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We few, we happy few, we band of brothers

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This day is call'd the Feast of Crispian:
He that out-liues this day, and comes safe home,
Will stand a tip-toe when this day is named,
And rowse him at the Name of Crispian.
He that shall see this day, and liue old age,
Will yeerely on the Vigil feast his neighbours,
And say, to morrow is Saint Crispian.
Then will he strip his sleeue, and shew his skarres:
Old men forget; yet all shall be forgot:
But hee'le remember, with aduantages,
What feats he did that day. Then shall our Names,
Familiar in his mouth as household words,
Harry the King, Bedford and Exeter,
Warwick and Talbot, Salisbury and Gloucester,
Be in their flowing Cups freshly remembred.
This story shall the good man teach his sonne:
And Crispine Crispian shall ne're goe by,
From this day to the ending of the World,
But we in it shall be remembred;
We few, we happy few, we band of brothers:
For he to day that sheds his blood with me,
Shall be my brother: be he ne're so vile,
This day shall gentle his Condition.
And Gentlemen in England, now a bed,
Shall thinke themselues accurst they were not here;
And hold their Manhoods cheape, whiles any speakes,
That fought with vs vpon Saint Crispines day.
    --William Shakespeare,The Life of Henry the Fifth,1599.

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いうまでもありませんが、戦争に行くのも厭だし、現実の戦争や暴力を肯定することは100%できません。

しかし、しかし、ながら、その「造形美」に感嘆してしまい、戦争映画を見てしまうと「魂」が「鼓舞」され、涙を流してしまう宇治家参去です。

やはり、これは生き物としての男性“性”に起因するのだろうか……と思わなくもないのですが、例えば、肩にとまったわが家の十姉妹のピーチャンは肩にとまりしばらくすると、髪の毛をひっぱりはじめるのですが、そのおり、宇治家参去は、“我慢”するのですが、細君などは、ピーチャンがつんつくしだすと同時に、手で追い払うようですので、この問題は、男性“性”にのみ起因するわけでもなかろう……などと思うのですが、話が例の如くずれ込みました。

そう、戦争に関する文化といいますかそうしたものから、不思議なモノですが、なにがしかの活力を頂いてしまう宇治家参去です。

さて、自分自身としても、種々がんばっているつもりではあり、ヘンな言い方ですがきちんと本業もコツコツやって、市井の仕事もきちんとやって……今日はレジの打ちすぎで突き指とか「アリエネー」って叫びましたが……、種々社会活動等々もふくめある意味では「そつなく」やっている“つもり”なのですが、このところ、人生を闘うという根本的な意義においては、なんだか違うんだよナー、という感覚も拭いきれないものです。

だいたい数ヶ月に一度こうした、「こなしているけど、どうよ」みたいなツッコミがどうしてもあり、それを機会に反省して、同じことを「こなす」にしてもその「こなす」レゾンデートルを点検しながら、意義ある一歩へ転換してゆかなきゃいかん!などと恒例行事をやっております。

その契機として今日は仕事へ行く前と、帰ってきてからひたすら戦争映画(TVシリーズ)の『バンド・オブ・ブラザーズ』(Band of Brothers,BBC/HBO,2001、以下BoB)を再聴している次第です。

いゃあ~染みます。

話の筋としては、戦争映画ですので、舞台は第二次世界大戦になります。
合衆国陸軍第101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第2大隊E中隊の訓練、そしてノルマンディー上陸作戦を経て、対ドイツ軍戦線での経過を終戦まで描いた大河ドラマになるわけですが、これがまた染みこんできます。

闘う気概!
そしてその意味!
国境とかイデオロギーに左右されない本物の絆!

