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こうして「生-権力」〔ビオ・プーヴオワール 人間の生を中心においた権力〕の時代が始まるのだ

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フーコーは、ヨーロッパの一八世紀末における正気の再定義のうちに認識の暴力がはたらいていたことを確認している。そこではエピステーメーの徹底した分解検査がおこなわれたというのだ。しかし、その正気というそれ事態としては特殊な概念にかかわる再定義がヨーロッパならびに植民地における歴史のナラティヴの一部でしかなかったのだとしたら、どうだろう。この二つの認識の分解検査の企図が遂行されたのが、あるひとつの巨大な二人用エンジンの、分離された、それとは認められていない二つの部分としてであったとしたら、どうだろう。これはおそらく、パリンプセスト〔元の字を消してその上に別の字句を記した羊皮紙〕のような形態をとった帝国主義のナラティヴのサブテクストを「服従させられた知識」、「かれらの仕事にとっては不適切だとか十分に練り上げられていないという理由で知識としての資格を剥奪されてきた一組の知識、すなわち、ヒエラルキーの下方、認識ないしは科学性のレヴェル以下のところに位置づけられた、素朴な知識」(PK,82)として認知するように求めるということでしかないのではないか。
 こういったからといって、なにも「事態は実際にはどのようであったか」を記述しようとか、歴史を帝国主義の歴史として解釈しようとする歴史のナラティヴを歴史についての最良の解釈であるとして特権視しようというのではない。そうではなくてむしろ、現実についての説明とかナラティヴと称されるものがどのようにして規範的な性格の説明ないしナラティヴとして確立されたのか、その経緯を明らかにしようというのである。
    --G.C.スピヴァク(上村忠男訳)『サバルタンは語ることができるか』みすず書房、1998年。

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どうも調子が良くなく、久し振り?に市井の職場へ出勤すると、これまた夏休み明けの店長から、「宇治家さんはいつも調子悪そうだけど、なんだかうつされたみたいでサー、夏風邪っぽいのよ」などと独特の自虐ネタでのっけから絡んでくるものですから、

「こちらの調子がわるいのは、体調のせいだけでなく、生存に関する深い“違和感”から発しているものですから、多分、ちょいと違いますよ」

……などとこれまた濃厚な自虐ネタで返したところ、スゴスゴと退散してくれましたが、こうしたやりとりはひとつの漫才のようなものかもしれません。

ちょいとネタして、暗い気分をふっとばすとでもいうのでしょうか。

ただこっちとしては、暗い気分とはふっとばすものではなく、正面から見据えて、違和感、胃の痛さ、頭痛の痛みから考察を深めていかねばならない--とでも言えばいいのでしょうか……。その辺を大切にしたいというところで、レヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)が「哲学とは目覚めである」というとおり、感覚を冴えさせてくれる胃の痛さ、頭痛の痛みといった違和感ほどありがたいものはございません。

違和感に鈍感となってしまいスルーしてしまうということは、問題のある現状を等閑視することにほかならないわけですので、あえて“痛み”にこだわる、否、“痛み”を感じなくなってしまうことが一番の問題なのだろう--と思うわけですが、本日は実に調子が悪く、どうやら・・・

小乗が……もとゐ、症状が軽い熱中症のようでして、今、アルコール消毒にて覚ましている次第です。

たぶん、違和感と学問に熱中していたのだろう……そういうことにしておきます。

市井の職場でも休憩中にタバコを吸っていたのですが、どうやらタバコを手に持ったまま、うつらうつらしたのでしょうか、じりじりとゆびが焦げ付くところで微睡みから起きた次第で……、まったくなっておりません。

で……
このところ、ポスト・コロニアル批評でガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク(Gayatri Chakravorty Spivak,1942-)が指摘するフランス現代思想の大家フーコー(Michel Foucault,1926-1984)とかデリダ(Jacques Derrida,1930-2004)の批判理論を再読しているところです。

そんで……
スピヴァクはなにもフーコーとかデリダの批判理論を“批判”して、どぶに捨てようとしているのではないけれども、通有性としての限界があるのだろうな……というところはなんとなくつかめた次第です。

