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2009年10月

「善い人間のあり方如何について論ずるのはもういい加減で切上げて善い人間になったらどうだ」……ということらしいです

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 善い人間のあり方如何について論ずるのはもういい加減で切上げて善い人間になったらどうだ。
    --マルクス・アウレーリウス(神谷美恵子訳)『自省録』岩波文庫、2007年。

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このところ、専任の公募を数カ所だしているなかで、細君から、結局の所、要は何が専門なのか……分かりやすく説明せよ……という意味不明の難癖をつけられますので、

例の如く……

「キリスト教一般」

……と答えざるを得ないのですが、「キリスト教一般」と答えてしまうと……それでもキリスト教一般というのはかな~り広い意味で、まるで「物理学一般」と答えてしまうのと同じなのですが、素人にはそれでも……間口が狭すぎる……ということで、

「思想・宗教一般」

……と間口を広げて説明するようにしました。

専門は確かに「キリスト教一般」ですが、現実に現在教鞭をとっているのは「哲学」「倫理学」になりますので、

「そこで一体何を論じているのか」

……などと聞いてきますので、

「要は、『善とは何か』?」

……と答えざるを得ません。

しかし、当惑するのはその言葉を投げかけられた方かもしれません。ご多分に漏れず、細君も

「『善とは何か』……って何?」

……って聞いてくる始末で、議論と言うよりも作業としてはこれだけで、博士論文が1本かけてもなお答えをだすことのできないテーマですので、即答することが甚だ難しいというものです。

「……」

「でも、貴方はあんまり善をやっていないぢゃないの?」

「そ、そ、そンナコトハナイハズデスヨ」

「例を出してみなさい」

「……」

「ほらね」

……むちゃくちゃな誘導尋問をされてしまうのに辟易とするわけですが、

「カントは『哲学は学ぶことができない。学ぶことができるのは哲学することだけだ』といっているとおり、学問の段取り的構造として『善とは何か』なんて図式的に講壇できるものでもないんですよ。ですから、受講者と対話しながら、共通了解としての「善」を構想していくなかで、見出すことが大切なんですよ」

……と返したわけですが

「要は『善とは何か』を“教える”ことはできないわけでしょ?」

……とツッ込んでくる始末で、

「“教えることは不可能”ですが、“探求”し、生き方として“還元”していくことは可能だとは……」

「可能だとは……?」

「……思うのですが・・・」

「……」

そ、そそくさと逃げようとしたのですが・・・

「要するには、「教える」コンテンツがないということでは?」

「そんなことはない!」

「いやいや、だから金にならない」

……手厳しいオコトバです。

ちょいと盛期ローマの哲人君主マルクス・アウレリウス・アントニヌス(Marcus Aurelius Antoninus,121-180)の言葉にでも耳を傾けるほかありません。

しかしながら、実際のところ「善い人間のあり方如何について論ずるのはもういい加減で切上げて善い人間になったらどうだ」と言われるならば、だからこそ「教えることは不可能」なハズなのですが・・・

……ということで、この季節になると1ヶ月程度販売される季節モノの「一番搾り とれたてホップ 生ビール 2009」をようやくゲットしましたので、大好きな里芋の煮物を肴に一ぺえやって沈没します。

……ぐだぐだいわれるわけですが、仕事から帰ってくると、里芋の煮物が用意されているということは、これは予定調和……というよりも、「業績だしてがんばれ」と解釈すべきなのでしょうか……。

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タイガーI ミヒャエル・ビットマン仕様

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 第三帝国の十二年間にわれわれに与えられたあの恐ろしい体験を、人々はいつか完全に理解するであろうか。われわれはそれを体験してきたとはいいながら、だれ一人として、これまでそれを完全に理解したものはなかったのだ。なるほどわれわれの運命のあれこれの側面は、しばしばまぶしい照明をあびて、いっけんまったく確実に、われわれの眼前にあらわれてくる。しかし、それらすべてがたがいにどのような関係にあり、またいっそう深いもろもろの原因とどんな関係があるかを、そしてまた、第三帝国の初期にあれほど多くの人々を酔わせたはてしない幻想から、末期の同じくはてしない失望と崩壊にどのようにして移っていったか、また移っていかねばならなかったかを、だれがわれわれにこんにち完全に説明できるであろうか。ドイツの歴史は、解きがたいなぞと不幸な方向転換にとんでいる。しかし、われわれにこんにち提出されているこのなぞと、われわれがこんにち体験している破局とは、われわれの感じからいって、以前のあらゆるこの種の運命を凌駕するものである。
    --マイネッケ(久保俊隆訳)『ドイツの悲劇』中公文庫、1974年。

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仕事の必要上から、ドイツを代表する伝統的な歴史学者・フリードリヒ・マイネッケ(Friedrich Meinecke,1862-1954)の『ドイツの悲劇』を再読しておりますが、この書は、同時代人として第二次世界大戦での悲劇を体験したマイネッケの歴史論とでも表現してよろしいのでしょうが、読み直すたびに実感するのが、記述としての歴史とか、史料批判としての歴史から洩れだしてしまう時代の実相とでもいえばいいのでしょうか……そのあたりの迫力を感じてしまいます。

マイネッケは同書で、ヒトラー(Adolf Hitler,1889-1945)を台頭たせたひとびとの欲望と幻想に注目しながら、その成立と崩壊を読み解いていきますが、同時代人の証言の重さを保ちつつ、自己自身に対する深い内省として吐露された文章には、ものごとをあれか・これかで分断できない、そしてすくいあげることのできない、息吹というものを感じてしまうのは宇治家参去一人ではないのかもしれません。

ここに近代的な歴史学の祖として知られるランケ(Leopold von Ranke,1795-1886)とは異なるマイネッケのマイネッケらしさがあるのでしょうが、やはりそのきっかけは若い頃に影響をうけた、哲学的解釈学者・ディルタイ(Wilhelm Christian Ludwig Dilthey,1833-1911)の感化が大きいのかも知れません。

……そのようなことをぼんやりと考えていると、キャンセルをし忘れたPCが配達されてしまい、まず、財布から大枚が飛んでいくという始末です。

10月あたまに、プレゼン向けには使いにくい!ということで、ポケットにはいる「手放せないPC」と呼ばれvaio type Pを売却し、次のPCを物色していたのですが、出荷のタイミングなど問い合わせるなかで、最初に注文したLenobo(旧IBM)のThinkPad X200s……windows7のからみとBTOで細部をオーダーしたのが原因ですが……がなかなか届かなく、これはまずいということで、ネットブックとかUMPCと呼ばれる部類ですが、高解像度で知られるsonyのwシリーズを保険で予約していたのですが、スクーリングでの使用直前にX200sが到着し、そのまんまセットアップはしたのですが、sonyのwをキャンセルするのを忘れてい、猶予期間もとっくに過ぎていたようで……、到着した次第です。

がっくししながら、お金を払い、それでも新しいものをいじくるのは大好きなので、やはり電源を入れて立ち上げておりますと、またしても、

「ぴんぽ~ん」

……ということで、

「また、金が飛んでいくアレか?」

……ってインターフォンに出てみますと、単なる、ポストに入らない郵便物のようでしたが……。

手にとってちょいと驚きです。

昨年末に、懸賞といいますか……、応募シールを集めて送ったプレゼントが当選したようです!!!

F-toysという食玩メーカーが展開している「モータータンクコレクション」というシリーズの第2弾なのですが、電池で動く第二次世界大戦の独ソの戦車のフィギュアなのですが、販売されていないレアなモデルが景品でしたので、エントリーしたわけですが・・・

「タイガーI ミヒャエル・ビットマン仕様」

・・・というマニアには真涎もののアイテムがあたっちゃいました!!!

お陰様でPCの二重打刻とでもいえばいいでしょうか、そうした事態に頭を悩ませていた心痛が、タイガー戦車の到着によって、雲散してしまうものですから、人間の心とは不思議なものです。

タイガーIとは、ご存じ、第二次世界大戦下のドイツを代表する戦車(Panzerkampfwagen VI Ausf. E [Sd Kfz 181] )で、重装甲・重装備で、戦車の代名詞といっても過言ではありません。

発音としては「タイガー」と読むよりもむしろ「ティーガー」と読む方が原語に近いわけですが、な、な、なんと、その「ミヒャエル・ビットマン仕様」ではありませんか!

ヴィットマン(Michael Wittmann,1914-1944)とは、第二次世界大戦中のドイツ第三帝国を代表する対戦車戦闘の撃墜王で、武装親衛隊の第1SS装甲師団に所属した戦車兵のことです。

撃破数は戦車138両とは、マア、ありえない戦果なのですが、その最後に乗っていた007号のモデルということで……細部まで堪能させて頂いた次第です。

……ってところで?

また、してもハッとしてしまいました。

つねづね、平和と非暴力の伝道師?として活躍しそうした言説をはいているのですが、現実には二律背反におちいっているのかもしれません。

ネオ・ナチでもありませんし、ミリタリストでもありませんし、戦争にはいきたくもありません。

しかし、男はどうしても……

……この手のカルチャーに弱いのかもしれません。

ディテールを堪能しつつ、一喜一憂していた様を観察していたのが細君ですが……

「こんどは何が来たの?」

……というので、

「聞いて、腰を抜かせ! 手に入らない限定モノの、故ミヒェエル・ビットマン武装親衛隊大尉が最後に乗っていたティーガーIだぜ」

「は?」

「は? ぢゃねえだろう」

「くだらない……。いい年こいたオッサンが、なにを玩具に、そこまで知的リソースを注いでいるの?」

細君には理解不可能な世界のようでした。

しかし、細君には理解不可能な世界であるということは、女性の力が、平和構築に関しては根柢として必要不可欠なのかもしれません。

……ということで、本日10月30日は、マイネッケの誕生日のようでした。

いやぁぁ、この食玩……よくできている。

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はずせないので、はずせませんが、甘受もできず・・・という状況認識

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 問いの本質は、可能性を開き、開いたまま保持することになる。したがって、先入見が--他者やテクストが語ることに直面して--疑わしくなったとしても、それはその先入見が単純に脇の押しやられ、他人ないしは他なるものがそれに代わってただちに有効になる、ということではない。そのように自分自身を度外視できると思うのは、むしろ、歴史的客観主義の素朴さを表している。本当のところは、先入見はそれ自身危険にさらされる(auf dem Spiel stehen)ことによって、真に本来的な仕方で理解に働き始めるのである(ins Spiel gebrachte werden)。先入見は自らを賭ける(sich auspielen)ことによってのみ、他者の真理請求というものを経験しうるのであり、またそれによって、他者もまた自らを賭けることができるようになる。
    --ハンス=ゲオルグ・ガダマー(轡田收・巻田悦郎訳)『真理と方法II 哲学的解釈学の要綱』法政大学出版局、2008年。

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何度か議論した話題なのですが、やはり先入見を100パーセント廃棄することは不可能なんです。

ですけど、先入見の負の側面に注目した議論が過熱してしまうと、どうしても論旨が「先入見からの脱却」というスローガンのもとに集約されてしまいがちです。職業革命家たちによって魔女狩り的に標的とされる「先入見」がやり玉にあげられてしまうわけですが、その燻り出す職業革命家たちも、同じ乃至は別の「先入見」対しては無自覚でありつつ「先入見」を批判する……というスパイラルがその実際なのかも知れません。

いうなれば、結局の所、同じ土俵の中で、無邪気に……その無邪気さが実は恐ろしいのですが……燻り出しの盆踊りを踊るとでも表現すればよろしいでしょうか……。

そんなことをフト思う宇治家参去です。

思想史的に振り返れば、先入見を先鋭的にやり玉に挙げるのが「啓蒙」“主義”であり、その対極で状況を甘受してしまうのが「ロマン」“主義”なのでしょう。しかし両者には共通点もあります。“主義”と“”で括ったように先鋭化するところにその特徴があるのだろうと思われます。

しかしながら人間生活世界の実情を勘案するならば、「先入見」をすべて脱却するのも不可能であれば、その逆に「先入見」を総て肯定し、その状況をスルーしてしまうというのもおしなべて不可能なのでしょう。

その意味では、先入見に対する自覚といいますか認識・点検を時折点検しながら、そのフィクショナルな構造を知覚するほかありません。

「そうおもっていることは億見(ドクサ)に過ぎない、このバカもの!」と断じてしまうことは簡単です。

そして「そんなもんなんなのだよなー」などと状況を肯定してしまうことは簡単です。

しかし、その両者は極端のあり方にすぎないのかもしれません。

ちょうど、昨日、紀要論文の初校が到着しました。
製本・刊行は12月なのですが、9月月末に頭をなやませた課題のひとつです。

今回は、久し振りに……といいますか実は大切な課題なのですが……吉野作造(1878-1933)で1本書いてみたのですが、今回は時期を区切って、吉野作造のナショナリズムに対する考え方をまとめてみた次第です。

大きな見取り図をだすならば、吉野作造も時代の子です。少年時代から若い頃にかけてはナショナリズムを叩き込まれ、素朴にそこに対して熱くなったことを否定できません。

しかしながら、世界状況や時代状況との対応、そして信仰の深まりのなかで、それを相対化していく……それが彼の歩みです。

しかし、注意深く吉野の文献を読んでいて気が付くのが、「ナショナリズム」“そのもの”を否定はしていないということです。もちろん“ナショナリズム”を楽天的な世界連邦論者のように“全”否定し、ひとつの価値概念に集約するようなアプローチはとりませんが……これが啓蒙「主義」的否定でしょうが、同時に、その対極にある無自覚的自己主張の優先……これがロマン「主義」的肯定でしょうが、その両者を、両者から突っ込まれないように慎重に退けております。

確かにナショナリズムの問題点を勘案するならば、前者のように、素朴に全否定することは簡単で、その対極も簡単です。

前者が否定のための否定であるとすれば、後者は否定を寄せ付けない開き直りとでもいえばいいのでしょうか。

しかし、実際に、大地に生きている人間はその感情を全否定することも、全肯定することも不可能です。

であるとするならば、その問題を抱えている自分自身を認識し、そしてよりよき対応を模索するというのがベストかもしれません。

哲学的解釈学者ガダマー(Hans-Georg Gadamer,1900-2002)は、歴史と社会という地平の接点のなかから「よりよき」「解釈」はどのように可能になるのか徹底的に論じましたが、両方の「主義」的アプローチを退けながら、先入見の問題を「先入見」“だから”問題であるとすることもなく、「先入見」“だから”しょうがないとすることもなく、「先入見」“がある”ことを丁寧に論じましたが、それはとりもなおさず「自覚」と踏まえた「対応」の問題に他ならないのかもしれません。

ですから吉野の文章を読んでいると面白いのは、自分自身がナショナリズムにほだされていたその過去をまったく否定はしていないということです。経験を隠そうなどとはしておりません。むしろ、そうした自分であったけれども、そこから「何を学ぶのか」そこに焦点がおかれているようです。

吉野の場合、自分自身の「ナショナリズム」の意識的自覚が、他者の「ナショナリズム」の存在を自覚させたわけですが、これなどは、先入見の自覚の好事例かもしれません。

……ということで、初校がせっかく届いたにもかかわらず、既に飲み始めましたので、校閲作業は起きてから……ということで。

締め切りまでちょいとまだ時間がありますものですから・・・。

……ってタカをくくると足下を掬われる宇治家参去ですが、たぶん、大丈夫でしょう・・・。

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議論の範疇の限界にせまる形式的な問いの背後には、一切の形式を打破する問いがかくれている

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 対話的なものは、人間相互の交わりに制限されない。すでにそれはわれわれに例示されたごとく、相互に人間が向かい合う態度である。ただ人間の交わりにおいて、じつにこれがよく表されているにすぎない。
 したがって、会話や伝達がおこなわれなくとも、対話的なものの成り立つ最低条件には、内面的行為の相互性が、意味上分離しがたい要素となっているようである。対話によって結ばれている二人の人間は、明らかに相互に相手の方に向かい合っていることでなければならぬ、それゆえ、--どの程度、活動的であったか、どの程度活動性の意識があったかということはとにかくとして--向かい合い心がそこに立ち帰るということでなくてはならない。
 このことは、著しく形式的なことであるかもしれない。しかしこれを押しすすめることは、良いことである。なぜならば、議論の範疇の限界にせまる形式的な問いの背後には、一切の形式を打破する問いがかくれているからである。
    --マルティン・ブーバー(植田重雄訳)「対話」、『我と汝・対話』岩波文庫、1973年。

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講義を組み立てていてよく実感するのが、やはり語りが一方的になってしまうことです。たしかに、基礎的な知識や理論の紹介として「語らざるを得ない」部分が存在することは否定できないのですが、講述に徹してしまうと、パロールとしての言語だけでは、その実感とか内実とか言下の意味がなかなか伝わりにくいということも思い知らされてしまいます。

このところといいますか、例年頭をなやませていたのが、プラトン(Plato,428/427 BC-348/347 BC)のイデア論に関する講義です。

もちろん担当している科目が専門的な演習とかゼミではありませんので、ざっくりとやってしまっても問題はないのですが、そのざっくりを言葉だけで、例えば・・・

「イデアっていうのは英語でいうideaに語源をもつプラトンの真理の実在論です。現実には様々な事物や概念が存在します。しかしそうした現実“態”をこえたところにも、そうした現実“態”を規定するような何かってあるぢゃないですか。たとえば、この教壇も『机』です。そして皆さんが座っている目の前の長机も『机』ぢゃないですか。だとすれば、現実に存在するこの個別の机、要は皆さん目の前にある『机』も、そしてそれと形のちょいと異なる、ワタシの目の前にある『机』も、形はちがうけれども『机』でしょ。そうすると、そうした現実“態”をこえた“机”なるものが……存在としてはないのですが……発想としては出てきますよね、言うなれば、『机“一般”なるもの』が……。それがイデアなんです」

ですけど、言葉だけの説明ですと、結構半分の方々がぽかーんとなってしまいます。イラストを交えた私家版の教材ですがそれで支持しながらでもそうなんです。

ですから、何か、工夫が必要だよな~、と悩んでいたわけです。

ですが、不思議なもんで、閃きなのかもしれませんが、先の月曜の授業では、ぢゃあ……

「学生さんに「花を黒板に書いてください」と指示して……その際、花の銘柄は特定せずに……書かせてみるか」

……とやってみたところ、思った以上に、理解して下さった方が多く驚いた次第です。

「だれか『花』を書いて下さいませんか」

……って振って、2名の方に花を黒板に書いて頂きましたが、

一名は、ひまわりを、一名は、マーガレットを書いて下さいました。

先に書いたとおり、銘柄の指定はありません。

現実にひまわりも存在しますし、マーガレットも存在します。

両者は全く異なる「花」ですが、異なるにもかかわらず「花」なんです。

その意味では両者に共に、内在する……プラトン的に謂えば、両者をイデア界から規定する図面とか理念のようなものとして……「花」“なるもの”が想定できます。

そう、それがプラトンの言うイデアなんですね。

栄枯盛衰・流転・転変の現実世界の存在を超えた「~とは何か」とでもいうべき「○○一般」がイデアのアウトラインなのでしょう。

その意味では、今回初めて学生さんたちに作業を課してみましたが、その試みがちょゐと成功したのでは……などとほくそ笑む宇治家参去です。

……と、同時に、社会学者にして平和運動家のクェーカー、E.ボールディング女史(Elise M. Boulding,1920-)が対話とは「語るだけではなく、聞くことも対話である」と講演で論じたことがありますが、教室という講義空間においてもそれは同じかもしれません。

ブーバー(Martin Buber,1878-1965)の対話論をひもとくまでもなく、「相互に人間が向かい合う態度」が教室においてもその基礎にあるのかもしれません。

もちろん、しゃべらなければならないタスクも存在しますが、それだけに徹してしまうと、こと哲学とか倫理学とか神学といったものは、応答不可能な無味乾燥な学問に堕してしまうのかもしれません。

教室で教師と学生が向かいあうというのは内的必然と言うよりも外的的不可抗力によって向かいあう一局面です。

しかし、それだけでもないのでしょう。

いかなる理由があったとしても、人間が人間が向かいあってしまうと、そこには不可避的に対話的な空間が迫ってくるのかも知れません。

「どの程度活動性の意識があったかということはとにかくとして--向かい合い心がそこに立ち帰るということでなくてはならない」

……ことを肝に銘じる必要はありそうです。

……とはいえ、実は宇治家参去、イデア論が極めて苦手です……いうか違和感ももっております。

ですから、その違和感を解消するために、ビールのイデアを内包したチェッコ(チェコではない!)の「バドバー」の、濃ゆいモラヴィアンモルトでも飲みつつ、3時間ばかりの短い休息を楽しもうと思います。

……昨日掲示したタスクですが、レポート添削だけが対応できず、明日まわしです。
しめきりまで余裕はあるのですが、余裕にふんぞりかえると得てしてろくなことがありませんので、早めに沈没して、明日がんばります。

しかし……。

チェッコのプレミアムビールの「バドバー」。
アメリカの「バドワイザー」の語源になったといわれる700年の歴史をもつビールといわれますが、栓を抜いたときに迸った香りだけで、その味わいの豊かさが理解できるというものです。

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生活経験とは成長してゆく生命の省察と反省である

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 哲学と生活経験との交渉はそれ程判然とはしない。生命とは、人間といふ連関に於ける諸々の心理的業績の内的関係である。生活経験とは成長してゆく生命の省察と反省である。之によつて、基礎的な形での合目的行動の相対的なもの、主観的なもの、偶然的なもの、個別的なものなどが、吾々にとつて価値あるもの、合目的なもの、の洞察へ高められるのである。吾々の生命の全世帯の中で、諸々の激情は何を意味するか? 自然的意味でいふ生活に於て、犠牲とか、名声とか、世間的に認められることとかはどんな価値をもつか? 之等の問題を解決しようとするものは個人の生活経験だけではない。この生活経験は拡大して行つて社会が獲得する生活経験になる。社会といふものは、感情と衝動の生活の大調節機である。それは、規律のない激情に対し、共同生活の必要から生ずる限界を、法律や道徳によつて興へる。分業、結婚、所有権などによつて、色々の衝動の秩序ある満足のための条件をつくる。社会は、この恐るべき支配者から吾々を解放するのである。生命は高次の精神的な感情と努力とのための余地を得るやうになつて、之等のものが優位を占めることが出来るやうになる。社会がそのやうな仕事によつて得る生活経験は、諸々の生活価値の決定を益々妥当ならしめ、そして興論によつて、之等の価値に対し確定した、整頓した位置を与へる。之によつて社会は、それ自身のなかから或価値段階をつくり出し、またそれが更に個人を制約する。この社会の地盤の上に、個人の生活経験が現はれて来るのである。それは様々の仕方ででてくる。それの礎石をなすものは、或価値がその中で現はれる限り、個人的経験である。人々の様々の情熱を--彼等自身の破滅へまた当然他人との関係の破滅へ導いて行く彼等の激情やそれから来る彼等の悩みを、観衆として目撃することによつて、吾々は他の教へを受ける。
    --ディルタイ(戸田三郎訳)『哲学の本質』岩波文庫、1935年。

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や、や、や、やっと……

休めそう……

か・も・し・れ・ま・せ・ん!!

