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「人々の望みに応ずる諸学」に関する一考察

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 人間の知性は乾いた光のようではなく、意志や情念から影響を受ける、それが「人々の望みに応ずる諸学」を、生み出すものなのである。というのは、人は真であって欲しいと願うものを、より強く信ずるからである。それゆえに、彼は探究の待ち切れなさゆえに、厄介なものを、希望を狭くするがゆえに、地味なものを、迷信のゆえに自然の奥深いものを退け、尊大と自負のゆえに、つまりつまらぬ仮りそめのことに関わり合うように見えないために、経験の光を退け、大衆の意見のゆえに、意外に見えるのものを退ける。結局、数知れぬしかも時には気付かれない仕方で、情念が知性を色付け汚染するのである。
    --ベーコン(桂寿一訳)『ノヴム・オルガヌム 新機関』岩波文庫、1978年。

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それをしなければならないことは「知性」では判っているのですが、「情念」にほだされてできないことが多々あります。

健康診断もそのひとつで、受診しなければならないことは判っておりますし、法令で定められてもいるのですが、、、

「面倒」

……なので、先月、スルーして「しまった」訳なのですが、そのことが市井の職場の店長に発覚してしまい、

「いってこいやぁぁぁ」

……と、ありがたい励ましのオコトバを頂戴しましたので、、、

非番にもかかわらず、本日、受診してきた宇治家参去です。

※深夜勤務者は年2回の受診が法令によって定められているので。


最初の予定日でしたら、市井の職場で受けられたので、自転車で通うことができたわけですが、怜悧な知性の判断が情念によって狂ったのでしょうか・・・。

結局は電車で北区・赤羽まで行かざるを得ず・・・。

診断自体はものの15分ぐらいなのですが、その前後に注がれたリソースを勘案しますと、結局、最初にとっとといっておけばよかったわけで、先にのばして、大作業になってしまった次第です。

ともあれ、師走の初日にもかかわらず、暖かい一日で、赤羽散策?がひとつの息抜きにはなりましたので、それでよし!として了解するほかありません。

いずれにしましても、情念にほだされることなく、知性で「判っている」のであれば、判っているとおり行為したいと反省した一日です。

その意味では、「人々の望みに応ずる諸学」は、自然と人間の解明にはあまり役に立たないようです。「知は力なり」(Ipsa scientia potestas est)と説いたフランシス・ベーコン(Francis Bacon,1561-1626)の言葉を最初からきちんと聞いておけば、「情念が知性を色付け汚染する」のを少しは防げたかもしれません。02484pxfrancis_bacon 03_img_1789

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