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人類への帰属性こそ「人格の唯一性ないし絶対性」を保障するわけなのですが……

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 人間の諸権利は人格の唯一性ないし絶対性を明らかにする。人類への帰属にもかかわらず、いや、この帰属性ゆえの人格の唯一性ないし絶対性なのだが、たった今強調されたように、それこそが存在のうちでの人間的なものの逆説であり神秘であり斬新さであろう。タルムードの見事な寓意によってこの点が示唆されているように私たちには思えるので、それを次に引用しよう。

「聖と称えられるべきお方の偉大さ。今、人間はすべての硬貨に同じ刻印を押すことで、すべてが瓜二つであるような硬貨を得た。ところが王のなかの王、聖と称えられるべきお方は、すべての人間にアダムの刻印を押したが、誰も互いに似ていなかった。だからこそ、『世界は私のために造られた』という義務が各人にはあるのだ!」

 類の同一性が、絶対的に類似せざるものを、唯一名存在同士の非-加算的な多様体を包摂しうるということ。アダムの統一性が比較分帽ば唯一性を有した諸個人に刻印され、そこでは、共通の類が消滅し、個体が硬貨のように交換可能なものたることをまさにやめるということ。そこにおいて、各人は世界の唯一の目標として(あるいはまた、現実にただひとり責任を負う者として)肯定されるということ。これこそが疑いなく、人間のうちなる神の痕跡であり、より精確に言うなら、神がそこで初めて人間に到来するような現実の地点なのだ。先の寓意のありうべき意味は、先行的な<啓示>にもとづく人間の諸権利の何らかの演繹に比すべきものではなく、それは逆に、人間の諸権利の明証性にもとづく神の権利の到来を表しているのだ。

 人間の諸権利ならびにこれらの権利の尊重は、神学者たちが<啓示>に、言い換えるなら、余所ですでに獲得された「神についての数々の真実」に準拠することで表現するような神の厳格さや恩寵から生じるのではない。たしかに、こうした準拠においても、諸権利は超-自然的なものとみなされ、その異常さが証示されるのだが、すでにしてそこには、法律遵守と宗教的諸審級による媒介が姿を現している。そしてそのことが、ルネサンス以降の、人間の諸権利の特徴なのである。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人訳)「人間の諸権利と他者の諸権利」、『外の主体』みすず書房、1997年。

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ちょど昨日にて、市井の職場での久し振りの六連勤が終了しましたが、あまりにもレジを打ちすぎていたのでしょうか。

本日も終盤までレジ打ちをしておりましたが、ホンマ管理職がこんなことやっていていいのか~と思いつつ、それでも打刻しませんと、長蛇の列になってしまいますので、理由もヘッタクレもなくレジを打つ毎日ですが、喉ががらがらになったのははじめてです。

で……。

「今日もなんとか無事終わったな」と、波がすぎてから、売り場の点検をしておりますと、あきらかに酔っぱらいのおっちゃんなのですが……

「おれ、車何処に止めたんだっけ?」

……とのこと。

正直に言えば、「止めた貴方ががご存じでしょう」と思わざるを得ませんが、接客業においては基本的には、士農工商の身分順列のごとく、きわめて対他的にはそうした本音などぽろりとやるわけにもいかず……、言葉をすりあわせながらも、えんえん10分間、どこにとめたのかわからず……どうしようもないので、とりあえず、当店の駐車場の位置をご案内。

「当店の駐車場を利用したというのであれば、駐車券はお持ちですか?」

「ない。だ・か・ら、車どこにおれは止めたんだよぅっ!」

「・・・」

「探せや! ボケっ!」

……って宇治家参去はボケではありませんがと突っ込みたくなりましたがチト我慢し、やりとりをくりかえすなかで、あきらかに、(たぶん)うちの店舗の駐車場(当店利用以外の方でも時間料金を支払えば利用できるというスタイル)に車をとめてから、どこか近くの飲み屋に飲みに行ったようご様子です。

いちおう、それとなく

「わからないのであれば、警察に連絡をとり、探して貰いますか?」

……とはふってみたのですが、

それは拒否られ、ご自身で探すということにて、案件クローズ。

しかしこれで案件クローズさせるとまずいよな!
道路交通法的な問題も多分にありますが、かかわった相手として放置するのはまずよな!

……という部分が残ります。

かなり、飲んでるご様子でしたから、店内へ戻ると、いちおう、最寄りの交番(徒歩1分)へ詳細の連絡を入れ、確認して貰うことにしました。

「おれの車どこにとめんだよっ」

……って言われましても、

「まさにアンタが一番知っているんだろう」

……といいたいところですが、車で来て、ふらっふらっで前後不覚になるまで飲んで車で帰ろうとするのはよくありませんです。

……その後、どうなったのかは知るよしもありませんが。

「人間の諸権利は人格の唯一性ないし絶対性を明らかにする」ことは重々承知です。
しかしわすれてはいけないのは、人間という存在における二重の次元ということではないかと思われて他なりません。

還元不可能な人格の唯一性・絶対性としての地平と、そして、普遍性に所属するという地平の交差するところに人間は存在しているのだろうと思います。

しかも人類への帰属性こそ「人格の唯一性ないし絶対性」を保障するわけなのですが……。

ともあれ、疲れ果てました。

その御仁、あきらかに60歳ぐらいのお父さんにて、飲んでいないときはたぶんいいお父さんであり、おじいさんなのでしょう。

最近つくづく実感するのが伝統的な世代間格差を感じられなくなってしまったことです。
よくあるセリフに「今の若いモンは~」って部分があり、その指摘は重々承知しておりますし、自分自身もそうした言い方をしてしまうところは否定できないのも一面の事実です。

しかしそれが全体を代弁してはいないといことも事実かなと思わざるを得ません。
不特定多数のひとびとと向かい合う仕事をしながら、実感するのは、世論調査的な俯瞰図としてはある程度、世代感覚をグルーピングすることはできるのですが、現実にはそこからはみ出してしまう部分が顕著に還元不可能なその個人をレプリゼントしてしまうという事実です。

ヘンな言い方ですが、よくできた人物は世代を問わず存在します。
そしてその逆も世代を問わず存在するということ……。

それを目の当たりにしてしまうと、どうしても自己認識としての自覚の問題を常日頃から自分自身の課題としてひきうけていかないかぎり、「神」か「野獣」@アリストテレスになってしまうのか……などと思う昨今です。

……ということで、毎日「日本酒」を飲んではいけないので、本日は、本格焼酎にて我慢する次第です。

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