ちょうど2週間前の13日が、市井の職場の指定休でしたので、ゆっくりと起きてからちょいちょいと学問の仕事をおわらせて、あとはのんびりとまどろんだ数時間が実は最後で、市井の仕事、短大での講義、たまった学問の仕事の処理と、論文指導……。

ようやく明日は、13日と同じように数時間だけ休憩できそうです。

今回、スクーリング講義で実のところ参ったのが、足腰の疲れです。
履修された方はご存じかもしれませんが、午前中は大丈夫なのですが、昼をすぎると立っているのが結構きつく、あわせて毎日鯨飲するものですから、痛風問題も併発する始末でして……。

講義二日目の最終日の帰宅時は、もはや、歩くのが実のところ困難?でありまして……。

ひさしぶりにステッキ(杖ではない!)を同伴しないとまずいのか……などと頭を抱えた始末です。

とりあえず、翌日の短大への出講は問題ありませんでしたが、それでも1コマやると結構きつく、そのまんま市井の仕事へ出かけ、ヘロヘロに鳴って帰宅した次第です。

ちなみに短大へ昼過ぎに出講すると、気温が14度。
雨の所為もあるのでしょうか……、体感はもちっと寒いぐらいでした。

さて……、
今週もじつのところ本日しか休みがありません。

ですから、今週締め切りのスクーリング試験の採点と同じく今週締め切りのレポート20通あまりと、来週の授業の仕込を、なんとか日中に終わらせ、ちょいと夜はゆっくりと……

……休養を取らせて頂こうかと思います。

鍵は、朝きちんとはやく起きることですね。

解釈学者・ディルタイ(Wilhelm Christian Ludwig Dilthey,1833-1911)は、「哲学と生活経験との交渉はそれ程判然とはしない」と語っております。しかし同時に、生命の活動としての生活に関してはそうであったとしても、その反省する要素=哲学することと生活の関係が依然として「判然とはしない」けれども、まったく無関係でもないと説いております。

「生命とは、人間といふ連関に於ける諸々の心理的業績の内的関係である。生活経験とは成長してゆく生命の省察と反省である」。

何度も経験し、何度も反省しながら、ひとは恣意的な状況から価値を紡ぎ出すのかもしれません。

たしかに「貧乏暇無し」ということはつくづく実感しますが、その沃野しか自分自身には沃野がありませんので、そこを明日はちょいとうまく開拓しながら、価値を創造してゆきたいものだよな……

……などと思いつつ、無性にギネス(Guinness)が飲みたくなりましたので、ちょいとやってから沈没です。

しかし、この足の痛さ、ホンマどうにかならないものですかねえ。。。

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汝の視力を内部に向けよ

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汝の視力を内部に向けよ、やがてそこには、いまだ発見されざる、千もの領域が見つかるだろう。その世界を経巡り、身近な宇宙地理学の最高権威者となれ。
    --ソロー (飯田実訳)『森の生活(下)』岩波文庫、1995年。

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秋期スクーリングのことを少し書き残しておきます。

倫理学はもともと履修される学生の多い科目ではないのですが
(「哲学」なんかの半分)、そして、新型インフルエンザの影響もなんとなくあるにもかかわらず、それでも50名以上の方が今回も履修してくださり、ありがとうございました。

秋期担当はこれで二回目です。

昨年は、激論の二日間となったのですが、こんかいは和やかな?ムードで授業を進行することになりました。激論も面白いのですが、和やかなムードというのもなかなかいいものです。

また昨年と同じなのは、ご夫婦での履修という方がいらっしゃい、楽しいひと時を経験させていただきました。

倫理学は俗に「人間関係の在り方」を探究する学問とのきらいが濃厚ですが、その関係性のあり方がおおきくなれば、それが共同体、社会と個人の関係になるわけですけども、共同体と個人の関係に関する議論の中で個人主義の問題を扱います。

本朝においては、それが誤解されたまま西洋から輸入され、孤人主義として機能している側面が否めませんが、本来の西洋における個人主義にはヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)のいう「相互承認」があるわけですが、その相互承認を確認するためには様々な手段が講じられ、それがひとつの文化になっております。

ですから、夫婦や恋人間でもお互いがお互いを個人として尊重しているのかどうか確認するために(もちろんそれは意識的な戦略的アプローチではなく「文化」なのでしょうが)、「愛している」とか、そこまで言わずとも、関連した意思疎通を交わすわけなのですが、やはりご夫婦で参加していらっしゃる方がいますと、

ここは・・・

「いかがですか?」

・・・と直接、お聞きする宇治家参去です。

初日は、事前に参加されることをうかがっていた方から事前に体験談をメールで送っていただいておりましたので、機会をみつけて、授業の中でご本人に読んでいただいたりもしました。

感動の一瞬です。

なんでもありといえば、なんでもありなのですが、自分がその対象とどのような関係を構築していくのか、それを探究するのが倫理学でありますから、いたしかたありません。

そういえば、夏のスクーリングでは「演歌歌手志望です」というお兄さんがいましたので、演歌をひとつ歌ってもらったのも興味深い思い出です。

初日は軽く?慰労会。

二日目もへろへろでしたが、魂は厚く、無事に授業を終えました。

これも学生の皆さんあっての講座なのだと思います。

教師とか、できあがった「学問」ありきではなく、相互の有機的な関係性のなかで、学を論ずるところがこの倫理学の醍醐味かもしれません。

であるとするならば、ソロー(Thoreau Henry David,1817-62)のいうとおり、全体性のなかでの還元不可能な自己自身を丁寧にあつかっていくしかありません。

「汝の視力を内部に向けよ、やがてそこには、いまだ発見されざる、千もの領域が見つかるだろう。その世界を経巡り、身近な宇宙地理学の最高権威者となれ。」

・・・善い、ことばです。

さあ、これから短大での「哲学」の授業です。

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初日は授業がすんでから飲みに行って、そのあと締めに「天下一品」のラーメンをたべましたが、これが思った以上に、胃にのこりましたが、これまたいい思い出です。

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後世への最大遺物

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 たびたびこういうような考えは起こりませぬか。もし私に家族の関係がなかったならば私にも大事業ができたであろう、あるいはもし私に金があって大学を卒業し欧米へ行って知識を磨いてきたならば私にも大事業ができたであろう、もし私に良い友人があったならば大事業ができたであろう、こういう考えは人々に実際起こる考えであります。しかれども種々の不幸に打ち勝つことによって大事業というものができる、それが大事業であります。それゆえにわれわれがこの考えをもってみますと、われわれに邪魔のあるものはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる。勇ましい生涯と事業を後世に遺すことができる。とにかく反対があればあるほど面白い。われわれには友達がない、われわれには金がない、われわれに学問がないというのが面白い。われわれが神の恩恵を享け、われわれの信仰によってかれらの不足に打ち勝つことができれば、われわれは非常な事業を遺すものである。われわれが熱心をもってこれに打ち勝てば打ち勝つほど、後世への遺物が大きくなる。もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少なくして、それで大事業ができたところで何でもない。たとい事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって多いに利益を得るにいたるである。種々の不都合、種々の反対に打つ勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う、それゆえヤコブのように、われわれの出会う艱難についてわれわれは感謝すべきではないかと思います。
    --内村鑑三「後世への最大遺物」、『後世への最大遺物 デンマルク国の話』岩波文庫、1976年。

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こんばんわ。

宇治家参去です。

大学の通信教育部の「倫理学」担当の非常勤講師をしておりますが、ようやく秋期スクーリング、つまり対面授業の集中講義というわけですが、東京は本日秋寒い一日でしたが、暑い時間がおわりました。

よくあるぢゃないですか……。

体は疲れ切っているわけですが、心は充溢しているとでもいえばいいのでしょうか。

その譬えとしてランナーズ・ハイのようなものを同置しがちで、たしかにそのような感慨がなくもないのですが、それともちょいとちがう「ラーニング・ハイ」でもいえばいいのでしょうか。

そうした余韻に浸っている宇治家参去です。

しかしながら、それと同時に、「これでよかったのか」と慚愧の念に堪えない感慨も同時にふつふつとわきおこるのが実情で、これが熟練の教員であれば、そうした感慨はとっくにスルーしていしまうところでしょうが、やはり、自称(そして多少)、ナイーヴでシャイなチキンボーイを自覚する宇治家参去としては、「ああ、つまんな授業つくっちまった」……ってちょいと反省するところもある終了後のワタシです。

おいおい……といいますか明日か明後日ぐらいに詳細な?レポートを載せますが……初日は講義を終えたあと、タイからいらっしゃられた学生さん、そしてロンドンに本拠地?を置く学生さんと、軽く一献。

授業自体は無事に終え、その後の軽く一献ですが、これまで宇治家参去「倫理学」の講義を受けて下さった学生さんたちと祝宴しました。

幣職?……通信教区分の担当がはじまったのが2007年度なのですが、そのおりに授業をうけてくださった自分的には第1期生と、そして翌年の秋期でうけてくださった第2期生と、そして今回の第3期生と一献かわした次第です。

かる~く、「月の雫」にて祝杯ですが、かる~く飲みました。

かる~く飲んだ後ラーメンを食べたのが失敗でした。

二日酔いとか、アルコールが残っている感覚はまったくないのですが、〆のラーメンと炒飯がひびいております。

……ただしかし、

「うまかった」

……次第です。

がんばって二日目。

講義はまったく問題なく組み立てることができました。

寒日にあつく?学生さんたちと意見を交わすことができたのが、自分自身にとっては何よりの財産です。

倫理学の教材には、まったく答えは記載されておりません。
倫理学とは「人間(関係)のあり方」という二重の契機を問う学問ですが、これは何かできあがった体系を構築するよりも、どちらかといえば、提示される体系・デザインを検討する立場といってもよいのですが、

散々ぱらら、「全体のなかで自分で考え、他者と摺り合わせましょう:……という答えに至るヒントは提示できたのではないだろうか……その実感があります。

もちろん言うまでもありませんが、そこから演繹される答えとは、えてして、既に提示された概念にほかなりませんが、他律的にそれを享受するのか、それとも自律的に享受するのかで、エライ違う方向性に流れてしまうのが実用だよなあ~などと思うこと屢々でしたが、それでの丁寧に学生さんたちとそれに対して丁寧に向かい合うことができたのは一つの幸いです。

……ということで?
二日目の講義を終え、まえもって連絡入れていた学生さんと宿縁とでもいえばいいのでしょうか……学生時代の後輩が免許コース(小学校教員)に入学されていた……再会に喜びつつ、またもや祝杯?ということで……。

へろへろ

……ですが、ここちよいものです。

ま、いずれにしましても内村鑑三(1861-1930)のいうとおりです。

「種々の不都合、種々の反対に打つ勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う」。

……ともあれ沈没船です。

二日連続で「月の雫」でしたが、二日目は、「掬い豆腐」の給仕デビューの新人さんでしたが、おかげで、量がおおくラッキーでした。

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人間が出合うところのものに応答すること

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    責任
 責任の観念は、自由に大気の中に漂う<当為>の特殊倫理の領域から、生きた生命の領域へと帰るべきものである。真の責任は、現実の応答のあるところにのみ存在する。
 何にたいして応答するのであるか。
 人間が出合うところのものに応答すること、すなわち、見たり、聞いたり、感じたりすることができるものにたいし、応答することである。個々人に頒ち与えられているそれぞれの具体的な時間、世界と運命の内容をもつ時間は、これを注意深く見つめる者にとっては一つの言語である。人間に与えられた<しるし>を読み取るためには、注意深く見つめることがなにより必要である。すでに前に仄めかしておいたように、しるしを注意深く見つめることと、それによって生ずる結果から何とかして人間を守ろうとして、まさにこのような理由でわれわれの文明の全機能、全能力をあげて必死である。なんとなれば、注意深く見つめる者にとっては、しるしとの出会いの状況の瞬間を、彼がいつも見慣れているものを扱うように、<適当に済ませてしまう>ことが、もはやできないからである。つまりその状況に関わり、その状況の中へとはいり込むことが求められる。この場合、彼がいつも適用できるものと信じこんでいるような知識、技術、体系、計画、一切のものがなんの役にも立たなくなるのである。なぜなら、彼は今や、分類しがたいもの、あの具体性そのもので、ことをなさねばならぬからである。このような型りかけの言語は、アルファベットをもたず、その発音のひとつひとつは新しい創造であり、ただそれ自体としてのみ把握さるべきである。
 それゆえ、注意深く見つめる人とは、生起しつつある創造に直面することである。創造は言語として生起するが、それは彼の頭の上をかすめ過ぎる言語ではなくして、まさに彼にたいして向けられた語りかけとして生起する。もしひとが相手に、彼もまたその言葉を聞いたかどうかをたずね、相手がきいたと答えるならば、彼らはただその経験について理解し合っただけであって、経験されたものの理解ではないはずだ。
 しかし、この語りかけを成り立たせている音声は、--おそらくあり得べき誤解をとり除くために、繰り返していうが、わたしはいくぶん、特殊なもの、実際生活以上のものを考えたのである、--個人的な日常生活の出来事なのである。大小のさまざまの現に生じつつある出来事の中から、われわれは語りかけられている。しかも、大なる出来事とおもう出来事が、他の出来事より大きな<しるし>を示すとはきまっていない。
 だが、われわれがしるしを会得することだけでは、まだわれわれの態度が決定されたとはいえない。われわれは、二度ともいかなる活動力によっても、いかなる無感覚をよそおっても忘れることのできない痛手をうけているにもかかわらず、--現代の重大な一つの類型(タイプ)となっている応答の方法として--われわれは沈黙を押し拡げるか、あるいは、習慣の中に逃げこむかである。けれどもわれわれは、いくぶん吃りながらではあるが、答えてみようとすることがある。そのとき魂はごくまれにしか確実に文節(アルテイキュラチオーン)して話すことができない。なるほど感覚と喉は、一緒になっていおうとしても、驚きのあまり、喉からあらかじめ滑らかに整えられた意味もはっきりと声にならぬような真面目な口ごもりとなるのである。われわれの応答の言葉は、語りかけと同じように、行為と無為の解説しがたい言語によって語られる。--この際、行為と無為、無為は行為と同じようなふるまいとなる。このようにわれわれが全存在をもって語ることは、まさに今生じた状況に立ち、状況の中へはいってゆくことである。このような状況は、いまだ生じたことのないものであるがゆえに、その状況の出現をわれわれはあらかじめ知っておらず、知ることもできなかったのである。
 さてわれわれは断念しなければならなかったあの状況への応答をいい加減に済ますことはしない。会得した状況はけっして適当に済ますわけにはゆかなくなる。われわれは生きた生の実体へこの状況を導入させるようになるのだ。ただこのように瞬間に誠実であることによってのみ、われわれは瞬間の総体とは全く別の人生を経験する。われわれは瞬間に向かって答えるが、同時に、瞬間にたいして責任を負う。新たに創造される世界の具体性は、われわれの掌中に委ねられている。われわれはこれに責任を負っている。犬があなたを見つめたとき、そのまなざしに答えるがよい。子供があなたの手をつかんだとき、その触れ合いに答えるがよい。群衆があなたを取り囲むとき、彼らの苦しみに答えるがよい。
    --マルティン・ブーバー(植田重雄訳)「対話」、『我と汝・対話』岩波文庫、1973年。

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さあ、倫理学の、大学の教員としてのつとめを果たしに出陣です。

今日明日カンヅメで講義です。

しかし、講義といっても、それは一方通行ではありません。

なにゆえなら、孤高のユダヤ人哲学者・ブーバー(Martin Buber,1878-1965)のいうとおりです。

「人間が出合うところのものに応答すること、すなわち、見たり、聞いたり、感じたりすることができるものにたいし、応答すること」であるからです。

その責任の自覚を楽しんで参ります。

以上。

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「○○人で代替が不可能な技能の持主にかぎる」

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 ローマ人の面白いところは、何でも自分たちでやろうとしなかったところであり、どの分野でも自分たちがナンバー・ワンでなければならないとは考えないところであった。もはや完全にローマに同化していたエトルリア人は、あいもかわらず土木事業で腕をふるっていたし、南伊のギリシア人は通商をまかされていた。シチリアが傘下に加わって本格的にギリシア文化が導入されるようになって以降は、芸術も哲学も数学もギリシア人にまかせます、という感じになってくる。このローマ人の開放性は時代を経るに従ってますます拡大していくが、どこかの国のように滞在許可証を与えるのに、「○○人で代替が不可能な技能の持主にかぎる」などとは言わなかったのであろう。
    --塩野七生『ローマ人の物語3 ハンニバル戦記[上]』新潮文庫、平成十四年。

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かくかどうかまようわけですが、一応、記録としてのこしておきましょう。

9月から、いくつか専任以上の公募にチャレンジしてきたのですが、ひとつ、最終面接まで行ってきました。

所属は語学の学部で、担当が聖書学(新約・旧約のどちらでもよいのですが)・宗教学ということで、ダメもとで応募したのですが、非常勤ながらも論文も数本あり、教育歴もあったからでしょうか、先だって息子殿の運動会の日の午前中、場所取りだけやってから、来園した細君とチェンジして面接に行ってきましたが……。

マア、お陰で、運動会にはスーツで参加という異常事態になったようですが、その奮闘?にもかかわらず、今回は御縁がなかったようで・・・。

とくに凹むことはなく(細君は凹んでいますが)、アカデミズム底辺で流す素浪人との自覚ですので、「マア、だめだよな」っていうのが先に立つわけですが、それでも「勝負には立てることができる」という自信ではありませんが、なにか、「まだまだ、これからサ」という光明が見えたような……、そんな経験を積むことが出来たように思います。

人文系(語学とかスキル系以外の“純”人文という意味ですが)はほとんど求職がなく、専任教員を置かない場合のほうが多いことを勘案すると、今回、落とされたのはイタイのですが、これからのところもまだちょいとあるので、もうひとつ山を越えていけ!との激励と受けとり、再度、挑戦の毎日です。

しかし、やっぱりハードルは高いです。

専門はキリスト教全般になりますので、業績としての論文関係はその筋ばかり。
教えているのは、まったく関係がなくはないのですが、それと同様に直接交差することの低い、倫理学と哲学(西洋)ですので、立場が微妙であるということ。

また基督者でない人間がキリスト教を論ずるというのにも抵抗があるのかもしれません。
狭い専門をあれこれ論じ始めますときりがないので、ローマ時代であれば融通が利くのかなとも思いますが、いずれにしましても、ただ前者はよく考えれば、専門性を踏まえた上で、はばひろい人文科学の沃野で戦うことができると考えることもできますし、後者に関しては、このポスト・モダンの思想状況を踏まえるならば、学問としての「キリスト教」という意味では、基督者でないけれどもキリスト教教育には手弁当でかけつけることができる稀有な存在?として戦えるのでは?……などとも思うところです。

その辺は指導教官の鈴木先生からも言われたとおりですが、また、仕切直しですね。

……とわいえ、このところ市井の仕事で怒濤でしたので、本日は「ただぼんやり」と過ごしてしまいました。

明日からは通信教育部の秋期スクーリングにて、まる二日間缶詰で「倫理学」の講義です。上記のような経験が、倫理学を「骨太の構造改革」する肥やしになるのが不思議なもんです。

さて……、
ちょうど、スクーリングに備え、オーダーメイド(BTO)で新しいパソコンを注文していたのですが、それが届いたので、セットアップをしていたのですが、これが思った以上に時間がかかりましたが、明日使用するパワーポイントか映像資料もばっちりぶち込みましたので、明日の授業が楽しみです。

が……、

5時には起きたい!