学部生時代に一番読んだのが、じつは、フーコーであり、デリダですので、やはり愛着があり、いかにスピヴァクが尖端であろうとも“鞍替え”することには忸怩たるところがあり……。

両者をまさに批判的によんでいると、その批判というのはまさに“脱構築”という内在的消化とでもいえばいいのでしょうか……発展的消化……などと表現するとスピヴァク論者からは批判されますが……そう思われなくもない……というのが実感です。

さて、例の如くずれ込みましたが、本日はフーコーを再読しつつ、手の指が灼けていくこと覚知!したごとく……まさに一切衆生見喜菩薩ではありませんが……、フーコーの話でもすこしと思ったのですが、ちょい息切れです。

ですからちょいスケッチのみでご容赦を。

権力理論の運用において近代・現代を牽引したのは、まさに「古典主義の時代」に花盛りだった二元論なのでしょうねえ。

一方に悪なる権力があり、一方に無辜の民……そしてそれを牽引していく「前衛」としての党派的知識人の対峙というスタイルでしょう。

フランス革命の時代には有効な手だてだったのかもしれませんが、国民を保護することを第一義とする現代国家像においては、そうしたスタイルは、すでに死文化しているはずだろう……などと思うところなのですが、いまだにそれが跋扈しているところに実は辟易とした次第です。

善と悪との最終対決に重きを置く権力理論は、キリスト教の歴史解釈に実は深い根を下ろしているわけですけれども、これは実は古典主義時代の君主権力に対する世界像においてしか通用しません。

なぜなら、古典主義時代の権力とは「死」を裁定するエートスに他なりませんから。

それに対して現代国家の権力とは何でしょうか。

まさに「生」を裁定するエートスにほかなりません。

著しい区別が実は戦場に存在します。

古典主義時代においては、決闘とか英雄将軍にみられるように、相手をあざやかに殺すところにその美学が存在します。

対して現代戦ではどうでしょうか。
壊滅ではなく、生殺しこそ有効です。

何故ならシステムとしての福祉国家が背後に存在するからです。

殺すよりも不虞を目指す兵器を列挙するならば枚挙に暇がありません。

「生」を保証するのが国家であり、そのために「主体」として動員されるわけですから、(誤解をまねく表現ですから)不完全な「生」を抱え込むほど「負債」はありません。

主体とは何でしょうか。

英訳するとsubject。

subjectとはまさに「主体的に」であるわけですが、「支配される」「民草」をも同時に表現する言葉です。

日本語としては同一の「主体」という言葉に訳されるわけですが、「主体的」に「支配される」「誓願」を要求するのが現代国家の特徴でしょう。

だからこそ公衆衛生が発達し、福祉が問題にされ、生命の維持が愁眉の話題となってくるわけです。

そうした前時代の価値とことなる価値機軸を批判しようとはまったく思いません。

しかし、その他者を支配しようとする「権力」を制定・行使する側にどれだけ「生の権力」に対する理解があるのだろうか……考えてみると疑問ばかり多く、まさに胃の腑が痛くなるばかりです。

現代社会の支配体系の特徴とは何でしょうか。
それはとりもなおさず権力という言葉に代表される国家一般が市民を支配する際、単に法制によって個人になにかを「課す」だけでなく、ひとりひとりの市民に「心から」服従できる物語とシステムを提供していく……そのことに主眼がおかれてきます。

その意味では、前時代と著しく違い、支配の対象、そして方法が「個人」に移行したことを意味し、そのことをフーコーは「生政治学(Bio-politics)」とい表現しました。

外面的強制力だけでなく、内面的な意識レベルにおいて、支配されることに従順に誓願できる各個人の要請と育成……それが見え隠れするのが現代国家という権力の諸システムにほかなりません。

古典時代に代表される従来の権力機構においては、民の生を掌握し抹殺しようとする君主の「殺す権力」がその象徴です。しかしこの現代に特有な「生-政治(学)」は、むしろ現実問題として抑圧的には見えません。

