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2009年8月

そんなものはむなしく消えていく「知的道化師のロマンティシズム」であり、仕事に対するいっさいの責任を欠いた態度である

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 政治家にとっては、情熱(Leidenschaft)--責任感(Verantwortungsgefuühl)--判断力(Augenmaß)の三つの資質がとくに重要であるといえよう。ここで情熱とは、事柄に即するという意味での情熱、つまり「事柄(ザッヘ)」〔「仕事」「問題」「対象」「現実」〕への情熱的献身、その事柄を司どっている神ないしデーモンへの情熱的献身のことである。それは、今は亡き私の友ゲオルク・ジンメルがつねづね「不毛な興奮」と呼んでいた、例の精神態度のことではない。インテリ、とくにロシアのインテリ(もちろん全部ではない!)のある種のタイプに見られた--ジンメルの言葉がぴったりな--態度、また現在「革命」という誇らしげな名前で飾り立てられたこの乱痴気騒ぎ(カーニヴアル)の中で、ドイツのインテリの間でも幅をきかせているあの精神態度。そんなものはむなしく消えていく「知的道化師のロマンティシズム」であり、仕事に対するいっさいの責任を欠いた態度である。実際、どんなに純粋に感じられた情熱であっても、単なる情熱だけでは充分ではない。情熱は、それが「仕事」への奉仕として、責任性と結びつき、この仕事に対する責任性が行為の決定的な基準となった時に、はじめて政治家をつくり出す。そしてそのためには判断力--これは政治家の決定的な心理的資質である--が必要である。すなわち精神を集中して冷静さを失わず、現実をあるがままに受けとめる能力、つまり事物と人間に対して距離を置いて見ることが必要である。「距離を失ってしまうこと」はどんな政治家にとっても、それだけで大罪の一つである。ドイツのインテリの卵たちの間ではこうした傾向が育成されれば、彼らの将来は政治的無能力を宣告されたも同然である。実際、燃える情熱と冷静な判断力の二つを、どうしたら一つの魂の中でしっかりと結びつけることができるか、これこそが問題である。政治は頭脳でおこなうもので、身体や精神の他の部分でおこなうものではない。であるが、もし政治が軽薄な知的遊戯でなく、人間として真剣な行為であるべきなら、政治への献身は情熱からのみ生まれ、情熱によって培われる。しかし、距離への習熟--あらゆる意味での--がなければ、情熱的な政治家を特徴づけ、しかも彼を「不毛な興奮に酔った」単なる政治的ディレッタントから区別する、あの強靱な魂の抑制も不可能となる。政治的「人格」の「強靱さ」とは、何を措いてもこうした資質を所有することである。
 だから政治家は、自分の内部に巣くうごくありふれた、あまりにも人間的な敵を不断に克服していかなければならない。この場合の敵とはごく卑俗な虚栄心のことで、これこそ一切の没主観的な献身と距離--この場合、自分自信に対する距離--にとって不倶戴天の敵である。
    --マックス・ヴェーバー(脇圭平訳)『職業としての政治』岩波文庫、1980年。

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夏がおわりました。
ひとつの夏がおわりました。

いつも思うのですが、夏が終わる直前には、台風とか大雨とか、そうした惨波がやってきて、次の日から秋になっちゃうんです。

土曜日は灼熱地獄でした。
家族3人で炎天下を放浪しましたが、ここちよい疲れでした。
またちょいと灼けたようでもあります。

日曜日は、台風11号の影響で、昼過ぎから空模様があやしくなり、日付がかわってから帰宅するときは驟雨にて、ひさしぶりのぬれねずみとなりました。

しかし、蒸し暑くないので、かえって寒いほどで……、秋の到来を感じてしまいました。

携帯電話をおととい充電しました。
しかし、今日はよくつかったのでしょうか?
電池の残量がほとんどなくなっていました。

ぼちぼち機種変更の縛りがきれるのでiPhone3GSに変えたろうか……などと思っておりますが、このNokiaのスマートフォンも自分自身と一緒に消しがたい歴史を刻んでいるんだなア~などと思いました。

つかわないと4-5日は電池が持つのですが……。

本日は昼過ぎから仕事でしたので、ここでもう一度マックス・ヴェーバー(Max Weber,1864-1920)と対話をしなければならない!と一人で決意!しましたので、休憩中に読んでおりましたが、ひとり頷くこと多く……、正直なところ、自分自身の学問的立場からすると、ものごとに対するアプローチのひとつとしての社会学の手法というのは受け入れがたいといいますか、それですべてを代弁してしまう学の雰囲気に辟易としてしまう……要は数値とか社会調査のデータから溢れ出してしまう声なき声がスルーされてしまうので……わけなのですが、その創始者の言葉には、妙に納得することが多く、侮りがたい……などと思った次第です。

ヴェーバーは、第一次大戦での敗北後成立した、混乱するワイマール共和国において、急進的変革に熱狂する学生たちをまえに、「政治の矜持」を語ったのがうえの『職業としての政治』です。

いやはや再読したところですが、痛快です。

右的熱狂をぶった切る鋭利なやいばの返す刀で理論的優位にたちつつも心根が同じである左的似非理論をも分断する、冷静な叫びには、……「社会学」!っていうカテゴリーにおさまりきらない、いうなれば、人間としての強さを感じつつ、何が人間を牽引していくのか……そこを探究したヴェーバーの慧眼にはおどろくばかりです。

「乱痴気騒ぎ(カーニヴアル)」に惑わされてはいけない。
ぶれない頭と心を養っていき、力でねじ伏せるのではなく、ひとびとと言葉をかわすなかで、「事柄(ザッヘ)」〔「仕事」「問題」「対象」「現実」〕に向かいあっていくしかないのかもしれません。

これは洪水とか鉄砲水ではなく、ひとびとの暮らす地上から遙か数百メートル下にこんこんと歩みをやめない水脈のような営みなのでしょう。

そこにひとびとはなかなか敏感にはなれません。
しかし、水脈がこんこんと歩みをやめないような努力は人間にも必要であり、それこそが生きるということの「責任」かもしれません。

……ということで一応、この夏は公私ともによくがんばったので、ご褒美を心と頭にあたえ、沈没しますです。

なにしろ、秋が始まると、「仕事」が山積しておりますので、まさに個々人と現実との思想的格闘戦が開幕しますから。

本日のお供は「山古志」(お福酒造・新潟県)でございます。

さきの中越地震で棚田が大被害を蒙った山古志地域の銘酒です。
崩壊した水田の復興は機械でもシステムでも行政でもなく、ひとりひとりの人間の手でおこなわれたようです。

そしてそこで育まれた「特別純米酒」が「山古志」に他なりません。

コピーには次のような表現があります。
すなわち、

「棚田には錦鯉の色を鮮やかにすると言われる程の清冽な沢の自然水が流れ込み、また春から夏にかけて朝晩の気温差が15℃という環境が、しっかりとした稲を育み、食べても酒にしても美味しい米を稔らせるからです」

……とのことだそうな。

瞬間湯沸かし器?とかではなく、こうした鮮烈な沢の自然水として生きていきたいものです。

しかし、なんです。
印象批判めいた文章で恐縮ですが……っていつもそうですが……、古代ローマの劇作家・政治家テレンティウス(Publius Terentius Afer,195/185-159 BC)の言葉が染みこんできます。

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私は人間である。人間に関することで私と無縁なものは一つもない。
Homo sum. Humani nil a me alienum puto.
    --テレンティウス(木村健治ほか訳)『 西洋古典叢書 ローマ喜劇集<5>』京都大学学術出版会、2002年。

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がなり声とか罵声とか、マイクとか拡声器とかテレビとかラジオとかから流れてくる声にかきけされそうな声ほど、力強い声はありませんし、今こそ「人間に関することで私と無縁なものは一つもない」……その言葉を味わうべき新しい時代が到来したのだと思われて他なりません。

ですから飲んで寝ます。

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Ob's stürmt oder schneit,Ob die Sonne uns lacht,Der Tag glühend heiß Oder eiskalt die Nacht

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Panzerlied
1933
Kurt Wiehle Adolf Hoffmann

1.
Ob's stürmt oder schneit,
Ob die Sonne uns lacht,
Der Tag glühend heiß
Oder eiskalt die Nacht.
Bestaubt sind die Gesichter,
Doch froh ist unser Sinn,
Ist unser Sinn;
Es braust unser Panzer
Im Sturmwind dahin.

2.
Mit donnernden Motoren,
Geschwind wie der Blitz,
Dem Feinde entgegen,
Im Panzer geschützt.
Voraus den Kameraden,
Im Kampf steh'n wir allein,
Steh'n wir allein,
So stoßen wir tief
In die feindlichen Reihn.

3.
Wenn vor uns ein feindliches
Heer dann erscheint,
Wird Vollgas gegeben
Und ran an den Feind!
Was gilt denn unser Leben
Für unsres Reiches Heer?
Ja Reiches Heer?
Für Deutschland zu sterben
Ist uns höchste Ehr.

4.
Mit Sperren und Minen
Hält der Gegner uns auf,
Wir lachen darüber
Und fahren nicht drauf.
Und droh'n vor uns Geschütze,
Versteckt im gelben Sand,
Im gelben Sand,
Wir suchen uns Wege,
Die keiner sonst fand.

5.
Und läßt uns im Stich
Einst das treulose Glück,
Und kehren wir nicht mehr
Zur Heimat zurück,
Trifft uns die Todeskugel,
Ruft uns das Schicksal ab,
Ja Schicksal ab,
Dann wird uns der Panzer
Ein ehernes Grab.

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http://www.youtube.com/watch?v=jEIm3pe5wbA&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=lSLHasN9UXQ&feature=related

あんまりつっこまないでください。
しかし、ナチス党員でもありませんし、シンパでもありませんし、現実的にはポストコロニアル批評の思想家を自認する宇治家参去です。

しかし不思議なもので、しかも何度も言及した話題ですが、男という生き物は、軍歌だとか兵器(基本的には通常兵器)だとか、その周辺部分の「文化」に対してシンパシーを感じる存在です。

軍歌などを聴きますと、魂が鼓舞されてしまうので、わが性に辟易としてしまいます。

ですから、その手の文化に接していると、「倫理学者として平和を論じながら、何やっとんぢゃい、ボケ」って細君にどやされている宇治家参去です。しかも、それを息子殿が告げ口するという負のスパイラルでして……

「おまえは、KGBの手先か!」

……っていうと、

「お母さんのてさき」

……って返される始末でして、手先よりは手羽先が食べたいと切に願う晩夏です。

さて、フェミニズムの先駆者と評され、フランス革命に密接に関わり、ロマン主義の台頭を準備したスタール夫人(Madame de Staël,本名:Anne Louise Germaine de Staël,1766-1817)は「政治とは女性と子供のため」に存在すると語ったとされますが、そうした周辺文化に悩まされずに、本当に生命とは何か、そして何が生命のためなのか、原初からそこに焦点を置いている存在は女性とか子供なのかもしれません。獣のような命になにか美学を感じる男性との差異がそこにあるのかもしれないなアなどと思わざるを得ませんが、それを実行力をもって行使してくださる細君及び息子殿には感謝です。

さて……。
金曜に痛飲してしまい、土曜は仕事もあるので、でかけるのはよしちゃおうか……と思っていたのですが、朝から細君及び息子殿からいぶられ、ちょいと東京北東部を放浪してきました。

まずは例の如く日暮里・舎人ライナーにて大川周辺を探訪です。

ちょうど10日あまり前にも訪れた地域ですが、そのときも1時間ちかく道に迷い悩んだものです。

しかし実に暑かった次第です。

要件をすませ、西日暮里まで戻ると昼食タイムでしたが、今回は済んでからそのまま仕事がありますので、鮨屋でいっぺえというわけにもいかず、息子殿御用達?のマックにて昼食で、ちょいとやさぐれてしまいました。

せいろかざるで粋にやるのが本道ですが、マア、息子殿が喜んでいたのでよろしいとしましょう。

一息入れてから、京浜東北線にて懐かしい?赤羽へ移動。
塔を遠望しつつ、所用を済ませると14時でして……。
といことは任務完了!ってことで……

いっぺえ!

……とやりたいところですが、仕事もあるので、ぐっと我慢して、“ノンアルコール・ビールテイスト飲料”「KIRIN FREE」にて任務完了?の祝砲ですっ!

なんどもやっておりますが、やっぱりビールとはちがうんだよなア~

ビールで〆をやったと思うことで仕事へ行ってきました。

同道した細君および息子殿、お疲れ様でしたっ!!

で……。
冒頭にもどります。

冒頭の引用は1933年に造られたドイツ軍の行進歌「パンツァー・リート(Panzerlied)」でございます。第三帝国時代に作られた歌なのですが、戦後はドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)陸軍でも謳われた歌曲でひろくドイツで親しまれている行進歌なのですが、これが魂を鼓舞するという奴です。

宇治家参去がドイツ語で歌える数少ない歌……ほとんどが軍歌ですが……のひとつですが、これが実に魂を鼓舞してくれます。

ホンマ、朝はやめようかと思いましたが、頭と心の中でこの歌声を口ずさみつつ、自分自身に対して悔いのない一日がおくれたのではないだろうか……そう思わざるを得ません。

しかしいい歌詞です。

ちょいと一番だけ私訳しますが……

嵐の日も雪の日も、
太陽が我らを照らす日も、
炎熱の真昼も
極寒の夜半も
顔がちりに塗れようと、
我らが心は快活ぞ。
我らが心は快活ぞ。
戦車は憤然と
暴風の中へと驀進す。

……ということで、今から本物のビールを頂いて沈没します。

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「すべての人」が真に「すべての人」ではないこと

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今日の特徴は、凡俗な人間が、おのれが凡俗であることを知りながら、凡俗であることの権利を敢然と主張し、いたるところでそれを貫徹しようとするところにあるのである。つまり北米合衆国でいわれているように、他人と違うということ即ふしだらなことであるという風潮である。大衆はいまや、いっさいの非凡なるもの、傑出せるもの、個性的なるもの、特殊な才能をもった選ばれたものを席巻しつつある。すべての人と同じでない者、すべての人と同じ考え方をしない者は締め出される危険にさらされているのである。ところが、この「すべての人」が真に「すべての人」ではないことは明らかである。かつてや「すべての人」といった場合、大衆とその大衆から分離した少数者からなる複合的統一体を指すのが普通であった。しかし今日では、すべての人とは、ただ大衆を意味するにすぎないのである。
 以上が、現代の恐るべき事実であり、そのいつわりない残酷な実相なのである。
    --オルテガ・イ・ガゼット(神吉敬三訳)『大衆の反逆』ちくま学芸文庫、1995年。

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本日は非常に蒸し暑かったのですが、東京各地を経巡りあるいておりましたので、カラダが完全に解けてしまいました。

ただひとつ、そのなかで心と頭で実感するのは、システムとしては民主主義という体制が構築されている時代だからこそ、矜持をもって生きていかなければならないということです。

……ということで、仕事に戻ります。

かるい熱中症です。

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お前の叫びは、さながら疾風の如く鋭く、梢が高ければ高いほど激しく撃つがよい

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……身に覚えのあるものや、身内に覚えがあり、良心に曇りがある連中は、お前の言葉を必ずや露骨、唐突と感じるだろう。だが、たとえそうなろうとも、お前は一切のうそ偽りを排し、お前の目に映った一切の姿を明るみに出すがよい。お前の言葉は、当初は耳障りが悪いかもしれぬ。しかし、いったん飲み込まれ咀嚼されたときには、命の糧を体内に残すほどだ。お前の叫びは、さながら疾風の如く鋭く、梢が高ければ高いほど激しく撃つがよい。それがどうして論ずるにも足らぬ誉れだろうか。
    --ダンテ(平川祐弘訳)『神曲』河出書房新社、1992年。

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ふうぅぅ。
ようやく本日、金曜日に休みが取れそうです。
ちょうど大学のスクーリングが4日間、終わった翌日が市井の仕事、その翌日が「休み」……の予定だったのですが、朝っぱらから店長から電話あり、

「すまないんだけど、今日出てくんない?」

「マジッスか?」

……ということで?出勤してしまい、ようやく休めそうです。
スクーリング最終日は、午前のみでしたので早々に帰宅し、休んだといえば休んだのですが、体の芯から込み上げてくる悲鳴のようなものはわかちがたく、年を感じる次第です。
ちょど一昨日、市井の職場で事故があり、その対応を担当主管へ連動して遅く切り上げたのですが、本日出勤すると、円満解決へむかっていたようでしたのでひとつ肩の荷がおりました。

ゆっくりやすむぞ!と思っていたのですが、とわいえ……という状況です。

金曜日は、細君が知り合いと王子のほうへ出かける用事があるとのことで、幼稚園が始まった息子殿の世話とか、夕方までに提出しないと行けない書類との最後の格闘がありますので、実質休みなし哉?……と嘆く宇治家参去です。

ともあれ……、自宅での仕事と息子殿の世話で日中は追いやられそうですが、仕事へ「行く」という必要がない分、気分的には楽なものですので、手をいれるべき課題の方もこれからちょゐと飲みながら、素案だけ練り上げ、起きてから仕上げてしまおうかと思っております。

さて……
ちょうど、仕事の休憩中……その貴重な休憩中か電車に乗っているときぐらいにしか学問の仕事と直接関係のない、いわば自由な読書ができないのですが、本日は、ダンテ(Dante Alighieri,1265-1321)の長編叙事詩『神曲』(Divina Comoedia)を繙いていたのですが、「此処ダナッ!」ってところに突き当たりましたので、ひとつ紹介した次第です。
民衆の紡ぎ出す、ひとつひとつの言葉ほど重く、大石を穿つたゆまぬ水滴のような残響をのこすものはありません。

自分自身の語り出す言葉のひとつひとつが、かくありたい、そう思う宇治家参去でした!

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個人倫理と同様に、社会的、政治的な倫理学、社会と政治における倫理の哲学が問題となっている

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 人間性と正義が問題化し、倫理学の問題が改めて現実的な問題となっているが、それとともに、哲学は規範的、批判的能力をもつという主張も問いにさらされている。哲学的倫理学は、ソクラテス、プラトン、アリストテレスにおける哲学の開始いらい、倫理的、実践的な学問として、すなわち、人間性と正義という倫理の概念と原理によって時代の挑戦を理解しようとする学問として考えられてきたからである。
 時代を規範的、批判的に理解するという課題に応えようとすれば、現代倫理学は、第一に、狭い個人倫理の領域だけに研究を限ってはならない。第二に、現代生活世界の具体的な諸問題を研究しなければならない、という二点をぜひとも学び直しておく必要がある。
 たしかに、個人倫理の問題を排除して、社会的、政治的な課題だけに倫理学を限定することはできない。最終的には、各個人の人格的責任と個人の幸福が問題となるからである。しかし、個人倫理の問題が、<おのずから>社会的・政治的生活の難問となり、また逆に、社会的、政治的問題が個人生活に影響を及ぼすことは、われわれが今日体験しつつある意味・方向喪失の危機が示しているとおりである。それに個人倫理という手立てではもともと答えようのない問題もある。平和の維持、人権の実現または飢餓の克服、あるいは、原子力利用は倫理的に適正であるか、延命のためには是が非でも医学を動員すべきかというような問題は、個人にとってきわめて重要な問題ではあるが、これは、個人的、私的に解決できる問題ではなくして、社会的、政治的にしか解決できない問題である。したがって、個人倫理、つまり個人的行為の倫理的な正しさと善に関する理論としての道徳哲学にとどまらない、もっと広い意味での倫理学が求められていることは明らかである。個人倫理と同様に、社会的、政治的な倫理学、社会と政治における倫理の哲学が問題となっているのである。
    --オトフリート・ヘッフェ(青木隆嘉訳)『倫理・政治的ディスクール 哲学的基礎・政治倫理・生命倫理』法政大学出版局、1991年。

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ちょいと週末までに倫理学に関する企画書とか提案書類をまとめて提出しなければならないのですが、本業・副業の絡みとか社会活動で忙しくてなかなか手がつけることができず、週のはじめから頭を抱えながら、倫理学関連の著作をまとめてひもときながら、じたばたと焦っている宇治家参去です。

しかし、そのお陰でしょうか……、
種々知見が深められているような気もしなくもなく、その意味では有り難い“修行”?と受け止め思想的格闘戦を強いられておりますが楽しいものです。

なにしろ“修行”は人間という動物にしかできませんから。

さて、冒頭では、現代ヨーロッパの哲学者ヘッフェ(Otfried Höffe,1943-)の著した倫理学に関する文献の、これまた冒頭からの引用になりますが、ヘッフェは、現代世界において倫理学がおかれた状況をうまく指摘しているかと思います。

すなわち、19世紀以降、学問が制度化されていくなかで、もともと「正義」をめぐる議論(もちろん主要な課題は「正義」だけではありませんし、どちらかといえば「善」が主要な議題ですが、善の展開形態としてここでは「正義」にかえておきましょう)がとしてスタートした倫理学が、講壇学問と化していくなかで、そのリアリティとアクチュアリティを失ってしまいました。

正義をめぐる議論とは、その文字のとおり「正義とは何か」をめぐる探究です。この正義とは何かできあがった規範のようにみえつつも絶えず固定的を拒み続ける実践的な概念です。

個人的側面における倫理としての生き方に関わる部分を意味するだけでなく、正義が体現されるべき共同体にも密接に関わる概念であり、個と全体をめぐる議論といっても言い過ぎではありません。

それがここ百数十年来、分断されてしまったのかもしれません。

前者は私的な空間に囲い込まれ、他者とか全体との契機を欠いたアトム的な処世術へと変貌し、後者は社会哲学が興隆するなか王座を奪われ、具体的な個の存在者のまなざしとか生を欠いた形而上的論争的な理論として流通するようになったのでしょう。

しかし、これは本来べつべつのものではありません。むしろ分かち難く関係をもっていると同時に、どちらが優先されるべきかといったような対立をはらむ関係でもありません。

むしろお互いに照らしあう関係といってよいでしょう。

ですからその状況を「たしかに、個人倫理の問題を排除して、社会的、政治的な課題だけに倫理学を限定することはできない。最終的には、各個人の人格的責任と個人の幸福が問題となるからである。しかし、個人倫理の問題が、<おのずから>社会的・政治的生活の難問となり、また逆に、社会的、政治的問題が個人生活に影響を及ぼすことは、われわれが今日体験しつつある意味・方向喪失の危機が示しているとおり」と指摘しているのでしょう。

個が先か、それとも社会とかそうした共同存在としての側面が先かなどと議論すること自体がナンセンスかと思います。
個だけできる部分もあれば、個が全体とのかかわり・接触の中において完遂できる問題もあれば、その逆もまたあるのが現実生活世界でしょう。

アトム的な私的密室へ後退し、恨む節を発するあり方をさけつつも、同時に、生きた存在者という契機を欠いた先鋭化した理論をさけつつ、本来的にそれが機能できる方向がどこにあるのか、--そこに現代において倫理学を学ぶ、探究する、現実生活世界のなかにおいて考えるという意味があるのだろうと思います。

……などとここまで入力し、考えているところで思考が中断されました!。

ちょうど市井の職場の休憩中だったのですが、トラブルがあったようで、緊急連絡を受け、うえの「~と思います」まで入力したところで、思考世界から離脱してしまいました。

休憩中に呼び出されることほど腹立たしいことはないのですが、なにぶん接客の最前線ですから、呼ばれれば出ないわけにも参りませんので伺ってきた次第です。

とりあえず処理してから、戻ってきて休憩の続きに考え直そうと思っておりましたが、思考中に突発的な中断があるとなかなか作業復帰のスイッチを入れることが難しく、もういいや!って気分を変えて別の本をひもとき、仕事が済んでから帰宅した次第です。

今日は何もないだろうなア--って暢気に倫理学的思索をしていたのがよくなかったのかもしれませんが、これから酒でも飲みながらチト考えてみます。

……ということで、再論。

個人の側の主体的・主観的な部分にすべてを還元してしまうと道義論に傾きます。
それはそれで大切なのですが、なにかそれが社会や政治と切り離された議論になってしまうと、公共空間においてはそれはうまく機能しません。
そしてその逆に公共的・客観的な社会正義の側面のみに倫理的思索をゆだねてしまうと、今度は個々人の立場がおざなりにされ、そこでうまく機能することができません。

しかし状況としてはその二極分裂がはなはだしい--そうした現状なのでしょう。

ですからヘッフェは次のように言っております。

つまり……、

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 時代を規範的、批判的に理解するという課題に応えようとすれば、現代倫理学は、第一に、狭い個人倫理の領域だけに研究を限ってはならない。第二に、現代生活世界の具体的な諸問題を研究しなければならない、という二点をぜひとも学び直しておく必要がある。    --ヘッフェ、前掲書。

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やはりカント(Immanuel Kant,1727-1804)以降でしょうか、上述したような状況が出来したのは……。
カントは実践理性の考察をすすめるなかで、道義の格率を「定言命法」(「あなたの意志の格率が常に同時に普遍的な立法の原理として妥当しうるように行為せよ」、『実践理性批判』)として示してみせました。

以後の倫理学、道徳哲学とはカントとの対峙にほかなりません。
そのなかで、理性や感情、そして道徳律の形式……実際にカントは形式にものすごくこだわりましたが……にこだわるなかで、社会とか現実の問題から倫理や道徳が切り離されてしまい、「狭い個人倫理の領域だけ」に研究が限られたフシがあります。そして同時に「具体的な諸問題」へのアプローチは看過され、科学の“装い”を被った社会科学がそれを遂行してきました。しかしカントはそうした個人への“超”還元主義的立場を説いたわけでもありませんし、どちらかといえば、定言命法の言葉、すなわち「あなたの意志の格率が常に同時に普遍的な立法の原理として」というくだりにあるとおり、全体のなかでの思索を説いたのがその真相なのでしょう。

その意味では、具体的なアクチュアリティに関する倫理的議論……例えば、環境倫理、情報倫理、生命倫理……というかたちで、「現代生活世界の具体的な諸問題を研究」しようとする応用倫理学の興隆は、倫理学の再興?において歓迎されるべき状況なのだろうと思います。
※念のためですが、例えば、現実の生命倫理の議論は、法的側面、技術的側面からのアプローチがほとんどで、深い人間理解に根ざした議論が殆どないという現況・批判がありますが、ここではひとまず措きます。

というわけ……最近の実感?