……ので、早めの沈没が肝要かもしれません。

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但し此の浄福は外的なる力によつて彼に与へられるものではなく、彼自身、自らの手を以て、一にして永遠なるものを把捉せねばならぬ、と

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 私は斯く考へる。人間は不幸に運命づけられたものではない。若しただ彼自身それを欲するならば、既に此の地上到る処に於て、又何時にても、平和、静寂、浄福を得ることが出来る。但し此の浄福は外的なる力によつて彼に与へられるものではなく、彼自身、自らの手を以て、一にして永遠なるものを把捉せねばならぬ、と。人間のすべての不幸の原因は、多様にして可変的なるものを追うて散乱してゐることである。浄福なる生の唯一絶対の条件は、深き愛と享受を以て、一にして永遠なるものを把捉することである。尤も、云ふ迄もなく、我々は此の一者を形像に於て把捉することが出来るのみであつて、我々自身、実際に於て一者となり、又一者に変ずることは出来ないのであるが。
--フィヒテ(高橋亘訳)『浄福なる生への指数』岩波文庫、1938年。

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どうも、連勤の続く宇治家参去です。

このところクレーム、トラブルなども久しくなく、仕事としては忙しいのは忙しいのですが、こころがこわれそうになることが少ないのが幸いです。

もちろん、会社という共同体における不条理なシステムとか発想に対して、パンチを繰り出してしまいそうな義憤は積み重なるものですが、この部分は、対自的案件とでも言えばいいのでしょうか。

営利企業としてのシステムとその一員としての問題ですので、そのあたりは、徹底的にすり合わせていく、改善していくしかありませんので、丁寧に処理していかざるを得ません。

それと同時に勃発する心が擦り切れそうになる案件が、クレームというものです。
ただこれは、いつ起こるのかというものが全く予測できない案件なのがいたいところです。しかも勃発してしまうと--これに関しても前述した対自的案件と同じく丁寧に処理していかざるを得ませんが--収まるまでに、前者以上に心が奪われてしまうのがチト難渋な部分ですので、そうした案件がこのところ久しくないというのは、ある意味ではありがたいものです。

--などと思っている矢先?
朝一番で会社から電話で店長に起こされた次第です。
昨日ちょいと勃発したクレーム(なのかしら?)……詳細は措きますが、お客様同士の喧嘩……の内容確認の電話で、起床予定時間よりも早く起きてしまいました。

内容は店長に報告した通りの状況なのですが、当事者から連絡があり、おっしゃる内容と立会い者の内容とのすり合わせなのですが……。

折り返し案件終了の連絡を頂き、問題なく終了するにはしたのでしたので、重ねてほっとした次第です。

こうした小売業にでもかかわることがなければ体験することのなかった問題なのですが、タツキをえるためには、どうになかるまでがんばらないといけない訳なのですが、強烈なのは、不可避的に人間の幅が「無理矢理」に「広げ」られてしまうということです。

こちら自身がこわれそうになってしまうのは否定しがたい事実ではあるのですが、それと同時に、かかわらなければ見えてこなかった問題というのも見えてくるようになったのも一つの事実ですから、その意味では、問題に直面し、人間の幅が「無理矢理」に「広げ」られてしまうことにより、内面もろもろが鍛えられるだけでなく、問題に冷静に向かい合う中で、フツーに生きていれば体験的でなかった貴重な体験を積むこともできるようになったという事実は、ありがたいと受け取るべきなのでしょう。

さてそのひとつを考えてみようと思うのですが、--そしてそれは、今回の事案に直接関連はしませんが--このところ事件と向かい合うなかで、ひとつ痛感するのが「ステレオタイプな世代論」が全く通用しなくなったということです。言い換えれば「ステレオタイプな世代論」というものは「賞味期限切れ」であるから「ステレオタイプ」であり、実は、それは議論としてはひとつの方向性を提示したものの、現実には古来より、現実を救いきれない概念化のひとつだったのではないだろうかと思うところです。

まわりくどい言い方をしましたが、その「ステレオタイプの世代論」とは何かと申しますと、要は「最近の○○は、~だ」というやつです。わかりやすく表現すれば、「最近の若者は・・・」とか「今の連中は・・・だ、昔にはなかった」的な状況描写とでもいえばわかりやすいでしょうか。

職場がGMSという業種になりますので、極端な話をしますと、0歳時から90歳(以上も含め)の、まさに「幅広い」「世代」の人と応対します。

うえの言い方をすれば、たとえば、「最近の若い者は、礼儀がなっておらん」的な復古主義的ディスクールというのが、いつの時代にも流通しているわけですが、はたしてそれは当を得ているのかと問うた場合、すべての問題をそのひとつのディスクールで片付けてしまうことが不可能になってしまったのではないだろうか、まさにうえに書いたとおりの幅広い世代の人々と接するなかで、そのことを痛感します。

と、同時に、復古主義的権威主義者でないしても、代々そうした見解にもまれた(=自分自身がそう批判され、そして年を取ると自分自身が他者に対して同じように批判する)知的伝統・精神風土の中に生きておりますので、その意味ではそうした見解が臆見(ドクサ)に過ぎないということを、肌で理解してしまいます。

たとえば、上では一番代表的な見解として「礼儀が~」とステレオタイプ化してみたわけですが、たしかにそうしたドクサから自分自身も自由であったことはないことは知っております。「昔の人間は~」「今の連中は~」という言い方でカテゴライズしてきたこともあります。

しかし、現実にはそうでもないのが事実です。

この商売とはある意味では、こちらがかかわるというよりも、相手から「かかわられてしまう」不思議な商売です。

そのなかで、年齢・世代、職種・性別、クラス、人種さまざまなひとびとと「かかわられて」しまいますと、若いから=礼儀がない、年配だから=礼儀がある、と言い切ることにはすこし抵抗がでてきます。
*もちろんいうまでもありませんが、これは年配者をないがしろにし、若輩者の権利回復を目論もうとする「新手」のネオ・復古主義のアンチズムなステレオタイプのディスクールを吐こうとしているわけではありませんので念のため。

要は、礼儀をふまえた人間は、世代に関わらず存在するということです。そしてそれとおなじくらい逆の場合も、世代に関わらず存在するということです。

そしてそのことは、礼儀だけの問題に限定されるわけではないということです。

「若いから○○だろう」
「年配者だから○○だろう」
「こんな感じだから××にちがいない」
「あいつは△△だ」

--と思っていると足元を掬われる経験ばかりです。

このひとは大丈夫だろう--そうした感じで接すると、間違いのないこともありますが、それと同時に、そうではなかった--とびびらされれてしまう瞬間も多々あります。

その意味では、人間は、人間対する判断・評価としてグルーピングしたような評価をもって全体を代表させてしまうアプローチをとってしまうと、どこかでその落とし穴にはまってしまうのかもしれません。

だからこそ「ステレオタイプ的な世代論」(そしてこの「世代論」の「世代」には「世代」以外の様々な言葉を等置することが可能でしょう)は「賞味起源切れ」であるだけでなく、はなから議論が成立しておらず、砂上の楼閣にきずかれた戦略的なイデオロギーに他ならないのかも知れません。

そのひとがそのひとに即してどうあるのか。

人間はこの部分から何かを学び、襟をただしていかないかぎり、同じ過ちや失敗に絶えず翻弄されつづけるのかもしれません。

そして、

そのひとがそのひとに即してどうあるのか。

これは他者に関する議論に収まらない問題です。否むしろ自己自身の問題なのかもしれません。

そのひとがそのひとに即してどうあるのか。

フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte, 1762-1814)の言葉にでも耳を傾けながら省察したいものです。

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あの説は何の値打ちもないものなのだから、カリクレス。

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 しかし実際には、君も見るとおりに、君たちは三人ともそろっていながら、つまり君に、ポロスに、ゴルギアスさんと、いずれも当代のギリシア人の中では一番の知者がそろっていながら、その君たちは、このぼくのいう生活--それはあの世においても有利であることが明らかにされたのだが--その生活よりも、何かほかの生活を送るべきだということを、証明できないでいるのだ。いや、これほどの長い議論の間に、ほかの説はみな反駁されていったのだが、ただこの説だけは、反駁にも揺るがないで、止まっているのだ。すなわち、ひとは不正を受けることよりも、むしろ不正を行なうことのほうを警戒しなければならない。また、ひとは何よりもまず、公私いずれにおいても、善い人と思われるのではなく、実際に善い人であるように心がけなければならない。しかし、もし誰かが、何らかの天で悪い人間となっているのなら、その人は懲らしめを受けるべきである。そしてこれが、つまり裁きを受けて懲らしめられ、正しい人になるということが、正しい人であるということに次いで、第二に善いことなのである。さらにまた、迎合は、自分に関係のあるものでも、他人に関係のあるものでも、あるいは、少数の人を相手とするものでも、大勢の人を相手とするものでも、どれもすべて遠ざけるべきである。そしてそれは、他のどんな行為の場合でも同じことである、というそういう説だけは揺るがずにいるのだ。
 だから、ぼくの言うことを聞いてくれ、ぼくの目ざすこちらの方へ、君も一緒について来ることにしたまえ。これまでの議論が示しているように、目ざす目標に到達したなら、君は生きているときも、死んでからも、幸福にすごせるだろうから。そして、もし誰かが君を馬鹿者だとして軽蔑するとしても、また、もしそうしたいのなら、侮辱するとしても、それはそうさせておきたまえ。いや、そればかりか、あの不名誉な平手打ちをくらわせるとしても、ゼウスに誓っていうが、君はとにかく平然として、それを受けておればいいのだ。君がもし徳を修めて、ほんとうに立派なすぐれた人間となっているのなら、そのような仕打ちによって、君は何一つ恐ろしい目にあうことはないだろうからだ。かくして、ぼくたちは共に、そのようにして徳を修めたなら、そのときになって始めて、もしそうすべきだと思われるなら、政治の仕事にたずさわることにしよう。あるいは、どのようなことであろうと、それがぼくたちにとってよいことだと思われるなら、そのときになって勧告することにしよう。今よりは、勧告をするのにもっとふさわしい人間となってだね。なぜなら、現在のぼくたちがそうであると見えるような、少なくともそんな状態にありながら、それでいてしかも、何かひとかどの人物ででもあるかのように思いこんで、血気にはやった行動に出るのは、みっともないことだからね。そのぼくたちたるや、同じ事柄について終始考えが変り、それも些細なことについてならとにかく、一番大切な事柄について、そのありさまだのにね。--ぼくたちの無教養はそれほどのひくい状態に至っているのだよ。
 さて、それなら、いまここに現れてきたこの説を、われわれの人生のいわば道案内人としようではないかね。その説はわれわれに、生きるのも、死ぬのも、正義やその他の徳を修めながらにするという、この生活態度こそ、最上のものであることを示してくれているのだ。だから、さあ、この説に従って行くことにしよう。そして、ほかの人たちにもそうするように勧めることにしよう。君が信じていて、ぼくに勧めてくれているところの、あの説ではなしにね。あの説は何の値打ちもないものなのだから、カリクレス。
    --プラトン(加来彰俊訳)『ゴルギアス』岩波文庫、1967年。

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短大での講義ですが、ようやく哲学の概論にあたる部分を終了することができたので、(西洋における)哲学的発想の誕生から、古代ギリシアの哲学者たちのあたりまで話をすることができました。

その予習?というわけではありませんが、それを講ずるに当たり、一応、邦訳ですが、プラトン(Plato,428/427 BC-348/347 BC)の文献は読み直すようにしております。

ちょうど、土曜日から月曜にかけて後期プラトン哲学への橋渡し、ターニングポイントとなる『ゴルギアス』を再読しておりましたが、これがマア、頗る痛快です。

当時の修辞学者・ゴルギアス(Gorgias,ca. 485-c.380 BCE)との対話を通じて、プラトンに仮託されたソクラテス(Socrates,469 BC-399 BC)が、哲学とレトリックを区別し存在論を、レトリックの存在意義を認めつつも、雄弁と論理に戯れる実情を批判し、真剣な?営みとしての哲学の優位を堂々と主張した作品で……その主張に対する価値評価はひとまず措きますが……、プラトンはゴルギアス的レトリックを現に批判はしておるのですが、読むたびに、プラトン自身のレトリックもなかなか秀逸です。

もちろん、両者の目的意識の違いというのがあるのですが、力業では決してないですし、華麗なる酔わせるような言葉ではありませんが、プラトンの描く説得と合意を目指す対話の軌跡にはひとつおどろかされるものです。

また前期から中期にかけてのプラトンのいきいきとした筆致には、形骸化したプラトニズムには見受けられない、人間・プラトンのリアリティーを深く感じてしまうというものです。

さて……。
授業の開始前に、例の如く、学食にて日替わりランチを頂戴してきましたが、その日は、和風ハンバーグ。

きのこのあんかけソースのさわやかな味わいが秋を彩るというものです。

人を酔わせる、ないしは惑わせる言説には警戒しつつも、それが力業?であったとしても、納得と合意を目指す努力というのはいずれにしても失ってはいけないのかもしれません。

プラトン主義ないしは、真理の実在論に関するイデア論には甚だしく抵抗がありますが、プラトンそのものを読み直すたびに、その言説の力強さには、いつもながら、説き伏せられてしまいます。

素朴であってもいいのですが、なにかに裏付けられた言葉を語れる教師になりたいものです。

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バークレーでは半ズボンの人だっている

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 東海岸から西海岸にやって来ると、同じ大学、同じ大学生といってもずいぶん違うものなあという思いを新たにすることになる。とくにプリンストン大学と、UCバークレーとでは両極端というか、大学の雰囲気がそれこそもう天と地ほど違う。プリンストンはいわゆる伝統的なエリート市立大学で授業料も高く、学生は東部の上層白人家庭の子弟中心、キャンパスの人口密度も圧倒的に少ない。それに較べるとバークレーは州立大学で学生は人種的にはもうぐしゃぐしゃ、いかにも庶民的で、政治的には昔からラディカルで有名である。大学のまわりもバークレーはなにしろ賑やかで、ヒッピーやらヌーディストやらホームレスらがうようよしている。学内には大きなゲーム・センターまである。それに較べればプリンストンは本当に平和かつ物静かである。二年近く住んでいて、ホームレスの姿なんてただの一度も見かけたことがない。クラスの雰囲気もどちらかといえばバークレーの方が活発、プリンストンの方が穏やかという感じがある。教授だってプリンストンではだいたいがきちんとネクタイをしめているけれど、バークレーでは半ズボンの人だっている。それくらい違う。
 自動車に譬えていえばプリンストン大学がクラシックなベントレー、バークレーが明るく楽しいコンバーティブルのアメ車といった感じになるのだろうか。
    --村上春樹「バークレーからの帰り道」、『やがて哀しき外国語』講談社文庫、1997年。

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最近、日中は穏やかな陽光が続くのですが、夜になると結構冷え込みますので、仕事に行くとき、着ていくものに困るのが正直なところです。

月曜は大学での授業がありましたが暖かい一日です。
バークレーの先端的な教員?のように半ズボンでいくわけにも参りませんので、きちんとネクタイを締めて、合い物のスーツでいきましたが、夜はこれで十分なわけですが、日中ですと、やはり暑い……ぐらいでして・・・。

ぼんやり煙草を秘密の喫煙所にて吸っておりますと、やはり暑いのでしょうか……季節のはずれのカマキリ殿が顔を見せておりました。

しかし、目に写る風景は……宇宙にまでつづくような抜けるような高さの空と、短い夕刻は、間違いもなく秋のそれであり、一日一日と深まりゆく秋を堪能した次第です。

……しかし、今日のお昼も結構暑いですねえ。

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肥えた畑は酷使してはいけない

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 また、心はいつも同じ緊張のうちに抑え付けておくべきではなく、時には娯楽に興ずるもよい。ソクラテスは幼児と戯れても顔を赤らめなかった。カトーは公務に疲れた心を酒で和らげた。またスキピオは凱旋の折の、あの武人らしい体を楽の音に合わせて動かした。もっともそれは、なまめかしく体をくねらせて当世風に、足取りまでが女のなまめかしさそこのけに流していく連中のようにではなく、まるであの昔の人たちが、競技や祭礼のときによく勇壮な踊りを踊って、たとえ敵側から見られても、不利にならないようにしたのと同様であった。心には寛ぎが与えられねばならぬ。心は休養によって、前よりも一層よき鋭さを増すであろう。肥えた畑は酷使してはいけない。つまり、一度も休耕しないで収穫だけを上げるならば、畑はたちまち不毛の地に化すであろう。それと同じように心も休みなく働くと、その活力をくじかれるであろうが、少しでも解放されて休養すると、再び活力を取り戻すであろう。こころが休みなく働くことから生ずるものは、或る種の無気力と倦怠感である。
    --セネカ(茂手木元蔵訳)「心の平安について」、『人生の短さについて 他二篇』岩波文庫、1980年。

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たしかに「心はいつも同じ緊張のうちに抑えつけておくべきではなく、時には娯楽に興ずるもよい」のでしょう。

ですので、休日の趣味とかリフレッシュのつくり方のうまい人間は、仕事のできもばがよいものです。逆に、ずるずる休みの日にまでひっぱている場合は、オンの業務時もなかなか彩り豊かというわけにはいかず--その辺りの心理をセネカは実にうまく表現していると思います。

こちらもなかなか休みをとって、日がな一日趣味に惑溺するというわけにはいきませんので、休みの日にも、学問の仕事は継続中というお粗末な毎日をおくっておりますが、それでもそればかりやっておりますと、「こころが休みなく働くことから生ずるものは、或る種の無気力と倦怠感」になってしまいますので、寝る前の晩酌がそれを払拭する「寛ぎが与えられる場」として活用させていただいている次第です。

とわいえ、「時には娯楽に興ずるもよい」とセネカ(Lucius Annaeus Seneca,c. 4 BC-AD 65)が「時には」と断っているとおりで、その「寛ぎが与えられる場」が「公務」そっちのけとなった場合、本来の機能を発揮できないのもまたしかりです。

残るのは、学齢期の学生さんが無目的に長期休暇を消化してしまったあとの焦燥感のようなものもそのひとつでしょう。

ですから、毎晩の「寛ぎが与えられる場」としての「晩酌」において一番大切なのは、「過度の摂取」を「控える」ということに他なりません。アリストテレスは「中庸」を論じ、「過剰」と「過少」を退けよと提示しましたが、そのことがこの部分でも大切になってくるのは言うまでもありません。

ですから、ビール2本程度に、日本酒二合ぐらいがちょうどよいのですが、やはり次の日授業があることを考えるとも、もちっとセーヴするわけですが、それはそれでもそれが「適度」なのかもしれません。

物事にはバランス感覚が大切だとよく言われますが、このバランス感覚ほど体得していくのが難しい事案はほかにはありません。なにしろ、これだけは自分自身で確認しながら--失敗と成功をもってして--やっていくしかありませんので、その積み重ねをひとつひとつ大切にしながら、バランスを体得していくしかありません。

昔はもっといけたのですが、最近では上の量ぐらいがほどよい分量です。

で--
この「時には娯楽に興ずるもよい」というところですが、実は微妙なところが存在します。いわばスポーツマンが練習とか鍛錬をあくなく追及するような局面がそれに相当します。そのような熱中期においては、そうした「興ずるもよい」というプラスアルファの部分は不要なのかもしれません。

