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後世への最大遺物

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 たびたびこういうような考えは起こりませぬか。もし私に家族の関係がなかったならば私にも大事業ができたであろう、あるいはもし私に金があって大学を卒業し欧米へ行って知識を磨いてきたならば私にも大事業ができたであろう、もし私に良い友人があったならば大事業ができたであろう、こういう考えは人々に実際起こる考えであります。しかれども種々の不幸に打ち勝つことによって大事業というものができる、それが大事業であります。それゆえにわれわれがこの考えをもってみますと、われわれに邪魔のあるものはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる。勇ましい生涯と事業を後世に遺すことができる。とにかく反対があればあるほど面白い。われわれには友達がない、われわれには金がない、われわれに学問がないというのが面白い。われわれが神の恩恵を享け、われわれの信仰によってかれらの不足に打ち勝つことができれば、われわれは非常な事業を遺すものである。われわれが熱心をもってこれに打ち勝てば打ち勝つほど、後世への遺物が大きくなる。もし私に金がたくさんあって、地位があって、責任が少なくして、それで大事業ができたところで何でもない。たとい事業は小さくても、これらのすべての反対に打ち勝つことによって、それで後世の人が私によって多いに利益を得るにいたるである。種々の不都合、種々の反対に打つ勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う、それゆえヤコブのように、われわれの出会う艱難についてわれわれは感謝すべきではないかと思います。
    --内村鑑三「後世への最大遺物」、『後世への最大遺物 デンマルク国の話』岩波文庫、1976年。

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こんばんわ。

宇治家参去です。

大学の通信教育部の「倫理学」担当の非常勤講師をしておりますが、ようやく秋期スクーリング、つまり対面授業の集中講義というわけですが、東京は本日秋寒い一日でしたが、暑い時間がおわりました。

よくあるぢゃないですか……。

体は疲れ切っているわけですが、心は充溢しているとでもいえばいいのでしょうか。

その譬えとしてランナーズ・ハイのようなものを同置しがちで、たしかにそのような感慨がなくもないのですが、それともちょいとちがう「ラーニング・ハイ」でもいえばいいのでしょうか。

そうした余韻に浸っている宇治家参去です。

しかしながら、それと同時に、「これでよかったのか」と慚愧の念に堪えない感慨も同時にふつふつとわきおこるのが実情で、これが熟練の教員であれば、そうした感慨はとっくにスルーしていしまうところでしょうが、やはり、自称(そして多少)、ナイーヴでシャイなチキンボーイを自覚する宇治家参去としては、「ああ、つまんな授業つくっちまった」……ってちょいと反省するところもある終了後のワタシです。

おいおい……といいますか明日か明後日ぐらいに詳細な?レポートを載せますが……初日は講義を終えたあと、タイからいらっしゃられた学生さん、そしてロンドンに本拠地?を置く学生さんと、軽く一献。

授業自体は無事に終え、その後の軽く一献ですが、これまで宇治家参去「倫理学」の講義を受けて下さった学生さんたちと祝宴しました。

幣職?……通信教区分の担当がはじまったのが2007年度なのですが、そのおりに授業をうけてくださった自分的には第1期生と、そして翌年の秋期でうけてくださった第2期生と、そして今回の第3期生と一献かわした次第です。

かる~く、「月の雫」にて祝杯ですが、かる~く飲みました。

かる~く飲んだ後ラーメンを食べたのが失敗でした。

二日酔いとか、アルコールが残っている感覚はまったくないのですが、〆のラーメンと炒飯がひびいております。

……ただしかし、

「うまかった」

……次第です。

がんばって二日目。

講義はまったく問題なく組み立てることができました。

寒日にあつく?学生さんたちと意見を交わすことができたのが、自分自身にとっては何よりの財産です。

倫理学の教材には、まったく答えは記載されておりません。
倫理学とは「人間(関係)のあり方」という二重の契機を問う学問ですが、これは何かできあがった体系を構築するよりも、どちらかといえば、提示される体系・デザインを検討する立場といってもよいのですが、

散々ぱらら、「全体のなかで自分で考え、他者と摺り合わせましょう:……という答えに至るヒントは提示できたのではないだろうか……その実感があります。

もちろん言うまでもありませんが、そこから演繹される答えとは、えてして、既に提示された概念にほかなりませんが、他律的にそれを享受するのか、それとも自律的に享受するのかで、エライ違う方向性に流れてしまうのが実用だよなあ~などと思うこと屢々でしたが、それでの丁寧に学生さんたちとそれに対して丁寧に向かい合うことができたのは一つの幸いです。

……ということで?
二日目の講義を終え、まえもって連絡入れていた学生さんと宿縁とでもいえばいいのでしょうか……学生時代の後輩が免許コース(小学校教員)に入学されていた……再会に喜びつつ、またもや祝杯?ということで……。

へろへろ

……ですが、ここちよいものです。

ま、いずれにしましても内村鑑三(1861-1930)のいうとおりです。

「種々の不都合、種々の反対に打つ勝つことが、われわれの大事業ではないかと思う」。

……ともあれ沈没船です。

二日連続で「月の雫」でしたが、二日目は、「掬い豆腐」の給仕デビューの新人さんでしたが、おかげで、量がおおくラッキーでした。

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かのクラーク博士は「Boys,be ambitious!(少年よ、大志を抱け)」と言った。 北海道開墾を目的とした技術者を急造するために創設された札幌農学校に入学した内村鑑三も、少なからずクラーク博士の信仰の影響を受けたはずでしょう。 内村と言えば「不敬事件」が有名で..... [続きを読む]

受信: 2009年10月27日 (火) 20時29分

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