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2009年9月

旅はまだ終わらない……

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 ヘッドライト・テールライト 中島みゆき
 作詩:中島みゆき 作曲:中島みゆき

語り継ぐ人もなく
吹きすさぶ風の中へ
紛れ散らばる星の名は
忘れられても
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

足跡は 降る雨と
降る時の中へ消えて
称える歌は
英雄のために過ぎても
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

行く先を照らすのは
まだ咲かぬ見果てぬ夢
遥か後ろを照らすのは
あどけない夢
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

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http://www.youtube.com/v/AauVuuhmyHk

とりあえず、紀要に載せる原稿が完成しました!
うほぉぉ~、パフパフどんどん!!

来年も同じセリフを書くことは思いますが、「直前になってじたばたしないように仕込み」“たい”

“たい”ですから希望ですので、実現できなくても責めないでくださいマシ。

とりあえず、英文要旨は一旦寝て・起きてから書きましょう。

とりあえず、完成して良かったです。

とりあえず、完成に「酔う」暇がありません。

次は出世の本懐?たる博士論文の仕上げです。

時間がありませんが、挑戦がつづきます。

まさに「旅はまだ終わらない」というやつです。

しかし「旅はまだ終わらない」とすれば……

しかし「旅はまだ終わらない」とすれば……

……ということはそれは終わると次の課題がまっている?……のかも???

とりあえず、さっくり寝ます。

ということで、「とりあえず」というフレーズを「5回」も多用してしまった雨の朝です。

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自分の成功して来た方法に執着する?

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……我々の小学校時代--明治二十四五年頃の国民教育は、今から見ると滑稽な程排外的敵愾心を児童に鼓吹したものである。学校の唱歌は多くは勇壮なる軍歌で、其外には「三千余万の同胞共に、守れよ守れ我が日の本を……」とか、万国公法ありとても、弱肉強食の世の中には空論に畢ると云つたやうな六つかしい思想を歌はしたものだ。露国皇太子遭難事件当時の廟堂の狼狽の醜態をみても、如何に外国の圧迫に怖れて居たかゞ解る。斯ふ云ふ時代には、労働者が困るの、物価が高くて貧民が困るのと云つたやうな問題に、頓と頭を使ふの余裕がない。今日の政治家は皆斯の時代を通つて夫れぞれ成功して来た日とであるから、今尚ほ自分の通つて来た途に執着し、自分の成功して来た方法に執着するといふのは免かれない。然しながら今日の日本は已に二三十年前の日本ではない。今日は小学校の児童にも花が咲いたとか月が円いといふやうな呑気なことを歌はして居る時代である。外勢の圧迫は全く之を感じないではないが、已に自己の「力」の自覚が出来た。故に翻つて国家を構成する分子即ち個人の充実発達を顧みて、国家の根本興隆を根柢から作り上ぐべき時代になつて居る。けれども一般の政治家の頭脳は仍ほ過去の制度、過去の経験、過去の事業に捉へられて、充分に其新らしき方面を見透して居ない。
    --吉野作造「国家中心主義個人中心主義 二思想の対立・衝突・調和」、『中央公論』一九一六年九月。

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たった40枚なのですが、なんとか1/3の素案が完了しました。
朝までにはなんとかなりそうです。

いつもながら突貫作業です。
次回からはきちんとやりたいものです。

しかし、いつもそうなのですが、総論として枠組・構成をつくってから仕上げていくと、初めに思い描いたようになかなかなりません。各論を資料をもとにつめていくと、仕上がりが最初に思っていた方向性ではないようになってしまいます。

やはり、これは真理をありきとみるプラトニズムに対する嫌悪感がそうさせているのかな……などと思うわけですが、もうちょいねばってみます……というか完結させます。

……ということで疲れたので煙草を一本吸ってきます。

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挑戦者たち・・・

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 基督教以外の宗教と云へば、儒教神道仏教などがある。神道は宗教であるかどうかがわからないのみならず、此の頃反動的に之を担ぎ廻る者があるが、国民の精神並に生活の上に何等現実の勢力を持つて居ない事は疑を容れない。儒教と仏教、特に仏教は特色ある東洋的宗教として相当に民心を支配して居るとは思ふけれども、然し乍ら単独に之のみで今日の世界に立つ国民の精神的根柢を造り得るかどうかの見定めは、未だ全体の国民について居ない。それが出来ないと云ふのではないが、国民の全体が夫れ程の信頼を未だ仏教に与へて居ないと思ふ。尤も今度の戦に動かされて今迄眠つていた仏教は大いに奮起せんとするの趣を呈して居る。それとても従来基督教会がやつて居る事を真似る位の程度であるが、之が基督教ほどの実際的影響を与へ得るや否やは、是からの問題である。要するに今度の戦争は、之等の宗教に対する国民の観念には殆ど影響を与へなかつた。之に対する信頼の念を別に弱めたとも思はないが、決して強めたとは云へない。若し今度の戦争が何等かの影響を仏教などに与へたとすれば、それは仏教に対する国民の信頼心に向つてでは無くして、仏教信者の眠を覚ましたと云ふ事である。然し眠を醒ましたのは実は仏教界の故老先輩に非して、殆ど青年に限られて居る。之は大いに祝すべき現象であるが、唯だどれ丈け今後の国民を動かすかは是れからの問題である。
    --吉野作造「戦争の基督教に及ぼせる影響」、『新人』一九一九年七月。

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だいぶループしてきましたので、ぼちぼち飲んで沈没します。
月曜日は、短大での講義がありますので・・・。

しかし読めば読むほど読み応えのある本物の人間が居たんだなと驚かされるばかりでございます。

おかげで、読めば読むほど、籠絡されてしまう、ちんけな宇治家参去なのですが、デッドラインを間近に控えた格闘戦が、実に楽しいものです。

さて……
吉野作造(1878-1933)で面白いのは、本人自身がクリスチャンですから、その誇りを語りますけど、最後には必ず警句を発しているところ……。

その慎み深さには脱帽せざるをえません。

さて……?

どうでもいい話ですが、小鳥は水浴びが大好きです。
うちのピーコとピーチャン(息子殿は“ピーチン”と発音しておりますが)は、一定の時間は籠から放鳥して、部屋の中をとばさせておりますが、そのときに水浴びをしております。

しかしながら、ピーチャンご夫婦はチャレンジーなのでしょうか。
うちには水槽が3つあるのですが、何故だが、ザリガニの水槽にて水浴びを楽しんでおります。

君たち挟まれちゃうんぢゃないの?

……などと思うのですが、そのチャレンジーぶりはやはり、宇治家参去に由来しているのかもしれません。

100枚ほど書いたところで、すべて粉砕しました。

明日もう一度、書き直します。

……我ながらチャレンジャーだと思います。

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 唯だ今日の基督教会は是の如き重大なる任務を尽くすに果して適当であるかどうかは一の疑問である。前にも述べた様に、基督教精神の勃興は今日の如く著しくして、而かも教会はあまり多くの青年の集る所となつて居ない。是れ何の為であらうか。我々は今日の基督教会に向つて、時世の要求し又青年の要求するものは唯だ一に基督教的生命にある。教会の教ふる所の色々繁雑なる形式が此の真生命の把握を妨ぐる処無きや否やに反省して貰いたいと思ふ。
    --吉野作造「戦争の基督教に及ぼせる影響」、『新人』一九一九年七月。

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秋期スクーリング出講依頼到着ス:談話と演説とに至っては必ずしも人と共にせざるを得ず

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 学問はただ読書の一科に非ずとのことは、既に人の知るところなれば今これを論弁するに及ばず。学問の要は活用に在るのみ。活用なき学問は無学に等し。在昔或る朱子学の書生、多年江戸に執学して、その学流に就き諸大家の説を写し取り、日夜怠らずして数年の間にその写本数百巻を成し、最早学問も成業したるが故に故郷へ帰るべしとて、その身は東海道を下り、写本は葛籠に納めて大廻しの船に積み出せしが、不幸なる哉、遠州洋において難船に及びたり。この災難に由って、かの書生もその身は帰国したれども、学問は采皆海に流れて心身に附したるものとては何一物もあることなく、いわゆる本来無一物にて、その愚は正しく前日に異なることなかりしという話あり。今の洋学者にもまたこの掛念なきに非ず。今日都会の学校に入りて読書講論の様子を見れば、これを評して学者と言わざるを得ず。されども今俄にその原書を取上げてこれを田舎に放逐することあらば、親戚朋友に逢うて我輩の学問は東京に残し置きたりと言訳けするなどの奇談もあるべし。
 故に学問の本趣意は読書のみに非ずして精神の働きに在り。この働きを活用して実地に施すには様々の工夫なかるべからず。「オブセルウェーション」とは事物を視察することなり。「リーゾニング」とは事物の道理を推究して自分の説を付くるなり。この二箇条にては固より未だ学問の方便を尽したりと言うべからず。なおこの外に書を読まざるべからず、書を著さざるべからず、人と談話せざるべからず、人に向かって言を述べざるべからず、この諸件の術を用い尽して始めて学問を勉強する人と言うべし。即ち、視察、推究、読書はもって智見を集め、談話はもって智見を交易し、著者演説はもって智見を散ずるの術なり。然り而してこの諸術の中に、或いは一人の私をもって能くすべきものありと雖も談話と演説とに至っては必ずしも人と共にせざるを得ず。
    --福沢諭吉『学問のすヽめ』岩波文庫、1978年。

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いつ来るのかとちょいとハラハラ待っていた書類がようやく大学から到着しました。

通信教育部の秋期スクーリングの出講依頼書類一式です。

土日を使っての集中講義で、ちょうど1期(B群)で『倫理学』を講じる「予定」でしたが、「予定」は「予定」でしたので、依頼書類を受け取りひとまず安堵です。

秋期スクーリングは今回でちょうど2回目。
昨年の秋から担当させて頂くようになったのですが、ちょうど体裁としては、大学で実施する「地方スクーリング」の趣のような構成ですが、やはり2カ月間の土日のほとんどがそれにあてられておりますので、また雰囲気が微妙に違うものなんだよなア~と昨年は感慨あらたにさせられたものですが、ちょうど初回の昨年は、かなりアグレッシヴといいますか、熱心な学生さんが多く、詰問攻め……もとい質問攻めにあったのが印象的で、ぼちぼち晩秋へと移行する錦秋のキャンパスで、まさに「倫理(学)とは何ぞや」と我ながら考えさせられたものです。

ただし……、18時前で授業は済みましても、約束なんかがありまして、舞台?をかえて講義?がつづくわけでして、まさに1回1回が一期一会であるわけなのですが、非常に印象深い思い出になったことが、いまでも鮮やかによみがえってきます。

さて……。
届けられました書類は、事務手続きの書類になりますので、また印刷物などをぎりぎりまで粘る(=締め切り期日を失念して前日当たりに猛ラッシュをかけるといういつもアレ)というのは避けながら、早めにぱっぱぱっぱと処理しながら、最高の授業ができるようにがんばっていく決意です。

この「倫理学」という科目は、制度編成上、レポート+科目試験でも単位が習得できます。またレポート+スクーリング(試験含む)というパターンでの習得も可能です。

教材を自分で読み、レポートをまとめ、試験をうけてパスする割合のほうが高い科目だとは思いますが、その選択肢を選ばず、あえて、わざわざ対面授業を受けに来てくださるのはありがたいものです。

学問とは「視察、推究、読書」をもって身に得ることはできますが、福澤諭吉(1835-1901)がいう通りそれがすべてであるわけでもありません。

対面授業とはまさに「談話はもって智見を交易し、著者演説はもって智見を散ずる」双方向の現場なのだろうと思います。

そこを丁寧に拵えてまいりますので、履修される方はどうぞよろしくおねがいします。

教材だけじゃない部分で、何か、「お土産」をもって帰らせることのできる授業でありたいものです。

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無強制の状態に至らんが為めの我々の努力に無限に附き纏ふもの

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 無強制の儘では社会の秩序を維持せらるゝといふ理想的状態が永久に達せられない以上、而も社会には一定の秩序を律するの必要ある以上、今日進歩発展の途中に於て、我々には即ち未だ理想的状態にまで達しない不完全なる我々に取つては、社会の一員として我々の生活を規律する為めに、此にどうしても国家的規範が要る。而して国家的規範の重もなるものは、道徳、風俗、習慣、其の他色々のものがあるが、其の外に我々の団体生活を外部的統制する一つの仕組みが必要である、即ち強制組織が必要である。此の我々の団体生活が強制組織に依つて統制せらるゝ方面を、即ち国家生活といふのである。政治とは畢竟此の統制の現象をいふに外ならない。
 斯う考へて見れば、我々の団体生活の理想は即ち最後の理想は、無強制の状態である。けれども現実の団体生活に於ては、どうしても強制が必要である。そこで我々の国家生活又は政治生活は、無強制の状態に至らんが為めの我々の努力に無限に附き纏ふものであつて、言はゞ此の国家生活又は政治生活の無限の継続の上に、我々は無強制の状態を求めなければならない。故に理想的の意味に於ては、我々の国家生活は第二次的のものである。けれども現実の生活に於ては、我々の国家生活は第一次的のものと謂つて宜い。此の関係を適当に了解せずして、唯だ今日の強制組織が必要だといふ方面のみを取れば、即ち偏狭なる国家主義となる。国家が大事だ、強制組織が大事だ、否な統制組織其のものが総てだといふ処からして、其の統制組織其のものゝ為めに、一切万事を切り盛りする所から、調度医者が病人の多からんことを望み、坊主が死人の多からんことを欲すると同一の状態を来たす。例へば軍隊は何の為に要るか、畢竟社会の為めに要る。之を忘れて軍隊が必要だといふことのみを考ふれば、軍隊の為めに社会の利益を犠牲に供し、時には軍隊精神の鼓舞作興と称して、無益に社会の平和を蹂躙せんとするに至ることもある。我々は現実に於て国家的強制組織の必要を此処まで高調されないけれども、それは我々の理想から云へば、畢竟第二次的のものであつて、此の点に於て所謂無政府主義者の説く所には、亦一面の真理あることを忘れてはならない。唯だ従来の無政府主義は、此の畢竟理想を語る所のものをば、我々の生活の中に面のあたり実現が出来ると考へた点に重大な誤謬がある。
    --吉野作造「国家と教会」、『新人』一九一九年九月。

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関東大震災(1923)の折り、陸軍や憲兵隊の一部には、その混乱に乗じて社会主義や自由主義の指導者を一掃しようとする動きがあり、実際にはアナキストの大杉栄(1885-1923)らは虐殺されてしまったわけですが、そうした対象者の一人としてリストアップされていたのがクリスチャンデモクラットの吉野作造(1878-1933)であります。

現実には、吉野はその暴挙から免れることができましたが、吉野の言説をよくよく読んでいると、マア、これは当時の世の中であればかなり踏み込んだ発言をしているよな、ということも理解できます。

戦後民主主義が興隆するなかで、吉野作造を初めとする大正時代のデモクラットの言説は、戦間期にかぼそくひらいた徒花的現象にすぎない、とその理論的限界を指摘する趣が顕著ですが、はたしてそれが総てなのだろうか……読み直すたびその問題を突きつけられてしまいます。

例えば、国家観の問題ひとつをとってみても、吉野の卓越性が理解できるというものです。当時の大多数のひとびとが、国家を何かできあがったシステム、普遍・不動の原理、不敗せざる神話によって基礎づけられてた構築物と見て、いわば国家それ自体が自己目的化されるべきとの論調が殆どでしたが……残念ながら今でもその傾向は見え隠れしますが……、吉野によれば、国家とは何か神話とか伝統に依拠した不壊不敗の原理でもなければ自己目的でもなく、自己完結するものでもありません。

それはどこまでいっても絶えずあり方の更新が必然的に要請される「人工物」にすぎません。、B.アンダーソン(Benedict Richard O'Gorman Anderson,1936-)のいう「想像の共同体」ということでしょう。

吉野は国家を永遠不滅の理想とみることなく、時間的にも空間的にも相対的な「地の国」にすぎないと論じておりますが、体制補完構造の日本で、そうした言い方をするのはかなり勇気が必要とされたわけなのですが、堂々と言い切るところには、実に驚かされてしまいます。

吉野は、国家とかシステムとか政治とか、そうした人為のものを、絶対化・目的化することを徹底的に拒み続けたわけですが、おそらくそうした「地の国」の出来事を相対化させるキリスト教信仰に基づく「神の国」の理想をどこまでも、地上に実現せしめていこう……という強い意志があったからではないだろうか……などと思われてしまうわけですが。

だからこそ、吉野においては、国家のシステムとか体制のあり方がどうのこうのというよりも、そもそもそれらが虚仮威しに過ぎないものであるとすれば、虚仮威しのシステムを「利用」してまでも、民衆の幸福増進出来るものへ脱構築していく方が価値的ではないか……そのために何ができるのか……それを模索した歩みのように思われて他なりません。
だからこそ主権の所在がどうのこうのよりも、現実の目の前にいる人間ひとりひとりに視点をあわせた現実論を「神の国」の理想との相関関係から語り続けたのかも知れません。

このところ屢々吉野の文章ばかり読んでいたのですが、そのあたりを思った次第です。

さて……
昨日仕事をしていて実感したのですが、何本かこれまでも論文を書いておりますが、最近発覚したことがひとつ。

だいたい紀要とか学術雑誌掲載系の論文は40-50枚程度の規定が多いのですが、40-50枚程度が実は一番難しいのではないかということです。

自分の場合(自分だけではないと思うのですが)、本論に言及するために予備的考察を2-3やってから本論へ繋ぐというパターンが多いのですが、それをやりはじめると、100-150枚とかになってしまいます。

逆に言えば、長ければ長いほうが楽なのかもしれません。

それでも規定がありますので、ぢゃあどうそれを割愛するのか……というのが大問題で、いつもそれに頭を悩ませております。ばっさり割愛したところと全体との調整とでもいえばいいのでしょうか。

それができないと、だいたい「その1」とか「その2」でやっちゃうのですが、受けとる側は、「その1」とか「その2」ではなく、別々のものとして出してくれって傾向が強く、例の如く今回も悩みつつ、組み立てなおしていると、どうやら100枚超えそうで……。

ちょいと、ざっくり割愛して、本論の中に「議論するための前段階の議論」を織り込んでいく必要がありそうです。

書くことよりも、この構成の方が難しいですね。

……というところで?
昨日は黒ビール「東京ブラック」((株)ヤッホー・ブルーイング)をやりましたが、久し振りに本格的エール・ビールの黒を堪能させていただきました。

夏場よりも秋とか春にこそ「黒ビール」と思うわけですが、エール・ビールならではの華やかな香りと深いコクの「ブラック」の味わいには、ひさしぶりに目が開かれた次第です。

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「他人がはたらいているときに休む」はずが・・・

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 私は、むかしから、他人の休日にはたらき、他人がはたらいているときに休むのが好きだった。
 太平洋戦争が始まって、海軍へ入る前の一年ほどを、徴用された私は軍需工場で旋盤工員をしていた。
 海軍からの召集令状を受けたのは翌年の二月で、その前年から、私は岐阜県の太田へ出張しており、木曽川のほとりに新設された工場で、土地の徴用工員たちへ旋盤の使い方を教えていたが、前年も押し詰まってから工場長に、
 「すまないが君、正月は東京へ帰らずに、こっちで仕事をしてくれないか。そのかわり、正月の終わりには、十日、休暇を出す」
 と、いわれた。
 こうしたときの私は嫌な顔をするどころか、大よろこびになってしまう。
 正月に帰郷する人びとで混雑する列車に乗るよりも、空いた列車へゆっくりと坐って帰ったほうが、どれほど休暇がたのしいか知れない。
 宿舎で共に暮らしていた同僚たちは、
 「すまないな。一人だけ残して、こんなところで正月をさせて……」
 しきりに同情してくれたが、みんなが帰郷した後の広い宿舎へ一人残って、のびのびと寝るのは快適だったし、賄の老婆たちも、
 「池波さんは気の毒に……」
 と、物資不足の折柄、自分たちの家で食べる餅やら芋やらを運んできてくれ、こちらが悲鳴をあげるまで食べさせてくれる。
 戦争をしていたのだから、大晦日も元旦も作業をやすむわけにはいかない。
 各宿舎から一人ずつ残って、土地の工員たちに仕事を教えながら、自分の製品もつくるというわけだ。
 私がいた向上では戦闘機の精密部品をつくっていたのである。
 元旦の早朝。
 宿舎を出て、靄がたちこめる木曽川を渡し舟で向上へ行くのだが、船着き場へあつまった残留組は、
 「こんな田舎で正月をさせられたんじゃ、たまったものじゃあない」
 「なさけないよ、まったく」
 しきりに、こぼしながら、私に、
 「あんた、うれしそうだね」
 と、いう。
 「いや、別に……」
 「だって、うれしそうだよ」
 「そうかね」
 「おれたちが、こんなおもいをしているのを見て、それがおもしろいのか」
 などと食ってかかられ、閉口したことがあった。
 前年のままの、油だらけの作業衣を着て元旦からはたらく気分も、なかなかよかった。
 現在の仕事に入ってからも、私の休暇は正月ではなく、十二月だった。
 したがって、やむを得ない仕事の取材や講演旅行などのほかは、春夏秋の行楽の季節に、自分のたのしみで旅行をすることは、ほとんどない。
 六月の梅雨どきか、十二月がもっともよい。
 どこへ行っても空いている。列車も旅館も好む日の好む時間に利用ができる。何よりも、これがありがたい。
    --池波正太郎「私の休日」、『日曜日の万年筆』新潮文庫、昭和五十九年。

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学問の仕事も、市井の仕事も、カレンダー通りに休日が取れませんので、まあ、「他人の休日にはたらき、他人がはたらいているときに休むのが好き」というわけでもありませんが、そうせざるを得ないといいますか……。

ただし、「他人がはたらいているときに休む」と確かに池波先生の仰るとおりで、渋滞にも行楽客にもラッシュにも巻き込まれることはありませんので、その意味では正鵠を得ており、どこでほんとうに休むのかを考えた場合、カレンダー通りに休まない方がよいのかもしれません。

本日は、市井の仕事が休みですので、当然「休み」というわけですが、原稿がまだまとまっておらず「休み」にはならず、朝から文献とPCと向かいあっている次第です。

貴重な「休み」ですが、締め切り直前の貴重な「集中できる」一日ですので、仕事をしていたところ……不幸の電話です。

「今日、出勤できない?」

……っていわれましても・・・。

「……っていわれましても、突発休で回らないので、そこをなんとか・・・」

……してほしいということで、

「ありえねえ……」

……と心で叫びつつ、

仕事へ行ってきます。

まあ、小島よしお(1980-)のいうとおり、「でもそんなのカンケーねぇ♪」っていうのが世の中なんでしょうねえ。

とりあえず、帰ってきてからがんばりますですわ。

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片づけのできない男

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ともかく、脳みそがいい感じで煮詰まってきますと、関連した資料を自分にしか理解できない流儀で、ぱっぱ・ぱっぱと狭い部屋に展開させてしまいます。

これは宇治家参去ひとりではなかろうに……とは思うわけですが……。

とうぜんそれをやりますと、家人からは大ブーイングという始末です。

しかし、その資料とか関連文献を、それを使ってまとめているタスクが終了しないかぎり、片づけることは不可能です。

「いつになったら、片づけるんですか?」

いぶかしく細君が聴いていきます。

「直近では九月一杯、直近以外では……」

「以外では……」

「博論関係が年度内一杯。ですが……」

「“ですが”……って他に何かあるの?」

「いや、こういう“商売”しておりますから……、定年するまで!」

「……」

小さな声で……

「(多分、退官した後、若干年は残って教鞭取ると思うので)プラス5-10年!」

「どアホ!」

人間世界とは難しいものです。

文句の言われない勉強部屋の欲しい宇治家参去でしたっ!