なにゆえならば、むしろ「生」を保証(向上)させるからです。

公衆衛生・福祉政策によって管理・統制しゆく現代の権力システムにどのように対峙していくのか。

フーコーは、個人の倫理を充実させ、自分の生活を他人が尊敬し賞賛できるようなものに転換することによって抵抗できると考えたわけですから……そのレヴェルに至れない事例はどう“闘う”のか。

そこにスピヴァクの眼は向いているのかもしれません。

……って、例の如く呑みながらの雑談なのでご容赦を。

……という伏線をはりつつ、いずれにしても、この4-5日、政府と野党でかわされたマニフェスト論争を振り返ってみると、システムとしてはその域にそって形成されているにもかかわらず、内実としては古典主義時代「以前」といってよい「パワーゲーム」に終始してしまう事実をみせつけられますと、実に辟易として胃の腑が泣いておる次第です。

いずれおちついたときに詳論すべきですが、今日は燃料切れ……いつもでしょ!ってツッコミはなしですヨ……ご容赦の程を。

しかし、実際にそうした選挙にらみの「論争」をつぶさにみてみると、「古典主義時代」どころか実はそれ「以前」だろう!って思うのは宇治家参去一人ではあるいまい。

……ということころで、アルコール消毒用のビールが終了しましたので、これから、ワインにて再度消毒してから沈没します。

ご近所の夫婦が「頂き物ですが、呑めないので……」

……ということで頂いたのでありがたく頂戴した次第です。

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 ところで西洋世界は古典主義の時代以降、このような権力のメカニズムに極めて深い変更を蒙ってきた。「徴収」は、権力の重要な形態であることをやめて、権力が服従させる力に対する唆かし、強化、管理、監視、増大、組織化といった諸機能をもつ様々な他の部品の中の一つにすぎなくなる傾向にある。様々な力を算出し、それらを増大させ、それらを整えるためであって、それらを阻止し、抑えつけ、あるいは破壊するためではないような一つの権力である。死に対する権利は、その時から、生命を経営・管理する権力の要請の上に以降するか、少なくともそのような要請に支えを見出し、その求めるところのものを中心に整えられるという傾向をもつようになるだろう。君主のもつ自衛する権利、あるいは人々に君主を守れと要求するその権利の上に成り立っていたこの死は、今や、社会対にとって、己が生命を保証し、保持し、発展させるための権利の、単なる裏面として立ち現れることになるだろう。かつて十九世紀以降の時代ほどに戦争が血腥かったことはなかったし、また、勿論あらゆる差異を考慮にいれての話だが、それ以前には、かつて体制が自分たちの住民に対してこれほどの大量殺戮を行ったことはなかった。しかしこのような死に対する途方もない権力は--そしてこれが権力にその力の重要な部分と、またしてこのような死に対する途方もない権力、生命を経営・管理し、増大させ、生命に対して厳密な管理統制と全体的な調整とを及ぼそうと企てる権力の補完物となるのである。戦争はもはや、守護すべき君主の名においてなされるのではない。国民全体の生存の名においてなされるのだ。住民全体が、彼らの生存の必要の名において殺し合うように訓練されるのだ。大量虐殺は死活の問題となる。まさに生命と生存〔生き残ること〕の、身体と種族の経営・管理者として、あれほど多くの政府があれほど多くの戦争をし、あれほど多くの人間を殺させたのだ。そしてこの輪を閉じることを可能にする逆転によって、戦争のテクノロジーが戦争を戦争の徹底的破壊へと転じさせればさせるだけ、事実、戦争を開始したまたそれを終わらせることになる決定は、生き残れるかどうかというむき出しな問いをめぐってなされるようになる。核兵器下の状況は、今日、このプロセスを到達点に位する。一つの国民全体を死にさらすという権力は、もう一つの国民に生存し続けることを保証する権力の裏側に他ならない。生き残るためには敵を殺すという、白兵戦の先述を支えていた原理は、今や国家間の戦略の原理となった。しかしそこで生存が問題になるのは、もはや主権の法的な尊合いではなく、一つの国民の生物学的な存在である。民族抹殺(ジェノサイド)がまさに近代的権力の夢であるのは、古き<殺す権利>への今日的回帰ではない。そうではなく、権力というものが、生命と種と種族というレベル、人口という厖大な問題のレベルに位置し、かつ行使されるからである。
