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「人間的な生の関係がふくむ構造は、人間が互いにふるまうことによってかたちづくられ」ているはずなのですが……

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……人間的な生の関係がふくむ構造は、人間が互いにふるまうことによってかたちづくられ、そのふるまいは人間の根本的-態度、すなわち一箇の「エートス」をふくんでいる。エートスとは倫理学の根源的な主題であり、エートスがエートスとして妥当するにいたるのは、人間が互いにふるまうこと、つまり共に在る人間として共に在る人間に対してふるまうことによってのみである。人間のエートスによって、それが明示的に「拘束的」なものであろうと「非拘束的」なものであろうと、あるいはまた道徳的なものであれ非道徳的なものであれ、人間の生の関係にぞくする意味と心情が規定される。人間を人間として、したがって同時にまた共に在る人間として規定するこのようなエートスを、いっさいの哲学はそなえている。それぞれの哲学が道徳や倫理についてなにも語らず、そうしたことばを避けようとしている場合であっても同様である。哲学が使用する概念的な規定は--それが人間的現存在にかかわるかぎり、さらにまた人間的現存在を超えでようとする場合であっても--純粋に概念的な本性を有するものではなく、むしろ「人間の規定」についての一定の概念を前提し、それに表現を与えようとする。以下の議論は倫理的「諸価値」や「道徳の系譜学」や「善悪」を取りあつかうものではなく、共同存在の形式的な構造を論じようとするものである。けれども、あらゆる倫理学が前提としているこの地盤は、それが人間学的な基盤であることで、それ自身として(eo ipso)倫理学的に重要な基盤となるのである。
    --K.レーヴィット(熊野純彦訳)『共同存在の現象学』岩波文庫、2008年。

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いつもより遅めの出勤だったので出社前に、せんだって借りていた本を神学校へ返しにいき、その帰路、駅へとむかっていると細君からメールが1件。

「金魚の餌がなくなったので、どこかで買ってきてくれ」

……とのことだそうです。

たしかちかくにホームセンターがあったよな……ということで、「金魚の餌」を買い求め、レジで並んでいると、ひとりまえの中年のオジサンが激怒りはじめまして……。

要は、その御仁の前に並んでいた、かなり高齢の婦人が、レジでの清算後、レジサークルから荷物をもって退去するのにかなりもたついていた……これは傍目からもそうですがそんなことを言ってもはじまらないというのが大人(これは“おとな”とよむよりも“だいじん”とよんだ方が精確でしょうか)のエートスというもんだよな……と並んでいたわけですが、宇治家参去の前の御仁が急にそのことを声を荒げて騒ぎ出したので、……辟易とした次第です。

その高齢の御婦人が清算するまえから結構な列になっていたので、イラッってきたのかもしれません。

しかし、声を荒げるほどでもないだろう……そう思われて他なりません。

混んでいたのは混んでいたわけです。
そして高齢の御婦人ですから、若い衆のようにさっさと退去することもできず……。
御婦人一人にまかせているともちっと時間がかかりそうな気配を察したレジ担当者は、その介助といいますか、レジサークルから出てきて、袋をわたし、退去を誘おうとしたわけですが……。

そうした一連のチマチマ動作に、イラッってきたのでしょう。

中年のオジサン、矛先をレジ担当者に向けると、

「清算がすんでいるんだから、なんではやくこっちのを打たねえんだ」

「もうしわけございません」

退去しつつある高齢の御婦人も顔面蒼白で……

終いには、「責任者だせ」

……という始末でして、げんなりと辟易とした次第でございます。

結局、本当は「はやく清算して帰りたい」中年のオジサンそのものが、レジに並んだ長蛇の列を止めてしまうというわけで……いわゆる本末転倒という次第です。

たしかにげんなりと辟易しましたが、それと同時にあたまのなかで、「It's a good day to die When you know the reasons why Citizens we fight for what is right」が魂を鼓舞する歌声としてループするというやつで、同時に昨日、息子殿に教えたcitizenの生きる流儀(エートス)としての「Courage,Duty,Honour」が、目の前の驚愕すべき事態に対して「ドン引き」する宇治家参去自身の背中を押すようで……。

「あの~、騒いでいる貴方が、一番の問題ではありませんか? レジの動きを貴方がすべて止めましたヨ!」

声をかけ、その御仁が振り返り、次に並んでいる宇治家参去とそのまた後ろに長蛇でつづく列を示して見せたわけですが……

……言ってしまいました。

性根としてはシャイでナイーヴなチキン野郎というのが宇治家参去を規定するレゾンデートルです。

しかし、時折、休火山がいきなりマグマを放出するように、「言霊」が「迸って」しまうことがあるようで……。

言霊を放ってから、ようやく思い出したかのように兎のような心臓がばくばくし始めた次第です。

「あんぅ?」

「いえ。ですから事実を解説しただけですけど……。……ネ」

「あんだア」

「いえ。ですから。ああ、そうですか。出るところへでます? 勘違いしないでくださいよ。 店の外へ出てストリートファイトとか御免ですよ。ええ、そうです。なんなら警察呼んで、弁護士呼んで、出るところへでます?」

……って名刺入れを出し始めると、

「あんだア!」

……って、持っていた商品を壁に投げつけ

「二度とこねえゾ、ボケぇぇ」

……って、買い物されずに帰って行かれました。

早く清算したくて騒いだわけですが……。

人間とは摩訶不思議です。

レーヴィット(Karl Löwith,1897-1973)が指摘するとおり、「人間的な生の関係がふくむ構造は、人間が互いにふるまうことによってかたちづくられ」ているはずなのですが、なにやら「共同存在」としての「人間」という自己自身の「ふるまい」を忘却し、他人の「ふるまい」だけを弾呵することが「かっこいい」という勘違いが甚だしいんだよな……と思いつつ、ばくばくする心臓をおさえつつ、痛風で痛い足をひきずりつつ、何処かで「待ち伏せ」してないよな!……と革命的警戒心を張り巡らしつつ、仕事へ向かった次第です。

……とわいえ、そのオジサンと同じ命が自分自身にも冥伏することは忘れてはいけない!と自戒しつつ、サア、これから大好きな「鳴門鯛」(本家松浦酒造販売・徳島県)でいっぺえやって、心臓をおちつかせてから寝ますです。

ホンマ、citizenとして生きるのは大変です。権利主張も大切ですが、それを裏打ちする「Courage,Duty,Honour」が欠如してしまった場合、そこには不毛な「モノ取りゲーム」しか存在しないはずなのですが……。

ですから……

These are the words I march by,Duty,Courgae,Honour
Every single day and i've been trying

……って試行錯誤しながら人間共和の世界を目指すしかありません。

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