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「他人がはたらいているときに休む」はずが・・・

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 私は、むかしから、他人の休日にはたらき、他人がはたらいているときに休むのが好きだった。
 太平洋戦争が始まって、海軍へ入る前の一年ほどを、徴用された私は軍需工場で旋盤工員をしていた。
 海軍からの召集令状を受けたのは翌年の二月で、その前年から、私は岐阜県の太田へ出張しており、木曽川のほとりに新設された工場で、土地の徴用工員たちへ旋盤の使い方を教えていたが、前年も押し詰まってから工場長に、
 「すまないが君、正月は東京へ帰らずに、こっちで仕事をしてくれないか。そのかわり、正月の終わりには、十日、休暇を出す」
 と、いわれた。
 こうしたときの私は嫌な顔をするどころか、大よろこびになってしまう。
 正月に帰郷する人びとで混雑する列車に乗るよりも、空いた列車へゆっくりと坐って帰ったほうが、どれほど休暇がたのしいか知れない。
 宿舎で共に暮らしていた同僚たちは、
 「すまないな。一人だけ残して、こんなところで正月をさせて……」
 しきりに同情してくれたが、みんなが帰郷した後の広い宿舎へ一人残って、のびのびと寝るのは快適だったし、賄の老婆たちも、
 「池波さんは気の毒に……」
 と、物資不足の折柄、自分たちの家で食べる餅やら芋やらを運んできてくれ、こちらが悲鳴をあげるまで食べさせてくれる。
 戦争をしていたのだから、大晦日も元旦も作業をやすむわけにはいかない。
 各宿舎から一人ずつ残って、土地の工員たちに仕事を教えながら、自分の製品もつくるというわけだ。
 私がいた向上では戦闘機の精密部品をつくっていたのである。
 元旦の早朝。
 宿舎を出て、靄がたちこめる木曽川を渡し舟で向上へ行くのだが、船着き場へあつまった残留組は、
 「こんな田舎で正月をさせられたんじゃ、たまったものじゃあない」
 「なさけないよ、まったく」
 しきりに、こぼしながら、私に、
 「あんた、うれしそうだね」
 と、いう。
 「いや、別に……」
 「だって、うれしそうだよ」
 「そうかね」
 「おれたちが、こんなおもいをしているのを見て、それがおもしろいのか」
 などと食ってかかられ、閉口したことがあった。
 前年のままの、油だらけの作業衣を着て元旦からはたらく気分も、なかなかよかった。
 現在の仕事に入ってからも、私の休暇は正月ではなく、十二月だった。
 したがって、やむを得ない仕事の取材や講演旅行などのほかは、春夏秋の行楽の季節に、自分のたのしみで旅行をすることは、ほとんどない。
 六月の梅雨どきか、十二月がもっともよい。
 どこへ行っても空いている。列車も旅館も好む日の好む時間に利用ができる。何よりも、これがありがたい。
    --池波正太郎「私の休日」、『日曜日の万年筆』新潮文庫、昭和五十九年。

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学問の仕事も、市井の仕事も、カレンダー通りに休日が取れませんので、まあ、「他人の休日にはたらき、他人がはたらいているときに休むのが好き」というわけでもありませんが、そうせざるを得ないといいますか……。

ただし、「他人がはたらいているときに休む」と確かに池波先生の仰るとおりで、渋滞にも行楽客にもラッシュにも巻き込まれることはありませんので、その意味では正鵠を得ており、どこでほんとうに休むのかを考えた場合、カレンダー通りに休まない方がよいのかもしれません。

本日は、市井の仕事が休みですので、当然「休み」というわけですが、原稿がまだまとまっておらず「休み」にはならず、朝から文献とPCと向かいあっている次第です。

貴重な「休み」ですが、締め切り直前の貴重な「集中できる」一日ですので、仕事をしていたところ……不幸の電話です。

「今日、出勤できない?」

……っていわれましても・・・。

「……っていわれましても、突発休で回らないので、そこをなんとか・・・」

……してほしいということで、

「ありえねえ……」

……と心で叫びつつ、

仕事へ行ってきます。

まあ、小島よしお(1980-)のいうとおり、「でもそんなのカンケーねぇ♪」っていうのが世の中なんでしょうねえ。

とりあえず、帰ってきてからがんばりますですわ。

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