« 「つまらん、おまえのはなしはつまらん!」……って言われないように | トップページ | なぜかチンタオ »

○○だから、やるのではなく、「書くというわたしの自由意志」が根柢に

01_img_0556

-----

 なによりもまずわたしは、書くというわたしの自由意志によって作家となる。けれども、作家であることでただちに、わたしは、他人が作家とみなすような人間になる。作家たる者は、ある種の要求にこたえねばならず、また、これまでずっとある種の社会機能を担ってきた。作家がおこなおうとするゲームがどのようなものであれ、作家は他人が自分についていだく表象にもとづいて、ゲームをおこなわなければならない。ときには彼は、社会のなかで文人[すなわち知識人]に押しつけられるキャラクターを身におびねばならない。かくして、ここで公的なものが介入してくる。つまり、慣習と世界観が、また社会観と文学観が問題となる。公的なものは作家を囲繞している。公的なものが作家を閉じこめる。公的なものからの威圧的な、あるいは狡猾な要求。それをどのように拒絶し、そこからどのようにして逃れるか。こうしたことすべてが作品を構成するうえで基盤となる所与の事実となる。
    --サルトル(加藤周一・白井健三郎訳)「文学とは何か」、『シュチュアシオンII サルトル全集 第9巻』人文書院、1964年。

-----

実存主義の哲学者・サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre,1905-1980)は、「作家」という表現をもちいておりますが、ひろく捉えるならば「知識」を向かいあうひとびとの矜持について、上の通りに語っております。

知識と向かいあうことには、必然的に「公的なものが介入」してきます。

通俗的にいえば「~だから(=存在認識として)、○○する」という心根といってもよいかもしれませんが、それに従うことによって、ひとは課題を消化し、マア、業績を積み重ねていきます。

「要求にこたえねばらな」ないことはわかっておりますし、「他人が自分についていだく表象にもとづいて、ゲームをおこなわなければならない」ことも承知です。

しかし、知識と向かいあうということは、それだけではありません。

まさに、「それをどのように拒絶し、そこからどのようにして逃れるか。こうしたことすべてが作品を構成するうえで基盤となる所与の事実」となるわけですから。

「仕事」を理由にして、業績を残すことは、否定できませんが、それだけではつまらなくはありませんか。

自分でやるときめる、書くと決める、探究するときめて、やるからこそ、カント(Immanuel Kant,1724-1804)のいう他律ではなく自律が発生するはずです。
※いうまでもありませんが、カントの「自律」の概念は、日本語でよく流通しているような「自立」ではなく、自分で自分に命令を貸し、それを恬淡と守り抜くことによって、「真の自由」を獲得するという意味になります。

率爾ながら弊職も、「読んで」「書く」ことが商売のひとつになります。
毎年、論文の一本二本は、書かなければならないわけですが、なかなかうまくいかず、それでもなお、「年に一本以上」というのをここ数年こころがけております。

水準は自分で言うのもナニですが高くはないのですが、秋口になんとか一本しあげたわけですが、ようやく製本され、届けられました。

拙論「吉野作造(前期)のナショナリズム--日露戦争から第一次世界大戦までの対応」、『東洋哲学研究所紀要』(第25号、東洋哲学研究所、2009年)です。

ナショナル・アイデンティティに関する形而上学的考察を簡易にしたところに悔いが残るのですが、自分で決めて挑戦し、活字となるのは、うれしいものです。

たしかに「仕事」として「取りかかる」ことは否定できません。
しかし、知識と向かいあうなかで、「仕事」を逸脱する、サルトルのいうところの「公的なものが作家を閉じこめる。公的なものからの威圧的な、あるいは狡猾な要求」に誠実にしたがうなかで、それでもなお生産的な、自律的な営みができたのでは……などと思うところです。

学生だから、確かに、勉強して、学ばなければなりません。
教師だから、確かに、研究して、業績をださなければなりません。

しかし、それだけではありません。

そのようにカテゴライズされる強制力から逸脱しながら、自分で挑戦していく。

つまり、「それをどのように拒絶し、そこからどのようにして逃れるか。こうしたことすべてが作品を構成するうえで基盤となる所与の事実」を確認していく作業ほど、楽しいものはありませんから。

ともあれ、自分で決めて挑戦している「仕事」がひとつのかたちになったのは、うれしいものでございます。

……ということで、今日は、「一の蔵」でもいっぺえやりながら、労をねぎらおうと思います。

02_img_0555 03_img_0574

|

« 「つまらん、おまえのはなしはつまらん!」……って言われないように | トップページ | なぜかチンタオ »

プロフィール」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/32764008

この記事へのトラックバック一覧です: ○○だから、やるのではなく、「書くというわたしの自由意志」が根柢に:

« 「つまらん、おまえのはなしはつまらん!」……って言われないように | トップページ | なぜかチンタオ »