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ぼくはきみたちに約束します。みなさんのだれ一人、忘れることはありません。

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 何かよい思い出、とくに子ども時代の、両親といっしょに暮らした時代の思い出ほど、その後の一生にとって大切で、力強くて、健全で、有益なものはないのです。きみたちは、きみたちの教育についていろんな話を聴かされいるはずですけど、子どものときから大事にしてきたすばらしい神聖な思い出、もしかするとそれこそが、いちばんよい教育なのかもしれません。
 自分たちが生きていくなかで、そうした思い出をたくさんあつめれば、人は一生、救われるのです。もしも、自分たちの心に、たとえひとつでもよい思い出が残っていれば、いつかはそれがぼくらを救ってくれるのです。
 もしかしたら、ぼくらはこれから悪い人間になるかもしれません。悪いおこないを前にして、踏みとどまれないときがくるかもしれません。他人の涙を笑ったりするかもしれません。さっき、コーリャ君は、『人類全体のために死ねたら』と叫びましたが、そういう人たちを、意地悪くからかったりするかもしれません。でも、ぼくらが、どんなにか悪い人間になっても、そうならないように祈りますが、こうしてイリューシャを葬ったことや、最後の日々のあの子を愛したことや、今こうして石のそばで、ともに仲良く話し合ったことを思い出したら、どんなに惨たらしい、どんなに人をあざけるのが好きな人間でも、そう、かりにそんな人間になったとしての話ですよ、いまこの瞬間、ぼくらがこれほど善良な人間であったことを、心の中であざけることなんてできないでしょう!
 それどころか、もしかするとこのひとつの思い出が、人間を大きな悪から守ってくれて、思い出してこう言うかもしれません。『ええ、ぼくもあのときは善良だったんです。大胆で正直な人間でした』と、ね。心のなかでにやりと笑ってもかまいません。人間はしばしば、善良で立派なものをあざ笑いますから。でもそれは、浅はかさから生まれるものなんです。けれども、みなさん、ぼくはきみたちに保証します。思わずにやりとしたとしても、心はすぐこう語りかけてくるでしょう。『いいや、笑ったりして悪いことをした、だって笑ってはいけないことなんだもの!』ってね」
 「かならずそうなります、カラマーゾフさん、ぼくたち、あなたのおっしゃること、よくわかります。カラマーゾフさん!」コーリャは目を輝かして叫んだ。少年たちは興奮して、何か大きな声で叫びたかったが、感激をおさえ、じっとアリョーシャを見つめていた。
 「ぼくが、こんなことを言うのは、ぼくらが、悪い人間になるのを恐れるからです」アリョーシャはつづけた。「でも、どうしてぼくらが、悪い人間になるなんてことがあるでしょう、みなさん、そうですよね? まず、第一に、善良であること、次に正直であること、それから、けっしておたがいを忘れないこと。もういちどこれおを繰り返しておきますね。みなさん、ぼくはきみたちに約束します。みなさんのだれ一人、忘れることはありません。いま、こうしてぼくを見ている一人ひとりの顔を、たとえ、三十年たっても思い出します。……
    --ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『カラマーゾフの兄弟5』光文社文庫、2007年。

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日曜の深夜に東京へ戻ってから、さっそく現実の教室との格闘戦が始まりました。
月曜はそのまま短大へ出講し、学期末試験です。

講義をするわけではありませんので、体力・知力的には少々気が楽でしたが、それでもはりつめた一時間をおくるわけですので、なんとなく心地よい疲労です。

大学での仕事が終わるとそのまんま、市井の仕事です。
今日はちょっと楽かな~と思って出勤しましたが、期待は大きく破られ、がっつりレジを打たされるハメになりました。

8時間ぐらい寝たにもかかわらず、目蓋がくっつきそうになるほど眠く、我慢しながらレジをうっておりましたので、頭が痛くなるという始末です。

ですけど、家にもどると、頭が冴えてしまい、結局朝方まで起きているという状況でしたが、今朝も朝から用事なので早めに起床した次第です。

さて、さきほど、ようやく、日曜日の最終コマで実施したスクーリング試験の採点が済みました。

学問の性質上、筆者自身の経験(現実)を理念によって吟味する必要がありますので、学生さんたちの様々な人生経験を読ませて頂き、感動した次第です。

ほかの学問では決して味わうことのない、生きる醍醐味を味わせて頂いたとでもいえばいいのでしょうか。

人間生活世界って、たいへんなことが多く、正直なところ頭に来ることの方が多い事実をどうしても否定することはできませんが、そのことを否定することができないように「生きて何かをするというゲームから降りる」ことも否定できません。

ただ、それと同時に、悪い思い出だけでなく、よい思い出もそれと同じぐらい、むしろそれ以上に存在することも否定することができません。

どちらかありきというのは極端な作業仮説の世界での話にしかすぎません。生きているリアルな世界においてはその拮抗というのがただ中なのでしょう。

だからこそ、悪い思い出も否定することなく向かい合い、よい思い出を原動力にしながら、また新しいよい思い出を積み重ねていきながら、あきらめないで黙々と我が道を歩んでいくしかないのかもしれません。

その両極に佇みながら、崩れない自己自身を鍛え上げていくしかない……そのようなことを考えさせられた次第です。

頭の中では分かっているつもりなんです。
ですけど、現実には打ちひしがれてしまい、「なんなんだ」と言葉をつなぐことが屢々です。

ただ、本年度後半(秋学期)は、実にいろんなことを経験しましたが、経験するなかで、それでも、教師として学生さんたちと向かいあいながら、思索をし、悩み、言葉を交わすなかで、すこしだけ理念を現実に実現していこう、現実から理念に接近していこうと、思うようになれたのも事実です。

まだまだ「なんなんだ」と言葉を発してしまうこと思う命が内在することは否定することができません。ただしかし、「それだけでもない」ということが少しは確信できるようにもなりました。

その意味では半歩か一歩ぐらいは前に進めるようになったのでは……?

などとふと思う次第です。

ともあれ、一昨日の大阪スクーリング、そして昨日の短大の試験によって、本年度の講義関係の業務がすべて終了です。

前者はなんとか採点が終了です。
これから短大の採点と学期末レポートとの格闘です。
70通ちかくあり、それとは別に通信教育部のレポートも山のように届けられております。

ひとつひとつ丁寧に拝見しながら、自己自身を鍛えあげていこうかと思います。

なんども書きますが、通信教育部でも、そして短大でも、そして、おっと忘れるところですが、課外授業?でも、宇治家参去の授業を履修してくださった皆様ありがとうございました。

やるべき仕事が山のように目の前に積み上げられておりますが、大地の営みのように、淡々とやっていきたいものです。

昨日は日中おだやかな一日でした。
コートの必要もないかと錯覚するような一日でした。
気が付けば、大学構内の梅のつぼみが大きく実を結んでおりました。

人が気にかけないからといって凹まない。
一歩一歩が、梅のつぼみのような、そうした歩みでありたいものです。

冒頭では『カラマーゾフの兄弟』のエピローグ部分のアリョーシャの演説をすこし引用しました。

皆様ひとりひとりに贈りたい言葉です。

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