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日本酒の愛好者もまた或る意味では知恵の愛求者〔フイロソフオス 哲学者〕である。

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 ところで、この知恵は制作的(ポイエーテイケー)ではない。このことは、かつて最初に知恵を愛求した人々のことからみても明らかである。けだし、驚異することによって人間は、今日でもそうであるがあの最初の場合にもあのように、知恵を愛求し〔フイロソフエイン 哲学し〕始めたのである。ただしその初めには、ごく身近の不思議な事柄に驚異の念をいだき、それからしだいに少しづつ進んで遙かに大きな事象についても疑念をいだくようになったのである。たとえば、月の受ける諸相だの太陽や星の諸態だのについて、あるいはまた全宇宙の生成について。ところで、このように疑念をいだき驚異を感じる者は自分を無知な者だと考える。それゆえに、神話の愛好者(フイロミトス)もまた或る意味では知恵の愛求者〔フイロソフオス 哲学者〕である。というのは、神話が驚異せざるべき不思議なことどもからなっているからである。したがって、まさにただその無知から脱却せんがために知恵を愛求したのであるから、これらがこうした認識を追求したのは、明らかに、ただひたすら知らんがためにであって、なんらの効用のためにでもなかった。そしてこのことは、その当時の事情がこれを証明している。すなわち〔たんなる生活のためにのみでなく〕安泰な暮らしや楽しい暇つぶしにも必要なあらゆるものがほとんど全く具備された時に初めてあのような思慮〔フロネーシス 知恵〕が求められだしたのであるから。だから明らかに我々は、これ〔この知恵〕を他のなんらの効用のためにでもなく、かえって全く、あたかも他の人のためでなくおのれ自らのために生きている人を自由な人であると我々の言っているように、そのようにまたこれを、これのみを、諸学のうちの唯一の自由な学であるとして、愛求しているのである。けだしこの知恵のみがそれ自らのために存する唯一の学であるから。
    --アリストテレス〔出隆訳〕『形而上学 上』岩波文庫、1959年。

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哲学とはどこから始まるのでしょうか。
アリストテレス(Aristotle,B.C.384-B.C.322)は、人間という生き物においては、「驚異すること」にその契機を見出しておりますが、あながち間違ってはおらず、むしろ正鵠を得ていると思えます。

「ごく身近の不思議な事柄」に対する驚異の念であれ、「それからしだいに少しづつ進んで遙かに大きな事象」に対する驚異の念であれ、対象に対して「驚く」ことから探究がはじまるのだろうと思います。

驚き、おやこれは何だ!

……となり、

そして、その真相を確かめたい、確認したい……と知恵を愛求していく冒険がスタートするのだと思います。

まさにその過程こそ「フィロソフィア(φιλοσοφια)」(知を愛する)であり「哲学」なのでしょう。
この言葉を最初に日本語訳したのは幕末から明治初頭にかけて活躍した啓蒙思想家の西周(1829-1897)ですが、最初は「希哲学」と訳したそうです。すなわち「哲学(かしこいなにがしか)」を「希(こいねが)う」との翻案なのでしょう。こちらの訳語の方がむしろその経緯をただしく伝えているのではなかろうか……と実感する宇治家参去です。

さて、短大で担当する「哲学」ですが、学期末にレポートを課しております。ちょうど回数的に折り返し点をすぎ、終盤へとむかいつつある季節になりましたので、レポートに関する中間報告を先日各人にお願いしてきました。

中間報告といっても人数の都合上、各人にプレゼンテーションさせるわけにもいきませんので、レポートの計画書(本でいえば目次のようなもの)を依頼したわけですが、その骨格を土台に、これからの肉付け作業におおいに奮闘してもらいたいところです。

さて、レポートのお題……ここ2年ほど同じ内容ですが……ですが、こちらから指定しておりません。

何故なら哲学とは先に示したとおり、各人が「驚異すること」に注目せざるを得ませんから、こちら「驚異」の対象をお題として限定することができません。

ですから、各人に自分自身が今一番「驚異」していること、言い換えるならば、一番興味をもって「探究したい」ことがらを自分で選び取り、それについて探究し、まとめて報告してください……そうした内容でお願いしております。

こちらでお題を設定した方がある意味では「楽」かもしれません。
しかし、やはり自分で自分自身やその生きている環境を省察し、そこからテーマを絞り、コツコツと調べて積み上げていく方が、「哲学する」ことの訓練になるのでは……そう思う観点から、2000字程度の学期末レポートをお願いしております。

来月末に完成品を提出してもらうわけですが、これがマア内容が多岐に渡り、こちらが「発見」することも多く、今から楽しみです。

こうした全てを自分で作り上げていくという作業は、これまでの教育課程では受けてこなかった分、苦労もあるかとは思いますが、自分で驚き、悩み、発見しながらまとめていくという作業はその人自身にとってひとつの財産になるはずですので、是非奮闘してもらいたいところです。

さて……。
立場を変えて、宇治家参去が学生として、自分自身が「驚異」して「探究」することになった場合、何をまとめましょうか?