酒飲んで寝ますワ。
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残る賊どもは七人……?

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 残る賊どもは七人。
 これに、新たな龕灯のあかりをさしつけてきたのが二人。今度は、龕灯を仲間のうしろから出して、平蔵へさし向けているから、切り捨てることもならぬ。
 「石を投げつけろ!!」
 「死んでいる仲間のかたなをひろって、投げつけろ!!」
 賊どもが叫んだ。
 「もう、いかぬか……」
 国綱をかまえつつ、平蔵は、最後の突進をする覚悟を決めた。
 石が飛んで来た。
 脇差がひとつ、うなりをたてて、平蔵を襲った。
 これを叩き落したとき、右わきへ忍び寄って来た浪人が一人、
 「死ねい!!」
 必殺の一刀を、平蔵へたたきつけてきた。
 平蔵は、前へ飛びぬけ、左足を軸にして身をまわしつつ、二の太刀ををふりこんで来る相手へ組みつくかたちになり、
 「や!!」
 肩のちからで押しのけざま、飛びはなれ、辛うじて敵の胴をなぎはらった。そして平蔵は体勢を立て直す間がなかった。
 それへ、いっせいに賊どもが襲いかかった……いや、襲いかかって来ると感じ、それに対しての備えをうしなった自分に、平蔵が絶望をおぼえた。
 その瞬間であった。
 「わあっ……」
 どこかで、急に、人のどよめきがきこえた。
    --池波正太郎「血闘」、『鬼平犯科帳 4』文春文庫、2000年。

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抜本的に構成を考え直し、資料を組み替えてみたところ、ようやく光明がみえはじめてきました。

とりあえず、最初のプロットで一度しあげたところ……

「なんだかな~」

……という出来具合で、内容がわからなくはないのですが、散漫な印象が強く

「駄作だ」

……ということで、ばっさり、やり直し。

構成を根本的に組み替えなおしたところ、論点がはっきりとしはじめましたので、これでいってみようかと思います。

学生さんがレポートを作成する苦しみというのもこれと同じかもしれません。

とりあえず、40枚分の3枚は入力完了です。

新しい構成に従い、若干資料を入れ直しながら、再度調整していこうと思いますが……。
これから仕事です。

ちょと合間合間を見ながら内職するしかないですか……ねぇ。

昨夜の軽めのアルコール消毒のお陰で風邪はおちつきましたが、いつもぎりぎりまで手をつけない自分に辟易としてしまいます。

……が、不思議なモノですが、ぎりぎりになると、俄然闘志が燃え上がってくるという雰囲気がなんとなく心地よいと思うのはわたしひとりではないとは思います。

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鬼平犯科帳〈4〉 (文春文庫) Book 鬼平犯科帳〈4〉 (文春文庫)

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あるとき、ねこは だれの ねこでも ありませんでした

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 あるとき、ねこは だれの ねこでも ありませんでした。

 のらねこだったのです。

 ねこは はじめて 自分の ねこになりました。ねこは 自分が だいすきでした。

 なにしろ、りっぱな とらねこだったので、りっぱな のらねこに なりました。
    --佐野洋子『100万回生きたねこ』講談社、1977年。

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どうも宇治家参去です。

月曜日朝起きると、例の如く首ががちんがちんでしたが、それに加えて、こういうのを「泣きっ面に蜂」とでも言えばいいのでしょうか……、風邪をまたひいちまい、この大事な時期に!と、負の連鎖の奥底で佇む長谷川平蔵です。

ですが、不思議なもので、肉体的になにか瑕疵があるほど、頭脳が明晰というやつで、講義の方は無事に終了し、思っても見なかったリアクションに驚いております。

哲学の講義なのですが、クロニクルな哲学「史」に関しては、最初の3回程度の講義で済ませるのですが(あとはテーマを集中的に論ずるというスタイル)、思った以上に、哲学者たちの考え方に熱心に耳を傾ける若い学生たちの関心の高さに驚かされた次第です。

ちょうどイマヌエル・カント(Immanuel Kant,1727-1804)の理性の限界論(理性の二律背反)から、実践理性の問題への跳躍に関して、簡単に言及したのですが、内なる道徳律を確固として、他律ではなく、自律の問題として確立することの「かっこよさ」を語ったのですが、その辺りがクリティカル・ヒットしたようで驚いております。

しかし、なんです。
新しい教室で2回目の講義でしたが、マイクの調子が悪く……、100名近い学生さんを相手に、「生」声で、話をすると結構疲れるものです。

体力をつけなければ!……と授業開始前に新しくできた学食でランチを少々。
若鶏の唐揚げ定食(日替わり)を頂戴しました。
育ち盛りの若い学生さんたちにはベストなメニューでしょう。
宇治家参去も完食した次第です。

疲れたとはいえ、そのまま帰って帰宅することも出来ず市井の仕事へ直行し、それでも仕事が済んでから重くアルコール消毒したのが効いたのでしょうか……。

熱はちと下がったのですが、薬の所為でまだまだぼぉぉ~っとしておりますが、月末締めの論文の方も、一端完成した時点で内容を読み直してみると……

「なっていない!」

……ということで、もういちど組み立て直しております。

タスクを支配するのではなく、タスクに追いかけられるように仕事をしておりますが、なんとかその位置関係を逆転させたいものですが……、そのためには、『100万回生きたねこ』のように……

「あるとき、うじいえさんきょは だれの さんきょでも ありませんでした」

……というフレーズにならないと駄目なのかも知れません。

……ということで作業に戻ります。

ちなみに昨日は休日出勤でしたが、ありがたいことに創立者から「お菓子」の激励が教員にありました。

ありがたいことです。

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“高慢な自力性”でもなくガチガチの“服従”でもない、戦いとる一致

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 宗教家はおそらく、哲学することによって神と関係するところの個人の高慢な自力性を非難するでしょう。彼らは啓示された神に対する服従を要求します。そこで彼らに対してつぎのように答えられるのであります。すなわちてつがくする個人が信仰するのは、神が欲することを客観的な保証によって知るのではなく、むしろたえざる冒険において、神に従うことを心の底から決断する場合なのであります。神は個人の自由な決断によって働くのであります。
 僧侶は神に対する服従と、教会とか聖書とか、直接の啓示と見なされる戒律などのような、この世界の名かで現れている審判に対する服従とを、混同しているのであります。
 究極において、この世界における客観的な審判に対する服従と、根源的に経験される神の意志に対する服従との間に真の一致が可能ではありますが、この一致は戦いとらねばならないものなのであります。
 もし個人によって経験される神の意志が、一方的に客観的な審判を無視するならば、一般的なものや共通的なものによる吟味を回避しようとする恣意へ陥りやすいのです。ところがそれと正反対に、もし客観的な審判が一方的に、個人によって経験される神の意志を無視するならば、現実そのもののうちから神の意志を聴くことによって、たとえ客観的な審判に反しようとも、神に服従するという冒険を回避しようという誘惑が生ずるのであります。
 信頼するに足る権威の法令や命令においてささえをつかもうとする場合には、それを誰から聴くかという当惑が存在します。それに反して、現実全体のうちから聴くことのうちには、個人の責任負担の飛躍的なエネルギーが存在するのであります。
 人間存在の位階は、それが聴くことにおいて自己の導きを獲得してくる源泉の深さによるのであります。
 人間であることは人間となることであります。
    --ヤスパース(草薙正夫訳)『哲学入門』新潮文庫、昭和四十七年。

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本日は社会的には連休なのですが、講義日程の都合上、短大の哲学の授業が組み込まれております。

そのことはまったく問題がないのですが、いつも講座を立ち上げる前に、再読するヤスパース(Karl Theodor Jaspers,1883-1969)の『哲学入門』をきちんとひもとけていないことにあせり、他行を後回しにして、再読に専念する宇治家参去です。

ドイツの哲学者・ヤスパースが、一般の人々に向けてラジオを通じて語ったものがまとめられた一冊ですが、クロニクルな哲学史というよりも、哲学は何を目指し、学ぶことによって人は何を獲得できるのかという要点が平易な言葉で語られており、いつも再読するたびに発見の連続で、こういう本を「古典」と呼ぶのでしょう……などと思います。

さて……。
職業宗教家の服従を求める言説の心根もわからなくはありません。
そして、啓示されたコンテンツに対する服従を欠いてしまうと宗教は自壊してしまいます。

またそれと同じように、個々の信仰者がなにか「客観的」とされる公定をまったく問題にしないのであれば、それは恣意的以外のなにものでもありませんが、それと同時にその恣意性をさけつつ、「客観的な審判に対する服従と、根源的に経験される神の意志に対する服従」の一致を「戦いとらねばならない」ことも理解できます。

しかし、現実の言説にはどちらかの高調という嫌いが多いのですが、その雑音をかきわけながら、みずから「戦いとらねばならない」ならないのが、その真相なのでしょう。

……そのあたりをヤスパースはうまく語っているなア~と驚かされてしまう次第です。

さて、数時間後には起床せざるを得ませんので、ぼちぼち沈没しますが、久し振りに手に入れた超辛口「鳴門鯛」(本家松浦酒造販売・徳島県)でやっているのですが、相手はこちらも久し振りに手に入れた無銘ですが、利き酒用の蛇の目猪口です。

どこかで見たような……といいますか蔵元ではまさに利き酒用に使う奴ですけども……猪口ですが、なんとも味わいを醸し出してくれるといいますか……酒がすすんでしまいます。

首まわりがガチガチで相変わらずイタイ……寝返りも打てず首の移動は躰の移動と同時にやらねばなりません!……のですが、軽度のアルコール消毒のつもりが重度のアルコール消毒になってしまいそうです。

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人間とは「その世界を語りかけられたものという様式において持つところの有るもの」

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 第二章 事実性の理念と「人間」の概念(1)

 事実性=そのつどのわれわれ自身の現有、という解釈学の主題を指示する規定においては、「人間的」現有あるいは「人間の有」という表現は原則として回避されてきた。
 「人間」についての諸概念、すなわち第一に理性を賦与された生物という概念、第二に人格、人格性という概念は、そのつど一定の仕方で予め与えられている世界の対象連関を経験し顧慮することにおいて生じてきた。第一の概念は、植物、動物、人間、霊、神という対象系列によって示される事象連関のうちに属している。(そのさい、現代的な意味での特に自然科学的および生物学的な経験が考えられる必要はさしあたりまったくない。)第二の概念は、神の被造物としての人間にそなわった資質を旧約聖書の啓示を導きとしてキリスト教的に説明するさいに生じてきた。二つの概念規定において問題となるのは、予め与えられた物のなんらかの資質を確定することであり、ついでこの確定にもとづいて後からある一定の有の様式がその物に与えられる、あるいはむしろ、その物は無差別のままある実在的有のうちに放置されるのである。
 ちなみに、「理性を賦与された存在」という概念については用心しなければならない。それはロゴスヲ持ツ動物〈ζψονλογον εχον〉の決定的な意味を言い当てていない。ロゴス〈λογοξ〉はギリシア人の古典的、学問的な哲学(アリストテレス)においては決して「理性」をではなく、話し、談話を意味している。したがって、人間は、その世界を語りかけられたものという様式において持つところの有るものである(2)。すでにストア学派において諸概念の平板化が始まっており、ヘレニズム期の思弁や神智学においては、基体概念としてのロゴス〈λογοξ〉、ソフィアー〈σοψια〉、ピスティス〈πιστιξ〉が浮かび上がってくるのである。
 今日行きわたっている人間の概念は、たとえ人格の理念がカントやドイツ観念論との関連で拾い上げられようと、中世の神学との関連で拾い上げられようと、上述された二つの源泉に遡るのである。
(1)ハイデッガーによる見出し。
(2)「一九二四年夏学期〔の講義〕がいっそう適切に〔に述べている〕」(ハイデッガーによる後からの補足)。
    --ハイデッガー(篠憲二、エルマー・ヴァインマイアー、エベリン・ラフナ訳)「オントロギー(事実性の解釈学) 第2部門 講義(1919-44)」、『ハイデッガー全集』第63巻、創文社、1992年。

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マルティン・ハイデッガー(Martin Heidegger,1889-1976)の講義録をこのところさやさやとめぐっております。
ちょうど西洋における人間観について言及された部分がうえの一節ですが、ハイデッガーのいうとおり、西洋を根源的に規定しているのは、ヘレニズムとヘブライズムになるのでしょう。

前者を代表するのがアリストテレス(Aristotle,384 BC-322 BC)に見られるような「ロゴス」論であり、後者を代表するのが、聖書によって啓示される「ペルソナ」論ということになります。

ハイデッガーも指摘しているとおり、通常このロゴスは、現代世界においては「=理性」という意味で訳されますので、人間とは理性的な動物である、との謂いで広く流通しております。
しかし、このロゴスという言葉は、決して「『理性』をではなく、話し、談話を意味している」ところに源をもっているようです。

その意味では、人間の能力のうちの「理性」の側面にのみ重きをおいたものというよりも、話すことができる、談話・談笑できるといったひろい人間の力に人間の人間らしさをみいだしたものであると見ることも可能でしょう。

だから人間とは、「その世界を語りかけられたものという様式において持つところの有るもの」とハイデッガーが指摘しているとおりです。

さて日常生活世界を振り返ってみますと、声をかけやすい人と、声をかけにくい人というのがあるのではないでしょうか。

自分自身は意識したことがありませんが、状況論的には、宇治家参去はどうやら前者のようです。

本人の自己認識としては「こむずかしいナイス・ミドル」というものがありますので、後者ではないだろうかと思うわけですが、状況はまったくちがうようにて、いろんなところから、まさに広義でということになりますが、どうやら「声をかけやすい人」「声をかけやすい相手」として認識されているようです。

どちらがいいのか、どちらがわるいのかという真偽論的な話題ではありませんし、その是非を問うことにも興味がありません。

ただ、本人の思惑とも別に、実際には、まさに「声をかけやすい」存在であることは否定のしようがなく、ときどき、そのあたりに当惑してしまうことがしばしばあります。

仕事をしていると、よく声をかけられます。

これは市井の仕事でも学問の仕事でもそうです。
質問のレベルから、こまかな問いかけ、そしてレゾンデートルをめぐる問いと幅広い「声」が「かけらる」わけですが、もともとは、どちらかといえば、自己認識にもあるとおり、「(しょうじき)あまり声をかけて欲しくない」と臨むたちなのですが、その性癖が外部的圧迫からという契機になるのですが、無理矢理こじ開けられているような気もします。

もちろん世界に対しては「閉じた」あり方よりも「開かれたあり方」というほうが、ふさわしいのですが、これにはなかなか、体力、知力、精神力とすべてが動員されてしまうので、実に結構、疲れます。

だから、「声をかけて欲しくない」と思ってしまうわけですが、それでもやはり「開かれたあり方」の方がいいよな~とどこかでは思っておりますので、「そのままでもマズイ」という違和感があります。

ですからそのいみでは、現在の職場環境(学問・市井の職場含め)で、ときどき「無理矢理こじあけられている」というのは、よくよく考え、吟味するならば、ありがたいことなのかもしれません。

その語らい、応対のなかで、「人間は、その世界を語りかけられたものという様式において持つところの有るものである」というくだりを生身で体感、実感しながら、言説へと記述していきたいものです。

さて、一昨日から、首がきわめていたく、まわすことができません。

最初は……、寝違えたのか!

……と思ったのですが、寝違えた場合、もっとも多いのが肩とか首の一方の筋が痛むというパターンが殆どなのですが、今回はそうではなく、両側面というより後ろ側全部という感じです。

感覚的には持病のストレート・ネックではないようなので、昨夜は様子をみて、

「まあ、一杯飲んで消毒して爆睡すれば、解決するだろう」

……と思って、寝たのですが、症状が好転する気配なし……という様子です。

赤貧洗うが如しですので、病院にもいけないのですが、ちょいと本日は、いたわりながら、これから仕事へ行こうかと思います。

ついでに、今晩のアルコール消毒は「念入り」よりも「軽め」の方がいいかもしれません。

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其天職は外部より物を改革するの事業を為すに在らずして先づ心を改革し……

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耶蘇は直接に此世の国を設立せんがために来しりに非ず。其経営する所の国は即ち神の国なり。其天職は外部より物を改革するの事業を為すに在らずして先づ心を改革し、神と人の関係を一変して、而して後に自づから外部にも善き結果の現はれんことを期するに在り。基督は決して国勢を軽んじ、社会改良を蔑如し、制度理財等のことを等閑(なほざり)にせよと教らへられしにあらず。然れども其の直接に従事する所の事は斯る種類の改革に非ずして、霊性に関することにてありしなり。故に相続争ひなどに関渉(くわんしよう)し、法律上の事務に立ち入りて、権利名分を明かにするが如きは、其の敢て為さざりし所なり。然れども紛争の根原に溯り、其の本(もと)を正しうするの順序に従ひ、更に語を続け、衆人に告げて曰く、心して貧心(たんしん)を慎めよ、夫れ人の命は有(も)つものヽ豊かなるには由らざるなりと。基督は己れの利を貪り、我欲を張りて、道を乱り、徳を破ること甚だしき此世界に来り、己を虚うし、身を謙りて、十字架に死するまでも神に従ひ以て之を改革せんと欲せしものなり。人の命は有つものヽ豊かなるには由らざるなり。
    --植村正久『霊性之危機』警醒社、明治三十四年。

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明治期に再渡来したキリスト教……その主流は福音主義的プロテスタンティズムがメインストリームなのですが……の言説を今月は念入りにひもとく宇治家参去です。

本当ははやく吉野作造をまとめる必要があるのですが、月末締めの原稿で、明治期のキリスト教の言説……とくに福音主義の橋頭堡を守ったとされる植村正久(1853-1925)……で1本書かなくてはならず、格闘?する毎日です。

明治以降から特に戦前日本のキリスト教受容の特色が何かといった場合、「修養倫理」として受容されたところにそのひとつを見出すことが可能です。

たしかに、「其天職は外部より物を改革するの事業を為すに在らずして先づ心を改革」すること、すなわち根源的問題としての個人の生き方の問題を大切するわけですのでそのことを否定することはできませんし、これはあらゆる世界宗教に共通したポイントでもあるわけです。

しかし、「心の改革」から「外部」へ溢れ出していくというのも宗教のもうひとつの性質ですから、「働きかけ」の事業も必然的に勃興してきます。

日本の社会福祉事業の歩みを振り返ってみると、そのほとんどがキリスト者によって行われてきたことを勘案するならば、その「心の改革」から発する「物を改革するの事業」への飛翔にも納得するというものです。

しかしながら、現実的には、その割合というものは極めて低く(事業としての実績には割合以上に評価はなされているにもかかわらず)、全体としてはやはり、個々人の倫理・生き方としての「修養倫理」としての受容に留まった側面は否定できません。

もちろん、もともとそうした発想を持たない日本という異国で異教を宣教するということは並々ならぬエネルギーが必要とされますし、その共同体を守り抜く努力=教会形成というものもそれ以上に大切になってきますので、一概に「結果」として「修養倫理」として受容されてしまったことを否定することはできません。

しかしながら、「心の改革」とは不可避的に「物を改革するの事業」へと連結するものでもありますので、そのあたりをどのように個人のなかで伸張させていくのか……このあたりは難しい問題ですが、彼らの軌跡を辿っていくとなにかひとつの参考が見えてきそうな気もします。

植村系の福音主義は、「其天職は外部より物を改革するの事業を為すに在らずして先づ心を改革」すること、そして教会形成に重点が置かれ、どちらかというと、「物を改革するの事業」へと直結することは稀だったといえますが、対して「物を改革するの事業」へと熱心であったひとびともそれなりには存在します。

たとえば、植村と神学的には対立した海老名弾正(1856-1937)の門下や友人たちからは、多数の社会事業家、(初期の)社会主義者、そして政治家が輩出されてゆきます。もちろん海老名においても基本は「先づ心を改革」することが重点におかれているのはいうまでもないのですが、その各人における展開も重視されており、様々な活動家たちが輩出されたものです。

しかし、「物を改革するの事業」へと熱心にありすぎるとどうなるのか。その根本である「先づ心を改革」することが等閑になってしまうことも多々あり、この関係は本当に難しい……そう思われて他なりません。

以前にも論じたとおり、宇治家参去は、(こうした宗教の文脈で理想的に謂えば)教団とか組織とか団体が、何か具体的なアプローチとしてものごとをリードする時代というのはすでに終わっているという自己認識があります。

何か具体的に「物を改革するの事業」を指導・指揮することよりも、「先ず心を改革」し、そして「物を改革するの事業」に関しては、薫育された心を基礎に自分自身で組み立てていくことが大切なのかな……とは思うのですが、理想的には。

しかし、難しいですね。

どちらが先と、どちらが偉いというわけではありませんが、宗教史を振り返ってみるとそのことを至極実感します。

しかし何か具体的に「物を改革するの事業」を指導・指揮することよりも、「先ず心を改革」し、そして「物を改革するの事業」に関しては、薫育された心を基礎に自分自身で組み立てていくことが大切な気持ちは否定できません。

……って、話が錯綜してきましたが、その意味では来月からもう一度、最終的に本格的に取り組んでいかなければならない吉野作造(1878-1933)は、心と物に関して類い希なる軌跡を描いた人物であることは間違いありません。「先ず心を改革」し、そして常に「改革」し続けながらも、「物を改革するの事業」が密接にそれとリンクされ、そして自分でそのコンテンツを組み立て続けた人物なのですが、そこをもう少し読んでいくと、なにか具体的な参考・光明が見えてくるのかも知れません。

……ということで?

