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<語ること>が、言表された主題による客観化に還元されることはない

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 <語ること>においては、発語者としての主体は他者にさらされるのだが、このような<語ること>が、言表された主題による客観化に還元されることはない。さもなければ、主体を傷つけるものは何もないことになろうし、したがって、主体がその思考をさらし、みずからの<語ること>のうちで自分をさらすこともないであろう! 主体は他者による触発にさらされている。ほかならぬその不可逆性ゆえに、他者による触発は、普遍的思考に変容することがない。
    --E.レヴィナス(合田正人訳)『存在の彼方へ』講談社学術文庫、1999年。

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ようやく公募推薦入試の面接官のおしごとがおわりました。
今年で三回目なのですが、非常に神経をつかいます。

ともあれ、一名の欠席者も出さず、無事にすべての受験生が試験をおえられたことに感謝です。

ひとりひとりの人間と向かい合い、言葉を交わし「語ること」というのは、非常に大変で生命力をつかう行為であるわけですが、そのなかでお互いがお互いから学ぶというものかもしれません。

筆記試験中の午前中は、突風・豪雨というまさに嵐のような状況でしたが、お昼頃から晴れだしましたので、受験生たちも、こころに余裕をもって面接に臨めたのではないかと思います。

もちろん、「入試」ということですから、すべての人々を包摂することは不可能ですが、どちらの結果になろうとも、ひとりひとりの人間にとって幸あれと望むばかりです。

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