ひさしぶりに小売業たる市井の職場に戻って実感することがひとつあります。
すなわち、「メモ」を片手に買い物をされているお客様が多いということです。

何を買うかをメモってから買い物にくるというスタイルのことです。

このスタイルは以前からも存在しましたが、ここ1年、やけに多くなったなアというのが現場で仕事をしていてつくづく思う実感です。

スーパーとか、ディスカウントといったスタイルは基本的には、「買う必要のあるもの」以外にも「(買うつもりはなかったけれども)これも買っておくか!」という余剰が実は生命線となってきます。

いわゆるチラシ・特売によるハイアンドローという「釣り」の戦略です。
原価割れの特売商品で「釣り」、店内で買い物するときにそれ以外も「買ってもらう」という方向性です(ちなみにうちの会社ではハイアンドローを辞めましたが)。

その意味では、その「釣り」戦略の対極にあるのが「メモ買い」というスタイルです。

1-2年前にはそんなに見なかったのですが、ここ最近年齢を問わず急増しているようにて、やはりこれは景気の問題とかあるんだよなア~などとレジをうったり、売り場を案内したりする際に実感するわけでして……。

余剰なもの……すなわち「不可分所得」の限界内での「可処分」領域が明らかに減少していることは疑うことができません。

……だからその実感がなにか倫理的思索と関係があるのか!

……ってつっこまないで下さいまし。

来るべき日曜日に向けて各党は凌ぎを削って格闘しているようでございます。

そんでもって共通しているのがどの各党も「生活」を看板に挙げている点です。

ぶっちゃけたところシステムを保全するための「がまん」、つまりコイズム的に言えば“痛み”は不可避的であり、その“痛み”に耐える必要性を否定することはできません。

しかし逆にいえば、“痛み”の説明も“代換え”策の提示もないままの「撤廃」だとか「上乗せ」だとかそうした議論にも、なにかついてゆけず……、つまり「現実性」という議論になってくると、これまでなにを彼らはやってきたのか、「踏まえて」判断するほかなかろう……などと思われて他なりません。

宇治家参去はそれが味方であろうが敵であろうが……もちろん言うまでもありませんが味方・敵という二元論自体が気にくわないという天の邪鬼ですが……、大声でがなるひとびとが苦手です。

「若さ」も「新鮮さ」も「熱意」も必要です。
何もそれを否定しません。
しかしながら、それだけでは問題も解決しません。

その意味では、本当に「現代生活世界の具体的な諸問題」と捉えつつも、極端な個の立場も、そして極端な全体の立場も退けつつ、「個人倫理と同様に、社会的、政治的な倫理学、社会と政治における倫理の哲学」を現場との往復関係で議論できるポリティクスというものが今求められているのだろうと思われます。

だからこそ、そのへんの議論にかかわり、実行力を行使できるようになってしまう立場に行きそうな人々にこそ「倫理学」は必要不可欠なのでしょう。

……ってことで?

金はないにもかかわらず……いわゆる高学歴ワーキングプアですから……アルコール消毒をしない限り眠ることがあたわずですので、とりあえず、本日は、久し振りの「浦霞」でもこってりとやらして頂き、冒頭に記した私的な課題は起きてから再度挑戦します。

では、おやすみなさい。

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「『である』ことと『する』こと」

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 「権利の上にねむる者」
 学生時代に末弘(巌太郎)先生からの民法の講義をきいたとき「時効」という制度について次のように説明されたのを覚えています。金を借りて催促されないのをいいことにして、ネコババをきめこむ不心得者がトクをして、気の弱い善人の貸し手が結局損をするという結果になるのはずいぶん不人情な話のように思われるけれども、この規定の根拠には、権利の上に長くねむっている者は民法の保護に値しないという趣旨も含まれている、というお話だったのです。この説明には私はなるほどと思うと同時に「権利の上にねむる者」という言葉が妙に強く印象に残りました。いま考えてみると、請求する行為によって時効を中断しない限り、たんに自分は債権者であるという位置に安住していると、ついには債権を喪失するというロジックのなかには、一民法の法理にはとどまらないきわめて重大な意味がひそんでいるように思われます。
 たとえば、日本国憲法の第十二条を開いてみましょう。そこには「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」と記されてあります。この規定は基本的人権が「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であるという憲法第九十七条の宣言と対応しておりまして、自由獲得の歴史的プロセスを、いわば将来に向かって投射したものだといえるのですが、そこにはさきほどの「時効」について見たものと、いちじるしく共通する精神を読みとることは、それほど無理でも困難でもないでしょう。つまり、この憲法の規定を若干読みかえてみますと、「国民はいまや主権者となった、しかし主権者であることに安住して、その権利の行使を怠っていると、ある朝目ざめてみると、もはや主権者でなくなっているといった事態が起るぞ」という警告になっているわけなのです。これは大げさな威嚇でもなければ教科書ふうの空疎な説教でもありません。それこそナポレオン三世のクーデターからヒットラーの権力掌握に至るまで、最近百年の西欧民主主義の血塗られた道程がさし示している歴史的教訓にほかならないのです。
 アメリカのある社会学者が「自由を祝福することはやさしい。それに比べて自由を擁護することは困難である。しかし自由を擁護することに比べて、自由を市民が日々行使することはさらに困難である」といっておりますが、ここにも基本的に同じ発想があるのです。私たちの社会が自由だ自由だといって、自由であることを祝福している間に、いつの間にかその自由の実質はカラッポになっていないとも限らない。自由は置き物のようにそこにあるのでなく、現実の行使によってだけ守られる、いいかえれば日々自由になろうとすることによって、はじめて自由でありうるということなのです。その意味では近代社会の自由とか権利というものは、どうやら生活の惰性を好む者、毎日の生活さえ何とか安全に過せたら、物事の判断などはひとにあずけてもいいと思っている人、あるいはアームチェアから立ち上がるよりもそれに深々とよりかかっていたい気性の持主などにとっては、はなはだもって荷厄介なしろ物だといえましょう。
    --丸山眞男「『である』ことと『する』こと」、『日本の思想』岩波新書、1961年。

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このところオルテガ(José Ortega y Gasset,1883-1955)の市民社会論を再読しているのですが、オルテガにおいてキー概念となるのが「貴族」という言葉です。

近代市民社会においてどうして「貴族」なのか!というわけですが、これは前近代的なイメージ……たとえば「世襲」貴族のようなもの--とは違う「精神性」「矜持」としてのあり方として挑発的に発せられた言葉です。

いうなれば、権利を権利たらしめるための責任・努力をだれに言われるともなく、自ら不断にたらしめる努力をおこたらないあり方がオルテガにおいては「貴族」という意味です。ですから、その対にあるのが、権利に安住してしまう「民」という見通しです。

誤解を招くと恐縮ですから、一言付加えるならば、オルテガは近代に特徴的な制度としての民主主義的なシステムそのものを否定し、封建的な貴族政治の復活をもくろんでいるわけではございません。

成果を所与のものとして反省・自覚しないのであれば、それは通俗的に表現される当の封建的な貴族主義そのものへと陥ってしまうわけですから、そうではありません。

成果を絶えず成果たらしめる努力をおこたらな無名の庶民の自覚、そのことをオルテガはまさに挑発的に「貴族として自覚をもって生きよ」……そう諭しているように思われます。

ですから、ふと丸山眞男(1914-1996)の「である・する」論を再読したくなり、さらにひもといた宇治家参去です

くどくて書かなくても宜しい話題ですが、往々にして人文科学に従事する生き物というのは不思議な奴で、何かを読んでいるとそこから別の物が読みたくなってしまうという無限ループに陥りますので、なかなか前に進まない、そうしたところが存在します。これも喩えるならば、自然科学の世界において、答えを導くために何度も実験をするわけですが、人文科学においては実験というシステムが存在しませんので、論旨が矛盾がないようにと、過去の思想家の思索にその論拠を……それは肯定・批判ふくめてですが……置いていこうと積み重ねていくわけですので、自然と関連分野の他の思想家を実は当該論者よりも論じてしまうというやつです。

さて……話がずれ込みましたが人文科学に携わる者としての常としてご容赦いただき、

しかしながら、やはりさすが丸山眞男です。

俗に戦後民主主義を擁護した「進歩的知識人」の頭目に数えられる人物です
しかしながら、読み直すたびに、そうしたカテゴライズから不断にすっぽりと抜け落ちてしまう深淵さとユーモアが丸山の文章からは鮮やかに踊りだしてしまいますので、「進歩的知識人」として「片づけてよい」と思うことができません。

というところで?

「である」ことと「する」こと、をもう一度、この時期だからこそ確認する必要があるのだろう--ということで向かいあった次第です。

あっちからこっちへ読み進めると、「である」ことと「する」ことの違いに深く感動を覚えた訳ですが、これを全共闘的世代でいうならば「ザイン」と「ゾルレン」ということに相通じてしまうわけですが、いずれにしましても、「である」に安住することなく、そしてこれが大切なのですが、誰からも命じられるまでもなく「する」ということを自覚的に選択していかない限り難しいのかなと思った次第です。

丸山のフレームワークとして払拭しがたいのは、やはり時代的制約もありますが、単純化のきらいを臆面もなく発するとすれば、対峙する構造としての「権力」という図式になります。ポスト・モダンの権力論においては、そうした「できあがった」「体系」「システム」を「想定」して「格闘」する「スタイル」の有効性には疑義が提示られているわけです。

もちろんそうした「暴露」的ポスト・モダンの営みに関してもいっしょくたんに払拭することは不可能ですが、それが批判している発想と同時に丸山の説くまろやか?な「である」「する」論を否定することも出来ない……それが現実生活の事実かもしれません。

この問題は、政治思想史に限定された問題ではありません。

あらゆる関係性に関して関わってくる問題なのでしょう。

我とシステムにおける関係性……

我と汝における関係性……

我と我における関係性……

それを“当たり前”と思ってしまったときに、その崩壊は始まるのかも知れません。

だから、それを“当たり前”と“開き直”らない柔軟な発想が求められているのかも知れません。

そこに……宇治家参去のモットーの一つである……「ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」が要請されざるを得ない状況があるのでしょう。

人間主義に関しても同じです。
人間のためという探究を欠如した人間主義は人間中心主義へと陥ってしまいました。
そしてその獲得の所為かが「所与の前提」となってしまったとき、丸山眞男は激怒った次第です。

同論文の中盤での小見出しに「理想状態の神聖化」という表題がつけられておりますが、あらゆるあり方、関係性において「理想状態」なるものを「である」ものとして「神聖化」(宗教史の言語でいえば“国教化”という事態ですが)すると同時に、理想は腐敗臭を放ってしまうのかもしれません。

……ということで、オルテガ論は後回し?……といいますか後日にとっておき、KIRIN「秋味」と「双璧」をなすSUNTORY「秋生」をやってみましたが……

やはり「秋味」のほうが旨かったです。

もちろんこれは、ビールVS発泡酒というカテゴリーが違うという超克しがたい壁があるわけですが、いずれにしましてもやはりビールは酒の王者です。

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わがためにくる秋にしもあらなくに 虫の音きけばまづぞ悲しき

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わがためにくる秋にしもあらなくに 虫の音(ね)きけばまづぞ悲しき
    --「巻第四 秋歌上 186」、佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫、1981年。

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昨日より市井のどうしようもない仕事が開始しました。
マネジャーであるにもかかわらず、例の如く数時間のレジ打ちに投入されましたが、かえってといいますか、ぎゃくにといいますか、新鮮であり、潤いがあり、楽しく?レジ打ちさせて頂いた宇治家参去です。

もちろん、レジ打ちが主たる業務ではありませんですので、そこで裂かれた時間分はあとへと繰り越しといいますか、残業といいますか……市民社会の営利企業の常でございます。

さて……
数日来、通観していたのが、秋の訪れ。

東京では日中はまだまだ30度オーヴァーな夏日が続いておりますが、夕刻を過ぎると、風に秋の音を感じ、木霊する虫ゝの囃子が季節の移り変わりを反映しているようでして……、職場に到着しますと、7月第1週に発注をかけていた秋の風物詩KIRIN「秋味」がプロモーションコーナーにて展示販売がばっちりと完成したことに驚くばかりです。

この手の小売業は、季節感に敏感にならないと商売にならない……とてもとても大学で「倫理学」を講じている人間の発言ではありませんがご容赦を! しかしそれが愛されるキャラなのでしょうか?……というわけですので、てきぱきとその風物詩が演出されていたことに、宇治家参去が不在中にがんばってくださったスタッフの皆さんに感謝です。

……ということで、「秋味」(麦芽が1.3倍増・当社比)を早速ゲットしてきました。

きがつくと、カートンといいますか6缶パックが空になってしまった次第で、

「何をやっているのだろうか」

……などと自問しつつ、書物を読んでおりましたが、やはりこうした季節の変わり目には「古今集」だろうということでひもときつつ堪能です。

むかしは、「古今集」よりも「新古今集」の方が、はっきりいえば好きでした。

しかし、この2-3年、「古今集」の方が染みこむわけでして、読めば読むほど酒も進むというわけで重宝しております。

「万葉集」ほどストレートではありませんが、「新古今」よりも華美でなく、その中庸さに惹かれているのかもしれません。

ともあれ、「秋味」は季語にしてよいかと思うほど、「風物詩」として旨い一品です。

出勤時に耳にした蝉たちは、ほとんど日暮蝉になっておりました。
ふとたもとをみやると大樹ではなく、コスモスの枝で、か細く鳴きしきる蝉が一つ。

空はまだまだ炎夏をがんばっておりますが、秋の足音が身近な世界ではおおきく足を踏み始めたようです。

雅号は本名からもじった「参去」ですが、今秋はなにか詩を詠いたくなったひとときです。

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理想が製造されるこの工場は--真赤な嘘の悪臭で鼻がつまりそうに思われます

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  --地上においてどんな風にして理想が製造されるかという秘密を、少しばかり見下ろしたいと思う者が誰かあるか。その有機をもっている者が誰かあろうか…… よろしい! ここからはその暗い工場の内がよく見える。わが物好きの冒険者君よ、暫く待ちたまえ。貴君の眼は、まずこのまやかしのちらちらする光に慣れなければならない…… そうか! ではよろしい! さあ、話してみたまえ! 下では何が起こりつつあるか。最も危ない物好き屋君よ、貴君の眼に映る事柄を話してみたまえ--今度は私が聴き役だ。--

 --「何も見えません。それだけによく聞こえます。用心深い、陰険な、低い囁きと呟きがあらゆる隅々から聞こえてきます。私にはごまかしを言っているように思われます。どの声もすべて猫撫声です。弱きを嘘でごまかして手柄に変えようというのです--確かにそうに違いありません--全くあなたのおっしゃったとおりです。」
 --それから!
 --「そして返報をしない無力さは『善さ』に変えられ、憶病な卑劣さは『謙虚』に変えられ、憎む相手に対する服従は『恭順』(詳しく言えば、この服従の命令者だと奴らが言っている者に対する恭順、--奴らはこれを神と呼んでいます)に変えられます。弱者の事勿れ主義、弱者が十分にもっている憶病さそのもの、戸口に立って是が非でも待たなければならないこと、それがここでは『忍耐』という立派な名前になります。そしてこれがどうやら徳そのものをさえ意味しているようです。『復讐することができない』が『復讐をしたくない』の意味になり、恐らくは寛恕をさえも意味するのです(『かれらはその為すところを知らざればなり--かれらの為すところを知るのはただわれわれのみ!』)。その上、『敵への愛』を説き--そしてそれらを説きながら汗だくになっています。」
 --それから!
    --ニーチェ(木場深定訳)『道徳の系譜』岩波文庫、1964年。

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今朝は早く起きることが珍しくできましたので、朝からスクーリング試験の採点をそうそうに済ませ、昼からレポートを添削しているともうこの時間となり、こ1時間もすれば、地獄の釜がぐつぐつと煮たって眼鏡が曇ってしまう市井の職場の再開です。

ちなみに昨夜はタイのシンハビール(Boon Rawd Brewery Co., Ltd.)をやりましたが、さっぱりしていて暑い夏はぴったりです。もう1本かっておくべきでした……。

さて……
今回、学生さんの経験そのものを学の立場から言説化させるという作業をやったり、筆記してもらいましたので、それを聞いたり、読んだりするなかで、くどい話ですが、自分自身もまた頑張ろうと思ったわけですが、理想や理念といったものは、決して人間世界に存在しないものでもなく、泥沼の奥地に埋没してしまったものでもなく、同時に、世界へ還ってこない遠い遠い星空の中の世界にだけあるものでもないんだよな……そのへんを深く確認できたように思います。

基本的に、人間は理想とか理念的なるものが、いきている現在からちょいと離れているお陰で、「現実」を照射させることが可能になります。

そのことによって、たゆみのない歩みがはじまるわけですが、どこまでいってもその理想とか理念的なるもが、プラトニックに“届かない”叡智界にだけ存在するものでしかなかったとすればそれはそれで現実に対する機能としてはあまり意味のないものになってしまうのかもしれません。

思想史を振り返ると、プラトン主義的な二元論のアプローチが基本的には興隆をきわめ、その通底を流れていたフシがあります。

その反省からなのでしょうか。
現代においては、どちらかといえば、「理想とか理念的なものなんてないのサ」と嘯く風潮が顕著で、もちろん、プラトン主義的なアプローチに問題があったとしても、理想とか理念的なるものは、人間にはまったく必要ないのかといえばそうでもないのでしょう。

反省の契機を欠いた人間はまさに、スペインの思想家・オルテガ(José Ortega y Gasset,1883-1955)が指摘する「慢心しきったお坊ちゃん」であり、積み重ねてきた人間の「矜持」というものを自ら脱ぎ去る行為でしかないのかもしれません。

いずれにしても、現実的なるものと理想・理念的なるものは相即的な有機的な関係であり、そのダイナミズムのなかにこそ現実を変革し、一歩歩みを不断にすすみゆくヒントが内在されているのではないだろうか……そのように思われて他なりません。

日中は家にいたので、ときどきニュースをみたり、ネットでの配信記事を時折ながめながら、世界を観じていると、そこから垂れ流されてくる理想とか理念的なるものが、どうしても山師的なそれであると同時に、現実不可能なマヤカシのザレゴトにしか聞こえず、いったい真面目に仕事をしているのはだれなのだろうか……ふと足を抱え込む次第です。

とわいえ、足を抱え込んでもはじまりません。
自分自身の仕事や生活のなかで、人と向かいあい、言葉をかわすなかで、しかもそれがあとになって気が付くような……地殻変動を無名戦士として起こしていきたいものです。

スローガンが前に立ち、職業革命家やデマゴギーに煽動された急進主義的アプローチは結局の所、まったく人間のためという結果を生んだことがありません。

「シカタガナイ」と諦めることなく、できるところから手をつけてゆく日々でありたいものです。

何しろ「工場」で製造された「理想」ほど「理想」と遠くかけはなれたものはありませんから。

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最終講義とは、未来へ“開く”こと

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すべてがおわり帰宅しました。

全力投球できました。

4日間、真剣に『倫理学』を講じてくることが出来ました。
最後のひとこまのしめくくりは感動的でした。
受講された学生の皆様のおかげです。

そして哲学でもなく、神学でもなく宗教学でもなく、倫理学についてお話ができたことに感謝で一杯です。本来こうした大文字の学問は熟練の大家がやるべきで、シャイでナイーヴなチキンボーイがやるべき科目ではありません。

ただしかし最終日まで振り返ってみると全力投球できたことは否定できませんし、ほかの学問・科目に対して失礼ではありますが、倫理学をやっていて、そして授業でかかわることできたことはよかったと、幸福であると思わざるを得ません。

こちらのほうが涙が込み上げてきた次第です。

夢の舞台がおわった感慨です。

夢の教室から現実の教室への扉が開かれました!

雄々しく自分らしく健闘して参りましょう、時には休息をいれつつ!!!

