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2010年1月

なにしろ「自我は、担うことの受動性のうちで<善>と関わります」から。

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 他の人間の重みに耐えることで、自我は責任によって唯一性たるよう呼び求められる。自我の超-個体化の本義は、みずからの皮膚のうちにあること、これです。ただしその際、自己のうちにあるようなすべての存在における「存在しようとする努力」が共有されることはありません。私は存在するものすべてに対して(à l'égard de)あるのですが、それは私が存在するすべてのもののことを斟酌し、それらに敬意を払っている(par égard)からです。すべての存在を贖う私は、すべての他人を贖うことのできる一個の存在者ではありません。私の即自性が根源的な贖いなのであり、それは意志にもとづく発意に先立っているのです。自我に及ぼされる他人の支配力の重みが自我の唯一性であるかのようです。
 こうした筋立てのなかで結ばれるものを、善意ないし善性(bonté)と呼ぶことができます。一切の所有を、一切の対自を放棄せよという要請にさらされながら、私は他人の身代わりになるのです。善性とは、一者のうちに多様性をもちこむことない唯一の属性です。かりに善性が一者とは別物であるとするなら、善性はもはや善性ではないでしょう。善性をつうじて有責な者たること、それは自由の手前で、自由の埒外で有責な者たることです。倫理は私のうちに自由に先立って滑り込んできます。<善>と<悪>の二極性に先立って、自我は、担うことの受動性のうちで<善>と関わります。善を選ぶよりも先に、自我は<善>との係わりをもたされるのです。それはとりもなおざす、自由なものと自由でないものとの区別が人間的なものと非人間的なものとの究極の区別ではなく、また、意味と無意味との究極的な区別でもない、ということでありましょう。
    --エマニュエル・レヴィナス(合田正人訳)「自由と責任」、『神・人・時間』法政大学出版局、1994年。

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ひさしぶりに市井の職場のクレームの処理で、1時間ほどかかっちゃいました。

話をきくとクレームとも異議申し立てともご意見の申告とは、全く関係ない話であったようで……表現がどぎつくなりますが、要するに突発的に切れたオジサンでした。

ただ、「そうですか。お引き取り下さい」とスルーすることもできず、えんえんとループする話を聞かざるを得ず……それでもときどき激昂するので少々恐かったですが……、「はぁ、そうですか。申し訳御座いません」と寄り添う次第です。

ただ、最後に「オレは10億の財産があるんだからナ、こんな店で買い物なんかしなくてもいいだ」とか「先祖は旧○○藩の家老職なんだ」とか、演説も始まってしまい、、、ちょうどその事案に呼ばれるまでレヴィナス(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の「自由と責任」の抄を読んでおりました者ですから、「人間とは何か」とフト考えさせられた次第です。

「他の人間の重みに耐えること」を学生時代とか、そうした無・責任時代には、あまり意識することがなかったのですが、学問の世界を離れ、こうしたなまなましい世界へ不可避的に取り込まれてしまう中で、逃げられないような状況を外堀からうめられるようになって、その「他の人間の重みに耐えること」というところを心と頭で考えさせられることが多々あるようになり、まあ、それはそれで、ありがたくそこで学ばせて頂いているんだよな……と理解するようにしております。

ちなみの蛇足ですが、財産は兎も角、「旧○○藩」は外様になりますので、直参の出からすれば「将軍のお目見え叶わぬ陪臣やんけ」とボソッと思わざるも得ず、応対しながら、そんなことがフト頭をよぎるあたりには、自分の中には、まだまだ余裕があるのかな……などとも思ったりした次第です。

さて……。
24時に仕事が済んでから、さあ帰るかと、職場を後にしようとしたところ、気になる後輩と偶然にも遭遇です!

数ヶ月くらい合っておらず、近況を心配していた後輩です。
先週の大阪出張の際にも、市井の職場……といいましてもGMSの店舗ということになりますが……に宇治家参去の顔を探しに来ていた、ようなことをバイトくんから聞いていたので、電話をかけてはみたのですが、「お客様の都合により……」というパターンにて、家までいってみるか、と思っていた矢先でしたので、

「最近、どうよ!」

……と声をかけ、時間も時間ですので、近所の飲み屋で軽く一献です。
近況を確認したところ、おもった以上に元気だったのでひとまず安心するとともに、夢を目指して四苦八苦している状況は同じでしたので、もう一度がんばろうとお互いに決意し直すひとときを過ごすことができました。

偶然に遭遇しましたが、人間と人間が向き合うということは、偶然以上の必然性、それを有責性といってもよいのかもしれませんが、そうしたものがあるのかもしれません。
※この西洋の文脈での有責性というものは、東洋思想でいう眷属というものかもしれませんが。

さて、赤提灯をあとにすると27時前。

う~ん、かるくの筈が、重くとまではいかないもののいい感じです。

帰宅した爆睡した次第です。

さて本日は、「愛妻家の日」。
日本愛妻家協会……そんな組織があるんだ!……が、英語のI(アイ)と31(サイ)にかけ毎年1月31日を「愛妻家の日」と認定しております。

「妻にありがとう」と声をかけると世界が平和になるかも知れない……というわけですが、とりあえず「ボケの鉢植え」で許してもらいましょう。

なにしろ「こうした筋立てのなかで結ばれるものを、善意ないし善性(bonté)と呼ぶことができます」からね。

世の殿方、31日が終わるまでには数時間ありますので、「各員一層奮励努力セヨ」!

そこに倫理が立ち上がります。

なにしろ「自我は、担うことの受動性のうちで<善>と関わります」から。

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何も引用しない・・・不真面目な一日

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毎日、コツコツと研究を続けております。
毎日、さやさやと本は必ずひらきます。

金曜日はひさしぶりに市井の職場も学問の商売もお休みでした。

ゆっくり寝てしまいました。

昼過ぎにおいてから、たまっていたDVDで映画を見ていました。

小津安二郎『お早よう』(1958、松竹)
野村芳太郎『拝啓天皇陛下様』(1963、松竹)

前者は何度もみておりますが、シャープな佐田啓二(1926-1964)と、朗らかな久我美子(1931-)のやりとりがほほえましく、後者は、渥美清(1928-1996)と長門裕之(1934-)のコミカルな演技にたまった疲れがいやされるというものです。

映画を見てから、少々、バルト(Karl Barth,1886-1968)の『教会教義学』をひもとくものの、あたまにはいってこず……。

短大の試験とレポートの採点もあります。金曜日に届けられた通信教育部のレポートもひとやまあります。

ですけど……。

たまには、「不真面目に」「何もやらない」「一日」がたまにはあってもよいのではないだろうか・・・と思い起こしてから、バルトの著作を閉じ、たまった仕事も「要 処理」とのラベルを貼ったBOXへ移しただけで、何もしませんでした。

日本社会はまじめであることが第一義であることを要求するシステムとして成立しておりますが、こればかりが先に立ってしまうと、何かがあったとき折れやすい鋼鉄となってしまいます。だから3割ぐらいは「不真面目」な部分も必要だろうというのが宇治家参去の人生訓です。

ですから、何もしなかったついでに、息子殿のはがきが雑誌に掲載されたお祝い?もかねて、寿司へ行ってしまいました。

宵の口から飲み始めてしまい、また早々と寝てしまう始末です。

ですけど何もしなかったおかげで、さあ、今日からまたがんばります。

たまには不真面目に何もしないで一日を過ごすことって必要だと思うのですが・・・。

ただ細君にいわせると、宇治家参去のもともとの性根が「不真面目」だから、真面目な人が改めて「不真面目な一日」を意識的に送るようなことはしなくてもよい……とのことだそうですね。

やれ、やれ。

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人生に逆境はない。如何なる境遇に在りても、天に事へ人に仕へる機会は潤澤に恵まれている:吉野作造の生まれた日

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 一八七八年(明治十一)に生まれた吉野作造は、明治青年のナショナリズムを深く共有していることは疑いない。明治期のナショナリズムは、国権意識と民権意識の混同をそのひとつの大きな特色とするが、吉野作造もその陥穽を免れることはできなかった。当時としては進歩的な発言と見ることも可能だが、ナショナリズムの範囲内での発言がほとんどである。しかし時代状況との対応のなかで、吉野はナショナリズムを相対化し、国権意識と民権意識を整理し、民福増進を図るようになる。その意味では、吉野の歩みはナショナリズムとの対峙、脱構築とみることも不可能ではないだろう。

 最後にキリスト者としてのナショナリズムとの対応に関してひとつみておきたい。
 教会史家の山路愛山は、近代最初期の日本のキリスト教入信者たちの特質を次のように見た。

 かくて時代を謳歌し、時代とともに進まんとする現世主義の青年が多く戦勝者及び其同趣味の間に出で、時代を批評し、時代と戦はんとする新信仰を懐抱する青年が多く敗戦者の内より出でたるは與に自然の数なりきと云はざるべからず。総ての精神的革命は多くは時代の陰影より出ず。

 周知の通り、最初期のキリスト者は佐幕系諸藩の武士階級の人々がほとんどである。明治維新をただの政治維新とみて、それ以上に精神的維新の必要を見てとり、キリスト教信仰によって愛国とナショナリズムが完成されるとの気負いが著しく強い。吉野の信仰の師・海老名弾正もその例外ではないし、福音主義の頭領と目される植村正久も、無教会主義の内村鑑三もその例外ではない。敗残というルサンチマンと著しい気負いが最初期のキリスト者に共通して見て取れるメンタリティーである。
 吉野作造は武士階級の出身ではない。
「私は東北の片田舎の一商賈のせがれである」。
 しかしながら、生家は宮城県志田郡大柿村(後の古川町、現在の大崎市)であるから、旧仙台藩に属した地域である。旧仙台藩は戊辰戦争では幕府側につき敗者となったため、明治新政府となった薩長藩閥に対する抜きがたい反感が人々の心に深く根を下ろしていたようである。
 吉野に深く影響を与えた海老名弾正はナショナリズムと信仰を一体化させるなかで自己の使命を確認したが、吉野作造はその両者を分離することが自身の使命となった。
 二人には牧師、信徒、そして世代や出身階級の違いは歴然として存在する。
 一方は時代状況にのみこまれたとすれば、一方は時代状況と対応するなかで、ナショナリズムと信仰を区別していくようになるが、そのあたりの消息を、海老名との対比だけでなく、木下尚江との対比のなかで、キリスト教の受容過程として丁寧に明らかにする必要があると思われるが、それは後日の課題としたい。
    --拙論「吉野作造(前期)のナショナリズム--日露戦争から第一次世界大戦までの対応」、『東洋哲学研究所紀要』第25号、東洋哲学研究所、2009年。

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のっけから拙論で恐縮する宇治家参去ですが、年末に上程した吉野作造(1878-1933)論からの引用です。

キリスト教神学研究者がなんで、吉野作造かという問題がありますけど、キリスト教神学研究者だからこそ吉野作造っていう部分があるんです。

中学校の歴史の教科書でも、大正デモクラシーの論壇をリードした政治学者として吉野作造が紹介されているとおり、名前としては、巷間に知れ渡っております。

政治学史、憲政史の文脈では、山のような研究論文業績が散見されます。

民本主義を主張し、体制の枠内での漸進主義的改革という限界をもった主張というのが一般的な評価です。

政治学史、憲政史の文脈では、……語弊を招くような表現ですが……、ある意味では決着のついた、評価が済んだ思想家の一人です。

しかし、決着もついておりませんし、それによって評価が済んだわけでもありません。

お恥ずかしながら、自分も改めて研究対象として俎上に載せるまでは、「評価が済んだ」歴史上の人物と認知しておりました。

大学院で、指導教官の鈴木先生から「きみは、吉野作造をやったようがいいよ、やったほうがいいよというか、吉野作造を学ぶことで、今の君自身を学ぶことができるはずだ。やったほうがいいよといより、やったほうがいいよ」と言われたことがきっかけで、取り組んだわけですが、正直なところ発見の連続です。

日記で何度も紹介しているとおり、吉野作造はクリスチャンです。
お恥ずかしながら……というのは、法学の側面の評価を周知でしたが、信仰者の側面をまったく払拭して浅はかさです。

吉野の議論は、すべてその信仰という大地に内在しております。

しかし聖職者ではありません。極端な言い方ですが、ただの平信徒です。

神学をやるというと、マア、特定の思想家をやるのが通例なのですが、鈴木先生は敢えてだと思うのですが、自分に与えたテーマはすべて「平信徒」ばかりでした。

神学議論として、哲学的議論としては稚拙なところがあるのは否定できません。ですがあえてそういう対象ばかり「やったほうがいいよ」って示唆されつづけました。

「それがきみのためになるんだから」

正直なところ、なかなかその言葉が最初は飲み込むことができませんでした、なにしろお馬鹿ですから。

ですけど、年を追うごとに、そのことの大切さを理解するようになった次第です。

いうなれば、教義学のテキストに載るような部分から、余剰していく部分というものを、学ばせて頂いたというところでしょうか。

吉野作造のデモクラットとしての業績は、まだまだ沃野はあるといえ、ある程度の公定評価はできあがっております。しかし、それを支える信仰観、人間観、世界観の探求はまだまだです。

そこを切り開く使命を与えてくださったのが、宇治家参去のすべての状況を承知の上で与えてくださった学問の恩師・鈴木先生の学恩かもしれません。

さて、そうした吉野作造が誕生したのが本日1月29日です。

今から、132年前の今日です。

吉野作造の民本主義の思想は、主権の所在を問わない点で、確かに「理論としての限界」は存在します。デモクラシーの旗手として活躍した当時からも、その点を、右から批判(天皇親政の立場からの批判〔上杉慎吉〕)されていますし、左からは、理論の陥穽を批判(山川均)されております。

しかし、吉野作造が見出し大切にしたのは、理論そのものではないという点です。

理論よりも優先されるべきは何でしょうか。
生きている人間です。

システムそのものではなく、人間そのものだったことを忘れてはいけないのでしょう。

戦後、確かに体制・理論としての民主主義は確固として樹立されます。
しかし、民意に耳を傾ける、そしてその幸福の増進を図る……という目的がデモクラシーの議論のなかですっぽりと抜け落ちてしまうと、概念に人間が規定されてしまうというお寒い状況を招来してしまうといのがその実情です。

あげく、関心はうすれ、関心はうすれることによって、がめつい顔のオッサンたちは、庶民感覚を超脱した金銭を扱いながら、「知らなかった」とシラをきり、シラ切るすがたをみなれてひとびとは、さらにひいていく……そういう構造になってしまいます。

しかし吉野作造は、あきらめません。

死ぬ直前まで、信仰に裏打ちされた信念によって、努力を積み重ねます。

きっかけはともあれ、吉野作造を研究することになったのは、幸福だと思います。

神学者・牧師に多いのは……語弊はありませが……「信仰のため」が最優先されます。
しかし吉野作造は神学者・牧師ではありません。

だからこそ、本人も公言してはばかりませんが「信仰のため」とは一言もいいません。
ですけど、「信仰」によって「薫発」されたところを大事にします。

信仰という大地に内在しつつ、それぞれの展開を限界までぎりぎり探求していく。

信仰の可能性のひとつのよいお手本を学ばさせて頂いているような記がします。

盟友・内ヶ崎作三郎は吉野の死後、「(吉野作造は)無限の親切の人」だったと語っておりますが、その人格を支え、薫育した宗教の問題を解明するのは、この無宗教性がもてはやされる現代においてこそ必要な作業なのだと思います。

ともあれ、生誕132年目を迎えた吉野作造の思想の持つ意味はいやまして大きいものだと思います。

……ということで、今日は、要するにめでたい日なんです。

だから、吉野作造大先生には安ワインで恐縮ですが、乾杯です。

……ということで、最後に、これも何度も紹介している言葉でありながら、自分自身の座右の銘となっている吉野作造の言葉を紹介します。

吉野作造自身が最大の逆境に陥っているときに日記からです。

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 人生に逆境はない。如何なる境遇に在りても、天に事へ人に仕へる機会は潤澤に恵まれている。
  大正十三年六月十五日    吉野作造
    --吉野作造「日記 二」、『吉野作造選集 14巻』岩波書店、1996年。

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「天」だけでなく「人」にもというところがしびれます。
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思想家として三流覚悟ですが、、、親バカしていいですか???

