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「教授可能な知」の超克の下準備

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知の種類

 (I)真理の知
 このような知はそもそも存在しない。なぜなら、真理は志向の死だからである。

 (II)救済する知
 この種類の知は、救済を意識させ、したがって救済を完了させるための知としては、存在する。しかし、救済をもたらすための知としては、存在しない。

 (III)教授可能な知
 この知の最も重要な現象形態は、陳腐ということである。

 (IV)規定する力そなえた知
 行為を規定する力をそなえたこの種の知は存在する。ただしこれが規定する力をもっているのは、「動因」としてではなく、その言語的構造のおかげである。道徳における言語的な契機は、この知と関係している。はっきりしているのは、行動を規定する力をそなえたこの知は、沈黙へとつづいてゆくということである。したがってこの知は、それ自体としては、教授不可能である。この規定する力をそなえた知は、道教のタオ(道)の概念ときわめて近い関係にあると言ってよいかもしれない。だがこれとは逆に、この知は、ソクラテスの徳論における知とは、まっこう対立する。というのも、ソクラテスの知は、行為を動機づけるものであって、行為者を規定するものではないからである。

(V)洞察もしくは認識から発する知
 これはきわめて謎めいた知である。それは、知の領域において、時間の領域における現在というものに似た何ものかである。これが存在するのは、理解不可能な移行の途上においてのみである。何から何への移行なのか? 予感から真理の知へと向かう移行である。
    (一九二一年ころ)
    --ヴァルター・ベンヤミン(道籏泰三訳)「知の種類」、『来るべき哲学のプログラム』晶文社、1992年。

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8月9日から勤務している大学の通信教育部の夏期スクーリングが始まりました。
炎夏での学問への取り組み、その挑戦が完遂されんことを心より祈るばかりです。

ちなみに宇治家参去は、愁眉を飾る3期の『倫理学』の担当ですので、講義はまだ先です。

ですが準備もあるわけで、ハードウェアを組み立てるための……例えば機器申請とかそのへん……書類の提出は無事に7月の“遅い”中盤に返却したのですが、ソフトウェアを組み立てるための……要するに教材以外の配付資料……書類を提出していることを“失念”していたようで、〆切の前々日、せっせこせっせこ作り直していた次第です。

5月の札幌スクーリングにてだいたい「完成」されたな!と思ったわけですが、「完成」は即腐敗を意味するわけですので、もういっぺんコンテンツをぶっ壊して一から組み直してやろうと思っておりました。

それは否定のための否定ではなく、言葉の額面通りの「発展的解消」という名の「脱構築」という作業なのですが、それにともない、1年弱使用した配付資料も洗い直しだ!ということで、日曜の夜、組み替え入れ替え作業をしておりました。

完成すると結構な深夜でしたので、ふうっと一息アルコール消毒を入れてしまいますと、まあ、電子メールで印刷物のファイルを送るのは明日でいいやって独り合点してしまうと、そのまま鯨飲してしまったのがよくありませんでした。

昼前に起きると、何か忘れて居るんだよなア~と思いながら、最近、銀塩カメラに手をいれていないなア~と思って、空シャッターを切りながら、各部位を点検していると……デジカメと違いこの手のフィルムカメラはフィルムを入れなくとも定期的に動かしてやることが大切です!……、それでも「電子メール」を送付することを思い出すことができず……。

まさに何か奥歯につまったものがあるような感覚を抱きながら……、手帳を開いてみると、本日が印刷物の申請最終日だったことに気づき、急いで送付した次第です。

物理的な汗は噴出しておりませんが、精神的に汗をかいたというのはこのことなのでしょう。

ともあれ無事に下準備完了です。

あとは、それにあわせてパワーポイントやら映像資料の差し替えがあるのですが、これは直前までだましだまし伸ばさず……早めにやっておきたいものです。

なにしろ、すぐに忘れてしまいますから、掌にでもマジックで「パワポ修正」とか書いておくかもしれませんが、いずれにしましても「リニューアル」した宇治家参去『倫理学』が、受講者の期待を裏切らないようなコンテンツへと仕上げていく決意ですので、どうぞ宜しくお願いします。

いずれにしましても、ベンヤミン(Walter Bendix Schönflies Benjamin,1892-1940)が指摘しているとおり「教授可能な知」とは、「陳腐ということである」わけですので、陳腐でもない、享受可能な地平を乗り越える、ナイーヴな授業になることは間違いありませんので、宜しくお願いします。

「ぶっちゃけ……」

……と振った後のフレーズは、「教授可能な知」をすり抜け、たぶん「救済する知」?ぐらいまではいくとは思いますので・・・。

……ということで、台風上陸直前なのでしょうか……、全く蒸し暑いので、本日はエビスの瓶ビールにて懇ろに消毒して沈没します。

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……しっかし、ウルトラセブンはアイスラッガーが頭上にないときわめてダサイです。

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