……ということで、今週は睡眠時間がほとんどなく、本日もマイクを握りながら手がつってしまうという状況でしたので、今日だけは休ませてくださいまし。

明日からがんばります。

とりいそぎ終了報告まで。

ほんとうにありがとうございました。

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Vodka Martini. Shaken, not stirred

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 形相を有となし形成を善となす泰西文化の絢爛たる発展には、尚ぶべきもの、学ぶべきものの許多なるはいうまでもないが、幾千年来我らの祖先を孕み来った東洋文化の根柢には、形なきものの形を見、声なきものの声を聞くといったようなものが潜んでいるのではなかろうか。我々は心の此の如きものを求めてやまない。私はかかる要求に哲学的根拠を与えて見たいと思うのである。
    西田幾多郎「働くものから見るものへ」、上田閑照編『西田幾多郎哲学論集I 場所・私と汝 他六篇』岩波文庫、1987年。

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無事、夏期スクーリング3日目を終えた宇治家参去です。

まだ終わっておりませんが昨年と較べるとハードです。
昨年は三度飲みに逝きました……。
うち記憶という人間の一機関を喪失したのは全くありませんでした。

ことしもすでに三度飲みに逝きました……。
ことしはすべての記憶という人間の一機関を全て喪失したようです。

こうした場合、反省という内省としての正座の時間がながくなるので……それはそれで大事なのかも知れません。

そして、参加してくださる方が“喜んで”下さるのであれば、宇治家参去自身の味ということなのでしょうか……ご寛恕頂きたいところですが、いくらご同道頂いた方に“喜んで”頂いたとしても、どうして反省という内省として正座の時間がながくなってしまいます。

それとおなじことが一回一回の授業をしても、おなじように「これでよかったのか?」「あれはどうだったのだろうか?」……生来がナイーヴでシャイなチキン野郎ですのでいつも反省することばかりです。

夏期スクーリングは4日ほどかけて行われるわけで、それを組み立てる……いわば、哲学者・西田幾多郎(1870-1945)が言うが如く「形なきものの形を見、声なきものの声を聞く」仕込の作業に関しては毎度毎度更新をして「更に善いものを!」と取り組んでおりますが、やはり実際に授業として展開してしまうと、「これでよかったのか?」「あれはどうだったのだろうか?」などと反省することばかりで、連日忸怩たる宇治家参去です。

ともあれ、倫理学そのものが不可避的に「形なきもの」であり「声なきもの」であり、学問としてはそれに「形を与え」そして「声を聞く」学問ですから、どうしてもその違和感が当事者としても残るものですが、こうしたズレが必然的に伴送するものですから、逆に言えば、「これでOK!」っとして「開き直る」「居直る」ことができない学問というわけで、必然的にナイーヴにならざるをえないのですが、考え方を変えてみれば毎度毎度反省の契機を与えてくれるというのは、ありがたい学問なのかもしれません。

さて……。
周知の通り、夏のスクーリングは、全国から学生さんたちが集うわけで、ここでも不可避的にかつて自分と一緒に学んだ学生さんたちと遭遇します。

今回も数十人の受講生さんと出会いました。

お昼は昨年受講された愛知県のTさんと一緒にさせて頂き、「秋期スクーリング予約します!」とバンコックのI氏とも御一緒に頂き、感涙の至りです。

ほんとうにちんけな?授業なのに

「ファン?です」
「もう一度受けたいです」
「先生に会いたかったんです」

……そういう言葉が多く、

「おおっ!」

……って思いました。
独り言ですが、……皆さんスルーして下さい!……これがいわゆる“手前味噌”の境地です!……で、自分自身はわるい従業をしているのではなく、授業をがおわったあとに“砂金”を残せる教師だったんだ!などとちと……正直いえば、……嬉しかった次第です。

が!!!!!
……いずれにしましてもここに安住してはならないのでしょう。
皆様ありがとうございました。

そしてライヴ?で今回受講されている皆様方!
明日の一コマで授業はおわりますが、最後まで頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします。

……ということで?
授業終了後、夕刻より宇治家参去倫理学1期生……すなわち2年弱前に始めて通信教育部で教鞭をとった最初の授業の受講者さん……から、まえまえまら「飲みにいきましょう!」……って誘われておりましたので、チト軽く!逝ってきました。

本学『倫理学』は2年次以上の履修可能科目になるわけですので、ちょうど彼が2年生の初夏にはじめて地方の教室で出会い、熱い二日間を過ごさせて頂いた訳ですが、昨年は都合上一度も呑むことが出来ず、その弔い合戦?とばかり、本日は闘わせて頂いた次第です。

今回は、本格派の英国パブにて乾杯してきました!
彼は飲めないのですが、こちらがハンパ無く良い酒を呑むことを誰よりも?知っておりますので、「先生の喜びそうなお店を予約してきました!」

……ということで
3時間余りの濃密な夜の倫理学の授業ができた!次第です。

ありがたいものです。

大変な状況の中、4年間の必死の奮闘で、来る3月に卒業が見えた!とのこと。
教職も取得し、来年度の採用試験に挑戦するとのことで、あつく握手を交わした次第です。

人間、あきらめなければなんとなかなる……そのことだけは本当かもしれません。
しかしあきらめないということは、「努力」が必要です。
しかし、努力をするということは、文豪・ゲーテ(1749-1832)が「人間は努力する限り迷うもの」と語っているとおり、かならず「迷い」「悩み」が出てくるものです。

しかしそれにまけずに挑戦するなかで、自分自身の使命が見えてくるのかも知れません。

かえってこちらがはげまされたようで……。

ちなみに、本格英国ビールを2L弱、ウィスキー・ロック・ダブルを3倍、カクテル1杯……ですが、ウィスキー関係は不思議なことに全く酔いません。

カクテルはいうまでもなくマティーニですが、

ここはいっちょ、敬愛する007のジェームズ・ボンドばりに

「Vodka Martini. Shaken, not stirred.」

……と注文させて頂いた次第です。

久し振りにやりましたが、旨かった!

ともあれ、現状に甘んじることなくたえずレコンキスタしていく精神で、さらなる学問道を追求していかなければならぬ!そのことを自覚したひとときでした。

明日は最後の一コマです!
みんな“泣かせてやる?”……の勢いで最高の授業を組み立てて参る所存です。

……ということで、あれだけ飲んだのですがまったく酔っておりませんので、これから日本酒をちょいとやって寝ますワ。

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「媚態」と「意気地」と「諦め」

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……「いき」の構造は「媚態」と「意気地」と「諦め」との三契機を示している。そうした第一の「媚態」はその基調を構成し、第二の「意気地」と第三の「諦め」の二つはその民族的、歴史的色彩を規定している。
    --九鬼周造『「いき」の構造 他二篇』岩波文庫、1979年。

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いきな人間になりたいのですが、なかなかなれないようで「意気地のなさ」と「諦め」の境地においては追随を許さない!と自負している宇治家参去です。

木曜日から担当する「倫理学」のスクーリングが無事始まりました。
初日は午前授業のみでしたが、夕刻?から憂国の志士と飲んでしまい、帰宅するとどうやら1時過ぎのようで、ほとんど寝ることが出来ず、本日はほとんどげふげふでしたが……、手前味噌で恐縮ですが、まあ、良い授業ができたのでは?

……と思うある日の宇治家参去です。

ナイーヴな繊細な?授業ですが、倫理「学」を丁寧にお話しながら、学生さんたちとやりとりをかわしながら、お互いに学びの夏という状況です。

あと二日間ありますので、受講されている方はどうぞよろしくおねがいします。

ちなみ昨年は冷夏で過ごしやすかったのですが、本年は炎夏のようにて、スライムのように溶け出してしまいそうです。

とりあえず?
初日は好例の?三揃えで講義してきましたが、いやはや暑かったです。
このスタイルを通していきたいですが、通していけるうちは、まだまだ「若い」のかもしれません?

……ということで、本日はヘロヘロなり!ですんので、はやめに沈没します。
おやすみなさい、お月様。

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Men who fight by night and day

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Fighting soldiers from the sky
Fearless men who jump and die
Men who mean just what they say
The brave men of the Green Beret

Silver wings upon their chest
These are men, America's best
One hundred men we'll test today
But only three win the Green Beret

Trained to live, off nature's land
Trained in combat, hand to hand
Men who fight by night and day
Courage deep from the Green Beret

Silver wings upon their chest
These are men, America's best
One hundred men we'll test today
But only three win the Green Beret

Delta Force and CIA
Marines and SOCOM clear the way
Covert missions now in play
Special OPS like the Green Beret

Silver wings upon their chest
These are men, America's best
One hundred men we'll test today
But only three win the Green Beret

While back at home a young wife waits
Her Green Beret has met his fate
He has died for those oppressed
Leaving her this last request

Put silver wings on my son's chest
Make him one of America's best
He'll be a man they'll test one day
So have him win the Green Beret
Have him win the Green Beret

Silver wings upon their chest
These are men, America's best
One hundred men we'll test today
But only three win the Green Beret

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http://www.youtube.com/watch?v=BnvG52osDm4&hl=ja

どうも!
平和を説く流しの素浪人?宇治家参去です。

平和であってほしいわけで、戦争をなんとかしたいのですが、DNAの問題なのでしょうか……軍歌の類を聴くと、「がんばろー」!ってことで、魂を鼓舞する宇治家参去です。

……ですから、へんな話ですが、形式主義的極左でも極右でもないんです。しかしメガホンから聞こえてくる、街宣車から聞こえてくる、そして、遊説から聞こえてくるそれは、そうした感情を無視したイデオロギーありきで、人間不在なところに辟易とはするわけですが、感情と向かい合いつつ、世界と向かいあいつつ、自己自身の立ち位置を確認しない限りは、そして未来を創造できないかぎりは、とおりいっぺんとうな外野の怒声にしかならないわけですよネ!

……ということはレコンキスタ=現状改革には一切通じない文言ありきで、そこになにかをうがってやろうと挑戦する宇治家参去です。

今日は“BALLAD OF THE GREEN BERETS”を口ずさみつつ……。

……ということで?一昨日、痛飲したのですが、昨日は細君とのアポイントがありました。

「扇大橋で会いましょう+?」

……なんじゃそりゃぁぁとは思ったのですが、その界隈に用事があるので

「まあ、ついてこいやア」

……ってことで朝から言ってきました。

旧知への訪問なのですが、道を間違えたり、なにをしたりと……、ネットの地図検索では駅から5分のはずが、1時間の放浪にて、すっかり絞られた次第です。

で……。

はじめて!「舎人ライナー」なるシロモノに乗って参りました!
旧知が足立区の方で西日暮里から同列車にのったわけですが、ある意味で大感動してしまい、二日酔いで?「もう今日は許して!」と嘆く幣職のしりをたたいてくださった細君に感謝です。

用は基本的に無人列車なんです。

モノレール形式(でいいのでしょうか?)で列車は無人運行で……

これぞ手塚治虫的未来都市だ!

……などと子供のように騒いだ次第です。

しかし、足立区を1時間放浪しましたが東京もマア広いものだよな!

……そのことは汗をかきつつ実感しました。

学生時代から都心部に十数年済んでいたのでそれが基本的なカテゴリーになっております。
そんで子供が生まれてから都下に引き、それがいまの現実認識になっているのですが、足立区への訪問は、学生時代以来のことであり……ちょうど大学時代の友人が事故で怪我してそのお見舞い……その時代とうってかわった現代の「舎人ライナー」に驚いた次第です。

当時……10年以上前……は「舎人ライナー」などなく、私鉄で向かって、駅から1時間ちかくかけて炎夏のなか、訪問先を目指して歩いたのが良い思い出ですが、今回はまさに「舎人ライナー」のお陰にて、比較的に直結的に訪問できました。

まあ、お宅を訪問するまで道に迷ったので、結局1時間以上、荒川沿いを経めぐり廻りましたが……。

で……。
かつて自前の思考ができる稀有の市井の哲学者・小阪修平(1947-2007)がなにかの雑誌エッセーで言っていたことを思い出した次第です。
※出典出せずすいません、趣意で。

要は未来像の変化をそこでは語っていたと思います。
つまり、1990年代以前の未来像は「バラ色」の「鉄腕アトム」が闊歩するようなバラ色の未来です。しかし現実には「ブレードランナー」に代表されるようなぐちゃぐちゃしところがそれで、みな清潔なバラ色の未来像を描けなくなってきた……それが実感でしょう。
そんなことを書いていた記憶があります。

まさに現実にはぐっちゃぐっゃなんですが、「舎人ライナー」にのるなかで、その陥穽を穿つひとつの光明を見た次第です。

バラ色の未来も必要ない。
ぐっちゃぐっちゃの未来も必要ない。

だけれども、きちんとやっていければ、そのひとなりの未来ができるのでは……?

「舎人ライナー」は運転手不在の列車で、そのバラ色を代表する「鉄腕アトム」的未来像です。

各停の駅には駅員不在の、まさに「機械的」未来像でありました。

……が、昨夜痛飲して所為なのですが、スイカを洗濯機と一緒にまわした所為で?、その駅でチャージしようとすると、券売機にいれるとのみこまれて帰ってこず、「使用中止」にて、インターホンで駅員さんに連絡したわけですが、無人駅ですが、10分程度で駅員さんが常駐駅よりかけつてきてくれ、難をしのいだわけですが、ある意味で人間とテクノロジーの幸福な邂逅を見させて頂きました。

……ということで、かな~り遅い昼さがり「舎人ライナー」を降りてから、JRに乗り換えるタイミングで、西日暮里駅周辺にて「ランチしましょうか!」

……ってことで、メディアの特集系で有名な回転寿司や「回転寿司 玄海寿司」を発見しましたもので、吸い込まれてしまった次第です。

http://genkai-sushi.jp/

3-4枚程度しか所望できませんでしたが、ダイレクトヒット!にて……ちょいと楽しませてくれました。

「玉子」ばかり食べる息子殿から「きょうは“すうぱあどらい”なんだ」と揶揄?されましたが美味でした。

二日酔いには炎天下を放浪するのが気力回復だとはおもったわけですが、やっぱり飲んでいるある日の宇治家参去でした!

つうことで? 数時間後の授業頑張ります!!

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自ら称す 臣は是れ酒中の仙

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 飲中八仙歌   杜甫

知章騎馬似乗船
眼花落井水底眠
汝陽三斗始朝天
道逢麹車口流涎
恨不移封向酒泉
左相日興費萬銭
飲如長鯨吸百川
銜杯楽聖称避賢
宗之瀟灑美少年
挙觴白眼望青天
皎如玉樹臨風前
蘇晋長斎繍仏前
酔中往往愛逃禅
李白一斗詩百篇
長安市上酒家眠
天子呼来不上船
自称臣是酒中仙
張旭三杯草聖伝
脱帽露頂王公前
揮毫落紙如雲煙
焦遂五斗方卓然
高談雄弁驚四筵

知章が馬に騎るは船に乗るに似たり
眼花み井に落ちて水底に眠る
汝陽は三斗にして始めて天に朝す
道に麹車に逢えば口に涎を流し
恨むらくは封を移して酒泉に向わざりしを
左相の日興 万銭を費す
飲むこと長鯨の百川を吸うが如く
杯を銜み聖を楽しみ賢を避くと称す
宗之は瀟灑たる美少年
觴を挙げ白眼にして青天を望めば
皎として玉樹の風前に臨むが如し
蘇晋は長斎す 繍仏の前
酔中往往逃禅を愛す
李白は一斗 詩百篇
長安市上 酒家に眠る
天子呼び来れども船に上らず
自ら称す 臣は是れ酒中の仙と
張旭は三杯 草聖伝わる
帽を脱ぎ頂を露わす 王公の前
毫を揮い紙に落せば雲煙の如し
焦遂は五斗 方めて卓然
高談雄弁 四筵を驚かす
    --前野直彬注解『唐詩選(上)』岩波文庫、1961年。

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詩聖・杜甫(712-770)の「飲中八仙歌」をひもといております。杜甫が八仙に因んで当代の名だたる酒客を選んで創った詩作なのですが、どの御仁もハンパのない飲みっぷりのようで、この領域まではさすがにいけない……などと思う宇治家参去です。

昨日は、夕刻より、13名の勇士が集い、「飲中八仙」の如く怪飲させて頂いた次第です。

記憶がないのですが、最後は「壊れた」古時計?のようになっていたとかで……非常に恐縮です。

ただ、全国から集われた「志」を同じくするひとびとと飲み始めますと、もうその“雰囲気”にまで“酔ってしまう”というやつですから仕方ありません。

また、どうぞよろしくおねがいします。

しかし……歌のなかで紹介されている詩聖の李白(701-762)は、「李白は一斗 詩百篇  長安市上 酒家に眠る  天子呼び来れども船に上らず  自ら称す 臣は是れ酒中の仙」(一斗の酒を飲めば百篇の詩が生まれ出てくる。酒場で眠り、天子の召し出しがあっても「自分は酒飲み仙人」だと歌う)という領域まではまだ来ていない?はずですので、懲りずにどうぞよろしくおねがいします。

ただ、あの特別に仕立てて頂いた自家製掬い豆腐……その日は創る予定がなかったのですが……の味わいだけはどこかに残っております。

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固く閉ざせし目を 裏み    夜の蓮華を裏むが如く

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    一五七

日傾きて 鳥も啼かず
  風も疲れて そよ吹かず
今 深く この身を裏(つつ)みませ
  いと暗く厚き黒闇(やみ)に--
    夢を授け 密かに 静けく
    大地を裏むが如く
  固く閉ざせし目を 裏み
    夜の蓮華(はすち)を裏むが如く

旅の糧 旅路なかばに 尽きはてて
  損害(そこなひ)うたた勝(まさ)りつつ
装(よそほ)ひ 塵に塗(まみ)れ 侮られつつ
  力 乏しくなり行く--
    この旅人の労(いたつき)を 裏みませ
    哀れみ深く 抱きかかへ
  恥を摧(くだ)き 朝日影出づるまで
    旅人を黒闇の甘露に憩(いこ)はせませ
    --タゴール(渡辺照宏訳)『タゴール詩集 ギーターンジャリ』岩波文庫、1977年。

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ひとつがようやく終わりました……が、ひとつがまだおわっておりません。

前者は市井の職場の夏休みがいよいよ今日から!ということで、ひとつの区切りがつきました。次の出勤は来週の月曜日からです。
後者は、市井の職場の夏休みの間に「入れている」学問の「仕事」のほうです。

宇治家参去の存在についての自己認識、すなわちレゾン・デートル(raison d'être)については後者が本業ということになりますので、副業を休んで?本業をやるわけなのですが、その仕込作業……といいますか、最終手直しがまだ完了しておらず、月曜も朝からずぅぅっとやってはいたのでが、なかなかはかどらず、昼前に銚子……もとい、調子が悪くなりちょいと横になってから、市井の職場へ出勤するぎりぎりまでやっていたのですが、出勤前に、ほぼ一〇日後〆切のレポートの束が宅急便で到着するなど……休みが休みでない状況です。

で……、
本業?たる学問の仕事、夏の集中講義として、宇治家参去が担当するスクーリング講義は木曜日からですので、あと二日ありますから、パワーポイントの細部の手直しは点検できそうですから間に合いそうです。主軸の差し替えは済んでいるので細部の手直しだけなのですが、逆にこちらのほうが神経を使うという状況で、主軸の差し替えの方がある意味では楽だった……などと実感しております。

いずれにしましても、最高の授業を作り込んで参りますので、教室でご対面?されるかたはどうぞよろしくおねがいします。
希望者がいらっしゃれば、課外授業?も組み立て可能?ですので、どうぞよろしくおねがいします。

で……もうひとつのレポートですが……
昨年は、スクーリング講義を挟んで実質〆切直前まで手を入れなかったため、講義終了後、きつい数日をおくった思い出がありますので、「経験から学ぶ」をモットーとしている宇治家参去としては“同じ轍を二度と踏んではいけない”ので先ほどまでちょいと手を入れ、講義後なんかに数通ずつ朱を入れていけばなんとかなりそうな暁が見え隠れしておりますので、こちらもなんとかこないしていこうと思います。

とわいえ勝負は起きてからの本日にかかっていそうです。
スクーリング講義の前日は、細君が日暮里・舎人ライナーに乗りたいので一日あけておくように!……あんたいつから電車マニアになったんだよ?……との有難いお達を頂戴しておりますので、本日は早めに沈没して起きてから勝負を期して参りたいものです。

……ということで寝る前にいっぺやっているところですが、ちょこちょこ読んでいた市井……もとい、詩聖タゴール(Sir Rabindranath Tagore,1861-1941)の詩集を肴にやっていたのですが、ようやく完読です。

アジア人として初めてノーベル文学賞(1913)を受賞した詩人になりますが、言葉を超越した豊穣なインドそのものが、卓越した詩聖によって、言葉に転換されたような壮大な詩心に圧倒されるばかりです。

まさに「朝日影出づるまで 旅人を黒闇の甘露に憩はせませ」でございます。
今日は早めにオネンネして起きてからがんばりますです。

おやすみなさい、お月様。

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花“小平”

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 八 人間よ、若し汝が自然のこの秩序のうちに真理を探究するならば、汝はその真理が必要に応じて汝の立場に対しても汝の行路に対しても役立つことを見附けるであらう。
 九 真理が汝にとつて安らぎと平和都に必要なものであるやうに、人間よ、それがまた汝にとつて汝の最も手近な幸福において確かな導きの星であり、且つまたそれが汝の生命の休らふ支へであるやうに、それは汝にとつて浄福である。
    --ペスタロッチー(長田新訳)『隠者の憂鬱 シュタンツだより』岩波文庫、1943年。

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日曜の昼過ぎに細君及び息子殿が帰京されるとのことで、帰宅前にちょいと野暮用?をすませるべく、電車の乗り継ぎをまっていたのですが、到着するまで数分あり、今週の半ばからは自分の担当するスクーリング授業の『倫理学』も開講予定ですので、民衆教育の父と称されるペスタロッチー(Johann Heinrich Pestalozzi,1746-1827)を再読していたある日の宇治家参去です。

電車が駅に到着するまでまだ数分あり、今日も暑いなあ……と名匠・小津安二郎(1903-1963)の映画に出てくる笠智衆(1904-1993)ばりに、「今日もあつうなるで」……と独り言が出そうになる矢先!

宇治家参去の後ろで同じく電車をまっていた母子の会話にすいこまれた次第です。

ちょうど駅は、西武新宿線・花小金井駅でしたのですが……

「ねぇねぇ、どうしてここは花“小金井”なの?」
「うん! 小金井市じゃないのに、花“小金井”でしょ?」
「小平市なんだから、本当は花“小平”じゃないの?」

ふたりの……小学生低学年のお子さんでしょうか……質問に責め立てられたお母さんが立派でした。

「だったら、夏休みの自由研究とかで、調べてみたら? どうしてここが花“小金井”なのかを! お母さんも手伝ってみるよ」

……とのことだそうで……どうやら電車が到着したようです。

「どうして?」……っていう驚きから始まるのが探究に他なりません。
その探究の手助けすることしかできないのが、学問なのですから、ちょいと今週はがんばってみますです。

……などと思いながら、空を見上げると、まぢであちいのあちいのですが、なんとなく一足お先に空は秋の気配を感じさせつつ……、夏と秋が今まさに喧嘩しているんだろうな~などと思ったわけです。

ともあれ、探究の手助けがどこまでできるのか……ひとつ考えさせられた一瞬でありましたが、本日も例の如く、金がないので月桂冠で一杯です。

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わが酒を われひとり酌むに 誰かわれを阻まん かくてわれ独自の思いにふける

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夏の夜
詩人

 日は沈みぬ
 されど西空はなおもかがやけり
 われは知りたり この金色の輝きの
 いかに長く続くかを
    --ゲーテ(小牧健夫訳)「酌人の巻」、『西東詩集』岩波文庫、1962年。

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今日もあっちくてあっちくて……仕事があるのであっちくても仕事へいかなくてはならず、帰ってきたら鯨飲してやろうと、軽度の二日酔いにもかかわらず、そのことをハナから決めていたのですが、問題は肴を何にするかというところです。

夕刻、市井の職場の屋上に上って、西空を見上げると、陽の沈んだあとの余韻がひびいており、バックミュージックは、日暮蝉の大合唱ですが、それがかえって「日の名残」の余韻を惜しむようで……この光景とBGMだけでも何杯もいけるなア~、冷房はないんだけれども外で楽しむことの出来るビヤガーデンにいきたいな~、と感慨に耽っておりました。

……って惚けていると、現実に強烈に引き戻す内線電話にて、妄想タイムが終了し、痛風を我慢しつつ、お仕事お仕事の一日でした。

起きたときはちょいとグロッキーでしたが、仕事で体を動かし、頭をつかうなかで、その違和感が適度に中和され、これから「盃」のひとときです。

本日は強烈に豆腐が食べたくなり……昨日も「掬い豆腐」食べたんですが……、また無性に所望しましたので、豆腐で闘おう!ということで? 冷や奴ばかりでは芸がないので、今回はすき焼き風肉豆腐にて戦いの開始です。

24時過ぎに帰宅して、それから料理して、サア酒呑むか……っていう器用さに我ながら驚くばかりですが、あつあつの肉豆腐がかえって、ビールと絶妙で、夏の疲れを癒すというものです。

ただしかし、この時間からこういうのをやるからこそ、持病が治らないのかもしれません。

しかし、このひとときが大切な時間なので、当分はがんばってしまいそうです。

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 ひとり坐りてあるに
 ここにまさるところあらんや
 わが酒を
 われひとり酌むに
 誰かわれを阻まん
 かくてわれ独自の思いにふける
    --ゲーテ、前掲書。

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ゲーテ全集〈2〉詩集―西東詩集 Book ゲーテ全集〈2〉詩集―西東詩集

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「人びとはただたんに他者の前で一個人なのではなく、何ものかをめぐって他者たちとともに個々人なのである。個人とは共犯者なのだ」!

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 世界内の社会性とは、意思疎通(communication)ないし合一(communion)である。諍いをすることは、互いの間に何も共通項がないことを証立てることである。触れ合いは、何か共通のもの、ある考えや利害、営みや休息、あるいは「第三者」への関与によって成立する。人びとはただたんに他者の前で一個人なのではなく、何ものかをめぐって他者たちとともに個々人なのである。個人とは共犯者なのだ。
    --レヴィナス(西谷修訳)『実存から実存者へ』講談社学術文庫、1996年。

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たしかに、人間は「一個人」の自覚を強烈にもっているのですが、「他者の前」に向かいあってしまうとただたんに「一個人」としての自分だけでなく、「他者たちとともに個々人」を自覚することがあり、そこに礼節とか情愛が醸造されていくのかも知れません。

……そんなことをぼんやりと考えながら、細君が木曜日から、いち早く帰省した息子殿を迎えにいくために、これまた帰省してしまい、「一人暮らし」の状態です。

無人島で一人暮らしするならば「礼節」も「他者」に対する様々な態度も不要だろうと思われますが、物理的には不在であったとしても、不在ではない人間関係が必然しておりますので、掃除をしたり、洗濯をしたりと種々やっておりますと、はやいものですでに夕方……。

さて……。
昨日は、八王子にて「莫逆」な「ひとびと」とのセッションがあり、少し早めに家を出て、18:30から『人間学』の勉強会をしてきました。

いやはやこの勉強会が楽しいものでして……。
自然科学から、経営の立場から、そして営利の最前線たる会社員のたちばから、種々議論でき、またお互いの理解を深めることができたのが何よりです。

ご参集いただきました皆様方ありがとうございました。
宇治家参去の人間理解もこれによって更に深まったことは間違いありません。

思った以上に飲んでなく?……時折チェイサーを入れていたのが正解でした!……、今回は無事に電車で帰還できましたが、帰ってからチト寝る前の一杯をやったのが宜しくなかったようです。

次回は、この最後の「チト寝る前の一杯」を避けられるように学習して参りたいものです。

ともあれ、突発の勉強会?にご参集頂きました皆様方、楽しいひとときをありがとうございました!

まさにレヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)が語るとおり「人びとはただたんに他者の前で一個人なのではなく、何ものかをめぐって他者たちとともに個々人なのである。個人とは共犯者なのだ」!

というところでしょうか。

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今回のヒットは、鮪とアボガドとチーズを湯葉で巻いた一品ですが、この濃厚かつ絶妙なハーモニーに驚かされた次第です。

いつも頼んでしまうのが、つくねですが、つくねもあなどりがたい一品です。
ふつうのみせよりも大ぶりで、濃いめのタレのかかった串に、卵黄をといてかけていただくとこれがめっぽうウマイんです。

しかし写真を見ておりますと結構飲んでおります。
※ただ随所で写真を撮っておりますので、酩酊はしていないというところでしょうか。

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自家製の豆腐はさわやかであり、夏バテ回復のチゲ鍋は熱かった!

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【覚え書】古在由重「思想の倫理」……その誠実、その勇気、その責任

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久し振りに哲学者・古在由重(1901-1990)の文献を紐解いていたのですが、よみながら、ふうむと重く唸らされてしまいましたので、〔覚え書〕としてひとつ紹介しておきます。

古在は、マルクス主義に立脚する思想家ですので、ローマ・カトリックよりのキリスト教思想を探究する宇治家参去とは、現実には「相容れない」部分も存在します。

ただ、そうした差異をひとつ乗り越える共通した「思想の“倫理”」というものが存在しないかぎり、思想が思想たりえないとの論には、ふうむと重く唸らされてしまうばかりで……。

まったく考える暇がなく恐縮ですが、ひとつどうぞ。

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  思想の倫理
 およそ思想というものは、盲目的な信仰や慣習とはちがって、一定の論理をそなえている。それはどんなときでも論証の力を欠くことはできない。これをぬきしては、もはや思想の名にあたいしないにちがいない。
 しかしながら、同時にまた思想がこのような論理性だけにはつきないことも、たしかである。それは、たんにそれぞれの学問のうえでの個々の理論、学説、主張とはちがって、ひとりの人間の全存在をつらぬく。それは、それをもつ人間のすべての態度、行動、人格の形成にあずからずにはおかない。それはただ書物や論文のなかにあるのでもなければ、またひとりの人間の頭のなかにとどまっているものでもない。それはいきものであり、それぞれの人間の全生活、全実践、全人格をつくりあげている。
 思想についてかたられるとき、問題となるのはそれの客観的な内容、それの是か非かだけではない。思想のありかた、思想のふるまいこそ、それにおとらず大切なのだ。2プラス2が4だということ。このことのただしさは、もちろん、それの客観的な内容だけで十分に保証されているだろう。けれども、ひとつの思想が問題となるときには、それのありかたこそ重大な関心をよぶ。
 たとえば、はたしてあるひとつの思想がなにか苛烈な条件(弾圧、戦争など)のもとでくじけなかったかどうか? ゆがめられずに、つらぬきとおされたかどうか? そのような異常な条件のもとで、それはどのようなありかたをしたか、どのようにふるまったか? これらの試練をとおして、はじめてその思想の性格と本質があからさまに眼のまえにてらしだされることがある。キリスト教者、自由主義者、社会民主主義者、共産主義者の思想の実体も、過去ならびに現在におけるこの歴史の実践をぬきにしてはあきらかにされない。
 したがって思想にむかっては、その明確な論理性だけではなしに、その誠実、その勇気、その責任が要求され、追求されなければならない。われわれが思想のいきた歴史をみるとき、もしこの不可欠な側面をみすごすならば、けっしてその実相はつかまれないだろう。一九三〇年代から四〇年代へかけてのあの苛烈な戦時下においても、この日本のいろいろな思想はさまざまな変形、ゆがみ、つまずきの歴史をたどった。その苦難な足跡はけっしてたんなる論理の過程ではなかった。その背景には階級的な力と力の格闘があり、精神の場面における抵抗があり、屈服があり、敗北があった。侵略戦争への思想の妥協は、しばしば論理のよそおいをつけておこなわれはしたけれども、それはむしろあとからかざりつけた一片の理屈にすぎない。それらをうごかしたのは、論理の力ではなく、かえって力の論理である。それぞれの個人についていえば、それらは動揺や失望や屈服の歴史にほかならなかった。
 思想のこのようなありかたを、かりにわたしは思想の「倫理」とよぼう。真にただしい思想は、その正確な論理性をふくむと同時に、あらゆる条件にたえぬく力づよい倫理性をもたなければならない。
    --古在由重「思想の倫理」、『思想とはなにか』岩波新書、1960年。

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……ということで、金曜は仕事が休みです。
基本的に学問の仕事も市井の仕事も、「対面」する「商売」ですので、臭いのキツイ食物は仕事休みの前日にしか摂取できません。

よってひさしぶりに餃子をやいて、労をねぎらいます。
ただ自分でいうのも何ですが、宇治家参去の焼いた餃子は旨いです。

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「知人ハ、起ヲ知リ、蛇ハ、自カラ蛇ヲ識ル」

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四四

孟子曰、於不可已而已者、無所不已、於所厚者薄、無所不薄也、其進鋭者其退速、

孟子曰く、已むべからざるに於て已むる者は、已めざる所なし。厚くす所者に於て薄くする〔者〕は、薄くせざる所なし。其の進むこと鋭(疾)き者は、其の退くことも速かなり。

孟子がいわれた。「〔道理上〕やめてはならぬ事を平気でやめてしまう者は、どんな重要な事でも成し遂げずやめてしまうものだ。十分に手厚くすべき事柄を平気で手を抜く者は、どんな事でもやはりまた手を抜いてしまうものだ。あまりに性急に進みすぎる者は、またさっさと気早く退くものだ(熱し易いものは、またさめやすい)。」
    --「巻第十三 尽心章句上」、小林勝人訳注『孟子(下)』岩波文庫、1972年。

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……天台云く、「雨ノ猛キヲ見テ、龍ノ大ナルヲ知リ、花ノ盛ナルヲ見テ、池ノ深キヲ知ル」等云云、妙楽云く、「知人ハ、起ヲ知リ、蛇ハ、自カラ蛇ヲ識ル」等云云。天晴れぬれば、地明らかなり。法華を識る者は世法を得可き歟。
    --「観心本尊抄」、兜木正亨校注『日蓮文集』岩波文庫、1968年。

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休みでしたので、ちと論文の入力を日がな一日やっていたのですが、その途中に、人名漢字の「読み方」をネットなんかでしらべていたところがまずかったです。

細君がいきなり私室へ乱入してきたわけですが、入力画面ではなく、ネットの画面が開かれていた状況でしたので……

「遊んでいる!」

……ひとしきり説教を喰らった次第です。

すて言葉として……、
「貴方にはそれによって立つモットーとか、言葉とかないの?」

……と聞かれたので、上に引用したような孟子の言葉とかを紹介したのですが、却ってやぶ蛇だったようで……

①「於所厚者薄、無所不薄也」(十分に手厚くすべき事柄を平気で手を抜く者は、どんな事でもやはりまた手を抜いて)しまっている!

②「雨ノ猛キヲ見テ、龍ノ大ナルヲ知リ」わけですが、猛キ程雨ヲフラス龍のような状況で頑張っている様子でもないからこそ、「蛇ハ、自カラ蛇ヲ識」リナサイ!

……との厳しいオコトバを頂戴した次第です。

全く見当違いの詰問でもありませんので、ひとしき反省してから……、ちょいと仕事をしているといい時間でさすがにPCモニターに10数時間直面していると目が疲れてきましたので、適当にクローズさせていただきました。

で……注目したいのが、細君が「モットー」とか「依って立つべき言葉」として「何があるのか」と誰何した際なのですが……かえってやぶ蛇になった部分はひとまずおきますが……、注目したのは最後の言葉です。

「古典~現代西洋が専門で、東洋関係は片手間だったはずだよね?」
「はい、そうでござんす。一応、『大正蔵』(大正新脩大藏經)あたりの白文は読めますヨ」
「しかし、本職は西洋でしょ?」
「はい」
「でもモットー系は東洋(言語)なんだ!!」

……そこです。

慣れ親しんできた語感に起因するわけなのです。
どんだけ西洋の文献を原典で読んでも、なかなかモットー系の熟語として定着させるのは困難なんだよね……そのところです。
これは文化的価値の優位を競う問題ではありません。
逆にいうならば、同じように海のあちらがわに住んでいる人もその陥穽を免れることは不可能です。

ただ親しんでいる語感として、日本語の通俗表現を借りるならば、モットーには、「漢字」の「四字熟語」的なものとか、オールドスタイルの和文がしっくりとくるやつです。これが対岸でしたら、英羅の韻をふんだ章句がそれにあたるのでしょう。

本来は、西洋を主としたフィールドとする宇治家参去にとっては、もっとも西洋言語に由来する言葉をモットーとすべきで、聖書なんかの章句をそれに当てたいところなのですがなかなかそうなりません。

聖書の聖句でもいくつか当てるべき言葉もありますが、これも翻訳上の問題から、やはり文語訳のほうが「ありがたみ」があって、現代訳にはしっくりきません。

ですから翻訳の西洋文典であっても「○○だ」よりも「○○べし」とか「○○なり」って翻訳に親しみを何故か覚えてしまうものでして・・・。

そんなことを勘案すると、人間という生き物は、やはり歴史的に鍛えられた言葉……その歴史的鍛えられた経緯としてんの文化的優位の主張としてではなく、そんなことをやっちゃうと「裏返し」のオリエンタリズムになっちゃいますので……に愛着をいだいてしまうということなのでしょう。

……ということで、説教されたときには、ちょいと頭にきましたが、まあ、発想を広げる局面に火を付けて下さったという点には感謝です。

……ということで、コンビニかリカーショップでしか扱っていないSAPPOROの「ラガービール」をゲットしましたので、ちょいとこのガツンとさっぱりしたやつを頂戴してから、すこし本を読んでネンネします。

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「台風」とは「季節的ではあっても突発的な、従ってその弁証法的な性格とその猛烈さとにおいて世界に比類なき形」を取る

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 人間の存在は歴史的・風土的なる特殊構造を持っている。この特殊性は風土の有限性による風土的類型によって顕著に示される。もとよりこの風土は歴史的風土であるゆえに、風土の類型は、同時に歴史の類型である。自分はモンスーン地域における人間の存在の仕方を「モンスーン的」と名づけた。我々の国民もその特殊な存在の仕方においてはまさにモンスーン的である。すなわち受容的・忍従的である。
 しかし我々はこれのみによって我々の国民を規定することはできない。風土のみを抽象して考えても、広い大洋と豊かな日光とを受けて豊富に水を恵まれ旺盛に植物が繁茂するという点においてはなるほど我々の国土とインドとはきわめて相似ているが、しかしインドが北方は高山の屏風にさえぎられつつインド洋との間にきわめて規則的な季節風を持つのとは異なり、日本は蒙古シベリアの漠々たる大陸とそれよりもさらに一層漠々たる太平洋との間に介在して、きわめて変化に富む季節風にもまれているのである。大洋のただ中において吸い上げられた豊富な水を真正面から浴びせられるという点において共通であるとしても、その水は一方においては「台風」というごとき季節的ではあっても突発的な、従ってその弁証法的な性格とその猛烈さとにおいて世界に比類なき形を取り、他方においてはその積雪量において世界にまれな大雪の形を取る。かく大雨と大雪との二重の現象において日本はモンスーン域中最も特殊な風土を持つのである。それは熱帯的・寒帯的の二重性格と呼ぶことができる。温帯的なるものは総じてなにほどかの程度において両者を含むのではあるが、しかしかくまで顕著にこの二重性格を顕すものは、日本の風土を除いてどこにも見いだされえない。この二重性格はまず植物において明白に現われる。強い日光と豊富な湿気を条件とする熱帯的な草木が、ここでは旺盛に繁茂する。盛夏の風物は熱帯地方とほとんど変わらない。その代表的なるものが稲である。しかるにまた他方には寒気と少量の湿気とを条件とする寒帯的な草木も、同じく旺盛に繁茂する。麦がその代表者である。かくして大地は冬には麦と冬草に覆われ、夏には稲と夏草に覆われる。しかしかく交代し得ない樹木は、それ自身に二重性格を帯びて来る。熱帯的植物としての竹に雪の積もった姿は、しばしば日本の特殊の風物としてあげられるものであるが、雪を担うことに慣れた竹はおのずから熱帯的な竹と異なって、弾力的な、曲線を描き得る、日本の竹に化した。
    --和辻哲郎『風土 人間学的考察』岩波文庫、1979年。

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結局のところ、東京都下では、大雨という状況は到来せず、高湿度の到来という一日でした。

無事にそれてくださいましたので、日本を代表する倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)の人文地理書ないしは人間風土論とでもいえばいいでしょうか……、名作として知られる『風土 人間学的考察』にて、「台風」と「人間」の関係に関して、ちと復習するある日の宇治家参去です。

何度も読んでおり、何度も指摘しておりますが、和辻の文章はスラスラとしていながら軽薄さがなく、「魅せる」が如く「読ませて」くれます。

明治生まれの知識人のいわば幅の広さとある種の人間・世界理解の深さに唸らされてしまいます。

和辻は『風土』のなかで、人間と風土の関係を三つのパターンに類型化しており、そのひとつが、「モンスーン的性格」になりますが、これに該当するのは、これが広い意味でのアジア地域です。

アジアといっても広いわけですが、そのなかでも特筆すべき「珍しい」ひとつの特異な事例として日本の差異・独自性が論じられております。

ただその叙述には、その対象を礼賛せんとするなにか意志的なものを感じてしまい、宇治家参去の場合はどうしても頷けない部分も多々あります。

もちろん、この著作が表された時代、……すなわち、戦前昭和の時期ですが、この時期は、政治史的アプローチをとるならば、軍国主義的なものの見方が先鋭化してくる時期ですのでその影響だろうと見定めてしまうことは容易です。

しかし、それだけに起因するわけでもありません。

戦前昭和とはどのような時代でしょうか。

それは、明治以降の学問受容のあゆみがひとつの完成をみた時期です。
いわば、欧米から文物の導入に血眼になったその受容の歴史が、導入だけでなく、自前で論ずることができるようになった--それが戦前昭和という時代です。

ですからそのいわば「自信」といってよいかと思いますが、そうした「胸を張る」ような気概が随所に見受けられますし、そのひとつの表れととらえることができるだろうと思います。

西洋の先端の思想・哲学を「輸入」して「翻訳」する時代から、自前で「哲学」「思想」していく時代意識への転換のなせるわざでありますから、そのひとつの応答としての「自信」なのでしょう。

以前にも言及しましたが、例えば和辻なんかは、自信以上に「乗り越えた」自負なども見られます。『風土』の冒頭にて、その考察のきっかけとなった現代ドイツの大哲学者・ハイデッガー(Martin Heidegger,1889-1976)の思想から着想を得たとしているものの、どちらかといえば、そうした思想を発展し、展開させたという「自負」が散見されるほどです。

さて話がずれこみましたが、特異な事例に戻ります。

極端なものの見方かもしれませんが、特異な事例とは、そのひとつだけではないのが現実でしょう。

すべてを形成する個々の特異な事例には、高低浅深は本来ないなずなんです。
だからこそ「特異」であり、そのひとつひとつが、還元不可能な特異な事例に他なりません。であり、それに対する価値評価はどうしても恣意的に流れがちな事を勘案するならば、これこそ特異な「他に抜きん出た独自性」などとやられてしまうと、すこし違和感があるというのが正直なところです。

対他としての「特異」性が現象世界のすべてを構成するわけなのですが、ここで厄介なのが、その対他としての「特異」性が、対自としての「自信」「自負」以上になってしまう、そしてそこへ流れがちになってくるのが世の常なのですが、これがまさに実に厄介です。

こちらの「特異」が「偉いぞう」となってしまうと、真夏の蝉が鳴き始めるように、どれもこれも他に比べて「偉いぞう」となってしまいます。

そして、恣意的な根拠が不動の根拠となり、伝統がかたちづくられていってしまう……そのあたりが実に厄介なものですから、なるべくそれに近づかない、もしくは、一人で小声ぼそっとささやく程度に止めておくほうが利口かななどと思ってしまうわけですが……。
いずれにしましても、宇治家参去の場合、ナショナル・アイデンティティと関連したレースにはあまり近づかないようには努めており(もちろん、元来スポーツ観戦等には全く興味がないということにも起因しますが)、そのなかで、そしてそのおかげでしょうか、リベラリズムとリバタリアニズムの中間領域でアイロニカルで彷徨っております。

しかし、不思議なもので「日本」の「竹」はよろしいです。
何と比べてと言うわけではありませんが、そのへんに自己自身が立脚すべきあり方とリアルな感情との隔離に悩みます。

その感情こそ、おそらく自分自身に内在する、消しがたい血のようなものなのでしょうか。

そういうところを昔学問の仲間と酒を飲みつつ論じあっていたとき、

「それじゃア、やっぱり宇治家参去さんは、リベラルでもリバタリアンでもなく、生粋のオールド・リベラリストですよ」

などと言われたことがあります。

そう指摘してくださった方は自称中道右派でしたが、検討の結果その仏教学者さんは「ウルトラ・ナショナルですね!」と落ち着いたのがいい思い出です。

ともあれ、和辻哲郎も「オールド・リベラリスト」に列するお方ですので、その後塵を浴びつつ、過激にならないことを心がけながら、探求するほかありません。

ということで?
最後に和辻の文章をもういちど。

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 次にモンスーン的な忍従性もまた日本の人間において特殊な形態を取っている。ここでもそれは第一に熱帯的・寒帯的である。すなわち単に熱帯的な、従って非戦闘的なあきらめでもなければ、また単に寒帯的な、気の永い辛抱強さでもなくして、あきらめでありつつ反抗において変化を通じて気短に辛抱する忍従である。暴風や豪雨の威力は結局人間をして忍従せしめるのではあるが、しかしその台風的な性格は人間の内に戦争的な気分を湧き立たせずにはいない。だから日本の人間は、自然を征服しようともせずまた自然に敵対しようともしなかったにもかかわらず、なお非戦闘的・反抗的な気分において、持久的ならぬあきらめに達したのである。日本の特殊な現象としてのヤケ(自暴自棄)は、右のごとき忍従性を明白に示している。第二にこの忍従性もまた季節的・突破的である。
    --和辻哲郎、前掲書。

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しかしなあ、ってところです。
いずれにしましても、ヤケにならず、極端を排しながら、よりよき倫理的探究を続けるほかありません。

というところで?、本性は先鋭化したポストモダンではなく、感覚的なオールド・リベラリストですから、ここはひとつ、戦後昭和を代表するウィスキー『トリスウィスキー Black』(SUNTORY)を、「HALF ROCK SODA」にしてやってみます。

嗚呼、昭和の味がします。

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「教授可能な知」の超克の下準備

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知の種類

 (I)真理の知
 このような知はそもそも存在しない。なぜなら、真理は志向の死だからである。

 (II)救済する知
 この種類の知は、救済を意識させ、したがって救済を完了させるための知としては、存在する。しかし、救済をもたらすための知としては、存在しない。

 (III)教授可能な知
 この知の最も重要な現象形態は、陳腐ということである。

 (IV)規定する力そなえた知
 行為を規定する力をそなえたこの種の知は存在する。ただしこれが規定する力をもっているのは、「動因」としてではなく、その言語的構造のおかげである。道徳における言語的な契機は、この知と関係している。はっきりしているのは、行動を規定する力をそなえたこの知は、沈黙へとつづいてゆくということである。したがってこの知は、それ自体としては、教授不可能である。この規定する力をそなえた知は、道教のタオ(道)の概念ときわめて近い関係にあると言ってよいかもしれない。だがこれとは逆に、この知は、ソクラテスの徳論における知とは、まっこう対立する。というのも、ソクラテスの知は、行為を動機づけるものであって、行為者を規定するものではないからである。

(V)洞察もしくは認識から発する知
 これはきわめて謎めいた知である。それは、知の領域において、時間の領域における現在というものに似た何ものかである。これが存在するのは、理解不可能な移行の途上においてのみである。何から何への移行なのか? 予感から真理の知へと向かう移行である。
    (一九二一年ころ)
    --ヴァルター・ベンヤミン(道籏泰三訳)「知の種類」、『来るべき哲学のプログラム』晶文社、1992年。

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8月9日から勤務している大学の通信教育部の夏期スクーリングが始まりました。
炎夏での学問への取り組み、その挑戦が完遂されんことを心より祈るばかりです。

ちなみに宇治家参去は、愁眉を飾る3期の『倫理学』の担当ですので、講義はまだ先です。

ですが準備もあるわけで、ハードウェアを組み立てるための……例えば機器申請とかそのへん……書類の提出は無事に7月の“遅い”中盤に返却したのですが、ソフトウェアを組み立てるための……要するに教材以外の配付資料……書類を提出していることを“失念”していたようで、〆切の前々日、せっせこせっせこ作り直していた次第です。

5月の札幌スクーリングにてだいたい「完成」されたな!と思ったわけですが、「完成」は即腐敗を意味するわけですので、もういっぺんコンテンツをぶっ壊して一から組み直してやろうと思っておりました。

それは否定のための否定ではなく、言葉の額面通りの「発展的解消」という名の「脱構築」という作業なのですが、それにともない、1年弱使用した配付資料も洗い直しだ!ということで、日曜の夜、組み替え入れ替え作業をしておりました。

完成すると結構な深夜でしたので、ふうっと一息アルコール消毒を入れてしまいますと、まあ、電子メールで印刷物のファイルを送るのは明日でいいやって独り合点してしまうと、そのまま鯨飲してしまったのがよくありませんでした。

昼前に起きると、何か忘れて居るんだよなア~と思いながら、最近、銀塩カメラに手をいれていないなア~と思って、空シャッターを切りながら、各部位を点検していると……デジカメと違いこの手のフィルムカメラはフィルムを入れなくとも定期的に動かしてやることが大切です!……、それでも「電子メール」を送付することを思い出すことができず……。

まさに何か奥歯につまったものがあるような感覚を抱きながら……、手帳を開いてみると、本日が印刷物の申請最終日だったことに気づき、急いで送付した次第です。

物理的な汗は噴出しておりませんが、精神的に汗をかいたというのはこのことなのでしょう。

ともあれ無事に下準備完了です。

あとは、それにあわせてパワーポイントやら映像資料の差し替えがあるのですが、これは直前までだましだまし伸ばさず……早めにやっておきたいものです。

なにしろ、すぐに忘れてしまいますから、掌にでもマジックで「パワポ修正」とか書いておくかもしれませんが、いずれにしましても「リニューアル」した宇治家参去『倫理学』が、受講者の期待を裏切らないようなコンテンツへと仕上げていく決意ですので、どうぞ宜しくお願いします。

いずれにしましても、ベンヤミン(Walter Bendix Schönflies Benjamin,1892-1940)が指摘しているとおり「教授可能な知」とは、「陳腐ということである」わけですので、陳腐でもない、享受可能な地平を乗り越える、ナイーヴな授業になることは間違いありませんので、宜しくお願いします。

「ぶっちゃけ……」

……と振った後のフレーズは、「教授可能な知」をすり抜け、たぶん「救済する知」?ぐらいまではいくとは思いますので・・・。

……ということで、台風上陸直前なのでしょうか……、全く蒸し暑いので、本日はエビスの瓶ビールにて懇ろに消毒して沈没します。

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……しっかし、ウルトラセブンはアイスラッガーが頭上にないときわめてダサイです。