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 「だいぶ以前のことですが、それとよく似たことをある医者がわたしに話してくれましてね」と長老が口をはさんだ。「すでに年もいっていて、文句なしに頭のよい人でした。その方が、あなたと同じように率直に話してくださったのです。冗談まじりに、といっても、けっして笑える話ではありませんでしたがね。その人が申すには、わたしは人類愛に燃えているが、自分に呆れることがある。というのも人類一般を好きになればなるほど、個々の人間を、ということはつまり一人一人を個々の人間として愛せなくなるからだ、と。自分は夢のなかで、人類への献身という狂おしい考えにたどりつき、何かの機会に不意に必要が生じれば、じっさいに人々のために十字架にかけられてもいいとまで思うと申すのです。そのくせ、同じ部屋でだれかとともに過ごすことは、たとえ二日でも耐えられない、それは経験でわかる。だれかが自分の近いところにいると、それだけでもその人の個性に自尊心をつうされ、自由を圧迫されてしまう。どんなによい人でも、自分は一昼夜のうちに相手を憎みだしてしまうかもしれない。ある人は食事がのろいから、またある人は鼻かぜをひき、しょっちゅう鼻をかんでばかりいるからといって。
 また、こう申すのですよ。人がわたしに少しでも触れるがはやいか、自分はその人の敵になってしまう。でもそのかわり、個々の人間に対する憎しみが深くなるにつれ、総じて人類に対する愛はいよいよはげしく燃えさかるとね」
 「でも、いったいどうしたらよいのでしょう? そういう場合、どうすればよいのでしょう? だとしたらもう、絶望するほかないでしょうか?」
 「いいえ、そんなことはありません。あなたがそれを嘆いているということだけで十分なのです。できることをなさればよいのです。そうすれば、それだけの報いはあるのです。あなたはもうたくさんのことをなさっている。なにしろ、それぐらい深く真剣に自分のことを知ることができたのですからね! あなたがさっき、あれほど心をこめてわたしに話したことが、もしも自分の誠実さをわたしに褒めてもらうためだけのものだとしたら、実践的な愛という行いの点で、むろん達成できないでしょう。結局のところ、何もかもたんなるあなたの夢で終わり、人生はまぼろしのように過ぎ去ってしまいます。そのうち、来世での生活のことも忘れ、しまいにはなんとなく自分に安住しておしまいになることが目に見えています」
 「返すことばもありません! いま、この瞬間になってわたしはやっと悟りました。感謝されないことに堪えられないとさっき申し上げたとき、わたしはじっさい、あなたがおっしゃったとおり、自分の誠実さを褒めていただくことばかり期待していました。あなたはわたしに、自分がなんであるのか教えてくださいました。わたしをとらえ、わたしにわたしの正体を説明してくださったのです!」
 「本心でそうおっしゃっているのですね? あなたがそれだけ告白なさったのですから、わたしも信じることができます。あなたが真摯な方で、善良な心の持ち主であるということです。たとえ幸せにたどりつけなくても、自分の道はまちがっていないということを、忘れずにいるのですよ。そして、その道からはずれないように努力するのです。大切なのは嘘を避けることです。どんな嘘も、とくに自分自身に対する嘘は。自分が嘘をついていないか観察し、一時間ごと、いや一分ごとに、自分の嘘を見つめるのです。そして相手が他人であれ自分であれ、人を毛嫌いするということは避けなさい。自分のなかで忌まわしいと思えるものは、それに気づくだけでも浄化されるのですから。恐れるということも避けなさい。もっとも、恐怖というのはありとあらゆる嘘の結果にすぎませんがね。
 実践的な愛を成就しようというときに、ご自分の小心さをけっして恐れてはなりませんよ。そのとき、あなたがよくない行いをしても、さして怯えるに足りないことです。あなたに何ひとつ慰めとなる言葉をかけられないのが残念ですが、実践的な愛というのは空想的な愛とくらべて、なにぶんにじつに残酷で恐ろしいものだからですよ。空想的な愛は、すぐに満たされる手軽な成功を求めて、みんなに見てもらいたいと願うものです。そうなると、成功に手間ひまかけないで、舞台みたいに少しでも早くなしとげてみなの注目を浴び、褒められたい一心から、自分の命まで投げ出してしまうことになりかねません。
 それに対して実践的な愛というのは、仕事であり忍耐であって、ある人に言わせれば、これはもう立派な学問といえるものかもしれない。しかし、あらかじめ申しておきますよ。どんな努力にもかかわらず、たんに目標に近づけないばかりか、むしろ目標が自分から遠のいてしまったような気がして、ぞっとする思いで自分を省みるような瞬間さえ、--いや、まさにその瞬間に、もういちど申し上げますよ、あなたはふいに目標に到達し、つねにあなたを愛し、ひそかにあなたを導いてきた神の奇跡的な力を、自分の身にはっきり見てとることができるのです。お許しください、向こうで人が待っておりますもので、これ以上あなたとご一緒できません。ではまた」
 夫人は泣いていた。
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟 1』光文社、2006年。

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もういい加減、『カラマーゾフの兄弟』を卒業しなければならない……日記のネタとして……わけなのですが、どうしても考えざるを得ない「事件」が到来してしまいましたので、諄いようですが冒頭に引用させて頂きます。

理念(観念)と現実の相剋に悩むのが生きている人間の実情です。

前者に引っ張られすぎると、観念から現実の人間を規定する方向性です。
いうなればギリシア神話に出てくる「プロクルーステースの寝台」というやつです。山間の街道に出没するアッティカの盗賊プロクルーステースは、捕まえた旅人に対して、このベッドのサイズに合えば命を助けてやるというわけですが、ベッドのサイズにあわないならばあうようにその体を刻んだようですけども、理念が無批判に優先されてしまうと現実の存在者を引き裂いてしまう……そういうところがあります。

大抵において、それは理念先行型の職業革命家によって担われてきたのがその歴史でしょう。

対して、理念を無視してしまって現実の生々しさのみを見続けてしまうと、理念が絵空事と移ってしまい、理念に対して、「現実をもっとみろよ」というエセ現実主義者になってしまうのでしょう。ただし「現実をもっとみろよ」と言いつつも、そこでは全体の中で現実を見ているわけではありません。ですから自室へ後退しつつ、現実から引き下がってしまうシニシズムが実はその消息です。

構造としては全く対極に位置するスタンツですが、その心根は同根です。

理念を優先するにせよ、現実を優先するにせよ、そこにある視座は、理念からも現実からも遠ざかってしまうという、いわば抽象化の問題です。

理念にとことん集中することで現実を平均化してしまいますと現実を抽象化するだけでなく、現実から生み出されたはずの理念そのものも抽象化してしまいます。
同じように現実にとことん集中することで一極しかみえなくなってしまうと現実という豊かな地平を抽象化してしまい、理念も現実も見えなくなってしまいます。

それが実情なんです。

しかし、ひとはどちらかに重きをおいて、ものをみてしまいます。
その方が、たぶん楽だからなのでしょうから。

人間とは何か。

これは古来より続く哲学・倫理学・宗教学の大きなテーマです。
理念先行で人間観が先に立ってしまうと、生きている人間を分断してしまいます。
しかし同じように現実先行で状況が先に立ってしまうと、ぐだぐだ生きている人間を本来的に積極的に批判しその状況をレコンキスタすべき理念の視座を欠如してしまい、超低空飛行の末迷走してしまうというものです。

だからこそ、理念にせよ現実にせよ、両方を携えて生き抜くしかないわけなのだと思います。

どちらが先とか優先されるべきという問題ではなく、相互批判しながら、生きていく、そこに実は「人間とは何か」が肯定的な問いとなり、理念が昇華され、現実が彩り豊かなものへと天下されるべきヒントがあるわけなのですが、、、なかなかうまくできない・・・というのが人間生活世界を多う状況なのかもしれません。

だからこそ、人を人類として扱うのか、人類を人として扱うのか……大問題になるわけです。


ドストエフスキー(Fyodor Mikhaylovich Dostoyevsky,1821-1881)は強烈な理想主義者(人類志向)であると同時に、現実の生活は放蕩無頼なぐだぐだなところ(現実〔個別の存在者〕志向)がありました。

だからこそ、理念としての人間と、現実としての人間を悩み抜いたのかも知れません。

人類のために何かをしたい。しかし現実の人間には頭がくる。
おいらはどうすっぺ……というところでしょうか。
ただエライのは前者にも、そして後者にも開き直らなかったというところでしょうか。

はっきりいえば自分自身は、心根としては前者志向、つまり理念先行であったことは否定できません。幼少時の家庭教育に起因しますし、そういう学問……広義の哲学とはやはり理念先行……に携わってきたことに起因しますのでどうしてもその感覚を払拭することができません。

しかしそこにひっぱられすぎると現実から遠ざかってしまいますし、理念なんてどうでもいいやってなってしまいますと、現実を開拓することができません。

ですから、目下の課題は、理念と現実をどのように有機的に相関的に結びあわせていくか……というところでしょうか。

そうしたヒントをくれたのは、細君だったかもしれません。

語弊を生むような表現ですが、好きで結婚した相手ではありません。
語弊を生むような表現ですが、この「好きで」というのは「大恋愛の末」という意味での「好き」という意味です。

お見合いで結婚しました。
間違いのない相手だと思いお互いに決断しました。
24時間、好きで好きで好きだよ~って感覚とは違います。
ですけどお互いに「大切に」はと思っております。
※この辺は本論からはずれるので突っ込まないように!

で……。
その細君から、

「盗賊に私が襲われなぶり殺しにされて、犯人が捕まったら、どう思う?」

などと聞かれたことがあります。

まあ、正直いやな質問です。

すべてのひとのいのちには、ダイヤモンドのような他者の介在をゆるさざる光り輝くものが内在するはずだ!……との信念から(理念を優先させる?)、次のように答えた記憶があります。

つまり・・・

「いかなる意味においても、死刑を許容することには賛同できないですし、特定の個人のみを相手にするのではなく、すべてのひとを対象とする哲学者の立場としては、要するに哲学とは個別の存在者のみを相手にする特殊個別のかたよった志向をさけ、すべてのひとを問題にする普遍性を探求するというスタンツから、あなたひとりを特別視することは不可能・・・」
※もうひとつ補足ですが、死刑の賛否に関して議論がしたいわけではないので突っ込まないように!

……と答えたところ、

「薄情者!」

……とどやされた記憶があります。

その頃からでしょうか。。。

すべてのひとの問題と、個別のひとの問題、少し抽象化すれば理念と現実の問題に頭を悩ませるようになりました。

そのなかでヒントをくれたのはくどいようですが、やはり思想の師と仰ぐエマニュエル・レヴィナス先生(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の言葉でしょうか。

少し長くなるが引用します。

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 ポワリエ 他人はみなそれぞれかけがえのないものですけれども、私たちは全員をひとしく愛することができません……
レヴィナス まさしく、それゆえに、私たちは、私が倫理的秩序あるいは聖性の秩序あるいは慈悲の秩序あるいは愛の秩序あるいは慈愛の秩序と呼ぶものから出てゆかねばならないのです。いま言ったような秩序のうちにあるとき、他の人間は、彼がおおぜいの人間たちの間で占めている位置とはいったん切れて、私とかかわっています。私たちが個人として人類全体に帰属しているということをとりあえずわきにおいて、かかわっています。彼は隣人として、最初に来た人として、私にかかわっています。彼はまさにかけがえのない人であるわけです。彼の顔のうちに、彼がゆだねた内容にもかかわらず、私は私あてに向けられた呼びかけを読みとりました。彼を放置してはならない、という神の命令です。他なるもののために、他なるものの身代わりとして存在すること、という無償性の、あるいは聖性のうちにおける人間同士の関係がそれです!
ポワリエ 質問を繰り返すことになりますが、私たちは全員をひとしく愛することができません。私たちは優先順位をつけ、判別します……
レヴィナス というのも「全員」(Tout le monde)という言葉が口にされたとたんにすべてが変わってしまうからです。その場合には、他人(l'autre)はもうかけがえのないものではなくなります。この聖性の価値--そしてこの慈悲の高まり--は、全員が同時に出現するという事態になれば、他の人たち(les autres)との関係を排除することも、無視することもできなくなります。ここで選択という問題が出てきます。私は「内存在性からの超脱」(des-interessement)を果たしながら、今度はいったい誰が際立って他なるもの(autre par excellence)であるのかを特定することを迫られるのではないでしょうか?評価(ratio)という問題が出てきます。裁きの要請が出てきます。そのときまさしく、「かけがえのないものたち」(uniques)のあいだで比較を行うという要請が、彼らを共通の種属に還元するという要請が出てくるわけです。これが始原的暴力(premiere violence)です。かけがえのない唯一性(unicite)に対する異議申し立てです。
    --エマニュエル・レヴィナス、フランソワ・ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性--レヴィナスは語る』国文社、1991年。

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そう。

「私たちは全員をひとしく愛することができません」のです。
「私たちは全員をひとしく愛することができません。私たちは優先順位をつけ、判別」するのが現実なんです。ま、だからこそ理念との齟齬が出てくるわけですが・・・。

ですけどのそまま放置プレーすることもできません。
つまり「全員」(Tout le monde)のなかに還元不可能な「他人」(l'autre)を見出し、還元不可能な「他人」(l'autre)の顔のなかに「他人」(l'autre)を見出すしかないのでしょうね。

そのあたりを頭をなやませつつ、格闘している毎日です。

「かけがえのないものたち」(uniques)たちにこだわらなければならないんです。
ですけど全体から切り離された「かけがえのないものたち」(uniques)も存在しないのかもしれませんし、「かけがえのないものたち」(uniques)を見失った全体というものもないのかもしれません。


……ということで表題にもどります。

自分の子供を愛する。
そして自分の子供を愛するように、他者を愛する。
通俗的ですけども、このことが生きる上では必要なんです。

前者に集中してしまうと、親としては、まかりまちがえばモンスターなんとやらになってしまうんです。全体から切り離された状態という奴ですね。

そして自分の子供よりも、全体としての人類に集中してしまうと、個別の存在者から切り離された全体という抽象化された立場が現出され、人間を目的としてではなく手段として扱う立場になってしまうんです。個別の存在者から切り離された状態という奴ですね。

それを丁寧に避ける必要があるんです。

でもどうやってあつかうのかの段になると悩むわけですが、長谷川平蔵としては……便宜的な方法論で恐縮かつ実際には役に立ってないのですが……、なるべく「個別」よりも「全体」を優先しつつ、私的空間においては、最大限においては最大限に接するようにと心がけております。
※ただその表現は、細君からすると、やっぱり、理念としての全体を優先していて、個別の存在者を顧みていないとの批判が多いようですが(苦笑)。

つまり、パブリックな局面では、自分の子供であったとしても、一個の存在者として、異なる他者とえこひいきしないけれども、プライベートな局面においては、最大限に尊重するというところでしょうか・・・。
※これまた細君にいわせるとそれができていないというツッコミがありますが。

ただ、そういう認識であったとしても、そこを逸脱する心も出てくるんです。

そう、表題に戻りましょう。

理念と現実をつなぎ止めるきちんとした思想家であれば、それを完璧に遂行できます。そして長谷川平蔵自身もかくあるべしと努力しております。

しかしできませんでした。

そう、表題に戻りましょう。

「親ばか」がどうしても出てくることがあったんです。

まあ、くだらないことです。

息子殿が書いたイラストが、とある子供向けの雑誌に掲載されていたんです。
※くどい注釈が多くてスイマセンガ、要するに子供向けのゲームやマンガの雑誌であり、こういうものを読むこと自体に教育上観点からは、ほかに優先されて然るべきという発想ですので、それ自体を容認することに異議があるわけですけれども……またクドイ注釈の通釈ですが一応念のため、、、マンガ、ゲームを否定しません、やっていいと思います、ただし優先順位という観点では息子殿には他事を優先すべきという立場から……。

哲学、宗教を論ずる思想家の立場としては、抵抗があるわけですが・・・

息子殿が苦労して……懸賞で欲しいのがあったので応募したようですが……描いた一枚のイラストが載っていたようで……。

正直に、ストレートにストライクに話します。

親として「嬉しかった」次第です。

あぁ~あ、恥ずかし。

あぁ~あ、もっとも禁忌すべきアレをやっちゃいました。

プライベートな空間でなら小声でいってもいいんです。
パブリックに対してまで嬉しさを表現しちゃいました。

「親バカ」という奴ですね。

ちょいとダサイです。

思想家としては失格です。

ですけど、ちょいと嬉しかったです。

息子殿に、「よかったねぇ~」って誉めてやりたいです。

ですけど、う~ん、やっぱダサイ。

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絶対に風邪と花粉症にかからぬ妙法、御存知の方はありませんか。

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風邪除けマスク
 声楽家の岡村喬さんがある新聞に書いておられたが、冬になると氏は外出の時、マスクをされるという。
 私もそうだ。氏と同じように私も風邪をひいているからマスクをするのではなく、他人の咳から身を守るためにマスクをするのである。
 咳をする時、口に手をあてない人が電車のなかでも歩道でもたくさんいる。
 声帯を大事にしなければならぬ声楽家には咳の飛沫をうけるのは大敵だ。声が枯れては歌えなくなるからである。私は岡村氏がマスクをして外に出る気持ちがよくわかる。
 私は声楽家ではないが、むかし胸の手術をしたので風邪をひくと人一倍くるしい。だから冬になるとこわいのは咳する人がそばにいることである。
 だから失礼だとは思うけれど雑踏のなかを歩く時はマスクをする。
 「おや、風邪ですか」
 と知っている人にたずねられる。
 「いや、風邪にかかりたくないからです」
 というと相手は笑う。
 「そんなマスクで風邪のヴィールスは防げませんよ」
 そんなことは承知している。承知しているがやっぱり気休めにマスクをしているのだ。
 この間、映画館に行った。
 近頃めずらしく満員だった。ところがうしろの咳の客がしきりに咳をする。首に唾があたった。これは困る。と言って「手を口にあてて咳をしてください」というのも失礼だから席をたって立見をしなければならなかった。
 もうひとつ。
 よく停止信号の時、車をとめて運転席から唾を吐く人がいる。
 あれもイヤだ。もしその人が風邪をひいているとすれば、ヴィールスが風邪にのって四方八方に飛ぶだろう。車内にティッシュをおき、そんな時、始末をすればいいのに、と思う。
 お医者さまは何とおっしゃるかわからぬが、風邪は寒さでひくのではない、ヴィールスで伝染するのだ。
 今年のはじめ、急にお腹が痛くなり、それが五、六日もつづいた。胃薬をのんでもよくならない。しかも何となく体がだるい。しかし熱は出ない。
 「風邪ですよ」
 友人のお医者さまに教えられた。
 「今年の風邪はお腹にきます」
 それが治ってから一ヶ月たって、今度は首と肩とが強烈にこり、軽い頭痛までしてきた。
 「風邪ですよ」
 と友人のお医者さまがまた言った。
 「今年の風邪は首や肩がこるんです」
 この風邪はいったい何処から伝染したのだろう。
 そうか。渋谷を歩いていたら横を通りすぎた学生らしい青年が口に手をあてず大きな咳をしたっけ。あの時じゃないのか。学生なら二日ぐらいで治るが、私のような年齢(とし)のものは何日も頭痛に苦しまねばならない。
 あの時、彼が他人の迷惑を考えて、一寸でも口を手で覆ってくれたら、と恨めしい気持ちである。
 といっても熱がないから私は外出もせねばならぬ。仕事もつづけねばならぬ。
 冬になると風邪がこわい。夏に日光浴をしたり、イソジンでうがいをするのだが、あんまり効果がない。
 絶対に風邪にかからぬ妙法、御存知の方はありませんか。
    --遠藤周作「風邪除けマスク」、『変わるものと変わらぬもの』文春文庫、1993年。