シルバーウィークはすべて仕事で、「をぃ!」って叫びそうなのですが、昨日は休みでしたので、“たまには”「物を改革するの事業」もしなければ! ということで夕食をつくってみました。

味の素の「Cook Do」でちゃちゃっとつくりましたが、この手の火力とスピードが勝負です!という料理は、男性の方が得意かも知れません。

細君がつくるよりも上出来で?、われながら、「これお店レベルの味やんけ!」と唸った次第です。

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【覚え書】「文化 村上春樹氏『1Q84』を語る」、『毎日新聞』2009年9月17日付(木)。

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「文化 村上春樹氏『1Q84』を語る」、『毎日新聞』2009年9月17日付(木)。

「来夏めどに第3部」

連合赤軍とオウムの間の時代
理想主義挫折が混沌を招いた

 5月に出した長編小説『1Q48』(第1、2部、新潮社・各1890円)が大きな話題となっている作家、村上春樹さんがこのほど、毎日新聞のインタビューに応じた。1980年代の日本を舞台に「個人とシステムの対立」を描いた重層的な物語だが、村上さんはさらに第3部を執筆中であることを初めて明らかにした。新作に込めた思いを聞いた。   【構成・大井浩一】

■最初は『1985』
 --『1Q48』は現在、2巻とも18刷を重ね、「BOOK1」が123万部、「BOOK2」が100万部。驚異的な反響を巻き起こした。
 「僕の固定読者は、長編で約15~20万人いると自分では考えています。それくらいだと、自分の発信したものがそれなりに受け止められているという手応えがある。50万、100万となっちゃうと、どんな人が読んで、どんな感想をもっているかはなかなか見えないですよね」
 --ジョージ・オーウェル『1984年』(49年)に由来する謎めいたタイトルも魅力的だが、これには秘話がある。
 「最初は『1985』にするつもりでした。でも、執筆中に、オーウェル作品を映画化したマイケル・ランドフォード監督と話していて、英作家アンソニー・バージェスが『1985』という作品を書いていたのに気がついた。いろいろ考えた末に『1Q84』に変えて書き上げたあと、インターネットで調べたら、浅田彰さんがやはり同じ題で音楽カセット付きの本を出されていると分かりました。もうゲラ校正を進めている段階だったので、浅田さんにお知らせしました。という紆余曲折があるんです」
 --刊行から3ヶ月余り。この間、なされた批評について聞くと……。
 「全く読んでいません。いつも読まないんだけど、特に今、『BOOK3』を書いているから。まっさらな状態で執筆に集中したいから。1、2を書き上げた時はこれで完全に終わりと思っていたんです。バッハの平均律をフォーマットにしたのは、もともと2巻で完結と考え、そうしたわけです。でもしばらくして、やっぱり3を書いてみたいという気持ちになってきた。これからの物事はどのように進んでいくのだろうと。時期的にはなるべく早く、来年初夏を目安に出すことを考えています」
 --主人公は、ともに30歳独身の「青豆」という名の女性、「天吾」という男性の2人。物語が進につれ、両者の思わぬ関係が次第に明らかになる。普段はスポーツインストラクターとして働き、許しがたい家庭内暴力を振るう男をひそかに「あちらの世界に送り込む」仕事にも手を染める青豆は、従来の村上作品にないキャラクターだ。
 「昔は女性を描くのが苦手でしたが、だんだん自由に楽しく描けるようになってきました。青豆もその延長線上にあるので、特に意識して造形したのではありません。それに、現代は女性のほうがシャープで大胆だし、自分の感覚に対して自信を持っている描きやすい。男はどうも最近元気がないし(笑い)、強い男を描くことは難しくなりつつあるかもしれない。いずれにせよ、少しずつでもいいから描く人物の幅を広げて、物語を刺激していきたいと考えています」

■個人を二重に圧殺
 --舞台の80年代は、大学紛争などで揺れた60~70年代や、冷戦構造が崩壊した90年代に比べ、穏やかにも見える。全共闘世代の一人として「政治の季節」を経てきた作家は、なぜこの時期に注目したのか。
 「僕らの世代の精神史が大前提にあります。カウンターカルチャーや革命、マルクシズムが60年代後半から70年代初めに盛り上がって、それがつぶされ、分裂していきます。連合赤軍のようにより先鋭的な、暴力的な方向と、コミューン的な志向とに。そして連合赤軍事件で革命ムーブメントがつぶされた後は、エコロジーやニューエイジへ行くわけです。連合赤軍に行くべくして行ったと同じ意味合いで、オウム的なるものも生まれるべくして生まれたという認識があります。オウムそのものを描きたかったのではなく、われわれが今いる世界の中に、『箱の中の箱』のような、もう一つの違う現実を入れ込んだオウムの世界を、小説の中に描きたかった」
 --『1Q84』では、人々はいつの間に家『1Q84年』の世界へ移っていく。そこには連合赤軍を思わせる「あけぼの」、オウムを思わせる「さきがけ」といった集団が登場する。
 「偶然の一致ですが、オウムが最初に道場を開いたのは84年です。60年代後半の理想主義がつぶされた後の80年代は、オイルショックとバブル崩壊の間に挟まれ時代。非常に象徴的だと思う。そこには60年代後半にあった力が、マグマのように地下にあって、やがてはバブルという形になって出てくる。バブルは、はじけることによって結果的に戦後体制を壊してしまう。そうした破綻へ向けて着々と布石がなされていたのが80年代です。理想主義がつぶされた後に、何を精神的な支柱にすべきかが分からなくなった。今もある混沌はその結果なんですよ」
 --95年の地下鉄サリン事件の被害者らに取材し、『アンダーグラウンド』などのノンフィクションも書いた。今年2月のエルサレム賞授賞式での講演では、個人の魂と対立する「システム」について語った。
 「個人とシステムの対立、相克は、僕にとって常に最も重要なテーマです。システムはなくてはならないものだけど、人間を多くの面で非人間化していく。サリン事件で殺されたり傷を負わされたりした人も、オウムというシステムが個人を傷つけているわけです。同時に、実行犯たちもオウムというシステムの中で圧殺されている。そういう二重の圧殺の構造がとても怖いと思う。自分がどこまで自由であるかというのは、いつも考えていなくてはならないことです」

■物語の「善き力」を
 --宗教も革命思想も、「システムの悪」を発動し得るという面は共通する。
 「今の社会では否寛容性、例えば宗教的な原理主義や、旧ユーゴスラビアのようなリージョナリズム(地域主義)が問題になっています。昔は共産主義対資本主義とか、植民地主義対反植民地主義といった大きな枠組みでの対立だったのが、だんだんリージョナルなもの、分派的なものになって、それが全体を見通すことが困難な混沌とした状態を生み出しています」
 --『1Q84』に、破壊的な力を持つ「リトル・ピープル」という不思議な存在が現れる
 「リトル・ピープルがどういうものか、善か悪か、それは分からないけれど、ある場合には悪しき物語を作り出す力を持つものです。深い森の中にいるリトル・ピープルは善悪を超えていると思うけれども、森から出てきて人々にかかわることによって、ある場合には負のパワーを持つのかもしれません」
 --とわいえ、善悪や価値観の対立を、単に相対化するのではない。
 「僕が本当に描きたいのは、物語の持つ善き力です。オウムのように閉じられた狭いサークルの中で人々を呪縛するのは、物語の悪しき力です。それは人々を引き込み、間違った方向に導いてしまう。小説家がやろうとしているのは、もっと広い意味での物語を人々に提供し、その中で精神的な揺さぶりをかけることです。何が間違いなのかを示すことです。僕はそうした物語の善き力を信じているし、僕が長い小説を書きたいのは物語の環を大きくし、少しでも多くの人に働きかけたいからです。はっきりいえば、原理主義やリージョナリズムに対抗できるだけの物語を書かなければいけないと思います。それにはまず『リトル・ピープルとは何か』を見定めなくてはならない。それが僕のやっている作業です」

むらかみ・はるき 早大卒。06年にフランツ・カフカ賞、09年にエルサレム賞(イスラエル)を受賞。作品は40を超える国・地域で翻訳されている。60歳になった今年は、『風の歌を聴け』でのデビューから30年に当たる。

『1Q84 BOOK1』『1Q84 BOOK2』
いずれも「青豆」と「天吾」の章が交互に書かれ24章から成る。村上さんによると、12音階のすべての長調・短調を用いた24曲づつ2巻という「バッハの『平均律クラヴィーア曲集』がフォーマット」。すなわち「青豆と天吾の章がメジャー、マイナーの順で交互に出てきて24章という形で完結している」。作中にも、予備校の数学講師の天吾が「バッハの平均律」への思いを語る場面が出てくるが、いかに考え抜かれた構成かが分かる。

村上春樹さんの主な作品
1979年 『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)
 80年 『1973年のピンボール』
 82年 『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)
 85年 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)
 87年 『ノルウェイの森』(上・下)
 94~97年 『ねじまき鳥クロニクル』(第1~3部、読売文学賞)
 97年 ノンフィクション『アンダーグラウンド』
2002年 『海辺のカフカ』(上・下)
 09年 『1Q84』(第1、2部)

    --「文化 村上春樹氏『1Q84』を語る」、『毎日新聞』2009年9月17日付(木)。

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忙しく考察する時間がないので【覚え書】にてお茶を濁す宇治家参去です。
ちょうど新聞を読んでいると興味深いインタビューがあったので紹介した次第です。

いろんなものを読みますが、村上春樹(1949-)さんの作品もよく読みます。
といいますか、とりあえずは全部読んでおります。ただこの最新の長編小説はまだ読んでおりません。入手はしましたが、「楽しみはあとにとっておこう」ということで、手をつけず、原稿、論文、入試などすべての忙事がおわってから、--そうですねえ、春先にでも読もうかと思っているのですが、批評とかのたぐいでなく、著者の肉声を聴いてしまうとどうしても手をつけたくなってしまうのですが、ちょいと我慢しておきます。

さて、作品以上に関心をもったのが、作中で提示される80年代という時代です。
宇治家参去の場合、義務教育・高等学校時代というのがこの80年代です。

たしかに60年代から70年代がリアルな政治の季節であり、先鋭かした理想主義が解体していく時代です。

そして、90年代といえば、バブルという言葉に象徴されるように、加熱していく経済誌上主義の飽和と解体と混乱の開始する時代です。

なまなましい時代に挟まれた80年代とはどういう時代だったのか--。

自分自身の中でも、あまりイメージがなく、意識したことのなかった時代です。

その時代の空気を匂い、雑音に耳を傾けてみると、現在の人間の立ち位置というものがおぼろげながらにも理解できるかもしれません。

しかし「物語」る「作家」として知られる村上春樹さんは、その時代状況をうまく描写するものです。

 「僕らの世代の精神史が大前提にあります。カウンターカルチャーや革命、マルクシズムが60年代後半から70年代初めに盛り上がって、それがつぶされ、分裂していきます。連合赤軍のようにより先鋭的な、暴力的な方向と、コミューン的な志向とに。そして連合赤軍事件で革命ムーブメントがつぶされた後は、エコロジーやニューエイジへ行くわけです。連合赤軍に行くべくして行ったと同じ意味合いで、オウム的なるものも生まれるべくして生まれたという認識があります。」

 「偶然の一致ですが、オウムが最初に道場を開いたのは84年です。60年代後半の理想主義がつぶされた後の80年代は、オイルショックとバブル崩壊の間に挟まれ時代。非常に象徴的だと思う。そこには60年代後半にあった力が、マグマのように地下にあって、やがてはバブルという形になって出てくる。バブルは、はじけることによって結果的に戦後体制を壊してしまう。そうした破綻へ向けて着々と布石がなされていたのが80年代です。理想主義がつぶされた後に、何を精神的な支柱にすべきかが分からなくなった。今もある混沌はその結果なんですよ」

通常、政治の季節としての60-70年代、そして現在の直接的発端としての90年代は人口に膾炙されることが多いですが、その間欠泉としての「80年代」……振り返ってみる必要があるかもしれません。

……ということで、飲んで寝ます。

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「いやしくも二本の脚で歩くもの、それはすべて敵である。いやしくも四本の脚で歩くもの、あるいは翼をもつもの、それはすべての味方である」

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 「みなさん」と、ナポレオンは最後にいった。「わたくしに、さっきと同じ乾杯を、ただし、形をちがえてやらせていただきたい、と思います。コップになみなみとついでください。それでは、みなさん、『荘園農場』の発展を祈って、乾杯!」
 さっきと同じ盛んなかっさいが起こり、コップは一滴も残さずにのみ干された。しかし屋外(そと)の動物たちは、その光景を眺めているうちに、なんだか変てこなことが起こっているような気がしてきた。豚たちの顔の中で、変化したのは、何だったのだろうか? クローバーの老けてかすんだ目が、顔から顔へと次第に移っていった。その中には、五つもくびれたあごもあれば、四つくぶれたあごもある。また三つのあごもあるのだった。しかし、しだいにとけて、形を変えていくように見えるのは、なんだろうか? やがて、拍手かっさいが終わると、一同はトランプを取り上げ、中断していたゲームをつづけた。そして、動物たちは、だまって、こっそりその場を離れた。
 しかし、二十ヤードもいかないうちに、彼らはいきなり立ち止まった。農場住宅から、どっとあがる騒々しい叫び声が聞こえてきたのだ。動物たちは、駆けもどって、また窓からのぞいてみた。思った通り、ものすごい大喧嘩が始まっていた。わめき立てる声や、テーブルをドンドンたたく音がしたかと思うと、にくしみをこめた、うさんくさそうな視線がとびかい、相手の言葉を打ち消す、騒々しい怒罵の叫びがあがった。喧嘩のもとは、ナポレオンとピルキントン氏が、同時にスペードのエースを出したことらしかった。
 十二の怒声があがっていたが、その声はみんな同じだった。豚の顔に何が起こったのかは、もう疑いの余地もなかった。屋外の動物たちは、豚から人間へ、また、人間から豚へ目を移し、もう一度、豚から人間へ目を移した。しかし、もう、どちらがどちらか、さっぱり見分けがつかなくなっていたのだった。
    --ジョージ・オーウェル(高畠文夫訳)『動物農場』角川文庫、昭和四七年。

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無性にジョージ・オーウェル(George Orwell,1903-1950)の『動物農場』(ANIMAL FARM)が読みたくなり、再度ひもとく宇治家参去です。

預言的風刺文学に関してオーウェルの右に出るものはいないとつくづく思うわけですが、この『動物農場』もまたしかりでございまして、もともとはロシア革命を諷刺し、社会主義的ファシズムを痛罵する「現代のイソップ物語」といわれた逸品ですが、読み直すたびにまさにこれは「現代のイソップ物語」だよな、……と思われて他なりません。

話の筋は次の通りです。

どこにでもある農場が舞台です。イギリスのとある郊外の『荘園農場』……。
人間にいいように酷使されている動物たちが、ある日決起をします。
老豚をリーダーに反乱を起こした動物たちは、人間を追放します。
そして「すべての動物が平等な」理想社会を建設します。

その社会(農場)は『荘園農場』から『動物農場』へと名を変えて……。

しかし、指導者となった前衛である豚たちは権力をほしいままにし、動物たちは、人間に酷使されていた『荘園農場』時代よりもひどい生活に苦しむことになります。

反革命とのレッテルを貼られるが最後、支配者が人間の時代よりも血腥い時代へと転換する農場……。

決起のときに檄文に次の言葉があったそうな。

「いやしくも二本の脚で歩くもの、それはすべて敵である。いやしくも四本の脚で歩くもの、あるいは翼をもつもの、それはすべての味方である」

最後に指導階級である豚たちは二本の脚で歩き始め……、

いったい人間とは何だかなと思った9月16日でございます。

作中独裁者として描かれている雄豚・ナポレオンはスターリン(Joseph Stalin,1878-1953)。

歴史はおなじかたちで繰り返さないことは承知です。
おなじテーマであっても形をかえて現出するというのが精確な謂いでしょう。

ナポレオンもスターリンもでてはこないのでしょうが……。

ポピュリズムで片づけることのできない何か、違和感・胃痛を感じるのは宇治家参去ただひとりではないでしょう。

ということで……?
シーズン初の「湯豆腐」でいっぺえやってねます。

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愛のコミュニケーションは、動物の生活にさえ見られるのです。

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 質問 マザーは、メッセージのなかでいつでも、神と祈りについて話されます。しかし、日本では多くの人びとがクリスチャンではありません。国民の大多数がイエズスについて知りませんし、祈りについても知らないのです。私たちの悩みは、どのようにしてあなたのメッセージを伝えることができるかという点にあります。私にはどのようにしたらよいのかわらかず、困っています。
 マザー・テレサ いかなる人の心も、その奥深くに神の知識があります。すべての人びとの心の奥底には神と通じあいたい望みがあります。
 ですから、私の話すことばは真実です。というのは、私はカトリックであり、神に自分のすべてを捧げて誓願を立てたシスターとして、得たことだけを与えることができるからです。
 でも、私は誰でも、多分イエズスをのぞいて、日本の多くの方々がご自分たちの心の奥深くに神がおられることを知っておいでだと思います。そして、私たちは愛し、愛されるために創られたことも、私たちが世界のなかで一つの数として創られたのではないことも知っています。
 さらに、私たちは、ある目的のために創られたのです。その目的とは、愛であり、思いやりであり、善であり、喜びであり、そして仕えることです。
 この愛のコミュニケーションは、動物の生活にさえ見られるのです。動物のあいだにも愛があります。動物の母親が、生んだ子に対する愛を持つように、愛は私たちのなかに刻まれているのです。ですから、あなたにとってもけっしてむずかしいことではなく、あなたご自身のことばで表現することができると思います。
 しかし、どの日本人の方も、たとえその方がカトリックではなく、私が聞いているようにはイエズスの名前を聞かれたことがなくても、神が愛であり、神が私たちを愛しておられることを知っておいでなのがわかります。さもなければ、私たちはとうてい存在しないのですから。
 神は、神ご自身が私たちを愛しておられるように、私たちもお互いに愛しあうことをお望みです。そうですとも、私たちはすべて知っています。誰でも神がどれほど、自分を愛してくださっているか知っているのです。
 なぜなら、そうでなければ私たちは存在することができません。私たちが存在することの証明は、神というよりけだかく偉大な存在があり、私たちを支え守っていてくださるということになります。
    --マザー・テレサ「神の命にふれる」、(訳・監修・カトリック広報室)『生命あるすべてのものに』講談社現代新書、1982年。

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「最近読んだ本は何ですか?」

「マザー・テレサ(Mother Teresa,1910-1997)の『生命(いのち)あるすべてのもに』が善かったですねぇ。カトリックの発想は「自然神学」的嫌いがあって、バルト(Karl Barth,1886-1968)のような“神の言葉としての神学”という立場なんかからは“いかがなものか”!という雰囲気があるのですが、……でその“いかがなものか”という異議申し立てもわからなくはないのですけどねえ……。そうでありながらも、存在に対する畏敬としては、木々に宿る小鳥にまで説教したというアッシジの聖フランチェスコ(Francesco d'Assisi,1181/1182-1226)に見られるように、すてたもんじゃアないとは思うのですが……」

「そういう、“話題”でなく、なんというか、だれにでもわかるような……」

「カトリックという言葉自体が“普遍的”という意味ですから、ここでの言説はなにも特定の話題ではないと思いますし……。またひとつ付け加えるならば、還元不可能な個別の存在者……それを個性といっても良いかも知れませんが、そこを足がかりにしない限り、“だれにでも”開かれた地平には到達できないとは思うのですが……」

「宗教書とか哲学とかでなく、文学とかで何かないの?」

「う~ん。ドストエフスキイ(Fyodor Mikhaylovich Dostoyevsky,1821-1881)とか?」

「例えば?」

「ドストエフスキーって実はカトリシズムと相容れない、特にイエズス会的発想に嫌悪を抱いているんですヨ。そのあたりが『カラマーゾフの兄弟』なんかで言及されているのですが、じゃア、カトリシズムに親近感を抱く“弊職”がどうしてドスエフスキーかと申しますと……」

「枕詞が多すぎ!」

「……」

「吉川英治(1892-1962)です!、なんて答えるのが無難ぢゃないの?」

「『三国志』とか『宮本武蔵』ですってですか?」

「そうそう」

「まぢぃでしょう」

「なんで?」

「読んではいますよ!一応、若い頃に。ですけどねえ……」

「なに?」

「作品は確かに面白いし凄いんですが、ちと瑕疵があるんです。要は、軍部の翼賛報道に迎合した、ペン部隊参加という経歴があるのでねぇ……」

「もういいです」

……。

昨日は休みでした。
息子殿は幼稚園が終わるとそのまま剣道教室ですので、帰宅時間がちょいと遅い夕方です。
ですから自室で本業をしておりました。

……しかし、家人にとっては、家にいる=休みというわけですので、仕事をしている宇治家参去の後ろから、(入試の)面接の練習! ……と称して、質問をしてくるので、うえのように答えたところちょいと激怒られた次第です。

しかし、事実を羅列しているだけですので、激怒られるフシはさらさらないのですが、なにか公定・模範解答で勝負しないといけない!という風潮には、「いかがなものか」などとバルト的に戦闘モードに入る宇治家参去です。

この「学問やくざ」的なところをどうにしかないとマズイのですが、なかなか治りません。

ともあれ?

