成熟しており、自覚しているから。
    --ジンメル(清水幾太郎訳)『愛の断想 日々の断想』岩波文庫、1980年。

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どうも宇治家参去です。
先週中盤、レポートの山が送付されてきたのですが、今回は、毎日やっていこう!ということで1日何通ということでこつこつ見ていたお陰で、返却〆切まで10日近く残し添削完了しました。

で……。
久し振りに「感動」しました。

せせこましい世の中の瑣事に振り回され、「お前らなあ~」と思い悩みつつ、浴びる冷や酒の量が多くなり、結果として足も痛くなってしまう昨今ですが、今日は「お前らなあ~」ではなく、「いや~あ、人間というヤツ、まだまだ捨てたアもんじゃアねエなア」と思いつつ、乾杯でもしようかとおもうほど「感動」しました。

人間とは生命としては、他の本能のみで生きる動物より不完全ですから、理由が「お前らなあ~」という場合であっても、「いや~あ、人間というヤツ、まだまだ捨てたアもんじゃアねエなア」という場合であっても、飲み過ぎると足が痛くなってしまう訳ですが、今日は無礼講?でしょうか。

……って話がずれこみました。

ちょうど送られてきた最後のレポートをみていると、学籍番号の入学年度表記の部分が「76」……。

うぉぷっ!

……これってひょっとして、担当している大学の通信教育部が開設されたした年じゃないか!

感動しました。

通学部と違い通信教育の場合、入学者に対する卒業生の割合は、数%程度と一般的には言われてい、4年で卒業できる事例もこれまた稀であるわけですが、通信教育部開設時の入学とすれば、本年で在学33年目です。

途中で長期の休学とか種々あったのかも知れません。

しかし、「あきらめず」に学ぼうとする意欲と執念に関しては、「人間」として襟を糺して学ばざるを得ないよナ……レポートと向き合いつつそう思うことひとしきりです。

返却するコメント欄には、最後にRedのインクの万年筆で……宇治家参去の場合、書き込みはBlueBlackかRedBrownのインクを使用しますが……、ここばかりは「がんばって卒業してください!」と書き込んでしまいました。
※ちなみに俗に言う「達筆」という「判読不可能」な「難字」で恐縮です。

で……、
へんな言い方で恐縮で誤解を招きそうですが、「あきらめてしまう」ことって学問に限らず簡単なんですよね。

例えば、哲学的思索の重大問題における「人間とは何か」という探究に関して言ってみるならば、「人間なんてラ・ララ~」と「定義」づけてしまうことは簡単です。しかし、それはひとつの「あきらめ」であり「閉ざされた」思考・志向の硬直化に他なりません。

「あきらめず」に「奮闘する」姿……そこにこそ人間の人間らしさ、「小宇宙ではなく、大宇宙-巨大宇宙」たる所以があるのでしょう。

ときどき仕事をしながら……といっても学問で喰えないので、市井の仕事と併業しながら、「ぼちぼち、あきらめたほうがよいのか?」などと思うことの多く胃痛と痛風に悩まされる宇治家参去ですが、(ある程度時間を区切ってってことになりますが)挑戦できるうちに悔いのない挑戦はしておかないと!などと反省した次第です。

……ということで、その健闘に対して祝杯をあげないわけにはいかないでしょう!

梅雨~真夏はメタボな宇治家参去には難渋な季節でございますが、ビールが旨い季節でもございます。今日はチト奮発して、Suntoryの『プレミアム・モルツ』で「ワルプルギスの夜の夢」でございます。

しかし、よかったです。
今夕から豪雨でしたが、帰宅時は雨があがり、これはひとえに、日頃の行いがよろしきがゆえにそうなったのか……などとおもうわけですが、いかがでしょうか?

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悪魔を相手に、あれほど人間らしく口をきいてくれるとは、しかし大旦那として感心なものだ。

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  学生
お話をうかがっているとぼうっとしてしまって、
頭の中で粉挽車がぐるぐる回るような工合です。
  メフィストーフェレス
次は、何よりもまず
形而上学にとりかかるのだ。
そうするとおよそ人間の頭ではわからんことでも、
深遠な意味をつけて捉まえることができる。
頭にはいることにも、はいらんことにも、
立派な術語がちゃんとできあがっている。
だが初めこの半年ほどは、
特に秩序ということに気をつけたまえ。
鐘がなったらすぐ教室に入るのだ。
あらかじめよく予習をして、
本の一章一節をよく調べておく。
するとあとで、先生が、
本に書いてあることしか何もいわぬことがよくわかる。
それでも筆記は熱心にしておきたまえ、
聖霊が君に口授しているかのようにね。
  学生
それは二度と仰しゃるまでもございません。
それがどんなに役に立つかは私にもわかっています。
なにしろ白い紙に黒い字で書いているものは、
安心して家へ持ってかえれますから。
    --ゲーテ(相良守峯訳)「書斎」、『ファウスト 第一部』岩波文庫、1958年。

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ちょうど短大の「哲学」の授業でゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)を講じておりましたので、先週来、ずうっ~とゲーテばかりを、まさに「仕事」として読み直しておりましたが、やはりゲーテはいいものです。

学部生の頃、ドイツ文学科に在学しておりましたが、ドイツ語がからきしダメで……といっても仕事で使う分くらいは読めますけども……酷い思い出ばかりですが、ゲーテだけは熱心に読んだのが今の財産かもしれません。

もっとも本格派の研究者からいわせると、宇治家参去のゲーテ理解など、研究とは似て非なる衒学的なフリークの趣が濃厚と笑われてしまいますが、集中的に読んだことはひとつの財産・土台となっていることは間違いないかと思います。

さて……
なんで「哲学」で「ゲーテ」なのか……なんて突っ込まないでください。
哲学は「諸学の王」ですからなんでもありなんです。

しかしなんで「ゲーテ」なのでしょうか。
ひとつには、若い学生さんたちに……言い方がやくざ言葉か熟練の軍曹になってしまいますが……要は「お前らなあ、良書を読めよ!」ってことをその主眼においておりますものですから、そのひとつのケーススタディとしてゲーテの生涯とか作品における卓越したその哲学性を論じております。

ただし、ゲーテを扱うのは授業回数のバランスで言うと中盤よりちょい後になるのが、学生さんたちが「良書を手に取ることが遅くなってしまうのでは……」などと思うところもあるのですが、土台の土台を造ってから、その展開・転回として差し込む挿話的にこのゲーテの講義をいれておりますので、最初にもっていくわけにもいかず……。

ただしかし、早いうちからいい本を手に取る習慣をつけてほしい。

工夫が必要だよな……などと4月に開講する前から悩んでおりました。

そしてその悩みをスルーしてしまうと、ゲーテがまさに『ファウスト』で指摘している通り、「あらかじめよく予習をして、 / 本の一章一節をよく調べておく。 / するとあとで、先生が、 / 本に書いてあることしか何もいわぬことがよくわかる」というディレンマに陥ってしまいますので、工夫と言うほどの工夫でもありませんが、今回は初回の授業より、本論と関係なくても、古典名著を冒頭で紹介しつつ、「お前らなあ、良書を読めよ!」とハッパをかけつつ助走してきましたので、ちょうどゲーテのところでそのひとつのクライマックス?をいいかたちで迎えられたのかな……などと思う宇治家参去です。

本日の授業のリアクション・ペーパーを読んでおりますと、

「1週間でなんとか2冊読めました!」
「今『モンテ・クリスト伯』の2巻目です、メッチャ面白い!」
「まだ読み始めておりませんが、ともかく良書を自分の身近なところから手放さないというスタート地点にはたどり着けました」

……等々。

これまでにくらべると、「読まなきゃいけないけど、なかなか読めない」で終わってしまうという事例がかなり減少し、かえって、挑戦中です!という報告が数多くあり、ひとまず工夫?は成功したのかと思います。

ホント、学生時代にこそ、良い書物に挑戦して欲しいものだと思います。
もし万が一、学生時代には「読んだけど理解できなかった!」ということはザラにあると思います。しかしそこであきらめずに、仕事をするようになってから、また親となってから……と再読するような形で、たとえ一冊であったとしても、何度も向かい合っていくと、宝を掘り出すことが出来るものですから。

良書を手放さない……このことが肝要なのかもしれません。

しかし、宇治家参去が自宅で本を読んでいるとよく誤解されるんです。

「遊んでいるんだろう」ってところです。

決して遊んではいません。

書物の活字を通して、ゲーテと対話し、プラトン(plato、BC.427-BC.347)と喧嘩をして、ドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)と一緒に膝を抱えているだけなのですが、それを態度として示してしまうと、どうも遊んでいるように勘違いされてしまうのが難点です。

ともかく学生さんたちにハッパをかけるだけでなく、宇治家参去自身も死ぬまで良書への挑戦の一日一日でありたいものです。

……ということで、ついでですので、ゲーテ畢生の大著『ファウスト』の序曲の末尾でもひとつ。

健康を考えて?バーボンにしてみましたが、
……結局結構のんでおりやした。

がっくし。

しかし……くどいのお……!

学生さんのコメントでのぞけったのは次の一言!

「ゲーテさんに会ってみたいです」

……そう関心を向けてくれたことだけでも嬉しいもので御座います。

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  メフィストーフェレス
さあ何をお賭になります。もし旦那様が、
あの男(……引用者註=ファウストのこと)をそろりと私の道の方へ連れこむことをお許しくださるなら、
あれを旦那様から奪いとってごらんに入れますが。
  主
あれが地上に生きているあいだは、
それも別に差止めはしない。
人間は、努力をする限り、迷うものだ。
  メフィストーフェレス
そいつは有難いですな。というのは、
死んだ奴なんか相手にするのは元々嫌いだからです。
私のいちばん好きなのは、むっちりした生きのいい頬っぺたなんで。
死骸ときたら私はご免こうむりますよ。
私の流儀は、猫がネズミを相手にするようなもんですから。
  主
よろしい、ではお前にまかせておこう。
あれの魂をそのいのちの本源からひきはなし、
もしお前につかまるものなら、
あれを誘惑してお前の道へ連れこむがよい。
そしてお前がやがてこう白状せねばならなくなったら恥じ入るがよい、
善い人間は、よしんば暗い衝動に動かされても、
正しい道を忘れないものだと。
  メフィストーフェレス
結構ですとも。だがそいつも長続きはしますまいよ。
今度の賭は、もうこっちのもんです。
もし私の思いどおりにいった場合には、
腹の底から勝鬨をあげることをお許しねがいます。
あいつには塵あくたを食わせてやります、欣んで食いますぜ、
ちょうど私の叔母の、あの有名な蛇のようにね。
  主
うん、その時にでも勝手にふるまうがよい。
わしは一度もお前の仲間を憎んだことはない。
およそ否定を本領とする霊どもの中で、
いちばん荷厄介にならないのは悪戯者(いたずらもの)なのだ。
人間の活動はとかく弛みがちなもので、
得てして無制限の休息を欲する。
だからわしは彼らに仲間をつけてやって、
彼らを刺戟したり促したり、悪魔としての仕事をさせるのだ。
それはそうとお前たち、まことの神の子らよ、
この生き生きした豊かな美を楽しむがよい。
永遠に生きて働く生成の力に、
愛のやさしい垣根をもってかこまれ、
揺らめく現象として漂うものを、
恒久の理念をもってつなぎ留めるがよい。
 (天閉じ、首天使らわかれ去る)
  メフィストーフェレス
時々、あのおやじに会うのは悪くないて。
だからおれは仲違いしないように、気をつけている。
悪魔を相手に、あれほど人間らしく口をきいてくれるとは、
しかし大旦那として感心なものだ。
    --ゲーテ(相良守峯訳)「天上の序曲」、前掲書。

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ファウスト〈第一部〉 (岩波文庫) Book ファウスト〈第一部〉 (岩波文庫)

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【覚え書】「〔今週の本棚〕 沼野充義評 1Q84 Book1、2」、『毎日新聞』2009年6月14日(日)付。

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考察する時間がないので、【覚え書】でお茶を濁しておきましょう。
ある意味で「本を読む」ことが仕事の大部を占めております。
一冊の書物と向かい合い、活字と対話し、そして現実の生きているこの場所から思索をふかめていくのが宇治家参去の日常生活であり、本業といっても過言ではありません。

観察もできなければ実験もできませんし、なにがしかのデータを元に、ひとつの公式を紡ぎ出すこともできません。ですから、「本」に「酔わない」ように「醒めた」状態で、生活の現場から遊離せず相互に批判的に吟味しながら、活字と対決するほかありません。

で……、
「本を読む」といっても「仕事として」「読む」わけですので、読む対象が限定されてしまうことが致し方なく、ほとんどが思想・宗教の文献になってしまいます。

そうしたなかで、なかなか確保できないのが「仕事して」「読む」のではなく、「読みたいから」「読む」という、いわば「読書の楽しみ」という部分です。

仕事として読むのは、自宅か大学に限定して、それじゃア、電車の中で読めよ……っていわれてしまいそうですが、その時間も殆ど仕事用に投入してしまうか、寝るかになってしまい、なかなか「読書の楽しみ」を味わうことのできないことが、最近の頭痛の種でございます。

先月は、ひさしぶりに時間をこじあけ、ドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)の『カラマーゾフの兄弟』の新訳を念入りに読むことが出来き、こころとあたまに新風を吹き込ませることができたのですが、今月はまったくそうした「読む楽しみ」ができておりません。
ちなみにドストエフスキーは邦訳で読まずに、ロシア語原典で読むべきなのですが、大学時代二年間かけてロシア語と格闘した末に、手に入れたのはスペルをよむ力だけでしたので……がっくし、この問題は後日の課題としておきましょう……できれば今世で実現したいものですが……。

で……【覚え書】!

