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曖昧模糊とした不安と戦う忘年会

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 あの言葉はむろん、昨日イワンの口から思わず飛び出したものだが、「思わず」飛び出したからこそかえって重大なのだ。もしもそうだとしたら、どんな和解の道がありえるというのか? 和解どころか、カラマーゾフ一家に新しい憎しみと敵意の種がまかれるだけではないか? しかし肝心なのは、彼すなわちアリョーシャが果たしてどちらを憐れむべきかということだ。そして、彼らひとりひとりに何を望むべきか、ということだ。
 彼は兄をともに愛しているが、こうした恐ろしい矛盾のなかで彼らひとりひとりに何を望めばよいのか? これほどの混乱のなかで、それこそ自分をすっかり見失いかねなかったが、アリョーシャの心はやはり曖昧模糊とした不安に耐えられなかった。
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟2』光文社、2006年。

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昨日は忘年会でした。
参加された皆様お疲れ様でした。

決して泥のようにはならぬ・・・と固く決意して参加し、固く決意して飲んでいたのですが・・・。

ともあれ楽しい宴となったようで何よりです。
ひごろ気にするともしないとも、たまった固まりのようなものは落ちたり、新しい発見があったりしたのではないかと思います。そこから、さあ、もういっぺんやるか!と人間は奮闘できるものでしょうからね。

ですので、大人たちの忘年会というのは大切かもしれません。

とりあえず、翌日は授業がなくて幸いでした。

また、皆様よろしくおねがいします。

会場を後にし電車にのり、最寄り駅におりて・・・

そこまではよかったのですが、、、

何を考えたのか・・・

お好み焼やに入って、モチチーズ明太とビールを注文してごきゅごきゅ。

それから遅くまでやっている中華やにはいって、餃子定食をごきゅごきゅ。

帰宅すると、えらい時間になっておりました。

「はあぁぁぁ~」

「こうした恐ろしい矛盾のなかで彼らひとりひとりに何を望めばよいのか? これほどの混乱のなかで、それこそ自分をすっかり見失いかねなかったが、宇治家参去の心はやはり曖昧模糊とした不安に耐えられなかった」。

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著者:ドストエフスキー
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