その後、質問者を演じた細君と共に、「生命は大切だ!」ということで?意見が落ちつきましたので、家で飼っているジュウシマツの「ピーチャン」の伴侶を求めに行こうということで、「ピーコ」を我が家に迎えました。

さすがに、“手乗りジュウシマツ”の異名を取る「ピーチャン」ほど、人間に慣れていなく……、どちらかといえば、人間を避けるような「ピーコ」さんですが、さすがジュウシマツ同士です。

最初は様子を伺っておりましたが、仲良くやっているようで……。

マザー・テレサのいう「私たちは、ある目的のために創られたのです。その目的とは、愛であり、思いやりであり、善であり、喜びであり、そして仕えることです」という言葉を噛みしめた次第です。

で……。

その様子をみていると細君が、

「結局、最近は、マザー・テレサ以外に何読んだの?」

……と聞くので、思い返しながら

「う~ん、ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)をちまちま読みつつ、論文関係で、植村正久(1853-1925)と吉野作造(1878-1933)は再読しておりますが……、そうそう、思った以上にヒットしたのが初期大乗経典のひとつ(中村元・早島鏡正訳)『ミリンダ王の問い』(Milinda Pañha/平凡社、1963年)ですかねぇ。買うだけは買っておいた一冊なんだけど、宗教的寛容とか真理の実在論をめぐる論争はかなり参考になりますヨ」

「…………」

「あのぉぉ」

「ぢゃア、仕事でなくて、純粋に読みたくて読んだものは?」

「やっぱりあれですよ、アレ。『鬼平犯科帳』かな~。再読・28回目に突入ですけどねぇ、昨日、12巻の「密偵たちの宴」まで読んだけど、やっぱふかいなア~」

「…………」

「で?」

「ゲーテとか、そのへんできちんと模範解答をつくっておくように! ドイツ文学出身なんでしょ」

……大切な宿題をもらってしまいました。

嗚呼、ピーチャンとピーコのうぶな関係がうらやましく思われて他なりません。

……ということで、最後の「秋味」でも飲んで寝ます。

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しかし、困ったって、これは真実なのだ。真実だからこそ、諸君は困るのだ。僕は諸君をうんと困らせてやりたいのだ。なぜなら、それこそが諸君を最も益することとなるからなのだ。

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クサンチッペ 何者でもなくなんかないわよ。あたしはあたしで、絶対に他の誰かじゃないもの。
ソクラテス そう、そうなのだ。それは同じことの裏返しなのだが、皆にはこれがわからんのだ。いやこれはもう絶望的にわからんね。ハンチントン自身、自分が見事に矛盾することを述べていることに気づいていないのだ。
 いいかね、「文明上のアイデンティティ」と彼は言う。人は、自分が何者であるかということを何ものかにかにもとめるものだ、それがかつては国家やイデオロギーであったが、今後それは文明へと求められるだろう、なぜなら文明こそは、人が自ら選べなかった最も根源的なものだから、と。つまり彼は、人は自分には選べない文明を自分で選べる、と述べているわけなのだ。選べないが、選べる、とね。さてこれはどういうことなのか。つまり、人がその文明に属するのは、自分がその文明に属すると「思う」ことによってでしか実はないということを、この人は認めているわけなのだよ。
 とすると、自分を何者かであると思っているところのその自分は、何者でもないのでなければならないね。それをヘーゲルは「絶対精神」と言うのだ。僕等はクロアチア人、アメリカ人である以前に、等しく精神、何ものにも規定されていない絶対自由なる精神なのだよ。
 そうは言っても人間てのは気が小さい。自分を何者かと思いたい、その何者かに仲間だけで結束していたい。国益のかわりに文明益をもち出したって、事態は別に変わらないんじゃないか。何者かである自分のために、他人を蹴飛ばしても生きてやろうってこのことはね。何者でもなけりゃ、損得だってないんだから。この世の精神たちが残らずこの当たり前な事実に気づいて、理性の王国が地上に実現するまで、あと二千年はかかるかなあ。
クサンチッペ なに、しょげてんの?
ソクラテス いや、そうでもないけど。
クサンチッペ いいでない、どうせ変てこなこと言ってんだから。
ソクラテス だって、僕が言ってから二千年経ったって、やっぱりこうなんだぜ。
クサンチッペ 国があるんだから、戦争があるの、当たり前さね。
ソクラテス ああ、国ねえ。国なんてのも、人間の考えが作ってるにすぎんのにねえ。
クサンチッペ あら、でも、あんただって、アテナイの名誉だとか国家の正義だとかしょっちゅう皆にぶってるでないの。
ソクラテス うん、お前、いいこと言った。まさにそのことなのだ。
 僕が「国家」と言う。国家の「正義」と言う。いいかい、繰り返すよ、
 <自分自身のことを顧慮する前に、自分に属する事柄を顧慮しないように、また、国家そのもののために顧慮する前に、国家に属する事柄を顧慮しないように>
 さっき僕は、自分に属する事柄以前の自分そのものとは何者でもないと言った。では、国家に属する事柄すなわち国益以前の国家そのもの、とは何か。やはり何ものもありはしないのだよ。わかるかね、現代世界の諸君。
 しかし現に国家は在る、と皆は言うね。そう、確かに国家は在る。在ると信じて人々がそれのために血を流す。しかし、だ。国家を作っているのは一人一人の人間だ、一人一人の人間以外のどこか別のところに国家があるわけじゃない。なぜなら、人間を考えずに国家だけを考えることはできないのだからね。ところで、一人一人の人間とは、実は何者でもなかった。それなら、何者でもないところの人間たちによって作られている国家なんてものが、何ものかであるはずがないじゃないか。
 しかし君だって「国家」と言う、国家の正義と言うではないかと皆は言うだろう。そうだ、僕は言う、「国家」を、その正義をこそ考えよ、と。いいかね、僕は国家なんてものが、僕が何者でもない以上、何ものかであるなんて認めちゃいない。なのに、その何ものでもない国家のための「正義」と言う。これは、どういうことか。
 つまり僕は言っているのだ、国家とは何者でもないというこのことを正しく認識せよ。これが正義だ、「国家の正義」だ。何者でもない国家のための国益を求めるな。これが名誉だ、「国家の名誉」だ。国家を何ものかであると考えること、そのことによる行為、それは不正だ、国家に対する不正と不法なることは明らかなのだ。
クサンチッペ 要するに、みんなみっともないことすんなってことでしょ。
ソクラテス どうしてお前はそうやって一言で言ってくれるのかしら。しかし、要するに、そういうことなのだ。じゃ、ここはひとつ岩波文庫訳で朗々たる『弁明』といくか。
<私は諸君に断言する。私にして若しつとに政治に携わっていたならば、私はもうとっくに生命を失ってしまっていて、諸君のためにも私自身のためにも何の裨益するところもなかったに違いないからである。今私が真実を語っても怒らないように願いたい。諸君に対し、または他の民衆に対し敢然抗争して、国家に行われる多くの不正と不法とを阻止せんとする者は、何人といえどもその生命を全くすることが出来ないであろう、むしろ、本当に正義のために戦わんと欲する者は、もし彼がたとえしばらくの間でも生きていようと思うならば、かならず私人として生活すべきであって、公人として活動すべきではないのである>
 つまりね、政治家も民衆も、必死になって生きようとしているわけだろう。自分を自分と信じたり、国家を国家と信じたり、互いに蹴飛ばし合ったりしながらね。ところへ、僕みたいなのがのこのこやってきて、君たち何だって生きようとしているのかね、何のために生きるのかね、なんて言われた日にゃ、誰も困っちまうということなのだ。
 しかし、困ったって、これは真実なのだ。真実だからこそ、諸君は困るのだ。僕は諸君をうんと困らせてやりたいのだ。なぜなら、それこそが諸君を最も益することとなるからなのだ。
 さあ、まず、君は誰かを言ってみたまえ。
    --池田晶子「教授の警鐘『ハンチントン』」、『ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け』新潮文庫、平成十四年。

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これまで6年弱、短大で「哲学」の教鞭をとっているのですが、これまでの6年間、前期・後期とも同じ曜日の同じコマでした。

それが本年後期より、曜日は同じですが、一コマあとにずれました。
その「ずれ」にすこし彩り鮮やかな驚きを感じる宇治家参去です。

ただ、6年弱設定されていた授業時間……昼食後の3コマ目……に合わせて躰も設定されているようで、本日も同じ時間におき、大学へ向かい、1コマ余裕のある1日をおくらせて頂いた次第です。

例の如く、八王子駅周辺が路上喫煙禁止地域ですし、大学構内でも喫煙場所が限られておりますので、TULLY'S COFFEEの喫煙ルームにて珈琲で煙草をぷかぷかしてから、教員バスにて大学へ向かった次第です。

到着してから配布物をコピーしたり準備を整えていたわけですが、それでもやはり1コマ余裕がありますと、これは90分余裕がありますので、さきほど新設された大教室棟や広場をまわってから、ちょうどかきいれどきをはずれていましたものですから、新しく完成した食堂にてランチを取ってみました。

これまでですと、だいたい、駅蕎麦ですませて授業に向かうというパターンが殆どでしたが、やはり余裕があるとはいいものです。

日替わりランチ……本日はハンバーグ定食……をいただき、テラスにて喫食です。

へんな言い方ですが、目が飛び出るほど、ウマイというわけではありませんが、冷凍レトルトとか温食ですませているわけではありませんので、それなりに手が込んでい、これで450円ならばリーズナブルだろう、景色は良いし!……と思いつつ、授業開始前のひとときを堪能させて頂いた次第です。

さて……。

ゆっくりと余裕をもちつつ、準備万端で授業に臨んだわけですが、哲学の講義をするなかで、いちばん大切にしているのが「動執生疑(どうしゅうしょうぎ)」ということです。
もと仏教に由来する言葉ですが、相手の執着している心を揺り動かし、これまで当然そうだと思っていた考え方とか発想とかは果たして正しいのか? 本当はどうなのか?……と疑問を生じさせ、それにより、現状を点検してこなかった自覚を与え、そこからより高い次元へと目を開かせる変革原理といってよいでしょう。

アリストテレス(Aristotle,384 BC-322 BC)は、「哲学とは驚きから始まる」といい、ソクラテス(Socrates,469 BC-399 BC)は、そうした、考えるに値しないと思い込んでいる億見(ドクサ)を破壊するために対話を重ねたものです。

そうした示唆をあたえ、自分自身で現状を点検し、再び考えてみる……そこにもどることができれば、ひとは哲学し始めることができるのでは……そう思い、「動執生疑」をテーマとしております。

冒頭に引用したのは、哲学者・文筆家として知られる池田晶子(1960-2007)の、ソクラテスの対話篇風エッセーからの引用です。

プラトン(Plato,428/427 BC-348/347 BC)の手によるソクラテスの対話をよくぞここまで現代風に蘇らせたものだよな……と思われて他なりませんが、そこで語られているが如く……

「しかし、困ったって、これは真実なのだ。真実だからこそ、諸君は困るのだ。僕は諸君をうんと困らせてやりたいのだ。なぜなら、それこそが諸君を最も益することとなるからなのだ」

……ある意味では意地悪かもしれません。

しかし、これはこれなんだ!と思っている先入見を打破し、「うんと困らせ」やることによってこそ、その問題をもっと根源的に考え直すことが出来るのかなと思うからです。

まあ、親心とでも思ってくださいまし。

ソクラテスほど対話の銘酒……もとい、名手でもありませんし、パロールとしての講義もヘタクソですが、そうした先入見を穿つ、ひとつのきっかけとなる授業を展開していこう……といつも思っております。

しかし!!!!

授業を始める前に、学生が驚く前に自分自身が驚いてしまいました。

宇治家参去は、知的レベルと生活習慣がアル中の小学生?並ですので、いつも前夜寝る前に、鞄の中身を準備し、明日着ていく服装を衣紋掛けにかけて臨みます。

講義では基本的にパワーポイントを使用しますので、その使うファイルを外部ストレージ……私の場合は、16GBのSDHCカードに保存し、小さなUSBアダプター……にそれを収めて、大学の教室のPCから出力するようにしております。

以前は、自前のPCでやっていたのですが、最近、ちょいと面倒になり、教室に備え付けのPCにて対応するようにしました。
これにより、荷物がぐんとへり、こうしたSDカードを初めとする手軽な外部記憶装置の日進月歩の発達には手を合わせてしまうものです。

さて、授業開始10分前……。

PCを立ち上げ、USBスロットに差し込んだところ、ディスクが表示されません。

「ひょとして……」

「ひょとして……」

USBアダプタを開いて確認すると、そこにはなんとSDカードが入っていないではないですか!

人間が祈り始める瞬間というのはこういうひとときかもしれません。

「まぢっすか」

学生を驚かして困らせてやろうと目論んでいた教員が、自分自身の手によって驚かされ困らされてしまいました。

これが俗に言う「自爆」なのでしょう。

自爆のままほっておくこともできないので、脳みそフル稼動で代換え案を模索したところ、そういや前期のパワーポイントファイルを、学内のポータルサイトにUPしていたはずだ!

……ということを思い出し、それをダウンロードして……今日はガイダンスなので内容的にはほとんど前期のそれと大差がないので……活用した次第です。

足下をすくわれるというのはこうしたことをいうのかもしれません。

皆様もご注意下さいまし。

……ということで明年1月まで、眠りを覚ます“虻”と任じたソクラテスの如くの対話=講義をがんばります!

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「もう後期の授業がはじまるのか」

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 日常生活においては、我々は表象と思惟とを取りちがえる。我々は想像力の表象にすぎないものをも思惟においては、我々は事物から外的な単に非本質的なものを切り捨てて、事物をただその本質においてのみ取りあげる。思惟は外的現象を突き抜けて事物の内的本性にまで徹し、内的本性をその対象にする。思惟は事物の偶然的なものを除去する。思惟は事物を直接的な現象としてあるがままに見ないで、非本質的なものを本質的なものから切り離し、従ってそれを捨象する。--直観においては我々は個別的な対象を目の前にもつ。思惟はそれらを互いに関係させ、またそれらを比較する。比較によって思惟はそれらが互いに共通にもつところのものを取りあげ、それらを区別するところのものを取り除き、それによって一般的な諸表象を獲得する。--一般的な表象は、この一般的なものの下に従属している個々の対象よりも規定性をより少なく含んでいる。なぜなら、一般的なものはまさに個別的なものの除去によってのみ得られるものだからである。それに反して一般的なものは自分の下により多くを包摂する。云いかえると、ずっと大きな外延をもつ。思惟が一般的な対象を作り出すかぎり、思惟には抽象のはたらきがある。そしてそれによって一般性の形式を獲得する。例えば、「人間」という一般的対象の場合のように。しかし、一般的対象の内容は、抽象作用としての思惟には属さない。それは思惟に与えられており、思惟から独立にそれ自身で存在している。
    --ヘーゲル(武市健人訳)『哲学入門』岩波文庫、1952年。

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気が付くと本日より、短大の講義でした。

授業の仕込み‥‥といってもガイダンスと導入講義だけですが‥‥自体は、先週のうちに済ませておいたので、これから徹夜でどうのこうのするということはないのですが、

「もう後期の授業がはじまるのか」

そのことだけをしみじみと感じ入っております。

いわば、夏休みが終わるとでもいえばいいのでしょうか。

学生さんたちからすればまさに現実的には「夏休み」がおわるわけです。
宇治家参去の場合、別に今日まで1ヶ月弱夏休みがあったわけでなく、学問の仕事も、市井の仕事も連綿と続いているわけですが、やはり毎週一度とはいえ講義していた状況から、ぽっかりとそれが抜けていた時間がつづいておりましたので、似たような感慨を抱かざるを得ません。

先年より半期15回講義が制度化されたものですので、祝日など関係なく講義は組まれるのですが、それでも去年の後期初回の授業が9月の20日過ぎからだったよな~などと振り返りますと、早いスタートであることは間違いないようです。

宇治家参去が学生時代--90年代の大学空間--、記憶によれば、大体7月の中旬には前期がおわり、後期の開始は、9月の最終週ぐらいからだったような思い出があります。
そこから比べると現在の学生さんたちは、大学の違いももちろんありますし、義務教育での夏期休暇に比べるとそれでも当然ながい休暇であるわけですが、自分の時代よりもちょいと休みが短くなったのかしら‥‥と思われます。

‥‥ということで?
授業もはじまるわけで‥‥と思い、ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)の講義録といいますか、哲学を素描した文献を再度ひもとく夕べです。

哲学と聴けば「固くて」「難しく」「徒手空拳」の嫌いは否定できません。
しかし、「固くて」「難しく」見えるものでも、じっくりとその対象と向かい合い、発掘作業を行いつづけると、そのリアリティが立ち上がるというものです。その作業は傍目からすれば「徒手空拳」に見えなくもありませんが、その発掘作業や労苦を自分自身で丹念にやっていくことができれば、実にそれは「徒手空拳」ではなく、「酔拳」ぐらいにはなるものが不思議です。

冒頭ではヘーゲルの文章を古い訳ですが紹介してみました。
実はこの思惟の作業にこそ哲学の醍醐味があります。
しかし、実はそれと同時に哲学を難解なものへと誘う原因も存在します。

哲学とは、特定の枠組みに影響を受けないというところにひとつの特徴があります。
ひらたくいえば、キリスト教徒でなければ理解できないとか、イスラームの人々でなければ理解できないとか、日本人でなければわからない‥‥そうした限界を打ち破る共通了解を目指す言説がその特徴です。

西洋哲学の祖タレス(Thales of Miletus,ca.624 BC-ca.546 BC)は「万物の根源(アルケー)とは何か」をとうなかで、それを「水だ」と指摘しました。

万物の根源が水であるのか、それとも原子であるのか、それとも他の何かであるのか、その議論はひとまず措きます。

しかし、注目したいのは「水だ」と宣言したことであり、その言い方・問い方なんです。

それまでの世界像では、万物の根源は「神」である的思考が濃厚でした。
信仰としてはそうした言説で成立します。
しかし、お互いに異なる文化・信仰をもつ者同士が向かい合うとき、そうした言い方ですと、限界が訪れざるを得ません。

タレスは、「世界はだれがつくったのか」という当時の一般的な問いを「万物の根源とは何か」という問いへと転換しました。そのことによってユダヤのひとびとも、ギリシアのひとびとも、またペルシアのひとびとも「参加」できる「テーブル」が準備されたわけです。

「世界はだれが創ったのか」

「ユダヤの神が創った」
「ゾロアスタの神が創った」
「ギリシアの神々が創った」

という議論では、平行線をたどりつづけ共通了解を得る事が出来ません。

しかし、「万物の根源とは何か」という問い方に対しては、お互いが真摯に議論できるわけですから、ここに西洋の哲学史はひとつの出発点をおいております。

ですから、タレスが「水」と宣言した後、議論はまさに百花繚乱のごとく、もりあがっていきます。そこから特定の文化的伝統・枠組みにとらわれない、共通了解を求める探究がはじまったといっていいでしょう。

その意味で哲学的問い・探究とは「開かれた地平」を開拓する探究といってよいかと思います。

しかしながら、問題点もあります。
そしてそれが哲学を「難解」にさせている原因です。

たしかに「世界は○○の神が創った」という言い方を哲学は遠慮します。
そのかわり「水」とか「火」とか、そうした概念を持ち出します。
これはなにかといえば、まさにリアルな物語的思考から抽象的思考への転換を意味しています。

