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お前の叫びは、さながら疾風の如く鋭く、梢が高ければ高いほど激しく撃つがよい

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……身に覚えのあるものや、身内に覚えがあり、良心に曇りがある連中は、お前の言葉を必ずや露骨、唐突と感じるだろう。だが、たとえそうなろうとも、お前は一切のうそ偽りを排し、お前の目に映った一切の姿を明るみに出すがよい。お前の言葉は、当初は耳障りが悪いかもしれぬ。しかし、いったん飲み込まれ咀嚼されたときには、命の糧を体内に残すほどだ。お前の叫びは、さながら疾風の如く鋭く、梢が高ければ高いほど激しく撃つがよい。それがどうして論ずるにも足らぬ誉れだろうか。
    --ダンテ(平川祐弘訳)『神曲』河出書房新社、1992年。

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ふうぅぅ。
ようやく本日、金曜日に休みが取れそうです。
ちょうど大学のスクーリングが4日間、終わった翌日が市井の仕事、その翌日が「休み」……の予定だったのですが、朝っぱらから店長から電話あり、

「すまないんだけど、今日出てくんない?」

「マジッスか?」

……ということで?出勤してしまい、ようやく休めそうです。
スクーリング最終日は、午前のみでしたので早々に帰宅し、休んだといえば休んだのですが、体の芯から込み上げてくる悲鳴のようなものはわかちがたく、年を感じる次第です。
ちょど一昨日、市井の職場で事故があり、その対応を担当主管へ連動して遅く切り上げたのですが、本日出勤すると、円満解決へむかっていたようでしたのでひとつ肩の荷がおりました。

ゆっくりやすむぞ!と思っていたのですが、とわいえ……という状況です。

金曜日は、細君が知り合いと王子のほうへ出かける用事があるとのことで、幼稚園が始まった息子殿の世話とか、夕方までに提出しないと行けない書類との最後の格闘がありますので、実質休みなし哉?……と嘆く宇治家参去です。

ともあれ……、自宅での仕事と息子殿の世話で日中は追いやられそうですが、仕事へ「行く」という必要がない分、気分的には楽なものですので、手をいれるべき課題の方もこれからちょゐと飲みながら、素案だけ練り上げ、起きてから仕上げてしまおうかと思っております。

さて……
ちょうど、仕事の休憩中……その貴重な休憩中か電車に乗っているときぐらいにしか学問の仕事と直接関係のない、いわば自由な読書ができないのですが、本日は、ダンテ(Dante Alighieri,1265-1321)の長編叙事詩『神曲』(Divina Comoedia)を繙いていたのですが、「此処ダナッ!」ってところに突き当たりましたので、ひとつ紹介した次第です。
民衆の紡ぎ出す、ひとつひとつの言葉ほど重く、大石を穿つたゆまぬ水滴のような残響をのこすものはありません。

自分自身の語り出す言葉のひとつひとつが、かくありたい、そう思う宇治家参去でした!

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