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2009年7月

「京は遠ても十八里」

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昼から夜まで細君が横浜へいっていたため、息子殿とふたりぐらしという、とんでもない休日?のおかげで、仕事をするにも、これまた仕事場にて、ひとり怪獣ごっこをしてくださるものですので、なかなかしごとにならず……とりあえず、入力だけはやりながらぼんやりしていると、夕方です。

細君から弁当でも買ってきて食べておいて!とは言われたので、店まで出ましたが、ここはひとつ、男だけで、なにかたべてくるか……ということになり、最近『御殿場高原ビール』も呑んでないし、“はなの舞”にでもいこうかと歩みをすすめましたが、息子殿が“はなの舞”の2Fにある“福福屋”のほうがよいということで、のれんをくぐった次第です。

ちょうどビールフェアのようなものをやっており、五杯いただくと無料券をくれるという“祭”ですが、いっぺんに五杯もいただけませんので、三杯でやめ、“若狭フェア”をやっておりましたので、夏の夕方、息子殿とふたりで日本海の魚にしたづつみ。

たまにはこういう休日もよいのかなと思います。

しかし、ちょいわる親父ではなく、ちょいダメ親父ですから、そういう休日なってしまうところが悲しいものです。

が……
夏を彩る飛び魚の刺身は鮮烈であり、
若狭名物、鯖のへこし炙り焼は、冷や酒にぴったりの潮味のきいた珍味であり、
〆にいただいた越前おろし蕎麦は、さっぱりとしていながら譲れない自己主張がひめられており、

「雪の松島」(大和蔵酒造・宮城)は「超辛口」とのふれこみでしたが、若狭湾の肴をひきたててくれる逸品でありました。

「今日の食事は、細君には内緒だよ」

……と息子殿と約して帰途につくと、すでに細君が帰宅しており、

「何処へいっていたんだああ」

……とのことだそうです。

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おすすめは「鯖のへこし炙り焼」と「越前おろし蕎麦」でしょうか。

男と男の秘密の約束は、たった1時間でばれてしまいました。

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世界からつかまれ、その世界につなぎとめられる

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 かくも目立たぬ現象に、かくも手広い解釈を加える甲斐があったとすれば、以上のような展望に加えて、おそらく次のような第二の展望があったからかもしれない。すなわち、それ自体としては取るに足らぬものにたいして有効性をもつことによって本来の姿を現す、象徴的関係というもののもつ射程の大きさだ。
 というのも、ここで取り上げているのは、まさにあの偉大な人間の理念的綜合と反立にほかならないからである。すなわち、あるひとつの存在が、自分を包み込む領域の統一性に完全に帰属しながら、同時にまったく別な事物の秩序から要請を受けているということ。この事物の秩序は、その存在に合目的性を課し、その形式を規定しているが、にもかかわらずこの形式は--あたかも事物の秩序など存在しないかのように--統一的連関のなかにあいかわらず組みこまれ続けるということだ。
 私たちが加わっている驚くほど多くのサークル--政治、職業、社会、家族のサークル--は、ちょうど水差しが実用的環境にとり囲まれているように、さらに別のサークルにとり囲まれている。そこでは個人がより狭い、閉じたグループに属しながら、まさにそれによって、より大きなサークルに参与している。そして、その大きなサークルがより狭いサークルをいわば操作したり、自分の側のより包括的な目的論のなかに組みこむ必要があるときには、そのつど、狭いサークルを利用する。
 取っ手が実用的課題に答えようとするあまり、水差しの形式的統一を破ってはならないように、個人もまたひとつのサークルの有機的な完結性の内部での役割を保持することを生の芸術から要求されている。しかし、個人は同時により大きな統一体の目的にも仕え、その奉仕をつうじて、より狭いサークルを周囲のサークルのなかに組みこみのを助けるのだ。
 私たちひとりひとりの関心領域についても、また同じことが言える。私たちが認識し、倫理上の要求に従い、あるいは客観的に規格化された構築物を作り上げるとき、私たちは私たち自身の持ち分や力をつうじて、理念的な秩序のなかに参入している。この秩序は、それ自身の内的論理ないしは超個人的な発展衝動に駆られ動いており、そのつど私たちの全エネルギーを個々の肢体で捉え、自分のなかに組みこむ。そのとき決定的に重要なことは、私たちが、私たちを中心とする存在の完結性を破壊させないこと、そしてその存在の周縁における個々の能力、行為、当為が、その存在の統一性の法則にあくまで留まり続けるようにすることだ。しかも同時に、この存在はかの理念的な外部にも帰属しており、私たちをその外部の目的論の通過点とするのだ。
 これがあるいは人間と事物の生の豊さということかもしれない。なぜなら生の豊かさの本質とはひっきょう、それらの相互共属性の多様性にあり、内部と外部の同時存在性にあるからだ。そこでは一方の側への結合と融合は同時に解離でもある。そこにはつねに、もう片一方への結合と融合が対置されているからだ。
 ひとつの要素が、ある有機的連関のなかに完全にとけこむようにして、その連関の自己充足性を分かち合い、かつ同時に、まったく別の生がその要素に入りこんでくるための架け橋となりうること、そして一方の全体性が他方の全体性を、どちらか一方が他方によって引き裂かれることなしに、捉えるための手がかりとなること--これこそ、人間の世界観、世界構成におけるもっともすばらしいことだ。
 水差しの取っ手は、おそらくもっとも外面的な形で、そしてそれゆえにまたその射程がもっともよく分かる形で、このカテゴリーを象徴している。このカテゴリーが私たちの生に、これほどまでに多様な生と共生を贈りとどけてくれるということは、おそらく二つの世界に故郷をもつ私たちの魂の運命の反映なのだ。なぜなら魂もまた、ひとつの世界の調和に自らを必要不可欠な部分として帰属させ、同時に、この帰属性を魂に課している形式にもかかわらず、否、その形式のゆえにこそ、もう一方の世界の網の目と意味のなかへ入りこんでいくからだ。魂の自己完成は、この二つの課題をどこまでなしとげられるかにかかっている。そのとき魂は、さながらひとつの世界--現実の世界であれ、理念の世界であれ--がもうひとつ別の世界にさしのべた腕となる。それはもうひとつの世界をつかみ、それを自分につなぎとめる腕であると同時にまた、その世界からつかまれ、その世界につなぎとめられる腕となるのだ。
    --ゲオルク・ジンメル(北川東子編訳、鈴木直訳)「取っ手」、『ジンメル・コレクション』ちくま学芸文庫、1999年。

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「川の両岸がたんに離れているだけではなく、「分離されている」と感じるのは私たちに特有のことだ。もし私たちが、私たちの目的思考や必要性や空想力のなかで両岸をあらかじめ結びつけていなかったとしたら、この分離概念はそもそも意味を持たないだろう。ところがここで自然の形態は、さながら積極的な意図をもっているかのように、この概念に立ち向かってくる。そこでは自然の要素間にあたかも独立した存在としての分離が介在しているように見え、いまや精神がその分離のうえに和解と統一を差し伸べるのだ」(ジンメル「橋と扉」、前掲書)と語るのは、社会学の黎明期の主要な人物として知られるゲオルク・ジンメル(Georg Simmel,1858-1918)です。

通常、社会学者……精確には社会学を打ち立てた人のひとり……とカテゴライズされる人物ですが、哲学になじみ深い宇治家参去などからすると、社会学者というよりも、むしろもうひとつの側面、すなわち「生の哲学(Lebensphilosophie)」の思想家という趣のほうが、当該人物を表現するには適切なのではないだろうか……などと思われて他なりません。

「生の哲学」とは、「生」ですから、生ビールはどのように飲むのが旨いのか、「生」の“魚”はどのように捌いて頂くのがいちばんよいのか……そうしたことを議論するわけではありませんが、結果としてはそこに通じていく隘路を開拓しゆく哲学なのだろうと思います。

デカルト的な二元論を乗り越える試みが「生の哲学」に通底している部分ですが、知性や理性偏重ではなく、現実に生きている人間を、いわば“全体”としてどのように理解していけばよいのかということを議論しますので、当然光明だけでなく暗部をも照射する知的動向といってよいと思います。

傾向としては、やはり、理性・知性偏重という思想史の超克という側面が強いですから、当然アンチ・形而上学に傾きがちとなってしまいます。

もちろん、そうした極端な論者も多々存在しますし、「生の哲学」とグルーピングしてしまうのは、学説史としての概念化の暴力に他なりませんから、実際にはさまざまな傾向をもったひとびとが「生の哲学」というジャンルされているのが実情でしょう。

しかし、そうした知的動向のなかで、群を抜いて、現実感覚と、現実を打ち抜く感覚をもちあわせた人物はジンメルをおいてほかには存在しないのではなかろうか……初学者の域を出ない感覚的直観ですが、ジンメルの著作と向かい合うとそのことが思い起こされて他なりません。

川の両側は、岸からしてみれば、たしかに、「離れております」。
だからこそ、川なのでしょう。

しかし、川そのもの、岸そのものからしてみると、「離れている」だけにすぎず、「分離されている」という発想はないのかもしれません。

そこに「分離」を見出すのが、人間の「目的思考や必要性や空想力」なのでしょう。「分離」しているからこそ「橋」をかけたいのが人間なのでしょう。

ジンメルに特徴的なのは、人間は他者や事物に対する「つながり」を拒否すると同時に、「つながり」を強烈に求める存在である、という人間観です。

ですから、その人間が「つながる」あり方としての「社会」が注目されるわけですが、ジンメルはそもそもそうした楼閣でありながら堅牢な構築物のようにそびえたつ「社会」そのものには別段に注目しないところが面白いところです。

ジンメルが注目するのは「社会」そのものよりも「社会」を成り立たせる原点としての「「社交(Geselligkeit)」です。

この社交とは広義でいえば、まさに人と人との交際、日本語のこなれた表現をつかうならば「世間的なつきあい」を意味する共同関係といってよいでしょう。

ジンメルにおいて「社会」とは、すでにできあがった仕組みや組織ではありません。対峙してみた場合、そうした錯覚を抱きがちですが、冷静に向かい合ってみるとそうではないことが多々あります。

そうしたほころび、そしてそうした仕組みや組織の原点としての諸個人の相互作用に注目したのがジンメルの学的営みといえるかと思います。

人間はひととひととの間柄的関係において、すなわちそれが社交ということですが、自己を個別化させる要求にしたがい、既存の社交性を解体してゆきますが、それと同時に、ある側面では、既存の社交性をも強化していく生き物なのでしょう。

そこにおいては、あれか・これかといった革命家的な敵・味方論は通用しない、現実の人間世界の地平がひろがるばかりで、そのたゆみない対決のなかに、人間が、現状を不断に変革し行くきっかけがあるのかもしれません。

それを相対するものとして対峙してしまうと、そこには生きた生活空間はまったく存在しないわけですから、議論として結局人間を扱わない立場しか出てこないのかも知れません。

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魂の自己完成は、この二つの課題をどこまでなしとげられるかにかかっている。そのとき魂は、さながらひとつの世界--現実の世界であれ、理念の世界であれ--がもうひとつ別の世界にさしのべた腕となる。それはもうひとつの世界をつかみ、それを自分につなぎとめる腕であると同時にまた、その世界からつかまれ、その世界につなぎとめられる腕となるのだ。
     ジンメル「取っ手」、前掲書。

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つかみ、つかまれている……だからこそ人間の喜怒哀楽はそこに存在するわけですし、そのことを一慨に抽象化することは不可能です。

抽象化された立場は、どの局面においても、生きている人間を分断するばかりですから、われわれが選択するべきは、(わたしが)つかみ、(わたしが)つかまれているきめ細かい織物のなかで、わたしという糸が輝き、わたしという糸に綴られた織物としての社会が煌めくという立場をとるしかないのでしょうねえ。

久し振りにジンメルを読みながらそのようなことをふと思った次第です。

……ということで、昨日からスポット的な三連休でございます。

市井の職場の各課長、店長の夏休み調整のための振り替え出勤がかさなっているのですが、その代替休としてまさにスポット的に頂戴した次第です。

来月はスクーリングがあるので、そこでリフレッシュ休暇を申請して、そして大学へ講義へいくという夏休み“消化”を申請しておりますので、実質これが夏休みかもしれません。

ただ、課題も山積しておりますので、論文2本とか博士論文の仕上げとか、夏期スクーリングの仕込とか……今日も自室に“ひきこもり”でございます。

ただ、夕方、玉子が切れていたので、細君より、「購入依頼」……そのバーターとしてタバコ1箱代を請求したところうまくゲット!……がありましたので、ちょいとついでにぶらぶらすると、19時すぎてから、燃えるような夕陽に向かい合い、ちと感動です。

夕陽そのもには自然の営みとしては「意味はない」のでしょう。
しかし、そこに人間が「かかわる」=「つながる」ことによって「意味」が出てくるところが不思議なものです。

しかし、ジンメル……水差しについた「取っ手」を材料にしながら、人間世界を論じるとは、……ここまでの本質的美文家は、どこをさがしてもいませんねえ。

ドイツ語もこれまた格調高い美しい文章なんです。

……ということで、今日は、『黒龍』(黒龍酒造(株)/福井県)の、「逸品」にて晩酌です。

大吟醸、純米酒、垂れ口……等々、種々『黒龍』は試しているのですが、「逸品」は初めてです。

一番安い入門者用=酔うの酒かもしれませんが、やわらかな味わいとさわやかな匂いには紛れもなく福井県産五百万石の旨みが生きているようです。

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著者:ゲオルク ジンメル
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勝負というものは負くるものではございません。必ず勝つという見込みがない勝負は、するものではございません

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 ト伝は、義輝にせがまれるままに、この冬を京で越すことにした。義輝がせがむままに、自ら木刀をとって教えつづけた。
 当時の剣法というのは、まだ原始的なもので、戦場での活用を主眼としているから後年のような複雑な太刀筋がまだ生まれてはいない。
 ト伝は、ただ一撃の打込みにこもる気力と、この気力に伴う肉体の自由自在な活動が、いざというとき充分に発揮されるべく鍛錬をかさねてきた。これを義輝に伝えるのである。
 それともう一つは--いかなる場合にあっても、燃え上がる闘志を押える冷静な心と、立合いの駆け引きである。
 「勝負というものは負くるものではございません。必ず勝つという見込みがない勝負は、するものではございません」
 と、ト伝は義輝に言った。
 「勝てぬと思うときは逃げるのです。恥ではありません。よろしゅうございますか、私は、あなたさまが自らをお守りになる為に剣をお教えしたのでございますぞ」
 年があけて永禄五年となった。
    --池波正太郎「ト伝最後の旅」、『上意討ち』新潮文庫、昭和五十六年。

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ひとつだけ自慢できることがあります。

それは何かと申しますと、「喧嘩をしたことがない」という……ただそれだけのことです。

勿論乳幼児期の記憶は定かではありませんので、学齢期以降ということですが、喧嘩を一度もしたことがありません。

……などというと、「男は拳と拳で勝負じゃああ」的な発想からすると……言語が若干差別的表現を伴いますがリアルな状況を表現できますので臆面もなく表現するならば、いわゆる「女々しい奴」「男らしくない奴」……などといわれてしまいますし、そのことを否定しようとも思いませんし、それはそれで当を得ていると思わざるを得ません。

いずれにしろ喧嘩だけはしたことがなく、それは裏っ返せば、憶病の誹りをうけてしまっても、反論することができません。

しかし喧嘩だけはしたことがないんです。

憶病ですし、怖いからですし、ついでにイタイからです。

「やっぱ弱虫かよっ」

……って言われてしまうと、それまでなのですが、そのことは否定もしませんし、逆に言えば、批判のまさに的となってしまう全方位外交こそが、自分自身のレゾン・デートルを形成してきたのだろうと思います。

ですから、小学生の頃から、どのようすれば、そうした縁に紛動されないですむのか……丹念に取り組み?、オトラント公ジョゼフ・フーシェ(Joseph Fouché, duc d'Otranto,1759-1820)も驚くばかりの権謀術策に知的リソースを注ぎ込んできたようなチキン野郎です。

ですから、大声でなにかをやられるとか、リアルな拳法をやっちゃうとか、その類が極めて苦手でございます。

剣道を小学1年生のころから、都合12年ほどやっておりましたが、試合で勝ったことも通算2度ほかしかなく、……それはアンタがヘタクソなのだろうといわれればそれまでですが……、剣道で学んだのはなにか「力」によって「伏せる」ということよりも、それ以外の方が多かったのかも知れません。

いずれにせよ、力量・技倆・気迫の問題もありますが、「諍う」ことに憶病になってしまう宇治家参去です。

ですから細君などからは、「闘うときに役に立たない」などとのたまわれてしまいますが、そこに、宇治家参去の「非暴力の聖者」としての止めどない人類に対する愛を感じて貰いたい次第なのですが、話がずれてきました……ので、本論?にもどりましょうか。

……ということで?

市井の職場6連勤の最終日、マア、例の如くありえないレジ地獄ではありましたが、ちょいと別件のしごともしなければならず、やっている最中に、お客様との応対をしながら……、聞こえてきたのが、大人“たち”の“怒声”でございます。

……ひょとして“危ない人”が騒いでいるのか?

応対しているお客様に、怒号の情勢を“察して”もらい、手短に要件をすませ、現場?へ急行すると、お父さんとお父さんがガチ喧嘩をしていた次第です。

「“あ”んだ、テメエ」
「“い”いかげんにしろよ、こんにゃろぉぉ」
「“う”ぜえぇぇんだよ」
「“え”えかげんしろやぁぁぁ」
「“お”い、なぐりたけりゃぁぁ、なぐれやぁぁ」

……ってご様子で、買い物に訪れた他のお客様も怯えるばかりでございます。
ちょうど時間帯が夕刻のピークタイムですので、ふぁみりーなひとびともおおく、

「うぉっぷ、まじですか」

……って式に「驚く」というよりも「おびえている」わけですから、

誰がどうすんの?

……って式に宇治家参去さん、チキン野郎でしょうが、収めろや……って内面の声とともにフロアに対する職業倫理的@ヴェーバーの“責任倫理”から……、

声をかけた次第です。

ひさしぶりに心臓が爆裂した次第です。

興奮した2人をなだしつつ、状況を把握すると、どうやら、肩と肩がふれた……というような……実際は違いますが措きますが比喩で……“ささいな”突発事が発端であったようですが、一度火がついたおふたりのお父様は、なかなか矛を収めてくれません。

どちらかといえば、ますますエスカレートする様子で、そこには仁義も公共精神もへったくれもあったもんではりません。

やるなら外でやってくださいましよ……とは思うのですが、不特定多数のひとびとが集うGMSという、公共空間@ハーバーマスであるわけですから、放置プレイもできず、補佐のバイト君……こうした場合は複数人対応が原則です……に「警察でも呼ぶか」って声をかけると……、

「薬が効いた」……のかしら?

……一方のかたが、鉾を収め初め、三々五々に当事者およびギャラリーが雲のを子を散らすように退散した次第です。

これ以上、ことをあらげるつもりもありませんでしたので、

「もうしわけございませんが、ここは、いろんなひとが集まる場所ですから、ほんと、もうしわけございませんが、ここはひとつおだやかにできませんでしょうか……」

……って最後に声をかけると、すこし冷静さを取り戻したお二人が、「いやいや、あんたが“あやまる”必要はないんだよ」

……などと、一方のかたが声をかけてはくれたのですが、

「あんたが“あやまる”必要はないんだよ」

……っていうのは、「わるいのはおれと喧嘩しているおめえだ」……っていう言語の表裏に隠された「夏への扉」という余韻がふくまれいることが濃厚でしたので、

「では! これでよろしいでしょうか。警察も呼びません。種々誤解があったようですが、他のお客様も“怖がって”おり、“迷惑”しております。おわりにしましょうか」

……って“びくびく”で案内し、ようやくクローズです。

言語として記述すると長くなりますが、1分足らずの出来事です。

ひやぁぁ、なんとかおさまてくれて幸いです。

ある意味では……処理するという意味では……クレームの方が楽であり、諍いの仲裁ほど生命力を使う事例はありません。

ともかく無事に案件終了で“幸い”です。

しかし……“怖かった”です。

この手の事案に“介入”すると、正直なところ、「あんだ、テメエ」って“ぶん殴って”もらったほうが楽なんです、司直的には。しかし、「易き」への「阿(おもね)り」を排した極限状況?の提示というものは、まさに、人文学者としての本業の枠を拡げてくれているようで実にありがたいものです。

しかし……“怖かった”です。

……といわざるを得ない、まさに“チキン野郎”宇治家参去でございます。

接客の問題、品質の問題を含め、クレームとか事故が一番多いのがこの季節です。

それはそうですよね!
これだけ暑くてゲレってきてしまいますと、ぶち切れてしまう……というものでしょう。

しかし、宇治家参去は“ぶち切れ”ることが許されていないんですよ、……トホホ。

だから……喧嘩をしません。

「勝負というものは負くるものではございません。必ず勝つという見込みがない勝負は、するものではございません」

負ける相対というのが“喧嘩”なのでしょうねえ。

そして必ず勝つとというのが“勝負”なのでしょうねえ。

どこに生命力を“注ぐ”のか、ひとつ学ばせて頂いた次第です。

しかし蛇足ながら、喧嘩を収める……これはチキンの蛮勇にしかできないかもしれません。

つうことで、帰宅すると、注文していたデッドストックのシェーファー(SHEAFFER)の「スクール万年筆」が届いておりました。

今はつくっていない80年代のラインですが、ネットオクで易く入手できました。

スクール万年筆とは、学齢期の児童にもつかってもらおうという簡易な万年筆ですが、やはり老舗の作った物は、書き心地が、使い捨てアイテムとは全く異なります。

お子様向けですから自重はほとんどなく、かるく、まさにライトな万年筆ですが、お子様向けなのでしょうか、細字ののりもよく、これはひとつめっけもんでございます。

このライン、すなわち「スクール万年筆」は、ペリカン(Perikan)なんかも出しているのですが、未使用のデッドストックになかなか出会えず、ペリカン党としては是非ペリカンなどと思っては居たのですが、ぼちびち学齢期にさしかかる息子殿にも1本と考えていた矢先、シェーファーもそうなのですが、なかなか手に入らない奴が手に入ったのは幸いです。

来月あたりに、なんとなく「勉強をがんばったご褒美」ということでプレゼントしてみようかと思います。

宇治家参去自分自身もネズミのはったような文字しかかけません。
しかし忘れがたいのは、自分自身も小学校に入学した折り、父母からもらったのが万年筆です。

今は手元にありませんが、ドイツのラミー(Lamy)の“サファリ”ラインだったかと思います。いわゆる「スクール万年筆」ではありませんが、初学者向けの一品で、なんだかんだといいながら6年間使い倒した思い出があります。

うちの息子殿も、親である宇治家参去以上にグレート“チキン野郎”でございます。

しかし、“諍う”ことに専心できるよりも、“諍う”ことを調停できるひとになってもらいたい……などと思うのは、親ばかでしょうか。

……っていうことで、寝ますワ。

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<真理>や<善>「などといったものは存在しない」と主張するような議論に訴えているわけではない

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DEADLINE=2009/08/10

いつもだいたいその前後なのですが、前期に担当した科目の成績をつけて返却すべきデッドラインが本年の場合、上に示したとおりです。

そしていつものことですが、ギリギリ……すなわち〆切前日到着予定のような感じで採点して返却しているのですが、これではマズイわな……ということで、今回は気合いを入れて、早めに返却することができました。

やれば、できる!

……ひさしぶりにガッツポーズをとりながら、酒をがっつり呑んでいる宇治家参去です。
授業をやるよりも、レポートを添削するよりもはるかに難しいのが成績の評価です。
詳細は措きますが、ある意味では生命力を使うとでもいうのでしょうか……その難点に何度も頭を悩ますものですから、いつもぎりぎりまで“後回し”にしてきたのですが、“後回し”にしてしまうと、当然〆切日のプレッシャーという余計な要因も加わってき、さらにきつくなってしまいますので、書いてもらった答案用紙もそろい、提出して貰ったレポートもそろったところで、朝から一気に50通の答案とレポートを読んで、そのまんまつけさせて頂いた次第です。

それが……ある意味ではよかったようで、すっきりはればれ採点を終え、あとは大学へ返却するばかり。

「宇治家先生っていつもぎりぎりなんですよねえ」

……という担当職員のぼやきは今回はみられないのではないかと思います。

「ひょとして宇治家先生、悪いものでも食べたのでは……?」

などと議論されているのかもしれませんが、成績をおくっても、それを入力する手間を考えるといずれにせよ、早く提出するにこしたことはありませんよね。

……ってことで、ひとつ肩の荷がおりたようで……。

昨日もそうとう飲んだのですが、今日も「宇治家君、お疲れ様でした」

……ということで、がっつりやらせて頂いております。
金が無いのが難点ですので、一の蔵の「無鑑査」を買い込み、さきほどからやっておりますが、この「超辛口」というのが堪えます。

最近、だいたい一日に三度ほど風呂に入るのですが、三度も入る如く、東京は猛暑の連続で、梅雨が明けたにもかかわらず、じとっとした雨もつづものですから、体にカビが生えるのでは?などと思ってしまいますが、だからこそ「超辛口」がいいのでしょう。

まさに「超辛口」ですので、そうしたけだるさをぶっとばす呑み応えと爽快感で、まさにこいつは日本酒のスーパードライだ!などとはしゃいでいる次第です。

……ということで成績を付け終えた後、「まだなにか、大学へ提出しなければならなかったはず……」

……などと不審な思いが出てき、山のように詰まれた書類の「未処理BOX」に目を通すと、先ほど大学から送られてきた「夏期スクーリング開講に関する書類」……これは受けとって安心してそのまま返却していなかった!……が目に付き、急ぎ記入して、返却準備OKです。

要は、授業で使用する機材の申請とかそうしたフレームワークを形づくる書類なのですが、これをおろそかにすることはできません。

夏休みの大学で行う夏期スクーリングではこれまで一度も遭遇したことがありませんが、各地で開催する地方スクーリングでは、これまで「パワーポイントを使うので、関連機材を」と申請していたにもかかわらず、当日出向くと何も機材が無かった!(で、実はこれが一番始めにスクーリングをやったとき!)とか、予約して貰っていたホテルが予約されていなかった!など挿話には事欠きませんので、太めの万年筆……今回はめずらしくモンブランの2146(しかもmade in West Germanyですぞよ)で記入した次第です。

さて、本日は、ネオ・プラグマティストの頭目として知られるリチャード・ローティ(Richard Rorty,1931-2007)の小論集を読んでおりましたが、まさにこれだよな!などとひとりごちつつ、市井の職場の休憩中にほくそ笑んだ次第です。

何かを批判する際、とかくそれに対する対抗軸としてのアンチ・テーゼを打ち立てることに腐心してしまい、当初の批判的考察のもくろみから大きく逸脱してしまい、批判することによって目指すべき地点をみうしなってしまう……こうした事例は日常生活において事を欠きませんが、それは日常生活だけではなく、思想の世界においても同じかもしれません。

西洋形而上学の解体……という議論において「解体すべき目的」が喪失し、解体することに専念してしまうとそこには何ものこりません。

神学のボキャブラリーも必要ありませんが、アンチ神学のボキャブラリーも必要ないといったところでしょうか。

ローティの文章を読んでいると、ある意味でその過激な発想におどかされてしまわなくもないのですが、ゆっくり読み直すと至極真っ当なことを……それに賛同するか違和感を感じるかといった感覚の問題は起きますが……言っているよなア、などと読むたびに驚かされてしまいます。

……ということで?