宇治家参去の読書の場合、ドストエフスキーとかトルストイ(Lev Nikorajevich Tolstoj,1828-1910)とか、ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)だといった霊峰ばかり登攀しているのでは……?という嫌いがありますが、そうでもありません。

本朝の現代の作家ですと、村上春樹(1949-)の作品は全て読んでおりますし、「村上春樹に対する読者の期待は募る一方」というほど熱心な読者ではありませんが、その言説には、何か現代世界の固定的なものの見方を粉砕する力を秘めているのでは……などと注目はしております。

思えば、70-80年代の感性的な作品からその著述はスタートしますが、そのスタイルが完成した後もなお、そこに安住することなく、新たなる転回・実験を繰り返すその作風と意欲には、まさに脱帽する次第です。

様々な論者によってすでに指摘されているとおりですが、やはり大きなコペルニクス的転回となるのは、プリンストン大学客員教授を経たあとの天災と人災の敬虔なのでしょう。
同じ年に起こった阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件に深く関わっていく中で、村上春樹の作品は大きく転回していくわけですが、村上春樹自身はそのことを、心理学者・河合隼雄との対談で次のように述べております。

すなわち……。

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それと、コミットメント(かかわり)ということについて最近よく考えるんです。たとえば、小説を書くときでも、コミットメントということがぼくにとってはものすごく大事になってきた。以前はデタッチメント(かかわりのなさ)というのがぼくにとっては大事なことだったんですが……。
    --村上春樹・河合隼雄『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』岩波書店、1996年。

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そうした村上春樹の新作が『1Q84』でございます。
ほぼどこの書店でも品切れという好評ぶりですが、そのお陰か、私の手元にもまだありません。それが入手できた暁には--、ゆっくりたのしめる時間を作れるように、今から“仕込んで”おくしかありませんねエ。

なにしろ、「面白い小説を読んだ後、世界がなんだか少し違って見えることがある」わけですから。

……ってことで、とっとと飲んで寝ます。
数時間後には起床して授業をしなければなりませんので。

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沼野充義評 1Q84 Book1、2
村上春樹著(新潮社、各1890円)

精緻に作られたパラレルワールド

 このせわしない世の中、人気作家でさえ、何年か新作を出さなかったら、すぐに忘れられてもおかしくない。ところが村上春樹に対する読者の期待は募る一方で、この新作はまだ内容も知られず、きちんと読まれていないうちから驚異的なベストセラーになった。いまや国民的作家となったハルキの、ユニークな位置をよく示す現象ではないか。
 しかし、数字が一人歩きすると、ちょっと危なっかしい。統計の大きなだみ声に惑わされることなく、静かに小説を味わいたいと言ったら、へそ曲がりだろうか? 村上春樹の小説は「ハリポタ」やゲームソフトではなく、もっと精緻に作られた言語作品なのだから、その静かな言葉の音楽に--そこからは美しい和音ばかりではなく、不協和音やミスタッチも時には聞こえてくるが--耳を傾けないものだ。
 とはいえ、ここにじつに様々な要素が盛り込まれていて、手短にバランスよく紹介することは難しい。それを承知であえて試みれば、第一に、読者を引き込んで話さないスリリングなプロット展開がここにはある。女性主人公が置かす連続殺人、カルト教団で行われたおぞましい行為、そして正体不明の美少女「ふかえり」が書いた『空気さなぎ』という不思議な小説。謎が絡まりあって、初めはゆったりと、やがて激しくいつもながらのハルキ・ワールドが繰り広げられる。
 第二にこれは、現実世界に片足を残しながら、半ば幻想とSFの領域に入っていくファンタジーでもある。タイトルの『1Q84』とは、オーウェルの有名な反ユートピア小説のタイトルをもじったもので、小説の舞台の一九八四年が改変されて、登場人物たちが踏み込んでしまった一種のパラレル・ワールドを指す。
 第三に、これはカルト教団や家庭内暴力といった、個人の自由意志をふみにじるものに対する力強い抗議でもある。第四に、青豆という女性と天吾という男性それぞれの生い立ち、家庭環境、そして親との確執を生々しく描いた家族の物語でもある。第五に、ふたりの男女が十歳のときに手を触れ合って以来、離れ離れになっても二十年間育み続けた、世界にただ一つの愛の物語でもある。第六に、そのすべてを描き出す、機知と比喩に満ちた村上春樹ならではのセンスのよい文体も健在だ。
 作家はこの小説に自分の持つものをすべて盛り込もうとしたのだろう。ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』を書いた年齢を超え、村上春樹は一つの作品がそれ自体宇宙であるような小説を目指しているようにも見える。ただし、その意図が野心的なものであるだけに、刊行された第二巻まででは、作家は自らに与えた課題にまだ十分に応え切っていない。ここでは村上春樹の卓越した技術と文体は、見通せないほど深い人間の心の闇の周りを、まだ測量しようとしている段階のように思われる。おそらく、彼がロシアの文豪のように人間の魂をぐいとわしづかみにして、問題の核心に迫っていくのは、続編でのことになるのだろう。続編の予告は公式には一切ないが、私は続編に期待しているし、『1Q84』を本当に評価できるのはこれが本当に完結してからのことではないかと思おう。
 とはいえ、第二巻まででも、すでに物語の力は相当なものだ。面白い小説を読んだ後、世界がなんだか少し違って見えることがあるが、『1Q84』の読者も用心していただきたい。読み終えた時、あなたの周りの世界はもう200Q年になっているかも知れないのだから。
    --「〔今週の本棚〕 沼野充義評 1Q84 Book1、2」、『毎日新聞』2009年6月14日(日)付。

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人をだますってことはこれはいけないことだけれどもね、堀君。だまされるということもけしてほめられたことじゃないですよ

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……私が助手になってすぐですから、まだこの舎のあそこの元の部屋におって下宿を決めないでおった時に、夜あれは十時前だったと思いますが、先生がコソコソと来られたんです。であけてみたら先生がおられるんですね。それで入って来られて、「堀君一寸困ったことができた。」と。吉野先生よくその辺までお歩きになってそしてどうするかと呑喜で一寸こう、やって、そしてまた電車でお帰りになるんですね。で、「困ったことが堀君起こった。」と。「何ですか。」って言ったらね--その前にその神田の古本屋で探すように命令を私と奥平助手とが受けておったんです。あれがいっこう我々が見つけんものですから、あれは催促に見えたと思ってねおったところが「いや堀君、ちょっと電車代を六銭貸してくれないか」とこうきた。あの時は六銭でした。六銭貸してくれないかと。でどうなすったんですかと言ったらね、「こういうことなんだよ、」てね。この会館(引用者註--この思い出を書いている吉野作造門下の堀氏が当時寄宿していた東京帝国大学学生基督教青年会=当時のところ)のところのロビーに引っぱって来てね、「実は歩いて帰っていたところが今の農学部あたりのあの辺からね、四十ちょっと過ぎた位の婦人がついてきた。何だろうと思っていたら声をかけられた。先生は吉野作造先生でいらっしゃいませんかと言うので、はいと言ったと。そうしたらね、どうか先生私の話をちょっと聞いてくださいと言われた。」そして今の農学部の門の所に先生はいらした。そしたら縷々とその身上話をした。非常に悲しい話だったと。彼女は自分の体を売って暮らしているというのです。こういう人間は本当に立ち直れるか。先生は立派なクリスチャンでいらっしゃると聞いています。どういうものでございましょう、と言ったんです。すると吉野先生はね、「それは誰でも罪人だけど、だからねえ私だって同じだよ」と。そしたら、有難うございましたと涙を流して、「どうか私のために祈って下さい」とこう言ったんです。で先生はあの農学部の門の凹んだ所がありますね、あそこへ行ってお祈りをしたんです。一所懸命やった。そして目が覚めたら婦人がいなかった。そしてきれいに金を取られてしまったとこういう話だ。こうまあいかにも吉野先生のある面を表す。そして私に曰く、「人をだますってことはこれはいけないことだけれどもね、堀君。だまされるということもけしてほめられたことじゃないですよ」と。特に注意しなきゃならんのは、「ああ大学の先生ですね」とか「立派なクリスチャンでいらっしゃるそうですね」とかまあいろいろ言う。その時にね、人間ていうのはやっぱりね、いい気になって調子に乗るもんだ。それがいかん。その間にシャッとやられる。それはね、気を付けたまえと、それは吉野先生の非常な御教育のやり方であって、私はそれをあれから何十年と忘れたこともなく思い出すのであります。こういう事を限りなく私は思い出しております。
    --東京大学学生基督教青年会編「追想談 堀豊彦氏」、『吉野作造先生 五十周年記念会記録』東京大学学生基督教青年会、1984年。

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今日もがっつり市井の仕事でレジを打ちながら、足の痛風が痛いわナ……と嘆きつつ現実世界に翻弄されるある日の宇治家参去です。

さあぼちぼち休憩に行くか!

……と気合いを入れて気分を入れ直しておりますと、サービスカウンターから、

「宇治家参去さん、ちょいと難しい案件がありますので応答して頂けませんか」

……とのことだそうな(池波風ですねエ)。

これから休もう!と思っていた矢先にこうした事態が出来すると、「うえっぷし」とカトちゃん@ドリフターズばりに、くしゃみをしてひとりバックドロップを展開したいところですが、そうした時間もないので、そのまま伺うと、……ふ~む、またまた久し振りにアリエナイ展開が現出し、……池波正太郎(1923-1990)の描く『鬼平犯科帳』の長谷川長官でしたら、「人間という生き物は不思議な生き物よ……」って語れそうですが、そう含蓄深く味わっているほど時間もないので、手短に要件を伺うと……、

宇治家参去の勤務しているGMS店舗はマア駅前にあるわけなのですが、
要は駅前で転んで怪我をした……ということで、なんとか、最寄りの?当店までたどり着けた……そこでスイマセンが、病院へ行きたいので、そこへ行くまでの金を貸してくれないか!

……との申し出のようで。

この手の商売に携わっておりますと、いろいろな事案……すなわちまともなクレーム(それはまさに宝の山なんです、そこから改革できるので!)から、過剰請求、意志喪失者まで様々な問題と格闘させて頂き、マア、まさに「人間とは何か」という極めて倫理的命題を深めさせてくれる事件に直面させられてきましたが、この手の事案ははじめてで……。
たしかに地域に密着した小売業としては、利用されるお客様以外にも地域に住まわれている人々に対する密着したサービスをどのように展開してくのか……という命題は極めて重要な問題です。

たとえば、やすらぎ・小休止用のベンチを店舗の周辺に設置したりだとか、不審者につけまとわれる方々に対するSOS的な窓口を提供したりだとか、地域の祭だとか催事があるときには、こちらも協力したりだとか……。

しかし、今回の「申し出」は遙かにそうしたキャパシティを凌駕する事案のようで……。

また、チトその御仁、お酒の匂いもぷんぷんしているようで……。

……手っ取り早くまとめました。

話を聴いていると、確かに駅前で転倒したとのことですが、話が二転三転しますので、「自分で転んだのですか」と伺ったところ、

「いや、タブン、誰かに押された」……

と本人がいいますから、

結局の所、こちらとしては医療費を出したり、病院まで交通費をだしたりすることもできません。店内での転倒・事故であれば、もちろん対応をしますが、今回は話が別になってきます。

ですから……、

「“押されて転んだ”ということであれば、警察を呼びますし、刑事事件にする必要がないのであれば、救急車を呼びますか?」

……と最終確認をしたところ、

「救急車を呼んでくれ」

……とのことで、119番通報して、到着するまで一緒に待機です。

ぼんやり待っていると、

「警察は、おれの話を信用してくれないんだ。転んだのはオレだけど、タブン、ダレカに押された!“ハズ”っていっても……信用してくれないんだ」

「そうですよねえ、たぶんじゃア、まずいでしょう」

……などとやり取りをしていると救急隊が到着です。

電話でも詳細を通知しておりましたが、隊の責任者と話をしていると、

……どうやらその筋では有名人のようでして……、ガックシ。
実弟が救急救命士ですし、東京消防庁に限らない問題です。
本来出動不要の軽微の出動がかさなってしうまとどうなるのでしょうか。
本来駆けつけなければならない要件がスルーされてしまうという二律背反の到来です。

「申し訳御座いません!」
……そこに尽きます。

そしてその御仁、隊員たちに誘われ病院へ向けて出発された模様です。

さて、ちょうど昨日になりますが、博論の追い込みをかけているなかで、ひとつ珍しいと言いますか、なかなか手にすることの出来ない資料を入手することができたので、昨日も読み、本日もその解読をしていたところですが……。

宇治家参去ただひとりだけでなく、かの吉野作造先生(1878-1933)も苦労していたんだよな……などと事案解決?後、休憩時間を利用して読んでいるときに、今は亡き吉野作造先生となにやら健闘をたたえ合った次第です。

何度も紹介している通りですが、吉野の盟友・内ヶ崎作三郎(1877-1947)は吉野の死後、「(吉野作造は)無限の親切の人」だったと語っておりますが、その無限の親切とは悪なるものを容認するようなフリーハンドの、作業仮説上の無節操な「価値中立」ではなかったのかもしれません。

冒頭に引用した文章を読んでおりますと、何をはげまし、何と戦っていくのか考えさせられてしまいます。

積極的に善をなしていくということは職業革命家の専売特許でもありませんが、無節操な博愛家とも無縁の理想を抱いた現実主義者の一歩一歩の歩みかも知れません。

……ということで?
最近、またまた痛風で足が痛いので、いっぺえ飲んで寝ます。

しかし東大YMCAの私家版的なたった数十頁の希少な資料でしたが、お陰で200枚ぐらい書き直しになってしまいそうです。

マア、この時点で邂逅できたというのは不幸中の幸いということでしょうか?

……ということにしておきましょう。
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自分があれこれの特定の人間であるということ・自分がそもそも人間であるということ

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 ほとんどすべての人間は、自分があれこれの特定の人間であるということを、そこからみちびきだされる系をも含めて、たえず気づかっている。これに反して、自分がそもそも人間であるということ、そしてここからいかなる系が出てくるかということは、ほとんど彼らの念頭に浮かばない。けれども実は、これが大切なことである。はじめの命題よりもあとの命題の方に心を寄せる少数の人々が、すなわち哲学者である。
 それでは、ほかの人々の心の傾向は何にもとづくかというと、それは、彼らが物事に接していつも個別的な個体的なものを見て、それらに具わる普遍的な事柄をまったく見ない、ということから起こっている。いくらか高い天分をさずかった人々だけが、彼らの優秀さの度合いに応じて、次第に個々の物事の中に、それらを通ずる普遍的な事柄を見るようになる。
 この重要な差別は、認識能力全体にわたる差別であるから、きわめてありふれた物事の直観の末にまで及んでいる。だから、そういう卑近な物事の直観でさえ、それが優秀な頭脳の中にあるのと、平凡な頭脳の中にあるのとでは、すでにちがっているわけである。--このように、そのつど接する個別的なものにおいて普遍的なものを把握するはたらきは、私が認識の純粋に没意志的な主観となづけて、プラトンのイデアに主観の側で対応するものとして説いておいたものとも一致する。けだし、普遍的な事柄に向かう認識だけが、意志から解放された認識にとどまるのであって、個別的な物事は、これに反して、意欲の対象であるからである。それゆえに、動物の認識はこの個別的なものだけに窮屈に限定されており、それに応じて彼らの知性ももっぱら彼らの意志に奉仕する位置にとどまっている。これに反して、上に述べた普遍的な事柄へ向かう精神的傾向は、哲学と詩において、一般に芸術と学問において、真価のある仕事をなしとげるために必須の条件である。
 意志に奉仕する知性にとって、すなわち実際的に使用される知性にとっては、存在するものはただ個々の物事のみである。芸術と学問にたずさわる知性にとって、すなわち独立に活動している知性にとっては、存在するものは、すべて種とか属とか類とかのような普遍的存在のみであり、事物のイデア(理念)のみである。造形的な芸術家さえも、個体の中に理念を、すなわち類を表現しようとしているのである。
 この差別は次のことにもとづいている。すなわち、意志というものは、直接には、もっぱら個別的な事物のみをめざしている。これらのものが、意志の本来の対象なのである。というのは、それらのみが経験的な実在性を具えているからである。--これに反して、概念や類や種は、すこぶる間接的にしか、意志の対象とはなりえない。粗野な人間が普遍的な真理をまるで理解しないのは、このためである。
    --ショーペンハウエル(細谷貞雄訳)「哲学とその方法について」、『知性について 他四篇』岩波文庫、1961年。

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午前中にレポート添削を少しすませ、昼からは、まだ手を付けていない論文の資料に目を通していると……はや夕方です。

休日なのに、マアよく仕事をしたわい!ということで、夜はゆっくり休ませて頂くか!と思った矢先、細君が急な外出の要件ということで、息子殿と留守番してくれ……とのご命令のようで、「ゆっくり休ませて頂く」ことが不可能になり、深い溜息をつくある日の宇治家参去です。