平和を説く?神学者(ないしは哲学者or倫理学者)ですし、感性と生命からの叫びになりますが、現実の戦争や暴力を肯定することは100%できません。

しかしおなじく感性と生命からの叫びとして、こうしたものに心がぶるぶる震えてしまうのは一体何なんでしょうか……ねえぇぇ。

愁眉はやはり最終話!
ドイツが敗戦後、101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第2大隊E中隊はオーストリアで最後の任務を遂行します。
敗れたドイツ軍将校の軍団解散演説で幕を閉じるわけですが、この演説にしびれてしまうものです。

作中でも、ドイツ軍、米軍にかぎらず、その演説が心を打つわけなのですが、アルプスから降りてきた第352国民擲弾兵師団長トルスドルフの演説がそれです。

元ネタは、シェークスピア(William Shakespeare,1564-1616)の『ヘンリー五世』(The Life of Henry the Fifth)なります。

百年戦争の渦中、1415年のアジャンクールの戦い(Bataille d'Azincourt,Battle of Agincourt)は奇しくも英国軍が3倍のフランス諸侯軍を下した戦いなのですが、劣勢のさなか、仲間たちを励ましたヘンリー五世の演説(聖クリスピンの祭日の演説)……シェークスピアの手による……になります。

冒頭がそれですが、坪内逍遙(1859-1935)の訳によると次の通りです。

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今日はクリスピヤン祭と称される日だ。今日死なゝいで帰国する者は、此後此祭日が来た時には、クリスピヤンの名を聞くと同時に、(我れ知らず)足を爪立て(我ながら肩身を広く感ず)るであろう。今日死なないで老いに及ぶ者は、年々此祭の前夜に隣人を饗応して、明日は聖クリスピヤンだといって、袖を捲って古傷を見せて、こりゃクリスピヤン祭に受けたのだといふだろう。老人は忘れっぽい。何もかも忘れるだらうが、此日にした事だけは、利子を附けて憶ひ出すだらう。その際、彼等の口に俗諺のやうに膾炙するのは我々の名だらう。王ハーリー、ベッドフォードにエクシーター、ウォーリックにタルボット、ソルズバリーにグロースターを、彼等はなみなみと注いだ酒盃を挙げて、又新たに憶ひ出すだらう。戸主が此話を其息子に伝へるから、今日から世界の終るまで、クリスピヤンが来さへすればわれわれの事は憶ひ出される。われわれは、われわれ幸福な少数は、兄弟団とも称すべきだ。今日わたしと共に血を流す者はわしの同胞なんだから。どんな卑賤な者も今日で以て貴紳と同列になる。イギリスで今寝てゐる貴紳連は、後日聖クリスピヤン祭に、われわれと一しょに戦った誰れかに其話を聞きゃ、きっと今日こゝにゐなかったのを残念がり、男がすたったやうに思ふだらう。
    --シェークスピヤ(坪内逍遙訳)『ヘンリー五世』新樹社、1958年。

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闘う人間には貴賤も身分も何もありません。

“共に”“闘う”ところに一種の美学があるのでしょう。

こうした映像を見てしまうとねぇ~、頑張ろうと思ってしまう不思議な宇治家参去でした。

Band of Brothers

……いい、響きではありませんか!!

……ですけど、ミリタリストではありません。

……ってあまり説得力ありませんですかね?

http://www.youtube.com/watch?v=ozGIgCVO9AA&hl=ja

因みの蛇足ついでですが、このテーマソングに使われている「Requiem for a Soldier」も染みるんです。

……ので、歌詞を付けておきます。

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You never lived to see
What you gave to me
One shining dream of hope and love
Life and liberty
With a host of brave unknown soldiers
For your company, you will live forever
Here in our memory

In fields of sacri-fice
Heroes paies the price
Young men who died for old men's wars
Gone to paradise
We are all one great band of brothers
And one day you'll see, we can live  together
When all the world is free

I wish you'd lived to see
All you gave to me
Your shining dream of hope and love
Life and liberty
We are all one great band of brothers
And one day you'll see - we can live together
When all the world is free

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http://www.youtube.com/watch?v=CfVELFsb96Q

くどいですが、ただひとこといえるのは、宇治家参去は、教科書的な原則的平和論者ではありません。

たたかう平和論者……でアリタイ。

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