ヘーゲルが「思惟」に関して言っているとおりです。

「我々は事物から外的な単に非本質的なものを切り捨てて、事物をただその本質においてのみ取りあげる。思惟は外的現象を突き抜けて事物の内的本性にまで徹し、内的本性をその対象にする。思惟は事物の偶然的なものを除去する。思惟は事物を直接的な現象としてあるがままに見ないで、非本質的なものを本質的なものから切り離し、従ってそれを捨象する」

たしかに、議論する対象がリアルなものである場合、イメージしやすくその実像をダイレクトにつかみとることが容易です。

しかしそうしたアプローチを伝統的に哲学は避けます。
それをもっと大きく包括するような視点……言い換えれば普遍性の探究……を大切にしますから、どうしても「特殊なリアリティ」を論ずるよりも、そこから導かれる「一般的な共通項」を大切にします。

その際、不可避的に発生するのが、「抽象的言語」の多様という事態です。

これが初学者をどうしても躓かせてしまいます。

ひらたくいえば、「読んでいてわからない」というわけです。

しかしもとを返せば、抽象化された概念は、抽象化された概念として自存しているわけではありません。制度学問として、できあがった構築物として見た場合たしかに「抽象化された概念」として自存しているように見えることは否定できませんけれども。

しかし、抽象化されていく過程、その言葉の意味、流通経路、変遷……を丹念に探究していきますと、実にこれがリアルな概念として、向かいあう人の前にたちあがってくるものです。それが難儀なわけですが、そこに醍醐味があります。

通俗的な憶見(ドクサ)を突く、そうした講義にしていきたいと思うわけですが……、はやめにいっぺえやってから沈没することにします。

どうも、風邪はなおったのですが、持病の喘息がぶりかえてしてきたようなので、ちょいと念入りなアルコール消毒が必要なようです。

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旨いもの・酒巡礼記:東京都・武蔵野市編「すず音」

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 閉じた社会と開いた社会 我々の分析の成果のひとつは、社会的領域において、閉じたもの(Le close)を開いたもの(L'ouvert)から根本的に区別することであった。閉じた社会とは、他の人々に対しては無関心なその成員たちが、つねに攻撃または防備に備えて、つまり、戦闘態勢をとらざるを得ないようになって互いに支え合っているような社会のことである。人間社会は、自然の手から離れたてのときは、そのような社会である。蟻が巣のために作られているのと同様に、人間はこうした社会のために作られていた。類推を濫用してはならないが、しかし、我々は次の点に注目すべきである--すなわち、人間社会が動物進化の二つの主要線の一方の末端に位しているのと同じように、膜翅類の共同社会は他の一線の末端に位置しており、この意味で、この二つの社会は対をなしている。もちろん、人間社会はさまざまに変化するのに反して、膜翅類の共同社会は型にはめられている。前者は知性に従い、後者は本能に従う。しかし、自然は、我々を知性的に作ったというまさにそのために、社会組織の型をある点までは自由に選択するのを我々に許したにしても、やはり社会生活を営むように我々を定めた。魂に対して重力と物体の関係と同じような関係を保つ一定方向のある力が、個人的意志を同一方向に向かわせて、集団の凝集を確保する。道徳的責務はこのような力である。我々が明らかにしたように、道徳的責務は開く社会においては拡大し得るが、元来それは閉じた社会のために作られていた。さらに我々は、閉じた社会は、想話機能から生まれ出た宗教によるほかは、生存することも、知性の分解作用に抵抗することも、不可欠な信頼を保持してそれをその成員各自に与えることもできないのは、どうしてであるのか理由も明らかにした。閉じた社会は、我々が静的(スタチック)と四だこうした宗教と一種の圧力にほかならないこうした責務によって、構成されている。
 閉じた社会から開いた社会へ、都市(シテ)から人類への移行は、単なる拡大によっては決して可能ではないだろう。この両者は同一本質のものではない。開いた社会とは原則的には、全人類を包含するような社会のことである。こうした社会は、若干の選ばれた魂によって、時折夢想されたものであって、創造の度毎にそれ自身の何物かを具体化する。こうした創造のひとつびとつが、深浅の差はあっても人間を変化させて、それまでは克服不可能だった諸困難の克服を可能にする。
    --ベルクソン(平山高次訳)『道徳と宗教の二源泉』岩波文庫、1977年。

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ベルクソン(Henri-Louis Bergson,1859-1941)によると、個の人間存在と共同体との関係はおおむねつぎのふたつに大別されるそうです。

ひとつが、いわゆる「閉じた社会」と呼ばれるあり方です。ここでは、具体的な集団の一員としての人間の側面に焦点があてられ、そこに対応するのが閉じた道徳・静的宗教であります。それに対してもうひとつの「開かれた社会」とは、集団の一員としてのカテゴリーでありながらもなおかつ人類の一員であるとの自覚をもった人間の側面に焦点があてられます。そこでは開いた道徳・動的宗教が対応します。

現実には、この両方の社会のふさぎ難い間隙が払拭し難く存在し、どのようにそれを飛び越えていくのかその探究が人間には必要になってきます。ベルクソンの探究(『道徳と宗教の二源泉』)とはその隔絶を埋め合わせていこうとするひとつのこころみだと思います。

ベルクソンの議論には単純で楽天的なきらいがないわけでもありませんが、その間隙を埋め合わせるその真摯な探究とヒューマニズムへの情熱には、おのずと頭のさがるというものです。

……ということで?

還元不可能な、そして代替不可能な一個の存在者として自覚しつつも、共同体のよき構成員としての自覚に留まることなく、全人類に属することによってこそ、個の存在もさまざまな共同体もかえって彩りを増すのでは?などとふと夕べに思う宇治家参去です。

……ということで?

金曜に吉祥寺で快飲してきました。
還元不可能な一個の人間存在は決して孤立してはなりません。
そうした人間同士が盃をくみかわすこと・話し合うこと・向かい合うことこそが大切なのです。
ですから、個の存在でありながら、かつ人類へと連帯できていけるのでは……そう思いつつ、飲んだ次第です。

吉祥寺で飲むのはひさしぶりでした。

会場は、和食・おでんがうりものの小さな居酒屋「すず音」です。

googleMapなんかで場所は確認済みでしたが、大通りのほうからそのビルをめざしたところ、そちらに入口はなく、並行する飲み屋通りのほうに入口があったようで、ちょいと引き返してから、到着です。

吉祥寺の喧騒をわすれさせるような、小さなお店です。
ですけど、おちついた佇まいで、清げな店内は、知るひとぞ知る「大人の隠れ家」という表現がぴったりとするお店です。

店員さんに誘われ予約のテーブルについてから、取り急ぎ、生ビールを注文です。

ここは「繁盛店の生」……サッポロの生ビールなのですが、寒くはないのですが、暑いほどでもないこの季節にそのすっきりとして濃厚な味わいが体に溶け込んでいくとはまさにこのことなのでしょう。

先づは、季節のお造り(二点盛)!
旬のさんまの脂がこってりと乗ってい、その深い味わいにおどろきつつ、さっぱりとした鯛の刺身が食をそそるというものです。

すでに2杯目を頂戴しつつ、

一緒に頼んでいた舞茸の天ぷらに舌鼓です。
これぞ秋味のオンパレードという状況にて、揚げたてサクサクなのですが、ほのかに土の匂いがあり、添えられたししとうの辛味がほどよく--天と大地の恵に感謝です。

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つづけて揚げ茄子の煮びたし(山芋とろろ掛け)、山菜のチャンプルーの登場です。

すでに繁盛店の生を三倍目です。

茄子は秋に限ります。
山芋とろろがくどいかなと思いましたが一口やってみますと、山芋によってかえって茄子の味わいが引き立つというやつで、素人考えの浅はかさを自覚しました。

山菜のチャンプルーはにがうり(ごーや)にはない、やさしい味わいで、これはもはや琉球家庭料理ではなく、和の家庭料理だな……という雰囲気です。

そろそろ飲み物を日本酒にチェンジです。

茄子の味わいがどうしても忘れがたく、メニューにはなかったのですが、単純な「焼き茄子」がどうしてもほしくなり、お店のひとに頼んでみると、調理を快諾してください、登場したのが「焼き茄子」です。

シンプルイズベストとはこのことです。
家などでもたまにやりますが、これがなかなか難しいんです。びちゃびちゃになってしまうことが多いのですが、やはり本職です。しっかりと火がとおりつつも、形が崩れず、味わいもしっかりとしてい、手間を快諾してくださった板さんに感謝です。

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で……
日本酒ですが、最初は「船中八策」ではじめ、「秋鹿」、「国龍」とき、このあたりで「〆張鶴」とわたりあるきつつ、「肉豆腐」と「地鶏の塩焼き」をオーダーです。

真夏とかですと、スパイシーな肉豆腐がいいかなと思うことがありますが、この季節になってきますと、「肉豆腐」らしい「肉豆腐」が絶妙な味わいです。

写真でみますと、チゲふうか!などと思うような鮮やかな色合いですが、辛くもスパイシーでもなく、「肉豆腐」らしい「肉豆腐」で、おもわずめっけものだ!などと思いつつ、お店の一押しアイテムである「地鶏の塩焼き」には、ちょいとたまげてしまいました。

ようは、からりと「焼いた」地鶏なのですが、焼き方が絶品なのでしょう……からりと焼き上げられた地鶏の中に旨味が圧縮されてい、そのからりとした「皮」もまたおいしく、これを塩ないしは柚子胡椒の薬味で堪能させていただきました。

さて……いよいよお食事の真打が登場です。

このお店はおでんやさんなのです。

単品でも注文できますが、盛り合わせでいただきました。
練り物、たまご……、定番具材の盛り合わせですが、おでんやさんのおでんは美味でした。
煮込まれているにもかかわらず、汁が濁っていない!ことに驚き
たまごの黄身まで味が染み込んでいることに、驚き
素材の美味さに……だいこんを頂きましたが「甘くて」「おいしくて」驚いた次第です。
おでんにはよく関東風だとか関西風だとかありますが、ここのおでんは形式としては関東風ですが、もはやそうしたカテゴリーを超越するような「すず音」の「おでん」という雰囲気です。

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最後に生ハムのサラダと焼きアスパラを頂戴しましたが……、生ハムは自家製なのでしょう……ほのかに薫る匂いに酔い、見てのとおりの……、ハムてんこ盛り!
ぶっといアスパラなのですが、口にするとやわらかでなめらかで、溶けていくような状況で、締めた次第です。

帰宅するが惜しまれたのは久しぶりです。

いい味でした。

今度は家族でいってみようかと思います。

大学の仲間4人で利用させていただきましたが、また来たいそう思う隠れ家です。

■ すず音(ね)
〒180-0003 東京都武蔵野市吉祥寺南町1-5-11 丸善ビル2F
0422-41-8880
営業時間 17:30~01:00(L.O.23:30) 
定休日  月曜日
※チャージ(お通り)が500円かかります。
http://r.gnavi.co.jp/a567800/

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地球は美味かった

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The values of this Western civilization under the leadership of America have been destoryed.Those awesome symbolic towers that speak of liberty,human rights, and humanity have been destoryed They have gone up in smoke.
     OSAMA BIN LADIN
    --IAN BURUMA,AVISHAI MARGALIT,OCCIDENTALISM The west in the eyes of its enemies,Penguin Books,2005.

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本来は、9・11ですので、同時多発テロに関して何かまとめておかないといけないと思い、イアン・ブルマ(Ian Buruma)と、アヴィシャイ・マーガリット(Avishai Margalit)の共著『オクシデンタリズム……敵の目からみた西洋像』をひもといておりました。

ただ飲み会があり、なかなか論じることが出来ず恐縮です。
しかし、待ち合わせのときもやはり「9・11」の衝撃を少し語り合いつつ、記憶に留めることができたのは幸いかもしれません。

忘却とは暴力かもしれませんから……。

……ということで、昨日は吉祥寺にて、怪飲させていただきました。

皆様ありがとうございました。

かなり飲みましたが、おいしく頂戴した次第です。

詳細のレポートは後日アップします。

……ということで?仕事へ行ってきます。

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Occidentalism: The West in the Eyes of Its Enemies Book Occidentalism: The West in the Eyes of Its Enemies

著者:Ian Buruma,Avishai Margalit
販売元:Penguin (Non-Classics)
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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人間が人間であることは、彼が自己の人間的欲望に基づき自己の(動物的)生命を危険に晒さなければ「証明」されない

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 人間が真に人間的であるためには、人間が本質的にも、現実的にも動物と異なるためには、その人間的欲望が実際に人間の中で人間の動物的欲望に打ち克つ必要がある。ところで、いかなる欲望も或る価値を目指した欲望である。動物にとっての至高の価値はその動物的生命であり、動物のすべての欲望は、究極的には、その生命を保存しようという動物の欲望に依存している。したがって、人間的欲望はこの保存の欲望に打ち克つ必要があるわけである。換言すれば、人間が人間であることは、彼が自己の人間的欲望に基づき自己の(動物的)生命を危険に晒さなければ「証明」されない。人間的実在性が実在性として創造され開示されるのは、このような危険を冒す中で、そしてそれによってであり、この実在性が「証明」されるのは、すなわちこの実在性が動物的、自然的な実在性とは本質的に異なったものとして示され、明示され、確証され、実証されるのは、このような危険をおかす中で、そしてそれによってである。自己意識の「起源」について語ること、これが必然的に(本質的に非生物的な目的のために)生命を危険に晒すことについて語ることとなるのはそのためである。
    --アレクサンドル・コジェーヴ(上妻精・今野雅方訳)『ヘーゲル読解入門―精神現象学を読む』国文社、1987年。

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ちょいいろいろ本業も市井の仕事も忙しく、ちょい聴牌っている宇治家参去です。

聴牌とは、「てんぱい」。

ご存じの通り麻雀用語に派生する日常生活言語です。
麻雀における「聴牌する」とは、危ない牌を捨てるか聴牌を崩すかの選択を迫られる自体を表現した言葉なのですが、そこから転じて、物事を抱え過ぎた状態を由来する言葉として流通しております。

しかし、不思議なもので、「テンパっている」ときほど、躍動した生命を感じるときは他にありません。

皆様はどうでしょうか?

手詰まりな状況なわけですが、不思議なもので、10日として原稿用紙1枚しか埋めることが出来なかったのが平時とすれば、こうした戦時においては1日で10枚書いてしまうものです。

それを「ほとばしる」とでもいうのでしょうか。
もちろん「ほとばしる」ためにはその仕込が必要なわけですが……。

ともあれ、その合間をぬってまったく喫緊の仕事と関係のない、アレクサンドル・コジェーヴ(Alexandre Kojève,1902-1968)のパリ高等研究院で行われたヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)の『精神現象学』(Phänomenologie des Geistes,1807)についての講義録を繙いております。

早いうちに読んでおかねば!

……などと10年前に購入したきり、ツンドク(積読)でした。

最近、本業の傍らぼちぼち読み始めましたが、吸い込まれております。

そんな寄り道というのは、喫緊のテンパった本業に対しては、余剰なる寄り道に他ならないわけなのですが、まだ直接的にはそれとそれ、点と点がリンクはしてきませんが、目に見えざる刺激を与えてくださるようにて、ちょいと、その圧迫感を楽しんでいるところです。

ヘーゲルの言葉を頼りに、コジェーヴが「人間が人間であることは、彼が自己の人間的欲望に基づき自己の(動物的)生命を危険に晒さなければ「証明」されない」というのは本当かもしれませんネ。

人間とは、意識するにせよ、しないにせよ、実は、その対象とか目的に関して、実に「命懸け」で取り組んでいるのでは……そのように思われたひとときです。

もちろん、意識的なときもあれば、しないときもあるわけですが、そこにひとつ人間の人間らしさがあるのかもしれませんネ。

むかし……やんちゃな?ときは、よく麻雀をしたものです。
下手で弱いのは承知の介ですが、あの駆け引きがなんともいえません。

……というところで、そろそろのすたるじじいになりつつありますので、、沈没します。

ひさしぶりに、プレミアム・モルツをやっておりますが、ひさしぶりに飲むと、結構パンチが効いております。

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ヘーゲル読解入門―精神現象学を読む Book ヘーゲル読解入門―精神現象学を読む

著者:アレクサンドル・コジェーヴ
販売元:国文社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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旨いもの・酒巡礼記:東京都・八王子市編「Sherlock Holmes」

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旨いもの・酒巡礼記:東京都・八王子市編「Sherlock Holmes」

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 堺町通り三条下ルところにあるコーヒー店〔イノダ〕のコーヒーをのまなければ、
 「ぼくの一日は始まらない」
 という人がいるかと思うと、
 「サンボアで一杯のまぬうちは、おれの一日が終らぬ」
 という人もいる。
 三条に近い寺町通りの東側の、モルタル造りの小さな民家に〔KYOTO SAMBOA BAR ESTABLISHED 1918〕と記した、淡いブルウの電気看板が軒先へ横たわっているだけの、いかにも誇りにみちた酒場である。
 〔サンボア〕は、京都で、もっとも古い酒場の一つであって、立飲台へ出されるウイスキーも、カクテルでさえも、きびきびとした中年の主人の、小柄だが精悍な風貌に似つかわしい、男っぽい味がしてこようというものだ。
 店には、女はひとりもいない。
 しかし、むかしは男だけのものだったこの店へも、近年は女の客が多くなった。
 それでいて、おしゃべりもせずに、女客たちはしずかにのんでいる。これはやはり、この店の男のムードに圧されるのであろう。
 たとえば京都へ来て、夕飯を四条通りの万養軒に決めたとすると、そこへ行く道すじに〔サンボア〕があるというのは、うってつけのことなのだ。
 〔サンボア〕で、ペルノーの水割りか、ドライ・マティーニのオン・ザ・ロックスなどを軽くやってから飯を食べに行き、その帰りにもまた、ちょいと〔サンボア〕へ立ち寄る。
 男だけが行く酒場である。
    --池波正太郎「京都・寺町通り」、『散歩のとき何か食べたくなって』新潮文庫、昭和五十六年。

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忘れないうちに先月訪問したお店を「旨いもの・酒巡礼記」として紹介しておきます。
ちょうど夏のスクーリングの折り、宇治家参去・倫理学の一期生が、

「先生、いい店みつけたので行きませんか? 楽しみにしておいてください」

という連絡をくださり、同道したのが、JR八王子駅北口にあるSherlock Holmesです。

宇治家参去は、平生はビール、日本酒中心で攻めますので、洋酒などやらないのでは……との感を抱かれがちですが、実は洋酒もかなり好きなほうで、昔は洋酒ばかり堪能しており、大好きなジャンルの一つです。

やはり基本はビールになりますので、そのときの気分などによって、日本酒の場合もあれば、洋酒の場合もあるという両刀遣いです。ちなみに3つを混ぜることだけは避けるようにしております。

さて、話がずれ込みましたが、今回訪問したのは、いわゆるロンドン風のパブというやつで、先に引用した池波大先生が定石とした〔サンボア〕ほど、老舗としての凄みをもつものではありませんが、ウイスキー、カクテルを丁寧に飲ませてくれる逸店です。

予約をいれておりましたので、とりあえずオープン・ボックス風の入れ混み誘われ、先にお酒を選んでいると、給仕のおねえさんが、テーブルのキャンドルに明かりを入れてくれ、雰囲気が出るというものです。調度はすべてイギリスから直輸入したものばかりで、落ちついた味わいあるイスやテーブルがやさしく人々を包み込んでくれます。
今回利用したのは、2Fのテーブル席ですが、1Fはカウンター中心ですので、ひとりでさっくり利用するにももってこいかと思います。

で……。
まずはギネス(Guinnes)を1pintほど頼んでから、箸付けにと、「フィッシュ&チップス」をお願いしました。
同時にギネスを運んできてくださいましたが、……もったいない話ですが……その日は日中暑かったので……、かる~く一気飲みになってしまうていたらくです。
が、おかげで濃厚な味わいが五体満足に染みわたると同時に汗がひくというやつで、肴を運んできてくれたおにいさんに、つづけてアイリシュビールを代表するキルケニー(Kilkenny)をこれもまた1pintにてオーダーしてしまうという……善の連鎖が続きます。

ギネスにせよ、キルケニーにせよ、この手のビールはもちろん缶ビールでも販売されてい、ときどき家でもやりますが、なかなかうまく注ぐことができません。もちろんそれはそれで旨いのですが、やはり本職にはかないません。

缶ではなく、サーバータンクからグラスに注がれたそれは、クリーミーな泡立ちといい、解き放たれたビールがグラスのなかで幸福に踊るとでもいえばいいのでしょうか……、味わいに鮮烈な解放感がありつつも、そのビール本来の自己主張がかき消されることなくかえって、引き立つような絶妙な注ぎ具合に驚くと同時に、感謝しつつしっかりと味わわせていただいた次第です。

欧米のビアスポットの定番は何といっても「フィッシュ&チップス」でしょう。
要は白身魚のフライとフライドポテト……ちなみにこの“フライドポテト”は和製英語……の盛り合わせですが、海外旅行とか主張なんかでてんこ盛りのそれを、連日やると辟易としてしまい、繊細な和食を羨望してしまうものですが、ささやかな盛り合わせでたまにこいつをやるとなかなかどうして、侮りがたい肴となってくれるものが不思議です。

素材もよく揚げたてで塩加減もちょうどよく、ビールにはこいつが一番です。

さてもう1杯ほどキルケニーをやってから、さすがにかけつけ3pint(1pint=570ml)もやると腹がタプン!タプン!としてきますので、ぼちぼち重いのを、ということで……
シングルモルトのアードベッグ!