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健全な信のないところにはまことの知も存在しない

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 わが先人たちは異口同音に、信仰は知の始めであると述べている。なぜなら、どのような学問の領域にあっても、第一原理として、すなわちただ信ずることによってのみ把握せられ、しかも論究対象の知識を自らに基づかせる原理として、前提するものがあるからである。思うに、学識を得ようとする者は全て、これなくして進むことも不可能な、これらの原理を信じなければならないのである。イザヤも「汝等信ぜずは知らず」と言っている。それゆえ、信ずることは知ることのできる全ての事柄を含蓄している。逆に言えば、知は信の展開である。したがって、知は信によって導かれ、信は知によって拡げられる。それゆえに、健全な信のないところにはまことの知も存在しない。原理の誤りと基礎の脆弱さがどのような結論をもたらすかはもとより明白である。ところで、真理そのもの、すなわちイエスよりもいっそう完全な信仰はないのである。
さて、神の最もすばらしい贈り物とは正しい信仰であることを認識しない者があろうか。使徒ヨハネは、神の言葉が肉となることを信ずるんらば、われわれは神の子となるために真理に導かれると語ったのであるが、彼はこれを冒頭で簡単に述べた後で、知性が信仰によって照らされるようにと、この信仰に従って、キリストの多くの業績について述べている。そして、最後に結論として、「此等の事を録せしは汝等をしてイエスの神の子キリストたることを信ぜしめんが為なり」と語ったのである。
    --ニコラウス・クザーヌス(山田桂三訳)『学識ある無知について』平凡社、1994年。

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本日も無事故で市井の仕事が終わりましたが、いやはや酒の飲み過ぎでしょうか、理由はわかっているのですが、酷く足が痛く、ちと休憩中、介抱?しながらひとときを過ぎておりますと、販売の最前線?ですから、突発クレーム処理の依頼なんかがあったりしまして、なかなかゆっくりすることができません。

ちょいと売り場まで出て、丁寧に話を伺ってみると……これがクレーム?って思わざるを得ないような軽微な案件で、即クローズできましたが、一次応対した従業員には、結構な剣幕だったようでしたので「クレームの応対をお願いします」と連絡があったようですが、いずれにしまして、基本的には会って話してみないとわからない……、こうした現場におりますと、このことだけは痛切に実感する次第です。

ただ、こちらも「クレームです!」って振られているので、びくびくもんで対応しましたが、ゆっくりと話を伺うことで、相手も落ち着き、落ち着きどころが見えてきたのが幸いです。

クレームとは確かに「異議申し立て」になりますので、精確に状況を聞かないかぎり前へ進むことが出来ません。ですので、仰る内容を、随時、お互いに確認しながらやりとりをすすめることになります。

今回の事例は、とくに問題もなくクローズできたので幸いですが、最近実感するのが「ハナから疑ってかかる」というスタイルの事案です。

内容の高低浅深がありますので概括することはできないのですが、どこに「疑い」を向けるのか……その部分が負のスパイラルとなっていくタイプの事案の増加に正直なところ、びびってしまうところがあります、メディアなんかでいうと、いわゆるゴネ得とか、モンスターなんとやらというストロング・スタイルのそれですが、やはりここ数年、増加傾向にあるんだよなア~ということは体験的に理解しており、その応対には頭を悩ますものです。

たしかに、「問題」があるから「疑う」わけなのですが、それが過熱するなかで、「何のため」に「疑い」「憤慨」しているのか……その大切な部分がすぽっと欠落してしまい、疑いのための疑い、そして憤慨のための憤慨……そちらへ傾いてしまうきらいがつよくなっている……そのことだけは現場におりますと、頭を悩ませつつも、実感する次第です。
※いうまでもありませんが、そうしたプロの事例は除きますが……。

もちろん、「問題」があるからこそ「クレーム」という表題の付いた案件が出来するわけですが、「問題」「探究」という原点を見失ってしまうと、「問題」は解決し無いどころか、おおきくそれていって、結局の所自他共に不幸へと導いていってしまう……そんなところが実情なのでしょう。

デカルト(René Descartes,1596-1650)は周知のとおり、徹底的に懐疑のうえに懐疑を連ねましたが、決してブレない原点をもっておりました。

だから……その成果の良かれ悪しかれは別にしても……原点を完遂することができたのでしょう。デカルトにおいては、目的を見失った中途半端な「疑い」こそ唾棄されるべきであり、「やるならとことんやりましょうや」って感じで、ブレずに徹底的に探究したからこそひとつの成果が生まれたのだろうと思います。

デカルト以降、思想史を辿ると、探究の手段としての「疑い」がクローズアップされたわけですが、そのなかで、目的が棄却されてしまったように思われて他なりません。

手段の先鋭化が先行し、何のために疑うのか……その原点が見失われてしまったということでしょうか。

フランス現代思想をどっぷりやっていた自分がいうのも何ですが、そこに近・現代思想史(特に方法論)に対する居心地の悪さを……もちろんその批判精神を否定することはできませんが……感じざるを得ません。

これはひとえにフランス現代思想に起因する問題ではありませんが、「探究」のための「疑い」が、方法論として特化した結果に何がもたらされたのでしょうか……。

そのことを考えると、くどいようですが、「探究」「目的」を著しく欠いた「批判」のための「批判」、「疑い」のための「疑い」……という著しいシニシズムが醸成されただけではないだろうか、と思われて他なりません。

前日の日記で紹介したフッサール(Edmund Gustav Albrecht Husserl,1859-1938)の『デカルト的省察』をすこし“囓って”みましたが、フッサールに言わせると、「見せかけの報告と見せかけの批判の応酬でしかない」というところでしょう。

……ですから、こちらとしてももう一度「原点」?に帰るべく、神学関係の文献を読まねば!などと……クレーム応対後の休憩タイムに、ドイツの中世神学者(枢機卿)・ニコラウス・クザーヌス(Nicolaus Cusanus,1401-1464)を繙いたわけですが、ひさしぶりに刮目した次第です。

通常、特に哲学プロパーでやっていると、先に示したとおり、「徹底的に疑う」ことこそ「真の知」へと至る道である……というフシがありますが、結局のところそのスタイルは、唯一の道ではなく、選択肢の一つでしかないんだよな……などと唸らされてしまった次第です。

短絡的で恐縮なのを承知で踏み込めば、「真の知」へと至る複数の筋道においては、たとえば「徹底的に疑い所定の目的を達する」というスタイル……これがデカルトの方法的懐疑であり、カトリックよりの神学徒的判断をくだすならばこの亜流のシニシズムが不幸を加速させているわけですが……だけでなく、イザヤ(Isaiah)のいうような「汝等信ぜずは知らず」というスタイルもありなのだろうと……。

「懐疑」と対極にあるのが「信」なのでしょう。

これは「信仰」に限定されない莫大な沃野をひめている人間世界においては看過できない契機だと思います。

「信」……もちろんその究極は「信仰」なのでしょうが……あらずして「知」も「信頼」も「ヘッタクレ」もないのが人間世界の現実なのですが、そこが近代世界以降は、あまりよろしからざる価値機軸として隅っこにおいやられているような感が否めません。

もちろん、「信」とは窮極的には「無疑曰信」、西洋の文脈で言えばアンセルムス(Anselmus Cantuariensis,1033-1109)の「理解を求める信(仰)」ということなのでしょうが、当事者と対峙する対象としての「知」に関しては、何を根本におくべきか、ひとつの示唆をしているように思われます。

そしておそらくこの「無疑曰信」だとか「理解を求める信(仰)」というのは、戦闘状態の最前線に裸で歩んでいくような脳天気な「対象」に対する「信」ではありませんが……その意味では当事者は……通俗的表現でこれまた恐縮なのですが……「振込詐欺」的な籠絡にはまどわされない突き抜けた知見と感性が前提されることはいうを待ちませんが、いずれにせよ、「対象」に対してどのように向かいあっていくのか、ひとつの示唆を投げかけているように思われて他なりません。

「信」に基盤をおくのか……しかしその基盤としての「信」には「信」を成立させる必要不可欠な革命的警戒心は随伴しますが。
それとも……
「疑」に基盤を措くのか……しかしその「疑」は「疑」の「為」の「疑」ではないのかという点検が随伴させなければなりませんが。

……そんなところを昨今、考えさせれてしまいます。

もちろん、「不信の世」だからケ・セラ、セラ的に「全部が敵で疑ってよい」「ひとを見たら泥棒と思え」というのも偽ざる人情でしょう。

しかし、それで通してしまうのに違和感があるのも人情でしょう。

そのへんのことを最近、まさに生きているなかで、考えさせられてします。

……ということで?

冷蔵庫を除くと冷蔵庫内の秘境より、忘れてされていた晩秋の限定エビスを発見です。

ちょいと疲れを癒してからネンネしますワ……これが間違いなく足の痛みを加速させるのは承知ですが……。

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 学識ある無知について 学識ある無知について
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ありえない「お通し」にデカルトは驚愕し、フッサールはニンマリです!

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 現代の哲学は分裂状態にあり、途方に暮れてせかせか動き回っているということについて、考えてみなければならない。前世紀の半ばから、それ以前の時代に比べると、哲学の衰退は紛れもない事実である。近代の初頭、宗教的な信仰がますます活気のない慣習という皮相なものになってしまった時、知識人達は、自律的な哲学と科学に対する新たな大きな信頼によって、意気揚々としていた。人間の文化全体が科学的な洞察によって導かれ照らし出され、それによって新たな自律的な文化へと改革されるはずだった。
 しかしそのうちに、この新たな信頼もまたにせものとなり、衰えていった。それも理由のないことではなかった。今日私たちが持っているのは、統一をもった生き生きとした哲学ではなく、際限なく広がり、ほとんど連関のなくなってしまった哲学文献の山である。私たちが目にしているのは、相反する理論が真剣に対決しながら、それでもこの対立においてそれらの内的な連関が示され、根本的確信のうちに共通性が示され、真の哲学への惑わされることのない信頼が現れる、という事態ではない。真剣にともに哲学し、互いのために哲学するのではなく、見せかけの報告と見せかけの批判の応酬でしかない。そこには、真剣な協働作業と客観的に通用する成果を目指すという精神をもった、責任感ある相互的な研究というものがまったく見られない。客観的に通用するとは、相互批判によって精錬され、どんな批判にも耐えられるような成果のことにほかならない。しかしながら、このように哲学者の数だけ哲学があるなかで、本当の研究、本当の協働作業はどのようにして可能であろうか。なるほど、今でも多くの哲学の会議が開催されている。そこには哲学者達は集まるが、残念ながら哲学は集まらない。彼らには、それぞれが互いのためでえあり、互いに働きかけあうことができるような、精神的な空間の統一が欠けている。個々の「学派」や「潮流」の内部では、事態はまだましなのかも知れないが、彼らの孤立したあり方や、哲学の全体的状況に関しては、本質的には、私がいま特徴づけたような状態にとどまっているのだ。
 このような現状のなかで私たちは、かつてデカルトが青年時代に出会ったのと同じような状況にいるのではないか。いまや、彼が哲学を始める者として持っていた根本から変革する姿勢を甦らせ、それゆえ偉大な伝統と真剣な開始と流行の文学的活気(これは印象に訴えるとしても、それ以上に研究することは期待できないものだ)とが入り交じって氾濫している哲学の文献すべてを、デカルト的な転覆の中に投げ込み、新たな「第一哲学についての省察(メデイタチオーネス・デー・プリマ・フイロソフイア)」を始める時ではないか。結局のところ、現代の哲学の絶望的な状況は、あの省察から発した原動力が、そのもともともっていた活気を失ってしまい、しかも、哲学的な自己責任という、根本から始める姿勢のもつ精神が失われたがために活気を失ってしまったことに、その原因を帰すべきではないか。究極的で考えられる限りの無前提性を目指す哲学、あるいは、自ずから生み出される究極的な明証から本当の自律のうちで形成され、それに基づいて絶対的に自己責任をもつ哲学、という法外なものと考えられがちな要求はむしろ、真の哲学の根本的な意味に属しているのではないか。
 活気に満ちた哲学への憧れは、近年、さまざまな復興(ルネサンス)をもたらした。しかし、唯一実りのある復興は、デカルトの省察を甦らせるものではないだろうか。と言っても、単にそれを引き継ぐのではなく、我思う(エゴ・コギト)へと立ち帰ることによって根本から始める、という姿勢がもつ深い意味をまずは明らかにし。さらに、そこから生じてくる永遠の価値を明らかにする必要がある。
    --フッサール(浜渦辰二訳)『デカルト的省察』岩波文庫、2001年。

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たしかに現象学者・フッサール(Edmund Gustav Albrecht Husserl,1859-1938)が『デカルト的省察』の冒頭に示したとおり、アカデミズムとしての哲学的探究は「分裂状態にあり、途方に暮れてせかせか動き回っている」感が否めません。

またそれと同時に、協働して真剣に考え抜くという雰囲気が醸成されているかといえば、それも疑問が残るところで、現実には個人プレーが多く、「統一をもった生き生きとした哲学ではなく、際限なく広がり、ほとんど連関のなくなってしまった哲学文献の山」が積み上げられている事も否定できません。

ただしかし、それと同時に、わら草のなかに眠る一寸の針のごとく、すぐれた哲学的探究と呼べるものも存在しているのも一面の事実ですから、システムとか環境に起因するというよりも、状況としての当事者の「自覚」の問題に尽きるのでしょう。

徹底した個人プレーでありながらも、他者と「協働」しながら「責任感ある相互的な」作業を励行することが求めらているのだろうと思います。

そしてこのことは、アカデミズムとしての哲学的探究に限られた問題ではありません。
いかなる分野においても等しく共有すべき事態であり、程度の差を考えないならば、専門家であろうがアマチュアであろうが、等しく共有すべき心構えになってくるのでしょう。
だからこその「真剣な協働作業と客観的に通用する成果を目指すという精神をもった、責任感ある相互的な研究」なのです。

……というようなことをぼんやりと考えながらも、すんごく暑くてヘロヘロになっておりましたので、一昨日の北区ツアーから帰ると、宇治家参去御用達の「ささ花」にて細君とふたりにてささやかな慰労会です。

なにしろ大切なのは、「真剣な協働作業と客観的に通用する成果を目指すという精神をもった、責任感ある相互的な研究」ですから、徹底的に相互吟味を行い、恣意性を排していくなかでこそ、「客観的に通用する青果を目指すという精神」が醸し出されるわけですから……。

さて……、
細君が「1人1000円!」という割引券をもっていたので「よっしゃア」とガッツポーズしたのですが、よく見ると、「2009年7月末日まで有効」ということで、がっくし。

……そこで諦めてしまうと、フッサールが指摘しているとおり「哲学的な自己責任という、根本から始める姿勢のもつ精神が失われたがために活気を失って」しまいますので、ぐるなびにて割引券を探し出し、コース料理はとりませんので、ビールの割引券を印刷して馳せ参じた次第です。

たかがビールの割引券とあなどることなかれ!

恵比寿の生しかないのですが、通常だと560円のところ、これがなんと200円引きになりますので、ビール中心で攻めれば問題なし!ということで、オーダーした次第です。

そしてビールの飲み過ぎにて「君死にたまふことなかれ」!

この店に行くと、いつもその手の込んだ料理と食材の新鮮さに驚くばかりですが、昨日はのっけからひっくりかえってしまった次第です。

はじめての経験です。
数々の飲み屋をかなり踏破しているとの自負もあります。
たいていのことではひっくりかえりません。

しかし、ひさしぶりにひっくり返りました!

なににひっくり返ったかともうしますと、「お通し」に対してです。

それでは「お通し」の「なに」に対して驚愕したのでしょうか。

すなわち「新鮮さ」と「潔さ」にであります。

フッサールは次のように指摘しております。

すなわち……

「このような現状のなかで私たちは、かつてデカルトが青年時代に出会ったのと同じような状況にいるのではないか。いまや、彼が哲学を始める者として持っていた根本から変革する姿勢を甦らせ、それゆえ偉大な伝統と真剣な開始と流行の文学的活気(これは印象に訴えるとしても、それ以上に研究することは期待できないものだ)とが入り交じって氾濫している哲学の文献すべてを、デカルト的な転覆の中に投げ込み、新たな『第一哲学についての省察(メデイタチオーネス・デー・プリマ・フイロソフイア)』を始める時ではないか。」

そうなんです。デカルト(René Descartes,1596-1650)は絶対的な確実性の根拠を求める探求において、すべてのものを「疑い」抜くなかで、これこそ絶対だ!というものを見いだしたわけですが、そうした溌剌とした精神性が必要であることを失念しておりました。

これは暑さのせいでしょう。

これまでいろいろと飲み屋も回ってきているので、「まあ、こんなもんだろう!」……と高をくくったとばっちりが、一つの驚愕となった次第です。

で……、もどります、
当の「お通し」の、すなわち、「新鮮さ」と「潔さ」の問題に!

出てきたのは、「きゅうり」が2本です。

要するに、生のまま味噌をつけて齧ってくんろ!ということです。

いや~、まさに「潔い」です。

ほんでもって、「箸」ではなく「手」でもって、味噌をつけてそのまま「囓った」ところ……、

ほんものの「新鮮な」きゅうりでございました。

いやはや、まさに自分自身がちょいと通好みで、そんでもって、偉そうに構えている浅はかさ、愚かさ、を思いしらされたようで……、原点へ連れてかえってくださった「きゅうり」さんに感謝です。

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前菜は、シャキシャキフレッシュホウレン草とフライドエッグのサラダを頂戴しましたが、ドレッシングがよいのでしょうか……、普段あまり頂かないほうれん草がすすむことにおどろきです。

また、ゴーヤとスパムの琉球ピザ!
8月限定メニューなのでちょいと頂いてきましたが、ゴーヤもスパムも癖が無く、実に「夏の快味」とはこのことです。薄目の生地にたっぷりと具材をのせ、これまたたっぷりのチーズとソースをからめた状態がなんともいえません!!

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好例の「蒸籠蒸し」ですが、こちらも限定メニューで、通常ですと、「豚」なのですが、今回は、「山形牛もも肉」と旬菜の「蒸籠蒸」でして、いやはや、やはり「牛」は味が濃厚なのですが、「蒸籠蒸し」がよいのかしら?

……さっぱりとしてい、夏バテからのスタミナ回復はこれできまりです。

箸なおしはやはり「豆腐」料理ですね!
いつも実感しますが、こちらの出す豆腐は、奴でもなんでも「大豆」の濃厚な味が口蓋に広がりすぎてしまいます。
痛風に悪いことは承知なのですが、どうしても所望してしまう……のは本能でしょうか。

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今回はビール中心のマルチタスク?でしたが、最後はやはり冷やの日本酒ということで、例の如く、間違いのない逸品!ということで「黒龍大吟醸」×2でございます。

ご相伴は、博多明太おろし、好例のエリンギとニラの胡麻和え……
そして、銀ダラの西京焼きでございます。

あとでデザートも頂きましたが、いやはや、こちらにくると、お金を落とすことが悲しくなく、いつも感謝で一杯です。

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赤羽、東十条界隈・・・

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 第一に、真剣に哲学者になろうとする人は誰でも、「一生に一度は」自分自身へと立ち帰り、自分にとってこれまでは正しいと思われて来たすべての学問を、転覆させ、それを新たに建て直すように試みるのでなければならない。哲学ないし知恵とは、哲学する者の一人一人に関わる重大事である。それは自分の知恵とならねばならず、普遍的に探究されるものでありながら自ら獲得した知として、初めからそしてその歩みの一歩一歩において、自らの絶対的な洞察に基づいて責任を持てるような知、とならねばならない。このような目標に向かって生きる決心によってのみ、私は哲学者となるのだが、もしこのような決心をしたなら、それによって私は、まったくの無知から始める道を選んだことになる。そこでは明らかに、真正な知に導いてくれる前進の方法をどうしたら見出すことができるか、について考えることが第一である。したがって、デカルトの行った省察は、デカルトという哲学者の単に個人的な事柄を目指したものではなく、もしてや、ただ印象深い文学的形態をもって最初の哲学的基礎づけの叙述を目指したものでもない。それはむしろ、哲学を始める者やそれぞれに必要な省察の原型を表しており、そこからのみ哲学は根源的に誕生することができるのだ。
    --フッサール(浜渦辰二訳)『デカルト的省察』岩波文庫、2001年。

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現象学の祖エドムント・フッサール(Edmund Gustav Albrecht Husserl,1859-1938)を繙きつつ、たしかに「第一に、真剣に哲学者になろうとする人は誰でも、『一生に一度は』自分自身へと立ち帰り、自分にとってこれまでは正しいと思われて来たすべての学問を、転覆させ、それを新たに建て直すように試みるのでなければならない」わけだなア~、ということで? これまで見た知見や憶測、経験にたよるだけでは真正の哲学者になることはできない!

……ということで、ちょいと野暮用で赤羽・東十条界隈へ昨日は細君と行ってきました。
赤羽・東十条といえば、いわゆる東京都北区の中心地になるのでしょうが訪問したのは初めてです。

むかし、

東京外国語大学(現在は府中市)の西ヶ原キャンパスで同大学を受験したとき訪問したのが最初で、次は、学生時代、チェロを弾いていたとき、王子の「北とぴあ」を会場に、ブラームス(Johannes Brahms,1833-1897)の交響曲の2番か4番かのどちらかを演奏したときにその前後訪問したきりです。

ですから、中心部といいますか、ディープ・ミッド・北区のようなところは、列車に通過したぐらいしかなく、今回が初めてでしたが、

いやはや……

「それは……
 哲学者・宇治家参去が、はじめて〔知人〕を訪れるための汽車の旅であったが、〔国境〕の長いトンネルを抜けると、
 (あっという間に……)
 そこは〔灼熱地帯〕であった。」

……?

といわけで、いやはや……

暑うござんした。

赤羽で降りると、よさげな「居酒屋」が軒をつらね、昼過ぎに到着しましたが、体が自然にそちらの方向へ向かっていってしまう本能を断ち切り、「ポテトチップス」で有名なカルビー(株)本社を横切ると、さすがに、赤羽が「交通・商業の中心地」と表現されているごとく、物流拠点がおおいなア~と思い、ひとつ南にある東十条の方まで散策した次第です。

いや、しかし暑うござんした。

息子殿は火曜日に細君の実家に帰省しており、今回は同行しておりませんので、そのかわり?に東十条駅で、ちょいとポケモンラリーのスタンプを押してから、今度は北赤羽に向かい、駅を降りると、壮大な荒川が駅から眺望でき、川面を走る風に汗を少し引かせて頂いた次第です。

要件を済ませると、小腹が空いており、あたりを見まわしましたが昼食時をすぎており、テキトーにというわけにもいかず、駅前の「笠置そば」にて、空きっ腹を充たしましたが、暑い中だからこそ、あつあつの「天ぷら蕎麦」で却って汗がひきしまるというのはこのことなのでしょう。

さて、帰路へと着きましたが、宇治家参去としては、赤羽でちと途中下車してから、気のきいた肴、たとえば、鮪のづけと山芋の和え物のようなもので、生ビールをぐっとやりたいところでしたが、細君がウルサイので、池袋で下車させてもらい、構内のロンドン・パブにて、「バス ペールエール」を1パイントで頂き、イッキのみで本日の任務完了です。

いやはや、暑かった!
けど、ちと体も心も燃え?
北区に対する昔の印象だけでなく、感慨を新たにすることができた!という意味では、所定の目標、すなわち「第一に、真剣に哲学者になろうとする人は誰でも、『一生に一度は』自分自身へと立ち帰り、自分にとってこれまでは正しいと思われて来たすべての学問を、転覆させ、それを新たに建て直すように試みるのでなければならない」というところはひとつ達成されたのではなかろうかと思います。

帰宅後、慰労会を宇治家参去一家郎党御用達の「ささ花」にて行いましたが、そのレポートはまた後日??

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とりあえず、動くことが出来たという意味ではよしとしておきます。

ただしかし、北赤羽で「笠置そば」に再会したのは驚きで、真夏の炎天下にもかかわらず、暑い一杯を頂いたお陰で、バスペールエールの琥珀色が染みこむ! 染みこむ!