「息子殿と留守番」ということは……とりもなおさず、そのお相手をしなければならない……という状況で、当然「ゆっくり休ませて頂く」わけにもいかず……仕事もしたし予定もはいっていないので、今日ぐらい休ませてくれや!って式にレンタルしていたDVDでも見て、ちびりちびりと飲みながら日付変更線が変わる前に寝よう!と思っていたのですが……、息子殿と対決です。

……ただ細君が出ていくと、

それはやはり息子殿にとってもまさに「鬼の居ぬ間のなんとやら」で、早速「Youtube!Youtube!」と激しい催促デモに遭遇です。

このまま「Youtube!」に「留守番」させるのもなんだかなあ~というところで、2-3日、パソコンにふれることを我慢していたようなので、「Youtube」をセットしながら、その横でこっちは作業しながら、すこしやりとりをすることにしました。

もっともYoutubeを真剣に鑑賞したい息子殿にしてみると、横から口を挟んでくるそのあり方はウザイのでしょうが、構わずに?言葉をかけると、それでも返してくれるようで、少し発見の数時間です。

息子殿の生活や言動を観察していると……これは幼稚園に入る前ですが、ひとつ思っていたのが、個別の存在者を認識することはできても、その個別の存在者を収斂していく「種」とか「属」とか「類」を認識するのが難しいようだよな~と常々実感していた事態です。

今日の息子殿は英語塾が夕方にあったので、何をやったの~?ってふってみたわけですが、やはりYoutubeに集中したいので、「覚えていない!」って速攻で返されましたが、丹念に執拗に声を掛けていくと、動物の名前なんかで数の数え方をやったようでして……

「象」は「えれふぁんと」、「虎」は「たいがー」

……なんだよ、と言っておりましたが、

それでもそのあとで、

「“象”は“えれふぁんと”だけど、“えれふぁんと”にはいろんなぞうがいるんだよ。いんどぞう、あふりかぞう。だけど、いんどぞうもあふりかぞうも“えれふぁんと”なんだよお~。あにまるかいざーの“るしふぁー”もぞうだよお」

幼稚園にはいってからは、ある意味で共同生活や学習を経験し、そして塾での勉強に取り組むようになってからは、稚拙ながらも特殊な還元不可能な個別の存在者だけでなく、その存在者を「ひとくくり」にする概念とか理念を理解し始めたようですね。

動物とか植物に関しては、それでも、個別の存在者とそれを包括する概念を理解するのは早かったかと思います。

例えば、スミレやタンポポ、白百合……といった個別の存在者をそれとして認識しながらも、「花」なる概念・理念を「花」とは異なる概念・理念と区別することには、うえの象の話ではありませんが、早かったかと思います。

ただ、話を聴いていると、個別の存在者と包括する概念・理念の関係において一番難解なそれはやはり「人間」ということのようでした。

「○○くん」
「××さん」
……こうした個別の還元不可能な存在者に関しては、その違いを理解し、その差異を尊重しているようでしたが、それをグルーピングしてしまう排他的概念である「人間」なるものに関してはなかなか理解できなかったようですが……。

それでも、マア、(本人はYoutubeに集中したいのでちとウザイ感全開ですが)「仮面ライダー」のup動画を見ながら、「でぃけいどと人間はどっちがつよいの?」と聞いてくるので、「リアルなにんげんだよ」って返答すると、「ありえない」って返され、矢継ぎ早に「なんで?」と聞くと、「にんげんがつよいのなら、ぱぱよりつよいはずだけど、それはありえないよね」……。

……次の言葉が出てきませんでしたが、ある意味では「人間」という概念を理解しはじめたようです。

思うに、人間に関しては子供は還元不可能な個別の存在者の認識に傾くきらいがある一方で、大人はそれを抽象化・概念化してしまう普遍の認識に傾くきらいがあるようです。

しかし、どちらも極端な形であり、その両者を相関的に相互検討していかない限り、「○○君」の笑顔が輝き、「人間」なる普遍的概念が煌めく生活というのもアリエナイのでしょうねえ。

……ということで、寝るか。

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「人間的な生の関係がふくむ構造は、人間が互いにふるまうことによってかたちづくられ」ているはずなのですが……

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……人間的な生の関係がふくむ構造は、人間が互いにふるまうことによってかたちづくられ、そのふるまいは人間の根本的-態度、すなわち一箇の「エートス」をふくんでいる。エートスとは倫理学の根源的な主題であり、エートスがエートスとして妥当するにいたるのは、人間が互いにふるまうこと、つまり共に在る人間として共に在る人間に対してふるまうことによってのみである。人間のエートスによって、それが明示的に「拘束的」なものであろうと「非拘束的」なものであろうと、あるいはまた道徳的なものであれ非道徳的なものであれ、人間の生の関係にぞくする意味と心情が規定される。人間を人間として、したがって同時にまた共に在る人間として規定するこのようなエートスを、いっさいの哲学はそなえている。それぞれの哲学が道徳や倫理についてなにも語らず、そうしたことばを避けようとしている場合であっても同様である。哲学が使用する概念的な規定は--それが人間的現存在にかかわるかぎり、さらにまた人間的現存在を超えでようとする場合であっても--純粋に概念的な本性を有するものではなく、むしろ「人間の規定」についての一定の概念を前提し、それに表現を与えようとする。以下の議論は倫理的「諸価値」や「道徳の系譜学」や「善悪」を取りあつかうものではなく、共同存在の形式的な構造を論じようとするものである。けれども、あらゆる倫理学が前提としているこの地盤は、それが人間学的な基盤であることで、それ自身として(eo ipso)倫理学的に重要な基盤となるのである。
    --K.レーヴィット(熊野純彦訳)『共同存在の現象学』岩波文庫、2008年。

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いつもより遅めの出勤だったので出社前に、せんだって借りていた本を神学校へ返しにいき、その帰路、駅へとむかっていると細君からメールが1件。

「金魚の餌がなくなったので、どこかで買ってきてくれ」

……とのことだそうです。

たしかちかくにホームセンターがあったよな……ということで、「金魚の餌」を買い求め、レジで並んでいると、ひとりまえの中年のオジサンが激怒りはじめまして……。

要は、その御仁の前に並んでいた、かなり高齢の婦人が、レジでの清算後、レジサークルから荷物をもって退去するのにかなりもたついていた……これは傍目からもそうですがそんなことを言ってもはじまらないというのが大人(これは“おとな”とよむよりも“だいじん”とよんだ方が精確でしょうか)のエートスというもんだよな……と並んでいたわけですが、宇治家参去の前の御仁が急にそのことを声を荒げて騒ぎ出したので、……辟易とした次第です。

その高齢の御婦人が清算するまえから結構な列になっていたので、イラッってきたのかもしれません。

しかし、声を荒げるほどでもないだろう……そう思われて他なりません。

混んでいたのは混んでいたわけです。
そして高齢の御婦人ですから、若い衆のようにさっさと退去することもできず……。
御婦人一人にまかせているともちっと時間がかかりそうな気配を察したレジ担当者は、その介助といいますか、レジサークルから出てきて、袋をわたし、退去を誘おうとしたわけですが……。

そうした一連のチマチマ動作に、イラッってきたのでしょう。

中年のオジサン、矛先をレジ担当者に向けると、

「清算がすんでいるんだから、なんではやくこっちのを打たねえんだ」

「もうしわけございません」

退去しつつある高齢の御婦人も顔面蒼白で……

終いには、「責任者だせ」

……という始末でして、げんなりと辟易とした次第でございます。

結局、本当は「はやく清算して帰りたい」中年のオジサンそのものが、レジに並んだ長蛇の列を止めてしまうというわけで……いわゆる本末転倒という次第です。

たしかにげんなりと辟易しましたが、それと同時にあたまのなかで、「It's a good day to die When you know the reasons why Citizens we fight for what is right」が魂を鼓舞する歌声としてループするというやつで、同時に昨日、息子殿に教えたcitizenの生きる流儀(エートス)としての「Courage,Duty,Honour」が、目の前の驚愕すべき事態に対して「ドン引き」する宇治家参去自身の背中を押すようで……。

「あの~、騒いでいる貴方が、一番の問題ではありませんか? レジの動きを貴方がすべて止めましたヨ!」

声をかけ、その御仁が振り返り、次に並んでいる宇治家参去とそのまた後ろに長蛇でつづく列を示して見せたわけですが……

……言ってしまいました。

性根としてはシャイでナイーヴなチキン野郎というのが宇治家参去を規定するレゾンデートルです。

しかし、時折、休火山がいきなりマグマを放出するように、「言霊」が「迸って」しまうことがあるようで……。

言霊を放ってから、ようやく思い出したかのように兎のような心臓がばくばくし始めた次第です。

「あんぅ?」

「いえ。ですから事実を解説しただけですけど……。……ネ」

「あんだア」

「いえ。ですから。ああ、そうですか。出るところへでます? 勘違いしないでくださいよ。 店の外へ出てストリートファイトとか御免ですよ。ええ、そうです。なんなら警察呼んで、弁護士呼んで、出るところへでます?」

……って名刺入れを出し始めると、

「あんだア!」

……って、持っていた商品を壁に投げつけ

「二度とこねえゾ、ボケぇぇ」

……って、買い物されずに帰って行かれました。

早く清算したくて騒いだわけですが……。

人間とは摩訶不思議です。

レーヴィット(Karl Löwith,1897-1973)が指摘するとおり、「人間的な生の関係がふくむ構造は、人間が互いにふるまうことによってかたちづくられ」ているはずなのですが、なにやら「共同存在」としての「人間」という自己自身の「ふるまい」を忘却し、他人の「ふるまい」だけを弾呵することが「かっこいい」という勘違いが甚だしいんだよな……と思いつつ、ばくばくする心臓をおさえつつ、痛風で痛い足をひきずりつつ、何処かで「待ち伏せ」してないよな!……と革命的警戒心を張り巡らしつつ、仕事へ向かった次第です。

……とわいえ、そのオジサンと同じ命が自分自身にも冥伏することは忘れてはいけない!と自戒しつつ、サア、これから大好きな「鳴門鯛」(本家松浦酒造販売・徳島県)でいっぺえやって、心臓をおちつかせてから寝ますです。

ホンマ、citizenとして生きるのは大変です。権利主張も大切ですが、それを裏打ちする「Courage,Duty,Honour」が欠如してしまった場合、そこには不毛な「モノ取りゲーム」しか存在しないはずなのですが……。

ですから……

These are the words I march by,Duty,Courgae,Honour
Every single day and i've been trying

……って試行錯誤しながら人間共和の世界を目指すしかありません。

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共同存在の現象学 (岩波文庫) Book 共同存在の現象学 (岩波文庫)

著者:レーヴィット
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日本酒の愛好者もまた或る意味では知恵の愛求者〔フイロソフオス 哲学者〕である。

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 ところで、この知恵は制作的(ポイエーテイケー)ではない。このことは、かつて最初に知恵を愛求した人々のことからみても明らかである。けだし、驚異することによって人間は、今日でもそうであるがあの最初の場合にもあのように、知恵を愛求し〔フイロソフエイン 哲学し〕始めたのである。ただしその初めには、ごく身近の不思議な事柄に驚異の念をいだき、それからしだいに少しづつ進んで遙かに大きな事象についても疑念をいだくようになったのである。たとえば、月の受ける諸相だの太陽や星の諸態だのについて、あるいはまた全宇宙の生成について。ところで、このように疑念をいだき驚異を感じる者は自分を無知な者だと考える。それゆえに、神話の愛好者(フイロミトス)もまた或る意味では知恵の愛求者〔フイロソフオス 哲学者〕である。というのは、神話が驚異せざるべき不思議なことどもからなっているからである。したがって、まさにただその無知から脱却せんがために知恵を愛求したのであるから、これらがこうした認識を追求したのは、明らかに、ただひたすら知らんがためにであって、なんらの効用のためにでもなかった。そしてこのことは、その当時の事情がこれを証明している。すなわち〔たんなる生活のためにのみでなく〕安泰な暮らしや楽しい暇つぶしにも必要なあらゆるものがほとんど全く具備された時に初めてあのような思慮〔フロネーシス 知恵〕が求められだしたのであるから。だから明らかに我々は、これ〔この知恵〕を他のなんらの効用のためにでもなく、かえって全く、あたかも他の人のためでなくおのれ自らのために生きている人を自由な人であると我々の言っているように、そのようにまたこれを、これのみを、諸学のうちの唯一の自由な学であるとして、愛求しているのである。けだしこの知恵のみがそれ自らのために存する唯一の学であるから。
    --アリストテレス〔出隆訳〕『形而上学 上』岩波文庫、1959年。

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哲学とはどこから始まるのでしょうか。
アリストテレス(Aristotle,B.C.384-B.C.322)は、人間という生き物においては、「驚異すること」にその契機を見出しておりますが、あながち間違ってはおらず、むしろ正鵠を得ていると思えます。

「ごく身近の不思議な事柄」に対する驚異の念であれ、「それからしだいに少しづつ進んで遙かに大きな事象」に対する驚異の念であれ、対象に対して「驚く」ことから探究がはじまるのだろうと思います。

驚き、おやこれは何だ!

……となり、

そして、その真相を確かめたい、確認したい……と知恵を愛求していく冒険がスタートするのだと思います。

まさにその過程こそ「フィロソフィア(φιλοσοφια)」(知を愛する)であり「哲学」なのでしょう。
この言葉を最初に日本語訳したのは幕末から明治初頭にかけて活躍した啓蒙思想家の西周(1829-1897)ですが、最初は「希哲学」と訳したそうです。すなわち「哲学(かしこいなにがしか)」を「希(こいねが)う」との翻案なのでしょう。こちらの訳語の方がむしろその経緯をただしく伝えているのではなかろうか……と実感する宇治家参去です。

さて、短大で担当する「哲学」ですが、学期末にレポートを課しております。ちょうど回数的に折り返し点をすぎ、終盤へとむかいつつある季節になりましたので、レポートに関する中間報告を先日各人にお願いしてきました。

中間報告といっても人数の都合上、各人にプレゼンテーションさせるわけにもいきませんので、レポートの計画書(本でいえば目次のようなもの)を依頼したわけですが、その骨格を土台に、これからの肉付け作業におおいに奮闘してもらいたいところです。

さて、レポートのお題……ここ2年ほど同じ内容ですが……ですが、こちらから指定しておりません。

何故なら哲学とは先に示したとおり、各人が「驚異すること」に注目せざるを得ませんから、こちら「驚異」の対象をお題として限定することができません。

ですから、各人に自分自身が今一番「驚異」していること、言い換えるならば、一番興味をもって「探究したい」ことがらを自分で選び取り、それについて探究し、まとめて報告してください……そうした内容でお願いしております。

こちらでお題を設定した方がある意味では「楽」かもしれません。
しかし、やはり自分で自分自身やその生きている環境を省察し、そこからテーマを絞り、コツコツと調べて積み上げていく方が、「哲学する」ことの訓練になるのでは……そう思う観点から、2000字程度の学期末レポートをお願いしております。

来月末に完成品を提出してもらうわけですが、これがマア内容が多岐に渡り、こちらが「発見」することも多く、今から楽しみです。

こうした全てを自分で作り上げていくという作業は、これまでの教育課程では受けてこなかった分、苦労もあるかとは思いますが、自分で驚き、悩み、発見しながらまとめていくという作業はその人自身にとってひとつの財産になるはずですので、是非奮闘してもらいたいところです。

さて……。
立場を変えて、宇治家参去が学生として、自分自身が「驚異」して「探究」することになった場合、何をまとめましょうか?