ひさしぶりに飲みましたです。
5年ぶりぐらいでしょうか。
なかなか置いてないんです。

ピート香とスモーキーフレーバーが強い個性的なアイラモルトなのですが、この強烈な煙臭が……“堪えられません”!

もちろん、ダブルのロックです。

いえでやると、市販のロックアイスか、製氷器の歪な四角のアイスでテキトーにやるのですが、きちんとボール状にけずった氷を浮かべて、まろやかにやるのがたまりません。

生ハムの盛り合わせ……これも旨みがぎっしりで、アイラモルトと真剣勝負をしてください、実に幸福なひとときです。

もう1杯欲しい……雰囲気にものみこまれているのかも知れませんが、次は、ハイランドのシングルモルトのダルウィニーをダブルで頼んでからまつこと屢々……。

アードベックと対極にあるのかもしれませんが、上品な穏和な香りとすっきりした味わいが、静かに酔わせてくれました。

誘ってくれた学生さんは飲めない……のですがギネス1杯はおつき合い下さいましたが……のですが、話も盛りあがってき、種々意見をかわすなかで、さあまた出発しようと……そろそろ時間です。

最後にカクテルの一杯でも……。

ということで、締めの一杯はマティーニです。

上品な雰囲気と本物のもてなしをリーズナブルに体験させて頂いた一夜です。

飲めないのに紹介してくださった佐賀県のS君、ありがとう!

きのおけない仲間と語り合うにもよし!
ひとりでさくっと飲んでさくっとリフレッシュするにもよしの“大人の隠れ家”とはこのことをいうのでしょう。

■Sherlock Holmes
〒192-0084 東京都八王子市三崎町4-1
042-627-4869
営業時間 ランチ 11:30~15:00
     カフェ 15:00~18:00
     バー  18:00~04:00

http://r.gnavi.co.jp/g297201/

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お店でやると、一缶分ぐらい余分にとられるんです。
ですけど、不思議なことに惜しくないんです。

ひさしぶりにやった生ハム、サラミ……。
こうした素材直球勝負の逸品にこそ、その店が本物か偽物かという分かれ目がでてくるのでしょうねえ。
深い味わいがシングルモルトを引き立ててくれます。

最後のマティーニ。
もう一杯飲みたかった。

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18:30で予約をいれておいたくれたのですが、その日は当方、授業終了が14時過ぎでしたので、それまで、レポートをみたり、明日の授業の準備をちょいとしていましたが、朝から何も食べておらず、いかんせん小腹が空いたので、16時前に、大学内の学食(パリ・セントラル)にて、ぶっかけうどんとやまかけご飯(小)のセットを頂きました。

本当にあっちい一日で、食が細くなるのですが、こうした逸品は喉をとおるものです。
ですけど、それから2時間経って、酒を前にすると、別腹状態になるのが不思議なものです。御婦人方がスイーツは別腹というのと同じ感覚かもしれません。

しっかし、飲んでるなア~。

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫) Book 散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)

著者:池波 正太郎
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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露の身を草のまくらにたきながら風にしよもとも憑(たの)むはかなさ

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 予熟々(われつらつら)世の状態(ありさま)を視るに人生僅かに五十年七十ハ古来稀なり其の生る〻や霜露のおけるにひとしく其死ぬるや宛(さ)ながら幻しに異ならず昔し後醍醐帝屢々世の浮沈に遭ひ具(つ)ぶさに艱難を嘗(な)めたまひて終(つい)におもき疾病(いたつき)にか〻りて頓て消えゆかんとする生命を果敢みて
  露の身を草のまくらにたきながら風にしよもとも憑(たの)むはかなさ
と口占(くちずさ)みたまへるも実(げ)に然ることにてあらゆる書籍を探りなば斯る言(ことば)は殆ど数ふるに堪ふべからず然るを世の人おほくは日々の営業(ことわざ)に眼をうつし浮き逸楽(たのしみ)に魂を飛し朝より夕にいたるまで飲食の郷に彷徨ひ行きて少しも此の辺に心を用ふることを知らず是れいとも危うきことならずや古へより心厳(おごそ)かにして能く物の奧を究めんとしたる人ハ常に思ひを此に凝らし深くその理を推し尋ねたり中にハ愛(め)でうつくしむ妻子をふり棄て〻深山(みやま)のおくに道を求めたるものもありき蓋し世界は如何なる境遇(ところ)にして何等の目的あるにやわれ人のこ〻に現れ出でたるハ何所(いづこ)よりなるやまた何所を向(さ)して去るものなるや或ひは世の中は何に喩へん朝ぼらけ漕ぎ出し舟の跡なきがごとしと観念するもあり或はいずれかの宗教(おしへ)を修めその道に依りて此の大事を思ひ諦めんとするものあり左(さ)てこそ國々に種々(くさぐさ)の宗教となんいへるもの〻出で来れるなれ現今(いま)の世の習俗(くせ)として動(やゝ)もすれば妄りに宗教の道を蔑如(ないがしろ)にし只名利の途に迷ひておのが住む世界のありさまを思はず只管(ひたすら)に邪欲の海に漂ひその身薄氷の上に立つなるをも覚らず夢の世を夢のうちに住み暮らすもの十が七八に居るなるべしせめては此の世を覚(さ)めてこそわたらま欲しきものなるに尚ほ覚めずして夢路をたどるハ是非なくもまた哀れなりこ〻ろみに思へ吾人が額に汗して為すところのことは結局何等の益かある粒々辛苦の生涯も果ては如何なる功をか奏すべき若し宗教の真理を知らずもあらば蓋(ことごと)く空を捉(つか)み影を捕ふるに同じからん或る切にいはく設令(たとひ)わが身の生命あらん限りハ望を遂ぐるに由なきにせよ子孫のためい謀を為すまた善からずやと是れ深く思はざるのみ何んとなれバわが労苦(ほねおり)を受け嗣ぐべき子孫も悉くわれに等しき人類なれば失望の期限を延すのみにて其実少しも異なるところかなるべし斯く如くならば人生の労苦は僉(みな)煙りのごとくに消え行んとするにあらずや果して然らば此の生命は生きて甲斐なき生命たらざるを得ず仁といひ義といひ或ひハ道理と呼ぶも空しき名に過ぎず之を喋々(てうてう)するも何の益するところあらんやと斯く思ひ来れるやからも少なからずといへども更に之を考ふるに仁義決して虚名にあらず此れにか堅固にして動かず変ぜざるものあるべし良し世のなかをば虚しき影のみといはゞいへ影は必らずしもその形に添ふものなれバ何れにかその本原(もと)なる実態のあるべきこと疑ひなし世の人みな知らず……
    --植村正久『福音道志流部』米国聖教書類会社、明治十八年。

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月末締めの原稿と悪戦苦闘している宇治家参去です。
例の如くはやくやっておけば良かったのですが、例の如く二度あることは三度ある……というわけですが、まだ半月以上あるのでナントカナルと思っていたのですが、予想以上に大変のようでした。

和文に関しては、基本的には明治末から大正時代の文献を読むことが多いのですが、その時代の日本語ですと、難なくすらすらといくわけですが、明治初頭の文献はやはり読みにくく時間がかかってしまいます。

上の文章はちょうど、日本において福音主義的プロテスタンティズムを確立した植村正久(1853-1925)が若い頃に著した宗教論の一節からですが、まだまだ江戸の香りのする文章でして、読み応えはあるのですが、なかなか大変です。

ただしかし、日本において異国の宗教であるキリスト教を熱意をもって伝道しようとした初期教会のひとびとの熱意がありありと感じられるとともに、その労苦や誤解や偏見とのすさまじい戦いの軌跡には、実に驚くと同時に一種の敬意をもちあわせてしまうものです。

明治維新・文明開化をへた当時の明治初期の精神世界においては、今では考えにくいことかも知れませんが、あらゆる宗教とか精神性といったものが、文明開化という美名のもとに抛擲された時代なのですが、そこでキリスト教を説くということは、キリスト教を説く以前に、宗教の必要性を論じなければならない……という前段階の議論からスタートするを得ず、植村の格調高い文章に、刮目される次第です。

ただしかし、同時に何度読んでも頭に入ってこず、……ただしかし、理由は文体や内容の難解さにあったようではありませんでした。

……どうやら風邪をひいちまったようです。

熱は昨日で終わった……といいますか、当初は疲れでほてっているだけか?と思っていたのですが、本日は下がりましたが、喉が完全にやられているようで……。

さふいえば、昨夜寝る前に飲んだビールと日本酒もとんでもなくマズく感じたのですが、たぶん、それは風邪のなせる業だったのかもしれません。

季節の変わり目ですので皆様をご自愛専一心よりお祈り申し上げます。

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なにやってんだか……

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 「これがどん底だ」などと言っていられる間は、どん底にはなっていないのだ。
    --シェークスピア(野島秀勝訳)『リア王』岩波文庫、2000年。

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ときどき、どうしようもない虚無感に襲われることがあります。
なんといいますか……「オレ何やっているんだろうか?」って。

安い給料ですが……同世代の半分?……タツキとしての仕事も真面目に取り組んでおります。

本業?のほうも「倫理的な性格を強く」もって、授業を行い、レポートをみたり、論文を書いたりしております。

この業界でいうと遅筆のほうでしょうが……それでもここ5年は毎年1本と決めて積み重ねており、紆余曲折しながら博士論文もまとめつつ……

ある意味では、「きちんとやっている」とはいえなくはないのですが、

……なかなか“開く”ことができず・・・、

どうしようもない至上・市場経済の最前線で、責任(役職)がありますので、ぶっとおしで食品レジなど何時間もうっていると……、

「オレ何やっているんだろうか?」

「そろそろ潮時じゃアねえの?」

「学位だけ取れば、学問商売なんか辞めてしまい、民間で会社勤めやったりとか、田舎に帰って引き籠もって晴耕雨読でもすれば……?」

……などと、どうしようもない虚無感に囚われてしまいます。

ちょうどここ数日アリエナイほどの時間、……レジ担当者の当日欠勤とかそのへんで、をい、お前らっ!……、食品レジをうち続ける中で、精神がひさしぶりに疲弊してしまいました。

しかし、まさにどうしようもない話です。

働かなければ食べても行けず……。
それなら博士課程のときにしっかりやっておけばよかったというのも後の祭りで、学生時代に結婚もしておりますので、当然父親とか主人としての役割も放棄できず、それも、あんまり丁寧にはやっておりませんが、それでも最低限のことはやっており、付加価値もついてきますので、時間が飛んでいく……。

まさにどうしようもない話です。

それでも年頭からこれだけは毎日やる!と決めて、本業、そして本業の仕込となる語学の手入れとか、そこからふくらませていく周縁分野との知的交流は欠かさずやってきましたが、なかなか、

「これ!」

……っていうかたちにならず、それと相反するような現実生活にて、

「はあ、なにやっているんだか」

……っていう毎日です。

日曜は市井の職場でもアリエナイ、アリエナイ!と心のなかで叫びつつ、リアルコンクリート外壁にパンチをぶっこんでから、手が痛いのでがっつり飲んでしまいました。
ですからので、月曜は比較的ゆっくりと起きました……といいますか、起きざるを得ませんでした。

昼過ぎに起きると、細君から、

「偏頭痛で動けないので、息子殿を幼稚園まで迎えに行ってくれ」

……というわけでゲフゲフしながら、エッチラオッチラ迎えに行ってから帰宅すると、

「先生から手紙がきているよ」

……っていうので、汗を拭いつつ

郵便物に目をやると、

学問の師匠・鈴木先生からの執筆物とお手紙でした。

おそるおそる開封すると……、

博士論文で扱っている吉野作造(1878-1933)のキリスト教信仰にかかわるエッセーでした。

先日、そうした小文をまとめているよ……っていう話は伺っておりましたので、その完成稿を頂戴したのですが、これは狭い分野になりますが、学問商売という本業においては、その内容はまさに悩んでいたところ……人生論的悩みではありませんが……に対するひとつの明確な光明のような、示唆のような、……要するに援護射撃のような内容にて……、

「せんせい、ありがとうございます!!」

……と、落涙しつつ、ご自宅を遙拝したものです。

……って、市井の仕事へ出かけて、今日もハンパ無いレ地獄=レジ地獄でしたが、なんとか時間をこじ開け、先生宅へ御礼の電話をかけました。

論文の、前回手直しからの進捗具合とか近況のご報告とか相談とかしつつ、

「けっこうきついです」

……ってぽろっと吐露したわけですが、

「今がね、ふんばりどころなんだよ、一歩でも一歩でもすすんでいくしかないんだよ」

……って激励されてしまいました。

ほんとうに、ありがとうございました。

その一言で、なんだか、ひとつ、「なにやっているんだろうか」ってわだかまりがとれたようで、もう一度、戦っていくことができそうです。

人間は人間によってしか磨かれない……このことだけは確実です。

「きちんとやっている」ならそれが形になるまでは「やっていく」しかないのでしょう。

これから一ぺえ飲んで起きてからまたがんばります。

どうでもいい話でした。

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教養とは、我々が我々一個の利益の為に求めざるべからざる財物でなくして、他に仕へる為め、人を愛する為め、世の為め、私を献ずる為めに必要なる支度である

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 教養とは、我々が我々一個の利益の為に求めざるべからざる財物でなくして、他に仕へる為め、人を愛する為め、世の為め、私を献ずる為めに必要なる支度である。然らば教養は、我々が自分の都合上、勝手に取捨してよいものでなくして、義務として我々の追ひ求むべき道徳である。それは私が「私」の為めであるべからざるが如く、又他の「私」の為めであつてもならない。然らばそれは人間以上のもの、此世以上のものを目的とするものでなければならぬ。即ち神の国と其の義を目的とするものでなければならぬ。イエスは汝等先ず神の国と其義とを求めよと教へられた(マタイ伝六・三三)。教養も亦此教の一端である。イエスは模範的教養人であつた。我等も亦彼に倣つて、神の子たるに相応しかるべく精進するのが、我等の教養の中心である。
    --三谷隆正「基督教的教養」、『三谷隆正全集』第四巻、岩波書店、1965年。

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かねてから注文していた三谷隆正(1889-1944)の全集が先週初頭に到着しましたので、このところ、三谷の文章ばかり読んでおります。キリスト者の法学者なのですが、終生、大学(帝国大学)で教鞭をとらず、旧制高校(現在の大学教養課程)でドイツ語と法制を説いた人物なのですが、高潔なモラリストとしして知られ、晩年は一高に勤務しましたが、その思想・行動・風貌から「一高の良心」と謳われたものです。

本人は父の破算により、幼少時より辛酸をなめましたが、なんら痛痒とすることなく、泥水を清流に転換しゆくかのような歩みと言説には惚れ込むばかりで、対極にある宇治家参去としては、「かくありたい」と思い、全集を購入しましたが、乾いた砂に水が染みこむように読ませて頂いております。
※本当は喫緊の課題として別に読んで処理しなければならない対象が山積ではあるわけですが……。

ということで三谷の教養論の一節から引用させて頂きました。
たしかに漢字は読めないより読めた方がいいです。
そして、古今東西の文物から自然科学の先端理論にまで通暁していることにこしたことはありません。
しかし、それがイコール教養か?と問うた場合、なかなか首肯することもできません。

たしかに漢字は読めないより読めた方がいいですし、

「あああれね、ドストエフスキイなら『悪霊』もいいよね」

とか

「エヴェレットの多世界解釈は、結局のところ、観測における解釈論ですから……」

などとやれることにこしたことはありません。

しかし、それだけではない……という痛痒の消息を豊に三谷は語っているなア~などと唸らされてしまった次第です。

教養には知識の図書館という側面は必要不可欠ですが、それが本質ではないのかも知れません。知識の図書館で済ませるならば、そこには仕草とか物腰といった生々しい人間存在から溢れ出す何かまでを教養として論じることはありません。しかし、溢れ出す何かまでがたいていの場合、教養として論じられることがその殆どですから、そのへんの感覚を勘案するならば、対自における問題だけでなく、対他における何かに関しても関わってくるのが教養なのかもしれません。

さて、昨日は、休日で昼過ぎから市井の仕事があるにもかかわらず! 小学校の入試説明会がありましたので、1ヶ月ぶりに希望している小学校へ行って来ました。

例の如く、スーツ、ネクタイを着用し、ルイ・ヴィトンの鞄ではいくな!といわれていたので、それとなく通には理解できるエルメス・エールラインのPCケースにて参加させて頂きました。

1ヶ月もすぎると大きく気候が変わったことに先ず驚きです。

7月末に訪問したときは汗ダラダラで……、ですが上着も取れず、

「これは簡易サウナやないけ!」

……って死ぬ一歩手前まで逝きましたが、今回は、確かに日射しは強いのですが、それとなく爽やかで心地よく、すこ~し流れる汗が心地よいほどでした。

次に驚いたのが、息子殿の行状です。
家庭の中では、一人っ子ゆえ、我が儘砲台……もとい放題な部分があるのですが、ひとたびパブリックな局面に参入すると……、例えば、バスで降りるときなんかなのですが……、

「ありがとうございましたっ」

……なんていっておりましたので、

「ほう、なんか大人」

……と思いつつ、「ノブレス」を鍛え上げている細君に感謝した次第です。

説明会自体は、冒頭に、「先月の学校説明会とほとんど同じです」という挨拶のとおりでしたが、今回は快適な旅?でしたので、比較的、よく聞くことができました。

ただ、息子殿は、今年で3年目の説明会とかオープンキャンパスになりますので、勝手を知った様子で、終了後は、開放されていた図書室に案内してくださったものです。

この手のオープンキャンパスとか説明会というものは、その年にだけ参加するのではなく、経年していったほうがよいのかもしれない……そう思った次第です。

さて……

いずれにしましても、どこの学校に神学……もとい、進学しようとも、彼とシステムとしての教育に心がけて頂きたいのは、やはり「教養」ということなのでしょう……、人文科学を主軸とする宇治家参去としては、どんな教育がほどこされようとも、そこを大切にして欲しいと切に願ってしまいます。

漢字も覚えた方がいいし、英語も喋れた方がいいです。
しかし、それを為すことによって何を導いていくのか……そこを大切にする教育環境に通わせたい……親ばかですがそう思われて他なりません。

その意味では、まさに恐々とは、三谷が語るが如く、「我々が我々一個の利益の為に求めざるべからざる財物でなくして、他に仕へる為め、人を愛する為め、世の為め、私を献ずる為めに必要なる支度」なのでしょう。

ひらたい言葉で言えば、それが生きている郷土に根ざした「世界市民教育」なのかもしれません。

それをひとつ模範的に提示している教育環境に頷きつつ、最後に個別に質問コーナーがあったので、細君に、

「ちょいと、道徳教育の理念と実態に関して、カントにおける道徳形而上学と、デュルケムの徳論の観点から、現場ではどのようにやっているのか、確認といいますか、質問といいますか……したいのですが……」

……って申し立てすると、

「イマハヤルベキデハナイ」

……という戦略的訓戒を頂戴した次第です。

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ということで?