やはり、米のジュースや米のジュース用の肴に関してでしょうかねえ?

……ということで昨日はその取材!ということで、宇治家参去一家御用達の「ささ花」にて実地探究です。

ここは毎月メニューの入れ替えをやってくれますので、その月々に訪問しないと出会えない肴殿もいらっしゃりますので、チト探究です。

昨夜は、6月メニューの「いわい鶏とトマトのサラダ」で、先ずは梅雨の蒸し暑さを払うところからスタートです。
淡いドレッシングが鶏とトマトを引き立てております。

前菜には、これも季節メニューの「海老と鯛のクリーム春巻」を頂戴しましたが、これがまたなかなか、ジューシーかつ爽やかで、海老と鯛が、くどくなく、爽やかな濃厚さで満足のひとときです。

ヱビスの生をおかわり、おかわりしつつ、はこばれてきたメインの肴がつぎのとおり。

季節メニューの串焼きもりあわせ
もち豚と旬野菜のせいろ蒸し
たこと旬野菜の唐揚げ

串焼きには、「たぬき串」「きつね串」なる串ものが用意されており、前者は「天かす串」、後者は「あぶらげ串」か!などと楽しく想像しておりましたが、そうではありませんでした。

「たぬき」は椎茸のうえに挽肉をのせて焙った一品で、その姿を「たぬきのお腹」に見立てたもので、「きつね」とは、まさにあぶらげのなかに肉を挟んでかりっと焙った一品です。

どちらも肉の旨みが引き立てられているにもかかわらず、さっぱりとしてい、ひさしぶりに「七味」やら「粉山椒」などふりかけずにやってしまいました。

「もち豚と旬野菜のせいろ蒸し」は、細君の一押しメニューですが、先月は頂戴しておりませんでしたので、今回はオーダーしましたが、せいろ蒸しでよろしいのは、脂が落とされたにもかかわらず、旨み成分だけはしっかりと肉や野菜の本体に凝縮されてしまうところにあるのでしょう。ゴマだれとポン酢だれでいただきましたが、どちらも頗る快味でございます。

それから頂いたのが「たこと旬野菜の唐揚げ」
たしかに唐揚げなのですが、ころもがあるような……ないような……絶妙なうすさで、どちらかといえば素揚げに近いのですが、やはり極薄の衣がひそかにのっており、素揚げの食感をもちつつも、衣のこうばしさが芳しく、初夏に彩りをそえるひと品です。

で……
ぼちぼち日本酒に移行しつつやってきたのがつぎの肴殿たちご一行。

特製出汁巻き玉子焼き
エリンギとニラのゴマ塩和え
穴子ドラゴンロール

「特製出汁巻き玉子焼き」は、先月当地で友人と宴を催した際、いただいたわけですが、「居酒屋の玉子焼きなどとは……」と侮ることなかれ!という状況です。たっぷりと玉子をつかって、秘伝の出汁でふんわりと焼き上げた玉子焼きは決して自宅で食せぬ一品であり、こういう本格のお店でないと食べることが出来ないなあ~などと認識を新たにさせられたものですから、息子殿用にご注文です。

「お母さんの玉子焼きよりおいしい」

……とは顔がひきつって告げられなかったそうな。

そして日本酒用にということで、「エリンギとニラのゴマ塩和え」。
最近はこうした素材を生かした料理が旨く感じられてしまいます。子供の頃などは、やれトンカツだ焼き肉だ、ハンバーグだ!などとこってりしたものを所望したものですが、最近ではこうした青菜類が好物の一つになってしまいましたが、年の所為でしょうかねえ。

で、「お米がほしい」との家人たちの提案で、「穴子ドラゴンロール」というわけですが、要は穴子の巻きずしなのですが、薄く切ったアボガドと丁寧に巻き込んでいるので、見た目もさわやかですが、それ以上に味もさわやかで、〆にお茶漬けとかをオーダーしなくて正解でした。

頂いた日本酒は以下の通り。

屋守  純米吟醸 東京・豊島屋酒造
ささ一 純米吟醸 山梨・笹一酒造

どちらも関東の酒ですが、やはり、純米吟醸はどれを呑んでもよいものです。本醸造にはないフルーティー具合がなんともいえません。

屋守は「やもり」ではありません。「おくのかみ」と読んでくださいまし。
むかし初めて注文したとき、「やもり」と読んで失笑を買った記憶がありますので、皆様方もオーダーの際は、くれぐれもご注意を!

……って、「驚異」し「探究」してみたレポートですが、これならAでしょうかねえ?

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「たぬき」と「きつね」には大いに驚かされました。

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この玉子をみてください!
家庭では再現不可能です。

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最後に福澤先生は旅だって行かれましたが、次回から使える割引券をくれましたので、また来いよ!ってことでしょうか。

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