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既に世界に生れ出たる上は、蛆虫ながらも相当の覚悟なきを得ず。即ち其覚悟とは何ぞや。人生本来戯れと知りながら、此一場の戯を戯とせずして、恰も真面目に勤め」るのが蛆虫の本分である

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 このごろは、福沢のことをあまりやっていないのですが、終戦直後、私は一生懸命勉強しまして、「福沢諭吉の哲学」という小論を書きました。その中で要するに、人生とは畢竟、遊戯なのだ、戯れなのだというのが、彼のぎりぎりの人生哲学だ、ということを述べました。人生は遊戯であるということが、今日申しました文脈に言いかえるならば、人生は一つの芝居であるという命題と密接に関連があると私は思います。
 我々の生涯というものはウジムシみたいなもので、はかないものである。けれども、はかないからといって、そこから世間から、社会から逃避するという結論は出てこない。むしろその反対で、「既に世界に生れ出たる上は、蛆虫ながらも相当の覚悟なきを得ず。即ち其覚悟とは何ぞや。人生本来戯れと知りながら、此一場の戯を戯とせずして、恰も真面目に勤め」るのが蛆虫の本分である--彼はこう言っています。
 人生本来戯れと知りながら、この一場の戯れを、戯れとせずして、あたかも真面目に努める。これは、人生とは何かという認識の問題だけではなくて、実践的な生き方と関係してくるわけです。彼に言わせれば、「本来戯と認るが故に、大節に望んで動くことなく、憂ふることなく、後悔することなく、悲しむことなくして、安心するを得るものなり」。本来、基本的に人生は戯れである、つまり、虚構である、フィクションである。こういうふうに認めているから、いざ大節にのぞんでも動揺しない。大きな精神的な振幅の揺れを防ぐことができる。精神的な揺れを防ぐというと消極的ですが、ポジティブに言いかえるならば、それが決断という活発な精神活動の秘訣なのだというわけです。「小事は重く思案すべし、大事は軽く決断すべし」という彼の言葉があります。大事は軽く決断すべしというのは、人生というのは戯れなんだという命題と非常に深く関係してくる。どうせ戯れなのだから、どっちへ転んでもたいしたことではない。それを、大変なことだ、と頭にきちゃうと、どう決断していいかわからなくなる。どっちへ転んでもたいしたことはないということから、サッと軽く決断できるというのが、彼の人生哲学です。
 「浮世を軽く視るは心の本体なり」、軽く見るその浮世を、あたかも真面目に、活発に渡るのが心の働きである。「内心の底に之を軽く見るが故に、能く決断して、能く活発なるを得べし。棄るは取るの法なり」。ここには彼の解釈した一種の仏教哲学的な考え方があります。ここでは仏教との関連とか、そういうことを、直接、私は問題にしているのではありません。いままで申しました、惑溺からの解放という、彼の基本的なテーマと密接に関連しているということを言いたかったわけです。
 つまり、こういうふうに、浮世を軽く見て、戯れとみないということになると--人生は戯れなり、という基本命題がなくなると、「事物の一方に凝り固まりて、念々忘ること能はず。遂には其事柄の軽重を視るの明を失ふ」と言っています。事柄の軽い重いを見る明を失うというのは認識の問題であり、前にのべた状況認識の問題です。惑溺からの解放ということの、ぎりぎりの底を突きつめていくと、人生哲学というのは、人生は戯れであるという命題に行きつくということになります。
 彼の場合は方法的にこういう考え方が貫かれています。たとえば、「唯戯と知りつつ戯るれば、心安くして、戯の極端に走ることなきのみか……」。これは非常に面白いのですけれど、ゲームに熱中しすぎると、ゲーム自体が惑溺のバリエーションになってしまうのです。たとえば、サッカーの試合なんかで、本当の喧嘩になってしまうというのは、ゲームがだんだん熱してしまって、ゲームだということを忘れてしまう。戯れが、いつのまにか本気になってしまう。熱中しすぎると、それ自身が惑溺のバリエーションになる。
 したがって「戯と知りつつ戯るれば、心安くして、戯の極端に走ることなきのみか、時には或は俗界百戯の中に雑居して、独り戯れざるも亦可なり」。みんながいろんな踊りをしている、いろんな戯れをやっている。これがこの世の世界なのです。みんながいろんな踊りを演じている。もちろん自分も演じているのだけれども、演じていることを意識化して、対象化するならば、踊りから抜けて、ときどき休息することもできる。
 人生は戯れの連続ですから、休息はあくまで休息であって、それ以上の意味を持たない。自分の人生だけは、人生を通じて醒めているのだと言っても、それは自己欺瞞になる。つまり、自分だけは醒めた観客なんだというのは、人生イコール戯れであるという基本命題に反した自己欺瞞になる。ただ、ときどき休んで他人の踊りを眺めるのも、自分の戯れを客観視する上で参考になる。戯れの極端に走らないで、俗界百戯の中に雑居して、独り戯れざるもまた可なり、といっているのであって、おれだけは戯れていないのだというのではない。自分もみんなと一緒に踊っている。ただ、そのなかで独り、戯れないようなことを、ときどきしているというわけです。
    --丸山眞男「福沢諭吉の人と思想」、丸山眞男(松沢弘陽編)『福沢諭吉の哲学 他六篇』岩波文庫、2001年。

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朝から文献と格闘しておりますと、マアそれが本職になるわけですが、いかんせん「引き籠もり」状態になってしまい、気分がループしてしまいますので、いかに暑いとはいえ、ちょいと外へ出てくるか!ということで、夕刻、大学へ返却するレポートを詰めた宅急便をヤマト運輸の営業所へ持ち込んでから、郵便局まで足を運ぶと、

「あと1セット」

……とPOPのついた切手シートを発見してしまいました!

そう、それは「慶應義塾創立150年記念」の記念切手シートでした。

小学生の頃、実は切手収集をしておりましたが……実はかなり集めておりますし、かなりの資産です……、中学生の頃から興味を無くし収集はしなくなりましたが、やはりお世話になった、そしてかけがえのない学友と巡り合わせてもらった「母校」には愛着があるものですから、なけなしの800円をはたいて、最後の「あと1セット」を購入した次第です。

なめ回すように見てから……もちろんは指紋はつけてはマズイですから手袋をはいてから見たわけですが……扁額へ御安置した次第です。

思えばいつの頃だったのでしょうか。

最初に福澤諭吉(1835-1901)に“出会った”のは小学生の中盤の頃だったかと思います。当然、当時の一万円札は福澤先生ではなく、聖徳太子(574-622)のそれだったわけで、現代の人々よりもなじみは薄かったのだとは思いますが、たしか学研か何かの漫画版の偉人伝のようなものを読み感銘をうけたのがその初太刀だと思われます。

中学生の頃でしょうか。福澤の自叙伝である『福翁自伝』を夏休みの「課題図書」のようなかたちでひもといた思い出がありますが、正直なところ、こんな凄い奴がいたのかと度肝を抜かれた次第です。

江戸幕府崩壊の前夜、上野の山で旧幕府軍と新政府軍が戦争をおこしましたが、それにも「左右」されず学問を貫きとおしたところに男気をみたものです。

そうした影響もあったのでしょうか。
高校は、いわゆる旧制中学になりますが、大学は福澤の創った大学へと想ったものです。

有形にしろ無形にしろ、やはり自分自身においては、福澤諭吉の人生行路、そして人生哲学が拭いきれないほど、影響を与えているのを実感する次第ですし、ある意味では、この浮世における生き方のひとつの模範として福澤諭吉の人生哲学を受容し、日々実践しているフシもありますから、福澤をなにしてやろうということには納得することが出来ず。。。

ですからどうしても福澤の思想を過小評価することはできません。

たしかに大家である倫理学者・和辻哲郎(1889-1960)などは、福澤を先端思想の「紹介者」にすぎず「思想家」ではないと断じておりますが、それに頷くこともできません。

ただ、驚くのは……そして何度も紹介しておりますが……近現代日本の思想家においては丸山眞男(1914-1996)ただひとり、福澤の思想を高くかっているという点でしょうか。

そしてその核心はたんなる言語としての思想という次元に留まらず、「生き方」の問題において評価している点に驚くばかりです。

丸山眞男は、まさに福澤が語っている通りなのですが、その人生哲学のキーワードを「蛆虫」性と、「戯れ」に見出している点がその思想点検の愁眉になるのでしょう。

ハイデッガー的な存在論に従えばまさにいきものとしては「蛆虫」とかわらぬ存在が人間なのでしょう。

しかし、ハイデッガーと同じくそれだけでもないのが人間なのでしょう。

そこをどのように生きていくのか。

「既に世界に生れ出たる上は、蛆虫ながらも相当の覚悟なきを得ず。即ち其覚悟とは何ぞや。人生本来戯れと知りながら、此一場の戯を戯とせずして、恰も真面目に勤め」るしかないのでしょうねえ。

仮象を仮象として受容し、フィクションをフィクションとして受容し、決して実体化しない鷹揚さこそ、福澤の人生哲学の核心にあるのだろうと思います。

それがないと、対象に対して、余裕をもってまじめに考えるということはできませんですですからねえ。

真面目に遊びながら、真面目にほうけ、遊びながらちと真面目に向かいあってみる。

焦げる直前でフライパンをたたき、決して焦がさない……そのことが肝要かもしれません。

熱くなってしまうと焦げてしまう。
しかし、熱くなるのは「真面目にやばい」ですよってシニシズムしてしまうと、味わいがぼんやりとなってしまう。

そのへんの「奥の細道」がどうやら福澤思想の根幹にあるようなのですが、それを自宅でやってしまうとどうしても誤解されてしまうのが不思議です。

本日はたまの休日でしたので、きちんと勉強しながら遊んでいたのですが……

「研究活動しないで何やっているんだ……」

……などと恫喝されてしまう始末で、「わかっちゃいねえんだよねえ」と独り呟く宇治家参去でした。

しかし、最近、生きている実感として、フィクションをフィクションとして受容せず実体化させてしまおうという風潮、そしてその逆に実体であるものを実体として受容せずフィクション化させてしまおうという風潮が濃厚で、何か、先行きの薄暗さを感じてしまう次第です。

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福沢諭吉の哲学―他六篇 (岩波文庫) Book 福沢諭吉の哲学―他六篇 (岩波文庫)

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「読書人」「士大夫」でもいいかなと思うのですがそれもまずく、ですが読むことも大切なわけで……

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 読書

 私は或は人から沢山の書物を読むとでも思われているかも知れない。私はたしかに書物が好きである。それは子供の時からの性癖であったように思う。極小さい頃、淋しいくて恐いのだが、独りで土蔵の二階に上って、昔祖父が読んだという四箱か五箱ばかりの漢文の書物を見るのが好きであった。無論それは分かろうはずはない。ただ大きな厳しい字の書物を披いて見て、その中に何だかえらいことが書いてあるように思われたのであった。それで私の読書というのは覗いて見るということかも知れない。そういう意味では、可なり多くの書物を覗いて見た。また今でも覗くといってよいかも知れない。本当に読んだという書物は極僅なものであろう。
 それでも若い時には感激を以て読んだ本もあった。二十少し過ぎの頃、はじめてショーペンハウエルを読んで非常に動かされた。面白い本だと思った。しかし年を経るに従い、そういう本はなくなった。ニル・アドミラリというような気分になってしまった。私には或人の書物を丹念に読み、その人の考を丹念に研究しようという考が薄い。
 しかし偉大な思想家の思想というものは、自分の考が進むに従って異なって現れて来る。そして新に教えられるのである。例えば、古代のプラトンとかヘーゲルとかいう如き人々はそうと思う。私はヘーゲルをはじめて読んだのは二十頃であろう、しかし今日でもヘーゲルは私の座右にあるのである。はじめてアリストテレスの『形而上学』を読んだのは、三十過ぎの時だったかと思う。最初ボンス・ライブラリの訳と次に古いフィロゾフィシェ・ビブリオテークのロルフェス訳で読んだ。それはとても分からぬものであった。然るに五十近くになって、俄にアリストテレスが自分に生きて来たように思われ、アリストテレスから多大の影響を受けた。私は思う、書物を読むということは、自分の思想がそこまで行かねばならない。一脈通ずるに至れば、暗夜に火を打つが如く、一時に全体が明となる。偉大な思想家の思想が自分のものとなる、そこにそれを理解したといい得るようである。私はしばしば若い人々にいうのであるが、偉大な思想家の書を読むには、その人の骨というようなものを掴まねばならない。そして多少とも自分がそれを使用し得るようにならなければならない。偉大な思想家には必ず骨というようなものがある。大なる彫刻家に鑿の骨、大なる画家には筆の骨があると同様である。骨のないような思想家の書は読むに足らない。顔真卿の書を学ぶといっても、字を形を真似するのではない。極最近でも、私はライプニッツの中に含まれていたたいせつなものを理解していなかったように思う。何十年前に一度ライプニッツを受用し得たと思っていたにもかかわらず。
 例えば、アリストテレスならアリストテレスに、物の見方考え方というものがある。そして彼自身の刀の使い方というものがある。それを多少とも手に入れれば、そう何処までも委しく読まなくとも、こういう問題は彼からは斯くも考えるであろうという如きことが予想せられるようになると思う。私は大体そういうような所を見当にしている。それで私は全集というものを有っていない。カントやヘーゲルの全集というものも有たない。無論私はそれで満足というのでもなく、また決してそういう方法を人にも勧めもせない。そういう読み方は真にその思想家の骨髄に達することができればよいが、然らざれば主観的な独断的な解釈に陥るを免れない。読書は何処までも言語のさきざきまで正確に綿密でなければならない。それはいうまでもなく万人の則るべき読書法に違いない。それかといってあまりにそういう方向にのみ走って、徒らに字句によって解釈し、その根柢に動いている生きものを掴まないというのも、膚浅な読書法といわなければならない。精密なようでかえって粗笨(ということもできるであろう。
 私は最初にいったように、覗くという方だから、雑読といわれるかも知れない。老いるに従って理解が鈍くなり、印象も浅く記憶が悪しくなり、一度読んだ本であっても、すぐその内容を忘れてしまうことが多い。それでもちょうど私の考えている所に結び附いて来る書物であると、非常にそれが面白いと思い頭に残るようである。私はこれまで殆ど人類学的な書物を読んだことがない。然るにこの夏マリノースやハリソンなどというものを読み、それらの人の考えている原始社会の構造というものが、私がローギシュ・オントロギシュに考えていたものと結び附き、自分の考が実証的に証明せられた如くに思い、面白く感じた。
 何人もいうことであり、いうまでもないことと思うが、私は一時代を画したような偉大な思想家、大きな思想の流の淵源となったような人の書いたものを読むべきだと思う。かかる思想家の思想が掴まるれば、その流派というようなものは、恰も蔓をたぐるように理解せられて行くのである。無論困難な思想家には多少の手引というものを要するが、単に概論的なものや末書的なものばかり多く読むのはよくないと思う。人は往々何々の本はむつかしいという。ただむつかしいのなら、何処までもぶつかって行くべきでないか。しかし偉大の思想の淵源となった人の書を読むといって、例えばプラトンさえ読めばそれでよいという如き考には同意することができない。ただ一つの思想を知るということは、思想というものを知らないというに同じい。特にそういう思想がどういう歴史的地盤において生じ、如何なる意義を有するかを知り置く必要があると思う。況して今日の如く、在来の思想が行詰まったかに考えられ、我々が何か新に踏み出さねばならぬと思う時代には尚更と思うのである。如何に偉大な思想家でも、一派の考が定まるということは、色々の可能の中の一つに定まることである。それが行詰まった時、それを越えることは、この方に進むことによってでなく、元に還って考えて見ることによらなければならない。如何にしてこういう方向に来たかということを。而してそういう意味においても、また思想の淵源をなした人の書いたものを読むべきだといい得る。多くの可能の中から或一つの方向を定めた人の書物から、他にこういう行方もあったということが示唆せられることがあるのであろう。(昭和十三年十一月)
    --西田幾多郎「読書」、『続思索と体験 「続思索と体験」以後』岩波文庫、1980年。

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大学の石神先生から頂戴した論集『西田幾太郎-自覚の哲学』(北樹出版、2001年)をやっと読了……遅くなりましてすいません……しましたので、ちょいと西田幾多郎(1870-1945)の著作がよみたくなり、西田の哲学的随想集を読んでいるところです。

同論集では、西田幾多郎の哲学を「自覚の哲学」として、そこに要を置いております。

西田の数々の論集のタイトルにもキーワードとして出てくるとおりのこともあり、たしかに西田においては、人間の「自覚」に人間の人間らしさが見いだされ、それは西洋における切り離されたアトム的個別の存在者とも趣の異なる、全体の中でのキツリツする精神の立ち上がりとしての「自覚」があるんだよなあ……などと感嘆した次第です。

このことは西田の弟子の西谷啓治(1900-1990)なんかも同じかも知れません。

さて、残念ながら、西田の「自覚」に関して詳論するほど、本日も余裕はないので、恐縮ですが、西田の随想集をぱらぱらとひもといていると有名な一文ですが、面白い読書論が掲載されておりましたので、ひとつ紹介しておきます。

仕事中に、細君からメールがあり、携帯を開いてみると、

「注文していたビール……わが家では月に1csだけ箱買してくれるのですが……が届いたから冷やしておきました!
 だけどミネラルウォーターは来週だった!!」

……とのことでしたが、帰宅してみると、ビールではなく、「その他の雑酒」とか「新ジャンル」と呼ばれるやつのようでして……。

宇治家参去、ビールをこよなく愛しておりますが、ただこの季節、ビールでも発泡酒でも新ジャンルでもなんでもいいのですが、きんきんに冷えていればそれだけでありがたい!というもので、駆け付け3杯ほど呷った次第です。

そしてビールと同様不可欠なのが「ミネラル・ウォーター」なのですが、届いていないと言うことなので、仕事が終わると、それだけは購入して帰りましたが、来週の配達日までの分、自弁してでもゲットしないとまずいわな……などと思った次第です。

ここ15年来、水は「ミネラル・ウォーター」しかやっておらず、いわゆる水道水がだめでして……とわいえここ10年で水道水の味わいも一変しましたが……コーヒー飲むのも、お茶を煎れるのも、製氷するのも「」のついた水ばかりで慣れているので、これだけは変えることが出来ず、貧乏なくせにそこだけは譲れなくなってきて家計を圧迫する?次第です。

とわいえ、二日酔いで起きがけ、これまたきんきんに冷えた、「ミネラル・ウォーター」をぐいっっとやるとキリリと目が冴えるのが不思議です。

そしてそのあとの一服が格別でして……。

……って例の如く引用文と関わりのない余談が多すぎたようですね。

とりあえずしゅわしゅわ系のアルコール消毒が済み、リフレッシュしたところですので、このへんでがつんとした思い奴を頂戴しながら沈没します。

なかなか生産的なことができず忸怩たるところなのですが、なにぶん、まさに時間が無く、市井の職場の5連勤がようやく済んで本日より2連休なのですが、本日は、〆切がデットラインに近づきつつある論文をまとめ、翌日は博士論文で必要な文献を国会図書館に行ってコピーしてこようと思っていたのですが、翌日はちょいと北区・足立区へ野暮用ができましたので、本日起きてから二日分の仕事をするほかありません。

いゃ~ア、まったく休みなのに休みがなく、毎年1本以上論文も書いているのですが、なかなか反映されず、てめぇ畜生!ってエア・パンチをくり出しているのですが、マア、エア・パンチを出せるってことは、腕の筋力が低下しないよう、天からの恩寵なのだろうと……と思いつつ、合掌。

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Book 西田幾多郎―自覚の哲学

著者:石神 豊
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【研究ノート】ヴェイユ「純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である」

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ちょいとつかれて、入力はできたものの、発酵させている途中でダウンしそうになったのですが、そのまま放置するのももったいないので、そのまま載せておきます。

例の如く、今日も壁パンチを職場でくり出す毎日ですが、こうしたときに染みわたるのがユダヤ系のフランス人哲学者・シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil,1909-1943)の言葉です。

そのうちヴェイユの「恩寵論」をめぐって一本論文をまとめたいとおもっているのでチマチマと読んでおりますが、これが染みこんできます。

なんといえばいいのでしょうか。

ヴェイユは「がんばれ」とはいいません。

「がんばれ」ということばほど、実はムズカシイ言葉はないのだろうと思われて他なりません。

ですからヴェイユ自身は、感情とか感傷だけでなく、肉体と精神の両方をもって同苦した生涯を歩むのですが、その言葉の煌めきのひとつひとつが重く染みわたる次第です。

同苦と表現しましたが、精確には自己肯定即の自己無化といったほうが精確かもしれません。状況を把握した上での丹念なすりへらしといったところでしょうか。

ヴェイユの師は『幸福論』で有名なアラン(Emile-Auguste Chartier,1868-1951)なのですが、同じ対象を目指すにしてもアプローチが全く異なります。

しかし、仰ぎ見ている方向性は同じようにおもわれ……この辺を丁寧に追求していきたいところなのですが……。

ヴェイユによるとまさにすべての意味で人間は、物質における重力の法則とおなじような法則に「支配」されているのがその実情です。たえず、地面に叩きつけられざるを得ません。

そしてそれに逆らおうとすればするほど、大きく叩きつけられてしまうわけですが、そこを突破するのが、恩寵(Gratia)ということですが、この恩寵とは、自力でも他力でもないその限界を突破した宗教的閃きなのかもしれません。

ヴェイユ自身は、アッシジの聖フランチェスコ(Giovanni di Bernardone,1181?-1226)に私淑しており、盟友のすすめでカトリックの信仰に接近しましたが、ついぞ受洗しないままその生涯を終えました。

そのへんもふまえながら考える必要がありそうなのですが……いかんせん、あたまにきすぎることがおおく、考える余力がありませんので……このへんでいっぺえやって沈没します。

