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悪魔を相手に、あれほど人間らしく口をきいてくれるとは、しかし大旦那として感心なものだ。

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  学生
お話をうかがっているとぼうっとしてしまって、
頭の中で粉挽車がぐるぐる回るような工合です。
  メフィストーフェレス
次は、何よりもまず
形而上学にとりかかるのだ。
そうするとおよそ人間の頭ではわからんことでも、
深遠な意味をつけて捉まえることができる。
頭にはいることにも、はいらんことにも、
立派な術語がちゃんとできあがっている。
だが初めこの半年ほどは、
特に秩序ということに気をつけたまえ。
鐘がなったらすぐ教室に入るのだ。
あらかじめよく予習をして、
本の一章一節をよく調べておく。
するとあとで、先生が、
本に書いてあることしか何もいわぬことがよくわかる。
それでも筆記は熱心にしておきたまえ、
聖霊が君に口授しているかのようにね。
  学生
それは二度と仰しゃるまでもございません。
それがどんなに役に立つかは私にもわかっています。
なにしろ白い紙に黒い字で書いているものは、
安心して家へ持ってかえれますから。
    --ゲーテ(相良守峯訳)「書斎」、『ファウスト 第一部』岩波文庫、1958年。

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ちょうど短大の「哲学」の授業でゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)を講じておりましたので、先週来、ずうっ~とゲーテばかりを、まさに「仕事」として読み直しておりましたが、やはりゲーテはいいものです。

学部生の頃、ドイツ文学科に在学しておりましたが、ドイツ語がからきしダメで……といっても仕事で使う分くらいは読めますけども……酷い思い出ばかりですが、ゲーテだけは熱心に読んだのが今の財産かもしれません。

もっとも本格派の研究者からいわせると、宇治家参去のゲーテ理解など、研究とは似て非なる衒学的なフリークの趣が濃厚と笑われてしまいますが、集中的に読んだことはひとつの財産・土台となっていることは間違いないかと思います。

さて……
なんで「哲学」で「ゲーテ」なのか……なんて突っ込まないでください。
哲学は「諸学の王」ですからなんでもありなんです。

しかしなんで「ゲーテ」なのでしょうか。
ひとつには、若い学生さんたちに……言い方がやくざ言葉か熟練の軍曹になってしまいますが……要は「お前らなあ、良書を読めよ!」ってことをその主眼においておりますものですから、そのひとつのケーススタディとしてゲーテの生涯とか作品における卓越したその哲学性を論じております。

ただし、ゲーテを扱うのは授業回数のバランスで言うと中盤よりちょい後になるのが、学生さんたちが「良書を手に取ることが遅くなってしまうのでは……」などと思うところもあるのですが、土台の土台を造ってから、その展開・転回として差し込む挿話的にこのゲーテの講義をいれておりますので、最初にもっていくわけにもいかず……。

ただしかし、早いうちからいい本を手に取る習慣をつけてほしい。

工夫が必要だよな……などと4月に開講する前から悩んでおりました。

そしてその悩みをスルーしてしまうと、ゲーテがまさに『ファウスト』で指摘している通り、「あらかじめよく予習をして、 / 本の一章一節をよく調べておく。 / するとあとで、先生が、 / 本に書いてあることしか何もいわぬことがよくわかる」というディレンマに陥ってしまいますので、工夫と言うほどの工夫でもありませんが、今回は初回の授業より、本論と関係なくても、古典名著を冒頭で紹介しつつ、「お前らなあ、良書を読めよ!」とハッパをかけつつ助走してきましたので、ちょうどゲーテのところでそのひとつのクライマックス?をいいかたちで迎えられたのかな……などと思う宇治家参去です。

本日の授業のリアクション・ペーパーを読んでおりますと、

「1週間でなんとか2冊読めました!」
「今『モンテ・クリスト伯』の2巻目です、メッチャ面白い!」
「まだ読み始めておりませんが、ともかく良書を自分の身近なところから手放さないというスタート地点にはたどり着けました」

……等々。

これまでにくらべると、「読まなきゃいけないけど、なかなか読めない」で終わってしまうという事例がかなり減少し、かえって、挑戦中です!という報告が数多くあり、ひとまず工夫?は成功したのかと思います。