やはり、米のジュースや米のジュース用の肴に関してでしょうかねえ?

……ということで昨日はその取材!ということで、宇治家参去一家御用達の「ささ花」にて実地探究です。

ここは毎月メニューの入れ替えをやってくれますので、その月々に訪問しないと出会えない肴殿もいらっしゃりますので、チト探究です。

昨夜は、6月メニューの「いわい鶏とトマトのサラダ」で、先ずは梅雨の蒸し暑さを払うところからスタートです。
淡いドレッシングが鶏とトマトを引き立てております。

前菜には、これも季節メニューの「海老と鯛のクリーム春巻」を頂戴しましたが、これがまたなかなか、ジューシーかつ爽やかで、海老と鯛が、くどくなく、爽やかな濃厚さで満足のひとときです。

ヱビスの生をおかわり、おかわりしつつ、はこばれてきたメインの肴がつぎのとおり。

季節メニューの串焼きもりあわせ
もち豚と旬野菜のせいろ蒸し
たこと旬野菜の唐揚げ

串焼きには、「たぬき串」「きつね串」なる串ものが用意されており、前者は「天かす串」、後者は「あぶらげ串」か!などと楽しく想像しておりましたが、そうではありませんでした。

「たぬき」は椎茸のうえに挽肉をのせて焙った一品で、その姿を「たぬきのお腹」に見立てたもので、「きつね」とは、まさにあぶらげのなかに肉を挟んでかりっと焙った一品です。

どちらも肉の旨みが引き立てられているにもかかわらず、さっぱりとしてい、ひさしぶりに「七味」やら「粉山椒」などふりかけずにやってしまいました。

「もち豚と旬野菜のせいろ蒸し」は、細君の一押しメニューですが、先月は頂戴しておりませんでしたので、今回はオーダーしましたが、せいろ蒸しでよろしいのは、脂が落とされたにもかかわらず、旨み成分だけはしっかりと肉や野菜の本体に凝縮されてしまうところにあるのでしょう。ゴマだれとポン酢だれでいただきましたが、どちらも頗る快味でございます。

それから頂いたのが「たこと旬野菜の唐揚げ」
たしかに唐揚げなのですが、ころもがあるような……ないような……絶妙なうすさで、どちらかといえば素揚げに近いのですが、やはり極薄の衣がひそかにのっており、素揚げの食感をもちつつも、衣のこうばしさが芳しく、初夏に彩りをそえるひと品です。

で……
ぼちぼち日本酒に移行しつつやってきたのがつぎの肴殿たちご一行。

特製出汁巻き玉子焼き
エリンギとニラのゴマ塩和え
穴子ドラゴンロール

「特製出汁巻き玉子焼き」は、先月当地で友人と宴を催した際、いただいたわけですが、「居酒屋の玉子焼きなどとは……」と侮ることなかれ!という状況です。たっぷりと玉子をつかって、秘伝の出汁でふんわりと焼き上げた玉子焼きは決して自宅で食せぬ一品であり、こういう本格のお店でないと食べることが出来ないなあ~などと認識を新たにさせられたものですから、息子殿用にご注文です。

「お母さんの玉子焼きよりおいしい」

……とは顔がひきつって告げられなかったそうな。

そして日本酒用にということで、「エリンギとニラのゴマ塩和え」。
最近はこうした素材を生かした料理が旨く感じられてしまいます。子供の頃などは、やれトンカツだ焼き肉だ、ハンバーグだ!などとこってりしたものを所望したものですが、最近ではこうした青菜類が好物の一つになってしまいましたが、年の所為でしょうかねえ。

で、「お米がほしい」との家人たちの提案で、「穴子ドラゴンロール」というわけですが、要は穴子の巻きずしなのですが、薄く切ったアボガドと丁寧に巻き込んでいるので、見た目もさわやかですが、それ以上に味もさわやかで、〆にお茶漬けとかをオーダーしなくて正解でした。

頂いた日本酒は以下の通り。

屋守  純米吟醸 東京・豊島屋酒造
ささ一 純米吟醸 山梨・笹一酒造

どちらも関東の酒ですが、やはり、純米吟醸はどれを呑んでもよいものです。本醸造にはないフルーティー具合がなんともいえません。

屋守は「やもり」ではありません。「おくのかみ」と読んでくださいまし。
むかし初めて注文したとき、「やもり」と読んで失笑を買った記憶がありますので、皆様方もオーダーの際は、くれぐれもご注意を!

……って、「驚異」し「探究」してみたレポートですが、これならAでしょうかねえ?

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「たぬき」と「きつね」には大いに驚かされました。

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この玉子をみてください!
家庭では再現不可能です。

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最後に福澤先生は旅だって行かれましたが、次回から使える割引券をくれましたので、また来いよ!ってことでしょうか。

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It's A Good Day To Die !

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It's A Good Day To Die !

( Courage,Duty,Honour )

We call upon our troopers
In this our darkest hour
Our way of life is what we are fighting for
The flag that flies above us,inspires us each day
To give our very best, in every way!

It's a good day to die
When you know the reasons why
Citizens we fight for what is right

A noble sacrifice
When duty calls, you pay the price
For the federation I will give my life

Well all is fair, in love and war.
that's what my gunny says
Your not alive unless your almost dying

These are the words I march by,Duty,Courgae,Honour
Every single day and i've been trying

It's a good day to die
When you know the reasons why
Citizens we fight for what is right

A noble sacrifice
When duty calls, you pay the price
For the federation I will give my life

( Courage,Duty,Honour )

The eagle, he flies high above us
The eagle, he makes our spirits sore !
He's giving the strengh to carry on
To fly and win this war !

It's a good day to die
When you know the reasons why
Citizens we fight for what is right

( Courage,Duty,Honour )

A noble sacrifice
When duty calls, you pay the price
For the federation I will give my life

( Courage,Duty,Honour )

It's a good day to die
When you know the reasons why
Citizens we fight for what is right

A noble sacrifice
When duty calls, you pay the price
For the federation I will give my life

( Courage,Duty,Honour )

For the federation I will give my life

    --Starship Troopers 3: Marauder Mein Thema

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細君が所用で不在のため、息子殿を幼稚園まで迎えに行ってくれとのことで、ぎりぎりで起床し、さあ行くか!と外へ出てみると、子供をのせるデバイスを設置した自転車がない!

しかたなく、宇治家参去の籠も荷台もない自転車で迎えにいくはめになったわけで……
そうすると、息子殿をサドルにのせ、自転車を押して歩いて帰る……という起動歩兵@ハインラインの状態です。

久しぶりに親父が迎えに来たので、本人は喜んでいたようでしたが、こうした場合、蒸し暑さが堪えるわけで、父親稼業というのはなんともつかれます。

やはり、ここはその、無償の奉仕を Courage(勇気)、Duty(任務)、Honour(名誉)!とひとり自分で自分自身を讃えるしかありません。

こうしたとき、ひとり口ずさんでしまうのが、B級映画として名高い『スターシップ・トゥルーパーズ3』(原題:Starship Troopers 3: Marauder)のテーマソングです。

訳してみるとつぎのようなもんでしょうか。

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今日は死に日和

勇気 任務 名誉
苦しい時には 彼ら(トゥルーパー)を呼ぼう
この暮らし 守るため
我らの頭上に 毎日ひるがえる
旗のため すべてをなげうつ
今日は死に日和 その目的は明白だ
正義のために戦う
責務を果たすため 君も尊い犠牲を払え
連邦のため 僕は命を捧げる

今日は死に日和 その目的は明白だ
正義のために戦う
責務を果たすため 君も尊い犠牲を払え
連邦のため 僕は命を捧げる

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原作はかの有名な、ロバート・A・ハインライン(Robert Anson Heinlein,1907-1988)の『宇宙の戦士』(Starship Troopers)に由来します。民主主義とかあらゆるイデオロギー崩壊後に誕生した統一政権(連邦政府)の指揮する人類と昆虫型の大型生命体「バグズ」が戦争を継続している状況を描いた作品で、全体主義的なものや戦争そのものを暗におちょくった作品なのですが、映画の方は、ややグロテスクかつナンセンスな嫌いがあるのですが、痛快といえば痛快な作品です。

Courage(勇気)、Duty(任務)、Honour(名誉)!

しかし良い歌なんですね!
軍歌とかプロパガンダソングに微妙なシンパシーを感じる宇治家参去としては、なにか感応するようで、「息子殿を迎えに行け!といわれたけれども、何も用意がないじゃん! 自分で工夫して戦え」……というような理不尽な状況が提示されたときには、まさにこうした歌が鼓舞してくれるものです。

いや~あ、しかし、蒸し暑かった。
スーツもべとべとです。

せっかくの休日なのに、まさに「It's a good day to die(今日は死に日和)」でございます。

http://www.youtube.com/watch?v=9D_6JWxoC9c

http://www.youtube.com/watch?v=_woGjV_q8fM

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【覚え書】「〔オピニオン〕インタビュー領空侵犯 プレゼンツールは要らない 早稲田大学大学院教授 野口悠紀雄氏」、『日本経済新聞』2009年6月8日(月)付。

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どうも宇治家参去です。

家では『毎日新聞』、『New York times Weekly Review』、『le monde』をとって読んでおりますが、出講先の大学の「講師控え室」では何故か『日本経済新聞』が購読・綴られており、大学へ出勤すると、1ヶ月分くらいは控え室に綴られておりますので、いつもよませて頂いております。

……おもえば、2-3年前は『朝日新聞』だったのですが、何故『日本経済新聞』に変わったのだろうか……などと思う暇もなく、読んでなくたまった分で最新記事をよんでいると……目からウロコというやつです。

いわゆるパワーポイント問題です。

いうまでもありませんが、パワーポイント@microsoftは、そのメッセージをつたえる当事者が伝導説教者のごとく、その気迫において「パワー」を持ち合わせておりませんと、たんなる道具的連関@ハイデガーへとて頹落してしまうのがその現実です、「目的と手段の本末転倒」……よく見られる光景ですが、これを学問の世界でやってしまうと、まさに「本末転倒」……というわけで、パワーポイントを使いつつ『皆さん、こちらの画面は見ないで下さい』などといってしまうと落語にもなりません。

幸いその境地に到達できてはおりませんので、まだ大丈夫か!とは思いますが、他山の石としてひとつ【覚え書】として残しておきます。

『「超」整理法』は自分には合いませんでしたが、パワーポイント論議に関しては自分でも納得すると多いわけでして……。

ちなみに、人文科学をメインフィールドとする宇治家参去ですが、自分としては大切なところはパワーポイントにはせず、語りに終始するようこころがけております。使用するのは今のところ、補足的な画像資料と定形の板書のみです。

パワーポイントに溺れてしまわないことが肝要ですね。

パワーポイントよりも大切なのは、そこで示されるコンテンツであり、コンテンツを発語するその「伝道師」にほかなりませんからねえ……。

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プレゼンツールは要らない
作成が目的化、本末転倒

 --「パワーポイント」のようなプレゼンテーションツールは要らない、というのが持論だそうですが。
 「8年前、海外の国際会議に出席した際、全員がプレゼンテーションツールを使っているのに驚きました。そこで私もすぐ導入しました。ところがある日、講演で『皆さん、こちらの画面は見ないで下さい』と妙なことを口走っているのに気付いたのです」
 「わざわざ資料を投影すれば、当然、聴衆の目はスクリーンにいきます。しかし私は自分を向いてほしいわけですから、矛盾していると思いました。私も聴衆の表情を見ながら話さないと一方通行になりやすいし、聴衆も画面ばかり見ていると自分で考えなくなる。以来、ツールは使わないことにしたのです」
 --プレゼンツールの普及で訳書の審議会などでも配付資料があふれています。
 「スクリーンに投影するなら、配付資料は要らないはずですが、上司に報告したりするには紙の資料が必要です。昔はテキストの資料でしたが、絵やグラフが入る分、資料も増えました」
 「しかも役人は伝えることより、情報が足りないと批判されることを恐れ、一枚に何でも書こうとする。結果的に大量のデータを詰め込んだ資料ができあがります。資料説明で時間をしょうかするという点では彼らの目的にかなっているのかもしれませんが、その目的自体が間違っています」
 --デジタル時代の上手なプレゼンテーションとは。
 「私はツールを全面的には否定していません。以前、多くの写真を映し、効果的に活用しているお医者さんもいました。大事なのは本人の話であり、それを補足する手段として使いこなすべきです」
 「私は講演でも講義でもテキストの資料を作り、印刷して配ってもらいます。講義では必ず黒板を使います。ツールでは表現できない話し手の思考過程が見えるからです。アインシュタインがパワーポイントを使って講義している姿を想像できますか」
 --経営者や話し手に必要な心構えとは何でしょうか。
 「要は話し手がどうしても伝えない内容を持っているかどうかでしょう。私はエバンジェリスト(伝道師)でありたいと思うから、話を聞いてもらえるよう工夫するし、そのための道具も使います」
 「日本では見栄えのするプレゼン資料を造ることが目的化っしています。つまり道具に使われてしまっているわけですね。重要なことは自分が何を伝えたいのか、それにはどう伝えたらいいのか自分の頭で考えることでしょう。

のぐち・ゆきお 40年生まれ。東大工卒、大蔵省へ。72年米エール大経済学博士。一橋大、東大教授、米スタンフォード大客員教授などを経て05年から現職。経済学の専門書のほかに『「超」整理法』『「超」勉強法』などの著書がある。

◇聞き手から
 経済学者ながら『「超」整理法』で知られる情報活用の第一人者。プレゼンツールもお手のものかと思えば、「思考の手段にはなじまない」という。旧大蔵省出身で役人の行動原理にも精通し、役所の紙偏重文化にも手厳しい。ツールは社員の生産性を下げると禁じた米企業があったが、日本でも正しい使い方が求められている。(編集委員 関口和一)
日経ネットPLUS(http://netplus.nikkei.co.jp)でもこのテーマを議論します。

    --「〔オピニオン〕インタビュー領空侵犯 プレゼンツールは要らない 早稲田大学大学院教授 野口悠紀雄氏」、『日本経済新聞』2009年6月8日(月)付。

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目覚めは人間に固有のものだ、と私は思います

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 --エマニュエル・レヴィナス、たとえば高校三年生の若者がやってきて、あなたが哲学をどのように定義するかをたずねたと想像してみましょう。あなたはその若者に何と答えますか。

 哲学とは人間が語ることがら、また思考しながら語りあうことがらについて問うことを可能にするのだ、と私なら答えるでしょう。言葉のリズムや言葉が示す一般性にうっとりと酔ったままいるのではなく、この現実というもののなかの唯一者の唯一性、つまり他者の唯一性へとみずからを開くことなのです。言い換えるなら、要するに愛へとみずからを開くことなのです。歌うようにではなく真に話すこと、目を覚ますこと、酔いから覚めること、リフレインと手を切ること、それが哲学なのです。すでに哲学者アランは、明晰とされている私たちの文明のなかで「眠りの商人」から到来するあらゆるものについて、私たちに警告していました。すでに目覚めをしるしづけていたさまざまな明白なことがらは、しかし依然として、またつねに夢になってしまっているのですが、そのような明白なことがらのなかで、哲学は不眠として、新たな目覚めとしてあるのです。