若い頃?を思い出しつつふりかえってみれば、何かに--それがスポーツであったり勉強であったり、社会活動であったり--熱中し、四六時中それに専念するときっていうのが人間には何気にあるものです。
そのときは、「興ずるもよい」部分などほしくもない、他ごとに「興ずるもよい」時間ほどもったいないものはなく、その時間すら惜しい--そう思うときっていうのもあるものです。

その場合は、まさにそれ自体に「興ずるもよい」のでしょう。

そのことにより、建物でいえば、その基礎が強固となり、あっちへふらふら・こっちへふらふらしている場合よりも、よいのかもしれません。

いずれにしましても、それを経た?大人?には、どこかで「興ずる」精神を大切にしたほうが、この現代社会には最適かもしれません。

さて--

古代ローマの哲人政治家・カトー(Marcus Porcius Cato Uticensis,95 BC-46 BC)は、「公務に疲れた心を酒で和らげた」わけですので、カトーにならい、今宵もいっぺえ飲んでから沈没といういつものパターンです。

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人生の短さについて 他二篇 (ワイド版 岩波文庫) Book 人生の短さについて 他二篇 (ワイド版 岩波文庫)

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先ず生活それ自身の意義目的を確信するのでなければ、国家の意義は到底理解できない

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 国家とは既完にして与へられたる既成品ではなくして、活ける人間の活ける営みに於いて、時々刻々その活けるいのちを展開しつゝある所の活動態である。即ち国家とは生活の名である。故に国家についての根本の問題は、生活に於いての根本問題である。(中略)……即ち先ず生活それ自身の意義目的を確信するのでなければ、国家の意義は到底理解できない。(中略)……然らば生活それ自身の意義目的、人生そのものゝ意義目的は何であるのか。この最も古く、最も基礎的にして、又それだけ最も忘れられ易き根本問題が、根本的に解決されるのでなければ、国家についての問題も終にほんたうには解決され得ない。さればこそ国家に関する基基礎づけ論の論理が、根抵を倫理に、更に一歩進めて宗教に置かざるを得なくなるのである。
    --三谷隆正「国家哲学」、『三谷隆正全集』第3巻、岩波書店、1965年。

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ちょうど金曜日に論文指導があり、指導教官の先生のもとを訪れてきましたが、車中、内村鑑三(1861-1930)門下のキリスト者・法学者・三谷隆正(1889-1944)の文章をひもといておりました。

吉野作造(1878-1933)よりちょうど一つ若い世代になるのですが、かれの抵抗の論理に共通しているところに目が見ひらかれるばかりです。

コミュニズムにみられる抵抗の論理とは、善悪二元論的「対峙」の「対決」型にその特徴をみてとることができるかと思いますが、実はこの論理、大変わかりやすい理論なのですが、現実の実行力を勘案した場合、なかなか成果の出せにくい点も併せ持つという落とし穴をかかえております。

要は敵(なるもの)と「対峙」し、「対決」構造を喧伝するというパターンですから、大変にわかりやすいのですが、現実的実行力に問題があるということでしょう。

それに対して、吉野作造とか三谷に見られる論理とは、一方的な「対峙」の「対決」型というスタイルをとりません。どちらかといえば、威勢いい勢力からは、「不徹底」とのレッテルをはりつづけられる評価なのですが、きちんとその言説を検討してみるならば、はたして彼等の議論が「不徹底」かどうか、疑問が出てくるのも事実です。

たしかに、あぶりだして「批判」することはありません。
しかし、よくよく読んでみますと、相手をも、こちらの議論にひきこみ「ふむふむ」と考えさせてしまう根源的な対話の精神をそこにみてとることのできるのでは……そう思われて他なりません。

「国家についての根本の問題は、生活に於いての根本問題である」

たしかにそうなんです。
その意味では国家「生活」の部分も大切ですが、その基礎となるパーソナルな「生活」も看過できない大問題です。

その意味では国家志向でもない、個人志向でもない、第3の極の提示といっても良いかも知れません。

そして続きます。

「……即ち先ず生活それ自身の意義目的を確信するのでなければ、国家の意義は到底理解できない」

なるほど……ね。

……というところです。

べつに三谷も吉野もそうなのですが、国家が先か、個人が先かそうした二者択一の議論には毛頭興味がありません。国家にせよ社会にせよ共同体にせよ、人間はなんらかの共同体から離れて生活することができません。その意味ではまさに大問題なのです。しかし、それとおなじくらい大問題なのは、何か……といった場合、やはりそれはひとりひとりの生活なのです。その両者が両者のために犠牲にならないためにはどのようにあるべきか。

……そこに議論が集約されていってるような気がします。

ですから、システムのあり方の問題、体制の如何の問題というのはおおきな問題ではありません。どちらかといえば、どのようなあり方、体制をとろうとも、そのなかでの幸福増進には現実的には何ができるのか……様々な人々との対話のなかで、そして信仰に基礎づけられた超越即内在の観点から、どこまでも現実態を相対化させながら、よりよき方向へスライドさせていく……その探求が吉野や三谷の実践にはあったのでは……おぼろげながらそう思う次第です。

たしかに、吉野の民本主義(これも数度議論が変遷しますが)に関していっても、そのシステム論は不完全です。主権の所在は問いませんので、「対峙」の「対決」型からはやはり「ものたりない」のでしょう。

批判することは簡単です。
しかし現実に、どうスライドさせていくのか……そちらは荊の道にならざるを得ません。その辺の消息を無視して現代の視点から議論してしまうと、……読み方を誤ってしまうのでは……そう思います。

いずれにしても三谷にせよ、吉野にせよ、「対峙」の「対決」型が指摘する敵(なるもの)すらも「敵」ではないのでしょう。かれらもひとしく人間であるならば、対話を重ねながら、納得をお互いに目指すところで、……それが妥協と評されようとも……、現実を変革していく……それを目指していた歩みだろうと思われてしまいます。

その意味では対話の「脱構築」型と表現しても良いかも知れません。

……というわけで?

この論文ツアーに出かけると、必ずよるのが「笠置そば」となります。

本川越駅(西武新宿線)で降りてから、東武東上線の川越市駅まで歩くのですが、その道中にあるので、手近で利用しておりますが、今回は、満員でしたので、スルーしてしまいました。

ここでそのまま食の探求をスルーしてしまうと、宇治家参去らしさがなくなってしまうというものですから、前々から気になっていた、ちょうどその「笠置そば」の裏手にあります「焙煎RA-MENかれんと 川越らーめん」(川越市駅店)にてネクタイをゆるめた次第です。

注文したのは、「焼豚焙煎醤油ラーメン」です。

食通をきどるわけではありませんが、ラーメンも結構たべていると自負するぶぶんがありますが、この「焙煎」なるものははじめてです。全国的に「焙煎」系がひろまりつつありますが、ここは関東なので、醤油で頂戴した次第です。

焙煎ですから「スープ」の材料とか薬味が焙煎されているようで……

蓮華をつっこんで、すすってみますと……

「香ばしい」

……正直な感想です。

ものの10分も経たない時間でしょうか。

最後の一滴まで頂戴した次第です。

汁の色合いからしますと、

「これ、醤油か?」

……と思いますが、

味わいはしっかりと、「醤油」なのですが、実に「香ばしい」味わいです。

焼豚がちょい固めかな、と思う程度で、しっかりした太麺との愛称もよく、さわやかな一杯を頂戴した次第です。

店の看板ラーメンは「黒ゴマ坦々麺」のようですので、次回、挑戦してみようかと思います。

「生活に於いての根本問題」を丁寧に探求したひとときでございます。

何故なら「先ず生活それ自身の意義目的を確信するのでなければ、国家の意義は到底理解できない」わけですから。

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店内は、居酒屋さんを思わせるたたずまいで、トッピング素材を中心に、かんたんなおつまみメニューも充実してい、かるくいっぺえやるにもよさげな雰囲気です。

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「君の自己定立に対する君の注目を注目せよ」

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 思弁のより高き立脚地へ吾々は移る。
 一、君を思惟せよ、そして如何に君がそれを為すかを注目せよ、これが私の第一の要求であつた。注目を君はしなければならなかつた、私を理解する為めには(何となれば私は君自身の内にのみ在り得た或るものに就て語つたのであるから)、また私が君に云つたことを君自身の経験に於て真として見出す為めには。上の作用に於ける吾々自身へのこの注意(Aufmerksamkeit)は吾々両者に共通の主観的なるもの(das Subjektive)である。君自身を思惟することに於ける君の操作は、それは私に於ても亦何等他のものではなかつたが、それが君が注意をそこへ向けた当のものであつた。それが吾々の研究の対象であり、吾々両者に共通の客観的なるもの(das Objektive)であつた。
 今や併し私は君に云ふ。君の自己定立に対する君の注目を注目せよ、君自身を注目する為めに今し方為された研究に於て君が自身で為したことを及び如何に君がこのことを為したかを注目せよ。今迄は主観的なるものであつたそのものを今吾々が始める新しき研究の客観となせ。
    --フィヒテ(木村素衛訳)『全知識学の基礎(上巻)』岩波文庫、1949年。

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どうも宇治家参去です。
昨日は論文指導をうけてき、そのまま用事があり、おわると21時過ぎで、それから、サア、本日伺ってポイントを整理するか!

……とおもっている矢先、どうしても拒否することのできない恩人?から「飲みに来ませんか?」とのオファーがあり、「どうしても拒否することのできない」要件ですので、荷物を片づけてから、飲みに行った次第です。

「宇治家参去さんは、やっぱり日本酒でしょう」

「そうですねえ」

……ということで、のっけから冷や酒をはじめ、本当は最初にどうしてもやはり「ビール」ではじめたかったのですが、のっけから冷や酒(純米吟醸・八海山)をたてつづけにのんでしまい、気が付くと四合瓶がからっぽ……というやつで。

なにやってんだか……と思いつつ、ごちそうになった次第です。

……ということで、やはりビールが飲みたかった!ので、帰宅してから、ビールを飲んだのがよくなかったのもしれません(でも美味しかったわけですが)。

ちょいとなにかがのこっているようなのですが、昨日、整理できなかったところを本日、とりいそぎ手をいれてみようかと思います。

いくら日本酒が好きとはいえ、やはり最初はビールではじめたい……そう実感したひとときです。

「最初はやっぱりビールで……」

……とはじめるべきでした。

自分自身の注目に対して「注目」しなかったのが快飲の原因かもしれません。

フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte, 1762-1814)の訓戒「君の自己定立に対する君の注目を注目せよ」を忘れないようにしたいものです。

ビールに注目する注目を注目しないとやっぱりはじまりませんですね。

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「「我」が「汝」に出会う「関係」こそは、倫理の出現の起源的な場であり、状況」でありますから……

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……対話とは、「汝」が「我」に対して「無関心でないこと」である。それは無私の感情=存在の外をめざす感情(sentiment dés-inter-rssé)である。たしかに、その感情が憎悪に変質することもあるのだが、それは愛、そして愛に似たものと--慎重を期しつつも--名づけるべきものの好機でもある。だからと行って、それは道徳を盲信したり、中庸の観念や価値観に無思慮に屈服することを意味するわけではない。出会いにおいては、他なるものがあらゆるものに優先して重要性を持つからこそはじめて、超越の対話において、善の観念が立ち上がるのである。「我」が「汝」に出会う「関係」こそは、倫理の出現の起源的な場であり、状況である。倫理という事実はいかなる価値観にも依存しない。逆に、もろもろの価値観が倫理という事実に基礎づけられるのである。「善」の具体性とは、他の人間は価値があるということである。価値があることの両価性、つまり「善」と「悪」のそれぞれから等距離にあるときの決定不可能性は形式的な問題にすぎない。「他の人間は価値がある」ということにおいて、「善」は「悪」に先行しているからである。
    --エマニュエル・レヴィナス(内田樹訳)「対話--自己意識と隣人の近さ」、『観念に到来する神について』国文社、1997年。

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ものごとには「慣れて」「向き合った」方がよい場合といいますか、スムーズにいく局面が存在します。

その一方で、「向き合った」場合が、カウントとして何万回と数えようとも、それが「一回目」「初めて」のことととして「向き合った」方がよい場合も厳然として存在します。
こと、人間に「向き合った」場合に関しては、むしろ「慣れて」向き合うよりも、何度の邂逅であったとしても「初めて」として「向き合った」場合の方がよい場合の方が多いのかもしれません。

ですけれども、人間という生き物は、“よく知っている”「間柄」の対象に関しては「こんなものだよな」という態度で、無意識的に対象コードを転換して向き合ってしまうことのほうが多く、そうした場合、足下をすくわれてしまいますので、「なんなんだ」とかって式に自噴してしまうことが覆いのかもしれません。

そうした場合の向き合い方というのは、対象に関して“よく知っている”と本人は自認しつつも、その実は、レヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)が指摘するごとく、対象に対する「無関心でないこと」“でない”状態に他ならないのでしょう。

しかし、なにかと面倒な理由を付けつつ、人間は向き合う人間に対して“無関心”であることによって、状況を都合のよいように解釈し、他者の他者性を剥奪し、自己認識の帝国主義によって、世界を解釈してしまうのかも知れません。

しかし、世界とか対象というものは、そうした独白的なモノクロームの世界と対極にある総天然色の世界であるのがその実です。

であるとするならば、意識的にでも対象に対して「無関心でないこと」という流儀をどこかで持ち合わせたいものです。

--ということで?

何度も邂逅し、指導を受けている指導教官との打ち合わせが本日あります。

不思議なことに、10年以上の師弟関係になりますが、いつお会いしましても、それが「慣れた」とか「そういうものだ」というものではありません。

いつ伺ってもそのひとときが、まさに自分自身にとって「はじめて」であり「無関心」であり得ない状況になってしまいます。

まさに幸福な瞬間とはこのようなひとときのことをいうのでしょう。
※いうまでもありませんが、もちろん厳しい叱責もありますヨ。

--ということで?

本日は早めに沈没し、数時間後の論文指導を有意義なひとときにして参りたいものです。

--ということで?

そのネタである吉野作造(1878-1933)に敬意を表して、本日は吉野の故郷・宮城県大崎市(旧・古川市)の地酒「一ノ蔵 無鑑査」にて思索のひとときを彩りつつ--。

いずれにしましても、対象が人間であれ物であれ、世界であれ、それを「そういうものなんだ」と決め込むことよりも、向かいあうたびに「初めて」の経験であると接する方がなにか豊かな歩みを残せそうと思われて他なりません。

不思議なもので、紫陽花とは初夏の彩りと記憶しますが、なかなかどうして、最後の花びらをシブイ色合いで付けいるのに遭遇すると、実にそう思われて他なりません。

「『我』が『汝』に出会う『関係』こそは、倫理の出現の起源的な場であり、状況である」がゆえに、その邂逅を大切にしたいものです。

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考える生活

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 自然の状態にある人間は、処理すべき生涯、克服すべき困難がなければ、考えるものではない。安楽な生活、努力しなくても成功する生活というのは、考えることのない生活であろうし、従って、全能の神の生活も、そういうものなのであろう。
    --デューウィ(清水幾太郎他訳)『哲学の改造』岩波文庫、1968年。

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9月から朝型?に……といっても6時とかに起きるわけではありませんが……切り替えるべく、夜中の3時には遅くとも寝るようにしているのですが、昼過ぎとか、市井の仕事の休憩中に、睡眠という大海に沈没しそうになってしまうのですが、そこで沈没すると、結局、寝る時間が遅くなってしまい、起きている時間におけるコックリコックリ状態から抜け出せなくなってしまうので、その負の連鎖からの脱却が目下の課題です。

規律はないよりはあったほうがよく、できれば他律よりも自律であったほうがベストなのなことは承知しております。しかしなかなかうまくできず「自然の状態にある」を選択しがちなのですが、そこに流れがちであるとしても、人間はどこかでその素の状態を律するなにがしかがあったほうが、「生きている」という実感を得ることが出来やすいのかもしれません。

このところ実に休む時間がまったくとれず、仕事と研究と学問の仕事がけっこう山積みのように控えており、実に休む時間がとれません。

休む時間といえば、寝る前に一ぺえやるドリンキング・タイムぐらいですが、ドリンキングできているということを勘案するならば、まあ、自分でテキトーに休ませているんだなア~とは思う次第ですが、それでもなかなか仕事も片づかなく……、などと思いながら、目下の研究とか学問の仕事に直接の関係がないデューイ(John Dewey,1859-1952)の講演録を再読しておりますが、これがなかなか染みこんでくるものです。

「安楽な生活、努力しなくても成功する生活というのは、考えることのない生活」のようですから、ひたすら「考えること」を「商売」としている宇治家参去には「安楽な生活」とは無縁だろうとデューイが励ましてくれているのかも知れません。

まあ、「考える」ということは「処理すべき生涯、克服すべき困難」があるからこそ「考える」というものなのでしょう。

できれば、「何もなく」ても「考える」ことのできる人間になりたいものです。

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不幸にして吾人は宗派に捉へられ、民族に捉へられ、本来しかあるべき人格を作り上げて居ない

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 愛と聡明とに依て理想世界を建設せんとするが蓋しレッシングの大本願であらう。不幸にして吾人は宗派に捉へられ、民族に捉へられ、本来しかあるべき人格を作り上げて居ない。「本来の人格といふものは此世界で余儀なくされてゐる人格と何時も一致してゐる」とは云へぬ(大庭氏訳二二二頁参照)。余儀なくされて居る人格から本来の人格に向上する様に吾々を覚醒することがレッシングの『賢者ナータン』を書いた目的の一つであり、而して是れ実にまた世界平和の理想に燃えて居るすべての人の不断の努力であつた。この精神は現代の日本の必要がないだらうか。
    --吉野作造「賢者ナータン」、『文化生活』一九二一年九月。

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ひとつ安心しました。
学術雑誌(紀要)に載せる論文の原稿を前月送ったのですが、こういった類の原稿はそのまま校閲を経て掲載されるわけではありません。

いわゆる「査読」……要は内容として成立しているのか……というのがあるのですが、それが無事おわったようで、掲載「可」との連絡がありました。
※とわいえ、読まれる方よりも読む方が大変だとは思います。

連休もありちょいとずれ込んだようでしたが、「不可」とならずひとまず安堵した次第です。

完成した時点で、構成・論旨には問題ないことは自負しておりましたが、なにしろ、当初の予定とかなりおおきく転回した内容でしたので、そこが心配の種でしたが、これでまた大きな課題に向かって集中することができそうです。

さて今回は、久し振りに吉野作造(1878-1933)で1本書いてみました。
吉野作造は民本主義で有名ですが、その憲政論もかなり内容的に転回します。おなじように国家観や教会観も大きく転回するのですが、吉野作造自身のナショナリズムも大きく転回します。

吉野作造の場合、少年時代に培われ、日露戦争でクライマックスに達していくわけですが、その後の中国・天津での滞在、ヨーロッパ留学の経験などから、大きく転回していきます。いわば、ナショナリズムの念が消されるのではなく、相対化していく……とでもいえばいいのでしょうか。

ですから、日露戦争終結後に発表された民本主義の嚆矢となる「主民主義」の主張においては、民本主義の根幹となる政党内閣制と普通選挙制度の要求は時期尚早として見送られておりますし、「力と力が凌ぎをけずる」国際情勢においては、日本の対外膨張主義は〔〕に居れられた形ですけども、肯定はされております。

それが時代を経る中で、相対化されていくわけですが、その筋道が実に興味深いものです。

いうまでもありませんが、その背景にはキリスト教に基づく四海同胞の精神と人格主義の影響が大いにあることは否定できません。

しかし、勃興する民衆運動を前に、国家という枠に収まりきらない民衆と共同体としての「社会」を発見し、最終的には「人道主義的無政府主義」を理想と仰ぎ見るところまで踏み込んでいきます。

が……もちろんそのすべての軌跡を追跡しますと、それだけでひとつの博士論文になってしまいますので、今回は、「前期」吉野として、日露戦争から第一次世界大戦前夜までに時間を区切って垣間見た次第です。

ということで冒頭の吉野の文章へ戻ります。
吉野作造の趣味の一つが観劇ですが、ヨーロッパ留学中も大いに観劇したそうです。そのなかでひときわ大きな影響を与えたのが、レッシング(Gotthold Ephraim Lessing,1729-1781)の『賢者ナータン』(Nathan der Weise) です。話の筋は譲りますが、人間の価値は民族や宗教などそうしたカテゴリーによって代表されるものが総てではないとの論旨ですが、吉野作造はこの『賢者ナータン』に大いに感動したそうです。