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東京へ戻ってから、大阪出張での疲れの為とおもっていたけだるさと体調の悪さでしたが、未だに治らず、症状をよくよく見当したところ、どうやら風邪になったようでございます。

基本的には慢性的な風邪のような状況です。
外見とは裏腹に、一年のうち四/五ほどは体調がよくない虚弱体質もやしっ子の宇治家参去です。

ですから逆に言えば、それでもなお(denn noch)体調の悪さを自覚するというときは、虚弱に由来するそれではなく、風邪なり何なり、ちょいと一段階ほど悪化したということになります。

まあ、こんなものは、卵抜きの卵酒でもカァっと呷って二-三日も過ごせば、元の状態に戻るので、たいしたことは無いのです。ただ本当は卵抜きではない方が治りが早いのでしょうが、それはそれとおき、まったりしながら治していこうかと思うところです。

さて……。
作家の遠藤周作(1923-1996)氏ではありませんが、宇治家参去もマスクを常用しております。

もともと喘息もちですから、風邪にかかわらず仕事中に咳払いをするのがイヤですので、マスクを常用せざるを得ずイタシカタナイのですが、風邪をひくと今度は寝ているときも「マスクをしろ」と家人に、とやかくいわれる段になるとそれはそれで困ります。

「そんなマスクで風邪のヴィールスは防げませんよ」
などと遠藤氏の知人のように切り返すわけですが、家人どもは、

「そんなことは承知している。承知しているがやっぱり気休めにマスクをしろ」と切り返してくる始末です。

寝ているときに自然と出てくる咳を空中へ飛沫させるな!ということでしょうか。

さて、もうひとつ。
大阪で殆ど寝ず、寝不足でした。
寝不足になると、御存知の通り、目がしょぼしょぼしてきます。しょぼしょぼが行き過ぎると頭が痛くなると同時に、一種顔面神経痛のような症状まで現れてきます。

すこし余分に寝ようと心がけたのですが……こちらもおさまらず。

どうやら、花粉症がはじまったようです。
それもそうですよね。なにしろ室内で栽培しているヒヤシンスも大きく花を開き始めた季節になりましたから・・・。

ただし状況としては、点眼しても、おさまらず……。
こちらは病院にでもいくしかなさそうです。
鼻の調子も悪うございますから。

風邪の方はどうでもいいんですが、花粉症はたまりません。
これから数ヶ月、苦難の涙の谷を歩み続けるほかありません。

……ということで??

大阪土産?の日本酒を昨日は早速やりました。
頂きものの「呉春」はお供えしたままですので、昨夜手をつけたのは新大阪のキヨスクで買い求めた一品です。

『純米吟醸 貴仙寿 吉兆』(奈良豊澤酒造/奈良県)

吟醸酒特有のほのかな香りが上品なのですが、コクと膨らみのある味わいが風邪をうまく退治しつつあるようです。

新幹線のなかで飲もうと思い、二本ほど購入し、一本は手を付けずに持ち帰ったのでやった次第です。

280円のカップ酒ですが、味わいのある一品でした。

そして味わいがあるのは酒そのものだけではありません。

カップそのものにも味わいがあるという奴です。

昨年のボジョレーではペットボトルのボジョレーが話題になりましたが、このカップ酒もガラスを使わずに、ペットボトルの素材です。

はじめてのペットボトルのカップ酒ですが、移動中の車中で手軽にやるにはペット素材の方がベストかもしれません。

くにゃくにゃってなるのがなんとなくスリリングですけど、落としてわれる心配もありませんから。

ただし!

中身は風邪には効いたようですが、花粉症には全く効果がないようで・・・。

とほほ。

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ぼくはきみたちに約束します。みなさんのだれ一人、忘れることはありません。

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 何かよい思い出、とくに子ども時代の、両親といっしょに暮らした時代の思い出ほど、その後の一生にとって大切で、力強くて、健全で、有益なものはないのです。きみたちは、きみたちの教育についていろんな話を聴かされいるはずですけど、子どものときから大事にしてきたすばらしい神聖な思い出、もしかするとそれこそが、いちばんよい教育なのかもしれません。
 自分たちが生きていくなかで、そうした思い出をたくさんあつめれば、人は一生、救われるのです。もしも、自分たちの心に、たとえひとつでもよい思い出が残っていれば、いつかはそれがぼくらを救ってくれるのです。
 もしかしたら、ぼくらはこれから悪い人間になるかもしれません。悪いおこないを前にして、踏みとどまれないときがくるかもしれません。他人の涙を笑ったりするかもしれません。さっき、コーリャ君は、『人類全体のために死ねたら』と叫びましたが、そういう人たちを、意地悪くからかったりするかもしれません。でも、ぼくらが、どんなにか悪い人間になっても、そうならないように祈りますが、こうしてイリューシャを葬ったことや、最後の日々のあの子を愛したことや、今こうして石のそばで、ともに仲良く話し合ったことを思い出したら、どんなに惨たらしい、どんなに人をあざけるのが好きな人間でも、そう、かりにそんな人間になったとしての話ですよ、いまこの瞬間、ぼくらがこれほど善良な人間であったことを、心の中であざけることなんてできないでしょう!
 それどころか、もしかするとこのひとつの思い出が、人間を大きな悪から守ってくれて、思い出してこう言うかもしれません。『ええ、ぼくもあのときは善良だったんです。大胆で正直な人間でした』と、ね。心のなかでにやりと笑ってもかまいません。人間はしばしば、善良で立派なものをあざ笑いますから。でもそれは、浅はかさから生まれるものなんです。けれども、みなさん、ぼくはきみたちに保証します。思わずにやりとしたとしても、心はすぐこう語りかけてくるでしょう。『いいや、笑ったりして悪いことをした、だって笑ってはいけないことなんだもの!』ってね」
 「かならずそうなります、カラマーゾフさん、ぼくたち、あなたのおっしゃること、よくわかります。カラマーゾフさん!」コーリャは目を輝かして叫んだ。少年たちは興奮して、何か大きな声で叫びたかったが、感激をおさえ、じっとアリョーシャを見つめていた。
 「ぼくが、こんなことを言うのは、ぼくらが、悪い人間になるのを恐れるからです」アリョーシャはつづけた。「でも、どうしてぼくらが、悪い人間になるなんてことがあるでしょう、みなさん、そうですよね? まず、第一に、善良であること、次に正直であること、それから、けっしておたがいを忘れないこと。もういちどこれおを繰り返しておきますね。みなさん、ぼくはきみたちに約束します。みなさんのだれ一人、忘れることはありません。いま、こうしてぼくを見ている一人ひとりの顔を、たとえ、三十年たっても思い出します。……
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟5』光文社文庫、2007年。

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日曜の深夜に東京へ戻ってから、さっそく現実の教室との格闘戦が始まりました。
月曜はそのまま短大へ出講し、学期末試験です。

講義をするわけではありませんので、体力・知力的には少々気が楽でしたが、それでもはりつめた一時間をおくるわけですので、なんとなく心地よい疲労です。

大学での仕事が終わるとそのまんま、市井の仕事です。
今日はちょっと楽かな~と思って出勤しましたが、期待は大きく破られ、がっつりレジを打たされるハメになりました。

8時間ぐらい寝たにもかかわらず、目蓋がくっつきそうになるほど眠く、我慢しながらレジをうっておりましたので、頭が痛くなるという始末です。

ですけど、家にもどると、頭が冴えてしまい、結局朝方まで起きているという状況でしたが、今朝も朝から用事なので早めに起床した次第です。

さて、さきほど、ようやく、日曜日の最終コマで実施したスクーリング試験の採点が済みました。

学問の性質上、筆者自身の経験(現実)を理念によって吟味する必要がありますので、学生さんたちの様々な人生経験を読ませて頂き、感動した次第です。

ほかの学問では決して味わうことのない、生きる醍醐味を味わせて頂いたとでもいえばいいのでしょうか。

人間生活世界って、たいへんなことが多く、正直なところ頭に来ることの方が多い事実をどうしても否定することはできませんが、そのことを否定することができないように「生きて何かをするというゲームから降りる」ことも否定できません。

ただ、それと同時に、悪い思い出だけでなく、よい思い出もそれと同じぐらい、むしろそれ以上に存在することも否定することができません。

どちらかありきというのは極端な作業仮説の世界での話にしかすぎません。生きているリアルな世界においてはその拮抗というのがただ中なのでしょう。

だからこそ、悪い思い出も否定することなく向かい合い、よい思い出を原動力にしながら、また新しいよい思い出を積み重ねていきながら、あきらめないで黙々と我が道を歩んでいくしかないのかもしれません。

その両極に佇みながら、崩れない自己自身を鍛え上げていくしかない……そのようなことを考えさせられた次第です。

頭の中では分かっているつもりなんです。
ですけど、現実には打ちひしがれてしまい、「なんなんだ」と言葉をつなぐことが屢々です。

ただ、本年度後半(秋学期)は、実にいろんなことを経験しましたが、経験するなかで、それでも、教師として学生さんたちと向かいあいながら、思索をし、悩み、言葉を交わすなかで、すこしだけ理念を現実に実現していこう、現実から理念に接近していこうと、思うようになれたのも事実です。

まだまだ「なんなんだ」と言葉を発してしまうこと思う命が内在することは否定することができません。ただしかし、「それだけでもない」ということが少しは確信できるようにもなりました。

その意味では半歩か一歩ぐらいは前に進めるようになったのでは……?

などとふと思う次第です。

ともあれ、一昨日の大阪スクーリング、そして昨日の短大の試験によって、本年度の講義関係の業務がすべて終了です。

前者はなんとか採点が終了です。
これから短大の採点と学期末レポートとの格闘です。
70通ちかくあり、それとは別に通信教育部のレポートも山のように届けられております。

ひとつひとつ丁寧に拝見しながら、自己自身を鍛えあげていこうかと思います。

なんども書きますが、通信教育部でも、そして短大でも、そして、おっと忘れるところですが、課外授業?でも、宇治家参去の授業を履修してくださった皆様ありがとうございました。

やるべき仕事が山のように目の前に積み上げられておりますが、大地の営みのように、淡々とやっていきたいものです。

昨日は日中おだやかな一日でした。
コートの必要もないかと錯覚するような一日でした。
気が付けば、大学構内の梅のつぼみが大きく実を結んでおりました。

人が気にかけないからといって凹まない。
一歩一歩が、梅のつぼみのような、そうした歩みでありたいものです。

冒頭では『カラマーゾフの兄弟』のエピローグ部分のアリョーシャの演説をすこし引用しました。

皆様ひとりひとりに贈りたい言葉です。

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「人生って天国なんだから、ぼくたちみんな天国にいるのにそれを知ろうとしないだけなんだよ」

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 兄は精神的にすっかり変わってしまった。ほんとうに驚くべき変化が、いきなり彼のなかではじまったのだ! 年老いた乳母が兄の部屋に入っていって、「ごめんなさいまし、お坊ちゃま、聖像の前に灯明をともしましょう」と言う。以前なら兄はそれを許さず、吹き消してしまうこともあった。
 「ばあや、いいよ、どうぞ、ともしておくれ、少し前まではこんなこともおまえたちに禁じたりして、ほんとうに罰あたりだったね。おまえが灯明をあげながらお祈りをし、ぼくはそういうおまをほほえましく感じながらお祈りするよ。おうすれば同じ神さまにお祈りしていることになるからね」その言葉はわたしたちにとって奇妙に思え、母は自分の部屋にもどると泣いてばかりいたが、兄の部屋に入るときは涙をぬぐい、ほがらかな顔をしてみせるのだった。「ねえ母さん、泣かないでよ」兄はよく口にした。「これからもまだまだ、たくさん生きなくちゃならないんだし、みんなとたくさん楽しく過ごしたいし。だって、人生って、生きるって、ほんとうに楽しくてうれしいことなんだからね!」
 「ほんとうにおまえったら、何が楽しいっていうんだい。夜は熱がでるし、咳ももひどく胸が壊れそうじゃないか」
 「母さん」と兄は母に答えた。「泣かないでよ、人生って天国なんだから、ぼくたちみんな天国にいるのにそれを知ろうとしないだけなんだよ。その気になれば、明日にでも世界中に天国が現れるんだから」だれもがそういう兄の言葉に目をみはった。それぐらい神妙な、毅然とした話し方だったのだ。みんなが感動して泣いた。
 我が家に知人たちが見舞いに訪ねてきた。すると兄はこう言うのだった。「大切なみなさん、あなたがたに愛してもらえる値打ちなど、ぼくのどこにありますか。ぼくみたいな人間をどうして愛してくださるんです。でも、ぼくはどうしてこれまでそれに気づかず、ありがたいとも思わなかったんでしょう」部屋に出入りする召使たちにはいつもこう言うのだった。「大切なみんな、どうしてぼくに仕えたりするんだ、ぼくに仕える価値なんてあるのか? もし神さまが情けをかけて死なずにすんだら、こんどはぼくがおまえたちに仕えてやるからね、だって、だれもがたがいに仕えあわなくちゃならないんだから」
 母はこれを聞いて首を横に振った。「おまえはね、病気のせいでそんなことを言うんだよ」
 すると兄はこう答えた。「母さん、大好きな母さん、たしかに主人と召使のちがいをなくすことなんてできないけれど、ぼくがこの家の召使に仕えるようになってもいいんだ。召使がぼくにしてくれるのと同じようにね。もうひとつ、母さんに言っておくけど、ぼくらはみんな、すべての人に対してすべての点で罪があるんだよ、ぼくはそのなかでもいちばん罪が重い」
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟 2』光文社文庫、2006年。

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金曜日から日曜日にかけて大阪へ二泊三日の滞在をしましたが、現地では、ひたすら飲むばかりで、何もたべなかった……というのが実態です。

連日2時、3時まで飲むのは飲んでいたのですが、食べておらず……。
大阪をでる前に体重計に乗ったところ3kgほどダイエットできた次第です。

ただ、これもひとつの強制ダイエットになりますので、東京へ戻ると、腹が減るという始末で、エネルギー不足も実感するものですから、かるくひとりで焼き肉大会(ホルモン焼き道場『蔵』)です。

ハラミとホルモン(カシラ、ハツ、テッポ)を少々。
ハーフサイズのカルビクッパが五臓六腑に染み渡るとはこのことなのでしょう。

ゾシマ長老の兄が「人生って天国なんだから、ぼくたちみんな天国にいるのにそれを知ろうとしないだけなんだよ」と語るとおりです。

生きている世界にこそ天国は存在するのだと実感しつつも、その天国を体感するためには、罪の意識がどうしても宇治家参去には不可欠である……そのことも実感する次第です。

自己自身の有限性を自覚する、罪性を自覚するからこそ、無限への飛躍が可能になるのでは……ふとそう思う昨今です。

もういちど、ドストエフスキー(Fyodor Mikhaylovich Dostoyevsky,1821-1881)の『カラマーゾフの兄弟』を読み直すことを開始しました。心がきゅうきゅうと悲鳴を上げざるを得ないのですけど、そこがここちよいのも事実です。

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「めのまえにいる生きている人間と向き合うこと」

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 真理を探究し発見するには二つの道があり、またありうる。一つは、感覚および個々的なものから最も普遍的な一般命題に飛躍し、それら原理と不動の真理性から、中間命題を判定し発見する、この道がいま行われている。他の一つの道は、感覚および個々的なものから一般命題を引き出し、絶えず漸次的に上昇して、最後に最も普遍的なものに到達する、この道は真の道ではあるが未だ試みられてはいない。
    --ベーコン(桂寿一訳)『ノヴム・オルガヌム 新機関』岩波文庫、1978年。

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16世紀イギリスの思想家・ベーコン(Francis Bacon, Baron Verulam and Viscount St. Albans,1561-1626)が語るとおり、真理を探究し発見するには二つの道があるそうですが、自分自身が真理を探究し発見するためには、それ以外の選択肢があるようです。

すなわち、感覚および個々的なものから出発し普遍的な原理を探求するという方向性ではなく、めのまえにいる生きている人間と向き合うことから出発し、普遍的な原理を探求するという方法です。

金曜から大阪に入り、土日は日中『倫理学』を全力で講義してきました。
よるは夜で、『倫理学』に関するメタ・倫理学に関して全力で講義してきました。

両者に共通しているのは、「めのまえにいる生きている人間と向き合うこと」に他なりません。

そうしたひとびとと向き合うことで、理念と現実を両手でがっちりと携え、思索しつつ行動できたような気がします。

まずは、シャイでナイーヴなチキン野郎の講義に参加してくださった受講生のみなさまありがとうございます。学んだのはこちらのほうかもしれません。

そして、深夜まで議論が続いたメタ・倫理学に関する宴席に参加してくださったみなさま、ありがとうございます。

学んだのはこちらのほうかもしれません。

……ということで、東京へ戻ります。

先ほど名古屋を通過したところです。

ありがとうございましたっ!!

