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汝の視力を内部に向けよ

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汝の視力を内部に向けよ、やがてそこには、いまだ発見されざる、千もの領域が見つかるだろう。その世界を経巡り、身近な宇宙地理学の最高権威者となれ。
    --ソロー (飯田実訳)『森の生活(下)』岩波文庫、1995年。

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秋期スクーリングのことを少し書き残しておきます。

倫理学はもともと履修される学生の多い科目ではないのですが
(「哲学」なんかの半分)、そして、新型インフルエンザの影響もなんとなくあるにもかかわらず、それでも50名以上の方が今回も履修してくださり、ありがとうございました。

秋期担当はこれで二回目です。

昨年は、激論の二日間となったのですが、こんかいは和やかな?ムードで授業を進行することになりました。激論も面白いのですが、和やかなムードというのもなかなかいいものです。

また昨年と同じなのは、ご夫婦での履修という方がいらっしゃい、楽しいひと時を経験させていただきました。

倫理学は俗に「人間関係の在り方」を探究する学問とのきらいが濃厚ですが、その関係性のあり方がおおきくなれば、それが共同体、社会と個人の関係になるわけですけども、共同体と個人の関係に関する議論の中で個人主義の問題を扱います。

本朝においては、それが誤解されたまま西洋から輸入され、孤人主義として機能している側面が否めませんが、本来の西洋における個人主義にはヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)のいう「相互承認」があるわけですが、その相互承認を確認するためには様々な手段が講じられ、それがひとつの文化になっております。

ですから、夫婦や恋人間でもお互いがお互いを個人として尊重しているのかどうか確認するために(もちろんそれは意識的な戦略的アプローチではなく「文化」なのでしょうが)、「愛している」とか、そこまで言わずとも、関連した意思疎通を交わすわけなのですが、やはりご夫婦で参加していらっしゃる方がいますと、

ここは・・・

「いかがですか?」

・・・と直接、お聞きする宇治家参去です。

初日は、事前に参加されることをうかがっていた方から事前に体験談をメールで送っていただいておりましたので、機会をみつけて、授業の中でご本人に読んでいただいたりもしました。

感動の一瞬です。

なんでもありといえば、なんでもありなのですが、自分がその対象とどのような関係を構築していくのか、それを探究するのが倫理学でありますから、いたしかたありません。

そういえば、夏のスクーリングでは「演歌歌手志望です」というお兄さんがいましたので、演歌をひとつ歌ってもらったのも興味深い思い出です。

初日は軽く?慰労会。

二日目もへろへろでしたが、魂は厚く、無事に授業を終えました。

これも学生の皆さんあっての講座なのだと思います。

教師とか、できあがった「学問」ありきではなく、相互の有機的な関係性のなかで、学を論ずるところがこの倫理学の醍醐味かもしれません。

であるとするならば、ソロー(Thoreau Henry David,1817-62)のいうとおり、全体性のなかでの還元不可能な自己自身を丁寧にあつかっていくしかありません。

「汝の視力を内部に向けよ、やがてそこには、いまだ発見されざる、千もの領域が見つかるだろう。その世界を経巡り、身近な宇宙地理学の最高権威者となれ。」

・・・善い、ことばです。

さあ、これから短大での「哲学」の授業です。

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初日は授業がすんでから飲みに行って、そのあと締めに「天下一品」のラーメンをたべましたが、これが思った以上に、胃にのこりましたが、これまたいい思い出です。

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