« 【ご案内】10/24-25:秋期スクーリング,『倫理学』 | トップページ | 考える生活 »

不幸にして吾人は宗派に捉へられ、民族に捉へられ、本来しかあるべき人格を作り上げて居ない

01_img_0814

-----

 愛と聡明とに依て理想世界を建設せんとするが蓋しレッシングの大本願であらう。不幸にして吾人は宗派に捉へられ、民族に捉へられ、本来しかあるべき人格を作り上げて居ない。「本来の人格といふものは此世界で余儀なくされてゐる人格と何時も一致してゐる」とは云へぬ(大庭氏訳二二二頁参照)。余儀なくされて居る人格から本来の人格に向上する様に吾々を覚醒することがレッシングの『賢者ナータン』を書いた目的の一つであり、而して是れ実にまた世界平和の理想に燃えて居るすべての人の不断の努力であつた。この精神は現代の日本の必要がないだらうか。
    --吉野作造「賢者ナータン」、『文化生活』一九二一年九月。

-----

ひとつ安心しました。
学術雑誌(紀要)に載せる論文の原稿を前月送ったのですが、こういった類の原稿はそのまま校閲を経て掲載されるわけではありません。

いわゆる「査読」……要は内容として成立しているのか……というのがあるのですが、それが無事おわったようで、掲載「可」との連絡がありました。
※とわいえ、読まれる方よりも読む方が大変だとは思います。

連休もありちょいとずれ込んだようでしたが、「不可」とならずひとまず安堵した次第です。

完成した時点で、構成・論旨には問題ないことは自負しておりましたが、なにしろ、当初の予定とかなりおおきく転回した内容でしたので、そこが心配の種でしたが、これでまた大きな課題に向かって集中することができそうです。

さて今回は、久し振りに吉野作造(1878-1933)で1本書いてみました。
吉野作造は民本主義で有名ですが、その憲政論もかなり内容的に転回します。おなじように国家観や教会観も大きく転回するのですが、吉野作造自身のナショナリズムも大きく転回します。

吉野作造の場合、少年時代に培われ、日露戦争でクライマックスに達していくわけですが、その後の中国・天津での滞在、ヨーロッパ留学の経験などから、大きく転回していきます。いわば、ナショナリズムの念が消されるのではなく、相対化していく……とでもいえばいいのでしょうか。

ですから、日露戦争終結後に発表された民本主義の嚆矢となる「主民主義」の主張においては、民本主義の根幹となる政党内閣制と普通選挙制度の要求は時期尚早として見送られておりますし、「力と力が凌ぎをけずる」国際情勢においては、日本の対外膨張主義は〔〕に居れられた形ですけども、肯定はされております。

それが時代を経る中で、相対化されていくわけですが、その筋道が実に興味深いものです。

いうまでもありませんが、その背景にはキリスト教に基づく四海同胞の精神と人格主義の影響が大いにあることは否定できません。

しかし、勃興する民衆運動を前に、国家という枠に収まりきらない民衆と共同体としての「社会」を発見し、最終的には「人道主義的無政府主義」を理想と仰ぎ見るところまで踏み込んでいきます。

が……もちろんそのすべての軌跡を追跡しますと、それだけでひとつの博士論文になってしまいますので、今回は、「前期」吉野として、日露戦争から第一次世界大戦前夜までに時間を区切って垣間見た次第です。

ということで冒頭の吉野の文章へ戻ります。
吉野作造の趣味の一つが観劇ですが、ヨーロッパ留学中も大いに観劇したそうです。そのなかでひときわ大きな影響を与えたのが、レッシング(Gotthold Ephraim Lessing,1729-1781)の『賢者ナータン』(Nathan der Weise) です。話の筋は譲りますが、人間の価値は民族や宗教などそうしたカテゴリーによって代表されるものが総てではないとの論旨ですが、吉野作造はこの『賢者ナータン』に大いに感動したそうです。

血や肉による消せざる特殊性というものを総て否定することは不可能です。しかしながらそれでありながら、同じように還元不可能な特殊性を保持した他者とどのように向かいあっていくのか……吉野の議論には、つねにそうした問題意識が孕まれているように思われて他なりません。

……ということで、極めてダルイですが、市井の仕事へ行っていきます。

にわの金木犀がいいかんじです。
02122anathan_der_weise 03_img_0831

|

« 【ご案内】10/24-25:秋期スクーリング,『倫理学』 | トップページ | 考える生活 »

哲学・倫理学(現代)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 不幸にして吾人は宗派に捉へられ、民族に捉へられ、本来しかあるべき人格を作り上げて居ない:

« 【ご案内】10/24-25:秋期スクーリング,『倫理学』 | トップページ | 考える生活 »