昨日の東京は断続的豪雨のため、ろくな写真が撮れませんでしたので、一昨日の夕刻からの一コマです。

夏に東京から遠望できることはまずないのできわめてラッキーだったのかもしれません。

夕陽の落ちかけた西空に目をむけると富士の高嶺が微笑んでいるようで、なにやら、心が洗われた次第です。

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……すなわち、プラグマティストは、ある状況のもとである行為を実行することを善だとは考えるが、そうした行為を善たらしめているものについて、何が一般的で役に立つこおを述べうるとは、考えないのだ。ある与えられた文を確言すること--あるいはその文を確言したくなるような傾向を取り入れること、つまりある信念をわがものとすること--は、特定の状況においてのみ正当化しうる、そしてまた賞賛すべき行為となるのである。しかしそうだとするとよけいに、そうした行為のすべてを善たらしめているもの--人が確言しようという気になるべきすべての文に共通するある特性--について、何が一般的でやくだつことが述べられるとはとても思えないのだ。
 プラグマティストの考えでは、<真理>や<善>を孤立させようとする試み、つまり「真の」とか「善い」とかといった語を定義しようとする試みの歴史をみれば、こうした分野では面白い仕事など何もできないのではないかと疑わずにはいられない、ということになる。もちろん、歴史は別の展開を遂げたかもしれない。不思議なことに、<力>の本質や「数」の定義についてなら、人々はそれについて述べうる面白いことを見出してきたのだ。<真理>の本質についても、それについて述べうる面白いことが見出されていたってよさそうなものである。しかし実際には、何も見出されなかったのだ。それを見出そうという企てと、そうした企てへの批判とが、おおざっぱにいって、われわれが「哲学」と呼んでいるあの文学上のジャンル--プラトンが創設したジャンル--の歴史と重なるのである。すなわちプラグマティストは、プラトン的伝統を、もはやそれが不要になった後にまで生き残ってしまったと見るのだ。このことは何も、プラトン的問いに対し、新しい、非-プラトン的な一連の答えを提示できるという意味ではない。むしろ彼らは、そうした問いをもはや問う必要はないと考えるのである。したがってプラグマティストは<真理>や<善>「などといったものは存在しない」と主張するような議論に訴えているわけではない。あるいはまた、彼らが<真理>や<善>について「相対主義的」または「主観主義的」な理論をもっているわけでもないのだ。プラグマティストはただ主題を変えたいと思っているだけなのだ。彼らはちょうど、<自然>や<意志>や<神>について研究しても何もならないと主張する世俗主義者と同様の立場にある。そうした世俗主義者は、厳密な意味で<神>は存在しないなどと言っているのではなく、<神>の存在を肯定するとはどういうことなのか、したがってまたそれを否定することにどんな重要性があるのか、疑っているだけなのだ。彼らは<神>について何か特別で、変わった、異教的見解をもっているわけではない。彼らはただ、神学のボキャブラリーをわれわれは用いねばならない、ということを疑っているだけなのだ。同様にプラグマティストも、非哲学的なことばを用いて反哲学的な視点を作り出すための方法を常に模索しているのである。というのも、彼らは次のようなディレンマに直面しているからだ。すなわち、もし彼らの用いることばがあまりに非哲学的で「文学的」になると、彼らは主題を変えているといって非難されるであろうし、またもしことばがあまりに哲学的だと、それはプラトン的諸前提を体現してしまうことになり、プラグマティストが到達しようとしていた結論を述べることが不可能になってしまうからである。
    --リチャード・ローティ(吉岡洋訳)「プラグマティズムと哲学」、室井尚ほか訳『哲学の脱構築 プラグマティズムの帰結』御茶の水書房、1985年。

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教義は、--だれかが言っているように--見ることを妨げる壁ではなく、その逆で、無限に向かって開かれた窓なのだ

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 福音が生きており、キリストご自身が望まれた聖職位階制にゆだねられている秘義としての教会への信仰の危機から、その当然の成り行きとして、教導によって示される教義への信頼の危機が生じる、とラッツィンガー判断する。
 彼は言う。「神学する主体は個々の学者ではなく、カトリック共同体一同、教会全体であることを、多くの神学は忘れてしまっているかに思える。教会への奉仕としての神学研究が忘れられてしまうと、そこから、実際はしばしば共通の伝統の基礎とはあまりかかわりのない、ある種の主観主義、ある種の個人主義である神学多元主義が生ずる。神学者はそれぞれ“創造的”であろうとしているかにみえる。だが神学者のほんとうの役割は、信共同遺産を深め、分かるように助け、告げることであって、“創造する”ことではない。そうでないと、信仰はしばしば対立する一連の学派や動向へと砕け散ってしまい、神の民を大混乱に陥れてしまうだろう。ここ幾年かに神学は、キリスト教宣教に新しい道を開こうとして、信仰と時代のしるしを調和させることに精力的に専念した。だがこの努力は、しばしば危機を解決するどころかますますそれを深刻化させてしまったと、多くの人が確信するに至った。この断定を一般化するのは正しくないけれども、だからといってそれをただひとえに否定するのは偽りであろう」。ラッツィンガーは彼の診断を続ける。「神学のこの主観的ヴィジョンでは、教義は得てして我慢のできない檻、個々の学者の自由に制約を加えるものと見なされている。ところが、教義の定義は真理への奉仕であり、神によって望まれた権威から信徒たちへ贈られたプレゼントでえある、という事実が見失われている。教義は、--だれかが言っているように--見ることを妨げる壁ではなく、その逆で、無限に向かって開かれた窓なのだ」。
    --V.メッソーリ(吉向キエ訳)『信仰について ラッツィンガー枢機卿との対話』ドン・ボスコ社、1993年。

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ほとんど寝ていないまま……、早朝から“たたき起こされ”、息子殿が入学を希望されている小学校の入試説明会に参加させて頂きました。

息子殿と細君は、一昨年来よりオープンキャンパスだとか、入試説明会にかなり通っておりますが、宇治家参去の場合、近くは一年前の入試説明会以来のことで、いつもながら……直線距離ではちかいのに、公共交通機関をつかうとそれでも1時間程度はかかってしまうので、冷戦下における旧ベルリン市に在住する西ベルリン地区のひとびとの苦労を思い起こすこと屢々です。

昨年の訪問時も、細君より忠言されたとおり、ネクタイ、スーツ……しかしWのスーツはNG……にて訪問しましたが、いやはやひどく暑かったです。

東京では33度を超え、体感的には35度ぐらいでしょうか……、風が強く、ほとんど熱風です。

しかし、鍛え抜かれた強靱な肉体のおかげで?、流れ落ちる汗などどこふく風よ!とばかりに、がんばり通すことができました。

で……。
1時間余りの説明会は、本年完成した新体育館でありました。
開始まで時間があるので、少々読書です。

昨年は、近代日本のカトリシズムの文献をひもといておりましたので、今回も、

「やはり、カトリックの文献だよな!」

……ということで、持参したのが上の引用文献です。

現・ローマ教皇(第265代)ベネディクト16世(Benedictus XVI,1927-)が教皇庁教理省長官時代のインタビュー集なのですが、これが頗る面白い!

……熱中して読んでいると、細君からまたきつい視線が……。

「あんで、こんな日にそんな本を読んでいるんだ!」

……といわんばかりですが、

「学問の自由だろう」

……などと思うのですが、いつもやられてばかりいるのでちょいと

「意趣返し」

……という部分もなくもないのですが、なんとなくバツがわるくなり、鞄へ戻し、まわりを眺めてみると、知己がちらほらと。

1月にKOで目黒を元気にするぞ!……って一緒に誓って前後不覚になるまで飲んだ莫逆のN氏もいらっしゃったようで、旧交を温めながら、すこし言葉をかわしつつ、お子様の合格を祈っていきたいものだな……など思った次第です。

宇治家参去個人としては、「なるようになる」という受験者本人に対する還元主義がどこかで機能しているので、血眼になることはまったくなく、かえって、ほかの家庭のお子様の方を応援したくなるのですが、……この感性が不思議なものですし、そこが細君からすると「薄情者!」と罵られる理由にもなるのですが、「なるようにしかない」ものは「なるようになる」わけですので、合格・不合格という問題以前として、その本人が「なるようになる」ための仕込・取り組みができれば、宇治家参去としては……十分ではないのか……などと思うのですが、そのあたりが「哲学」とか「倫理学」とかそういった学問に“憑かれた人々”の一種“浮世離れ”したところかもしれません。

さて、説明会そのものはこ1時間程度で終了ですが、冷房の効いた体育館から一歩外をでると熱風地獄!

げんなりとしつつも、創立者から参加者一同に冷たいジュースが振る舞われ、ありがたく思うとともに、いわゆる「人間教育」というのは、そうした形にならない活字にならない“配慮”だとか“賢慮”に現れてくるものでは……などと感慨しつつ、ありがたくイッキのみした次第です。

N氏と再会を約しつつ、帰路へとつきましたが、駅へと通じる、玉川上水沿いの森林にめぐまれた小径は、木立のお陰でしょうか……炎天下のグランドとかアスファルト上よりも、いくぶんか気温がひくく、汗も引くとでもいうのでしょうか、森林の持つ力もあるのでしょうが、しばし和らぎながら帰路へと足を勧めながら駅近くへ出ると、

「乗り継ぎ駅の百貨店のうえで昼食を取る? それともこのあたりでやる?」

……などと細君がきくので、

熟慮熟考していると、息子殿がこのへんで!

……というので、テキトーに蕎麦屋に……東京でテキトーにどこかへ「へえる」には蕎麦屋が定石でしょう……入りましたが、「砂場」という王道の屋号がたまりません。

こちらは、チト小腹も空いておりましたので、ハンバーグセット!……子供みたいやんケ!というツッコミはなしネ……を頂戴しましたが、息子殿は渋く、「ざる」などというので……、

「おお、大人だよな」

……などと丼物に目もくれず蕎麦道を邁進する息子殿を仰ぎ見た次第です。

そのうち

「せいろ1枚」

……などと言うのかしら?

で……。

くどくどしく、今日の炎天下を書き連ねてきましたが、はっきりいうと、何度“溶けた”かわかりません。スーツはクリーニングに出さない限り、二度と着ることのできぬ状況にまで陥っている状況であります。

ここで……

「瓶ビール」

……というオーダーをしないわけには参りません……よね!

幸い、本日は遅い夕方からのシフトに調整してもらっていたので、まよわず注文しましたが、ありがたいことに、細君が文句をいわずGoサインをだしてくれたことでしょうか。

いつもなら、「昼から“やっちゃって”」……などと酒道を“小馬鹿”にした発言が飛び出すわけなのですが、本日は、無言でOKというサインを頂き、堪能させて頂きました。
さふいえばむかし、「一杯のかけそば」という話題が耳目を引いたことがありました。
まったく文脈はことなりますが、真夏のくそ暑い昼時の「一杯のきんきんにひえたビール」ほど、“生命力”を回復させる話題はありません。

ゴキュ! ゴキュ!

……って喉を鳴らしながら、やりますと、これまで噴出していた汗がひいていくのが不思議です。

さて話がそれましたが……
物事を批判的に吟味する哲学者、共同存在としながら同時に還元不可能な存在者を探求する倫理学者、そして真理との応対関係のなかで本質を吟味しぬく神学者として「異種返し」にためにひもといたベネディクト16世(Benedictus XVI,1927-)の教皇庁教理省長官時代……ですから本名で言うと、ヨーゼフ・A・ラッツィンガー(Joseph Alois Ratzinger)時代なのですが……の文献に戻りましょう。

現代カトリシズムにおいてラッツィンガーほど評価の別れた人間は存在しないのかもしれません。カトリシズムを大きく世界に開いた第2バチカン公会議では、公会議文書『キリスト教以外の諸宗教に関する教会の態度についての宣言』の作成において貢献したとおり、進歩派の側面をもっております。

しかしそれと同時に、カトリックの伝統的な倫理思想を硬く擁護しているむきから、守旧はの元締めのように見られるフシもあり、教皇庁教理省長官就任以後、どちらかといえば、進歩派というよりもアナクロニスムな伝統主義として巷間に流布されているのが、メディア評なのだと思います。

しかし、実際に彼の文章を読んでいると進歩/伝統という二元論を貫き“撃つ”力強さと責任を感じられずにはいられません。

私見になりますが、そして宗教学・宗教学史、そして教会史を学んでいると実感するテーマが一つあります。これは後日詳論しようとおもって温めているテーマであり、その課題ひとつが、実は博士論文のテーマにもなってしまう難事ではあるのですが、結論から先取りすると、宗教は、基本的には、制度・伝統が必要不可欠であるという点です。

制度とか伝統というと、人間を引き裂いてしまう構造的暴力だ!といってしまうと、それには反対することはできません。そして歴史を振り返ってみますと事実そうです。

しかし、だからといって、それまでの伝統とか制度をロシア革命式に一気に抛擲することは不可能です。

たしかに、伝統、権威、仕組み、体制、制度といったものが、本来は「人間のため」と称しながらも「人間のため」にならなかった事例を数えあげるには枚挙に暇がありません。

しかし、そうした“仕組み”をはなれて、ひとりでなにかをしてゆかんとするのは甚だ困難であることの事例を数えあげることにも枚挙に暇がありません。

かつて宗教学者・ヨアヒム・ヴァッハ(Joachim Wach,1898-1955)は宗教とスピリチュアルの違いを論じるなかで、その「社会性」したことがあります。

宗教の両輪とは何かといった場合、宗教における社会性と、そして還元不可能な個人の内面世界になるのでしょう。

歴史においては前者が宣揚された結果、さまざま罪過を生じてしまったことは疑いのない事実です。

しかしその“反動”して後者にのみ重きをおきてしまうとどうなるのでしょうか。

まさに批判的契機を欠いた恣意性にながれるフシがあります。
そしてこれは、実は、宗教的達人というものは……これは宇治家参去自身の用語ですが、仕組みにたよらず悟りへ至れる人々……歴然として存在します。トルストイ(Lev Nikolajevich Tolstoj,1829-1910)、エマソン(Ralph Waldo Emerson,1803-1882)なんかはその代表なのでしょう。

しかし、それは達人にしかできません。

罪人@キリスト教、凡夫@仏教におけるうつろいやすい人間は、どこかでそれを矯正できる共同体抜きには、現実を超克できる視座はないのかもしれません。

だからといって既存のシステム・体制の過誤を擁護するつもりは毛頭ありません。逆に言えば、だからこそ、超克できる視座を提供すべく、たえず批判にさらされ、よりよきあり方へとブラッシュアップしていく必要があるというのが実情でしょう。

そうした共同体からはなれて、ひとり超越できるのはトルストイとかエマソンぐらいです。凡夫がやってしまうと、どうなるのでしょうか。

ヴァッハの指摘をまつまでもなく、それは、自己の相対性の吟味を欠如した内面全面論のスピリチュアル世界へと移行してしまうのでしょう。

……ってずれていますかね?

すでに飲みながらやっている……いつものとおりやん!と突っ込まないでくださいまし……わけなので議論に重みはありませんし、この問題は事後詳論するつもりですので、それまで待ってくんろ!というのが正直なところですが、結論から先取りすれば、

1.人間がなにかをめざすうえでは、それを成し遂げるための仕組みとか共同体というのもが必要不可欠である。

2.そしてそれを目論んだはずのでシステムが、かえって人間が上昇しようとする方向性を阻害してきたのが歴史であることは疑う余地もない。

3.しかしながら、人間がなにか、仕組みとか、組織……それは肯定的に表現するならば、自助を励まし薫育するシステム……を欠いて、ひとりでやってしまうと、「ひとりよがりになってしまう」のが実情でしょう。

4.であるとするならば、システムに対してはたゆまないチェックシステムをもちあわせつつ、生きている人間が開花できる体制を!

5.結局ひとりでやってしまうと“達人”をのぞき、“恣意”化してしまうわけですから

6.“恣意”でもない“ドグマ”でもない第3の道!

それが要請されているのではないだろうかと思われて他なりません。

それがおそらくラッツィンガーことベネディクト16世の発想ではないかと思われるんですよね。

たしかに歴史を振り返ると、体制が人間を歪めたことには異論はありません。だったら体制を全てぶっこわして、かってにやれやってやってしまうことにも賛同できません。

その第3の道……それを模索しているのだろう……などと読むたび思われるわけですが……、

……って結構飲んでいますが、こういう話をシラフでやると、一般民間人の細君……ちなみにワタクシも一般民間人なのですが……ウザイみたいです。

ともあれ、昼食ビールありがとうございました!!!

ついでに、息子殿、がんばってくださいまし。

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……って、以下は、蛇足ですが、

不思議なもんで、お蕎麦やさんの洋食メニューって、何故か、家庭的とでもいえばよいのでしょうか、なんとなく懐かしい味わいです。

……とともにおどろきですが、帰路の玉川上水ほとりの小径の木々で、野生?のカブトムシ(メス)に遭遇!

東京も捨てたものではございません。

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(ああ、畜生め、なんて暑いんだよう)

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 昼下がりの境内の、松の木立に蝉が鳴き頻(しき)っている。
 夏の盛りの日ざしに参道が白く乾いて、参詣の人の姿もなかった。
 (ああ、畜生め、なんて暑いんだよう)
 相模の彦十は、げんなりとなって、先へ行く長谷川平蔵の背中を、うらめしげに見やりつつ、
 (へっ。長谷川さまときたらあ、この暑いのに汗もかかねえのだから、供をしている者は、たまったものじゃあねえ)
 参道の左側が大きな池になってい、その辺(ほと)りには葦簀張りの茶店もならんでおり、その中には客の姿もちらほら見えた。
 (ちぇっ……昼めしも食わねえつもりかよ。長谷川さまも吝(しわ)くなったものだ。あきれるほかねえ)
 胸の中で、彦十は文句をならべている。
 この日の長谷川平蔵は、白い帷子(かたびら)を着ながしにして、塗笠をかぶり、和泉守國貞二尺三寸五分の太刀を落とし差しに、例のごとき浪人姿の市中見廻りであった。
 平蔵が、本所二ツ目の軍鶏なべ屋〔五鉄〕へあらわれたのは五つ半(午前九時)ごろで、
 「おい。彦十。供をしろ」
 いまも、五鉄の二階に寝泊まりをしている老密偵・相模の彦十を連れ出した。
 それから、およそ二刻も諸方を歩きまわり、水一杯のもうとしなかったのだから、彦十が怒り出すのもむりはない。
 平蔵が〔本所の銕〕などとよばれていた、若き日の放蕩時代から知り合っている彦十だけに、いざとなると遠慮も会釈もなくなってくる。
 「長谷川さまよう。ちょいと、ひと休みさせておくんなせえよう」
 たまりかねて、彦十が声をかけたけれども、平蔵は振り向きもせぬ。
 ここは、請地村にある秋葉大権現の境内である。
 秋葉大権現は、遠州の秋葉大権現を勧請し、稲荷の相殿としたもので、ゆえに土地(ところ)の人びとは「千代世稲荷」と、よんでいる。
 このあたりは、現・墨田区向島というわけだが、当時は田園そのものの景色であって、物の本にも、
 「……境内の林泉は幽邃にして、四時遊覧の地なり」
 と、ある。
 「長谷川さまよう。いいかげんにして下せえよう」
 彦十が、ついに大声をあげたとき、平蔵は裏門を出てしまった。
 「ええ、もう、勝手にしやがれ」
 喚きながら彦十が裏門を飛び出すと、長谷川平蔵が向こうの茅ぶき屋根の茶店の前に立ち、塗笠をぬぎ、笑いかけているではないか。
 「な、何がおかしいのでござんす。年寄りが空腹を抱え、照りつけられてひょろひょろしているのが、そんなにおかしい……」
 「まあ、落ちつけ」
 「落ちついてなんか、いられ……」
 「この家(や)の鯉はうまいぞ」
 いうや、平蔵はさっさと茶店へ入って行く。
 (な、なあんだ。それならそうと、早くいっておくんなさりゃあいいによ)
 照れくさそうに彦十が、一足遅れて茶店へ入ると、すでに平蔵は土間を抜けて奧の小座敷へあがっている。
 茶店といっても、酒を出すし、気のきいた肴もつくる。
 この店は〔万常〕といい、土間の一隅に生簀を設け、鯉を放してあった。
 冷たい井戸水をつかっての鯉の洗いで、酒が出たものだから、
 「へ、へへ……すみませんねえ、長谷川さま」
 彦十は、たちまちに相好をくずした。
 「爺(とつ)つぁん。ここでたっぷりとのんだら、今日はもう、五鉄へ帰って昼寝でもするがいい」
 と、平蔵の口調もくだけてきた。
 「さすがは銕つぁん……いえ、あの長谷川さまだ。ものわかりがようごぜえます」
 だが、これから後で昼寝というわけにはいかなくなった。
 彦十が、むかし、知り合っていた盗賊の顔を見たのは、それから半刻(一時間)ほど後のことであった。
    --池波正太郎「高萩の捨五郎」、『鬼平犯科帳 20』文春文庫、2000年。

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なんらかの引用がありませんと宇治家参去らしくありませんので、入力はしたものの、ほぼ息が切れてきました。

土曜は短大の定期試験にて、早朝より大学へ出講。
前日、疲れを癒すためにガッツリ飲んだのが良くなかったのでしょうかヘロヘロ状態で出勤しましたが、早朝はそれでも、曇りながらになんとなく涼しい風がふいておりましたので、「長谷川さまときたらあ、この暑いのに汗もかかねえ」という快適状態で向かいましたものの、大学へ到着してからしばらくすると、バケツをひっくり返したような雨です。
試験開始とともに、雨足もよわくなりはじめましたが……無事、試験終了で、前期の大学の仕事は、あとは成績をつけてそれを返却して終了!ということで、ひとやまこえたなという実感です。

通信教育部のスクーリング直前に祖母がなくなったり、種々ありましたが、マア、なんとか走りきることが出来たことに、まだまだ、自分自身もすてたものではないな!と思いつつ、帰宅の教員バスの時間まで講師控室にて、答案を読んでいると、面白いコメントがひとつ。

「哲学って全然自分自身に関係ない、遠い世界の字面だけの議論だとおもっていましたが、15回の授業をうけるなかで、俄然その認識が変化しました。最終講義は、“卒業式”の当日のホームルームのようでじいいんと来ました! 先生はよくいっていましたよね!“授業で寝ていても何していてもいいが、『おめえら、本読めよ』”を肝に銘じて夏休みは挑戦してみます」

手前味噌ですいません。
しかしありがたいものです。
いろいろ試行錯誤しながら今回はまたちと特別に工夫もしてみたのですが、もった以上の反応でしたので、これから更に最高の内容を組み立てていくぞ!と決意するばかりです。

さて……バケツをひっくり返したような雨ですが、試験終了時刻ちかくになると、すっぱりと晴れ、太陽がぎらぎらと昇り始めてしまいました。

こいつはチトやばい!

そうです。
台風一過ってやつですね。

嫌な予測はドンピンで、大学から教員バスの停車する講堂前まであるくだけで、汗まみれ!

精神としてはここちよい疲労なのですが、肉体としては最悪のコンディションにて……、どこかで弔い合戦を!

……とは思うのですが、夕方から市井の仕事を控えていることもあり、そのまんま飲みに行くなどという選択肢は当然とれません。

また「冷たい井戸水をつかっての鯉の洗いで、酒が出」て、帰って「昼寝」をとることもできませんので、ちょいと気になっていた蕎麦屋でお茶を濁した次第ですが……、

……これが思った以上に絶品で、「鯉の洗い」がなくとも、冷たい「酒」がなくとも、ひさしぶりに満足したものです。

細かいレポートは恐縮ですが、次回の詳論?させていただこうかと思います。

さて……。
用事が山積みですが、本日は、これから寝て、朝一番で息子殿と細君と共に、本人が入学を希望している小学校の入試説明会です。

昨年も参加したのですが、これがきつかったです。

ど夏日に、スーツをフル装備で参加しましたが、たぶん同じ状況だと思います。
しかも、説明会がおわるとそのまんま市井の仕事……という仕事のスパイラルです。

「貧乏暇なし」とはよくできた言葉です。

……ということで、これからチト冷酒を飲んでから寝ますですワ。

お休みなさい、お月様。

……まさに昼寝のできない相模無宿の彦十でした!

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鬼平犯科帳〈20〉 (文春文庫) Book 鬼平犯科帳〈20〉 (文春文庫)

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「直接的な理念は生命である」わけなのですが……疲れがとれません!

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a 生命(Das Leben)
  二一六
 直接的な理念は生命である。ここでは概念は魂として肉体のうちに実現されている。魂は第一に肉体という外面的なものの、直接に自己へ関係している普遍性であるが、第二にはまた肉体の特殊化でもあって、そのために肉体は概念規定が肉体に即して表現する以外のいかなる区別をも表現していない。最後にそれは無限の否定性としての個である。すなわちそれは、独立の存立という仮象から主観性へ復帰させられた肉体の諸部分の弁証法であり、したがってあらゆる部分は、相互に一時的な手段であると同時に、一時的な目的でもある。かくして生命は、最初の特殊化であるとともに、最後には否定的な向自有する統一となり、弁証法的なものとしての肉体性のうちでただ自分自身とのみ連結する。--このように、生命は本質的に生命あるものであり、またその直接性にしたがって、生命ある個体である。有限性はここでは、理念が直接的であるために、魂と肉体とが分離しうるという規定を持っている。そしてこの分離の可能が、生命あるものの可死性をなしているのである。しかし魂と肉体という理念の二つの側面が異なった構成要素であるのは、生命あるものが死んでいるかぎりにおいてのみである。
    --ヘーゲル(松村一人訳)『小論理学(下)』岩波文庫、1978年。

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最近、目覚めがすこぶる最悪です。
いろんなことをこころみても疲れが取れませんので、大切にしているのは、①酒を呑むこと、②睡眠をとることと丁寧に取り組んでいるのですが、なかなか疲れがとれません。

どうしてなのだろうか……ふと頭を抱えつつ、ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)を繙く宇治家参去です。
ヘーゲルの言葉に耳を傾けると理念としての生命という概念の叙述には頗る納得します。

が、魂と肉体という理念の二つの側面を厳密に峻別するところは、作業仮説としては理解できるものの、生きている実感としてはなかなか頷くことが出来ないのもまた事実です。

しかし、ヘーゲル本人などからいわせると、「いやいや、チミはまだ甘いよ、これが弁証法的に発展していくことで肉体と魂というふたつのテーゼは止揚されるんだからねえ」と説かれてしまうのかも知れません。

で……。
最近、細君が朝から用事が多く、そのまま放置プレイされてしまうことがあるのですが、「必殺・起こし人」の業務をこなしてくれます細君のかわりに、うちの十姉妹の「ぴーちゃん」が「必殺・起こし鳥」の役目を買っていてくれます。

そんな役目は買わなくてよいのですが、外出する少し前から、部屋のなかで、放鳥してくれるものですので、寝ている宇治家参去さんの顔に飛んできては、つんつく・つんつくしてくれますものですから、うわぁぁ~んという状況で起きざるを得ません。

起こしてくれるのが人間ではありませんので、裏拳にてその要請を却下してしまうこともできず、まさに小さな生命の叫びに、「おののき」ながら起きてしまいます。

……だから疲れがとれないのでしょうか?

このぴーちゃん、よく人間に絡んできてくれます。
起きてから数時間後、昼食後の運動?にと、細君がまた解き放ったわけですが、これがまたすこぶる愛想良く接近してくださり、……仕事になりません!

ぴーちゃん!
貴方は鳥という生命なのですが、人間という生命と勘違いしていらっしゃるのでしょうか!

と聞いてみましたが、マウスを操作する腕から離れてくれません。

……そもそも鳥と人間の生命の差異をくどくど論じようとしてしまう人間という生き物のもつ先入見を打破してくれているのでしょうか?

……だとするとありがたいのですが、本日は朝から定期試験!