 --不眠であることが重要なのでしょうか。
 目覚めは人間に固有のものだ、と私は思います。目覚めとは、酔いからの、より深い哲学的な覚醒を目覚めた者たちが探求することなのです。それはまさしく他者との出会いです。他者が私たちを目覚めへと促すのです。また、目覚めはソクラテスとその対話者たちとの対話に由来するさまざまなテクストとの出会いでもあるのです。

 --他なるものが私たちを哲学者たらしめるのでしょうか。
 ある意味ではそうです。他なるものとの出会いは大いなる経験、あるいは大いなる出来事なのです。他者との出会いは補足的知識の獲得に還元されることはありません。私には決して他者を全体的に把握することなどできません。もちろんそうです。けれども、言語の生誕地たる、他者に対する責任、他者との社会性は認識をはみ出してしまうのです。私たちの師であるギリシャ人たちはこの天に関しては慎重ではありましたが。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人・谷口博史訳)「不眠の効用について(ベルトラン・レヴィヨンとの対話)」、『歴史の不測 付論:自由と命令/超越と高さ』法政大学出版局、1997年。

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許しておくれ、息子殿、そして細君殿!
日曜は、貴方が神学を……もとい、……進学を希望している小学校のオープンキャンパスでしたが、駄目なことで名を知られるお父様は、「目覚め」ることができず、ふたりでいかせてしまいました。

寛大な慈悲でお許し下さいまし。

日頃から、倫理学者(倫理学徒?)をきどっておりながら、敬愛するレヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の訓戒である「目覚めておれ!」の警句を実践できず忸怩たるものです。

「目覚めとは、酔いからの、より深い哲学的な覚醒を目覚めた者たちが探求することなのです。それはまさしく他者との出会いです。他者が私たちを目覚めへと促すのです。また、目覚めはソクラテスとその対話者たちとの対話に由来するさまざまなテクストとの出会いでもあるのです」

一度は目覚めたのです、それは第一に「酔いからの」の目覚めです。
しかしながら、疲れからの目覚めに達することが出来ず、ふたりで行かせてしまい申し訳御座いません。

ふたりがオープンキャンパスに出かけてから、お父様は目覚めることができました。
その眼前にはリアルな他者は存在しておりませんでした。

しかし、同道できなかった事案というのは、まさに「還元不可能」な「他者との出会い」に他ならないと思うわけで、また次回、その弔い合戦に勇んで参加させて頂きます。

今回はねえ……チトねえ、仕事がたまりすぎておりましてですねえ、ここで休んでおかないと後がまわらないというケチ臭い・辛気くさい理由で布団との合体タイムをいつもより長めにとらせていたわけですが、そこに「安住」したり「当然のこと!」などとは開き直りませんから、また一緒に「補足的知識の獲得に還元」できない営みを歩んで参りましょう!

貴方のお父様は、いつも「言葉のリズムや言葉が示す一般性にうっとりと酔ったままいるのではなく、この現実というもののなかの唯一者の唯一性、つまり他者の唯一性へとみずからを開くこと」に注意している中尉ぐらいの存在です。

今日も昼間・夜も仕事で貴方のお相手ができません。

埋め合わせも必要だよね!

だから今日はアニマルカイザーの食玩を買ってきたのでゆるして丁髷じゃ!

んで、今日は大学のお仕事がこれから始まります。
一生懸命がんばりますので、貴方も塾の稼業をがんばってくだしまし。

つらいのはお互い様ですけれども、つらいからこそ「歌うようにではなく真に話すこと、目を覚ますこと、酔いから覚めること、リフレインと手を切ること」ができ、生きていることなかで、あきらめずに考えつづけ、実践し、雄々しく生きていくことができるのだと貴方のお父様は思う次第です。

……ということで、還元不可能な一歩一歩を大切にしましょうや!

……ということで?
……細君および息子殿が不在でしたので食物がなく、つくるのも面倒でしたので、久し振りに、すき家で「ねぎ玉牛丼」を頂きましたが、この手のメニューはたまに食べると「旨い」っていってしまいます。

……ふしぎなもんです。

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「学ぶ」とは「自分をつくる」戦いにほかなりません

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 中学を卒業して専門学校に入学した頃の青年、即ちわれに眼醒(めざ)め始めた頃の青年がよく言う、善を為せというが、その善がわからない、何が善であるかが分からない。これが善だとはっきり分かれば、その善を実践するにやぶさかなるものではないが、善が善と分からないのに、ただ実践せよ善戦せよと言われたって、小学生ではあるまいし、そんな勧説に唯々諾々と盲従するわけには往かない。盲従すべきものでないと思う。そういう風に青年たちはいう。つまり青年たちは知を求めているのだ。そうして知を求めるのは正しい。これは善いことだ。すくなくともこの一善はかれらもまた善と知っているのだ。だが道徳的善は先ずこれを実践してからでないと、善が善とはっきり分からないような性質のものなのである。何故なれば善はその本質において実践的なものであり、従って又実践的にしかこれを把握する道がないからである。例えば水泳を学ぶようなものである。水泳についての理論的知識は単に水泳の可能性について議論し得るに過ぎない。そういう議論をいくら重ねたところで、水泳の現実は会得できるものでない。現実の水泳は、現実の水に現実に飛び込んで泳ぎを実践してみるのでなければ、他にこれを会得する方法がないのである。畳の上の水練では現実の水を泳ぐことはできないのである。善もまたかくの如し。善はただ善の実践を通してのみ知らるるのである。そうして人生の究極の善はいさ知らず、日常茶飯の現前の小善事がひとつもわからぬということはない。盗むなかれ。欺くなかれ。姦淫するなかれ。懶(なま)けるなかれ。虚心にして善を追求すれば、足前数歩の光明を得られぬということはない。得られぬとは言わせない。得ようとしないのだ。足前数歩の光明を頼りに先ず立って歩くが良い。歩いて躓くなら躓いてみるが良い。かくして真摯に実践するものは、進むも躓くも必ず得るところがあるのである。それによって善を把握し進むのである。
 だからわれらの実践生活における最も根柢的な問題は知識ではないのである。悪は無知の生むところではないのである。そもそも善を追い求めようとする熱心がないのである。熱心がないから善を追い求めず。追い求めないから善を知らず、知ろうともせず。随って又善を為さず、為そうともしないのである。即ち人間の悪の根柢にあるものは、善知識の貧困であるよりは、善意志の欠乏である。カントのいわゆる根元的悪性である。
    --三谷隆正「パウロとニコデモス」、『三谷隆正全集 第2巻』(岩波書店、一九六五年)。

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戦前日本の旧制高校で教鞭を執った法学者のひとりが、敬虔なクリスチャン・三谷隆正(1889-1944)です。
無教会主義の内村鑑三(1861-1930)門下のひとりといってよいのですが、不思議なことに教会に留まり続けた人物です。
しかし内村のうえをいく敬虔な人物であり、自己に厳しく他者に暖かいその思索と実践から「群鶏中の鶴」と評されたものですが、三谷の言葉や人生を振り返ってみると、真のモラリストとは何かをいつも考えさせられてしまいます。

屹立として「闘う」人物という風貌ではありませんが、丹念に「説得し続ける」人物と表現できましょうか……その意味では、説得し続けることが三谷の「闘い」であったのかもしれません。

三谷は内村鑑三からの影響だけでなく、新渡戸稲造(1862-1933)の薫育に負うところも多く、そうしたところに「対話の達人」「現代のソクラテス」と評された新渡戸の精神が面目躍如するといったところでしょうか。

さて……話がすっとびますが、

短大での初めての補講無事終了です。
半期15回授業がいわば義務づけられておりますので、休講した場合、そのフォローを必ずしなければならないのですが、だいたい週末に向かう最終コマになりますので、金曜の5時限目、月曜の講義からほとんど日をまたいでおりませんが、前回のつづきのところから授業です。

さて……
なんで哲学?
……と突っ込まれそうですし、三谷隆正ほどモラリストでもないことを自覚している宇治家参去ですが、ワタクシも同じ様な質問をよくうけます。

どちらかといえば、哲学というよりも倫理学が対象とする、善悪の問題です。
善悪が何かと指示することはここでは措きますが、熱意のある善意の青年たちのフラストレーションとでもいえばいいのでしょうか……要は何をやればよいのか、その問題をよく投げかけられることが宇治家参去にもあります。

まさに三谷が直面した問題と同じです。

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中学を卒業して専門学校に入学した頃の青年、即ちわれに眼醒(めざ)め始めた頃の青年がよく言う、善を為せというが、その善がわからない、何が善であるかが分からない。これが善だとはっきり分かれば、その善を実践するにやぶさかなるものではないが、善が善と分からないのに、ただ実践せよ善戦せよと言われたって、小学生ではあるまいし、そんな勧説に唯々諾々と盲従するわけには往かない。

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真剣に考え悩んでいる人ほど、そうした熱意と現状との乖離……これは世界状況だけでなく、直接的に何も関われない・為していないということとの乖離……に悩んでしまうものです。

たしかに、世界の状況を振り返ってみると、戦争や流血の惨事はなくなりませんし、平々凡々とこの地で生きている自分がいるとともに、同時に死に行く人類も存在します。

だから、何かをなしたい……いうなれば善をなしたい……というわけです。
これまでこうした問題に関して有効と思われてきたアプローチのひとつが職業革命家たちの「先導」(実は扇動)だったのでしょうが、詳述するまでもなく、それは善をなすどころか、悪をなすことに転換してしまったのがその歩みであることは疑いもありません。

これは職業革命家の言説に限定された問題ではなく、あらゆる流派のテロリスト、政治的デマゴギーなど幅広くみられたリードの仕方でありますが、共通しているのは、「一気に」「完全転換」が「可能」だという御旗の存在なのだと思います。

しかし冷静になって霊性に考えてみればわかるものですが、複雑な世の中は、「一気に」「完全転換」が「可能」なほど単純な問題ではありません。
複雑な世の中を、「あれか」「これか」に分断してしまうそうした発想こそ、理性の二律背反にほかならず、必ず「血」が流れ、問題解決を導くどころか、「怨念」と「復讐」を拡大再生産させてしまうのがその歩みではなかったかと思わざるをえません。

ではどのように生活者として対処していくのか。
その道筋としては、これまで何度も論じておりますので、議論の組み立て方は割愛し、ファイナルアンサーとして呈示するならば「(ダブルバインドを承知のうえで)責任をもってちゃんと生きるしかない」という結論に達せざるを得ません。

自分の生きている現場を離れて世界も人類も存在しません。
そこからどのように世界や人類につながっていくのか、善の歩みをなしていくのか、問われているのはそこなのだろうと思います。
しかし、生きている現場には、世界も人類も存在しない……それが人間が陥ってる強烈な錯覚なのだろうと思います。

だからこそ、そこを自覚して、あきらめずに生きていく……そこが肝要なのだろうと思います。

で……。
同じことを再論しても他ならないので、学生としては何ができるのか……ついででしたので、試しにと、授業の中で学生さんたちと語り合ってみましたが……、こうした語り合いというのがやはり一番いいもんです。
たしかに哲学に関する基礎知識をお話し、説明することも必要不可欠ですが、それだけでは、カント(Immanuel Kant,1724-1804)のいうとおりで、「哲学は学ぶことができない、ひとができるのは哲学することを学ぶことだけだ」にはなりませんので、

「善を為せというが、その善がわからない、何が善であるかが分からない」というのであれば、学生として何ができるのか、ひとつ考えあってみた次第です。
※「善」そのものには三谷が指摘するとおり、「善はその本質において実践的なものであり、従って又実践的にしかこれを把握する道がない」ように、所与の固定化した何か天空に煌めくような概念ではないと宇治家参去自身は思うところがあり、「善を問う」ことに関してプラトニズム的アプローチはどうしても避けたかったものですから、ここではひとまず起き、善悪論は次回の宿題へとしました。
たしかに、プラトン(plato、BC.427-BC.347)が言うとおり、個別の善の行為はたしかにありますし、そうした個別の行為から、種へ、類へ、そして普遍へと拡大していくと、なにやら、個別の行為を包括するような「善のイデア」なるものが「想定」できなくはないですが、現実にはその「想定」された「善のイデア」なるものが、善をがちがちに規定してしまうと、本来実践的性格である「善」なるものが、骨抜きにされてしまうような感があり、そしてヘア(R.M.Hare,1919-2002)以降のメタ倫理学で見られるアンチプラトニズムとしての倫理の機能主義にもなんだか違和感がある中で……。

……って脱線したのでもどりましょう。
はい、そうです。
これが非常に生産性の高いひとときになったのではないかと思います。
悩み抜き、考え抜くなかで、種々、こういうあり方があるんじゃないかと議論してみましたが、実にこちらが学んでしまうという状況でして……。

……って話題のずれをもう一度ただします。

「善をなせといわれ、具体的に何ができるのか、ひとりの学生としての人間として」。

宇治家参去は学生にしかできないことがあると思っております。
そして学生時代にしかそれはできないことなんだろうと思っております。

国連をはじめとする国際機関で活躍するために仕込むのもそのひとつでしょう。
また具体的なスキルをもって、その分野の最前線で活躍するために仕込むのもそのひとつでしょう。

しかしすべての人がそうしたところで活躍するわけでもありませんし、大学という教育機関は国際機関職員訓練養成所でも訓練機関でもありません。

そう思うひとは、その想いを真剣に使命に転換してゆけばよいのです。

では、そこにのっかれないひとは、善をなすことができないのでしょうか。
早計してはなりません。

でもそうした想いを使命に転換しそうなっていく人も、そして生活者として例えば、住んでいる日本で懸命に賢明に努力していく人も、すべての学生さんにしかできないことが実はあるはずなんです。

古来の人はうまくいったものです。
「灯台もと暗し」

学生さんにしかできないこと……それは「学ぶ」ということです。

あせってはいけません。
学ぶことが最も大切なんです。

善への熱意があるからこそあせるのは承知です。
しかし、あせってはいけません。
60年代の学生運動を証示するまでもありません。
そこにつけこんでくるのが「一発解決!」を謳うデマゴギーなんです。

だから、あせらず、ただ黙々とその熱意を抱きながら学ぶことが大切なんです。
学ぶとはどういうことなのでしょうか。

すなわち、それは、「自分をつくる」戦いにほかなりません。
「心を鍛える」「頭脳を鍛える」「体を鍛える」戦いこそ学生として学ぶということなのだろうと思います。

いうなれば土台をつくるといっても過言ではないでしょう。土台なくしては、どんな家も、どんなビルも建ちません。ひとの一生も同じです。
その土台を建設するのがまさに「学ぶ」という作業なのです。

ぐっとこらえるしかありません。
そして、黙々と学ぶしかありません。
しかし、それと真剣に取り組むことによって、一挙手一投足が善を成そうする着実な歩みになるはずなんです。

休学して一目散にイラクへいく必要もなければ、退学してチベットへいく必要もありません。

まずは「ちゃんと生きること」。
そしてそこから自分のできる善を着実にこなしていくこと。
そのために「学ぶ」「学生」なんだと思います。

福澤諭吉(1835-1901)が自伝でおもしろいことをいっているので一つ紹介しましょう。

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……私はその戦争の日も塾の家業を罷(や)めない。(中略)世の中に如何なる騒動があっても変乱があっても未だ會(かつ)て洋学の命脈を絶やしたことはないぞよ、慶應義塾は一日も休業したことはない、この塾のあらん限り大日本は世界の文明国である、世間に頓着するな
    --福澤諭吉(富田正文校訂)『福翁自伝』岩波文庫、1978年。

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江戸崩壊の前夜、ちょうど上野の山で彰義隊と新政府軍が戦いの火ぶたを切った、幕府崩壊のその日も福澤諭吉は講義を止めなかったそうです。

そして、めまぐるしく騒動する世間に一喜一憂し、ソワソワとする学生たちを前にうえのような言葉を語ったそうです。

すなわち「世間に頓着するな」。

これは世間を無視して、学問の世界へ隠遁しろ、との言葉ではありません。
福澤ほど、日常生活世界の有為転変する状況を綿密につぶさに追跡した人物は同時代ではまずいないでしょう。ですから、むしろ「世間の事件のふりまわされるな」との諫言に他なりません。

力のないまま、世間へ出陣しても負けるのがおちで、それこそ、その恨み節からひきこもってしまうのがその実です。

そうではなく、世間の事象に幅広く耳を傾けながら“も”、学びぬく……そうした相関的な関係が必要だ……福澤の諫言は今の世界にも「あせるな、がんばれ」との励ましに聞こえて他なりません。

……とここまで書くとなにやら道学者風で恐縮ですが、そこにしか繋がっていく道はないんです。

だからこそ、「あせるな」!
真剣に学べ!