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ぼくはしんそこ嬉しく坐っていた

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酌人の巻
Saki Nameh

そうだ ぼくも酒場に坐っていた
ぼくにもほかの人同様酒があてがわれた
連中は喋ったり わめいたり 今日のことで言い争ったりしたが
その日の様子で笑うのもあれば 泣くのもある
だが ぼくはしんそこ嬉しく坐っていた
最愛の人のことをぼくは思った--
そのひとがどんなに愛してくれるか などと
それはぼくには分からない だがどうしてぼくの胸の切ないことか
ぼくは彼女を愛する 忠実に一人の女に自分を捧げ
奴僕のように寄りすがる胸があるが、そんな胸として現に存在している
そのようないっさいを記して余さなかった羊皮紙はどこに 鉄筆はどこにあったろう--
だが この通りだった 事実この通りだったのだ
    --ゲーテ(小牧健夫訳)「酌人の巻」、『西東詩集』、1962年。

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不思議なものですが、真剣になれるのが酒を飲んでいるときと、教壇に立っているときです。

初日の講義がスタートしましたが、二日間決めた道を歩むのみ……。

そういうところでしょうか。

真剣に授業に取り組んで参ります。

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いざ、大阪へ

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一三 学問は、自分でなすべきものである。学問をおさめなければ、自分をそこなうことになる。学問をおさめて、はじめてそこなうことがなくなる。いまの人は、学問を、うわべをかざるためのものだと考えている。
    --朱子(荒木見悟訳)「朱子類語 巻八」、『類語抄』、荒木見悟責任編集『世界の名著19 朱子 王陽明』中央公論社、1978年。

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今朝の5時になってようやく、大阪へ向かう準備が整いました。
早くからやっていればよいのですが、いつもの如く、ぎりぎり前日での取り組みとなってしまい、深夜ですので、飲みながら準備をした所為で、そうなってしまった次第です。

大阪へは「仕事」をしにいきます。

大学の通信教育部の「倫理学」の対面講義(スクーリング)のために来阪する次第ですが、大阪はなにげに鬼門です。

徳川の録をはみ、微衷があることだけが理由ではありません。
一昨年同じ用事で来阪した次第ですが、道に迷ったことがありまして……、辛い?思い出となっております。

駅から5分なのですが、30分かけても見つからず、仕方なくタクシーで向かった次第ですが、タクシーが連れて行ってくれたのは、同じホテルの別のホテルというわけです。

目的はそのホテルの「○○駅前」なのですが、タクシーで到着したのは「○○」。
シカタガナイのでまたタクシーを拾って向かった記憶があります。

今回はそうならないようしたいものですが……、降りる駅は一昨年と同じく「○○駅」。

幸村・真田左衛門佐信繁(1567?-1615?)の奇策に惑わされず、徳川の旗印を掲げて参りたいものです。

さて、大阪へは仕事で向かいます。

家人は、宇治家参去が出張で地方へ出ると、

「飲みに行く」

……と勘違いしているようです。

決して遊びに行くわけではありません。
仕事なんです。

しかし学問の「仕事」は単なる「仕事」ではありません。
まさに「生きるしるべ」です。

ふたたび、朱子(朱熹,1130-1200)を銘記しつつ、遅い昼下がりに江戸を出陣です。

ただしかし、、、

新幹線車中用としてPSPのゲームを買ったのですが、すこぶる快調で、車中では少し「遊ばせて」頂こうかと思います。

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「自己を仕上げてこそ物を仕上げることができる」

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一二 「自己を仕上げてこそ物を仕上げることができる。物を仕上げるのは、自己を仕上げることの中に入っている。このように考えてこそ、道理に合致することができるのだ。聖賢の千言万語は、人にさしあたって身近なところから実行に移させる。たとえば、大きな建物を掃除するのは、小さな部屋を掃除する仕方と同じである。小さなところをきれいに掃除するのも、大きなところ(を掃除するの)も同じことである。もし大きなところで行きづまることがあるなら、それは小さなところで注意を怠ったからである。学ぶ者は、広遠なところをねらって、身近なところから実行しようとしない。それでどうして大きな問題が処理できよう。いままた内側から実行しないで、表面でうまく実行するものがある。これは才能がすぐれていて、才智で片づけているだけである。『中庸』で微細なことを説くところでは、独を謹み(第一章)、言を謹み、行いを慎む(第一三章)だけである。(同じく第一九章の)高大なことを説くところでは、武王や周公の高大な孝心による天下統治の内容の、そのすべてを載せている。小さなことは、大きなことの象徴である。ゆえに必ず行いを謹み言を謹まねばならない。微細なところから着手してこそ、かくも大きく充実できるのである」
 (先生またいう)「今日、学問をおさめるのが大変むつかしいのは、小学*を習う人が、ないからである。今日では、(足もとからでなくて)かえって頭から始める。古人は小学や小事の中に、大学や大事の道理をすっかり包んでいた。大学は、小学で身につけたことを推しひろげて行くだけであって、幼少の時以来、修得した道理が、その中に包まれている。素焼きの土器(を仕上げるの)とそっくりである」
*<小学>掃除対応から、親を愛し長上を敬うことに至るまで、幼少の頃に身につけるべき節度や教養をいう。こうした基礎的訓練を修得してから、更に深遠な道理をきわめ、政治的技術や理念を学ぶ。これを大学という。
    --朱子(荒木見悟訳)「朱子類語 巻八」、『類語抄』、荒木見悟責任編集『世界の名著19 朱子 王陽明』中央公論社、1978年。

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このところ宋代の儒家・朱子(朱熹,1130-1200)の著作をぱらぱらとひもといております。忙しいので、そんなものを読む暇はないのですが、読み始めると、これがとまらないというわけです。

この実感は朱子に限らず、たいていの儒家の著作を読むと……ただ読み始めるまでにヨイショが必要ですが……とまりません。おそらく国教としての制度・儒教としてできあがったシステムの背後に息吹く、儒家の肉声に接することができるからなのかもしれません。
儒学や孔子(B.C.551-B.C.479)と聞けば、なにやら古臭い道徳のイメージとか人間を抑圧する封建制度を想起しがちになりますが、肉声に接するとそうでもないことが理解され、そこに引き込まれてしまうというやつです。

孔子は『論語』で「怪力乱神を語らず」と語ったそうですが、この言葉にみられるように合理主義者の側面をもっております。また同時に「己を修めて以て人を安んず」というように、命令の道徳を説いたわけでもなく、どちらかといえば、カント的な倫理を模索したフシが濃厚です。

その言葉には、合理的な現実の人間理解とともに人間に対する優しさが溢れており、そこに感動を覚える訳ですけれども、その意味では、イメージの背景に見え隠れする儒家の大家たちの言葉には、おおらかな、そして強靱な人間主義の響きを感じ取ってしまうという次第です。

さて……。
朱子の「自己を仕上げてこそ物を仕上げることができる」というのは、まさに道理です。

小さな部屋の掃除ができない人間が大きな部屋の掃除ができる道理はありません。

マスクを被りほおかむりをして、逃げまくるオジサンが政界を騒がしておりますが、道理を踏まえていないのでしょうか……。

朱子の言葉に耳を傾けると、頭を抱えてしまう次第です。

小学を収めてはじめて大学へ着手することができるというものです。
自分自身を統治できるようになってはじめて、自分自身を含めた共同体を統治することができるようになるものです。

本末転倒……。

頭から始めたり、才智で片づけるだけでは本質的な変革なんかは不可能な筈なのですが……。

なにやら本末転倒のようで……。

頭を抱えてしまう次第です。

で……。
本末転倒といえばお恥ずかしながら自分自身もひとつ本末転倒をしてしまいました。
正月にお供え用に金箔酒を用意していたのですが、すっかり飲むのをわすれてい、昨晩頂戴した次第ですが、、、これは鯨のように大量に飲んでも旨いものではありませんネ。

ちょいと一杯、気分を味わう程度がベストです。

マア、これぐらいの失敗でしたら許容される問題……でしょうかねぇ。。。

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【研究ノート】「文化内開花」の諸問題--「喜んで折り合い」がつきすぎないように……

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歴史家トインビー(Arnold Joseph Toynbee,1889-1975)は仏教に比較的好意的な見解を臆面もなく語り、その非・戦闘的性格に調和と寛容の理想像を見出したわけですけれども、そのことを受け入れつつも、手放しでは受け入れることもできず……などとアンヴィヴァレントな状況に佇む宇治家参去です。

全く異なる伝統と向かいあった場合、たしかにオリエントに由来する諸世界宗教は、ある種の戦闘的なスタイルをもって対峙するのに対し、、西アジア~東アジアで展開した仏教諸派の性格は、戦闘的というよりはトインビーの指摘するとおり「それらと喜んで折り合い、単に共存するだけでなく共同生活をするようになった」歴史であり、いうなれば「平和的な気風」というスタイルをその特徴として指摘することが可能でしょう。

たしかに言われる通りなんです。

ただ、その「喜んで折り合い」がつく場合、場合によっては、折り合いを超え、本来の性格とは著しく変容したスタイルへと転化した例も散見されますので、調和と寛容の理想像であったとしても、そうした負の経緯を自覚する必要もあるではないかと思います。

オリエントに由来する諸世界宗教の場合、例えばローマ・カトリックや世界布教に出向いていったプロテスタント諸派の動向を振り返ると、確かに、「倫理的に間違っている」ようなあり方とか、「布教の対象となった地域に存在するすべての宗教を撲滅しよう」とする戦闘スタイルがあったことは否定できません。

ですからそうした経緯をふまえた上で、第二ヴァチカン公会議以降、戦闘的な輸出というスタイルからの転換が模索されました。

例えば「文化内受肉」という議論がそれに当たります。文化内受肉とは言ってみれば、キリストの福音を知らない全く異なる文化の土壌に対して、その土壌を徹底的に根絶やしにして、いわばコンクリートで大地を埋めてそのうえにビルディングを建て、西洋的なオフィスの中にmade in EUの造花を添えるというスタイルを改め、そうではなく、その文化土壌の上で、イエスの福音を生花として開花させるべき……という議論がでるようになったわけです。言葉を変えれば、単なる輸出(それは西洋文化と渾然一体になったもの)から、本質を失わずに、その地域や伝統に根ざした発展・展開への転換といってもよいでしょう。

負の経緯を自覚しての新しい展開といってもよいでしょう。
今後どのように展開されるのかは、後世の歴史家・思想家・神学者の手を待たねばなりません。これまでに存在しなかった「折り合い」とは異なる方向性でありますし、文化的相対性は認めるものの、本質の絶対性は維持された展開がどのようになるのか、見まもっていきたいと思うものです。

さて……。
仏教の場合、すべてがすべてではありませんし、折り合いを避ける伝統もありますので、一色単には言えませんが、えてして、「折り合い」の過程で、ややもすると本質が換骨奪胎されてしまうケースが多く、いうなれば本質の絶対性そのものまでが変容してしまうことが多々あったことは否定できません。
たしかに異なる文化伝統に対して「それらと喜んで折り合い、単に共存するだけでなく共同生活をするようになった」歴史がそれであり、いうなれば「平和的な気風」というスタイルをその特徴としておりますので、それが過度に進行してしまった場合、本質変容がかんたんに行われてしまいます。

その場合、調和とか寛容といった問題ではなくなってしまう……のではないのだろうかそう思う所であり、本質が変わってしまった場合、異文化上における当該宗教・文化の展開を超え、異なるものへの変容=本来性の廃棄になってしまう……そう思う宇治家参去です。

ただこの見解は、オリジナルなものをオリジナルなものとして保存しようとする伝統的な西洋形而上学の発想、キリスト教的一元論の籠絡に絡め取られた黴くさい神学者的憶見に過ぎない、とポストモダニストとか東洋学者には難じられることは承知なのですが、それでもなお、その当該宗教がもつ代換不可能な、唯一性、絶対性、本来的な性格そのものまでが変容する段階にまで「折り合い」が進んでしまうのはどうだろうか……などと悩んでしまいます。

もちろん、すべてがすべてそうであったわけでもありませんし、同じく文化内開花を模索する探求があることは承知です。

ただしかし、世の東洋至上主義……これはアンチ西洋の裏返しであることはいうまでもありませんし、ポストコロニアル批評のサイード(Edward Wadie Said,1935-2003)が『オリエンタリズム』で表象したとおりですが……というものが、こうしたトインビーのいうような好意的な見解を手放しで喜ぶ様を見てみますと……なんだかなという違和感を否定することができません。

そうした歴史を踏まえた上で、ではどのように展開していくのか、そのことを把握しておかないと、たとえ、暴力的でなく平和的であったとしても、問題は生じてしまう……そのように思われて他なりません。

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 宗教の自由を認める第一の、そして最も明白な理由は、任意の確信に基づかなければ真のものではあり得ない改宗を力によってもたらそうとすることは、倫理的に間違っている、ということである。一人前の人間の強制的な改宗は事実不可能である。彼に強要することができるのはせいぜい、刑罰や殉教の脅威を前にした誠意のないうわべの信仰である。一方子供は、早くから新しい宗教によって教育し、本当に改宗することができる。トルコ政府によって募集され、トルコ帝国の支配者となるように教育されたキリスト教徒の子供たちは、強制的にキリスト教から回教に改宗させられたわけではなかった。しかしこれらの子供の中には、その教育が終わる前に自然に回教徒になった者がいるという例が知られている。これらの子供たちはキリスト教徒の家庭から連れ出された時から、全く回教的な環境と雰囲気の中で育てられた。自然、彼らには、人間が信奉する宗教として考えられる唯一の宗教は回教だと思われるようになった。彼らが回教を選択することは不可避的であり、強制されたからではなく、代わりに選択すべき如何なる宗教も、知力の及び範囲にはすでに残されていなかったからである。子供の時にいろいろな宗教の中からどれかを選択する機会がないのは従来、トルコの献上児童に限らず、あらゆる時代のあらゆる社会における、あらゆる子供たちについても一般に言えることだった。子供は当然、両親とか教師とか、その教育を託されている大人の宗教によって育てられる。年上の世代の教育政策が如何なるものであるにせよ、自分の宗教を自分一人で選ぶことができないのは、子供時代の先天的な無力の一つだろう。しかし今日、人類がめざして動いている新しい普遍的な社会においては、人が分別盛りに達した時、自分で自分の宗教を選ぶことができるように、徐々になることを期待してもよいだろう。
 宗教の自由を認めるもう一つの理由は、人間の諸権利の一つは、真理についての様々な概念や救いに関する種々の掟のすべてについて、何の拘束も受けずに学ぶ権利であるということである。私たちは各自、それらの一つ一つを知り、自分自身の判断によって受け容れたり否認したりする権利を持っている。人間のこの聞き、学ぶ権利は、これに対応する教え導く権利を前提としている。ある人が発見あるいは啓示によって、真実のちょっとした閃き、救いを得る方法の断片を会得したという確信を持った時、この霊的な財産を同じ人間仲間と分け合おうという衝動や義務を感じないならそれは非人間的だろう。誰かを改宗させたいと望むことは、その人の幸福を思っている証拠である。そして布教師の対象となった者自身、たとえ布教師の親切がうるさくとも、その意図は慈悲深いものであることを心にとめなければならない。
 これまで世に現れた伝道的な宗教や思想のうち最もうるさくないのは、最も古い仏教である。仏教の布教は、仏教自体が寛容なために柔軟である。仏教は、布教の対象となった地域に存在するすべての宗教を撲滅しようとはしなかった。仏教はそれらと喜んで折り合い、単に共存するだけでなく共同生活をするようになった。この平和的な気風によって、仏教は激しい反対を引き起こすことなく広まった。西南アジアに源流を持つ伝道的宗教とイデオロギーは--キリスト教、回教、そしてキリスト教以後の三つのイデオロギー、すなわち共産主義、個人主義、国家主義--より戦闘的であり、それらが引き起こした反対もそれに応じて活発だった。例えば今日のインドにおけるキリスト教の布教事業は、聡明で有能なヒンズー教徒の、政治家であり、政治評論家であるK・M・パニッカールによって厄介なものであるとして鋭く批判されている。彼の今日のキリスト教の布教事業に対する反撥は、西暦の初めの二、三世紀間の、教養あるギリシア人およびローマ人のキリスト教に対する反撥と同じものである。そしてまた、共産主義の布教事業に対する、今日の西欧世界における裕福な、保守主義的なひとびとの反撥とも同じであることは、興味深く啓発的である。
    --A.J.トインビー(吉田健一訳)『現代が受けている挑戦』新潮文庫、平成十三年。

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「なるほど枕はない筈だ、これまで枕をして寝たことがなかったから」と初めて気が付いたころ(2)

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書いている途中で、講義時間になってしまい中途半端ながら、「またあとで・・・。」としてしまったので……続き。

ただ、何を書こうとしていたのか失念したいたところもありますが、放置するわけにも行かず……。

……ということで、とりあえず適塾時代、遊びも、酒も、勉学もとことんまで修養した福澤諭吉(1835-1901)の言葉に耳を傾けていたわけですが、宇治家参去の場合、学が行き詰まった場合、必ず繙くのが、福澤の自伝『福翁自伝』というわけです。

なにもかも闊達として語る福澤の肉声に、背中を押されてしまうわけなのですが、「とことんまで」なにをやるというのは……しかしながら同時に息抜きも必要ですけど……、老若男女かかわらず、人間形成においては必要不可欠なのだろう・・・そう思われる昨今です。

対象は何でもいいのでしょう。

そしてその営みが、マア最高点に達するとは行かないまでも、中途半端を排したものであった場合、状況がどうであろうとも、「なんとかなる」「なってしまう」人間になるのではないだろうか……そう思います。

思えば、福澤は長崎・大阪時代に蘭学に励み、オランダ語をマスターし、修学後江戸へと赴きます。江戸へ到着翌年(1859年)、開国後、外国人居留地となった横浜の見物へ出向き、マア、有名な話ですが、それまで刻苦勉励してきたオランダ語が一切通じない状況に直面します。

外国人商人の掲げる看板すら読めないわけです。

オランダ語ではなく英語というわけで、その状況の転変に衝撃を受けてしまいます。

しかし、福澤らしいですが、それぢゃあということで、蘭学へ引きこもるわけでもなく、さあ、それでは、英語が必要か……というわけで、英蘭辞書などをたよりにほぼ独学で英語の勉強をしはじめ、その翌年には咸臨丸でアメリカへ渡ってしまうというわけです。

もちろん、宇治家参去を含め、福澤のような才知はないかもしれませんし、気力体力も劣るのは承知です。

しかし、どこかで「とことん」までやった人間は、何か状況の転変に出逢ったとしても、福澤が英語をマスターしたような状況とは一致するかどうかは保障することはできませんが、それでも「なんとかなる」「なってしまう」のかなあ……などとぼんやりと思われます。

ちょうど、昨日、短大での後期の哲学の講座が最終講義を終えましたが、今回で7年目となりました。

若い学生さんの姿をみていると、通俗的な地の言葉で恐縮ですけども、「がんばっている」と「思いもかけない」ところから「なんとかなる」「なってしまう」という状況を目の当たりにするものですから、そうした想念が益々強まるばかりです。

また自分自身も、頑張ろうと思い直し、道を進んでいくことができるところが不思議なものです。

さて……。
基本的にはシラバス通りに授業を進行させるわけですが、今回はシラバス、教材ありきというよりも、学生さんたちの関心に従い、授業を組み立て直しましたが、これがかなり大変でした。

しかし、結果としては、……こういうのを手前味噌・自画自賛・八風におかされているとの批判は承知ですが……、7年やった中では一番、よくできたのではないか……そう思われてしまいました。

ですから……、そういうわけではないのですけども、15回目の最終講義を終えると、なんだか、「もうこれで終わりか……」というような 寂寥を味わうってしまうとでもいえばいいのでしょうか・・・、まだまだ至らない所は多々あることは承知なのですが、ちょいとそう感じてしまいました。

未来の福澤諭吉たちに幸あれ……そう思う次第です。

ただし、この修学の仕込とは、若い人たちに限定された問題ではありません。

思い返せば、福澤が英語を修学し始めたのは、24歳になってからです。
いうまでもありませんが、これは現在の24歳とは意味が意味が違います。

英語を学ぶ前に、寝ても覚めて蘭語と格闘した自分自身の歴史があったからこそ、逃亡ではなく挑戦できたのだと察せられます。

さて……。
これにて、短大での講義は4月までなし。
本年度は残すところ、通信教育部の週末のスクーリング講義のみとなります。

こちらも、また新しい歴史を構築する挑戦の節目にしていきたいと思います。

……ということで???