たぶん、またぴーちゃんがありがたくも起こしてくれるのでしょうね……えええ。

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「ペダンティックな抽象概念とか曖昧な法則、恣意的体系に基礎を置く」ハッタリを乗り越えて……

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 だが、たとい我々が、「彼ら」と「我々」を隔てるオリエンタリズム的区別を無視したとしても、一連の強力な政治的現実、究極的にはイデオロギー的現実が、今日の学問のなかに充満しているという事実を避けて通ることは不可能である。東と西の区別ではなくとも、南と北、持てる者と持たざる者、帝国主義と反帝国主義、白人と有色人種、といった区別を扱わずに済ますことは許されないのである。むしろ逆に、現代のオリエンタリズムは、その点をほおかむりして済まそうとする知的不誠実について、多くのことを教えている。その結果は差別をきわだたせ、それを邪悪で永久的なものにするということである。また、公然とそれらに戦いを挑む、誠実で「進歩的」学問が、いともたやすく堕落して教条的催眠状態におちいるおそれもないとはいえない。だがそれは、あまり愉快とはいえぬ予想である。
 この問題に対する私自身の感覚は、私が上に定式化したさまざまな設問のなかにかなりよく示されている。表象、「他者」研究、人種差別的思考、権威および権威的諸観念の無思慮・無批判な受容、知識人の社会的=政治的役割、懐疑的・批判的意識のもつ大きな価値、現代の思想と経験は、これらに含まれる事柄に対し、我々が敏感であらねばならぬことを教えてきた。また人間経験に関する研究が通常、良い意味でも悪い意味でも、政治的重要性とともに倫理的重要性を帯びるものであることを考えるなら、我々は、自分たちが学者として行うことに対し無頓着ではいられないはずである。そして、学者にとっては、人間の自由と人間の知識以上に、いかなるすぐれた規範があるというのだろうか。社会における人間の研究が、決してペダンティックな抽象概念とか曖昧な法則、恣意的体系に基礎を置くものではなく、具体的な人間の歴史と経験とにもとづくべきものであることも、我々はまた忘れてはならないだろう。とすれば、問題は、研究を経験に適合させ、ある意味では経験にそくしてこれに形を与えることである。そうすれば経験は、研究によって照射され、場合によっては変化させられることだろう。どのようなことがあろうと、オリエントを際限なくオリエント化するという目標だけは回避せねばならない。その結果知識は必然的に洗練され。学者のうぬぼれは減少するに相違ない。「オリエント」がなければ、学者や批評家、知識人、そして人類は、人種的・民族的・国民的区別以上に、人間社会を進歩させるという共通の企てのほうを重要視するようになるだろう。
 私が固く信じていること--そして、私が別の著作のなかで示そうと試みたこと--は、今日の人間科学において、現代の学者が洞察力、方法、観念を身につけるのに必要なことを十分に行ってきた結果、彼らはもはや、オリエンタリズムがその歴史上の全盛期に提供した人種的・イデオロギー的・帝国主義的ステレオタイプを用いなくともやっていけるという事実である。私は、オリエンタリズムの欠陥が知的なものであると同時に、人間的なものであったと考えている。なぜならオリエンタリズムは、自分とは異質なものとみなされる地球上の一地域に対し、断固たる敵対者の立場をとらねばならなかったために、人間経験と一体化することができず、人間経験を人間経験とみなすこともできなかったからである。もし我々が、二十世紀になって澎湃としておこった、この地球上の数多くの人々の政治的・歴史的自覚を正しく生かすことができるならば、我々は、オリエンタリズムの世界大のヘゲモニーに対しても、またそれが代表するあらゆる事物に対しても、今やひとつの挑戦を行うことが可能なのである。もし本書が将来何からの役に立つとすれば、それはこの挑戦のためのひとつのつたない貢献としてであり、またひとつの警告として、すなわち、オリエンタリズムのごとき思考体系、権力の言説(ディスクール)、イデオロギー的虚構--精神によってつくり出された手枷--が、驚くほどたやすくつくられ、応用され、保護されるものだという警告としてであるだろう。わけても、私が読者に理解していただけたことを願っているのは、オリエンタリズムに対する解答がオクシデンタリズムではない、ということである。かつての「東洋人」は、自分が以前東洋人であったから容易に--あまりにも容易に--自分のつくり出す新たな「東洋人」--つまり「西洋人」--を研究できるものだと考えても、何の気休めにもならないだろう。もしオリエンタリズムを知ることに何らかの意味があるとすれば、それは、知識が誘惑にとって堕落した姿を思いおこさせてくれる点にある。たといそれがいかなる知識であれ、またいずれの場所、いずれの時であろうとかまわない。だがおそらく、かつて以上に今こそが、それを思いおこすのにふさわしい時なのではないだろうか。
    --エドワード・W・サイード(板垣雄三・杉田英明監修、今沢紀子訳)『オリエンタリズム 下』平凡社、1993年。

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昨今の政論を耳にする度に、この怒声はなにのために、議論しているのだろうか……と深く悩むことがあり、先週来より、サイード(Edward Wadie Said,1935-2003)の『オリエンタリズム』を再読せねばと自覚しましたので、ちまちまと読んでおりましたようやく昨夕、再読が完了しました。

人間という生き物は、生きている事物そのものをなんらかの抽象概念とか曖昧な法則、そして突っ込んで言うならば、なんらかの“敵”なるものと仮想して、ヘゲモニー闘争を繰り広げてきましたが、そこには生きている事物はまったく存在せず、「つくりだされた」なにがしかだけが存在しているようです。

生きている人間から遠く名離れ、敵対として仮想した相手だけを相手にする様です。

どこかに神の視座があるとして、そこから眺めてみるならば、それはまさに“徒手空拳”の舞に他ならないのでしょう。

かつて西洋の進歩的といわれる知識人たちは、自らの内部に保持しない“異質”なるものを“オリエント”として「表象」してきたわけですが、そこに表象=代表されたオリエントには生きた人間は全く存在しなかったわけです。

まさにサイードが言うとおりで、「人間の研究が、決してペダンティックな抽象概念とか曖昧な法則、恣意的体系に基礎を置くものではなく、具体的な人間の歴史と経験とにもとづくべきものであることも、我々はまた忘れてはならない」のでしょう。

ひ弱な体制の言説も、そしてメディアによってミスリードされているような“風”(しかしその実は“風邪”?)的勢いに乗る反体制の議論にも見えてこないのは「具体的な人間の歴史と経験」なのかもしれません。

威勢の良いかけ声とか、(ありえないのですが)バラ色の未来要素図をこれみよがしに説いてみせる営業マン的なフレーズには、どこか「ペダンティックな抽象概念とか曖昧な法則、恣意的体系に基礎を置く」ハッタリにしか思えません。

為にする議論といってもよいでしょう。

そこには生きた人間の立場はまったく想定されておりません。
パワーゲームの勝敗のみが目的であり、生きた人間がまったく目的にされていないというのが実情でしょう。

すこしは、そうした人々にもサイードの議論にでも耳を傾けて貰いながら、敵・味方二元論を超克する「人間のため」という議論を熱心にやって貰いたいものだ……と思うのは宇治家参去ひとりではあるいまい……とは思うのですが、そんなことを仮託しても“はじまりません”ので、あれか・これかではない、生きている人間が幸福に直結できる道筋を、模索するほかありません。

そしてその闘いが必要なのでしょう。
しかしその闘いとは、サイードのいう「オリエンタリズムに対する解答がオクシデンタリズムではない」とおり、一方的廃棄をめざす破壊のため破壊ではなく、創造をみちびく第3の選択肢の歩みということなのでしょう。

これは人類の歴史においては、いくつかの例外を除いて実現したことない歩みなのでしょう。いわゆる暴力革命に見られる通俗的な事例ですが、悪なる政府をたたきつぶす正義の革命家が“我を忘れて”“敵をたたきつぶす”最中に、当初の目的を抛擲してしまい、体制転換できたものの結局はおなじ歩みを歩み出すという事例ばかりですから。

そういえばキング(Martin Luther King, Jr.,1929-1968)が興味深いことを言っておりました。

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闘争のなかで暴力を行使することは、非実際的であるばかりでなく非道徳的でもあるだろうという点を強調した。憎悪にむくいるには憎悪をもってすることは、いたずらに宇宙における悪の存在を強めるにすぎないだろう。憎悪は憎悪をうみ、暴力は暴力をうみ、頑迷(がんめい)はますますおおきな頑迷をうみだす。ぼくたちは憎悪の力にたいしては愛の力をもって、物質的な力にたいしては精神の力をもって応じなければならない。ぼくたちの目的は、決して白人をうちまかしたり侮辱したりすることではなく、彼らの友情と理解をかちとることでなくてはならない。
    --M.L.キング(雪山慶正訳)「非暴力という武器」、『自由への大いなる歩み』岩波書店、1971年。

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うち負かすのは、自己に掬う憶病とか卑怯であり、対象をうち負かすことが目的ではないのでしょう。対象をうち負かしてやろうとやってしまうと、その対象は生きた現実から遠ざかり、人間していながら、人間から遠く離れた抽象化された立場になってしまうのでしょう。

だからこそ、自分自身に問いかけながら、そして対話を重ねながら、現実という世界をレコンキスタしていく他ありません。

さて……昨日。
細君に来客ありて、それまで息子殿と自室へ「引き籠もり」命令が出たのですが、お陰様で1年ぶりに宝物?と遭遇することができました。
昨年の5月、真・江ノ島水族館へたちよった際、自分のために~と買い求めた蟹の灰皿が発掘されました。

見てくれは蟹ですので、息子殿が「灰皿につかわないで~」と懇願するため、灰皿としての使用ができず、本来の目的とはかけ離れた?「玩具」として使用されたわけですが、目新しいのも数日で、そのまま放置され、使われない玩具箱の中で眠っていたようで……、息子殿との「引き籠もり」タイムにて再発見できた次第です。

形は蟹でございます。
そして機能としては灰皿でございます。
そして宇治家参去にとっては道具で御座います。
しかし息子殿にとっては玩具です。

まさにひとつの対象はひとつの価値観に還元することは不可能であり、還元してしまう、そうだ!とレッテルを貼ってしまう(→オリエンタリズム)ことほど困難なことはないよな……などとすこし思った次第です。

だからこそ、何に使うか?は対話によって確認するほかありません。

……って父親の“権威”がまったく機能していないという意味では、うちの家庭は非暴力主義が貫かれているということでしょうか……ねえ。

……って?くどいですが、写真は切り植えして2年目に華を解き放った紫陽花です。
昨年は青葉だけでしたが、本然初めて華を添えてくれました。

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「ゆっくり急げ」(Festina lente)

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 われわれはわれわれに知られていない。われわれ認識者が、すなわち、われわれ自身がわれわれ自身に知られていない。それはそのはずである。われわれは決してわれわれを探し求めたことがないのだ。--われわれがいつかはわれわれを見出すであろうなどと、そんなことがどうして起こるというのか。「あなたの宝のある所には、心もある」〔「マタイ福音書」六の二一〕と言われたのは当たっている。われわれの宝はわれわれの認識の蜂房のある所にある。生まれつきの有翅動物として、また精神の蜂蜜蒐集者として、われわれは常にその蜂房への途中にいる。もともと、われわれはただ一つの事だけに--何ほどかのものを「わが家に持ち帰る」ことだけに心を悩ましているのだ。それ以外の生活、すなわち、「体験」はと言えば、--われわれのうちの誰がそんなものを顧みるほどの真面目さだけでもっていようか。あるいは時間だけでももっていようか。そのような事柄については、恐らく、われわれは本当に「その事に当たった」試しがなかったのだ。全くわれわれの心が、--否、耳すらもが!そこにはないのだ。むしろ、法悦に浸っている人や瞑想に耽っている人の耳へ、時計がそれこそ全力を挙げて正午の十二の時鐘を打ち轟かせたとき、その人がはっと眼を覚まして、「あれは一体何時を打ったのか」と自問するのと同じように、われわれもまた往々あとから耳をこすって、すっかりあわてふためきながら、「われわれは一体何を体験したのか」と問うのはまだしも、「われわれは一体何者であるのか」とさえ尋ねて、いま言ったように、あとからわれわれの体験、われわれの生活、われわれの存在の十二の時鐘の震動を残らず算えてみる--おっと! そこでわれわれは算え誤るのだ…… われわれはいつまでもわれわれ自身にとって必然に赤の他人なのだ。われわれはわれわれ自身を理解しない。われわれはわれわれを取り違えざるをえない。われわれに対しては「各人は各自に最も遠い者である」という格言が永遠に当てはまれる。--われわれに対しては、われわれは決して「認識者」ではないのだ……
    --ニーチェ(木場深定訳)『道徳の系譜』岩波文庫、1964年。

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休みでしたが、これからまた仕事が続き、その最中に、短大の期末試験を行い、そんでもって息子殿の小学校の入学説明会があったりと、積み重なったタスクに翻弄されたそうな宇治家参去です。

とりあえず、来週〆切の通信教育部のレポートはすべて添削がすんだので返却し、ちょいと論文の資料照合をやってから、後回しにしてきた、短大の前期講義のふりかえりを少々……やりながら、それも落ちついたのでぼちぼち一献です。

休みなのに休めませんが、ワーキング・プアなのでしかたありません。

さて……。
月曜日、ようやく短大での「哲学」の最終講義が終わりました。
ちょうど市井の仕事ともかぶっていてきつかったのですが、講義がおわってから世の中は三連休だったようで……、バスの時間がしっくりこなかった理由が夕刻に判明した次第です。

ただいずれにしましても、授業回数の調整が理由となる不可避的な休日講義開講でしたが、最後までお聞き頂き、一緒に議論することのできた短大生たちにまずは感謝申し上げたいところです。

教材は私家版の教科書になります。
本年でちょうど、7週目突入ですが、やはり毎年積み重なっていきますので、微調整・入れ替え・加算でますます教材の量が多くなってきているのは致し方ないのですが、主題は一貫して「人間とは何か」というカント的問いの探求といっても過言ではありません。

しかし、膨れあがる教材の内容を確認するだけであるならば、極端な話ですが、「ここまで読んできてネ」式な自家自習ですませることでも内容は理解できるでしょう。

しかし、それだけに終始してしまうとやはりどうしても無味乾燥になってしまいますので、昨年来より、なるべく学生さんたちの関心や探求にそったところを、手探りかもしれませんが、共に考えてみようというスタイルを心がけるようにしておりました。

手探りといえばそれだけが手探りではなく、毎度、講義の部分においても、やはり対向衆の感覚を意識しますから、まさにすべてが手探りになるのですが、最終講義で書いてもらった学生さんたちのリアクション・ペーパーを拝するに、今回はまた、以前にもまして、そうした試みがひとつ成功したのではないだろうかと安堵する次第です。

もちろん安堵で停止してしまうのが一番恐ろしいので、鉢巻きを締め直す契機へと転換しゆかんと決意はしたわけですが、それでもなお、手前味噌で恐縮ですが、「マア、がんばって善い講義ができたな」……と自分を誉めてもやりたいというののもいつわざる心情であり、その念は払拭しがたいものがあります。

ともあれ、講義を組み立てる方のねらいのひとつとしての「動執生疑」は起こせたのではないかと思います。そして彼女たちに「動執生疑」をおこさせるだけでなく、こちら自身も「動執生疑」させて頂いたことには感謝の念がたえません。

さて……、
短大生とは4大生と違って入って1年もすると即就職活動(進学含む)という形でリアルな選択肢をつきつけられます。

だからなのでしょうか……。

社会と自分自身の存在に対する関心が著しく高いように思われます。

そして、現実と範とすべきαでありΩである部分との乖離に悩むことも多いようで、それがひとつの“焦り”になってしまうところがあるのかもしれません。

「このままじゃまずい」
「なんとかしたいんだけど・・・」
「考える暇がありません・・・」
「わかってはいるんですが、勇気がでません・・・」

たしかにそうした吐露こそさいなやまされる生活実感なのかもしれません。

タスクをこなしてスルーすることも可能です。
深刻になりすぎて、御破算的に舞台から降りてしまうことも可能です。
そして考えずに突っ走ることも可能です。

しかし、どの道を選択しても、どこかで傷つくのは当人なのも事実です。

だからこそ、歩きながら、時には立ち止まったり、時には早足になったり、そして時には井戸端会議でもしながら、考えながら行動し、行動しながら考えるしかないのかもしれません。

特効薬はありませんし、“特効薬”という触れ込みのやり方ではどうしても、その副作用が強すぎます。

だからこそ、大切なのは自己の問題であれ、他者の問題であれ、そして社会の問題であれ、違和感があった場合「なんとかしたい」というその心を忘れないようにするしかないのだろうと思います。

「何とかしたい」と思うのが大切なんでしょうねえ。

人生を彼女たちよりちょいとばかり長く生きてきた経験論になりますが、そうした心を持ち続けていれば、いつかきっと「何とかできる」はずだと思うからです。

そのときにできない・解決できない問題の方が多いのが実情ですが、大切なのは「自分には何もできない」とあきらめないことなのでしょう。

「自分には何もできない」ってだだっ子をこねてしまった、そのとたんに、本当に何もできなくなってしまうからです。

自己の問題にしろ、他者の問題にしろ、そして人間のいきる社会の問題にしても、「大丈夫かよ」って叫んでしまうことの方が多いのが現実です。

しかし大切なのは、誇大妄想的な「特効薬」に飛びつくよりも、その対象と丹念に向かい合いながら、宝物を創りだしていくしかないんでしょうねえ。

宝物はここにある!ってひとにいわれた宝の地図には往々にして、宝物はうまっておりません。

だからこそ、「時計がそれこそ全力を挙げて正午の十二の時鐘を打ち轟かせたとき、その人がはっと眼を覚ま」すようにではなく、常に、「目覚めている」必要があるのでしょう。

そのへんを、彼女たちの対話から再度確認したような気がします。

ともあれ大切なのは、焦りでおわらせないこと。
焦りはどこにも存在します。

だからこそ、

「ゆっくり急げ」(Festina lente)

……でございます、。

自己と他者と社会に対して決して諦念するのではなく、元本保証のない投機的未来予想図に法悦するのでもなく、「ゆっくり急げ」が肝要なのでしょう。

……ということで、土曜日が定期試験。
皆様、がんばってくださいまし。

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写真は、講義前に頂戴した学生食堂でのパスタ。
海老がNGなので、海老さんは頂けませんでした。
月曜は28度。28度が涼しく思えたという異常事態です。

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必要なのは、なにが最善かをモラルを踏まえて考えることであり、モラルをとく政治屋ではありません

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 ……私は、道徳的な政治家、つまり国家政略の諸原理を道徳と両立する形で採用する政治家は考えることができるが、政治的な道徳家、つまり道徳を政治家の利益に役立つように焼き直す道徳家は考えることができないのである。
 道徳的な政治家は、次のことを自分の原則とするであろう。すなわちそれは、あらかじめ避けることができなかったさまざまな欠陥が国家体制や国際関係に生じた場合、どうすればそれらの欠陥ができるだけ早く改善され、理性の理念のうちに模範として示されている自然法に適合するようになるか、それを考慮することが、とくに国家元首たちにとって、たとえそれがかれらの利己心に犠牲を払わせるとしても、義務である、ということである。
    --カント(宇都宮芳明訳)『永遠平和のために』岩波文庫、1985年。

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ぐだぐだと悪評の方が先に立ちますし、そういうキャラですが、トータルとしてそれなりに仕事はしていた……言うまでもありませんが、本人ではありませんヨ……麻生内閣は衆議院を解散し、総選挙へとコマを勧めたようです。

印象批判にすぎませんが、魂の実感?としては小泉純一郎以降の政権担当者には福徳が欠如していたのではないだろうか……そう思われて他なりません。

もちろんそうした目に見えない人福の部分ですのでとやかく容喙する必要もありませんが、そう思われて他なりません。

いずれにしてもブームでも風でも、雰囲気でもノリでもないきちんと「仕事をする」新しい体制が構築されることを心より切に祈るばかりです。

……ということで、仕事続きで考察するほど脳力がついていきませんので、カントの言葉でも紹介しておきます。

必要なのは、なにが最善かをモラルを踏まえて考えることであり、モラルをとく政治屋ではありません。カント(Immanuel Kant,1727-1804)がまさにいうとおりでモラルを説く政治屋は、自分の政治のためにモラルを利用していることに他なりませんから。

このことは宗教を利用する原理主義的テロリズムと発想が同じであり、そうした人々にはもはや退場を迫りたいものですが、うえの一文は、立候補しようとする御仁たちには是非、心読してもらいたいものだ!……と思うのは宇治家参去ひとりではあるまい。

……ということのついでに、戦時下でひとり闘争をつづけた稀有のリベラリストにしてジャーナリストである清沢洌(1890-1954)の日記の一節から。ちょうど、今から69年前の独白です。

日米開戦からおよそ1年あまり経過した1942年(昭和17年)から清沢は新聞記事の切抜きを含む詳細な日記を遺しはじめましたが、そこで痛罵される官僚主義の弊害、迎合的ジャーナリズムの醜態と社会的モラルの急速な低下の叙述は痛々しくも悲しくもあるわけですが、清沢の死後、システムとしての民主主義が構築されたにもかかわらず、そこで痛々しくも悲しくもつづられた有り様はなにひとつかわっていないなと実感する次第ですが、あきらてはならないのでしょう。

あきらめてしまうと、スピヴァク女史(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)に怒られてしまいます。

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昭和18年7月

 七月二十一日(水)
 朝のラジオは、李王殿下が航空指令官(?)に御就任の由を伝え、かつ重要ポストに皇族方の御活躍の例をあぐ。
 皇族方が最重要ポストに就かるることが、この際ラジオの宣伝する如く健全なる証拠であろうか。時局困難なる際、その部の失敗は、すなわち頭目に責任が帰するのである。
 また皇族方は、その実力から、重要ポストに就任されるという感じを国民に持たしむるであろうか。
 東電記念出版のために、昭和年代の年表を作成中だ。満州事変前二、三年いかにストライキ、学校騒動、思想関係の事件が多きことか。陛下を狙撃せんとする企ても、難波大助事件、昭和七年の鮮人逆徒李奉昌等の事件あり。この不安と動揺とが、満州事変に現れたともいい得るであろう。
 この底流は、十年後の今日も、なお払拭されておらぬのである。この大東亜戦争の結果、何事かが起こらぬと考うることは、その事が不自然である。
 ミリタリズムとコンミュニズムとの妥協。予はコンミュニズムは封建主義と同じフレーム・オブ・マインドの産物なりとの見解を抱く久し。この事は、あらゆる方面に見られる。
 五・一五事件の三日後に、日支事変(満州事変)に対する第一回の論功行賞あり。爾来、戦争が終わらない間に行賞す。何という大胆さ。--(第四十四回の行賞発表)
    --清沢洌(橋川文三編)『暗黒日記1』ちくま学芸文庫、2002年。

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のみこまれない賢明さ必要だと思います。
不安と動揺はどの時代にもつきものです。
本質を見抜く眼を養い、ひとびとと「あきらめずに」対話していく、そしてできることをコツコツとやっていくほかありません。

……ということで、かなり疲れているので寝ます。

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東京都・丸亀市???

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 静岡の友達にさぬきうどんの話をしていて、うどんと一緒におにぎりを食べるといったら「なぜだ」と聞かれ、答えに窮してしまいました。讃岐人にとっては当たり前のことなんですが、なぜだと聞かれたらどう答えればいいのでしょう。

 以前「讃岐のうどん屋は食べる量の調節機能に非常にすぐれた形態である」と書いたことがある。すなわち、セルフや製麺所型うどん屋では、まず主食となるうどんの玉数が自由に選べ、次におかず的存在であるオプションの天ぷら類の数も自由に選べ、いつ行ってもその時の自分が食べたい最適の量をとることができる。さらにそこにもうひとつ主食的おにぎりやいなりがあり、量の組合せはもう自由自在なのである。
団長「おにぎりは量の調整用にあるとしか思えん」
W部「それならカレー屋やどんぶり屋におにぎりがあってもいいことになりますよ」
団長「それいける! 提案しよ!」
W部「どこの世界に『カツカレーといなり2つ』と頼むやつがおるんですか!」
 うーむ、確かにそんなやつはいない。おにぎり置いてるラーメン屋はたまにあるが、まてよ、そういや他におにぎり置いてる食べ物屋、ないんちゃうか! 居酒屋の焼きおにぎりとか料理やでついでみたいに作ってくれるおにぎりとか、いずれにしてもあからさまに他のメニューと一緒に食べるおにぎりは、うどん屋ぐらいしかないぞ!
 ま、感嘆符つけるほどの発見でもないんですけど……何なんでしょ、うどんとおにぎりの関係って。ご考察お待ちしております。
    --麺通団『恐るべきさぬきうどん 麺地巡礼の巻』新潮社、2001年。

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近所に讃岐うどんをウリにするチェーン店「丸亀製麺所」(株式会社トリドール)が先日オープンしてきたので行ってきましたが、目新しくて人気なのか、それとも「讃岐うどん」そのものの人気なのか判然とはしませんが、長蛇の列で、20分程度待ってから、東京にて讃岐うどんを頂いてきた次第です。

一押しメニューは「釜揚げうどん」(麺を茹でた釜からそのまま掬い上げたものを食べる)のようなですが、やはり人気なのでしょうか……。

ゆであがるまでに5-6分時間がかかるということなので、「ぶっかけうどん」(大)をセレクトです。

「ぶっかけうどん」とは、出汁を「かけている」という形態模写的意味論においては「かけうどん」同じです。しかし、その内実は「かけうどん」とは全く別物のうどんです。

うどんにかぎらず、「かけ」の場合、たいてい薄目に希釈された汁がなみなみとはいったどんぶりに麺をいれ、そのうえに天ぷらをのせると「天ぷらうどん」とか「天ぷら蕎麦」になるわけですが、そうした「かけ」の類と、出汁を「かけ」ていることにおいては同じなのですが、ちがいは発想にあります。

すなわち、うどん玉に濃いめの出汁を少量「ぶっかけ」て、麺にダシを絡めながらやるという筋書きで、だからこそ「かけ」とは言わず「ぶっかけ」と称しているのでしょう。出汁に麺をただよわせる「かけ」とはそこが大きく異なってきます。

さて、頼んだやつは、「ぶっかけうどん」(大)の「温」になります。
「温」とはすなわち、湯煎し、冷水で締めたうどん玉に、「あつあつ」の濃いめの出汁を「ぶっかけ」たやつですが、正直なところ……「いい線いっているのではないだろうか」というのがファースト・インプレッションです。

讃岐生まれの東京在住という、ヘレニズム期のコスモポリタン・ディオゲネス(Diogenes,B.C.412?-B.C.323)が聞けば喜びそうな「デラシネ的世界市民」としての宇治家参去の舌感ですので、ディープな讃岐人からすれば、ちがうぜっって突っ込まれそうです。

が、実感としては「いい線いっているのではないだろうか」というのが正直な感想です。

さぬきうどんに関係なく麺としてのうどん玉に関して言うならば、何うどんであった場合も、原料と製法をきっちりとまもればそれなりのうどん玉が仕上がります。

しかし難しいのがそのうどん玉と合奏する「出汁」の方ではないかと思います。

それもそれなりの原料と製法をきっちりとまもればそれなりの出汁はできるのでしょうが、やはりここに老舗とチェーンの違いが出てくるのでは……などと思った次第です。

ひょとするとすこし関東向けにアレンジされているのかもしれませんが、チト出汁がしょっぱく……それはそれで旨いのですが……もうすこしマイルドといいますか、いりことか鰹節の風味が効いてもよかったのでは……そう思った次第です。

関東では、讃岐うどんのいりこだしの魚風味が倦厭されると聞いたことがありますが、その影響をうけているのかもしれません。

しかしながら、セワシナク働き続けるメカニカルタウン・東京においてはやや「濃いめ」の味付けの方が、さぱっぱりとしてい、さらに活力を漲らせる食の源泉になるのではと思う次第ですが……、全体としては、マア満足のゆくうどんをリーズナブルに提供していることは否定できません

もちろん、本場のディープな讃岐うどん屋が小なら百数十円で提供しているほどのリーズナブルさはありませんが、それでも釜揚げうどんの(並)が280円、(大)が380円、ぶっかけもそれと同じ値段で、讃岐うどんに欠かせぬ各種天ぷらやおむすび・いなりというオプションメニュー……麺通団の言うところの「量の調整用」……も100円からで、種類も充実しており、なかなかあなどれません。

また回転がよいのでしょう。
天ぷら類はほとんど「揚げたて」ですので、そこは高く評価したいと思います。

食通からすれば、本場とは違うと確かにいわれるかもしれません。しかし「頑張っているな!」というのは払拭しがたい事実であり、また足を運んでしまいそうです。

また細かいところですが、厨房はオープンキッチンで、目の前で調理が行なわれてい、「できたて感」を感じる臨場感がにくい演出です。

が!しかし!

ぶっかけうどんの(大)を注文したのですが、揚げたての天ぷらを見ていると触手が動かないわけがなく、あれよあれよという間に3品ほどセレクトしましたので、うどんが380円、天ぷらが300円、合計680円となってしまい……ん、ん、よくできている! こちらの心情がよく計算されている!などと思った次第です。

決して280円、380円で終わらないところがうまいなあ~と思った宇治家参去です。

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天ぷらはやはり揚げたてですネ!
揚げたては讃岐でもなかなかお目にかかれません。その意味では、回転のよさがウリかもしれません。

サツマイモ、ちくわ、茄子……口蓋がハッピーと申しておりました。

小麦粉は、国産のようで、きっちりと原料をつかっているところに好感がもてます。本場でオーストラリア産(但し特別麦)が多いと聞きますので。

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よく知られているからと言っても、認識されているわけではない。

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 一般によく知られたものは、よく知られているからと言っても、認識されているわけではない。認識するにあたって、あることをよく知っている前提として、それをそのまま甘受するのは、最もありきたりの自己欺瞞であり、他人に対する欺瞞でもある。そういう知は、あれこれとおしゃべりはするが、自分がどうなっているのかもわからずに、一歩も前進しない。主観と客観など、神、自然、感覚などということは、よく知られたものとして、ろくに吟味もされないで、妥当するものとして根底におかれており、前に出るときにも、後に帰るときにも、支点とされている。だから運動といっても、動かないままである。そういうものの間を、あちこちと行ったり来たりするだけである。だから、それらのものの表面にただよっているにすぎない。したがって、把握とか吟味とか言っても、それは、そう言われたものを、各人が自分の表彰のうちに見つけるかどうか、何人にもそのように思われ、そのようなものとして知られているかどうかを、見るだけのことである。
    --G.W.F.へーゲル(樫山欽四郎訳)『精神現象学 上』平凡社、1997年。

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「ただしいとわかっているけどねえ、けれどもねえ、できないんだよねえ」とか「わかった! わかった!」(と言って何もしないあり方)という言い方を、若い頃からよく聞いており、本当にわかっているのかなあ~と、その言い方に対して居心地の悪さをいつも感じていた宇治家参去です。

「わかった! わかった!」と言うのならば、どうして「わかった!」とおり、やらないのかなア~と疑問に思うのが常道ですから、いたしかたありません。

ちょうど大学時代、先輩の仏教学者にその話を吐露したところ……

「そんなこと気にしてしょうがないやん、それはそもそもわかっていないからなんやん」
※怪しい関西弁ですが、この先輩関西の方ですのでたぶんそういう言い方……。

という極めつけ!の答えを頂戴したことがあります。

う~む、たしかに!
なるほど、ガッテン!

