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露の身を草のまくらにたきながら風にしよもとも憑(たの)むはかなさ

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 予熟々(われつらつら)世の状態(ありさま)を視るに人生僅かに五十年七十ハ古来稀なり其の生る〻や霜露のおけるにひとしく其死ぬるや宛(さ)ながら幻しに異ならず昔し後醍醐帝屢々世の浮沈に遭ひ具(つ)ぶさに艱難を嘗(な)めたまひて終(つい)におもき疾病(いたつき)にか〻りて頓て消えゆかんとする生命を果敢みて
  露の身を草のまくらにたきながら風にしよもとも憑(たの)むはかなさ
と口占(くちずさ)みたまへるも実(げ)に然ることにてあらゆる書籍を探りなば斯る言(ことば)は殆ど数ふるに堪ふべからず然るを世の人おほくは日々の営業(ことわざ)に眼をうつし浮き逸楽(たのしみ)に魂を飛し朝より夕にいたるまで飲食の郷に彷徨ひ行きて少しも此の辺に心を用ふることを知らず是れいとも危うきことならずや古へより心厳(おごそ)かにして能く物の奧を究めんとしたる人ハ常に思ひを此に凝らし深くその理を推し尋ねたり中にハ愛(め)でうつくしむ妻子をふり棄て〻深山(みやま)のおくに道を求めたるものもありき蓋し世界は如何なる境遇(ところ)にして何等の目的あるにやわれ人のこ〻に現れ出でたるハ何所(いづこ)よりなるやまた何所を向(さ)して去るものなるや或ひは世の中は何に喩へん朝ぼらけ漕ぎ出し舟の跡なきがごとしと観念するもあり或はいずれかの宗教(おしへ)を修めその道に依りて此の大事を思ひ諦めんとするものあり左(さ)てこそ國々に種々(くさぐさ)の宗教となんいへるもの〻出で来れるなれ現今(いま)の世の習俗(くせ)として動(やゝ)もすれば妄りに宗教の道を蔑如(ないがしろ)にし只名利の途に迷ひておのが住む世界のありさまを思はず只管(ひたすら)に邪欲の海に漂ひその身薄氷の上に立つなるをも覚らず夢の世を夢のうちに住み暮らすもの十が七八に居るなるべしせめては此の世を覚(さ)めてこそわたらま欲しきものなるに尚ほ覚めずして夢路をたどるハ是非なくもまた哀れなりこ〻ろみに思へ吾人が額に汗して為すところのことは結局何等の益かある粒々辛苦の生涯も果ては如何なる功をか奏すべき若し宗教の真理を知らずもあらば蓋(ことごと)く空を捉(つか)み影を捕ふるに同じからん或る切にいはく設令(たとひ)わが身の生命あらん限りハ望を遂ぐるに由なきにせよ子孫のためい謀を為すまた善からずやと是れ深く思はざるのみ何んとなれバわが労苦(ほねおり)を受け嗣ぐべき子孫も悉くわれに等しき人類なれば失望の期限を延すのみにて其実少しも異なるところかなるべし斯く如くならば人生の労苦は僉(みな)煙りのごとくに消え行んとするにあらずや果して然らば此の生命は生きて甲斐なき生命たらざるを得ず仁といひ義といひ或ひハ道理と呼ぶも空しき名に過ぎず之を喋々(てうてう)するも何の益するところあらんやと斯く思ひ来れるやからも少なからずといへども更に之を考ふるに仁義決して虚名にあらず此れにか堅固にして動かず変ぜざるものあるべし良し世のなかをば虚しき影のみといはゞいへ影は必らずしもその形に添ふものなれバ何れにかその本原(もと)なる実態のあるべきこと疑ひなし世の人みな知らず……
    --植村正久『福音道志流部』米国聖教書類会社、明治十八年。

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月末締めの原稿と悪戦苦闘している宇治家参去です。
例の如くはやくやっておけば良かったのですが、例の如く二度あることは三度ある……というわけですが、まだ半月以上あるのでナントカナルと思っていたのですが、予想以上に大変のようでした。

和文に関しては、基本的には明治末から大正時代の文献を読むことが多いのですが、その時代の日本語ですと、難なくすらすらといくわけですが、明治初頭の文献はやはり読みにくく時間がかかってしまいます。

上の文章はちょうど、日本において福音主義的プロテスタンティズムを確立した植村正久(1853-1925)が若い頃に著した宗教論の一節からですが、まだまだ江戸の香りのする文章でして、読み応えはあるのですが、なかなか大変です。

ただしかし、日本において異国の宗教であるキリスト教を熱意をもって伝道しようとした初期教会のひとびとの熱意がありありと感じられるとともに、その労苦や誤解や偏見とのすさまじい戦いの軌跡には、実に驚くと同時に一種の敬意をもちあわせてしまうものです。

明治維新・文明開化をへた当時の明治初期の精神世界においては、今では考えにくいことかも知れませんが、あらゆる宗教とか精神性といったものが、文明開化という美名のもとに抛擲された時代なのですが、そこでキリスト教を説くということは、キリスト教を説く以前に、宗教の必要性を論じなければならない……という前段階の議論からスタートするを得ず、植村の格調高い文章に、刮目される次第です。

ただしかし、同時に何度読んでも頭に入ってこず、……ただしかし、理由は文体や内容の難解さにあったようではありませんでした。

……どうやら風邪をひいちまったようです。

熱は昨日で終わった……といいますか、当初は疲れでほてっているだけか?と思っていたのですが、本日は下がりましたが、喉が完全にやられているようで……。

さふいえば、昨夜寝る前に飲んだビールと日本酒もとんでもなくマズく感じたのですが、たぶん、それは風邪のなせる業だったのかもしれません。

季節の変わり目ですので皆様をご自愛専一心よりお祈り申し上げます。

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