昨日は、昼食に学食で、日替わりの「ロコモコ丼」を頂戴しましたが、チト味がくどかった……次第です。マア若い人にはいいのでしょうが、ただし、スープが付いて350円というのはやはり安いです。

……とりとめのない日記となって恐縮です。

しかぁ~し!

一昨日をもってしまして、一年間一日も休まずに日記を書き続けたことは……我ながらよくやったものだ、……そう思いたいところです。

最近クオリチーが落ちているので、もうちょいとがんばります。

……ということで???

最後に福澤の昨日の文章の続きの一節をどうぞ。

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 それから緒方の塾に這入ってからも、私は自分の身に覚えがある。夕方食事の時分に、もし酒があれば酒を飲んで初更(ヨイ)に寝る。一寝して目が覚めるというのが、今で言えば十時か十時過ぎ。それからヒョイと起きて書を読む。夜明けまで書を読んでいて、台所の方で塾の飯炊きがコトコト飯を焚く支度をする音が聞こえると、それを合図にまた寝る。寝て丁度飯の出来上がったころ起きて、そのまま湯屋に行って朝湯に這入って、それから塾に帰って朝飯を給べてまた書を読むというのが、大抵緒方の塾に居る間はほとんど常極(じょうきま)りであった。
福澤諭吉(富田正文校訂)『新訂 福翁自伝』岩波文庫、1978年。

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「なるほど枕はない筈だ、これまで枕をして寝たことがなかったから」と初めて気が付いたころ(1)

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 およそこういう風で、外に出ても内にいても、乱暴もすれば議論もする。ソレゆえ一寸と一目見たところでは--今までの話だけを聞いたところでは、如何にも学問どころのことでなく、ただワイワイしていたのかと人が思うでありましょうが、そこの一段に至っては決してそうではない。学問勉強ということになっては、当時世の中に緒方塾の右に出る者はなかろうと思われるその一例を申せば、私が安政三年の三月、熱病を煩うて幸いに全快に及んだが、病中は括枕(くくりまくら)で、座布団か何かを括って枕にしていたが、追々元の体に回復して来たところで、ただの枕をしてみたいと思い、その時に私は中津の倉屋敷に兄と同居していたので、兄の家来が一人あるその家来に、ただの枕をしてみたいから持って来いと言ったが、枕がない、どんなに捜してもないと言うので、不図(ふと)思い付いた。これまで倉屋敷に一年ばかり居たが、ついぞ枕をしたことがない、というのは、時には何時でも構わぬ、殆ど昼夜の区別はない、日が暮れたからとといって寝ようとも思わず、頻りに書を読んでいる。読書に草臥(くたび)れ眠くなって来れば、枕の上に突っ臥して眠るか、あるいは床の間の床側(とこぶち)を枕にして寝るか、ついぞ本当に蒲団を敷いて夜具を掛けて枕をして寝るなどということは、ただの一度もしたことがない。その時に初めて自分で気が付いて「なるほど枕はない筈だ、これまで枕をして寝たことがなかったから」と初めて気が付きました。これでも大抵趣がわかりましょう。これは私一人が別段に勉強生でも何でもない、同窓生は大抵みなそんなもので、およそ勉強ということについては、実にこの上に為しようはないというほどに勉強していました。
    --福澤諭吉(富田正文校訂)『新訂 福翁自伝』岩波文庫、1978年。

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福澤諭吉(1835-1901)の修学時代の思い出を読み返しながら、--その修学時代というのは今の時代で言えば大学時代ということになりましょうが--、そうした時期には、人間という生き物は対象が学問であれ何であれ、徹底的にやり抜いていくことができるものなんだよな、などとフト思われます。

お恥ずかしながら宇治家参去の場合、適塾の塾生のごとく、寝ても覚めても勉強してわけではなく、どちらかといえば劣等生といってよろしいのでしょうが、それでもそうした時期にこれだけはと決め手やったこと、挑戦してきたことの一つや二つはあるものですから、徹底的にとことんやっていくということの大切さを否定することはできません。

ただ福澤諭吉をはじめとする適塾と同じなのはやんちゃ具合と枕がなくても睡眠OKということぐらいでしょうか(苦笑)。

さて、話がずれ込みましたが、いずれにしても何かを徹底的にやり込むということは、人間が生きていく上でのゆるぎない基盤を形成する上で必要不可欠なわけですし、そのことは老若男女に差はありません。

とくに自分自身が大学教育に関わるようになって……などとぼんやり考えておりますと、講義時間になってしまいました。

2010年初の講義ですが、年度最終講義です。

またあとで・・・。

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Reality precedes thought

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ALL Human experience implies the element of thought,simply because the intellectual or spiritual life of man is embodied in his language.Language is thought expressed in words spoken and heard.There is no human existence without thought.The emotionalism that is so rampant in religion in not more but less than thinking,and reduces religion to the level of sub-human experience of reality.
Schleiermacher emphasized the function of“feeling”in religion and Hegel emphasized“thought”,giving rise to the tension between them.Hegel said that even dogs have feeling,but man has thought.This was based on an unintentional misunderstanding of what Schleiermacher meant by“feeling”,one that we often find repeated even today.Yet it expresses the truth that man cannot be without thought.He must think even if he is a most pious Christian without any theological education.Even in religon we gives names to special objects;we distinguish acts of the divine;we relate symbols to each other and explain their meanings.There is language in every religon,and where there is language there are universals or concepts that one must use even at the most primitive level of thought.It is interesting that this conflict between Hegel and Schleiermacher was anticipated already in the third century by Clement of Alexandria who said that if animals had a religion,it would be mute,without words.
Reality precedes thought;it is equally ture,however,that thought shapes reality.They are interdependent;one cannot be abstracted from the other.We should remember this when we come to the discussions on the trinity and christology.Here on the basis of much thought the church fathers made decisions which have influenced the life of all Christians ever since,even the most primitive.
    --Paul Tillich,A history of christian thought,SCM P,1968.

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いただきものですが、滅多に手に入らないアイリッシュ・スタウト「MURPHY'S DRAUGHT」をやらせて頂いております。
銀座のライオンにはメニューに載っているようですが、家庭用の小売りとなると……なくはないのですが……なかなかおいてあるところのない一品ですが、逸品です。

アイルランドで150年の歴史を誇るスタウトで、哲学者が嫌悪すべき対象への単純化を甘受するならば、ギネスのようなビールとでもいえばいいでしょうか。

しかしギネスとは全く異なる味わいです。

ギネスはややクセがある……ただしそのクセがまた旨みなわけですけれども……わけですが、ギネス以上にクリーミーで滑らかなマーフィーズです。

クリームのような泡はまさにクリームです。
これだけは飲んでみないとわかりません。

そして、丁寧にローストされた麦芽の香りだけで心地よく酔うという奴です。
しかも口蓋にしっかりと残される匂いが香ばしく、自己主張を最大限に遠慮した苦味があとを引くという状況で、ただただ脱帽する次第です。

酸味は少な目ですが、クセのない苦味が飲み手を虜にするというのはこのことなのでしょう。

缶ビールですけが、缶にはフローティングウィジェットが入っておりますので、グラスに注ぐだけで、本格パブの味わいです。

上面発酵の本格スタウトですので、真っ黒な海に、真っ白な雲が広がる様子がなんともいえません。

様子を見ているだけで幸福になれますから、不思議なものだと言わざるを得ません。ただしこれは夢の世界の話ではなく、現実の話だから、驚くではありませんか!

さて……。
長谷川平蔵の場合、常日頃ですと、マア、深夜にいっぺえやりながら、読書タイムとなるわけですので、今晩はマーフィーズで気持ちよくいっぺえやっている最中です。

今日のご相伴は、20世紀を代表する神学者・ティリッヒ(Paul Johannes Tillich,1886-1965)の「キリスト教思想史」(A history of christian thought)なのですが、まったく頭にはいってきてくれません。

ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel,1770-1831)はthoughtに人間の人間らしさを見出し、言葉からはみ出していくfeelingに着目し、「宗教の本質は知識や行為ではなく、直観と感情である」と喝破したシュライアマハー(Friedrich Daniel Ernst Schleiermacher,1768-1834)をマア、誤解したわけですけれども、マーフィーズは、thought、feelingともに、very Good!というところでしょうか。

二缶目に手を付けた次第ですが、もはや読み進める自信が無く、繙いた名著を本棚へしまうという始末です。

おそるべし、マーフィーズ!

漆黒のアイリッシュ海に爽やかに浮かび上がる雲のようなグラスを見ておりますと……、おそらく英国諜報部(MI6)の諜報員たちも、仕事が済んでから、赤提灯ならぬパブへと繰り出し、仕事の愚痴をいいながら、通好みのマーフィーズで無聊を慰めているのでは無かろうか……などと想像力まで広がってしまうというものです。

……と書きつつ、なにやら、酒蔵の販促文のようになってしまいましたが、キーボードにさやさやと指を打鍵しつつ、幸福感を味わいある日の長谷川平蔵です。

マア、まさに「Reality precedes thought」とはこのことです。

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幸福(Glück)ということばは、それは、私がいつも愛してきた、好んで聞いてきたことばの一つである

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 私たちにとって、ことばは、画家にとってパレットの上の絵の具が意味するところのものと同じである。ことばは無数にある。そして絶えず新しいことばが発生する。しかし、良いことばはそれほど多くはない。私は七十年間に、新しいことばが発生したのを体験しなかった。絵の具も、その濃淡と混合は数えきれないとしても、任意にたくさんあるわけではない。語の中には、話す人のすべてにとって、好きな語、なじまない語、ひいきにする語、避ける語がある。千べん使っても使い損ずるおそれのない日常語もあれば、どんなに愛していようとも、慎重に大切にして、荘重なものに似つかわしく、まれに特にえりぬいて初めて口にしたり書いたりする、別な荘重な語もある。
 私にとっては幸福(Glück)ということばは、そういうものの一つである。
 それは、私がいつも愛してきた、好んで聞いてきたことばの一つである。その意味についてはいくらでも議論をし、理屈をこねることができただろうが、いずれにしてもこの語は、美しいもの、良いもの、願わしいものを意味していた。この語のひびきもそれに相応している、と私は思った。
 この語は、短いにもかかわらず、驚くほど重い充実したもの、黄金を思わせるようなものを持っている、と私は思った。充実し、重みがたっぷりあるばかりでなく、この語にはまさしく光彩もそなわっていた。雲の中の電光のように、短いつづりの中に光彩が宿っていた。
    --ヘッセ(高橋健二訳)「幸福論」、『幸福論』新潮文庫、平成十六年。

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幸福とは何かを考えると、これまた収拾のつかない話題になって恐縮なのですが、通俗的には、最大限での意味における……美とか自然に対する驚嘆から、肉体的な快にいたるまで……快・不快も、幸福の一つであることは疑いようのない事実です。

ただしかし、東西の哲学者たちは、こうした対象に依存する形の幸福を超克するような……いわば、ゆるぎない幸福とは何だろうか……そう追求していたのが思想史における「幸福観」の議論なのだろうと思います。

そのことは重々承知しております。
対象に依存しないかたちでの幸福(感)よりも、揺るぎない形での幸福(観)としての幸福論を自分自身の中にも構築すべきなのですが、前者を全く否定することもできないのが生きている人間世界での実情ではないだろうかと思います。

土台として、ゆるぎない、いわば生き方としての、対象に依存しない形での幸福観を構築した上でもなおかつ、欲望の際限のない肥大化をさけつつ、生活に潤いを満たす程度の対象との関係も十分に、そして丁寧に必要ではないだろうか……、そう思う昨今です。

とわいえ、潤沢な金子がある生活ではなく、必要に応じて、オタカラを切り売りする生活をしておりますので忸怩たる部分を否定することはできませんが、マア、こちらの消息は幸福論とは別の生き方の問題であり、解決すべき自分自身の課題であるわけですが、それにもかかわらず、幸福感の問題と幸福観構築の問題を狭い部屋のなかで歩きながら考えておりますと、

「貴方宛に荷物が届いている」

……と細君がいうので、フト、珍しいなと思う厳冬のある日です。

オタカラを切り売りするだけでなく、趣味的なものから実用的なものまで、比較的ネットオークションや通販の類をかなり利用しますので、週に何度か配達物があります。

ですので、細君も基本的には到着した荷物をだまって……ただし「金ないのに何買ったんだ、テメエ」ってにらみを利かせつつ……部屋まで運んでおいてくれるのが常なのですが、、、

「貴方宛に荷物が届いている。食品だって」

などと念を押してきます。

たしかに「食品」の類を売買することは稀です。
酒関係は購買するわけですけども、その場合はだいたい「酒」と品名が書かれていたり、発送先が「○○酒店」なんて書いているので内容物がわかるわけですが、「食品」を直近で注文した記憶がなく……。

伝票を見てみますと、記憶の点と点、線と線が松本清張(1909-1992)張りにリンクされてき……、細君に、

「学生さんが、あの~、その~、贈ってきて下さったようです」

「はぁ???」

……だから言いたくなかったんです。

「はぁ???」

……と切り替えされる始末です。

開封する前から細君から

「非常勤とはいえ、教師たるものが、学生さんから物を“贈られて”“喜んでいてどうする”」

「教師という存在こそ、学生さんに何かを“贈るべきだろう”!!」

……などとしっぽりとお説教を頂く始末です。

そのことはわかってはいるのですが、正直には嬉しく、いやはや、ありがとうございます。

昨年の秋スクで受講してくださった学生さんから、年末に英国へ帰省した折り、「MURPHY'S」というアイリッシュスタウトを贈りますよ~っていわれていたのですが、それが配達されてきた次第です。

日記を借りて恐縮ですが、

本当にありがとうございました!

Thank you !
Merci Beaucoup !
Danke schöen !
tibi gratias !

生きていてよかったのはこのことなのでしょう。

早速開封させて頂き、ご仏前に懇ろにお供え申し上げた次第ですが、一緒に贈って下さったクッキーや紅茶も有難く、拝見させて頂きつつ……、感謝の念に耐えない長谷川平蔵でした。

クッキーとキャンディーは息子殿へ、紅茶は細君へ拝領させていただき、ぐだぐだいうその口を封じることができました。

さて……。

にやにやしながら、ビールの缶を眺めておりますと、

「幸福なんでしょう?」

……と細君がいやらしい質問をしてきます。

「ハイ、幸福です、ベリーハッピーです」

……そう答えざるを得ません。

生き方としての幸福観を樹立する、言い方を変えれば、なにものに揺さぶられることのない生き方としての幸福観を樹立することは必要不可欠です。

しかし、程度は限定的かもしれませんが……何しろ人間の欲望には際限がありませんから、そこをコントロールする視座は必要不可欠です……、日常生活に彩りを添える程度の潤いはやっぱり必要です。

そのことを実感した……夕方になってしまいました。

さて……。

なんだかんだといいながらも、やっぱり、絶対的なるものに対して相対的といわれる所以というものはあるわけです。

頂いたビールを冷やすのを失念しておりました。

ちょいとお預けのようです。

これがやはり、快・不快に起因する相対的との所以でしょうか。
ただしかし、頂いたという記憶は相対性を乗り越える何かであることだけは否定しがたく……、とりあえず、安物ですがASDAのスコッチにて労を……って何の?……ねぎらってやろうかと思います。

ともあれ、くどいですが、、、

Thank you !
Merci Beaucoup !
Danke schöen !
tibi gratias !