不快感とか違和感が全くなく……すとんと「理解」「納得」した記憶があります。

たしかに言われるとそうであって、言葉としては「わかっているよっ」ていうフレーズを使ってはいますが、その実その対象に対して「なにもわかっていない」し、「正しいと思っていない」からこそ、「わかっている」「理解している」といいながら、「わかっていない」のが精確な消息なのでしょう。

うだるような暑さの中、市井の職場においても毎度毎度改善レポートを提出しているのですが、「わかった!」「よくできている」「さっそくこれでいこう」などと返答はされるものいつも、スルーされております。

結句改善が進まないまま、毎度毎度十年一律の不幸の永劫回帰が続いており、どうして「わかっている」とか「理解した」とか言っているのに、実行されないのだろうか……などと深いため息をもらしてまう毎日です。

ついでながら、「了承」はとりつけているその対案は別に人員を増やすといったコスト的に無理のある取り組みでは決してありません。

たとえば店内放送のフレーズをすこし変えてみるといったような小さな工夫なのですが……否決はされていないにもかかわらず、どうも励行されいないようで……。

空の段ボールに対してのみならず、コンクリートの壁になんどもパンチを繰り出しそうになりましたが、ぐっと堪えながら、その違和感にふりまわされそうになる自分自身に対しても厭になてくるわけですが、ちょいと落ち着こうと!一服タイムでへーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)と向かい合っていると、冒頭に紹介した学生時代の思い出を思い出した次第です。

まさに、へーゲルの言っているとおりです。

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般によく知られたものは、よく知られているからと言っても、認識されているわけではない。認識するにあたって、あることをよく知っている前提として、それをそのまま甘受するのは、最もありきたりの自己欺瞞であり、他人に対する欺瞞でもある。そういう知は、あれこれとおしゃべりはするが、時bんがどうなっているのかもわからずに、一歩も前進しない。
    --へーゲル、前掲書。

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わかっていないにもかかわらず、「わかっている」と言い切ってしまうことほど暴力的な行為はないのかもしれません。

しかし「わかっている」ことを「励行」してもらうまで「わかっているよ」っていうわれる内容を「確認」し続ける執着というのも必要なのかな……と思う次第でございます。

うえの「そんなこと気にしてしょうがないやん、それはそもそもわかっていないからなんやん」の言葉のおまけですが、「だから、わかるまでいわなきゃいけないんやん」とのことだそうでしたからネ!

不思議なもので、こういう日に限って夕日が美しいものです。

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精神現象学 (上) (平凡社ライブラリー (200)) Book 精神現象学 (上) (平凡社ライブラリー (200))

著者:G.W.F.ヘーゲル
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いざ、小舟よ! 心せよ!

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   一二四

 無限なものの水平圏内で。--われわれは陸地を後にして、舟に乗り込んだのだ! われわれは背後の橋梁を撤去した--というよりむしろ、戻るべき陸地を撤去したのだ! いざ、小舟よ! 心せよ! お前のかたわらに広がるのは大洋だ。まこと、大洋はいつも吼え立ててばかしいるのではない、おりおりは絹かのように金かのように好意の幻夢のように臥していることもある。けれども、それが無限であるのを、そして無限にまさる怖るべきものの何一つないのを、お前が認める時が来るであろう。ああ、身の自由を感じたのに無限というこの鳥籠の壁につきあたっている、哀れな鳥よ! そこにはさらに多くの自由があったとでもいうように、陸地への郷愁がお前を襲うとしたら、いたましいことだ! --もう「陸地」はどこにも無いのだ!
    --フリードリッヒ・ニーチェ(信太正三訳)「悦ばしき知識」、『ニーチェ全集8』筑摩書房、1993年。

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いつくるのか、いつくるのか、気をもんだ書類がようやく到着しました。

8月の中盤、大学の夏期スクーリング(3期E群)にて『倫理学』を講じる予定なのですが、「出講依頼」そのほか事務手続きの書類がようやく到着した次第です。

例年、七夕前後に届けられるのですが、本年はなかなか到着しませんでした。

おそらく新型インフルエンザの影響とか社会情勢を反映してのことなのでしょうか……、そして、アリエナイとは思っていた恐ろしい三文字「不開講」を回避できたようにてひとまず安堵です。

これまで2回ほど大学での集中講義ともいうべき夏期スクーリングを経験しましたが、2回とも100名オーヴァーでしたので、まさか「履修人数が決行可能な最低人数に達しませんでした」……というような不幸の通知がくるわけはないよなア……は思うものの、やはりきちんとした書類が到着しないことには、なかなかそのハラハラ感は収まらないものです。

ちなみに夏期スクーリングの哲学は受講者数を見てみると(昨年)、倫理学の倍を数えておりますので、やはり倫理学とはチトいまひとつなイメージがあるのかな?……などと思う次第です。学問としては両方を教えており、近代的な制度学問として、哲学、倫理学、宗教学をもってして人文科学の要とするわけで、どの科目も人間が生きていく上で必要不可欠な視座とヒントを提示するわけですが、哲学なんかとくらべると、やはりイメージしがたい雰囲気が「倫理学」というコトバには語感としてあるのかな……と思います。

ただ、本業的には、宗教学(神学)のほうがプロパーになりますので、そのうち「宗教学」(ないしは宗教史)の講座を担当してみたいものです。

さて……、
金の話で恐縮ですが、非常勤ですので、不開講となった場合、当然その分の収入が途絶えてしまうという生々しいスリリングな状況ですので、いやはや安堵というのはそのことです。

まさに大海をさまよう小舟のような人生を送っておりますし、ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche,1844-1900)の指摘のとおり「陸地への郷愁がお前を襲うとしたら、いたましいこと」だということはとっくに承知しておりますし、「もう『陸地』はどこにも無いのだ!」ということも「覚悟」はしているものの、ときどき舟とすれ違ったり、補給船と邂逅しないことには、「刺激」がありませんので、何よりですし、妻子眷属が路頭に迷わず何よりです。

で……。
大切なのは開講に「安堵」して「止まる」ことではありませんよネ。

開講が決まりましたからこそ、「完成の未完成」「未完成の完成」を目指して、今までにない最高の講義となるよう、ひとまず掘り進めていく挑戦への出発へと期していこうと思っております。

このところレポート添削も忙しさの波に左右されることなくコツコツとやっておりますし、その「勢い」?にて、これまでやってき内容を再度検討し、限られた時間の枠の中で何ができるのか、どこに重点をおくのか、再点検していこうと思います。

……ということで、本日は酒を補給をまず第一義としながら、明日から手を入れていこうかと思います。

……ということで、盛夏にワタクシの授業を受講されるかた、いらっしゃいましたらどうぞ宜しくお願いします!

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ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫) Book ニーチェ全集〈8〉悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫)

著者:フリードリッヒ ニーチェ
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知恵の観照における楽しみは、それ自身のうちに楽しみの原因を含む

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 知恵の探求は、人間のすべての営みの中で最高であると宣言したトマスは、次の一文でそれを遊びにたとえている。なおトマスは『神学大全』第二-二部、百六十八問題第二-四項で遊び突いて考察し、遊びは人間の共同生活において欠くべからざるもので、遊びを知らず、快活さに欠けることは一種の悪徳であると述べている。

    §

 ここで(『集会書』((三二・一五~一六))に「いち早くあなたの家へ走り、そこに引き籠もり、そこで遊び、あなたの心に浮かぶことをしなさい」とある箇所を指す)知恵の観照が、遊びに伴う二つの要素ゆえに、適切にも遊びにたとえられていることを考察しなければならない。すなわち、第一には遊びが楽しいものであり、そして知恵の観照が最大の楽しみを含むものだからである。ここからして『集会書』(二四・二七)には、知恵みずから語る言葉として、「わたしの霊は蜜よりも甘い」とある。
 第二に、遊びにおける活動は他のことに秩序づけられているのではなく、それ自身のために追求されるからである。そして、この同じことが知恵の楽しみについてもあてはまる。
 というのも、時としてある人が、自分の欲しがっているもの、あるいはなそうとしていることについて思いめぐらすことで、楽しむことがある。だが、この楽しみは、彼が到達しようと欲している何か外的なものに秩序づけられている。
 ところで、そうしたものを手に入れることができなかったり、入手が遅れたりすると、この種の楽しみには少なからぬ苦痛が伴うものであって、『箴言』(一四・一三)に「笑いには悲しみがはじまるであろう」と言われているとおりである。
 しかし、知恵の観照における楽しみは、それ自身のうちに楽しみの原因を含む。ここからして、何か不足なものが生ずるのではないかとの不安におそわれることはない。このゆえに『知書』(八・一六)には「知恵との対話は苦さを含まず、知恵との交わりは倦怠を生じない」と言われている。このようなわけで神的知恵はその楽しみを遊びにたとえて、次のように語るのでえある。「わたしは、彼の前で遊び、それぞれの日を楽しんだ」『箴言』(八・三〇)
 ここで「それぞれの日」とは真理についてのさまざまの考察のことである。このゆえに「そこであなたの心に浮かぶことをしなさい」と付け加えられているのであって、「心に浮かぶこと」conceptionesとは、それでもって人が真理の認識を受け取るところのものを指している。
    (『ポエティウス・デ。ヘブドマディブス註解』序言)
    --稲垣良典『トマス・アクィナス』講談社学術文庫、1999年。

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午前中は爆睡していたのですが、起きると息子殿が帰宅したようで……、今日が幼稚園の終業式とか。

本当は本日外出の予定があるのでおこしてくれと細君に頼んでいたのですが、おこしてくれなかったようで、洗顔をして着替えると、食事をすませた息子殿が宇治家参去さんのPCにてYoutube三昧のご様子。

細君は外出の用事があったようで……

「帰宅するまでYoutube見ていていいよ」

……とのことだそうで、仕事に使うためのPCが占拠されておりました。

息子殿には専用のPCを用意しているので、そちらをセッティングして使って欲しいものなのですが、24H電源入れっぱなしの仕事に使うためのPCの方が便利なのでしょう。

遅く起きてしまったので、要件のために外出することもできず……。
細君が不在ですから、そのまま「ままよ」って式に飛び出すこともできませんので、大人しく、息子殿がYoutubeを楽しんでいるとなりの座席にて、今朝届けられたばかりのレポートを数点添削していた次第です。

あとになって貯めこむと苦労するのは自分自身ですから、到着したその日から手を入れるのが常道です。

さふいえば、今回のひとやまには、海外からのレポートが1件あり……タイランドですが……、地球的規模で拡大する向学心に襟を糾させて頂いた次第です。

で、頃合いのよいところで、天使博士・トマス・アクィナス(Thomas Aquinas,1225年頃-1274)に関する補足資料をぱらぱらと再読していたのですが、態度が「遊んでいる」ように見えたのでしょうか……。

帰宅した細君から、勉強しないで遊んでいてばかりと恫喝です。

遊んでいたわけではなく……勉強していたのですが……、息子殿がYoutubeを見ながら、奇声をあげている横合いにて、寝っ転がり本を読んでいて、そのちかくにCDとか漫画本が散逸していた様子がよくなかったのかもしれません。

しかし、なあ~。

トマスも言っているとおり、「しかし、知恵の観照における楽しみは、それ自身のうちに楽しみの原因を含む。ここからして、何か不足なものが生ずるのではないかとの不安におそわれることはない。このゆえに『知書』(八・一六)には「知恵との対話は苦さを含まず、知恵との交わりは倦怠を生じない」と言われている。このようなわけで神的知恵はその楽しみを遊びにたとえて、次のように語るのでえある。「わたしは、彼の前で遊び、それぞれの日を楽しんだ」『箴言』(八・三〇)」わけですから、ここから、あたらしい発想の局面が展開するはずなのですが……。

……ということで?

存分に楽しんだ息子殿は細君によって自室へ引き戻され、しばしのお勉強タイムのご様子です。

そのあとかたづけをしながら、「さふいえば、今日は外出すべき予定が……」

……ということで、思い出したのが、「骨董ジャンボリー」

土曜日曜と開催されるのですが、市井の仕事のためいくことができず。
前日の金曜が「アーリーバイヤーズデー」ということで、楽しみにしていたのですが、涙ながらにスルーしてしまいました。

前日に「骨董、骨董!! ぴーひゃらら」と叫んでいたのがよくなかったのかもしれません。

来年は「捲土重来」したいものです。

http://home.att.ne.jp/sun/jambokun/antique/?gclid=CMaqtouR3ZsCFdMtpAodei_i_A

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トマス・アクィナス (講談社学術文庫) Book トマス・アクィナス (講談社学術文庫)

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国家だって? それは何か? さあ! 今こそ耳を開いてわたしの言うことを聞け。

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 どこかには今なおかずかずの民族や畜群が存在するであろうが、われわれのところには存在しない、わたしの兄弟たちよ、ここには諸国家が存在するのだ。
 国家だって? それは何か? さあ! 今こそ耳を開いてわたしの言うことを聞け。というのは、今こそわたしはきみたちに、諸民族の死について、わたしの言葉を述べるのだから。
 国家とは、すべての冷ややかな怪物たちのなかで、最も冷ややかな怪物のことだ。じじつまた、それは冷ややかに嘘をつく。そして、次のような嘘が、その口からひそかにもれる。「われ、国家は、民族なり。」
 それは嘘だ! 民族を創造し、民族の頭上に一つの信仰と一つの愛とを掲げたのは、創造者たちであった。このようにして、彼らは生に奉仕したのだ。
 多数者のためにわなを仕掛け、このわなを国家と称するのは、破壊者たちである。彼らは多数者の頭上に一つの剣と百の欲望を掲げるのだ。
 今なお民族が存在するところでは、民族は国家を理解せず、国家を毒々しいまなざしとして憎み、また、もろもろの慣習や法に対する罪として憎む。
 民族の象徴として、わたしは次のことをきみたちに述べておく。それぞれの民族は、善悪についての、みずからの言語を語る。この言語は隣の民族には理解されないのだ。それぞれの民族は、もろもろの慣習や法というかたちで、みずからのためにその言語を考案した。
 だが国家は、善悪についてのあらゆる言語を用いて、嘘をつく。そして、何を話そうとも、国家は嘘をつく--また何を所有していようとも、国家はそれを盗んだのだ。
 国家に付随する一切のものは、まやかしである。国家は、このかみつく癖のあるものは、盗んだ歯でかみつくのだ。国内の内蔵すらまやかしである。
 善悪についての言語が混乱していること、この徴表を、わたしはきみたちに、国家の徴表として述べておく。まことに、この徴表は死への意志を暗示しているのだ! まことに、この徴表は死を説教する者たちに合図を送っているのだ!
 あまりに多数すぎる者たちが生まれる。この余計者たちのために国家は考案されたのだ!
 さあ見よ、国家が、彼らが、あまりに多数すぎる者たちを、みずからのほうへおびき寄せる有り様を! 国家が彼らを呑みこみ、かみくだき、反芻する有り様を!
 「地上にわれより大なるものなし。われは神の秩序づける指なり」--そのように、この怪獣はほえる。すると、意気(そ・さんずい・且)喪して屈服するのは、耳の長い者たちや近眼の者たちだけではないのだ!
 ああ、きみら大いなる魂の持ち主よ、きみたちの耳にも国家はその陰気な嘘をささやくのだ! ああ、国家は、好んでみずからを浪費する豊かな心の持ち主たちを察知するのだ!
 国家は、英雄たちや尊敬すべき者たちを、みずからのまわりに配置したがるのだ、この新しい偶像は! 国家は、もろもろの満足せる良心の日光にひたることを好むのだ、--この冷ややかな怪獣は!
 きみたちが国家を崇拝するなら、それはきみたちにすべてを与えようとする、この新しい偶像は。こうして国家は、きみたちの徳の輝きと、きみたちの誇らかな目の光とを買収するのだ。
 国家は、きみたちを餌にして、あまりに多数すぎる者たちをおびき寄せようとするのだ! そうだ、ここに地獄の手品が考案されたのだ、神々しい栄誉に飾られて、がちゃがちゃと音をたてる、死のウマが!
    --フリードリッヒ・ニーチェ(吉沢伝三郎訳)「ツァラトゥストラ 上」、『ニーチェ全集 9』筑摩書房、1993年。

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ここ4、5年、鈍痛がつづいております。
その鈍痛とは、いわば、本当は歯医者にいってがりがりやってもらうとスッーって痛みの引くような痛みであり、毎日いたいわけではないのですが、思い出したときに、ふと痛みがよぎる……そのようなまさに鈍い痛みが続いております。

それは別に肉体に関する痛みとか違和感ではありません。
気にしなければ別に痛いわけでもなく、看過して放置することも可能な問題です。

しかし、放置できないよな~という違和感が痛みの原因になっているのかもしれません。

それはすなわち、「国家」へのこだわりという問題です。
若い学生さんたちと向かい合っているとこのことに直面させられ、ぎょとすることがしばしばあります。

ここ4、5年の「違和感」ですから、ひょとすると「ゆとり教育」以降かもしれません。

彼・彼女らの吐露する国家に対する愛着とか、無媒介な肯定の言説にときどき、ぎょとしてしまうことがあります。

国家……国際政治・政治思想史における「国民国家」(Nation-State)の成立・発明・創造はフランス革命以後と言われています。その意味では国家という枠組みは人工の産物にほかなりません。

「○○四千年の伝統」……なんてウソッぱちですし、ここ200年ぐらいつくられたプロパガンダにほかなりません。

その土地、その土地に生きている人間にとっては、そこが世界であり生活地平であったわけですが、それが一元的な国家という枠組みに収斂されてきたのが「近代」というプロジェクトなのでしょう。

たしかに創造の産物ではあるわけですが、なにしろ十分な効力を備えておりますから、それを実体視し、なにやら「連綿」たる創業史を夢想することはたやすいです。

国章のおされたパスポートがなければ渡航はできません。
そして、それを保持していなければ、保護の対象にもなりません。

たしかに国家は構成員に対して保護をしてくれます。
しかし、それ以上に果てぬ要求もつきつけてれくます。

だからこそ19世紀後半から一世を風靡したアナキストたちは、そうした枠組みを唾棄し、自治を模索したのでしょう。

そしてその心根も理解できなくもないです。

結論的に言うならば、そして歴史を振り返って勘案するならば、特に「総力戦」(起源はカール・フィーリプ・ゴットリープ・フォン・クラウゼヴィッツ〔Carl Phillip Gottlieb von Clausewitz,1780-1831〕に起因しますし、ちょうどフランス革命を経験しております)以後、国家は「保護」よりも「動員」を命じることに主題をおいております。

使い古された言葉ですが「お國のために死ね」と言われても困惑するばかりです。

もちろん、そんなストレートには、いまの“洗練”された国家なるものは“発言”しませんけれども。

しかし、なんとなく……「うつくしい日本」(たしかに美しいですが)、「連綿たる歴史」(たしかにそれは血の歴史ですが)……ご木霊されると、はあというかぎりで。

そして職業革命家たちの夢想として……とくにアナキスト……として代換案を提示しますが、「世界市民主義」(cosmopolitanism)を標榜しますけれども、それはその実、ディオゲネス(Diogenes,B.C.412?-B.C.323)的なデラシネな“根無し草”的放棄ですし……。

なんだかなア~と悩むばかりです。

国家の言説も、職業革命家たちの夢想も極端なあり方ばかりでございまして。

本来的には、生きている現場に内在しつつ、世界へと超越していく視座が内在されているのだと思うのですが……。

……って、かなりずれてきました。

最初の違和感にもどりましょう、“ゆとり”以後の。

最初に違和感を感じたのは、「○○国の哲学を教えて下さい」的なフレーズです。
普遍を模索する哲学においては「○○国」など介在しないわけでありまして……。

ん、、ん、、ん、、……。

地域とか文化、言語圏における共通了解はあるのですが……。

ん、、ん、、ん、、……。

「○○国の哲学」なんてやっているのは、国際政治学で「失敗国家」(failed state,collapsed state)とカテゴライズされる北の“将軍様”の大地になるわけですけれども、遠くをさがさなくとも「道は近きにあり」だったのでしょうか。

国連は、世界市民の訳語を2000年前後に、「cosmopolitan」から「worldcitizenship」に変更したようですね。

「ゆとり教育」がかつての大本営“発表”になってしまうことを危惧するばかりです。

根無し草も無用ですが、大きな声で「国号」を発するあり方にも反吐が出ます。

生きている人間を大切にしない命令には誰も耳を傾けないはずなのですが……。

職業革命家の言説でもない、
ウルトラ・ナショナルの言説でもない、「worldcitizenship」を模索していくしかありませんネ。

しかし、「ゆとり教育」でいちばん問題だったのは、伝統的なナショナリズムの脱構築だったことにはおどろくばかりです。

……って例の如く支離滅裂ですいませんが、ああ、結構飲んでいます。

国家にも、共同体にも依存しない自存自律のひとびとの連帯こそ大切なんですが……、

……ってことで、レーベンブロイ(LÖWENBRÄU、ドイツ)、さっぱりとしていいです。

国家に何かして貰おうというもくろみは毛頭ありません。
そして国家に動員されるつもりも毛頭ありません。

創造の共同体であるとすれば、そこに奉仕すべき共同体をもさくすべきなのですが、

大丈夫かよっ!

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ニーチェ全集〈9〉ツァラトゥストラ 上 (ちくま学芸文庫) Book ニーチェ全集〈9〉ツァラトゥストラ 上 (ちくま学芸文庫)

著者:フリードリッヒ ニーチェ
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「今度は、お前の御手柄じゃ」

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 それはさておき、大塚清兵衛一味を捕えて役宅の牢屋へ打ちこみ、あとは佐嶋忠介にまかせて長谷川平蔵は、
 「ああ、もう、たまらぬわ……」
 ひどい疲れに欲も得もなく、臥所へころがりこんでしまった。
 目ざめたのは夕暮れになってからだ。
 入浴し、居間へ出て夕餉の膳に向かった平蔵が、久栄へ
 「雪は熄んだような……」
 「はい」
 「積もったか?」
 「すっかり、溶けてしまいました」
 「春の、気ちがい雪か……」
 「まあ……そのような雪が、ございますかしら?」
 「わしの頭も今度は、いささか狂うていたような……」
 「何とおっしゃいます?」
 「なにしろ、御先手組五百石の宮口伊織が相手だったので、あわててしもうたらしい。いかに道楽者とはいえ、天下の直参が、ああなろうとは……」
 「なれど、首尾よう盗賊どもを……」
 「捕えた。が、調べはこれからじゃ」
 うまそうに酒盃をかたむけつつ、平蔵が、
 「それにしても、わからぬことよ」
 「何がでございます?」
 「あの老いた掏摸が、どうして、あの女の家を訪れたものか?」
 おきねも宗八も、山田某の兇剣をうけて即死してしまったいま、二人の口からは何も聞き出すことはできない。
 「さて、久栄……」
 「今度は、お前の御手柄じゃ」
 「何のことやら……?」
 「ほうびに何ぞ、買うてつかわそうか。ほしいものを申したらよい」
 「まあ……うれしゅうごうざいます。なれど、わたくしが、どのような手柄をたてましたのでございましょうか?」
 「お前の、あの一言を聞かなんだら、わしは、もっと無様なまねをしかねなかったろうよ。うふ、ふ、ふ……」
    --池波正太郎「春雪」、『鬼平犯科帳 13』文春文庫、2000年。

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7月初旬の山場をなんとか家族一丸となって?突破することができましたので、その「ほうび」にという名目で?……といっても自分自身に対する「ほうび」?……ということで鮨にいってきましたが、思った以上にやっちゃった次第です。

「ほうびに何ぞ、買うてつかわそうか。ほしいものを申したらよい」

……などと申し出てしまうと、何をふられるかわかったものではありませんから、こちらがわから「じぶんたちへのご褒美として鮨でもいきますか?」という流れです。

昨日の東京は猛暑。
夕刻よりすこし風がふきましたが、それでおさまるどころでなく、細君も一日中外へでており、息子殿も種々用事があったようで、宇治家参去は誰もいない休日を休日として休ませて頂き、ひさしぶりに学問を何もしませんでした(本当はマズイのですが)!

梅雨から家族3人でよく都内を経めぐり廻ったな……ということで、次の山場へ向けての決起大会です!

人間という生き物、本来ひとりでできることであったとしても、それがなかなかできないという側面を有しておりますからこそ、共同存在の他の人間によって、背中を押され、できないと遠慮していたことが、そそっとできてしまうというリアリズムがあるのかもしれません。

まずはプレミアムモルツの生をイッキ飲み!
黄金色の大人の飲み物がのどをとおると同時に汗がひくのが不思議です。

初手は、脂はのっているのにさっぱりとしたえんがわで始め、お兄さんに中トロとスーパードライの瓶ビールをお願いして、ひさしぶりのお米と魚に舌鼓でございます。

大トロぢゃなければだめだ!という方もいらっしゃいますが、宇治家参去はどちらかといえば、中トロぐらいの脂ののりぐらいのやつを、1カン程度で十分だなと思う次第ですので、1枚頂きましたが、肉とはまた違った魚の「コッテリ」具合というのもなかなかです。

目の前で捌いていただいたシマアジなんぞをヒマラヤの岩塩をおろしたやつでさっぱりと頂戴しましたが、醤油ではなく塩でやりますと、シマアジの潤沢な脂身がいきおいよく“引き締まる”というのはこのことでしょうか。

種々頂戴しつつ、夏の限定メニューということで、スタミナ三貫セット(うなぎ・焙りサーモン・豚カルビ)に挑戦です。

三河産の鰻の香ばしさ、道産サーモンの豊かな味わい、そして臭さのまったくないしまりのよい豚カルビなどという、ふたたび「コッテリ」で攻めましたものですから、やはりもう一度「さっぱり」したやつを!

……ということで、久し振りにひらめをオーダーです。
こちらも醤油ではなく岩塩で頂きました。
透き通るような白身にほんのりと輝く山葵の蒼がなんとも涼やかで清げで、ひらめこそ魚の王様ではないかと思う次第です。

そのほか、鰺、小鰭なんかをちょいちょいつまみながら、冷酒へチェンジし、本日は一の蔵(無鑑査・本醸造)にて米を相手に米の汁にて勝負させて頂きました。

ぼちぼちウェップだな……帰ろうか?

……とおもったところで、店内での活け魚の捌きがはじまりましたものですから、息子殿がこれまた興奮?し、本人は食べないくせに注文されたようで……。

頂きました。

豊後水道で水揚げされたばかりの八幡勘八(だったと思います)を〆の一品として勝負!

食べ過ぎでした。

しかし朝から何も食べておりませんでしたし、米を頂くのも1週間ぶりでしたので?のでちょうどいいのかなということで。

宇治家参去自体は、古式ゆかしき伝統的な日本讃美、ナショナリズムの言説に出てくるような、職務に熱心な帝国陸軍憲兵大尉のような愛国主義者ではありませんが、日本で造られる食のゆたかな地平には毎度毎度、讃美すると言うよりも感謝せざるを得ないということで、食に対して一種畏敬の念すらおぼえるものでございます。

しかし、今回一番美味だったのは、山形名物「だし」の軍艦だったのではなかろうかと思います。最近、東京でもちらほらみかけるようになりましたが、みょうが、昆布、なす、大葉(しそ)、きゅうりをきざんだちょいとねばねばしたやつなのですが、あつい一日をおえたひとときにこれがたまらなく効く!というやつでして……。

こちらは2皿ほど頂戴しました!

さて、帰り道。
タバコとビールを求めてコンビニへよりましたが、息子殿がポケモンのスピードくじ(500円)に挑戦したところ、なんと1等賞の巨大なぬいぐるみをゲットしちゃいました。

マア、暑い夏、父母とともに闘いの戦野?に同道したご褒美でしょうか。

しかし、この手のグッズ、ヤフオクなんかで売却すると良い値がつくので出品したいところなんですが、売却しちゃうとまずいよな~。

……などと忸怩した夏の一夜でございました。

さあ、今日からまたがんばりますか!

