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旨いもの・酒巡礼記:東京都・八王子市編「Sherlock Holmes」

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旨いもの・酒巡礼記:東京都・八王子市編「Sherlock Holmes」

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 堺町通り三条下ルところにあるコーヒー店〔イノダ〕のコーヒーをのまなければ、
 「ぼくの一日は始まらない」
 という人がいるかと思うと、
 「サンボアで一杯のまぬうちは、おれの一日が終らぬ」
 という人もいる。
 三条に近い寺町通りの東側の、モルタル造りの小さな民家に〔KYOTO SAMBOA BAR ESTABLISHED 1918〕と記した、淡いブルウの電気看板が軒先へ横たわっているだけの、いかにも誇りにみちた酒場である。
 〔サンボア〕は、京都で、もっとも古い酒場の一つであって、立飲台へ出されるウイスキーも、カクテルでさえも、きびきびとした中年の主人の、小柄だが精悍な風貌に似つかわしい、男っぽい味がしてこようというものだ。
 店には、女はひとりもいない。
 しかし、むかしは男だけのものだったこの店へも、近年は女の客が多くなった。
 それでいて、おしゃべりもせずに、女客たちはしずかにのんでいる。これはやはり、この店の男のムードに圧されるのであろう。
 たとえば京都へ来て、夕飯を四条通りの万養軒に決めたとすると、そこへ行く道すじに〔サンボア〕があるというのは、うってつけのことなのだ。
 〔サンボア〕で、ペルノーの水割りか、ドライ・マティーニのオン・ザ・ロックスなどを軽くやってから飯を食べに行き、その帰りにもまた、ちょいと〔サンボア〕へ立ち寄る。
 男だけが行く酒場である。
    --池波正太郎「京都・寺町通り」、『散歩のとき何か食べたくなって』新潮文庫、昭和五十六年。

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忘れないうちに先月訪問したお店を「旨いもの・酒巡礼記」として紹介しておきます。
ちょうど夏のスクーリングの折り、宇治家参去・倫理学の一期生が、

「先生、いい店みつけたので行きませんか? 楽しみにしておいてください」

という連絡をくださり、同道したのが、JR八王子駅北口にあるSherlock Holmesです。

宇治家参去は、平生はビール、日本酒中心で攻めますので、洋酒などやらないのでは……との感を抱かれがちですが、実は洋酒もかなり好きなほうで、昔は洋酒ばかり堪能しており、大好きなジャンルの一つです。

やはり基本はビールになりますので、そのときの気分などによって、日本酒の場合もあれば、洋酒の場合もあるという両刀遣いです。ちなみに3つを混ぜることだけは避けるようにしております。

さて、話がずれ込みましたが、今回訪問したのは、いわゆるロンドン風のパブというやつで、先に引用した池波大先生が定石とした〔サンボア〕ほど、老舗としての凄みをもつものではありませんが、ウイスキー、カクテルを丁寧に飲ませてくれる逸店です。

予約をいれておりましたので、とりあえずオープン・ボックス風の入れ混み誘われ、先にお酒を選んでいると、給仕のおねえさんが、テーブルのキャンドルに明かりを入れてくれ、雰囲気が出るというものです。調度はすべてイギリスから直輸入したものばかりで、落ちついた味わいあるイスやテーブルがやさしく人々を包み込んでくれます。
今回利用したのは、2Fのテーブル席ですが、1Fはカウンター中心ですので、ひとりでさっくり利用するにももってこいかと思います。

で……。
まずはギネス(Guinnes)を1pintほど頼んでから、箸付けにと、「フィッシュ&チップス」をお願いしました。
同時にギネスを運んできてくださいましたが、……もったいない話ですが……その日は日中暑かったので……、かる~く一気飲みになってしまうていたらくです。
が、おかげで濃厚な味わいが五体満足に染みわたると同時に汗がひくというやつで、肴を運んできてくれたおにいさんに、つづけてアイリシュビールを代表するキルケニー(Kilkenny)をこれもまた1pintにてオーダーしてしまうという……善の連鎖が続きます。

ギネスにせよ、キルケニーにせよ、この手のビールはもちろん缶ビールでも販売されてい、ときどき家でもやりますが、なかなかうまく注ぐことができません。もちろんそれはそれで旨いのですが、やはり本職にはかないません。