でございます。

まあ、しかし、あれです。

状態とか思想の高低浅深はここではツッコンで議論しませんが、まさにヘッセ(Hermann Hesse,1877-1962)が指摘するとおり、「幸福」とはいい言葉です。「それは、私がいつも愛してきた、好んで聞いてきたことばの一つである。その意味についてはいくらでも議論をし、理屈をこねることができただろうが、いずれにしてもこの語は、美しいもの、良いもの、願わしいものを意味していた。この語のひびきもそれに相応している」と長谷川平蔵も思った!!

久し振りに夕焼けに遠望できた富士の容姿も美しい休日に乾杯です!

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【ご案内】1/23-24:地方スクーリング,A1期関西(大阪) 『倫理学』

01_img_0965 【ご案内】1/23-24:地方スクーリング,A1期関西(大阪) 『倫理学』

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 倫理学というと、なにか難しいものだと考えている人が多いようです。その理由はいくつか考えられますが、一つには、倫理の内容がはっきりイメージできないということがあるかもしれません。それは、現代使われている「倫理」という言葉が、たとえば政治倫理とか環境倫理とか、あるいは医療倫理といったぐあいに、たいへん多様な使われかたをしているということに原因があるのかもしれません。
 また、これは上に述べたことと矛盾するようですが、「倫理」や「道徳」という言葉に、ある固定したイメージを感じるという人もいると思います。なにか、かたい窮屈な感じのイメージです。倫理・道徳というと、「~すべし」「~するべき」という命令的な表現を思いうかべるかもしれません。これが窮屈なイメージをつくるのでしょう。また、とくに古い道徳観には、封建的なイメージがつきまとっています。
 しかし、学問はイメージとはちがいます。「倫理学」は「倫理とはなにか」を根本的に問い直す学問です。おそらく本書を読み進まれるうちに、既成のイメージとは違ったなにかを発見されるのではないでしょうか。倫理という言葉は、もともと「人間のありかた」という意味の言葉です。つまり、この世界のすべての事象を、人間のありかたとしてとらえてみようという観点に立ちます。私たちにもっとも身近な学問としての人間が、それが倫理学だということができます。
 そして大切なことは、この身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということです。それは同時に、私たちの生や生活を充実させていくということにほかなりません。本書の副題が「価値創造の人間学」となっているのは、そうした理由からです。
    --石神豊『倫理学 価値創造の人間学』創価大学通信教育部、平成15年。

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のっけから、教材の引用ですいません。
例の如く、アカデミズムの荒野をさまよう宇治家参去で御座います。
表題のとおり、来週末より、大阪市で開催される地方スクーリングにて「倫理学」を講じてきます。

すこし告知が早いですが……理由があるんです。

細君と昼間話しておりますと、、、

「再来週、大阪へいくんだけど、」

……と切り出したところ、

「再来週ぢゃなくて、来週でしょう」

……といわれ、ハッとした次第です。
念のため確認したところ、自分の方が日程を勘違いしていたことが発覚し、そのことに驚く次第です。

さて……
例の如く定型文のような内容ですが……

受講される学生さん方がいらっしゃいましたら、どうぞ宜しくお願いします。

で……。

できれば……といいますか、学生さん方へのお願いです。

できれば……序論だけでも結構です。必ず読んできて欲しいと思います。

忙しいとは思いますが、目を通さずに、授業に望まれてしまうと、これはきわめて“モッタイナイ”状態です。

是非、宜しくどうぞお願いします。

さて……。
さすが大阪ですね。今回は受講者49名です。
先日、受講者数の連絡を大学より頂きましたが、「倫理学」と一緒に開催される科目が他にもあるのですが、「倫理学」が履修者数No.1です。

わ~い、ぱちぱちぱち。

もともとマイナーでとっつきにくい科目という印象の否めない科目にもかかわらず、この快挙?には驚く次第で、自分自身もこれまでのスクーリング以上に最高の講義を目指して頑張る所存ですので、ぜひ、履修される方はよろしくおねがいします。

地方都市でやる講義にしては多い人数です。
ですけど人数に関わりなく、お互いに気の抜けない過酷な(?)ロードレースであることは間違いありません。

。こちらも万端の準備と仕込みで乗り込んでいきますのでどうぞ、よろしくお願いします。

大阪での講義は今回で2回目です(初回は2008年1月)。
最初の印象は、とにかく「濃かった」というものです。
参加者は関西圏のひとがほとんどになりますが、良い意味で「濃かった」と思います。その「濃かった」というのは、自分も履修者も授業を授業を「やっていて」そして「うけていて」……「楽しかった」という思い出があります。

今回もさらなる「金の思い出」ができるのではないだろうかと思う次第です。

さて……。

ここからが重要(?)

スクーリングへ行きますと、家人のためにお土産を買わざるをえませんが、大阪の場合は何がよろしいのでしょうか??

1時間ならんでとか、どこそこそのナニとかというのではなく、平たく言えば、新大阪駅でゲットできる範囲での「間違いのない」“銘菓”(菓子にはかぎりません)があれば皆さんぜひ教えて下さいまし!!

なぜって?

「この身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということです。それは同時に、私たちの生や生活を充実させていくということ」にほかならない学問こそ倫理学だからです。

ただしこれは恐らく大阪ネイティヴにとっては、実に難問かもしれません。
宇治家参去自身、東京に20年近く住みながら、「駅でゲットできる銘菓とは何ぞや」と問われると即答することが不可能です。

その意味では、まさに「身近なものごとのうちに価値を見いだし、さらに価値を創造していくということ」を“忘れている”のが実情かも知れません。

まさに「灯台もと暗し」という難問です。

しかし足下に光をともさない限り、生活に彩りと希望を見出すことは不可能ですので、ぜひこの難問への挑戦者を……求む!

……というオチでいかがでしょうか???

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「寒い日にぬるま湯からあがって燗冷ましの酒でもよろこんでのむような……そんな人」

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 役宅へ移ってからの安五郎(引用者註……火付改盗賊方同心・小柳安五郎のこと)は、昼夜の分かちもなく職務にはげんだ。それまでは、どちらかというとおっとりした人柄で、口の悪い木村忠吾が、
 「小柳さんは、寒い日にぬるま湯からあがって燗冷ましの酒でもよろこんでのむような……そんな人ですなあ」
 などと、おのれのことは棚にあげて、けしからぬ蔭口をきいたりしたものである。
 それが、妻子を亡くしてのち、まるで人が変わった。身を粉にして、いかなる危険をもかえりみず、率先して悪人どもを相手に闘った。
 火盗改メの役目は、絶えず危険に直面しなくてはならぬ。
    --池波正太郎「あきれた奴」、『鬼平犯科帳 8』文春文庫、2000年。

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24時過ぎに会社を辞して帰ろうとすると、風が吹いているわけでもないのですが、結構寒く、この冬一番か!……などと思いつつ、かじかんだ指先をほぐしながら自宅にて安堵する宇治家参去です。

最初は、やっぱり冷えたビールだと思い、ビールをものの数十秒にてゴキュゴキュと流し込んだ次第ですが、日本酒をどう扱うかとフト悩み、池波正太郎先生(1923-1990)の『鬼平犯科帳』を繙きながら、今日は……熱燗にするか!

……そう決意する宇治家参去です。

基本的には、日本酒は“冷や”しかやりません。
熱燗で頂くのも2年ぶりぐらいでしょうか。

わくわくしながら……鍋に湯を張り徳利を浸した次第です。

さて……。
「あきれた奴」に登場する小柳安五郎は本当にすごい人なんです。
宇治家参去自分自身と較べても見るまでもない、仰ぐべき北極星といえるような人物……くわしく本編をお読み下さい……なんです。

宇治家参去自分自身と較べるのも恐縮なんです。

ですけど、家人からの評価……小柳さんの場合は、“兎の忠さん”と渾名される盗賊改メのヘタレ同心からの評価というわけですが……という点では、同じでありまして……。

どうやら、自分自身も「寒い日にぬるま湯からあがって燗冷ましの酒でもよろこんでのむような……そんな人ですなあ」

……などと揶揄される始末です。

今朝は、2時半にばっちと目が覚めてしまい、それ以来仕事を続けておりますが、ぼちぼち目蓋が法要……もとい、抱擁しそうな状況です。

ただしかし!
気が付くと……

レンジではなく、きちんと湯燗したとっくりの酒が、写真をとったり、日記をかいたりしておりますと、「燗冷ましの酒」のようになっておりましたっ!

やっぱり……。

「「寒い日にぬるま湯からあがって燗冷ましの酒でもよろこんでのむような……そんな人」のようですか……ねぇ~。

もう一度「燗」をしましょうか。

いずれにしましても“イラ菅”よりはマシかもしれません。

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初雪と「澤乃井」で考察?

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 或るものは現実的にのみ存在し、或るものは可能的にも現実的にも存在するが、それらの或るものは存在〔実態〕として、或るものは量として、またはその他の仕方で〔その他の述語形態において〕存在する。ところで、いかなる運動も事物(プラグマタ)から離れて別には存しない。というのは、転化するのは常に存在の述語形態のいずれかにおいてであり、しかもこれら〔存在の諸述語形態〕に共通していてそのいずれの一つの述語形態にも属しないようなものは全く存在しないからである。そして、これらの各々は、それぞれに面的な仕方で、それのあらゆる基体に属する(たとえば、これと指し示される存在〔述語形態としての実体〕では、一方は型式として、他方はその欠如態として、また性質では、一方が白なら他方は黒、また量では、一方は完了的で他方は未完了的、そして移動では、一つは上方へ他は下方へへ、あるいは一つは軽く他は重くというように〔二面的な仕方で〕)、したがって、運動や転化には存在の種類と同じだけの種類がある。
    --アリストテレス(出隆訳)『形而上学(下)』岩波文庫、1961年。

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昨日は寒い寒いと思っておりましたら、やはり昼頃から雪がちらほらと舞い始めましたが、東京では今季はじめての初雪ではないでしょうか。

しかしながら、ものの数十分でみずれへと変わってしまい……ちょいと残念な宇治家参去です。

ただし、雨という状態も、雪という状態も、そしてみぞれという状態も、水という存在が、アリストテレス(Aristotle,384 BC-322 BC)の指摘したとおり「述語形態」においてのみ存在していることだけは理解できます。

自分としては「雪」という状態として現実的に存在して欲しかったわけですが、自分の思いが「雪」へと状態を転化するわけではありませんので、その寒々しい空気にのみ思いを馳せるしかありません。

「存在とは何か」……チト、一杯やりつつ感慨に耽る夕べです。

ただ、一杯やりはじめた時間がはやく、寝たのも早く、さきほど起きてしまいました。

さあ、どうしましょうか???

続きを考察してみます。

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めでたい日……ですけど「これは平凡なことです」が「驚愕」しましょう。

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ポワリエ あなたは他者の顔との関係は、はじめから倫理的なものであるとおっしゃっておられますが、なにゆえそうなのでしょうか?

レヴィナス 倫理、それはあなたにとって異邦人であり、あなたに関係ない他者が、あなたの利害にかかわる秩序にもあなたの感情にかかわる秩序にも属さない他者が、それにもかかわらずなお、あなたに関係する場合の身の処し方をいうのです。他者の他者性があなたにかかわるのです。それは対象が知によって聖人されるような認識の秩序(それは諸存在者との関係の唯一の様態とみなされていますが)とは別の秩序に属する関係です。純粋な認識の一対象に還元されることなしに、私たちは一個の自我にとって存在しうるでしょうか? 倫理的関係のうちに置かれたとき、他の人間は他のものにとどまります。そこにおいては、他者とあなたを倫理的に結びつけるのは、まさしく他人の違和感であり、こう言ってよければその「異邦人性」(étrangereté)なのです。これは平凡なことです。けれどもこの平凡さに驚愕しなくてはなりません。超越という観念が立ち上がってくるのは、おそらくここにおいてであるからです。
    --エマニュエル.レヴィナス・フランソワ.ポワリエ(内田樹訳)『暴力と聖性 --レヴィナスは語る--』国文社、1991年。

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昨年の日記にも書きましたが、本日1月12日は私淑するといいますか、敬愛するといいますか、勝手に学問の「恩師」としてしまっているフランスのユダヤ系の倫理学者・エマニュエル・レヴィナス先生(Emmanuel Lévinas,1906-1995)の誕生日です。
※〔補足〕本朝の知的風土として「師匠」を持つということに対して藪睨みする気配が濃厚ですが、宇治家参去としては「何をか況や」です。学識を装いながらも忘恩を繰り返す本朝の知的風土にあきれかえるわけですから一言付言しておきます。
その道の先師をを「師匠」として仰ぎ見ることは人間として自然な敬意の所作であり、まさに「何をか況や」です。その道で「師匠」がいない人生ほどサミシイことはないと思う次第ですし、まさにレヴィナス先生の場合、上述したとおり勝手に自分が「師匠」として決めた思想家であるように、「師匠」を決めるのは「師」につく「その人」自身の発露に根ざすものですから、カテゴリーとして工場でつくられるレディメイドな関係ではなく、自覚の問題なのですが……って脱線しました。

日付が変わってから、勝手にお祝いを始めた宇治家参去です。
※〔補足〕ちなみに二人の知人の誕生日……まぢ、ウラヤマシイです……でもありますので、それを含めて勝手にお祝いを始めております。

言うまでもありませんが、老師・レヴィナス大先生には会ったことはありません。
書物にちりばめられた言葉と対話するなかで、激励され、薫陶され、叱咤されただけにすぎません。

ただしかし……そこで開陳される言葉の重みに、ただただ納得してうなだれるばかりなのですけれども、それでもギリギリまで現実を開拓していこうとするその真摯な姿勢と、シニシズムに対する手厳しい批判に、救われると同時に学ばせて頂いたこの十数年です。

象牙の塔を気取るとまではいいませんが、「“純粋”知」の探求は、生活とか現実とか不可避的に乖離してしまう傾向を帯びてしまいます。しかし、「知」とはそもそも人間が世界を理解し、認識する「生きる力」として発したのがその消息でしょう。

であるとするならば、先鋭化してもかまいませんけれども、知とはどこまでも人間から離れていってしまってはいけないのかもしれません。

その意味では、まさに“どうしようもない”「平凡さに驚愕」しなければならないのでしょう。

すべての日常生活の関係性は、「顧みるに足らない」「考察不要」の所与の関係として処理されるのが常であります。

しかし、その所与の関係性こそ「顧みるに足らない」わけでもなく「考察不要」のものでもないのでしょう。

所与の関係性に対する違和感、よくいえば差異の尊重こそ肝要なのかもしれません。

……ということで、本日の祝い酒は「浜千鳥 純米酒」((株)浜千鳥・岩手県)。

一昨日、市井の職場のバイトくんがお土産として買ってきてくれた逸品です。

穏やかな飲み口にもかかわらず、しっかりとした旨さをたたえた純米酒の呑み口に脱帽するばかりです。

しかし、この関係性もいわばスルーしてよい関係性ではなく、日常の一コマにもかかわらず、もとはといえば全く関係のない「我」と「汝」が交錯する一瞬の結果であるわけですから、のうのうと享受すべき問題ではなく、まさに「他人の違和感であり、こう言ってよければその「異邦人性」(étrangereté)」を喜び、讃えながら、その関係性を大切にしていかなければならないわけだよな~と理解すべきなのでしょう。

ともあれ……
こうした新しい視座……超越即内在した形で人間を理解しようと知る……を教授してくれた老師・レヴィナス大先生は、やっぱり自分の学問の恩師の一人であり、その弟子あであることが「誇り」でもあります。

マア、くどくどとした議論はひとまずおきます。

要するに……めでたい日なんです。

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大空の月の光しきよければ影見し水ぞまづ凍ける

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題しらず よみ人しらず
大空の月の光しきよければ影見し水ぞまづ凍ける
    --「巻第六 冬歌 316」、佐伯梅友校注『古今和歌集』岩波文庫、1981年。

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大空に月の光は出ておりません。
そして水も凍ってはおりません。

ですけど、東京も結構寒いんです。

なにしろ市井の仕事が済んで会社を出るのが24時過ぎ。自転車で家まで帰るわけです。
寒いんです。

風が吹いておりますと、凍えるといいますか、要するに寒いんです。

寒いんです。

ですので、年甲斐もなく、新しいアイテムを買ってしまいました。

単なる「耳あて」(ear warmer)です。

結構暖かいんです。

ですけど、不思議なことに家に帰って、入浴すると、キンキンに冷えたビールを所望するのは何故でしょうか……?