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捌きたてのしまあじ、
 夏のスタミナ三貫セット
  そしてしんせんなひらめ。
   白くかがやく身のおくから蒼く煌めく山葵が涼味を誘います。

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 これですね!
  豊後水道の八幡かんぱち、
   そして、山形の「だし」軍艦!
    夏には欠かせないひとしなです。

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 なんだかんだいいながらも、メニューにあればちゅうもんしてしまう生しらす。
  大葉とのベストマッチです。
    そして巨大なピカチュー!
     だまって出品しちゃおうかな……という誘惑を乗り越えました。

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【覚え書】「アングル 難民受け入れるイラン」、『毎日新聞』2009年7月10日(金)付。

ちょいと、2,3日前の新聞記事で恐縮ですが興味深い話題だなと思いましたので【覚え書】としてupしておきます。

イスラム地域の難民受け容れ地域としてイランが大役をになっていたということには驚きです。もちろん、シーア派、スンニ派といった各派の違いや政府やそこに住むひとびとの思惑もあるのは承知ですが、なかなかできることではないなと思うばかりです。




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アングル 難民受け入れるイラン
国連難民高等弁務官事務所テヘラン上級フィールド調整官 高嶋由美子さん

 イランは、核開発や大統領選後の混乱ばかりが注目されがちだが、実は難民支援の観点から国際社会で重要な役割を果たしている。イランはパキスタン、シリアに続いて、世界で3番目の難民受け入れ国だ。東隣のアフガニスタンから逃れてきた難民が約93万5000人、西隣イラクからの難民も約4万4000人に上る。イランで20~30年間生活している人もいて、難民2世、3世も生まれている。
 私は今年1月からイランで活動している。これまで勤務したスーダンやアフガニスタンなどと違い、イランで暮らす難民は衣食住がある程度確保されており、求められるのは自立するための本当に需要のある仕事の確保や、教育・医療の充実だ。だが、経済危機と加速するインフレで、難民の生活はより困難になっている。現地では「仕事を奪っているのは難民だ」「難民が病気を広めている」などの偏見も強い。
 イランでの難民支援には米国が関与しないため、日本の役割、可能性がより大きいと言える。アフガンやイラクの難民を日本で直接受け入れることも大切だが、文化や言語が近く将来帰還しやすいイランで生活する方が彼らにとって望ましい。難民支援は、ばんそうこうを張るような作業だ。一時的に傷はいえても、病気そのものはなかなか完治しない。アフガン、イラクでは米軍の攻撃などで不安定な情勢が続く。難民が今も増え続ける中、日本がイランを長期的にわたり支援することが必要だ。
    【聞き手・鵜塚健】
   --「アングル 難民受け入れるイラン」、『毎日新聞』2009年7月10日(金)付。

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気合いの冴え

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 一本一本のオールを流さないこと、誤魔化さないこと、それはむしろ、いわるべき言葉ではなくして、筋肉によって味覚さるべきものである。疲切った腕がなおも一本一本のオールを引切って行くその思い気分は、人生の深い諦視と決意の底に澄透れる微笑にも似る。この微笑気分はよき練習と行きとどいた技術の訓練においては特殊の「冴え」をもたらすものである。オールあるいは水に身を委ねた心持、最も苦しいにもかかわらず、しかも楽に漕げる境、緊張し切った境に見出す弛緩ともそれはいわるべきものである。あるままに思切り振舞って、しかもあるべき調子に乗って行く気分である。それはいわば骨(こつ)、気合いの冴えとでもいわるべきものである。耐えることは最早放棄しか有得ない極みにおいて、何物かに身を委ねる。それはフォームといわんにはあまりにも流動的である。成長するモルフェの瞬間的な把捉であり、時そのものの特殊な実存的深化である。
    --中井正一(長田弘編)「スポーツ気分の構造」、『中井正一評論集』岩波文庫、1995年。

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どうも宇治家参去です。

エンジンがかかるのが遅かったですが、5月から7月にかけては自分自身としては、本業、市井の職場、家庭、社会活動等々……マアよくがんばったナと思わざるを得ないのですが、貧乏暇なし……ということで、仕事ばかりがつづくもので、なかなか休む時間がありません。

まだ若いですし、それはそれで「マア、なんとかするサ」という諦念……普通ならば「楽観主義」と表現する方が文意は正しいのでしょうが、宇治家参去の場合それはやはりどうしても「諦念」というのが相応しかろうと思います……にて難局をのりきる毎日です。

仕事・仕事の合間に種々、難行をこなしておりましたが、さすがに仕事が続くとキツイのですが、人もいないので休むわけにもいかず、休んでしまうと銭が減るし、大学の授業の場合、補講になりかえってきつくなってしまう……という負のスパイラルですが、なんとか仕事もぶじ一山越え?、大学の講義もあと1回で定期試験ということで、ようやく自分の時間がとれそうです。

今日の仕事もきつく、痛風が原因なのか、それとも市井の職場でレジを打ちすぎたためのストレスおよび立ちっぱなしが原因なのか不明ですが、両足が爆発すべく鈍痛が走るのですが、なんとか無事終了ということで、ようやく休みの水曜日です。

火曜にフラフラになりながら来週の授業の準備も澄ませましたし、来週返却予定のレポート添削も終え返却しました!

論文の資料解読もひとくくりおわり、つぎの山脈への登攀準備が整いました!

なにか、一抹の「筋肉によって味覚さるべきもの」を味わっている状況です。

ふう、疲れた!というよりもむしろ、さあ来い!

……という感慨にて、美学者・中井正一(1900-1952)が美しく描いたように、「疲切った腕がなおも一本一本のオールを引切って行くその思い気分は、人生の深い諦視と決意の底に澄透れる微笑にも似る」とのごとく、笑みすらこぼれてきそうです。

ただし、今日はチト痛飲してがっつり休もうと思います。

いつまでも走りきるほど、若くもないものですから。

……ということで?

24時過ぎに職場からの帰宅途上、道路にて、もさもさ動くカブトムシと遭遇です。

「気合いの冴え」にて発見できたのでしょうか。
「ここは東京なんだよな?」

……などと思いつつ、一枚取ってしまいました。

私淑する稀代の写真家にしてライカつかいのアンリ・カルティエ=ブレッソン(Henri Cartier-Bresson,1908-2004)には叱られてしまいそうです。

ブレッソンは被写体と向かい合う際、なるべくカメラを意識させないように極限まで配慮した作風で有名で、決してフラッシュを使わなかったといいます。

「(フラッシュ撮影は)コンサート会場にピストルを持ち込むことだ」というフレーズは有名ですが、その禁をやぶってしまいました。

しかし、お陰でカブトムシの「画」は「記録」されましたが……まあ、いいですかね?
相手が人間ではありませんから……という発想が人間中心主義を招いているのは承知なのですが、今日はお許しを!

……ということで?

本日は、秋鹿酒造@大阪府の「秋鹿 特別純米酒 千秋 バンビカップ」を楽しませて頂きます。

鹿の絵柄が、カップを再活用させてくれる活力を提供してくれるものですが、久し振りに山田錦を酒米とした純米酒を頂きましたが、これはこれでなかなか濃厚かつ鮮烈な味わいに驚きです。

肴は、大好物?の冷や奴。
こちらは、男前豆腐(株)@京都府の「男の3連チャン」でやってみましたが、大豆の味が濃すぎて、鮮烈な日本酒にちょうどよい具合です。

……っていつも酒の話ですいません。

豆腐も日本酒も痛風には大敵なのですがねえ。

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オプティミスムは誓約を求めている

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 93 誓わねばならない

 悲観主義は気分によるものであり、楽観主義(オプテイミスム)は意志によるものである。気分にまかせて生きている人はみんな、悲しみにとらわれる。否、ただそれだけではすまない。やがていらだち、怒り出す。子どもの遊びを見ればわかる。子どもの遊びは規則がないと、けんかになってしまう。自分自身をさいなむあの無秩序な力以外にここではどんな原因もないのである。ほんとうを言えば、上機嫌など存在しないのだ。気分というのは、正確に言えば、いつも悪いものなのだ。だから、幸福とはすべて、意志と自己克服とによるものである。いずれの場合も理屈は奴隷みたいなものだ。命令にしたがって動くだけだ。気分には驚くべき思考システムがあって、それが狂人にあっては拡大されて見られる。被害妄想にとらわれている不幸な人のおしゃべりには、いつも真実味と雄弁とがある。オプティミスムから生まれた雄弁は、人の気持ちを和らげる類いのものであって、憤慨の饒舌とは好対照をなすものである。その雄弁を聞くと心が和らぐ。真価を発揮するのは口調(トーン)であって、ことばそのものなど小唄ほどにも意味がないのだ。気分のなかでいつも聞こえてくるあの犬どものうなり声、あいつはまず第一に、やめさせねばならない。なぜなら、あのうなり声こそわれわれの心のなかにある確かな病気であって、しかもそれは、われわれの外にありとあらゆる種類の病気をもたらすものだから。したがって、礼儀作法(ポリテス)は政治(ポリティック)にふさわしい規則である。この二つのことばは親類である。礼儀をわきまえた者、それこそが政治家である。
 その点について、不眠症の例は示唆的である。あの何とも言えない気分のことはだれでもよく知っている。そういうふうに生きていること、それ自体が耐えがたいように思われるのである。ここでは、子細に考える必要がある。自己支配は、生存を組み立て、生存を保証している。そのことはまず、行動によってわかる。丸太を輪切りにしている人の夢は、いともたやすくよい方向に変わって行く。猟犬の群は獲物を追いかけている時にはけんかなどしないものだ。思惟の病に対する第一の治療法は、したがって、丸太を輪切りにすることである。しかし、はっきりと目ざめた思惟は、それ自身のなかにすでに気持ちを和らげる力をもっている。選びとることによって排除している。ところで、不眠症の病根はここにあるのだ。眠りたがっているのに、自分に対して、動くな、選ぶな、と命じているからだ。こうして自己支配ができないために、すぐにからだと心とが一緒になって、機械的(メカニック)な、無意識の流れにしたがってしまう。犬どもがけんかを始める。あらゆる運動が痙攣的であり、あらゆる観念が刺戟的である。そうなってしまうと、最大の友人までも疑うようになる。しるしというしるしはすべて、悪い方に解釈されているのである。自分自身、ばかをやっていて阿呆らしいと思うようになる。だが、こういう見かけはなかなか強いので、丸太を輪切りにするどころではない。
 そこから非常によくわかることは、オプティミスムは誓約を求めていることである。最初はどんなにおかしな考えに見えようとも、幸福になることを誓わねばならない。主人の鞭によってあの犬どものうなり声をすべてやめさせねばならない。最後に、用心のために言っておく。憂鬱な思考はすべて、自分をだます落胆だと思ってさしつかえない。そう考えてよいのだ。なぜなら、われわれは何もしないでいると、すぐに自ずと不幸をつくり出してしまうものだから。退屈さがそれをあかししている。しかし、われわれの考えは、それ自体では棘々しいものではない。また、われわれがいらだつのは自分自身の心の動揺である。そのことを最もよく示しているのは、からだの中のものがすべて弛緩したあの半睡状態という幸福な状態である。だが、これは長続きしない。こうして眠りが告げられたなら、ほんとうの眠りはすぐにやってくる。ここで自然のはたらきを促進させている眠りの方法は、とりわけ、中途半端に考えようとは絶対しないことだ。思考に没頭するか、それとも全然考えないか、どちらかである。自己支配を欠く思惟はすべて、誤ったものだという経験を活かすことだ。こういう毅然たる判断によって自己支配を欠く思惟はすべて、夢想レヴェルに格下げされる。そして棘をもたないあの幸福な夢が準備される。逆に、夢を開く鍵はなんでもかで重大視してしまう。それこそ不幸を招く鍵である。
    一九二三年九月二十九日
    --アラン(神谷幹夫訳)「幸福にならねばならない」、『幸福論』岩波文庫、1998年。

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ちょいと長いのですが載せておきます。

20世紀最大のモラリストといってよいアラン(Emile-Auguste Chartier,1868-1951)の「楽観主義」論がうえの文章です。

月曜の講義にて学生さんたちと話し合うために、アランの文章を材料に考えてみたわけですが、なんで哲学の講義で楽観主義か!などと深い突っ込みはお許し下さいませ。

哲学というものが根本原理の探究であるとすれば、人間が哲学するということは文字っ面だけのはなしではなく、生き方の問題と密接に関わってくるわけですから、「楽観主義」の問題とも対峙せざるを得ません……それが実情です。

さて、楽観主義の問題に関しては、アメリカを代表する心理学者A・マズロー(Abraham Harold Maslow,1908-1970)に代表される、人間の自己実現を「欲求の階層」によって「説明」するアプローチが人口に膾炙されております。

そしてその「説明」に納得することも多く、マズロー自身が根っからのヒューマニストであったがゆえに出てきた言説であることも承知なのですが、いかんせん、心理学の還元主義的アプローチにちょいと違和感を覚えなくもないので、「説明」することで学生自身が「考える」「暇」を奪ってしまうのも難だよな……。

……ということでアランの文章を紹介した次第です。

マズローの「説明」よりも難解で「エスプリ」溢れる文章ですが、アランの言葉は、楽観主義を「説明」してはいないものの、その極意を突いている部分があり、その言葉と向かい合うことで、学生自身が「楽観主義」=○○である、と定義を覚えるのではなく、言葉を頼りに、一人一人が思索を深めていく機会になればと思い、今の若い学生にはすこし難しいかなア~とぼやきつつも、提示してみたところ、ドンペリ……いや、失礼、ドンピンだったことには、チャレンジして正解だったのかな?

さて……。
そのきっかけは前回の講義に端を発しております。
学生さんからの楽観主義理解に関する質問がそれにあたります。

ちょうどガンジー主義の現代性について議論していたわけですが、ガンジーは自身の心情を次のように吐露しております。

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 私はどこまでも楽観主義者である。正義が栄えるという証拠を示し得るというのではなく、究極においては正義が栄えるに違いないという断固たる信仰を抱いているからである。
    --ガンジー(K・クリパラーニー編・古賀勝郎訳)『抵抗するな・屈服するな ガンジー語録』朝日新聞社、1970年。

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 わたしは手に負えないオプティミストです。わたしのオプティミズムは、非暴力を発揮しうる個人の能力の、無限の可能性への信念にもとづいています。
    --マハトマ・ ガンディー(森本達雄訳)『 わたしの非暴力I』みすず書房、1970年。

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思うに、思想の人間であれ、経綸の人間であれ、卓越した人物というものは、 ほぼ間違いなく楽観主義者の風格をもっているようです。そうした人物の中で群を抜いているのがやはりガンジーであり、その生涯はけれん味なく、あざやかな見本をしめしているようで、その楽観主義には驚くばかりです。

ガンジーの歩みを振り返ってみるならば、客観的情勢分析やその分析に基づく見通しに依拠して生み出された者ではありません。なにしろ、そうした手法をとってしまうと相対論に陥ってしまいますから。

しかしそうではなく、なにがあろうとも貫き通したその生涯をみてみるならば、まさに、絶対的・楽観主義ともいうべき力強い息吹を感じてしまうものであり、徹底した自己洞察の結果、どのような条件も容喙することのできぬ信念に近いダイナミズムを感じてしまわざるを得ません。

そしてそれが何に根ざすのでしょうか。
それはすなわち、人間への絶対的な信頼であり、死をもってしても奪い取ることのできない不壊の信念にほかならないのでしょう。

だからこそガンジーはひとりの人間が魂の次元において変革できるはずだ、そしてその変革は大地をも揺るがし、歴史をも転変させてしまうのだと歩み抜いたのだろうと思います。

まさにガンジーの楽観主義とは、菩薩の誓願にも似た人間への深い信頼と変革への革新に似た何かなのだろうと偲ばれます。

さて、話がガンジーの歩みの振り返りになってしまいましたが、その辺を前回呟いていたのですが、

「“どんなつらい困難な状況でも負けずに前向きにいることだと思ったけど・・・”、楽観主義ってこんなふうに考えればよいのでしょうか」

……と質問が出てきましたので、うえのアランの文章で、一緒に考えてみました。

たしかに、どんなつらい困難な状況でも負けずに前向きいることができれば、それにこしたことはありませんし、その歩みは楽観主義って状況の一つの事例なのでしょう。

しかし、なかなかそれを貫き通すのは困難でありますし、時には負けることもあれば、打ちひしがれることもあり、簡単に「負けずに前向きいる」ことだと言い切るわけにもいきません。

いい切ってしまうのは実に簡単なんです。
しかし、いい切ってしまうことで、現状の自分を否定しまくったあげくに、自暴自棄へと至る道程もたやすいものですから、そのヘンが難しいものです。

最初に通俗的な楽観主義理解、すなわち、棚からぼた餅・賽銭でOK式の楽観主義論の陥穽を指摘したうえで……宇治家参去はこの楽観主義理解を「根拠を欠いた夢想的楽観主義」理解と読んでおります……、学生さんたちに考えさせてみて、そしてアランの文章を読ませてみました。

いやはや、このアランの文章、冒頭から染みこんできます。すなわち「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義(オプテイミスム)は意志によるものである。気分にまかせて生きている人はみんな、悲しみにとらわれる。否、ただそれだけではすまない。やがていらだち、怒り出す」。

悲観主義が気分の問題であるするならば、「根拠を欠いた夢想的楽観主義」も「気分の問題」なのでしょう。

では、その対極に位置する楽観主義とは何でしょうか。

アランによれば「楽観主義(オプテイミスム)は意志によるものである」ものだそうな。
「意志によるもの」だとすれば、その楽観主義とは「根拠を欠いた夢想」ではありません。

まさに根拠形成を丹念に仕込んでいくのがその楽観主義なのでしょう。

棚からぼた餅はおちてきませんし、賽銭投げても願いは叶いません。

そして今日は疲れたのであれば、今日は寝ればよいでしょうし、泣きたいときは泣けばいいのでしょう。

しかし、根本に「意志の問題」を置くならば、次の日からでも、1ヶ月後からでも、10年後からでも「意志」に基礎をおきながら、ヘンな言い方ですが、棚からぼた餅がおちてくるように「工作(耕作)」していけばよいわけですから。

その「工作(耕作)」は気分の問題ではありません。
ガンジーの実践にみられるような、まさに菩薩の誓願のごとく、結実した……このことは言い換えるならば、最初から決まったこと!を組み立てていくあり方なのだろうと思います。

まさに「証拠を示し得る」歩みではなく、証拠ははなからありますから「栄えるに違いない」組み立てをしてくわけですから……。

再びアランの言葉に即して考えるならば、つぎのあたりでしょうか。

「オプティミスムは誓約を求めている」

「自己支配は、生存を組み立て、生存を保証している」。

「自己支配を欠く思惟はすべて、誤ったものだという経験を活かすことだ」。

確かに自己支配という言葉に耳を傾けるならば、まさにそれは気分=悲観主義と対極にある人間存在論になってくると思います。気分に支配されると言うことはすなわち自己支配を欠くわけですし、自己支配を丁寧に組み立てていくことはまさに自分自身に対する「誓約」なのでしょう。

だから、最初に「幸福になることを誓わねばならない」ということができれば、左右されずに生きていくことができるし、そこには人生の「退屈」さは一切存在しないのでしょう。

「退屈」も「悲観」も気分の問題です。

……あとは学生さんたちに考え、生活の中で、言葉と摺り合わせながら内面化してもらうしかありませんが……。

しかし、この文章、昔も読んだことがありましたが、再読するなかで文章のタイトルが「誓わねばならない」ということには度肝を抜かれてしまいました。

ということで?
短大での哲学の授業ものこすところ最終講義一コマのみ。
今季は教材に沿いながらも、なるべく学生さんたちの関心や疑問応答とのなかで、哲学することを考えることが多く、遅々として授業計画どおり進みはしませんでしたが、「共に」考えることができたのは、楽観主義に限らず、お互いにとって実りあるひとときになったよな……と思わざるを得ません。

例えば、占いの是非、平和を願うのであれば平和のイメージとはどんなもの? また学生として平和にするためには何ができるの?……等々、拳と拳?で議論できたことは自分自身にとってもかけがえのない財産になったと思います。

……つうことで?

いやはや、本日の八王子は、ぐらぐらと煮えかえる地獄の釜の湯のごとく、暑さの酷い一日でございました。

大学の正門付近にある温度計は33度を示しておりました。

例の如く、出勤前に、ホット・コーヒーを我慢して、アイス・コーヒーで許してあげた次第です。

しかもおまけに「甘いモノ」まで付けてしまいましたので、なんだか男気あふれる宇治家参去が軟弱化しているようですが……暑いから仕方ありませんかね?

蛇足ですが、アランの文章の中断を読むと、現代の政治家たちには、礼儀もヘッタクレもなければ、アランなんかも読んだことがないのだろうな……などと推察されていほかなりません。

次の一文は公共に関わる人間には必要不可欠だろうと思います。

「礼儀作法(ポリテス)は政治(ポリティック)にふさわしい規則である。この二つのことばは親類である。礼儀をわきまえた者、それこそが政治家である」。

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ひとつの認識を形づくるには、一個の表象だけでは十分でない

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 ひとつの認識を形づくるには、一個の表象だけでは十分でない。何かを認識するためには、われわれが表象を有しているのみならず、われわれがそこから出て「それとは別の表象を、それに結びつけられたものとして再認」しなければならない。認識とは、ゆえに、諸表象の総合である。「われわれは、Aという概念の外に、この概念にとって外的であるけれども、そこに結びつけねばならないとわれわれが考えるBという述語を見出す」。われわれは、ある表象の対象について、その表象には含まれていない何かを肯定するのでる。ところで、このような総合は、二つの形態において提示される。それは経験に依存するとき、ア・ポステオリである。私が「この直線は白い」と言えば、そこにあるのは、互いに異なる二つの規定の遭遇である。あらゆる直線が白いわけではないし、白い直線も必然的に白であるわけではない。
 反対に、私が「直線は最短の道である」とか「変化するものはすべて原因をもつ」と言えば、私はア・プリオリな総合を行っていることになる。私は、Aについて、それに必然的かつ普遍的に結びついているものとしてBを肯定しているからである(ゆえに、Bはそれ自体、ア・プリオリな表象でえある。Aの方は、ア・プリオリでもそうでないこともありうる)。ア・プリオリであることがもつ特徴というのは、普遍的で必然的だというものだ。但し、ア・プリオリであることの定義とは、経験より独立しているというものだ。ア・プリオリが経験に適用されることはありうるし、ある種の場合においては、経験にしか適用されないこともある。だが、ア・プリオリが経験に由来することはない。「すべて」とか「常に」とか「必然的に」とかいった言葉に対応する経験は定義上存在しない。最短のは、比較級でも、帰納の結果でもなく、私が一つの線を直線として産出する際のア・プリオリな規則である。原因もまた、帰納の産物ではなく、生起する何事かを私が経験において再認する際のア・プリオリな概念である。
    --ジル・ドゥルーズ(國分功一郎訳)『カントの批判哲学』ちくま学芸文庫、2008年。

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この1ヶ月ほど、様々な人物、人、そして御仁と出会う中で、「こうと決め込んで、そうとしか考えることができない」というスタイルを多々目の当たりにして、つくづくと料簡を広げていくのは困難だよな……と実感するとともに、それでもなお、多様な地平を提示する「それだけではないかもしれませんよ」という対話しか結局はないのか……などとふと思った次第です。

さて、「こうと決め込んで、そうとしか考えることが出来ない」というスタイルは別に悪いわけではありません。それをどこに向けていくのかというのが焦点になってくるでしょう。つまり、次の言葉を使うのは嫌なのですがその言葉が一番適切なニュアンスを伝えることが出来るので臆面もなく使わせて頂きますが、すなわち、個々人の実存の問題に関してはそのスタイルで生きていくのが適切なのだろうと思います。

こう決めて、自分の生き方を歩んでいくという土台とでも言えばいいでしょうか。

しかし、人間とは生き物としては不十分で有限な存在者、罪人、末代凡夫であるとするならば、その土台というものも不変ではないはずですから、その更新はあってしかるべきですから、社会哲学者カール・ポパー(Sir Karl Raimund Popper,1902-1994)が自然科学だけでなく、人文科学、社会科学においても「反証可能性(Falsifiability)」を説いて止まなかったことを思いおこすならば、そのなにがしかを揺るぎなき土台として努力しようとも、ひとしくその土台が揺り動かされる可能性としての「反証可能性」の余地はどこかに残しておかないとマズイということはそれでもなお、言うまでもありませんでしょう。

さて、そうした実存論からはなれて、一般的に流通する「こうと決め込んで、そうとしか考えること出来ない」という発想の根っこにあるのは、自分で考える・判断するというカント的自律を拒否した軽挙妄動に由来するのかもしれません。

いかなる信条・指針・心情をゆうしてもいいのですが、それを対他的に検証しないまま、「そうなんだよな」「こうに“決まっている”」「嫌いだから……」って式に判断してしまうのはおそろしく暴力的な行為かもしれません。

検証されるべき、人間世界はある意味では、ア・ポステオリ(a posteriori)な世界にすぎません。だからこそさまざまな方向性から検討されてしかるべきなのですが、そのア・ポステオリなあり方をひとはどこかでア・プリオリ(a priori)なものとして錯覚してしまうのでしょう。

そこに落とし穴があるのだろうと思います。

経験則を形而上的な金科玉条にしてしまうということは、経験そのものの破壊を招いてしまうものです。経験として「こうだった」から「こう考える」というのであれば最後まで完遂してこそ経験則として成立するのでしょう。

それを中途の段階で王位につけてしまうことは、自己自身の信念体系の内崩をまねく暴挙にほかならないはずなのですが……。

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 ひとつの認識を形づくるには、一個の表象だけでは十分でない。何かを認識するためには、われわれが表象を有しているのみならず、われわれがそこから出て「それとは別の表象を、それに結びつけられたものとして再認」しなければならない。認識とは、ゆえに、諸表象の総合である。
    --ドゥルーズ、前掲書。

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このあたりを念頭に置いておかないと、正しい認識いたることは不可能なのでしょう。
しかしながら、なかなか、人間とはほかのひとの意見に耳を傾けることができない生き物なのかしら?

……などとふとぼやいてしまう日々ですが、それでもなお大石を穿つが如く、たえまなく接していく中で、気が付いたときには、ふと多面的に総合的に判断するようになってくる人も現れてくるところをついつい見てしまうと、まだまだ人間世界もすてたものではない……否、自分自身が人間世界を「素敵な世界」へと転回させゆく鍵をにぎっているのだろう!と思いつつ、誠実に生きていくしかありませんネ!

ちょいと飲みのを我慢していた麓井酒造@山形県酒田市の銘酒「麓井(ふもとい)生酛純米吟醸 山長(ヤマチョー)」にでも酔いしれながら、梅雨の夜長を楽しんで寝ますか!