それこそ遠いように見えても「善をなす」において一番の早道なのだから。

……ということで、「一ノ蔵」(宮城県)でも呑んで寝ますワ。
全く反省がないといいますか、歴史は繰り返すといいますか、昨日かったのですが、一升瓶が残り少ない状況のようで……ですが、善をなすために、ぼちぼち本日は沈没します。

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適量がむずかしいです

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……ん、ん、ん~むぅ。

金曜日、5月に短大で休講した授業の補講のために大学へ出講してきましたが、その授業のなかで、「善を為せというが、その善がわからない」という議論に関して、ひとつまとめていたのですが……。

……宇治家参去、一応、この手の文章を書くときは、基本的にはテキストエディタで文章として書き、保存して、upしているのですが、「名前を付けて保存」をクリックしたまではいいのですが、途中で、×点をおして、「保存しますか」で「いいえ」を選択して、ふっとんでいきました。

呑んでやっていたのが良くないですねえ。

書き直す気力が萎えましたので、また改めます。

少し酒を控えようと思って、昨日はビール500ml缶1本と、日本酒1合でクローズさせました。
※普段は大体、ビール500ml×3,日本酒が3合強程度(だいたい1升瓶もウィスキーのボトルも3日で底をつきます)。

しかし、控えたのがよくありませんでした。
寝付きの悪いことといったらありゃしません。
1時間おきには目が覚めるし、熟睡もできないもので、まったく寝た気がせず……。

今日はちとがっつり呑んでやろうと思って飲みながら書いているとこの体たらくです。

少なくもなく、多くもなく……というあたりに「人間の真実」はあるのだろう……ということでしょうかねえ。

宇治家参去御用達である「うどん」を看板とする「武蔵野うどん いちょう庵」で「蕎麦」を頼んでしまったところにも、そうしたチグハグがあるのでしょうかねえ。

とりあえず、モチッと呑んで寝ますわ。

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ペンと絵筆による創作は、私にとっては、それによる陶酔が生活を耐えられるように暖かく、そして好ましいものにしてくれるワインのようなものです

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 絵をかくことはすばらしい。私は以前、自分が眼識を持ち、この地上の注意深い散歩者だと信じておりました。ところが、そういう状態は今ようやく始まったばかりなのです。……絵をかくことは、呪われた意志の世界から解放してくれます。
    一九一七年四月二十一日 ヴァルター・シューデリーン宛の手紙から
    *
 私がもう決して画家になれないことを私はよく知っています。しかし、現実の世界へ没頭しているときの徹底した自己忘却は、ひとつのすばらしい経験です。私が何日間も私自身や世界や戦争や一切のものを完全に忘れていたことは、一九一四年以来はじめてのことでした。
    一九一七年五月二十六日 アルフレート・シュレンカー宛の手紙から
    *
 この戦争は私に、内発的な発病と、世間との避けられない対決をもたらしました。この対決は今なお続いており、私はそのために体面などはよろこんで犠牲にします。私が今仕事の合間に(私は陸軍省の職員代理としてここで捕虜援助の仕事をしています)何か美しいものを書いたとき、そして一切の現実的なものから離れて疑いなく価値あるものに没頭したいとき、私は詩作はせずに、四十歳になろうというのにはじめてスケッチと彩色画をかくことを始めました。それは詩作と同じくらい、ときにはそれよりはるかによく私の役に立ってくれます。というのは、追求する価値のある唯一の心の状態、個人的な欲望なしに心の底から対象と共に生き、献身するという状態こそ、まさに芸術家のものだからです。そしてそのような状態を、私は絵をかいている数時間のあいだわがものとします。そのとき神の国ははじまり、「すべてのものはおまえたちのもの」となるのです。
    一九一七年七月四日 ハンス・アブーリ宛の手紙から
    --F・ミヒェルス編(岡田朝雄訳)『ヘッセ画文集 色彩の魔術』岩波書店、1992年。

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第二次世界大戦に対して、勇敢にその非を問い平和を訴えた論者は比較的多いのですが、第一次世界大戦に対しては、その非を問い平和を訴えた論者は、それにくらべるとかなり少ないことに驚かされます。

どちらの場合にしても、その歩みは偉大な人間の歩みとして黄金の輝きを放っていることは論を待ちませんが、そうした数少ない論者のひとりが現代ドイツを代表する作家・ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse,1877-1962)であります。

ヘッセは大戦の渦中、三十編以上の政治的論説を発表し、戦争の狂気と戦うことを試みましたが、方々から「祖国を汚す者」として告発され、孤軍奮闘という状況で……。
罵倒、難癖、当てこすり……、それによってヘッセ自身の精神的破壊がひとつの沸点に達しようとしたわけですが、まさにそうしたとき、ヘッセはすべてものを分断する破壊に対してなお、建設的な作業をしてみようと試み……そのなかで絵を描き始めました。

ある意味では気分転換で始めた創作です。
そのあり方、フレームワークを冷徹なアナリストが分析するならば、一種の「待避行動」と捉えられがちですが、そのスケッチのみならず創作なんかを幅広く概観するならば、「待避行動」として断じてしまうのは、早計の至りでしょう。

「現実の世界へ没頭しているときの徹底した自己忘却は、ひとつのすばらしい経験」とヘッセ自身が語るように、たしかに、「絵をかく」ということで、苛酷な現実から一歩身を引くのは事実です。しかしヘッセにおいてはそれは決して現実からの「退行」を意味しているわけではないようです。

「この対決は今なお続いており、私はそのために体面などはよろこんで犠牲にします」……ヘッセ自身、確かに絵をかくことで、心の均衡を保つことに成功しましたが、そのことは、ヘッセにおいて日常闘争から決して「降りた」ことを意味するわけではありません。むしろ、絵との出会いによって、さらに生き生きと創作し、闘い、自分自身の人生と勝負しつづけたのがその歩みです。

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 ペンと絵筆による創作は、私にとっては、それによる陶酔が生活を耐えられるように暖かく、そして好ましいものにしてくれるワインのようなものです。
    一九二〇年十二月二十一日 フランツ・カール・ギツカイ宛の手紙から
    --F・ミヒェルス、前掲書。

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しらふだけというのは人間の一側面にしかすぎません。おなじく酩酊しているというのも人間の一側面にしかすぎません。その全体があってこそ人間なのでしょう。

ヘッセが絶妙に表現する如く、「生活を耐えられるように暖かく、そして好ましいものにしてくれるワイン」としての創作を生活のどこかに入れてみると、「耐えられないほどぐじゃぐじゃな生活」に「耐えられるように」なるかもしれません。

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旨いもの・酒巡礼記:北海道・札幌市編「北の菜路季 大地」

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訪問してからだいぶ日にちがたちましたが、忘れないうちに書いて置かねば……ということで、【旨いもの・酒巡礼記】札幌編その②です。

北海道・札幌スクーリングの折り、滞在2日目・初日の講義を無事終えた5月16日のすこし冷え込む札幌で訪れたのがこの「北の菜路季 大地」でございます。

前回その①で紹介した「北のさゝや」同様、実は一昨年にも訪問したおみせです。
前回は初日が「北の菜路季 大地」で、二日目が「北のさゝや」ですから、今回は全く逆ですが、いや、いつも変わらぬ「よいもの」を出してくれます。

初日(滞在二日目)の授業では、なんとか授業を無事にすませ、指導員の方が会場からホテルまで送って下さったのですが、ホテルへ戻ると18時過ぎ。

戻ってから簡単に明日使用する講義箇所の簡単な修正をしてから(初日分との整合性のフォロー)をしたり、ちょうど前日に祖母が亡くなったことのもあり、「今日は仮通夜だよな」……ということで、すこし正座をしたりしていると、20時前……。

精神的にいろいろとダメージを受ける諸事が積み重なってはおりましたが、それでも不思議なもんですが、「腹は減る」……というやつです。

宇治家参去の場合、地方スクーリングの際は、基本的には昼食をあまりがっつりとりません。何故なら、「疲れが加速」してしまうからです。むしろ空きっ腹でしゃべったり、考えたり、講義したり、応対したりするほうが、むしろ頭が冴えるというやつですからそうしておりますので、それがおわるとどっと疲れが吹き出してくるわけで、やっぱり、ここはご当地の旨いものを!……という発想にならざるを得ません。
※ちなみにお昼は「誘われる」と出て摂取します。

で、前日、「北のさゝや」の板さんから、

「北海道の夜は早いですよ」(意味としては「週末はお店が早く閉まりますよ」の意)

……と忠告を受けていたので、

「これから、店を探してどうのこうの……というのもタイムロスだよな」

……ということで、

一昨年行って「満足した」あそこへ行くか!

……ということで、

「北の菜路季 大地」へ直行です。

宿泊先のホテルのまあ、目の前のが地下鉄「札幌駅」の出入り口で、そこの駅地下に「北の菜路季 大地」は存在します。

……そうなんです。ここまでお読みの読者諸兄は、ひょっとすると……と思うかもしれませんが、そう、前日訪れた「北のさゝや」本店と同じ駅地下のフロアーで、互いに向かい合って店舗が存在するという次第です。

さて、
この日も少し寒かったので、冬物スーツで過ごしておりましたが、夜になると、コートも必要か?などと自問しつつ、ホテルから徒歩1分程度の「北の菜路季 大地」へ直行しです。

寒いわけですが、清げな店内は、「温かく」、上着をとると、やっぱり、SAPPOROビールの生を「自動的」に注文し、クィックメニューということで、「冷や奴」!

ビールが運ばれてくるわけですが、一瞬にして蒸発してしまいますので、持ってきた給仕のお姉さんに、「もう1杯」お願いすると、

そのもう1杯の生ビールと、冷や奴で闘いの開始を告げるゴングが鳴り響く……というやつです。

この「北の菜路季 大地」というお店は、まさに相対している「北のさゝや」と対極にあるような雰囲気のお店で、どちらかといえば、玄人?向きというよりも、素人向きといってよいかとおもうほど、誰でもウェルカムという一種ファミリーレストラン的な雰囲気があり、会社員おっちゃんが仕事がすんでから「いっぺえやる」にもよし、御婦人がたがサークルとかクラブの打ち上げに使うもよし、小さなお子様を連れた御家族が少し楽しむにもよし、……という大変間口の広い雰囲気で、たしかに種々雑多なひとびとが「楽しむ」ことのできるお店です。

ぢゃあ、そんな「ファミレス」的な「チェーン店」的な飲み屋を、わざわざ【旨いもの・酒巡礼記】で取り上げる必要があるのか、……などと異議申し立てされそうですが、早計すること勿れ!

「北の菜路季 大地」は、たしかにそうした雰囲気を醸し出しておりますが、決して「ファミレス」でも「チェーン店」でもありません。

そうした間口の広い雰囲気ですが、出てくるものは本物なんです。

なぜかといえば、この「北の菜路季 大地」。
店舗を運営しているのが「ホクレン農業協同組合連合会」だからです。
全道の農畜産物の集荷、加工、流通……、そして販売から農業指導まで手広く行っているホクレンが営業しておりますから……、早い話が「最高の材料」があつまってくるわけです。

前置きが長くなりましたが、
そういうところですので、ですから闘いの火ぶたをきった、冷や奴ですが、ただの豆腐と思うこと勿れ。
いや~手が込んでおります。

北海道今金町「小川豆腐店」直送の鶴の子豆腐使用した豆腐は、大豆の味わいの自己主張がきりりとしまった一品で、これに合うのがSAPPOROビールというやつで、またしても飲みほしてしまい、肴のオーダーと同時に、またしてもビールを所望してしまうという善のスパイラルが発生してしまいます。

というわけで、

「いももち」
「あずき菜の和えもの」
「SPF豚の室蘭焼き」

をお願いして待っていると香ばしい匂いと青が引き締まった菜の香りが運ばれてくるし第で、

「いももち」とは、東京なんかでいえば、いわゆる磯辺焼きという雰囲気の一品ですが、「いもももち」ですから、ジャガイモから造られた餅というわけで、米餅よりもやわらかく、味わいが繊細で。しょうゆ味にきざみ海苔がなんとも香ばしい一品です。「北海道のおふくろの味」という触れ込みですが、マジでふかしたジャガイモをすりつぶし、こねてお餅に自分でもしてしまいしょうか……などと思わされてしまいます。

そして「あずき菜の和えもの」!
食品を扱う視座から論ずれば、いわゆる「葉物野菜」にカテゴライズされる葉っぱです。失礼な言い方ですが、若い頃だと、この手の「葉っぱ」の「和えもの」の旨さがまったく理解できませんでした。それよりもむしろ、油っこいトンカツだとか、ジューシーな肉料理とかフライとか、そういうものに目が向きがちでしたが、最近、こうした「目にもやさしい」野菜のシンプル料理がダイレクトに響いてくるようになりました。

はっきり言って単純な料理です。

しかし、素材がよいのでしょう。

合わされたミソの甘辛ぐあいがちょうど良く、「もうひとつ」と思わず注文しそうになりましたが、湯気を立てている「SPF豚の室蘭焼き」が運ばれてきましたので、先ずはコチラと格闘戦のスタートです。

SPF「Specific Pathogen Free」とは、指定された病原体をもっていないという意味で、「特定疾患不在豚」と訳される種類の豚です。飼育過程には涙ぐましい努力とサイエンスとテクノロジーが擁されるお豚様ですが、要は、疾病罹患のストレスのない快適な環境で育てられたお豚様で、肉質の柔らかさがその特徴とされる種類です。

飲み屋巡礼の作法において大切なのは「二度目に訪問した際には、基本的には同じ肴を注文しない」という不文律が存在しますが、その不文律を破ってしまいました。

一昨年にも注文していたのですが、その旨さに一人バックドロップをしてしまいましたので、まさに「007は二度死ぬ」というやつです。

体裁としては、タレの豚串!
触れ込みでは、「室蘭名物の豚串焼き」とあります。

本土のタレとは違うから「室蘭」名物なのでしょう。

甘辛タレに練り芥子をまぶして口蓋へ持ち込むと、ここでもう一度バックドロップです。
たしかに素材は最高です。
しかしこの甘辛いタレが素材を引き立て、そして練り芥子が味わいを締めるというわけですから、練り芥子を使わずに、焼き鳥や焼き豚でやっちゃうように「七味唐辛子」をやってはいけません。

なんといっても練り芥子です。

……というわけで?

