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「人びとはただたんに他者の前で一個人なのではなく、何ものかをめぐって他者たちとともに個々人なのである。個人とは共犯者なのだ」!

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 世界内の社会性とは、意思疎通(communication)ないし合一(communion)である。諍いをすることは、互いの間に何も共通項がないことを証立てることである。触れ合いは、何か共通のもの、ある考えや利害、営みや休息、あるいは「第三者」への関与によって成立する。人びとはただたんに他者の前で一個人なのではなく、何ものかをめぐって他者たちとともに個々人なのである。個人とは共犯者なのだ。
    --レヴィナス(西谷修訳)『実存から実存者へ』講談社学術文庫、1996年。

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たしかに、人間は「一個人」の自覚を強烈にもっているのですが、「他者の前」に向かいあってしまうとただたんに「一個人」としての自分だけでなく、「他者たちとともに個々人」を自覚することがあり、そこに礼節とか情愛が醸造されていくのかも知れません。

……そんなことをぼんやりと考えながら、細君が木曜日から、いち早く帰省した息子殿を迎えにいくために、これまた帰省してしまい、「一人暮らし」の状態です。

無人島で一人暮らしするならば「礼節」も「他者」に対する様々な態度も不要だろうと思われますが、物理的には不在であったとしても、不在ではない人間関係が必然しておりますので、掃除をしたり、洗濯をしたりと種々やっておりますと、はやいものですでに夕方……。

さて……。
昨日は、八王子にて「莫逆」な「ひとびと」とのセッションがあり、少し早めに家を出て、18:30から『人間学』の勉強会をしてきました。

いやはやこの勉強会が楽しいものでして……。
自然科学から、経営の立場から、そして営利の最前線たる会社員のたちばから、種々議論でき、またお互いの理解を深めることができたのが何よりです。

ご参集いただきました皆様方ありがとうございました。
宇治家参去の人間理解もこれによって更に深まったことは間違いありません。

思った以上に飲んでなく?……時折チェイサーを入れていたのが正解でした!……、今回は無事に電車で帰還できましたが、帰ってからチト寝る前の一杯をやったのが宜しくなかったようです。

次回は、この最後の「チト寝る前の一杯」を避けられるように学習して参りたいものです。

ともあれ、突発の勉強会?にご参集頂きました皆様方、楽しいひとときをありがとうございました!

まさにレヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)が語るとおり「人びとはただたんに他者の前で一個人なのではなく、何ものかをめぐって他者たちとともに個々人なのである。個人とは共犯者なのだ」!

というところでしょうか。

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今回のヒットは、鮪とアボガドとチーズを湯葉で巻いた一品ですが、この濃厚かつ絶妙なハーモニーに驚かされた次第です。

いつも頼んでしまうのが、つくねですが、つくねもあなどりがたい一品です。
ふつうのみせよりも大ぶりで、濃いめのタレのかかった串に、卵黄をといてかけていただくとこれがめっぽうウマイんです。

しかし写真を見ておりますと結構飲んでおります。
※ただ随所で写真を撮っておりますので、酩酊はしていないというところでしょうか。

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自家製の豆腐はさわやかであり、夏バテ回復のチゲ鍋は熱かった!

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