 私は別のレベルで、死刑を例にとることもできただろう。死刑は長い間、戦争と並んで、剣の権利のもう一つの形態であった。それは、君主の意志、その法、その人格に気概を加える者に対する君主の対応をなしていた。死刑場で死ぬ者は、戦争で死ぬ者とは正反対に、ますます少なくなっている。しかし後者が増え前者が減ったのは、まさに同じ理由によるのだ。権力が己が機能を生命の経営・管理とした時から、死刑の適用をますます困難にしているものは、人道主義的感情などではなく、権力の存在理由と権力の存在の論理とである。権力の主要な役割が、生命を保証し、支え、補強し、増殖させ、またそれを秩序立てることにあるとしたなら、どうして己が至上の大権を死の執行において行使することができようか。このような権力にとって死刑の執行は、同時に限界でありスキャンダルであり矛盾である。そこから、死刑を維持するためには、犯罪そのものの大きさではなく、犯人の異常さ、その矯正不可能であること、社会の安寧といったもののほうを強調しなければならなくなるのだ。他者にとって一種の生物学的危険であるような人間だからこそ、合法的に殺し得るのである。
 死なせるか生きるままにしておくという古い権力に代わって、生きさせるか死の中へ廃棄するという権力が現れた、と言ってよい。
(中略)
 具体的には、生に対するこの権力は、十七世紀以来二つの主要な形態において発展してきた。その二つは相容れないものではなく、むしろ、中間項をなす関係の束によって結ばれた発展の二つの極を構成している。その極の一つは、最初に形成されたと思われるものだが、機械としての身体に中心を定めていた。身体の調教、身体の適性の増大、身体の力の強奪、身体の有用性と従順さとの並行的増強、効果的で経済的な管理システムへの身体の組み込み、こういたったすべてを保証したのは、規律を特徴づけている権力の手続き、すなわち人間の身体の解剖-政治学〔アナトモ・ポリチック 解剖学的政治学〕であった。第二の極は、やや遅れて、十八世紀中葉に形成されたが、種である身体、生物の力学に貫かれ、生物学的プロセスの支えとなる身体というものに中心を据えている。繁殖や誕生、死亡率、健康の水準、寿命、長寿、そしてそれらを変化させるすべての条件がそれだ。それらを引き受けたのは、一連の介入と、調整する管理であり、すなわち人口の生-政治学〔ビオ・ポリチック 生に基づく政治学〕である。身体に関わる規律と人口の調整とは、生に対する権力の組織化が展開する二つの極である。古典主義の時代において、このような二重の顔立ちをもつ巨大なテクノロジーが--解剖学的でかつ生物学的であり、個別化すると同時に概念に従って分類する、身体の技能的成果へ向かうと同時に生のプロセスそのものを見ようとするものとして--設置されたという事実、それは至高の機能が爾後はおそらくもはや殺すことなく、隅なく生を取り込むことにあるような一つの権力の特徴を雄弁に語るものに他ならない。
 君主の権力がそこに象徴されていた死に基づく古き権力は、今や身体の行政管理と生の勘定高い経営によって注意深く覆われてしまった。古典主義の時代における様々な規律制度--学校とか学寮、兵営、工房といったもの--の急速な発展である。同時にまた、政治の実践や経済の考察の場で、出生率、長寿、公衆衛生、住居、移住といった問題が出現する。つまり、身体の隷属化と住民の管理を手に入れるための多様かつ無数の技術の爆発的出現である。こうして「生-権力」〔ビオ・プーヴオワール 人間の生を中心においた権力〕の時代が始まるのだ。
    --ミシェル・フーコー(渡辺守章訳)『性の歴史I 知への意志』新潮社、1986年。

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