しかし部屋のなかがなんかあっちいなアと思っておりましたら、エアコンが暖房でした。

これはかなりアルコールで消火活動をしないとまずいです。

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カントの批判哲学 (ちくま学芸文庫) Book カントの批判哲学 (ちくま学芸文庫)

著者:ジル ドゥルーズ
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『わたしがこうして祈りを捧げるのはけっしておごりからではありません。なぜかと言えば、このわたしこそだれよりも汚れた身なのですから……』

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 「神父のみなさん、愛しあってください」長老はそう説いた(あとでアリョーシャが記憶していたかぎり)。「神の子である民衆を愛してください。ここに来て、この壁のなかに隠遁しているからといって、わたしたちが俗世の人々より神聖であるあかしにはなりません。それどころかここに来た人はだれも、ここに来たという事実によって、自分が俗世のだれよりも、この地上に生きるすべてのものより劣っているということを自覚したことになるのです……。修道僧は、壁のなかの暮らしが長くなればなるほど、ますます身にしみてそれを自覚してかからなくてはなりません。もしそうでなければ、ここにやってくる理由などまるでなかったことになりますからね。自分が俗世の人たちよりも劣っているばかりか、生きとし生けるものに対して罪がある、人間の罪、俗世の罪、個人の罪に責任を負っていると自覚したときにはじめて、わたしたちの隠遁の目的は達せられるのです。
 なぜかと言えば、よいですか、わたしたちひとりひとりは、地上のすべての人、すべてのものに対してまぎれもなく罪があるからなのですよ。俗世の一般的な罪にとどまらず、それこそ個々人が、それぞれこの地上のすべての人、ひとりひとりの人間に対して罪があるのです、この認識こそ、修行をおこなう人間ばかりか、地上に住むすべての人間が歩むべき道の到達点なのです。なぜかと言えば、修道僧といっても他の人間と本質を異にするわけではありませんし、地上に生きている人間がいずれそうなるべき姿にすぎませんからね。わたしたちの心というのは、いずれその時が来てはじめて、飽くことを知らない、無限の、宇宙的な愛にひたることができるのですよ。そうしてあなたがたひとりひとりは、愛によって世界全体をわがものとし、俗世の罪を涙によって洗いながすことができるのです……。
 だれもがご自分の心をしっかり見守り、怠らずに懺悔なさることです。ご自分の罪を恐れてはなりませんし、たとえ罪を自覚しても、悔い改めばよいことで、神さまに何か約束などしてはなりません。あなた方を否定し、あなた方を辱め、あなた方をののしり、あなた方を中傷するものも憎んではなりません。無神論者、悪を教える者、唯物論者を憎んではなりません。そうした人たちのなかの善人はむろん、悪人も憎んではなりません。なぜかと言えば、とりわけ今のような時代には、そういう人のなかにもたくさんの善人がおりますからね。
 そういう人のために、祈りのさいにこう言ってあげることです。『神さま、だれにも祈ってもらえない人たち、あなたに祈ろうとしない人たちも、すべてお救いください』とね。そしてすぐにこうつけ加えるのです。『わたしがこうして祈りを捧げるのはけっしておごりからではありません。なぜかと言えば、このわたしこそだれよりも汚れた身なのですから……』
 神の子である民衆を愛し、羊の群を侵入者に奪われないように気をつけなさい。怠け心や、汚らわしいおごりや、そしてなにより私欲にかまけていたりすれば、四方から侵入者どもがやって来て、あなた方の羊の群を奪い去ってしまいます。民衆には、怠りなく福音を説いてあげなさい……。不正に蓄財してはいけません……。金銀財宝を愛してはいけません、所有してはいけません……。神を信じ、信仰の旗をしっかりたずさえ、高く掲げてください……」
 もっとも、長老の話は、ここに記したものよりも、また後にアリョーシャが書きとめたものよりも断片的であった。
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟2』光文社、2006年。

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6連勤あけの金曜日は、さすがに課題がつまっておりましたので、学事に集中させていただき、添削の済んだレポートを大学へ返却すると、紀要論文の資料に今一度目を通しながら、ちまちまと入力作業をやっておりますと夕方です。

夜は細君が外出とのことで、息子殿と種々○○ごっこなんかをやっておりますと、疲れてしまい、疲れを癒すため!との理由にて鯨飲したのがよくなかったのかもしれません。

土曜日は朝から細君の用事で世田谷へ繰り出すことになっておりましたので、そうそうにたたき起こされ……涙そうそうです。

子供の用事ではなく親の用事での外出になりますが、息子殿を留守番させるわけにもいきませんので、御同道ということになりますが、息子殿的には、例えば水族館とか動物園にいくという本来的な自己自身の実存関わる外出ではない、いわばどうしようもなく付き合わされる要件ですが、そこは飴と鞭?ということで、「おりこうさんにしていると、ゲームをしてもいいよ」というアレがありますので、本人も朝から臨戦体制?……という状況にて出発です。

今回は細君がもともと務めていた会社の後輩に用があり、「暇ならついてこいや!」ってことで同行しましたが、ひさしぶりの梅ヶ丘散策はなつかしくもありました。

駅からまっすぐ南にくだると国士舘大学で、ちと西へ向かうと環7通……。
このへんはむかし知人が住んでいたので、よくおぢゃました地域でもあります。

小田急線のとなりは豪徳寺になります。
学生時代にチェロをやっていたのですが……ガラではないですが……、そのオケの音合わせで月に何度かは利用しておりましたので、いや~ア、懐かしいなアなどと往時をしのびばせて頂いた次第です。

ホンマ、私事がおちつけば、ふたたび、チェロ弾きの宇治家参去へともどりたいものです。ここ数年まったくひいておりませんから。

さて……。

昼過ぎから市井の職場がありますので、駅へ向かうと、日曜の首都決戦@マスコミを控えた都議会議員候補の遊説ががんがんなりひびいておりました。

「○○を愛しております(○○はそこの街の名前)、そして世田谷を愛しております、そして東京をあいしております! ○○のため、そして世田谷のため、東京のために働いて参ります」

……とのことだそうでした。

……ってスルーしてしまうと宇治家参去ではありません。

否、強烈な違和感すらわき起こる次第でありまして、私淑するレヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の言葉をどうしても思い起こさずには居られません。

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ポワリエ 他人はみなそれぞれかけがえのないものですけれども、私たちは全員をひとしく愛することができません……
レヴィナス まさしく、それゆえに、私たちは、私が倫理的秩序あるいは聖性の秩序あるいは慈悲の秩序あるいは愛の秩序あるいは慈愛の秩序と呼ぶものから出てゆかねばならないのです。いま言ったような秩序のうちにあるとき、他の人間は、彼がおおぜいの人間たちの間で占めている位置とはいったん切れて、私とかかわっています。私たちが個人として人類全体に帰属しているということをとりあえずわきにおいて、かかわっています。彼は隣人として、最初に来た人として、私にかかわっています。彼はまさにかけがえのない人であるわけです。彼の顔のうちに、彼がゆだねた内容にもかかわらず、私は私あてに向けられた呼びかけを読みとりました。彼を放置してはならない、という神の命令です。他なるもののために、他なるものの身代わりとして存在すること、という無償性の、あるいは聖性のうちにおける人間同士の関係がそれです!
ポワリエ 質問を繰り返すことになりますが、私たちは全員をひとしく愛することができません。私たちは優先順位をつけ、判別します……
レヴィナス というのも「全員」(Tout le monde)という言葉が口にされたとたんにすべてが変わってしまうからです。その場合には、他人(l'autre)はもうかけがえのないものではなくなります。この聖性の価値--そしてこの慈悲の高まり--は、全員が同時に出現するという事態になれば、他の人たち(les autres)との関係を排除することも、無視することもできなくなります。ここで選択という問題が出てきます。私は「内存在性からの超脱」(des-interessement)を果たしながら、今度はいったい誰が際立って他なるもの(autre par excellence)であるのかを特定することを迫られるのではないでしょうか?評価(ratio)という問題が出てきます。裁きの要請が出てきます。そのときまさしく、「かけがえのないものたち」(uniques)のあいだで比較を行うという要請が、彼らを共通の種属に還元するという要請が出てくるわけです。これが始原的暴力(premiere violence)です。かけがえのない唯一性(unicite)に対する異議申し立てです。
     エマニュエル・レヴィナス、フランソワ・ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性--レヴィナスは語る』国文社、1991年。

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そう、そのとおりなんです。

「愛する」という言葉はかんたんにつかうことのできないことばなんだよな……などと思う次第で……、愛するということは特定の対象に対する志向性であり、「全員」(Tout le monde)を愛することは原理的には不可能なんですね。

まさにインタビュアーのポワリエが吐露しているとおり、「他人はみなそれぞれかけがえのないものです」けれども「私たちは全員をひとしく愛することができません……」わけなんですね。

だからこそ、愛とは「始原的暴力(premiere violence)」にほかならないわけであって、○○という地域と、そして世田谷という区、そして東京という都を同列に論ずることは不可能だよな……などとしらっーって思いつつ、言葉の重さを知っているのか知らないのか理解不能な他者としての政治家(屋)さんは、言葉をぽんぽん使っていくよな~などと細君に言うと……

「たしかに、いまの演説はコンテンツがまったくないよね! 若さがマニフェストですって何なのかしら……?」

……とのことだそうです。

ひとつのことば、そしてひとつのできごと、そしてそこから世界へと直結していく歩みを完遂できる政治家がすくなったことは論を待ちません。

しかし、最近では、言葉に責任を負わなくなった政治屋も多くなってしまったのか……とはらはらと落涙でございます。

「若さがマニフェスト」であるならば、それは職業としての政治家@ヴェーバー的に見るならば、「若さ」を失った場合、職業としての政治屋を自ら失職せざるを得ない必然性を内包しているわけですけれども、こうした御仁ほど、職業としての政治屋・稼業にはこだわるものなのでしょうねエ。

……ってぼやきつつ、冒頭にもどりましょうか。

……ってずれずれ……というのはいつもの通りです。

ドストエフスキー(Fyodor Mikhaylovich Dostoyevsky,1821-1881)の『カラマーゾフの兄弟』からの一節ですが、世俗化された現代社会であるからこそ、ゾシマ長老の語るこの戒めを政治に携わるひとびとは一言一言噛みしめなければならないのだろうと思います。

宇治家参去なんぞは、酒をひとくすするときにおいても、そして大学の授業で哲学を、そして倫理学をかたる一挙手一投足のふるまいのどれひとつにおいても「罪」を「背負って」生きている「自覚」からわかちがたく存在している?のですが……その生き方というのもなかなか捨てたものではないと思うのですが、そのエートスが必要なのは、むしろそうしたひとびとに対してではなかろうか……などとおもわれてほかなりません。

本当は、「道徳の支配なくして自由の支配を打ち立てることは出来ない。信仰なくして道徳に根を張らすことは出来ない」と語って止まなかったトクヴィル(Charles Alexis Henri Clerel de Tocqueville,1805-1859)の古典的名著『アメリカの民主政治』(De la démocratie en Amérique)の民主主義論に耳を傾けつつ、「矜持」としての「民主主義システム」と「自由」……福澤的に謂えば“独立自尊”でしょうか……の確立を議論したかったところですが、帰宅後書庫をさがすと見つからず、拳で語りあうドストエフスキーの紹介でスイマセン。

ちなみに本日は駅前の蕎麦やさんにて一服しましたが、やはり蕎麦にはビールと冷酒と思いましたが、仕事のため、断念!

これからちと怪飲します。

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智慧というもののもつ最も重要な要素は、それこそが、人間をして、瞬間による支配から離脱せしめるもの

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 *
 哲学者というものは、第一に自分自身に対し、第二には他者に対して、存在している。全く孤立して自分自身だけで存在しているということは、不可能なことである。何故なら、彼は、人間である以上、他の人間への関係をもっているからである。それ故に、彼が哲学者であるならば、彼は、この関係の中においても、哲学者であられなばならぬであろう。私の考えるところでは、彼が、隠者として、峻厳に、他の人間から離れ去って行った場合でも、そのことによって、彼は、一つの教えを、一つの模範を、垂れているのであって、したがって、他者に対しても哲学者なのである。彼が、己れの欲するがままに、どんな振舞いをしようと、そんなことはかまわない。ともかく、彼の哲学者という存在には、人間に向けられた一面があるのである。
 哲学者の制作するものは、(彼の著作に先立って、何よりもまず)彼の生活である。それこそが、彼の芸術作品である。すべて芸術作品というものは、第一に芸術家に、第二には他の人間に、向けられたものなのである。--
 哲学者が、哲学者でない人々や他の哲学者たちに対して及ぼす効果とは、どのようなものであろうか?
 国家、社会、諸々の宗教等々は、皆、問うことができる。一体哲学は、これまで、われわれに対して、何かを貢献してくれたであろうか? と。哲学は、現在、われわれに対して、何かを貢献してくれることができるであろうか? そのようにまた、文化も問い得る。
 哲学一般の文化に及ぼす効果如何の問題。
 文化の解釈--現在一つの旋律を演奏させている、多くの、根源的に敵対的な、諸々の力の、調律ないし、調子としての、文化の解釈。

 *
 智慧というもののもつ最も重要な要素は、それこそが、人間をして、瞬間による支配から離脱せしめるものだ、ということである。それ故、智慧は、時代に適うものではないのである。智慧の意図することは、人間をあらゆる運命の打撃に対して直ちに確乎たる姿勢をとらせ、あらゆる時代に対して武装させること、これである。それは、国民的色彩などほとんどないものである。
    --ニーチェ(渡辺二郎訳)『哲学者の書』ちくま学芸文庫、1994年。

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もっとも誤解と誤読が多いのがニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche,1844-1900)の著作かもしれません。

ニヒリズムを超克する方途の探究であったものが、ニヒリズムの主張と受けられ、その超克する方途の探究であった「超人」という概念が、凡俗を唾棄してしまう国家社会主義的“指導”原理として受容されてしまうなど、その受容史を振り返ってみますと、概括的速読ほど恐ろしいものはないと思われて他なりません。

思うに、おそらく、ニーチェが生きていたならば、ニーチェを担ぎ上げようとするニーチアンの姿こそ唾棄すべき対象なのでしょう。

現実世界との応対関係のなかで、丁寧にじっくりと活字と向かい合い、ニーチェの息吹にふれていくほかありません。

3月下旬から、ふと思い立ちニーチェを再読しております。
もちろん、論文にしようとか、なにか学的批評としてまとめようという目的ではなく、ペダンティックな読み方に過ぎないといわれてしまうとそれまでなのですが、読んでいて驚くことが一点あります。

すなわち、それは、

ニーチェは「特別なこと」や「奇を衒うようなこと」や「魔術的呪文」を一切唱えていないと言う点です。

もちろん、ニーチェ独特の神懸かった言い回しとか、文体としてのアフォリズムに翻弄されてしまう側面は厳として存在しますが、そこになんども登攀していくと、「特別なこと」や「奇を衒うようなこと」とか「魔術的呪文」を一切唱えていないところに到達してしまいます。

「特別なこと」や「奇を衒うようなこと」や「魔術的呪文」を一切唱えていないと言うこととはなにでしょうか。

すなわち、「あたりまえ」のことしか語っていないということです。

しかしこの「あたりまえ」のことが実は難点なんです。

「あたりまえ」だからこそ認識できにくいものなんです。
「あたりまえ」だからこそ「今、考えるに値しない」とか「言われて無くてもわかっているわい!」てなわけで、深く自分自身の問題として「あたりまえ」を直視することなくスルーしてしまい、結局は「あたりまえ」の判断を為さずに状況が進行していく……それがその実情かも知れません。

人間というのは不思議なもので「あたりまえ」のことほど耳にいたいものはありません。
しかし「あたりまえ」であるならばこそ、その「あたりまえ」のことに対して真摯に足下を掘っていくしかないのでしょう。

こうした「あたりまえ」という省察に関してひとはそれをスルーしてしまうようになってしまうと、どうしてもその対極にある「特別なこと」や「奇を衒うようなこと」とか「魔術的呪文」になにか特効薬を見出してしまうのかも知れません。

何も特別なことをニーチェは語ってはおりません。
しかし、何も特別なことは世界には必要ではありません。
特別ではない「あたりまえ」のことにこそ「特効薬」はあるわけですから……。

そうしたことをここ数日よく直面させられております。

なにが大切でなにが必要なのか。
雰囲気とかブームとか手法によらない「あたりまえ」に耳を傾けていかない限り、その当人の生活のみならず、政治も経済も、そして思想も、十全に「人間のために」という言説としては発動しないのだと思います。

人間とは何かといった場合、実はコレきわめて教科書的な定義の問題ではありません。ニーチェが「 哲学者というものは、第一に自分自身に対し、第二には他者に対して、存在している。全く孤立して自分自身だけで存在しているということは、不可能なことである。何故なら、彼は、人間である以上、他の人間への関係をもっているからである。それ故に、彼が哲学者であるならば、彼は、この関係の中においても、哲学者であられなばならぬであろう」と語っているとおりでありまして、極めて即自的且つ対他的な「あり方」の問題にほかなりません。

それをなにかできあがった一定の準拠にのみ依拠してしまうと、他者を分断するばかりか最終的には分断してしまう主体としての自分自身をも分断してしまうのでしょう。

アトム的な個人も必要在りません。そしてその対極にある、人間を「ネジ」ととらえる共同体主義も必要ではありません。

必要なのは、生きている自分自身の課題として、分断されたあり方ではなく世界と繋がった自分自身の「生」の問題として捉え直していくことができるのか、そこを現代世界では試されているのではないだろうか……そう思われて他なりません。

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智慧というもののもつ最も重要な要素は、それこそが、人間をして、瞬間による支配から離脱せしめるものだ、ということである。それ故、智慧は、時代に適うものではないのである。智慧の意図することは、人間をあらゆる運命の打撃に対して直ちに確乎たる姿勢をとらせ、あらゆる時代に対して武装させること、これである。それは、国民的色彩などほとんどないものである。
    --ニーチェ、前掲書。

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天文学的数値で変貌をつづける現代世界は、まさに考える暇を与えてはくれません。
しかし少しばかりの思索の暇を丁寧に保持しつつ、「あたりまえ」だから「言う」「必要はない」というよりも、「あたりまえ」なことだからこそ「声」を「大」にして叫ばなければならないのかもしれません。

「あたりまえ」って実は大切なんですヨ。

「お前にいわれなくっても“わかっている”」……っていう言い方は実は何も知らないネンネかも知れません。

「智慧というもののもつ最も重要な要素は、それこそが、人間をして、瞬間による支配から離脱せしめるもの」ですから、生きている生活実感との応対関係から抽出される「あたりまえ」とされるものことの叫びに耳を傾けないあり方というのは、「瞬間による支配から離脱」されない籠絡の渦中でぐるぐるまわりなのでしょう。

……ということで?
本昼より怒濤の市井の職場の連勤がはじまりますが、例の如く?……午前中は、ちと世田谷近辺にて所用の外出があり、はやく寝ないといけないので、蒸し暑くて蒸されすぎた体をほぐすために、きんきんに冷えたビールを鯨飲しつつ、紫煙をくゆらせつつ寝ますワ。

「あたりまえ」続きで恐縮ですが、タバコは、ライター……オイル・ガス両方含む……でやるよりも、マッチでやる方が実はかなり旨いんです。

不思議といえば不思議ですが、当たり前といえば当たり前というのはこのことなのでしょう。

オイルでやると油臭く、ガスでやると揮発臭いのですが、マッチの優しい燐の匂いが味わいを増幅させてしまうようですね!

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人類への帰属性こそ「人格の唯一性ないし絶対性」を保障するわけなのですが……

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 人間の諸権利は人格の唯一性ないし絶対性を明らかにする。人類への帰属にもかかわらず、いや、この帰属性ゆえの人格の唯一性ないし絶対性なのだが、たった今強調されたように、それこそが存在のうちでの人間的なものの逆説であり神秘であり斬新さであろう。タルムードの見事な寓意によってこの点が示唆されているように私たちには思えるので、それを次に引用しよう。

「聖と称えられるべきお方の偉大さ。今、人間はすべての硬貨に同じ刻印を押すことで、すべてが瓜二つであるような硬貨を得た。ところが王のなかの王、聖と称えられるべきお方は、すべての人間にアダムの刻印を押したが、誰も互いに似ていなかった。だからこそ、『世界は私のために造られた』という義務が各人にはあるのだ!」

 類の同一性が、絶対的に類似せざるものを、唯一名存在同士の非-加算的な多様体を包摂しうるということ。アダムの統一性が比較分帽ば唯一性を有した諸個人に刻印され、そこでは、共通の類が消滅し、個体が硬貨のように交換可能なものたることをまさにやめるということ。そこにおいて、各人は世界の唯一の目標として(あるいはまた、現実にただひとり責任を負う者として)肯定されるということ。これこそが疑いなく、人間のうちなる神の痕跡であり、より精確に言うなら、神がそこで初めて人間に到来するような現実の地点なのだ。先の寓意のありうべき意味は、先行的な<啓示>にもとづく人間の諸権利の何らかの演繹に比すべきものではなく、それは逆に、人間の諸権利の明証性にもとづく神の権利の到来を表しているのだ。

 人間の諸権利ならびにこれらの権利の尊重は、神学者たちが<啓示>に、言い換えるなら、余所ですでに獲得された「神についての数々の真実」に準拠することで表現するような神の厳格さや恩寵から生じるのではない。たしかに、こうした準拠においても、諸権利は超-自然的なものとみなされ、その異常さが証示されるのだが、すでにしてそこには、法律遵守と宗教的諸審級による媒介が姿を現している。そしてそのことが、ルネサンス以降の、人間の諸権利の特徴なのである。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人訳)「人間の諸権利と他者の諸権利」、『外の主体』みすず書房、1997年。

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ちょど昨日にて、市井の職場での久し振りの六連勤が終了しましたが、あまりにもレジを打ちすぎていたのでしょうか。

本日も終盤までレジ打ちをしておりましたが、ホンマ管理職がこんなことやっていていいのか~と思いつつ、それでも打刻しませんと、長蛇の列になってしまいますので、理由もヘッタクレもなくレジを打つ毎日ですが、喉ががらがらになったのははじめてです。

で……。

「今日もなんとか無事終わったな」と、波がすぎてから、売り場の点検をしておりますと、あきらかに酔っぱらいのおっちゃんなのですが……

「おれ、車何処に止めたんだっけ?」

……とのこと。

正直に言えば、「止めた貴方ががご存じでしょう」と思わざるを得ませんが、接客業においては基本的には、士農工商の身分順列のごとく、きわめて対他的にはそうした本音などぽろりとやるわけにもいかず……、言葉をすりあわせながらも、えんえん10分間、どこにとめたのかわからず……どうしようもないので、とりあえず、当店の駐車場の位置をご案内。

「当店の駐車場を利用したというのであれば、駐車券はお持ちですか?」

「ない。だ・か・ら、車どこにおれは止めたんだよぅっ!」

「・・・」

「探せや! ボケっ!」

……って宇治家参去はボケではありませんがと突っ込みたくなりましたがチト我慢し、やりとりをくりかえすなかで、あきらかに、(たぶん)うちの店舗の駐車場(当店利用以外の方でも時間料金を支払えば利用できるというスタイル)に車をとめてから、どこか近くの飲み屋に飲みに行ったようご様子です。

いちおう、それとなく

「わからないのであれば、警察に連絡をとり、探して貰いますか?」

……とはふってみたのですが、

それは拒否られ、ご自身で探すということにて、案件クローズ。

しかしこれで案件クローズさせるとまずいよな!
道路交通法的な問題も多分にありますが、かかわった相手として放置するのはまずよな!

……という部分が残ります。

かなり、飲んでるご様子でしたから、店内へ戻ると、いちおう、最寄りの交番(徒歩1分)へ詳細の連絡を入れ、確認して貰うことにしました。

「おれの車どこにとめんだよっ」

……って言われましても、

「まさにアンタが一番知っているんだろう」

……といいたいところですが、車で来て、ふらっふらっで前後不覚になるまで飲んで車で帰ろうとするのはよくありませんです。

……その後、どうなったのかは知るよしもありませんが。

「人間の諸権利は人格の唯一性ないし絶対性を明らかにする」ことは重々承知です。
しかしわすれてはいけないのは、人間という存在における二重の次元ということではないかと思われて他なりません。

還元不可能な人格の唯一性・絶対性としての地平と、そして、普遍性に所属するという地平の交差するところに人間は存在しているのだろうと思います。

しかも人類への帰属性こそ「人格の唯一性ないし絶対性」を保障するわけなのですが……。

ともあれ、疲れ果てました。

その御仁、あきらかに60歳ぐらいのお父さんにて、飲んでいないときはたぶんいいお父さんであり、おじいさんなのでしょう。

最近つくづく実感するのが伝統的な世代間格差を感じられなくなってしまったことです。
よくあるセリフに「今の若いモンは~」って部分があり、その指摘は重々承知しておりますし、自分自身もそうした言い方をしてしまうところは否定できないのも一面の事実です。

しかしそれが全体を代弁してはいないといことも事実かなと思わざるを得ません。
不特定多数のひとびとと向かい合う仕事をしながら、実感するのは、世論調査的な俯瞰図としてはある程度、世代感覚をグルーピングすることはできるのですが、現実にはそこからはみ出してしまう部分が顕著に還元不可能なその個人をレプリゼントしてしまうという事実です。

ヘンな言い方ですが、よくできた人物は世代を問わず存在します。
そしてその逆も世代を問わず存在するということ……。

それを目の当たりにしてしまうと、どうしても自己認識としての自覚の問題を常日頃から自分自身の課題としてひきうけていかないかぎり、「神」か「野獣」@アリストテレスになってしまうのか……などと思う昨今です。

……ということで、毎日「日本酒」を飲んではいけないので、本日は、本格焼酎にて我慢する次第です。

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外の主体 Book 外の主体

著者:エマニュエル レヴィナス
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おまえはまだ若いし、俗世の誘惑も重く、おまえの力に余るものだから

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 ちょうどそのとき、パイーシー神父が、彼にはなむけの言葉を贈ってくれた。その言葉は思いもかけず、きわめて印象深い感銘を彼にもたらした。それを言われたのは二人が長老の庵室を出たときのことだった。
 「いつも肝に銘じておくのですよ」とパイーシー神父は、前置きもなくいきなり切りだした。「いまでは、俗世の学問はひとつの大きな勢力になり、過去一世紀はとくに、聖書に記されている尊い約束を、何もかも秤にかけてしまいました。俗世の学者たちの容赦のない分析にさらされた結果、かつて神聖とみなされていたものはもう何ひとつ残っていないありさまなのです。しかし学者たちは、部分の解明にばかり気をとられて、肝心な全体を見落とし、あきれるぐらい目先が利かなくなっているのです。彼らの目の前に、その全体が相変わらずびくともせず存在しているというのに。地獄の門、黄泉(よみ)の力もその全体は攻略できません。
 そもそもこの全体は、十九世紀をとおして生きつづけ、現に今も、個々の人間の心の動きや、人民大衆の動きのなかに生きているのです。いや、何もかも破壊しつくした当の無神論者たちの魂の動きのなかですら、全体はこれまでと同じようにゆるぎなく生きているのです! なぜかと言えば、キリスト教を棄てキリスト教に逆らっている人たちも、本質においては当のキリストと同じ顔をし、同じ人間としてとどまっているからです。そして彼らの英知も、彼らの情熱も、大昔にキリストがお示しになった姿以上の、人間と人間の威厳にふさわしい最高の姿をほかに生み出すことができなかったからです。たしかにいろんな試みがなされましたが、それらはどれも醜いものばかりでした。とくにこのことをよく覚えておくことです。なぜかと言えば、おまえがこれから俗世に出ていくのは、いま他界されようとしている長老さまがお決めになったことですから。偉大なこの日を思い出すときは、心からのはなむけにおまえに授けたわたしの言葉も、きっと忘れずに思い出してくれるでしょう。なにしろおまえはまだ若いし、俗世の誘惑も重く、おまえの力に余るものだからです。さあ、お行きなさい、みなし児よ」
 こう言ってパイーシー神父は彼に祝福をさずけた。修道院を出るとき、この突然の子t場を思い返しながら、アリョーシャはふいに、これまで自分に厳しく厳格だったこの修道僧が、思いもかけず新しい友となり、自分を熱烈に愛してくれる新しい指導者であることを悟った。あたかもゾシマ長老は、臨終に際し、このパイーシー神父に彼の後見をゆだねたかのようだった。
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟2』光文社、2006年。

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火曜日の深夜……精確には水曜の未明ということですが……アサヒ ザ・マスターをかなり飲み過ぎてからなおも、日本酒をかなりやっていたようで、布団で最初は寝ておりましたが、朝起きると、ふとんを敷いていない自室の床の上に転がっており、かなり飲んだようだな……などと朝ゲフゲフしたものです。

本来ですと昼過ぎにおきるのがちょうどよろしいのですが、生憎朝から中野へ細君と一緒に出かける用事があり、寝たと思ったらすぐにたたき起こされる……という具合で、寝不足の宇治家参去です。

さて、こうしたデイタイムに出かける場合、ちょうど時節柄幼稚園が午前保育になっているため、ふたり出かけてしまうと息子殿をサルベージすることができませんので、園を休んで頂き、家族で出発!

中野に都合15年近く住んでおりましたが、足を踏みいれたのは初めての地域で、駅は杉並区という具合で、その境目の地域に住んでいらっしゃる細君の知り合いのところへ出かけてきました。

さて、要件を済ませると、同道している息子殿へのご褒美?

……ということで、中野へ行くと、それが中野区の東西南北のどの地域であろうが、ちょうど中心部に位置する中野ブロードウェイへ行かざるを得ませんので、新井薬師駅からタクシーにて直行!

親の用事でどうしようもなくついてきた訳ですが、文句もいわず、楽しそうについてきてくれましたが、いよいよ自分が表舞台?に出る段になりますと、目の輝きが違います。

最近大好きなポケモンバトリオS(スーパー)にて日頃のストレスを発散されたようですが、こちらは百円玉が湯水の如く消えていくのがなんともいえないところですが、マア、毎日勉強して、元気に幼稚園にも登園しているようですから、そこはすこし我慢?するしかありませんかねエ。

この中野ブロードウェイで恐ろしい?のは「まんだらけ」に代表されるように、子供のみならず大人の触手を刺激して止まない食玩・おまけ・フィギュアの類を商う店を軒を連ねておりますので、ここですこしまた銭を落とす……というやつで。

……ということで? 時計に目をやるとけっこう良い時間になっておりましたので、関東では有名なお好み焼き・モダン焼きの「ひまわり」へ赴き、しばし休憩です。

店内ではソースの匂いがたちこめ、香ばしいにおいや「お好み焼きには生ビール」と書かれたKirinのポスターなんぞをみかけるたびに、「いっぺえやりてえ」とは思うのですが、生憎、その後は仕事ですので、じっと我慢の子です。

本来の目的は達しましたので、何もなければ「昼ビール」というわけですが、そうもいかず……我慢できた宇治家参去は「偉い子」だと思わざるを得ません。

で……。
とりあえず、昼ランチのトリプルなんちゃらというプレートメニューを頂きましたが、焼きそば、オムレツ、生姜焼きにライス、味噌汁がついて1000円でおつりが来るというのはこのご時世においては、財布に優しいメニューでしたが、ひとつ発見です。

関西出身の市井の職場のアルバイト君がいつも公言してはばからないのは次の部分です。
すなわち、「お好み焼き」「焼きそば」には「ライス」でしょう!