今日は、「小樽ハイボール」(北海道札幌麦酒(株))を手に入れたのですが、「レモネード」と「ラムネ」……、さて、どちらからやりましょうか。

「注意と意志」が要求されているようです。

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 注意と意志

 新奇な事柄を理解しなくてもよい。だが、忍耐と努力と順序をつくし、自分のすべてを注ぎこんで、明白な真理の理解に達しようとつとめること。
    *
 信仰の諸段階。いちばん平凡な真理でも、たましい全体にしみこんで行くとき、啓示に似たものとなる。
    *
 意志によらず、注意によって、かずかずの罪過のつぐないをしようと試みること。
 意志というのは、手近にあるものを移動させたいという気持ちを外に表した、いくつかの筋肉のちょっとした運動だけにしか力を及ぼすことができないのだ。わたしは、片手を机の上にべたっとつけてみたいと思うことはできる。こういったたぐいの仕ぐさに、清い心だとか、霊感だとか、思考の真実さだとかが、どうしても関連してくるとすれば、こういう仕ぐさも意志の対象となりうるだろう。だが、そういう事実は全然ないわけだから、結局は、こんなふうにしたいものだとひたすらにねがうよりほかない。ひたすらにこのことをねがうというのは、わたしたちが天に父をもつと信じることである。でなければ、そんなふうにねがい求めるのは、もうやめにするかである。これ以上不快なことがあるだろうか。心の中の切なるねがいだけが、この場にふさわしいのである。それは、当面の事柄になんの関係もない筋肉を緊張させずにすむからである。徳を行うために、詩を作るために、ある問題をとくために筋肉を緊張させたり、歯をくいしばったりするほどおろかなことがあるだろうか。注意というのは、こういうこととは全然別なことではないだろうか。
 傲慢というのは、こういう緊張のことである。傲慢な者には(二重の意味で)優雅さ(グラアス)(または恩寵)が欠けているのだ。それは、誤りの結果である。
 注意は、もっとも高度な段階では、祈りと同じものである。そのためには、信仰と愛があらかじめ必要である。
    *
 完全にどんな夾雑物もない注意が、祈りである。
    *
 知性を善の方向へ向けていると、少しずつではあるがたましい全体が思わず知らず善の方へ引きつけられて行かずにはすまない。
    *
 極度に張りつめた注意こそ、人間において創造的な能力をつくりあげて行くものである。そして、極度の注意は、宗教的なもの以外には存在しない。ひとつの時代の創造的霊感の総量は、その時代における極度の注意の総量、すなわち真正な宗教の総量と厳密に比例している。
    *
 よくない求め方。ひとつの問題に注意をしばりつけてしまうこと。これも、真空嫌悪の一現象である。人は、自分の努力がむだに終わってしまうことを望まない。狩猟において獲物にしつこくつきまとうこと。見つけることを望んではならない。度のすぎた献身の場合のように、努力の目標でもあるものに、自分が従属してしまうことになる。外にあらわれた報いも必要であって、ときとして偶然に与えられることもあるが、真実をゆがめてでも、そういう報いを手にしたいと待ち受けているのが実状だ。
 ただ、どんな欲望もともなわぬ(ひとつの目的にしばられていない)努力だけが、まちがいなく報いを隠しもっている。
 自分の追求している目的の前で後退すること。遠回りすることだけが、効果をあげる。まず最初に後退しなかったならば、なにもなにもなしとげられない。
 ぶどうの房を引っぱったりすれば、ぶどうの粒はみな地面に落っこちてしまう。
    *
 求めている目的とは反対の結果を生むような努力がある(例、いらいらのこうした信心家の女、えせの禁欲、ある種の献身的行為など)。他方、首尾よく目的にたどりつけなくても、つねに有用な努力もある。
 どうして、その見分けをしたものか。
 おそらく、先の努力には、自分の内部の悲惨さを認めぬということ(それも、ごまかしなのだが)がともなっているのだろう。あとの方の努力には、あるがままの自分の状態と、自分の愛するものとのあいだのへだたりにたえず注意を集中しているということがともなっているのであろう。
    *
 愛によって、神々や人々はいろんなことを教わるのである。学びたいとの願望がなければ、だれも学ぶことはできないのだからである。真理は、真理だからというので求められるのではなく、善であるから求められるのである。
 注意は、そういう願望とつながっている。意志とではなく、願望と。でなければ、もっと正確に言うなら、同意と。
    *
 人は、自分の内部で、エネルギーを解き放つ。だが、そのエネルギーはいつも、またしばりつけられてしまう。どうしたら、それをすっかり解き放つことができるだろうか。わたしたちの内部で、このことが行われるようにとねがい求めなければならない。ほんとうにねがい求めなければならない。ただ、ねがい求めるだけにとどめて、それを自分で果たそうとたくらまないこと。なぜなら、こういう方向でたくらみはすべて、むなしく、また高くつくからである。この種の行いにおいては、わたしが<わたし>と呼ぶものすべて、受身とならなければならない。ただ注意のみ、この<わたし>が消えてしまうほどに張りつめた注意のみが、わたしには要求されているのだ。わたしのいわゆる<わたし>全体から、注意の光をとりあげてきて、想像もおよばぬものの方へとその光をさしむけて行くこと。
    *
 ひとつの思念を決定的に追い払ってしまう能力は、永遠へといたる門である。一瞬間の中の永遠。
    *
 さまざまな誘惑に面しては、誘惑する者が話しかけてきても返事をせず、きこえないふりをよそおう貞淑な女性を模範にすること。
    *
 わたしたちは、善にも悪にも分けへだてをしないようにしなければならない。だが、分けへだてをしないならば、すなわち、どちらの方にもひとしく注意の光をそそぎかけるならば、善の方がおのずと勝ちまさってくる。それこそが、なくてはならぬ恩寵である。また、善の定義であり、基準である。
 神の霊感は、そこから注意をそらさず、自分から拒んだりしなければ、まちがいなく、どうしようもなく働きかけてくるものである。そうなるようにと、とくに選ばなくてもよい。それが存在すると認めるものを拒まなければたりる。
    *
 愛をこめて注意を神の方へと(あるいは、もう少し下の段階では、すべての真に美しいものの方へと)向けるならば、いくつかのことが不可能になる。それは、たましいの中での祈りが、能動的に働きかけないで、おのずと果たすわざである。ある種の行動は、なすがままにしておくと、こういう注意をくもらせるかもしれないのだが、逆に、この注意によって動き出すことが不可能にもなる。
    *
 たましいの中に永遠性の一点をもつことができたら、あとはただそれを大事に守りとおすほかは何もすることはないのだ。それは種子のように、自分で大きくなって行くことだろう。そのまわりを武装した番兵に身じろぎもせずにとりかこませ、数だとか、一定普遍の正確な相互関係だとかについて瞑想をこらすことによってこれを養い育てて行かねばならない。
 からだの中にある不変なものをじっと注視つづけることによって、たましいの中の不変なものを養い育てることができる。
    *
 ものを書くのは、赤ん坊を産むようなものだ。これが限度と思えるような努力をふりしぼらずにはいられない。だが、行動するときも同じである。さいごの努力をつくしていないのではないかとおそれるにはあたらない。ただ、自分をあざむかないこと、注意をこらすことだけが、なされているならば。
    *
 詩人は、真に実在するものにじっと注意をそそぐことによって、美を生み出す。人の愛するという行為も、同じである。今そこに、飢えかわいているその人がわたしと同じように真に存在するものだと知ること--それだけで十分である。残りのことは自然につづいて起こってくる。
 あるひとりの人間の活動の中に、真、善、美といった真正で純粋な価値が生じてくるのは、いつの場合にも同じ一つの行為を通じてである。対象にまったく完全に注意をそそぐといった行為を通じてである。
 教育の目的は、注意力の訓練によってこういった行為ができる準備をととのえてやることにつきるといっていい。
 このほかにも教育にはいろいろと有益な点があるが、いずれもり上げるに足らない。
    *
 学問研究と信仰。祈りとは純粋な状態での注意にほかならず、学問研究は、注意力の訓練といってよいものだから、学校での勉強はどれもみな、霊的生活の一部分でなくてはならない。それには方法が必要である。ラテン語の訳をするについても、幾何学の一問題をとくについても、ある一定のやり方を守るのが(どんなやり方でもよいというものではない)、注意力をいっそう祈りにふさわしいものにするのに適した訓練となるのである。
    *
 比喩や象徴などを理解する方法。それらを解釈しようとくわだてないこと。光が溢れ出てくるまで、じっと見つめつづけること。
 一般的に、知性を訓練する方法は、見つめることである。
 実在するものと幻想上のものとを見分けるために、この方法を用いること。感覚による認識の場合に、自分の見ているものに確信がもてないならば、目を離さずに自分の場syをかえてみると、実在があらわれてくる。内面生活においては、時間が空間のかわりをする。時間がたつにつれて、人は変化するが、さまざまと変化する中にも、同じ一つのものにじっと目を向けつづけているならば、ついには、幻想は消え去り、実在があらわれてくる。その条件としては、注意が執着になってはならず、ただ見つめるということでなくてはならない。
    *
 どうしてもある義務を果たさねばならぬという意志と、よこしまな欲望とのあいだにせめぎあいが起こるとき、善のためにそそがれているエネルギーが使い果たされてしまう。自分の悲惨さを味わい知らされて苦しむときのように、欲望の手ひどい攻撃をも受身で耐え忍ばなければならない。そして、じっと注意を善の方へと向けたままでいなければならない。そうすると、エネルギーの質が次第に高まってくる。
 欲望が時間の中で何を目ざして行けばいいのかわからなくさせて、そのエネルギーを奪いとること。
 わたしたちの欲望は、その言いなりにまかせていたらあそれこそ限りがないが、それを生じさせるエネルギーの点では限りがある。だから、恩寵の助けを借りて、欲望を抑えつけ、消耗させて行って、ついにはほろぼすこともできる。このことがはっきりと理解できたときから、事実上欲望を屈服させたことになる。ただし、いつも注意をこの真理に向けて離さずにいるならば。
    *
 「わたしは、さらによいものを見て(ヴィデオ・メリオーラ)……」こういう状態においては、善のことを考えてるふうにみえ、ある意味では事実考えてもいるのだが、その可能性については考えていないのである。
    *
 人が矛盾というペンチでつかみとる真空が、高いところの真空であることは確かである。なぜなら、知性とか、意志とか、愛とかの生まれながらの能力をさらにとぎすませばとぎすますほど、その真空はよくつかめるからである。低いところの真空は、生まれながらのこういう能力を萎縮させておけば、落ちこんで行くような真空なのである。
    *
 超越的なものを体験すること。そんなことは矛盾だと思える。しかしながら、超越的なものは、触れあうことによってしか知られないものなのだ。わたしたちが自分の能力でこしらえ上げられるようなものではないのだから。
    *
 孤独。孤独の価値は、いったいどういうところにあるのか。単なる物質(空、星、月、花の咲いた木などにしても、みんなそうだ)、人間の精神よりは(おそらく)価値の低いものばかりを前にたたずんでいるにすぎないというのに。その価値は、注意力をはたらかせる可能性が、いっそう多いという点にある。ひとりの人間を前にしても、これと同じ程度に、注意力をはたらかせることができたらよいのだが……
    *
 わたしたちは、神についてはただ一つのことしか知ることができない。それは、神が、わたしたちではないものだということである。ただわたしたちの悲惨が、神を映す影である。わたしたちは、自分たちの悲惨をじっと見つめれば見つめるほど、神を見つめていることになる。
    *
 罪とは、人間の悲惨を知らずにいるということにほかならない。それは、意識されていない悲惨であり、その点で、罪がある。キリストの生涯とは、人間の悲惨がとり去ることのできぬものであること、まったく罪なき人においての、罪ある者と同様に、その悲惨さがここまで深刻であることを実際に示してみせた証拠である。ただ、キリストにおいて、その悲惨さには光があたっていたのであるが……
    *
 人間の悲惨は、富める者や権力ある者には知ることがむずかしい。なぜなら、そういう者は、自分が重要な存在であると、まずはどうしても信じずにいられない傾きがあるからである。このことはまた、惨めな者にとっても同じようにむずかしい。なぜなら、惨めな者は、富める者や権力ある者が重要な存在であると、まずはどうしても信じずにいられない傾きがあるからである。
    *
 死にいたる罪となるのは、おかした過失そのものではない。どんなものであれ、過失がおかされたときに、たましいの中にある光の度合によって、死にいたる罪となるかどうかがきまる。
    *
 純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である。
    *
 極限の純粋さは、純粋なものも、不純なものをもじっと注視することができる。不純は、そのどちらもができない。純粋さは、かれ(人間)をおそれさせ、不純は、かれを呑みこむ。かれには、このふたつを混ぜあわせたものが必要である。
    --シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)「注意と意志」、『重力と恩寵 シモーヌ・ヴェイユ「カイエ」抄』ちくま学芸文庫、1995年。

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We few, we happy few, we band of brothers

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This day is call'd the Feast of Crispian:
He that out-liues this day, and comes safe home,
Will stand a tip-toe when this day is named,
And rowse him at the Name of Crispian.
He that shall see this day, and liue old age,
Will yeerely on the Vigil feast his neighbours,
And say, to morrow is Saint Crispian.
Then will he strip his sleeue, and shew his skarres:
Old men forget; yet all shall be forgot:
But hee'le remember, with aduantages,
What feats he did that day. Then shall our Names,
Familiar in his mouth as household words,
Harry the King, Bedford and Exeter,
Warwick and Talbot, Salisbury and Gloucester,
Be in their flowing Cups freshly remembred.
This story shall the good man teach his sonne:
And Crispine Crispian shall ne're goe by,
From this day to the ending of the World,
But we in it shall be remembred;
We few, we happy few, we band of brothers:
For he to day that sheds his blood with me,
Shall be my brother: be he ne're so vile,
This day shall gentle his Condition.
And Gentlemen in England, now a bed,
Shall thinke themselues accurst they were not here;
And hold their Manhoods cheape, whiles any speakes,
That fought with vs vpon Saint Crispines day.
    --William Shakespeare,The Life of Henry the Fifth,1599.

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いうまでもありませんが、戦争に行くのも厭だし、現実の戦争や暴力を肯定することは100%できません。

しかし、しかし、ながら、その「造形美」に感嘆してしまい、戦争映画を見てしまうと「魂」が「鼓舞」され、涙を流してしまう宇治家参去です。

やはり、これは生き物としての男性“性”に起因するのだろうか……と思わなくもないのですが、例えば、肩にとまったわが家の十姉妹のピーチャンは肩にとまりしばらくすると、髪の毛をひっぱりはじめるのですが、そのおり、宇治家参去は、“我慢”するのですが、細君などは、ピーチャンがつんつくしだすと同時に、手で追い払うようですので、この問題は、男性“性”にのみ起因するわけでもなかろう……などと思うのですが、話が例の如くずれ込みました。

そう、戦争に関する文化といいますかそうしたものから、不思議なモノですが、なにがしかの活力を頂いてしまう宇治家参去です。

さて、自分自身としても、種々がんばっているつもりではあり、ヘンな言い方ですがきちんと本業もコツコツやって、市井の仕事もきちんとやって……今日はレジの打ちすぎで突き指とか「アリエネー」って叫びましたが……、種々社会活動等々もふくめある意味では「そつなく」やっている“つもり”なのですが、このところ、人生を闘うという根本的な意義においては、なんだか違うんだよナー、という感覚も拭いきれないものです。

だいたい数ヶ月に一度こうした、「こなしているけど、どうよ」みたいなツッコミがどうしてもあり、それを機会に反省して、同じことを「こなす」にしてもその「こなす」レゾンデートルを点検しながら、意義ある一歩へ転換してゆかなきゃいかん!などと恒例行事をやっております。

その契機として今日は仕事へ行く前と、帰ってきてからひたすら戦争映画(TVシリーズ)の『バンド・オブ・ブラザーズ』(Band of Brothers,BBC/HBO,2001、以下BoB)を再聴している次第です。

いゃあ~染みます。

話の筋としては、戦争映画ですので、舞台は第二次世界大戦になります。
合衆国陸軍第101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第2大隊E中隊の訓練、そしてノルマンディー上陸作戦を経て、対ドイツ軍戦線での経過を終戦まで描いた大河ドラマになるわけですが、これがまた染みこんできます。

闘う気概!
そしてその意味!
国境とかイデオロギーに左右されない本物の絆!

平和を説く?神学者(ないしは哲学者or倫理学者)ですし、感性と生命からの叫びになりますが、現実の戦争や暴力を肯定することは100%できません。

しかしおなじく感性と生命からの叫びとして、こうしたものに心がぶるぶる震えてしまうのは一体何なんでしょうか……ねえぇぇ。

愁眉はやはり最終話!
ドイツが敗戦後、101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第2大隊E中隊はオーストリアで最後の任務を遂行します。
敗れたドイツ軍将校の軍団解散演説で幕を閉じるわけですが、この演説にしびれてしまうものです。

作中でも、ドイツ軍、米軍にかぎらず、その演説が心を打つわけなのですが、アルプスから降りてきた第352国民擲弾兵師団長トルスドルフの演説がそれです。

元ネタは、シェークスピア(William Shakespeare,1564-1616)の『ヘンリー五世』(The Life of Henry the Fifth)なります。

百年戦争の渦中、1415年のアジャンクールの戦い(Bataille d'Azincourt,Battle of Agincourt)は奇しくも英国軍が3倍のフランス諸侯軍を下した戦いなのですが、劣勢のさなか、仲間たちを励ましたヘンリー五世の演説(聖クリスピンの祭日の演説)……シェークスピアの手による……になります。

冒頭がそれですが、坪内逍遙(1859-1935)の訳によると次の通りです。

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今日はクリスピヤン祭と称される日だ。今日死なゝいで帰国する者は、此後此祭日が来た時には、クリスピヤンの名を聞くと同時に、(我れ知らず)足を爪立て(我ながら肩身を広く感ず)るであろう。今日死なないで老いに及ぶ者は、年々此祭の前夜に隣人を饗応して、明日は聖クリスピヤンだといって、袖を捲って古傷を見せて、こりゃクリスピヤン祭に受けたのだといふだろう。老人は忘れっぽい。何もかも忘れるだらうが、此日にした事だけは、利子を附けて憶ひ出すだらう。その際、彼等の口に俗諺のやうに膾炙するのは我々の名だらう。王ハーリー、ベッドフォードにエクシーター、ウォーリックにタルボット、ソルズバリーにグロースターを、彼等はなみなみと注いだ酒盃を挙げて、又新たに憶ひ出すだらう。戸主が此話を其息子に伝へるから、今日から世界の終るまで、クリスピヤンが来さへすればわれわれの事は憶ひ出される。われわれは、われわれ幸福な少数は、兄弟団とも称すべきだ。今日わたしと共に血を流す者はわしの同胞なんだから。どんな卑賤な者も今日で以て貴紳と同列になる。イギリスで今寝てゐる貴紳連は、後日聖クリスピヤン祭に、われわれと一しょに戦った誰れかに其話を聞きゃ、きっと今日こゝにゐなかったのを残念がり、男がすたったやうに思ふだらう。
    --シェークスピヤ(坪内逍遙訳)『ヘンリー五世』新樹社、1958年。

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闘う人間には貴賤も身分も何もありません。

“共に”“闘う”ところに一種の美学があるのでしょう。

こうした映像を見てしまうとねぇ~、頑張ろうと思ってしまう不思議な宇治家参去でした。

Band of Brothers

……いい、響きではありませんか!!

……ですけど、ミリタリストではありません。

……ってあまり説得力ありませんですかね?

http://www.youtube.com/watch?v=ozGIgCVO9AA&hl=ja

因みの蛇足ついでですが、このテーマソングに使われている「Requiem for a Soldier」も染みるんです。

……ので、歌詞を付けておきます。

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You never lived to see
What you gave to me
One shining dream of hope and love
Life and liberty
With a host of brave unknown soldiers
For your company, you will live forever
Here in our memory

In fields of sacri-fice
Heroes paies the price
Young men who died for old men's wars
Gone to paradise
We are all one great band of brothers
And one day you'll see, we can live  together
When all the world is free

I wish you'd lived to see
All you gave to me
Your shining dream of hope and love
Life and liberty
We are all one great band of brothers
And one day you'll see - we can live together
When all the world is free

-----

http://www.youtube.com/watch?v=CfVELFsb96Q

くどいですが、ただひとこといえるのは、宇治家参去は、教科書的な原則的平和論者ではありません。

たたかう平和論者……でアリタイ。

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夜にも、嵐にも、飢えにも、事故にも、挫折にも、樹木や動物のごとく立ち向かいたい

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ぼく不動なるもの

ぼく不動なるもの、「自然」のさなかに悠然と立ち、
万物の支配者あるいは女王、不条理なものにかこまれながら自若たる、
そのものたちの色に染まり、そのものたちのごとく受身で、柔軟で、寡黙、
ぼくの生業、貧困、悪名、欠点、罪悪、これらのことは思っていたほどたいしたことではないと知り、
ぼくはメキシコの海をめざし、あるいはマナハッタかテネシーの川に、あるいは遙かな北ぐいであれ奥地であれ、
川に暮らし森に生きる、あるいはこれらの諸州か沿岸地域の、それとも湖水のあたりかカナダのどこかで農場ぐらし、
たといどこで暮らそうとも、おお、どんな偶然事にも泰然としていたい、
夜にも、嵐にも、飢えにも、事故にも、挫折にも、樹木や動物のごとく立ち向かいたい。
    --W.ホイットマン(酒本雅之訳)「ぼく不動なるもの」、『草の葉(上)』岩波文庫、1998年。

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ホイットマン(Walter Whitman,1819-1892)の『草の葉』からふたつの詩を紹介しておきます。

言葉を失う瞬間があるのですが、不動に突き進んでいきたいものです。

問題は極めて一人の人間に時として集中的に襲いかかってくるのですが、決して人間はひとりではありません。

だから限りない青海原を乗り越えていけるはず……だと確信しつつ。

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  海に浮かぶ客船のなかで

風がひゅうひゅう唸り、波が、尊大な大波が高鳴り、
限りない青海原が四方に広がる、
そんな海に浮かぶ客船のなかで、
それとも濃紺の海原にわびしく浮かび、
それでいて自信に満ち、歓喜に溢れ、白い帆を広げて、
白昼の泡だち輝く波のさなか、あるいは夜空にかかるあまたの星の下でで、精妙な大気を分けて進む一艘の帆船のなかで、
老いも若きもすべての船乗りたちに、わたしはすっかり打ちとけて、
陸地を思うよすがとして、おそらく読まれることだろう。

「これぞわしらの思い、航海者の思い、
これぞ陸地の、堅い陣地の歌のみならず」、あとで彼らは言うかもしれぬ、
「ここでは空がアーチを描き、足の下には甲板のゆるやかなうねり、
長い鼓動、引いては満ちる終わりのない動揺、
目には見えぬ神秘の声調、海の国を偲ばせる茫漠広大な暗示、潮流さながらに流れゆく言葉、
潮の香り、索具類のかすかな軋み、もの憂いリズム、
果てしない眺望と遠くに霞む水平線、これらもすべてはここにある、
これぞまさしく大海原の詩」

だから挫けてはならぬ、おおわたしの本よ、お前の定めを果たすのだ、
お前はただ陸地ばかりを偲ぶよすがにあらず、
精妙な大気を分ける孤独な帆船のように、お前もまた、めざす港は分からぬが、それでも自信に溢れ、
帆走するすべての船の僚友となって進みつづけよ、
わたしの愛を包みこんで彼らのところへ届けてくれ、(親愛なる船乗り諸君、君らのためにわたしはこれらすべての歌草に愛を包みこんでおく)、
船足を早めよ、わたしの本よ、尊大な波浪に逆らってわたしの小舟よお前の白い帆を広げよ、
歌いつづけよ、走りつづけよ、限りない青海原を越え、わたしからすべての海へ
この歌を、船乗りたちと彼らのすべての船たちのために届けてくれ。
    --W.ホイットマン(酒本雅之訳)「海に浮かぶ客船のなかで」、『草の葉(上)』岩波文庫、1998年。

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草の葉 (上) (岩波文庫) Book 草の葉 (上) (岩波文庫)

著者:ホイットマン
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文科の哲学に入るべく決心した私が急に法科に移つたのは、偶然の事からである

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 中学四年頃から私の趣味が段々変り始める。此頃まで、雅文まがひの文字を並べたり、歌や俳句のまねをしたり、新刊の小説を濫読したり、殊に徳川時代の稗史小説をあさつたりしたものの、将来の方針としては理科大学へ往つて数学をやる積りで一貫していた。小説濫読の仲間に松田彦三郎・木村毅など云ふ親友があつたが、今はどうして居られるやら。但しこの木村毅は、昨今売り出しの木村毅君ではない。矢口親平君などからは大に近松を鼓吹されたものだ。近松だの、馬琴だの、其他その頃復刻された古文学類は、読まぬまでも、大抵私の文庫の中に収められて在つた。而して私の文章は、之等の文学書と共に又可なり沢山な数学書類もあつたのである。所が中学四年頃から考が変つた。急に文科の哲学へ這入らうと云ふ考になつたのである。
 私の先輩の某君は、高山林次郎が仙台二高教授としてやつて来たので自然之にかぶれたのだらうと云つた。併し自分では一年上級の土井亀之進君の感化だと信じて居る。此人は土井晩翠兄の従弟で、非常に天才肌の人であつた。高等学校在学中不幸肺を病んで夭折されたが、生きて居られたら偉い物になれたろうと惜まれてならない。高山林次郎の二高赴任は大変な評判であつたが、私の精神上には大した関係はない。寧ろ此時高山樗牛と一所に来任した佐々醒雪の方が、私に取つては重大の関係がある。但し之は私が二高に這入つてからの事だ。
 明治三十年九月私は二高の法科に這入つた。文科の哲学に入るべく決心した私が急に法科に移つたのは、偶然の事からである。永く鉄道の方に勤めて幾多の功労を残され、地震の年に物故された人に木下淑夫君といふがある。此人が梅蔵と云つてまだ二高に在学されてゐた頃、偶然私と下宿を同じうした。彼が二高を卒へて大学に行つたとき、私は中学の四年であつたと思ふ。仙台に居る時から彼は私に頻りに法科に行けとすゝめて居た。さて私が卒業して二高の文科に這入ると云つてやると、彼はわざわざ東京からやつて来て、熱心に法科をやる気はないかと勧める。其の理由には色々あるが茲には述べぬ。余り熱心なので、嫌々ながらウンと云つたら、同君自ら直に高等学校へ往つて私の願書を法科志望に改めたものと見へる。九月学校へ往つてそれを知り一寸驚いたが、強て嫌なら又移れると思つて、遂にその儘法科をやつてしまつたのである。斯んなことから一生の方針がきまるとは、人の運命も変なものだ。因に云ふ。当時私は無試験入学の得典を有して居た。勝手に願書を書き換へることの出来たのはその為めでないかと考へる。
    --吉野作造「少年時代の追憶」、『文藝春秋』文芸春秋社、一九二六年九月。

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吉野作造(1878-1933)で論文を書いているのですが、ちょうど第一章で取り扱う伝記的部分をこのところリライトといいますか、手を入れております。

吉野作造といえば、教科書的記述に従うならば、「大正デモクラシーの旗手」ということになりますので、大正論壇をリードした「デモクラット」とということになりますし、そのことは否定できません。

しかし、その歩みを振り返ってみると、「大正デモクラシーの旗手」だとか「デモクラット」として対象化される以上に幅広い側面が実際には見てとれますので……これは吉野に限らずどのような人物でも同じなのですがひとは、ひとを記述的に評価する際どうしても特定のキーワードで見てしまうものです……吉野自身の手になる「追想」とか、友人の筆による「吉野君の思い出」のようなものを読んでおりますと実にこれがおもしろく、時間を忘れてしまうありさまです。

