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「配慮の欠如的様態として、用具的存在者の『もはやただ存在するだけ』という客体性を発見」するために……

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……さて、配慮的交渉は、そのつどすでに手もとに存在しているものの範囲内で使用不可能なものに出会うだけではなく、不在のもの--ただ「手ごろでない」だけでなく、そもそも「手もとにない」もの--に気がつくこともある。そしてこのような不在の発見も、やはり、用に具わっていないものに気づくことであるから、用具的存在者をある意味でたんなる客体的存在において発見することになる。手もとにないものに気がつくと、手もとにあるものの方は、催促がましさの様相を帯びてくる。手もとにないものが緊急に必要になり、それが本当にその不在性において現れてくればくるほど、手もとにあるものの方はそれだけ催促がましくなり、そのためについに用具性という性格を失いそうになる。すなわち、それは不在の道具がなくてはどうにもならないもの、もはやただ客体的にしか存在しなくなったもの、という姿で現れてくる。途方に暮れてその前に立ちつくすことは、配慮の欠如的様態として、用具的存在者の「もはやただ存在するだけ」という客体性を発見するのである。
    --マルティン・ハイデッガー(細谷貞雄訳)『存在と時間 上』ちくま学芸文庫、1994年。

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金曜の夕方には東京を出発して名古屋へ向かわなければならないにもかかわらず、まったく準備のできていない宇治家参去です。

だいたい用意すべきものは、着替えと道具だけなのですが……、

どのスーツで、どのネクタイでいくのか、マア、ひとつ迷うわけですし、手元に出張用ノートPCが都合2台あるのですが、きちんとしたVistaのサブノートPCでいくのか、それとも、ある程度機能を殺ぎ落とした軽快なXPのミニノートでいくのか、迷ってしまいます。

衣類の方は、コーディネイトがなんとなくおわりましたので、スーツケースにいれるだけですが、PCがなかなか決まりません。

前者でいけば、たいていのことはできるといいますか、済ませることが可能かつ、バッテリーのもちがよいが利点ですが、Vistaですので、立ち上がりに時間がかかり、ややもっさり感が弱点です。後者でいけば、xpの軽快さを利用して、さくさくと作業ができますが、PCに負荷のかかるような重い作業を平行してできることはできないのと意外にバッテリーの持ちが悪いというのが難点です。

さあ、どうしましょう……という状況です。
ただいずれにしましても、これを準備しないことには、睡眠体制に入れませんので、どこかで踏ん切りをつけるほかあるまい、という心境です。

いずれにしましても、最低限の荷物+何かが起こったとき?のフォロー体制でいきたいのですが、一番問題なのが書物です。

教材はもちろん持参しますが、関連文献をどこまで持参するのかが最大の難点です。

いちおう、関連しそうなところはコピーをとってあるので、それだけを持参するというのが一番軽くて済む……書物の最大の問題は結構かさばる点と意外なほど重量をもってしまうことでしょう……わけですが、なにやら不安をやはり感じてしまいます。

そこが宇治家参去の貧乏性といえば貧乏性になるのですが、「すべて頭の中に入っているゼ、書物を持参するまでもない」と言い切れない点がやはり、知性二流のなせるわざですので、ちょいと持っていかざるを得ないかなア~と悩むわけですが、ここは新しい試みとして、今回はコピーだけで済ませてしまうか!とも思います。

何ゆえなら、仕事で必要な書物以外に、当然、新幹線などの車中で読む本というのも別に持参するわけですので、これが荷物を最大化させてしまう要因なので、ちょいと書物のスリム化という新しい試みで?名古屋へ上陸と洒落込もうかと思います。

ただ、いずれにしましても、おそらく、無ければないで「『手もとにない』もの--に気がつくこと」で当惑することは必須でしょうし、PCの問題も「手もとにないものに気がつくと、手もとにあるものの方は、催促がましさの様相を帯びてくる」などと悩むことでしょう。

しかしながら、そのことにより、すなわち「途方に暮れてその前に立ちつくすこと」ことを体験するわけですから、「配慮の欠如的様態として、用具的存在者の「もはやただ存在するだけ」という客体性」を発見することができるのかもしれません。

ということで、軽快でないほうのPCで、資料は教材以外はコピーのみにて挑戦です。

ただ、家人は、ぎりぎりまで準備が完了しない宇治家参去を揶揄して「もたもたまん」とか「ぎりぎりまん」とか「ぐずぐずまん」と読んでくださりますが、それは正鵠を得ていないことは間違いないと思います。

なぜ、「もたもた」「ぎりぎり」まで「ぐずぐず」するのか。

それは、思慮深いからそうなるわけなのです。

……というわけで、いっぺえ、やってから沈没いたします。

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