血や肉による消せざる特殊性というものを総て否定することは不可能です。しかしながらそれでありながら、同じように還元不可能な特殊性を保持した他者とどのように向かいあっていくのか……吉野の議論には、つねにそうした問題意識が孕まれているように思われて他なりません。

……ということで、極めてダルイですが、市井の仕事へ行っていきます。

にわの金木犀がいいかんじです。
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【ご案内】10/24-25:秋期スクーリング,『倫理学』

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 しかし、学問はイメージとはちがいます。「倫理学」は「倫理とはなにか」を根本的に問い直す学問です。おそらく本書を読み進まれるうちに、既成のイメージとは違ったなにかを発見されるのではないでしょうか。倫理という言葉は、もともと「人間のありかた」という意味の言葉です。つまり、この世界のすべての事象を、人間のありかたとしてとらえてみようという観点に立ちます。私たちにもっとも身近な学問としての人間が、それが倫理学だということができます。
 そして大切なことは、この身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということです。それは同時に、私たちの生や生活を充実させていくということにほかなりません。本書の副題が「価値創造の人間学」となっているのは、そうした理由からです。
    --石神豊『倫理学 価値創造の人間学』創価大学通信教育部、平成15年。

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連休前に、大学から秋期スクーリングの授業・試験体制などの案内のメールが来ていたのですが、息子殿の運動会とか提出物に追われヘッダーだけ確認して内容を読んでなかったのですが、ようやく先ほど内容を確認し、いよいよ……との気概が高まった次第です。

秋期スクーリングは2回目です。

体裁としては大学で行われる地方スクーリングというフレームですが、昨年はカルチャーショックの連続でした。

人数は夏期スクーリングよりも当然少ないのですが、受講者さんたちが夏期スクーリング以上に“熱く”、質問攻めになったことを記憶しております。

これは嬉しい悲鳴です。
今回も宇治家参去のぐうの音も出ないほど、質問地獄で攻め込んでほしいと思います。

で……。

例の如く引き続き定型文のような内容ですが……

できれば……といいますか、履修される学生さん方へのお願いです。

できれば……序論だけでも結構です。
必ず読んできて欲しいと思います。

忙しいとは思いますが、目を通さずに、授業に望まれてしまうと、これはきわめて“モッタイナイ”状態です。

是非、宜しくどうぞお願いします。

スクーリングとはいえ限られた時間しかありません。教材の凡ては消化できません。
大切な序論と、第一章は押さえますので、どうぞ読んだ上で……斜め読みでも結構です……参加されることを念願します。

今回の履修者は60名弱。

微妙な人数といえば人数ですが、大きな会場ではこのぐらいのメンバーがちょうどよいのかな……と思います。

こちらも全力投球で参加しますので、是非よろしくおねがいします。

……ということで、飲んで寝ます。

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【覚え書】「【今週の本棚】 森谷正規 評 後藤新平と日露関係史 ワシーリー・モロジャコフ(藤原書店・3990円)」、『毎日新聞』2009年10月4日付。

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やるべきことがあるのですが、それと同じくらいに雑務も多く、結局、書類作成提出物準備なんかで一日が終わりそうです。これから市井の仕事へ行かざるを得ませんので。

で……。とりあえずひとつということで、ロシアの若手研究家の手による「後藤新平」論が上程されておりますので、その書評を覚え書としてひとつ。

後藤新平(1865-1929)といえば、明治・大正・昭和を代表する大物政治家のひとりですが、戦後の世代からするならば、評伝『ナポレオン』の著者として有名な娘婿・政治家・鶴見祐輔(1885-1973)とか、その息子(後藤からすれば孫)の哲学者・鶴見俊輔(1922-)、社会学者の鶴見和子(1918-2006)の関係で名前を知っている……というぐらいの認識でしょうか。

……だとすればすこしサミシイものであり、戦前のものだからすべて顧みなくてよい……というわけでもありませんので、ときどきその交友関係とか業績をみていると面白いもので、主義主張や党派にこだわらず、がんばっている人間には誰とでも胸襟をわって語らいつづけたその大人物像にはおどろかされるというものです。

ちょうどクリスチャン・デモクラット・吉野作造(1878-1933)が研究対象ですけども、その関係で吉野の文章を読んでいても、後藤新平の名前がよく出てきます。弟・吉野信次(1888-1971)の学資で世話になったりとか、吉野が面倒を見ている大陸の留学生の支援を申し出たりとか、リアルな交流からかいま見れる、後藤新平の人間像には、いつも学ぶ部分がおおいというものです。

さて……書評の方ですが、モロジャコフによれば、後藤新平は、先を見通し、アジアでの連帯を模索したようです。評者はかなりつっこんで脱欧米の文脈で論じておりますが……そこまで踏み込まずとも、後藤の人間外交の奥深さには驚くばかりです。

東アジア共同体が云々かんぬん耳目をさわがしておりますが、まったく実態がみえてきません。ここはひとつ後藤新平の足跡から学ぶものがあるのかもしれません。

……ということで、どうぞ。

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「【今週の本棚】 森谷正規 評 後藤新平と日露関係史 ワシーリー・モロジャコフ(藤原書店・3990円)」、『毎日新聞』2009年10月4日付。

資料から探る希代の政治家の外交政策

 およそ百年前、後藤新平は日本が結び付きを深めるべき国として、英国、米国ではなく、ロシア、中国を選んだ。英国は最盛期を過ぎ凋落を始めていて、米国は興隆するが、強さに従属してしまう恐れを感じた。その英米の言うなりになることを余儀なくされている実情を危惧して、列強諸国間の対立を利用しながら、日本を自立した「プレーヤー」に育てようと、後藤は考えたのだ。
 その国際的な場として、満鉄総裁の経験を踏まえて大陸指向の強い後藤は、アジア東方にある大国のロシアと中国を選択したのである。だが、中国は政治的に混乱していて、列強の我勝ちの進出を許しているので、それを防ぐためにはロシアと組むのが必須であると、後藤は信じた。
 これからの世界では、G2つまり米国と中国が二大強国になると言われる。鳩山首相の東アジア重視の基本方針が米国で物議を醸しているようだが、米国、中国のどちらとの結び付きをより深めるかの選択は、日本の将来にとってきわめて重大な課題である。後藤新平のような国際的な視野がとても広い希代の政治家がいま必要であり、その国際的な政治活動を詳しく知るのは重要である。
 本書は、基本近現代史を専門とするロシアの若手研究者の著作だが、ロシアの公文書館にある膨大な資料を基に書かれている。さらに、後藤に関する日本の非常に多くの書物や各種資料も深く読み込んでいる。優れた学術書であるが、後藤の活動を時系列に克明に追っていて、物語としてもなかなか面白い。
 さらに、後藤がロシア外交に地からを注いだ1910~20年代は日本政治の激動期であるが、それ事態についても詳しく記述している。その時期の首相交替はいまと同じで、西園寺公望、桂太郎、山本権兵衛、大隈重信、高橋是清、加藤友三郎、清浦奎吾、加藤高明、若槻礼次郎、田中義一が次々に登場して、目まぐるしいほど代わった。その政治激動の中で後藤は、逓信大臣、内務大臣になり、また東京市長になったが、変わらずロシア外交に情熱を傾けた。
 東京市長であった際に、ソヴィエト・ロシアの代表ヨッフェと交渉をしていて、筆頭助役に「市長をやめるか、ヨッフェとの交渉をやめるか」と迫られたが、後藤は毅然として答えた。「東京市長は誰にでもできる仕事だ。露国とのことは自分でなくてはできないのだ」
 大臣を何度か努めたが、ロシアとの交渉は多くの場合、政府の外交トップとしてではなく、政治家の重鎮として行った。まさに余人に代えがたい人物であったと分かる。
 後藤のロシアとの深い関係は、満鉄総裁であったころに始まる。実利主義者である後藤は、経済、通商関係を深めるのを外交の基本とする姿勢を持っていたが、満鉄のレールをロシアの発注することに決めた。英米の力が強大である中で、大胆な決定であった。ペテルブルグを訪問して大歓迎を受けて、ニコライ二世に拝謁し、ロシアで広く名を史られるようになった。
 やがて第一次世界大戦がはじまって、列強の相互関係はいっそう混迷してくる。英国、米国、敵国になったが親密であったドイツ、そのドイツとの関係が複雑であるロシア、混乱の度を増す中国。しかも、ロシアには革命が生じて国は大きく転換した。どの国と組むかの政治動向は揺れて、世論も分かれる。だが、後藤の信念は揺るがなかった。
 後藤は、ロシアの高官に向けて度々、長い書簡を出して、信念を吐露している。「アジアの東方における平和は、全世界の平和の基礎であります。それに向けて、私どもは、全力を注がねばなりません。日本とロシアの国民が力を合わせて、アジアの東方の平和の礎石を置くことをせず他の道を探すなどということはあってはならないことであります」
 後藤の目は、実はロシアよりも中国に向けられていたとも思われる。革命後のモスクワを訪問した際に渡したメモがロシア公文書館に残されていて、その内容が詳しく紹介されている。“中国の政情不安定と混乱が全世界の悪と危険の坩堝になっている。それは世界情勢の新たなバルカンになる恐れがある。中国自身の力で解決するのが理想であるが、早急に安定と秩序回復の方策を見いださねばならず、それが日ソの緊急課題である。”
 だが後藤は、中国の「ソヴィエト化」には断固として反対だった。日本の三かがなくソヴィエトと中国が緊密化することを非常に恐れていた。
 モスクワで後藤はスターリンに言った。「日本の外交は今まで著しく米英におもねる姿勢をとってきたが、独立した外交政策をもつ必要に迫られている。ロシアと中国と握手することが、そのような独立外交の端緒となると思われる」
 さて、米国と中国。私は、モノつくりの劣化した米国の凋落は止めようがなく、中国はさまざまな問題を抱えながらも興隆していくと予想している。これからの国際関係でG2のどちらに重心を置くのか、真剣に考えるときである。(木村汎訳)
    --「【今週の本棚】 森谷正規 評 後藤新平と日露関係史 ワシーリー・モロジャコフ(藤原書店・3990円)」、『毎日新聞』2009年10月4日付。

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而して小児のように建てる時にも崩す時にも同じ興味の中にありたいと願う

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 価値固定論の考える所に従えば、価値標準は凡ての自己の背後に厳存しているのだ。縦令自己と所縁とがいかに交渉しようとも、その価値を評定する者はこの既存の標準に依るのだ。即ち引いて自己の固定制と所縁の固定性とを肯定することによってのみ成り立つ所信である。然し私達は自己及び所縁の固定性を全く信ずる事が出来ないものである。ベルグソンがいったように自己も所縁も不休の変化と拡大とを経験しているものである。従って自己の背後に実在的価値標準が厳存するとしても自己がその価値標準に対する関係は瞬時も同一ではあり得ないのだ。その関係が同一であり得ない以上、どうしてその価値標準と自己との間の価値標準が恒久不変であり得ようぞ。かくの如くして価値標準の主体は自己に還って来ねばならない。
    --有島武郎「価値の否定と個体の移動」、『有島武郎評論集 惜みなく愛は奪う』新潮文庫、平成十二年。

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ものごとと向かいあう中で、ものごとはこういうものだろうと考え、ないしはこうあるべきだろうと思ったりすることが日常生活の中では多々存在しますが、そうした通念と事態が一致する瞬間もあれば、そうした通念が打破される局面も存在します。そしてどちらかといえば、後者の方が多いのでは……そう思うある日の宇治家参去です。

ちょい昨日は、息子殿の運動会で、「こどもとはこうだろう」という憶測を肯定する瞬間と、その逆に、それを打破してくれる局面に遭遇するなかで、たしかに価値が固定的に見えなくもはないものの、どちらかといえば、「自己及び所縁の固定性を全く信ずる事が出来ない」ほうが現実の生活世界のなかではどちらかとえいば、多いのでは……つくづくとそう感じた次第です。

もちろん、価値が固定的なものではないにしても、その対極にある、極限まで故知的なものを主体の問題に完全に還元してしまうのにも気が引けるのは事実ですが、「こうだろう」というドクサを破壊しつつも、「オレが掟だ」式に、個々の主体が万物の尺度へと転化してしまう部分もさけつつ、確認しながら、歩いていくしかないのか……そう思われて他なりません。

昨日は、幼稚園最後の運動会でしたので、義母(息子殿からすると祖母)もいらしており、済んでからちょいと一息入れて、べーカリーレストラン「サンマルク」にて、ディナーのコースを頂いてきました。

通常ですと、ビール2杯、ワイン1本ぐらいいっちゃうわけですが、どうしたわけでしょうか……。

ビール2杯、ワイン1本というのがまちがいもなく「そうだろう」「こうだろう」という所与の想定なのですが、昨日は不思議なモノで、エーデルピルス1本で済んでしまいました。

もちろんかえってから、その分程度は飲みましたが、疲れていたのかも知れません。

ということで前掲書からつづきの一節。

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 約言すれば私達はレヤリストの立場にあろうとするものだ。私達は自己以外には固定的な殿堂を子孫に遺そうとはしない。生命以外のものを仮象若くは徴象と見る。だから私達は建てては崩し、建てては崩しする小児のようだ。而して小児のように建てる時にも崩す時にも同じ興味の中にありたいと願う。
    --有島、前掲書。

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人間とは不思議なモノで、「こうだろう」と思って物事にむきあったときで、「こうだろう」と違った場合、否定的な感情に包み込まれる瞬間のほうが現実には多いわけですが、あまりにもそれに引きずられてしまいますと、身動きというものが取れなくなってしまうのがその実情です。

であるならば、「小児のように建てる時にも崩す時にも同じ興味の中にありたいと願う」方が、「価値」的かもしれぬと思うある日の宇治家参去でした。

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「普通」という、これも思いのほかなりがたい道に精進したらいい

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 「うちの子の書くものがすごくいいんだ。親に似ず、才能があるみたいなんだ」
 どこでどう探したものか、旧知の男が十何年ぶりに電話をしてきた。いまは長野県の山の村で古い農家を借りて、彼は木工を、奥さんは染めものをしているそうだ。
 「うちの子」の書く詩や文章が「すごく個性的」だから発表したい、編集者に紹介してくれないか、というのが要件である。
 彼はわたしと同じ年頃、いわゆる「団塊の世代」で、知り合ったのは二十年も前だ。ライブハウスだったか、それとも小劇場だったか。「反権力」と「支援」と「生きざま」を連発するのが悪いクセだが、気はよかった。「個性」と「自主性」も当時から彼が好んだ言葉だ。私は聞かないふりをしていた。
 八〇年代前半に離婚して旅に出た。その旅先、メキシコかどこかで会った日本の若い娘さんと再婚した。彼女も旅行中だった。そこまでは風の便りに聞いていた。その子がいま十一歳だそうだ。
 「日本の管理教育はひどいもんだからね」と彼はいった。「できれば中学くらいからは外国にやりたいと思っている」
 六〇年代末に二十歳前後だった人のなかには、ときどき妙に教育熱心な人がいる。蛇が蛙をのみこむ一部終始をわざわざコドモに見せて、自然の掟の勉強だ、なんて理屈をつけたりするたぐいである。
 ところでわたしは、編集者を紹介してくれという彼の頼みを婉曲にことわった。
 コドモはある時期、オトナがてともおもしろがるものを書くことがある。それは文章に限らない。音楽でも絵でもだからといって親が子を「芸術家」にしたてあげようとするのはどうか。ほとんどの場合、長じれば「並みの人」に落ち着くことになっている。
 まずアタリマエとはなにかを教える。それが親のつとめではないかとわたしは思う。
 「芸」や「表現」に生きたいとコドモがいったら、一応反対するのも義務だろう。とてめとまるならそこまでの子だ。「普通」という、これも思いのほかなりがたい道に精進したらいい。一方、親にそそのかされて芸術を志す子は、たいてい大成しない。
 なにかを表現していなければ生きている気がしない、という子もたしかにいる。そういう宿命、または一種の病気があることは認める。
 しかしそんな子は大丈夫、親に反対されても禁じられても、ちゃんと隠れてやる。「人生の三災」という孔子の言葉がある。老年に至って子を失うこと、中年で連れあいをなくすこと、少年のうちに志を得てしまうこと、それが三つの災いだという。わたしはここに、幼年に親にいじくられすぎること、という一項をつけ加えて「人生の四災」としてみたい。
 などとは、実は他人事だからいえる。自分が当人になったらとても自信がないからわたしはいまだにシングルなのである。
    --関川夏央「『団塊』の親」、『中年シングル生活』講談社文庫、2001年。

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休みでしたが、ちょい課題があり、一日中……でもないですが……、文献とPCと向かいあっておりますと、まあ、煮詰まってきますので、もうこれでいいやってところを踏ん切りをつけ、一息つく宇治家参去です。

……これからちょいと飲んで寝ますが、本日は息子殿の幼稚園の運動会。

7時までには登園して「場所取り」なる労作業をしないといけませんが、

「なんで、そんなことをしないといけないのか」

……と細君に誰何したところ、

「それがフツーでアタリマエのことだから」

たしかに“フツー”は茨の道であるよな、と噛みしめつつ、大好きな文筆家・関川夏央(1949-)のいうとおり、「「普通」という、これも思いのほかなりがたい道に精進」することが肝要であるとひとりうなづきつつ、フツーのアタリマエの「オヤジ」としてこれから数時間後、頑張って参ります。

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中年シングル生活
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モンテーニュは、いつ読んでも、男らしくていいねえ。

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財産の貧乏を治すことはやさしいが、精神の貧乏を治すことはできない。
    --モンテーニュ(原二郎訳)『エセー (六)』岩波文庫、1991年。

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やっぱり、「モンテーニュは、いつ読んでも、男らしくていいねえ」。

池波先生(池波正太郎、1923-1990)曰く……

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 夜半、書庫から〔モンテーニュ随想録〕を二冊ほど出してきて、久しぶりに読む。その中の〔鍛錬について〕の章で、モンテーニュは、こういっている。

……睡眠は死に似ているから、自分の睡眠をよく観察せよと教えるのも、決して道理のないことではない。(中略)ひょっとすると、我々から、あらゆる行動とあらゆる感覚をうばう睡眠という働きは、いかにも無用な、また自然に反したことのように思われるかも知れないが、実はこれによって、始めて自然が我々を生と死の両方のために作ったことを教えられるのである。(関根秀雄訳)

モンテーニュは、いつ読んでも、男らしくていいねえ。
    --池波正太郎『池波正太郎の銀座日記〔全〕』新潮文庫、平成三年。

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じつに、「男らしくていいねえ」です。

時間がないにも拘わらず、16世紀フランスを代表するモラリスト・モンテーニュ(Michel Eyquem de Montaigne,1533-1592)の『エセー Essais(随想録)』を繙く宇治家参去です。

先月は、月末締めの原稿に締め切り直前まであたふたしましたが、実は、土曜日が締め切りの別の報告書がありまして……また、おなじようにあたふたしております。

なんとかはなりそうなのですが、その性癖が治りません。

まさにモンテーニュが語る通り、「財産の貧乏を治すことはやさしいが、精神の貧乏を治すことはできない」のかもしれませんが、財産の貧乏を治すことも、「やさしい」わけではなく、至極難しいのでは……と思うのですが……。

とりあえず、本日は、「赤い彗星」ならぬ「赤い憎い奴」で沈没です。

ヱビス(SAPPORO)の秋期限定プレミアムビールの「琥珀ヱビス」ですが、何気にこれがヱビスシリーズでは一番好きかもしれません。

この「赤い憎い奴」を飲みますと、まさにほかのモビルスーツよりも3倍速く動きますので、原稿も3倍速く執筆することができますので、いつもより3倍多く飲んで寝ます。

さて……。
昨日は台風一過、例の如く市井の仕事でしたが、台風のおかげで空が澄み渡り、夕刻、職場の屋上へ上がると、遠く富士が遠望できました。

なんだか、心が洗われます。

帰り際には、遅い夏休みでアメリカへ行っていた同僚から煙草のプレゼント!
ただ、メンソールではないのが玉に瑕ですが、ぼちぼちいただいてみましょう。

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著者:ミシェル・エイクム・ド モンテーニュ
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池波正太郎の銀座日記(全) (新潮文庫) Book 池波正太郎の銀座日記(全) (新潮文庫)

著者:池波 正太郎
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『エントツ』と称して、湯気のたったあったかい牛鍋をつつき合いながら、論壇風発、意気盛んに議論を交わし合うことが度々あった

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私(片山哲--引用者注)が学生時代を過ごした大学青年会には、仙台の二高出身者が多く、博士(吉野作造--引用者注)の後輩や同郷者もたくさんいたので、寄宿舎にもよく見えられ、上杉慎吉、鳩山秀夫の両氏などを連れて来られることも多かった。(中略)吉野博士は、非常に幅広く物事を理解する寛大な人であった。『エントツ』と称して、湯気のたったあったかい牛鍋をつつき合いながら、論壇風発、意気盛んに議論を交わし合うことが度々あった。博士は常に話題が豊富であり、新しい話が尽きないので、われわれは周囲をとり囲んで、いろいろ面白い話を聴いたものだ。
    --片山哲『回想と展望』、福村出版、1967年。

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戦後、第46代内閣総理大臣を務めた片山哲(1887-1978)は、キリスト教社会主義にもとづく民権論者なのですが、彼が若き日、東大YMCA(東京大学キリスト教青年会)での思い出をつづったのが上の一節です。

この文章のなかで出てくる「博士」とは、“引用者注”で指摘した通り、吉野作造(1878-1933)なのですが、当時の吉野は、中国・天津での満三年にわたる滞在を終え、帰朝したばかりの頃かと推察されます。

帰朝後、東京帝国大学法科大学の若き助教授として就任したころでしょうか……、わかき教員と学生の交流の消息を物語る一文ではないかと思います。

片山は吉野の人格を「非常に幅広く物事を理解する寛大な人」であったと紹介しております。
そうした証言は片山に限らず、数多く存在しますので、それをそのひとつに数えることができましょうが、注目したいのは、その具体的な交流に関する記述です。

若い後輩や同輩たちと和気藹々しつつ論壇風発したその状況は、「『エントツ』と称して、湯気のたったあったかい牛鍋をつつき合いながら」行われたというのが、なんとも人間味があっていいものだよなア~などと思うの宇治家参去ひとりではあるまいかと思います。

‥‥ということで?

