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「ハア、なるほどね」

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青年 いよいよ人間の話になりましたね?
老人 そうさ。人間即機械--人間もまた非人格的な機関にすぎん。人間が何かってことは、すべてそのつくりと、そしてまた、遺伝性、生息地、交際関係等々、その上に齎(もた)らされる外的力の結果なんだな。つまり、外的諸力によって動かされ、導かれ、そして強制的に左右されるわけだよ--完全にね。みずから創り出すものなんて、なんにもない。考えること一つにしてからだな。
青年 これは驚きました! じゃ、かりにぼくが、あなたのおっしゃってることなんか、すべてナンセンスだと考えるとする、その考えは、いったいどこから来たんです?
老人 いや、それはごく当然の考えだよ--いや、それ以外どうもならん考えだといってもいいかもしれんな--だが、いいかね、君がそう考える、その根拠になった材料そのものもだよ、決して君自身が創り出したもんじゃァない。要するにそれは無数の書物、無数の会話、そしてまた何百年間というかな、祖先たちの心、頭脳から流れ出して、君の心、頭脳に注ぎ込んだ思想、感情の流、それからただ無意識に集めこんだ思想の断片、印象の断片、感情の断片、そういったガラクタ群の集積にしかすぎないんだからな。君個人としちゃ、なんにも創造なんかしてやしない。君のその考えをつくっている材料の、そうだ、目にも見えるぬほどの破片(かけら)ですらが、何一つとして君自身の創造なんかじゃない。いや、それどころか、そうした借りもんの材料をまとめ上げたという、そのわずかな功績するがだな、なんら君自身の手がからじゃァない。それすらもすべて自動機械の作用なんだからね--つまり、徹頭徹尾機械構造の法則にしたがって、君の心という機械がやった作用(はたらき)にしかすぎんのだ。しかも、その機械そのものも、君自身がつくったものじゃないばかりか、それを支配する力すら、君自身はもってないんだよ。
青年 ずいぶん厳しいですね。すると、ぼくとしちゃ、そういった考えしかもてなかった、っておっしゃるんですか?
老人 自発的にはかね? そうさ、その通りだよ。おまけに、その考えだって、実は君がつくったもんじゃない。ただ君の機械がつくってくれただけにすぎん--自動的に、瞬間的にだな。省察だの熟考だのって、そんなものはなんにもない。また必要もないんだ。
青年 じゃ、かりにぼくが熟考したとしたら? どうなります?
老人 じゃ、一つやってみるかね?
青年 (十五分ほど考えて)考えてみました。
老人 つまり、考えを変えようとやってみたのかね? もちろん、一つの実験としてだが。
青年 そうです。
老人 うまくいったかね?
青年 いいえ、同じことです。変えることはできません。
老人 残念だな、それは。だが、いいかね、それがつまり、君の心が機械にしかすぎんてことなんだ。それを支配する力は、君にはない。いや、心って奴、自身を左右する力すらもってないんだな。--ただ外部から動かされてだけ作用(はたら)くんだから。つまり、それが心ってものの構造法則、言葉をかえていえば、一切機械の法則なんだ。
青年 じゃ、この自動機械的思考ってのは、ぼく自身にも変えられないんですか?
老人 そうさ、君自身の力じゃできん。できるのは、ただ外なる力だけなんだ。
青年 外力だけですか?
老人 そう--外力だけだな。
青年 そんな議論は成り立ちませんよ--あんまり馬鹿馬鹿しくて、とうてい成り立たんとでもいうか。
老人 これはまた、どうしてそんな風に思うんだね?
青年 思うだけじゃありませんよ。はっきりわかってます。じゃ、かりにこんな場合はどうなります?--つまり、ぼくがですよ、いまある思考をはじめようと決意する、そしてはっきり現在のこの見解を変えようという目的で、思索なり、読書なり、勉強なり、をするとしますね。もしそれが成功するとしたら、どうなります? これはもう外的衝動力の結果とはいえんでしょう。すべてがぼく自身の作用(はたらき)--つまり、ぼく自身、自発的にこの試みを考え出したんですからね。
老人ところが、それが大まちがい、これっぽっちもそうじゃないんだから。現にそれはわしとのこの話合いから生まれたものにすぎん。わしとの話合いがなければ、そんなことは絶対に起こらなかっただろうからな。人間誰も創造なんてことは絶対にない。思惟も衝動も、すべて外からくるわけさ。
青年 ずいぶんいやな言い方ですね。それにしても、最初の人間ってのは、とにかくなにか創造の思惟をもったはずじゃありません? 誰からも引き出す人間なんていなかったわけですからね。
老人 それがまちがいなんだ。アダムの考えは、みんな外から来たものばかり。たとえば、君は死を恐れてるだろう。だが、それは決して君が発明したもんじゃない--外から、つまり、人の話や、人から教えられて、知ったにすぎん。アダムには死の恐れなんかなかった--これっぽちもなかった。
青年 いえ、ありましたよ。
老人 はじめて創られたときにか?
青年 いいえ。
老人 じゃ、いつだね?
青年 つまり、死の脅威を感じたときですよ。
老人 じゃ、外から来たもんじゃないか。そりゃアダムは偉い男さ。だが、神格化なんぞしちゃいかんな。外から来ない思考をもってるなんてのは、君、神々だけなんだぜ。おそらくアダムはいい頭の持主だったろうな。だが、そんなもの、外からのもので一杯になるまでは、なんの役にも立たなかったはずだな。どんな些細なことだって、頭だけで発明できたはずがない。善悪の区別なんてものも、それこそカケラほども知らなかった。みんな外からの観念として知るよりほかなかったんだよ。彼だって、イヴだって、裸で歩くことがよくないなんて、決して自分で考えついたわけじゃない。あの林檎と一緒に、まったく外からの知識だったんだな。つまり、人間の頭ってものは、なに一つとして新しいものなんか考え出せるもんじゃない、そんな風にできているんだよ。外から獲た材料を利用するだけの話なんで、要するに機械にしかすぎないんだよ。ただ自動機械みたいに運転するだけなんで、意志の力で動いたりするんじゃない。自分で自分を支配する力なんか、もちろんないし、その所有主にだって命令する力はない。
    --マーク・トゥエイン(中野好夫訳)『人間とは何か』岩波文庫、1973年。

