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さらば名古屋

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周知のように、アリストテレスは、善の問題に関してソクラテスやプラトンの<主知主義>を制限することによって、形而上学から独立した倫理学の創始者となった。アリストテレスはプラトンの善の理念を空虚な一般論であると批判することによって、人間の善、人間の行為にとっての善の問題をこれに対置した。この批判を押し進めることによって、ソクラテスおよびプラトンの徳論の根底をなす、徳と知の等置、<アレテー>と<ロゴス>の等置は行き過ぎであることが照明される。アリストテレスはこの行き過ぎを適度なものに戻すために、オレクシス(orexis)、すなわち<欲求>を、それから、それが永続的な態度(hexis)へと形を与えられたものを、人間の道徳知の基盤として示した。倫理学<Ethik>の概念には、すでにその名称において、アリストテレスが徳(Arete)の基礎を訓練と<習慣Ethos>においたことが反映されている。
 倫理的行為は単に人間にそなわっている能力や力の現れではなく、人間は、なにをどう行為するかによってはじめて、そのように成ったものとして、すなわち、そのように存在しつつ一定の仕方で振る舞う人間となる。この点で、人間の倫理的行為は本質的に自然と異なっている。この意味では、アリストテレスは<エートス>を<ピュシス>に対置した。エートスの領域には無規則が支配しているわけではないが、自然がもつ法則性ではなく、人間の取り決めや行動様式の可変性と限界的な規則性がある。
 いまや問われるべきは、人間の倫理的なあり方についての理論的知識がどのようにして可能か、また、知(すなわち<ロゴス>)は人間の倫理的なあり方にとってどのような役割を果たすのか、である。人間にとっての善はいつでも、そのひとがいる具体的な実践的状況で生じるからには、道徳知がなすべきは、まさに、具体的な状況から、いあば、なにが求められているかを見てとることである。別の言い方をすれば、行為者は、具体的な状況を、一般に自分が求められているこちに照らして見なければならないのである。しかし、このことは、裏返して言えば、具体的状況に適用できない知は愛して無意味なままであり、それどころか、状況から生じる具体的な要求を見えにくくするおそれがある、ということでえある。倫理的思慮の本質を言い表しているこうした事態は、哲学的倫理学を方法的な困難な問題にしているばかりか、同時に、方法の問題に道徳的な重要性を与えている。プラトンのイデア論に枠づけられた善論に対抗して、アリストテレスが強調したのは、倫理的な問題においては数学者が達成するような高度の厳密性は問えないということであった。そのような厳密性の要求は、むしろ場違いであろう。まずもって重要なのは、事柄の輪郭を明瞭にして、ついで、そのように輪郭を描くことで、倫理的意識〔行為者〕になんらかの手助けをすることである。しかし、どのようにすればそのような手助けができるのかは、すでに道徳の問題である。というのは、明らかに、倫理現象の本質特徴のなかには、行為者自身が知り決断しなければならず、この義務を他のなにものによっても肩代わりさせることができない、ということが含まれているからである。したがって、哲学的倫理学に正しく着手するために決定的なことは、この学問は倫理的意識にとって代わることがないばかりか、純粋に理論的で<歴史的な>知識を求めることではなく、現象の輪郭を明瞭にすることによって、倫理的意志が自分自身を明確に捉える手助けをするものだ、ということである。このことは、手助けを受け取ることになるひと、つまりアリストテレスの講義の聴講者に、すでにかなりの前提を求めていることになる。受講者は、与えられた教示から、それが教えることができ、また教えることが許される以上のことを望まない程度に、人生に成熟していなければならない。これを積極的に言うと、自らすでに訓練と教育によって、ひとつの態度をそなえもっており、生活のさまざまな具体的な状況においてその態度を堅持し、また正しい振る舞いを通じてその態度の真価を照明することにたえず関心を寄せていなければならない、ということになる。
    --ハンス=ゲオルグ・ガダマー(轡田收・巻田悦郎訳)『真理と方法 II』法政大学出版局、2008年。

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無事に名古屋での仕事……大学通信教育部の地方スクーリング(対面授業)が終了です。
19時発ののぞみで東京に向かっております。

受講者のみなさま、シャイでナイーヴなチキンボーイの授業を熱心に聞いてくださりありがとうございました。

自分で言うのもナニですが、本年愁眉を飾る大成功の2日間だったかと思います。
これもひとえに学生のみなさまのおかげかと存じます。

授業が終了してから、新幹線まで1時間ほど時間がありましたので、名古屋駅にて、いっぺえやってきた次第です。

基本的に味が濃ゆい……というのが印象です。

名古屋おでんには驚きました!

しかし、濃ゆいのは、味だけでなく、すべてが濃ゆいということでしょうか。

自分の中にもひとつの黄金の歴史が刻まれたようです。

さらば、名古屋!

また訪問したい地域が増えた宇治家参去です。

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