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「道を邪魔するものは、道を開いてくれる。」

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 マルクス・アウレリウスと比較すること。<<生きることができるところならばどこでも、ひとは立派に生きることができる。>>
 <<企てられた仕事をやめることも同様に仕事になる。>>
 「道を邪魔するものは、道を開いてくれる。」
    --カミュ(高畠正明訳)『太陽の賛歌 カミュの手帖--1』新潮文庫、昭和四十九年。

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「たぶんそうなるだろう」……ってだいたい、先が見えていることって世の中にあるんです。

その「たぶん」ですが、よく使用するパターンとして、

「たぶん、だいじょうぶだろう」

とか

「たぶん、だめかな」

……っていうのがあって、希望的観測とか悲観的推理ではなく、実感として「たぶんそうなる」だろうなあ……って思っていて、結局たしかに「そうなる」ことって、よくはあるんです。

今回は後者でした。

昨日、息子殿が受験した小学校の合格通知が届いたのですが・・・

受験後に細君と確認はしていたのですが、

「たぶん、やばいねえ」

……の、、、

「まさかが実現?」

……したようです。

感触として、、、

「ちょとやばいんでねえの?」

、、、って感触していたわけですが、

実際に、それを宣告されると、なかなか事態を受け入れることができない宇治家参去です。

自分自身、小学校から換算すると、28年間ほど……長えぇぇ……教育をうける「身分」にあったわけですが、そのなかで実感したのが親が子供に遺すことができるのは「教育」だけだと思い、1年間かけて小学校の授業料よりも高い塾に泣きながら通い、奮戦した次第ですが、、、

「御縁がなかった」ようです。

一番ショックだったのが、本人のようで、、、

通知を確認すると、、、

一時間ほど、小さな肩をふるわせ、泣いておりました。
おまけに、昨朝より、おたふく風邪を発病してしまい、その様が、なんともいえず、、、言葉になりません。

感触としてはその事実は予見できておりました。

たぶん、ダメだろうってわかってはいたんです。

しかし、その事実をつきつけられますと、うまく整理することができませんし、このあとの道筋を組み立てることへなかなか集中もできません。

まだ出願できるミッションスクールという手もあるのですが、、、

細君はいい顔をしませんし、たぶん、息子殿も、その話に乗らないのではないかと思います。

敗戦を終戦とはしたくありません。
しかし、敗戦を敗戦と認識する必要はあります。

しかし、このことによって、「学ぶ」ことへの意欲を本人が閉ざしたりしてしまうことだけはなんとかして回避したいものです。

ちょゐとそことナイーヴに向かいあっていくしかありません。

「学ぶ」ことは辛いわけですが、その辛さを「生きるエネルギー」に転換していきたい……とは思うのですが、それでもなかなか整理ができないダメオヤジです。

とりあえず、頭を整理するためには、自らがその「学ぶ」ことに挑戦することが必要不可欠でしょう。

カミュ(Albert Camus,1913-1960)は「<<企てられた仕事をやめることも同様に仕事になる。>>」「道を邪魔するものは、道を開いてくれる」といっております。

まずは、自分の仕事に専念しようと、思い、再度「中世ラテン語」の勉強を再開しました。
古典ラテン語はそれなりに読み書きできるのですが、ちょいと……以上に隔離のある……趣をことにしたのが中世ラテン語なのですが、実はこれがかなり苦手です。

まずは、自分が辛い「学び」の姿を「生きる勇気」に転換する姿を息子殿にみせることによって、局面を転換し、「道を邪魔するものは、道を開いてくれる」ように筋道をたてていきたいと思います。

しかし、正直なところ・・・

わかってはいたのは否定できませんが、、、

「なんだかな・・・」

……ってところです。

肩をふるわせ、涙を流す、その姿が目蓋から消えません。

ひさしぶりですわ、酒の味がわからないという一日です。

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告白・独白・毒吐の日々」カテゴリの記事

コメント

・・・言葉になりません。
読みながら涙がとまりません。
本当に辛いですわ。
こういう思いをしている人がたくさんいることを考えると、さらに辛くなります。
中学で、必ず同級生になりましょう。

投稿: さい ちょくぼく | 2009年11月16日 (月) 00時54分

さい ちょくぼくさんゑ

ありがとうございます。
もうだいぶ落ち着きましたので・・・大丈夫ですよ!

意気軒昂?というところでしょうか。

受験戦争にのみこまれる必要がないので・・・とか、創立者との出会いを願っての挑戦でしたが、御縁がなかったようですね。

ともあれ、先ずは自分自身がどこかで本年中に専任をきめないことは、はじまりませんので、もうちょいとがんばってみます。

ありがとうございます。

良い機会だったと思いますので、辛くならなくてよいですよ(笑)。

ありがとうございます。

投稿: 宇治家 参去 | 2009年11月16日 (月) 02時33分

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