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「ア・ヴォトル・サンテ!!」

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 翌朝、小雨が降っている。
 私は、オマールのソースに汚れた上着が、あまりにみっともなかったので、ホテル近くの男物のブティック〔ジョン・カレス〕という店へ行き、替上着とネクタイを買う。
 それから、また、レアールの居酒屋〔B・O・F〕へおもむくと、老亭主セトル・ジャンが今日はいた。
 抱き合ったとき、ジャンは少し肥ったように感じられたが、三年前にくらべると顔つきが円満になっている。やはり商売をゆずってしまったから神経をつかうこともすくなくなったのだろう。
 七十歳になったセトル・ジャンが、ルノー青年に店をゆずったのも、古女房のボーレットが階段から落ちて腰を強打したのがはじまりで、病床に就いてしまったからだ。
 ジャン老がフランス語で語るのをルノー君が英訳してS君につたえ、それをS君が私に日本語でつたえる。
 セトル・ジャンは、
 「先日は、すばらしい絵の、すばらしい本をありがとうござんした。いまはボーレットの看病で、毎日、昼ごろ二時間だけ店へ来ます。というのは、古い常連が私の顔を見たがるものだから……ええ、一ヶ月前から、とうとう女房はうごけなくなってしまいましたよ。何から何まで私がしてやらなくてはね。せっかく昼食にさそっていただいたが、そういうわけで御一緒できないんです。そのかわり、このモーゴンをきれいに空けて行って下さい」
 こういって、ジャンは自慢のモーゴンの地酒を持って来て、あくまでも慎重に、長い時間をかけて栓をぬき、しずかにしずかに壜をかたむける。こうしないと、酒の中の澱がまざってしまうからだ。
 さほどに〔B・O・F〕のワインは地酒なのである。むろん、レッテルもついていない。樽詰で運ばれて来たのをジャン老人が古い壜へ詰めるのだ。
 みんなで乾杯をした。
 「ア・ヴォトル・サンテ!!」
 健康を祈って、と、セトル・ジャンが叫んだ。
 ジャンはペルノーのグラスへ、わずかに口をつけただけだ。
 あれほど好きだったペルノーと煙草をやめたのも、五つ年上の古女房の看病へ打ち込むためなのだろう。
 ボーレットへは何のおみやげも持って来なかったので、
 「奥さんの好物は何?」
 と、私が尋くや、セトル・ジャンは間、髪を入れずに自分の顔を指し、にっこりとうなずいてみせた。
    --池波正太郎「セトル・ジャンとの再会」、『田園の微風』講談社文庫、1990年。

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ドイツ文学専攻でありながら、ドイツ語が苦手でドイツに行ったこともなく、専門としているドイツ語よりもフランス語の方が達者なのですが、フランスにも行ったことのない宇治家参去です。

いつの日か、フランスの飲み屋へ行くだろう……飲み屋ではなく、なんとかアカデミーとかであればなおよし!……ということで、池波正太郎先生(1923-1990)の滞仏紀行文を再読しつつ、その日のための仕込?に余念のない宇治家参去です。

しかしながら!!

そのためには、現在のペースの晩酌では躰を壊してしまうだろうということで、禁酒をすればよいのですが、一目散に禁酒することもあたわず、とりあえずは、減酒からはじめようということで、いつも飲んでいるよりも1合ほど量を減らしてみようかと考えております。

とりあえず、冷蔵庫をみると、日本酒がまったくなく、ニッカのシングルモルトの「余市」しかありませんでしたが、やはり、日本酒がないとはじまりませんので、仕事へいくまえに近所のリカーショップにて、

「蓬莱 飛騨の田んぼ 純米酒」(渡辺酒造/岐阜県)が手頃な価格でしたので購入したわけですが、これがなかなかいけております。

中部の酒をやるのも初めてですので、興味津々でやった次第ですが、おもった以上に味わい深く、……帰宅すると、おでんがありましたものですから、

……すすむという奴です。

しかし、ここで、すすみすぎると、減酒の決意がフイになってしまう!

……ということで、なんとか、ふんばって・・・

・・・いきます。

これを称して……

「男はつらいよ」

……というのでしょうか。

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