日本酒に移行しつつ、真打ちの登場です。

「爆弾つくね」が、宇治家参去が陣取るカウンターの一角に投下されてしまいました。

前回は「エゾしかのつくね」(だったと思う)でひっくりかえってしまいましたが、今年のメニューにはなく、新たに発見した「爆弾つくね」をお願いし、箸をいれて自爆してしまった次第です。

箸を入れてみました。
なからとり~りとした半熟玉子が笑っております。

「おめえ、まだまだ青二才だよな」

玉子に笑われてしまいました。

だからこそ、「挑戦!」というわけで、肉弾戦を展開しましたが、あっさり降伏=幸福です。つくねで大切なのは何かといえば、肉そのものよりも適度に配置された、刻み軟骨ですが、肉とともに軟骨が「コリッ」として溶けていくんです。

「コリッ」として「すぅーっ」と一体化していく……初めてでした。

降伏とは幸福なんですね。

そして半熟玉子が追い打ちをかけるというわけで、完敗=乾杯です。

ともあれ、一品一品を味わい地酒を堪能していると、もうおなか一杯というわけですが、むしろファミレス的な雰囲気が逆説的ですが実にここちよいな……などと思う次第で、その雑音には、「雑音」に解消しきれない人間の喜怒哀楽がひとつの美しいソナタとなって奏でているようで、ひとり、悦にいる宇治家参去でした。

頂いた「おちゃけ」(お酒)は、以下の通り。

純米吟醸 吟風樽生酒
札幌市/日本清酒/原料米「吟風」/+4   ×2

純米酒 風のささやき
旭川市/高砂酒造/原料米「吟風」/+3

ニ世古 純米吟醸酒安政浪漫
倶知安町/二世古酒造/原料米「初雫」/+2

……というわけで、北海道地酒オンパレードで締めさせて頂きました。

いやはや、完敗です。
そして北海道の大地と大地に生きるひとびとに感謝の念を禁じ得ません。

しかし

しかし……

そして、しかし……、

何か忘れておりやした。

「北の菜路季 大地」は「ホクレン」ですよ……!

小さな農産物の叫び声に我に返った次第です。

この「北の菜路季 大地」のうりは、なんといってもジャガバターです。
それを失念しておりました、いや、ホンマ失礼!

「ジャガバター」という言葉は豊穣な対象に対して一つの抽象化を招いてしまうひとつの思想的暴挙であったことを失念しておりました。

東京にいると、「ジャガバター」は馬鈴薯であれ男爵であれメイクイーンであれ、ただの「ジャガバター」です。

しかし、それは実は「ジャガバター」ではないのです。

ジャガイモの味わいを抹殺されたのっぺりとした「顔」@レヴィナスのない「ジャガバター」なのでしょう。

「北の菜路季 大地」では、じゃがいもだけで17種類(季節によって前後)、すべて味わいが違いました。

今回頂戴したのは、「北あかり」と「北むらさき」!

じゃがいもにせよなににせよグルーピングされる味わいではないんですよ。

銘柄の「味」です。

じゃがいもの「味」ではなく「北あかり」と「北むらさき」の味わいなんですよねえ~。

全品種制覇までにはもうチト時間がかかりそうです。

附言ですが、お子様ずれのお父様・お母様にはおすすめです。
……という話を細君にしてしまったのは失敗です。

「連れて行け」

……とのことだそうです。

■北の菜路季 大地
札幌市北区北7条西1丁目NSSビル地下1階
(011)-737-0223
【営業時間】
[昼の部:月~金] AM11:30~PM2:00
[夜の部:月~金] PM5:00~PM11:00(L.O.PM10:00)
[土] PM5:00~PM10:00(L.O.PM9:00)
【定休日】
日曜・祝日
http://r.gnavi.co.jp/h029800/

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じゃがいもの餅……あなどってはいけません。

必ずまいります。

そしてあずき菜……北海道ではポピュラーなようですが、脱帽してしまいました。
※飲兵衛としては「反則技」ですが、あとでもう1度頼んでしまいました。

でSPF豚。

牛さんは豚には勝てないかも……?
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で、これですよ、コレ、旦那!

「爆弾つくね」の「爆弾」の意味わかりますか?

「爆弾」くらうと「爆発」するんですよ。

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対象を単なる「じゃがいも」として「抽象化」してしまうのは人間の暴挙に他なりません。

「じゃがいも」と言っても様々な味わいがあり、「人間」に関してもそれは同じです。

だから「じゃがいもなんてサア~」とか「人間なんてサア~」などしたり顔では発言できない次第です。


だから、飲み足りなくなって、ホテルに帰ってからも弔い合戦した次第です。

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みずから考え、みずから判断する力を持った市民は、もはや思想上の付和雷同に陥ることもなく、また思想統制などに屈することもない。

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 わたくしはわが国民がもともと真理探求の精神を持たない国民だとは思わない。また認識能力、思考能力を持たない国民だとも思わない。感情の動きが思惟よりも強く、従って合理的に着実に考えを進めるよりも直観的な把捉の方を喜ぶという傾向はあるにしても、なお道理を尚ひ、合理的な思考を重んずるという傾向も、決して弱くはないのである。戦国の武士のなかには、その争闘の体験のなかから結局合理的思惟の最も重んずべきことを悟った多胡辰敬(たごときたか)のような人もある。キリシタンの宣教師たちは、日本人が合理的な説明を非常に強く要求したことを語っている。もしそのころから日本人がヨーロッパ文明に接触し、近代の学問の目ざめや、その画期的な業績を目のあたりに経験したのであったなば、近代の自然科学を発達せしめた根本の動力はわが国民のなかにも順当に育って行ったであろう。しかるにわが国民は、近代科学が目ざめたとたんに国を鎖し、その後三百年近い間の世界の学問の進歩の仲間はずれとなったのである。従って再び国を開いてヨーロッパの十九世紀文明に接した時には、その著しい進歩に眩惑され、順当の手続きをふんで追いつく努力をするというようなのんきなことはできないと感じた。ただ大急ぎで研究の成果をのみ取り入れ、その技術を習得するのが精一杯であった。だから機械を発明する力を養成しようとはせず、できあがった機械を輸入して、その使用法を学ぶのが学問とされた。それでもさしずめ間には合う。外形的には、ヨーロッパの文明に追いついたことになる。この努力の間に前述のような学問への功利的関心が支配するようになる。
 これは学問においてヨーロッパに追いついたということではない。学問の進歩は真理探究の活動の進歩、合理的な思考力の進歩、発明する力の進歩でなくてはならない。その根柢を培わず、ただ他所での研究の成果を輸入してそれを学問の進歩と考えたような限界の狭さが、ついにわが国民に未曾有の不幸をもたらしたのである。この機会にこそわが国民は、三百年の鎖国の深刻な意義を悟り、近代文明の根本動力たる学問的精神に心底から目ざめなくてはならぬ。それによって学問は「根のあるもの」、すなわちみずからの力によって生きるものとなり、大学は真に真理探究の場所となるであろう。
 が、それのみではない。学問が何らかの既成の知識、あるいは指示された公式を「覚える」ことではなく、みずから考える力を養うことである、というきわめて簡単な原則が国民の間に沁み込んで行けば、それによって教育は全般的に改まるであろうし、国民の日常生活も政治生活も面目を新たにするであろう。みずから考え、みずから判断する力を持った市民は、もはや思想上の付和雷同に陥ることもなく、また思想統制などに屈することもない。そういう市民に対しては、作為的宣伝は、左であると右であるとを問わず、無効に帰するであろう。そしてただ作為的宣伝を行う扇動政治家への不信のみが結果するであろう。その時政治家は、事実を正直に発表するのが最もよき宣伝であることを理解し、誠実な政治を行なうに至るであろう。そのように、学問精神の徹底は、実践の場における真理の支配をも実現し得るのである。そういう状態のために国民は、永い意志をもって努力しなくてはならぬ。
    --和辻哲郎『倫理学 (四)』岩波文庫、2007年。

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ようやく、「近代日本最大の体系的哲学書」と称される和辻哲郎(1889-1960)の『倫理学』(原本は3分冊、21世紀になって文庫版化されたものは4分冊)の3度目の読了が完了です。

日本の代表的な思想家の文脈で対比するならば、実のところ、和辻は、西田幾多郎(1870-1945)や三木清(1897-1945)なんかに比べると、すこし「軽そう」--などと思ってもいましたし、実際に読む中で、「やっぱ、重厚ぢゃないんだよな」--などと一人合点していたものですが、三度も読み直すと、「いや待て、そうではない」などと新たな発見に酔いしれる宇治家参去です。

思えば、もともと和辻哲郎は、文芸批評や評論を学生時代から手がけていたわけですから、文章としては、生え抜きの学問従事者にくらべると、すこぶる読みやすいわけです。そこにひとつの落とし穴があったのだろうと思います。たしかに、読んでおりますと、つまづくことなく、すらすらと読んでいくことができるのですが、これまで、まさに読み「流して」しまったことに気づき、今回は途中からまた最初にもどり、1年ほどかけて丁寧に読み直すことができ、ひとつの収穫へと結実したのではないだろうかと思います。

また豊富な傍証、すなわち、東西の古典を渉猟し、哲学のみならず、人類学、社会学、地理学など当時の最先端の学知を統合し、倫理学を論じ、そのなかで、和辻倫理学と評される要の部分、すなわち、ひととひととの間柄関係、そして人間存在の基本構造と共同体論、歴史哲学による垂直な時間論的省察と、人文地理学に基づく独自の風土論による横断的な空間論的省察には、まさに驚かされるばかりであり、まさにこのような「大著」はこれからも著されることはないのかも……?などと思うことしばしばです。

さて、この和辻の『倫理学』は、都合12年かけて全体が完成します。原著は3分冊ですが、上巻が1937年、中巻が1942年、そして敗戦を挟み、1949年に下巻が刊行されます。

この上中下でまさに温度差が存在します。
私見になりますが、戦前に刊行された上巻では「世界と日本」(対峙)という気負いが強く、戦中の中巻では「日本」(優越)が、そして下巻では「世界のなかでの日本」(調和)という意識が濃厚です。

確かに、和辻の議論は『倫理学』に限らず、戦前の議論では、「本朝の人文学は本家のヨーロッパを乗り越えたのでは?」(普遍と個の対峙)という感覚が強く、戦中には「日本意識」(普遍を超克する個)が強烈に全面に出てきますが、敗戦を挟んでからは、日本の自閉的文化、そして海外の文物の機械的受容の契機となった鎖国を論じた、まんまの『鎖国』(初版は1950年)という著作にみられる問題意識にみられるように、「全体のなかでの個」(普遍と相即的に調和する個)というふうに議論が変貌しているように思われます。

しかし、読み直すと実感しますが、これは決して「転向」ではないように思われます。和辻倫理学の基本構造である人間観はまったくぶれていません。

すなわち、人間とはアトム化した個人ではア・プリオリでは存在し得ず、意識するせよしないにせよ、人間は共同存在的な個人であり、つねに「間柄」の関係のなかに実態として存在するというところです。

和辻自身、「オールドリベラリスト」と極端な左右から揶揄されましたが、和辻のスタイルには「オールド」もへったくれもなかったのではないのかと読み直すなかで、実感という次第で……。結局は「極左」と「極右」が人間を論じていながら人間をみておらず、抽象的に構造論を論じていただけに過ぎず、和辻としては、リアルな現実的な感覚から人間を論じていたのではなかったか……おそまつながら、そう思う次第です。

ちょうど引用した部分は、『倫理学』の末尾の一節からです。

さすがに「わが国民が……」という言いまわしには、「オールド」な部分の面目躍如という嫌いもなくはないですが、鎖国をふまえたうえで、提示される和辻の学問論、大学論、そして真理論には、目を見張るばかりでありあります。

そして末尾の一節……

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学問が何らかの既成の知識、あるいは指示された公式を「覚える」ことではなく、みずから考える力を養うことである、というきわめて簡単な原則が国民の間に沁み込んで行けば、それによって教育は全般的に改まるであろうし、国民の日常生活も政治生活も面目を新たにするであろう。みずから考え、みずから判断する力を持った市民は、もはや思想上の付和雷同に陥ることもなく、また思想統制などに屈することもない。そういう市民に対しては、作為的宣伝は、左であると右であるとを問わず、無効に帰するであろう。そしてただ作為的宣伝を行う扇動政治家への不信のみが結果するであろう。その時政治家は、事実を正直に発表するのが最もよき宣伝であることを理解し、誠実な政治を行なうに至るであろう。そのように、学問精神の徹底は、実践の場における真理の支配をも実現し得るのである。そういう状態のために国民は、永い意志をもって努力しなくてはならぬ。
    --和辻、前掲書。

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しびれますねえ。
ちょうど60年前に刊行された著作の終盤の一節ですが、果たしていまはどうなのでしょうかねえ。
自己自身の精神構造を点検しつつ、学問の本源的な力を、リアルなものへと展開してみたいとおもう昨今です。

で……、
さすがに連勤最後の火曜日もレ地獄(レジ地獄のこと)になるだろうとは予想しなかったのですが、やっぱり痛風もちには、立ちっぱなしはきついですね。

ということで、新発売の限定醸造『ヱビス超長期熟成2009』(SAPPORO)を早速ゲット(6/3発売)しましたので、足の痛みをこれによって和らげつつ、鯨飲して、沈没しますです。

このコクのある色合いがタマリマセン!

http://www.yebisubar.jp/jyukusei/index.html

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これらみな人間の偉大な仕事だ

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フランシス・ジャム これらみな人間の……

これらみな人間の偉大な仕事だ。
木桶のなかに牛乳をしぼること、
針のようにちくちくする麦の穂を摘むこと、
涼しい榛(はん)の木のそばで牝牛の番をすること、
森の白樺を切り倒すこと、
強い流れの小川のほとりで柳の小枝を籠に編むこと、
仄暗い炉ばたで、皮膚病にかかった年老いた猫や
眠っているつぐみや、幸福そうな子供たちに囲まれて
古靴を修理すること、
こおろぎが鋭くうたう真夜中ごろ
音をしのばせて機(はた)を織ること、
パンを焼くこと、ぶどう酒をつくること、
畑に葱やキャベツの種をまくこと、
生あたたかい卵を集めること。
    --フランシス・ジャム(手塚伸一訳)「これらみな人間の……」、『フランシス・ジャム詩集』青土社、1992年。

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やっぱり月曜日が一番きついです。

前日の日曜は24時まで仕事やって、かえってきて25時前。

風呂に入ったり、酒呑んだり、明日といいますか……数時間後の準備をしていると、結構朝方になるのですが、9時はおきて大学へ向かい、昼から講義してすっとんで帰ってそのまんま市井の仕事で……。

それでも2-3年前であれば、「まだまだ平気!」という精神・肉体ともに乗り切れるスタミナ?があったものですから、気力・体力ともに充溢していたのだと思いますが、最近はチト辛いナ……などと自覚する宇治家参去です。