缶ではなく、サーバータンクからグラスに注がれたそれは、クリーミーな泡立ちといい、解き放たれたビールがグラスのなかで幸福に踊るとでもいえばいいのでしょうか……、味わいに鮮烈な解放感がありつつも、そのビール本来の自己主張がかき消されることなくかえって、引き立つような絶妙な注ぎ具合に驚くと同時に、感謝しつつしっかりと味わわせていただいた次第です。

欧米のビアスポットの定番は何といっても「フィッシュ&チップス」でしょう。
要は白身魚のフライとフライドポテト……ちなみにこの“フライドポテト”は和製英語……の盛り合わせですが、海外旅行とか主張なんかでてんこ盛りのそれを、連日やると辟易としてしまい、繊細な和食を羨望してしまうものですが、ささやかな盛り合わせでたまにこいつをやるとなかなかどうして、侮りがたい肴となってくれるものが不思議です。

素材もよく揚げたてで塩加減もちょうどよく、ビールにはこいつが一番です。

さてもう1杯ほどキルケニーをやってから、さすがにかけつけ3pint(1pint=570ml)もやると腹がタプン!タプン!としてきますので、ぼちぼち重いのを、ということで……
シングルモルトのアードベッグ!

ひさしぶりに飲みましたです。
5年ぶりぐらいでしょうか。
なかなか置いてないんです。

ピート香とスモーキーフレーバーが強い個性的なアイラモルトなのですが、この強烈な煙臭が……“堪えられません”!

もちろん、ダブルのロックです。

いえでやると、市販のロックアイスか、製氷器の歪な四角のアイスでテキトーにやるのですが、きちんとボール状にけずった氷を浮かべて、まろやかにやるのがたまりません。

生ハムの盛り合わせ……これも旨みがぎっしりで、アイラモルトと真剣勝負をしてください、実に幸福なひとときです。

もう1杯欲しい……雰囲気にものみこまれているのかも知れませんが、次は、ハイランドのシングルモルトのダルウィニーをダブルで頼んでからまつこと屢々……。

アードベックと対極にあるのかもしれませんが、上品な穏和な香りとすっきりした味わいが、静かに酔わせてくれました。

誘ってくれた学生さんは飲めない……のですがギネス1杯はおつき合い下さいましたが……のですが、話も盛りあがってき、種々意見をかわすなかで、さあまた出発しようと……そろそろ時間です。

最後にカクテルの一杯でも……。

ということで、締めの一杯はマティーニです。

上品な雰囲気と本物のもてなしをリーズナブルに体験させて頂いた一夜です。

飲めないのに紹介してくださった佐賀県のS君、ありがとう!

きのおけない仲間と語り合うにもよし!
ひとりでさくっと飲んでさくっとリフレッシュするにもよしの“大人の隠れ家”とはこのことをいうのでしょう。

■Sherlock Holmes
〒192-0084 東京都八王子市三崎町4-1
042-627-4869
営業時間 ランチ 11:30~15:00
     カフェ 15:00~18:00
     バー  18:00~04:00

http://r.gnavi.co.jp/g297201/

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お店でやると、一缶分ぐらい余分にとられるんです。
ですけど、不思議なことに惜しくないんです。

ひさしぶりにやった生ハム、サラミ……。
こうした素材直球勝負の逸品にこそ、その店が本物か偽物かという分かれ目がでてくるのでしょうねえ。
深い味わいがシングルモルトを引き立ててくれます。

最後のマティーニ。
もう一杯飲みたかった。

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18:30で予約をいれておいたくれたのですが、その日は当方、授業終了が14時過ぎでしたので、それまで、レポートをみたり、明日の授業の準備をちょいとしていましたが、朝から何も食べておらず、いかんせん小腹が空いたので、16時前に、大学内の学食(パリ・セントラル)にて、ぶっかけうどんとやまかけご飯(小)のセットを頂きました。

本当にあっちい一日で、食が細くなるのですが、こうした逸品は喉をとおるものです。
ですけど、それから2時間経って、酒を前にすると、別腹状態になるのが不思議なものです。御婦人方がスイーツは別腹というのと同じ感覚かもしれません。

しっかし、飲んでるなア~。

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫) Book 散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)

著者:池波 正太郎
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