先週になりますが、「あったかい牛鍋をつつき合いながら」というわけではありませんが、「『エントツ』と称して」、宇治家参去一家ご用達の「旬彩ダイニング ささ花」へ行ってまいりましたので、そのフォトグラフでもひとつ。

自宅から一番ちかいところで、本格的なものを用意してくれるのはここぐらいしかありませんので、よく利用させて頂いております。
九月は訪問できず、一〇月になってから、締め切りの原稿も提出したことだし、……という「理由」にて訪れた次第です。

ここはまずもって箸付けのお通しで驚くことが多い逸店です。
今回もじっくりと選ばれたおひたしに舌鼓となりました。
下鼓とは即ち、舌が太鼓を叩くというわけですが、日本語の語彙の豊かさにも驚くばかりです。

ほうれん草と山菜のおひたしです。

素材もよいうえに、出汁が丁寧につくられているのでしょうか。
青菜の瑞々しさと山菜の深い味わいが出汁のうえでひきたっておりました。
おかげで最初に頼んだエビスの(生)を一気のあおった次第です。

さて‥‥
細君と息子殿と一緒に行ったのですが、春先に息子殿が鮭の骨をのどに引っ掛けた椿事があり、それ以来、魚を遠慮するようになってしまい、我が家でなかなか魚を食べる事出来ません。

そうなってくるとかえって魚を所望するというやつで、刺身の三点盛をひとつお願いしましたが‥‥

生サーモン、かんぱち、まぐろ!のご入場!

久しぶりに「いいもの」を頂きました。

魚に唸りながら、旬のものを!と注文していたのが季節のメニュー「焼き茄子と生ハムのサラダ」です。
控えめにご臨席あそばされましたが、茄子はどのように食べてもこの時節、旨い一品なのです。

控え目なドレッシングに彩られた茄子と生ハムに「食欲の秋」を堪能した次第です。

串モノをちょいちょいビールでやっていると、次にお出まししましたのが、これも同じく季節のメニュー「エビの牛蒡揚げ」であります。

要は、ほそく削った牛蒡を衣にして素揚げした一品です。牛蒡を纏った海老さんということです。
素朴といえば素朴であり、かつユニークな逸品ですが、味付けは塩だけにもかかわらず、ベストマッチにて、牛蒡の衣だけを食べてもよし、海老と一緒にやってもよし、海老だけ食べてもよしというわけで、一点にて三度おいしいとはこのことだろうと思った次第です。
※ちなみに宇治家参去は海老がNGですので、牛蒡だけでやったのは言うを待たない。

で‥‥、
ちょゐ腹にたまるものをということで、季節のピザ「今月のピザ B・B・Qハンバーグピザ」を頼んだ次第です。

ハンバーグ、チーズ、ハム、etc‥‥をのっけ盛りにして焼いた一品ですが、なかなか味わい深く、ピザに対する印象を改めた次第です。

ピザとは単純化すれば、生地に、まあ好きなものをのせて焼くだけというシンプルなメニューですが、その好きなものを考えるとバリーションは無限大であり、これはひょとすると西洋の「お好み焼」ではなかろうか‥‥などと思われて他なりません。

「お好み焼」ならば決め手のソースはどうなるのか‥‥と当然問いが立つわけですが、早計すること勿れです。ピザにおいては「お好み焼」のソースにあたるのは、実はまぶされた「チーズ」であり、その味わいと焼き具合が、「お好み焼」の万に数えられるバリエーション、味わいと同じ機能を果たしているのではないだろうか‥‥一口一口ほおばるたびにその想像はたくましくなるものです。

さて‥‥

定番メニューをその合間合間にいれつつ、酒も日本酒へと切り替え、今回も「黒龍 大吟醸」を二合ほど頂戴しながら、そろそろ締めますか‥‥

‥‥ということで、おにいさんに、

「メニューにのってない酒ってありますかねぇ」

‥‥と聞いたところ、

‥‥宇治家参去の滑舌が悪かったのかも知れません。

「今日は、かんぱちのカマ焼きがありますよ、いいところがはいったんです」

……とのことだそうな。

「『十四代』の吟選がはいっていますよ」

……というのを期待したのでが、「かんぱちのかま焼き」も珍しいということで、そして、やはり魚を食べたいということで頼み、締めにビールをもうひとつお願いしました。

待つことしばし。

出てきました!
本日の真打ちの登場です。

ひさしく食べておりませんが、ぶりかまなんぞはたまにやりますが、同じ系列でも「かんぱち」というのは、はじめてで、まずはざっくりと脂ののったところからご挨拶です。

口に入れると、たしかに身は引き締まっているのですが、とけていく!
味付けは塩だけなのですが、臭みもなく豊かな味わいに、海の幸に自然と合掌してしまう宇治家参去です。

日本の秋の味わいはなんともいえぬ乙なものでございます。

一緒に頼んだ、「アスパラとエリンギのパルメザンチーズ揚げ」もチーズによってアスパラとエリンギの旨みがいっそう引き出される逸品ですが、まったく諄くなく、サクッとした歯ごたえと同時にチーズのとろけだし、アスパラとエリンギが口蓋にて顔を出し始めますと、もうそれはパラダイスというやつで……。

そうしたひとときを堪能したひとときでした。

さて……帰りぎわ、馴染みになりつつあります店長さんと日本酒の話しをしておりますと、

「来週ぐらいに「十四代」が入ってくるんですよ」

……とのお知らせを頂戴しました。

さて、どうしましょうか?

吉野博士は「『エントツ』と称して、湯気のたったあったかい牛鍋をつつき合いながら、論壇風発、意気盛んに議論を交わし合うこと」が「度々あった」そうなので、また「度々」行かざるを得ませんですねえ。

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やはり秋=茄子ですなあ。

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人間の想像力のたくましさこそ創造力なのかもしれません。

海老は頂けませんでしたが、衣だけでも十分美味しい逸品です。

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ピザを侮るとたいへんなことになってしまいます。

しかし、Piza=大阪文化とすれば、大阪人とイタリー人には陽気が共通している点では、不可避的に生まれだされた食文化かもしれません。

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子供の時分、魚が苦手でした。

ですけど、体験にうらづく最近の実感としては、魚を食べることが出来ないことほど、人生における“損”はないと思うのは宇治家参去一人ではあるいまい。

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チーズ揚げと耳にすると、そのくどさが先立ちそうですが、早計することなかれ。

揚げることによって、かえって旨みが凝縮され、くどさが落とされます。

細君は締めに、カボチャのブリュレを頂いておりましたようです。

息子殿は、食後の運動?にと、縁石であそんでおりやした。

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3 煙草を出したら、必ずまず周りの人に勧めます。自分の分をとるのはそのあとです。

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1 煙草を吸うのは、チーズ(チーズを食べない時はデザート)以後にします。それ以前に数のは、行儀が悪いばかりでなく、せっかくの料理の味もかえてしまいます。

2 煙草を吸う場合は、必ず一緒に食事をしている人に許可を求めなければいけません。普通、よほど煙草が嫌いな人でないかぎり、断れることはありません。

3 煙草を出したら、必ずまず周りの人に勧めます。自分の分をとるのはそのあとです。

4 女性が煙草を吸う時、男性は火を貸してあげるのを忘れてはいけません。もっとも男性が煙草を吸う時には、女性は火を貸したりしません。

5 西洋にある迷信の一つでしかありませんが、一本のマッチで火をつけるのは煙草二本までとされています。

6 煙草をくわえたままで話をするのは、誰にたいしても失礼です。

7 料理の皿や受け皿、カップなどを灰皿代わりにしてはいけません。灰皿が近くにない時は、サーヴィスマンに頼んで持ってきてもらいます。

8 煙草を吸い終えたら、煙が残らないように完全に揉み消しまう。

9 葉巻は火をつける前にラベルをとり、葉巻切りで先端を切っておきます。火をつける時に、葉巻全体を火にかざさないようにしてください。葉巻を吸っている途中で火が消えたら、火をつけないで、新しいものにとりかえます。もっとも質のよい葉巻は途中で消えたりしません。

10 葉巻を残すのはよいマナーではありません。一度火をつけた葉巻は最後まで吸ってください。

11 女性が葉巻を吸うのはよい印象を与えません。
    --辻ホテルスクール編『テーブルマナー・ブック』新潮文庫、平成元年。

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大学から案内がきていたのですが、どうやら将来的にキャンパスでの全面禁煙化を検討していくようです。

自分で言うのも何ですが、愛煙家をもって自認する宇治家参去ですので、きちんと灰皿のある分煙された喫煙所にて紫煙を味わっておりますが、肩身の狭い思いは払拭できません。

たしかに受動喫煙の問題とか、禁煙への潮流を招来してしまった日本の煙草文化のマナーの低さにも由来することは否めませんが、愛煙家としてはなかなか寂しいものです。

こんど、公聴会が行われるようですので、いっぺん行ってみようかなどと思います。

さて……
手元にあるテーブルマナーブック、発行より20年が経過しておりますが、ある意味ではこの時代、おおらかだったのかもしれません。

……ということで、一服してから仕事へ行ってきます。

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「文字による学問」に取り組みながら、「わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物」に取り組む

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 哲学については、次のこと以外は何も言うまい。哲学は幾世紀もむかしから、生を享けたうちで最もすぐれた精神の持ち主たちが培ってきたのだが、それでもなお哲学には論争の的にならないものはなく、したがって疑わしくないものは一つもない。これを見て、私は哲学において他の人よりも成功を収めるだけの自負心は持てなかった。それに、同一のことがらについて真理はひとつしかありえないのに、学者たちによって主張される違った意見がいくらでもあるのを考えあわせて、わたしは、真らしく見えるにすぎないものはいちおう虚偽と見なした。
 次に、ほかの諸学問については、その原理を哲学から借りているかぎり、これほど脆弱な基礎の上には何も堅固なものが建てられなかったはずだ、と判断した。それらの学問が名誉や利益を約束してくれても、それだけでは学ぶ気は起きなかった。なぜなら、幸いにしてわたしは、暮らしのために学問を職業とせざるをえない境遇にあるとは感じなかったし、キニク派気取りで栄誉をさげすむことを標榜するのではないが、名目の肩書によってしか得られそうもない栄誉など重んじなかったからだ。そして最後に、悪しき諸学説にいたっては、わたしはすでに十分にその値打ちを見定め、錬金術師の約束にも、占星術師の予言にも、魔術師のまやかしにも、知らないことまで知っていると言いふらす人間どもの手管や広言にも、もうだまされまい、と思っていた。
 以上の理由で、わたしは教師たちへの従属から解放されるとすぐに、文字による学問〔人文学〕をまったく放棄してしまった。そしてこれからは、わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに見つかるかもしれない学問だけを探求しようと決心し、青春の残りをつかって次のことをした。旅をし、あちこちの宮廷や軍隊を見、気質や身分の異なるさまざまな人たちと交わり、さまざまの経験を積み、運命の巡り合わせる機会をとらえて自分に試煉を課し、いたるところで目の前に現れる事柄について反省を加え、そこから何らかの利点をひきだすことだ。というのは、各人が自分に重大な関わりのあることについてなす推論では、判断を誤ればたちまちその結果によって罰を受けるはずなので、文字の学問をする学者が書斎でめぐらす空疎な思弁についての推論よりも、はるかに多くの真理を見つけ出せると負われるからだ。学者の思弁は、それを真らしく見せようとすればするほど、多くの才知と技巧をこらさねばならなかったはずだから、それが常識から離れれば離れるほど、学者が手にする虚栄心の満足もそれだけ大きい。そこ以外には何の益ももたらさない。だがわたしは、自分の行為をはっきりと見、確信をもってこの人生を歩むために、真と偽を区別することを学びたい、という何よりも強い願望をたえず抱いていた。
    --デカルト(谷川多佳子訳)『方法序説』岩波文庫、1997年。

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昨日はちょうど短大での哲学の講義のでした。
授業回数の都合上とはいえ1ヶ月にも満たない間に4回目が終了しましたので、ある意味では学生、教師ともに「強行軍」であったなあ……などとしみじみ実感する宇治家参去です。

ちょうど概論としての思想史、方法論、存在意義が終了したところですが、この21世紀という時代において「古臭い」と思われがちな古典的な学問としての「哲学」という科目を沢山の学生さんたちが履修してくれたことはありがたく、それと同時に皆さん熱心に聞いてくださり、ありがたいという以上に、こちらも気が引けぬ……と鉢巻きを締め直す毎日です。

授業では、パワーポイントを使います。
ファイルが大きい所為でしょうか、備え付けのパソコンがエンストといいますか、一瞬固まることが稀にあり、そうすると、復帰までちょい時間がかかりますので、「小咄」もしますが、噺家ではありませんので、宇治家参去に関する?ちとナイーヴで愉快な?小咄でお茶を濁させて頂きますが、授業の噺……もとい話だけでなく、そうした小咄も学生さんたちからすると一種の潤いというのでしょうか、息抜きとして必要なのかなとも思ったりもします。

いずれにせよ、学生時代から現在に至るまでの失敗談などなどですけれども、そのストロングな勉学以外の横溢する部分など、勉学とか研鑽には不要かなと思うこともなきにしもあらずでしたが、今振り返ってみると、そうした失敗談、遊び、横溢する部分というのは、学問においても必要なのだなあ……とは思われて他なりません。

小咄のネタにもなりますし……ねえ。

ただ、いずれにしましても、教室とか図書館とか自室での取り組みだけがすべてでもありませんし、それ以外の部分だけで総てというわけでもないのでしょう。その両者があってこそ学問は深まっていくのだろうとは、体感的に思われます。

実は極端なあり方こそ……教室とか図書館とか自室での取り組み至上主義、乃至はその逆としての大学教育なんか何の訳にも立たないからモラトリアムを楽しんで遊んでしまえ至上主義……悪しきデカルト主義であり、デカルト(René Descartes, 1596-1650)そのものが目指していた探求とはほど遠いのが実情かも知れません。

ちょうど大学へ向かう間、何度読んだか分かりませんが、デカルトの『方法序説』(Discours de la méthode pour bien conduire sa raison, et chercher la vérité dans les sciences)を再読しておりました。

フランス語で一度読んだことがありますが、日本語では何度も読んでおります。最初は岩波の新訳に戸惑ったこともありますが、読み慣れてくるうちに、原典に忠実かつ日本語としてもこなれているのでは……などと思うようになりましたが……って話しがずれましたのでもどりましょう。

「我思う、ゆえに我あり」(羅:Cogito ergo sum,仏:Je pense, donc je suis)で有名な『方法序説』は、垂直的な権威の一切を否定してデカルトが到達した、思想の独立宣言として名高い著作で、近代の到来を予想させた重大な一冊です。

デカルトは個人の<考える>能力にすべての基礎を置き、そのことによって、近代の自我が基礎づけられたと言ってよいでしょうが、これが後代に悪しきデカルト主義へと転化してしまい、人間中心主義など、さまざまな問題を引き起こしたことでも有名です。

さて……
その問題が本論ではありませんので、ひとまず置きます。

『方法序説』を読んでいて面白いのはその第一部です。つまり、「Je pense, donc je suis」に至るデカルトの精神の軌跡が手短にまとめられている部分ですが、それが上の一節です。

デカルトは、学生時代極めて優秀な「学生」であったようです。しかし徹底的に学院での学問に取り組めば取り組むほど、謎や懐疑がふつふつとうまれてき、蓋然的なるものへの懐疑がおさえがたくなってしまいます。それが形而上学批判へとなるわけですが、マア、徹底的に学問研鑽に取り組み、その学恩を終生わすれなかったそうです。ですけどそのまんま、学院で学問をつづけたわけでもありません。

デカルトは、学院を離れると同時に、一旦、書斎で読まれるような「書物」(=文字による学問)を捨ててしまいます。そして、新たな「書物」へとチャンレンジしていくなかで、最終的に「Je pense, donc je suis」へと至るというわけです。

ではデカルトが挑戦した新しい書物とは何でしょうか。

それは「わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物」です。

旅をし、あちこち見聞し、様々なひとびとと出会い、経験をつみ、試練をこえるなかで、デカルトは学問を積み上げていき、そして「Je pense……」へと至ったということでしょう。

「文字による学問」も勿論大切なのですが、それだけでもありません。
そして「わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物」も勿論大切なのですが、それだけでもありません。

現実にはどちらか一方に与して、他方を原理的に批判して終わりというパターンが顕著ですが、それだけではないよ、とデカルトはその歩みをもって示しているのかもしれません。

「文字による学問」に取り組みながら、「わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物」に取り組み、そして「わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物」と格闘するなかで、同時に「文字による学問」と格闘する……というのも素敵で生産的な営みかも知れません。

その意味では、哲学なんかを学ぼうとする学生さんたちには、是非徹底的に研鑽しつつ、そのことを世界のなかで試練に曝し、そして世界のなかで喜怒哀楽すると同時に、文字と向かいあっていくことを「楽しんで」もらいたいとつい思ってしまいます。

まあ、そのバランスが現実には難しいわけでして、宇治家参去などのその舵取りに失敗し、1年留年したという苦い思い出がありますが、今となってみれば、それもひとつの財産だったのではないだろうか……とは思います。

……ということで、毎週の恒例行事と課しつつありますが、昨日は、「ぶっかけうどん」に挑戦です。小雨がぱらつく空模様でしたが、テラスですずしく頂戴した次第です。

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【覚え書】「【今週の本棚】山内昌之 評 倒壊する巨塔 上・下」、『毎日新聞』2009年10月4日(日)付。

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すんません、連日の【覚え書】関係で……。

ちょうど、今、ローレンス・ライト(Lawrence Wright,1947-)の9・11事件に関するルポルータジュ(思想的考察)である『倒壊する巨塔』を読んでおり、その書評が出ておりましたので、ひとつ紹介しておきます。

山内氏の手による論考は、やや「思惑」の部分に重きをおいた描写……限られた字数ですからイタシカタナシ……になりますが、それでも、読んでおりますと正鵠を得ているところが多く【覚え書】とした次第です。

論点だけを整理すると、結局のところ、原理主義といえばイスラームに独占的に配置される問題ではないということ。

そして、現状の足跡は、宗教そのものに内在した悪性とはまったくかかわりがなく、なんらかの意図的なイデオロギーの作為によってなされているということ。

そして、結局のところ、その「実働部隊」の「隊員」たちの純粋さ(Purerism)が、なにか利益誘導され、「勝ってくるぞと勇ましく……」となっている問題そのものの陥穽……。

なんども書いておりますが、Pureなものは、ウンコ臭い現実の中でひとつひとつ、共同存在者と確認しながらすすんでいかないとまずいわけなのですが、どうも人間という生き物は、Pureなものを垂直から一挙に押しつけ、Purerism法案可決によって事態を展開しようとしてしまう嫌いが強く……そこに辟易とはするわけですが、そうした傾向が自分自身に内在することも承知しておりますので、自覚しつつ、ひとつそれを「自分自身の問題」として格闘戦していくしかないのかもしれません。