小学校の最寄り駅に降りると、「夏を惜しむ」かのように朝顔が交番の横で咲き乱れておりました。説明会が終わるまでタバコをぷかぷかできませんので、最後の一服にと、自販機横の喫煙スポットにてやっていたのですが、朝顔がまぶしく輝いておりました。

ちなみに俳句や和歌の世界では「夏を惜しむ」お題での詩はほとんどないそうな……。
人間論的感覚としては理解できそうですが、夏にしかその自己主張ができない存在においては「夏を惜しむ」という感覚はありなのか?……そう思った次第です。

で……帰り道に、玉川上水横の野道を駅に辿りながら、そしてその涼風に一息入れつつ、空をみあげると、もう秋になっておりました。

息子殿と細君と昼食を済ませ……蕎麦屋いくぞぉぉ!って吠えたのですが、ファストフードでがっくし!……、仕事の都合上一足先に自宅へ戻りましたが、とりあえず一杯。

リアル・アルコールが摂取できませんので、9/1発売のASAHIの“ビールテイスト清涼飲料”「ポイントゼロ」を頂戴しましたが……。

うぅぅむぅぅ。

好みによりますが、KIRINの「Free」よりかはなんとなく雰囲気あるかなあ~と思った次第です。Freeは味わいにこだわっているところが私見によればあり、かえってそれが雑味になっているという感がありますが、ポイントゼロの場合、やはり「すうぱあどらい」の「アサヒ」ですから、「喉ごし」に重点を置いているようで……、多分、宇治家参去が選ぶ場合は、「ポイントゼロ」を選択してしまいそうで……。

どうでもいい話でした。

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【覚え書】「テロは世界を変えたか 宗教社会学者 ロバート・ベラー氏に聞く」、『朝日新聞』2002年9月24日(火)付。

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金曜に大事な資料を捜索途中に古い新聞記事を発見したので、ひとつ【覚え書】として紹介しておきます。ロバート・ベラー(Robert Neelly Bellah,1927-)は、わたしどもの世界……宗教学とかそのへん……では有名な大家なのですが、そのアグレッシブな発言に今読んでも驚くばかりです。

……ということで例の如く考察できませんでしてスイマセン。
実はこれから数時間後に、小学校の入試説明会が朝から入っておりまして……、サクッと飲んで沈没しなければならないので。

スイマセン。

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「テロは世界を変えたか 宗教社会学者 ロバート・ベラー氏に聞く」
「9・11」米国史上の位置付けは  聞き手 アメリカ総局三浦俊章
敵に似れば3度目の「敗北」
「勝利」には報復でなく交渉

 --同時多発テロ事件を米国史の中でどう位置付けますか。
 「若い人が『9・11は米史上最悪の事件だ』と言うのを聞くと、『君の人生では、という限定付きだろう』と言いたくなる。私が若い頃、1929年の大恐慌は我が家に深刻な影を落としていた。みんなその日をしのぐのがやっとだった。30年代は、ヒトラー、ムソリーニ、スターリンが権力の座にあり、日本が中国と戦争をしていた。新聞を取りに行くのは私の役目だったが、いつも大きな見出しが悪いニュースを伝えていた。ナチスドイツがオーストリアを併合し、チェコスロバキアを解体した。さらにポーランドに侵攻して第2次大戦が始まり、41年6月にはソ連にも攻め込んだ。そうした中で日本の真珠湾攻撃があったのだ。米国が被った軍事的敗北は同時多発テロをはるかに上回る。太平洋艦隊は壊滅し、東南アジアが日本の手に落ちた」

第2次大戦と冷戦
 --しかし、結局、米国は戦争に勝ちました。
 「我々が勝ったとそんなにはっきり言えるだろうか。戦っているうちに、敵に似てしまったという意味で、我々も敗北したのではないか。戦争初期に、米国はドイツによる民間人への無差別爆撃を非難したが、戦争後半には、米国が史上最も残酷な民間人への爆撃を行っていた。ドイツのドレスデンや東京を空襲し、広島と長崎には原爆を落とした。いま米国は『テロとの戦争』を戦っているが、我々自身も恐ろしいテロを行ったのである」
 「第2次大戦が終わると、次に冷戦が始まった。ソ連が倒れたのでみんな喜んだ。しかし、冷戦の間、また我々は戦っている相手に似た国家になってしまった。大統領の手に権力を集中して、憲法構造の外に国家安全保障国家をつくってしまった。反共かどうかという物差しだけで、海外の民主的に選ばれた政府の転覆に手を貸し、独裁国家を支援した」 --テロとの戦いは3回目の戦争というわけですね。
 「真珠湾同様、9・11は、恐るべき敗北だ。膨大な軍事予算に加えて、連邦捜査局(FBI)や中央情報局(CIA)があるにもかかわらず、自らの命を投げ出すことを恐れない10人に完全な奇襲攻撃をやられた。テロ後の愛国心の盛り上がりの中で、みんなこの敗北の意味をほとんど無視している。米国人がこれまで当然のように持っていた『この国は安全だ』という感覚は永遠に失われた。米国の富と力をしても、こうした事件は今後も防ぎ得ないのだ。これは米国人にはなかなかのみ込めないことだ」
 「ブッシュ大統領は『この世界から悪を取り除く』と言っている。古風で宗教的な議論だ。しかし、悪と戦っているブッシュ大統領の言葉は、奇妙なことに、ビンラディン氏と似ている。お互い鏡をのぞき込んでいるようなものだ。テロとの戦いでも、我々は敵に似てきているようだ」
 --テロとはどう戦うべきだとお考えですか。
 「テロとの戦争は、麻薬との戦争、貧困との戦争と同じように終わりがない。この種の戦争に勝利した例は思いつかない。スペインの『バスク祖国と自由(ETA)』、スリランカの『タミル・イーラム解放の虎』、カシミール地方のイスラム過激派。こういったテロの例を考えると、『勝利』の見通しというのははかばかしくない。英国はアイルランド共和軍(IRA)を破ることはできなかった。IRAの代表を和平プロセスに入れて初めて、なんとか不安定ながらも和平が達成されたのだ。報復ではなく、交渉によってしかテロは『打ち破る』ことはできない」

世界的視野の欠如
 --では、いま米外交は何をすべきでしょうか。
 「まず民主的なアフガニスタンを建設することにもっと協力すべきだ。それからイスラム圏のの中で最も自由民主主義に誓いトルコへの経済支援を強化せねばならない。イスラエル・パレスチナ紛争も放棄すべきではないし、イランの改革路線も支援すべきだ。つまりイラク周辺の国を安定した民主主義国家にすることだ。そうすればフセイン政権は手を出せなくなる。イラクへの攻撃は周辺国家を不安定化し、すべての努力を押し流してしまうことになる」
 --しかし、米国民は大統領の強硬姿勢を支持しています。
 「今回ほど、一般の米国民とインテリとの間で大きなギャップが生じたことはない。ほとんどの国民は、古風なまでの愛国心をみせている。一方、インテリの間には最初から相当な懐疑心があった。そもそもインテリは国民より『左寄り』だし、00年のブッシュ大統領が正当に選ばれたと思っていない人もいる。しかし、もっと大事なことは、米国だけの視点で考えるか、世界的な視野を入れるかという違いだ」
 「いま実に奇妙なことが起こっている。米国が軍事的、経済的、文化的に世界の中心になっているときに、米国民がますます外の世界に関心を失いつつあることだ。米国民は新聞を読まなくなり、テレビも硬いニュースよりは、誘拐や銃の発砲事件などローカルニュース優先だ。国際ニュースを見る人は限られ、インドとエジプトの区別がつかない人が増えている。パキスタンやアフガニスタンに至っては謎の国でしかない」

「金もうけ」のツケ
 --そういう国民には今回のテロはどう映るでしょうか。
 「米国はこんなに完全な理想的な国なのに、なぜ私たちの国を嫌う人がいるのだろうかと思っている。世界で何が起きているのか、現代史を理解していないのだから、米国民には事件は完全なショックだった。ベトナム戦争が終結して30年近い。この間、比較的安定した時代だった。冷戦は終わったが、東側が自壊したのであって、第2次世界大戦のような喜びの反応はない。この間、米国民は金もうけに専念してきた。世界や歴史に関心がないから、テロが起きた意味も分からない。多くの人が個人の思い出を語り、消防士を英雄視し、9・11を心理ドラマに仕立て挙げた。しかし、世界史の中でこれが何を意味するのかを考えない」
 「エリートのあり方も変わった。伝統的な東部の指導者層は、自分たちの利益だけでなく、すべての人のことを考える『ノブレス・オブリージ(高い身分に伴う義務』という発想があった。しかし、80年代以降、西部からワシントンに乗り込んできたエリートは市場万能主義で、人のことなどかまっていない」
 --いまイラクへの武力行使が現実化しつつあります。
 「62年に旧ソ連がキューバにミサイルを配備したキューバ危機のとき、先制攻撃を主張する軍部に、当時のロバート・ケネディ司法長官が、『我々は真珠湾(のような奇襲攻撃)はしない。米国のやるべきことではない』と反対した。現政権はそういう判断力を持ち合わせていない。フセインを倒せばすべてがうまくいくということにはならない。中東全域を不安定化してしまうだろう。世界に関心を失った米国民はそういうことが分からないから、ブッシュ政権を追認しているのだ」

沈黙続ける指導者
 「帰命なのは戦争に反対の声を上げているのは、スコウクロフト元大統領補佐官ら共和党員だ。なぜ野党民主党はこんなに沈黙しているのか。憶病に見られるのを恐れているからだろう。かつての公民権運動を指導したキング牧師や、ベトナム戦争に反対したフルブライト上院議員のように、自ら立ち上がり、反論する指導者がいない。イラクとの戦争を国民がほんとうに歓迎するとは思えない。だが、それを明快に口にする指導者がいない。この真空状態が問題だ」

米カリフォルニア大バークリー校名誉教授。ハーバード大博士号。日本の近代化の成功要因を明治以前の文化的伝統に求めた「徳川時代の宗教」で、日本思想史の丸山真男から高い評価を受けた。その後、宗教社会学者として、米国民の神をめぐる独特の考え方を「米国の市民宗教」ととらえ分析した。若手学者との共著で米社会の個人主義と公共生活との関係を探った「心の習慣」はベストセラーになった。私的利益だけを尊重する過剰な個人主義が米社会をむしばんでいると警告する。75歳。
    --「テロは世界を変えたか 宗教社会学者 ロバート・ベラー氏に聞く」、『朝日新聞』2002年9月24日(火)付。

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心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ Book 心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ

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野狐禅などをやる人は、往々それを履違えて、無闇にその意味を脹らますことがある

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 人格の意義
 西洋人は、パーゾナリテーを重んずる。パーゾンすなわち人格である。日本では人格という言葉は極めて新しい。私らが書生の時分には、人格という言葉はなかった。パーゾンという字はただ「人」と訳していた。しかし子細に調べると、メンという意味とは違って「人たる」という字である。格といっても資格というような意味は毛頭持たない。孟子が度々いった「人は人たり我は我たり。」の意味を持つその人格である。
 ところが日本では、この人格という意味がよくわからない。私の知っている人で、新しい頭を持った学士が、田舎へ引込んで村の改良を企ろうとした。然るに、その周囲の人々は、「お前さんも大学を出て学士になったのだから、東京でお役人にでもなったらどうだ。そして十分人格をつけて来い。」
という、笑話にもならない実話がある。おそらくその人が役人にでもなったら、それこそその人は持前の人格を落とすことになるであろう。そういう例を見ても、人格という言葉は、言葉それ自体すら十分わかっていないのである。
 西洋では、基督教でいう三位一体--スリー・パーゾンス・イン・ワン、三人のパーゾンが一つの神となりとの、教義がある。この言葉の真意は、私にもよくわからないが、いわゆる三位一体なるものが、基督教の主なる教義になったがために、誰人も基督教を信ずる者は、パーゾンということについて、相当に知識を得なければなくなった。中古の宗教論を見ると、必ずパーゾン即人格論というものがある。仏教にも人格ということはあるようであるが、これはむしろ消極的である。
 とにかく西洋では、宗教の関係上、パーゾンということを頻りに説いたものであるから、一般人にもその意味が薄ぼんやりとわかっていた。なおその上に、これが宗教から来たために、「神もパーゾン、我もパーゾン」といって、非常に人間の位を引上げ、人格といえば、いつも神に対する言葉のようになっている。そして全智全能なる神と、何事にも至らない時分のパーゾンとを終始較べて、己をより向上させることに努めている。
 ところが似非パーゾン論者や、野狐禅などをやる人は、往々それを履違えて、無闇にその意味を脹らますことがある。
 「俺も同じ人間だ、何だ詰まらない……」
 というようなことをいって、世間を甘く見たがる。
 「何だ総理大臣が……」
 というようなものもある。それらの人は、パーゾナリテーということを、
 「俺も人なら彼も人だ。彼の方は幸いにしてどこからか金を持って来て、政党の首領になったから、総理大臣になったのである。人格のためになったのではない。」
 というように考え、いうことは随分勇ましく聞えるけれども、用うる言葉は乱暴である。これは主として野狐禅をやった人によくある。これに反して、パーゾンを神に較べるものは、パーゾンだといって威張り散らすようなことはなく、常に謙遜の態度になり勝である。つまり、神の性を持っていると信じ、しかもこの性を持っていながら、神々に比較して己を考える時、己はいかに不完全な存在であろう、というように考えて来るのである。
 ベーコンが述べた言葉であったか、キリスト信者ほどプライドの高い傲慢なものはない、と同時に、あれほどまた謙遜下(へりくだ)ったヒュミリテーの低いものはない、というのは、即ちそこをいうのである。孟子もいっている、「我も我たり。」と。王者王侯と比べても、何ら異なることのない吾々は、同じ人格であるというのである。ただそれ故に、王者であろうが何であろうが……というように反抗的に出るのと、「我は神と同じ性格を持っているパーゾンである」と、己を一先(ひとま)ず高く見て、しかも完全なる神と比べて、自己のいかに罪多く至らぬことよ……と非常に謙遜下る。強いところがあって、また軟かくなり、高いところがあって、その反面低くもある。
 つまり、東洋と西洋の考え方の違いは、パーゾンというものに根柢して、そこから起こる差が非常に多いのである。パーゾンというものを深く認めればこそ、他人の権利も認めるのである。我も人なり、彼も人なり、自分が嫌いだと思うことは、彼も嫌であろう。故に彼の自由は侵さない。彼の権利も侵さない。自由ということは何から起ったか。個人個人が自由を尊ぶところから起るのである。十万円で人間を買ったり売ったりしているうちは、この神髄がわかるものではない。人の自由も何もあったものではない。
    〔一九三四年一月五日『西洋の事情と思想』〕
--新渡戸稲造「人格の意義」、鈴木範久編『新渡戸稲造論集』岩波文庫、2007年。

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昨日は休日でしたので、朝からいっちょ!仕事してやるぞ!
と思いつつ、起きると昼過ぎで、がっくし。

メールを開くと大学と研究所から、それぞれ通知が一通づつ。
前者は授業回数調整のため14日から授業開始の案内であり、後者は月末〆切の原稿の催促……。

うおっぷし!と思いつつ……後者を作製するための必要資料を探し始めましたが……なかなか見つからず……狭い家なのですが、二時間探して見つからず……と、、、既に夕方。

またコピーするかということで、作業を切り上げ、久し振りに

焼き肉大会!

……をしてしまい、がっつり飲んで沈没です。

生産性の低い一日でした。

……というところで、今朝は5時に起きましたので、市井の仕事へ行くまでちょいとその弔い合戦をしてやろうと目論む宇治家参去です。

原稿自体は、日本で福音主義的キリスト教信仰をうち立てたと言われる植村正久(1858-1925)の神学思想に関する論文なのですが、プロットは出来ておりますので、肉付け作業を少しやっていこうと思います。

……というところで?

うえの文章に戻ります。

新渡戸稲造(1862-1933)が晩年「人格」(パーゾナリテー)に関する小文です。
一昨年から、人間主義をめぐる議論に頭を悩ませております。
人間主義の問題はこれまで何度か議論しておりますが、その最大の問題は、人間主義が人間中心主義に陥ってしまう、開き直ってしまうことにあることは間違いありません。

そこでの問題とは何でしょうか。

ひとつ自分が気にかけているのが、人間の存在における無限性の方向性と有限性の方向性の両方の緊張関係という問題です。

たしかに「人間のために」という方向性を伸ばしていくと、その可能性としての「無限性」を薫育する理念が必要になるわけですが、そこにおいて「人間はすばらしい」ということだけに居直っては行けないのでしょう。しかし往々にして居直ってしまうのが事実です。

「非常に人間の位を引上げ、人格といえば、いつも神に対する言葉のようになっている。そして全智全能なる神と、何事にも至らない時分のパーゾンとを終始較べて、己をより向上させることに努めている」

むしろ、たえずその現存在のコンテンツはどうなのか……検証しながら、「己をより向上させる」契機が稼動しない限り、人間のためと称しながら、人間を内崩させてしまうのかも知れません。

新渡戸は「人格」を論じながら、そのあたりの消息をマア、うまく述べているなあ……などと思う次第で……。

「似非パーゾン論者」でもない「野狐禅などをやる人」でもない、対象に対する真摯さが必要かもしれません。

ちなみに、「野弧」とは、低級な妖狐を意味する言葉で、「野狐禅」とは、自ら覚り終ったとする独り善がりの増上慢を表示する言葉です。

日蓮(1222-1282)は四箇格言で禅宗を厳しく批判しておりますが、その理由を教外別伝・不立文字に根拠を置いております。おそらくこれは経典に依らないというスタイルが、恣意的な野狐禅に傾きやすいという側面を批判しているのでしょう。

というところで仕事へ戻ります。

ちなみに新渡戸のいう次のくだりですが……

「 西洋では、基督教でいう三位一体--スリー・パーゾンス・イン・ワン、三人のパーゾンが一つの神となりとの、教義がある。この言葉の真意は、私にもよくわからないが、いわゆる三位一体なるものが、基督教の主なる教義になったがために、誰人も基督教を信ずる者は、パーゾンということについて、相当に知識を得なければなくなった。中古の宗教論を見ると、必ずパーゾン即人格論というものがある。仏教にも人格ということはあるようであるが、これはむしろ消極的である」

キリスト教で言う三位一体の人格論、そして仏教における人格論の問題です。
たしかに新渡戸の言うとおりなんです。「仏教にも人格ということはあるようであるが、これはむしろ消極的である」のでしょう。

しかしキリスト教における「スリー・パーゾンス・イン・ワン」と同じような仏教における構造論がないかといえばないわけではありません。

キリスト論と同じく、仏の存在論(仏身論)における「報法応の三身」論がそれに似通った思想構造をもっております。

このへんの構造比較も探究したいのですが……、ともあれそれよりも前に、まずは喫緊の仕事をすませますですわ。

しかし、朝日がまぶしいです。

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「世界につうじた」ひととは、社交界でのふるまいをこころえている者である

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 ことばの自然な論理に、世界のこの意義がはっきりと表現されている。「世界」の実質的な意義は、本質的にいって人間的な、あるいは人間学的なものなのである。
 「世界につうじた」ひととは、社交界でのふるまいをこころえている者である。「世界」通は共に在る人間という意味での世界を熟知した者、「世界」知らずはそれを知らない者のことである。「世界」を逃れる者とは人間を避けるひと、「世界」好きは共同相互存在におけるじぶんの生を享受するひとである。「世界」を軽蔑するひとはじぶんと共に在る人間の価値評価を低くみつもる者であり、「世界」がそのことについて口にするだろうことがらに聞く耳をもつひとは共に在る人間に耳をかたむけようとするひとである。あらゆる世界(すなわち、みな)、世界の歴史、男性の歴史、女性の歴史、上流世界、高級娼婦の世界といった表現が--こうした例はいくらでも増やすことができよう--ことがらにそくして示しているのは、「世界」が人間に対して法的に画定される客体でも、空虚な、人間にとって異質な滞在の場所でもないことである。世界とは、個々人の生を規定する共同世界、個々人にとって同種で同等な共同世界なのである。
 人間的な現存在はそれが「世界のうちに在ること(イン・デア・ヴェルト・ザイン)」によって規定され、世界内存在(イン・デア・ヴェルト・ザイン)は他方「共に在ること(ミットザイン)」により規定されている。本来的な共同存在はさらに互いに共に在ること(ミット・アインアンダー・ザイン)を意味し、共同相互存在はまた「共に生きること(ツザメン・レーベン)」と同義である。そうであるがゆえに、一般的な意味での「世界」がすでにそれ自体として(eo ipsp)共同世界を示しているのとおなじように、一般的な意味における「生」がすでにそれ自身として(エオー・イプソー)共同的-生を意味していることがあらかじめ見つもられよいだろう。
    --レーヴィット(熊野純彦訳)『共同存在の現象学』岩波文庫、2008年。

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恐縮ですが、このレーヴィット(Karl Löwith,1897-1973)の人間・世界論に関しては、再度詳論させて頂きます。

この一年で出版された人文科学系の邦訳書では群を抜いているだろう……そう思われて他なりません。ハイデッガー(Martin Heidegger,1889-1976)の弟子として知られる人物ですが、このところ通読すると実はハイデッガーにはない“開け”と“リアリティー”があるのでは……三度読み返しながらそう思わざるを得ません。

ハイデッガーに対する批判で正鵠を得ているのは、自ら血を流したレヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)をおいてほかにはおりませんが、それとはまったくことなるアプローチにおいて、“存在論”の視野を開拓したのはレーヴィットではないか……そう思われてほかなりません。

……で、このことを、わが家のジュウシマツのピーチャンとの関わりから、実は詳論したい!のですが、詳論しようとする前に、別のアポイントメントが入りましたので、先にそちらを詳論といいますか、記録にのこしておきます。

宇治家参去さんが市井の職場で昔、一緒に汗を流したバイトくんが居ます。
これまでもときおり紹介しており、今はこの職場を辞めておりますが、音楽でいっちょ、やってやろう~っていう若者にて……、今でもその縁から種々付き合いといいますか……、自分自身の中では、彼がメジャーでビューするまでは、そして人生を真っ当=死ぬまで?は関わっていかざるを得ない……しかしそれは義務ではありません……という人物が居ます。

ちょうど、ここ一ヶ月ほどなかなか連絡がとれず、今日もだめかな~って思って、携帯電話へ連絡をいれると、……例の如く無反応!

もういっぺん入れてから、メールを頂戴し、「今は取り込み中なのであとで」

……というメッセージを頂き、こ1時間してから連絡が久し振りに取れた次第です。

「おめえ、生きんのか?」

「生きていますよ~

「最近どうよ」

「飲みにでも行きます?」

……というながれになりましたものですから、レーヴィット、ハイデッガー、レヴィナスが論じることができます、スイマセン。

で……。

軽~く逝ってきた次第です。

どうやら、はじめての彼女と別れたようで……。

ちなみに一年前にはじめて彼女ができましたっーって!お祝いもしました。

ちょうど、こちらが「生きているか~」って電話をかけていたときがその現場だったようで……。

スンマセン!