ひさしぶりに帰りの電車で違う駅で降りてしまいました。

帰宅の電車で、うつらうつらしていてはっと起きて降りて、ホームから改札に向かい、suicaで自動改札を抜けると見慣れぬ風景で……。

一駅手前で降りたようです。

もう一度、改札をくぐって自宅へ戻り仕事へ出かけましたが……。
ちと、これからいっぺえやって疲れを癒して寝ます。

さて講義の方ですが、通信教育のスクーリングでも、短大での講義でも、いつも心がけているのが「一方通行」にならないように!という配慮です。

ときおりディスカッションを入れてみたりするなど、「双方向」を心がけているのですが、今日はひとつ「講義」をしてしまいました。

忸怩たる部分です。

私家版の教科書も1頁も進みませんでした。

内容に関してはちょいと重要だと思うので後日詳細しますが、すでに自家薬籠中と化しているドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)、レヴィナス(1906-1995)の議論を援用しつつ、「世界のために」「何か」やりたいのであれば、自分自身の生活を「ちゃんと生きるしかない」というあたりを学生達と議論しながら、話をしたわけですが、……結果としては「演説」になってしまいました。

まさに忸怩たる部分です。

ポストコロニアル批評の代表的な論者の一人であるスピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)の表現を借りれば、「ダブルバインドを承知でそれを対象化することなく、強(したた)かに足下を掘れよ」って話ですが、やはりこの部分はナイーヴであるがゆえに、丁寧に話をしましたので、結果として「演説」となってしまいました。

双方向を志しつつ、「演説」してしまった部分が忸怩たる部分です。

ご存じの方は?ご存じですが、宇治家参去、こうした熱く「語ってしまう」とき、念のため、「恐縮ですが演説をします」とか途中で「演説でスイマセン」断って「演説」するわけですが、ひさしぶりに80分ちかく演説してしまいました。

本当は「演説」なんかしたくはないんです。

ですが語ってしまったです、ハイ。

とわいえ、学生さんたちの「リアクション・ペーパー」@出席カード兼感想録を読んでおりますと、「演説」に「辟易」としたというコメントが全くなく、むしろ、「刺激になりました」「“演説”だなんて、“卑下”しないでください」との文言ばかりでむしろ、こちらが励まされるようで……。

ありがとうござんした。

ただなア~、これに自惚れてしまうと宇治家参去のレゾン・デートルそのものが肥溜めになってしまいますから、自戒しつつさらにブラッシュアップです。

宇治家参去さんは卑下しすぎ……とよく忠言されますが、自分としては「卑下」しすぎるぎらいが均衡的にはちょうどいいだろうとおもっておりますので、「自虐」しなくなってしまうとそのキャラクターがレディ・メイドになってしまうのだろうと思ったりもします。

だから自分も「ちゃんと生きよう」と思います。

……とわいえ、冒頭に記したようにヘロヘロですので、「ちゃんと酒を呑んで」寝ようかと思います。

今日の寝酒ならぬ寝本は、20世紀前半のフランスで活躍したカトリックの詩人・フランシス・ジャム(Francis Jammes,1868-1938)の詩集です。

パリから遠く離れたピレネー山麓から発せられるジャムの歌声はまさに「朝露にも似た澄んだ声」であります。19世紀後半の燦々と開花したフランス象徴詩の潮流が方法論に堕していくなかで、そうしたあり方と一線を画し、素朴ながらも対象と丁寧に向かいあうジャムの謳声には、大自然や人間が本然的にもつ生命の力強さを感じられずにはいられません。

ひとびとの生命の輝きにみたち溌剌とした詩世界がたったひとつの言葉から彷彿してきます。

自然を素直に美しいとありのまま表現するだけでなく、生きている人間そのものの声までも美しく謳いあげるジャムの紡ぎ出す言葉のひとつひとつに生命力が漲っております。

金がないので、スコッチの「Ballantine's」ですが、ジャムの言葉によってその雑味すら、味わいのひとつへと転換されるようで……。

生きているというのは実に大変な「闘い」なわけですけれども、それこそがまさに「これらみな人間の偉大な仕事だ」ということなのでしょう。

……ということで、とっとと寝ます。

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「音読」から「黙読」へ--近代読者の成立を言祝ぐ?

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 現代では小説は他人を交えずひとりで黙読するものと考えられているが、たまたま高齢の老人が一種異様な節廻しで新聞を音読する光景に接したりすると、この黙読による読書の習慣が一般化したのは、ごく近年、それも二世代か三世代の間に過ぎないのではないかと思われてくる。こころみに日記や回想録の類に明治時代の読者の姿をさぐって見るならば、私たちの想像する以上に音読による享受方式への愛着が根づよく生き残っていたことに驚かされるのである。
 無政府主義の指導的理論家として知られている石川三四郎(明九年-昭三十三年)は、戦後執筆した『自叙伝』の中で、少年の頃祖母の寝物語に聞かされた楠公記や大岡政談から受けた感銘を記し、つづいて父と兄との睦まじい読書風景に触れて、文明開化の風潮が中仙道筋にあたる地方豪家の知的雰囲気を革めてゆく状況を興味深く語っている。

 父なども兄にいろいろな本を読ませて聞くことを楽しみにして居り、例えば昔の漢楚軍談とか三国志とか言うものを読ませて居つたのを記憶しています。後には福沢諭吉の『学問のすゝめ』という書物を東京から買つて来て読ませたこともありました。(同書、上、三一ページ)

 この漢楚軍談や三国志は貸本屋から借りたものかもしれない。この時代には大部の読本や軍記物を所蔵している一般家庭は異例に属し、それだけに貸本屋や知人から借り出した際には、家族こぞって読書の娯しみを頒ち合うのが、ふつうの事だったらしい。山川均(明十三年-昭三十三年)の『ある凡人の記録』にも、このような小説の読まれ方が示されている。

 私の少年時代には、子供の読みものは少なかったし、(中略)木版時代の本屋が消滅したあとに、田舎ではまだ活版時代の新しい本屋は生まれていなかった。それで小学校のころ、私は新聞の広告を見て、博物の書物がほしくなり、わざわざ東京の冨山房(?)から取りよせたこともあった。なにか特別の家でもないかぎり、どこの家庭にも蔵書というほどのものはなく、私のところでも『論語』や『孟子』『唐詩選』とか『日本外史』といったたぐいのものがいくらかあったにすぎなかった。懇意な家に『八犬伝』があったので、一と冬『八犬伝』を借りて来て、毎晩、父がおもしろく読んでくれるのを、母は針仕事を、姉は編物をしながら、家内じゅうで聞いたことがあった。ところが一二年すると、久しぶりにまた『八犬伝』でもというので、また借りて来ておさらえをするというありさまだった。(『山川均自伝』一五七~一五八頁)

 一葉の日記には明治二十四年から二十五年にかけて、彼女が母親の滝子に小説を読み聞かせている記事が数ケ所現われる。ちなみに二十五年三月は一葉の処女作『闇桜』が桃水の紹介により「武蔵野」誌上に発表された月にあたる。

 日没後母君によしの捨遺読みて聞かせ奉る。(明治二十四年九月二十六日)
 此夜小説少しよみて母君に聞かし参らす。(明治二十五年三月十二日)
 夕飯ことに賑々しく終りて、諸大家のおもしろき小説一巡母君によみて聞かしまいらす。(明治二十五年三月十八日)

    --前田愛「音読から黙読へ--近代読者の成立」、『近代読者の成立』岩波現代文庫、2001年。

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音読すると家族から大ブーイングをいつも受けてしまう宇治家参去です。
語学力が落ちてはいけない!と定期的にフランス語やドイツ語の文献を紐解きますし、語学には音読が必要不可欠です。

ですからときどき「Es ist……」「Je n'ai rien……」なんてやると、それを聞き慣れぬ家人にとっては「たまたま高齢の老人が一種異様な節廻しで新聞を音読する光景に接した」気分なのでしょう。

たしかに現代世界は音読文化ならぬ黙読文化であり、そこに黙々と読む「近代読者」が成立するわけですが、宇治家参去に似て?本が大好きな五歳の息子殿は、本に限らず、目につく活字はすべて「音読」しております。

「あ・さ・ひ・すうぱあどらい、ひゃく・はち・じゅう・えん」

ただ、宇治家参去が寝ているときに、その横でやられると始末に負えないものがあり、いやな寝返りをうってしまうのですが、まさに目につく活字はすべて「音読」して「読んで」「理解」しているようです。

で……。
本日、驚いた訳ですが、息子殿が、アニマルカイザーか何だかの絵本と向き合っているのですが、一向に「音読」する気配がなく……。
絵だけ追ってさやさやとそそくさにページをめくるわけでもなく、じっくり一ページ、一ページと向き合っているようで……。

不思議に思い細君に伺うと、

「声に出さずに読むことができるようになったみたい。最近ときどき、音読せずに読んでいるみたいよ」

……とのことだそうです。

もちろん、音読/黙読の比率は圧倒的に音読が大多数を占めるのは承知ですが、「ああ、これで息子殿も『近代読者』になってしまった!」かと思うと一抹の寂しさがよぎる宇治家参去です。

さて、音読から黙読へという転換に関しては先行研究は種々存在します。
活版印刷というテクノロジーは必要不可欠なのですが、それだけではないようです。
東洋文化圏よりもいちはやくその変化を蒙ったヨーロッパにおいてさえ、グーテンベルグの技術革新から、現代の読書の方式が一般化するまでにはおよそ300年近くの歳月を要します。

筆写された書物から活字の書物へと流通が変化したにもかかわらず、長い間、書物は独りで読まれるときであっても、声をあげて朗読されたものだそうです。

その意味では、技術革新だけでは転換は発生しなかったのでしょう。
技術革新とともにエートスとか時代を規定するエピステーメーといったものの変容が実は大きく影響していることは疑いようもありません。

ではそれが何かといった場合、議論は別れるわけですけれども、例えば、ヨーロッパ世界においては、デカルト(René Descartes,1596-1650)によって個の立場の哲学的立脚点が整備もひとつの契機なのでしょう。

そして、それと同時に、信仰を極限的な<個>へと還元するプロテスタンティズムの発想が定着してきますが、その両者が腕組みをして時代を規定する発想を変革したことは疑いようのない事実なのかと思います。

とくに後者は、内面世界への沈潜--すなわち他人の存在という喧噪から離れ“かけがえのない”わたしを内省する--を促す個人への集中ととらえることも可能ですから、そうした宗教改革やピューリタニズムの伝統も、エートスの転換を促す大きな後押しになったのでしょう。

息子殿の文化変容は、「音読」から「黙読」へのコペルニクス的転回というわけですが、そこでふと思いついたのが、エクリチュール(écriture)とパロール(parole)の問題です。

息子殿がやっているのは、エクリチュールをパロールしているわけですので、それを同一視することはできませんが、

すこし補足しますが、言葉には、「書き言葉」と「話し言葉」が存在します。前者が、「エクリチュール(écriture)」であり、後者が「パロール(parole)」です。

ですから息子殿がやっている音読とは完全なパロールではありませんが、何かそうした概念が頭をよぎりますものですから、細君に、

「いよいよ、息子殿も『近代読者』に成長し、音声優位主義から脱却したのでしょうか?」

……などとふると、

「だから、哲学とかワケノワカラン学問をやっている連中は、小難しい“解説”に奔走するからウザイ」

……とクローズされる始末です。

「授業でも、そうした専門用語で学生さんたちを翻弄しているのでしょう?」

……などと追い打ちをかけてきますので、

「いやいや、授業では、インテリやくざな雰囲気で、地の言葉で、オープンに話しておりますよ!」

……って返しましたが信用してくれず。

で……戻りましょう。
言葉には「書き言葉(エクリチュール)」と「話し言葉(パロール)」という区別が存在しますが、伝統的な西洋哲学では言語を考察の対象とする場合、実は「書き言葉」よりも、「話し言葉」としての言語に特権的な座席が与えられておりました。

通俗的な対比ですが、絶対的な境位を象徴する言葉「言語道断」にみられるように、東洋的な文化においては「言語」を「超えた」(メタ・言語?)ところに真理とか真実を求める傾向が強いですが、それにくらべると、西洋的な文化においては、徹底的に「言語」にこだわる傾向が顕著です。それはまさにヨハネ伝の冒頭に記された「初めに言(ことば)があった」(新共同訳)の示すとおりです。

しかしその言葉そのものを丁寧に点検していくと、まさに「書き言葉」なのか「話し言葉」なのかという問題が生じてきますが、しかしそれではどうして伝統的な西洋哲学は、文章化された「書き言葉」よりも「話し言葉」が重視されてきたのでしょうか。

単純にその根拠を尋ねるならばそれは「話し言葉」のほうが「書き言葉」よりも、語を発する主体の意識内容(思考・意志・感情・欲求)をなまなましく「ありのまま」に表現できると考えられてきたからでしょう。

「話し言葉」と違って「書き言葉」とは、まさに「話す」「主体」が表象するコンテンツを代理的に再現する「記号」として機能しますから、結局の所、「話す」「主体」が表現したいそれを、いわば間接的にしか再現できません。

「話す」「主体」が言葉を用いて話したい、表現したいと思う対象をその「根源」とするならば、「書き言葉」は「根源」たる「話し言葉」よりも「根源」から遠いわけですから、「話し言葉」の方が特権的ということでしょう。

話し言葉によって指示されたものと、指示される対象の同一性の優位こそ特権的というわけです。

同一性とは、同一性から乖離していく対象に対して時として「暴力」的にならざるを得ません。この同一性批判が現代哲学の中心的課題となってくるわけで、その文脈で、例えば西洋形而上学の暴力性を鮮烈に暴露するジャック・デリダ(Jacques Derrida,1930-2004)の音声優位主義批判なんかがでてくるわけです。
※それをひっくりかえして、では「書き言葉」が優先されるべきか--といわれると、それこそがまた二項対立ですから、いうまでもなくデリダは許容しませんけれども。

その意味では、根源(なるもの)との同一性の探究が西洋形而上学の伝統であり、歴史であるといっても過言ではありません。

……このへんまで、補足をしたところで、細君は御就寝あそばされたようにて、人文科学の無力にさい悩まされる宇治家参去です。

さて、息子殿が「近代読者」へ変貌した理由は何でしょうか。
今度息子殿に伺ってみようかと思いますが、自分自身の行為に関して詮索されることを極度にいやがる質ですので、教えてくれるでしょうか。

しかし、エクリチュールをパロールすることによって、人間は「自分の聞いている声を自分自身で確認したい」という欲求を持つとよく言われますが、それからひとつステップアップしたということは、淋しい話ですが、息子殿も大人の階段を上っているというなのでしょうか……ねえ。

ただ最後の蛇足……というか自分自身に対する研究覚え書。

日本の場合、明治期に「音読」から「黙読」へと大きな文化変容を蒙ります。その渦中で、二葉亭四迷(1864-1909)に代表されるような「言文一致」運動が勃興しますが、この「言文一致」運動とは、「書き言葉」として本朝の場合、伝統的に「文語文」が尊重されてきたわけですが、明治期の文芸運動のなかで、文語文にかわって日常語を用いて口語体に近い文章を書くことの主張が登場し、その実践が「言文一致」運動というわけです。もちろん、「話した(パロール)通りに文章として書く(エクリチュール)」わけではありませんが、そのあたりの接点も丁寧に探究すると面白そうですね。

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