経歴を振り返ってみると、仙台の第二高等学校を経て、現在の東大(当時の東京帝国大学・法科大学)へとコースをたどり、新進気鋭の政治学者として活躍します。キリスト教の影響もうけつつ、体制の枠組みのなかで現実になにができるのか……その探求が「民本主義」の主張へと結実していくわけで、たしかに「民本主義」には理論的限界もあり、それを批判者は“突いてくる”わけなのですけども、「現実になにができるのか」という実際的には大切なところを批判者はスルーしており、格闘したのは批判された吉野作造かもしれません。

さて、この吉野作造ですが、面白いことに……というか実はそれが吉野の人間らしさ・人間くささになってくるのですが……もともと「政治学者」になろう!と「決意」してその道を歩んだわけではないところです。

小学校、中学校時代……もちろん旧制ですが……は、数学が得意で(もちろんどこでも首席卒業ですが)、「理科」へ進もうかと考えていたのですが、学友などの影響で、「文科」で「哲学」を探求してやろうと思った矢先、高等学校(今で言う大学の教養課程)へすすむ際、「偶然の事」から「法科」へと「神学」しまったというエピソードには驚くばかりです。

ある意味では時代が「おおらか」だったという側面もあるのでしょう。
そして吉野作造自身が「物事」に「こだわらない」たちだったということもあるのでしょう。

しかし、吉野は二高へ進んだあと、「強て嫌なら又移れると思つて」いたわけでしたが、結果的には、法科で歩みをすすめ、「遂にその儘法科をやつてしまつた」わけです。

そこで思うのが……これまた印象批判で恐縮ですが……吉野自身も語っているとおり、「斯んなことから一生の方針がきまるとは、人の運命も変なものだ」というところです。

もちろん、何かをなそう、何か結果だしていこう、これで決めて進んでいこう!……という方向性ももちろん大切です。

そのことを否定はしませんが、実際には「それだけではない」のでしょう。

最初に思い描いたのとはちょいと違うんだけど……ということのほうが現実には多いのですが、そこでどのようにその現実と向かい合っていくのか……そこが大切なのかも知れません。

たとえば、大学に関してもそうなのですが、問題のある言い方ですが臆面もなく踏み込めば……「テキトー」に学部なり大学なりを状況に応じて選んでしまうことってあるかもしれません。

しかし、スタートとしては「テキトー」に選択したとしても、中身を「テキトー」にしないならば、ちがってくるのでしょうね。

吉野のエピソードは、別段「テキトー」に選択したわけではなく、ある意味では「事故」といってもよいのでしょうが、それがきっかけだったとしても、そこでどのようなコンテンツをつくりあげていくのか、そのことが大切なんだよね!ということを示唆してくれているように思われて他なりません。

自己に向かいあうエピソードに翻弄されるのか。それとも、エピソードすらをも自己自身の成長の糧に転換しゆくのか……字面では大いに理解できるのですが、そこをうまくやっていくのは至極面倒なのですが、そこにしか自己自身の内実を豊にしていく契機はないのかもしれません。

自分自身に「投げ出されてくる」問題というものは、理由もなくある日突然おとずれるもので、そこに不平をいうのは簡単ですが、不平をいわずにすこし「工夫」してみたいものです。

……ということで、小雪(1976-)の出ているサントリー「角瓶」の「角ハイボール」のCMを見ていましたら、無性に呑みたくなってしまいましたので、今日は「角ハイボール」で締めてみようかと思います。

もともとは日本酒党ではなく、「洋酒天国」ばりの「ウィスキー党」(スコッチ)でしたが、最近とんと呑んでなく、久し振りにやってみますと、ウマイものです。

しかしやり始めるとどんどん濃度が濃くなっていくのが玉に瑕……といったところでしょうか。

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こうして「生-権力」〔ビオ・プーヴオワール 人間の生を中心においた権力〕の時代が始まるのだ

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フーコーは、ヨーロッパの一八世紀末における正気の再定義のうちに認識の暴力がはたらいていたことを確認している。そこではエピステーメーの徹底した分解検査がおこなわれたというのだ。しかし、その正気というそれ事態としては特殊な概念にかかわる再定義がヨーロッパならびに植民地における歴史のナラティヴの一部でしかなかったのだとしたら、どうだろう。この二つの認識の分解検査の企図が遂行されたのが、あるひとつの巨大な二人用エンジンの、分離された、それとは認められていない二つの部分としてであったとしたら、どうだろう。これはおそらく、パリンプセスト〔元の字を消してその上に別の字句を記した羊皮紙〕のような形態をとった帝国主義のナラティヴのサブテクストを「服従させられた知識」、「かれらの仕事にとっては不適切だとか十分に練り上げられていないという理由で知識としての資格を剥奪されてきた一組の知識、すなわち、ヒエラルキーの下方、認識ないしは科学性のレヴェル以下のところに位置づけられた、素朴な知識」(PK,82)として認知するように求めるということでしかないのではないか。
 こういったからといって、なにも「事態は実際にはどのようであったか」を記述しようとか、歴史を帝国主義の歴史として解釈しようとする歴史のナラティヴを歴史についての最良の解釈であるとして特権視しようというのではない。そうではなくてむしろ、現実についての説明とかナラティヴと称されるものがどのようにして規範的な性格の説明ないしナラティヴとして確立されたのか、その経緯を明らかにしようというのである。
    --G.C.スピヴァク(上村忠男訳)『サバルタンは語ることができるか』みすず書房、1998年。

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どうも調子が良くなく、久し振り?に市井の職場へ出勤すると、これまた夏休み明けの店長から、「宇治家さんはいつも調子悪そうだけど、なんだかうつされたみたいでサー、夏風邪っぽいのよ」などと独特の自虐ネタでのっけから絡んでくるものですから、

「こちらの調子がわるいのは、体調のせいだけでなく、生存に関する深い“違和感”から発しているものですから、多分、ちょいと違いますよ」

……などとこれまた濃厚な自虐ネタで返したところ、スゴスゴと退散してくれましたが、こうしたやりとりはひとつの漫才のようなものかもしれません。

ちょいとネタして、暗い気分をふっとばすとでもいうのでしょうか。

ただこっちとしては、暗い気分とはふっとばすものではなく、正面から見据えて、違和感、胃の痛さ、頭痛の痛みから考察を深めていかねばならない--とでも言えばいいのでしょうか……。その辺を大切にしたいというところで、レヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)が「哲学とは目覚めである」というとおり、感覚を冴えさせてくれる胃の痛さ、頭痛の痛みといった違和感ほどありがたいものはございません。

違和感に鈍感となってしまいスルーしてしまうということは、問題のある現状を等閑視することにほかならないわけですので、あえて“痛み”にこだわる、否、“痛み”を感じなくなってしまうことが一番の問題なのだろう--と思うわけですが、本日は実に調子が悪く、どうやら・・・

小乗が……もとゐ、症状が軽い熱中症のようでして、今、アルコール消毒にて覚ましている次第です。

たぶん、違和感と学問に熱中していたのだろう……そういうことにしておきます。

市井の職場でも休憩中にタバコを吸っていたのですが、どうやらタバコを手に持ったまま、うつらうつらしたのでしょうか、じりじりとゆびが焦げ付くところで微睡みから起きた次第で……、まったくなっておりません。

で……
このところ、ポスト・コロニアル批評でガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)が指摘するフランス現代思想の大家フーコー(Michel Foucault,1926-1984)とかデリダ(Jacques Derrida,1930-2004)の批判理論を再読しているところです。

そんで……
スピヴァクはなにもフーコーとかデリダの批判理論を“批判”して、どぶに捨てようとしているのではないけれども、通有性としての限界があるのだろうな……というところはなんとなくつかめた次第です。

学部生時代に一番読んだのが、じつは、フーコーであり、デリダですので、やはり愛着があり、いかにスピヴァクが尖端であろうとも“鞍替え”することには忸怩たるところがあり……。

両者をまさに批判的によんでいると、その批判というのはまさに“脱構築”という内在的消化とでもいえばいいのでしょうか……発展的消化……などと表現するとスピヴァク論者からは批判されますが……そう思われなくもない……というのが実感です。

さて、例の如くずれ込みましたが、本日はフーコーを再読しつつ、手の指が灼けていくこと覚知!したごとく……まさに一切衆生見喜菩薩ではありませんが……、フーコーの話でもすこしと思ったのですが、ちょい息切れです。

ですからちょいスケッチのみでご容赦を。

権力理論の運用において近代・現代を牽引したのは、まさに「古典主義の時代」に花盛りだった二元論なのでしょうねえ。

一方に悪なる権力があり、一方に無辜の民……そしてそれを牽引していく「前衛」としての党派的知識人の対峙というスタイルでしょう。

フランス革命の時代には有効な手だてだったのかもしれませんが、国民を保護することを第一義とする現代国家像においては、そうしたスタイルは、すでに死文化しているはずだろう……などと思うところなのですが、いまだにそれが跋扈しているところに実は辟易とした次第です。

善と悪との最終対決に重きを置く権力理論は、キリスト教の歴史解釈に実は深い根を下ろしているわけですけれども、これは実は古典主義時代の君主権力に対する世界像においてしか通用しません。

なぜなら、古典主義時代の権力とは「死」を裁定するエートスに他なりませんから。

それに対して現代国家の権力とは何でしょうか。

まさに「生」を裁定するエートスにほかなりません。

著しい区別が実は戦場に存在します。

古典主義時代においては、決闘とか英雄将軍にみられるように、相手をあざやかに殺すところにその美学が存在します。

対して現代戦ではどうでしょうか。
壊滅ではなく、生殺しこそ有効です。

何故ならシステムとしての福祉国家が背後に存在するからです。

殺すよりも不虞を目指す兵器を列挙するならば枚挙に暇がありません。

「生」を保証するのが国家であり、そのために「主体」として動員されるわけですから、(誤解をまねく表現ですから)不完全な「生」を抱え込むほど「負債」はありません。

主体とは何でしょうか。

英訳するとsubject。

subjectとはまさに「主体的に」であるわけですが、「支配される」「民草」をも同時に表現する言葉です。

日本語としては同一の「主体」という言葉に訳されるわけですが、「主体的」に「支配される」「誓願」を要求するのが現代国家の特徴でしょう。

だからこそ公衆衛生が発達し、福祉が問題にされ、生命の維持が愁眉の話題となってくるわけです。

そうした前時代の価値とことなる価値機軸を批判しようとはまったく思いません。

しかし、その他者を支配しようとする「権力」を制定・行使する側にどれだけ「生の権力」に対する理解があるのだろうか……考えてみると疑問ばかり多く、まさに胃の腑が痛くなるばかりです。

現代社会の支配体系の特徴とは何でしょうか。
それはとりもなおさず権力という言葉に代表される国家一般が市民を支配する際、単に法制によって個人になにかを「課す」だけでなく、ひとりひとりの市民に「心から」服従できる物語とシステムを提供していく……そのことに主眼がおかれてきます。

その意味では、前時代と著しく違い、支配の対象、そして方法が「個人」に移行したことを意味し、そのことをフーコーは「生政治学(Bio-politics)」とい表現しました。

外面的強制力だけでなく、内面的な意識レベルにおいて、支配されることに従順に誓願できる各個人の要請と育成……それが見え隠れするのが現代国家という権力の諸システムにほかなりません。

古典時代に代表される従来の権力機構においては、民の生を掌握し抹殺しようとする君主の「殺す権力」がその象徴です。しかしこの現代に特有な「生-政治(学)」は、むしろ現実問題として抑圧的には見えません。

なにゆえならば、むしろ「生」を保証(向上)させるからです。

公衆衛生・福祉政策によって管理・統制しゆく現代の権力システムにどのように対峙していくのか。

フーコーは、個人の倫理を充実させ、自分の生活を他人が尊敬し賞賛できるようなものに転換することによって抵抗できると考えたわけですから……そのレヴェルに至れない事例はどう“闘う”のか。

そこにスピヴァクの眼は向いているのかもしれません。

……って、例の如く呑みながらの雑談なのでご容赦を。

……という伏線をはりつつ、いずれにしても、この4-5日、政府と野党でかわされたマニフェスト論争を振り返ってみると、システムとしてはその域にそって形成されているにもかかわらず、内実としては古典主義時代「以前」といってよい「パワーゲーム」に終始してしまう事実をみせつけられますと、実に辟易として胃の腑が泣いておる次第です。

いずれおちついたときに詳論すべきですが、今日は燃料切れ……いつもでしょ!ってツッコミはなしですヨ……ご容赦の程を。

しかし、実際にそうした選挙にらみの「論争」をつぶさにみてみると、「古典主義時代」どころか実はそれ「以前」だろう!って思うのは宇治家参去一人ではあるいまい。

……ということころで、アルコール消毒用のビールが終了しましたので、これから、ワインにて再度消毒してから沈没します。

ご近所の夫婦が「頂き物ですが、呑めないので……」

……ということで頂いたのでありがたく頂戴した次第です。

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 ところで西洋世界は古典主義の時代以降、このような権力のメカニズムに極めて深い変更を蒙ってきた。「徴収」は、権力の重要な形態であることをやめて、権力が服従させる力に対する唆かし、強化、管理、監視、増大、組織化といった諸機能をもつ様々な他の部品の中の一つにすぎなくなる傾向にある。様々な力を算出し、それらを増大させ、それらを整えるためであって、それらを阻止し、抑えつけ、あるいは破壊するためではないような一つの権力である。死に対する権利は、その時から、生命を経営・管理する権力の要請の上に以降するか、少なくともそのような要請に支えを見出し、その求めるところのものを中心に整えられるという傾向をもつようになるだろう。君主のもつ自衛する権利、あるいは人々に君主を守れと要求するその権利の上に成り立っていたこの死は、今や、社会対にとって、己が生命を保証し、保持し、発展させるための権利の、単なる裏面として立ち現れることになるだろう。かつて十九世紀以降の時代ほどに戦争が血腥かったことはなかったし、また、勿論あらゆる差異を考慮にいれての話だが、それ以前には、かつて体制が自分たちの住民に対してこれほどの大量殺戮を行ったことはなかった。しかしこのような死に対する途方もない権力は--そしてこれが権力にその力の重要な部分と、またしてこのような死に対する途方もない権力、生命を経営・管理し、増大させ、生命に対して厳密な管理統制と全体的な調整とを及ぼそうと企てる権力の補完物となるのである。戦争はもはや、守護すべき君主の名においてなされるのではない。国民全体の生存の名においてなされるのだ。住民全体が、彼らの生存の必要の名において殺し合うように訓練されるのだ。大量虐殺は死活の問題となる。まさに生命と生存〔生き残ること〕の、身体と種族の経営・管理者として、あれほど多くの政府があれほど多くの戦争をし、あれほど多くの人間を殺させたのだ。そしてこの輪を閉じることを可能にする逆転によって、戦争のテクノロジーが戦争を戦争の徹底的破壊へと転じさせればさせるだけ、事実、戦争を開始したまたそれを終わらせることになる決定は、生き残れるかどうかというむき出しな問いをめぐってなされるようになる。核兵器下の状況は、今日、このプロセスを到達点に位する。一つの国民全体を死にさらすという権力は、もう一つの国民に生存し続けることを保証する権力の裏側に他ならない。生き残るためには敵を殺すという、白兵戦の先述を支えていた原理は、今や国家間の戦略の原理となった。しかしそこで生存が問題になるのは、もはや主権の法的な尊合いではなく、一つの国民の生物学的な存在である。民族抹殺(ジェノサイド)がまさに近代的権力の夢であるのは、古き<殺す権利>への今日的回帰ではない。そうではなく、権力というものが、生命と種と種族というレベル、人口という厖大な問題のレベルに位置し、かつ行使されるからである。
 私は別のレベルで、死刑を例にとることもできただろう。死刑は長い間、戦争と並んで、剣の権利のもう一つの形態であった。それは、君主の意志、その法、その人格に気概を加える者に対する君主の対応をなしていた。死刑場で死ぬ者は、戦争で死ぬ者とは正反対に、ますます少なくなっている。しかし後者が増え前者が減ったのは、まさに同じ理由によるのだ。権力が己が機能を生命の経営・管理とした時から、死刑の適用をますます困難にしているものは、人道主義的感情などではなく、権力の存在理由と権力の存在の論理とである。権力の主要な役割が、生命を保証し、支え、補強し、増殖させ、またそれを秩序立てることにあるとしたなら、どうして己が至上の大権を死の執行において行使することができようか。このような権力にとって死刑の執行は、同時に限界でありスキャンダルであり矛盾である。そこから、死刑を維持するためには、犯罪そのものの大きさではなく、犯人の異常さ、その矯正不可能であること、社会の安寧といったもののほうを強調しなければならなくなるのだ。他者にとって一種の生物学的危険であるような人間だからこそ、合法的に殺し得るのである。
 死なせるか生きるままにしておくという古い権力に代わって、生きさせるか死の中へ廃棄するという権力が現れた、と言ってよい。
(中略)
 具体的には、生に対するこの権力は、十七世紀以来二つの主要な形態において発展してきた。その二つは相容れないものではなく、むしろ、中間項をなす関係の束によって結ばれた発展の二つの極を構成している。その極の一つは、最初に形成されたと思われるものだが、機械としての身体に中心を定めていた。身体の調教、身体の適性の増大、身体の力の強奪、身体の有用性と従順さとの並行的増強、効果的で経済的な管理システムへの身体の組み込み、こういたったすべてを保証したのは、規律を特徴づけている権力の手続き、すなわち人間の身体の解剖-政治学〔アナトモ・ポリチック 解剖学的政治学〕であった。第二の極は、やや遅れて、十八世紀中葉に形成されたが、種である身体、生物の力学に貫かれ、生物学的プロセスの支えとなる身体というものに中心を据えている。繁殖や誕生、死亡率、健康の水準、寿命、長寿、そしてそれらを変化させるすべての条件がそれだ。それらを引き受けたのは、一連の介入と、調整する管理であり、すなわち人口の生-政治学〔ビオ・ポリチック 生に基づく政治学〕である。身体に関わる規律と人口の調整とは、生に対する権力の組織化が展開する二つの極である。古典主義の時代において、このような二重の顔立ちをもつ巨大なテクノロジーが--解剖学的でかつ生物学的であり、個別化すると同時に概念に従って分類する、身体の技能的成果へ向かうと同時に生のプロセスそのものを見ようとするものとして--設置されたという事実、それは至高の機能が爾後はおそらくもはや殺すことなく、隅なく生を取り込むことにあるような一つの権力の特徴を雄弁に語るものに他ならない。
 君主の権力がそこに象徴されていた死に基づく古き権力は、今や身体の行政管理と生の勘定高い経営によって注意深く覆われてしまった。古典主義の時代における様々な規律制度--学校とか学寮、兵営、工房といったもの--の急速な発展である。同時にまた、政治の実践や経済の考察の場で、出生率、長寿、公衆衛生、住居、移住といった問題が出現する。つまり、身体の隷属化と住民の管理を手に入れるための多様かつ無数の技術の爆発的出現である。こうして「生-権力」〔ビオ・プーヴオワール 人間の生を中心においた権力〕の時代が始まるのだ。
    --ミシェル・フーコー(渡辺守章訳)『性の歴史I 知への意志』新潮社、1986年。

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「『私』(Je)の領域である自身性の孤独を考察」しながらの味わい

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 フランツ・ローゼンツヴァイクは、人間性のなかに、はっきりとした区別を見てとった。ひとつは世界に属する個人(individu)であり、これは他の個人とつねに類比可能である。もうひとつは自身性(ipséité,Selbstheit)である。「私」(Je)の領域である自身性の孤独を考察するときにはじめて、個人どうしのあいだの結びつきにもかかわらず人間どうしのあいだに広がる存在論的な乖離を計測することができるのだろう(「私」の心的作用の秘密とは、私たちの考えでは、「いかにして」(comment)ということである)。さらには、人間どうしのあいだに開口する超越を、そして、対話あるいは近接性の超常的な他動詞性と、社会性あるいは人間的近接性のもつ超存在論的な--あるいは宗教学的な--意義を推し量ることができるだろう。ローゼンツヴァイクにより自身性の孤独はハイデガーが了解したような仕方で理解されてはならない。というのも、ハイデガーはそれを共存在(Mitsein)の欠性的様態(modus deficiens)というふうに理解していたからである。しかし、ローゼンツヴァイクによれば、自身性の孤独は、どのような意味でも自己を出発点にする孤立のことではないし、それは共同体についてのどのような記憶を有さないし、また事物的な離散とも違う。(というのも、事物はたとえばらばらにされていたとしても、「それとは知らずに」ある共通の種に属しているからである。)ローゼンツヴァイク的な自身性の孤独とは、「だれとも、なにものとも共通点を持たない」ような孤立であって、いささか踏み込んで言ってしまえば、「世界の外部」を意味するためになんらかの「超越論的還元」を必要とすることさえないのである。
    --エマニュエル・レヴィナス(内田樹訳)「対話--自己意識と隣人の近さ」、『観念に到来する神について』国文社、1997年。

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人間性のなかには、確かに「類比可能」である「世界に属する個人」(individu)という側面と、「還元不可能」な「自身性」(ipséité,Selbstheit)という側面のふたつがあるのでしょう。

歴史的には、前者と後者の飽くなき闘争というのが実情だったのでしょうが、デカルト(René Descartes,1596-1650)により還元不可能なる個々人性の哲学的基礎が与えられて以来、西洋の社会ではいわゆる個人主義という発想が定式化されていくわけですが、この個人主義の運用が実に難しく、そのあたりに悩んでしまうところです。

また、その「自身性」をどのように位置づけるのかというのは最大の難問であり、マルティン・ハイデッガー(Martin Heidegger,1889-1976)のように「共存在(Mitsein)の欠性的様態(modus deficiens)」と認めてしまうのも、はなはだその「自身性」を破壊してしまう側面があるのでは……などと思考がループする宇治家参去です。

まさに「あれか・これか」と断じない第三の道を模索するということは、言語による定式化をこれほどまでに拒んでいくものなのか……などと思わざるを得ませんが、7月最後の休日は、まったく1頁も学問の進まない一日となってしまった次第です。

さて……
昼過ぎから、……前々からこのあたりに行くかと決めてはいたのですがその日になると決まったのが前日ですが……勤務する短大・大学のキャンパスの散策となり、一族郎党とともに八王子へ行って来ました。

ちょうど、首都圏のJRでポケモン・スタンプラリーもやっておりましたので、「ミュウツー」をゲットして、大学へ向かい、食堂で遅いランチをいただきましたが、これが320円とは、やはり安いですねえ。

食事をとってから、定番コースの文学の池へ向かい、例の如く鯉に餌やりですが、迫力がありすぎといいますか、飢えすぎといいますか、ばしゃんばしゃんと暴れまくり水浸しになってしまうという有り様です。

さて、おちついたところで、短大の学長へ挨拶へゆき、小一時間ほど、種々お話をしていると夕刻になり、帰途についた次第です。

いやしかし、これからの大学「経営」は大変な問題であると実感した次第です。

前日、息子殿と「男と男の秘密の約束」と称して2人で食べに行くというチャンレジをしてしまいましたが、そこにへそを曲げたのが細君でしたので、その埋め合わせを要求されましたが、マア、これが過剰請求というやつでしょうか。

……などと言ってきくわけもありませんが、あまり高額になってしまうところへいってしまうのも辛く、国分寺で下車しましたが、通例「白金」あたりを利用するのですけども、今回は、「節約!」「節約!」……ということでチェーンの「居楽屋かくれ庵『千年の宴』」をチョイスした次第です。

ここは生ビール(中・麒麟一番搾り)が……地域により価格が違いますが……311円という格安で、天狗舞から土佐鶴まで冷や酒の種類もリーズナブルで提供されてい、なにより楽しいのが、自家製豆腐が用意されておりますので、久し振りに利用させて頂きました。
短い突発的な夏休み?はこれにて終了です。
本日よりまたぐだぐだの市井の職場が5連ちゃんですが、ちと本業も丁寧に取り組みながら、やっていきましょうか。

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刺身は、「ひらめ」をいただきました。
本当は、この季節ですと「すずき」がほしいところでしたが……。
しかし、「ひらめ」はどうしてこんなにうすいまっしろなさわやかな魚なのに、くどくない脂がのりにのっているのか、いつもながら驚く次第です。

生ハムと有機水菜の“サクッ”とパイ生地サラダピザもさっぱりしていてお勧めですなあ。

串物は数点頂戴しましたが、セレクトする途中で、麒麟の「ブラウマイスター」を発見!
もともとは、缶・瓶でも販売されておりましたが、最近ではお店だけでの提供となってしまった逸品で、なかなかめぐりあえにくくなってはいるので有難い再会です。
ただしかし、当初は生ビール311円を求めて入店したにも拘わらず、その意味では本末転倒といったところでしょうか。

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