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マーク・トゥエイン(Mark Twain,1835-1910)といえば『トム・ソーヤーの冒険』とか『ハックルベリー・フィンの冒険』で有名なように、奇想天外な爽快・大胆な読み物の作家として知られておりますが、爽快・大胆という側面よりもむしろ、その骨格をなす時代に対する批評精神とか諷刺精神のほうがその真骨頂ではないかと思います。

名門旧家の出身ですが、幼い頃に破産し経済的には恵まれず、水先案内人や印刷工をへて作家としてデビューしますが、システムとか概念が硬直化しつつあった世界において、それっを笑い飛ばす痛快な筆致は、ある種の爽快さを醸し出すわけですが、その「笑い飛ばす」批評精神とか諷刺精神には学ぶべきところがあるのだろう……などと再読しながら痛感する宇治家参去です。

晩年は不幸の連続でペシミスティックになっていたようで、そのなかで、書かれたのが上に引用した、没後出版となる『人間とは何か』です。

人間とは反応する機械にほかならない……『人間とは何か』で丹念に描かれる通底するテーマはそこに存在します。

人間とは機械にすぎないと説く老人と、いやそんなはずはないと力説する青年との対話という構成ですが、根拠を持たない熱き?青年の熱意は怜悧な老人の構成力に圧倒されていくという仕立てですが、読んでいるとは、「ハア、なるほどね」……などと唸らされてしまいますので、驚きます。

たしかに、人間は「機械にしかすぎないんだよ」ということかもしれあせん。
ただ「自動機械みたいに運転するだけなんで、意志の力で動いたりするんじゃない。自分で自分を試合する力なんか、もちろんないし、その所有主にだって命令する力はない」ことは生きている上で、自分自身の言動・行動を振り返ってみたり、直面する人間模様の中で至極実感するところで、まさに「ハア、なるほどね」と理解してしまいます。

しかしながら、その「ハア、なるほどね」というのは、1+1が2になるようにすぱっと「ハア、なるほどね」という感慨でないことも事実です。

その辺のもやもやした部分が払拭できないとでもいうのでしょうか。

専門家からは誹りをうけそうですが、諷刺批評家のトゥエインのことですから、挑戦・挑発的にこの書をしたためたのではなかろうか……などと思ってしまいます。

たしかに人間とは、そして人間限らず、生物とは、機械的なところがあります。
時系列における点と点を観察して推論するならば機械的な側面が皆無ではありません。
しかし、こと人間に関してみてみると、まさに時系列における点と点との間には豊穣な紆余曲折がみられることも確かです。

仏教に限らず、あらゆる高等宗教では、存在者そのもに善も内在すれば悪をも潜在することが説かれますが、そのことと同じかもしれません。どちらの純度百%の人間は存在するわけではなく、その生命に紛動されてしまったとき、機械的に人間は動き出すのがその実情なのでしょう。

このことは人間にかぎらず、自然界においても同じかもしれません。

さふいえば、5月に植えたひまわりのたねがおおきく葉をのばしはじめました。
これから大輪を咲き放つことなのでしょうが……行く末が楽しみです。

しかし不思議なモノです。

ある意味で無機質だった乾燥した種が出発だったのですが、係わり続けることによって生き生きと成長していくわけで、このことは静物にかぎらず、人間に関しても同様かも知れません。

……ってことで?
帰る前に、書く必要もない大クレームが市井の職場であった凹んでいたのですが、ひっぱりすぎると難ですから、数時間後の授業にそなえて、麒麟のハートランドビールでも飲んで寝ます。

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