不思議なんです。

かけつけの熱燗ではだめなんです。

まずはやっぱりビールなんです。

不思議です。

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旨いもの・酒巡礼記:愛知県・名古屋市編「第八飯場丸」

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‥‥私の、幸福があらゆる行動律の基本原理であり人生の目的であるという信念は微動もしなかったけれども、幸福を直接の目的にしないばあいに却ってその目的が達成されるのだと、今や私は考えるようになった。自分自身の幸福ではない何かほかの目的に精神を集中する者のみが幸福なのだ、と私は考えた。たとえば他人の幸福、人類の向上、あるいは何かの芸術でも研究でも、それを手段としてでなくそれ自体を理想の目的としてとり上げるのだ。このように何か他のものを目標としているうちに、副産物的に幸福が得られるのだ。人生のいろいろな楽しみは、それを主要な目的とするのではなく通りすがりにそれを味わうときにはじめて、人生を楽しいものにしてくれる、というのが私の新しい理論だった。
    --ミル(朱牟田夏雄訳)『ミル自伝』岩波文庫、1960年。

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先月、通信教育部のスクーリングで名古屋へ出張したおり、到着日は、ひとりで地場の味覚を味わってこようと、マア、夜の盛り場を放浪したわけですが、折角写真もとったわけですし、そのときの記憶と味覚が消え去らないうちに思いまして、ひとつ紹介しておきます。

地方へ赴き、当地の酒を味わう際、たいていの場合は調べていなくても、だいたい間違いのないお店へあたることが多いのですが、これも酒呑介の勘働きというやつでしょうか。

テキトーに忍び込むわけなのですが、それでも一応、事前にグルなびなんかで、飲みたい酒を置いている店を2、3ピックアップして訪問するのが常であります。

つまみではなく、飲みたい酒を置いている酒を調べていくのは宇治家参去の宇治家参去らしいところです。

当日は、ホテルへ到着すると汗を流したり次の日の準備をすませてから出かけた次第ですけれども、金曜ですので、マア混んでいるだろうなア~とはおもいつつ、滅茶苦茶込んでいたことにびつくりです。

ちょうどホテルが名古屋最大の盛り場……なんと言えばいいのでしょうか、東京で言えば歌舞伎町と六本木が合体したような街……でしたので、フロントから一歩外へ出ると飲み屋に不自由をすることはない環境です。

しかぁ~し!

見当をつけていたお店はどこも満席・・・!!

ひと・ひと・ひとの波に驚きましたが、あとから聞いた話によると、当日がどうやら名古屋での忘年会の最大ピーク日(12/18)とのことで、どこもかしこもひと、ひと、ひとでの黒山です。

そうなりますと、まさに酒呑介の勘働きに頼らざるを得ず……。
というわけで、キャバクラ(伽場蔵?)の呼び込みの兄ちゃんの黄色い声を背中にうけつつ、たどりついたのが、「第八飯場丸」という一軒の居酒屋です。

ちょうどホテルと区画をひとつはさんだ近距離に位置する店舗でしたが、カウンターに宇治家参去がすわったところでまた満席……という状況です。

飛騨高山にあるような小民家風の造作に誘われたわけですが、給仕のおにいさん、おねえさんのてきぱきとうごく様子はすがすがしく、カウンター越しの厨房で腕を振るう板さんたちの雰囲気も清潔で、まずはにんまりです。

地場のグループ飲食店(かぶらやグループ)のひとつのようですが、出されるものもさることながら、料理にしろ酒にしろ結局は「人」が大きく影響する……この事実を確認しつつ、まずは、

「金しゃちビール」(ゴールド)で乾杯です。

すでに新幹線の車中でビールをやっていたのですが、最初のひとくちはビールに限ります。

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さて最初に注文していてなかなかこなかった「山芋明太焼き」がいよいよ運ばれてきましたが、あっさりとした小ぶりな商品をイメージしておりましたが、そうした通念は破壊されてしまいました。

瑞々しい山芋のすりおろしと新鮮な明太子を合わせて焼いた一品ですが、お好み焼を髣髴とさせるボリュームたっぷりの様に圧倒されるとはこのことです。

さくっとスプーンですくいつついただきましたが、驚くことには、お好み焼状の山芋明太焼きのうえには、うなぎの白焼きが合わせて調理されているではありませんか!

一度で二度おいしいとはこのことです。
「ひつまぶし」というわけではありませんが、最後にお茶漬けにこれをのっけてもいける!

山芋そのもの淡泊な味わいのなかで、新鮮な明太子がはじけ、おまけにうなぎの白焼きがその舞台の上で暴れるわけですから……ぱくぱくと箸が進むというものです。

ぶっちゃけ、この「山芋明太焼き」で腹いっぱいになってしまうという状況です。

さて……。

飯場丸さんの出してくれる「霜付ビール」を都合2杯ほどごきゅごきゅと喉をならしたわけですけども、どうしても躰が日本酒を要求するものですから……、三品ほど頂戴したとおりです。

『初亀』(吟醸亀印、静岡県)
『東洋美人』(純米吟醸、山口県)
『黒龍三十八号』(純米吟醸、福井県)

基本的に外に出ると「純米酒」か「吟醸酒」以上しか注文しないようにしておりますが……メニューになければシカタナシですが……、どれも間違いのない酒ばかりで、冷え冷えとした名古屋の夜が、味わいとともに暖まるばかりです。

そう……暖まるばかりです。

なぜなら、カウンター越しが、なんと、炭火焼きの板場になっておりまして……。
ガラスで煙を仕切り、土台には煉瓦を敷き詰めているわけですけれども……、

暖まる一方です。

しょうがないので、躰を冷やすために、これまた「霜付ビール」を注文する……という「善」のスパイラルが発生した次第です。

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さて……。
山芋明太焼きにて腹が一杯になりつつ、ぼちぼち帰るべかァ~と思案していたところ、真打ちが登場してしまいました。

ハイ。

「かま焼き」です。

「鯛のかま焼き」です。

そう……。

さきほど、暖かくしてくれる……というよりも実際は熱い……炭火の上でオネンネしておりました、真鯛さんが来てくださいましたっ!

焼いているところも見ていたんです。

そしてたぶん……。

もうひとりのお客さんも同じ商品を注文しているんだよな~、かま焼きを注文するなんて“通”だよなァ~、しぶいなぁ~って思っていたんです。

甘かったです。

注文していたのは宇治家参去宇治家参去一人でした。

東京でだいたい、かま焼きを注文すると、多くて頭の半分、よくある場合で、かまの部分だけというのが定石です。

そう思って注文していたんです。

ですけど、甘チャンでした。

しかも大甘チャンでした!

結構、いろんなところで酒を呑んでいるし、たいていのものは食べているという自負もありますし、誇り?もあります。

しかし、そうしたチンケな誇りや自負が木っ端微塵になるというのはこのことなのでしょう。

手元に来たのは大皿によそられた、頭全部でした!

うぇっぷし!!

最後の聖戦?に30分ほど費やしましたが、費やしてこれがまた正解!

「魚はかまに限る」と先達・先哲は申したと言いますが、塩だけなのですが、これが旨い!

ぷりっぷりっなのですけど、甘く、とろけるようで……。

腹も大変なことでしたが……うれしい悲鳴というのはこのことなのでしょう。

まさに、19世紀イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill,1806-1873)が「人生のいろいろな楽しみは、それを主要な目的とするのではなく通りすがりにそれを味わうときにはじめて、人生を楽しいものにしてくれる」と喝破したのはウソでは無い……その言葉を噛みしめつつ、「第八飯場丸」を下船した次第です。

ともあれ……量と質で量がするのが名古屋の名物だと一人合点しながら、御三家筆頭格の尾張徳川家の御城下に敬意をはらいつつ……、ありがとうございましたっ!

……ってところでしょうか。

ともあれ……こうした記録を書きつつ、哲学的な著述とか思想史の探究よりも、こうした聞き書きのほうがスラスラと筆が走ってしまう自分自身にも驚愕する宇治家参去でしたっ!

■第八飯場丸
〒460-0003 愛知県名古屋市中区錦3-12-10
052-955-5088
営業時間 月~土 18:00~05:00(L.O.04:00)
定休日:日曜日、祝日
http://r.gnavi.co.jp/n241016/

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世界にたいして意識的に態度を決め、それに意味を与える能力と意思とをそなえた文化人

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……「文化」とは、世界に起こる、意味のない、無限の出来事のうち、人間の立場から意味と意義とを与えられた有限の一片である。人間が、ある具体的な文化を仇敵と見て対峙し、「自然への回帰」を要求するばあいでも、それは、当の人間にとって、やはり文化であることに変わりはない。けだし、かれがこの立場決定に達するのも、もっぱら当の具体的文化を、かれの価値理念に関係づけ、「軽佻浮薄にすぎる」と判断するからである。ここで、すべての歴史的個体が論理必然的に「価値理念」に根ざしている、というばあい、こうした純理論的-形式的事態が考えられているのである。いかなる文化科学の先験的前提も、われわれが特定の、あるいは、およそなんらかの「文化」を価値があると見ることにではなく、われわれが、世界にたいして意識的に態度を決め、それに意味を与える能力と意思とをそなえた文化人である、ということにある。この意味がいかなるものであろうとも、それによってわれわれは、人生において、人間協働生活の特定の現証を、この意味から評価し、そうした現象を意義あるものとして、それにたいして(積極的ないしは消極的に)態度を決めるのである。
    --マックス・ヴェーバー(富永祐治・立野保男訳、折原浩補訳)『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』岩波文庫、1998年。

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客観的事実の探求は可能なのでしょうか。
マックス・ヴェーバー(Max Weber,1864-1920)はその消息を然りと否と両面から答えてくれました。

ひとがどのように「客観的」なるものを理想として探求しようとしてもかならずぬぐい去れない事実が存在します。対象として目指すものが恣意的ではない「客観的」という、いわば公共性をもったものであろうとしても、それを探求する探求者の主観的価値評価を拭い去ることは不可能です。

その意味では「否」なのでしょう。

しかし同時に、その主観的価値評価を探求者が抱いていることを、探求者自身が把握・自覚して探求することは可能です。

その自覚のあるかなしかによって、「否」は「然り」へと転ずることは可能です。いうなれば、自らの拠って立つ価値を自覚し、をれを踏まえた上で認識を遂行し、記述する……それが学問で言うところの「客観」ということなのでしょう。

社会学の還元主義的アプローチには、どうしても違和感を感じてしまう宇治家参去ですが、ヴェーバーに関しては、こと別で、いつもその議論に「納得」させられてしまうところに、ヴェーバーの「凄み」を感じてしまう昨今です。

さて……。
例の如く、夕焼けウォッチャー&フォトグラファーと化す宇治家参去ですが、ここ数日、見事な夕焼けに圧倒されております。

おそらく……、

雀は夕焼けに「感動」することはないのでしょう。
そして狸も狐もライオンも夕焼けに「意味」を見出すことはないのでしょう。

その意味で、夕焼けに感動したり、夕焼けに感動の対極の構造を抱いたりする人間とは、「世界に起こる、意味のない、無限の出来事のうち、人間の立場から意味と意義」を与えたりする生き物なんだなぁ~と実感する次第です。

それが「文化」の出発点かもしれません。

世界とは原初の状態では無色透明なのでしょう。
それを自然界で表現するならば「弱肉強食」というわけですが、人間はなぜだか、そこに意味を見出す不思議な生き物です。

だから人間とは……これは人間観の全体ではなくその一分野ということですが……、「世界にたいして意識的に態度を決め、それに意味を与える能力と意思とをそなえた文化人」というヴェーバーの文化と価値をめぐる議論がストンと頭のなかにおちてくるわけですけれども、人を優しく包み込んでくれる夕焼けには敬意を表しなければなりません。

ということで、やはり夕焼け色のエビス(琥珀)で乾杯というのが王道でしょうか。

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著者:マックス ヴェーバー
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問うということは、求めることである

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 すべて、問うということは、求めることである。そしてすべて、求めるということは、求められているものの側からあらかじめうけとった指向性をそなえている。問うということは、存在するものを、それが現にあるという事実とそれがしかじかにあるという状態について認識しようと求めることである。認識的に求めることは、問いがむかっているところのものを開発的に規定する作業という意味での「考究」となることがある。要するに、問うということは「……へむけられた問い」であるから、それによって問われているもの(Gefragtes)がそれにぞくしている。--すべて「……へむかって問う」ことは、なんらかの形で、「……に問いかける」ことである。したがって、問うということには、問われているもののほかに、問いかけられているもの(Befragtes)がぞくしている。--考究的な、すなわち特に理論的な問いにおいては、問われているものが規定されて概念として表明されなくてはならない。この場合には、問われているもののなかに、根本において指向されたものとして、問いただされている事柄(Erfragtes)がひそんでいるわけであって、問いはそこにいたって目標に達するのである。--問うことは、ある存在者、すなわち問う人間のはたらきであるから、それ自身、固有の存在性格を帯びている。問うことは、「ただ何気なくきく」という形でおこなわれることもあれば、また明確な問題設定としておこなわれることもある。後者の特色は、問うことがここで述べた問いそのものの構成的諸性格のすべてにわたって、あらかじめ透明な見通しを得ているという点にある。
    --マルティン・ハイデッガー(細谷貞雄訳)『存在と時間 上』ちくま学芸文庫、1994年。

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年が明けるで一番驚くのが、配達されてくるレポートの数です。

年末年始で大学がお休みでしたので、その間にごっそり届けられたレポートが、つまり通常の2-3倍の量がまとめて配達されてきますので、驚きます。

しかし返却締め切りは、同じスパンですので、そこがいたいところですが、皆様の「問うということ」「求めること」に真剣に向かいあいつつ、協同作業として、見ていかなくてはなりません。

ただ驚くばかりでなく、うれしかったところもひとつありました。

先月、名古屋で『倫理学』を講じてきた次第ですが、その履修者からのレポートが結構含まれていた点です。

講義の中でも口酸っぱく「授業が済んだら、すぐにレポートを出すように!」に何度も繰り返したのがよかったのでしょうか……。

冬休みに挑戦され投函されたのだと思いますが、口角泡を飛ばした甲斐があったというものです。

人間が学ぶ=探究するということは、狭い学問に限定された働きではありません。

「問うことは、ある存在者、すなわち問う人間のはたらき」ですから、「『ただ何気なくきく』という形でおこなわれることもあれば、また明確な問題設定としておこなわれることもある」わけですが、その働きを少しづつでも挑戦していくと、気が付いたときには大きな財産になっているのかなと思う次第ですが、実はそれは宇治家参去自身にとっても同じであります。

提出されたレポートと向き合いながら、そして教室で学生さんと向き合うなかで、自分自身の「問う」という探究が深化していているということを実感するわけでもありますので、実にありがたいひとときです。

さあ、これから市井の仕事を済ませてから、ちょいと内容を見ながら朱を入れていこうと思います。

ただ……やっぱり・・・、

……量が多い!

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冬はつとめて

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春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
 夏は夜。月のころはさらなり、やみもなほ。蛍の多く飛びちがひたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも をかし。雨など降るも をかし。
 秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、からすの寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて、雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
 冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。
    --清少納言(池田亀鑑校訂)『枕草子』岩波文庫、1962年。

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清少納言(966?-1025?)の細やかな感性と溌剌とした発想を体験しようと思ったわけではありませんが、昨日は夜半に目覚めてしまったお陰で、久し振りに厳冬の日の出前後の街並みを散策した宇治家参去です。

通常ですと、やや遅い午前に起床するのが常ですが、昨日は起きている「ついで」ぢゃ!と思い、ぷらぷらと日の出前後に散策した次第ですが、蒼海のような、漆が一点も落ちていない掃き清められた蒼天が徐々に赤みを帯びてくる日の出と遭遇しつつ、

まさに「冬はつとめて」を実感する次第です。

「春はあけぼの」だそうですが、「あけぼの」とは「明け方」
「冬はつとめて」だそうですが、「つとめて」とは「早朝」

「明け方」から「早朝」にかけてくり出しましたが、「冬はつとめて」のほうがよいのでしょうねえ。

春だと「あけぼの」のほうがその自然美の転変に脅威するわけでしょうが、冬はやはり「つとめて」のタイミングが絶妙です。

「早朝」の転移する色鮮やかな自然美には、東京に在住しながらも驚く次第です。

これから仕事へいくひと。
新聞やミルクを配達するスーパーカブのエンジン音。
犬の散歩をなされるひとびと。

そうした息吹が、一種のオーケストラのようであり、自然のスクリーンに映し出される情景はまさに天然色のようで、心が洗われるというのはこのことなのでしょう。

ただし……。

宇治家参去は寝間着に単衣の浴衣を愛用しておりますが、これに袖無しの羽織りでぷらぷら出かけたものでしたから、寒いのったらありゃしません。

……ということで、いっぺえやったので、すこぶる快調に二度寝ができたのは幸せかもしれません。

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これは頭で考え出された命題ではない。日々、刻々、私はこの事実の中を歩む

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 真の哲学は、もっとも直接でもっとも包括的な意識の事実から出発しなければならない。この事実とは、すなわち『私は、生きんとする生命にとりかこまれた生きんとする生命である』という事実である。これは頭で考え出された命題ではない。日々、刻々、私はこの事実の中を歩む。
    --アルベルト・シュヴァイツァ-(氷上英広訳)「文化と倫理」、『シュヴァイツァ-著作集』第7巻、白水社、1957年。

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息子殿と細君が東京へ戻ってきてしまいました……。

きままな極楽生活ともこれでおさらばです。

一昨日、「何時頃に帰ってくるのか」

誰何しておいたのですが、予定時間よりも1時間ほど早く、生活設計が失敗してしまいました。

15時に帰ってくるときいていたので、14時10分前……寝たのが8時頃だったので……に起きたのですが、起きがけの一服をしていると、ぴんぽ~ん!