そのことです。

「ありえねえよ~なあ~」

……などとタカをくくっておりましたが、今回は焼きそばとのコラボレーションでしたが、おもった以上にマッチングすることにはおろどろきました。

ただスーパーで買ってきたマルちゃん(東洋水産)の3食パックの焼きそばとかでやるとどうしてもショボくなりそうだよな~というのも実感であり、なかなか食することのできぬ太麺の焼きそばに脱帽です。

しかし、今日は風も強く、雨が降ったっかと思えば、日が差してきたり……ということで、蒸し暑さの不快指数全開!ですから、「ひまわり」を辞してから三歩も歩くと暑さでゲレゲレ状態になってしまいますので、茶店へ入り、禁断の?アイスコーヒーの注文を細君にお願いして一足先に、席に座って待っていると……

出てきたのは、「本日のコーヒー」(ホット)でした。

「本日のアイスコーヒーって注文した筈なんだけど……」

……とのようでした。

やっぱり、暑いときには熱いコーヒーだよな!ということで、漢字で「漢」と書いて「おとこ」と読む!との気概にて、上着をとることもなく飲みほさせて頂いた次第です。

……ということで、『カラマーゾフの兄弟』

昨夜痛飲した原因がここに存在するわけですが、5月に再読したばかりなのですが、なんとなくもう一度読んでおきたいな……ということで酒を呑みながらぱらぱらと読んでいたわけですが、やはり染みこんできます。

まさに『十四代』が染みこんでくるように、染みこんできます。

多読も大切ですが、『カラマーゾフの兄弟』と向かいあうなかでいつも思うのが、“一書の人”にもならなければならないということです。

いわば、原点の一書をもつということでしょうか……つらいとき、かなしいとき、そしてうれしいときに自分と向き合える一書を持てたこと以上に幸福はないよな!……と思いつつ、酒をがんがんのみつつ、自分の一書としての『カラマーゾフの兄弟』と向かい合った次第です。

カラマーゾフ家の三男・アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフは敬愛するゾシマ長老の命、そして逝去を契機に還俗しますが、その転回への扉をひらいたときに、いわば上司からかけられた言葉がうえの引用文です。

こうした言葉を読むと、世俗内禁欲と世俗外禁欲の問題をどうしても考えさせられてしまいます。詳細はヴェーバー(Max Weber,1864-1920)を繙いて欲しいところですが、前者が制度的修行システムを介さない自発的な世俗における修行システムのことであるとすれば、後者は制度的修行システムに自発的に誓願し、古臭い言い方ですが「徳」を積み上げ修養していくあり方です。

宗教改革以降、世俗外禁欲の価値は、教会のもつ影響力が減じるのと等しく世俗内禁欲へとバトンをタッチしていきましたが……そしてヴェーバーによると、世俗の取り組みのなかで「神の国」の成就をなしていくという努力が資本主義の興隆を招いたというわけですが……システム・理念として飽和した現代の状況をみていると、そうした状況を撃つ、なんらかの相対化させるような視点としての世俗外禁欲的なものも必要なのかな……しかし大切なのはそのシステム事態が硬直化を招き本来の「救済」を損なってしまうというディレンマですが……などとは思ってしまいます。

ドスエフスキー(Fyodor Mikhaylovich Dostoyevsky,1821-1881)は晩年、ロシア的なる宗教性へと回帰していきますが、現状を撃つ、なんらかの根源的指針を模索していたのかもしれないな……などと思われて他なりません。

今日は久し振りに仕事をしながら「おめえ、何様だ!」と口からあやうく発しそうになりました。

このところ官民あげてのエコロジーですから、レジを打っておりましても「システム」として「レジ袋」の「要・不要」を確認しなければなりませんので、アイスを数点購入された高齢の夫人に確認したところ……

逆キレされました。

「こんな冷たいものを手でもってかえるわけねえだろう。お前は馬鹿か! んで、あん、マネジャーか。こんなしちめんどうくさいこと聴かなくても察するように指導するのがあんたの仕事だろ! いるのかいらないのかっていつもうっとうしいんだよ! あんたがこのシステムを変えなさいよ! こっちもいそがしいんだから、もう」

……って。

「もう」……って。

そんだけしゃべる時間があるので在れば、ご自身の境涯を開陳される必要もないのだと思うのですが……。

変な話ですが、逆に大クレームとかその筋の方のごり押しの方が楽ですが、市井のひとにこうしたアレをやられると、ホンマ、人間って何っていう哲学的命題を考えさせられてしまいます。

だからこそドストエフスキーのひとことひとことが染みてくるのでしょうか……ねえ。

なにしろ「おまえはまだ若いし、俗世の誘惑も重く、おまえの力に余るものだから」しょうがないですね。

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【覚え書】「商品情報 インタビュー 第92回 『アサヒ ザ・マスター』」、『サライ』小学館、2009年7月16日号。

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ちょゐ、英文学者・吉田健一(1912-1977)のヨーロッパ文明論から、政治における理念と人間の問題をフランス革命をその一つの事例として考えていこうと思っていたのですが、例の如く市井の職場でのアリエナイ事例を前にすると、深いため息もでないほどつかれてしまいましたので、【覚え書】にて済まさせていただきます。

どうもなかなかこの七転八倒の負の連鎖から抜け出すことが出来ないばかりか、今まで以上にアリエナイ事案が積み重なっていくことのほうが多いのですが、これも人間として鍛えられているのだろうと思い、ビールにて疲れをいやさせていただきます。

……って連日です。

すいません。

しかし、読めば読むほど納得です。
旨いモノには訳がある!とはまさにこのことです。

今日は、仕事へいく前に、ベトナム戦争への従軍兵のごとく、tour of dutyとして中野へよらなければならないので、チト早く寝ますワ。

しかしビール道は奧が深いです。
発泡酒、新ジャンル、そして多種多様なフレーヴァーで人気を誇る缶チューハイに市場としておされがちなのがビールなのですが、丁寧に造られたビールの橋頭堡を守るべく、連日ビールと向かい合っていくしかないナと思う次第です。


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アサヒビール商品開発第一部 山下博司さんに聞きました
ビールの本場の製造法で造った「ドイツ伝統の味わい」とは何ですか

 本場ドイツの製法に倣い、麦芽とホップだけで造られた国産ビールが発売された。これまでのビールとどこが違うのか、ドイツに留学して「マスター」の学位を取得した開発者に聞いた。

--「マスター」とは、どのような資格なのですか。
 「ドイツのビール醸造学には、主に4つの学位がありまして、そのひとつが『マスター』です。醸造学を始め、より専門的な内容まで勉強して取得できる学位です。現地では、ビール醸造所の経営に必要になります。日本の取得者は、私を含めアサヒビールに2名いるのみです」

--その学位を製品名に冠した。
 「ドイツで学んだ技術を生かして監修をし、また、ビールの傑作という意味を込めて『ザ・マスター』という商品名に決めました」

--本場の製法とは。

 「ドイツには『ビール純粋令』という法令があり、それを守らないとビールとしては認められません。具体的には、麦芽とホップ、酵母、水の4つの原材料のみで造られたものがビールと呼ばれています」

--日本のビールとは、味は違うのですか。
 「ドイツのビールも多種多様なので一概にはいえませんが、コクがあって、しかも飲み飽きない味に仕上げました。ドイツの人にも納得してもらえ、また、日本のビール好きのお客様にも、満足してもらえるよう、細かなところを調整しました」

--味の特徴は何でしょう。
 「飲んだときに、ホップの華やかな香りが鼻をくすぐります。種別にすると『ピルス』(※)に分類されるのですが、本場のものより苦みは若干抑えています」

--おいしく飲むコツは。
 「泡がビールの酸化を防いでくれるので、できれば、きれいに洗ったグラスに注いでお飲みください。多少、ビールの温度が上がってもおいしく飲めます。

※下面発酵で造られる淡色ビールで、ドイツではホップの香りと苦みが引き立っている。
    --「商品情報 インタビュー 第92回 『アサヒ ザ・マスター』」、『サライ』小学館、2009年7月16日号。

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単なる善良さはたいして役に立たぬ

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 幸福についての複合的見方であれ、主知主義的見方であれ、アリストテレスはそのいずれかを完全に受け入れることにはためらいを感じているように思われるが、これは人間とは本当は何であるのか、ということについて彼が結論を下しえず、したがって人間の幸福の本質について不確かなままであったことからくる、と解釈できよう。アヴェロエスの場合、われわれは何であり、われわれの働きは何であるのか、を知る上で問題はもっと少ない。というのは、このことはイスラムによってある程度示されており、そして事実すべての信仰がそうなのである。
 しかし、彼は人々が幸福に至りうるさまざまな道を記述するのに、アリストテレスとは違う説明を用いる。この区別が必要なのは、人々がその能力や関心において異なるからである。たしかに、シャリーアの優れた点の一つは、誰にもその人に最もふさわしい形で幸福に至ることを可能にしている、というじじつのなかにあると考えられている。したがって。誰も内的能力の故に幸福を奪われていることはないのである--ある宗教において、その創造主が被造物をさまざまに創った結果、ある人だけが幸福になりえて他の人々がそうではないということになれば、それこそ問題であろう。
 アヴェロエスはこの点でプラトンを非難し、プラトンによる社会の説明では、国家の三階級のうち、守護者たちと哲学者たちの二階級だけしか論じられていない、と主張する。国家の法は理論的知識に基づいた幸福をエリートだけのために用意しているのに対し、シャリーアは全人類に--彼らがすべてムスリムである限り--幸福を保証している。この解釈によれば、プラトンのモデルは社会の一部に限定され、したがって政治的実在の一般的説明としては不満足なことになる。イスラム哲学者はこの批判を採用し、イスラムは社会全体をカヴァーするように、プラトンを満足のいくように変容することができたのである。なぜなら、啓示されたイスラムの真理は、それに対応する幸福と共に、すべての人に等しく開かれているからである。
    --オリヴァー・リーマン(中村廣治郎訳)『イスラム哲学への扉 理性と啓示をめぐって』ちくま学芸文庫、2002年。

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春先からさやさやとイスラム哲学、宗教思想に関する文献を定期的にひもとくようになりましたが、その濃厚なアリストテレス理解には驚くばかりです。

ご存じの通り、ローマ帝国崩壊後、アリストテレス(Aristotle,B.C.384-B.C.322)の哲学・思想がまとまったかたちで探究されたのは、当の西洋ではなく、バクダッドをはじめとするイスラーム世界であるわけなのですが……西洋に再輸入されるのは中世後半からですが……、往時をしのばせるアリストテレスの学説とイスラーム神学との対話に耳を傾けてみると発見することが多く、毎度ながらうならされております。

当然、酒を呑みながら、うならされているわけですが……それはひとまずおき、たしかに引用した文献にみられるように、アリストテレスの議論には「これは人間とは本当は何であるのか、ということについて彼が結論を下しえず、したがって人間の幸福の本質について不確かなままであったことからくる、と解釈できよう」というふしが多々存在します。

たしかにアリストテレスは『ニコマコス倫理学』において、最高善とは何かを議論するなかで幸福であるというひとつの結論を提示しますが、当の最高善とは観照(テオリア)的生活(=真理を覚知する生活)であると論じてはおりますものの、その内実に関しては一切踏み込んでおりません。

既に何度か確認したところですが、最高善を保管するひとつの契機としての正義論に関しても、友愛(フィリア)の感覚が人と人との間に存在するならば、形而上的正義論は不要だとアリストテレスは論じておりますが、大胆だよなと思うばかりです。

天空のイデア界に汚れ無き完成されたモデルネを模索・願望しつづけた師匠・プラトン(Plato、BC.427-BC.347)とは裏腹に、大地に指を差しつつ、真理なるものは現実に内在すると説いたアリストテレスの学風を彷彿させる発想だとおもわれるわけですが、たしかに、現実の個物に注目しつつ、超越的なる概念を探究していくならば、簡単に「これは人間とは本当は何であるのか、ということについて彼が結論を下しえず」というのはすこぶる納得する次第です。

定義論的ファイナル・アンサーを模索したのがプラトンであるとすれば、そのファイナル・アンサーへの道程を示したがアリストテレスかもしれません。

昇っていく枠組みを確認しながら、その当人、すなわち個別存在者がその仕方において還元不可能な固有な仕方で在りつつも、普遍性へのつながりをうしなわないあり方の提示がアリストテレスの営みであり、そこになにかプラトンよりも親近感を覚えてしまう宇治家参去です。

昨年は研究所での輪読でスペイン・コルドバ生まれのイスラム神学者・哲学者イブン=ルシュド(Abu Al-Walid Muhammad Ibn Ahmad Ibn Rushd、ラテン名:Averroes,1126- 1198)の文献を独仏羅で読んでおりましたが、このところなかなか忙しく参加できないところが残念というか……忙しさを理由に、自分自身の選択肢の展開させる契機を自分で潰していることが残念なのですが、すこし状況がおちつけば真正面からとりくんでいきたいところです。

ちなみにこのイブン=ルシュドの業績がラテン訳され、中世ヨーロッパのキリスト教のスコラ学の興隆につながるわけですから、なかなか捨てたものではありません。

……ということで?

月曜は大学での講義があり、その日は、非暴力主義について講義してきましたが、この辺が実にむずかしいですね。

理念を現実に取り込んでいくといいますか、内在化させていくとでもいいかますか……しかし人間はその努力を怠ってはいけないのだろうと思う次第です。

アリストテレスの如く、定義づけはできません。
しかし、かすかな光明にして眼前にまぶしく光り輝く光明に近づいていく努力は手放してはいけないのかもしれません。

で……?
感覚とか理論として非暴力主義の真実性を理解することは容易です。
しかし、それを現実生活に適用させると、そこから脱落していくことが容易です。

なぜならば、時間がかかるからです。

学生さんたちの反応もそうした実感がありありと伺えました。

しかし、時間がかかるけれども本源的改革というものはそうした忍耐が要求されるものなのでしょう。

そしてそこでいう忍耐とは諦念としての忍耐ではなく、変革を覚知した決意としての忍耐なのだと思われて他なりません。それこそがアラン(Emile-Auguste Chartier,1868-1951)のいう「意志」としての楽観主義かもしれません。

そして“わたしはそこなしの楽観主義者だ”と自認したのはガンジー(Mohandas Karamchand Gandhi,1869-1948)です。
ガンジーにおいてはアランよりも一段と高く「意志」の問題以上に「真理」論としての楽観主義者としてあったのだろうと偲ばれます。

しかしそこでおもしろい現実があります。
すなわち、ガンジーはその仕込において重々・念入りに組み立てていったということです。

仕込を重々・念入りに組み立てることを嫌悪するのが急進主義的アプローチかもしれません。そしてその青写真は妄想に産物にほかならず、現実への適用を不可能なのでしょう。

だからこそ次のような言葉が出てくるのかも知れません。

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善良さには知識が伴っていなければならない。単なる善良さはたいして役に立たぬ。人は、精神的な勇気と人格に伴った優れた識別力を備えていなければならない」という言葉にもよく表れております。
    --ガンジー(K・クリパラーニー編・古賀勝郎訳)『抵抗するな・屈服するな ガンジー語録』朝日新聞社、1970年。

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さっ、勉強しよう勉強!
善良さや強さは、賢明さの裏付けがあってこそ十全な力を発揮できるから!

しかし、その前に寝るか!
既に飲んでいて、いつも支離滅裂な宇治家参去でした。

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【研究ノート】人間より以上に神に従おうとし、国家社会主義によって布告された掟とはちがった掟に従う

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時間が無く考える暇もなく、脳死状態のようですので、【研究ノート】ということでお茶を濁しておきます。

ドイツを代表する歴史家マイネッケ()の著作をひとしきりめくっていたのですが、ちょうどドイツにおける教会闘争……すなわちトータル支配を目論むナチズムに対する福音主義教会の闘争……の部分を読みながら、ひとつ考えておかねばならない点を確認したい次第です。

常に日頃申しておりますとおり、最も人間が警戒しなければならない問題とは、人間の神化ではなかろうかと思います。

人間は全能の神とアナロギアするならば、その可能性の無限大性から、まさに全能というべき存在であると想定することはできます。
しかし、人間とはその一方で、死ぬべき存在であり、朽ちてゆくべき存在としては有限存在にほかなりません。

これをユダヤ=キリスト教的世界観においては「原罪」としての人間、そして仏教的世界観においては「凡夫」として定義されてきたわけですが、その自覚の問題をわすれてはならないということなのでしょう。

有限性の自覚が契機とならないかぎり、人間の可能性の無限大性は発動しないのだと思います。

人間の可能性の無限大性にハナから依拠してしまうことほど恐ろしいことはないのでしょう。
可能性の無限大性とは導き出されるエトヴァスであり、根拠ではありません。

そこに根拠をおき、ひらきなおってしまうと、人間を神として定置し、人間を人間として扱わない軽挙妄動がじわりじわりと出てくるのでしょう。

超越的な倫理が必要だ!

……とは申しません。

ただしかし、どこかで自分自身を相対化させる視座を失ってしまうことほど恐ろしいことはありません。

とくになんでもかんでも「のみこんでしまう」東洋的エートスにおいては、無限大性に根拠をおく「開きなおり」という発想・あり方がとめどもなく噴出してしまう可能性を大にひめております。

警戒しないといけないな……などと思う常日頃です。

……ということで、ハイネケンはやはりうまく、疲れをいやして、脳髄にビールの鮮烈さを染みこませて寝ます。

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 しかし、ヒトラーのキリスト教にたいするもっとも深い憎悪は、なんといっても、それとは別の点に向けられていたように、われわれには思われるのである。キリスト教のなかに生きている、神にだけ責任を負う独立の良心という理念、人間より以上に神に従おうとし、国家社会主義によって布告された掟とはちがった掟に従う、この世のものでない神のみ国を認めようとする要求、これらのものこそ、内外の生活の全体主義的画一化にたいする抵抗のもっとも深い泉がキリスト教のなかにさらさら音をたてて流れているという正しい認識に、ヒトラーを導いたのであった。
 そのさいかれは、キリスト教の教義についてニーメラー牧師と争うつもりは、すこしもなかった。ヒトラーの意見によれば、キリスト教の教義は、かれをそこなうことなしに、しずかに広く伝えられることが可能であった。しかしヒトラーは、良心が自主的に宗教的な審査を行う権利や、良心の圧迫にたいする反抗を、かつての潜水艦長であったこの勇敢な牧師に許そうとはしなかった。ニーメラー自身は、最初はヒトラーに希望をつないでいた。しかし、ヒトラーのなかの非キリスト教的、反キリスト教的な特徴をとつぜんあらわれるやいなや、かれの良心の義務もまたそれまでの幻想をつきやぶり、かれは抗議の説教者となり、そのダーレムへの説教壇へ、人々は全ベルリンから群れをなしてやってきた。そのためにやがてヒトラーは、一九三七年の秋からかれ自身の権力の終わりまで、ニーメラーをダハウの牢獄にとじこめたのである。
 ニーメラーはしかし、それと知らずに、たんなるかれの教会の信仰をはるかにこえたものを、代表したのであった。二千年にわたるキリスト教的な西洋の過去全体が、かれにおいて立ち上がり、この過去の強奪者に、次のように呼びかけたのであった。自分の国はこの世のものではない。おまえが建てようとする国はしかし悪魔の国だ、と神様は仰せられる、と。
 われわれは、ヒトラーに反抗したこの過去のキリスト教的性格を、まったく広い意味でとらえなければならない。自由主義やデモクラシー、その他ヒトラーが熱烈に憎んだすべてのものは、正しく理解すれば、これまたキリスト教的性格の一部をなすものだったのであり、キリスト教の地盤のうえでのみ、漸進的な成層化と世俗化を通して、歴史的に発展することができたのである。一七八九年の人権ならびに市民権の宣言は、すでに明示されているように、良心の自由にもとづく自然権のうちに、宗教的-キリスト教的な根をもっていたのであり、ロード・アイランド州(アメリカ合衆国)の民主的な清教徒たちは、この自然権をかれらの憲法の基礎に置いていたのである。
 キリスト教的-西洋的な世界の内部で、一方の積極的に信仰するキリスト教と、他方におけるあの成層化と世俗化のあいだには、従来、不和と闘争がみちみちていた。人道主義的なフリーメイスン団の会員たちとカトリック教会とのあいだの深淵は、なんと深いものにみえたことであろう。ところが、いっけん不倶戴天の敵と思われたこれらのものは、一つの新しい異教の興隆にたいして、同時にまた、一つの新しい、だがこれまでのものとはまったくちがった性質の世俗化--われわれはこれをいまこのように表現してもよいだろ--にたいして、とつぜん同一の闘争ならびに防御の戦線を形づくったのである。
 なぜなら、この新しい異教においては、在来の世俗化を教義的キリスト教に結びつけていた最後のきずなが、断ち切れていたからである。すなわち、人間の良心を神の永遠の命令の、なかんずく隣人愛という倫理的命令の布告者であると認めることは、なくなっていたからである。そしてこの隣人愛とは、つまりまた、われわれにめぐり会うどんな人のなかにも、その人がまったくの異種族に属していようとも、人間的尊厳を認めることを意味していたのである。したがってまた、民族や種族のあいだの闘争にも、倫理的な制限がついていたのである!
 この制限は、もちろん歴史の実際のなかでは、われわれがせまい意味であるいは広い意味でキリスト教的な西洋の末流とみなす人々によっても、しばしば存分にふみにじられた。しかしそれにもかかわらず、諸民族のなかにはつねに良心の針が存し続けたのであって、暴行ののちには、ふつう、倫理的な根本命令にたいするなんらかの再反省が行われた。人々は、この根本命令を原則的に廃棄しようとはしなかったのである。
 ヒトラーとその一味のものは、このことをあえてした。もっとも、まさか全面的にそうしたわけではなかった。なぜなら、もしそんなことをしたら、無秩序と混乱にいたったであろうから。それゆえやはり、隣人愛同様のあるものを通じて、部分的にはけっして効果がなくはないいろいろな事柄が、「民族の幸福」のために行われた。けれども、民族的利己主義はこれらの善行を原則的に自民族のうえにかぎり、また自民族の内部でも、国民社会主義の指導に反対せず、政治的に危険のないように思われた若干の人々だけに局限した。他のすべてのもの、なかんずく憎むべきユダヤ人にたいしては、倫理的制限も、人権や人間的尊厳の承認も、もはや存在しなかった。ヒトラー一派はこのことを公然とは述べなかったし、また戦術的な理由からまったく態度を変えることも、おうおうあった。しかし強制収容所のガス室のなかで、ついに、キリスト教的-西洋的な文化と人間性の最後の息は絶えてしまったのである。
 新しく築かれた第三帝国は、暴力的な良心の圧迫を始めたが、この圧迫は、無数の運河を通ってドイツ民族内のあらゆる個人の生活に流れよせるか、さもなければ、かすかに絶え間なくしのびよった。われわれはこの圧迫のなかに、第三帝国のやり方のうちでもっともひどくかつ有害なものをみるとともに、第三帝国に固有の原罪をみるのである。なぜなら、この良心にたいする圧迫は、他の場合に傲慢な宗教や、時には傲慢な輿論さえもが人々に加えることのできる圧迫とはちがった、それよりもいっそうくだらぬものだったからである。
    --マイネッケ(矢田俊隆訳)『ドイツの悲劇』中公文庫、1974年。

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Einmal ist keinmal.

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 自分に腹を立てているうちに、何をしたらいいのか分からなくなるのは、まったく自然なことだと思いあたった。
 人間というものは、ただ一度の人生を送るもので、それ以前のいくつもの人生と比べることもできなければ、それ以後の人生を訂正するわけにもいかないから、何を望んだらいいのかけっして知りえないのである。
 テレザと共にいるのと、ひとりぼっちでいるのと、どちらがよりよいのであろうか?
 比べるべきものがないのであるから、どちらの判断がよいのかを証明するいかなる可能性も存在しない。人間というものはあらゆることをいきなり、しかも準備なしに生きるのである。それはまるで俳優がなんらの稽古なしに出演するようなものである。しかし、もし人生への最初の稽古がすでに人生そのものであるなら、人生は何の価値があるのであろうか? そんなわけで人生は常にスケッチに似ている。しかしスケッチもまた正確なことばではない。なぜならばスケッチはいつも絵の準備のための線描きであるのに、われわれの人生であるスケッチは絵のない線描き、すなわちす、無のためのスケッチであるからである。
 Einmal ist keinmal(アインマル イスト カインマル)(一度は数のうちに入らない)と、トマーシュはドイツの諺をつぶやく。一度だけおこることは、一度もおこらなかったようなものだ。人がただ一つの人生を生きうるとすれば、それはまったく生きなかったようなものなのである。
    --ミラン・クンデラ(千野栄一訳)『存在の耐えられない軽さ』集英社文庫、1998年。

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ちょうど金曜の夜、1月に都立大学@東横線で一緒にひっくり返るほど飲んだ--そして事実ひっくりかえってしまった--大学の同期から電話がありました。

KOで目黒を一緒に元気にしようぢゃないか!との叱咤激励?を受けてしまい、ちょうどその土曜日から市井の仕事もあるので、チトキツイよな……などと邪念がよぎりつつも、二つ返事でうけてしまいました。

彼からの案内は断れません。

「他にも誘ってみるよ」

……とのことで、待ち合わせの改札へ向かうと、大学時代に、一緒に喜怒哀楽の全てを経験した?同期と後輩が集まっており……、

「来て正解だった!」

……と内心安堵しちょいと喜んだナイーヴな宇治家参去です。

思えば、彼らとは何でも挑戦しあえた仲だと思います。

「ぜってえ、できねえよ!」
「まぢでやるんスか?」

……っていう難関を何度も一緒に突破してきました。
学生時代のことですから、今から振り返ってみますと、まだまだネンネのおこちゃまだったかもしれませんし、そのとき「ぜってえ、できねえ!」って思ったハードルは今から思うと低かったのかも知れません。
しかし、それはそれでの後日談というわけですが、まさにそうした地球的問題群?と対峙していたきはまさに抜き差しならぬ難事であったわけですが、お互いにお互いを励ましながらひとつひとつ乗り越えていったことは何にも代え難い経験の一つなのだろうと思います。

さすがに大学を卒業してから一〇数年たっておりますので、姿形には当然変貌(成長?)がみられますが、心意気はあの一〇数年前のキャンパスでの姿と同じであり、べつに何をするわけでもないですが、会うと、また歩いていこう!と鉢巻きを締め直すことができるのは実にありがたいものです。

人間は自分で限界を設定しているのかも知れません。
そしてそれは自分だけではなく、他者としての人間も同じなのでしょう。

孤立してしまうと設定した限界に忸怩して時がすぎてしまうのが通例ですが、不思議なことに、おなじく悩み・限界を設定している人間ですが、出会うとそこからひとつづつ坑を穿つことができるのが、実に不思議なものだよな……などと思ってしまいます。

ひとりでコツコツやることももちろん大切なのですが、人間という存在自体が倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)が描いて見せたように「間柄的存在」であるとするならば、ひとりでコツコツやるだけでなく、人間同士の切磋琢磨によって、限界を突破してみたり、凹んだところから再び歩み出したり、種々、思っても見なかった展開が現じてくるものなのでしょう。

そのことはどのような精緻な反駁理論があろうとも生命の叫びとして否定することは不可能です。

ほんとうは、皆とそのあと飲みにでも行きたい!気分でしたが、こちらは生憎しごとですし、土曜の午後、2時間あまりの同道でしたし、皆もそのあと種々スケジュールがつまっておりましたので、燦々!と散会しましたが、いや~あ、学生時代の仲間ほどよいものはありません。

……ということで、またの再会と人生での勝利を期しつつそれぞれの帰路へついたわけですが……。

朝から何も食べておりませんでした!
そして、これから24時まで仕事だろう!

……ってことで、クィックイーティングを所望しましたので、JR高田馬場駅構内で気になっていたメニューに挑戦です。

いわゆる駅中ジャパニーズ・ファースト・フードというやつです。

早稲田口改札内……ここが大切です!……改札から出てしまうと遭遇できません……に店を構える駅蕎麦屋「ちゃぶぜん」です。

蕎麦の類は何度も利用しておりましたが、いつも気になるメニューをスルーしておりましたので今回頂戴してきた次第です。

「馬場丼」がそれです。

べつにジャイアント馬場(1938-1999)がのっているわけではありませんが、丼メニューです。

写真のとおり、丼からはみ出すほど大きなチキンカツをのせた丼物です。
丼といえば、カツ丼、親子丼に代表されるように、汁で種物を煮立てたような丼とはことなり、どちらかといえば、天丼に近いサッパリ丼です。

はじめてやり、腹も減っていた所為でしょうか、実にうまかったです。

大きなチキンカツはしかしながら、かなり薄目ですので、食感としてはハムカツにちかいそれですが、そのうえにかけられたソースは麻婆なんちゃら風のあんかけソースでこれが実にスパイシーでして、カツをめくるとしゃきしゃきキャベツ、そしてキャベツをめくると鳥そぼろ……。

じつに多層的な……神学の世界でいうなれば、多元論的なコスモロジーの展開する丼でございますが、それぞれのエレメントが実にハルモニア(調和)というかたちで差異を口蓋にて讃え合っているという状況で、実に美味でした!

さて冒頭で引用したのはチェコを代表する大・現代作家ミラン・クンデラ(Milan Kundera,1920-)の主著『存在の耐えられない軽さ』からの一節。

実に読みたいのですが、読むのが惜しいので封印してきた一冊ですが、そろそろいいだろう?……ということで鞄に突っ込み本日より読み始めましたが、じつにいいです。

スタイルとしては、冷戦下のチェコスロヴァキアを舞台に、プラハの春(1968)を題材にした恋愛小説なのですが、どうしても小説として読めません。

冒頭からニーチェ(1844-1900)の「永劫回帰」の可能性が議論され、そしていきなり男女の議論へと誘われ、読み物というよりも哲学書といった方が精確だよな……と電車のなかでニヤニヤしてしまいました。
※ということは同じ電車でそのニヤニヤした宇治家参去をご覧になった方にはすいません!

さて……。
人間の人生とは、まさにクンデラがさきに描写したとおりだと思います、すなわち……、

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……それはまるで俳優がなんらの稽古なしに出演するようなものである。しかし、もし人生への最初の稽古がすでに人生そのものであるなら、人生は何の価値があるのであろうか? そんなわけで人生は常にスケッチに似ている。しかしスケッチもまた正確なことばではない。なぜならばスケッチはいつも絵の準備のための線描きであるのに、われわれの人生であるスケッチは絵のない線描き、すなわちす、無のためのスケッチであるからである。

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だからこそ旦那!
捨てたもんぢゃないんですよ!

