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「いやしくも二本の脚で歩くもの、それはすべて敵である。いやしくも四本の脚で歩くもの、あるいは翼をもつもの、それはすべての味方である」

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 「みなさん」と、ナポレオンは最後にいった。「わたくしに、さっきと同じ乾杯を、ただし、形をちがえてやらせていただきたい、と思います。コップになみなみとついでください。それでは、みなさん、『荘園農場』の発展を祈って、乾杯!」
 さっきと同じ盛んなかっさいが起こり、コップは一滴も残さずにのみ干された。しかし屋外(そと)の動物たちは、その光景を眺めているうちに、なんだか変てこなことが起こっているような気がしてきた。豚たちの顔の中で、変化したのは、何だったのだろうか? クローバーの老けてかすんだ目が、顔から顔へと次第に移っていった。その中には、五つもくびれたあごもあれば、四つくぶれたあごもある。また三つのあごもあるのだった。しかし、しだいにとけて、形を変えていくように見えるのは、なんだろうか? やがて、拍手かっさいが終わると、一同はトランプを取り上げ、中断していたゲームをつづけた。そして、動物たちは、だまって、こっそりその場を離れた。
 しかし、二十ヤードもいかないうちに、彼らはいきなり立ち止まった。農場住宅から、どっとあがる騒々しい叫び声が聞こえてきたのだ。動物たちは、駆けもどって、また窓からのぞいてみた。思った通り、ものすごい大喧嘩が始まっていた。わめき立てる声や、テーブルをドンドンたたく音がしたかと思うと、にくしみをこめた、うさんくさそうな視線がとびかい、相手の言葉を打ち消す、騒々しい怒罵の叫びがあがった。喧嘩のもとは、ナポレオンとピルキントン氏が、同時にスペードのエースを出したことらしかった。
 十二の怒声があがっていたが、その声はみんな同じだった。豚の顔に何が起こったのかは、もう疑いの余地もなかった。屋外の動物たちは、豚から人間へ、また、人間から豚へ目を移し、もう一度、豚から人間へ目を移した。しかし、もう、どちらがどちらか、さっぱり見分けがつかなくなっていたのだった。
    --ジョージ・オーウェル(高畠文夫訳)『動物農場』角川文庫、昭和四七年。

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無性にジョージ・オーウェル(George Orwell,1903-1950)の『動物農場』(ANIMAL FARM)が読みたくなり、再度ひもとく宇治家参去です。

預言的風刺文学に関してオーウェルの右に出るものはいないとつくづく思うわけですが、この『動物農場』もまたしかりでございまして、もともとはロシア革命を諷刺し、社会主義的ファシズムを痛罵する「現代のイソップ物語」といわれた逸品ですが、読み直すたびにまさにこれは「現代のイソップ物語」だよな、……と思われて他なりません。

話の筋は次の通りです。

どこにでもある農場が舞台です。イギリスのとある郊外の『荘園農場』……。
人間にいいように酷使されている動物たちが、ある日決起をします。
老豚をリーダーに反乱を起こした動物たちは、人間を追放します。
そして「すべての動物が平等な」理想社会を建設します。

その社会(農場)は『荘園農場』から『動物農場』へと名を変えて……。

しかし、指導者となった前衛である豚たちは権力をほしいままにし、動物たちは、人間に酷使されていた『荘園農場』時代よりもひどい生活に苦しむことになります。

反革命とのレッテルを貼られるが最後、支配者が人間の時代よりも血腥い時代へと転換する農場……。

決起のときに檄文に次の言葉があったそうな。

「いやしくも二本の脚で歩くもの、それはすべて敵である。いやしくも四本の脚で歩くもの、あるいは翼をもつもの、それはすべての味方である」

最後に指導階級である豚たちは二本の脚で歩き始め……、

いったい人間とは何だかなと思った9月16日でございます。

作中独裁者として描かれている雄豚・ナポレオンはスターリン(Joseph Stalin,1878-1953)。

歴史はおなじかたちで繰り返さないことは承知です。
おなじテーマであっても形をかえて現出するというのが精確な謂いでしょう。

ナポレオンもスターリンもでてはこないのでしょうが……。

ポピュリズムで片づけることのできない何か、違和感・胃痛を感じるのは宇治家参去ただひとりではないでしょう。

ということで……?
シーズン初の「湯豆腐」でいっぺえやってねます。

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