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必要なのは、なにが最善かをモラルを踏まえて考えることであり、モラルをとく政治屋ではありません

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 ……私は、道徳的な政治家、つまり国家政略の諸原理を道徳と両立する形で採用する政治家は考えることができるが、政治的な道徳家、つまり道徳を政治家の利益に役立つように焼き直す道徳家は考えることができないのである。
 道徳的な政治家は、次のことを自分の原則とするであろう。すなわちそれは、あらかじめ避けることができなかったさまざまな欠陥が国家体制や国際関係に生じた場合、どうすればそれらの欠陥ができるだけ早く改善され、理性の理念のうちに模範として示されている自然法に適合するようになるか、それを考慮することが、とくに国家元首たちにとって、たとえそれがかれらの利己心に犠牲を払わせるとしても、義務である、ということである。
    --カント(宇都宮芳明訳)『永遠平和のために』岩波文庫、1985年。

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ぐだぐだと悪評の方が先に立ちますし、そういうキャラですが、トータルとしてそれなりに仕事はしていた……言うまでもありませんが、本人ではありませんヨ……麻生内閣は衆議院を解散し、総選挙へとコマを勧めたようです。

印象批判にすぎませんが、魂の実感?としては小泉純一郎以降の政権担当者には福徳が欠如していたのではないだろうか……そう思われて他なりません。

もちろんそうした目に見えない人福の部分ですのでとやかく容喙する必要もありませんが、そう思われて他なりません。

いずれにしてもブームでも風でも、雰囲気でもノリでもないきちんと「仕事をする」新しい体制が構築されることを心より切に祈るばかりです。

……ということで、仕事続きで考察するほど脳力がついていきませんので、カントの言葉でも紹介しておきます。

必要なのは、なにが最善かをモラルを踏まえて考えることであり、モラルをとく政治屋ではありません。カント(Immanuel Kant,1727-1804)がまさにいうとおりでモラルを説く政治屋は、自分の政治のためにモラルを利用していることに他なりませんから。

このことは宗教を利用する原理主義的テロリズムと発想が同じであり、そうした人々にはもはや退場を迫りたいものですが、うえの一文は、立候補しようとする御仁たちには是非、心読してもらいたいものだ!……と思うのは宇治家参去ひとりではあるまい。

……ということのついでに、戦時下でひとり闘争をつづけた稀有のリベラリストにしてジャーナリストである清沢洌(1890-1954)の日記の一節から。ちょうど、今から69年前の独白です。

日米開戦からおよそ1年あまり経過した1942年(昭和17年)から清沢は新聞記事の切抜きを含む詳細な日記を遺しはじめましたが、そこで痛罵される官僚主義の弊害、迎合的ジャーナリズムの醜態と社会的モラルの急速な低下の叙述は痛々しくも悲しくもあるわけですが、清沢の死後、システムとしての民主主義が構築されたにもかかわらず、そこで痛々しくも悲しくもつづられた有り様はなにひとつかわっていないなと実感する次第ですが、あきらてはならないのでしょう。

あきらめてしまうと、スピヴァク女史(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)に怒られてしまいます。

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昭和18年7月

 七月二十一日(水)
 朝のラジオは、李王殿下が航空指令官(?)に御就任の由を伝え、かつ重要ポストに皇族方の御活躍の例をあぐ。
 皇族方が最重要ポストに就かるることが、この際ラジオの宣伝する如く健全なる証拠であろうか。時局困難なる際、その部の失敗は、すなわち頭目に責任が帰するのである。
 また皇族方は、その実力から、重要ポストに就任されるという感じを国民に持たしむるであろうか。
 東電記念出版のために、昭和年代の年表を作成中だ。満州事変前二、三年いかにストライキ、学校騒動、思想関係の事件が多きことか。陛下を狙撃せんとする企ても、難波大助事件、昭和七年の鮮人逆徒李奉昌等の事件あり。この不安と動揺とが、満州事変に現れたともいい得るであろう。
 この底流は、十年後の今日も、なお払拭されておらぬのである。この大東亜戦争の結果、何事かが起こらぬと考うることは、その事が不自然である。
 ミリタリズムとコンミュニズムとの妥協。予はコンミュニズムは封建主義と同じフレーム・オブ・マインドの産物なりとの見解を抱く久し。この事は、あらゆる方面に見られる。
 五・一五事件の三日後に、日支事変(満州事変)に対する第一回の論功行賞あり。爾来、戦争が終わらない間に行賞す。何という大胆さ。--(第四十四回の行賞発表)
    --清沢洌(橋川文三編)『暗黒日記1』ちくま学芸文庫、2002年。

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のみこまれない賢明さ必要だと思います。
不安と動揺はどの時代にもつきものです。
本質を見抜く眼を養い、ひとびとと「あきらめずに」対話していく、そしてできることをコツコツとやっていくほかありません。

……ということで、かなり疲れているので寝ます。

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