詳細は置きますが……。

「別れ」ではなく、ひとつの「スタート」だったようで、安堵といいますか……これからが勝負だよな!って杯をかわしつつ健闘をたたえ合った次第です。
※私自身に対するエールとはなにかっていわれると……ひとまず措きます。

彼とは二月に飲んで「おめぇよぉぉぉ」ってボッコボッコにしてきたのですが、今でもボッコボッコにしたい状態であることは否定できません。

しかしボッコボッコになる状況から、今回は、どのように立ち上がっていくのか……。

立ち上がるのは実に冷酷ですが、本人自身の問題に他なりません。

しかし、その極限的フォローならば……別に何をするというわけではありませんが……関われます。

ともあれ、数ヶ月音信不通でしたので、安堵しました。
しかし、これからもかかわるなかで自他の成長を創っていくしかありません。

そんなこんなの飲み会をしつつ……今日も起きるのがはぇぇんだよなァ~とぼやきつつ、自宅にて“第二陣”を楽しんでいる宇治家参去です。

しかし、若いっていうのはいいですねぇ。
失敗も成功もすべて自分自身の糧となります。
そこからどうしていくのか、どのように組み立てていくのか、寄り添いながら、考えさせてくれる機会を与えてくれる宇治家参去は幸福かもしれません。

まさに……

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 人間的な現存在はそれが「世界のうちに在ること(イン・デア・ヴェルト・ザイン)」によって規定され、世界内存在(イン・デア・ヴェルト・ザイン)は他方「共に在ること(ミットザイン)」により規定されている。本来的な共同存在はさらに互いに共に在ること(ミット・アインアンダー・ザイン)を意味し、共同相互存在はまた「共に生きること(ツザメン・レーベン)」と同義である。そうであるがゆえに、一般的な意味での「世界」がすでにそれ自体として(eo ipsp)共同世界を示しているのとおなじように、一般的な意味における「生」がすでにそれ自身として(エオー・イプソー)共同的-生を意味していることがあらかじめ見つもられよいだろう
    --レーヴィット、前掲書。

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ですから--。

ですから、宇治家参去が酒を呑むとやんちゃになってしまう!……という結論でどうでしょうか。

ともあれ、彼の健闘を祈りつつ、その祈りを固める仕込に専念しますですわ。

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さらば GR Digital 2

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 「哲学的」な思想群は、日常生活の諸観念や立法家および宗教的始祖たちの諸原則とは区別されうるその最終の文献的源泉を、ギリシャ古代に持っている。しかしそれは単にギリシャの思想家たちが、後代になって改めて独立して構成されたような経済的性質の認識を発表したのを意味するものえはない。むしろこれらのギリシャ思想家たちが次代に影響を与え、彼らの不断の、あるいは少なくとも常に復活してくる関係の鎖が、アダム・スミスの著作に役だった著者たちの大多数に、そうしてまたアダム・スミス自身にまで及んでいるという意味においてである。われわれにとって最も注視されるべきギリシャ影響は、その重要さの順序に配列するなら、アリストテレス(Aristoteles)、プラトン(Plato)、ストア学派(Stoiker)およびエピキュール学派(Epikuräer)からのものである。歴史的役割をしばらく別とすれば、彼らの提供したものの価値自体はもちろん過重に評価されるべきではない。彼らの折にふれての表現のなかから、後世の人が類似の響きを与える命題に結びつけたすべての内容を読み取ろうとするのは間違っている。それのみならず、経済的思考過程の域に達した若干の基本的命題といっても、はなはだ簡単なもので、経済過程の実際上の、半ば本能的な認識から自ずと生まれたものであるから、定式化されたことは特に記すにたるほどの業績ではない。最後にこれら古代人は一方において経済的問題を、例えば国家論の問題に較べて遙かに僅かしか考慮していなかった。また他方において次代のものは、これらの古代人が表面に立てていた諸問題よりも、経済問題に対しては相対的に遙かに多くの精力を注いできた。従ってこの二重の根拠からして経済学に対するギリシャの遺産は他の領域に対するものよりもいっそう僅かな役割しか演じていないのである。かの家計の自給自足を内容としているオイコスの経済(Oikenwirtschaft)が、しばしば言われるように、なんの「国家経済的」問題をも提供していないというのは正しくないし、またオイコスの経済は決定的な時期において、既にかかる議論が前提としているほどに支配的ではなかったのではあるが、いずれにせよ経済生活の問題における科学的思考がそれほど前進してはいなかったことも事実である。
    --シュムペーター(中山伊知郎・東畑精一訳)『経済学史 学説ならびに方法の諸段階』岩波文庫、1980年。

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こんばんわ。
宇治家参去です。

ちょいと一昨日、慶應キャンパスを訪問してからひらめき、古典派と異なり「均衡は沈滞なり!」と論じたシュンペーター(Joseph Alois Schumpeter,1883-1950)を繙いております。

大学時代の一般教養の社会科学分野では「政治学」「社会学」「地理学」にてスルーしましたので、経済関係をまったく履修しておりません。

ですが、一緒に5年生?まで頑張ってくれた学友(商学部)……それはお互いの怠惰によるわけですが……が4年目(3年生)のときに、それまでおつりがくるほど遊んでいたにもかかわらず、学問に刮目してしまい、最後はゼミ長までやっていた友人から、「これ読めよ~」とか「マクロはなア~」とか「ミクロはなア~」などと経済のイロハを教示してくれる中で、勧めてくれた一冊があり、本日まで読んでおらず、これはマズイわな……ということで繙いた次第です。

まあ、遊びも後になって振り返ってみれば勉強ということで……それはそれで実に大切なのですが、その友人、就職してからも……大手メーカーですが……「おれはサラリーマンの営業が天職だ!」といって憚らない不思議な友人で、いまもって大切な友の一人であります。

でシュンペーターをひもとくとぎくり!

自分が経済感覚に疎いことはもとより承知しておりました。
数式が出てくるとまずアウトですし、勘定ができない。
そんで、なんとかなる……そうした憶見がかさなり、うまく経済状況を支配することができなかったのですが、その理由がわかった次第でして……。

もともとeconomyという言葉は、ギリシア語のοικονομία(家計)を起源としております。古代ギリシアの哲人たちの言葉は腐るほど、暗唱できるほど読んでおりますが、ちと誤解しておりました。

シュンペーターが「彼らの折にふれての表現のなかから、後世の人が類似の響きを与える命題に結びつけたすべての内容を読み取ろうとするのは間違っている。それのみならず、経済的思考過程の域に達した若干の基本的命題といっても、はなはだ簡単なもので、経済過程の実際上の、半ば本能的な認識から自ずと生まれたものであるから、定式化されたことは特に記すにたるほどの業績ではない。最後にこれら古代人は一方において経済的問題を、例えば国家論の問題に較べて遙かに僅かしか考慮していなかった。また他方において次代のものは、これらの古代人が表面に立てていた諸問題よりも、経済問題に対しては相対的に遙かに多くの精力を注いできた。従ってこの二重の根拠からして経済学に対するギリシャの遺産は他の領域に対するものよりもいっそう僅かな役割しか演じていないのである」という通りかもしれません。

たしかに古代ギリシアにおいては、家庭内経済=家計を論じるタームとしてオイコスという言葉が創案され、それが経済(学)の原語となっております。しかし、そこに由来した経済学とは、古代ギリシアにおける探究とは繋がりはまったくないことはないももの、似ても似つかぬものですから、……古代ギリシアの哲学者ばかりを熟読していた宇治家参去は、それをもって経済を論じていたわけですから、現実に自分自身が運用している経済感覚が麻痺してしまう……というのも筋道です。

とわいえ、いつになっているのも共通しているのは貧乏暇なし、ワーキングプアというところでしょうか。

ちょうど7月の頭に広角搭載のズーム有りのコンパクトデジカメが必要になり、PanasonicのFX-40というのを購入したのですが、3日目に紛失でがっくし。

その前に、半年前から使っていたCanonのIXY Digital L3というコンパクトデジカメは売却済みにて、手元にあるのが、自称勝負カメラとしていたRicohのGR Digital 2のみでして、この勝負カメラ、写りは最高なのですが、単焦点……つまりズームのきかない……広角28mmオンリーという通向けのカメラにて、仕事で使うにはどうも……という状況で、8月のあたまに、買っちゃいました。

それがCanonのIXY Digital 920ISという中堅コンパクトです。
昨年のモデルですが、広角からズームもOK。画像処理プロセッサーも最新のDIGIC 4 で価格もこなれていたので買っちゃいましたが……これが実に活躍しております。

しかし、勝負カメラのGR Digital 2と較べると、やはりかゆいところに手が届かず、趣味で使うには自分的にはNGで、仕事カメラとしては最高だな……というところです。

……しかし、貧乏なわが家において、一人でデジカメを何台も使うのは難題だと、匂いをかぎつけてきたのが細君です。

「使わない方を売りなさい」

……とのことだそうにて、

趣味よりも仕事の必然があるために、GR Digital 2 を売却することにしました。
たった1年しか使っていないのに!

いずれにしましても形而上学としてのオイコスは理解していましたが、エコノミーを理解していないが故の難事です。

さようならGR Digital 2 !

ちょうど後継機(Digital 3)が出たところなので、後継機を絶対買うからねぇ~(細君には内緒)!……とさよならした次第です。

むかし、デジタルマニア?の友人からいわれたことがあります。

「デジタル機器に資産的価値はないから、1年ぐらいで更新した方がいいよ」

そのときはぴんと来ませんでした。

が……ここ数年の生活を見ていると、やはり1年ぐらいで売却しては新しいのを買う!というのを続けておりますが、その意味では彼の予言は正しかったのでしょうか……。

いずれにしましても、売却したGRカメラに搭載されていたレンズは、実は銀塩カメラのライカ用に90年代末期供給されたGRレンズに端を発するレンズです。

こちらのアナログ機器は幸いに今のところ生活費の足しにと売却せずに済んでおりますが、デジタル版のGRは生活費の足しになってしまいそうです。

はやく貧乏から脱却したいものです。

実際にはグレート貧乏なのですが、あまり貧乏に見えないところは……人徳のなすところでしょうか。

いずれにしましても、経済学……シュンペーターから始めましたが丁寧に読んでいくとかなり面白いですね。

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「学者小安に安ずるなかれ」 田町、池袋界隈……のすたるじっくな一日

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 学問に入るらば大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ。学者小安に安ずるなかれ。粗衣粗食、寒暑を憚らず、米も搗(つ)くべし、薪も割るべし。学問は米を搗きながらも出来るものなり。人間の食物は西洋料理に限らず、麦飯を喰い味噌汁を啜り、もって文明の事を学ぶべきなり。
    --福沢諭吉『学問のすゝめ』岩波文庫、1978年。

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どうもひさしぶりに12時間睡眠をとってしまい、寝過ぎの所為でしょうか、背中が痛く、何をやっていのだろうかと落ち込む……よりも、マア、不可避的ですがゆっくりやすめたということで、背中の痛みはおまけとして甘受していこう……などと一人納得する宇治家参去です。

昨日は市井の職場がお休みでしたが、喫緊で自分自身の卒業証明書とか成績証明書が必要になったので、チト母校へ行って来ました。

午前中はちょいと学問の仕事をしてから、ひさしぶりに慶應義塾の三田キャンパスまで行って来ましたが……台風一過ですので怒・晴天でございます。

電車のなかは涼しかったのですが、5年ぶりに懐かしい田町駅を降りると……すっかりまわりの風景が変貌していたことには驚き……、第一京浜の路上から熱風が吹きすさぶという様で、体が溶け出す始末です。

昼飯とか宴会でお世話になった商店街……といってもほとんど飯やと飲み屋……をぬけ、正門に向かうと、工事中……。

……ということで迂回路をたどり、図書館横に出てから、まずは一服です。

基本的に禁煙となっており……いまの時分はどこの大学もそうですが……、大銀杏を眺望する第一校舎脇の喫煙スポットにて一服です。

もと島原藩中屋敷跡地の小高い丘にキャンパスがあります。
緑も多い所為でしょうか……、周囲よりは2-3度は快適なようで、汗を拭ってから、窓口にて手続きをしてから、卒業後に建てられた新しい校舎なんかをちょいと見学してから……去ることを惜しみつつ、駅へ向かいました。

思えば、三田キャンパスには、都合6年間お世話になりました。
ほとんど勉強はしなかった……という苦い?楽しい思い出のおかげで1年ほど留年しておりますし、マア「“一留”の人間は“一流”の人間」と無聊を慰めた次第ですが、学問の基本の“き”と人間の基本の“き”は、ここでみっちりと仕込まれたことは否定できません。

生きている現実生活世界のなかで、書物と向かいあい、そして活字と現実世界を応答させながら、「独立自尊」「自我作古」をなしていく……そういう学問のスタイルということを学んだかなと思います。

ともあれ、一緒に苦闘した懐かしい顔ぶれと共に探訪してから、慶応通り振興会商店街の飲み屋にていっぺえやりたいところです。

ゆっくりしたかったところですが、次は立教の池袋キャンパスまで行かねばなりませんので、これ以上“のすたるじじい”に浸っておりますと、窓口の受付時間が終わってしまう……ということで再び山手線へ乗り、池袋へ向かいました。

しかし、何か忘れて入るんだよなあ~と思いつつ、外は異常に暑くて、再度溶けた次第です。

池袋で降り、地下街を抜けると、炎天下へと再度放りだされましたが、今年もちょくちょく来ておりましたので、難なく窓口をみつけると手続き完了です。

で!
思い出しました!

立教の事業部にてまた100円ライターを購入したのですが、慶應で買うのは忘れてい、しまった!と思いましたが、またそのうちということにして……。

それよりも、小腹が空いておりました。

最初は三田の「ラーメン二郎」にて懐かしい味わいをと考えておりました。
三田キャンパスといえば「ラーメン二郎」です。

あついなかで熱いラーメンというのも……しかし汗を拭いながらふうふうやるのが実にウマイのですが……そこまで体力がありませんでした。
ですから池袋のどこかで……と思っておりましたが、すでに駅構内に入っておりましたので、立ち食い蕎麦やにて、「冷やしサラダ蕎麦(蒸し鶏のせ)」を頂き、空腹感を充たしましたが、これが驚くほどさっぱりとしていながら、蕎麦の自己主張がかき消えていなく、「駅蕎麦」侮り難しとはこのことです。

さて……
「今日はもう用事もない!」

……ということですので、同じく池袋駅構内の御用達のロンドン・パブにて、「バス・ペール・エール」(1pint)×2を怪飲です!

いやぁ、旨かった!

つまみは、ゴーヤチップスで、要はにがうりの素揚げ(ちょいと薄いコロモで)なのですが、このほんのりとした苦味が、暑さの疲れを癒し、エール・ビールが潤いを取り戻すという次第です。

……しかし、いつも飲んでいるなアと思わざるを得ませんが、ときどきこうした契機が必要では無かろうかと思われて他なりません。

……ということで?
帰宅してシャワーを浴びてから、今度は、家族とささやかな慰労会です。

今年の夏はよくがんばった!

わけですので、寿司やにて乾杯してきました!

秋といえば「すずき」

ちょうど香川県産のすずきがお薦めで入っておりましたので、そのへんからはじめ、初物の秋刀魚が絶品で、こってりとした脂と薬味がなんともいえませんでした。

早い時間に乾杯しましたので、給仕の若いお姉ちゃんがまだ出勤しておらず、板場のお兄さんに、先ずは「一ノ蔵(無鑑査)」をお願いすると、

「なみなみ」と注いでくれたことに感謝です。

あと来たお姉ちゃんに「澤野井」をお願いすると、

「なみなみ」……とはいかず、まあ最初が“なみなみ”!でしたので、ありがたく受け、最後は、山かけ鮪にて締めてきました。

帰宅するとそのままダウン。
よって12時間昏睡状態に入ってしまったわけです。

ともあれ……。
日中、青春行路を確認し、夕刻から疲労を取るための慰労会もやりました。

また今日からがんばっていきましょう!

「学者小安に安ずるなかれ」

福澤諭吉(1835-1901)の言葉を励ましにうけつつ、仕事にとりかかります。

……ということで、以下は写真日記。

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三田キャンパスの大銀杏は実に懐かしい思い出がいっぱいです。
書けないこと?も多数ありますが、青春の一コマを象徴する大銀杏です。

卒業後に竣工された東館を抜けてから、池袋へ。

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郊外のキャンパスというのものびのびとしててそれはそれでいいのですが、長く都心のキャンパスでお世話になっておりました。

学部・大学院合わせると都合16年!……まさに“家が建つ”といわれる授業料および生活費を支出してくださった両親に感謝しつつ……

ビルに囲まれた都心のオアシスといってよいでしょう。楼閣群のなかに、ぽっかりと緑があり、潤いを提示しているのが都心部のキャンパスの魅力かもしれません。
休憩中のサラリーマンやOLのお姉さんを見かけることも多く、こうした環境も大切だなあ~などと思いつつ……

サラダ蕎麦は思った以上にクリティカルヒットで、
好例のバス・ペール・エールはいつ頂いてもかわらぬおいしさです。

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帰宅してから慰労会。
すずきはもうすこしたってから頂いた方がうまいのですが(落ちすずき)、秋を彩る風物詩としては欠かすことのできない一品です。

すでにバス・ペール・エールを2杯ほど頂いておりましたので、ビールはあまりやらずに、日本酒中心で攻めました。

……おかげで帰宅すると爆睡です。

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ありふれたものをわたしは歌う

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 ありふれたもの
 ありふれたものをわたしは歌う
 健康であるに金はかからぬ、気高くあるにも金はかからぬ、
 節制をこそ、虚偽や、大食、淫欲はお断わりだ、
 晴れやかな大気をわたしは歌う、自由を、寛容を、
 (ここからもっとも主要な教訓を学びとれ--学校からでも--本からでもなく)、
 ありふれた昼と夜とを--ありふれた土と水とを、
 君の農場、君の仕事、商売、職業、
 そして万物を支える堅牢な地面さながら、それらのものを支えている民主的な知恵を。
    --ホイットマン(鍋島能弘・酒本雅之訳)『草の葉(下)』岩波文庫、1971年。

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人間が何かを学ぶためのフィールドとかスクールとかはいったいどこにあるのでしょうか。拙学で恐縮ですが「倫理学」においては、その対象が「あらゆる“関係性”」に対するという省察になりますので、その学ぶべき現場は、もっとも身近な生活ということになります。何故なら、生活とは「生命の活動」の舞台に他ならず、その現場を顧みるに値しないやって抛擲してしまいますと、そのひとは自らの生命から遠ざかっていくことになってしまいます。

しかしその「生命の活動」の舞台としての「生活」のなかにこそ、探究すべき、ものとの“関係”、ひととの“関係”、そしてひとがもっとも大切にしなければならないじぶんじしんとの“関係”があるはずなんです。

ですけど、日常生活世界とは、もうひとつの側面からみるならば、連日のことですから、まあ、顧みるに値しないやって断じてしまいそうですが、そう、早計することほどもったいないことはないのかもしれません。

近代日本において、はじめての『倫理学』に関する体系的な著作を著したのは和辻哲郎(1889-1960)です。

和辻は自分自身が実に幸福だったと記憶する農村共同体における人間関係のあり方に注目する中で……もちろんその功罪はあるのですがひとまず措きます……、人間存在のあり方としての「間柄」に軸を置く独自な倫理学的体系を導き出したことは、そうしたひとつの成果なのかもしれません。

和辻哲郎のような歴史に残るような発見とか発明は、自分自身にはできないかもしれませんが、身近な生活に注目することによって、それがすでに発見・発明されたものであったとしても、そしてそれが往々そういう事態であるわけなのですが、それにもかかわらず、注目することで、何か「新しい」ものを見出してゆきたいもので御座います。

唐突ですが、宇治家参去は、昆虫の専門家ではありません。
先週から息子殿の幼稚園がはじまりました。
かえってくると、幼稚園から「鈴虫」をもらってきました。

彼らは夜中、啼きまくっております。
これは風流だなあ……と隣の部屋で聞いている分にはそう思います。
しかし、寝る前に、息子殿が枕元に彼らの飼育ケースをもっていきます。
寝ようとすると、当然「鈴虫」さんご一行が大合唱を始めるわけで……寝不足です。

今日もレジを打ちながら、落ちそうになりました……。

で……それからちょいと彼らの様子を気にするようにしました。
昼間も活動?しております。ちょこちょこと動き、餌を食べております。

しかし不思議なもので、啼きません。

しかし15-16時を過ぎると、鳴き始めてしまうんです。

ちょいとその生態について調べたくなってしまいました。

……ということで?
自称ホイットマン(Walter Whitman,1819-1892)“愛好家”を任ずる宇治家参去です。くどいようですが自称ホイットマンではありません。ここが大事です。

しかしホイットマンが『草の葉』で注目しているのもまさに此処だなって思った次第で、7月から再読しておりますが、ようやく3分冊の下に到着し、感動をもって読んでおります。

よくいわれます。

「詩のどこがおもしろいの?」

「いやはや、面白いから面白い」

……としかいえない語彙の貧弱に忸怩たるわけですが、この「詩」というやつもよんでみなければわかりません。

しかし不思議なことに、忙しいなかで読むからこそ、活字が書物から浮かび上がってくるというものです。

是非、苦手とか遠慮しがちであった方には、忙しい・読む暇がないからこそ手にとってほしいと思わざるを得ません。

そこに注目することで実は思わぬ発見なんかがあるのだろうと思います。

……ということで?
読んでいる中でも一ツ面白いのを見つけましたので紹介しておきましょう。

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 ある弟子に
 改革が必要なのか、改革をするのは君か、
 改革が必要であればあるだけ、それを成就するための「人格」が必要になる。
 君、目や血液や顔色を、清らかに美しくすることがどんなに役に立つか君には分らないか、
 君が群集の中にはいっていくとき、願望と指導力のかもし出す雰囲気も同時にはいりこんでいき、群衆のひとりびとりが君の「人格」に感銘をうけるように、清らかで美しいからだと魂を持つことが、どんなに役に立つか君には分らないか。

 おお、この磁力よ、肉体のすみずみまでみなぎる力よ、
 行きたまえ、いとしい友よ、必要ならばすべてを捨てて、きょうすぐに始めたまえ、勇気、実在、自尊、明確、高貴を目ざして君自身を鍛えることを、
 君自身の「人格」を高めるまでは休んではならぬ。
    --ホイットマン(鍋島能弘・酒本雅之訳)『草の葉(下)』岩波文庫、1971年。

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