だからこそ……
そうした靄をかき分けて、利益誘導の張本人そのものと、そしてなんらかの利益誘導に導こうとする報道をかき分けながら、ひとつひとつの事態を確認するなかで、推移を誘導されずに、ひとりひとりの民衆である自分自身がその舵を切っていく必要と賢明さと勇気が必要なんだろう……と思われて他なりません。

……ということで、数時間後には授業なのでこの辺で沈没します。

今日は雨模様との予報ですが、この時間はまだ空が澄んでい、乙な月見酒としゃれこみます。

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「【今週の本棚】山内昌之 評 倒壊する巨塔 上・下」、『毎日新聞』2009年10月4日(日)付。

山内 昌之 評 倒壊する巨塔 上・下
        ローレンス・ライト著(白水社・各2550円)

9・11--渦巻いたそれぞれの思惑

 9・11同時多発テロは謎の多い事件であった。そのなかで、ウサマ・ビンラディンやザワヒリといったテロ犯罪者だけでなく、その好敵手たちの思惑や心理のひだまでくっきり描き出した本書は、歴史学とルポルタージュの長所を生かした力作である。『ニューヨーカー』誌のスタッフライターの著者は、事件の発端と因果関係に触れるだけではない。ビンラディンを育てたサウジアラビアの情報部長官トゥルキー王子や、ビンラディンらを追い詰める一歩手前までいった米連邦捜査局(FBI)の対テロ部長オニールは、その複雑な屈折感だけでなく、野心的で想像力に富み、情け容赦なく敵対者の一切合切をすべてだいなしにする点で犯人らとも性格的に共通する面が少なくない。
 第一夫人と離婚して十五歳の少女と結婚するビンラディンや多数の女性遍歴を重ねるオニールらの恐ろしく人間臭い生活ぶり、テロリストだけでなくFBIやサウジアラビア王室内部でも繰り広げられる嫉妬に満ちた権力闘争も興味をそそってやまない。ことにイスラム・テロの専門家オニールの警告を生かせずに引退に追い込み、そのうえ9・11に世界貿易センタービルで第二の人生を歩み始めたばかりの彼を死においやった責任はだれにあるのか。サウジアラビア王室の寵児で無口のビンラディンがその体制の腐敗ぶりや異教徒アメリカ軍の導入で王族と決別するあたりの人間模様も読みであるが。
 アフガニスタンの洞窟から超大国アメリカに挑戦したビンラディンの“清廉”な使命感や、「決断の集団化、実行の分権化」というアルカイダの組織運営の特質もよく描かれている。世俗的な科学技術を発達させた巨人ゴリアテのアメリカにも臆する様子のないビンラディンは、“自爆”という手法に少しもたじろがない。むしろ“自爆”戦術こそ多くの人間を殺すテロ作戦の意図に道徳的な逃げ口上を提供したと著者は語る。大量殺戮が目的のアルカイダにとって、“罪もない人たち”という概念自体がありうるはずもなく、人びとを無差別に巻き込むテロに忸怩たる感情もなかった。ザワヒリは生物・化学兵器にひどく執着したのに、ビンラディンはむしろ核兵器使用のほうがましだと考えたようだ。「アルカイダ内のハト派」という表現には不謹慎ながら苦笑を誘われるが、かれらはムスリムの土地で民間人を巻き込んで生物・化学兵器を使うのを逡巡したという。しかし「タカ派」は、アメリカが二度も日本に核兵器を実際に使用し、イラクでも劣化ウラン弾を使用している以上、ムスリムを守るのに何の遠慮もいらないのだというのだ。
 9・11の下手人たちは大半が上・中流の出身者で自然科学や工学への傾斜が強く、精神疾患の徴候もなかった。かれらは、欧米社会で本当の足場を築けなかった境界線上の人間であり、その「寄る辺なき思い」がかれらを自然にモスクへ通わせ、反ユダヤ主義にも感染させた。その一人モハメド・アタらの宗教的潔癖さと情勢への忌避感を発見した著者は、性的葛藤もアタをテロに走らせる“文明の衝突”並の大きな影響を及ぼしたと推測する。9・11の直前、トゥルキー王子は情報部長感を辞めオニールはFBIを退職する。そして、新生アフガニスタンの担い手になるべき北部同盟のマスードはビンラディンの密使によって場草津された。事実確認を積み重ねていく“水平的報道”と事の本質を深く理解していく“垂直的報道”が見事に融解したピュリッァー賞受賞作である。(平賀秀明訳)
    --「【今週の本棚】山内昌之 評 倒壊する巨塔 上・下」、『毎日新聞』2009年10月4日(日)付。

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【研究ノート】権力の断念 ティリッヒ「権力の問題」」、『ティリッヒ著作集』第一巻、白水社、1978年。

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時間がない、忙しいときの、考察不足を補う【覚え書】とか【研究ノート】で恐縮です。

ですが、実にちょいと忙しく、生活パターンも朝方へ切り替え途中のこともありご容赦のほどを……。

ということで、現代キリスト教神学者・ティリッヒ(Paul Johannes Tillich,1886-1965)の権力論からひとつ。

相関の神学、応答の神学ともよばれるティリッヒの発想は、この世のものがこの世のものにすぎない事態をつねにさらしつづけます。そのなかで、究極的なるものが顕わにされるわけですけれども、人間と切っても切り離すことの出来ない権力に関しても同じです。

革命家とか、メインラインに異議申し立てをなす政治屋に多い発言が「権力の廃棄」です。しかし「権力の廃棄」なんて不可能であり、革命家とか異議申し立てを為すもの自体が権力の走狗と化すのが実情です。

ですから、かかわりながら「断念」することが肝要なのかもしれません。

……ということで、細君の月に一度の日本酒配達便!ということで、今回は「手取川」((株)吉田酒造店・石川県)の『大吟醸 酒魂 吉田蔵』!!!

決して高い酒ではないのですが、「手取川」は決して価格に左右されない本物の味わいなんだよな……と思いつつ、肴がないので、北海道を代表する?スイーツ「よいとまけ」にて乾杯です。

なにげに、マッチングしております。

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 Ⅷ 権力の断念
 力とはそもそも「存在」であり権力とはそもそもが「社会的存在」であるならば、力の欠落は存在の解消、権力の欠落は社会的存在の解消ということになる。したがって力や権力を放棄することは、存在そのものの放棄になる。活発な精神の展開を、時間的にも空間的にも断念するような生とか、集団権力に参与することのない人間、また公然であれ非公然であれ、社会集団の緊張関係のなかで活動しようとしないような集団は、自らの存在を放棄しているのである。
 このような権力とか力の断念が可能なことも事実である。だがはたして、権力の断念が、いったい積極的な意味をもっているのか、それとも、強制によるのか断念によるのかわからないような、単なる投げやりな生的緊張の表現にすぎないのか、それが問題となってくる。積極的で第一義的な権力の断念とは、力に満ちたなかから生まれるのであって、困窮によるものではない。積極的な権力の断念は、無力のあらわれではなく、より高い力の表出なのである。何かそのような積極的可能性が存在するなら、それによって権力は新たな地平を獲得する。キリスト教や仏教のような宗教は、この種の地平、権力の断念の積極的意味を前提としてもっている。それらは原理の面で、権力とか力の領域を突き破るのである。つまりそこでは権力の断念は、力や権力の領域の超克であり、「超越すること」の性格を先取りにしている。ところが、それはひとたび権力の領域にふみいるや、再び生存のために自身を権力としなければならなくなる。こうして「権力を断念した権力」というパラドックスに満ちた、最高の現実構造がもたらされることになる。このパラドックスの可能性は、無言のうちに承認された権力が、同時に具体的、制約的内容をも超越するという点にかかるのである。
 あらゆる権力は、真実となるためにこの超越の契機を含んでいなければならないのである。つまりどんな権力も、権力を断念する契機をもたねばならないのであり、この契機によってこそ権力も活きるのである。存在とは自己超越のうえに築かれるからである。どんな権力にも含まれる権力の放棄ということは、いつの時代でも、権力の尊厳として表現されるが、むろん単なるイデオロギーとしてあるのではない。マルキシズムにおいては、プロレタリアートが、この経験をもち、未来の人間を完全に担うものとして、客観的な聖なる内容、すなわち「天職」をもっており、この力によって、彼らは権力闘争の勝利者になれるのである。しかし権力尊厳性は同時に批判的規範でもあり、いかなる時代でも、批判的規範であるからこそ尊厳的なのである。このような規範は、権力機構の地平を突破した存在を常に試行すると同一視できる。(法律的な意味ではなく預言者的な)正義、(キリスト教では、経験体概念というより、むしろ希望の概念である)愛、(抑圧体制の廃止がパトスとなる)階級なき社会、(インドの世界観のように権力秩序を超越した)一切の存在者との合一。これらの緒規範は機械的に操作されるものではなく、常に新しく権力との対峙のなかで告知されねばならないことは疑いない。それらの規範はただ権力との対峙によって具体化され、また時代時代の社会情勢の問題で満ちるとともに、越え出てもいるのである。
 権力を断念することは、人間にだけ許された事柄である。他の動物は、自分の生の発展過程に拘束されている。つまり、自己の置かれた環境内でしか、自分の力をふるうことができない。では人間集団が権力を断念することができるのだろうか。原理的にはこう答えることが可能である。権力の断念というパラドックスの形式によってのみ、集団は権力を握るということが自由な決断のもとで認識できれば、それは可能だと。この認識をもつ集団は、本質的な意味での「教会」、つまり権力の断念を表明する超越的規範で規定された集団なのである。教会とは、もし本質どおりであるなら、社会と存在一般の権力構造を根本的に克服する場のことである。教会は、権力の存在論を可視的にも突き破るものなのである。
   ティリッヒ(古屋安雄・栗林輝夫訳) 「権力の問題」、『ティリッヒ著作集』第一巻、白水社、1978年。

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地球があるんだ、それで充分!

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いろいろあるのですが、ちょいと、ウォルト・ホイットマンの「大道の歌」を捧げます。
魯迅は、希望に関して次のように述べました。

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希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
    --魯迅(竹内好編訳)「故郷」、『阿Q正伝・狂人日記 他十二篇』岩波文庫、1981年。

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かくありたいと思うものですが、なかなかひとりで歩ききることもできません。ですけど、人間とはもともと「人間の住む世界」を意味する言葉であったように、人は人と一緒に歩くこともできるのではないだろうかと思うのですが・・・。

……ということで、どうぞ。

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大道の歌
    --ウォルト・ホイットマン


心も軽く徒歩でぼくは大道に出る、
健康で、自由で、世界がぼくの前にあり、
望みのとろこへ連れ出してくれる長い褐色の道がぼくの前にあり。

今からのちはぼくはもう幸運なんか求めまい、このぼく自身が幸福そのもの、
今からのちはぼくはもう二度と泣きごとなんか言うまい、二度と延期はすまい、愚痴も言うまい、
壁のなかでの繰りごとや書物談義、口うるさい批評などにはおさらばして、
力強く、満ち足りて、ぼくは大道をゆく。

地球があるんだ、それで充分、
星座になんか今以上近づいてきてほしくはない、
むろん星座は今いるところいればよく、
むろん星座も星座の国の住人には充分であるにきまっている。

(いまだにぼくは昔ながらの甘美な荷物を携えている、
ぼくの荷物は男たち御亜たちだ、どこへ行くにもぼくは彼らを携えていく、
この荷物ぼくにはとうてい放り出せない、ぜったい無理だ、
ぼくのなかには彼らがいっぱい詰まっているし、ぼくもお返しに彼らにぼくを詰めこんでやる)


君、ぼくが足を踏みいれてしきりに見まわっている道よ、君だけが全部ではないはずだ、
見えないものもここにはどっさりあるはずだ。

ここにあるのは選りごのみでもなく拒絶でもない、受容という深遠な教訓だ、
羊毛もどきの髪の黒人、凶悪犯、病人、文盲、誰ひとり拒まれる者はいない、
出産、医者を呼びにいくための疾走、乞食の重い足どり、酔っぱらいの千鳥足、高笑いする職工たちの一団、
逃げ出してきた若者、金持の馬車、町に運び込まれる家具、町からもどる空車(からぐるま)、
こうしたものが通っていく、ぼくも通る、どんなものでも通る、通せんぼできるものなど一つもない、
受け入れられぬものは一つもなく、ぼくがいとしく思わぬものも一つもない。


君、語るための息をぼくに届けてくれる空気よ、
君、拡散しようとするぼくの意図を呼びもどして形を与えてくれる物象よ、
君、均等に降りそそぐ滝すだれにぼくと万物を包み込む柔和な光よ、
君、踏みへらされて不規則な凹(くぼ)みを作った路傍の小道よ、
君らの内部にはきっと目に見えぬ存在が潜んでいるに相違ない、君らがぼくにはいとしくてならぬ。

君、町々の敷石を並べた歩道よ、歩道をふちどるがっしりした縁石(ふちいし)よ、
君、渡船場よ、波止場の厚板と杭よ、板材で裏打ちされた側面よ、遠くを航行す船よ、
君、幾列もの家並みよ、窓のある正面よ、君ら屋根たちよ、
君ら、玄関と入口よ、笠木(かさぎ)と鉄柵よ、
君、透明な殻ゆえに何もかも人目にさらしかねぬ窓よ、
君ら、ドアと登り段よ、アーチ状のくぐり門よ、
君、とめどなくつづく舗道の灰色の敷石よ、踏み固められた町の辻よ、
君らに触れたすべてのものから、きっと君らは分け前をもらったはずだ、そして今それをぼくにこっそり分けてくれる、
生きている者と死んだ者とを君らは誰彼かまわず君らの表情に平然と住まわせてきたが、彼らの霊もやがて顕われぼくの親しい友となる。


右に左に大地は広がる、
風景は正気を帯び、あらゆる部分が精いっぱいに光り輝き、
楽音は待ち望まれている場所に降りそそぎ、望まれぬ場所では鳴りをひそめる、
万人の道の晴れやかな声、陽気でみずみずしいその情感。

おお、ぼくが旅ゆく公道よ、君はぼくに頼むか「わたしを見捨てないで」と、
君は頼むのか「危ないことはどうかやめて--もしもわたしを見捨てたらあなたはだめになってしまう」と、
君は頼むのか「わたしはすでにでき上がった道、充分に踏み固められ誰も拒んだりしない道、どうかわたしから離れないで」と。
おお、万人の道よ、ぼくは答えるぼくは君から離れることなどおそれはしないが、それでも君が大好きだ、
君はぼくよりもっと巧みにぼく自身を表現してくれる、
君はぼくにはぼくの詩よりもたいせつなものになるはずだ。

ぼくは思う英雄的な行為はすべて外気のなかで決意され、自由な詩もすべてそうだと、
ぼくは思うこのぼくだってここに立ちどまるなら奇跡を行なうことも夢ではないと、
ぼくは思うこの道の上で出会うものなら何であれぼくはきっと好きになり、ぼくに目をとめる者なら誰であれきっとぼくを好きになると、
ぼくは思うぼくと会う人は誰であれきっと幸福になるにちがいないと。


今このときからぼくはきっぱり宣言するぼくは空想上の境界線や限界からは自由になって、
行きたいところへ足を向け、ぼく自身をぼくの絶対無二の主人となし、
他人の言葉にも耳を傾け、彼らの言いぶんをじっくり考え、
立ちどまり、探しまわり、受けとり、考えこみ、
ぼくを縛ろうとする制約を、穏やかに、しかし断固たる意志の力で脱ぎ棄ててみせる。

ぼくは宇宙の広がりを胸いっぱいに何度も吸いこむ、
東と西はぼくのもの、北と南もぼくのものだ。

ぼくは思っていたよりも大きくて、優秀だ、
ぼくはこんなにどっさり長所があったとは知らなかった。
何もかもがぼくには美しく見える、
男たち女たちにぼくは何度だって言ってやれる、君らはぼくをこんなに幸福にしてくれた、ぼくも君らにに同じ幸福を返してあげる、
道すがらぼくはぼく自身と君らのために新しい仲間を加えていこう、
道すがら男たち女たちのあいだにぼく自身を撒きちらそう、
彼らのあいだに荒荒しい新たな喜びを投げこもう、
誰がぼくを拒んでもぼくが困ったりするものか、
ぼくを受けいれる者は、彼であれ彼女であれかならず祝福され、ぼくを祝福してくれる。


今たとい一千人の完璧な男たちが立ち現われてもぼくは驚かないだろう、
今たとい一千人の美しい姿の女たちが現れてもぼくはびっくりしないだろう。

最上等の人間を作る秘訣をようやくぼくは会得した、
つまり戸外で育ち大地とともに食べ眠ること。

ここにこそ個性に根ざした偉大な行為が実を結ぶ、
(つまり全人類のハートをぐいとつかむ行為だ、
それが力と意志を発揮すれば世間の法などひとたまりもなく、どんな権威や議論であれ逆らおうとしても役には立たぬ)

これこそ知恵の試金石、
知恵の真価は学校などでは試されず、
知恵は持てる人から持たぬ人へと手渡せるようなものではない、
何しろ知恵は魂に由来し、証明するなど無理な話で、知恵そのものが知恵の証(あかし)だ、
すべての段階、物象、特質に応じられるが、しかも充分満ち足りている、
つまりは物が実在し不滅であることの確証、物のみごとさの確証であり、
混沌の海に浮遊する物の姿は、魂のなかから知恵を呼び醒ます何らかの力を宿している。

こんどはぼくは哲学と宗教を吟味し直そう、
講義室でならうまく論証もできるだろうが、どっこいこんな広広とした雲の下、風景と流れる川のほとりでは論証なんてお門違(かどちが)いだ。

今ようやくにして会得される、
今ようやくにして人は合一を果たし--おのれのなかに宿るものを今こそ悟る、
過去、未来、威厳、愛--もしもこれらのものが君に欠けていれば、君がこれらのものに欠けているのだ。

糧となるのはあらゆる物象のただ核心ばかり、
君とぼくのために外皮を引きちぎってくれる者はどこだ、
君とぼくのために策謀を挫(くじ)き外壁を突き崩してくれる者はどこだ。

これは男同士の愛着、あらかじめでき上がっているものでなく、時機に応じて現われるもの、
通りすがりに見知らぬ人に愛されるのがどういうことか君は知っているか、
こちらを振り向くあの眼球の語る思いを君は知っているか。


これは魂の流露だ、
こんもりと緑葉(みどりば)におおわれた門をくぐって、魂は奥のほうから流れ出しつつ、ひっきりなしに疑問を呼び起こしていく、
わが胸のこの憧れ何ゆえにここに、闇に潜むこの思い何ゆえに今、
身近にあればぼくの血潮が陽光をうけてこんなにもたぎるとは、男たち女たちは何ゆえここに、
彼らがぼくから離れてゆけばぼくの歓喜の長旗は力なく垂れさがる、何ゆえにかくも、
葉陰を歩めば寛やかで調べ妙なる想念が必ずぼくに降りそそぐ、これらの木々は何ゆえここに、
(たぶんそれらの想念は冬でも枝に生(な)り、ぼくが通りかかるといつも実を落としてよこすのだ)、
ぼくがかくも思いがけなく見知らぬ人と取り交わすこの想いはいったい何、
御者の隣に席を占めても揺れられてゆきながら彼と取り交わすこれは何、
歩み寄って足をとめ浜辺で網引く漁師と取り交わすこれは何、
女や男の好意をこだわりなくぼくに受けいれされるもの、こだわりなくぼくの好意を彼らに受けいれさせるものはいったい何。


魂の流露がすなわち幸福、これぞまさに幸福というもの、
たぶん幸福は戸外の空気にくまなく漲(みなぎ)り、いつも機会を待っている、
今こそ時は熟して幸福はぼくらめざして流れ寄り、ぼくらはその流れにしっかりと満たされる。

今こそ愛着してやまぬ伸びやかな個性が育つ、
愛着する伸びやかな個性とは男や女の瑞瑞(みずみず)しくかぐわしい性(さが)、
(いくら朝の若葉がおのれ自身の根から日ごとに瑞瑞しくかぐわしく萌え出ても、よもやおのれ自身の内側からひっきりなしに萌え出るこの性(さが)の瑞瑞しさ、かぐわしさには及ぶまい)

愛着する伸びやかな個性めざして若者や老人の愛の汗がにじみ出ていく、
美も技能も色あせるほどの魅力がその個性から蒸留されて滴り落ちる、
その個性めざして接触を願う憧憬の痛みが身ぶるいしつつ高まっていく。