……というわけで、

「宅急便かいな?」

……とドアを開けると、息子殿と細君でした。

「今、起きたばかり!」

……とさんざんしぼられ、掃除もしておりませんでしたので、これまたさんざんしぼられ、生命が萎縮してしまうというのはこのことに他ならない……そう思うある日の宇治家参去でした。

さて……。
起きた時間が時間でしたので、食事をとることもなく、掃除にとりかかり、ついでに自室といいますか書斎の掃除といいますか、資料や本の整理をしておりますと、これが結構な労働でして……、とりかかるとどうしても本格的にやってしまいますので、気が付くと夕刻です。

しかも腹が減るという始末です。

腹が減るという事実に直面するなかで、まさに人間という生き物は、「密林の聖者」と呼ばれたアルベルト・シュバイツァー(Albert Schweitzer,1875-1965)がいう「『私は、生きんとする生命にとりかこまれた生きんとする生命である』という事実」を確認するわけで……

この事実は、まさに「頭で考え出された命題ではない」けれども、本当の哲学とは人里深く離れた書斎の奥底に秘沈された真理ではなく、まさにこの「もっとも直接でもっとも包括的な意識の事実から出発しなければならない」ということで、決意し、

「どこかへ行きますか?」

と声をかけると、宇治家参去の奢り?ではなく、折半でよいとのことで、夕刻の早い時間からちょいと家族へ出かけたわけですが、財布の中身が寂しい始末ですので、安めの海戦……もとい海鮮居酒屋にて再会に乾杯した次第です。

細君も旅疲れ?のようで、食事のつくるのも面倒そうだったのが功を奏したようです。

ひさしぶりにいただく「中トロ(ハラミ)」はとろけるような味わいで、、、

この味わいに生きるという事実を躰と頭と心で実感する宇治家参去です。

この実感を概念へと転換したとき、ひとつの生きた哲学というものが誕生するのかもしれません……が、なかなか難儀な道のようでもあります。

なぜなら、この実感を味わっているときというのは、おちゃけという大人向けの清涼飲料水が潤沢に含まれているわけですので。

……とわいえ、そこに果敢に挑戦することで、「頭で考え出された命題ではない」ものを言葉として提案できるのかもしれませんので、宇治家参去の挑戦は、まさに「倦むことを知らない」ということでしょうか……か???

まさに「これは頭で考え出された命題ではない。日々、刻々、私はこの事実の中を歩む」毎日です。

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……というわけで、軽めにやったのですが、久し振りに枡で頂く樽酒の香りがなんともいえません。

〆はさっぱりと「湯豆腐」です。
痛風にはよくないのですが、これがないと始まりません。
……って別になにが「始まる」わけでもありませんが。05_img_0762_2 04_img_0765_2

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学問の道は、いったん開かれると決して雑草に埋もれることのない、また行人を迷わすことのない唯一の道である

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哲学は、一切のものを智慧に関係せしめるが、しかしそれは学という道を通じてことである。学問の道は、いったん開かれると決して雑草に埋もれることのない、また行人を迷わすことのない唯一の道である。数学、自然科学はもとより、人間の経験的知識すら大方は偶然的な目的に対する手段として--とは言え、結局は人類の必然的、本質的目的を達成するための手段として、それぞれ高い価値を持っている。しかしこのことは純粋な概念による理性認識を介してのみ可能である、そしてこの理性認識が--これをどんな名前で呼ぶかは諸人の自由であるが、--即ち本来の形而上学にほかならないのである。
 こういうわけ形而上学はまた人間理性のあらゆる開発の完成でもある。たとえ形而上学が学として或る一定の目的に及ぼす影響を度外視するにしても、この学は人間理性にとって欠くべからざるものである。形而上学は、理性をその諸要素と最高の格律とに従って考察するものだからである、そしてこれらの要素と格律とは、若干の学を可能ならしめる根拠であり、兼ねてまた一切の学の使用の根底におかれねばならない。形而上学が純然たる思弁として、認識を拡張するよりもむしろ誤謬を防ぐに役立つということは、この学の価値を損なうものではなくて、却って検問官としての職権によってこの学に威厳と権威を付与するのである。この職掌の本分は、学という公共物の一般的秩序および調和、それどころか福祉をすら確保し、また豊かな成果をもたらす進取的な学的努力を、人類一般の幸福という主要目的に背反しないように規制するにある。
    --カント(篠田英雄訳)『純粋理性批判 下』岩波文庫、1962年。

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年始からカント(Immanuel Kant,1724-1804)の『純粋理性批判』(Kritik der reinen Vernunft,1781,1787)を再読しようと決意して、先ほどなんとか読了したところです。

哲学、倫理学を志す学徒は必ずカントと勝負しなければならない……そういわれたものですが、今やごく僅かな「狭義」の専門研究者をのぞき、カントそのものを読むというよりも、カントに関する解説書で済まそうとしてしまう風潮が顕著なもので、マア、それは……

「いかがなものか」

……などと思うわけですが、再読する中で、「いかがなものか」と思うだけでなく、それと同時に、原典……邦訳含め……と対峙しないことは実に「もったいない」事態ではないのだろうか……そう思われて他ならない宇治家参去です。

いうまでもありませんが、カントの大まかな議論の骨子……そしてそれはカントだけに限定されざる問題ですが……に関しては、「程度のよい」“解説書”なるものをひもとけば、ある程度の議論を遡及することは容易です。

しかし、それだけですませてしまうと、些細な事案かもしれませんが、「議論の骨子」とか「主要な思想・論点」というものから“あふれ出してしまう”、いうなればカントの肉声のようなものを“聞きそびれてしまう”のではないだろうか……そう思われて他なりません。

もちろん、邦訳ないしドイツ語の原典に挑戦するということは骨の折れる労作業ですし、そうした老作業を経ずとも、まさに「程度のよい」“解説書”でアンチョコをつくっておけば、

「カントの哲学は、サア……」

……ってうそぶくことは不可能ではありません。

もちろん、できるだけ、労作業のような「手間」を経ずに、ダイレクトに骨子だけ掴みたいという人情もわからなくもありません。

しかぁ~し!

しかしながら、それだけで……すませてしまうのには、抵抗があるのも人情というものです。

……ということで、カントの“純理”……『純粋理性批判』の略語……を何度目かわかりませんが、再読する中で、実感するのがひとつ。

もちろん、実感ですので、それは印象批判にすぎないとの誹りをまぬがれないことも承知ですが、ひとつ実感するのは、カントは学問することを決して人間世界における机上の議論と考えていない事実です。

貧しい馬具職人の息子と生まれたカントですが、幼い頃から両親の愛情にはぐくまれましたが、学問で食べていけるようになるのは50手前という人物です。

カントは個別の存在者としての人間の正負の両側面をがっちりとみつめたのでしょう。

だから、こそカントにおいては、学問=哲学するということは、タツキにあってタツキにあらざるのかもしれません。日本を代表する哲学者・鶴見俊輔(1922-)の言葉を借りれば学問が「生きるしるべ」になっていたのだろうと思います。

学問と生活を、そして様々な矛盾と真理の間を往復するなかで、カントは、一人の人間の幸福……これは実践理性のカテゴリーになりますが……と、総和としての人類の問題、そしてのその環境形成と学問、そして真理との関係を議論したのだろうと思います。

たえず、一個の人間の問題、そしてその人間の共同体の問題、そしてそれを真理とつなぎとめていく学問の問題……これを「形而上学」の課題といってようでしょうが……、それを自分自身の問題として考え抜いた、悩み抜いた、そうした息吹を、行間から感じ取ってしまう次第です。

東プロイセンの首都ケーニヒスベルク(現ロシア領カリーニングラード)に生まれ、その町から生涯、一歩もでることがでなかったといわれますが、それにもかかわらず、その大地に深く内在しながらも、世界への連帯を模索し、理性の問題を切り口に徹底的に一個の存在者の人間を普遍の問題として議論したその言葉遣いには、人間の可能性、世界市民の要件等々といった諸問題を論じた肉声の迫力に実に驚かされてしまう訳ですが……。

再読しつつ、、、

学問のすばらしさを、銘酒とともにかみしめる宇治家参去です。

ということで、本日は正月用に用意した近江の銘酒『純米吟醸 喜楽長 三方良し 』(喜多酒造、滋賀県)をやっておりますが、

いただきますと、香りもとても心地よく、舌触りも申し分のない味わいです。

酒といえば、どうしても北陸・東北に目がいきがちですが、なかなかどうして、兜を脱いだ宇治家参去です。

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「その人間の学ぶべきことはもう少ししか残っていない」わけでなく……

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 情熱をいだいて生きるということは、同時に苦悩をいだいて生きるということだ。つまりそれは、情熱の平衡錘であり、修正であり、釣合いであり、償いなのだ。一人の人間が--紙の上ではなく--自分の苦悩の内にたった一人でふみとどまり、他人もそうした苦悩を<<分ち合って>>くれるという、幻影である逃亡の欲求に打ち克つことを学んだときには、その人間の学ぶべきことはもう少ししか残っていない。
    --カミュ(高畠正明訳)『反抗の論理 カミュの手帖--2』新潮文庫、昭和五十年。

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今年のテーマは、「きちんと生きる」ということにつきそうです。

どうも「きちんと生きる」ということが遂行できていないところがあり、できていないからこそ、苦悩の方がめだつことが多かったのですが、今年はそのあたりに「きちんと」手を入れていこうかと思います。

情熱的に生きてはおりませんし、情熱的に生きることに抵抗もありますし、そう生きていこうとも思いませんが、自分自身における陽の部分はやはり厳然としてあることだけは否定することができません。

しかし、その「陽」の部分は自存することができませんし、同じようにその対局にある苦悩としての「陰」の部分も自存することはできないのでしょう。しかし、生きているとどちらかに偏って、その一方を無視してしまうことの方が多々ありますから、そこで振り回されてしまうのではないだろうか……密かにそう思う宇治家参去です。

前者に流れれば「ハイ」となり、後者に押されれば「ロー」となるのでしょう。しかし、「ハイ」にしても「ロー」にしても、イデアのような自存的価値ではなく、関係性のなかで低位される概念ですから、偏ってしまうことをさけていかなければならないのですが、なかなかそこが難しいところです。

ですけれどもこの陰陽としての両者が有機的な相関関係を構築することができれば、互いに「修正」ができ、「釣合い」がとれ、「償い」が可能になるのかもしれません。

ま、自分の場合は、どちらかといえば後者に押されてしまう傾向が顕著にありますが、ことしは、そうした有機的な相関関係を構築しながら生きていきたい、平たい言葉で言えば「きちんと生きる」ということになるかなあと思う次第です。

さて、明日。

細君と息子殿が東京へ戻ってきます。

これが実に、助かりました!

カミュ(Albert Camus,1913-1960)がいうとおり「他人もそうした苦悩を<<分ち合って>>くれるという」ことは幻影だとは承知なので、苦悩を<<分かち合って>>くれる存在者が帰還するという夢想は横に置きつつも、リアルな部分で、助かったなと思う次第です。

年末に細君が帰省するまえに、当座の軍資金を少しおいて帰ってくれていたのですが、帰った翌日に、その軍資金で欲しかった洋書を購入してしまい、残った少々の金子でだましだまし生活をしておりましたが、財布をあけてみるともはや22円の宇治家参去です。

「うおぷしっ」

……とは思いつつも、

煙草、酒、食料の類のストックはなんとかもちこたえそうですので、なんとか乗り切れそうで安堵しつつ、助かった!とほのかに喜ぶ浅知恵者です。
※ただし、生活用の軍資金を他事に流用したという意味では「きちんと生きる」というテーマから逸脱してしまう事業ということになりますが、これは昨年年末の出来事ですので、大丈夫……ということにしておきましょう、また22円も残っておりますし!!

ただし、安堵だけでなく懊悩もでてくるのがこれ、人間世界の常であります。

なにゆえなら、気ままにひとりで暮らしておりましたので、まあ、部屋があれ放題……というところまではいっておりませんが……といいますか、掃除をしておりませんので、このヘンをクリアーしておかないと、たらたらと文句を言われてしまいそうで……悩む次第でございます。

ともあれ、明日、起きてからやりましょうか……。

さて……

しかしながら、「一人の人間が--紙の上ではなく--自分の苦悩の内にたった一人でふみとどまり、他人もそうした苦悩を<<分ち合って>>くれるという、幻影である逃亡の欲求に打ち克つこと」ことが大切なのは、アタマの中では納得しておりますし、「紙の上」では理解しているつもりですが、懊悩を抱きつつも、安堵するという精神構造……他者に頼るという精神構造・心根……を否定できないという意味では、そのことを自分自身のこととして学んでいないのかもしれません。

ですから、「その人間の学ぶべきことはもう少ししか残っていない」のではなく、その人間としての宇治家参去の場合は、まだまだ「学ぶべきこと」がいっぱい残っているのかもしれません。

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われわれにとって心はつねに理性よりも身近である

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 われわれにとって心はつねに理性よりも身近である。そして理性の問題はなんとか片がつけられても、心の悩みは容易には解かれるものではない。そのため私には心の問題が、つねにもっとも重要なものに思えた。愛情のはかなさ、人間の心のうつろい易さ、道徳的感性、あるいはまた、それらがわれわれの本性のなかで結び合って、人生の謎と見なされるようになるあらゆる高遠なもの、深遠なものについて、私は倦むことなく思いをめぐらした。この場合も私は、私を苦しめるものを歌に、エピグラムに、あるいは、なんらかの韻文にして、それから逃れようと務めた。しかしそれらのものは、きわめて個人的な感情、きわめて特殊な事情にかかわるものであったので、私自身のほかは、ほとんど誰の関心もひかなかった。
    --ゲーテ(山崎彰甫訳)『詩と真実 第二部』岩波文庫、1997年。

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真剣に、正気なところ、出勤するのがだるかったのですが、不思議なもので、仕事へはいると、すぱっとアタマが切り替わり、その「モード」へ転換するものですから、人間精神……ここでいう人間精神とは俗流合理主義の説く色心二項論ではなく、その両者をふくめた意味でのトータリティといいますか、現代思想の言葉を使えば「総和」としてのホーリズム(Holism)と言ったところでしょうか……の奥深さをかいま見るある日の宇治家参去です。

とりあえず、年始ですので、大変な混雑もなく、悠々?と仕事をした次第ですが、おかげで休憩も悠々とゆっくりととらせていただきましたので、その間に大学へ返却しなければならない事務的な書類を片づけ、論文執筆用の資料に目を通して、かんたんな入力作業を終えることができました。

さきほど、その推敲が完成したところです。

さて、、先に人間の奥深さについて、仕事へ接する状況認識からちょいとふれた次第ですが、その人間の奥深さを物語るキーワードに、理性と感情という問題があるかと思います。

これはひょとすると自分だけかもしれませんが、理性的であろうとすればあるほど、感情に振り回され、感情的であろうとすればあるほど、理性に振り回されてしまうことがしばしばです。

理性!ってストロングにいってしまうと、結局感情が先にたち、支離滅裂になってしまう。そして、感情!ってダイレクトにいってしまうと、結構、理路整然とものごとと向かいあっているところがある……という消息です。

どちらかにこだわるのではなく、その職分をわきまえたうえで、ナチュラルにそれを使いこなしていきたいものだよな……そう思われて他なりません。

ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832)はそうした二律背反を乗り越えるために、創作に心血を注いだそうですが、自分自身も活字を使いこなすなかで、かくありたい……そう思う次第です。

……ということで、ひとつの書類作成が終わりましたので、さあ、いっぺえやって寝ます。

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世界内に存在するとは、諸々の事物に結ばれてあることだ

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 努力によって瞬間を引き受けることは、自我と世界との関係をうちたてることとは違う。もっとも著しい相違は、世界の内では私たちは対象として事物に関わっているという点に要約される。瞬間を引き受けることによって、私たちは実存するという取り返しのつかない事態へ、いかなる実詞ともいかなる事物とも関係づけられないある純粋な出来事へと踏み込むのに対し、世界の内では、存在するという行動つまり動詞としての存在の有為転変に、形容詞をまとった実詞たち、さまざまな価値を賦与され、私たちの志向に差しだされた存在たちが取って代わる。世界内に存在するとは、諸々の事物に結ばれてあることだ。「私は外的世界が実在するとみなす類の人間だ」というテオフィル・ゴーチエの言葉は、世界内の存在を構成する諸事物に向けられた陽気な意欲をいかんなく表現している。
    --E.レヴィナス(西谷修訳)『実存から実存者へ』講談社学術文庫、1996年。

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こんにちわ、宇治家参去です。

元旦は、ゆっくり起きてから済ます用事をすませ、正座してから、焼き肉を味わい、ゆっくりといい酒を飲み、まったりと本を読んでいると沈没しておりました。

存分に休養をとることができたようで、、、これを俗に「寝正月」とでもいうのでしょうか。

さて、本日より、仕事の開始です。

これから市井の職場へ出勤し、それからちょいと学問の仕事を再開します。

新年からあわただしく走りださなければなりませんが、世界へとかかわるなかで、年頭に掲げた目標に向かって出発していこうと思います。

東京は本日も晴天です。

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私たちが存在し過去と未来をもつことできるのは、現在においてである

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 一定の時間とひとつの歴史をもつこと、それが未来と過去とをもつことである。私たちは現在をもってはいない。現在は指の間から逃れてしまう。とはいえ、私たちが存在し過去と未来をもつことできるのは、現在においてである。現在というもののこの逆説--すべてでありかつ何ものでもない--は人間の思考と同じだけ古い。
    --E.レヴィナス(西谷修訳)『実存から実存者へ』講談社学術文庫、1996年。

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こんばんわ、宇治家参去です。

25時過ぎに帰宅して、ようやく年内の仕事が終わりましたっ!

元旦はお休みです。

ちょいとこれからいっぺえやって沈没船というところでしょうか。

「蒲鉾にお金を惜しんではいけねえよ」っていう忠言は誰もしてくれませんが、ちょいと小田原の鈴廣の結構上等なやつを買ってしまいました。

黒豆は自分で煮てみました。

薄味ですが、いい感じに仕上がっておりました。

今年一年がみなさまにとっていい年でありますように祈りを込めながら、さあ乾杯です。

まさにレヴィナス老師(Emmanuel Lévinas,1906-1995)がおっしゃるとおり、現在という時間は、「指の間から逃れてしまう」ようなアイマイな存在です。しかし「私たちが存在し過去と未来をもつことできるのは、現在においてである」わけでもありますから、ちょいと現在を叮寧に生きていこう……盃をかわしつつ、そのように思う宇治家参去でした。

おやすみなさい。

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