ホント、学生時代にこそ、良い書物に挑戦して欲しいものだと思います。
もし万が一、学生時代には「読んだけど理解できなかった!」ということはザラにあると思います。しかしそこであきらめずに、仕事をするようになってから、また親となってから……と再読するような形で、たとえ一冊であったとしても、何度も向かい合っていくと、宝を掘り出すことが出来るものですから。

良書を手放さない……このことが肝要なのかもしれません。

しかし、宇治家参去が自宅で本を読んでいるとよく誤解されるんです。

「遊んでいるんだろう」ってところです。

決して遊んではいません。

書物の活字を通して、ゲーテと対話し、プラトン(plato、BC.427-BC.347)と喧嘩をして、ドストエフスキー(Fyodor Dostoyevsky,1821-1881)と一緒に膝を抱えているだけなのですが、それを態度として示してしまうと、どうも遊んでいるように勘違いされてしまうのが難点です。

ともかく学生さんたちにハッパをかけるだけでなく、宇治家参去自身も死ぬまで良書への挑戦の一日一日でありたいものです。

……ということで、ついでですので、ゲーテ畢生の大著『ファウスト』の序曲の末尾でもひとつ。

健康を考えて?バーボンにしてみましたが、
……結局結構のんでおりやした。

がっくし。

しかし……くどいのお……!

学生さんのコメントでのぞけったのは次の一言!

「ゲーテさんに会ってみたいです」

……そう関心を向けてくれたことだけでも嬉しいもので御座います。

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  メフィストーフェレス
さあ何をお賭になります。もし旦那様が、
あの男(……引用者註=ファウストのこと)をそろりと私の道の方へ連れこむことをお許しくださるなら、
あれを旦那様から奪いとってごらんに入れますが。
  主
あれが地上に生きているあいだは、
それも別に差止めはしない。
人間は、努力をする限り、迷うものだ。
  メフィストーフェレス
そいつは有難いですな。というのは、
死んだ奴なんか相手にするのは元々嫌いだからです。
私のいちばん好きなのは、むっちりした生きのいい頬っぺたなんで。
死骸ときたら私はご免こうむりますよ。
私の流儀は、猫がネズミを相手にするようなもんですから。
  主
よろしい、ではお前にまかせておこう。
あれの魂をそのいのちの本源からひきはなし、
もしお前につかまるものなら、
あれを誘惑してお前の道へ連れこむがよい。
そしてお前がやがてこう白状せねばならなくなったら恥じ入るがよい、
善い人間は、よしんば暗い衝動に動かされても、
正しい道を忘れないものだと。
  メフィストーフェレス
結構ですとも。だがそいつも長続きはしますまいよ。
今度の賭は、もうこっちのもんです。
もし私の思いどおりにいった場合には、
腹の底から勝鬨をあげることをお許しねがいます。
あいつには塵あくたを食わせてやります、欣んで食いますぜ、
ちょうど私の叔母の、あの有名な蛇のようにね。
  主
うん、その時にでも勝手にふるまうがよい。
わしは一度もお前の仲間を憎んだことはない。
およそ否定を本領とする霊どもの中で、
いちばん荷厄介にならないのは悪戯者(いたずらもの)なのだ。
人間の活動はとかく弛みがちなもので、
得てして無制限の休息を欲する。
だからわしは彼らに仲間をつけてやって、
彼らを刺戟したり促したり、悪魔としての仕事をさせるのだ。
それはそうとお前たち、まことの神の子らよ、
この生き生きした豊かな美を楽しむがよい。
永遠に生きて働く生成の力に、
愛のやさしい垣根をもってかこまれ、
揺らめく現象として漂うものを、
恒久の理念をもってつなぎ留めるがよい。
 (天閉じ、首天使らわかれ去る)
  メフィストーフェレス
時々、あのおやじに会うのは悪くないて。
だからおれは仲違いしないように、気をつけている。
悪魔を相手に、あれほど人間らしく口をきいてくれるとは、
しかし大旦那として感心なものだ。
    --ゲーテ(相良守峯訳)「天上の序曲」、前掲書。

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