無のためのスケッチほど素敵なものはありませんですワ。

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選挙とは将来に期待せらるべき自己の発達せる態度を他の人格に求むることである。

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社会評論雑談(抄)

    〔各人の利益は各人最もよく之を知る〕
 「各人の利益は各人最も能く之を知る」といふ諺がある。前世紀初頭の自由主義や不干渉政策は一つにはこの命題を主なる根拠とした。今日でも往々にして此の格言に基く一種の自由放任論を世上に見る事がある。説き様に依ては正しいが又説き様に依ては飛んでもない間違いを生ずる。
 何処が悪いのかは病人たる本人が最もよく之を知る。併し其れが何病にて如何の処置を必要とするかは医者でなければ分からない。世の中でも、「解決」は本人の要求を丁寧に聴いて専門家たる第三者が之をきめるといふ場合は普通の現象である。
 何時の世にも一知半解の徒は非常に多い。素人鑑定家、田舎政治家、劇通、角通、数へ立てれば際限もないが、概して彼等は其の道の一端を聞いて直に全斑の通を気取る。是れ虚誇人の衒ふの性分にも依らんか、一つには思ひ掛けない知識の獲得に由て有頂天になるの余り、自らを過大に評価するの錯覚に陥るのが常人に免れ難いからであらう。病人にしても同じ事だ。少し何かを聞きかぢると、やがて医者をそつち除けにして己れの病気は何病だ、何の薬を飲めば直るなどと云ふ。斯う云ふのを医者に対する病人の無政府主義と謂つてもよからうか。
 知識が広まれば専門家を必要とする程度は減ずる。之は疑がない。併し専門家を必要としないと云ふ事と聡明なる先覚者に訊るといふ事とを一所に排斥してはならない。
 「各人の利益は各人が案外に知らぬことが稀でない」。その本人を離れて之を知り得る途のないのは勿論だ。昔の専制政治は民衆と没交渉に民衆の利福を進めんとした所に抜く可らざる誤があつた。民衆の要求は到底之を聴かなければならない。立憲政治はこの真理に立脚する。併し乍ら民衆の要求は何に依て満足せられ得るかも亦民衆自身が最も能く知つて居るのかといへば、之は大なる疑問である。痛苦を訴ふる本人が其の何病たるを知らざるが如く、要求の対象の本体は案外にも本人にも分つて居ないことは普通でないか。其処で病人が医者に聴くが如く民衆は先覚者にきく。茲処に代議政治の理論的根拠がある。所謂代議政治否認論は、一面に於て「各人の利益は各人最もよく之を知る」の意味を取り違へたものと謂ふことが出来る。
 「各人の要求は各人に就て之を知るの外に途はない」。而かも如何にして各人の要求を満足すべきかは、各人自身之を知らないのが常である。茲処に指導の必要が起る。時としてまた強制の必要が起る。孰れにしても、「各人の利益は各人最もよく之を知る」といふ命題より、自由放任論をひき出すことは甚だ危険である。

    〔自由主義の根拠〕
 さればと云つて僕は自由主義に反対するものではない。僕も熱心なる自由主義者だ。たゞ僕の自由主義は人性に対する無限の信頼から来るのである。
 僕は人の性能は無限に発達するものなるを信ずる。今日の無知は必しも明日の無知ではない。故に我々は現在の無知に失望することなく、将来の聡明に期待する処なければならない。而して彼の性能は本来日に日に発達して熄まざるものなるが故に、我々の最も心して努むべきは、正しきを知ることよりも、常に正しきを知らんとする向上的態度でなければならぬ。斯くの如き倫理的態度を社会上政治上の活動に応用すれば、民衆は現在の無知を自覚して指導を聡明なる先覚者に托さなければならぬ。所謂代議制否認論は、民衆が自ら其現状に於て聡明謬る所なしと僭称するに異ならない。
 選挙とは将来に期待せらるべき自己の発達せる態度を他の人格に求むることである。他人の人格の内容によりよき己れを見出すことである。選挙権が人格の自由といふことに根拠して文化開発の上に一の重大な役目をつとむる所以は、主としてこの為である。
 人性の発達に対する無限の信頼といふことを外にして、自由主義の倚るべき基礎はない。
    --吉野作造「社会評論雑談(抄)」、『中央公論』一九二二年八月。

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哲学者ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)と聴きますと、壮大な弁証法的哲学大系の論者、すなわち怜悧な思弁的思想家としてその人物像を思い起こしてしまいそうになりますが、彼の真骨頂とはそこにはなく、むしろ数々の『政治論文集』にみられるような、情熱的な政論家であったところにあるのでは……などとフト思う宇治家参去です。

しかしヘーゲルにあってはその体系的な側面とリアルな現実との格闘は全く関係のない別個の二物であったわけではないのでしょう。

ヘーゲルの言葉に「現実のなかにこそ理性的なものは宿る」というものがありますが、ヘーゲルのかなにあってはまさに両者は有機的・弁証法的に相互作用を与えていたことは間違いないのだと思います。

さて、明治時代の末期、こうしたヘーゲルの法哲学の骨格を論じたひとりが宇治家参去が研究している……私淑している……吉野作造(1878-1933)でございます。

ちょうど吉野が大学院時代に演習の課題としてまとめたのが、『ヘーゲルの法律哲学の基礎』であり、刊行物としては吉野の処女作になり1905年、有斐閣より出版されました。

以後吉野は民本主義の旗手として論壇をリードしていくわけですが、吉野の生涯もヘーゲルと同じように理論と現実との対話の連続であったのだろうと思われます。

理論的な陥穽を突くことも、そして現実の適応論の不備を突くことも実に簡単なことなんです。

吉野を批判する同時代の論者の文献を読んでいるとそのことを痛感します。

吉野の議論の不整合をつくことは実に簡単です。

しかしその検証作業をしているとおどろくことがあります。

すなわち、突く方は、どちらかにどっぷりとひたっている……その事実です。
現実を抽捨した理論家は手厳しくツッコミを入れるわけで、理論もヘッタクレもないと血眼になり革命を模索する現実主義者は、その不備を指摘してやみません。

しかし、どちらも両極端の極端であり、理論からも現実からも遠ざかるばかりなのでしょう。

雄々しく改善しゆくためには、不備を承知で不備を修繕しながら、一歩一歩すすんでいくしかない……。

そのことを吉野の文献を紐解きながら実感する……否、せざるを得ない……宇治家参去です。

ちょうど今日から東京都都議会議員選挙のようですね。

現実の対話を拒否した理論も理想も大風呂敷も不要です。
吉野が語る如く徹底的に現実と理念の対話を忘れず、生きている人間の眼差しを忘れず、汗をかいてくれる政治家の到来を希望するのみです。

ちょうど、息子殿が幼稚園から七夕の短冊をもってかえってきてくれました。

おそらく彼が成人する頃は、時代情勢としては今よりも悪くなっているのでしょう。

百年の計とは、そこにすまう人間のために存在するはずです。

未来への責任ある行動と実践に期待したいところです。

ちなみに息子殿の書いた短冊には「大学の先生になる」と書かれておりました。

うれしいやら、かなしいやら……。

本人に何を教えるのか?って聴いたところ、

「ポケモンがく(学)の先生」

……だそうな。

大学の先生になっていただくのは結構ですが、くれぐれも神学だとか倫理学だとか、哲学の道にはすすまないように……。

……ってことで、寝ます。

明日……精確には本日から……から仕事が六連チャンなのですが、嬉しいことに?1月に目黒で飲んで一緒に死んだ莫逆の友から緊急連絡があり、仕事にいくまでちといそがしい一刻一刻を送らねばならなくなってしまいまして……はやく寝た方がよいのですが、まだ飲み足りない……という状況で……。

人間という生き物は不思議な生き物です。
うえで吉野が指摘しているとおりで、自分本位でありながら、自分本位のために自分で動けばいいのに動けないという側面があるわけなのですが、どこかそれでも自分本位って錯覚してしまいます。

目指すべき自分本位の確立とは自分自身によってのみ成就できないのが実情なのでしょう。

そこを糺してくれるのが友かもしれません。

ひととの触れあいによって、本当に自分がすすめていかなければならない自分本位に軌道修正してくれるのは実にありがたいもので……。

吉野の最後の言葉……すなわち、

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 選挙とは将来に期待せらるべき自己の発達せる態度を他の人格に求むることである。他人の人格の内容によりよき己れを見出すことである。選挙権が人格の自由といふことに根拠して文化開発の上に一の重大な役目をつとむる所以は、主としてこの為である。
 人性の発達に対する無限の信頼といふことを外にして、自由主義の倚るべき基礎はない。
    --吉野、前掲書。

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このへんを、政治屋さんたちには深く理解してもらいたいものです。

でないと、息子殿が大学教員になったご時世には、宇治家参去の時代よりも厳しき状況だと想像されますから。

しかし、くどいようですが、神学だの云々はやらなくて宜し!

つうことで、青梅の地酒「多満自慢」(佳撰辛口・石川酒造)でも頂いて寝ますワ。
何しろ昨日は日本酒を封印したものですから……。

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人間は素晴らしいものである。と同時に人間は恐ろしいものである。

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 毎日、朝食を八時半頃にとる。小説家という仕事なので夜が遅いからだ。
 ニュースのかわりにテレビのモーニング・ショーを朝食をとりながら見る。平生は私にとっては余り興味のない芸能人の話題のかわりにこの頃は幼女を誘拐して殺害したM容疑者のことばかりを、どの局でも必ずやっている。
 朝食の時にはふさわしくない話題である。ほかのチャンネルをまわすとやはり同じニュースか、あるいは事故、殺人など聞くのも辛い話題ばかりだ。
 これは私だけではないらしく、
 「あのニュースをみるのが不快でならないので、すぐテレビを切ってしまう」
 という友人が二、三人いた。
 陰湿な夏の、陰湿な事件だけに見たくないという気持ちは、誰にもあるのだろう。
 だが今度のニュースにややホッとしたことがある。
 あれほど容疑者について鵜の目、鷹の目で何でもほじくりだすマスコミが、M容疑者の妹たちについてはほとんど何も語っていないことだ。
 これはとても良いことだと思う。
 私は事件のものすごさを知るにつれ、子を失った被害者の親たちの苦しみ、悲しみ、如何(いか)ばかりかと同情にたえなかったが、同時にM容疑者の両親や妹たちの辛い心にも同情をした。
 もしマスコミがついで半分にこの妹さんたちについても書いたりニュースに流せば彼女たちの将来は滅茶苦茶な打撃をうけるにちがいない。
 妹さんたちはこのM容疑者の犯罪とは関係がない。
 だから我々は彼女たちのことを知らんふりをしてやるべきであり、その生涯にうしろ指をさすようなことをするのは、あまりに可哀想だと思う。
 被害者の幼女たちとその親の心の深傷(ふかで)を考えると泪(なみだ)を禁じえないが、しかし容疑者の妹たちも大きな打撃を今うけている筈である。
 今の日本の社会のなかでは、M容疑者の犯した事が犯した事だけに妹さんたちまで白眼視することがないとは言えぬ。彼女たちが職場で変な眼で見られないとも限らない。
 それだけに当人たちは、どんなに悲しいだろう。おそらく一生を息をこらして生きていくつもりかもしれぬ。
 だから我々はこの妹さんたちをそっとしておいてあげよう。彼女たちがその職場で気づかれずに働けるように、まだ縁談にさし障りがないように、ジャーナリズムも黙っていてあげてほしい。
 幸いなことに(私の知る限り)、マスコミは彼女たちをテレビに出したり、談話をとろうとしなかった(一度だけ、M容疑者の母親がマイクの質問に答えていたが)。このマスコミのやりかたが、いつものあこぎな姿勢とはちがっているので私など「なかなか思いやりがあるなあ」と感心をしたものだ。願わくは今後もこの方針をづっと続けてほしい。
 M容疑者についての感想もテレビを見ていると、まるで自分たちと違う特別な人間のように論じている人が多い。
 しかし戦争中、中国人捕虜を同じようにあつかった人たちは我々の周りにたくさんいるのだ。言いかえるならば我々人間のなかには、同じような要素がないとは決して言えないのだ。
 人間は素晴らしいものである。と同時に人間は恐ろしいものである。
 我々があの事件をみて不快なのは、人間のなかの恐ろしさを直視するのが不快だからだ。
    --遠藤周作「人間直視の不快」、『変わるものと変わらぬもの』文春文庫、1993年。

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遠藤周作(1923-1996)のエッセーを読み直しながら、そしてそのエッセーの根底には『海と毒薬』(1958)で示された日本の精神風土の問題も射程としては秘められているなアなどとひとりごちながら、ひとしきり情報倫理の問題に頭を悩ます宇治家参去です。

情報倫理の根幹に存在する問題とは何かといえば、手っ取り早く言えばそれはまさに人間の問題ということに収斂していくと思います。そしてくどいようですが、その問題は情報倫理に限定される問題のみならず、人間のあり方を規定する倫理の問題と等しく重なる部分です。

人間とは何か。
そして人間はどうあったほうがよいのか。
そしてその人間は、即自と等しき対自なる他者としての人間とどのようなありかたであったほうがよいのか。

そこを探究するのが倫理(学)ということになりますから、つと人間の問題に収斂して行かざるを得ません。

さて……
情報倫理において主題となるのは、まさに情報を扱う上で必要とされる倫理=あり方のことになりますが、テクニカルな議論としては、著作権をはじめとする知的財産権、プライバシー権の取扱い方や情報通信を利用する際のマナーがその主題となります。

まさに知的財産をめぐってどのように取り扱うのか。
公人と私人におけるプライバシーの問題をどのように取扱い表現するか。

そういった議論が盛んになされます。
そしてそこから価値ある取りきめとかルールといったものが提示されるわけですが、それだけが情報倫理ではりませんから、ひろく言えば、情報モラル、情報マナー、すなわち情報と向かい合う人間がどのようにその対象と関係を結んでいくのかということがその主題となるといってよいでしょう。

対象としての情報に注目した場合、活字の場合であれ、映像であれ、音声であれ、そしてデジタルデータであったとしても、それは具体的な人間のにおひからかけ離れた「データ」としての側面が強いことはどうしても否めません。

だからこそ、この人間世界において活字や映像や音声やデジタルデータetcなる対象をどのように扱っていくのか……ということがまさに議論になりますが、前述した通りどうしても実体を欠いた「データ」としての感覚を否定することはできません。

しかし、その感覚の背後には何が存在するのでしょうか。

冷静になって考えてみればわかるとおり、データを発信し・受信し・そしてそのあり方を模索する人間がかならず存在するわけで、そこを感覚に流されて看過しがちなのが現実かもしれません。

わすれてはいけないのは、流通形態・媒介としては実体を欠いた感覚的な「データ」に紛動されがちなのですが、その背後には必ず「人間」が存在するということ。

その問題を看過してしまうと、感覚的な「データ」が実に一人歩きしてしまうのかもしれません。

さて冒頭……。
有名な事件に関する遠藤の肉声といってよいでしょう。
しかし、それから20年近く過ぎた現在を概観してみるとどうでしょうか。
さらに問題ある方向性へ傾いているのが現実かもしれません。

大雑把な問題の立て分けで恐縮ですが、一方に事実の脚色、そして捏造さえいとわないワイドショー的のぞき見報道があるとすれば、一方には、「社会の木鐸」「客観報道」を金科玉条とする「冷静」なる報道が、両極の雄を締めているのがその実情でしょう。

前者に関してはそもそも問題を指摘する以前に、「ジャーナリズム」を名乗るのすらおこがましいわけですが、週刊誌や昼間の電波は相も変わらずこうした手法に加熱するのを見るに付け辟易としてしまいます。

それでは後者はどうなのでしょうか。

事実の積み重ねは実に大切です。
しかしそこで切り落とされてしまう現実の「匂い」「息吹」があるのも実情でしょう。そこにオーディエンス(聴衆)がついていけないのが現実ではないかと思います。
そのことは、2001年以来、お茶の間をにぎわしてきたテロリズム報道(対テロ戦争含む)に如実に現れているかと思います。

連日のように報道される戦争絵巻物!
それはそれで連日報道されるわけですから、後になって振り返ってみると年代記の記録のごとく、まさに連日クロニクルが重層されていっているわけですが、……原因にも、そして根拠にも全くふれることない「現象」だけの報道(官報?)は、どこか人間を見失った「客観性」にほかならない……そのような感覚を覚えてしまいます。

いうなれば、原因・根拠をスルーした「現象」だけの報道であり、そこには刹那主義とシニシズムしか生まない……結果として現実すらもスルーしてしまう風潮を助長してしまうエセ客観主義の横行へ……風潮を助長するだけでは……そのような感覚を覚えてしまいます。

客観主義的報道とは、競馬中継ではありません。

事実の絵を並べただけではないのが、現実なのでしょう。

ここ10年来、ハーヴァードを中心に、ナラティブ・ジャーナリズム(Narrative Journalism)という、いうなれば客観性の脱構築的代換え案が提示され、すこしづつ力を発揮しつつあるとか。

ナラティブ・ジャーナリズムとは、リテラシー・ジャーナリズムともいわれる手法で、事実を文学的ストーリーとして視聴者(読者)の目線で伝える報道のことです。

リテラシー・ジャーナリズムといえば「文学的」ジャーナリズムと翻訳されますが、何もこれは「創作」を目的としたものではありません。捏造・創作は週刊誌の専売特許ですから、あえてそんなことを「客観性」を謳いながらする必要もありませんから。

では、何が特徴なのでしょうか。

週刊誌の「恣意性」と極を為すのがまさに「客観性」ということですが、これまで「客観性」を“売り物”にしていたメディアが大切ににしていたのは、およそ次の部分でしょう。すなわち、社会問題を「正確」に記述し、形式としての5W1Hにこだわっていくというスタイルがそれでしょう。

それはそれで大切なんです。しかし、それを繰り返すだけではシニシズムしか招来しかねないのが現実です。

であるとするならば、何を加えていけばいいのでしょうか。

いわゆる、客観報道に特徴的な問題とは何かといえば、それは基本的に「中途半端」になってしまうということがそれでしょう。5W1Hを先鋭化すればするほど、「羅列」に終始してしまい、そこから問題の論点を判断することができにくくなってしまう……ことに問題が連日的な事案の場合……やがて「昨日と同じ、もういいや」って式なシニシズムになってしまう……。

5W1Hは確かに大切です。

しかし、同時に必要なのは、象牙の塔の学者が重箱の隅をつつくような小さな事に拘泥するスタイルでもなく、世界史年表的なの年月日だけの官報スタイルでもないのでしょう。

そうしたジレンマをさけつつ、事実の記録を残しながら、読み手を考えさせる材料の提供、それこそが大切なのかも知れません。

ナラティブ・ジャーナリズムに旗手といってよいデイヴィッド・ハルバースタム(David Halberstam,1934-2007)は、歴史の基本的流れのなかに事実をできるだけ多く並べて、読者に判断を求めるのが自分の流儀であると言い切ったそうですが……。

書き手が物語を創造することは簡単です。
そしてなにかにリードされた物語を提示することも簡単です。
それがあふれかえっているのが現在のネット・メディアの現状でしょう。

しかし、消すことのできない事実と事実と対話しながら、筋道をたてていく……情報を扱う人間は歴史家の眼差しが必要なのかも知れません。

イギリスを代表する歴史家・E.H.カー(Edward Hallett Carr,1892-1982)の言葉に次のようなものがあります。

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歴史的事実と歴史家
 このように、歴史家と歴史上の事実との関係を吟味して参りますと、私たちは二つの難所の間を危く航行するという全く不安定な状態にあることが判ります。すなわち、歴史を事実の客観的編纂と考え、解釈に対する事実の無条件的優越性を説く支持し難い理論の難所と、歴史とは、歴史上の事実を明らかにし、これを解釈の過程を通して征服する歴史家の心の主観的産物であると考える、これまた支持し難い理論の難所との間、つまり、歴史の重心は過去にあるという見方と、歴史の重心は現在にあるという見方との間であります。しかし、私たちの状況は、概念ほど不安定なものでもありません。なお、私たちは、事実と解釈という同じ対立が本講演を通じていろいろと姿を変えて--特殊的なものと一般的なもの、経験的なものと理論的なもの、客観的なものと主観的なもの--現われるのに出会うでしょう。歴史家の陥っている窮境は、人間の本性の一つの反映なのであります。生まれたばかりの乳児期とか非常な高齢とかは恐らく別でありましょうが、人間というものは、決して環境に巻き込まれているものでもなく、無条件で環境に従っているものでもありません。その反面、人間は環境から完全に独立なものでもなく、その絶対の主人でもありません。人間と環境との関係は、歴史家とそのテーマとの関係であります。歴史家は事実の慎ましい奴隷でもなく、その暴虐な主人でもないのです。歴史家というのは、自分の解釈にしたがって自分の事実を作り上げ、自分の事実にしたがって自分の解釈を作り上げるという不断の過程に巻き込まれているものです。一方を他方の上に置くというのは不可能な話です。
 歴史家は事実の仮の選択と仮の解釈--この解釈に基づいて、この歴史家にしろ、他の歴史家にしろ、選択を行っているわけですが--で出発するものであります。仕事が進むにしたがって、解釈の方も、事実の選択や整理の方も、両者の相互作用を通じて微妙な半ば無意識的な変化を蒙るようになります。そして、歴史家は現在の一部であり、事実は過去に属しているのですから、この相互作用はまた現在と過去との相互関係を含んでおります。歴史家と歴史上の事実とはお互いに必要なものであります。事実を持たぬ歴史家は根もありませんし、実も結びません。歴史家のいない事実は、生命もなく、意味もありません。そこで、「歴史とは何か」に対する私の最初のお答を申し上げることにいたしましょう。歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。
    --E・H・カー(清水幾太郎訳)『歴史とは何か』岩波新書、1960年。

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……ってことで、すでにかなり飲みながら入力している宇治家参去自身ツワモノだよな……などと自惚れつつ、情報倫理からメディア論へすっとびましたが、さすがに飲んでいるようですっとんでおります。

ちなみに、肝臓数値が悲鳴をあげているようで、「毎日日本酒」は厳禁といわれましたので、今日は、米焼酎……米焼酎「しろ」@高橋酒造……にしてみましたが、なんとなくパンチが足りません。

しかし、それなりに「すっとんでいる」ということは、カラダは喜んでいるということでしょうか。

そういえば、思い起こせばラムズフェルド元国防長官(Donald Henry Rumsfeld,1932-)が、1979年、バグダッドでフセイン(Saddam Hussein,1937-2006)で激励していることもあったよなあ~。

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「ああ、そうだったのか!」彼は声にたてて言った。「なんという喜びだろう!」

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 『ところで死は? どこにいるのだ?』
 古くから馴染みになっている死の恐怖をさがしたが、見つからなかった。いったいどこにいるのだ? 死とはなんだ? 恐怖はまるでなかった。なぜなら、死がなかったからである。
 死の代わりに光があった。
 「ああ、そうだったのか!」彼は声にたてて言った。「なんという喜びだろう!」
 これらはすべて彼にとって、ほんの一瞬の出来事であったが、この一瞬の意味はもはや変わることがかなった。しかし、そばにいる人にとっては、彼の臨終の苦悶はなお二時間つづいた。彼の胸の中でなにかことこと鳴った。衰えきった体がぴくぴくとふるえた。やがて、そのことと鳴る音もしわがれた呼吸も、しだに間違いになって行った。
 「いよいよお終いだ!」誰かが彼の頭の上で言った。
 彼はこの言葉を聞いて、それを心の中で繰り返した。『もう死はおしまいだ』と彼は自分で自分に言い聞かした。『もう死はなくなったのだ。』
 彼は息を吸い込んだが、それも中途で消えて、ぐっと身を伸ばしたかと思うと、そのまま死んでしまった。
    --トルストイ(米川正夫訳)『イワン・イリッチの死』岩波文庫、1973年。

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凡庸な一官吏イワン・イリッチが不治の病にかかり、あらゆる肉体的・精神的苦痛を経験し、死の恐怖と孤独にさいなまれながら、最後にはある種の達観にいたるようするを、なまなましくも透徹に描ききったトルストイ(Lev Nikolajevich Tolstoj,1828-1910)の作品が『イワン・イリッチの死』ではないかと思います。

非凡な英雄よりも、凡人の小さな生活の存在感こそぬぐいがたい事実であり、トルストイの人間観察とその描写には、驚くばかりです。

この著作は、『アンナ・カレーニナ』以後のトルストイの転回・深化の出発点となる作品であり、人生の根本問題たる「死」の問題を生活のただなかで真正面から捉え直した作品になるわけですが、そこで開陳されるトルストイの死生観とは……単純化の恐れがありますが……いわば、「生も歓喜」「死も歓喜」といったところでしょうか。病に苦しみにのたうちまわるイワン・イリッチには、「死」は見えず、対象化された「恐怖」しか見えません。

しかしイワン・イリッチは自分自身の内なる声と対話をつづけるなかで、死の間際において光を見出します。

とかくまわりの状況や事件に紛動されがちな宇治家参去ですが、左右されない根本原理としての死生観とでもいえばいいのでしょうか、ラテン語の格言Memento mori(「死を想え」「死を忘れるな」)を忘れずに状況と向かい合っていきたいものだなと思う毎日です。

さて、
最近おどろいたこと3点。

ひとつめは先週、実母と電車にのりましたが、電車のなかで立っていると、座っていたお姉ちゃんが母親に席を譲ろうとしてくれたこと。
※次の駅でおりるため、こちらも遠慮しましたが。

ふたつめは短大の授業のなかで、「軍艦マーチ」の話をしたところ、「軍艦マーチ」なるものを知らない学生の方がマジョリティであったこと。

そしてみっつ目が、昨日、またしてもデジカメを紛失してしまったこと。
月曜日にパソコンの液晶をフルHDモニタに買い換えたついでに、買ったばかりのカメラです。短い人生でございました。

昨日、高尾へ家族と出かけましたが、その帰路、どこかで紛失したみたいです。

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 紛失して辛く思う感情の代わりに光があった。
 「ああ、そうだったのか!」彼は声にたてて言った。「なんという喜びだろう!」

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かくありたいものです。

高尾の写真はすべてパー!になりましたので、弔い合戦の写真でものっけておきます。

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イワン・イリッチの死 (岩波文庫) Book イワン・イリッチの死 (岩波文庫)

著者:トルストイ
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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権力者というものは、おのれの暴力行為をつねになにか宗教上の理想、世界観上の理想で飾りたてようとするものである

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 権力者というものは、おのれの暴力行為をつねになにか宗教上の理想、世界観上の理想で飾りたてようとするものである。
    --ツヴァイク(高杉一郎訳)「権力とたたかう良心」、『ツヴァイク全集 第一七巻』みすず書房、1973年。

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先ほど自宅へ戻ってきました……。
ちょいと市井の職場で突発休がかさなり、帰宅が長引いてしまったようで……。

ちょいと段ボールにパンチをしてきました。
突発休とは職場におけるテロリズム?かもしれません。

さて……
ご存じの通り、宗教に「名」を「借りた」テロリズムとは暴力に他なりません。
イスラームすべてが「原理主義」的「テロリズム」と断じてしまうメディアの偏向性には辟易としてしていまうものですが、「理想」を「飾りたてよう」とするところには、実のところ「理想」は現出しないのかも知れません。

宗教に「名」を「借りた」テロリズムの病巣をこのところ探究するなかで、オーストリアのユダヤ系作家・評論家として知られる孤高の思想家・ツヴァイク(Stefan Zweig,1881-1942)の文献を紐解いていたわけですが……ちょうどamazonのマーケットプレイスでゲットしたわけですが……その謎が氷解した思いです。

なにかに、宗教とか思想とか理想とか理念といったものが「誘導」「利用」されてしまうことほど恐ろしいことはありません。

だからこそ、賢明に懸命になるしかないのでしょう。

そもそも宗教……いわゆる世界宗教……とは人間を幸福へと導くものに他なりません。

幸福へ至るので在れば、自爆する必要も、異なる信仰者を破壊することも必要ありません。

そのへんのところを「生きている」「人間」の「感覚」として常に鋭敏にもっていかないと、なにかおおきな集団熱狂的な波が襲いかかってきたときに、その勢いを避け、非暴力的手段をもって対峙していくことはできないんだよな~、と最近そんなことばかり考えております。

人間を人間として、そのカテゴリーとして見ずに、代換不可能な唯一者として接していく……このへんを生きる流儀として確立していくしかないんだよな~、と最近そんなことばかり考えております。

最後にツヴァイクの師匠・ホーフマンスタール(Hugo von Hofmannsthal,1874-1924)の言葉で紹介しておきます。

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他人に対して傍観者の態度がとれる人であるか、それともつねにともに苦しみ、ともに喜び、ともに罪を受くる人であるかどうかは、決定的な差異である。後者は真に生きている人だ。
    --ホーフマンスタール(都筑博訳)『友の書』彌生書房、1972年。

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……ということで寝ますワ。
明日……というか本日は朝一で高尾(八王子市)へ出かけないとマズイので。

高尾へは、マスコミで仕事をしていたときに取材で一度、そして新宿で飲んで電車で寝て起きたら到着したのが一度……終電終わっていたのでタクシーで帰りましたが……訪問したきりです。

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