出かけよう、君、誰であれ、ぼくといっしょに旅に出よう、
ぼくといっしょに旅をすれば、いつまでも飽きのこぬものが見つかるはずだ。

大地はけっして飽きがこない、
大地は最初は粗野で、無口で、理解しがたく、「自然」も最初は粗野で理解しがたい、
挫けてはならぬ、怯んではならぬ、みごとなものが内側にしっかり包みこまれている、
誓ってもいい言葉では語れぬような美しくみごとなものがきっとある。

出かけよう、ぼくらはこんなところで立ちどまってはならぬ、
貯えられたこれらの品がたといどんなに快く、今の住居(すまい)がたといどんなに便利だろうと、ここにとどまってはいられない、
この港がどんなに安全で、このあたりの波がどんなに静かだろうと、ぼくらはここに錨(いかり)をおろしてはならぬ、
ぼくらのまわりの人の好意がどんなにありがたく身にしみても、ぼくらがそれを受けてもいいのはほんのわずかなあいだだけだ。

10
出かけよう、旅への誘いを強めねばならぬ、
ぼくらは航路も知らぬ荒海をゆくだろう、
風吹くところ、波散るところ、ヤンキーごのみの快速帆船(クリッパー)が帆いっぱいに風をはらんで走るあたりへ赴くだろう。

出かけよう、力づよく、伸びのびと、大地とともに、自然の活力とともに、
すこやかに、昂然と、快活に、誇り高く、好奇の心を忘れずに、
出かけよう、ありとあらゆる形式から、
君らが守る儀式から、おお、物の形にとらわれた明きめくらの聖職者よ。

腐燗(ふらん)死体が道をふさぐ--もう埋葬には猶予ならぬ。

出かけよう、だがあらかじめ言っておく、
ぼくの道づれになる者には最上等の血液と、筋肉と、耐える力が欠かせない、
彼であれ彼女であれ勇気と健康がそなわるまでは誰もこの試練には臨めない、
まんいち君が君の最上の部分をすでに使い果たしていたらここへはくるな、
くることが許されるは決意した瑞瑞しいからだでくる者だけだ、
病人、酒飲み、梅毒患者も、ここでは仲間はずれだ。

(ぼくとぼくの仲間は議論や比喩や押韻なんかでは説得しない、
ぼくらはぼくら自身の存在で説き伏せる)

11
いいか、ぼくは君には正直に言う、
ぼくが与える賞品は口当たりのいい昔ながらのやつではなくて、荒削りの新しいやつさ、
つまり君の未来とならねばならぬ日々のことさ、
君は世間が富と呼ぶものをただ徒(いたず)らに積み上げてはならぬ、
稼いだもの成しとげたものを気前よくすべてばらまいてやらねばならぬ、
めざす町に辿りついても心ゆくまでくつろぐ暇なく、逆らいがたい声に促されて旅立たねばならぬ、
あとにとどまる者たちの皮肉な微笑と嘲りの先例も受けねばならぬ、
どんな愛の手招きを受けてもただ熱烈な別離の接吻だけで答えねばならぬ、
君のほうへ手を差しのべ広げてみせる者たちにもゆめ抱擁を許してはならぬ。

12
出かけよう、偉大な「仲間」たちのあとを追い、彼らのひとりとなるために、
彼らもこの道を歩んでいる--足の早い堂堂たる男たち--選りすぐった偉大な女たちだ、
穏やかな海、嵐の海を楽しむ者たち、
あまたの船の船乗りたち、あまたの距離の踏破者たちだ、
遠いあまたの国ぐにを足繁く訪れた者、僻遠(へきえん)の住処(すみか)に離れがたい想いを寄せた者たち、
男や女を信じる者、都市の姿に目を凝らし、みずからは孤独な苦役に耐える者、
茂みを、花を、浜辺の貝を、立ちどまってつくずくと眺めやる者たちだ、
婚礼の舞踏会で踊りに加わり、花嫁に接吻し、子供らを優しく世話し、みずから子供を産む者たち、
反乱軍の兵士たち、人待ち顔の墓穴のそばにたたずみ、棺を穴におろす者たち、
めぐる季節、過ぎゆく歳月のあいだ、先行する年から一つ一つ立ち現れる不可思議な歳月のあいだも歩みをとめぬ旅人たちだ、
さながら仲間を伴うように、おのれ自身の多様な位相を伴いながら旅ゆく者たち、
現実とならずに潜んでいた幼い日々からようやく外へ踏み出す者たち、
おのれ自身の青春を友に晴れやかに旅ゆく者、髭を蓄え角もとれたおのれの壮年が道づれの旅人たち、
豊かで、満ち足りて、比類ない、おのれの女ざかりを友に旅ゆく女たち、
男であれ女であれおのれ自身の荘厳な老年が道づれの旅人たちだ、
宇宙の高貴な広がりかと見まがうほどに広やかで静まりかえった老年、
近づいてきた死の快い自在さかと見まがうほどに自在で闊達な老年が道づれの彼らだ。

13
出かけよう、かつて始まりがなかったように今は終わりのないそのものに向かって、
日々の放浪、夜ごとの休息をたっぷり味わうために、
彼らがめざす旅のなかに、彼らがめざす昼と夜のなかに、いっさいを溶かしこむために、
そればかりか彼ら自身をさらに高遠な旅立ちのなかに溶かしこむために、
どちらを向いても見えるのはすべて辿りつき離れていけるものだかりとなるために、
たといどんなにかなたでも心に浮かぶ時間はすべて辿りつき離れていけるものばかりとなるために、

前を眺めうしろを見ても君のために延び君を待っている道ばかり、どんなに長く延びていても君を待つ君のための道ばかりとなるために、
神であれ誰であれ、見えるかぎりの存在は君もそこまで行けるものばかりとなるために、
見えるかぎりの所有物が君も所有できるものばかりとなり、労働もせず購入もせずにすべてを享受し、一片たりともわが口には入れないで饗宴の粋(すい)を味わうために、
農民の農場、金持の優雅な別荘、幸福な結婚をした夫婦の清らかな至福、果樹園の果実や花園の花の精髄を味わうために、
通りすがりに万物ひしめく都会のなかから役立つものを取り出すために、
取り出したあとは建物であれ、街並みであれどこへ行くにも携えて行くために、
めぐり逢う人ごとに彼らの脳髄から理由を採取し、心臓からは愛の想いを収穫するために、
愛する者たちを背後に残していきながら、しかも彼らをこの道にいっしょに連れ出してやるために、
宇宙そのものが一つの道、多くの道、旅ゆく魂たちのための道だと知るために。

魂たちの行進に万物がさっと分かれて道をあける、
すべての宗教、堅固を誇るすべてのもの、芸術、政府--この地球の上に、あるいはどんな地球の上であろうと、かつて現れいま現れているすべてのものが、宇宙の大道をゆく魂たちの行進を前にして、隅(すみ)に隠れ窪地に潜む。

宇宙の大道をゆく男や女の魂の行進の、他の行進はすべて必要な象徴と養分。

永遠に生気漲り、永遠に前をめざして、
堂堂と、厳かに、悲しげに、ひそやかに、困惑し、狂おしく、荒れ狂い、力萎え、満ち足りず、
絶望し、誇り高く、愛に溺れ、思いわずらい、人びとに受けいれてもらい、人びとに拒まれ、

彼らは進む、彼らは進む、進んでいるのは分かっているが、行先がどこかはぼくも知らない、
だがともかく彼らが至上のものを--偉大な何かをめざしているのは分かっている。

君、誰であれ、さあ出ておいで、男も女もみんな出ておいで、
そんな屋内でいつまでも居眠りしたり、ぐずぐずしていちゃだめだ、たとい君の建てた家でも、君のために建てられた家でもだ。

暗いところに閉じこもっていちゃだめだ、衝立(ついたて)の陰から出ておいで、
逆らおうってむださ、ぼくは全部知っていて、そいつを晒し者にしてしまう。

見たまえ世間と変わらぬ悪人の君の奥に、
笑い、踊り、正餐(せいさん)を摂り、夕餉の席につく人びとの奥に、
衣服や装飾品の内側に、洗い上げ手入れされる顔の内側に、
見たまえ、もの言わぬひそやかな憎悪と絶望を。

夫にも、妻にも、友人にも、まさかこの告白だけは打ち明けられず、
もう一つの自分、あらゆる人のそれぞれの陰が、こそこそと人目を忍んで歩きまわる、
都会のちまたを行くときは形も構わず無言のまま、客間にあれば礼儀正しく柔和そのもの、
汽車に乗り、蒸気船に乗り、公けの集会にも顔を出し、
男や女の暮らす家に帰りついては、食卓につき、寝室にしりぞき、いたるところに居合わせて、
衣装は粋、顔には微笑、背筋を伸ばし、肋(あばら)の下には死を宿し、頭蓋の下には地獄を秘めつつ、
黒ラシャ服と手袋に隠れ、リボンと造花におおわれて、
世間の習慣にも背くことなく、しかしおのれ自身のことはひとことこ語らず、
ほかのことなら何でも語るが、おのれ自身のことは黙したまま。

14
出かけよう、さまざまな苦闘をくぐりぬけつつ、
いったん名ざした目的地だ、今さら取り消せるわけがない。
過去の苦闘は実を結んだか、
いったい何が実を結ぶんだ、君自身か、君の国民か、それとも「自然」か、
いいか、ぼくの言いぶんをよく分かってくれ--どんな成功の結実からもさらに大きな苦闘が必要になるような何かがきっと生じてくる、これが物事の本質にそなわる摂理だ。

ぼくの呼びかけは闘争への呼びかけだ、ぼくは活発な反乱を養い育てる、
ぼくといっしょに旅立つ者はゆめ武器を怠ってはならぬ、
ぼくといっしょに旅立つ者はしばしば乏しい食事と貧しさと、怒れる敵と裏切りが道づれだ。

15
出かけよう、道はぼくらの前にある、
安全な道だ--ぼくがもう試してみた--ぼくのこの足がたっぷりと試してみた--後ろ髪など引かれてはならぬ、
紙は白紙のままで机の上、本は開かず棚の上に、
道具は作業場に残しておけ、かねもいっさい稼がずにおけ、
学校には見向きもするな、教師がわめいても耳をかすな
牧師には説教壇で説教を、弁護士には法廷で弁護を、裁判官には法の解釈を、構わずさせておけばいい。

愛する友よ。さあ手をかそう、
ぼくは君にかねでは買えぬぼくの貴重な愛を与えよう、
説教や法律なんかよりまずぼく自身を与えよう、
君もぼくに君自身をくれるかい、ぼくといっしょに旅にでるかい、
いのちのあるかぎりぼくらはぴったり離れずにいよう。

    --ホイットマン(酒本雅之訳)「大道の歌」、『草の葉(上)』岩波文庫、1998年。

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【覚え書】宗教紛争とは何か  森安達也『近代国家とキリスト教』平凡社、2002年。

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読んでおりますと、ハアなるほど、とひとつの疑問が氷解しましたので、覚え書として残しておきます。
狭義ではなく広義における政治なるものが宗教を利用することほど恐いことはないと思います。その意味では宗教が政治を利用したことのケースの方が歴史的年代史に隠された奥底を見てみるならば、じつのところ希少なのかもしれません。

……つうことで、飲んで寝ます。
市井の職場のバイトくんが帰省していたのですが、

「(京都へ)帰るなら、帰りに何か酒を買ってきてよ~」
「オレ酒飲めないのでわからないんですが~」
「テキトーに駅のお土産コーナーにあるやつでいいよ」

……ということで千円を渡して返したのですが、そのお土産をサルベージです。

「純米大吟醸 而妙斎御銘 松の翠」

……はじめて聞いた日本酒です。
製造は酒どころ・伏見の(株)山本本家だそうな。

で……。

濃厚……すぎるっ!

四合瓶をと思い1000円渡したのですが(オーバーした分は後で払うということで)、買ってきたのは、1合瓶!(610円)。

高けええと思いつつ……も、

味わいがしっかりしており、くどくなく、マア、これなら、ありだわな……などと思う深夜です。

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 宗教紛争とはなにか
 ソ連の解体と東欧の再編は冷戦の終結をもたらしたが、同時に多数の地域紛争を引き起こした。「悪しき平和も良き戦争には勝るとの格言が真実であるとすれば、冷たい戦争の恐怖から解放されて熱い地域紛争に巻き込まれるというのは退歩ではないだろうか。地域紛争を民族紛争とか宗教紛争の名のもとに必要悪と考えるのは、精神的退廃である。武力闘争を容認しない社会理念と紛争を押さえ込む政治権力は、これまで人間が試行錯誤を重ねながら営々と築いてきた政治体制の一部であり、それを脱イデオロギーとともに放棄してしまうのでは、いつまでたっても地域紛争のない世界は実現しないであろう。
 ここで問題としたいのは、宗教紛争とはなにかということである。常識的には別々の宗教に属する集団の抗争ということになるが、上に述べた宗教の解釈を用いれば、別々の社会制度を戴く集団の抗争となる。内紛、軋轢、抗争は人間社会のつねであるが、では、宗教が異なるからといって人間は武力闘争にまでいたるものであろうか。この点は大いに疑問であって、別々の社会制度に属する諸集団のあいだでは、少々の差別や反目はあっても、お互いの殺し合いなどは考えられない。ある日突然、隣の住人が自分とは別の宗教であることを知って、その隣人に殺意を抱くなどということがあろうか。日本でも公開されたユーゴスラビア映画に『パパは出張中』という興味深い映画があった。その舞台はキリスト教徒とイスラム教徒が隣りあって住む都会の一角で、両者の生活風習にはほとんど違いがなく、ただイスラム教という歴史的に別の制度に属している家では、男の子の割礼といった儀式が残っているものの、葬儀などの宗教行事にはお互いに参加しあうといった社会である。じつは両教徒のこのような生活が常態なのであって、ボスニア内戦で明るみに出た「民族浄化」などは異常中の異常の事態である。すなわち、宗教を含め社会性どの違いは、肌の色、言語もしくは方言の差、出身地と居住地の違い、所得の大小、教育程度、職業の種別などと同じく、きわめて多数の識別要因のひとつにすぎない。したがって民族紛争とか宗教紛争と呼ばれているものは、便宜的に民族とか宗教の名を冠していても、実際にはそれと別の動機が求められる。その動機とは、あらゆる地域紛争に共通している政治であり、政治の背後には経済上の不均衡がある。
 宗教紛争といわれるものも実際には政治に原因を求めるべきだというと、例えばキリスト教世界における異端論争とか宗教戦争を反論の材料として持ち出すかもしれない。だが、古代教会におけるドナートゥス派、アリウス派、ネストリウス派、単性論派などをめぐる教義論争は、純粋に教義をめぐって対立したわけではなく、むしろ教会政治における主導権争いであったし、中世の東西ヨーロッパにまたがる二元論的異端にしても反体制運動といった政治的側面が強く、また弾圧者の側もアルビジョワ十字軍に見られるように政治的にこれを弾圧した。さらに、フス派戦争、三十年戦争などの宗教戦争の原因が宗教的信念の違いだけにあるとはとうてい考えられないだろう。
 ところが紛らわしいことに、宗教上の主張、例えば敵対者の教説を異端と極めつける場合の主張は、人々を扇動するためにはきわめて大きな地からをもつのである。ドイツの社会学者ユルゲン・ハーバーマスのいう「組織的に歪曲されたコミュニケーション」を借りるまでもなく、キリスト教では古代教会以来、また宗教ではないがスターリニズム時代の「人民の敵」裁判などでは、きわめて容易に異端や偏向を作り出してきた。その方法は簡単で、相手のごく些細な誤りを針小棒大に取り上げて、大宣伝によって全体が誤りであるかの印象を与え、また相手の主張をすでに断罪された異端説と強引に結び付けてそれを葬り去ることである。このようなわけで、宗教上の主張はセンセーショナルな地からをもちやすいので、それが政治的な権力闘争の隠れ蓑となるのである。そして紛争の陰で糸を引くデマゴーグたちは、他の宗教や教派に対する敵対心を人々のなかに目覚めさせ、煽り立てることによって、いわゆる宗教紛争を作り出していくわけだが、ユーゴスラビアの内戦を見ていて明らかなように、本来なら紛争を抑止するのが使命であるはずの政治家が、逆に紛争を拡大させていると考えてよい。
 異常のように、宗教紛争ということばはきわめて便利なラベルであるが、実際には、本質と実体がよくわからないもに適用し、それをなんとなく理解したつもりになるための道具である。
    --森安達也『近代国家とキリスト教』平凡社、2002年。

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不連続性がおそらくこの労役の本性

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 怠惰は何より、体を動かすとか起き上がるとかの行為の開始に結びついている。「おお、やつらを立たしちゃならぬ、難破するぞ……」とランボーは、根っからの絶望的な怠惰という膿を出す「坐りこんだやつら」のことを言う。怠惰は、あたかも実存がすぐには開始に近づかず、ある無力状態のなかで怠惰をまず先に生きるかのようにして、開始に結びつく。そしてここには、二つの瞬間の間をわずかに流れる持続の合間以上のものがある。もっともそれは、怠惰の無力状態がまた、おのおのの瞬間が瞬間としての功徳によって推敲する開始を告げるものでないとしての話だが。
 怠惰とは開始の不可能性である、あるいはそう言いたければ、開始の遂行だと言ってもいい。怠惰はなされつつある行為に内属しているとも言える。というのは、そのときまさに行為の実行は、舗装が悪くそれぞれが開始のやり直しであるようないくつもの瞬間ででこぼこした道を進むように進行しているからだ--いやな仕事は捗らず乗りが悪く、不連続に見えるが、その不連続性がおそらくこの労役の本性なのだ。
    --E.レヴィナス(西谷修訳)『実存から実存者へ』講談社学術文庫、1996年。

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昨日、原稿を入稿してから、そのまま仕事へ行きましたが、雨の所為でしょうか、すこし暇といいますか、時間に余裕があり、ゆっくりと仕事をすることができました。

休憩中には、原稿作成で後回しにしていた、来週分の短大の授業の配布物の作成ができ、休憩を遮るような難事も珍事も出来することなく、授業の仕込もあらあら完了したところです。

あとはパワーポイントとの整合性をもういちど、確認し、今晩最終調整をすれば完了です。

専門はキリスト教神学になりますが、講義で担当しているのは、哲学と倫理学。
近接する分野であり、細君のような門外漢からすれば、「どれも同じでしょう?」とのたまわれるわけですが、現実にやりますと、これが「どれも同じ」という状況ではなく、たしかに学問としては隣接している諸人文科学になるのですが、それぞれと向かいあう、探究してみますと、ひとまとめにできないものがあり、強烈な壁があったりとして……、正直なところ大変です。

哲学と倫理学の絡みでアリストテレス(Aristotle,384 BC-322 BC)の『形而上学』やら『ニコマコス倫理学』を繙きながら、その連続で中世のスコラ学との関わりをみていくという作業ならばそれでも連続性といいますか、深い連関を見出すことが可能ですが、やはりそればかりが作業ではありませんので、われながら、広い守備範囲で格闘しているわいな……などと思うことがしばしばあります。

ただ、和辻哲郎(1889-1960)は「根柢の学としての哲学にはそもそも専門などはないのだ」と指摘する部分は確かにわかるのですが、現実の作業は大変です。しかしながらそれでも、ひとりで広範囲の学問と関わるという事態は、それが契機としては無理矢理であろうが、自分自身の学の可能性を広げていてくれているのは事実であり、それはそれで有難いことだよなとも実感します。

ただしかし、まだまだその学問が自分の手足のようにはなっていない部分も自覚しておりますので、神学から哲学へ、哲学から倫理学へとスイッチを入れ替えるのは、確かに体力といいますが、ちょいと「よいしょ」が必要です。

「よいしょ」が面倒で、ときどき怠惰になってしまうときもありますが、その側面とは向かいあっていくしかありません。まさに「怠惰は何より、体を動かすとか起き上がるとかの行為の開始に結びついている」とレヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の指摘の通りです。

「不連続性がおそらくこの労役の本性」ですので、今日もちょいとがんばります。

……ということで?写真は、撮るだけとって載せていなかった一枚から。

月曜に大学に出講した際、さいきんほとんど、新設された学食でランチをとっておりますが、今がいちばんいい季節ですので、テラスで頂いておりますが、なかなかいいものです。

時間にせかされる毎日からゆっくりずらしてくれるようで、このリラックスをしてからの講義が毎度毎度の楽しみです。
後期は時間が一コマ後にずれて、ちょいと当惑したのですが、そのお陰で休息がとれるようになり、今ではよかったかも……などと思うこの頃です。

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